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特許7612748ヘモグロビンとハプトグロビンとの複合体を安定化する方法、及びヘモグロビンを含む検体を保存するための保存溶液
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-27
(45)【発行日】2025-01-14
(54)【発明の名称】ヘモグロビンとハプトグロビンとの複合体を安定化する方法、及びヘモグロビンを含む検体を保存するための保存溶液
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/48 20060101AFI20250106BHJP
   G01N 33/72 20060101ALI20250106BHJP
【FI】
G01N33/48 A
G01N33/72 A
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2023077084
(22)【出願日】2023-05-09
(62)【分割の表示】P 2019557269の分割
【原出願日】2018-11-28
(65)【公開番号】P2023100882
(43)【公開日】2023-07-19
【審査請求日】2023-06-05
(31)【優先権主張番号】P 2017231564
(32)【優先日】2017-12-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000120456
【氏名又は名称】栄研化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100126653
【弁理士】
【氏名又は名称】木元 克輔
(72)【発明者】
【氏名】安居 良太
(72)【発明者】
【氏名】酒巻 望
【審査官】草川 貴史
(56)【参考文献】
【文献】特開平10-132824(JP,A)
【文献】特開平11-218533(JP,A)
【文献】特開平11-242027(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
G01N 1/00- 1/44
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヘモグロビンとハプトグロビンとの複合体を安定化する方法であって、
ヘモグロビンとハプトグロビンとの複合体を、ヘモグロビン分解物の存在下で保存する工程を含み、
ヘモグロビン分解物は、ヘムと、グロビン分解物とを含み、ハプトグロビンと複合体を形成せず、グロビン分解物は抗原性を示さない、方法。
【請求項2】
ヘモグロビン分解物が、酵素によるヘモグロビン分解物である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ヘモグロビンとハプトグロビンとの複合体を、ヘモグロビン分解物を含む保存溶液中で保存する工程を含み、
ヘモグロビン分解物の保存溶液中の濃度が、鉄相当量で0.012mg/L以上である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
ヘモグロビンとハプトグロビンとの複合体が、ヘモグロビンを含む検体をハプトグロビンと接触させることにより生成した、ヘモグロビンとハプトグロビンとの複合体を含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
ヘモグロビンとハプトグロビンとの複合体が、糞便、唾液又は尿に含まれる、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
ヘモグロビンとハプトグロビンとの複合体を保存するための保存溶液であって、
ヘモグロビン分解物を含み、ヘモグロビン分解物は、ヘムと、グロビン分解物とを含み、ハプトグロビンと複合体を形成せず、グロビン分解物は抗原性を示さない、保存溶液。
【請求項7】
ヘモグロビンを含む検体を保存するための保存溶液であって、
ハプトグロビンと、ヘモグロビン分解物と、を含み、
ヘモグロビン分解物は、ヘムと、グロビン分解物とを含み、ハプトグロビンと複合体を形成せず、グロビン分解物は抗原性を示さず、
検体中のヘモグロビンはハプトグロビンと複合体を形成する、保存溶液。
【請求項8】
ヘモグロビンとハプトグロビンとの複合体をさらに含み、キャリブレータ又はコントロールとして使用される、請求項6に記載の保存溶液。
【請求項9】
ヘモグロビン分解物が、酵素によるヘモグロビン分解物である、請求項6~8のいずれか一項に記載の保存溶液。
【請求項10】
ヘモグロビン分解物の濃度が、鉄相当量で0.012mg/L以上である、請求項6~9のいずれか一項に記載の保存溶液。
【請求項11】
検体中のヘモグロビンを検出する方法であって、
請求項7に記載の保存溶液に検体を添加して検体を含有する試料を得る工程と、
試料中のヘモグロビンを免疫学的手法により検出する工程と、
を備え、
試料中のヘモグロビンはハプトグロビンと複合体を形成している、方法。
【請求項12】
検体中のヘモグロビンを検出するためのキットであって、
請求項7に記載の保存溶液と、
抗ヘモグロビン抗体を含む試薬と、
を含む、キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヘモグロビンとハプトグロビンとの複合体を安定化する方法、ヘモグロビンとハプトグロビンとの複合体を保存するための保存溶液、ヘモグロビンを含む検体を保存するための保存溶液、並びに検体中のヘモグロビンを検出するための方法及びキットに関する。
【背景技術】
【0002】
糞便、尿、唾液等に含まれる血液の検出は、多くの疾患の診断に有用である。例えば、糞便中の血液を検出する便潜血検査は、大腸癌の検診に利用されている。潜血を検出する方法として、糞便等の検体中の潜血に含まれるヘモグロビンを、抗ヘモグロビン抗体を用いて検出する免疫学的手法が知られている。潜血検査に供される検体は、通常、被験者によって保存溶液の入った容器に採取され、病院等の検査機関に送られる。多くの場合、検体を含有する保存溶液(試料)は、実際に検査に供されるまで数日間保管され、その間、高温下に置かれることも度々ある。ヘモグロビンは溶液中で不安定であり、高温条件下では特に変性又は分解しやすい。ヘモグロビンが変性又は分解することによりエピトープ又はその周辺部位の構造が変化すると、抗体がヘモグロビンを認識できなくなり、よって、免疫学的手法によるヘモグロビンの検出の正確性が低下する。
【0003】
また、潜血検査では、免疫学的手法によるヘモグロビン濃度の測定に、多数の試料を迅速かつ正確に分析することができる自動分析装置が広く使用されている。一般に、自動分析装置による測定においては、装置の変化及び測定に用いる試薬の変化が測定結果に大きく影響するため、既知濃度の測定対象物質を含むキャリブレータ又はコントロールを用いて、定期的に自動分析装置の校正又は精度管理を行っている。自動分析装置の校正は、濃度既知の測定対象物質を含むキャリブレータを測定して、検量線を作成することにより行い、自動分析装置の精度管理は、既知濃度の測定対象物質を含むコントロールを測定して、測定値が所定の範囲内か否か確認することにより行う。しかしながら、ヘモグロビンは溶液中で不安定であり、キャリブレータ又はコントロール中に含まれるヘモグロビンが変性又は分解することによりエピトープ又はその周辺部位の構造が変化すると、抗体がヘモグロビンを認識できなくなり、自動分析装置の校正及び精度管理を正確に行うことができず、正確な測定ができなくなる。
【0004】
このような背景の下、試料中のヘモグロビンを安定化するために数々の方法が提案されている。例えば、チメロサール、クロルヘキシジン等の抗菌剤を添加する方法(例えば、特許文献1)、ヒト以外の動物ヘモグロビンを添加する方法(例えば、特許文献2)、ヒト以外の動物の血清を添加する方法(例えば、特許文献3)、グリコシダーゼ型溶菌酵素を添加する方法(例えば、特許文献4)、水溶性遷移金属錯体を添加する方法(例えば、特許文献5)、ヘモグロビンの酵素分解産物を添加する方法(例えば、特許文献6)、亜硫酸又は二亜硫酸等を添加する方法(例えば、特許文献7)、リンゴ酸等の有機酸を添加する方法(例えば、特許文献8)、イミノカルボン酸を添加する方法(例えば、特許文献9)、グリオキシル酸を添加する方法(例えば、特許文献10)、ハロアルカンスルホン酸を添加する方法(例えば、特許文献11)等が提案されている。
【0005】
しかしながら、ヘモグロビンは非常に不安定であることから、これらのヘモグロビンの安定化方法であっても、その変性あるいは分解を十分に抑制するには至っていない。一方、ヘモグロビンを安定化するために、ハプトグロビンを添加する方法も知られている(例えば、特許文献12)。ハプトグロビンは、幅広い動物の血液中に存在し、赤血球の溶血によって血液中に放出されたヘモグロビンを回収する役割を担うタンパク質である。ハプトグロビンはヘモグロビンと速やかに結合し、安定なヘモグロビン-ハプトグロビン複合体(Hb-Hp複合体)を形成することが知られている。糞便等の検体を加える保存溶液等にあらかじめハプトグロビンを添加しておくことで、検体を加えた際に、検体に含まれるヘモグロビンを、安定なヘモグロビン-ハプトグロビン複合体にすることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開昭63-271160号公報
【文献】特開平2-296149号公報
【文献】特開平4-145366号公報
【文献】特公平5-69466号公報
【文献】特開平7-229902号公報
【文献】特開平11-218533号公報
【文献】特開2000-258420号公報
【文献】特開2003-14768号公報
【文献】特開2009-097956号公報
【文献】特開2013-257216号公報
【文献】特開2016-191580号公報
【文献】特開平10-132824号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
生体由来の検体、特に糞便中には、ヘモグロビンの分解を引き起こす細菌やタンパク質分解酵素が多く存在するため、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体であっても、分解されてしまう場合があった。そこで、本発明は、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体を安定化することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体を安定化する方法は、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体を、ヘモグロビン分解物の存在下で保存する工程を含む。ヘモグロビン分解物は、酵素によるヘモグロビン分解物であってよい。上記方法は、ヘモグロビンとハプトグロビンとの複合体を、ヘモグロビン分解物を含む保存溶液中で保存する工程を含んでいてもよく、ヘモグロビン分解物の保存溶液中の濃度は、鉄相当量で0.012mg/L以上であってよい。ヘモグロビンとハプトグロビンとの複合体は、ヘモグロビンを含む検体をハプトグロビンと接触させることにより生成した、ヘモグロビンとハプトグロビンとの複合体を含んでよい。検体は、糞便、唾液、又は尿であってよく、糞便であってもよい。
【0009】
本発明に係る、ヘモグロビンとハプトグロビンとの複合体を保存するための保存溶液は、ヘモグロビン分解物を含む。該保存溶液は、ヘモグロビンとハプトグロビンとの複合体をさらに含んでもよく、キャリブレータ又はコントロールとして使用することができる。
【0010】
本発明に係る、ヘモグロビンを含む検体を保存するための保存溶液は、ハプトグロビンと、ヘモグロビン分解物と、を含む。検体は、糞便、唾液、又は尿であってよい。
【0011】
ヘモグロビン分解物は、酵素によるヘモグロビン分解物であってよい。ヘモグロビン分解物の濃度は、鉄相当量で0.012mg/L以上であってよい。
【0012】
本発明に係る、検体中のヘモグロビンを検出する方法は、ヘモグロビンを含む検体を保存するための上記保存溶液に検体を添加して検体を含有する試料を得る工程と、試料中のヘモグロビンを免疫学的手法により検出する工程と、を備え、試料中のヘモグロビンはハプトグロビンと複合体を形成している。
【0013】
本発明に係る、検体中のヘモグロビンを検出するためのキットは、ヘモグロビンを含む検体を保存するための上記保存溶液と、抗ヘモグロビン抗体を含む試薬と、を含む。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体を安定化することができる。いいかえれば、本発明によれば、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体中のヘモグロビンの変性及び分解を抑制することができる。よって、本発明によれば、より高い正確性で、検体中のヘモグロビンを免疫学的手法により検出することが可能となる。また、保存安定性に優れた、キャリブレータ又はコントロールを提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】ヘモグロビン分解物の添加が、37℃において、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体の回収率に及ぼす影響を示すグラフである。
図2】ヘモグロビン分解物の添加が、56℃において、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体の回収率に及ぼす影響を示すグラフである。
図3】ヘモグロビン分解物の添加が、37℃において、ヘモグロビンの回収率に及ぼす影響を示すグラフである。
図4】ヘモグロビン分解物の添加が、56℃において、ヘモグロビンの回収率に及ぼす影響を示すグラフである。
図5】ヘモグロビン分解物の濃度と、糞便中のヘモグロビンの回収率との関係を示すグラフである。
図6】ヘモグロビン分解物の濃度と、糞便中のヘモグロビンの回収率との関係を示すグラフである。
図7】ハプトグロビンを添加し、ヘモグロビン分解物を添加しなかった場合の、糞便中のヘモグロビンの回収率を示すグラフである。
図8】ハプトグロビン及びヘモグロビン分解物を添加した場合の、ヘモグロビンの回収率を示すグラフである。
図9】ハプトグロビン及びヘモグロビン分解物を添加しなかった場合の、ヘモグロビンの回収率を示すグラフである。
図10】ハプトグロビンを添加せず、ヘモグロビン分解物を添加した場合の、ヘモグロビンの回収率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明に係る、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体を安定化する方法は、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体を、ヘモグロビン分解物の存在下で保存する工程を含む。
【0017】
ヘモグロビン分解物は、ヘモグロビンを断片化したものであり、断片化する方法としては、酵素分解法、化学分解法等の方法が挙げられる。ヘモグロビン分解物は、従来使用されてきた、酵素によるヘモグロビン分解物であることが好ましい。酵素は、トリプシン、ペプシン、アルカラーゼ等のタンパク質分解酵素であってよい。ヘモグロビン分解物は、完全に分解したヘモグロビンであっても、部分的に分解したヘモグロビンであってもよく、これらの混合物であってもよい。完全に分解したヘモグロビンとは、酵素による分解反応が完結したときに得られるヘモグロビン分解物、又はそれと同一のヘモグロビン分解物であって化学分解法により得られたヘモグロビン分解物を意味する。部分的に分解したヘモグロビンとは、酵素による分解反応が完結する前の任意の段階で得られるヘモグロビン分解物、又はそれと同一のヘモグロビン分解物であって化学分解法により得られたヘモグロビン分解物を意味する。ヘモグロビン分解物としては、部分的に分解したヘモグロビンが好ましい。すなわち、ヘモグロビン分解物としては、ヘモグロビンの酵素部分分解物が好ましい。部分的に分解したヘモグロビンは、優れた溶解性を有し、また、グロビン断片による、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体の補助的な安定化効果が期待できる。ヘモグロビン分解物は、鉄とポルフィリンの錯体であるヘムを含み、かつ、抗原性を示さない程度に分解されたグロビンを含むことが好ましい。さらに、ヘモグロビン分解物は、ハプトグロビンと複合体を形成しない程度に分解されていることが好ましい。ヘモグロビン分解物の由来動物は限定されず、例えば、ヒト又はヘモグロビンを有するヒト以外の脊椎動物であってよく、ブタ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ウサギ等の哺乳類、鳥類、魚類等であってもよい。
【0018】
本方法の一態様は、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体を、ヘモグロビン分解物を含む保存溶液中で保存する工程を含む。
【0019】
保存溶液は、2-モルホリノエタンスルホン酸(MES)、ヒドロキシエチルピペラジン-2-エタンスルホン酸(HEPES)、ピペラジン-ビス(2-エタンスルホン酸)(PIPES)等のグッド緩衝剤を含む緩衝液であってよく、リン酸緩衝液、トリス緩衝液又はグリシン緩衝液等であってもよい。
【0020】
ヘモグロビン分解物の濃度は、鉄相当量で、0.012mg/L以上、0.012mg/L~60mg/L、0.12mg/L~12mg/L、1.2mg/L~6.3mg/L、又は1.2mg/L~3.6mg/Lであることが好ましい。ヘモグロビン分解物の濃度が鉄相当量で60mg/L以下であると、保存溶液の粘度が過度に高くならないため、試料中のヘモグロビン又はヘモグロビン-ハプトグロビン複合体の濃度を測定しやすい。また、ヘモグロビン分解物の濃度が鉄相当量で60mg/L以下であると、ヘモグロビン分解物による保存溶液の着色を抑えることができる。鉄相当量とは、ヘモグロビン分解物中に含まれる鉄原子の量(mg Fe/L)を意味する。ヘモグロビン分解物の鉄相当量は、オルト-フェナントロリン比色法又は原子吸光法等により求めることができる。
【0021】
保存溶液のpHは、5~10であってよく、6~8であってよい。
【0022】
保存溶液には、アジ化ナトリウム(NaN)等の抗菌剤、pH調整剤、イオン強度を調節するための塩等、ヘモグロビンの保存時に使用され得る公知の添加剤をさらに添加してもよい。抗菌剤は、抗生物質及び溶菌酵素を含む。添加剤の例には、リジン、ヒスチジン等のアミノ酸、アルブミン、タンパク質分解酵素阻害剤、遷移金属イオンの水溶性錯体、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)など、ヘモグロビンを安定化する作用があることが知られる公知の成分も含まれる。アルブミンの例には、ウシ血清アルブミン(BSA)等の血清アルブミン、及び卵白に由来するアルブミン(オボアルブミン)が含まれる。
【0023】
上記組成を有する保存溶液に、濃度既知のヘモグロビン-ハプトグロビン複合体をさらに加えることで、上記保存溶液を、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体を検出又は分析するための、キャリブレータ又はコントロールとして用いることができる。このようなキャリブレータ又はコントロールは、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体がヘモグロビン分解物により安定化されているため、高温条件下でも安定的に保存することができる。
【0024】
本方法のより具体的な一態様は、ヘモグロビンを含む検体をハプトグロビンと接触させることにより生成したヘモグロビン-ハプトグロビン複合体を、上記保存溶液中で保存する工程を含む。ヘモグロビンを含む検体は、糞便、唾液、又は尿であってよい。糞便中には、ヘモグロビンの分解を引き起こす細菌やタンパク質分解酵素が特に多く存在するため、本発明の方法が特に効果的である。
【0025】
ヘモグロビンを含む検体とハプトグロビンとはどのように接触させてもよい。好ましくは、ハプトグロビンをさらに含む上記保存溶液中に、ヘモグロビンを含む検体を添加してもよい。検体中のヘモグロビンは、保存溶液中のハプトグロビンと速やかに反応し、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体を形成する。そして、検体をそのまま保存溶液中に保存しておくことで、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体を安定的に保存することができる。いいかえれば、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体を安定化する上記方法によれば、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体中のヘモグロビンのエピトープ及びその周辺部位の構造を維持したまま、検体を保存することができる。したがって、本発明は、ヘモグロビンを含む検体を保存するための保存溶液を提供するものであるともいえる。なお、ヘモグロビンがハプトグロビンと複合体を形成するにあたり、ヘモグロビンは、α鎖とβ鎖が二つずつ会合した4量体(α2β2)から二つの2量体(αβ)へと解離するが、この現象は、本明細書における「分解」及び「変性」に該当しない。
【0026】
本明細書において、ハプトグロビンは、ヘモグロビンと複合化してヘモグロビン-ハプトグロビン複合体を生成するものであれば特に限定されない。ヘモグロビンとハプトグロビンの結合の生物種特異性は低いので、幅広い生物種由来のハプトグロビンを利用することができる。検体中のヘモグロビンがヒトヘモグロビンであるときには、ヒトをはじめとして、ウマ、ブタ、サル、イヌ、ウサギ、ラット等の動物に由来するハプトグロビンを利用できる。ハプトグロビンは、必ずしも高度に精製されている必要はない。
【0027】
本発明に係る、ヘモグロビンを含む検体を保存するための保存溶液は、ヘモグロビン分解物を含む上述の保存溶液に、ハプトグロビンをさらに加えたものである。保存溶液中のハプトグロビンの濃度は、検体の量にもよるが、例えば、0.05単位/L~50単位/L、0.1単位/L~10単位/L、又は、0.2単位/L~2単位/Lである。ここで、1単位は、1mgのヘモグロビンに結合するハプトグロビン量を表す。ハプトグロビン濃度は、検体中の全てのヘモグロビンを、ハプトグロビンと複合体を形成させるのに十分な濃度に調整することが好ましい。
【0028】
上述の安定化方法又は保存溶液によれば、検体中のヘモグロビンを、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体の形で、安定化することができる。いいかえれば、上記の方法又は保存溶液によれば、検体中のヘモグロビンの変性及び分解を抑制することができ、よって、ヘモグロビンのエピトープ及びその周辺部位の構造を維持することができる。したがって、検体中のヘモグロビンを免疫学的手法により検出する場合、検出の正確性が向上することが期待される。
【0029】
本発明により提供される、検体中のヘモグロビンを検出する方法は、ヘモグロビンを含む検体を保存するための上記保存溶液に検体を添加して、検体を含む試料を得る工程と、試料中のヘモグロビンを免疫学的手法により検出する工程と、を備える。
【0030】
免疫学的手法は抗ヘモグロビン抗体を利用する方法であり、公知の免疫学的手法を使用することができる。免疫学的手法は、例えば、免疫凝集法(例えば、ラテックス凝集法、又は金コロイド凝集法)、イムノクロマトグラフ法、又はELISA法であってよい。
【0031】
検体中のヘモグロビンの検出は、例えば次のように行うことができる。まず、保存溶液の入った容器に検体を採取する。検体中にヘモグロビンが存在する場合、ヘモグロビンは、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体を形成する。検体中の全てのヘモグロビンが複合体を形成する必要はなく、検体を含有する保存溶液(試料)には、ハプトグロビンと複合体を形成していないヘモグロビンが存在してもよいが、検体中の実質的に全てのヘモグロビンがハプトグロビンと複合体を形成していることが好ましい。容器内で検体を任意の時間保存した後、検体を含有する保存溶液をろ過する。次いで、ろ液中のヘモグロビンをラテックス凝集法により検出する。より具体的には、ラテックス粒子を表面に結合させた抗ヘモグロビン抗体を含む試薬を、ろ液に加える。抗ヘモグロビン抗体は、ヘモグロビン-ハプトグロビン複合体におけるヘモグロビンのエピトープを認識可能であり、かつ、ハプトグロビンと交差反応を起こさないことが好ましい。ろ液中にヘモグロビンが存在する場合、抗ヘモグロビン抗体がヘモグロビンを認識し、抗体に結合しているラテックス粒子が凝集する。凝集による濁度の変化を測定し、ヘモグロビン濃度既知のヘモグロビン-ハプトグロビン複合体を含むキャリブレータを用いて作成した検量線により、ろ液中のヘモグロビン濃度を求める。また、キャリブレータのヘモグロビン-ハプトグロビン複合体の濃度に基づいて作成した検量線により、ろ液中のヘモグロビン-ハプトグロビン複合体の濃度を求めることもできる。
【0032】
本発明は、また、検体中のヘモグロビンを検出するために用いることのできる試料を提供する。試料は、ヘモグロビンとハプトグロビンとの複合体及びヘモグロビン分解物を含む。より具体的には、試料は、ハプトグロビンと検体中のヘモグロビンとにより生成したヘモグロビンとハプトグロビンとの複合体、及び、ヘモグロビン分解物を含む。かかる試料においては、ヘモグロビンとハプトグロビンとの複合体が安定化されているため、より高い正確性で、検体中のヘモグロビンを検出し得る。
【0033】
本発明は、上記の方法により検体中のヘモグロビンを検出する際に、使用することのできるキットをさらに提供する。キットは、ヘモグロビンを含む検体を保存するための上記保存溶液と、抗ヘモグロビン抗体を含む試薬と、を含む。抗ヘモグロビン抗体に制限はなく、ポリクローナル抗体であっても、モノクローナル抗体であってもよく、又はヘモグロビンを認識可能な、抗ヘモグロビン抗体の断片であってもよい。抗ヘモグロビン抗体には、ラテックス等、検出に必要な物質が結合されていてもよい。キットは、検体を採取するための器具及び容器、キャリブレータ、コントロール、検体を希釈するための溶液等、任意の構成をさらに含んでいてもよい。
【実施例
【0034】
(試験例1-1)
50mMのHEPES(pH7.4)、0.1%のBSA、0.1%のNaN、及び0~5000mg/L(鉄相当量で0~60mg Fe/L)のヘモグロビン分解物(Hb分解物)を添加した保存溶液を調製した。ヘモグロビン分解物としては、タンパク質分解酵素によるブタ由来のヘモグロビン分解物(ILS株式会社製)を使用した。ヘモグロビン分解物をSDS-PAGEで分析したところ、分子量3kDa~9kDaの位置にブロードなバンドが観察された。鉄の含有量から推定されるヘモグロビン分解物の平均分子量は、4.6kDaであった。ヘモグロビン分解物は、ハプトグロビンと複合体を形成しない程度に分解されていることを確認して用いた。保存溶液にヘモグロビン-ハプトグロビン複合体(構成成分として約900μg/Lのヘモグロビン及び約0.9単位/Lのハプトグロビンを含む。)を加え、4、25、37、45、又は56℃で、0、3、7、12及び20日保存した。保存した試料中のHb-Hp複合体の濃度(μg/L)を、ラテックス凝集法により測定した。Hb-Hp複合体の濃度は、Hb-Hp複合体中のヘモグロビンの含有量で求めた。
【0035】
Hb-Hp複合体の濃度は、測定試薬「OC-ヘモディア(登録商標)オートS‘栄研’」(栄研化学株式会社製)及び、測定装置「JCA-BM2250」(日本電子株式会社製)を用いて測定した。上記測定試薬には、抗ヒトヘモグロビンウサギポリクローナル抗体感作ラテックス粒子が含まれる。
JCA-BM2250における測定条件は次のとおりである。
検体量:7.0μL
第1試薬:40μL
第2試薬:20μL
測定波長:658nm
【0036】
測定したHb-Hp複合体の濃度から、Hb-Hp複合体を添加した直後のHb-Hp複合体の濃度(すなわち、Hb-Hp複合体を添加してから0日後の濃度)を基準として、Hb-Hp複合体の回収率(%)を算出した。結果を表1、図1及び図2に示す。表1において、Hb分解物の濃度は、鉄相当量の濃度(mg Fe/L)で示している。これらの表及び図に示されるとおり、Hb分解物を添加することにより、Hb-Hp複合体の回収率が向上した。37℃の保存において20日後の回収率が80%以上(図1)、56℃の保存において3日後の回収率が50%以上(図2)と、高温環境下での保存においても、Hb-Hp複合体の高い保存安定性が得られた。また、回収率(%)はヘモグロビン分解物の添加濃度に依存して向上した。この結果より、Hb分解物が、Hb-Hp複合体を安定化したことが示された。なお、温度が25℃及び45℃の場合の試験結果は示していないが、これらの温度においても、上記と同様の結論が導き出せる結果が得られた。
【0037】
【表1】
【0038】
(試験例1-2)
参考までに、Hb-Hp複合体のかわりにヘモグロビンを保存溶液に添加して、試験例1-1と同様の試験を行った。ヘモグロビンの回収率(%)を算出した結果を表2、図3及び図4に示す。これらの表及び図に示されるとおり、Hb分解物を添加することによりヘモグロビンの回収率が向上したものの、ハプトグロビンと複合体を形成しているヘモグロビン(試験例1-1)と比べると、回収率は低かった。37℃の保存において20日後の回収率は最大で35%(図3)、56℃の保存において3日後の回収率は2%以下(図4)と、高温環境下での保存におけるヘモグロビンの保存安定性は著しく低かった。
【0039】
【表2】
【0040】
(試験例2-1)
50mMのHEPES(pH6.8)、0.1%のBSA、0.1%のNaN、0~1000mg/L(鉄相当量で0~12mg Fe/L)のヘモグロビン分解物(ILS株式会社製)、及び1単位/Lのハプトグロビンを添加した保存溶液を調製した。ヘモグロビンを添加した糞便検体を、糞便濃度が0.5質量%となるように保存溶液に加え、37℃で、0、7、及び14日保存した。保存した試料中のヘモグロビンの濃度(μg/L)を、ラテックス凝集法により測定した。なお、糞便検体には、試料中のヘモグロビン濃度が約500μg/Lとなる量のヘモグロビンを添加した。
【0041】
ヘモグロビンの濃度は、測定試薬「OC-ヘモディア(登録商標)オートIII‘栄研’」(栄研化学株式会社製)及び、測定装置「OCセンサーDIANA」(栄研化学株式会社製)を用いて測定した。上記測定試薬には、抗ヒトヘモグロビンウサギポリクローナル抗体感作ラテックス粒子が含まれる。
【0042】
測定したヘモグロビンの濃度から、糞便検体を保存溶液に加えた直後のヘモグロビンの濃度(すなわち、糞便検体を加えてから0日後の濃度)を基準として、糞便試料中のヘモグロビンの回収率(%)を算出した。結果を表3、図5及び図6に示す。図5図6は、それぞれ糞便試料1、糞便試料2の結果を示す。表3において、Hb分解物の濃度は、鉄相当量の濃度(mg Fe/L)で示している。これらの表及び図に示されるとおり、糞便1、糞便2のいずれの糞便試料においても、Hb分解物を添加することにより、試料中のヘモグロビンの回収率が濃度依存的に向上した。この結果より、Hb分解物が、ヘモグロビンを安定化したことが示された。なお、試料中のヘモグロビンは、保存溶液に含まれるハプトグロビンと結合したHb-Hp複合体の状態で存在するため、上記の結果は、Hb分解物が、Hb-Hp複合体を安定化したことを意味する。
【0043】
【表3】
【0044】
(試験例2-2)
保存溶液に添加するヘモグロビン分解物の濃度を300mg/L(鉄相当量で3.6mg Fe/L)に固定し、試験例2-1と同様に試験を行った。また、比較例として、ヘモグロビン分解物を保存溶液に添加しないで、同様の試験を行った。結果を表4、図7及び8に示す。図7図8は、それぞれヘモグロビン分解物を添加しなかった例、ヘモグロビン分解物を添加した例の結果を示す。これらの表及び図に示されるとおり、Hb分解物を添加することにより、試料中のヘモグロビンの回収率が向上した。この結果より、Hb分解物が、ヘモグロビンを安定化したことが示された。なお、試料中のヘモグロビンは、保存溶液に含まれるハプトグロビンと結合したHb-Hp複合体の状態で存在するため、上記の結果は、Hb分解物が、Hb-Hp複合体を安定化したことを意味する。
【0045】
【表4】
【0046】
(試験例2-3)
参考までに、保存溶液にハプトグロビンを添加せずに、試験例2-2と同様の試験を行った。結果を表5、図9及び図10に示す。図9図10は、それぞれヘモグロビン分解物を添加しなかった例、ヘモグロビン分解物を添加した例の結果を示す。これらの表及び図に示されるとおり、ハプトグロビンと複合体を形成しているヘモグロビン(試験例2-2)と比べると、ヘモグロビンの回収率は低かった。
【表5】
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10