(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-06
(45)【発行日】2025-01-15
(54)【発明の名称】機械構造部材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C21D 9/32 20060101AFI20250107BHJP
C21D 9/00 20060101ALI20250107BHJP
C21D 1/10 20060101ALI20250107BHJP
B21H 3/04 20060101ALI20250107BHJP
F16H 55/06 20060101ALI20250107BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20250107BHJP
C22C 38/04 20060101ALN20250107BHJP
【FI】
C21D9/32 Z
C21D9/00 A
C21D9/32 A
C21D1/10 A
B21H3/04 Z
F16H55/06
C22C38/00 301Y
C22C38/04
(21)【出願番号】P 2024520383
(86)(22)【出願日】2023-04-26
(86)【国際出願番号】 JP2023016552
(87)【国際公開番号】W WO2023218975
(87)【国際公開日】2023-11-16
【審査請求日】2023-12-25
(31)【優先権主張番号】P 2022077203
(32)【優先日】2022-05-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】523207386
【氏名又は名称】NSKステアリング&コントロール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 猛志
【審査官】山本 佳
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-119518(JP,A)
【文献】特開2015-42897(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 9/00 - 9/44
C21D 1/10
B21H 3/04
B23P 15/14
B23P 23/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
塑性加工により溝及び歯が形成された機械構造部材において、
高周波焼入れにより表面に形成された、マルテンサイト組織を有する硬化層と、
ソルバイト組織を有する芯部領域と、
前記芯部領域と前記硬化層との間に形成された、ソルバイト組織とマルテンサイト組織とが混在する境界層と、を有し、
前記芯部領域におけるロックウェル硬さが13~28(HRC)であり、前記ロックウェル硬さのばらつきが6(HRC)以内であることを特徴とする、機械構造部材。
【請求項2】
インフィード転造により前記溝及び歯が形成されていることを特徴とする、請求項1に記載の機械構造部材。
【請求項3】
ねじ軸、ラック、ギヤ及びセレーションから選択される1種であることを特徴とする、請求項1に記載の機械構造部材。
【請求項4】
前記ロックウェル硬さのばらつきは、前記芯部領域における異なる任意の複数の測定点に対して、ロックウェル硬さを測定した場合の最大値と最小値との差を表したものであり、
前記最大値と最小値との差が6(HRC)以内であり、
前記最大値及び前記最小値は、いずれも13~28(HRC)の範囲に含まれることを特徴とする、請求項1に記載の機械構造部材。
【請求項5】
インフィード転造によりねじ溝が形成されたボールねじ軸であり、
前記ロックウェル硬さのばらつきは、前記芯部領域における長手方向に直交する同一面内、及び前記芯部領域全体の測定位置におけるロックウェル硬さを比較した場合の最大値と最小値との差を表したものであり、
前記ボールねじ軸の長手方向の長さをLとし、
前記長手方向の一端部から所定の距離で離隔した位置における前記長手方向に直交する3つの面を軸方向測定面として、
前記軸方向測定面を、前記長手方向の一端部から0.05L~0.20L離隔した範囲で選択した位置における1つの面と、前記長手方向の一端部から0.45L~0.55L離隔した範囲で選択した位置における1つの面と、前記長手方向の一端部から0.80L~0.95L離隔した範囲で選択した位置における1つの面と、に設定するとともに、
前記ボールねじ軸の径方向の中心から軸外径までの距離をrとし、
前記ボールねじ軸の中心と、前記中心から径方向に0.5r離隔した円周部において略等間隔に選択した4箇所と、を径方向測定位置に設定した場合に、
前記同一面内における比較は、5箇所の前記径方向測定位置におけるロックウェル硬さを比較したものであり、
前記芯部領域全体の測定位置における比較は、3つの前記軸方向測定面における前記5箇所の径方向測定位置でのロックウェル硬さを比較したものであり、
前記同一面内におけるロックウェル硬さの最大値と最小値との差はいずれも2(HRC)以下であり、
前記3つの軸方向測定面における前記5箇所の径方向測定位置でのロックウェル硬さの最大値と最小値との差は6(HRC)以下であり、
前記3つの軸方向測定面における前記5箇所の径方向測定位置でのロックウェル硬さの最大値と最小値は、いずれも13~28(HRC)の範囲に含まれることを特徴とする、請求項1に記載の機械構造部材。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載の機械構造部材を製造する製造方法であって、
材料鋼材を調質し、ソルバイト組織を有するとともに、表面から所定の厚さを除く素材部におけるロックウェル硬さが13~28(HRC)であり、前記素材部におけるロックウェル硬さのばらつきが6(HRC)以内である調質材を得る調質工程と、
前記調質材における前記溝及び歯を形成する面に対して塑性加工を施し、加工材を得る塑性加工工程と、
前記加工材に高周波焼入れを実施する高周波焼入れ工程と、
を有することを特徴とする、機械構造部材の製造方法。
【請求項7】
前記調質工程と前記塑性加工工程との間に、焼きなまし及び焼鈍のいずれも実施しないことを特徴とする、請求項6に記載の機械構造部材の製造方法。
【請求項8】
前記塑性加工は、インフィード転造加工であることを特徴とする、請求項6に記載の機械構造部材の製造方法。
【請求項9】
前記調質工程は、
前記材料鋼材を加熱した後に冷却する焼入れ工程と、
前記焼入れ工程後の前記材料鋼材を加熱して冷却することにより、ソルバイト組織とする焼き戻し工程と、を有し、
前記焼入れ工程後の前記材料鋼材がマルテンサイト単相組織を有するように、前記焼入れ工程における加熱温度及び保持時間が調整され、
前記焼き戻し工程において、前記材料鋼材に固有の焼き戻し温度と硬さとの関係に基づき、前記素材部のロックウェル硬さを13~28(HRC)とするように、前記焼き戻しの加熱温度が調整されることを特徴とする、請求項6に記載の機械構造部材の製造方法。
【請求項10】
前記調質工程の前に、
前記材料鋼材と略同一の形状及び組成を有する試験材を用いて焼入れを実施し、焼入れ後の試験材について組織を観察し、前記組織がマルテンサイト単相組織となる焼入れ加熱条件を選択する焼入れ試験工程を有し、
前記焼き入れ工程は、前記焼入れ試験工程において選択された焼入れ加熱条件を用いて実施されることを特徴とする、請求項6に記載の機械構造部材の製造方法。
【請求項11】
前記焼入れ試験工程と、前記焼き戻し工程との間に、
前記焼入れ試験工程後の試験材に対して、前記材料鋼材に固有の焼き戻し温度と硬さとの関係に基づいて選択された加熱温度で焼き戻しを実施し、前記試験材がソルバイト組織となるとともに、前記試験材の素材部のロックウェル硬さが13~28(HRC)であり、前記試験材の素材部におけるロックウェル硬さのばらつきが6(HRC)以内となる焼き戻し加熱条件を選択する焼き戻し試験工程を有し、
前記焼き戻し工程は、前記焼き戻し試験工程において選択された焼き戻し加熱条件を用いて実施されることを特徴とする、請求項9に記載の機械構造部材の製造方法。
【請求項12】
前記焼入れ工程の前に、
前記材料鋼材と略同一の形状及び組成を有する調質試験材を用いて焼入れを実施した後に、
前記材料鋼材に固有の焼き戻し温度と硬さとの関係に基づいて選択された加熱温度で、前記焼入れ後の調質試験材に対して焼き戻しを実施する調質試験工程を有し、
前記調質試験工程は、前記焼き戻し後の調質試験材がソルバイト組織となるとともに、前記素材部のロックウェル硬さが13~28(HRC)となり、前記素材部におけるロックウェル硬さのばらつきが6(HRC)以内となるように、焼き入れ加熱条件と焼き戻し加熱条件とを選択する工程であり、
前記焼入れ工程は、前記調質試験工程において選択された焼入れ加熱条件を用いて実施され、
前記焼き戻し工程は、前記調質試験工程において選択された焼き戻し加熱条件を用いて実施されることを特徴とする、請求項8に記載の機械構造部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高度な精度を必要とする機械構造部材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、鋼材を加工して製品を製造する場合、切削性、研削性、靱性、耐摩耗性などを向上させるために、鋼材に熱処理(焼き入れ・焼き戻し)による調質が施される。また、必要に応じて焼きなまし等の熱処理を実施し、被削性や加工性を向上させる。
この理由としては、すでに公知であるが、比較的均一な形状を有する丸棒材を材料として加工する場合に、一般的熱処理条件で焼入れ及び焼き戻し(調質)を実施しても、硬さ及び組織を均一にすることが困難であるからである。
【0003】
近時、精密機械等のさらなる高性能化への要求に対して、ボールねじ軸、ねじ軸、ギヤ等の鋼製品の分野においても、精度及び性能を向上させるための検討が進められている。特に、転造によりねじ溝を加工する方法は、生産性が優れており、製造コストを低減することができるため、転造加工を用いて優れた寸法精度を有するねじ軸を得ることができる製造方法についての要求が高まっている。
【0004】
例えば、特許文献1には、ねじ溝を転造加工により形成したボールねじ軸の製造方法が提案されている。上記特許文献1に記載の製造方法は、丸棒材を調質して硬さをHRC25~HRC35とした後、その外周面を焼きなまししてHRC23以下とし、転造加工によりねじ溝を加工して、この溝の表面を高周波焼入れにより硬化処理する方法である。これにより、加工性を低下することなく、熱処理後の曲がりやねじ溝のリード誤差、またピッチ誤差の少ないボールねじ軸を製造することができることが記載されている。
【0005】
また、特許文献2には、焼準を施した素材鋼の外周面にねじ溝を転造し、さらに表面に窒化処理又は浸硫窒化処理を施すねじ軸の製造方法が開示されている。上記特許文献2には、高温加熱、急冷、変態を伴う焼入れ処理を施すことなくねじ軸の表面に表面硬化層を形成することができるため、ボールねじや滑りねじの精度品質、耐久性を向上させることができることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】日本国特開2003-119518号公報
【文献】日本国特開2013-92212号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、近時、より一層の寸法精度の向上が要求されており、上記特許文献1又は2に記載の製造方法を用いても、所望の加工精度を得ることができないことがある。
また、上記特許文献1に記載の焼きなまし工程や、上記特許文献2に記載の窒化処理工程又は浸硫窒化処理工程等を実施すると、製造工程が複雑になるとともに、工程数及び処理時間が増加し、生産性が低下する。
【0008】
本発明は、上述した課題に鑑みてなされたものであり、高精度で優れた品質を有する機械構造部材を提供することを目的とする。
また、本発明は、生産性が優れているとともに、製造時における工具の摩耗を抑制し、高精度で優れた品質を有する機械構造部材を製造することができる機械構造部材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の上記目的は、下記[1]又は[2]の構成により達成される。
[1]塑性加工により溝及び歯が形成された機械構造部材において、
高周波焼入れにより表面に形成された、マルテンサイト組織を有する硬化層と、
ソルバイト組織を有する芯部領域と、
前記芯部領域と前記硬化層との間に形成された、ソルバイト組織とマルテンサイト組織とが混在する境界層と、を有し、
前記芯部領域におけるロックウェル硬さが13~28(HRC)であり、前記ロックウェル硬さのばらつきが6(HRC)以内であることを特徴とする、機械構造部材。
[2]上記[1]に記載の機械構造部材を製造する製造方法であって、
材料鋼材を調質し、ソルバイト組織を有するとともに、表面から所定の厚さを除く素材部におけるロックウェル硬さが13~28(HRC)であり、前記素材部におけるロックウェル硬さのばらつきが6(HRC)以内である調質材を得る調質工程と、
前記調質材における前記溝及び歯を形成する面に対して塑性加工を施し、加工材を得る塑性加工工程と、
前記加工材に高周波焼入れを実施する高周波焼入れ工程と、
を有することを特徴とする、機械構造部材の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、高精度で優れた品質を有する機械構造部材を提供することができる。
また、本発明によれば、製造時における工具の摩耗を抑制し、高精度で優れた品質を有する機械構造部材を製造することができる機械構造部材の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1(a)~(c)は、特許文献1から示唆される製造方法によりボールねじ軸を製造した場合の、鋼材の変化を示す模式図である。
【
図2】
図2(a)~(c)は、特許文献1から示唆される熱処理条件によりボールねじ軸を製造した場合の鋼材の変化を示す模式図である。
【
図3】
図3は、調質後のS45C材の硬さと位置との関係を示すグラフ図である。
【
図4】
図4は、縦軸を硬さとし、横軸を調質材の長手方向に直交する断面における表層面の位置とした場合の、本実施形態における調質材の硬さと位置との関係を示すグラフ図である。
【
図5】
図5(a)は、本実施形態における硬さの測定位置を説明するための試験材を示す模式的断面図であり、(b)はその側面図である。
【
図6】
図6(a)は、硬さの測定位置を説明するためのボールねじ軸を示す断面図であり、(b)はその側面図である。
【
図7】
図7は、発明例の焼入れ及び焼き戻し条件を示す模式図である。
【
図8】
図8は、比較例の焼入れ及び焼き戻し条件を示す模式図である。
【
図9】
図9は、高周波焼入れ後のボールねじ軸No.1における、軸に平行な断面の金属組織を撮影した顕微鏡写真を示す図面代用写真である。
【
図10】
図10は、高周波焼入れ後のボールねじ軸No.1における、軸に直交する断面の金属組織を撮影した顕微鏡写真を示す図面代用写真である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者は、加工精度を向上させることができる機械構造部材及びその製造方法について、従来の製造方法を考察しつつ、種々検討を行った。
特許文献1によると、調質部を残し、表面を焼きなまし(軟化)の熱処理を施せば、転造及び高周波焼入れを実施しても、ねじ精度を向上させることができるとされている。すなわち、特許文献1には、(A-1)焼入れ及び(A-2)焼き戻し(調質)、(B)焼きなまし、(C)高周波焼入れ、を実施することが示唆されている。
【0013】
ここで、上記特許文献1に示唆される製造方法を使用し、JIS G4051:2016(機械構造用炭素鋼鋼材)に記載されたS55C鋼材の組成に基づいてボールねじ軸を製造した場合の組織の様子について、以下に説明する。なお、S55C鋼材の主な組成はC:0.52~0.58(質量%)であり、Si、Mn、P及びSもJIS G4051に記載の含有量と同等として考えた場合に、この鋼材の熱処理条件は、例えば以下のようになる。
【0014】
(A-1)焼入れ;800~850℃ 水冷 硬さ(ロックウェルCスケール硬さ)HRC 60~
(A-2)焼き戻し;550~650℃ 急冷 硬さHRC 30前後
(B)焼きなまし;790℃ 炉冷 硬さHRC 0~8.5
なお、(B)焼きなましによる硬さであるHRC0~8.5は、ブリネル硬さ149~192HBからの換算値である。
【0015】
ここで、(A-1)、(A-2)及び(B)の工程による鋼材の変化について、図面を参照して、さらに具体的に説明する。
図1(a)~(c)は、特許文献1から示唆される製造方法によりボールねじ軸を製造した場合の鋼材の変化を示す模式図である。また、
図2(a)~(c)は、特許文献1から示唆される熱処理条件によりボールねじ軸を製造した場合の鋼材の変化を示す模式図である。
【0016】
(A-1)焼入れでは、丸棒材をA3変態点+30~50℃まで加熱し、γ鉄(ガンマ鉄:オーステナイト面心立方晶)にした後、急冷却(焼入れ)することで、非常に硬くて脆い組織であるマルテンサイト(体心立方晶(正方))とする。
(A-2)焼き戻しでは、マルテンサイトになった非常に硬くて脆い組織を、焼き戻し温度まで熱した後、冷却することで、硬さが若干低下して靱性が得られる。
上記(A-1)及び(A-2)により、
図1(a)に示すように、丸棒材1が調質されて、素材全体の硬さがHRC25~35の範囲に設定された調質部11が形成される。
【0017】
(B)焼きなまし(焼鈍)では、調質された鋼材をオーステナイト組織(790℃)の状態で十分保持した後、炉中で徐冷する。これにより、
図1(b)に示すように、表面に硬さがHRC23以下である軟化層12が形成される。
そして、ピーリング加工、センタレス研削、転造加工を行った後、表面を高周波焼入れすることにより、
図1(c)に示すように、HRC55~62の範囲に硬化処理された硬化層13が形成される。
【0018】
なお、一般的に、焼きなましの目的は、加工による内部残留応力を取り除き、組織を軟化させ、展延性を向上させることである。すなわち、焼きなましによって金属組織の格子欠陥が減少し、再結晶が行われるため、残留応力も減少し、軟化する。
【0019】
したがって、従来の焼きなまし熱処理温度及び上記従来の製造方法を用いてねじ軸を製造すると、実際には調質部11が残存しないことも考えられる。
具体的には、
図2(a)に示すように、焼入れ及び焼き戻しにより、丸棒材2が調質されて、調質部11が形成されるが、
図2(b)に示すように、焼きなましにより、丸棒材1の径方向の中心の部分まで軟化層12となってしまう。この焼きなましは、高温で保持されるため、硬度が例えば0~9(HRC)まで低下する。そして、ピーリング加工、センタレス研削、転造加工を行った後、表面を高周波焼入れすることにより、
図2(c)に示すように、最表面に高周波焼入れにより硬化した硬化層13が形成されるとともに、軟化層12と表面の硬化層13との間に、さらに高周波焼入れによる硬化層14が形成される。
本発明者は、上記従来の製造方法を一般的な熱処理条件で実施した場合に、ねじ軸の中心の部分に軟化層12が存在し、これが転造加工及び高周波焼入れの工程において、ねじ軸の歪みとなって、寸法精度の低下を引き起こすのではないかとの考えに至った。
【0020】
そこで、本発明者は、変形を抑制することができ、高精度で優れた品質を有するボールねじ軸の製造方法について、さらに鋭意検討を行った。
まず、本発明者は、鋼材メーカから入手する磨き棒(引き抜き棒:Coil to Bar)を用いてボールねじ軸を製造する場合に、寸法精度が低下する原因について検討した。
【0021】
磨き棒を入手する際には、一般的には、ねじ素材の一部を範囲指定して、磨き棒の硬さを鋼材メーカに指示している。しかし、磨き棒は、表面層側が硬化しており、芯部に近づくにつれて硬度が低下する。このため、磨き棒の表面は指定した硬さになるが、芯部の硬さは不明であり、入手した状態での磨き棒では、要求される精度を得ることができなかった。
【0022】
図3は、コイル材に対してコイル引き抜きを実施した後、調質したS45C材(日本製鉄株式会社製)の硬さと位置との関係を示すグラフ図である。測定したS45C材の直径は16mmである。
図3に示すグラフ図において、S45C材の長手方向に直交する断面における直径の一端部を0mmとし、他端部を16mmとしている。なお、本明細書において、ねじ、ねじ素材、調質材等の長手方向とはねじ軸が延びる方向をいう。
上記コイル引き抜き後に調質したS45C材に対して硬さを測定した結果、表面から所定の厚さ(例えば、3mm)の領域を除いた素材部のうち、
図3に示す3mm及び13mmの位置で表される表面部と、6mm~10mmの範囲で表される芯部とでは、芯部の方が12(HRC)程度低い値を示し、U曲線を描くグラフとなる。
【0023】
このように、硬さを指定すれば、入手されるS45C調質材の硬さは、一般的にはその指定範囲内であると認識されるが、実際には表面部と芯部との硬さの違いは大きいものとなる。
【0024】
このような場所による硬さのばらつきの発生は、他の鋼種、例えば、アメリカ自動車技術者協会(SAE:Society of Automotive Engineers)に規格されるSAE4150材(JIS G4053:2016(機械構造用合金鋼鋼材)のSCM445に相当)を用いた場合であっても同様に発生する。
SAE4150材を使用し、850℃で120分の加熱及び冷却による焼入れと、650℃で300分の加熱及び冷却による焼き戻しとを実施した場合に、長手方向に直交する断面において、中心と、中心から0.5r(半径rの1/2)離隔した位置との間で硬さを比較すると、最大で4(HRC)程度のばらつきが発生する。
また、上記SAE4150材が長尺である場合には、長手方向(軸方向)にもばらつきが発生する。例えば、長手方向に直交する断面におけるばらつきが4(HRC)である場合には、1本のSAE4150材内での硬さのばらつきは12(HRC)にも達することがある。
【0025】
また、鋼材メーカから入手する磨き棒(Coil to Bar)には、鋼材メーカにおいてコイル材を直線状の棒材に戻す工程が存在するため、この工程により、硬さのばらつきが発生する。すなわち、コイル状の材料をローラで徐々に線状に加工していく工程において、捻じれや折れ曲りを有する材料を直線状にするため、伸ばされたり圧縮されたりする箇所が混在し、これが、硬さのばらつきの原因となる。
本願発明者は、上記のように硬さのばらつきを有する材料を用いて、実際にねじ転造を実施し、歯形、歯筋及びねじピッチの精度を測定すると、歯車試験機でエラーとなり測定困難となることを見出した。
【0026】
具体的には、SAE4150材を用いた上記調質方法を用いて、長手方向に20の溝を有するボールねじ軸を製造した場合に、両端部の各1溝は除外し、18の溝に対して、隣接するピッチの差を累計した累積ピッチ誤差は、16μm(0.016mm)となり、誤差は大きくなる。
【0027】
なお、累積ピッチ誤差が16μm(0.016mm)となる上記データは、バッチ炉内に550本の材料鋼材を格納した場合のデータである。仮に、バッチ炉内の材料鋼材の数を1400本にすると、さらにばらつきは増加し、硬さでは7(HRC)以上、累積ピッチ誤差は30μmを超え、精度が著しく低下する。
このように、ピッチのばらつきが大きくなると、ボールが転動する溝のレース面(軌道面)において剥離が発生したり、回転方向が変化した場合に、作動ムラが発生しやすくなる。なお、転造後のリード累積ピッチ誤差は次工程の高周波補正分を除くと一致する。
【0028】
ところで、ボールねじのリード精度は、JIS B1192-3:2018により規定されており、例えば、ねじ精度の等級がCt10である場合に、変動の許容値(ν300)は210μmであるため、有効ねじ長を72mmとしたとき、許容変位は50.4μmとなる。ただし、例えば、ねじ精度の等級として、Ct7とCt8との間を目標値とすると、変動の許容値(ν300)は約75μmとなるため、有効ねじ長を72mmとしたとき、許容変位は18μmとなる。すなわち、バッチ炉内の材料鋼材の数を1400本にした場合の累積ピッチ誤差は、等級をCt10とした場合には、全て規格内となるが、より一層高精度であるボールねじ軸を製造しようとすると、規格外となってしまう。したがって、累積ピッチ誤差をより一層低減することができるボールねじ軸の製造方法について、要求が高くなっている。
さらに、ボールねじ軸の溝をスルーフィード転造により加工した場合には、歩留まりが60%程度と低くなり、生産性が低下する。したがって、低コストで安定して機械構造部材を製造することができる、インフィード転造を利用した製造方法についての要求も高くなってきている。
【0029】
そこで、本発明者は、塑性加工、特に転造加工前の鋼材において、金属組織及び硬さのばらつきを著しく低減することができれば、加工精度を向上させることができると考え、鋼材の調質条件について検討を行った。
【0030】
例えば、一般的な焼入れ温度で鋼材を加熱しても、表面から冷却が開始されるため、芯部の硬さは著しく低くなり、表面の硬さは高くなる。また、鋼材の芯部まで加熱されずに冷却された場合には、芯部及び表面の硬さの差はさらに顕著になる。
一方、表面の硬さを低下させるため、焼き戻し温度を、例えば570℃と高くすると、芯部の硬さが更に下がってしまい、硬さ及び組織を均一化することは困難であった。
【0031】
以上のような検討の結果、本発明者は、焼入れ後の鋼材において、硬さのばらつきが少ないこと、及び均一なマルテンサイト組織が形成される条件を選択するとともに、焼き戻し後の硬さの目標値を定めて、焼き戻し温度を決定することにより、高精度な機械構造部材を得ることができることを見出した。
本発明は、これらの知見に基づいてなされたものである。
【0032】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、本発明は、以下で説明する実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変更して実施することができる。
【0033】
[機械構造部材の製造方法]
本実施形態は、後述する機械構造部材を製造するための製造方法であり、材料鋼材を調質し、所定の特性を有する調質材を得る調質工程と、調質材の表面から、所定の厚さを除去して素材を得る表面除去工程と、素材における溝及び歯を形成する面に対して塑性加工を施し、加工材を得る塑性加工工程と、この加工材に高周波焼入れを実施する高周波焼入れ工程と、を有する。なお、調質工程と塑性加工工程との間に、焼きなまし及び焼鈍のいずれも実施しない。
【0034】
以下、第1の実施形態として、機械構造部材の製造方法を具体的に説明し、第2の実施形態として、機械構造部材のうち、特にボールねじ軸を製造する場合の製造方法について、より具体的に説明する。
【0035】
<第1の実施形態>
(調質工程)
調質工程は、材料鋼材を調質し、ソルバイト組織を有するとともに、表面から所定の厚さを除く素材部におけるロックウェル硬さが13~28(HRC)であり、素材部におけるロックウェル硬さのばらつきが6(HRC)以内である調質材を得る工程である。
調質工程とは、一般的に、焼入れ工程及び焼き戻し工程を表し、材料鋼材の硬さを調整することができる工程である。
【0036】
なお、本願明細書において、「ロックウェル硬さ」とは、JIS Z 2244:2009に記載のビッカース硬さ試験に準拠して測定された値を換算したものである。
【0037】
本実施形態において、焼入れ工程では、材料鋼材を所定の温度まで加熱して、保持した後に冷却する。この焼入れ工程における加熱温度及び保持時間は、焼入れ工程後の材料鋼材の組織が均一なマルテンサイト単相組織となり、結晶粒が粗大化しないような条件を選択することが好ましい。
【0038】
均一なマルテンサイト単相組織とは、表面から中心まで組織の粒径が揃っており、フェライトとマルテンサイト等の混合組織ではなく、完全にオーステナイト組織がマルテンサイト変態している状態を表す。ただし、走査電子顕微鏡、透過電子顕微鏡、X線回折法等で組織を定量測定した場合に、必ずしもマルテンサイト組織のみで100面積%である必要はなく、不可避的に不純物としてのフェライト等が残存していてもよい。
これを確認することにより、焼入れ時において、炉内が均熱化し、材料鋼材の中心部まで温度が上昇して、材料鋼材が完全にオーステナイト組織となったと判断することができる。
【0039】
焼入れ後の材料鋼材の組織及び硬さのばらつきを上記範囲にするための、焼入れ時の温度及び時間等の条件は、使用する材料鋼材の組成や、炉の種類によっても異なる。例えば、焼入れ温度については、鋼の状態図に基づき、含有する炭素量によって、A3変態温度以上の温度に炉を設定し、ワークの中心の部分まで十分に加熱することにより、材料鋼材を完全なオーステナイト単相組織とすることができる。
【0040】
材料鋼材を完全にオーステナイト組織にした後、急冷すると、マルテンサイト変態を十分に進行させることができる。冷却する方法は特に限定されないが、水による冷却(水冷)、オイルによる冷却(油冷)等を使用することができる。
油冷は、マルテンサイト粗大化組織が形成されることを抑制し、焼入れ後の試験材の脆弱化及び焼き割れの発生を防止することができる。
一方、水により冷却すると、焼入れ後の材料鋼材の表面に水蒸気の気泡が多く付着し、この気泡による断熱作用によって、急冷できずに硬さにばらつきが発生することがある。したがって、油冷を採用することが望ましい。
【0041】
なお、冷却後にマルテンサイト変態が十分に進行していない場合には、急冷した後に、サブゼロ処理等により更に低温保持をして、マルテンサイト変態を進行させる手段も採用することができる。ただし、冷却設備や工程が複雑になり、製造コストが増大するため、通常の冷却方法によりマルテンサイト変態を進行させることが好ましい。
特に、本実施形態においては、焼入れ後の材料鋼材の素材部におけるロックウェル硬さのばらつきを減少させることも重要な要素であるため、硬さのばらつきが発生しにくいオイル冷却を選択することが好ましい。
【0042】
また、焼入れ工程における他の条件として、一度に焼入れ処理する数が増加すると、一般的に、焼入れ温度及び冷却条件を均一化することが困難になるため、焼入れ処理の数についても、調整することが好ましい。
【0043】
焼入れ工程の条件(加熱温度及び加熱時間)を決定する具体的な方法として、使用する材料鋼材と略同一の形状及び組成を有する試験材を用いて、この試験材に対して種々の条件で焼入れする焼き入れ試験工程を実施する方法が挙げられる。すなわち、焼き入れ試験工程として、調質工程の前に、種々の条件で焼入れを実施した試験材について組織を観察し、試験材の組織が均一なマルテンサイト単相組織であるかどうかを確認し、均一なマルテンサイト単相組織となった焼入れ加熱条件を選択する。本実施形態においては、後述のとおり、焼き戻し工程後の素材部におけるロックウェル硬さ及びばらつきが所望の範囲となるように焼き戻し工程の条件を選択する。ただし、焼き戻し工程後に硬さ及びばらつきを上記所望の範囲にするためには、焼入れ工程後においても、素材部におけるロックウェル硬さのばらつきを測定し、ばらつきが6(HRC)以内となるような焼入れ加熱条件を選択することが好ましい。
【0044】
上記焼入れ工程の後に、上述のとおり、焼き戻し工程を実施し、得られる調質材を均一な微小組織であるソルバイト組織(ソルバイト相当の微小な均一組織を含む)にする。ソルバイト組織にした調質材は、塑性加工に必要な延性や機械強度を有するため、この焼き戻し工程により、加工精度を向上させることができる。
【0045】
また、この焼き戻し工程により、素材部のロックウェル硬さを13~28(HRC)とするとともに、素材部におけるロックウェル硬さのばらつきを6(HRC)以内とする。
焼き戻し工程により得られる調質材の素材部のロックウェル硬さが、13(HRC)未満であると、塑性加工が困難になる。一方、素材部のロックウェル硬さが28(HRC)を超えると、表面除去後の素材の表面が硬くなり、加工は可能であるが、工具であるダイスの寿命が著しく低下する。さらに、ロックウェル硬さのばらつきが6(HRC)を超えると、ねじ加工精度が低下する。
したがって、焼き戻し工程後の調質材における素材部のロックウェル硬さが13~28(HRC)になるとともに、そのばらつきが6(HRC)以内となるように、焼き戻し工程を実施するものとする。
【0046】
焼き戻しにより、素材部のロックウェル硬さ及びそのばらつきを上記のように制御するためには、焼き戻し工程における加熱温度は、使用する材料鋼材に固有の焼き戻し温度と硬さとのグラフに基づき、調整されることが好ましい。材料鋼材に固有の焼き戻し温度と硬さとのグラフは、公知のものを入手してもよいし、使用する材料鋼材について、種々の温度で焼き戻しを行い、その後の硬さを測定することにより、グラフを作成してもよい。
【0047】
なお、焼入れ工程の条件を決定する方法と同様に、焼き戻し工程においても、その加熱条件を決定する具体的な方法として、焼入れ後の試験材を用いて、この試験材に対して種々の条件で焼き戻しを実施する方法が挙げられる。
すなわち、焼き戻し試験工程として、種々の条件で焼き戻しを実施した試験材について、組織を観察するとともに、硬さのばらつきを測定する。そして、ソルバイト組織となるとともに、試験材の素材部のロックウェル硬さが13~28(HRC)であり、素材部におけるロックウェル硬さのばらつきが6(HRC)以内となるような焼き戻し加熱条件を選択する。これにより、実際の焼き戻し工程は、上記焼き戻し試験工程において選択された焼き戻し加熱条件を用いて実施することができる。
なお、試験材の素材部のロックウェル硬さは、20~26(HRC)であることが好ましい。また、ロックウェル硬さのばらつきは、2(HRC)以内であることが好ましく、1(HRC)以内であることがより好ましい。
【0048】
焼き戻し試験工程後の硬さのばらつきは、芯部領域における異なる任意の複数の測定点に対して測定することが好ましく、これら複数の測定点におけるロックウェル硬さの最大値と最小値との差が6(HRC)以内である場合に、硬さのばらつきが6(HRC)以内であるとみなすことができる。
【0049】
なお、材料鋼材の種類によっては、焼入れ後の硬さは、焼き戻し後の硬さに影響を与えることがあるため、焼き戻し温度と硬さとのグラフに基づいて、焼き戻し温度を決定するのみでなく、最終的な焼き戻し加熱条件は、焼入れ後の試験材の硬さ試験の測定結果も考慮して決定することが好ましい。
詳細は後述するが、焼入れ後の硬さは、材料鋼材に含有される炭素量によって変化する。したがって、焼入れ後の硬さが臨界硬さ以上であると、最低限焼入れが実施されていることを判断することができる。
【0050】
例えば、焼入れ試験後の試験材における芯部の硬さの測定結果が、臨界硬さ以上であるが、低い場合には、焼き戻し試験後の試験材の硬さが、所望の範囲より低くなってしまう可能性がある。したがって、グラフで導き出された温度よりも、焼き戻し温度を低温側に設定し、焼き戻し後の調質材の硬さが硬くなるように、焼き戻し加熱条件を設定することが好ましい。
一方、焼入れ試験後の試験材における硬さの測定結果が、素材部全体において硬くなっている場合には、焼き戻し試験後の試験材の硬さが、所望の範囲より高くなってしまう可能性がある。したがって、グラフで導き出された温度よりも、焼き戻し温度を高温側に設定し、焼き戻し後の調質材の硬さが低下するように、焼き戻し加熱条件を設定することが好ましい。
【0051】
ただし、芯部の硬さの測定結果が、臨界硬さよりも低い場合には、材料鋼材の芯部まで焼入れが実施されていない(芯部まで加熱温度に到達していない)か、又は炉内の温度がばらついていることが想定される。したがって、焼入れ時の加熱温度を上昇させるか、均熱条件を長くする等の加熱条件を見直すことが好ましい。
【0052】
また、焼入れ試験後の試験材の硬さの測定及び組織の観察は、省略することができる。この場合には、焼入れ工程の前に、材料鋼材と略同一の形状及び組成を有する調質試験材を用いて焼入れを実施した後、材料鋼材に固有の焼き戻し温度と硬さとの関係に基づいて選択された加熱温度で、焼入れ後の調質試験材に対して焼き戻しを実施する調質試験工程を実施することが好ましい。
この調質試験工程は、焼き戻し後の調質試験材の組織がソルバイト組織となるとともに、素材部のロックウェル硬さが13~28(HRC)であって、ロックウェル硬さのばらつき6(HRC)以内となるように、焼き入れ加熱条件及び焼き戻し加熱条件を選択する工程である。
したがって、実際の焼入れ工程は、調質試験工程において選択された焼入れ加熱条件を用いて実施され、焼き戻し工程は、調質試験工程において選択された焼き戻し加熱条件を用いて実施されることが好ましい。
【0053】
調質試験工程において、焼入れ後の調質試験材に対して焼き戻しを実施した結果、ソルバイト組織が形成されていなかった場合には、焼入れ後に完全にマルテンサイト変態していない可能性があるため、例えば、焼入れ工程の加熱条件及び冷却条件を見直すものとする。
また、硬さやそのばらつきが所望の範囲内となっていない場合には、焼入れ及び焼き戻しの温度が適切でないか、芯部まで完全に焼入れが実施されていない可能性があるため、焼入れ及び焼き戻し工程の加熱条件等を見直すものとする。
【0054】
(表面除去工程)
上記調質工程の後、調質材の硬さは、ある位置から表面に近づくにしたがって、急激に上昇する。したがって、一般的に、塑性加工により機械構造部材の溝及び歯を形成する場合には、調質材における表面から、所定の厚さを除去(切削及び研削)して素材を得た後、塑性加工を施す。この塑性加工により、調質材をその側方から見た調質材の表面形状は、複数の溝、及び各溝の間の歯が形成されている。ここで、材料鋼材としてS45C材を選択した場合の除去する厚さについて、以下に説明する。
【0055】
図4は、縦軸を硬さとし、横軸を調質材の長手方向に直交する断面における表層面の位置とした場合の、本実施形態における調質材の硬さと位置との関係を示すグラフ図である。
図4においては、硬さを表面近傍まで測定している。なお、
図4に示す調質材は、焼入れ工程における加熱温度を890℃、均一に炉内を熱する均熱時間を30分とし、さらに、焼き戻し工程における加熱温度を500℃、保持時間を120分間とした後に冷却したものであり、これによってソルバイト組織が得られる。
【0056】
図4に示すように、調質材の硬さは、表面から約1.0mmの深さの位置から、表面に近づくに従って硬さが急激に上昇している。
したがって、本実施形態においては、調質工程の後、表面から所定の厚さまでの領域、すなわち、調質材における硬さが急激に上昇している部分を少なくとも含む領域を除去するものとする。本実施形態においては、例えば、表面から3.0mmの厚さの領域を除去して素材を得る。その結果、素材部全体の硬さを13~28(HRC)にすることができるとともに、硬さのばらつきを6(HRC)以内とすることができる。
【0057】
なお、
図4においては、硬さが急激に上昇している領域は、調質材の表面から約1.0mmであるため、除去する領域は、少なくとも硬さが急激に上昇している領域(表面から約1.0mmまでの領域)が含まれていればよく、さらに表面から2.0~3.0mm程度の深さまで除去することが好ましい。
図4に示すように、調質材の表面から3.0mmの深さまで除去すると、塑性加工前の素材部の硬さは、中心付近で少し低く、表面付近で少し高くなるものの、素材部の径方向において略均一な硬さとなる。
【0058】
なお、本実施形態においては、表面除去工程を実施したが、この表面除去工程は必ずしも必要な工程ではない。例えば、上記調質工程の後に、得られた調質材の組織がソルバイト組織であり、調質材全体のロックウェル硬さが13~28(HRC)であって、ロックウェル硬さのばらつき6(HRC)以内となっていれば、表面除去工程は省略することができる。この場合は、歩留まりをより一層向上させることができる。
【0059】
(塑性加工工程)
本実施形態においては、上記表面除去工程により、表面から約3.0mmの深さまでの領域が除去されて、直径が約10mmの調質材(素材)が得られる。そして、素材における溝及び歯を形成する面に対して、所望の形状の溝及び歯を形成するための塑性加工を施し、加工材を得る。塑性加工後のねじ歯先(軸の外径側)の硬さは、約33(HRC)となり、ねじ歯底(谷底付近)の硬さは、約27(HRC)となる。すなわち、塑性加工後のねじ軸の歯底から0~0.5mmの位置までの領域は、塑性加工により硬化しているが、この領域を除く部分では、塑性加工前の素材部の硬さと同様の硬さのまま維持される。
【0060】
上述のとおり、調質後の調質材の組織及び硬さが所望の範囲であって、表面除去工程を実施しない場合に、上記塑性加工工程では、調質後の調質材における溝及び歯を形成する面に対して塑性加工を施すことになる。このような場合であっても、塑性加工後のねじ歯先の硬さ、及びねじ歯底の硬さは上記と同様になり、塑性加工により硬化した領域を除く部分では、塑性加工前の調質材の硬さと同様の硬さのまま維持される。
【0061】
なお、本実施形態においては、上記調質工程により硬さが略均一に調整されているとともに、表面は塑性加工に好適な硬さとなっているため、調質工程と塑性加工工程との間に、焼きなまし及び焼鈍のいずれも実施する必要がない。
【0062】
(高周波焼入れ工程)
次に、得られた加工材に高周波焼入れを実施する。本実施形態においては、例えば、ボールねじ軸を対象としており、ボールねじ軸の溝は、ナットとの間でボールが転動し、これにより、回転運動を直線運動に変換したり、直線運動を回転運動に変換するものである。したがって、ボールが転動する溝(軌道面)は、ボールとの接触部分で大きな圧力が印加されるため、溝の表面に硬さを付与し、ボールの接触による剥離を防止するために、溝の表面をマルテンサイト変態させる必要がある。
なお、本実施形態においては、高周波焼入れの条件については特に限定されず、表面が均一なマルテンサイト単相組織となるような条件とする。
以上の工程により、本実施形態に係る機械構造部材を得ることができる。
【0063】
本実施形態に係る機械構造部材の製造方法によると、塑性加工により溝を形成する前の素材の硬さが、塑性加工に好適な組織及び硬さであるとともに、表面から深部に至るまでの硬さのばらつきが6(HRC)以内と少ない。したがって、工具の摩耗を抑制することができるとともに、塑性加工による変形を抑制することができ、高精度で優れた品質を有する機械構造部材を得ることができる。
また、本実施形態に係る製造方法によると、表面除去工程の前の調質材の直径の50%以上を、ばらつきの少ない略均一な硬さとすることができるため、表面除去工程を実施する場合に、除去する深さを浅くすることができ、歩留まりを向上させることができる。
さらに、本実施形態においては、硬さの範囲及びばらつきが所定の範囲内となるように材料鋼材を調質しているため、その後の塑性加工及び高周波焼入れを実施することにより得られたボールねじ軸は、優れたねじ精度を有するものとなる。また、焼きなまし及び焼鈍を実施しない場合は、生産性を向上させることができ、製造コストを低減することができる。なお、溝及び歯を形成する塑性加工工程を実施する際に、素材の硬さ及び硬さのばらつきが上記範囲であるとともに、ソルバイト組織(ソルバイト相当の微細な均一組織を含む)となっていれば、調質工程と塑性加工工程との間に、焼きなまし等の工程を実施してもよく、いずれにしても優れたねじ精度を有するボールねじを得ることができる。
【0064】
また、上記機械構造部材の製造時において、材料鋼材から塑性加工を実施する前の熱処理工程、すなわち、調質、焼きならし、焼きなまし、焼鈍などの熱処理工程を、一連の工程として実施してもよい。このように、一連の工程で熱処理を実施すると、生産効率が向上し、製造コストを低減することができる。その結果、次工程を含めた全体の製造工程として、CO2排出量を削減することができるため、全体を通した製造コストも低減することができる。
【0065】
なお、上述のとおり、本実施形態は、塑性加工により溝を形成するための材料鋼材を調質するものであるが、特に、インフィード転造加工により溝を形成する場合に好適である。
インフィード転造は、ワークとねじとが平行であり、ワークが軸方向に延びず、ねじが形成される径方向にのみ変形することが要求される。本実施形態に係る製造方法によると、素材部のロックウェル硬さが13~28(HRC)であり、比較的硬い状態に調質するため、インフィード転造時に、ワークが軸方向に延びることを防止することができ、優れた加工精度を有する機械構造部材を容易に得ることができる。したがって、本実施形態に係る方法により得られた調質材を用いてインフィード転造すると、歩留まりを向上させることができ、製造コストを低減することができる。
【0066】
<第2の実施形態>
第2の実施形態として、ボールねじ軸の製造方法について具体的に説明する。なお、以下に示す第2の実施形態において、第1の実施形態と同様の部分については、同一の名称で表すとともに、各工程における詳細な説明は一部省略する。
【0067】
(調質工程)
材料鋼材として、SAE4150丸棒材を準備し、例えば、連続炉を用いた調質工程を実施する。
まず、焼入れ工程を実施するが、焼入れ工程における加熱温度については、SAE4150材の炭素量(0.48~0.53質量%)及び状態図に基づき、A3変態点である約780℃以上とすることが好ましく、830℃以上とすることがより好ましく、870℃よりも低い温度で設定することが好ましい。
【0068】
なお、上記本実施形態においては、連続炉を使用して調質を実施しているが、炉の種類は特に限定されない。連続炉によって調質する場合は、大気中で実施されることから、脱炭層の形成による割れの発生を防止するため、解放部を少なくし、短時間で加熱することが好ましい。また、連続炉を使用すると、直接炎で連続加熱することができるため、優れた熱伝達率が得られ、焼きむらが抑制されるとともに、バッチ炉を使用する場合と比較して、必要な数の材料鋼材のみを調質することができる。したがって、連続炉を使用することにより、在庫数の増加を抑制することができるとともに、エネルギー使用量及びCO2排出量の削減を実現することができる。
連続炉を使用する場合には、加熱保持時間は、例えば15~30分とすることが好ましい。また、材料鋼材が長尺である場合に、材料鋼材の曲がりの発生を抑制するため、水平に川の字となるように配置することにより、均熱時間を短縮することができる。
【0069】
一方、バッチ炉は、カーボンヒータを配置する位置や数によって、炉内の温度を均一化することが困難となる場合があり、また、一度に多数の材料鋼材を調質すると、材料鋼材の数に比例してばらつきが増加する。このようなばらつきは、炉内の容積が大きいほど、増加する傾向にある。また、材料鋼材が長尺であって、バッチ炉内に立てた状態で調質する必要がある場合に、熱処理はより不均一になりやすく、ばらつきが増加するため、高精度化することが困難になることがある。
しかし、バッチ炉は、真空雰囲気又は不活性ガス雰囲気に調整することができ、これにより、安定した調質を実施することができるという利点もある。したがって、材料鋼材のサイズ及び調質条件等によっては、バッチ炉を使用することも可能である。
ただし、バッチ炉を使用する場合に、加熱状態を均一とするため、均熱時間及び保持時間は、ヒーターの置き方、ワークの置き方や、炉の容量を考慮して設定することが好ましく、必要とされる所定の温度で、芯部まで加熱されるように設定すればよい。
【0070】
本実施形態においては、焼入れ工程における加熱条件を、例えば840℃で20分とする。その後、オイル冷却することにより、焼入れ工程後の材料鋼材の組織及び硬さを所定の範囲に調整することができる。
【0071】
ここで、焼入れ工程の条件を決定する具体的な方法として、第1の実施形態と同様に、使用する材料鋼材(SAE4150材)と略同一の形状及び組成を有する試験材を用いて、この試験材に対して種々の条件で焼入れを実施する焼き入れ試験工程を行う方法が挙げられる。具体的には、種々の条件での焼入れを実施した試験材について組織を観察し、均一なマルテンサイト単相組織であるかどうかを確認することにより、実際の焼入れ工程における加熱条件を決定することができる。
【0072】
図5(a)は、本実施形態における硬さの測定位置を説明するための試験材を示す模式的断面図であり、(b)はその側面図である。硬さの測定は、異なる任意の複数の測定点に対して実施すればよいが、表面から所定の厚さを除いた素材部において、硬さの差が現れやすい複数の測定点で測定することが好ましい。
具体的には、試験材21の長手方向の長さをLとし、試験材21の一端部21aから他端部21bに向かって0.1Lの位置における長手方向に直交する断面を面S1、試験材21の一端部21aから他端部21bに向かって0.5Lの位置における長手方向に直交する断面を面S2、試験材21の一端部21aから他端部21bにむかって0.9Lの位置における長手方向に直交する断面を面S3とし、これらの面S1~S3を軸方向測定面とする。
また、
図5(a)に示すように、例えば面S1について、中心を測定点P0とし、測定点P0から外周の1点までの距離を半径rとしたとき、測定点P0から0.5r離隔した円周部において、略等間隔に4箇所の測定点P1、P2、P3及びP4を選択し、これらの測定点P0~P4を径方向測定位置とする。同様に、面S2、面S3についても、測定点P0~P4で表される径方向測定位置を設定する。
【0073】
本実施形態において、硬さのばらつきは、試験材21の芯部領域における長手方向に直交する同一面内、及び芯部領域全体の測定位置におけるロックウェル硬さを比較した場合の最大値と最小値との差で判断することができる。
すなわち、同一面内におけるロックウェル硬さの比較とは、各面Cのそれぞれについて、5箇所の径方向測定位置(測定点P0~P4)での硬さを比較したものである。また、芯部領域全体の測定位置におけるロックウェル硬さの比較とは、3つの全ての軸方向測定面(S1~S3)における5箇所の径方向測定位置(測定点P0~P4)でのロックウェル硬さを比較したものである。
【0074】
本実施形態においては、以下に示す条件(a)~(c)を全て満足した場合の加熱条件を、実際の焼入れ工程における加熱条件として選択することが好ましい。
(a)各面において、同一面内(測定点P0~P4)、すなわち5箇所におけるロックウェル硬さの最大値と最小値との差がいずれも2(HRC)以下である。
(b)3つの軸方向測定面(面S1~S3)における5箇所の径方向測定位置(測定点P0~P4)、すなわち15箇所におけるロックウェル硬さの最大値と最小値との差が6(HRC)以下である。
(c)3つの軸方向測定面(面S1~S3)における5箇所の径方向測定位置(測定点P0~P4)、すなわち15箇所におけるロックウェル硬さの最大値と最小値は、いずれも16~26(HRC)の範囲に含まれる。なお、ロックウェル硬さの最大値と最小値は、1本のうちの15箇所のみでなく、炉内のばらつき及びロット内のばらつきも含めて、全ての試験材について、ロックウェル硬さが、焼き入れ後に16~26(HRC)の範囲に含まれることが好ましい。
【0075】
焼入れ工程後に、焼き戻し工程を実施する。焼き戻し工程の加熱温度は、SAE4150材の焼き戻し温度と硬さとのグラフに基づいて決定する。
本実施形態において、焼き戻し工程後における調質材の素材部の硬さが13~28(HRC)の範囲内となるように、焼き戻し工程における加熱温度を決定するため、SAE4150材の場合には、例えば、約650℃以上の温度とすることが好ましい。また、焼き戻し温度の上限値は、SAE4150材のA1変態点である720℃よりも低い温度で設定することが好ましい。
【0076】
ただし、実際の焼き戻し温度と硬さとの関係は、炉の種類、調質を実施する季節及びバッチサイズ、ワークの長さ及び形状等によって、種々に異なるものとなる。したがって、実際に焼き戻しを行う条件と同一条件で作成したグラフを参考にし、焼入れ後の材料鋼材の硬さも考慮して、実際の焼き戻し温度を決定することが好ましい。具体的には、焼入れ加熱条件を決定した試験材を使用し、グラフから得られる焼き戻し温度を基準として、この温度よりも高く、又は低く調整して、焼き戻しを実施し、得られた調質材の素材部の硬さを測定することにより、最適な焼き戻し温度を調整することができ、必要とされる所定の温度で、芯部まで加熱されるように調整すればよい。
【0077】
本実施形態においては、焼き戻し条件を例えば、700℃の温度で60分間保持した後、冷却する。これによりソルバイト組織が得られる。
なお、焼入れ工程及び焼き戻し工程における加熱を大気中で実施すると、材料鋼材に含有される炭素(C)と、大気中の酸素(O2)や水蒸気とが反応することにより、脱炭層が発生して、割れの原因となることがある。
素材表面脱炭、フェライト脱炭は幾つもの要因から発生する。過熱により、材料鋼材の表面層から中心部に向かって、炭素と大気中の酸素や水蒸気との反応が進み、炭素が抜けた脱炭層が形成される。また、脱炭層は、上記焼き戻し工程における熱処理中の炉内雰囲気によっても形成される。材料鋼材の表面に錆又は黒皮(酸化鉄)が形成されている場合や、傷等が形成されている場合には、さらに酸化鉄内の酸素と炭素とが反応して、CO2となることにより脱炭し、割れ等の瑕疵に繋がる。このような脱炭は、焼入れ温度に近くなれば、より早く開始される。したがって、焼入れ工程及び焼き戻し工程における加熱時の雰囲気は、炭素と酸素との結合を防止するため、不活性雰囲気とすることが好ましく、コスト等を考慮するとN2雰囲気とすることが好ましい。
【0078】
(表面除去工程)
上記調質工程の後、調質材における表面から、例えば3.0mmの厚さの領域を除去して調質材(素材)を得る。その結果、表面除去工程により得られた素材の硬さは、例えば、
図4における3.0~13.0mmの範囲で示されるように、約18.0~23.5(HRC)の範囲に収まり、硬さのばらつきを約5.5(HRC)とすることができる。
なお、調質材の表面を除去する厚さは、材料の酸化スケールの有無や径によって適宜選択する必要があり、表面除去後の硬さの範囲及びばらつきが上記範囲に収まるように、除去する厚さを設定することが好ましい。
【0079】
また、上記第1の実施形態と同様に、上記調質工程により得られた調質材の組織及び硬さが所望の範囲であれば、表面除去工程は省略することができ、これにより、歩留まりをより一層向上させることができる。
【0080】
(塑性加工工程)
次に、表面除去工程により得られた素材に対して、焼きなまし及び焼鈍を実施することなく、素材の周面に、例えば、インフィード転造により溝及び歯を形成し、加工材を得る。
【0081】
本実施形態においても、上記第1の実施形態と同様に、表面除去工程を実施しない場合には、上記塑性加工工程において、調質後の調質材の周面に塑性加工を施せばよい。
【0082】
(高周波焼入れ工程)
次に、得られた加工材に対して、高周波焼入れを実施する。高周波焼入れの条件については特に限定されないが、例えば、長手方向の長さが短いワークには、コイル固定焼き、長手方向の長さが長いものにはコイル移動焼きなどの条件を用いることができる。
【0083】
第2の実施形態に係る機械構造部材の製造方法においても、硬さの範囲及びばらつきが所定の範囲内となるように材料鋼材を調質しているため、その後の塑性加工及び高周波焼入れを実施することにより得られたボールねじ軸は、優れたねじ精度を有するものとなる。また、焼きなまし及び焼鈍を実施しない場合は、生産性を向上させることができ、製造コストを低減することができる。
【0084】
本実施形態に係る製造方法により得られるボールねじ軸について、用途限定はしないが、例えばブレーキアクチュエータ用のねじ軸として使うことができる。
【0085】
なお、本発明に係る製造方法は、ボールねじ軸の製造方法に限定されず、塑性加工により溝及び歯を形成した後、高周波焼入れによって溝及び歯の表面を硬化する必要がある部材であって、高精度で優れた品質が要求される種々の形状の機械構造部材に適用することができる。
機械構造部材としては、ボールねじ軸に代表されるねじ軸の他に、ラック、ギヤ等が挙げられ、より具体的には、ボールスクリュー、台形ねじ軸、インボリュートギヤ、トロコイドギヤ、円弧ギヤ、セレーション等の製造方法として、本発明を適用することができる。
【0086】
次に、本発明の実施形態に係る機械構造部材について、詳細に説明する。
【0087】
[機械構造部材]
本実施形態に係る機械構造部材は、塑性加工により溝が形成され、側方から見た場合に長手方向に隣り合う複数の溝の間には、歯が形成されている。また、歯の表面、すなわち、歯底、フランク面及び刃先の表面には、高周波焼入れにより形成された、均一なマルテンサイト単相組織を有する硬化層を有する。さらに、機械構造部材は、ソルバイト組織を有する芯部領域と、芯部領域と硬化層との間に形成され、ソルバイト組織とマルテンサイト組織とが混在する境界層と、を有する。さらに、この機械構造部材は、ソルバイト組織を有し、硬化層を除く領域におけるロックウェル硬さが13~28(HRC)であり、このロックウェル硬さのばらつきが6(HRC)以内である。
【0088】
本実施形態において、ロックウェル硬さのばらつきは、芯部領域における異なる任意の複数の測定点に対して、ロックウェル硬さを測定した場合の最大値と最小値との差を表したものとすることが好ましい。すなわち、最大値と最小値との差が6(HRC)以内であることが好ましい。
また、芯部領域におけるロックウェル硬さは、上記異なる任意の複数の測定点におけるロックウェル硬さで表すことができる。すなわち、上記最大値と最小値が、いずれも13~28(HRC)の範囲に含まれることが好ましい。
【0089】
なお、芯部領域におけるロックウェル硬さは、15(HRC)以上であることが好ましく、17(HRC)以上であることがより好ましく、19(HRC)以上であることがさらに好ましい。また、20(HRC)超であることが好ましく、21.5(HRC)超であることがより好ましく、21.9(HRC)以上であることがさらに好ましく、22.3(HRC)以上であることが特に好ましい。また、芯部領域におけるロックウェル硬さは、26(HRC)以下であることが好ましく、25(HRC)以下であることがより好ましく、24(HRC)未満であることがさらに好ましい。さらに、23.7(HRC)以下であることが好ましく、23.5(HRC)以下であることがより好ましい。
【0090】
また、上記異なる任意の複数の測定点におけるロックウェル硬さを比較した場合に、最大値と最小値との差は、4(HRC)より小さいことが好ましく、2.5(HRC)より小さいことがより好ましく、2.2(HRC)以内であることがさらに好ましい。さらに、2.0(HRC)以内であることが好ましく、1.6(HRC)以内であることがより好ましく、1.2(HRC)以内であることがさらに好ましい。
【0091】
本実施形態に係る機械構造部材は、上記機械構造部材の製造方法により得られたものであるため、高精度で優れた品質を得ることができる。また、本実施形態に係る機械構造部材は、塑性加工により溝及び歯を形成する前の素材の組織が、ソルバイト組織であるとともに、硬さ及びばらつきが所定の範囲に調整されている。したがって、高周波焼入れ後においても、芯部領域はソルバイト組織を有し、ロックウェル硬さ及びそのばらつきが上記規定の範囲内となっており、特に、硬さのばらつきについて、従来の機械構造部材と比較して、特徴的な性質を有するものとなっている。
【0092】
以下、機械構造部材として、ボールねじ軸を例に挙げて、ロックウェル硬さの測定位置を説明する。
図6(a)は、硬さの測定位置を説明するためのボールねじ軸を示す断面図であり、(b)はその側面図である。
図6(a)及び
図6(b)に示すように、ボールねじ軸31は、インフィード転造により溝32が形成され、これにより、長手方向に隣り合う複数の各溝32の間に歯33が形成されており、さらに、高周波焼入れによって表面に硬化層31aが形成されたものである。インフィード転造のみならず、塑性加工及び高周波焼入れを実施する前の調質材は、全体がソルバイト組織となっている。そして、高周波焼入れにより、均一なマルテンサイト単相組織を有する硬化層31aが形成される。したがって、ソルバイト組織を有する芯部領域31bと、硬化層31aとの間に、芯部領域31bから硬化層31aに近づくに従って、ソルバイト組織からマルテンサイト組織に変化する境界層31cが形成されている。
【0093】
本実施形態においては、芯部領域31bのロックウェル硬さ及びそのばらつきを規定している。芯部領域31bのロックウェル硬さ及びそのばらつきの測定方法について、以下に具体的に説明する。
図6(b)に一部が示されるように、ボールねじ軸31の長手方向の長さをLとし、ボールねじ軸31の一端部31eから例えば0.1L離隔した位置における長手方向に直交する断面を面S1とする。同様に、一端部31eから例えば0.5L離隔した位置における断面(図示せず)を面S2とし、例えば0.9L離隔した位置における断面(図示せず)を面S3として、これらの3つの面を軸方向測定面とする。
また、S1について、中心を測定点P0とし、中心からボールねじ軸31の外周の1点までの距離を半径rとしたとき、測定点P0から0.5r離隔した円周部において、略等間隔に4箇所の測定点P1、P2、P3及びP4を選択し、これらの測定点P0~P4を径方向測定位置とする。他の2つの面についても同様に、測定点P0~P4で表される径方向測定位置を設定する。
【0094】
本実施形態における硬さのばらつきは、ボールねじ軸31の長手方向に直交する同一面内、及び全ての軸方向測定面における全ての径方向測定位置でのロックウェル硬さを比較した場合の最大値と最小値との差で判断することができる。
すなわち、本実施形態にかかるボールねじ軸31は、全ての軸方向測定面上における全ての径方向測定位置でのロックウェル硬さの最大値と最小値との差が6(HRC)以内であり、全ての測定位置におけるロックウェル硬さが、いずれも13~28(HRC)の範囲に含まれる。
【0095】
なお、機械構造部材が
図5に示すようなボールねじ軸である場合に、全ての測定位置(測定点P0~測定点P4×面S1~面S3)におけるロックウェル硬さの好ましい範囲、及びロックウェル硬さのばらつきの好ましい範囲は、上記機械構造部材の場合と同様である。
【0096】
なお、上記実施形態においては、軸方向測定面として、ボールねじ軸31の一端部31eから0.1L離隔した位置における断面、一端部31eから0.5L離隔した位置における断面、一端部31eから0.9L離隔した位置における断面を選択したが、本発明はこれに限定されない。例えば、ボールねじ軸31の長手方向の一端部31eから、0.05L~0.20L離隔した範囲で選択した位置における1つの面と、一端部31eから0.45L~0.55L離隔した範囲で選択した位置における1つの面と、一端部31eから0.80L~0.95L離隔した範囲で選択した位置における1つの面と、に設定することが好ましい。
【0097】
本発明に係る機械構造部材としては、上記ボールねじ軸に限定されず、ボールスクリュー、台形ねじ軸、インボリュートギヤ、トロコイドギヤ、円弧ギヤ、セレーション等の種々の機械構造部材を対象としている。このような種々の形状の場合には、形状に応じてロックウェル硬さの測定位置を適切に選択することが好ましく、硬さのばらつきが発生しやすい複数の測定点を選定することがより好ましい。いずれの場合であっても、ソルバイト組織を有する芯部領域におけるロックウェル硬さは13~28(HRC)の範囲に含まれるとともに、ロックウェル硬さのばらつきは6(HRC)以内とする。また、芯部領域におけるロックウェル硬さの好ましい範囲、及びロックウェル硬さのばらつきの好ましい範囲は、上記のとおりである。
【実施例1】
【0098】
以下、本実施形態に係る機械構造部材及びその製造方法の発明例及び比較例について説明する。
【0099】
[発明例の条件による機械構造部材(ボールねじ軸)の製造]
(焼入れ工程)
SAE4150鋼材を準備し、連続炉において、後述する焼入れ温度及び時間で焼入れを実施した。なお、本発明例においては、焼入れ後の鋼材が均一なマルテンサイト単相組織を有するように、加熱温度及び保持時間を設定した。したがって、焼入れ後の鋼材が均一なマルテンサイト単相組織を有するものとなった。
【0100】
(焼き戻し工程)
その後、SAE4150材の焼き戻し温度と硬さとの関係を示すグラフに基づいて、ロックウェル硬さが13~28(HRC)となるように、焼き戻しの加熱温度及び保持時間を設定した。
【0101】
一例として、発明例の焼入れ及び焼き戻し条件について
図7に示す。
発明例は連続炉を使用しており、焼入れ工程として、840℃の温度に加熱された炉内を20分間で通過させた後、オイル冷却した。その後、焼き戻し工程として、700℃まで加熱し、60分保持した後に空冷した。
【0102】
[調質材の硬さの評価(連続炉内の位置におけるばらつきの評価)]
上記発明例の条件で調質を実施し、連続炉内の3箇所から各1本の調質材を採取し、
図5に示す面S2で表される軸方向測定面、及び測定点P0~P4で表される径方向測定位置についてロックウェル硬さを測定した。
なお、鋼材はメッシュベルト上に載置された状態で連続炉内を流れるが、鋼材の進行方向に直交する方向の中央部とその両側端部(左側端部及び右側端部)との3箇所から調質材を採取した。本実施例では、左側端部に載置された調質材を、調質材No.1-1とし、中央部に載置された調質材を、調質材No.1-2とし、右側端部に載置された調質材を、調質材No.1-3とした。
調質材No.1-1、1-2、1-3の硬さの測定結果を下記表1に示す。
【0103】
【0104】
[調質材の硬さの評価(調質材の長手方向の位置におけるばらつきの評価)]
上記発明例の条件で調質を実施し、連続炉内の任意の位置から計3本の調質材を採取して、各調質材について、
図5に示す面S1~S3で表される軸方向測定面、及び測定点P0~P4で表される径方向測定位置についてロックウェル硬さを測定した。
本実施例では、3本の調質材を、調質材No.1-4、1-5、1-6とした。各調質材の硬さの測定結果を下記表2~4に示す。
【0105】
【0106】
【0107】
【0108】
[比較例の条件による機械構造部材(ボールねじ軸)の製造]
(焼入れ工程)
SAE4150鋼材を準備し、バッチ炉において、後述する加熱温度及び保持時間で焼入れを実施した。比較例においては、焼入れ後の鋼材の組織を確認せず、標準的な加熱温度及び保持時間を設定した。
【0109】
(焼き戻し工程)
その後、硬さの調節を行わず、標準的な加熱温度及び保持時間により焼き戻しを実施し、空冷することにより、比較例の調質材を得た。
【0110】
比較例の焼入れ及び焼き戻し条件について
図8に示す。比較例においては、焼入れ工程として、850℃の温度で120分保持した後、オイル冷却した。その後、焼き戻し工程として、650℃まで加熱し、300分保持した後に空冷した。なお、比較例の焼入れ工程及び焼き戻し工程においては、鋼材の温度が均一となるように、加熱した状態における保持時間を、連続炉を使用した発明例よりも長く設定している。
【0111】
[調質材の硬さの評価(連続炉内の位置におけるばらつきの評価)]
上記比較例の条件で調質を実施し、バッチ炉内の3箇所から各1本の調質材を採取し、
図5に示す面S2で表される軸方向測定面、及び測定点P0~P4で表される径方向測定位置についてロックウェル硬さを測定した。
比較例の3本の調質材を、調質材No.2-1、2-2、2-3とし、これらの硬さの測定結果を下記表5に示す。
【0112】
【0113】
(表面除去工程)
その後、調質材における表面から約1.0mmの厚さの領域を除去し、素材を得た。これにより、調質材の直径と比較して、素材の直径は2mm減少した。なお、本実施例では、表面除去工程を実施したが、上記第1及び第2の実施形態において説明したように、素材の状態に応じて表面除去工程は省略することができる。
【0114】
(塑性加工工程)
その後、各調質材に対して、インフィード転造加工を実施し、転造材を得た。
【0115】
(高周波焼入れ工程)
その後、得られた各転造材に高周波焼入れを実施して、表面に硬化層を形成し、ボールねじ軸を得た。
【0116】
[ボールねじ軸の精度の評価]
調質材No.1-1及び調質材No.2-1を用いて製造されたボールねじ軸No.1及びボールねじ軸No.2について、累積ピッチ誤差を算出することによりねじ精度を測定した。累積ピッチ誤差は、有効ねじ長が72mmであり、溝数が18溝である各ボールねじ軸に対して、隣り合う溝間の距離を測定し、隣り合う溝間の距離の差を累積する方法により算出した。なお、ボールねじ軸の両端部の溝は除外した。
測定結果を下記表6に示す。表6において、溝番号とは、有効ねじ長における一方の端部の溝を溝番号1として、他方の端部に向けて順に番号を付した値である。
また、高周波焼入れ後のボールねじ軸No.1の金属組織を撮影した顕微鏡写真を
図9及び
図10に示す。なお、
図9は、軸に平行な断面を撮影したものであり、
図10は、軸に直交する断面を撮影したものである。
【0117】
【0118】
上記表1に示すように、本発明における調質方法により得られた調質材のうち、最もばらつきが大きかったものは、調質材No.1-3であり、面S2における硬さの最大値と最小値との差は0.7(HRC)であった。
一方、上記表5に示すように、比較例の調質方法により得られた調質材のうち、最もばらつきが大きかったものは、調質材No.2-1であり、面S2における硬さの最大値と最小値との差は4.0(HRC)であった。
これらの結果から、比較例では、硬さの最大値と最小値との差が4.0(HRC)であったが、発明例では0.7(HRC)となり、本発明によると、調質材の硬さのばらつきが82.5%抑制された。
【0119】
また、本発明例である3本の調質材(調質材No.1-4~1-6)について、3つの軸方向測定面(S1~S3)における5箇所の軸方向測定位置(P0~P4)での硬さの最大値と最小値との差を確認した。その結果、表2~表4に示すように、調質材1本内における硬さのばらつきが最も大きかったものは、調質材No.1-4であったが、最大値と最小値との差は2.2(HRC)であり、本発明で規定する範囲(6(HRC)以下)を大きく下回った。
【0120】
なお、表2に示す調質材No.1-4を参照すると、同一面内における最大値と最小値との差が最大となるのは、面S1の2.0(HRC)であり、同一面内における最大値と最小値との差が最小となるのは、面S2の0.8(HRC)であることから、2.0/0.8=2.5より、調質材1本内のばらつきとしては、1つの面の2.5倍のばらつきが生じると考えらえる。ここで、表5に示す比較例である調質材No.2-1~2-3については、調質材1本内における全ての箇所における硬さは測定していないが、例えば、調質材No.2-1においては、硬さの最大値と最小値との差が4.0(HRC)であったことから、調質材1本内におけるばらつきは、約2.5倍の10(HRC)程度になると考えられる。
この結果から、本発明における調質方法により得られた調質材の硬さのばらつきは、比較例と比較して、著しく小さくなったことがわかる。
【0121】
また、本発明における調質方法により得られた調質材、及び比較例である調質材について、顕微鏡により金属組織を観察した。その結果、調質材No.1-1~1-6は、全体的に均一なソルバイト組織が観察された。
これに対して、調質材No.2-1~2-3は、全体的にソルバイト組織を有していたが、不均一な様子が観察された。
【0122】
さらに、発明例であるボールねじ軸No.1と比較例であるボールねじ軸No.2との累積ピッチ誤差を比較したところ、表6に示すように、ボールねじ軸No.1の累積ピッチ誤差は6μmであり、ボールねじ軸No.2の累積ピッチ誤差である16μmと比較して、誤差は約63%減少した。
なお、上述のとおり、ねじ精度の等級として、例えばCt7とCt8との間を目標値とすると、許容変位は18μmとなり、比較例のボールねじ軸No.2も許容されるが、本発明に係る製造方法により製造され、累積ピッチ誤差が6μmであったボールねじ軸No.1は、比較例のボールねじ軸No.2と比較して、極めて高い精度を有するものとなった。
【0123】
なお、参考のため、本発明による調質方法を用いた塑性加工工程後(高周波焼入れ工程前)の転造材と、高周波焼入れ工程後のボールねじ軸について、累積ピッチ誤差を比較した。その結果、高周波焼入れ工程前の転造材の累積ピッチ誤差は7μmであり、高周波焼入れ工程後のボールねじ軸の累積ピッチ誤差は11μmであった。このように、高周波焼入れ工程により、リード累積ピッチ誤差はわずかに増加するものの、高周波焼入れを実施しても、安定した精度を保持することができた。
【0124】
また、
図9に示すように、得られたボールねじ軸No.1の金属組織は、表面では高周波焼入れにより硬化層が形成されており、均一なマルテンサイト単相組織を有していた。芯部領域における軸に平行な方向の断面では、材料鋼材を成形する際に生じた圧延方向に沿う方向に延びる金属ファイバと、均一なソルバイト組織を観察することができた。さらに、芯部領域と硬化層との間の境界層では、ソルバイト組織とマルテンサイト組織とが混在した様子を観察することができた。
さらに、
図10に示すように、芯部領域における軸に直交する断面では、圧延方向に沿う方向に延びる金属ファイバは観察されず、高周波焼入れ工程後においても均一なソルバイト組織が残存している様子を確認することができた。
【0125】
以上のとおり、本明細書には次の事項が開示されている。
(1)塑性加工により溝及び歯が形成された機械構造部材において、
高周波焼入れにより表面に形成された、マルテンサイト組織を有する硬化層と、
ソルバイト組織を有する芯部領域と、
前記芯部領域と前記硬化層との間に形成された、ソルバイト組織とマルテンサイト組織とが混在する境界層と、を有し、
前記芯部領域におけるロックウェル硬さが13~28(HRC)であり、前記ロックウェル硬さのばらつきが6(HRC)以内であることを特徴とする、機械構造部材。
この構成によれば、高精度で優れた品質を得ることができる。
【0126】
(2)インフィード転造により前記溝及び歯が形成されていることを特徴とする、(1)に記載の機械構造部材。
この構成によれば、溝の加工精度を向上させることができる。
【0127】
(3)ねじ軸、ラック、ギヤ及びセレーションから選択される1種であることを特徴とする、(1)又は(2)に記載の機械構造部材。
この構成によれば、特に、ねじ軸、ラック、ギヤ及びセレーションにおいて、加工精度をより一層向上させることができる。
【0128】
(4)前記ロックウェル硬さのばらつきは、前記芯部領域における異なる任意の複数の測定点に対して、ロックウェル硬さを測定した場合の最大値と最小値との差を表したものであり、
前記最大値と最小値との差が6(HRC)以内であり、
前記最大値及び前記最小値は、いずれも13~28(HRC)の範囲に含まれることを特徴とする、(1)~(3)のいずれか1つに記載の機械構造部材。
この構成によれば、より一層高精度で優れた品質を得ることができる。
【0129】
(5)インフィード転造によりねじ溝が形成されたボールねじ軸であり、
前記ロックウェル硬さのばらつきは、前記芯部領域における長手方向に直交する同一面内、及び前記芯部領域全体の測定位置におけるロックウェル硬さを比較した場合の最大値と最小値との差を表したものであり、
前記ボールねじ軸の長手方向の長さをLとし、
前記長手方向の一端部から所定の距離で離隔した位置における前記長手方向に直交する3つの面を軸方向測定面として、
前記軸方向測定面を、前記長手方向の一端部から0.05L~0.20L離隔した範囲で選択した位置における1つの面と、前記長手方向の一端部から0.45L~0.55L離隔した範囲で選択した位置における1つの面と、前記長手方向の一端部から0.80L~0.95L離隔した範囲で選択した位置における1つの面と、に設定するとともに、
前記ボールねじ軸の径方向の中心から軸外径までの距離をrとし、
前記ボールねじ軸の中心と、前記中心から径方向に0.5r離隔した円周部において略等間隔に選択した4箇所と、を径方向測定位置に設定した場合に、
前記同一面内における比較は、5箇所の前記径方向測定位置におけるロックウェル硬さを比較したものであり、
前記芯部領域全体の測定位置における比較は、3つの前記軸方向測定面における前記5箇所の径方向測定位置でのロックウェル硬さを比較したものであり、
前記同一面内におけるロックウェル硬さの最大値と最小値との差はいずれも2(HRC)以下であり、
前記3つの軸方向測定面における前記5箇所の径方向測定位置でのロックウェル硬さの最大値と最小値との差は6(HRC)以下であり、
前記3つの軸方向測定面における前記5箇所の径方向測定位置でのロックウェル硬さの最大値と最小値は、いずれも13~28(HRC)の範囲に含まれることを特徴とする、(1)に記載の機械構造部材。
この構成によれば、ボールねじ軸のねじ精度を向上させることができる。
【0130】
(6)(1)~(5)のいずれか1つに記載の機械構造部材を製造する製造方法であって、
材料鋼材を調質し、ソルバイト組織を有するとともに、表面から所定の厚さを除く素材部におけるロックウェル硬さが13~28(HRC)であり、前記素材部におけるロックウェル硬さのばらつきが6(HRC)以内である調質材を得る調質工程と、
前記調質材における前記溝及び歯を形成する面に対して塑性加工を施し、加工材を得る塑性加工工程と、
前記加工材に高周波焼入れを実施する高周波焼入れ工程と、
を有することを特徴とする、機械構造部材の製造方法。
この構成によれば、生産性が優れているとともに、製造コストを低減することができ、高精度で優れた品質を有する機械構造部材を製造することができる。
【0131】
(7)前記調質工程と前記塑性加工工程との間に、焼きなまし及び焼鈍のいずれも実施しないことを特徴とする、(6)に記載の機械構造部材の製造方法。
この構成によれば、より一層生産性を向上させることができるとともに、製造コストを低減することができる。
【0132】
(8)前記塑性加工は、インフィード転造加工であることを特徴とする、(6)又は(7)に記載の機械構造部材の製造方法。
【0133】
(9)前記調質工程は、
前記材料鋼材を加熱した後に冷却する焼入れ工程と、
前記焼入れ工程後の前記材料鋼材を加熱して冷却することにより、ソルバイト組織とする焼き戻し工程と、を有し、
前記焼入れ工程後の前記材料鋼材がマルテンサイト単相組織を有するように、前記焼入れ工程における加熱温度及び保持時間が調整され、
前記焼き戻し工程において、前記材料鋼材に固有の焼き戻し温度と硬さとの関係に基づき、前記素材部のロックウェル硬さを13~28(HRC)とするように、前記焼き戻しの加熱温度が調整されることを特徴とする、(6)~(8)のいずれか1つに記載の機械構造部材の製造方法。
この構成によれば、より一層生産性が優れているとともに、製造コストを低減することができ、高精度で優れた品質を有する機械構造部材を製造することができる。
【0134】
(10)前記調質工程の前に、
前記材料鋼材と略同一の形状及び組成を有する試験材を用いて焼入れを実施し、焼入れ後の試験材について組織を観察し、前記組織がマルテンサイト単相組織となる焼入れ加熱条件を選択する焼入れ試験工程を有し、
前記焼き入れ工程は、前記焼入れ試験工程において選択された焼入れ加熱条件を用いて実施されることを特徴とする、(6)~(9)のいずれか1つに記載の機械構造部材の製造方法。
この構成によれば、より一層生産性が優れているとともに、製造コストを低減することができ、高精度で優れた品質を有する機械構造部材を製造することができる。
【0135】
(11)前記焼入れ試験工程と、前記焼き戻し工程との間に、
前記焼入れ試験工程後の試験材に対して、前記材料鋼材に固有の焼き戻し温度と硬さとの関係に基づいて選択された加熱温度で焼き戻しを実施し、前記試験材がソルバイト組織となるとともに、前記試験材の素材部のロックウェル硬さが13~28(HRC)であり、前記試験材の素材部におけるロックウェル硬さのばらつきが6(HRC)以内となる焼き戻し加熱条件を選択する焼き戻し試験工程を有し、
前記焼き戻し工程は、前記焼き戻し試験工程において選択された焼き戻し加熱条件を用いて実施されることを特徴とする、(10)に記載の機械構造部材の製造方法。
この構成によれば、より一層生産性が優れているとともに、製造コストを低減することができ、高精度で優れた品質を有する機械構造部材を製造することができる。
【0136】
(12)前記焼入れ工程の前に、
前記材料鋼材と略同一の形状及び組成を有する調質試験材を用いて焼入れを実施した後に、
前記材料鋼材に固有の焼き戻し温度と硬さとの関係に基づいて選択された加熱温度で、前記焼入れ後の調質試験材に対して焼き戻しを実施する調質試験工程を有し、
前記調質試験工程は、前記焼き戻し後の調質試験材がソルバイト組織となるとともに、前記素材部のロックウェル硬さが13~28(HRC)となり、前記素材部におけるロックウェル硬さのばらつきが6(HRC)以内となるように、焼き入れ加熱条件と焼き戻し加熱条件とを選択する工程であり、
前記焼入れ工程は、前記調質試験工程において選択された焼入れ加熱条件を用いて実施され、
前記焼き戻し工程は、前記調質試験工程において選択された焼き戻し加熱条件を用いて実施されることを特徴とする、(9)に記載の機械構造部材の製造方法。
この構成によれば、焼入れ条件のみを決定するための試験を実施することなく、焼入れ加熱条件と焼き戻し加熱条件を決定することができる。
【0137】
以上、各種の実施の形態について説明したが、本発明はかかる例に限定されないことは言うまでもない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された範疇内において、各種の変更例又は修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。また、発明の趣旨を逸脱しない範囲において、上記実施の形態における各構成要素を任意に組み合わせてもよい。
【0138】
なお、本出願は、2022年5月9日出願の日本特許出願(特願2022-077203)に基づくものであり、その内容は本出願の中に参照として援用される。
【符号の説明】
【0139】
1,2 丸棒材
11 調質部
12 軟化層
13,14,31a 硬化層
21 試験材
31 ボールねじ軸
31b 芯部領域
31c 境界層
32 溝
33 歯