(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-06
(45)【発行日】2025-01-15
(54)【発明の名称】窒化物半導体紫外線発光素子
(51)【国際特許分類】
H10H 20/825 20250101AFI20250107BHJP
H10H 20/821 20250101ALI20250107BHJP
H01L 21/205 20060101ALI20250107BHJP
【FI】
H01L33/32
H01L33/24
H01L21/205
(21)【出願番号】P 2024515747
(86)(22)【出願日】2022-04-18
(86)【国際出願番号】 JP2022018020
(87)【国際公開番号】W WO2023203599
(87)【国際公開日】2023-10-26
【審査請求日】2024-05-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000226242
【氏名又は名称】日機装株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114476
【氏名又は名称】政木 良文
(72)【発明者】
【氏名】長澤 陽祐
(72)【発明者】
【氏名】平野 光
【審査官】村井 友和
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2021/260849(WO,A1)
【文献】国際公開第2022/059125(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/159265(WO,A1)
【文献】国際公開第2022/038769(WO,A1)
【文献】国際公開第2022/009306(WO,A1)
【文献】国際公開第2021/260850(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 33/00-33/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピーク発光波長が300nm~320nmの範囲内に存在する窒化物半導体紫外線発光素子であって、
n型AlGaN系半導体で構成されたn型層、AlGaN系半導体で構成された活性層、及び、p型AlGaN系半導体で構成されたp型層が上下方向に積層された発光素子構造部を備え、
前記n型層と前記活性層と前記p型層内の各半導体層が、(0001)面に平行な多段状のテラスが形成された表面を有するエピタキシャル成長層であり、
前記活性層が1層以上の井戸層を含む量子井戸構造を有し、
前記1層以上の井戸層の各井戸層の平均AlNモル分率が、0.21以上0.25未満の範囲内にあり、
前記各井戸層の平均膜厚が2.0nm以上3.5nm以下の範囲内にあり、
前記1層以上の井戸層からの発光に、Al
1/4Ga
3/4Nからの第1発光とAl
1/6Ga
5/6Nからの第2発光が混在しており、
前記窒化物半導体紫外線発光素子のELスペクトルにおいて、前記第1発光のピーク波長である第1波長が、前記第2発光のピーク波長である第2波長より短く、前記第1波長おけるEL強度が前記第2波長におけるEL強度より大きいことを特徴とする窒化物半導体紫外線発光素子。
【請求項2】
前記第1波長が、前記EL強度の2次導関数において極小値をとる複数の極値点の内、最小の極小値の極値点の波長であり、
前記第2波長が、前記複数の極値点から選択される前記第1波長より10nm長波長の基準波長より長波長側に存在する1以上の極値点の内、最小の極小値の極値点の波長であることを特徴とする請求項1に記載の窒化物半導体紫外線発光素子。
【請求項3】
前記発光素子構造部が、主面が(0001)面に対して0.3°より大きく1°以下の角度で傾斜している微傾斜基板のサファイア基板上に、AlGaN系半導体層を介して形成されていることを特徴とする請求項1または2に記載の窒化物半導体紫外線発光素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウルツ鉱構造のAlGaN系半導体からなるn型層、活性層、及びp型層が上下方向に積層された発光素子構造部を備えてなるピーク発光波長が300nm~320nmの範囲内に存在する窒化物半導体紫外線発光素子に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、窒化物半導体発光素子は、サファイア等の基板上にエピタキシャル成長により複数の窒化物半導体層からなる発光素子構造を形成したものが多数存在する。窒化物半導体層は、一般式Al1-x-yGaxInyN(0≦x≦1,0≦y≦1,0≦x+y≦1)で表される。
【0003】
発光ダイオードの発光素子構造は、n型窒化物半導体層とp型窒化物半導体層の2つのクラッド層の間に、窒化物半導体層よりなる活性層が挟まれたダブルへテロ構造を有している。活性層がAlGaN系半導体の場合、AlNモル分率(Al組成比とも言う)を調整することにより、バンドギャップエネルギを、GaNとAlNが取り得るバンドギャップエネルギ(約3.4eVと約6.2eV)を夫々下限及び上限とする範囲内で調整でき、発光波長が約200nmから約365nmまでの紫外線発光素子が得られる。具体的には、p型窒化物半導体層からn型窒化物半導体層に向けて順方向電流を流すことで、活性層においてキャリア(電子及び正孔)の再結合による上記バンドギャップエネルギに応じた発光が生じる。当該順方向電流を外部から供給するために、p型窒化物半導体層上にp電極が、n型窒化物半導体層上にn電極が、夫々設けられている。
【0004】
活性層がAlGaN系半導体の場合、活性層を挟むn型窒化物半導体層とp型窒化物半導体層は、活性層より高AlNモル分率のAlGaN系半導体で構成される。しかし、高AlNモル分率のp型窒化物半導体層は、p電極と良好なオーミック接触を形成することが困難なため、p型窒化物半導体層の最上層に低AlNモル分率のp型AlGaN系半導体(具体的にはp-GaN)からなるp電極と良好なオーミック接触可能なp型コンタクト層を形成することが一般的に行われている。このp型コンタクト層は、AlNモル分率が活性層を構成するAlGaN系半導体より小さいため、活性層からp型窒化物半導体層側に向けて出射された紫外線は該p型コンタクト層で吸収され、素子外部に有効に取り出すことができない。このため、活性層がAlGaN系半導体の一般的な紫外線発光ダイオードは、
図15に模式的に示すような素子構造を採用し、活性層からn型窒化物半導体層側に向けて出射された紫外線を素子外部に有効に取り出している(例えば、下記の特許文献1~3等参照)。
【0005】
図15に示すように、一般的な紫外線発光ダイオードは、サファイア基板等の基板100上にAlGaN系半導体層101(例えば、AlN層)を堆積して形成されたテンプレート102上に、n型AlGaN系半導体層103、活性層104、p型AlGaN系半導体層105、及び、p型コンタクト層106を順番に堆積し、活性層104とp型AlGaN系半導体層105とp型コンタクト層106の一部を、n型AlGaN系半導体層103が露出するまでエッチング除去し、n型AlGaN系半導体層103の露出面にn電極107を、p型コンタクト層106の表面にp電極108を夫々形成して構成される。
【0006】
また、活性層内でのキャリア再結合による発光効率(内部量子効率)を高めるために、活性層を多重量子井戸構造とすること、活性層上に電子ブロック層を設けること等が実施されている。
【0007】
一方、n型AlGaN系半導体層で構成されるクラッド層内においてGaの偏析(Gaの質量移動に伴う偏析)による組成変調が生じ、クラッド層表面に対して斜め方向に延伸する局所的にAlNモル分率の低い層状領域が形成されることが報告されている(例えば、下記の特許文献4、非特許文献1,2等参照)。局所的にAlNモル分率の低いAlGaN系半導体層はバンドギャップエネルギも局所的に小さくなるため、特許文献4では、当該クラッド層内のキャリアが層状領域に局在化し易くなり、活性層に対して低抵抗の電流経路を提供することができ、紫外線発光ダイオードの発光効率の向上が図れることが報告されている。
【0008】
更に、n型クラッド層上に形成される多重量子井戸構造の活性層の各層の表面に(0001)面に平行な多段状のテラスが表出し、n型クラッド層と同様に、活性層の各層内でGaの偏析による組成変調が生じ、隣接するテラス間を連結する(0001)面に対して傾斜した傾斜領域に、相対的にAlNモル分率の低い領域が生成され、テラス領域に、相対的にAlNモル分率の高い領域が生成され、ピーク発光波長の異なる傾斜領域からの発光とテラス領域からの発光が合成される結果、活性層全体のEL(エレクトロルミネセンス)スペクトルにおいて複数ピークの重なりの生じ得ることが、非特許文献1で報告されている。
【0009】
また、下記の特許文献1には、上記Gaの偏析に伴う発光波長分布の広がり(半値全幅)は、発光波長が長い程大きくなる傾向があることが記載されている。更に、特許文献1の
図13には、井戸層を構成するAlGaN層のAlNモル分率が35%でオフ角が0.15°、0.3°、1°の3つのサンプルのELスペクトルが開示されており、オフ角が0.15°、0.3°、1°と大きくなるに伴い、上記Gaの偏析が顕著となり、ピーク発光波長が約289nm~約299nmの範囲で順次長くなるとともに、オフ角が0.3°を超えると発光波長分布の広がりが極端に広がることが分かる。
【0010】
また、下記の特許文献5及び6には、AlNモル分率がn/12(但し、nは1~11の整数)で表されるAln/12Ga1-n/12N(AlnGa12-nN12とも表記できる)が、AlNモル分率がn/12以外のAlGaNより安定的に形成されることが報告されている。また、当該Aln/12Ga1-n/12Nは、特許文献5及び6において「準安定AlGaN」と名付けられており、本明細書でもそのように呼称する。ここで、Gaの偏析によりn型クラッド層内に形成される局所的にAlNモル分率の低い層状領域、及び、井戸層の傾斜領域に形成される局所的にAlNモル分率の低い領域に、上記準安定AlGaNを安定的に形成することで、結晶成長装置のドリフト等に起因する特性変動の抑制された窒化物半導体紫外線発光素子を提供できることが報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】国際公開第2013/021464号公報
【文献】国際公開第2014/178288号公報
【文献】国際公開第2016/157518号公報
【文献】国際公開第2019/159265号公報
【文献】国際公開第2021/260850号公報
【文献】国際公開第2022/038769号公報
【非特許文献】
【0012】
非特許文献1:Y. Nagasawa, et al., "Comparison of AlxGa1-xN multiple quantum wells designed for 265 and 285nm deep-ultraviolet LEDs grown on AlN templates having macrosteps", Applied Physics Express 12, 064009 (2019)
非特許文献2:K. Kojima, et al., "Carrier localization structure combined with current micropaths in AlGaN quantum wells grown on an AlN template with macrosteps", Applied Physics letter 114, 011102 (2019)
非特許文献3:Shigeaki Sumiya, et al., "AlGaN-Based Deep Ultraviolet Light-Emitting Diodes Grown on Epitaxial AlN/Sapphire Templates", Journal of Applied Physics, Vol. 47, NO. 1, 2008, pp.43-46
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上記特許文献5及び6に開示されている窒化物半導体紫外線発光素子では、上記特許文献4、非特許文献1,2に開示されているように、n型クラッド層内にGaの偏析によって形成される局所的にAlNモル分率の低いAlGaN系半導体層の層状領域を、井戸層の傾斜領域にGaの偏析によって同様に形成される相対的にAlNモル分率の低い領域に対して集中的に電流を供給する低抵抗の電流経路とし、更に、当該傾斜領域に上記準安定AlGaNを安定的に形成することで、紫外線発光ダイオードの発光効率の向上と結晶成長装置のドリフト等に起因する特性変動の抑制の両立が図られている。
【0014】
しかし、上記特許文献5及び6では、準安定AlGaNのAlNモル分率n/12の整数nが1~3と小さい場合、つまり、Gaの組成比が大きい準安定AlGaNでは、1000℃付近の成長温度において、Gaの質量移動が激しく原子配列の対称性が乱れ、AlとGaの原子配列はランダムな状態に近くなり、安定度が他の準安定AlGaNと比べて低下すると考えられていたため、井戸層の傾斜領域に形成される準安定AlGaNのAlNモル分率n/12の整数nとして4以上が想定されていた。この場合、井戸層からの発光は、AlNモル分率n/12の準安定AlGaNが形成されている傾斜領域からの発光が支配的となる。整数n=4の準安定AlGaNの場合、井戸層の傾斜領域の膜厚を5~14ML(単原子層(monolayer))の範囲内で設定すると、一例として、ピーク発光波長は277~315nmの範囲内に制御し得る。
【0015】
アトピー性皮膚炎の紫外線治療、UVインクの硬化等に有用なピーク発光波長が310nm付近にある紫外線発光を、整数n=4の準安定AlGaNを井戸層の傾斜領域に形成して実現するには、理論上は、傾斜領域の膜厚を14ML程度まで厚くすれば良い。しかしながら、一般的に、井戸層の膜厚を3.5nm(約13.6ML)以上に厚くすると安定した発光が得られ難くなるという問題がある。
【0016】
量子井戸構造の井戸層からのピーク発光波長は、井戸層のAlNモル分率と膜厚に応じて変化するが、更に、井戸層内における活性層の下方側に形成されるn型AlGaN層及び更に下方側のAlN層等から受ける(0001)面に平行な方向の応力等の影響により変動する。従って、ピーク発光波長は、後述のバリア層に対する緩和率(fR)をパラメータとする井戸層のAlNモル分率と膜厚の関数として与えられる。ここで、緩和率fRは、当該応力の影響を示す指標として、バリア層及びn型AlGaN層の格子定数つまりAlNモル分率の関数として与えられ、ピーク発光波長を井戸層のAlNモル分率と膜厚の関数として表現する場合のフィッティング・パラメータとして機能する。
【0017】
更に、緩和率fRの違いによるピーク発光波長の変動幅は、井戸層の膜厚が10MLを超えて14MLに向けて大きくなるほど大きくなる傾向がある。また、ピーク発光波長が300nm以上の波長範囲では、活性層の下方側に形成されるn型AlGaN層のAlNモル分率を60%程度以下に抑えることが好ましいという事情がある。更に、後述するように、活性層の各層の表面に表出する(0001)面に平行な多段状のテラスの表面上にも、傾斜領域に比べて段数の少ない1段(1段の高さは1ML)また2段程度の微小な段差が生じており、1素子の井戸層全体での膜厚の変動が2MLを超える場合がある。
【0018】
従って、井戸層の傾斜領域の膜厚を14ML程度まで厚くし、整数n=4の準安定AlGaNを井戸層の傾斜領域に形成できるようにしても、ピーク発光波長が310nm付近の紫外線発光を安定的に実現するのは、現実的には困難である。
【0019】
本発明は、上述の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、ピーク発光波長が310nm付近の窒化物半導体紫外線発光素子を安定して提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本願発明者は、鋭意研究により、整数nが4以上の準安定AlGaN(Aln/12Ga1-n/12N)に比べて安定度が低いと考えられていた整数nが3及び2のAl3/12Ga9/12NとAl2/12Ga10/12Nも、準安定AlGaNとして井戸層内に安定的に形成され得ることを、複数のウェハ上の多数のダイからのELスペクトルに対して統計的に分析を行って確認し、更に、整数nが2及び3の2種類の準安定AlGaNを、前者を井戸層の傾斜領域に、後者をテラス領域に形成することにより、テラス領域からの発光を有効に利用して、ピーク発光波長が310nm付近の窒化物半導体紫外線発光素子を安定して作製し得ることを確認し、以下に詳細に説明する本発明に至った。尚、上記統計的分析の内容については、本願における「不利にならない開示又は新規性喪失の例外に関する申立て」の対象としている下記の2022年3月29日公開の刊行物に詳細に開示されており、また、Al3/12Ga9/12NとAl2/12Ga10/12Nが、整数nが4以上の準安定AlGaN(Aln/12Ga1-n/12N)に比べて安定度が低下するものの、準安定AlGaNとして機能し得ることは上記特許文献5及び6に開示されているので、本願明細書では重複する説明は省略する。
[刊行物]
Y. Nagasawa, et al., "Dual-peak electroluminescence spectra generated from Aln/12Ga1-n/12N (n = 2, 3, 4) for AlGaN-based LEDs with nonflat quantum wells", Journal of Physics D: Applied Physics 55 (2022) 255102
【0021】
本発明は、上記目的を達成するために、ピーク発光波長が300nm~320nmの範囲内に存在する窒化物半導体紫外線発光素子であって、
n型AlGaN系半導体で構成されたn型層、AlGaN系半導体で構成された活性層、及び、p型AlGaN系半導体で構成されたp型層が上下方向に積層された発光素子構造部を備え、
前記n型層と前記活性層と前記p型層内の各半導体層が、(0001)面に平行な多段状のテラスが形成された表面を有するエピタキシャル成長層であり、
前記活性層が1層以上の井戸層を含む量子井戸構造を有し、
前記1層以上の井戸層の各井戸層の平均AlNモル分率が、0.21以上0.25未満の範囲内にあり、
前記各井戸層の平均膜厚が2.0nm以上3.5nm以下の範囲内にあり、
前記1層以上の井戸層からの発光に、Al1/4Ga3/4Nからの第1発光とAl1/6Ga5/6Nからの第2発光が混在しており、
前記窒化物半導体紫外線発光素子のELスペクトルにおいて、前記第1発光のピーク波長である第1波長が、前記第2発光のピーク波長である第2波長より短く、前記第1波長おけるEL強度が前記第2波長におけるEL強度より大きいことを特徴とする窒化物半導体紫外線発光素子を提供する。
【0022】
尚、AlGaN系半導体とは、一般式Al1-xGaxN(0≦x≦1)で表されるが、バンドギャップエネルギがGaNとAlNが取り得るバンドギャップエネルギを夫々下限及び上限とする範囲内であれば、BまたはIn等の3族元素またはP等の5族元素等の不純物を微量に含んでいてもよい。また、GaN系半導体とは、基本的にGaとNで構成される窒化物半導体であるが、Al、BまたはIn等の3族元素またはP等の5族元素等の不純物を微量に含んでいてもよい。また、AlN系半導体とは、基本的にAlとNで構成される窒化物半導体であるが、Ga、BまたはIn等の3族元素またはP等の5族元素等の不純物を微量に含んでいてもよい。従って、本願では、GaN系半導体及びAlN系半導体は、それぞれAlGaN系半導体の一部である。
【0023】
更に、n型またはp型AlGaN系半導体は、ドナーまたはアクセプタ不純物としてSiまたはMg等がドーピングされたAlGaN系半導体である。本願では、p型及びn型と明記されていないAlGaN系半導体は、アンドープのAlGaN系半導体を意味するが、アンドープであっても、不可避的に混入する程度の微量のドナーまたはアクセプタ不純物は含まれ得る。また、本明細書において、AlGaN系半導体層、GaN系半導体層、及びAlN系半導体層は、それぞれ、AlGaN系半導体、GaN系半導体、及びAlN系半導体で構成された半導体層である。
【0024】
次に、準安定AlGaNの特徴について簡単に説明する。準安定AlGaNを考慮しなければ、AlGaN等の三元混晶は、ランダムに3族元素(AlとGa)が混合している結晶状態であり、「ランダム・コンフィグレーション(random configuration)」で近似的に説明される。しかし、Alの共有結合半径とGaの共有結合半径が異なるため、結晶構造中においてAlとGaの原子配列の対称性が高いほうが、一般的に安定な構造となる。
【0025】
ウルツ鉱構造のAlGaN系半導体は、対称性のないランダム配列と安定な対称配列の2種類の配列が存在し得る。ここで、一定の比率で、対称配列が支配的となる状態が現れる。上述したAlGaN組成比(AlとGaとNの組成比)が所定の整数比で表される「準安定AlGaN」において、AlとGaの対称配列構造が発現する。
【0026】
当該対称配列構造では、結晶成長面へのGa供給量が僅かに増減しても、対称性が高いためにエネルギ的に安定な混晶モル分率となり、質量移動(mass transfer)し易いGaの濃度が制御不能となるのを防止できる。
【0027】
上記特徴の窒化物半導体紫外線発光素子によれば、各井戸層の平均AlNモル分率が、整数n=3及びn=2の2種類の準安定AlGaNのAlNモル分率の中間値(0.208)と整数n=3の準安定AlGaNのAlNモル分率(0.25)の間に設定されているため、各井戸層内でのGaの質量移動によって、各井戸層のテラス領域に整数n=3の準安定AlGaNであるAl1/4Ga3/4Nが安定的に形成され、テラス領域の膜厚が3MLを超えてばらついても、ピーク発光波長が315nm付近の第1波長となる第1発光を出力し、各井戸層の傾斜領域及びテラス領域内の微小な段差部に、整数n=2の準安定AlGaNであるAl1/6Ga5/6Nが安定的に形成され、ピーク発光波長が第1波長より長い第2波長となり、第2波長におけるEL強度が、第1発光の第1波長におけるEL強度より小さい第2発光を出力し、全体として、第1発光と第2発光の合成ELスペクトルのピーク発光波長が300nm~320nmの範囲内となる。
【0028】
上記特徴の窒化物半導体紫外線発光素子は、一実施態様において、前記第1波長が、前記EL強度の2次導関数において極小値をとる複数の極値点の内、最小の極小値の極値点の波長であり、前記第2波長が、前記複数の極値点から選択される前記第1波長より10nm長波長の基準波長より長波長側に存在する1以上の極値点の内、最小の極小値の極値点の波長である。
【0029】
更に、上記特徴の窒化物半導体紫外線発光素子は、他の実施態様において、前記発光素子構造部が、主面が(0001)面に対して0.3°より大きく1°以下の角度で傾斜している微傾斜基板のサファイア基板上に、AlGaN系半導体層を介して形成されている。
【0030】
上記他の実施態様によれば、各井戸層において多段状のテラスが表出するとともに、井戸層内でのGaの質量移動の傾斜領域への集中がある程度抑制され、テラス領域にAl1/4Ga3/4Nの準安定AlGaNが安定的に形成され得る。
【発明の効果】
【0031】
上記特徴の窒化物半導体紫外線発光素子によれば、ピーク発光波長が310nm付近の窒化物半導体紫外線発光素子を安定して提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【
図1】本発明の一実施形態に係る窒化物半導体紫外線発光素子の構造の一例を模式的に示した要部断面図。
【
図2】
図1に示す窒化物半導体紫外線発光素子の活性層の多重量子井戸構造の一例を模式的に示した要部断面図。
【
図3】
図1に示す窒化物半導体紫外線発光素子の活性層の単一量子井戸構造の一例を模式的に示した要部断面図。
【
図4】
図2及び
図3に示す傾斜領域IAのより詳細な構造を模式的に示す図。
【
図5】
図2及び
図3に示すテラス領域TAのより詳細な構造を模式的に示す図。
【
図6】AFM装置で測定した井戸層表面の断面プロファイルを示す図。
【
図7】
図1に示す窒化物半導体紫外線発光素子を
図1の上側から見た場合の構造の一例を模式的に示した平面図。
【
図8】井戸層内でのGaの質量移動に伴いAl富化井戸領域に形成される第1準安定AlGaNとGa富化井戸領域に形成される第2準安定AlGaNの膜厚に応じたAlNモル分率の変化を模式的に示す図。
【
図9】第1及び第2準安定AlGaNの各ELスペクトルが、
図8に示す第1及び第2準安定AlGaNの膜厚に応じて変化した複数のAlNモル分率に対応した発光の合成スペクトルとなることを模式的に示す図。
【
図10】ELスペクトルが2つに分離したピークを有する場合と1つのピークと1つのショルダーピークを有する場合を模式的に示す図。
【
図11】窒化物半導体紫外線発光素子の実施例及び比較例のウェハ状態で測定したELスペクトルのピーク発光波長の分布を示すグラフ。
【
図12】窒化物半導体紫外線発光素子の実施例のウェハ状態で測定したELスペクトルを示すグラフ。
【
図13】第1及び第2準安定AlGaNの各ピーク発光波長と膜厚の関係を示すグラフ。
【
図14】ELスペクトルのピーク及びショルダーピークとEL強度の2次導関数の極小値との関係を説明する図。
【
図15】一般的な紫外線発光ダイオードの素子構造の一例を模式的に示した要部断面図。
【発明を実施するための形態】
【0033】
本発明の実施形態に係る窒化物半導体紫外線発光素子(以下、単に「発光素子」と略称する。)につき、図面に基づいて説明する。尚、以下の説明で使用する図面の模式図では、説明の理解の容易のために、要部を強調して発明内容を模式的に示しているため、各部の寸法比は必ずしも実際の素子と同じ寸法比とはなっていない。以下、本実施形態では、発光素子が発光ダイオードの場合を想定して説明する。
【0034】
<発光素子の素子構造>
図1に示すように、発光素子1は、サファイア基板11を含む下地部10と、複数のAlGaN系半導体層21~24、p電極26、及び、n電極27を含む発光素子構造部20とを備える。発光素子1は、発光素子構造部20側(
図1における上側)を実装用の基台(サブマウント等)に向けて実装される(フリップチップ実装される)ものであり、光の取出方向は下地部10側(
図1における下側)である。尚、本明細書では、説明の便宜上、サファイア基板11の主面11a(または、下地部10及び各AlGaN系半導体層21~24の上面)に垂直な方向を「上下方向」と称し、下地部10から発光素子構造部20に向かう方向を上方向、その逆を下方向とする。
【0035】
下地部10は、サファイア基板11と、サファイア基板11の主面11a上に直接形成されたAlN層12を備えて構成される。サファイア基板11は、主面11aが(0001)面に対して一定の範囲内(例えば、0.3°超~1°以下程度)の角度(オフ角)で傾斜し、主面11a上に多段状のテラスが表出している微傾斜基板である。尚、オフ角を設ける方向(具体的には、(0001)面を傾ける方向であり、例えばm軸方向やa軸方向等)は、後述するようにAlN層12から電子ブロック層23までの各半導体層の表面に多段状のテラスが表出する限りにおいて、任意に決定してもよい。
【0036】
AlN層12は、サファイア基板11の主面からエピタキシャル成長したAlN結晶で構成され、このAlN結晶はサファイア基板11の主面11aに対してエピタキシャルな結晶方位関係を有している。具体的には、例えば、サファイア基板11のC軸方向(<0001>方向)とAlN結晶のC軸方向が揃うように、AlN結晶が成長する。尚、AlN層12を構成するAlN結晶は、微量のGaやその他の不純物を含んでいてもよいAlN系半導体層であってもよい。本実施形態では、AlN層12の膜厚として、2μm~3μm程度を想定している。尚、下地部10の構造及び使用する基板等は、上述した構成に限定されるものではない。例えば、AlN層12とAlGaN系半導体層21の間に、AlNモル分率が当該AlGaN系半導体層21のAlNモル分率以上のAlGaN系半導体層を備えていてもよい。
【0037】
発光素子構造部20のAlGaN系半導体層21~24は、下地部10側から順に、n型クラッド層21(n型層)、活性層22、電子ブロック層23(p型層)、及び、p型コンタクト層24(p型層)を順にエピタキシャル成長させて積層した構造を備えている。
【0038】
本実施形態では、サファイア基板11の主面11aから順番にエピタキシャル成長した下地部10のAlN層12、及び、発光素子構造部20のn型クラッド層21と活性層22内の各半導体層と電子ブロック層23は、サファイア基板11の主面11aに由来する(0001)面に平行な多段状のテラスが形成された表面を有する。尚、p型層のp型コンタクト層24については、電子ブロック層23上にエピタキシャル成長により形成されるため、同様の多段状のテラスが形成され得るが、必ずしも同様の多段状のテラスが形成された表面を有していなくてもよい。
【0039】
尚、
図1に示すように、発光素子構造部20の内、活性層22、電子ブロック層23、及び、p型コンタクト層24は、n型クラッド層21の上面の第2領域R2上に積層された部分が、エッチング等によって除去され、n型クラッド層21の上面の第1領域R1上に形成されている。そして、n型クラッド層21の上面は、第1領域R1を除く第2領域R2において露出している。n型クラッド層21の上面は、
図1に模式的に示すように、第1領域R1と第2領域R2間で高さが異なっている場合があり、その場合は、n型クラッド層21の上面は、第1領域R1と第2領域R2において個別に規定される。
【0040】
n型クラッド層21は、n型AlGaN系半導体で構成され、n型クラッド層21内に、n型クラッド層21内で局所的にAlNモル分率の低い層状領域21aが一様に分散して存在する。層状領域21aは、「背景技術」で上述したように、n型クラッド層21の表面に対して斜め方向に延伸しており、バンドギャップエネルギが局所的に小さくなるため、キャリアが局在化し易くなり、低抵抗の電流経路として機能する。
【0041】
好ましい一実施態様として、層状領域21a内にAlNモル分率がp/12(但し、pは5~8の整数)で表されるn型の準安定AlGaN(Alp/12Ga1-p/12N)が支配的に存在する。但し、上述したように、ピーク発光波長が300nm以上の波長範囲では、n型AlGaN層のAlNモル分率を60%程度以下に抑えることが好ましいため、整数pは5、6または7の何れかが好ましい。
【0042】
更に、上記好ましい一実施態様において、n型クラッド層21の平均AlNモル分率Xnaは、層状領域21a内の準安定AlGaNのAlNモル分率Xns(=p/12)を基準として、(Xns+2%)~(Xns+7%)の範囲内に設定するのが好ましい。
【0043】
本実施形態では、n型クラッド層21の膜厚として、一般的な窒化物半導体紫外線発光素子で採用されている膜厚と同様に、1μm~2μm程度を想定しているが、当該膜厚は、2μm~4μm程度であってもよい。
【0044】
活性層22は、AlGaN系半導体(AlN系半導体とGaN系半導体を除く)で構成される1層以上の井戸層220とAlGaN系半導体またはAlN系半導体で構成される1層以上のバリア層221を交互に積層した単一量子井戸構造または多重量子井戸構造を備える。最下層の井戸層220とn型クラッド層21の間には、バリア層221を必ずしも設ける必要はない。また、本実施形態では、最上層の井戸層220と電子ブロック層23の間には、バリア層221を設けていないが、好ましい一実施態様として、バリア層221より薄膜でAlNモル分率の高いAlGaN層またはAlN層を設けても良い。
【0045】
電子ブロック層23は、p型AlGaN系半導体で構成される。p型コンタクト層24は、p型AlGaN系半導体またはp型GaN系半導体で構成される。p型コンタクト層24は、典型的にはp-GaNで構成される。
【0046】
図2に、活性層22における井戸層220及びバリア層221の積層構造(多重量子井戸構造)の一例を模式的に示す。
図2では、井戸層220とバリア層221がそれぞれ3層の場合を例示する。n型クラッド層21上に、バリア層221、井戸層220の順に3層分が積層されており、最上層の井戸層220上に電子ブロック層23が位置している。
【0047】
図3に、活性層22における井戸層220及びバリア層221の積層構造(単一量子井戸構造)の一例を模式的に示す。
図3では、井戸層220とバリア層221がそれぞれ1層の場合を例示する。n型クラッド層21上に、バリア層221と井戸層220が順に積層されている。
図3に示す例では、好ましい一実施態様として、井戸層220と電子ブロック層23の間に、バリア層221より薄膜でAlNモル分率の高いAlGaN層またはAlN層223が形成されている。
【0048】
図2及び
図3に示される井戸層220、バリア層221、及び、電子ブロック層23におけるテラスTが多段状に成長する構造は、上記非特許文献1及び2に開示されているように、公知の構造である。各層において横方向に隣接するテラスT間には、上述したように、(0001)面に対して傾斜した傾斜領域IAが形成されている。傾斜領域IA以外の上下がテラスTで挟まれた領域を、テラス領域TAと称す。本実施形態では、1つのテラスTの奥行(隣接する傾斜領域IA間の距離)は数10nm~数100nmが想定される。従って、傾斜領域IA内に階段状に表出する(0001)面は、多段状のテラスTのテラス面とは区別される。
図4に、例えば、1つの井戸層220の傾斜領域IAの表面に表出する階段状構造(マクロステップ構造)を模式的に示す。
【0049】
更に、
図2及び
図3に模式的に示したテラス領域TA内には、
図5に模式的に示すように、段数が1段の単一ステップS1及び段数が2~3段程度の小マクロステップS2が形成され、テラス領域TAの表面(テラスT)は完全な平坦面ではない。この単一ステップS1及び小マクロステップS2は、
図4に示すような傾斜領域IAを形成する更に段数の多い大マクロステップS3とは明確に区別される。尚、単一ステップS1の高さ、及び、小マクロステップS2と傾斜領域IAの大マクロステップS3の1段の高さは1MLである。尚、マクロステップの場合、
図4に模式的に示すように、2段以上が連続して見かけ上1段となる場合があり得る。
【0050】
図6に、AFM(Atomic Force Microscope)装置で測定した井戸層表面の断面プロファイルを示す。横軸及び縦軸に示す数値の単位はナノメータ(nm)である。横軸はテラス面と平行になるように設定してあるが、完全には一致しておらず、
図6に示す箇所では、テラス面は横軸に対して平均的に僅かに右上がりの傾斜面となっている。
図6に示すように、断面プロファイル上において、傾斜領域IAに相当する5~6段程度の大マクロステップS3と、2段程度の小マクロステップS2と、単一ステップS1の存在が、それぞれ確認できる。尚、
図6では、傾斜領域IAは右下がりの傾斜となっているのに対して、
図2~
図5の模式図では、右上がりの傾斜として左右が反転して図示されているが、表示上の差異であって、実質的な差異ではない。
【0051】
図2及び
図3に模式的に示すように、井戸層220の各層において、テラス領域TAから傾斜領域IAへのGaの質量移動により、AlNモル分率が井戸層220内の平均AlNモル分率Xwaより低いGa富化井戸領域220aが傾斜領域IA内に形成されている。また、Ga富化井戸領域220aは、テラス領域TA内の単一ステップS1及び小マクロステップS2においても形成され得る。更に、Ga富化井戸領域220aの形成に伴い、つまり、テラス領域TAから傾斜領域IA等へのGaの質量移動により、テラス領域TA内の一部において、Alの密度が相対的に増加して、AlNモル分率が平均AlNモル分率Xwaより高いAl富化井戸領域が形成される。
【0052】
本実施形態では、活性層22からの紫外線発光のELスペクトルのピーク発光波長が300nm~320nmの範囲内となるように、井戸層220の平均AlNモル分率Xwaは、0.21以上0.25未満、より好ましくは、0.22以上0.25未満の範囲内に設定される。この結果、上記Gaの質量移動に伴い、Ga富化井戸領域220aに、AlNモル分率が平均AlNモル分率Xwaより低い準安定AlGaNのAl2/12Ga10/12Nが形成され、更に、Al富化井戸領域に、AlNモル分率が平均AlNモル分率Xwaより高い準安定AlGaNのAl3/12Ga9/12Nが形成される。以下、説明の便宜上、Al富化井戸領域に形成される準安定AlGaN(Al3/12Ga9/12N)を第1準安定AlGaNと、Ga富化井戸領域220aに形成される準安定AlGaN(Al2/12Ga10/12N)を第2準安定AlGaNと、それぞれ称する。第1及び第2準安定AlGaNは、整数nが3と2の場合の準安定AlGaN(Aln/12Ga1-n/12N)であり、各AlNモル分率をそれぞれ記号Xw1とXw2で示すと、Xw1=3/12、Xw2=2/12であり、Xw2<Xwa<Xw1となっている。
【0053】
井戸層220の膜厚は、平均膜厚が2.0nm以上3.5nm以下の範囲内において、活性層22からの紫外線発光のELスペクトルのピーク発光波長が300nm~320nmの範囲内となるように設定される。具体的には、第1準安定AlGaNからの発光(第1発光)のピーク波長(第1波長)が、同じく300nm~320nmの範囲内となるように、テラス領域TA内のAl富化井戸領域の膜厚が所定の範囲内に制御される。このため、本実施形態では、井戸層220からの発光において、第1準安定AlGaNからの発光(第1発光)と第2準安定AlGaNからの発光(第2発光)が混在する状態で、第1発光が第2発光より支配的に存在している必要がある。具体的には、第1発光のピーク波長(第1波長)における第1発光のEL強度(第1ピークEL強度)の方が、第2発光のピーク波長(第2波長)における第2発光のEL強度(第2ピークEL強度)より大きい必要がある。尚、第1及び第2ピークEL強度、及び、井戸層220の膜厚については、後述の「発光素子のELスペクトル」の項で、詳細に検討する。
【0054】
好ましい一実施態様として、井戸層220と同様に、バリア層221においても、傾斜領域IA内にAlNモル分率がバリア層221の平均AlNモル分率Xbaより低いGa富化バリア領域221aが形成され、更に、テラス領域TA内の一部に、AlNモル分率がバリア層221の平均AlNモル分率Xbaより高いAl富化バリア領域が形成されていても良い。
【0055】
バリア層221の平均AlNモル分率Xbaは、例えば、概ね51%~90%の範囲内に設定されている。また、バリア層221の膜厚は、テラス領域TA及び傾斜領域IAを含めて、例えば、6nm~8nmの範囲内に設定されている。
【0056】
好ましい一実施態様として、井戸層220と同様に、電子ブロック層23においても、傾斜領域IA内にAlNモル分率が電子ブロック層23の平均AlNモル分率Xeaより低いGa富化EB領域23aが形成され、更に、テラス領域TA内の一部に、AlNモル分率が電子ブロック層23の平均AlNモル分率Xeaより高いAl富化EB領域が形成されていても良い。
【0057】
電子ブロック層23の平均AlNモル分率Xeaは、例えば、概ね60%~90%の範囲内に設定されている。また、電子ブロック層23の膜厚は、テラス領域TA及び傾斜領域IAを含めて、例えば、15nm~30nmの範囲内に設定されている。
【0058】
n型クラッド層21、バリア層221、及び電子ブロック層23の平均AlNモル分率Xna、Xba、及びXeaは、井戸層220の平均AlNモル分率Xwaと同様に、n型クラッド層21、バリア層221、及び電子ブロック層23の各成膜時におけるAlNモル分率の目標値またはその近傍値となる。
【0059】
p電極26は、例えばNi/Au等の多層金属膜で構成され、p型コンタクト層24の上面に形成される。n電極27は、例えばTi/Al/Ti/Au等の多層金属膜で構成され、n型クラッド層21の第2領域R2内の露出面上の一部の領域に形成される。尚、p電極26及びn電極27は、上述の多層金属膜に限定されるものではなく、各電極を構成する金属、積層数、積層順などの電極構造は適宜変更してもよい。
図7に、p電極26とn電極27の発光素子1の上側から見た形状の一例を示す。
図7において、p電極26とn電極27の間に存在する線BLは、第1領域R1と第2領域R2の境界線を示しており、活性層22、電子ブロック層23、及び、p型コンタクト層24の外周側壁面と一致する。
【0060】
本実施形態では、
図7に示すように、第1領域R1及びp電極26の平面視形状は、一例として、櫛形形状のものを採用しているが、第1領域R1及びp電極26の平面視形状及び配置等は、
図7の例示に限定されるものではない。
【0061】
p電極26とn電極27間に順方向バイアスを印加すると、p電極26から活性層22に向けて正孔が供給され、n電極27から活性層22に向けて電子が供給され、供給された正孔及び電子の夫々が活性層22に到達して再結合することで発光する。また、これにより、p電極26とn電極27間に順方向電流が流れる。
【0062】
<発光素子の製造方法>
次に、
図1に例示した発光
素子1の製造方法の一例について説明する。
【0063】
先ず、有機金属化合物気相成長(MOVPE)法により、下地部10に含まれるAlN層12及び発光素子構造部20に含まれる窒化物半導体層21~24を、サファイア基板11上に順番にエピタキシャル成長させて積層する。このとき、n型クラッド層21にはドナー不純物として例えばSiをドーピングし、電子ブロック層23、及び、p型コンタクト層24にはアクセプタ不純物として例えばMgをドーピングする。
【0064】
本実施形態では、少なくともAlN層12、n型クラッド層21、活性層22(井戸層220、バリア層221)、及び、電子ブロック層23の各表面に(0001)面に平行な多段状のテラスを表出させるために、サファイア基板11は、主面11aが(0001)面に対して一定の範囲内(例えば、0.3°超~1°以下程度まで)の角度(オフ角)で例えばm軸方向またはa軸方向に傾斜し、主面11a上に多段状のテラスが表出している微傾斜基板を使用する。
【0065】
斯かるエピタキシャル成長の条件として、上述の微傾斜基板の(0001)サファイア基板11の使用に加えて、例えば、多段状のテラスが表出し易い成長速度(具体的に例えば、成長温度、原料ガスやキャリアガスの供給量や流速等の諸条件を適宜設定することで、当該成長速度を達成する)等が挙げられる。尚、これらの諸条件は、成膜装置の種類や構造によって異なり得るため、成膜装置において実際に幾つかの試料を作製して、これらの条件を特定すればよい。
【0066】
有機金属化合物気相成長法で使用する原料ガス(トリメチルアルミニウム(TMA)ガス、トリメチルガリウム(TMG)ガス、アンモニアガス)やキャリアガスの供給量及び流速は、上述した発光素子構造部20に含まれる窒化物半導体層21~24のそれぞれの平均AlNモル分率(n型クラッド層21:Xna、井戸層220:Xwa、バリア層221:Xba、電子ブロック層23:Xea)を目標値として設定される。窒化物半導体層21~24に対する成長速度(nm/h)及びV/III比(V族元素原料ガスとIII族元素原料ガスの供給比率)の最適値は各層で異なり得るが、一例として、井戸層220に対しては、概ね、成長速度は、300~600nm/hの範囲内、V/III比は3000~5000の範囲内で設定するのが好ましい。尚、窒化物半導体層21~24のそれぞれの平均AlNモル分率及び膜厚の好適な範囲については「発光素子の素子構造」の欄で上述したので重複する記載は省略する。
【0067】
n型クラッド層21の成長条件として、成長開始直後に、AlN層12の上面に形成された多段状のテラス間の段差部(傾斜領域)にGaの質量移動によって層状領域21aの成長開始点が形成され、引き続き、n型クラッド層21のエピタキシャル成長に伴い、層状領域21aが、Gaの質量移動に伴う偏析によって斜め上方に向かって成長できるように、成長温度、成長圧力、及び、ドナー不純物濃度が選択される。
【0068】
具体的には、成長温度としては、Gaの質量移動の生じ易い1050℃以上で、良好なn型AlGaNが調製可能な1150℃以下が好ましい。成長圧力としては、75Torr以下が良好なAlGaNの成長条件として好ましく、成膜装置の制御限界として10Torr以上が現実的であり好ましい。ドナー不純物濃度は、1×1018~5×1018cm-3程度が好ましい。また、ドナー不純物濃度は、n型クラッド層21の膜厚に対して、必ずしも上下方向に均一に制御する必要はない。尚、上記成長温度及び成長圧力等は、一例であって、使用する成膜装置に応じて適宜最適な条件を特定すればよい。
【0069】
上記要領で、層状領域21aとn型本体領域21bを有するn型クラッド層21が形成されると、n型クラッド層21の上面の全面に、引き続き、有機金属化合物気相成長(MOVPE)法等の周知のエピタキシャル成長法により、活性層22(井戸層220、バリア層221)、電子ブロック層23、及び、p型コンタクト層24等を形成する。
【0070】
電子ブロック層23のアクセプタ不純物濃度は、一例として、1.0×1016~1.0×1018cm-3程度が好ましく、p型コンタクト層24のアクセプタ不純物濃度は、一例として、1.0×1018~1.0×1020cm-3程度が好ましい。また、アクセプタ不純物濃度は、電子ブロック層23及びp型コンタクト層24の各膜厚に対して、必ずしも上下方向に均一に制御する必要はない。
【0071】
活性層22の形成において、基本的にはn型クラッド層21と同様の要領で、上述した多段状のテラスが表出し易い成長条件で、井戸層220の平均AlNモル分率Xwaを目標値として井戸層220を成長させ、更に、バリア層221の平均AlNモル分率Xbaを目標値として、バリア層221を成長させる。
【0072】
但し、本実施形態では、上述したように、井戸層220の平均AlNモル分率Xwaが0.21以上0.25未満の範囲内に設定され、Gaの質量移動に伴い、Ga富化井戸領域220aに、AlNモル分率が平均AlNモル分率Xwaより低い第2準安定AlGaN(Al2/12Ga10/12N)が形成され、Al富化井戸領域に、AlNモル分率が平均AlNモル分率Xwaより高い第1準安定AlGaN(Al3/12Ga9/12N)が形成される。更に、発光素子1のピーク発光波長を300nm~320nmの範囲内に収めるには、上述のように、第1準安定AlGaNからの第1発光が第2準安定AlGaNからの第2発光より支配的に存在している必要がある。従って、上述したようにサファイア基板11のオフ角の上限を1°程度に制限するとともに、更に、第2発光が第1発光より支配的とならないように、Gaの質量移動による第2準安定AlGaNの過度な形成を抑制するために、井戸層220の成長温度をn型クラッド層21の成長温度以下の1050℃以下に制御するのが好ましい。尚、平均AlNモル分率Xwaが0.21以上0.25未満の範囲内で高めに設定される場合、及び/または、サファイア基板11のオフ角が0.3°~0.4°付近に設定される等、テラス領域TAでのGaの質量移動が相対的に抑制される方向に設定されている場合は、井戸層220の成長温度は、必ずしも1050℃以下に制御しない場合もあり得る。
【0073】
電子ブロック層23の形成において、n型クラッド層21と同様の要領で、上述した多段状のテラスが表出し易い成長条件で、電子ブロック層23の平均AlNモル分率Xeaを目標値として電子ブロック層23を成長させる。
【0074】
上記要領で、n型クラッド層21の上面の全面に、活性層22(井戸層220、バリア層221)、電子ブロック層23、及び、p型コンタクト層24等が形成されると、次に、反応性イオンエッチング等の周知のエッチング法により、窒化物半導体層21~24の第2領域R2を、n型クラッド層21の上面が露出するまで選択的にエッチングして、n型クラッド層21の上面の第2領域R2部分を露出させる。そして、電子ビーム蒸着法などの周知の成膜法により、エッチングされていない第1領域R1内のp型コンタクト層24上にp電極26を形成するとともに、エッチングされた第2領域R2内のn型クラッド層21上にn電極27を形成する。尚、p電極26及びn電極27の一方または両方の形成後に、RTA(瞬間熱アニール)等の周知の熱処理方法により熱処理を行ってもよい。
【0075】
尚、発光素子1は、一例として、サブマウント等の基台にフリップチップ実装された後、シリコーン樹脂や非晶質フッ素樹脂等の所定の樹脂(例えば、レンズ形状の樹脂)によって封止された状態で使用され得る。
【0076】
<発光素子のELスペクトル>
先ず、発光素子1のELスペクトルの特徴について、
図5、
図8~
図13を参照して説明する。
【0077】
図5に模式的に示したように、井戸層220のテラス領域TA及び傾斜領域IAには、単一ステップS1、小マクロステップS2、及び、大マクロステップS3が形成され、井戸層220の表面は原子層レベルで平坦ではなく、井戸層220内の膜厚も原子層レベルで均一ではない。一例として、
図8に模式的に示すように、単一ステップS1と小マクロステップS2を除くテラス領域TAに主として形成されるAl富化井戸領域の主たる膜厚tT1をmMLとすると、膜厚tT1より1ML薄い(m-1)MLの膜厚tT0が存在し得る。但し、mは8~14の範囲内の整数である。一方、テラス領域TA内の単一ステップS1と小マクロステップS2、及び、傾斜領域IAに主として形成されるGa富化井戸領域220aの主たる膜厚tS1を(m+k)MLとすると、膜厚tS1より1ML薄い(m+k-1)MLの膜厚tS0、膜厚tS1より1ML厚い(m+k+1)MLの膜厚tS2、膜厚tS1より2ML厚い(m+k+2)MLの膜厚tS3が存在し得る。但し、kは0以上の整数であり、Gaの質量移動が大きいほど大きくなる傾向がある。一実施態様では、kとして1~4程度が想定される。
【0078】
図8に示す一例では、井戸層220を平均AlNモル分率Xwaが0.21以上0.25未満の範囲内となるように成長させると、Gaの質量移動に伴い、AlNモル分率が2/12で、膜厚が(m+k-1)~(m+k+2)MLの4種類の第2準安定AlGaNが、Ga富化井戸領域220aに形成され、AlNモル分率が3/12で、膜厚が(m-1)MLとmMLの2種類の第1準安定AlGaNが、Al富化井戸領域に形成される場合が想定される。
【0079】
井戸層220内に膜厚の異なる2種類の第1準安定AlGaNと膜厚の異なる4種類の第2準安定AlGaNが形成されると、
図9に模式的に示すように、第1準安定AlGaNからの第1発光のELスペクトル(ELS1)は、膜厚tT1(mML)のELスペクトル(ピーク発光波長=λ(3,m))と膜厚tT0((m-1)ML)のELスペクトル(ピーク発光波長=λ(3,m-1))の合成スペクトルとなり、第2準安定AlGaNからの第2発光のELスペクトル(ELS2)は、膜厚tS1((m+k)ML)のELスペクトル(ピーク発光波長=λ(2,m+k))と膜厚tS0((m+k-1)ML)のELスペクトル(ピーク発光波長=λ(2,m+k-1))と膜厚tS2((m+k+1)ML)のELスペクトル(ピーク発光波長=λ(2,m+k+1))と膜厚tS3((m+k+2)ML)のELスペクトル(ピーク発光波長=λ(2,m+k+2))との合成スペクトルとなる。そして、活性層22からの紫外線発光のELスペクトルは、第1発光のELスペクトル(ELS1)と第2発光のELスペクトル(ELS2)の合成スペクトルとなる。
【0080】
第1発光のELスペクトル(ELS1)においては、Al富化井戸領域の主たる膜厚tT1からの発光が支配的となる。膜厚tT1(mML)のELスペクトルのピーク発光波長λ(3,m)と第1発光のELスペクトル(ELS1)のピーク発光波長(第1波長、λ1)とは必ずしも一致せず、Δλ3のオフセットが生じ得る。当該オフセットΔλ3は、井戸層220の膜厚、Gaの質量移動の程度等のウェハ内でのバラツキの影響で、ウェハ内において発光素子1のダイ毎に変化する。
【0081】
第2発光のELスペクトル(ELS2)においても、同様に、Ga富化井戸領域220aの主たる膜厚tS1からの発光が支配的となる。膜厚tS1((m+k)ML)のELスペクトルのピーク発光波長λ(2,m+k)と第2発光のELスペクトル(ELS2)のピーク発光波長(第2波長、λ2)とは必ずしも一致せず、Δλ2のオフセットが生じ得る。当該オフセットΔλ2は、井戸層220の膜厚、Gaの質量移動の程度等のウェハ内でのバラツキの影響で、ウェハ内において発光素子1のダイ毎に変化する。
【0082】
図9では、活性層22からの紫外線発光のELスペクトルにおいて、第1発光のELスペクトル(ELS1)と第2発光のELスペクトル(ELS2)の各ピークが2つに分離し、それぞれが独立ピークである場合を例示した。しかし、井戸層220の平均AlNモル分率Xwa、井戸層220の膜厚、サファイア基板11のオフ角、井戸層220の成長温度等のバラツキにより、ウェハ内でGaの質量移動の程度にバラツキが生じ、第1発光のピーク発光波長λ1と第2発光のピーク発光波長λ2の差が短くなるとともに、第2発光のEL強度が第1発光に対して相対的に低下すると、第2発光のELスペクトル(ELS2)のピークが、
図10の左側に模式的に示すような第1発光のELスペクトル(ELS1)から分離した独立ピークとして発現せず、
図10の右側に模式的に示すように、第1発光のELスペクトル(ELS1)の長波長側の肩部分に発光強度の膨らみ(ショルダーピーク)として発現する場合がある。尚、本明細書では、独立ピークは、ELスペクトルの波長が独立ピークの波長(ピーク波長)より短波長側から単調に増加した場合に、EL強度が、波長が該ピーク波長に至るまで単調に増加し、該ピーク波長となった時点で極大値を取り、波長が該ピーク波長より更に増加すると単調に減少する場合の該ピーク波長におけるピークとして定義される。
【0083】
本実施形態の発光素子1は、活性層22からの紫外線発光のELスペクトルのピーク発光波長が300nm~320nmの範囲内であれば、第2発光のELスペクトル(ELS2)のピークが、第1発光のELスペクトル(ELS1)から分離した独立ピークとして発現する場合と、第1発光のELスペクトル(ELS1)の長波長側の肩部分に発光強度の膨らみ(ショルダーピーク)として発現する場合の両方を含む。つまり、本実施形態の発光素子1では、第1発光のELスペクトルのピークは、常に独立ピークであり、第2発光のELスペクトルのピークは、独立ピークまたはショルダーピークの何れか一方である。
【0084】
次に、第1発光のピーク発光波長(第1波長、λ1)と第2発光のピーク発光波長(第2波長、λ2)の特定方法について説明する。
【0085】
活性層22からの紫外線発光のELスペクトルのEL強度を波長を変数とする関数で表し、該EL強度の2次導関数において極小値をとる複数の極値点を抽出する。第1波長λ1は、当該複数の極値点の内、最小の極小値の極値点の波長として特定される。第2波長λ2は、当該複数の極値点から選択される第1波長λ1より10nm長波長の基準波長より更に長波長側に存在する1以上の極値点の内、最小の極小値の極値点の波長として特定される。
【0086】
当該特定方法によれば、合計3以上の独立ピークとショルダーピークが混在していても、的確に第1波長λ1と第2波長λ2を特定し得る。例えば、ELスペクトルに第1波長λ1より短波長側または長波長側に第1発光に由来するショルダーピークの存在が認められる場合、或いは、EL強度の2次導関数において測定誤差に伴う微小な極値点が存在する場合でも、当該ショルダーピーク或いは微小な極値点の波長が誤って第2波長λ2として特定されることが回避される。当該特定方法による第1波長λ1と第2波長λ2の具体例については、
図14を参照して後述する。
【0087】
尚、第1波長λ1は、当該特定方法ではなく、EL強度が最大値となる波長、または、該EL強度の1次導関数における1以上の零点の内、当該零点におけるEL強度が最大値となる波長としても特定し得る。更に、第2波長λ2も、第2発光のピークが独立ピークである場合は、第1波長λ1より長波長側の波長範囲において、EL強度が最大値となる極大点の波長、または、該EL強度の1次導関数における1以上の零点の内、当該零点におけるEL強度が最大値となる波長としても特定し得る。
【0088】
次に、ウェハ状態における発光素子1のELスペクトルの測定結果について、
図11及び
図12を参照して説明する。発光素子1の2種類のウェハ(W1及びW2)と比較例のウェハ(WR)を上述の製造方法の項で説明した要領で、井戸層の成長温度を1030℃~1080℃の範囲内(予想値)で制御して作製した。ウェハW1及びW2には、オフ角1.0°(m軸方向)のc(0001)サファイア基板を使用し、ウェハWRには、オフ角0.2°(m軸方向)のc(0001)サファイア基板を使用した。
【0089】
ウェハ毎に、外部量子効率が0.03%以上のチップの中からウェハ毎に、ウェハの中心線上に原料ガスの流入方向に沿って約40チップを選択し、合計約120チップのELスペクトルを、分光器の付属したオートプローバを用いて測定した。使用した分光器の波長分解能は0.8nmである。
【0090】
ELスペクトルの測定に使用した3種類のウェハW1,W2,WRは何れも、下から順に、n型クラッド層21、バリア層221、井戸層220、AlN層223、電子ブロック層23、及び、p型コンタクト層24が積層された
図3に示す発光素子構造部20を備え、活性層22は、各1層の井戸層220とバリア層221からなる単一量子井戸構造である。n型クラッド層21の平均AlNモル分率Xnaは約45%であり、同膜厚は1.7μmである。バリア層221の平均AlNモル分率Xbaは約67%であり、同膜厚は約8nmである。井戸層220の平均AlNモル分率Xnwは約21~24%であり、同膜厚は、ウェハ間及びウェハ内でバラツキがあり、ウェハW1,W2については、測定したELスペクトル及び井戸層220の成長条件から2.5~3.5nmの範囲内にあると推測される。AlN層223の膜厚は約2nmである。電子ブロック層23の平均AlNモル分率Xeaは約67%であり、同膜厚は約30nmである。p型コンタクト層24は膜厚約25nmのp型GaN層で構成されている。
【0091】
図11に、3種類のウェハW1,W2,WRのウェハ状態での各チップ(ダイシング前)のピーク発光波長の分布状態を示す。尚、
図11の散布図は、縦軸がピーク発光波長(nm)を示し、横軸が各チップのウェハ内での位置を示す。
図11中、大小2種類の白丸がウェハW1のピーク発光波長、大小2種類の黒丸がウェハW1のピーク発光波長、×印がウェハWRのピーク発光波長をそれぞれ示している。
図11より、発光素子1の2種類のウェハW1,W2では、ELスペクトル内に第1準安定AlGaNからの第1発光と第2準安定AlGaNからの第2発光が混在するため、第1発光のピーク波長である第1波長λ1は、ウェハW1の場合、ウェハ端部の3チップを除き、300nm~305nmの範囲内に収まり、ウェハW2の場合、ウェハ中央の1チップを除き、300nm~311nmの範囲内に収まり、第2発光のピーク波長である第2波長λ2は、ウェハW1の場合、ウェハ端部の2チップを除き、323nm~329nmの範囲内に収まり、ウェハW2の場合、ウェハ中央と端部の各1チップを除き、324nm~335nmの範囲内に収まっていることが分かる。また、第1波長λ1と第2波長λ2の差は、ウェハ端部等の上記特定の数チップを除き、17nm~26nmの範囲内に収まっている。尚、第2発光の第2波長λ2におけるピークには、独立ピークとショルダーピークの両方が含まれる。
【0092】
また、サファイア基板のオフ角が0.2°の比較例のウェハWRでは、発光素子構造部20の各半導体層21~24が、(0001)面に平行な多段状のテラスが形成される表面構造とはなっておらず、井戸層220内でのGaの質量移動が、第2準安定AlGaNが形成される程度には顕著には発生せず、その結果、各チップのELスペクトルにおいて、第2準安定AlGaNからの第2発光は確認されなかった。
図11より、比較例のウェハWRの場合、第1発光のピーク波長である第1波長λ1は、301nm~311nmの範囲内に収まっていることが分かる。尚、オフ角が0.3°以下のサファイア基板では、(0001)面に平行な多段状のテラスが形成されないことは、上記非特許文献3に報告されている。
【0093】
ウェハ状態における発光素子1のELスペクトルの測定では、使用したサファイア基板のオフ角は1.0°のみであるが、オフ角が1.0°を超えて増大すると、Gaの質量移動がより促進されるため、第2準安定AlGaNからの第2発光のピークが顕著な独立ピークとなり、第1準安定AlGaNからの第1発光より支配的な存在となり得るため、サファイア基板のオフ角は、1.0°以下とするのが好ましい。更に、ウェハW2内には、第2準安定AlGaNからの第2発光の第2波長λ2でのEL強度(第2ピークEL強度)が、第1準安定AlGaNからの第1発光の第1波長λ1でのEL強度(第1ピークEL強度)より大きいチップが一部混在しているため、サファイア基板のオフ角は、1.0°未満とするのがより好ましく、0.9°以下とするのが更に好ましい。
【0094】
また、発光素子構造部20の各半導体層21~24に、(0001)面に平行な多段状のテラスが形成されるためには、サファイア基板のオフ角は、0.3°より大きくする必要がある。尚、上記非特許文献3の
図2(b)に表示されているオフ角が0.3°のサファイア基板上に形成されたAlN層表面のAFM像には、平坦な結晶成長面上に六角柱または六角錘状のヒロック(hillock)の形成が確認できるとともに、多段状のテラスが形成されるステップフロー成長の痕跡となる三角形状のファセットの発生の兆候も確認できる。また、上記非特許文献4の
図3に示されるように、オフ角が0.48°のサファイア基板上に形成されたAlN層表面のAFM像では、上記多段状のテラス及び三角形状のファセットが明確に形成されていることが確認できる。よって、サファイア基板のオフ角の下限は、(0001)面に平行な多段状のテラスの形成を条件として決定され、その値は、0.3°より大きく、約0.35°~0.45°の範囲内と推定される。
【0095】
図12に、発光素子1の2種類のウェハW1,W2から選択されたウェハW1の3チップ(S11~S13)及びウェハW2の6チップ(S21~S26)の各ELスペクトルを、ウェハ別に示す。同じウェハ内の複数チップの各ELスペクトルは、下から順に、S11~S13、及び、S21~S26となるように、縦軸をずらして重ねて表示する。
図12の縦軸は規格化されたEL強度であり、横軸は波長(nm)である。更に、下記の表1に、ウェハW1,W2から選択された上記9チップのELスペクトルに対して、EL強度の2次導関数を用いて第1発光のピーク発光波長(第1波長、λ1)と第2発光のピーク発光波長(第2波長、λ2)を算出した結果を示す。
【0096】
【0097】
図13に、第1準安定AlGaN(n=3)からの第1発光及び第2準安定AlGaN(n=2)からの第2発光の各ピーク発光波長のシミュレーション結果をグラフ化して示す。井戸層220の膜厚は6ML~15MLの範囲内で変化させた。シミュレーションに際しては、発光素子1の2種類のウェハW1,W2の素子構造及び成長条件を考慮して、緩和率f
Rを0.5に設定した。
図13のシミュレーション結果から得られる、第1発光の一部を構成する膜厚がmMLの第1準安定AlGaNからの発光のピーク発光波長λ(3,m)と第2発光の一部を構成する膜厚が(m+k)MLの第2準安定AlGaNからの発光のピーク発光波長λ(2,m+k)の波長差は、k=0の場合、m=8~14において、約9.7nm~13nmであり、mが大きいほど大きくなり、kが1~4と大きくなると更に大きくなる。よって、第1発光のピーク発光波長である第1波長λ1と第2発光のピーク発光波長である第2波長λ2の波長差(λ2-λ1)は10nmより大きくなる。
【0098】
更に、下記の表2に、
図13のシミュレーション結果から得られる、第1発光の一部を構成する膜厚がmMLの第1準安定AlGaNからの発光のピーク発光波長λ(3,m)、(但し、m=8~13)と、第2発光の一部を構成する膜厚が(m+k)MLの第2準安定AlGaNからの発光のピーク発光波長λ(2,m+k)、(但し、m+k=11~15)を示す。
【0099】
【0100】
図12及び表1に示す発光素子1のウェハW1,W2上のチップS11~13,21~26の第1波長λ1及び第2波長λ2と、
図13及び表2に示す、井戸層220の膜厚が単原子層(ML)単位で段階的に変化した場合の第1準安定AlGaNからの発光のピーク発光波長λ(3,m)と第2準安定AlGaNからの発光のピーク発光波長λ(2,m+k)を対比した結果を、表3及び表4に示す。
【0101】
【0102】
【0103】
表3及び表4に示す対比結果より、第1準安定AlGaNが形成される井戸層220のAl富化井戸領域(主として、単一ステップS1と小マクロステップS2を除くテラス領域TA)の膜厚は、ウェハW1では、9~10MLの範囲内に分布しており、ウェハW2では、10~12MLの範囲内に分布していることが分かる。更に、第2準安定AlGaNが形成される井戸層220のGa富化井戸領域220a(主として単一ステップS1、小マクロステップS2、傾斜領域IA)の膜厚は、ウェハW1では、12~13MLの範囲内に分布しており、ウェハW2では、12~15MLの範囲内に分布していることが分かる。
【0104】
ここで、チップ別のAl富化井戸領域の平均膜厚tARaとGa富化井戸領域220aの平均膜厚tGRaは、
図13に示すピーク発光波長と膜厚の関係から当該チップの第1波長λ1と第2波長λ2に対応する膜厚として導出できる。そして、表3及び表4に示す結果より、Al富化井戸領域の平均膜厚tARaの方が、Ga富化井戸領域220aの平均膜厚tGRaより小さいことが分かる。
【0105】
井戸層220のテラス領域TA及び傾斜領域IAに亘る平均膜厚は、井戸層220の成長条件から推測し得るが、正確に測定することは困難である。しかし、井戸層220全体に示すテラス領域TAと傾斜領域IAの面積は、テラス領域TAの面積の方が傾斜領域IAの面積より数倍以上大きいので、井戸層220の平均膜厚tQWaは、Al富化井戸領域の平均膜厚tARaとGa富化井戸領域220aの平均膜厚tGRaの平均値tAGaよりAl富化井戸領域の平均膜厚tARa寄りである。これを不等式で表せば、
tARa<tQWa<tAGa=(tARa+tGRa)/2
となる。つまり、Al富化井戸領域の平均膜厚tARaと、平均膜厚tARaと平均膜厚tGRaの平均値tAGaの両方が、2.0nm以上3.5nm以下の範囲内にあれば、井戸層220の平均膜厚tQWaも、当該の範囲内にあると簡易的に判定できる。ここで、1MLの値は、AlGaNの組成比によって僅かに変化するが、概ね1nm=3.87~3.88MLであるので、2.0nm以上3.5nm以下をMLに換算すると、(7.74~7.79)ML以上、(13.545~13.58)ML以下となる。
【0106】
表1に示すウェハW1,W2のチップS11~S13,S21~S26の各第1波長λ1と第2波長λ2から
図13に示すピーク発光波長と膜厚の関係から得られる平均膜厚tARaと平均膜厚tGRaは、表3及び表4の結果から概算すると、ウェハW1のチップS11~S13では、tARa=9~9.5ML、tGRa=12.26~12.49MLとなり、平均膜厚tARaと平均値tAGaの両方が、(7.74~7.79)ML以上、(13.545~13.58)ML以下という要件を満たしていることが分かる。更に、ウェハW2のチップS21~S26では、tARa=10.1~11.19ML、tGRa=12.09~14.06MLとなり、平均膜厚tARaと平均値tAGaの両方が、(7.74~7.79)ML以上、(13.545~13.58)ML以下という要件を満たしていることが分かる。
【0107】
次に、第1波長λ1と第2波長λ2を、活性層22からの紫外線発光のELスペクトルのEL強度の2次導関数を用いて特定する方法について、ウェハW1のチップS11のELスペクトル(第2発光のピークがショルダーピーク)と、ウェハW2のチップS24のELスペクトル(第2発光のピークが独立ピーク)の2例を用いて、具体的に説明する。
【0108】
図14の左側に、チップS11のEL強度とその2次導関数の各グラフを上下に並べて表示し、
図14の右側に、チップS24のEL強度とその2次導関数の各グラフを上下に並べて表示する。
【0109】
図14の左側に示すように、波長が302.9nm(第1波長λ1)において、チップS11の上側のEL強度の関数曲線上に、第1発光の独立ピークが存在し、下側のEL強度の2次導関数曲線上に、最小の極小値の極値点が存在することが確認できる。そして、波長が302.9nm(第1波長λ1)より長波長側の324.9nm(第2波長λ2)において、チップS11の上側のEL強度の関数曲線上に、第2発光のショルダーピークが存在し、下側のEL強度の2次導関数曲線上に、第1波長λ1より10nm長波長の基準波長より長波長側における最小の極小値の極値点が存在することが確認できる。
【0110】
図14の右側に示すように、波長が309.8nm(第1波長λ1)において、チップS24の上側のEL強度の関数曲線上に、第1発光の独立ピークが存在し、下側のEL強度の2次導関数曲線上に、最小の極小値の極値点が存在することが確認できる。そして、波長が309.8nm(第1波長λ1)より長波長側の333.3nm(第2波長λ2)において、チップS11の上側のEL強度の関数曲線上に、第2発光の独立ピークが存在し、下側のEL強度の2次導関数曲線上に、第1波長λ1より10nm長波長の基準波長より長波長側における最小の極小値の極値点が存在することが確認できる。
【0111】
以上、
図14に示す2つの具体例より、第2発光のピークがショルダーピークと独立ピークの何れであっても、上述の活性層22からの紫外線発光のELスペクトルのEL強度の2次導関数を用いて、第1波長λ1と第2波長λ2を算出できることが明らかになったものと思料する。
【0112】
以上、詳細に説明したように、発光素子1は、井戸層220からの発光において、第1準安定AlGaNからの第1発光と第2準安定AlGaNからの第2発光が混在する状態で、第1発光が第2発光より支配的に存在している点に特徴がある。
【0113】
一般的に、ピーク発光波長が約285nm以上の窒化物半導体紫外線発光素子では、約285nm未満の場合と比較して、井戸層220を構成するAlGaN系半導体のAlNモル分率が低いため、相対的に点欠陥となるAl空孔が少なくなっており、井戸層220内のテラス領域TAに到達した正孔は、傾斜領域IAよりAlNモル分率の高いテラス領域TA内で発光再結合して、傾斜領域IAより短波長での発光が生じる。発光素子1は、このテラス領域TAでの発光再結合を有効に利用して、内部量子効率の高い310nm付近のピーク発光波長を実現するものである。
【0114】
[別実施形態]
(1)上記実施形態の発光素子1では、発光素子構造部20を構成するp型層は、電子ブロック層23とp型コンタクト層24の2層であったが、電子ブロック層23とp型コンタクト層24の間に1層以上のp型AlGaN系半導体で構成されたp型クラッド層を備えた構成としても良い。尚、p型クラッド層にドーピングするアクセプタ不純物としては、電子ブロック層23、及び、p型コンタクト層24と同様にMgを使用し得る。
【0115】
この場合、好ましい一実施態様として、p型クラッド層は、サファイア基板11の主面11aから順番にエピタキシャル成長した下地部10のAlN層12、及び、発光素子構造部20のn型クラッド層21と活性層22内の各半導体層と電子ブロック層23と同様に、サファイア基板11の主面11aに由来する(0001)面に平行な多段状のテラスが形成された表面を有する。
【0116】
更に、p型クラッド層の平均AlNモル分率は、一例として、概ね52%~74%の範囲内に設定され、膜厚は、例えば、20nm~200nmの範囲内に設定されるのが好ましい。
【0117】
(2)上記実施形態では、n型クラッド層21の成長条件の一例として、有機金属化合物気相成長法で使用する原料ガスやキャリアガスの供給量及び流速は、n型クラッド層21を構成するn型AlGaN層全体の平均的なAlNモル分率に応じて設定されると説明した。つまり、n型クラッド層21全体の平均的なAlNモル分率が、上下方向に一定値に設定されている場合は、上記原料ガス等の供給量及び流速は一定に制御される場合を想定した。しかし、上記原料ガス等の供給量及び流速は必ずしも一定に制御されなくてもよい。
【0118】
(3)上記実施形態では、第1領域R1及びp電極26の平面視形状は、一例として、櫛形形状のものを採用したが、該平面視形状は、櫛形形状に限定されるものではない。また、第1領域R1が複数存在して、夫々が、1つの第2領域R2に囲まれている平面視形状であってもよい。
【0119】
(4)上記実施形態では、発光素子1として、
図1に例示するように、サファイア基板11を含む下地部10を備える発光素子1を例示しているが、サファイア基板11(更には、下地部10に含まれる一部または全部の層)をリフトオフ等により除去してもよい。更に、下地部10を構成する基板は、サファイア基板に限定されるものではない。
【産業上の利用可能性】
【0120】
本発明は、ウルツ鉱構造のAlGaN系半導体からなるn型層、活性層、及びp型層が上下方向に積層された発光素子構造部を備えてなるピーク発光波長が300nm~320nmの範囲内に存在する窒化物半導体紫外線発光素子に利用可能である。
【符号の説明】
【0121】
1: 窒化物半導体紫外線発光素子
10: 下地部
11: サファイア基板
11a: サファイア基板の主面
12: AlN層
20: 発光素子構造部
21: n型クラッド層(n型層)
21a: 層状領域(n型層)
21b: n型本体領域(n型層)
22: 活性層
220: 井戸層
220a: Ga富化井戸領域
221: バリア層
221a: Ga富化バリア領域
223: AlN層
23: 電子ブロック層(p型層)
23a: Ga富化EB領域
24: p型コンタクト層(p型層)
26: p電極
27: n電極
100: 基板
101: AlGaN系半導体層
102: テンプレート
103: n型AlGaN系半導体層
104: 活性層
105: p型AlGaN系半導体層
106: p型コンタクト層
107: n電極
108: p電極
BL: 第1領域と第2領域の境界線
IA: 傾斜領域
R1: 第1領域
R2: 第2領域
T: テラス
TA: テラス領域