(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-06
(45)【発行日】2025-01-15
(54)【発明の名称】電動車両
(51)【国際特許分類】
B60L 15/20 20060101AFI20250107BHJP
【FI】
B60L15/20 Y
(21)【出願番号】P 2021153414
(22)【出願日】2021-09-21
【審査請求日】2024-02-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000005348
【氏名又は名称】株式会社SUBARU
(74)【代理人】
【識別番号】110000110
【氏名又は名称】弁理士法人 快友国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】村瀬 淳一
(72)【発明者】
【氏名】窪谷 英樹
(72)【発明者】
【氏名】岩間 正道
(72)【発明者】
【氏名】家永 寛史
【審査官】柳幸 憲子
(56)【参考文献】
【文献】特開2021-027634(JP,A)
【文献】特開2015-065733(JP,A)
【文献】特開2018-107874(JP,A)
【文献】特開2020-145863(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60L1/00-3/12,7/00-13/00,15/00-58/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電動車両であって、
前記電動車両の駆動輪を回転させるモータと、
前記モータの回転数であるモータ回転数を検出するセンサと、
前記センサによる検出値に基づいて、前記モータ回転数のフィードバック制御を実行可能な制御装置と、を備え、
前記制御装置は、前記フィードバック制御の実行中に、
前記センサによる検出値から所定の周波数帯における振動成分を抽出する処理と、
抽出された前記振動成分を所定の期間に亘って積算した積算値を算出する処理と、
算出された前記積算値が、所定の異常範囲に含まれるのか否かを判定する処理と、を実施するように構成されて
おり、
前記制御装置は、前記積算値を算出するときに、抽出された前記振動成分を所定のゲインで調整する、
電動車両。
【請求項2】
前記所定の周波数帯は、前記モータ及び前記駆動輪を含む駆動系の共振周波数を含む、請求項1に記載の電動車両。
【請求項3】
前記制御装置は、前記駆動輪のスリップを検出したときに、前記フィードバック制御を実行することによって、前記駆動輪のスリップを抑制する、請求項1または2に記載の電動車両。
【請求項4】
前記制御装置は、前記電動車両の車両速度に応じて、前記ゲインを変更する、請求項
1に記載の電動車両。
【請求項5】
前記制御装置は、前記車両速度が上昇するほど、前記ゲインを連続的または段階的に低下させる、請求項
4に記載の電動車両。
【請求項6】
前記制御装置は、前記車両速度が所定の閾値速度を超えたときに、前記ゲインをゼロに設定する、請求項
4または
5に記載の電動車両。
【請求項7】
前記駆動輪は、左駆動輪と右駆動輪とを含み、
前記制御装置は、前記左駆動輪の回転数と前記右駆動輪の回転数との差分に応じて、前記ゲインを変更する、請求項1から
6のいずれか一項に記載の電動車両。
【請求項8】
前記制御装置は、前記差分が所定の閾値を超えたときに、前記ゲインをゼロに設定する、請求項
7に記載の電動車両。
【請求項9】
前記制御装置は、前記積算値が前記異常範囲に含まれるときに、前記フィードバック制御における前記モータ回転数の目標値を嵩上げする、請求項1から
8のいずれか一項に記載の電動車両。
【請求項10】
前記制御装置は、前記積算値が前記異常範囲に含まれるときに、前記フィードバック制御におけるフィードバックゲインを変更する、請求項1から
9のいずれか一項に記載の電動車両。
【請求項11】
前記制御装置は、前記積算値が前記異常範囲に含まれるときに、前記フィードバック制御におけるフィードバックゲインをゼロに設定する、請求項1から
9のいずれか一項に記載の電動車両。
【請求項12】
前記制御装置は、前記積算値が前記異常範囲に含まれるときに、前記フィードバック制御を中止する、請求項1から
9のいずれか一項に記載の電動車両。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書に開示の技術は、電動車両に関する。特に、駆動用のモータの回転数を検出するセンサと、センサによる検出値に基づいて、モータ回転数のフィードバック制御を実行可能な制御装置と、を備える電動車両に関する。
【背景技術】
【0002】
上述の電動車両が、特許文献1に開示されている。電動車両は、モータ回転数と電動車両の実際の速度(以下、車両速度という)とに基づいて、駆動輪がスリップしていると判断する。その場合、電動車両は、モータ回転数のフィードバック制御を実行し、車両速度に合わせて駆動輪の回転数を調節することで、駆動輪のスリップを抑制するように構成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1の電動車両では、駆動輪にスリップが発生している場合、モータ回転数のフィードバック制御が実行される。このフィードバック制御に関して、本発明者らは、いくつかの状況下において、当該フィードバック制御の実行中に、車両速度が不安定に変動するという事象を見出した。本明細書は、この事象の原因を究明し、それに対策を講じるための技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本明細書が開示する電動車両は、前記電動車両の駆動輪を回転させるモータと、前記モータの回転数であるモータ回転数を検出するセンサと、前記センサによる検出値に基づいて、前記モータ回転数のフィードバック制御を実行可能な制御装置と、を備える。前記制御装置は、前記フィードバック制御の実行中に、前記センサによる検出値から所定の周波数帯における振動成分を抽出する処理と、抽出された前記振動成分を所定の期間に亘って積算した積算値を算出する処理と、算出された前記積算値が、所定の異常範囲に含まれるのか否かを判定する処理と、を実施するように構成されている。
【0006】
モータ回転数のフィードバック制御では、センサによるモータ回転数の検出値に応じて、モータの回転数が調節される。このとき、モータ回転数の検出値には、モータ及び駆動輪を含む駆動系に生じる振動や、路面から駆動輪に加えられる外力等に起因して、特定の周波数を有する振動成分が現れる。このような振動成分の存在は、モータ回転数のフィードバック制御において外乱となることから、モータ回転数(即ち、車両速度)を不安定にするおそれがある。但し、モータ回転数の検出値に現れる振動成分は僅かであり、従来は、その存在が問題視されることはなかった。しかしながら、車両に対する要求品質が高まるなかで、例えば車両速度が比較的に小さいときや、駆動輪にスリップが生じている状況等、特定の状況下では、上述した振動成分を無視することができないことが判明した。
【0007】
以上の点に関して、制御装置は、センサによる検出値から所定の周波数帯における振動成分を抽出し、抽出された振動成分を所定の期間に亘って積算する。これにより、センサによる検出値に含まれる振動成分が僅かであっても、当該振動成分の存在を確実に検出することができる。これにより、モータ回転数(即ち、車両速度)の不安定な挙動を抑制するために、必要な対策を適時に講じることができる。
【0008】
本明細書が開示する技術の詳細とさらなる改良は以下の「発明を実施するための形態」にて説明する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図2】スリップ率Sと車両発生Gとの関係のグラフを示す。
【
図3】制御装置20が実行するスリップ検出処理のフロー図を示す。
【
図4】制御装置20が実行するスリップ抑制処理のフロー図を示す。
【
図5】制御装置20が実行する振動検出処理のフロー図を示す。
【
図6】車両速度とゲイン値との関係のグラフを示す。
【
図7】左駆動輪の回転数と右駆動輪の回転数との差分と、ゲイン値と、の関係のグラフを示す。
【
図8】第2実施例の制御装置20が実行するスリップ抑制処理のフロー図を示す。
【
図9】第3実施例の制御装置20が実行するスリップ抑制処理のフロー図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本技術の一実施形態では、前記所定の周波数帯は、前記モータ及び前記駆動輪を含む駆動系の共振周波数を含んでもよい。これにより、駆動系の共振周波数に起因する振動成分を、より正確に検出することができる。
【0011】
本技術の一実施形態では、前記制御装置は、前記駆動輪のスリップを検出したときに、前記フィードバック制御を実行することによって、前記駆動輪のスリップを抑制してもよい。
【0012】
駆動輪のスリップを抑制するために、モータ回転数のフィードバック制御を実行した場合、駆動輪のスリップ率は、比較的に小さな範囲に維持される。この点に関して、摩擦係数の小さな路面(即ち、スリップしやすい路面)の一部では、駆動輪に対する摩擦係数が、駆動輪のスリップ率に応じて変化するとともに、その変化が、スリップ率が比較的に小さな範囲において顕著であることが判明した。即ち、駆動輪のスリップを抑制するために、モータ回転数のフィードバック制御を実行した場合、前述した振動成分に起因する車両速度の不安定な挙動が、摩擦係数の変化によってさらに増幅されるおそれがある。この点に関して、上記した実施形態では、駆動輪のスリップを抑制するために、モータ回転数のフィードバック制御を実行した場合に、モータ回転数に現れる振動成分を確実に検出して、必要な対策を適時に講じることができる。
【0013】
本技術の一実施形態では、前記制御装置は、前記積算値を算出するときに、抽出された前記振動成分を所定のゲインで調整してもよい。このような構成によると、例えば、電動車両のユーザが振動を感じにくい状況では、ゲイン値を1よりも小さい値に設定することによって、積算値が異常範囲に含まれることを抑制することができる。例えば、電動車両のユーザが振動を感じやすい状況では、ゲイン値を1よりも大きい値に設定することによって、積算値が異常範囲に含まれることを促進することができる。
【0014】
本技術の一実施形態では、前記制御装置は、前記電動車両の車両速度に応じて、前記ゲインを変更してもよい。電動車両の車両速度に応じて、振動のユーザへの影響は変化する。このような構成によると、制御装置が車両速度に応じてゲイン値を変更することによって、車両速度に応じて、積算値を調整することができる。その結果、車両速度に応じて、積算値が異常範囲に含まれるか否かを調整することができる。
【0015】
本技術の一実施形態では、前記制御装置は、前記車両速度が上昇するほど、前記ゲインを連続的または段階的に低下させてもよい。車両速度が上昇すると、ユーザは、振動を認識しにくい。一方、車両速度が低い場合には、ユーザは、振動を認識しやすい。上述した構成によると、車両速度が上昇するほどゲイン値を連続的または段階的に低下させることによって、ユーザが振動を認識しにくい状況において、積算値が異常範囲に含まれることを抑制することができる。
【0016】
本技術の一実施形態では、前記制御装置は、前記車両速度が所定の閾値を超えたときに、前記ゲインをゼロに設定してもよい。このような構成によると、車両速度が所定の閾値速度を超え、ユーザが振動を認識しにくい状況において、積算値が異常範囲に含まれることを防止することができる。
【0017】
本技術の一実施形態では、前記駆動輪は、左駆動輪と右駆動輪とを含んでもよい。その場合、前記制御装置は、前記左駆動輪の回転数と前記右駆動輪の回転数との差分に応じて、前記ゲインを変更してもよい。電動車両の左駆動輪の回転数と右駆動輪の回転数との差分が大きい場合、ユーザは、振動を認識しにくい。一方、差分が小さい場合、ユーザは、振動を認識しやすい。差分に応じて、振動のユーザへの影響は変化する。このような構成によると、差分に応じて、積算値を調整することができる。その結果、差分に応じて、積算値が異常範囲に含まれるか否かを調整することができる。
【0018】
本技術の一実施形態では、前記制御装置は、前記差分が所定の閾値を超えたときに、前記ゲインをゼロに設定してもよい。このような構成によると、ユーザが振動を認識しにくい状況において、積算値が異常範囲に含まれることを防止することができる。
【0019】
本技術の一実施形態では、前記制御装置は、前記積算値が前記異常範囲に含まれるときに、前記フィードバック制御における前記モータ回転数の目標値を嵩上げしてもよい。目標値が低いと、モータ回転数が低下する。その結果、車輪速度が低下する。その結果、振動成分の影響が大きくなる。上述した構成によると、振動が発生した場合に、モータ回転数の目標値を嵩上げすることによって、車両速度が低下することを防止する。これにより、振動成分の影響が大きくなることを抑制することができる。
【0020】
本技術の一実施形態では、前記制御装置は、前記積算値が前記異常範囲に含まれるときに、前記フィードバック制御におけるフィードバックゲインを変更してもよい。このような構成によると、フィードバック制御によるモータ回転数の変化を抑制することができる。これにより、振動の発生を抑制することができる。
【0021】
本技術の一実施形態では、前記制御装置は、前記積算値が前記異常範囲に含まれるときに、前記フィードバック制御におけるフィードバックゲインをゼロに設定してもよい。このような構成によると、フィードバック制御によるモータ回転数の変化を防止することができる。これにより、振動の発生を抑制することができる。
【0022】
本技術の一実施形態では、前記制御装置は、前記積算値が前記異常範囲に含まれるときに、前記フィードバック制御を中止してもよい。このような構成によると、振動が発生している場合に、フィードバック制御によるモータ回転数の変化を防止することができる。これにより、振動の発生を抑制することができる。
【0023】
(実施例)
図面を参照して実施例の電動車両について説明する。
図1に示されるように、実施例の電動車両10は、4つの車輪(左駆動輪2L、右駆動輪2R、左従動輪6L、右従動輪6R)を備える。電動車両10は、さらに、駆動軸12と、ディファレンシャルギア14と、プロペラシャフト18と、モータ19と、制御装置20と、を備える。
【0024】
左駆動輪2L及び右駆動輪2Rは、電動車両10の前方(すなわち、
図1の紙面上方)に位置し、左従動輪6L及び右従動輪6Rは、電動車両10の後方(すなわち、
図1の紙面下方)に位置する。左駆動輪2Lは、駆動軸12の左端にハブ4Lを介して固定され、右駆動輪2Rは、駆動軸12の右端にハブ4Rを介して固定される。駆動軸12は、ディファレンシャルギア14及びプロペラシャフト18を介してモータ19と接続される。モータ19は、電動機及び発電機として機能する。電動機として機能する際、モータ19は、プロペラシャフト18にトルクを与える。当該トルクは、ディファレンシャルギア14及び駆動軸12を介して、各駆動輪2R,2Lに伝達される。これにより、各駆動輪2R,2Lが回転し、電動車両10が走行する。
【0025】
左従動輪6Lは、車両後方の左側にハブ8Lを介して固定され、右従動輪6Rは、車両後方の右側にハブ8Rを介して固定される。
図1に示されるように、各従動輪6R,6Lは、モータ19と接続されていない。すなわち、各従動輪6R,6Lには、モータ19のトルクは伝達されない。電動車両10は、いわゆる前輪駆動の車両である。
【0026】
各ハブ4R,4L,8R,8Lは、各車輪2R,2L,6R,6Lとともに回転する。各ハブ4R,4L,8R,8Lの近傍には、車輪速センサ9が配置されている。車輪速センサ9は、各ハブ4R,4L,8R,8Lの回転速度を検出する。
【0027】
制御装置20は、電動車両10の様々な機能を制御するコンピュータである。図示は省略したが、制御装置20は、CPU(Central Processing Unit)、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)等によって構成される電子回路を備える。制御装置20は、車輪速センサ9のそれぞれから、各ハブ4R,4L,8R,8L(すなわち、各車輪2R,2L,6R,6L)の回転速度を受信する。制御装置20は、各従動輪6R,6Lの回転速度の平均値を算出することによって、電動車両10の車両速度として推定する。
【0028】
制御装置20は、電動車両10のアクセル(図示省略)操作に基づいて、指令トルクを算出する。制御装置20は、算出した指令トルクをモータ19に出力させるための電力をモータ19に入力する。その結果、モータ19は、指令トルクをプロペラシャフト18に付与する。このように、制御装置20は、指令トルクに基づいて、モータ19のトルク(すなわち、モータ回転数)を制御する。以下では、当該制御方法を、「トルク制御」と称する。
【0029】
また、モータ19は、モータ19の回転数を検出するモータセンサ19sを備える。詳細は後述するが、モータ19は、モータセンサ19sが検出したモータ19の回転数を、制御装置20に送信する。これにより、制御装置20は、モータ19の回転数をフィードバックし、モータ19を制御する。即ち、制御装置20は、トルク制御に加え、モータ19の回転数の「フィードバック制御」を実行可能である。
【0030】
図2を参照して、スリップ率Sと電動車両10に発生する前後方向の重力加速度(以下、車両発生Gという)との関係を説明する。
図2では、横軸にスリップ率を示し、縦軸に車両発生Gを示す。ここで、スリップ率Sは、電動車両10の走行挙動の不安定性を示す値である。より詳細には、スリップ率は、各駆動輪2R,2L(
図1参照)の回転速度の平均値と、電動車両10の車両速度と、の間にどの程度差異が生じているかを示す値である。各駆動輪2R,2Lがスリップすると(すなわち、スリップ率Sが大きくなると)、各駆動輪2R,2Lの回転速度が、車両速度に対して大きくなる。すなわち、スリップ率Sは、各駆動輪2R,2Lの回転速度の平均値と車両速度との差異に比例する。また、スリップ率は、車両速度に反比例する。その結果、スリップ率Sは、例えば、下記の式(1)によって算出される。
【0031】
S=(各駆動輪2R,2Lの回転速度の平均値―車両速度)/車両速度・・・(1)
【0032】
このため、各駆動輪2R,2Lの回転速度の平均値から車両速度を減じた値が同じ場合には、車両速度が小さいほど、スリップ率Sが大きくなる。本発明者らは、様々な路面状況において、スリップ率と車両発生Gとの関係を調査した。その結果、
図2の破線グラフで示されるように、凍った路面である氷盤路面では、スリップ率Sが変化しても、車両発生Gの値は、略一定に保持される。しかしながら、
図2の実線グラフの変曲範囲CAに示されるように、濡れたタイル路面のような、水が路面上に保持される状況では、スリップ率が低下すると、車両発生Gが急激に上昇することが判明した。
【0033】
このため、特に濡れたタイル路面において、変曲範囲CA内でスリップ率が変化すると、車両発生Gが大きく変化する。別言すれば、濡れたタイル路面において、変曲範囲CA内でスリップ率が変化した場合、電動車両10には、振動が発生する。
【0034】
(スリップ検出処理)
図3を参照して、制御装置20が実行するスリップ検出処理について説明する。制御装置20は、電動車両10の走行中、上述したトルク制御でモータ19のトルクを制御しながら、
図3に示すスリップ検出処理を実行する。スリップ検出処理は、電動車両10の各駆動輪2R,2Lのスリップを検出するための処理である。
【0035】
S2において、制御装置20は、各従動輪6R,6Lに対応する車輪速センサ9から、各従動輪6R,6Lの回転速度を受信する。次に、S4において、制御装置20は、受信した各従動輪6R,6Lの回転速度の平均値から、電動車両10の車両速度を算出する。S6において、制御装置20は、算出した車両速度から、駆動輪2R,2Lの推定回転数を算出する。ここで、推定回転数とは、各駆動輪2R,2Lがスリップしていない状態で、算出した車両速度で走行するために必要となる各駆動輪2R,2Lの回転数を示す。
【0036】
さらに、S8において、制御装置20は、各駆動輪2R,2Lに対応する車輪速センサ9から各駆動輪2R,2Lの実際の回転速度を受信し、当該回転速度から各駆動輪2R,2Lの回転数を検出する。S10において、制御装置20は、受信した各駆動輪2R,2Lの実際の回転数と推定回転数とを比較して、各駆動輪2R,2Lの実際の回転数が推定回転数を超える超過量を算出する。さらに、制御装置20は、当該超過量を積算する。
【0037】
S12において、制御装置20は、超過量を積算した超過分積算量と、積算量閾値と、を比較する。ここで、積算量閾値は、制御装置20に予め設定される値であり、各駆動輪2R,2Lがスリップしているか否かを判断するための閾値である。超過分積算量が積算量閾値を超える場合(S12でYES)、制御装置20は、各駆動輪2R,2Lがスリップしていると判定して、トルク制御を中断して、スリップ抑制処理を実行する。一方、超過分積算量が積算量閾値を超えていない場合(S12でNO)、制御装置20は、各駆動輪2R,2Lがスリップしていないと判定して、トルク制御を継続し、S2の処理を再び実行する。このように、制御装置20は、電動車両10の走行中、各駆動輪2R,2Lがスリップしているか否かを検出する。
【0038】
(スリップ抑制処理)
図4を参照して、制御装置20が実行するスリップ抑制処理について説明する。スリップ抑制制御は、各駆動輪2R,2Lのスリップを検出したときに、各駆動輪2R,2Lのスリップを抑制するために実行されるモータ回転数のフィードバック制御である。S20において、制御装置20は、モータセンサ19sから、モータ19の回転数であるモータ回転数を受信する。次いで、S22において、制御装置20は、モータ19の回転数の目標値となる目標回転数を設定する。ここで、目標回転数は、例えば、上述した推定回転数に、所定のスリップ率等、各駆動輪2R,2Lの回転数をモータ19の回転数に合わせるための係数を乗じることによって求められる。
【0039】
S24において、制御装置20は、振動フラグがオンされているか否かを判定する。
図5を参照して後述するが、振動フラグは、モータ19に所定の周波数帯の振動が発生していることを示す。振動フラグがオンされていない場合(S24でNO)、制御装置20は、S26の処理をスキップして、S28に進む。
【0040】
S28において、制御装置20は、S20で検出したモータ回転数と、目標回転数との差に応じてモータ19を制御する。
【0041】
振動フラグがオンされている場合(S24でYES)、制御装置20は、S22で設定した目標回転数を嵩上げする。その場合、制御装置20は、S28において、S20で検出したモータ回転数と、嵩上げされた目標回転数との差に応じて、モータ19を制御する。
図2の変曲範囲CAに示されるように、車両発生Gは、スリップ率Sが低い(0~約0.3)の区間において、急激に上昇する。目標回転数を嵩上げすることで、各駆動輪2R,2Lの回転速度の平均値と車両速度との差異が増加する。その結果、スリップ率Sが大きくなる。これにより、スリップ率Sが変曲範囲CAに含まれることが抑制され、振動の発生を抑制することができる。このように、本実施例の制御装置20は、各駆動輪2R,2Lのスリップを検出したときに、モータ19のモータ回転数のフィードバック制御を実行する。
【0042】
(振動検出処理)
図5を参照して、制御装置20が実行する振動検出処理について説明する。振動検出処理は、電動車両10の走行時に、制御装置20によって実行される。振動検出処理は、各駆動輪2R,2Lのスリップを検出したときに、特にモータ19周辺に発生する振動を検出するための処理である。
【0043】
S30において、制御装置20は、現時点で、スリップ抑制処理(
図4参照)が実行されているか否かを判定する。現時点でスリップ抑制処理が実行されていない場合(S30でNO)、制御装置20は、S46において、振動フラグをオフにして、振動検出処理を終了する。
【0044】
現時点でスリップ抑制処理の実行されている場合(S30でYES)、S32において、制御装置20は、S20(
図4参照)で検出したモータ回転数のバンドパスフィルタ処理を実行する。ここで、バンドパスフィルタ処理は、モータ回転数の周波数を所定の周波数帯に変換する処理である。本実施例では、所定の周波数帯は、モータ19、駆動軸12、各駆動輪2R,2Lを含む駆動系の共振周波数であり、例えば、12Hzである。駆動系の共振周波数を含む周波数帯に、モータ回転数の周波数を変換することで、モータ回転数に含まれる振動成分のうち、駆動系の共振を引き起こす可能性が高い振動成分を抽出することができる。なお、変形例では、所定の周波数帯は、電動車両10全体の共振周波数であってもよいし、モータ19単体の共振周波数であってもよい。
【0045】
次いで、S34において、制御装置20は、電動車両10の様々な部位から所定の情報を取得し、取得した情報を利用してゲイン値を算出する。ゲイン値は、S32で処理した振動成分を調整するための値である。
【0046】
(ゲイン値)
ここで、一旦
図6及び
図7を参照して、本実施例のゲイン値について説明する。本実施例の制御装置20は、車両速度と、各駆動輪2R,2Lの回転速度の差分と、を利用してゲイン値を算出する。
図6に示されるように、制御装置20は、S4(
図3参照)で算出した車両速度が15km/h以下の場合、ゲイン値を1.0に設定する。制御装置20は、車両速度が15km/hを超えた場合、ゲイン値をゼロに設定する。
【0047】
電動車両10の車両速度に応じて、振動のユーザへの影響は変化する。具体的には、車両速度が15km/hを超えた場合、仮に振動が発生しても、ユーザは、振動の発生を認識しにくい。一方、車両速度が15km/h以下の場合、振動が発生すると、ユーザは、振動の発生を認識しやすい。本実施例の制御装置20は、車両速度が15km/hを超えた場合に、ゲイン値をゼロに設定する。これにより、ユーザが振動の発生を認識しにくい状況において、無駄に振動を検出することを防止することができる。
【0048】
また、制御装置20は、各駆動輪2R,2Lに対応する車輪速センサ9から受信した各駆動輪2R,2Lの回転速度の差分を算出する。
図7に示されるように、制御装置20は、各駆動輪2R,2Lの回転速度の差分が5km/h以下の場合、ゲイン値を1.0に設定する。制御装置20は、当該差分が5km/hを超えた場合、ゲイン値をゼロに設定する。
【0049】
各駆動輪2R,2Lの回転速度の差分に応じて、振動のユーザへの影響は変化する。具体的には、各駆動輪2R,2Lの回転速度の差分が5km/hを超えた場合、仮に振動が発生しても、ユーザは、振動の発生を認識しにくい。一方、各駆動輪2R,2Lの回転速度の差分が5km/h以下の場合、振動が発生すると、ユーザは、振動の発生を認識しやすい。本実施例の制御装置20は、各駆動輪2R,2Lの回転速度の差分が5km/hを超えた場合に、ゲイン値をゼロに設定する。これにより、ユーザが振動の発生を認識しにくい状況において、無駄に振動を検出することを防止することができる。
【0050】
再び、
図5に戻り、振動検出処理について説明する。S36において、制御装置20は、
図32で処理した振動成分と、
図6、
図7を参照して説明したゲイン値と、を乗じることによって、振動成分を調整する。次いで、S40において、S36で調整した振動成分の積算値を算出する。
【0051】
S40において、制御装置20は、所定の期間が経過したか否かを判断する。ここで、所定の期間は、上述した駆動系の振動が継続して発生していると判断できる期間であり、例えば、1000msecである。所定の期間が経過していない場合(S40でNO)、制御装置20は、S34に戻り、再びゲイン値を算出する。すなわち、制御装置20は、所定の期間が帰依化するまで、S34~S38の処理を繰り返す。
【0052】
所定の期間が経過すると(S40でYES)、制御装置20は、所定の期間積算した積算値と、振動判定値と、を比較する。振動判定値は、駆動系の振動が発生していることを判定するための閾値であり、制御装置20に予め記憶されている。積算値が振動判定値を上回る場合(S42でYES)、制御装置20は、駆動系の振動が発生していると判定して、S44に進み、上述した振動フラグをオンし、振動検出処理を終了する。一方、積算値が振動判定値を下回る場合(S42でNO)、制御装置20は、駆動系の振動が発生していない判定して、S46に進み、上述した振動フラグをオフし、振動検出処理を終了する。
【0053】
(本実施例の効果)
上述したように、制御装置20は、スリップ抑制処理において、モータ回転数を検出して、モータ19の回転数を調節する。検出されたモータ回転数には、モータ19、各駆動輪2R,2L等、駆動系に生じる振動、路面から各駆動輪2R,2Lに加えられる外力等に起因して、特定の周波数を有する振動成分が含まれる。この振動成分は、スリップ抑制処理で実行されるモータ回転数のフィードバック制御において、外乱となり、例えば、
図3を参照して説明したように、車両発生Gを変化させる。本実施例の電動車両10の制御装置20は、スリップ抑制処理において、検出したモータ回転数から、所定の周波数帯における振動成分を抽出(S32)する。さらに、制御装置20は、抽出した振動成分を所定の期間積算し(S38)、積算値と振動判定値とを比較して、振動の発生を検出する。これにより、モータ回転数に含まれる僅かな振動成分から、振動の発生を検出することができる。
【0054】
(第2実施例)
図8を参照して、第2実施例の電動車両10の制御装置20が実行するスリップ抑制処理について説明する。第2実施例の制御装置20は、スリップ抑制処理において、振動フラグがオンされている場合(S24でYES)に、S26の処理に代えて、S56において、フィードバックゲインをゼロに設定する。その他の点において、第2実施例の電動車両10は、第1実施例の電動車両10と同様の構成を有する。
【0055】
これにより、振動が発生している場合に、モータ回転数のフィードバック制御を、実質的に中断する。その結果、モータ19の回転数が、フィードバック制御によって変更されない。そのため、振動の発生を抑制することができる。なお、変形例では、制御装置20は、S56において、フィードバックゲインを1よりも大きくしてもよい。モータ回転数のフィードバック制御をさらに強化することで、振動を抑え込むことができる。
【0056】
(第3実施例)
図9を参照して、第3実施例の電動車両10の制御装置20が実行するスリップ抑制処理について説明する。第3実施例の制御装置20は、スリップ抑制処理において、振動フラグがオンされている場合(S24でYES)に、S26の処理に代えて、S66において、モータ回転数のフィードバック制御を中止する。その他の点において、第3実施例の電動車両10は、第1実施例の電動車両10と同様の構成を有する。その結果、モータ19の回転数が、フィードバック制御によって変更されない。そのため、振動の発生を抑制することができる。
【0057】
以上、本明細書が開示する技術の具体例を詳細に説明したが、これらは例示に過ぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。上記の実施例の変形例を以下に列挙する。
【0058】
(変形例1)制御装置20は、振動検出処理において、ゲイン値をフィルタ後のモータ回転数に乗じなくてもよい。すなわち、本変形例では、
図5のS34,S36の処理は省略可能である。また、別の変形例では、車両速度、各駆動輪2R,2Lの回転速度の差分、に代えて、車両特有のゲイン値を採用してもよい。その場合、例えば、電動車両10が振動の影響が出にくい構造体を有する場合に、車両特有のゲイン値を低く設定してもよし、電動車両10が振動の影響が出やすい構造体を有する場合に、車両特有のゲイン値を高く設定してもよい。
【0059】
(変形例2)制御装置20は、振動検出処理において、例えば、車両速度が10km/hを超えた場合に、ゲイン値を0.5に設定し、車両速度が15km/hを超えた場合に、ゲイン値をゼロに設定してもよい。すなわち、制御装置20は、ゲイン値を、段階的に低下させてもよい。別の変形例では、制御装置20は、車両速度の上昇に伴い、連続的にゲイン値を低下させてもよい。
【0060】
本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組合せによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組合せに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は複数目的を同時に達成し得るものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。
【符号の説明】
【0061】
2L :左駆動輪
2R :右駆動輪
4L,4R,8L,8R:ハブ
6L :左従動輪
6R :右従動輪
9 :車輪速センサ
10 :電動車両
12 :駆動軸
14 :ディファレンシャルギア
18 :プロペラシャフト
19 :モータ
19s :モータセンサ
20 :制御装置