(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-06
(45)【発行日】2025-01-15
(54)【発明の名称】水系カリウムイオン電池
(51)【国際特許分類】
H01M 10/36 20100101AFI20250107BHJP
H01M 4/66 20060101ALI20250107BHJP
H01M 10/38 20060101ALI20250107BHJP
【FI】
H01M10/36 A
H01M4/66 A
H01M10/38
(21)【出願番号】P 2022135973
(22)【出願日】2022-08-29
【審査請求日】2023-09-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100092624
【氏名又は名称】鶴田 準一
(74)【代理人】
【識別番号】100147555
【氏名又は名称】伊藤 公一
(74)【代理人】
【識別番号】100123593
【氏名又は名称】関根 宣夫
(74)【代理人】
【識別番号】100133835
【氏名又は名称】河野 努
(74)【代理人】
【識別番号】100202441
【氏名又は名称】岩田 純
(72)【発明者】
【氏名】陶山 博司
【審査官】神田 和輝
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-220294(JP,A)
【文献】特開2020-155279(JP,A)
【文献】特開2022-022740(JP,A)
【文献】特開2004-362837(JP,A)
【文献】特開2006-302827(JP,A)
【文献】特開2017-126500(JP,A)
【文献】特開2019-046745(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 10/00-10/39
H01M 4/64- 4/84
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水系カリウムイオン電池であって、正極、水系電解液及び負極を有し、
前記正極及び前記負極のうちの一方又は両方が、Alを含む集電体を有し、
前記集電体が、前記水系電解液と接触し、
前記水系電解液が、水と、
前記水1kgあたり4mol以上7mol以下の濃度にて溶解されたピロリン酸カリウムとを有し、
前記水系電解液が、-60℃以上において凝固点を有しない、
水系カリウムイオン電池。
【請求項2】
前記水系電解液が、0℃から-60℃にまで冷却された場合に、塩の析出を伴わない、
請求項1に記載の水系カリウムイオン電池。
【請求項3】
少なくとも前記正極が、前記集電体を有する、
請求項1に記載の水系カリウムイオン電池。
【請求項4】
前記水系電解液が、20℃において、40mPa・s以上350mPa・s以下の粘度を有する、
請求項1に記載の水系カリウムイオン電池。
【請求項5】
バイポーラ構造を有し、前記集電体の一方の面に正極活物質層が形成され、前記集電体の他方の面に負極活物質層が形成されている、
請求項1~
4のいずれか1項に記載の水系カリウムイオン電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は水系カリウムイオン電池を開示する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、水系カリウムイオン電池に用いられる水系電解液であって、水と、前記水1kgあたり2mol以上の濃度にて溶解されたピロリン酸カリウムとを含むものが開示されている。特許文献1に開示された水系電解液を用いて水系カリウムイオン電池を構成した場合、当該水系電解液の還元側電位窓が広いことから、水系カリウムイオン電池を充放電した場合でも、負極表面における水系電解液の分解が抑制され易い。また、特許文献1においては、水系電解液の評価の際、電極集電体としてTi箔やAu箔を用いている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来の水系カリウムイオン電池は、集電体の腐食対策に関して、改善の余地がある。例えば、水系カリウムイオン電池において、集電体としてAlを含むもの採用した場合、電池の充放電に伴って集電体から水系電解液へとAlが溶出し易い。水系カリウムイオン電池においてAlを含む集電体が採用される場合、集電体から水系電解液へのAlの溶出を抑制するための新たな技術が必要となる。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本願は上記課題を解決するための手段として、以下の複数の態様を開示する。
<態様1>
水系カリウムイオン電池であって、正極、水系電解液及び負極を有し、
前記正極及び前記負極のうちの一方又は両方が、Alを含む集電体を有し、
前記集電体が、前記水系電解液と接触し、
前記水系電解液が、水と、前記水に溶解したピロリン酸カリウムとを有し、
前記水系電解液が、-60℃以上において凝固点を有しない、
水系カリウムイオン電池。
<態様2>
前記水系電解液が、0℃から-60℃にまで冷却された場合に、塩の析出を伴わない、
態様1の水系カリウムイオン電池。
<態様3>
少なくとも前記正極が、前記集電体を有する、
態様1又は2の水系カリウムイオン電池。
<態様4>
前記水系電解液が、前記水と、前記水1kgあたり4mol以上7mol以下の濃度にて溶解された前記ピロリン酸カリウムとを含む、
態様1~3のいずれかの水系カリウムイオン電池。
<態様5>
前記水系電解液が、20℃において、40mPa・s以上350mPa・s以下の粘度を有する、
態様1~4のいずれかの水系カリウムイオン電池。
<態様6>
バイポーラ構造を有し、前記集電体の一方の面に正極活物質層が形成され、前記集電体の他方の面に負極活物質層が形成されている、
態様1~5のいずれかの水系カリウムイオン電池。
【発明の効果】
【0006】
本開示の水系カリウムイオン電池によれば、集電体から水系電解液へのAlの溶出が抑制され易い。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】水系カリウムイオン電池の構成の一例を概略的に示している。
【
図2】水系カリウムイオン電池の構成の一例を概略的に示している。
【
図3】実施例の電気化学セルにおいて、0.5mの水系電解液を用い、且つ、酸化側の定電流を流した場合の時間-電位曲線を示している。
【
図4】実施例の電気化学セルにおいて、5mの水系電解液を用い、且つ、酸化側の定電流を流した場合の時間-電位曲線を示している。
【
図5】実施例の電気化学セルにおいて、1mの水系電解液を用い、且つ、還元側の定電流を流した場合の時間-電位曲線を示している。
【
図6】実施例の電気化学セルにおいて、5mの水系電解液を用い、且つ、還元側の定電流を流した場合の時間-電位曲線を示している。
【
図7A】評価用セルの充放電曲線を示している。集電体としてAl箔を用いた場合である。
【
図7B】評価用セルの充放電曲線を示している。集電体としてNi箔を用いた場合である。
【
図8A】水系電解液の濃度と結晶化ピーク温度(凝固点)との関係を示すグラフである。
【
図8B】水系電解液の濃度と結晶化ピーク強度との関係を示すグラフである。
【
図9】水系電解液の濃度とガラス転移温度との関係を示すグラフである。
【
図10】水系電解液の濃度と粘度との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
1.水系カリウムイオン電池
以下、図面を参照しつつ、実施形態に係るカリウムイオン電池について説明するが、本開示の技術は以下の実施形態に限定されるものではない。
図1に実施形態に係る水系カリウムイオン電池100の構成を概略的に示す。
図1に示されるように、水系カリウムイオン電池100は、正極10、水系電解液20及び負極30を有する。前記正極10及び前記負極30のうちの一方又は両方は、Alを含む集電体を有する。前記集電体は、前記水系電解液20と接触する。前記水系電解液20は、水と、前記水に溶解したピロリン酸カリウムとを有する。前記水系電解液20は、-60℃以上において凝固点を有しない。
【0009】
1.1 正極
正極10は、水系カリウムイオン電池の正極として公知のものをいずれも採用可能である。
図1に示されるように、正極10は、正極活物質層11と正極集電体12とを備え得る。
【0010】
1.1.1 正極活物質層
正極活物質層11は正極活物質を含む。また、正極活物質層11は、水系電解液20に含浸される。また、正極活物質層11は正極活物質以外に導電助剤やバインダー等を含んでいてもよい。また、正極活物質層11はその他に各種の添加剤を含んでいてもよい。正極活物質層11における各成分の含有量は、目的とする電池性能に応じて適宜決定されればよい。例えば、正極活物質層11全体(固形分全体)を100質量%として、正極活物質の含有量が40質量%以上、50質量%以上、60質量%以上又は70質量%以上であってもよく、100質量%以下又は90質量%以下であってもよい。正極活物質層11の形状は、特に限定されるものではなく、例えば、略平面を有するシート状の正極活物質層であってもよい。正極活物質層11の厚みは、特に限定されるものではなく、例えば、0.1μm以上、1μm以上又は10μm以上であってもよく、2mm以下、1mm以下又は500μm以下であってもよい。
【0011】
正極活物質は、水系カリウムイオン電池の正極活物質として機能し得る物質をいずれも採用可能である。正極活物質は後述の負極活物質よりも高い充放電電位を有するものであり、後述の水系電解液20の電位窓等を考慮して適宜選択され得る。例えば、正極活物質は、K元素を含むものであってもよい。具体的には、K元素を含む酸化物やポリアニオン等が挙げられる。より具体的には、カリウムと遷移金属との複合酸化物であってもよい。当該複合酸化物は、カリウムコバルト複合酸化物(KCoO2等)、カリウムニッケル複合酸化物(KNiO2等)、カリウムニッケルチタン複合酸化物(KNi1/2Ti1/2O2等)、カリウムニッケルマンガン複合酸化物(KNi1/2Mn1/2O2、KNi1/3Mn2/3O2等)、カリウムマンガン複合酸化物(KMnO2、KMn2O4等)、カリウム鉄マンガン複合酸化物(K2/3Fe1/3Mn2/3O2等)、カリウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物(KNi1/3Co1/3Mn1/3O2等)、カリウム鉄複合酸化物(KFeO2等)、カリウムクロム複合酸化物(KCrO2等)、カリウム鉄リン酸化合物(KFePO4等)、カリウムマンガンリン酸化合物(KMnPO4等)、カリウムコバルトリン酸化合物(KCoPO4)から選ばれる少なくとも1種であってもよい。尚、当該複合酸化物におけるKサイトが他のアルカリ金属元素によって構成されている場合でも、イオン交換等によってKイオンを脱挿入できる可能性がある。或いは、正極活物質は、プルシアンブルー等の有機系活物質であってもよい。或いは、正極活物質は、後述の負極活物質と比較して充放電電位が貴な電位を示すチタン酸カリウム、TiO2、硫黄(S)等から選ばれる少なくとも1種であってもよい。正極活物質は、インターカレーションによってKを脱挿入するものであってもよいし、コンバージョン反応や合金化反応等によってKを脱挿入するものであってもよい。正極活物質は1種のみが単独で用いられてもよく、2種以上が組み合わされて用いられてもよい。
【0012】
正極活物質の形状は、電池の正極活物質として機能し得る形状であればよい。正極活物質は、例えば、粒子状であってもよい。正極活物質は、中実のものであってもよく、中空のものであってもよく、空隙を有するものであってもよく、多孔質であってもよい。正極活物質は、一次粒子であってもよいし、複数の一次粒子が凝集した二次粒子であってもよい。正極活物質の平均粒子径D50は、例えば1nm以上、5nm以上又は10nm以上であってもよく、また500μm以下、100μm以下、50μm以下又は30μm以下であってもよい。尚、本願にいう平均粒子径D50とは、レーザー回折・散乱法によって求めた体積基準の粒度分布における積算値50%での粒子径(メジアン径)である。
【0013】
正極活物質層11に含まれ得る導電助剤としては、例えば、気相法炭素繊維(VGCF)やアセチレンブラック(AB)やケッチェンブラック(KB)やカーボンナノチューブ(CNT)やカーボンナノファイバー(CNF)等の炭素材料;ニッケル、チタン、アルミニウム、ステンレス鋼等を含む電解液に対して難溶な金属材料が挙げられる。導電助剤は、例えば、粒子状又は繊維状であってもよく、その大きさは特に限定されるものではない。導電助剤は1種のみが単独で用いられてもよいし、2種以上が組み合わされて用いられてもよい。
【0014】
正極活物質層11に含まれ得るバインダーとしては、例えば、ブタジエンゴム(BR)系バインダー、ブチレンゴム(IIR)系バインダー、アクリレートブタジエンゴム(ABR)系バインダー、スチレンブタジエンゴム(SBR)系バインダー、ポリフッ化ビニリデン(PVdF)系バインダー、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)系バインダー、ポリイミド(PI)系バインダー等が挙げられる。バインダーは1種のみが単独で用いられてもよいし、2種以上が組み合わされて用いられてもよい。
【0015】
1.1.2 正極集電体
図1に示されるように、正極10は、上記の正極活物質層11と接触する正極集電体12を備え得る。正極集電体12は、水系電解液20と接触する。正極集電体12は、水系カリウムイオン電池の正極集電体として機能し得るものをいずれも採用可能である。後述する負極集電体32がAlを含むものである場合、正極集電体12は、Alを含むものであってもよいし、Alを含まないものであってもよい。また、後述する負極集電体32がAlを含まないものである場合、正極集電体12は、Alを含むものである。後述するように、集電体から水系電解液へのAlの溶出は、酸化電位となる正極側において特に生じ易いものであるところ、本開示のカリウムイオン電池100によれば、正極集電体12がAlを含むものであったとしても、当該正極集電体12から水系電解液20へのAlの溶出を抑制することができる。すなわち、カリウムイオン電池100においては、少なくとも正極10が、Alを含む集電体を有するものであってもよい。
【0016】
正極集電体12がAlを含むものである場合、正極集電体12は、その全体がAlからなるものであってもよいし、その表面の少なくとも一部がAlからなるものであってもよい。例えば、正極集電体12は、Al箔からなるものであってもよいし、金属箔や何らかの基材の表面をAlで被覆したものであってもよい。正極集電体12は、水系電解液20と接触する表面の少なくとも一部にAlが存在するものであってもよく、水系電解液20と接触する表面の全体に亘ってAlが存在するものであってもよい。
【0017】
正極集電体12は、箔状、板状、メッシュ状、パンチングメタル状、及び、発泡体等であってよい。正極集電体12は、金属箔又は金属メッシュによって構成されていてもよい。特に、金属箔が取扱い性等に優れる。正極集電体12は、複数枚の箔からなっていてもよい。正極集電体12を構成する金属材料としては、例えば、Cu、Ni、Al、V、Au、Pt、Mg、Fe、Ti、Pb、Co、Cr、Zn、Ge、In、Sn、Zrからなる群から選択される少なくとも1つの元素を含むものが挙げられる。特に、正極集電体12は、上述の通り、Alを含むことが好ましい。正極集電体12は、金属箔や基材に上記の金属がめっき又は蒸着されたものであってもよい。また、正極集電体12が複数枚の金属箔からなる場合、当該複数枚の金属箔間に何らかの層を有していてもよい。正極集電体12の厚みは特に限定されるものではない。例えば、0.1μm以上又は1μm以上であってもよく、1mm以下又は100μm以下であってもよい。
【0018】
1.2 水系電解液
水系電解液20は、水と、前記水に溶解したピロリン酸カリウムとを有する。水系電解液20は、上述の正極集電体12と接触し、上述の正極活物質層11に含まれ、後述の負極集電体32と接触し、後述の負極活物質層31に含まれ、且つ、正極10と負極30との間においてセパレータ40によって保持され得る。
【0019】
1.2.1 溶媒
水系電解液20は溶媒として水を含む。溶媒は主成分として水を含んでいる。すなわち、水系電解液を構成する溶媒の全量を基準(100mol%)として、50mol%以上100mol%以下を水が占めている。水は、溶媒の全量の70mol%以上、90mol%以上又は95mol%以上を占めていてもよい。一方、溶媒に占める水の割合の上限は特に限定されない。溶媒は水のみ(水100mol%)からなっていてもよい。
【0020】
溶媒は、例えば活物質の表面にSEI(Solid Electrolyte Interphase)を形成する観点から、上記課題を解決できる範囲で、水に加えて水以外の溶媒を含んでいてもよい。水以外の溶媒としては、例えば、エーテル類、カーボネート類、ニトリル類、アルコール類、ケトン類、アミン類、アミド類、硫黄化合物類及び炭化水素類から選ばれる1種以上の有機溶媒が挙げられる。水以外の溶媒は、電解液を構成する溶媒の全量を基準(100mol%)として、50mol%以下、30mol%以下、10mol%以下、又は、5mol%以下を占めていてもよい。
【0021】
1.2.2 電解質
水系電解液20には電解質が溶解されており、当該電解質は水系電解液20においてカチオンとアニオンとに解離し得る。水系電解液20においては、当該カチオンとアニオンとが互いに近接して会合体を形成していてもよい。
【0022】
1.2.2.1 ピロリン酸カリウム
水系電解液20は、電解質として、前記水に溶解されたピロリン酸カリウムを含む。水系電解液20において「水に溶解されたピロリン酸カリウム」は、K+、P2O7
4-、KP2O7
3-、K2P2O7
2-、K3P2O7
-といったイオンや、これらイオンの会合体として存在していてもよい。水系電解液20においては、水系電解液20中に含まれるイオンや会合体等をピロリン酸カリウムに換算することで、「水に溶解されたピロリン酸カリウムの濃度」が特定される。
【0023】
本開示の水系カリウムイオン電池100においては、「水系電解液20が-60℃以上において凝固点を有しない」ものとなるように、水系電解液20における成分及び濃度が決定される。本発明者の新たな知見によれば、「水系電解液20が-60℃以上において凝固点を有しない」という条件を達成するためには、水系電解液20におけるピロリン酸カリウムの濃度を従来よりも高濃度とするとよい。本発明者の新たな知見によれば、水系電解液において、水にピロリン酸カリウムのみを溶解させて凝固点を調整した場合、水に対するピロリン酸カリウムの濃度が増加するほど、水系電解液の凝固点が低下し、水系電解液におけるピロリン酸カリウムの濃度が一定以上となったとき、凝固点が実質的に消失する。すなわち、水系電解液におけるピロリン酸カリウムの濃度が一定以上である場合に、水系電解液が-60℃以上において凝固点を有しないものとなる。例えば、水系電解液20が、前記水と、前記水1kgあたり4mol以上の濃度にて溶解された前記ピロリン酸カリウムとを含む場合、水系電解液20の凝固点が消失し、水系電解液20が-60℃以上において凝固点を有しないものとなる。ただし、水系電解液20において、水にピロリン酸カリウムとともにそれ以外の成分が溶解されている場合、水系電解液の凝固点が消失するピロリン酸カリウムの最低濃度が4molよりも低くなる可能性もある。この点、水系電解液20における水1kgあたりのピロリン酸カリウムの濃度は、例えば、2.5mol以上、3.0mol以上、3.5mol以上又は4.0mol以上であってもよい。
【0024】
以上の通り、「水系電解液20が-60℃以上において凝固点を有しない」という条件を達成するためには、水系電解液20におけるピロリン酸カリウムの濃度を従来よりも高濃度に調整することが有効であり、具体的には、水系電解液20が、前記水と、前記水1kgあたり4mol以上の濃度にて溶解された前記ピロリン酸カリウムとを含む場合に当該条件が満たされ易い。水系電解液20におけるピロリン酸カリウムの濃度の上限は特に限定されるものではないが、濃度が過度に高いと水系電解液20の粘度が過度に増加し、水系電解液20のイオン伝導性等が低下する可能性がある。「水系電解液20が-60℃以上において凝固点を有しない」という条件を達成すること、及び、水系電解液20の粘度を適切な範囲とすること、等を考慮すると、水系電解液20は、前記水と、前記水1kgあたり4mol以上7mol以下の濃度にて溶解された前記ピロリン酸カリウムとを有するものであってもよい。当該濃度は6mol以下であってもよい。
【0025】
水系電解液20は、カチオンとしてカリウムイオンを含み得る。水系電解液20においては、水系電解液20に含まれるカリウムイオンの全体が「溶解されたピロリン酸カリウム」として換算されなくてもよい。すなわち、水系電解液20には、ピロリン酸カリウムとして換算可能な濃度よりも多くのカリウムイオンが含まれていてもよい。例えば、水系電解液20を製造する際、水にK4P2O7とともにK4P2O7以外のカリウムイオン源(例えばKOH、CH3COOK、K3PO4、K5P3O10、K6P4O13、K7P5O16、(KPO3)n等)とを添加して溶解させた場合、水系電解液20には、ピロリン酸カリウムとして換算可能な濃度よりも多くのカリウムイオンが含まれることとなる。水系電解液20には、上記課題を解決できる範囲で、その他のカチオンが含まれていてもよい。例えば、カリウムイオン以外のアルカリ金属イオンや、アルカリ土類金属イオンや、遷移金属イオン等が含まれていてもよい。
【0026】
水系電解液20は、アニオンとしてピロリン酸イオン(上記の通り、P2O7
4-のほか、KP2O7
3-、K2P2O7
2-、K3P2O7
-等、カチオンと結びついた状態で存在していてもよい)を含み得る。水系電解液20においては、水系電解液20に含まれるピロリン酸イオンの全体が「溶解されたピロリン酸カリウム」として換算されなくてもよい。すなわち、水系電解液20には、ピロリン酸カリウムとして換算可能な濃度よりも多くのピロリン酸イオンが含まれていてもよい。例えば、水系電解液20を製造する際、水にK4P2O7とともにK4P2O7以外のピロリン酸イオン源(例えばH4P2O7等)とを添加して溶解させた場合、水系電解液20には、ピロリン酸カリウムとして換算可能な濃度よりも多くのピロリン酸イオンが含まれることとなる。水系電解液20には、上記課題を解決できる範囲で、その他のアニオンが含まれていてもよい。例えば、後述するその他の電解質に由来するアニオン等が含まれていてもよい。
【0027】
1.2.2.2 水系電解液に含まれ得るその他の成分
水系電解液20には、その他の電解質が含まれていてもよい。例えば、KPF6、KBF4、K2SO4、KNO3、CH3COOK、(CF3SO2)2NK、KCF3SO3、(FSO2)2NK、K2HPO4、KH2PO4、KPO3、K5P3O10、K6P4O13、K7P5O16、(KPO3)n等から選ばれる少なくとも1種が含まれていてもよい。その他の電解質は、電解液に溶解している電解質の全量を基準(100mol%)として、50mol%以下、30mol%以下、又は、10mol%以下を占めていてもよい。
【0028】
水系電解液20は上記の電解質の他、水系電解液20のpHを調整するための酸や水酸化物等が含まれていてもよい。また、各種添加剤が含まれていてもよい。
【0029】
1.2.3 凝固点
上述の通り、水系電解液20は、-60℃以上において凝固点を有しない。ここで、水系電解液20の「凝固点」の有無は、示差走査熱量測定(DSC)によって確認する。DSCによる掃引速度は、降温及び昇温のいずれについても、5℃/minとし、掃引範囲は、室温から-120℃まで降温させたのち、40℃まで昇温させるものとする。また、DSCにおける雰囲気はArなどの不活性ガス雰囲気とし、圧力は大気圧と同等とする。但し、評価には密閉式のアルミニウム製の容器を使用するため、容器内の雰囲気は大気圧下で封入された大気となる。水系電解液に対して上記の条件で測定を行い、-60℃以上において結晶化ピーク温度(凝固点温度)が確認されない場合、当該水系電解液を「-60℃以上において凝固点を有しない」ものとみなす。水系電解液20は、-80℃以上において凝固点を有しないものであってもよいし、-100℃以上において凝固点を有しないものであってもよいし、-120℃以上において凝固点を有しないものであってもよい。本開示の水系カリウムイオン電池100において、「水系電解液20が-60℃以上において凝固点を有しない」という条件を達成するためには、上述の通り、水系電解液20におけるピロリン酸濃度を高濃度(例えば、水1kgあたり4mol以上の高濃度)とすることが有効である。水系電解液20が、-60℃において凝固点を有しないことで、後述するように、集電体に含まれるAlが水系電解液20へと溶出し難くなる。また、水系電解液20が、-60℃において凝固点を有しないことで、水系カリウムイオン電池100を極低温下でも使用することができる。すなわち、本開示の水系カリウムイオン電池100は、寒冷地においても適切に動作する。
【0030】
1.2.4 その他の性状
水系電解液20は、上記の溶媒及び電解質を有し、且つ、上記の凝固点に係る要件を満たすものである限り、それ以外の性状に特に制限はない。以下、水系電解液20のその他の性状の一例について説明する。
【0031】
1.2.4.1 塩の析出の有無
水系電解液20は、0℃から-60℃にまで冷却された場合に、塩の析出を伴わないものであることが好ましい。このように、水系電解液20が、温度変化によって塩の析出を伴わないものであることで、低温においても安定してイオン伝導が可能となる。例えば、水系カリウムイオン電池100を寒冷地等の極低温下でも使用することができる。水系電解液20は、上述の通り、水と当該水に溶解されたピロリン酸カリウムとを含む。本発明者の知見によれば、ピロリン酸カリウムの水に対する飽和溶解度は、温度依存性が小さく、0℃以下の低温においてほとんど変化しない。この点、0℃の水系電解液20において、ピロリン酸カリウムが高濃度(例えば、水1kgあたり4mol以上の高濃度)で溶解され、且つ、当該水系電解液20が0℃から-60℃にまで冷却されたとしても、水系電解液20におけるピロリン酸カリウムの析出は実質的に生じない。
【0032】
1.2.4.2 粘度
水系電解液20の粘度が高すぎると、水系電解液20のイオン伝導性が低下する場合がある。一方、水系電解液20においてピロリン酸カリウムが高濃度で溶解している場合、当該水系電解液20は一定以上の粘度を有し得る。以上の観点から、水系電解液20は、20℃において、40mPa・s以上350mPa・s以下の粘度を有するものであってもよい。当該粘度は、300mPa・s以下、250mPa・s以下又は200mPa・s以下であってもよい。
【0033】
1.2.4.3 pH
水系電解液20のpHは、特に限定されるものではない。ただし、pHが高すぎると、水系電解液の酸化側電位窓が狭くなる虞がある。この点、水系電解液のpHは4以上13以下であってもよい。pHは、5以上、6以上、又は、7以上であってもよく、12以下であってもよい。
【0034】
1.3 負極
負極30は、水系カリウムイオン電池の負極として公知のものをいずれも採用可能である。
図1に示されるように、負極30は、負極活物質層31と負極集電体32とを備え得る。
【0035】
1.3.1 負極活物質層
負極活物質層31は負極活物質を含む。また、負極活物質層31は、水系電解液20に含浸される。また、負極活物質層31は負極活物質以外に導電助剤やバインダー等を含んでいてもよい。また、負極活物質層31はその他に各種の添加剤を含んでいてもよい。負極活物質層31における各成分の含有量は、目的とする電池性能に応じて適宜決定されればよい。例えば、負極活物質層31全体(固形分全体)を100質量%として、負極活物質の含有量が40質量%以上、50質量%以上、60質量%以上又は70質量%以上であってもよく、100質量%以下又は90質量%以下であってもよい。負極活物質層31の形状は、特に限定されるものではなく、例えば、略平面を有するシート状の負極活物質層であってもよい。負極活物質層31の厚みは、特に限定されるものではなく、例えば、0.1μm以上、1μm以上又は10μm以上であってもよく、2mm以下、1mm以下又は500μm以下であってもよい。
【0036】
負極活物質は、水系カリウムイオン電池の負極活物質として機能し得る物質をいずれも採用可能である。負極活物質は上述の正極活物質よりも低い充放電電位を有するものであり、上述の水系電解液20の電位窓等を考慮して適宜選択され得る。例えば、負極活物質は、カリウム-遷移金属複合酸化物;酸化チタン;Mo6S8等の金属硫化物;単体硫黄;KTi2(PO4)3;NASICON型化合物等である。負極活物質は、インターカレーションによってKを脱挿入するものであってもよいし、コンバージョン反応や合金化反応等によってKを脱挿入するものであってもよい。負極活物質は1種のみが単独で用いられてもよく、2種以上が組み合わされて用いられてもよい。
【0037】
負極活物質の形状は、電池の負極活物質として機能し得る形状であればよい。負極活物質は、例えば、粒子状であってもよい。負極活物質は、中実のものであってもよく、中空のものであってもよく、空隙を有するものであってもよく、多孔質であってもよい。負極活物質は、一次粒子であってもよいし、複数の一次粒子が凝集した二次粒子であってもよい。負極活物質の平均粒子径D50は、例えば1nm以上、5nm以上又は10nm以上であってもよく、また500μm以下、100μm以下、50μm以下又は30μm以下であってもよい。
【0038】
負極活物質層31に含まれ得る導電助剤としては、例えば、気相法炭素繊維(VGCF)やアセチレンブラック(AB)やケッチェンブラック(KB)やカーボンナノチューブ(CNT)やカーボンナノファイバー(CNF)等の炭素材料;ニッケル、チタン、アルミニウム、ステンレス鋼等を含む電解液に対して難溶な金属材料が挙げられる。導電助剤は、例えば、粒子状又は繊維状であってもよく、その大きさは特に限定されるものではない。導電助剤は1種のみが単独で用いられてもよいし、2種以上が組み合わされて用いられてもよい。
【0039】
負極活物質層31に含まれ得るバインダーとしては、例えば、ブタジエンゴム(BR)系バインダー、ブチレンゴム(IIR)系バインダー、アクリレートブタジエンゴム(ABR)系バインダー、スチレンブタジエンゴム(SBR)系バインダー、ポリフッ化ビニリデン(PVdF)系バインダー、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)系バインダー、ポリイミド(PI)系バインダー等が挙げられる。バインダーは1種のみが単独で用いられてもよいし、2種以上が組み合わされて用いられてもよい。
【0040】
1.3.2 負極集電体
図1に示されるように、負極30は、上記の負極活物質層31と接触する負極集電体32を備えていてもよい。負極集電体32は、水系電解液20と接触する。負極集電体32は、水系カリウムイオン電池の負極集電体として機能し得るものをいずれも採用可能である。上述の正極集電体12がAlを含むものである場合、負極集電体32は、Alを含むものであってもよいし、Alを含まないものであってもよい。また、上述の正極集電体12がAlを含まないものである場合、負極集電体32は、Alを含むものである。
【0041】
負極集電体32がAlを含むものである場合、負極集電体32は、その全体がAlからなるものであってもよいし、その表面の少なくとも一部がAlからなるものであってもよい。例えば、負極集電体32は、Al箔からなるものであってもよいし、金属箔や何らかの基材の表面をAlで被覆したものであってもよい。負極集電体32は、水系電解液20と接触する表面の少なくとも一部にAlが存在するものであってもよく、水系電解液20と接触する表面の全体に亘ってAlが存在するものであってもよい
【0042】
負極集電体32は、箔状、板状、メッシュ状、パンチングメタル状、及び、発泡体等であってよい。負極集電体32は、金属箔又は金属メッシュによって構成されていてもよい。特に、金属箔が取扱い性等に優れる。負極集電体32は、複数枚の箔からなっていてもよい。負極集電体32を構成する金属材料としては、例えば、Cu、Ni、Al、V、Au、Pt、Mg、Fe、Ti、Pb、Co、Cr、Zn、Ge、In、Sn、Zrからなる群から選択される少なくとも1つの元素を含むものが挙げられる。特に、負極集電体32は、Al、Ti、Pb、Zn、Sn、Mg、Zr及びInからなる群より選ばれる少なくとも1つを含むことが好ましく、上述の通り、Alを含むことが好ましい。Al、Ti、Pb、Zn、Sn、Mg、Zr及びInはいずれも仕事関数が低く、負極集電体32が還元電位にて水系電解液20と接触したとしても、水系電解液20の電気分解が生じ難いものと考えられる。負極集電体32は、金属箔や基材に上記の金属がめっき又は蒸着されたものであってもよい。また、負極集電体32が複数枚の金属箔からなる場合、当該複数枚の金属箔間に何らかの層を有していてもよい。負極集電体32の厚みは特に限定されるものではない。例えば、0.1μm以上又は1μm以上であってもよく、1mm以下又は100μm以下であってもよい。
【0043】
1.4 その他の構成
水系カリウムイオン電池100は、上記の基本構成の他、例えば、以下のその他の構成を備えていてもよい。
【0044】
1.4.1 セパレータ
上述の通り、水系カリウムイオン電池100においては、正極10と負極30との間にセパレータ40が存在し得る。セパレータ40は、従来の水系電解液電池(ニッケル水素電池、亜鉛空気電池等)において使用されるセパレータが採用されてもよい。例えば、セルロースを材料とした不織布等の親水性を有するセパレータである。セパレータ40の厚みは特に限定されるものではなく、例えば、5μm以上1mm以下であってもよい。
【0045】
1.4.2 バイポーラ構造
上記の通り、水系カリウムイオン電池100は、正極集電体12及び負極集電体32の双方がAlを含むものであってもよい。この点、水系カリウムイオン電池100においては、正極集電体12及び負極集電体32を兼用するバイポーラ集電体として、Alを含む集電体が採用されてもよい。すなわち、正極10と負極30とが、一つの集電体を共用していてもよい。
図2に、バイポーラ構造の一例を示す。
図2に示されるように、水系カリウムイオン電池100は、バイポーラ構造を有するものであってよく、Alを含む集電体50(正極集電体12及び負極集電体32の双方として機能するバイポーラ集電体)の一方の面に正極活物質層11が形成され、当該集電体50の他方の面に負極活物質層31が形成されていてもよい。この場合、Alを含む集電体50は、液透過性を有しないものであってよく、すなわち、正極活物質層11から集電体50を介して負極活物質層31へと水系電解液20を透過せず、逆もまた透過しないようなものであってよい。
【0046】
1.4.3 端子等
水系カリウムイオン電池100は、上記の構成の他、端子や電池ケース等を備え得る。その他の構成については本願を参照した当業者にとって自明であることから、ここでは説明を省略する。
【0047】
1.5 水系カリウムイオン電池の製造方法
本開示の水系カリウムイオン電池100は、例えば、以下の通りに製造することができる。
【0048】
1.5.1 水系電解液の製造方法
水系電解液20は、例えば、水とK4P2O7とを混合することで製造可能である。或いは、水とカリウムイオン源とピロリン酸イオン源とを混合することによっても製造可能である。混合手段については特に限定されるものではなく、公知の混合手段を採用可能である。水とピロリン酸カリウムとを容器に充填して放置しておくだけでも、これらが互いに混ざり合って、最終的に水系電解液20が得られる。
【0049】
1.5.2 正極の製造
正極10は、例えば、以下の通りに製造される。正極活物質層11を構成する正極活物質等を溶媒に分散させて正極合剤ペースト(スラリー)を得る。この場合に用いられる溶媒としては、特に限定されるものではなく、水や各種有機溶媒を用いることができる。ドクターブレード等を用いて正極合剤ペースト(スラリー)を正極集電体12の表面に塗工し、その後乾燥させることで、正極集電体12の表面に正極活物質層11を形成し、正極10とする。塗工方法としては、ドクターブレード法のほか、静電塗布法、ディップコート法、スプレーコート法等を採用することもできる。
【0050】
1.5.3 負極の製造
負極30は、例えば、以下の通りに製造される。負極活物質層31を構成する負極活物質等を溶媒に分散させて負極合剤ペースト(スラリー)を得る。この場合に用いられる溶媒としては、特に限定されるものではなく、水や各種有機溶媒を用いることができる。ドクターブレード等を用いて負極合剤ペースト(スラリー)を負極集電体32の表面に塗工し、その後乾燥させることで、負極集電体32の表面に負極活物質層31を形成し、負極30とする。塗工方法としては、ドクターブレード法のほか、静電塗布法、ディップコート法、スプレーコート法等を採用することもできる。
【0051】
1.5.4 電池ケースへの収容等
水系電解液20、正極10及び負極30は、電池ケースに収容されて水系カリウムイオン電池100となる。例えば、正極10と負極30とでセパレータ40を挟み込み、正極集電体12、正極活物質層11、セパレータ40、負極活物質層31及び負極集電体32をこの順に有する積層体を得る。積層体には必要に応じて端子等のその他の部材を取り付ける。積層体を電池ケースに収容するとともに電池ケース内に水系電解液20を充填し、積層体を水系電解液20に浸漬するようにして、電池ケース内に積層体及び電解液を密封することで、水系カリウムイオン電池100を得ることができる。
【0052】
1.6 水系カリウムイオン電池における作用効果
本開示の水系カリウムイオン電池100によれば、以下の作用効果によって、集電体から水系電解液20へのAlの溶出を抑えることができる。
【0053】
1.6.1 正極集電体にAlが含まれる場合における作用効果
電池の充放電時、正極の電位は酸化側の電位となる。そのため、正極集電体に含まれるAlが電子を放出して溶け出し易い状態となる。具体的には、正極集電体に含まれるAlが、水系電解液に含まれるアニオンや水分子に配位しつつ、水系電解液へと溶出していく。
【0054】
本開示のカリウムイオン電池100においては、上述の通り、水系電解液20が-60℃以上において凝固点を有しない。すなわち、水系電解液20において、H2O分子同士が結晶化のネットワークを構成できず、凝固可能なフリーなH2O分子が少なく、フリーな水酸化物イオンも少ない。そのため、集電体から水系電解液20へと溶出したAlがH2OやOH-を介して拡散するようなことが生じ難く、水系電解液20へと溶出したAlが集電体の近傍に留まり易い。一方、水系電解液20には、上述の通り、ピロリン酸カリウムが溶解しており、すなわち、水系電解液20には、ピロリン酸イオン等のピロリン酸カリウムに由来するアニオンが存在し得る。そのため、本開示のカリウムイオン電池100においては、電池の充放電時、正極集電体12中に含まれるAlが、ピロリン酸カリウムに由来するアニオンと配位して溶出し易い。ここで、例えばピロリン酸アルミニウムは、水系電解液20に対する溶解度が極めて小さい。そのため、ピロリン酸カリウムに由来するアニオンに配位したAlは、速やかに固体として析出する。言い換えれば、正極集電体12の表面近傍において不溶性又は難溶性のAl化合物が析出し、当該Al化合物が正極集電体12の表面に付着して、当該表面に保護膜(不働態膜)が形成されることとなる。その結果、本開示のカリウムイオン電池100においては、正極集電体12から水系電解液20へのAlの溶出が、当該保護膜によって抑制され得る。
【0055】
1.6.2 負極集電体にAlが含まれる場合における作用効果
電池の充放電時、負極の電位は還元側の電位となる。そのため、負極と接触した水系電解液が電気分解されることで、水酸化物イオンが生成し、負極近傍の水系電解液のpHが高くなる傾向にある。負極近傍の水系電解液のpHが高くなると、水系電解液に対するAlの溶解度が高まり、負極集電体に含まれるAlが水系電解液へと溶出し易くなる。
【0056】
これに対し、本開示のカリウムイオン電池100においては、上述の通り、水系電解液20が-60℃以上において凝固点を有しない。すなわち、水系電解液20において、凝固可能なフリーな水が少なく、言い換えれば、電気分解し得る水がそもそも少ない。そのため、負極集電体32に含まれるAlの溶出が進行し難い。また、上述したように、水系電解液20には、ピロリン酸カリウムが溶解しており、すなわち、水系電解液20には、ピロリン酸イオン等のピロリン酸カリウムに由来するアニオンが存在し得る。そのため、本開示のカリウムイオン電池100においては、電池の充放電時、負極集電体32に含まれるAlが水系電解液20へと仮に溶出したとしても、ピロリン酸カリウムに由来するアニオンと速やかに配位して、Al化合物となって固体として析出する。言い換えれば、負極集電体32の表面近傍において不溶性又は難溶性のAl化合物が析出し、当該Al化合物が負極集電体32の表面に付着して、当該表面に保護膜(不働態膜)が形成されることとなる。その結果、本開示のカリウムイオン電池100においては、負極集電体32から水系電解液20へのAlの溶出が、当該保護膜によってさらに抑制され得る。
【0057】
1.6.3 その他の効果
水系電解液電池においては、集電体の腐食対策のため、集電体としてTiやNiを含むものが採用されている(例えば、特許文献1)。これら以外の金属は、例えば正極電位において溶出してしまうことから採用は難しいと考えられてきた。しかしながら、TiやNiは高価であることから、水系電解液電池を広く普及させるためには、より安価な金属を用いた代替技術が必要となる。この点、本開示の水系カリウムイオン電池100においては、集電体としてAlを含むものが採用されることで電池全体としてのコストを低減しつつ、上記の水系電解液20が採用されることで集電体から水系電解液へのAlの溶出を抑えることができる。
【0058】
2.水系カリウムイオン電池の集電体から水系電解液へのAlの溶出を抑制する方法
本開示の技術は、水系カリウムイオン電池の集電体から水系電解液へのAlの溶出を抑制する方法としての側面も有する。すなわち、本開示の方法は、水系カリウムイオン電池において、Alを含む集電体を用い、且つ、以下の要件(1)及び(2)を満たす水系電解液を用いることを特徴とする。水系電解液の詳細や電池構成の詳細については、上述した通りである。
(1)前記水系電解液が、水と、前記水に溶解したピロリン酸カリウムとを有する。
(2)前記水系電解液が、-60℃以上において凝固点を有しない。
【0059】
3.水系カリウムイオン電池を有する車両
上述の通り、本開示の水系カリウムイオン電池によれば、集電体から水系電解液へのAlの溶出を抑制することができる。すなわち、電池の劣化が抑制され易い。このような水系カリウムイオン電池は、例えば、ハイブリッド車(HEV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)及び電気自動車(BEV)から選ばれる少なくとも1種の車両において好適に使用され得る。すなわち、本開示の技術は、水系カリウムイオン電池を有する車両であって、前記水系カリウムイオン電池が、正極、水系電解液及び負極を有し、前記正極及び前記負極のうちの一方又は両方が、Alを含む集電体を有し、前記水系電解液が、水と、前記水に溶解したピロリン酸カリウムとを有し、前記水系電解液が、-60℃以上において凝固点を有しないもの、としての側面も有する。水系電解液の詳細や電池構成の詳細については、上述した通りである。
【実施例】
【0060】
以下、実施例を示しつつ、本開示の技術についてさらに詳細に説明するが、本開示の技術は以下の実施例に限定されるものではない。
【0061】
1.水系電解液の作製
純水1kgに対してK4P2O7を所定の濃度(0.5~5mol)となるように溶解し、評価用の水系電解液を得た。
【0062】
2.電気化学セルの作製
電気化学セル(VM4、ECフロンティア社製)において、作用極にAl箔を用い、対極にPtメッシュを用い、参照極にAg/AgClを用い、電解液として上記の水系電解液を用いた。
【0063】
3.評価条件
電気化学セルに対して、以下の条件(1-1)、(1-2)にて、25℃で30分間、一定の電流を流すものとした。また、以下の条件(2-1)、(2-2)にて、25℃で30分間、一定の電位を与えるものとした。実験は、酸化側電流・電位及び還元側電流・電位の各々について行った。
(酸化側)
(1-1)定電流:0.1→0.1→0.2→0.3→0.5mA/cm2、各30分
(評価間はOCP30分)
(2-1)定電圧:1.0→1.1→1.2→1.4→1.6V(vs. Ag/AgCl)、各30分
(評価間はOCP30分)
(還元側)
(1-2)定電流:-0.1→-0.1→-0.2→-0.3→-0.5mA/cm2、各30分
(評価間はOCP30分)
(2-2)定電圧:-1.3→-1.4→-1.5→-1.7→-1.9V(vs. Ag/AgCl)、各30分
(評価間はOCP30分)
【0064】
4.評価結果(定電流の場合)
4.1 上記条件1-1、且つ、0.5m電解液の場合
0.5mol/kg K
4P
2O
7水系電解液を用いた電気化学セルにおいて酸化電流を流すと、酸化側の電極(正極)のAl箔は消失し、電解液は白色のゲル状に変質していた。電位-pH図より、当該水系電解液のpH11におけるAlの標準電極電位は約-2.3V(vs.SHE)であるため、Al箔を水系電解液に浸しただけで、Alが溶出(腐食)する可能性があり、且つ、僅かな酸化電流の印可によって加速的に溶出が進行するものと考えられる。実際、Al箔を用いて酸化電流を流した結果、電解液と接触していた評価面が完全に消失してしまった。Alが本来持つ酸化膜による保護層が全く機能せず、溶出が進行したことが分かる。評価後の電解液が白色のゲル状になった原因として、溶出したAlイオンが電解液中のP
2O
7イオンと作用して、Al
4(P
2O
7)
3となって沈殿した可能性が高い。この事から、AlイオンがP
2O
7イオンと作用すると、非常に溶解度が低い化合物が生成し、固体として析出するという事が示唆された。尚、
図3に、0.5mの水系電解液を用い、且つ、酸化側の定電流を流した場合の時間-電位曲線を示す。
【0065】
4.2 上記条件1-1、且つ、5m電解液の場合
5mol/kg K
4P
2O
7水系電解液を用いた電気化学セルにおいて酸化電流を流すと、時間の経過ととともに電位が上昇し続け、装置のカット電圧に到達してしまい評価が中断してしまった。Al箔表面が不働態化し、電気化学的に固液界面を徐々に絶縁化していく事で、過電圧が増加したものと考えられる。評価後のAl箔を見ると、評価面は金属光沢を保ち、水系電解液も初期と全く変化が見られなかったことから、上記の0.5m電解液の場合とは状態が大きく異なることが確認できた。上述したように、AlイオンとP
2O
7イオンとが作用すると、非常に溶解度が低い固体析出物が生成することが確認できている。この点、上記の0.5m電解液のような希薄溶液では、一旦溶解したAlイオンがH
2OやOH
-を配位子として一旦溶解・拡散し、その後、P
2O
7イオンと作用して徐々に固体化するものと考えられ、その結果、水系電解液において固体が析出・沈殿するとともに、電解液へのAlの溶出が進行したと考えられる。これに対し、5m電解液の場合は、電解液におけるがP
2O
7イオン濃度が非常に高濃度であり、後述する還元側の評価後の電解液に浸したpH試験紙の変色も遅かったことから、H
2OやOH
-を介した拡散・作用がほぼ無く、Al箔から溶出したAlイオンが遠方に拡散する前に、速やかにP
2O
7イオンと作用するものと考えられる。そのため、Al箔の表面近傍で固体が析出し、Al箔の表面に当該固体が付着し、Al
4(P
2O
7)
3などの不働態膜(保護膜)が形成されて、Alの連続的な溶出が抑制されたものと考えられる。尚、
図4に、5mの水系電解液を用い、且つ、酸化側の定電流を流した場合の時間-電位曲線を示す。
【0066】
4.3 上記条件1-2、且つ、1m電解液の場合
一般的な水系電解液では還元電流が流れると、下記式に示されるように水素ガスが発生して電解液のpHが上昇する。そのため、還元側の電極(負極)に両性金属のAl箔を用いた場合、pHの上昇に伴い電解液が強塩基になると、Al箔から電解液へとAlの溶出が進行して、やがてはAl箔が消失する。実際、1mol/kg K
4P
2O
7水系電解液を用いた電気化学セルにおいて還元電流を流すと、還元側の電極(負極)のAl箔は消失し、電解液は白色のゲル状に変質していた。これは、0.5m電解液中で酸化電流を流した場合と同様に、Al箔から電解液へのAlの溶出、及び、電解液におけるAl
4(P
2O
7)
3等の析出・沈殿が起こったものと考えられる。尚、
図5に、1mの水系電解液を用い、且つ、還元側の定電流を流した場合の時間-電位曲線を示す。
2H
2O+2e- → H
2+2OH
-
【0067】
4.4 上記条件1-2、且つ、5m電解液の場合
5mol/kg K
4P
2O
7水系電解液では、電流を印可したあともAlは溶出することなく、そのままの形状を保持するとともに、電解液にも変化は確認されなかった。当該評価後にpH試験紙を電解液に浸漬すると、浸漬直後は特に色が変わらず、数分後に徐々に変色してpH14を示す紫色に変化した。このことから、水系電解液の電解質が、主にK
4P
2O
7で構成された場合、一般的な水溶液とは素性が異なり、溶液中のH
2OやOH
-の拡散が非常に遅いことが伺えたとともに、このような強塩基が存在してもAl箔が溶出しないのは、上述の酸化側の評価結果と同様に、Al
4(P
2O
7)
3等の不働態膜がAl箔の表面に形成されたことによるものといえる。尚、
図6に、5mの水系電解液を用い、且つ、還元側の定電流を流した場合の時間-電位曲線を示す。
【0068】
4.5 補足
各濃度のK4P2O7水系電解液でのAl箔の溶出有無を比較すると、酸化側で過電圧が明確に上昇した4mol/kg以上の水系電解液を用いた電気化学セルにおいて、Alの溶出による穴あきが見られなくなった。還元側については濃度増加に対してわずかに電位の拡大(電位窓の拡大)がみられたが、酸化側のような極端な過電圧の増加は生じなかった。還元側についても、Alの溶出による穴あきは3mol/kg以下の電解液で確認され、4mol/kg以上の電解液においては確認されなかった。尚、酸化側ではpH11の中性~弱塩基溶液へのAl溶出反応であるのに対し、還元側では水素発生反応後に局所的にpHが増加した後のAl溶出反応となるため、Al箔と電解液との界面でのpHが異なる反応系となる。不働態膜は、中性領域よりも強塩基領域において溶解度が高くなるものと考えられるが、不働態膜が緻密であれば当該不働態膜の溶解が抑制されるものと考えられる。酸化側及び還元側ともに、4mol/kg以上の電解液においては、Al箔の表面に緻密な不働態膜が形成されたものとも考えられる。
【0069】
5.評価結果(定電圧の場合)
5.1 条件2-1の場合
各々の電気化学セルにおいて酸化側の定電圧を印加した場合において、3.0mol/kg以下の低濃度水系電解液を用いた電気化学セルにおいては、印可した電位を増加させるにしたがって電流が線形に増加していくのに対し、4.0mol/kg以上の高濃度水系電解液を用いた電気化学セルにおいては、1.1V(vs.Ag/AgCl)で電流値が飽和する様子が観察できた。これは、低濃度側では、通常のオーム則に則って電流が変化するのに対し、高濃度側では、Al箔の表面に抵抗層(上述の不働態膜)が形成されていることを示している。
【0070】
5.2 条件2-2の場合
各々の電気化学セルにおいて還元側の定電圧を印加した場合、印可した電位が卑になるほど電流値は増加するが、5mol/kg未満の電解液を用いた電気化学セルにおいては-1.7V(vs.Ag/AgCl)が評価の限界であった。5mol/kgの電解液を用いた電気化学セルにおいては-1.9V(vs.Ag/AgCl)まで評価ができたが、電流値が300mA/cm2であったにもかかわらず、Al箔の表面が若干変色しただけで、腐食による穴開き、変質の様子は確認されなかった。還元側では酸化側と異なり、Al箔表面の極端な抵抗増加は確認されなかったことから、不動態膜が厚膜化しないことが示唆された。ただし、高濃度の電解液(例えば、4mol/kg以上の高濃度電解液)を用いた場合は、Alイオンの溶出の際に十分な活量でP2O7イオンが存在するため、電位印可時の平衡状態において、Alイオンの溶出を抑えるに十分な不働態膜が形成されたものと考えられる。
【0071】
6.金属種の検討
Al箔に替えて、Ti箔、Ni箔、Sn箔、Cu箔、Zn箔、Pt箔又はW箔を用い、且つ、水系電解液として5mol/kg K4P2O7水溶液を用いて上記と同様の電気化学セルを構成し、上記と同様の定電流条件(上記の条件1-1又は条件1-2)にて評価を行った。結果を下記表1に示す。
【0072】
【0073】
表1に示される結果から明らかなように、Al箔と同様に不働態化による電極抵抗の急激な増加が確認されたのは、Ti箔のみであった。Ni箔やPt箔は、酸性以上のpHを有する水溶液系において、酸化側電位となっても安定であることが知られており、一般的な電流-電位の関係を示した。これに対し、酸化側電位で不安定であることが知られているSn箔、Cu箔、Zn箔、W箔については、Al箔と異なり、5mol/kgのK4P2O7水系電解液中でも金属イオンの溶出が継続的に進行した。これは、溶出する金属イオンと、それに配位したP2O7との化合物の溶解度が低くなければ、当該化合物の付着・堆積による不働態膜が形成されず、溶出反応を止めることができないことを示唆している。すなわち、不働態膜による金属箔の溶出抑制効果は、金属箔としてAlを含むものを用いた場合に顕著に発揮されるものといえる。
【0074】
7.水系カリウムイオン電池を想定しての評価
水系電解液として5mol/kg K
2P
2O
7水溶液を用意した。また、正極集電体としてAl箔又はNi箔を用意し、ここに正極活物質としてスピネル型のLi-Mn酸化物(LiMn
2O
4、充放電時、イオン交換によってLiの一部がKに置換され得る)を、導電助剤としてのアセチレンブラックと、バインダーとしてのPVDF及びCMCとを、質量比で、85:10:4.5:0.5となるように混合して正極活物質合剤を作製し、ドクターブレードを用いて、Al箔又はNi箔の表面に当該正極活物質合剤を均一に塗工し、乾燥して、評価用の正極を得た。すなわち、正極は、正極集電体としてのAl箔又はNi箔の表面に、正極活物質等を含む正極活物質層が形成されたものである。電気化学セル(VM4、ECフロンティア社製)において、作用極として上記の正極を用い、電解液として上記の水系電解液とを用い、対極にPtメッシュを用い、参照極にAg/AgClを用いて評価セルを作成した。このようにして構成された評価用のセルについて、充電は0.1mAで1時間、放電は-0.1mAでカット電位-0.4V vs.Ag/AgClの条件にて充放電を行って、充放電曲線を得た。結果を
図7A及び7Bに示す。
図7AがAl箔を用いた場合の結果、
図7BがNi箔を用いた場合の結果である。
図7A及びBに示される結果から明らかなように、LiMn
2O
4電極の充放電結果は、不働態膜を形成するAl箔を用いた場合と、不働態膜を形成しないが不溶性のNi箔を用いた場合とで、全く違いが見られなかった。このことから、電極を塗工・形成したあと、充放電を行った場合に、活物質とAl箔との間に十分な導通が確保され、活物質とAl箔との間等の固体-固体間に不働態膜は形成され難いことが確認できた。すなわち、水系カリウムイオン電池においては、上記の不働態膜の生成による悪影響が実質的に生じないものと考えられる。
【0075】
8.小括
以上の結果から、電解質としてK2P2O7が溶解された水系電解液を用いた場合、K2P2O7の濃度が4mol/kg以上の高濃度であると、酸化電位や還元電位におけるAl箔の溶出を抑制しつつ、活物質の充放電が可能であることが分かる。すなわち、水系カリウムイオン電池であって、正極、水系電解液及び負極を有し、前記正極及び前記負極のうちの一方又は両方が、Alを含む集電体を有し、前記集電体が、前記水系電解液と接触し、前記水系電解液が、水と、前記水1kgあたり4mol以上の濃度にて溶解されたピロリン酸カリウムとを有するものは、集電体から水系電解液へのAlの溶出を抑制することが可能といえる。
【0076】
9.水系電解液についてのさらなる検討
上記においては、水系電解液において、純水に対して電解質としてK2P2O7のみを溶解させた場合について検討した。その結果、K2P2O7の濃度が4mol/kg以上の高濃度となると、Al箔の表面に不働態膜が形成されることにより、酸化電位や還元電位におけるAlの溶出が抑制されることを見出した。しかしながら、この「4mol/kg」という濃度は、Alの溶出を抑制するために必要となる最低濃度とは限らない。例えば、水系電解液においてK2P2O7とともにその他の電解質や何らかの添加剤を溶解させた場合、K2P2O7の濃度が4mol/kg未満であったとしても、酸化電位や還元電位におけるAl箔の溶出が抑制できる可能性がある。すなわち、
(1)Al箔から水系電解液へと溶出したAlイオンが、K2P2O7に由来するアニオン(例えば、P2O7イオン)と作用して、不溶性化合物として析出すること、及び、
(2)当該不溶性化合物がAl箔の近傍に析出し、Al箔の表面に付着して不働態膜を形成すること(溶出したAlが、H2OやOH-を介してAl箔から遠くに拡散していかないこと)、
の2つの条件を満たすことができれば、水系電解液におけるK2P2O7の濃度が4mol/kg未満であったとしても、酸化電位や還元電位におけるAlの溶出が抑制されるものと考えられる。本発明者は、当該条件(1)及び(2)を満たすことによってAlの溶出を抑制できる水系電解液の物性と、当該条件(1)及び(2)が満たされずにAlの溶出を抑制できない水系電解液の物性と、の違いについて様々な実験により検討を行った。
【0077】
9.1 水系電解液の作製
純水1kgに対してK4P2O7を所定の濃度(0.5~7mol)となるように溶解し、評価用の水系電解液を得た。
【0078】
9.2 DSCによる確認
各々の水系電解液に対して、示差走査熱量測定(DSC)によって、結晶化ピーク温度(凝固点温度)及びガラス転移温度を確認した。DSCによる掃引速度は、降温及び昇温のいずれについても、5℃/minとした。また、掃引範囲は、室温から-120℃まで降温させたのち、40℃まで昇温させるものとした。また、DSCにおける雰囲気はAr雰囲気とし、圧力は大気圧と同等とした。但し、評価には密閉式のアルミニウム製の容器を使用するため、容器内の雰囲気は大気圧下で封入された大気となる。
図8Aに、水系電解液の濃度と結晶化ピーク温度(凝固点)との関係を、
図8Bに水系電解液の濃度と結晶化ピーク強度との関係を示す。また、
図9に水系電解液の濃度とガラス転移温度との関係を示す。
【0079】
図8A及びBに示される結果から、水系電解液におけるK
4P
2O
7の濃度が4mol/kg以上である場合、DSCの結晶化ピークが存在せず、すなわち、水系電解液が-60℃以上において凝固点を有しないことが分かる。また、
図9に示される結果から、水系電解液におけるK
4P
2O
7の濃度が4mol/kg近傍において、ガラス転移温度が特異的に変化することが分かる。
【0080】
これらの結果は、水系電解液におけるK4P2O7の濃度が4mol/kg以上であると、H2O分子間の相互作用が消失するなどして、溶液構造(クラスター、ネットワーク等)が大きく変化していることを示唆している。例えば、H2O分子の周りがK4P2O7に由来するイオンや会合体によって取り囲まれ、K4P2O7に由来するネットワークが強固となり、H2O分子同士が結晶化のネットワークを構成できなくなったものと考えられる。
【0081】
言い換えれば、「K4P2O7が溶解された水系電解液であって、-60℃以上において凝固点を有しないもの」であれば、溶出したAlがK4P2O7に由来するアニオンと反応でき、且つ、溶出したAlが溶液内で拡散するために必要となるH2O分子やOH-のネットワークが存在しないものといえ、上記した2つの条件、すなわち
(1)Al箔から水系電解液へと溶出したAlイオンが、K2P2O7に由来するアニオン(例えば、P2O7イオン)と作用して、不溶性化合物として析出すること、及び、
(2)当該不溶性化合物がAl箔の近傍に析出し、Al箔の表面に付着して不働態膜を形成すること(溶出したAlが、H2OやOH-を介してAl箔から遠くに拡散していかないこと)、
を満たすことができるものといえる。例えば、水系電解液におけるK4P2O7の濃度が4mol/kg未満であったとしても、「水系電解液が-60℃以上において凝固点を有しないもの」となるように、その他の電解質や添加剤等を溶解させることで、上記条件(1)及び(2)が満たされるものと考えられる。
【0082】
9.3 冷却後の塩の析出の有無
各々の水系電解液を0℃から-60℃にまで冷却し、塩の析出の有無をDSCで確認した。その結果、水系電解液の濃度がいずれの場合においても、塩の析出に由来するピークは確認されなかった。
【0083】
従来の高濃度水系電解液のなかには、溶解できる電解質の量が温度によって大きく変わり、温度変化によって塩が容易に析出してしまうものが存在する。例えば、水系リチウムイオン電池の水系電解液として知られる高濃度リチウムイミド塩水溶液や、水系ナトリウムイオン電池の水系電解液として知られる高濃度ナトリウムイミド塩水溶液は、常温から数度程度の温度低下で塩が析出し、析出した塩による電池反応の阻害が懸念される。これに対し、本実施例に係る水系カリウムイオン電池用の水系電解液は、上記の通り、極低温においても凍らず、且つ、塩の析出も生じない安定な電解液として、様々な環境において使用可能といえる。
【0084】
9.4 粘度の確認
各々の水系電解液の20℃における粘度を確認した。粘度の測定は、ラボ用振動式粘度計(MODEL VM-10A-L, VM-10A-M、SEKONIC社)を用いて行った。
図10に、水系電解液の濃度と粘度との関係を示す。
図10に示される通り、水系電解液におけるK
4P
2O
7の濃度が4mol/kg以上となると、粘度が急激に上昇することが分かる。尚、イオン伝導度の低下を抑制する観点からは、水系電解液の粘度は小さいほうがよく、例えば、K
4P
2O
7の濃度が7mol/kg以下であれば、粘度が過度に上昇せず、好適である。
【0085】
10.まとめ
以上の結果から、水系カリウムイオン電池を構成する場合、水系電解液が以下の要件(A)及び(B)を満たすことで、酸化電位や還元電位において、Alを含む集電体から水系電解液へとAlが溶出することを抑制できるといえる。
(A)水系電解液が、水と、水に溶解したピロリン酸カリウムとを有する。
(B)水系電解液が、-60℃以上において凝固点を有しない。
【符号の説明】
【0086】
10 正極
11 正極活物質層
12 正極集電体
20 水系電解液
30 負極
31 負極活物質層
32 負極集電体
40 セパレータ
100 水系カリウムイオン電池