(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-27
(45)【発行日】2025-01-14
(54)【発明の名称】溶剤希釈型水系潤滑剤組成物
(51)【国際特許分類】
C10M 173/02 20060101AFI20250106BHJP
C10M 107/02 20060101ALN20250106BHJP
C10M 107/38 20060101ALN20250106BHJP
C10M 119/02 20060101ALN20250106BHJP
C10M 119/22 20060101ALN20250106BHJP
C10M 115/08 20060101ALN20250106BHJP
C10M 145/40 20060101ALN20250106BHJP
C10N 30/00 20060101ALN20250106BHJP
C10N 40/02 20060101ALN20250106BHJP
C10N 50/10 20060101ALN20250106BHJP
C10N 50/02 20060101ALN20250106BHJP
【FI】
C10M173/02
C10M107/02
C10M107/38
C10M119/02
C10M119/22
C10M115/08
C10M145/40
C10N30:00 A
C10N40:02
C10N50:10
C10N50:02
(21)【出願番号】P 2024152308
(22)【出願日】2024-09-04
【審査請求日】2024-09-27
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】591213173
【氏名又は名称】住鉱潤滑剤株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】科野 孝典
【審査官】松原 宜史
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-282945(JP,A)
【文献】特開2008-088297(JP,A)
【文献】特開昭42-019705(JP,A)
【文献】特開昭53-101005(JP,A)
【文献】特開2002-146376(JP,A)
【文献】特開昭50-140350(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M
C10N
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶剤である水と、
前記溶剤である水に分散してなり、パーフルオロポリエーテル油及び合成炭化水素油から選ばれる1種以上を含む基油と、増ちょう剤と、を含有するグリースと、
高分子多糖類を含む添加剤と、
を含有する、溶剤希釈型水系潤滑組成物。
【請求項2】
前記高分子多糖類は、水中で水素結合によりネットワーク構造を形成するものである、
請求項1に記載の溶剤希釈型水系潤滑剤組成物。
【請求項3】
前記増ちょう剤は、ポリテトラフルオロエチレン、メラミンシアヌレート、及びポリエチレンの固形粉末から選ばれる1種以上を含む、
請求項1又は2に記載の溶剤希釈型水系潤滑剤組成物。
【請求項4】
さらに界面活性剤を含有する、
請求項1又は2に記載の溶剤希釈型水系潤滑剤組成物。
【請求項5】
前記グリースは、フッ素グリースであり、
前記溶剤は、フッ素系溶剤を含まない、
請求項1又は2に記載の溶剤希釈型水系潤滑剤組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリースを水に分散させてなる溶剤希釈型水系潤滑剤組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
グリースは、基油や増ちょう剤により分類されることが多い。中でも、パーフルオロポリエーテル油をポリテトラフルオロエチレン等のフッ素系ポリマーや無機増ちょう剤により増ちょうさせたグリースは、フッ素グリースと呼ばれる。そして、そのフッ素グリースを、ハイドロフルオロエーテルやハイドロフルオロカーボン等のフッ素系の溶剤に分散した液状潤滑剤は、溶剤希釈型フッ素系潤滑剤と呼ばれる。
【0003】
なお、フッ素系溶剤に分散した液溶剤希釈型フッ素系潤滑剤に対し、溶剤として水を用いてグリースを水に分散した液状潤滑剤のことを、溶剤希釈型水系潤滑剤と呼ぶ。
【0004】
フッ素グリースは、その基油に由来する優れた性能により、潤滑性、耐熱性、酸化安定性、対樹脂性、対ゴム性、低発塵性、耐薬品性といった非常に多くの優れた機能を有するグリースである。フッ素グリースは、特に、家電製品等の精密でデリケートな部分に使用されることが多い。家電製品は、製品によっては10年以上をノーメンテナンスで取り扱う場合があるが、フッ素グリースはその多機能性によって要求仕様を十分満足させ得る。一方で、フッ素グリースは、高価なものでもある。そのため、使用上問題ない範囲でできるだけ薄膜で利用することが求められている。
【0005】
溶剤希釈型フッ素系潤滑剤は、塗布後に溶剤が揮発することによりフッ素グリース膜を薄膜で形成することができる。そのため、フッ素グリースの使用量が減り、コストを低減することができる。また、溶剤希釈型潤滑剤は、低粘度の液状潤滑剤であるため、ディッピングや刷毛塗りといった方法により塗布することが可能で、作業効率や生産性を向上させることができ、複雑な構造の部品への塗布も比較的容易に行うことができる。さらに、溶剤希釈型潤滑剤は、流動性に優れるため、必要に応じて添加剤を用いる等して溶剤に対するフッ素グリースの分散性のコントロールが容易となり、フッ素グリースを適切に分布させることができる。これにより、乾燥後のフッ素グリース膜がばらつきの少ない薄膜で均一な膜となり、結果としてフッ素グリース膜を形成する部品の生産コストを低減することもできる。
【0006】
さて、近年では、PFAS(ペルフルオロアルキル化合物及びポリフルオロアルキル化合物、アルキル鎖に複数のフッ素原子が結合した有機フッ素化合物の総称)を規制する動きがある。そのため、溶剤希釈型フッ素系潤滑剤においては、基油のパーフルオロポリエーテル油、固体潤滑剤のポリテトラフルオロエチレン、フッ素系溶剤のハイドロフルオロエーテルやハイドロフルオロカーボンの代替が求められている。その中でも特に、組成物中において含有量の多いフッ素溶剤の代替については急務となっている。
【0007】
例えば特許文献1には、潤滑油、ワックス、メラミンシアヌレート、アニオン系界面活性剤、及び水性溶剤を含む潤滑剤組成物の技術が開示されている。特許文献1に開示の技術では、水性溶剤を含む潤滑剤組成物において、アニオン系界面活性剤を使用することで、高価なフッ素系溶剤及びフッ素油を使用しなくても、固体潤滑剤等の成分の沈降や分離を軽減できるとしている。
【0008】
しかしながら、特許文献1に開示の技術でも、例えば疎水性が高い潤滑油を使用する場合等では、その疎水性油を十分に潤滑剤組成物中に分散させることができないことがあり、また、それにより、形成されるグリース被膜が均一とならずに十分に潤滑性を担保できないことがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、このような従来の実情に鑑みて提案されたものであり、グリースを水に分散してなる溶剤希釈型水系潤滑剤組成物において、均一なグリース被膜を形成させて良好な潤滑性を付与できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上述した課題を解決するために鋭意検討を重ねた。その結果、グリースを溶剤である水に分散してなる溶剤希釈型水系潤滑剤組成物において、添加剤として高分子多糖類を含有させることによって、グリースを構成する疎水性の基油を効果的に水に分散させることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
(1)本発明の第1の発明は、溶剤である水と、前記溶剤である水に分散してなり、パーフルオロポリエーテル油及び合成炭化水素油から選ばれる1種以上を含む基油と、増ちょう剤と、を含有するグリースと、高分子多糖類を含む添加剤と、を含有する、溶剤希釈型水系潤滑組成物である。
【0013】
(2)本発明の第2の発明は、第1の発明において、前記高分子多糖類は、水中で水素結合によりネットワーク構造を形成するものである、溶剤希釈型水系潤滑剤組成物である。
【0014】
(3)本発明の第3の発明は、第1又は第2の発明において、前記増ちょう剤は、ポリテトラフルオロエチレン、メラミンシアヌレート、及びポリエチレンの固形粉末から選ばれる1種以上を含む、溶剤希釈型水系潤滑剤組成物である。
【0015】
(4)本発明の第4の発明は、第1乃至第3のいずれかの発明において、さらに界面活性剤を含有する、溶剤希釈型水系潤滑剤組成物である。
【0016】
(5)本発明の第5の発明は、第1乃至第4のいずれかの発明において、前記グリースは、フッ素グリースであり、前記溶剤は、フッ素系溶剤を含まない、溶剤希釈型水系潤滑剤組成物である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、均一なグリース被膜を形成させて良好な潤滑性を付与できる溶剤希釈型水系潤滑剤組成物を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の具体的な実施形態(以下、「本実施の形態」という)について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲で種々の変更が可能である。
【0019】
≪1.溶剤希釈型水系潤滑剤組成物の構成≫
本実施の形態に係る潤滑剤組成物は、溶剤として水を用い、グリースが溶剤である水に分散してなる溶剤希釈型水系潤滑剤組成物である。溶剤希釈型水系潤滑剤組成物は、樹脂や金属等からなる部品に塗布されると、乾燥によって溶剤である水が揮発除去され、被塗物である部品の表面にグリース被膜を形成する。
【0020】
溶剤希釈型水系潤滑剤組成物を構成するグリースは、基油と、増ちょう剤とを含有する。グリースを構成する基油は、疎水性であって、パーフルオロポリエーテル油及び合成炭化水素油から選ばれる1種以上を含む。なお、そのグリースは、例えばフッ素グリースである。
【0021】
そして、本実施の形態に係る溶剤希釈型水系潤滑剤組成物においては、高分子多糖類を含む添加剤を含有することを特徴としている。
【0022】
なお、溶剤希釈型水系潤滑剤組成物において、溶剤である水にグリースが「分散」した状態とは、水にグリースが溶解している状態も含むことを意味している。また、溶剤希釈型水系潤滑剤組成物においては、含有割合の多い溶剤として水を用いるものであり、フッ素系溶剤を含まない。
【0023】
(1)グリース
グリースは、少なくとも、基油と、増ちょう剤とを含有する。また、溶剤希釈型水系潤滑剤組成物において、グリースは、溶剤である水に分散している。なお、グリースは、基油と増ちょう剤以外の成分を含有していてもよい。
【0024】
(1-1)基油
基油は、グリースを構成するものであり、パーフルオロポリエーテル油及び合成炭化水素系油から選ばれる疎水性の基油である。基油は、1種類単独であってもよく、その2種類を併用してもよい。特に、PFAS規制の観点からすると、合成炭化水素系油を用いることがより好ましい。また、これらの疎水性の基油のほかに、他の種類の基油を含んでもよい。例えば、他の基油としては、ポリアルキレングリコール合成潤滑油が挙げられる。
【0025】
(パーフルオロポリエーテル油)
フッ素油は、側鎖型の分子構造を有するフッ素油と、直鎖型の分子構造を有するフッ素油とに種類が大別され、潤滑機構、コスト、及び求められる潤滑性等の観点から選別される。パーフルオロポリエーテル油としては、特に限定されないが、例えば下記一般式(i)~(iv)で表される構造を有するものが挙げられる。
【0026】
F-(CFCF3-CF2-O-)n-CF2-CF3 ・・(i)
(なお、式(i)中のnは、0又は正の整数である。)
CF3-(O-CFCF3-CF2)p-(O-CF2-)q-O-CF3 ・・(ii)
(なお、式(ii)中のp及びqは、それぞれ独立に、0又は正の整数である。)
F-(CF2-CF2-CF2-O-)r-CF2-CF3 ・・(iii)
(なお、式(iii)中のrは、0又は正の整数である。)
CF3-(O-CF2-CF2-)s-(O-CF2-)t-O-CF3 ・・(iv)
(なお、式(iv)中のs及びtは、それぞれ独立に、0又は正の整数である。)
【0027】
具体的には、例えば、Krytoxシリーズ(デュポン社製)、FomblinYシリーズ(ソルベイスペシャリティポリマーズジャパン社製)、FomblinMシリーズ(ソルベイスペシャリティポリマーズジャパン社製)、FomblinWシリーズ(ソルベイスペシャリティポリマーズジャパン社製)、FomblinZシリーズ(ソルベイスペシャリティポリマーズジャパン社製)、デムナムSシリーズ(ダイキン工業社製)、PTシリーズ(日華化学社製)等の市販品を使用することができる。
【0028】
また、パーフルオロポリエーテル油としては、上述したような構造を有するものが挙げられるが、その中でも、40℃における動粘度が15mm2/s~600mm2/sの範囲であるものを用いることが好ましい。
【0029】
(合成炭化水素系油)
合成炭化水素系油としては、例えば、エチレンやプロピレン、ブテン、及びこれらの誘導体等を原料として製造されたアルファ(α)-オレフィンを、単独又は2種以上混合して重合したもの(ポリ-α-オレフィン)が挙げられる。α-オレフィンは、炭素数6~14のものが好ましく挙げられる。
【0030】
合成炭化水素系油の具体例としては、1-デセンや1-ドデセンのオリゴマーであるポリ-α-オレフィン(PAO)や、1-ブテンやイソブチレンのオリゴマーであるポリブテン、エチレンやプロピレンとα-オレフィンのコオリゴマー等が挙げられる。また、アルキルベンゼンやアルキルナフタレン等を用いることもできる。
【0031】
(ポリアルキレングリコール合成潤滑油)
ポリアルキレングリコール合成潤滑油としては、水溶性のタイプと油溶性のタイプとがあり、水溶性タイプに関しては、水系の作動油、切削油、及び洗浄剤等に使用される。その中でも、ポリエチレングリコールは、幅広い分子量のラインナップがあり、数平均分子量が約200~20000まである。
【0032】
(1-2)増ちょう剤
増ちょう剤は、特に限定されないが、ポリテトラフルオロエチレン、メラミンシアヌレート、ポリエチレンの固体粉末等の固体潤滑剤が挙げられ、これらの1種単独で、あるいは2種以上を併せて用いることができる。その中でも、PFAS規制の観点からすると、メラミンシアヌレートやポリエチレンの固体粉末を用いることが好ましい。
【0033】
(ポリテトラフルオロエチレン)
ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)としては、潤滑特性やグリースの被膜特性に合わせ、未焼成タイプ又は焼成タイプのいずれも用いることができる。ポリテトラフルオロエチレンは、耐熱温度が250℃~260℃であり、過酷な潤滑条件でも低摩擦性を示し、機械の長寿命化を実現できる。
【0034】
なお、未焼成タイプのポリテトラフルオロエチレン等の固体潤滑剤は、不定形で比表面積及び吸油量が大きく、少量でもグリースの粘性を発現させることができるため、従来潤滑剤に広く使用されている。ところが、そのような固体潤滑剤は、潤滑時にせん断が生じることで変形しやすいため、溶剤に分散するときの機械的なせん断でも変形し、微細部品にとっては粘性が高くなりすぎることがある。一方で、焼成タイプのポリテトラフルオロエチレン等の固体潤滑剤では、球形に近い粒子形状を有し、吸油量が少なく、せん断が加わっても変形しにくい。そのため、溶剤に分散させた際に、機械的なせん断が生じてもグリースの粘性が変化しにくく、部品同士の固着を効果的に防止できる。
【0035】
(メラミンシアヌレート)
メラミンシアヌレートは、グラファイト構造を有することで、ポリテトラフルオロエチレンに匹敵する潤滑性を示す。また、メラミンシアヌレートは、耐熱性が250℃~300℃であり、燃焼時には不活性ガスを生成し、酸素濃度を希釈でき、難燃性を有する。
【0036】
(ポリエチレン)
ポリエチレンの固体粉末は、ポリテトラフルオロエチレンと類似した性能を有するものが種々開発されており、スリップ性(摩擦性)や耐スクラッチ性の向上、耐テーバー摩耗性や耐摩擦性の向上等の効果を発揮する。
【0037】
(2)添加剤
(高分子多糖類)
本実施の形態に係る溶剤希釈型水系潤滑剤組成物においては、高分子多糖類を含む添加剤を含有することを特徴とする。高分子多糖類を含有することで、グリースを構成する疎水性の基油が溶剤である水に高度に分散して、均一な組成物とすることができる。また、これにより、均一なグリース被膜を形成させることができ、良好な潤滑性を付与する。
【0038】
なお、高分子多糖類の作用によって疎水性の基油が「水に高度に分散する」とは、疎水性の基油を水中へ細粒化して、そのまま固定する水中に分散させることをいい、このように高分子多糖類によれば、疎水性が高い基油を溶剤である水の中に効果的に分散させることが可能となる。
【0039】
高分子多糖類としては、水中で水素結合によりネットワーク構造を形成するものを用いる。なお、高分子多糖類は、せん断がかからない場合は水素結合して安定し、せん断が加わると流動する性質を有する。溶剤希釈型水系潤滑剤組成物において高分子多糖類は、溶剤である水の中で網目状のネットワーク構造を形成し、このネットワーク構造に起因して、非常に高い擬塑性流動性等のユニークなレオロジー特性を発現する。また、そのネットワーク構造に起因して、基油の油滴や微粒子等を安定化させる作用を奏する。本実施の形態に係る溶剤希釈型水系潤滑剤組成物では、高分子多糖類によるこのような作用によって、グリースを構成する疎水性の基油を溶剤である水に高度に分散させることを可能にしている。
【0040】
高分子多糖類としては、上述したように、水中で水素結合によりネットワーク構造を形成するものであれば特に限定されないが、具体的には例えば、セルロース系高分子(メチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロース、メチルヒドロキシプロピルセルロース等)、デンプン、デンプン誘導体、デキストリン、アルギン酸類、寒天、グァーガム、ローカストビーンガム、タラガム、フェヌグリークガム、タマリンドガム、グルコマンナン、ペクチン、キサンタンガム、ジェランガム、κカラギナン、ιカラギナン、λカラギナン、ファーセレラン、カシアガム、カードラン、クイーンスシード、アラビアゴム、サクシノグルカン、グリコサミノグリカン等が挙げられる。高分子多糖類は、1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0041】
なお、高分子多糖類として、例えば、第一工業製薬製のレオクリスタI-2SXを使用することができる。レオクリスタI-2SXは、セルロースナノファイバー(CNF)が水に分散した添加剤であり、容易に希釈が可能である。
【0042】
高分子多糖類の含有量は、特に限定されないが、組成物100質量%に対して、0.05質量%~1.5質量%の範囲であることが好ましく、0.1質量%~1.0質量%の範囲であることがより好ましい。特に、高分子多糖類の含有量が0.1質量%~1.0質量%の範囲であることにより、基油の種類に依存することなく高度に溶剤である水に分散させることができ、また、被塗物である部品等の表面への塗布性を損なうことなく良好な溶剤希釈型水系潤滑剤組成物とすることができる。
【0043】
(界面活性剤)
本実施の形態に係る溶剤希釈型水系潤滑剤組成物においては、必須の態様ではないが、界面活性剤を含有させることができる。界面活性剤を含有することにより、グリースを構成する固体粉末の分散性をより一層に向上させることができる。また、特に樹脂からなる被塗物へのグリース被膜の付着性を向上させることができ、塗布乾燥後のグリース被膜の分布も均一にすることができる。
【0044】
界面活性剤は、グリースを構成する基油及び増ちょう剤の種類に依らずに、水に溶解又は分散するものであればよく、特に限定されない。また、界面活性剤は、カチオン界面活性剤やアニオン界面活性剤、両性界面活性剤のイオン性界面活性剤であっても、非イオン性界面活性剤であってもよいが、非イオン性界面活性剤を用いることがより好ましい。より具体的には、例えば、ポリグリセリン脂肪酸エステル化合物、ポリオキシエチレンアルキルエーテルを用いることができる。
【0045】
また、界面活性剤としては、固体成分を水への分散性を向上させる観点からすれば、HLB値が高く、例えばHLB値が13以上のものが好ましく、14以上のものがより好ましい。また、界面活性剤としては、被塗物が樹脂製の部品等である場合にその樹脂への付着性を向上させる観点からすれば、HLB値が低く、例えばHLB値が13以下のものが好ましく、11以下のものがより好ましい。このように、目的別にHLB値が異なる界面活性剤を用いることで、溶剤である水への分散性や樹脂への付着性をコントロールでき、より優れた潤滑性を発揮する潤滑剤組成物とすることができる。
【0046】
(3)水
本実施の形態に係る溶剤希釈型水系潤滑剤組成物において、水は、上述したグリースの成分を希釈し分散させて溶剤希釈型の潤滑剤組成物とする溶剤である。当該溶剤希釈型水系潤滑剤組成物を、被塗物である部品等に塗布し、乾燥等によって溶剤である水を蒸発させると、その塗布面においてグリース被膜が形成される。
【0047】
ここで、本実施の形態に係る溶剤希釈型水系潤滑剤組成物では、溶剤としてフッ素系溶剤を含有しない。上述したように、添加剤として高分子多糖類を含有することにより、溶剤が水であっても、グリースを構成する疎水性の基油を良好に分散させることができる。
【0048】
水としては、特に限定されず、水道水、精製水、蒸留水、純水等を用いることができる。また、1価アルコール等の水性溶剤を含んでいてもよい。
【0049】
また、溶剤である水の含有量としては、特に限定されないが、組成物100質量%に対して85質量%~95質量%程度であることが好ましく、90質量%~94質量%程度であることがより好ましい。
【0050】
(4)その他の成分
なお、本実施の形態に係る溶剤希釈型水系潤滑剤組成物においては、上述した成分のほか、その効果を阻害しない範囲で種々の成分を含有させることができる。例えば、水性溶剤(アルコール類:エタノール、イソプロパノール等)、消泡剤、金属腐食防止剤、防錆剤といった種々の成分を含有させることができる。
【0051】
≪2.溶剤希釈型水系潤滑剤組成物の状態(粒子径について)≫
上述したように、本実施の形態に係る溶剤希釈型水系潤滑剤組成物は、溶剤である水に、グリースが分散してなるものである。特に、高分子多糖類を含む添加剤を含有することで、グリースを構成する基油を良好に分散させることができる。このように、溶剤希釈型水系潤滑剤組成物は、溶剤である水の中に、グリースを構成する基油及び固体潤滑剤を分散させた混合物である。そのため、被塗物である部品等の表面に均一に塗布して、均一なグリース被膜を形成させるためには、水の中に分散している油滴及び固体潤滑剤の粒子径は、より細かい方が好ましい。
【0052】
具体的には、溶剤希釈型水系潤滑剤組成物において、溶剤である水の中に分散している油滴及び固体潤滑剤の粒子径としては、平均粒子径で50μm未満であることが好ましく、30μm未満であることがより好ましい。このように、本実施の形態に係る溶剤希釈型水系潤滑剤組成物においては、疎水性の基油からなる油滴や固体潤滑剤の成分が目視ではほとんど確認できない大きさで、溶剤である水中に高度に分散している。
【0053】
なお、水中に分散している油滴及び固体潤滑剤の平均粒子径は、例えば、公知のレーザー回折式粒度分布測定装置等を用いて測定することができる。
【0054】
≪3.溶剤希釈型水系潤滑剤組成物の製造方法≫
本実施の形態に係る潤滑剤組成物は、公知の方法により製造することができる。具体的には、例えば、溶剤である水及び添加剤である高分子多糖類を容器に秤量し、公知の撹拌方法にて撹拌しながら、疎水性の基油を投入して分散させる。また、増ちょう剤を水に分散させた分散体、界面活性剤、必要に応じて各種のその他の成分を加えて分散させる。これにより、グリースを溶剤である水に分散させてなる溶剤希釈型水系潤滑剤組成物を得ることができる。
【0055】
水への基油の分散処理や増ちょう剤への水の分散に際しては、例えば、プロペラ撹拌機、ディゾルバー、ホモミキサー、ディスパーマット、スターミル、ダイノーミル、アジテーターミル、クレアミックス、フィルミックス等の湿式撹拌・分散処理装置を用いて行うことができる。
【0056】
なお、上述したような順序で各成分を添加しそれぞれ混合撹拌することに限られず、使用する撹拌・分散装置の分散能力に応じて、各成分を同時に添加して混合撹拌してもよいし、一部の成分のみ同時に混合撹拌してもよい。
【実施例】
【0057】
以下に、本発明の具体的な実施例を示してより詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0058】
≪溶剤希釈型水系潤滑剤組成物の製造≫
実施例1~7、及び比較例1~5において、下記表1に示す配合割合のグリースを、溶剤である水に溶解して溶剤希釈型水系潤滑剤組成物を製造した。なお、表1において配合量は「質量%」で表され、組成物を構成する成分材料としては以下のものを用いた。
【0059】
[成分]
(基油)
パーフルオロポリエーテル油:PT-02(日華化学株式会社製)
合成炭化水素油:Spectrasyn4(エクソンモービル社製)
(増ちょう剤)
ポリテトラフルオロエチレン:PTFEディスパージョン(60%品)(株式会社セイシン企業製)
メラミンシアヌレート:MC-6000(日産化学株式会社製)
ポリエチレン:MaxWax70(米Shamrock社製)
(添加剤)
セルロースナノファイバー:
レオクリスタI-2SX(高分子多糖類2%含有品)(第一工業製薬株式会社製)
(界面活性剤)
ポリグリセリン脂肪酸エステル(ラウリン酸エステル)(HLB値14.7):SYグリスターML―750(阪本薬品工業株式会社製)
ポリグリセリン脂肪酸エステル(ラウリン酸エステル)(HLB値10.4):SYグリスターML―310(阪本薬品工業株式会社製)
(溶剤)
水:水道水
【0060】
[製造手順]
(増ちょう剤の水分散体の作製)
まず、増ちょう剤であるメラミンシアヌレート又はポリエチレンについては、増ちょう剤と界面活性剤[ポリグリセリン脂肪酸エステル(HLB値:14.7)]の比率が下記表1に記載の配合比率で、固体成分が9.2%になるような水分散体を作成した。具体的には、容器に水と界面活性剤を加え撹拌後、増ちょう剤を加えディゾルバーにてプレ分散を行った。その後、容器にジルコニアビーズを所定量加え密栓し、ペイントシェーカーにて振とうし、増ちょう剤の水分散体を作製した。また、増ちょう剤であるポリテトラフルオロエチレンの水分散体については、市販品を使用した。
【0061】
(溶剤希釈型水系潤滑剤組成物の作製)
容器に、溶剤である水及び高分子多糖を秤量し、ディゾルバーで高分散を行った。そこに基油を添加しさらに高分散させた。次に、増ちょう剤の水分散体、界面活性剤[ポリグリセリン脂肪酸エステル(HLB値:10.4)]及び水を添加して撹拌混合した。これにより、水にグリースを分散させてなる溶剤希釈型水系潤滑剤組成物を製造した。
【0062】
なお、参照例1では、フッ素系溶剤にグリースを分散させた、従来の溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物を用いた。
【0063】
≪評価≫
作製した溶剤希釈型水系潤滑剤組成物について、以下の評価を行った。
【0064】
[基油の溶剤への分散性]
グリースを構成する基油の溶剤である水への分散性について評価した。具体的には、実施例においては、表1に示すように水及び高分子多糖をガラス瓶に秤量した後、ボルテックスミキサーにて均一に分散させ、さらに基油を加えてボルテックスミキサーにて撹拌して分散性を確認した。比較例においては、水及び界面活性剤をガラス瓶に秤量し、ボルテックスミキサーにて均一に分散又は溶解させた後、基油を加えてボルテックスミキサーにて撹拌して分散性を確認した。そして、基油の存在が目視で確認できない場合には均一に分散している『◎』として評価し、ガラス瓶の底部又は液面に基油が存在していることを目視で確認できた場合には均一に分散していない『×』として評価した。
【0065】
[PFAS代替性]
溶剤希釈型水系潤滑剤組成物の組成について、溶剤が非PFAS材料で代替されているかについて評価した。そして、溶剤として水を用いておりフッ素系溶剤を含まない場合は『◎』、溶剤としてフッ素系溶剤を含む場合は『×』と評価した。
【0066】
[塗布性の評価]
溶剤希釈型水系潤滑剤組成物の樹脂への塗布性について評価した。具体的には、50mLのガラスビーカーに溶剤希釈型水系潤滑剤組成物を装入し、表面をエタノールで洗浄したPOM板(40×50×t2mm)を約半分ディッピングし、その後液面から出して乾燥させた。樹脂への塗布が良好な場合は『◎』とし、一部はじきがあったが問題なく塗布された場合は『○』とし、塗布できたがはじきが確認された場合は『△』とし、塗布できなかった場合は『×』として評価した。
【0067】
[潤滑性の評価]
溶剤希釈型水系潤滑剤組成物により形成した被膜の潤滑性について評価した。具体的には、試験機としてフリクションプレーヤー(レスカ社製)を用いて以下の試験条件にて摩擦係数を測定することで評価した。すなわち、POM板(40×50×t2mm)に溶剤希釈型水系潤滑剤組成物をディッピングにて塗布し、乾燥させた後、上側の治具にABS球(3/8inch)を設置し、500gfの錘をのせ、30分間摺動させたときの摩擦係数を測定した。
(摩擦係数の測定条件)
評価試験機:フリクションプレーヤー
テストピース:ABS球(上側)、POM板(下側)
面接触形態:点接触
荷重:500gf
摺動形態:すべり
摺動速度:50mm/s
摺動時間:30分
【0068】
そして、測定の結果、30分間の平均摩擦係数が0.1未満の場合は潤滑性が良好である『◎』とし、摩擦係数が0.1以上0.15未満の場合はある程度潤滑性を示すため条件によっては使用が可能な『○』とし、摩擦係数が0.2以上の場合は潤滑性が悪いとして『×』として評価した。
【0069】
≪結果≫
下記表1に、実施例、比較例における溶剤希釈型水系潤滑剤組成物の組成を示すとともに、上述した評価試験の結果をまとめて示す。なお、参照例1として、従来の溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物についての評価結果も併せて示す。
【0070】
【0071】
表1に示す結果から、添加剤として高分子多糖類を配合した実施例1~5の組成物では、グリースを構成する疎水性の基油が溶剤である水に良好に分散して、均一な潤滑剤組成物になることがわかった。これにより、形成されるグリース被膜も均一なものとなり、良好な潤滑性を示した。
【0072】
一方で、高分子多糖類を配合しない比較例1~5では、疎水性の基油が溶剤である水に分散せず、均一な潤滑剤組成物とならなかった。また、比較例2、4、及び5の結果から、各種の界面活性剤を配合させたが、疎水性の基油を溶剤である水に分散させることができなかったことがわかる。
【要約】
【課題】グリースを構成するパーフルオロポリエーテル油や合成炭化水素油等の疎水性の基油を効果的に溶剤である水に分散させることができ、均一なグリース被膜を形成させて良好な潤滑性を付与できる溶剤希釈型水系潤滑剤組成物を提供すること。
【解決手段】本発明は、溶剤である水と、その溶剤である水に分散してなり、パーフルオロポリエーテル油及び合成炭化水素油から選ばれる1種以上を含む基油と、増ちょう剤と、を含有するグリースと、高分子多糖類を含む添加剤と、を含有する、溶剤希釈型水系潤滑組成物である。
【選択図】なし