(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-27
(45)【発行日】2025-01-14
(54)【発明の名称】負極活物質の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01M 4/38 20060101AFI20250106BHJP
C01B 33/02 20060101ALI20250106BHJP
【FI】
H01M4/38 Z
C01B33/02 Z
(21)【出願番号】P 2021151711
(22)【出願日】2021-09-17
【審査請求日】2023-10-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000003218
【氏名又は名称】株式会社豊田自動織機
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000604
【氏名又は名称】弁理士法人 共立特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】原田 正則
(72)【発明者】
【氏名】新村 和寛
(72)【発明者】
【氏名】浦部 晃太
(72)【発明者】
【氏名】山口 泰弘
(72)【発明者】
【氏名】江口 達哉
(72)【発明者】
【氏名】大瀧 光俊
(72)【発明者】
【氏名】吉田 淳
【審査官】福井 晃三
(56)【参考文献】
【文献】特開2021-034279(JP,A)
【文献】特開2013-035735(JP,A)
【文献】特開2021-123517(JP,A)
【文献】特表2017-531276(JP,A)
【文献】荒川 正文,粒度測定入門,粉体工学会誌,日本,1980年,Vol.17, No.6,pp. 299-307
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/00- 4/62
H01M 10/05-10/0587
C01B 33/02
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Na源およびSi源を反応させてNa及びSiを含有するNa-Si合金を製造する合金化工程と、
前記Na-Si合金を加熱して、前記Na-Si合金におけるNa量を減少させシリコンクラスレートIIを生成するシリコンクラスレート生成工程と、を具備し、
前記Si源として、BET比表面積が20m
2/g以上のポーラスSiを用いる、負極活物質の製造方法。
【請求項2】
前記シリコンクラスレート生成工程において、前記Na-Si合金とNaトラップ剤とが接触状態で含まれる反応原料を加熱し、前記Na-Si合金に由来するNaを前記Naトラップ剤と反応させて、前記Na-Si合金におけるNa量を減少させる、請求項1に記載の負極活物質の製造方法。
【請求項3】
前記反応原料は、粉末状の前記Na-Si合金および粉末状の前記Naトラップ剤が混合されたものである、
請求項2に記載の負極活物質の製造方法。
【請求項4】
前記Naトラップ剤が、CaCl
2、AlF
3、CaBr
2、CaI
2、Fe
3O
4、FeO、MgCl
2、ZnO、ZnCl
2、MnCl
2から選択される
請求項2または請求項3に記載の負極活物質の製造方法。
【請求項5】
前記合金化工程は450℃以下で行い、
前記シリコンクラスレート生成工程は400℃以下で行う、請求項1~
請求項4の何れか一項に記載の負極活物質の製造方法。
【請求項6】
前記シリコンクラスレート生成工程後に洗浄を行う、請求項1~
請求項5の何れか一項に記載の負極活物質の製造方法。
【請求項7】
シリコンクラスレートIIを含有し、BET比表面積が20m
2/g以上かつレーザー回折式粒度分布測定装置で試料を測定した場合の平均粒子径D
50が0.5μm以上である、負極活物質。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、負極活物質の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
Siによって形成された多面体の空間の中に他の金属を包接するシリコンクラスレートなる化合物が知られている。シリコンクラスレートのうち、主にシリコンクラスレートI及びシリコンクラスレートIIについての研究が報告されている。
【0003】
シリコンクラスレートIとは、1個のNa原子を20個のSi原子で包接した12面体と、1個のNa原子を24個のSi原子で包接した14面体とが、面を共有してなるものであり、Na8Si46との組成式で表わされる。シリコンクラスレートIを構成するすべての多面体のケージには、Naが存在している。
【0004】
シリコンクラスレートIIとは、Siの12面体とSiの16面体とが面を共有してなるものであり、NaxSi136との組成式で表わされる。ここで、xは0≦x≦24を満足する。すなわち、シリコンクラスレートIIを構成する多面体のケージには、Naが存在してもよいし、存在しなくてもよい。
【0005】
非特許文献1には、Na及びSiを含有するNa-Si合金から、シリコンクラスレートI及びシリコンクラスレートIIを製造する方法が記載されている。具体的に述べると、10-4Torr未満(すなわち1.3×10-2Pa未満)の減圧条件下、Na-Si合金を400℃以上に加熱して、Naを蒸気として除去することで、シリコンクラスレートI及びシリコンクラスレートIIを製造したことが記載されている。そして、加熱温度の違いに因り、シリコンクラスレートI及びシリコンクラスレートIIの生成割合が変化することや、加熱温度が高くなれば、シリコンクラスレートIからNaが離脱し、シリコンクラスレートIの構造が変化することで、一般的なダイヤモンド構造であるSi結晶が生成することも記載されている。
さらに、シリコンクラスレートIIについては、Na22.56Si136、Na17.12Si136、Na18.72Si136、Na7.20Si136、Na11.04Si136、Na1.52Si136、Na23.36Si136、Na24.00Si136、Na20.48Si136、Na16.00Si136、Na14.80Si136を製造したことが記載されている。
【0006】
特許文献1にも、シリコンクラスレートの製造方法が記載されている。具体的には、シリコンウエハとNaを用いて製造されたNa-Si合金を、10-2Pa以下の減圧条件下、400℃で3時間加熱してNaを除去することで、シリコンクラスレートI及びシリコンクラスレートIIを製造したことが記載されている。
【0007】
また、シリコンクラスレートIIに包接されるNaがLi、K、Rb、Cs又はBaで置換されたシリコンクラスレートIIや、シリコンクラスレートIIのSiがGaやGeで一部置換されたシリコンクラスレートIIも報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【文献】H. Horie, T. Kikudome, K. Teramura, and S.Yamanaka, Journal of Solid State Chemistry, 182, 2009, pp.129-135
【特許文献】
【0009】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
シリコンクラスレートIIは、内包するNaが離脱しても、その構造を維持する。本発明者は、この点に着目し、内包するNaが離脱したシリコンクラスレートIIをリチウムイオン二次電池の負極活物質として利用することを想起した。
【0011】
ここで、Na含有量の少ないシリコンクラスレートIIを製造するためには高温下でNaを離脱させる必要があるために、当該シリコンクラスレートIIを含有する負極活物質には、粗大な空孔、すなわち空洞が形成され易い。粗大な空孔は微細な空孔に比べて電極作成時のプレス工程で潰れやすいため、空洞が形成された負極活物質において、電池反応に寄与し得る空孔体積は、全体として、低減すると考えられる。
【0012】
ケイ素を含有する負極活物質は、リチウムイオン二次電池の充放電時に大きく膨張および収縮することが知られている。充放電時における負極活物質の膨張及び収縮量が過大であれば、当該負極活物質が充放電の繰り返しに耐えきれず、破損してしまう虞もある。
負極活物質の過大な膨張収縮を抑制するためには、負極活物質に微細な空孔を多く形成することで全体としての空孔体積を増大させ、当該負極活物質の組織を緻密にするのが有効と考えられる。
しかし、上記した従来のシリコンクラスレートIIの製造方法で得られる負極活物質は、空洞を有し空孔体積の小さな負極活物質であるために、リチウムイオン二次電池の負極活物質として好適とは言い難い問題がある。
【0013】
本発明は、かかる事情に鑑みて為されたものであり、シリコンクラスレートIIを含有し十分な空孔体積を有する負極活物質を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決する本発明の負極活物質の製造方法は、
Na源およびSi源を反応させてNa及びSiを含有するNa-Si合金を製造する合金化工程と、
前記Na-Si合金を加熱して、前記Na-Si合金におけるNa量を減少させシリコンクラスレートIIを生成するシリコンクラスレート生成工程と、を具備し、
前記Si源として、BET比表面積が20m2/g以上のポーラスSiを用いる、負極活物質の製造方法である。
また、上記課題を解決する本発明の負極活物質は、
シリコンクラスレートIIを含有し、BET比表面積が20m2/g以上かつ平均粒子径D50が0.5μm以上である、負極活物質である。
【発明の効果】
【0015】
本発明の負極活物質の製造方法によると、シリコンクラスレートIIを含有し十分な空孔体積を有する負極活物質を得ることが可能である。また、本発明の負極活物質は、シリコンクラスレートIIを含有し十分な空孔体積を有するものである。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】実施例1および比較例の負極活物質のX線回折チャートを重ね書きしたものである。
【
図2】実施例2~実施例4の負極活物質のX線回折チャートを重ね書きしたものである。
【
図3】実施例5~実施例6の負極活物質のX線回折チャートを重ね書きしたものである。
【
図4】実施例9~実施例11の負極活物質のX線回折チャートを重ね書きしたものである。
【
図5】実施例1のポーラスSiおよび実施例1の負極活物質の積算空孔体積を表すグラフである。
【
図6】比較例の合金化工程に用いたSi粉末および比較例の負極活物質の積算空孔体積を表すグラフである。
【
図7】実施例2のポーラスSiおよび実施例2~実施例4の負極活物質の積算空孔体積を表すグラフである。
【
図8】実施例5のポーラスSiおよび実施例5~実施例6の負極活物質の積算空孔体積を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に、本発明を実施するための最良の形態を説明する。なお、特に断らない限り、本明細書に記載された数値範囲「L~U」は、下限Lおよび上限Uをその範囲に含む。そして、これらの上限値および下限値、ならびに実施例中に列記した数値も含めてそれらを任意に組み合わせることで数値範囲を構成し得る。さらに数値範囲内から任意に選択した数値を上限、下限の数値とすることができる。
【0018】
本発明の負極活物質の製造方法は、
Na源およびSi源を反応させてNa及びSiを含有するNa-Si合金を製造する合金化工程と、
前記Na-Si合金を加熱して、前記Na-Si合金におけるNa量を減少させシリコンクラスレートIIを生成するシリコンクラスレート生成工程と、を有し、
前記Si源として、BET比表面積が20m2/g以上のポーラスSiを用いる、負極活物質の製造方法である。
また、本発明の負極活物質は、シリコンクラスレートIIを含有し、BET比表面積が20m2/g以上かつ平均粒子径D50が0.5μm以上である、負極活物質である。
【0019】
以下、必要に応じて、本発明の負極活物質の製造方法を単に本発明の製造方法と称する場合がある。また、本発明の製造方法で得られた負極活物質全般をシリコンクラスレート系負極活物質と称し、このうちBET比表面積および平均粒子径D50が上記の範囲内にあるものを本発明の負極活物質と称することで両者を区別する場合がある。
【0020】
本発明の製造方法の技術的意義の一つは、Na-Si合金の原料であるSi源として、BET比表面積20m2/g以上のポーラスSiを用いることで、その生成物であるシリコンクラスレート系負極活物質にも十分な空孔体積を付与することにある。後述する実施例の欄で詳説するが、BET比表面積20m2/g以上のポーラスSiをSi源として用いることで、実際に、空孔体積の十分に大きなシリコンクラスレート系負極活物質を得ることができる。
【0021】
また、本発明の負極活物質は、BET比表面積が20m2/g以上かつ平均粒子径D50が0.5μm以上であるため、空孔体積の十分に大きなものということができる。
以下、本発明の製造方法をその工程ごとに説明する。
【0022】
本発明の製造方法における合金化工程では、Na源およびSi源を反応させてNa-Si合金を製造する。当該合金化工程で用いるSi源は、BET比表面積20m2/g以上のポーラスSiである。
【0023】
本発明の製造方法で用いるNa-Si合金は、Na及びSiの組成がNaySi136(24<y)で表されるものである。当該Na-Si合金としては、SiよりもNaが過剰に存在するもの、すなわち、Na及びSiの組成がNazSi(1<z)で表されるものを使用するのが好ましい。つまりNa-Si合金とは、NaSi相と金属Na相とからなるものをいう。既述したシリコンクラスレートI(組成式Na8Si46)およびシリコンクラスレートII(組成式NaxSi136(0≦x≦24))と比較して、Na量の多いものをいう。
合金化工程でNa-Si合金を製造する方法は特に限定しないが、例えば、不活性ガス雰囲気下、Na及びSiを、固体状態を維持しつつ加熱する固相法により合金化すればよい。
【0024】
Na-Si合金には、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、Na及びSi以外の他の元素が存在してもよい。他の元素としては、シリコンクラスレートIIにおいて、Naと置換可能なLi、K、Rb、Cs及びBa、並びに、Siと置換可能なGa及びGeを例示できる。
【0025】
本発明の製造方法においてSi源として用いるポーラスSiは、BET比表面積20m2/g以上のものであれば良い。ポーラスSiとしては市販品を用いても良いが、本発明の製造方法はその一工程としてポーラスSiを製造する工程を具備しても良い。
【0026】
ポーラスSiを製造する方法としては、例えば、MgとSiとの合金を製造し、当該合金からMgを除去することでポーラスSiを製造する方法を採用することができる。具体的には、この場合、ポーラスSiは以下の反応により生成する。
・2Mg+Si→Mg2Si
・Mg2Si+O2→2MgO+Si
【0027】
または、ポーラスSiを製造する方法として、LiとSiとの合金を製造し、当該合金からLiを除去することでポーラスSiを製造する方法を採用することもできる。この場合、ポーラスSiは以下の反応により生成する。
・4Li+Si→Li4Si
・Li4Si+4C2H5OH→4CH3CH2OLi+Si+2H2
ポーラスSiの製造方法は、これらの方法に限定されず、既知の種々の方法から適宜適切に選択すれば良い。
【0028】
ポーラスSiは、BET比表面積20m2/g以上のものであれば良いが、より好ましいポーラスSiのBET比表面積として、25m2/g以上、30m2/g以上の各範囲を例示できる。ポーラスSiの好ましいBET比表面積に上限はないが、200m2/g以下であるのが実用的である。
【0029】
ポーラスSiの空孔体積の大きさは、BET比表面積以外の指標によって表現することもできる。例えば、本発明の製造方法で用いるポーラスSiとしては、BET比表面積が上記の範囲内であることに加えて、平均粒子径D50が0.5μm以上、1.0μm以上、または1.8μm以上であるものを選択し得る。BET比表面積が上記の範囲内であり、かつ、平均粒子径がこの範囲内であれば、ポーラスSiが単に粒子径の小さなものではなく、空孔体積の大きなものであることがより明らかになる。ポーラスSiの平均粒子径D50に特に上限はないが、3.0μm以下であるのが実用的である。
なお本明細書において、平均粒子径とは、一般的なレーザー回折式粒度分布測定装置で試料を測定した場合のD50を意味する。
【0030】
更には、ポーラスSiとして、100nm以下での積算空孔体積が0.1cm3/g以上、0.15cm3/g以上、または0.30cm3/g以上のものを選択しても良い。ポーラスSiの当該積算空孔体積に特に上限はないが、0.8cm3/g以下であるのが実用的である。
ポーラスSiは、上記したBET比表面積の範囲および平均粒子径の範囲に加えて当該積算空孔体積の範囲を満足するものであっても良いし、または、当該積算空孔体積の範囲のみを満足するものであっても良い。なお、ポーラスSiの積算空孔体積としては、ガス吸着法による測定値を用いれば良い。
【0031】
Na源としては、Na-Si合金に対する不純物の持ち込み量の少ないものを用いれば良く、具体的には、金属Na、NaH、または金属Naの粒子を油中に分散させた金属Na分散体等を例示できる。
【0032】
合金化工程は、上記したNa源およびSi源からNa-Si合金が生成する条件下で行えば良く、Na源およびSi源が反応してNa-Si合金が生成する条件下で行うのが好ましい。但し、本発明の製造方法においては、最終生成物であるシリコンクラスレート系負極活物質に十分な空孔体積を付与すべく、Si源としてポーラスSiを用いていることを考慮すると、合金化工程はNaSiの融点未満で行うのが好ましい。具体的には、合金化工程における加熱温度は、800℃以下、600℃以下、450℃以下、400℃未満、380℃以下または360℃以下であるのが好ましい。
合金化工程における加熱温度に特に下限はないが、実施例の欄で説明するように、シリコンクラスレート生成工程での反応を効率よく行うためには、合金化工程における加熱温度は300℃以上、310℃以上、320℃以上または340℃以上であるのが好ましい。また、合金化工程はAr雰囲気等の不活性雰囲気下で行うのが好ましい。
【0033】
本発明の製造方法は、上記の合金化工程で得られたNa-Si合金を加熱して、当該Na-Si合金におけるNa量を減少させシリコンクラスレートIIを生成するシリコンクラスレート生成工程を有する。
当該シリコンクラスレート生成工程は、上記した非特許文献や特許文献1等に紹介されているような、Na-Si合金を減圧条件下で加熱する方法により行うこともできる。
【0034】
ここで、上述した従来の技術によれば、シリコンクラスレート生成工程に、強い減圧条件(高い真空度)が必要である。また、Na-Si合金からNaを蒸気として系外に排出するため、排出されるNaについて、特別な処置が必要となる。また、副生するダイヤモンド構造のSiを遠心分離等の方法で除去する必要があり、収率の向上を望み難い問題もある。さらには、シリコンクラスレートIIの製造にGa等の高価な材料を要する場合には、シリコンクラスレートIIを安価に製造し難い問題もある。したがって、非特許文献1や特許文献1等に記載された当該工程は、負極活物質の製造工程として必ずしも工業的に効率的とはいえなかった。
【0035】
本発明者が効率的にシリコンクラスレートIIを生成し得るシリコンクラスレート生成工程についての検討を行ったところ、Naの蒸気を反応系内でトラップすることを想起した。具体的には、Naと反応し得るNaゲッター剤、例えば、SiO、MoO3、FeO等をNa-Si合金とは非接触で反応系内に配置する。そして、Na-Si合金から生じたNaの蒸気を当該Naゲッター剤によってトラップすることに因り、反応系内におけるNaの分圧が低下して所望の反応速度の増加が想定される。加えて、当該方法には強い減圧条件を必要としないことも想定される。しかも、当該方法によると、系外に排出されるNaの量を著しく削減できると考えられる。
【0036】
本発明者は、Na-Si合金及び上記のNaゲッター剤が非接触で共存する環境下で、実際に実験を行った。そして本発明者は、弱い減圧条件下であっても所望の反応が進行したこと、系外に排出されるNaの量を削減できたこと、かつ、シリコンクラスレートIIを優先的に製造できたことを知見した。
【0037】
ところで、上記したように非接触環境でのシリコンクラスレート生成工程において、製造効率を向上させるべく反応系を大型化する場合には、原料の一部であるNa-Si合金を反応系内に嵩高く配置する必要がある。
本発明の発明者は、上記の非接触環境下でのシリコンクラスレート生成工程において、反応系内に原料を嵩高く配置する場合に、加熱により生じたNaの蒸気が当該原料の外部にまで排出され難く、ひいては、Na-Si合金から十分にNaが脱離しない虞があることに気づいた。この場合、Na-Si合金から生成したシリコンクラスレートIIからのNaの脱離もまた妨げられ、製造対象たる負極活物質、すなわち、内包するNaが離脱したシリコンクラスレートIIを効率的に製造し難い問題が生じる。
【0038】
本発明の発明者は、上記した非接触環境下でのシリコンクラスレート生成工程をさらに発展させて、上記の負極活物質をより効率よく製造する方法を模索した。そして、Na-Si合金と反応して直接Naを受け取り得るNaトラップ剤を用い、両者を接触させつつ反応させることで、当該負極活物質の生産性を向上させ得ることを知見した。
【0039】
つまり、上記のNaトラップ剤を用いるシリコンクラスレート生成工程においては、Na-Si合金とNaトラップ剤とが接触している状態でNa-Si合金に由来するNaとNaトラップ剤とが反応することにより、Na-Si合金からNaが脱離する。このように、本発明の負極活物質の製造方法においては、Na-Si合金のNaをNaトラップ剤によって直接受け取ることができるために、Naの蒸気を生成するための減圧を必要としない。
また、Na-Si合金からNaを受け取るNaトラップ剤はNa-Si合金に接触しているために、当該Naトラップ剤およびNa-Si合金を含む反応原料が嵩高くても、Naの授受は当該反応原料の全体で良好に進行する。このため、本発明の負極活物質の製造方法は、大スケールでの負極活物質の製造や工業化に適している。
さらに、当該Naトラップ剤を用いるシリコンクラスレート生成工程によると、後述するように、優先的にシリコンクラスレートIIを製造することが可能である。
以下、必要に応じて、当該Naトラップ剤を用いるシリコンクラスレート生成工程を、固相法によるシリコンクラスレート生成工程と称する場合がある。当該方法によると、Na-Si合金およびCaCl2が固体状で反応すると考えられるためである。
【0040】
固相法によるシリコンクラスレート生成工程では、Naの蒸気を生じかつ当該Naの蒸気をNa-Si合金と非接触のNaゲッター剤で捕捉する必要がなくなることから、Na-Si合金からNaを脱離して負極活物質を生成する反応は、反応原料が嵩高くても好適に進行する。これにより、固相法によるシリコンクラスレート生成工程によると、一度に比較的大量の反応原料を用い比較的大量の負極活物質を製造することが可能である。
これらのことにより、本発明の製造方法が当該固相法によるシリコンクラスレート生成工程を具備する場合には、二次電池などの蓄電装置に好適な負極活物質を効率的に製造できるといい得る。
【0041】
固相法によるシリコンクラスレート生成工程は、Naトラップ剤としてCaCl2を用いた場合、以下の反応式で表現できる。なお後述するとおり、CaCl2は、固相法によるシリコンクラスレート生成工程で好適に用いられるNaトラップ剤の一つである。
・Na-Si合金+CaCl2→NaCl+Ca+シリコンクラスレートII
上記したようにNaトラップ剤としてCaCl2を用いる場合には、Na-Si合金からNaが脱離して、Naが脱離したシリコンクラスレートIIが生じる。また、Naトラップ剤すなわちCaCl2は、Na-Si合金のNaと反応してNaClおよびCaを生じる。
【0042】
本明細書において、Naトラップ剤とは、Na-Si合金に由来するNaと反応してNaを受け取ることのできるものを意味する。当該Naトラップ剤はNa-Si合金と反応すると換言することも可能である。
【0043】
Na-Si合金と反応しやすい優れたNaトラップ剤を使用することで、固相法によるシリコンクラスレート生成工程における加熱温度を低くしたり反応時間を短くしたりすることが可能である。
Naトラップ剤は、Naを酸化させるがSiを酸化させない物質ということも可能である。なお、ここでいう酸化とは、対象とする物質が電子を失う反応を意味する。
【0044】
Naトラップ剤は、Na-Si合金と反応してNa-Si合金からNaを受け取るものに限定されず、Na-Si合金から脱離したNa、具体的には蒸気になったNaと反応しても良い。この場合、Na-Si合金で生じたNaの蒸気は、当該Na-Si合金から非常に近い位置でNaトラップ剤に受け取られる。この場合にも、固相法によるシリコンクラスレート生成工程と同様に、Naの漏出を抑制する製造施設が不要となるかまたは簡素化することができ、また、反応系内における原料が嵩高い場合にも負極活物質を効率よく製造できる利点がある。
本明細書において、特に説明のない場合には、「Na-Si合金とNaトラップ剤とが反応する」場合と「Na-Si合金から脱離したNaとNaトラップ剤とが反応する」場合とを総称して、「Na-Si合金に由来するNaとNaトラップ剤とが反応する」と称する。
【0045】
Naトラップ剤は、Na-Si合金に由来するNaを受け取ることのできるものであれば特に限定されないが、Na-Si合金と直接的に反応してNaを受け取るものを用いるのが好ましい。この場合には、Naの蒸気を生じさせる必要がなく、また、Naの蒸気の漏出を抑制する必要もないために特殊な製造施設を要さないためである。
このようなNaトラップ剤としては、金属の酸化物またはハロゲン化物を用いるのが好ましい。
このうち金属は、シリコンクラスレート生成工程における加熱温度、例えば450℃以下で、Siと合金化しないものを用いるのが好ましい。また、当該金属は、後述する水や酸の水溶液等に溶解して容易に除去できるものであるのが好適である。Naトラップ剤の金属としては、例えば、アルカリ金属以外の金属を例示できる。
【0046】
具体的なNaトラップ剤として、CaCl2、AlF3、CaBr2、CaI2、Fe3O4、FeO、MgCl2、ZnO、ZnCl2、MnCl2を例示できる。
このうちCaCl2、AlF3、CaBr2、CaI2、Fe3O4、FeO、ZnO、およびZnCl2は、金属としてSiと合金化し難いものを用いているためにNaトラップ剤として特に好適である。
Naトラップ剤の使用量は、Na-Si合金に含まれるNaの量に応じて、適宜決定すれば良い。また、Naトラップ剤は一種のみを用いても良いし、複数種を併用しても良い。
【0047】
なお、Naトラップ剤としてFe3O4やFeOを用いる場合には、Na-Si合金とNaトラップ剤との反応熱が大きいと考えられる。この場合、Na-Si合金およびNaトラップ剤として粒子径の比較的大きなものを用いるのが好ましく、具体的には、平均粒子径50μm以上のものを用いるのが好適である。
【0048】
好適なNaトラップ剤として、Na-Si合金と反応した場合のギブズエネルギー(G)の変化量が0未満となるもの、すなわちΔG<0となるものが挙げられる。ΔG<0であれば、Na-Si合金とNaトラップ剤との自発的な反応が進行するといえ、反応系を減圧雰囲気にしなくても、Naトラップ剤がNa-Si合金からNaを受け取る反応が好適に進行するといい得る。ΔGが小さいほど、負極活物質中におけるシリコンクラスレートIの含有量を低減しシリコンクラスレートIIの含有量を増大させ得る効果がある。
Na-Si合金と反応した場合にΔG<0となるNaトラップ剤としては、CaCl2、AlF3、ZnO、CaBr2、CaI2が例示される。
【0049】
また、Na-Si合金とNaトラップ剤との反応時に反応系が高熱となることを抑制するためには、Naトラップ剤として、Na-Si合金との反応時におけるエンタルピーの変化量、すなわち反応エンタルピーの小さいものが好適である。具体的には、Naトラップ剤は、1モルのNa-Si合金と反応する際のエンタルピー変化量ΔHが-80kJ以上であるのものが好ましい。
1モルのNa-Si合金と反応する際のエンタルピー変化量ΔHが-80kJ以上であるNaトラップ剤としては、CaCl2、AlF3、ZnO、CaBr2、CaI2が例示される。
【0050】
参考までに、本明細書において上記したΔGおよびΔHは、以下のように算出した。
【0051】
Naトラップ剤を金属の酸化物またはハロゲン化物とする場合、当該Naトラップ剤はMX(Mは金属、Xは酸素またはハロゲン)で表される。Xがハロゲンの場合、当該MXとNa-Si合金との反応は以下の反応式で表現できる。
・Na-Si合金+0.5MX2→NaX+0.5M+シリコンクラスレートII
また、Xが酸素の場合、当該MXとNa-Si合金との反応は以下の反応式で表現できる。
・Na-Si合金+0.5MX→0.5Na2X+0.5M+シリコンクラスレートII
300℃にて、上記の反応が生じると仮定した場合における、Na-Si合金1モルあたりのΔGおよびΔHを種々のNaトラップ剤について算出した。300℃~400℃の間では、各種の反応のΔGおよびΔHの変化量は5kJ/モル未満であり、大きく変わることはない。
なお、シリコンクラスレートIIのΔGおよびΔHはデータベースになかったため、結晶性SiのΔGおよびΔHの値で代用した。それ以外の各物質のΔGおよびΔHはデータベースに記載されている値を用いた。データベースとしては熱力学計算ソフトFactsage(計算力学センター)を用いた。
その結果、Naトラップ剤がCaCl2である場合には、Na-Si合金1モルあたりのCaCl2のΔGは-10.7573kJであり、Na-Si合金1モルあたりのCaCl2のΔHは-13.4403kJであった。
また、Naトラップ剤がAlF3である場合には、Na-Si合金1モルあたりのAlF3のΔGは-63.5481kJであり、Na-Si合金1モルあたりのAlF3のΔHは-75.0754kJであった。
Naトラップ剤がZnOである場合には、Na-Si合金1モルあたりのZnOのΔGは-23.6394kJであり、Na-Si合金1モルあたりのZnOのΔHは-36.5823kJであった。
また、Naトラップ剤がCaBr2である場合には、Na-Si合金1モルあたりのCaBr2のΔGは-26.2789kJであり、Na-Si合金1モルあたりのCaBr2のΔHは-20.1409kJであった。
また、Naトラップ剤がCaI2である場合には、Na-Si合金1モルあたりのCaI2のΔGは-29.8145kJであり、Na-Si合金1モルあたりのCaI2のΔHは-19.9134kJであった。
これらのNaトラップ剤は、いずれも、本発明の製造方法に用いるNaトラップ剤として有用といい得る。
【0052】
固相法によるシリコンクラスレート生成工程において、Na-Si合金およびNaトラップ剤を含有する反応原料を加熱する温度(加熱温度t)は、Na-Si合金に由来するNaとNaトラップ剤との反応が進行する温度であれば特に限定しないが、100℃≦t≦500℃、200℃≦t≦400℃、270℃≦t≦360℃、270℃≦t<310℃または270℃≦t≦300℃を例示できる。
加熱温度tが低ければ、負極活物質中におけるシリコンクラスレートIの含有量を低減しシリコンクラスレートIIの含有量を増大させ得る効果がある。加熱温度tが高ければ、安定なシリコンクラスレートIが生成し易いと推測される。
他方、加熱温度tが高ければ、反応時間を短縮できる利点がある。
【0053】
固相法によるシリコンクラスレート生成工程において、加熱温度tは400℃以下であるのが好ましい。加熱温度tが400℃以下であれば、ダイヤモンド構造のSi結晶の生成を抑制することができるし、本発明の負極活物質にリチウムイオン二次電池等の非水電解質二次電池の負極活物質として好適な物性を付与できるからである。
【0054】
固相法によるシリコンクラスレート生成工程においては、Na-Si合金に由来するNaとNaトラップ剤とを反応させてNa-Si合金におけるNa量を減少させる工程を、単一の工程として実施して、シリコンクラスレートIIを含む負極活物質を製造してもよい。
または、シリコンクラスレートIIを含む負極活物質を新たなNaトラップ剤と接触状態で再度加熱することで、負極活物質のシリコンクラスレートIIに残存するNaをNaトラップ剤に受け渡し、負極活物質のシリコンクラスレートIIに残存するNaの量をさらに減少させてもよい。このように固相法によるシリコンクラスレート生成工程を二段階で行う場合、洗浄は一段階目の終了後及び二段階の終了後の二回行っても良いし、二段階目の終了後に一回のみ行っても良い。
【0055】
本発明の製造方法で得られるシリコンクラスレート系負極活物質は、リチウムイオン二次電池などの二次電池や、電気二重層コンデンサ及びリチウムイオンキャパシタなどの蓄電装置の負極活物質として使用することができる。なお、リチウムイオン二次電池は、正極、負極、電解液及びセパレータ、又は、正極、負極及び固体電解質を具備する。
【0056】
シリコンクラスレート系負極活物質において、シリコンクラスレートIIにおけるNa含量は低い方が好ましい。Naが離脱したシリコンクラスレートIIの多面体のケージ内に、リチウムなどの電荷担体が移動することが可能となり、その結果、負極活物質の膨張の程度が抑制されるためである。
シリコンクラスレート系負極活物質において、シリコンクラスレートIIの組成式NaxSi136のxの範囲としては、0≦x≦10が好ましく、0≦x≦7がより好ましく、0≦x≦5がさらに好ましく、0≦x≦3がさらにより好ましく、0≦x≦2が特に好ましく、0≦x≦1が最も好ましい。
【0057】
また、シリコンクラスレート系負極活物質は、負極活物質としてのみならず、特許文献1に記載のとおり、熱電素子、発光素子、光吸収素子などの用途にも使用可能である。
【0058】
シリコンクラスレート生成工程においては、シリコンクラスレートII以外の副生物を生じ得る。例えば、上記したようにNaトラップ剤としてCaCl2を用いる場合には、シリコンクラスレートII以外にもNaClやCaを副生するし、Naトラップ剤としてFe3O4等の金属酸化物を用いる場合には、Na2OやNaOH、Naを含有する複合酸化物を副生し得る。その他、遊離のNaが反応系に残存する可能性もある。シリコンクラスレート生成工程で得られたシリコンクラスレート系負極活物質には、これらの副生物が付着するため、本発明の製造方法は、シリコンクラスレート生成工程後に洗浄を行い、シリコンクラスレート系負極活物質から当該副生物を除去する洗浄工程を具備するのが好ましい。洗浄には副生物を溶解し得る溶剤を用いるのが良く、具体的には、当該洗浄は酸性水溶液で行うのが望ましい。
なお、Alトラップ剤がFを含む場合、特に副生物がNa3AlF6を含む場合には、AlCl3等のFトラップ剤を洗浄溶剤に加えるのが好ましい。具体的には、Fトラップ剤としてAlCl3を用いる場合、洗浄溶剤100質量部に対してAlCl3/6H2O10質量部程度を加えるのが好ましい。
【0059】
洗浄工程で用いる溶媒としては、塩基性水溶液ではシリコンクラスレートが腐食され易い点から、酸性の水溶液を用いるのが好ましい。酸性の水溶液における酸の濃度は、副生物を効率よく溶解できる濃度であるのが好ましい。
【0060】
洗浄工程後には、濾過及び乾燥にてシリコンクラスレート系負極活物質から水を除去することが好ましい。
【0061】
ここで、本発明の製造方法で得られるシリコンクラスレート系負極活物質は、BET比表面積が20m2/g以上かつ平均粒子径D50が0.5μm以上の本発明の負極活物質であるのが好ましい。
本発明の負極活物質のBET比表面積の好適な範囲として、25m2/g以上、30m2/g以上、または35m2/g以上を例示できる。本発明の負極活物質のBET比表面積に特に上限はないが、ポーラスSiと同様に、200m2/g以下であるのが実用的である。
【0062】
本発明の負極活物質の平均粒子径D50の好適な範囲として、0.5μm以上、0.7μm以上、1.0μm以上の各範囲を例示できる。本発明の負極活物質の平均粒子径D50に特に上限はないが、ポーラスSiの平均粒子径D50と同様に、8.0μm以下であるのが実用的である。
【0063】
本発明の負極活物質は、100nm以下での積算空孔体積が0.05cm3/g以上、0.075cm3/g以上、または0.1cm3/g以上であるのが好適である。負極活物質の当該積算空孔体積に特に上限はないが、0.4cm3/g以下であるのが実用的である。
【0064】
シリコンクラスレート系負極活物質は、粉砕や分級を経て、一定の粒度分布の粉末とするのも好ましい。
【0065】
以上、本発明の実施形態を説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。本発明の要旨を逸脱しない範囲において、当業者が行い得る変更、改良等を施した種々の形態にて実施することができる。
【実施例】
【0066】
以下に、実施例および比較例などを示し、本発明をより具体的に説明する。なお、本発明は、これらの実施例によって限定されるものではない。
【0067】
(実施例1)
〔ポーラスSi製造工程〕
Mg粉末とSi粉末とをモル比2.02:1となるように秤量し、乳鉢で混合して、加熱炉にてAr雰囲気下で580℃、12時間加熱することで、これらを反応させた。室温まで冷却して、インゴット状のMg2Siを得た。直径3mmのジルコニアボールを用いたボールミルにより、当該Mg2Siを300rpmで3時間粉砕した。
ArとO2とを体積比95:5で混合した混合ガスのフロー下の加熱炉で、粉砕後のMg2Siを580℃で12時間加熱して、混合ガス中の酸素とMg2Siとを反応させた。当該反応の生成物は、SiおよびMgOを含む。
この反応生成物を、H2OとHClとHFとを体積比47.5:47.5:5で混合した混合溶媒を用いて洗浄した。これにより、Si表面の酸化膜と、反応生成物中のMgOとを除去した。洗浄後、濾過し、濾別された固形分を120℃で3時間以上乾燥して、粉末状のポーラスSiを得た。以下当該ポーラスSiを、必要に応じて、実施例1のポーラスSiと称する場合がある。以下の各実施例におけるポーラスSi製造工程で得られたポーラスSiについても、同様に、各実施例のポーラスSiと称する場合がある。
【0068】
〔合金化工程〕
Si源として実施例1のポーラスSiを用い、Na源としてNaHを用いて、Na-Si合金を製造した。なお、NaHとしては、予めヘキサンで洗浄したものを用いた。
NaHとポーラスSiとをモル比1.05:1となるように秤量し、カッターミルを用いてこれらを混合した。NaHとポーラスSiとの混合物を、加熱炉にてAr雰囲気下で420℃、40時間加熱することで粉末状のNaSiを得た。
【0069】
〔シリコンクラスレート生成工程 1〕
上記の合金化工程で得られたNaSiをNa-Si合金として用い、Naトラップ剤としてAlF3を用いて、固相法によるシリコンクラスレート生成工程を行った。
Na-Si合金およびAlF3をモル比1:0.35となるように秤量し、カッターミルを用いて混合し、反応原料を得た。得られた粉末状の反応原料をステンレススチール製の反応容器に入れ、加熱炉にてAr雰囲気下で300℃、60時間加熱し反応させた。当該反応の生成物は、シリコンクラスレートとしてのNa20Si136に加えて副生物としてのNaFおよびAlを含むと考えられる。
この反応生成物を、HNO3とH2Oとを体積比90:10で混合した混合溶媒を用いて洗浄した。これにより、反応生成物中の副生物を除去した。洗浄後、濾過し、濾別された固形分を120℃で3時間以上乾燥して、粉末状の生成物Iを得た。
【0070】
〔シリコンクラスレート生成工程 2〕
上記の生成物IをNa-Si合金として用い、Naトラップ剤としてZnCl2を用いて、固相法によるシリコンクラスレート生成工程を行った。なお、当該シリコンクラスレート生成工程は、生成物IすなわちNa20Si136からさらにNaを除去する工程といい得る。
Na-Si合金およびZnCl2をモル比1:0.75となるように秤量し、混合して、粉末状の反応原料を得た。当該粉末状の反応原料をステンレススチール製の反応容器に入れ、加熱炉にてAr雰囲気下で310℃、15時間加熱し反応させた。当該反応の生成物は、シリコンクラスレートとしてのNa0Si136に加えて、副生物としてのNa2ZnCl4およびZnを含むと考えられる。
この反応生成物を、HNO3とH2Oとを体積比90:10で混合した混合溶媒を用いて洗浄した。これにより、反応生成物中の副生物を除去した。洗浄後、濾過し、濾別された固形分を120℃で3時間以上乾燥して、粉末状の生成物IIを得た。当該生成物IIは実施例1のシリコンクラスレート系負極活物質である。
【0071】
(実施例2)
〔ポーラスSi製造工程〕
加熱を530℃、12時間としたこと以外は実施例1のポーラスSi製造工程と同様にして、実施例2のポーラスSiを製造した。
Si源として実施例2のポーラスSiを用いたこと、合金化工程における加熱を400℃、46時間とし、シリコンクラスレート生成工程 1における加熱を270℃、80時間とし、かつ、シリコンクラスレート生成工程 2を行わなかったこと以外は、実施例1と同様にして、実施例2のシリコンクラスレート系負極活物質を得た。実施例2のシリコンクラスレート系負極活物質は、シリコンクラスレート生成工程 1で得られた生成物Iである。
【0072】
(実施例3)
Si源として実施例2のポーラスSiを用いたこと、合金化工程における加熱を400℃、46時間とし、シリコンクラスレート生成工程 1における加熱を310℃、40時間とし、かつ、シリコンクラスレート生成工程 2を行わなかったこと以外は、実施例1と同様にして、実施例3のシリコンクラスレート系負極活物質を得た。実施例3のシリコンクラスレート系負極活物質は、シリコンクラスレート生成工程 1で得られた生成物Iである。
【0073】
(実施例4)
Si源として実施例2のポーラスSiを用いたこと、合金化工程における加熱を400℃、46時間とし、シリコンクラスレート生成工程 1における加熱を320℃、40時間とし、かつ、シリコンクラスレート生成工程 2を行わなかったこと以外は、実施例1と同様にして、実施例4のシリコンクラスレート系負極活物質を得た。実施例4のシリコンクラスレート系負極活物質は、シリコンクラスレート生成工程 1で得られた生成物Iである。
【0074】
(実施例5)
〔ポーラスSi製造工程〕
加熱を580℃、24時間としたこと以外は実施例1のポーラスSi製造工程と同様にして、実施例5のポーラスSiを製造した。
Si源として実施例5のポーラスSiを用いたこと、合金化工程における加熱を400℃、46時間とし、シリコンクラスレート生成工程 1における加熱を360℃、20時間とし、かつ、シリコンクラスレート生成工程 2を行わなかったこと以外は、実施例1と同様にして、実施例5のシリコンクラスレート系負極活物質を得た。実施例5のシリコンクラスレート系負極活物質は、シリコンクラスレート生成工程 1で得られた生成物Iである。
【0075】
(実施例6)
Si源として実施例5のポーラスSiを用いたこと、合金化工程における加熱を400℃、46時間とし、シリコンクラスレート生成工程 1における加熱を410℃、12時間とし、かつ、シリコンクラスレート生成工程 2を行わなかったこと以外は、実施例1と同様にして、実施例6のシリコンクラスレート系負極活物質を得た。実施例6のシリコンクラスレート系負極活物質は、シリコンクラスレート生成工程 1で得られた生成物Iである。
【0076】
(実施例7)
〔ポーラスSi製造工程〕
加熱を680℃、12時間としたこと以外は実施例1のポーラスSi製造工程と同様にして、実施例7のポーラスSiを製造した。
Si源として実施例7のポーラスSiを用いたこと、合金化工程における加熱を420℃、40時間とし、シリコンクラスレート生成工程 1における加熱を300℃、40時間とし、かつ、シリコンクラスレート生成工程 2を行わなかったこと以外は、実施例1と同様にして、実施例7のシリコンクラスレート系負極活物質を得た。実施例7のシリコンクラスレート系負極活物質は、シリコンクラスレート生成工程 1で得られた生成物Iである。
【0077】
(実施例8)
〔ポーラスSi製造工程〕
加熱を780℃、12時間としたこと以外は実施例1のポーラスSi製造工程と同様にして、実施例8のポーラスSiを製造した。
Si源として実施例8のポーラスSiを用いたこと、合金化工程における加熱を420℃、40時間とし、シリコンクラスレート生成工程 1における加熱を300℃、60時間とし、かつ、シリコンクラスレート生成工程 2を行わなかったこと以外は、実施例1と同様にして、実施例8のシリコンクラスレート系負極活物質を得た。実施例8のシリコンクラスレート系負極活物質は、シリコンクラスレート生成工程 1で得られた生成物Iである。
【0078】
(実施例9)
〔ポーラスSi製造工程〕
Si粉末と金属Liとをモル比1:4となるように秤量し、Ar雰囲気下、室温で0.5時間、乳鉢で混合することで、これらを反応させLi4Siを得た。得られたLi4SiをAr雰囲気下、エタノールと反応させた。当該反応の生成物は、SiおよびCH3CH2OLiを含む。
この反応生成物を濾過し、濾別された固形分を120℃で3時間以上乾燥して、粉末状の実施例9のポーラスSiを得た。
Si源として実施例9のポーラスSiを用い、合金化工程における加熱を400℃、3時間とし、シリコンクラスレート生成工程 1における加熱を270℃、40時間とし、かつ、シリコンクラスレート生成工程 2を行わなかったこと以外は、実施例1と同様にして、実施例9のシリコンクラスレート系負極活物質を得た。実施例9のシリコンクラスレート系負極活物質は、シリコンクラスレート生成工程 1で得られた生成物Iである。
【0079】
(実施例10)
Si源として実施例9のポーラスSiを用いたこと、合金化工程における加熱を350℃、3時間とし、シリコンクラスレート生成工程 1における加熱を270℃、100時間とし、かつ、シリコンクラスレート生成工程 2を行わなかったこと以外は、実施例1と同様にして、実施例10のシリコンクラスレート系負極活物質を得た。実施例10のシリコンクラスレート系負極活物質は、シリコンクラスレート生成工程 1で得られた生成物Iである。
【0080】
(実施例11)
Si源として実施例9のポーラスSiを用いたこと、合金化工程における加熱を300℃、3時間とし、シリコンクラスレート生成工程 1における加熱を270℃、120時間とし、かつ、シリコンクラスレート生成工程 2を行わなかったこと以外は、実施例1と同様にして、実施例11のシリコンクラスレート系負極活物質を得た。実施例11のシリコンクラスレート系負極活物質は、シリコンクラスレート生成工程 1で得られた生成物Iである。
【0081】
(比較例)
Si源としてSi粉末を用いたこと以外は、実施例1と同様にして、比較例の負極活物質を得た。比較例の負極活物質は、シリコンクラスレート生成工程 2で得られた生成物IIである。
各実施例および比較例の概要を表1に示す。
【0082】
【0083】
(評価例1)
実施例1~実施例6、実施例9~実施例11および比較例の各負極活物質につき、粉末X線回折装置にて、X線回折測定を行った。
実施例1および比較例の負極活物質のX線回折チャートを重ね書きしたものを
図1に示し、実施例2~実施例4の負極活物質のX線回折チャートを重ね書きしたものを
図2に示し、実施例5~実施例6の負極活物質のX線回折チャートを重ね書きしたものを
図3に示し、実施例9~実施例11の負極活物質のX線回折チャートを重ね書きしたものを
図4に示す。なお、
図1~
図4において、黒い円形で示したピークはシリコンクラスレートIIに由来するものであり、黒い三角形で示したピークはシリコンクラスレートIに由来するものであり、白いひし形で示したピークはダイヤモンド構造であるSi結晶に由来するものであり、×で示したピークはAlF
3に由来するものである。
【0084】
図1~
図4から、実施例1~実施例6、実施例9~実施例11および比較例の各負極活物質はいずれも主成分としてシリコンクラスレートIIを含有することがわかる。この結果から、Naトラップ剤を用いた固相法によるシリコンクラスレート生成工程は、シリコンクラスレートIIを生成する工程として有効であることが裏付けられた。
また、
図2に示すように、シリコンクラスレート生成工程での加熱温度が高いほどシリコンクラスレートIに由来するピークが増大する。このことから、シリコンクラスレートIの生成を抑制しシリコンクラスレートIIの含有量をより高めるためには、シリコンクラスレート生成工程での加熱温度は低い方が好ましく、具体的には、310℃未満または300℃以下であるのが好適といい得る。
【0085】
また、
図3に示すように、シリコンクラスレート生成工程での加熱温度が400℃を超える実施例6の負極活物質においてはSi結晶に由来するピークが増大していることから、Si結晶の生成を抑制しシリコンクラスレートIIの含有量をより高めるためにも、シリコンクラスレート生成工程での加熱温度は低い方が好ましく、具体的には、400℃以下であるのが好適といい得る。
【0086】
さらに、
図4に示すように、合金化工程における加熱温度が高いほど、シリコンクラスレートIに由来するピークが増大する。このことから、シリコンクラスレートIの生成を抑制しシリコンクラスレートIIの含有量をより高めるためには、合金化工程における加熱温度は低い方が好ましく、具体的には、450℃以下、400℃未満、380℃以下または360℃以下であるのが好適といい得る。
【0087】
さらに、
図4に示すように、合金化工程における加熱温度が低い実施例11の負極活物質においては、Naトラップ剤であるAlF
3に由来するピークが確認される。このことから、Na-Si合金からシリコンクラスレートを生成する反応を効率よく進行させるためには、合金化工程における加熱温度をある程度高くするのが有効であることがわかる。具体的には、合金化工程における加熱温度は、300℃以上、310℃以上、320℃以上または340℃以上であるのが好適といい得る。
【0088】
(評価例2)
実施例1~実施例6のポーラスSi、比較例の合金化工程に用いたSi粉末、実施例1~実施例6の負極活物質、および比較例の負極活物質につき、窒素ガス吸着法により積算空孔体積およびBET比表面積を測定した。
実施例1のポーラスSiおよび実施例1の負極活物質の積算空孔体積を表すグラフを
図5に示す。比較例の合金化工程に用いたSi粉末および比較例の負極活物質の積算空孔体積を表すグラフを
図6に示す。実施例2のポーラスSiおよび実施例2~実施例4の負極活物質の積算空孔体積を表すグラフを
図7に示す。実施例5のポーラスSiおよび実施例5~実施例6の負極活物質の積算空孔体積を表すグラフを
図8に示す。
【0089】
図6に示すように、Si粉末における100nm以下での積算空孔体積は0.07cm
3/g程度であり、比較例の負極活物質における100nm以下での積算空孔体積は0.01cm
3/g程度であった。
これに対して、
図6に示すように、実施例1のポーラスSiにおける100nm以下での積算空孔体積は0.2cm
3/g程度であり、実施例1の負極活物質における100nm以下での積算空孔体積は0.14cm
3/g程度であった。
【0090】
この結果から、Si源としてポーラスSiを用いることで、100nm以下での積算空孔体積の大きな負極活物質、すなわち、十分な空孔体積を有する負極活物質が得られることがわかる。
【0091】
図8に示すように、実施例5のポーラスSiにおける100nm以下での積算空孔体積は0.18cm
3/g程度であり、実施例5の負極活物質における100nm以下での積算空孔体積は0.12cm
3/g程度であり、実施例6の負極活物質における100nm以下での積算空孔体積は0.11cm
3/g程度であった。
この結果からも、シリコンクラスレート生成工程を一段階で行う場合にも、Si源としてポーラスSiを用いることで、100nm以下での積算空孔体積の大きな、十分な空孔体積を有する負極活物質が得られることがわかる。
【0092】
また、実施例2の負極活物質における100nm以下での積算空孔体積は、実施例3、4の負極活物質における100nm以下での積算空孔体積に比べて大きな値であった。このことから、空孔体積の大きな負極活物質を製造するためには、シリコンクラスレート生成工程における温度は低い方が好ましく、300℃以下であるのが特に好適であることがわかる。
【0093】
図7に示すように、実施例2のポーラスSiにおける100nm以下での積算空孔体積は0.34cm
3/g程度であり、実施例2の負極活物質における100nm以下での積算空孔体積は0.23cm
3/g程度であり、実施例3の負極活物質における100nm以下での積算空孔体積は0.13cm
3/g程度であり、実施例4の負極活物質における100nm以下での積算空孔体積は0.13cm
3/g程度であった。
【0094】
図5~
図8に示すように、Si源としてポーラスSiを用いることで、100nm以下での積算空孔体積が0.1cm
3/g以上であり十分な空孔体積を有する負極活物質を得られることがわかる。また、ポーラスSiとしては、100nm以下での積算空孔体積が0.1cm
3/g以上のもの、0.15cm
3/g以上のもの、または、0.18cm
3/g以上のものを用いるのが好ましく、特に、100nm以下での積算空孔体積が0.2cm
3/g以上のもの、0.25cm
3/g以上のもの、または、0.3cm
3/g以上のものが好適であることがわかる。
【0095】
(評価例3)
各実施例および比較例の負極活物質につき、BET比表面積および平均粒子径D
50を測定した。結果を表2に示す。
【表2】
【0096】
表2に示すように、実施例の負極活物質は、比較例の負極活物質に比べて、何れもBET比表面積が大きい。また、各実施例の負極活物質の平均粒子径は十分に大きい。このため、Si源としてポーラスSiを用いることで、十分な空孔体積を有する負極活物質を得られることがわかる。また、空孔体積のより大きな負極活物質を得るためには、シリコンクラスレート生成工程での加熱温度をなるべく低くすること、具体的には、400℃未満、380℃以下、360℃以下、300℃以下または290℃以下とすることが好適といい得る。
なお、各実施例のポーラスSiのBET比表面積は、何れも20m2/g以上であった。