(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-07
(45)【発行日】2025-01-16
(54)【発明の名称】網膜系細胞又は網膜組織の障害を伴う疾患の治療薬
(51)【国際特許分類】
A61K 35/30 20150101AFI20250108BHJP
A61P 27/02 20060101ALI20250108BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20250108BHJP
A61K 35/545 20150101ALI20250108BHJP
A61P 37/06 20060101ALI20250108BHJP
A61K 31/573 20060101ALI20250108BHJP
A61K 31/58 20060101ALI20250108BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20250108BHJP
【FI】
A61K35/30
A61P27/02
A61P43/00 105
A61K35/545
A61P37/06
A61K31/573
A61K31/58
A61P43/00 121
A61P43/00 111
A61K45/00
(21)【出願番号】P 2020562503
(86)(22)【出願日】2019-12-27
(86)【国際出願番号】 JP2019051468
(87)【国際公開番号】W WO2020138430
(87)【国際公開日】2020-07-02
【審査請求日】2022-10-17
(31)【優先権主張番号】P 2018248350
(32)【優先日】2018-12-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2019187999
(32)【優先日】2019-10-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度 国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「再生医療実現拠点ネットワークプログラム疾患・組織別実用化拠点(拠点A)」「視機能再生のための複合組織形成技術開発および臨床応用推進拠点」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000002912
【氏名又は名称】住友ファーマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100211100
【氏名又は名称】福島 直樹
(72)【発明者】
【氏名】杉田 直
(72)【発明者】
【氏名】万代 道子
(72)【発明者】
【氏名】高橋 政代
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 優
【審査官】菊池 美香
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/183732(WO,A1)
【文献】BERGER, A. S. et al.,Photoreceptor Transplantation in Retinitis Pigmentosa Short-term Follow-up,Ophthalmology,2003年,Vol. 110, No. 2,pp. 383-391,ISSN 0161-6420
【文献】高木 誠二 ほか,網膜色素上皮と網膜視細胞を用いた再生医療のいま,Retina Medicine,2018年10月01日,Vol. 7, No. 2,pp. 147-153,ISSN 2187-2384
【文献】ASSAWACHANANONT, J. et al.,Transplantation of Embryonic and Induced Pluripotent Stem Cell-Derived 3D Retinal Sheets into Retina,Stem Cell Reports,2014年,Vol. 2,pp. 662-674,ISSN 2213-6711
【文献】SHIRAI, H. et al.,Transplantation of human embryonic stem cell-derived retinal tissue in two primate models of retinal,PNAS,2016年,Vol. 113, No. 1,pp. E81-E90,(Pblished online 2015. 12. 22),ISSN 1091-6490
【文献】MANDAI, M. et al.,iPSC-Derived Retina Transplants Improve Vision in rd1 End-Stage Retinal-Degeneration Mice,Stem Cell Reports,2017年,Vol. 8,pp. 69-83,ISSN 2213-6711
【文献】IRAHA, S. et al.,Establishment of Immunodeficient Retinal Degeneration Model Mice and Functional Maturation of Human,Stem Cell Reports,2018年03月,Vol. 10,pp. 1059-1074,ISSN 2213-6711
【文献】Stem Cells Translational Medicine,2103年,Vol. 2,pp. 384-393
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/30
A61P 27/02
A61P 43/00
A61K 35/545
A61P 37/06
A61K 31/573
A61K 31/58
A61K 45/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
網膜系細胞又は網膜組織の障害を伴う疾患の治療薬であって、
他家由来、かつ、立体構造を有するヒト網膜組織を含み、
前記ヒト網膜組織1個当たりに含まれる総細胞数の50%以上が、網膜前駆細胞、神経網膜前駆細胞及び視細胞前駆細胞であり、
前記ヒト網膜組織の表面が面積比で50%以上の連続上皮構造を有し、
前記ヒト網膜組織が、ヒト胚性幹細胞由来、又はヒト人工多能性幹細胞由来であり、
前記治療薬が投与される対象患者が、前記ヒト網膜組織とHLA型が適合しない、網膜系細胞又は網膜組織の障害を伴う疾患に罹患した患者であり、かつ、移植による拒絶反応の予防を目的とした免疫抑制剤を、前記治療薬の投与後1か月以上にわたり全身的に投与されない患者である、治療薬。
【請求項2】
前記対象患者が、前記治療薬の投与前、投与時及び/又は投与後に、移植による拒絶反応の予防を目的とした免疫抑制剤を、全身的に投与されない患者である、請求項1に記載の治療薬。
【請求項3】
前記対象患者が、前記治療薬の投与前、投与時及び/又は投与後に、移植による拒絶反応の予防を目的とした、ステロイド系抗炎症剤及びカルシニューリン阻害剤以外の免疫抑制剤を局所的に投与されない患者である、請求項1又は2に記載の治療薬。
【請求項4】
前記対象患者が、前記治療薬の投与前、投与時及び/又は投与後に、移植による拒絶反応の予防を目的とした、トリアムシノロン、フルオシノロン及びカルシニューリン阻害剤からなる群より選択される1種以上の免疫抑制剤を局所的に投与される患者である、請求項1~3のいずれか一項に記載の治療薬。
【請求項5】
前記対象患者が、前記治療薬の投与1か月後以降に、移植による拒絶反応の予防を目的とした、ステロイド系抗炎症剤及び/又はカルシニューリン阻害剤を局所的に投与されない患者である、請求項3に記載の治療薬。
【請求項6】
前記対象患者が、前記治療薬の投与前、投与時及び/又は投与後に、移植による拒絶反応の予防を目的とした、免疫抑制剤を投与されない患者である、請求項1に記載の治療薬。
【請求項7】
前記治療薬が、実質的に網膜色素上皮細胞を含まない、請求項1~6のいずれか一項に記載の治療薬。
【請求項8】
少なくとも前記ヒト網膜組織の表面においてTGFβが存在している、請求項1~7のいずれか一項に記載の治療薬。
【請求項9】
前記ヒト網膜組織の長軸方向の直径が0.2mm以上である、請求項1~8のいずれか一項に記載の治療薬。
【請求項10】
前記ヒト網膜組織1個当たりに含まれる総細胞数が1×10
4細胞以上である、請求項1~9のいずれか一項に記載の治療薬。
【請求項11】
前記ヒト網膜組織1個当たりに含まれる総細胞数の50%以上が、PAX6、Chx10及びCrxの少なくとも一つを発現する細胞である、請求項1~10のいずれか一項に記載の治療薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、網膜系細胞又は網膜組織の障害を伴う疾患の治療薬に関する。本発明はまた、網膜系細胞又は網膜組織の障害を伴う疾患を治療するための方法、網膜組織及びキットにも関する。
【背景技術】
【0002】
眼内は、視覚維持のため過剰な免疫応答が起きにくい免疫特権部位(immune-privileged site)とされ、免疫拒絶反応が生じにくい臓器であると認識されている。免疫特権部位としての機能は、網膜毛細血管内皮細胞を実体とする内側血液網膜関門(inner BRB)と、網膜色素上皮(RPE)細胞を実体とする外側血液網膜関門(outer BRB)とからなる血液網膜関門(blood-retinal barrier;BRB)が、網膜と循環血液を隔絶すること、及びRPE細胞により分泌されるTGFβ等のサイトカインにより達成されると考えられている。一方で、網膜の疾患及び移植手技等により血液網膜関門が障害を受けた場合には、免疫特権部位としての機能は減弱し、免疫拒絶反応が惹起されやすくなると考えられているが、その詳細は分かっていない(非特許文献1)。
【0003】
網膜色素上皮細胞の移植については、近年、ドナーとレシピエントの主要組織適合遺伝子複合体抗原(MHC抗原、ヒト白血球抗原(HLA)ともいう)が適合している場合には、免疫抑制剤を用いなくても網膜色素上皮細胞の移植片に対する免疫応答は防止できることが証明された一方で、ドナーとレシピエントのMHC抗原(HLA)が適合しない場合、免疫特権部位に移植したのにも関わらず、網膜色素上皮細胞の移植片によって免疫応答が惹起され移植片が排除されることも報告された(非特許文献2、3)。
【0004】
また、ヒトへのHLAが適合しない他家由来の網膜色素上皮細胞の移植において、タクロリムス(非特許文献4)又はプレドニゾロン(非特許文献5)等の免疫抑制剤が経口投与により全身的に投与されている(非特許文献4、5)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】J. Wayne Streilein et al., Vision Research, Vol.42(2002),pp.487-495
【文献】Sunao Sugita et al., Stem Cell Reports, Vol.7, pp.635-648, October 11, 2016
【文献】Sunao Sugita et al., Stem Cell Reports, Vol.7, pp.619-634, October 11, 2016
【文献】Steven D Schwartz et al., LANCET Vol.385,Issue.9967, 7-13 February 2015, pp.509-516
【文献】Lyndon da Cruz et al., Nature biotechnology, Vol.36, pp.328-337 (2018)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
以上のとおり、ヒトに他家(ドナー)由来の網膜組織を移植する場合にも、免疫抑制剤の投与が必要であると考えられている。しかし、特に免疫抑制剤の全身的な投与は、癌化のリスクを高める、重篤な感染症を引き起こす等の重篤な副作用の可能性があり、免疫力が落ちている高齢者及び癌患者等に対する投与は特に問題視されている。また、長期にわたる免疫抑制剤の使用は、上記の副作用等のリスクを上昇させ、患者のQOL(Quality Of Life)を著しく低下させる。
【0007】
したがって、本発明は、拒絶反応を引き起こしにくい他家由来の網膜組織を含む、網膜系細胞又は網膜組織の障害を伴う疾患の治療薬の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、ドナーとMHC(HLA)型が不一致のレシピエントにおいて、凝集体を形成していない分散状態の網膜系細胞は免疫応答を誘導するのに対して、細胞凝集体を形成する立体構造を有する網膜組織はレシピエントの免疫応答を誘導せず、むしろその免疫活性化を抑制することを見出した。本発明は、この新規な知見に基づくものである。
【0009】
すなわち、本発明は以下の各発明に関する。
[1]網膜系細胞又は網膜組織の障害を伴う疾患の治療薬であって、他家由来、かつ、立体構造を有する網膜組織を含み、上記治療薬が投与される対象患者が、網膜系細胞又は網膜組織の障害を伴う疾患に罹患した患者であり、かつ、上記治療薬の投与前、投与時及び/又は投与後に、移植による拒絶反応の予防を目的とした、ステロイド系抗炎症剤及び/又はカルシニューリン阻害剤以外の免疫抑制剤を全身的に投与されない患者であることを特徴とする、治療薬。
[2]上記対象患者が、上記治療薬の投与1か月後以降に、移植による拒絶反応の予防を目的とした、ステロイド系抗炎症剤及び/又はカルシニューリン阻害剤を全身的に投与されない患者である、[1]に記載の治療薬。
[3]網膜系細胞又は網膜組織の障害を伴う疾患の治療薬であって、他家由来、かつ、立体構造を有する網膜組織を含み、上記治療薬が投与される対象患者が、網膜系細胞又は網膜組織の障害を伴う疾患に罹患した患者であり、かつ、上記治療薬の投与前、投与時、及び/又は投与後、移植による拒絶反応の予防を目的とした免疫抑制剤を、長期間にわたり(例:上記治療薬の投与後1か月以上にわたり)全身的に投与されない患者である、治療薬。
[4]上記対象患者が、上記治療薬の投与前、投与時及び/又は投与後に、移植による拒絶反応の予防を目的とした免疫抑制剤を全身的に投与されない患者である、[1]~[3]のいずれかに記載の治療薬。
[5]上記対象患者が、上記治療薬の投与前、投与時及び/又は投与後に、移植による拒絶反応の予防を目的とした、ステロイド系抗炎症剤及びカルシニューリン阻害剤以外の免疫抑制剤(好ましくは、ステロイド系抗炎症剤)を局所的に投与されない患者である、[1]~[4]のいずれかに記載の治療薬。
[6]上記対象患者が、上記治療薬の投与前、投与時及び/又は投与後に、移植による拒絶反応の予防を目的とした、トリアムシノロン、フルオシノロン及びカルシニューリン阻害剤からなる群より選択される1種以上の免疫抑制剤を局所的に投与される患者である、[1]~[5]のいずれかに記載の治療薬。
[7]上記対象患者が、上記治療薬の投与1か月後以降に、移植による拒絶反応の予防を目的とした、ステロイド系抗炎症剤及び/又はカルシニューリン阻害剤を局所的に投与されない患者である、[5]に記載の治療薬。
[8]上記対象患者が、上記治療薬の投与前、投与時及び/又は投与後に、移植による拒絶反応の予防を目的とした免疫抑制剤を投与されない患者である、[1]~[3]のいずれかに記載の治療薬。
[9]上記治療薬が、実質的に網膜色素上皮細胞を含まない、[1]~[8]のいずれかに記載の治療薬。
[10]少なくとも上記網膜組織の表面においてTGFβが存在している、[1]~[9]のいずれかに記載の治療薬。
[11]上記網膜組織の長軸方向の直径が0.2mm以上である、[1]~[10]のいずれかに記載の治療薬。
[12]上記網膜組織1個当たりに含まれる総細胞数が1×104細胞以上である、[1]~[11]のいずれかに記載の治療薬。
[13]上記網膜組織の表面が面積比で50%以上の連続上皮構造を有する、[1]~[12]のいずれかに記載の治療薬。
[14]上記網膜組織1個当たりに含まれる総細胞数の50%以上が、PAX6、Chx10及びCrxの少なくとも一つを発現する細胞である、[1]~[13]のいずれかに記載の治療薬。
[15]上記網膜組織が、多能性幹細胞由来である、[1]~[14]のいずれかに記載の治療薬。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、他家由来であるが免疫抑制作用を示すことにより拒絶反応を引き起こしにくい網膜組織を含む、網膜系細胞又は網膜組織の障害を伴う疾患の治療薬の提供が可能となる。それにより、移植時の免疫抑制剤の併用について患者にとってより負担の少ない方法、例えば、免疫抑制剤の全身的な投与をしない等の方法が選択可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施例1における、ヒトES細胞株(khES-1)及びヒトiPS細胞株(TLHD2)それぞれから分化誘導された神経網膜の顕微鏡写真を示す図である。
【
図2A】実施例2における、ヒトES細胞から分化誘導された神経網膜のHLA発現解析結果を示すグラフである。
【
図2B】実施例2における、ヒトiPS細胞から分化誘導された神経網膜のHLA発現解析結果を示すグラフである。
【
図3】実施例3における、ヒトES細胞から分化誘導された神経網膜のHLA classIの発現の観察結果を示す写真である。
【
図4】実施例3における、ヒトiPS細胞から分化誘導された神経網膜のHLA classIIの発現の観察結果を示す写真である。
【
図5A】実施例4における、ヒトES細胞から分化誘導された神経網膜の移植後のHLA classI及びHLA classIIの発現の観察結果を示す写真である。
【
図5B】実施例4における、ヒトES細胞から分化誘導された神経網膜の移植後のhGFAPによる染色結果を示す写真である。
【
図6】実施例5における、免疫細胞の活性化に対する抑制能を評価するためのサンプルを示す写真である。(1)は、ヒトES細胞から分化誘導された神経網膜そのもの(Whole 3D retina)、(2)は、(1)の神経網膜の一部を解離したもの(semi dissociate)、(3)は、(1)の神経網膜を単一細胞へ分散させたもの(single)を示す。
【
図7A】実施例5における、ヒトES細胞から分化誘導された神経網膜を用いた免疫細胞に対する免疫原性試験の結果を示す図である。
【
図7B】実施例5における、ヒトES細胞から分化誘導された神経網膜を用いた免疫細胞に対する免疫原性試験の結果を示す図である。
【
図8】実施例5における、ヒトES細胞から分化誘導された神経網膜を用いた免疫細胞に対する免疫原性試験の結果を示す図である。
【
図9A】実施例5における、ヒトiPS細胞から分化誘導された神経網膜を用いた免疫細胞に対する免疫原性試験の結果を示す図である。
【
図9B】実施例5における、ヒトiPS細胞から分化誘導された神経網膜を用いた免疫細胞に対する免疫原性試験の結果を示す図である。
【
図10】実施例5における、ヒトiPS細胞から分化誘導された神経網膜を用いた免疫細胞に対する免疫原性試験の結果を示す図である。
【
図11A】実施例6~7における、ヒトiPS細胞から分化誘導された神経網膜による活性化された免疫細胞の抑制能の評価結果を示す。
【
図11B】実施例6~7における、ヒトiPS細胞から分化誘導された神経網膜による活性化された免疫細胞の抑制能の評価結果を示す。
【
図12】実施例6~7における、ヒトiPS細胞から分化誘導された神経網膜による活性化された免疫細胞の抑制能の評価結果を示す。
【
図13】実施例6~7における、ヒトES細胞から分化誘導された神経網膜による活性化された免疫細胞の抑制能の評価結果を示す。
【
図14】実施例6~7における、ヒトES細胞から分化誘導された神経網膜による活性化された免疫細胞の抑制能の評価結果を示す。
【
図15】実施例8における、TGFβの発現解析結果を示す図である。
【
図16】実施例9における、神経網膜におけるTGFβの発現を示す写真である。
【
図17】実施例10における、ELISAによるTGFβ2の分泌量の測定結果を示す図である。
【
図18】実施例11における、TGFβ2の分泌量測定の結果を示す図である。
【
図19】実施例11における、TGFβ2の局在を示す写真である。
【
図20A】実施例12における、浮遊培養開始後50日、100日、160日及び200日における各神経網膜を用いたMLR試験の結果を示す図である。
【
図20B】実施例12における、浮遊培養開始後50日、100日、160日及び200日における各神経網膜を用いたMLR試験の結果を示す図である。
【
図21】実施例12における、浮遊培養開始後50日、100日、160日及び200日における各神経網膜を用いたMLR試験の結果を示す図である。
【
図22】実施例13における、免疫原性試験の結果を示す図である。
【
図23】実施例13における、免疫原性試験の結果を示す図である。
【
図24】実施例14における、サルヒトiPS細胞から分化誘導された神経網膜の顕微鏡観察結果を示す図である。
【
図25】実施例15における、サルiPS細胞から分化誘導された神経網膜の免疫原性の評価結果を示す図である。
【
図26】実施例16における、サルiPS細胞から分化誘導された神経網膜を移植した切片に対して免疫染色を行った結果を示す共焦点顕微鏡写真である。
【
図27】実施例16における、サルiPS細胞から分化誘導された神経網膜を移植した切片に対して免疫染色を行った結果を示す共焦点顕微鏡写真である。
【
図28】実施例17における、サルiPS細胞から分化誘導された神経網膜の活性化免疫細胞の抑制能の評価結果を示す図である。
【
図29】分化日数80日でのヒトESから分化誘導した神経網膜hESC-NR(A~C)、及びヒトiPS細胞から分化誘導した神経網膜hiPSC-NR(D~F)の免疫染色結果を示す顕微鏡写真である。A及びDは、CRX、Chx10及びPax6の発現について、B及びEはCRX、Rxr-γ及びBrn3の発現について、C及びFはIslet-1、Prox1及びBrn3の発現について確認した結果を示す。
【
図30】IFN-γ存在下又は非存在下で2日間培養したhES-NR、hiPSC-NR及びhiPSC-RPE細胞におけるHLAクラスI、β2-Microglobulorin、HLAクラスIIのフローサイトメトリー分析結果を示す図である。
【
図31】IFN-γ存在下又は非存在下で2日間培養したhESC-NR及びhESC-NRのCrx::Venus陽性の画分におけるHLAクラスI、HLAクラスIIのフローサイトメトリー分析結果を示す図である。
【
図32】IFN-γ存在下又は非存在下で2日間培養したhESC-NR及びhiPSC-NRにおけるβ2-Microglobulorin、HLA-E、CD40、CD80、CD86、PD-L1、PD-L2のフローサイトメトリー分析結果を示す図である。
【
図33】IFN-γ存在下又は非存在下で2日間培養したhESC-NR及びhiPSC-NRにおけるCD47のフローサイトメトリー分析結果を示す図である。
【
図34】INF-γ刺激なしのhESC-NRにおけるCrx::Venus及びHLAクラスIの免疫染色結果を示す顕微鏡写真である。
【
図35】INF-γ刺激ありのhESC-NRにおけるCrx::Venus及びHLAクラスIの免疫染色結果を示す顕微鏡写真である。
【
図36】同時間のINF‐γ刺激あり又はINF-γ刺激なしのhESC-NRにおけるCrx::Venus及びHLAクラスIの免疫染色結果を示す図である。
【
図37】IFN-γ存在下又は非存在下での神経網膜(NR)又は単一細胞(hESC)におけるHLAクラスI発現レベルを示すグラフである。
【
図38】CD3/28抗体で活性化させた末梢血単核球(PBMC)の増殖を指標に、hESC-NRの免疫抑制能を検査した結果を示すグラフである。
【
図39】CD3/28抗体で活性化させた末梢血単核球(PBMC)の増殖及び凝集を指標に、hESC-NRの免疫抑制能を観察した結果を示す顕微鏡写真である。
【
図40】hES-NR(上段)/hiPSC-NR(下段)によるCD4陽性T細胞及びCD8陽性T細胞の活性化を抑制する効果の用量依存性を調べた結果を示す図である。
【
図41】Transwell(登録商標)を用いて分離共培養したときのhESC-NRの免疫抑制パターンの結果を示す図である。
【
図42】hiPSC-NR、iPS細胞及びiPS-RPE細胞におけるTGF-β1、TGF-β2及びTGF-β3の発現結果を示すグラフである。
【
図43】hiPSC-NRによるTGF-β2発現の用量依存性を示すグラフである。
【
図44】分化日数とTGF-β2の発現量の関係を示すグラフである。
【
図45】実施例19における移植後のHLA発現パターンを示す顕微鏡写真である。
【
図46】実施例19における移植後のHLA発現パターンを示す顕微鏡写真である。
【
図47】末梢血単核球(PBMC)に対する、INF-γ処理しHLA-Class Iを発現上昇させた状態のhESC-NRの免疫原性を検査した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
〔治療薬〕
本明細書の治療薬は、網膜系細胞又は網膜組織の障害を伴う疾患の治療薬であって、他家由来、かつ、立体構造を有する網膜組織を含む。網膜組織は、他家幹細胞から分化誘導され、かつ、立体構造を有する網膜組織であってよい。治療薬が投与される対象患者は、網膜系細胞又は網膜組織の障害を伴う疾患に罹患した患者であり、かつ、治療薬の投与前、投与時、及び/又は投与後、移植による拒絶反応の予防を目的とした免疫抑制剤を、長期間にわたって(例:上記治療薬の投与後1か月以上にわたり)全身的に投与されない患者であってよい。治療薬が投与される対象患者は、治療薬の投与前、投与時及び/又は投与後に、移植による拒絶反応の予防を目的とした、ステロイド系抗炎症剤及びシクロスポリン以外の免疫抑制剤を全身的に投与されない患者であってよい。
【0013】
網膜系細胞又は網膜組織の障害を伴う疾患としては、例えば、眼科疾患である黄斑変性症、加齢黄斑変性症、網膜色素変性症、緑内障、角膜疾患、網膜剥離、中心性漿液性網脈絡膜症、錐体ジストロフィー、錐体桿体ジストロフィー、黄斑円孔等が挙げられる。網膜系細胞又は網膜組織の障害を伴う疾患には、網膜組織の損傷を伴う疾患も含まれる。網膜組織の損傷状態としては、例えば、視細胞が変性死している状態等が挙げられる。
【0014】
(他家幹細胞)
本明細書における「他家」とは、治療対象となる患者(レシピエント)以外のヒト、すなわち他人(ドナー)を意味する。「他家幹細胞」とは、患者(レシピエント)以外のヒトに由来する幹細胞、すなわち他人(ドナー)由来の幹細胞である。
【0015】
「幹細胞」とは、多分化能(複数種類の細胞へ分化し得る能力)と自己複製能の両方を有し、増殖可能な細胞である。幹細胞としては、例えば、胚性の幹細胞(ES細胞)、及び、骨髄、血液、皮膚(表皮、真皮、皮下組織)由来の細胞から初期化遺伝子の導入等により人工的に作製された人工多能性幹細胞(iPS細胞)等の多能性幹細胞、並びに、骨髄、脂肪、毛包、脳、神経、肝臓、膵臓、腎臓、筋肉及びその他の組織に存在し、特定された複数種類の細胞に分化する体性幹細胞が挙げられる。本実施形態において分化誘導される他家幹細胞は、多能性幹細胞であることが好ましい。
【0016】
「多能性幹細胞」は、生体に存在する複数の細胞に分化可能である、好ましくは胎盤などの胚体外組織以外のすべての細胞に分化可能である多能性を有し、かつ、増殖能をも併せもつ幹細胞であれば、特に限定されない。多能性幹細胞は、受精卵、クローン胚、生殖幹細胞、組織内幹細胞、体細胞等から誘導することができる。多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞:Embryonic stem cell)、EG細胞(Embryonic germ cell)、人工多能性幹細胞(iPS細胞:induced pluripotent stem cell)等を挙げることができる。間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell;MSC)から得られるMuse細胞(Multi-lineage differentiating stress enduring cell)及び生殖細胞(例えば精巣)から作製される精子幹細胞(GS細胞)も多能性幹細胞に包含される。胚性幹細胞は、1981年に初めて樹立され、1989年以降ノックアウトマウス作製にも応用されている。1998年にはヒト胚性幹細胞が樹立されており、再生医学にも利用されつつある。胚性幹細胞は、内部細胞塊をフィーダー細胞上又はLIF(白血病抑制因子)を含む培地中で培養することによって製造することができる。胚性幹細胞の製造方法は、例えば、WO96/22362、WO02/101057、US5,843,780、US6,200,806、US6,280,718等に記載されている。胚性幹細胞は、所定の機関から入手でき、また、市販品を購入することもできる。例えば、ヒト胚性幹細胞であるKhES-1、KhES-2及びKhES-3は、京都大学再生医科学研究所から入手可能である。マウス胚性幹細胞であるEB5細胞株及びD3細胞株は、それぞれ国立研究開発法人理化学研究所及びATCCから入手可能である。
【0017】
胚性幹細胞の一つである核移植胚性幹細胞(ntES細胞)は、核を取り除いた卵子に体細胞の核を移植して作ったクローン胚から樹立することができる。
【0018】
EG細胞は、始原生殖細胞をmSCF、LIF及びbFGFを含む培地中で培養することによって製造することができる(Cell,70:841-847,1992)。
【0019】
「人工多能性幹細胞」とは、体細胞を、公知の方法等によって初期化(reprogramming)することで、多能性を誘導した細胞である。具体的には、線維芽細胞、又は末梢血単核球等の分化した体細胞を、Oct3/4、Sox2、Klf4、Myc(c-Myc、N-Myc、L-Myc)、Glis1、Nanog、Sall4、lin28、Esrrb等を含む初期化遺伝子群から選ばれる複数の遺伝子の組合せのいずれかの発現によって初期化して、多分化能を誘導した細胞が挙げられる。好ましい初期化因子の組み合わせとしては、(1)Oct3/4、Sox2、Klf4、及びMyc(c-Myc若しくはL-Myc)、又は(2)Oct3/4、Sox2、Klf4、Lin28及びL-Myc(Stem Cells,2013;31:458-466)を挙げることが出来る。
【0020】
人工多能性幹細胞は、2006年、山中らによってマウス細胞で樹立された(Cell,2006,126(4),pp.663-676)。人工多能性幹細胞は、2007年にヒト線維芽細胞でも樹立され、胚性幹細胞と同様に多能性と自己複製能を有する(Cell,2007,131(5),pp.861-872;Science,2007,318(5858),pp.1917-1920;Nat. Biotechnol.,2008,26(1),pp.101-106)。
【0021】
人工多能性幹細胞は、遺伝子発現による直接初期化で製造する方法以外に、化合物の添加等によって体細胞から人工多能性幹細胞を誘導する方法によっても製造することができる(Science,2013,341,pp.651-654)。
【0022】
人工多能性幹細胞は、株化された人工多能性幹細胞として入手可能である。例えば、京都大学で樹立された201B7細胞、201B7-Ff細胞、253G1細胞、253G4細胞、1201C1細胞、1205D1細胞、1210B2細胞、1231A3細胞等のヒト人工多能性幹細胞株が、京都大学から入手可能である。株化された人工多能性幹細胞として、例えば、京都大学で樹立されたFf-I01細胞、Ff-I01s04細胞、QHJ-I01及びFf-I14細胞が、京都大学から入手可能である。また、例えば、理化学研究所で樹立されたTLHD2株が、理化学研究所から入手可能である。
【0023】
人工多能性幹細胞を製造する際に用いられる体細胞としては、特に限定は無いが、組織由来の線維芽細胞、血球系細胞(例えば、末梢血単核球(PBMC)、臍帯血単核球、T細胞など)、肝細胞、膵臓細胞、腸上皮細胞、平滑筋細胞等が挙げられる。
【0024】
人工多能性幹細胞を製造する際に、数種類の遺伝子の発現によって初期化する場合、遺伝子を発現させるための手段は特に限定されない。上記手段としては、ウイルスベクター(例えば、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、センダイウイルスベクター、アデノウイルスベクター、又はアデノ随伴ウイルスベクター)を用いた感染法、プラスミドベクター(例えば、プラスミドベクター、又はエピソーマルベクター)を用いた遺伝子導入法(例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、レトロネクチン法、又はエレクトロポレーション法)、RNAベクターを用いた遺伝子導入法(例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、又はエレクトロポレーション法)、タンパク質の直接注入法(例えば、針を用いた方法、リポフェクション法、又はエレクトロポレーション法)等が挙げられる。
【0025】
人工多能性幹細胞は、フィーダー細胞存在下又はフィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)で製造できる。フィーダー細胞非存在下で人工多能性幹細胞を製造する際には、公知の方法で、未分化維持因子存在下で人工多能性幹細胞を製造できる。フィーダー細胞非存在下で人工多能性幹細胞を製造する際に用いられる培地としては、特に限定は無いが、公知の胚性幹細胞及び/又は人工多能性幹細胞の維持培地、又はフィーダーフリーで人工多能性幹細胞を樹立するための培地を用いることができる。フィーダーフリーで人工多能性幹細胞を樹立するための培地としては、例えばEssential 8培地(E8培地)、Essential 6培地、TeSR培地、mTeSR培地、mTeSR-E8培地、Stabilized Essential 8培地、StemFit培地等のフィーダーフリー培地を挙げることができる。人工多能性幹細胞を製造する際、例えば、フィーダーフリーで体細胞に、センダイウイルスベクターを用いて、Oct3/4、Sox2、Klf4、及びMycの4因子を遺伝子導入することで、人工多能性幹細胞を作製することができる。
【0026】
多能性幹細胞は、ヒト多能性幹細胞であってよく、好ましくはヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)又はヒト胚性幹細胞(ES細胞)である。
【0027】
他家幹細胞は、レシピエントとHLAの遺伝子型が同じであってもよく、異なっていてよい。第6染色体の短腕に存在する主要組織適合遺伝子複合体抗原(MHC)領域に数多くのHLA遺伝子座(HLA-A、B、C、DR等)が存在しており、それぞれに複数(数十種類)のHLA型(アリル)が存在する。HLAは膜結合型の糖たんぱく質であり、T細胞等の免疫細胞に対して抗原提示することで、自己と非自己の認識に関与している。自己と非自己の認識には、主にHLAclass 1とHLAclass 2が関与している。HLA class1(MHC class1)は主にキラーT細胞が認識し、HLA class2(MHC class2)は主にヘルパーT細胞が認識する。HLA class1(MHC class1)が提示する抗原は、細胞内で合成されたタンパク質をプロテアソームによって小さく分解されたペプチド断片である。一方で、MHC class2が提示する抗原は、エンドサイトーシスによって取り込まれた外来性のタンパク質をリソソームによって小さく断片化されたペプチド断片である。
【0028】
(網膜組織)
「網膜組織(Retinal tissue)」とは、生体網膜において各網膜層を構成する網膜系細胞が、一種類又は複数種類、一定の秩序に従い存在する組織を意味し、「神経網膜(Neural Retina)」は、網膜組織であって、後述する網膜層のうち網膜色素上皮層を含まない内側の神経網膜層を含む組織を意味する。
【0029】
「網膜系細胞」とは、生体網膜において各網膜層を構成する細胞又はその前駆細胞を意味する。網膜系細胞には、視細胞(桿体視細胞、錐体視細胞)、水平細胞、アマクリン細胞、介在神経細胞、網膜神経節細胞(神経節細胞)、双極細胞(桿体双極細胞、錐体双極細胞)、ミュラーグリア細胞、網膜色素上皮(RPE)細胞、毛様体周縁部細胞、これらの前駆細胞(例:視細胞前駆細胞、双極細胞前駆細胞等)、網膜前駆細胞等の細胞が含まれるがこれらに限定されない。網膜系細胞のうち、神経網膜層を構成する細胞として、具体的には、視細胞(桿体視細胞、錐体視細胞)、水平細胞、アマクリン細胞、介在神経細胞、網膜神経節細胞(神経節細胞)、双極細胞(桿体双極細胞、錐体双極細胞)、ミュラーグリア細胞、及びこれらの前駆細胞(例:視細胞前駆細胞、双極細胞前駆細胞等)等の細胞が挙げられる。
【0030】
上述の網膜系細胞は、それぞれの細胞に発現するマーカーを指標として検出もしくは同定することができる。
細胞に発現するマーカーとしては、例えば、網膜前駆細胞で発現するRx(Raxとも言う)及びPAX6、神経網膜前駆細胞で発現するRx、PAX6及びChx10、並びに、視細胞前駆細胞で発現するCrx及びBlimp1等が挙げられる。
その他のマーカーとしては、双極細胞で強発現するChx10、双極細胞で発現するPKCα、Goα、VSX1及びL7、網膜神経節細胞で発現するTuJ1及びBrn3、アマクリン細胞で発現するCalretinin及びHPC-1、水平細胞で発現するCalbindin、視細胞及び視細胞前駆細胞で発現するRecoverin、桿体細胞で発現するRhodopsin、桿体視細胞及び桿体視細胞前駆細胞で発現するNrl、錐体視細胞で発現するS-opsin及びLM-opsin、錐体細胞、錐体視細胞前駆細胞及び神経節細胞で発現するRXR-γ、錐体視細胞のうち、分化初期に出現する錐体視細胞又はその前駆細胞で発現するTRβ2、OTX2及びOC2、水平細胞、アマクリン細胞及び神経節細胞で共通して発現するPax6、網膜色素上皮細胞で発現するRPE65及びMitf、ミューラー細胞で発現するCRALBP、並びに、ミュラーグリア細胞で発現するGSが挙げられる。
【0031】
「網膜層」とは、網膜を構成する各層を意味し、具体的には、網膜色素上皮層、視細胞層、外境界膜、外顆粒層、外網状層、内顆粒層、内網状層、神経節細胞層、神経線維層及び内境界膜を挙げることができる。
【0032】
「神経網膜層」とは、神経網膜を構成する各層を意味し、具体的には、視細胞層、外境界膜、外顆粒層、外網状層、内顆粒層、内網状層、神経節細胞層、神経線維層及び内境界膜を挙げることができる。「視細胞層」とは、網膜層(神経網膜層)の1種であり、神経網膜の最も外側に形成され、視細胞(桿体視細胞、錐体視細胞)、視細胞前駆細胞及び網膜前駆細胞を多く含む網膜層を意味する。それぞれの細胞がいずれの網膜層を構成する細胞であるかは、公知の方法、例えば細胞マーカーの発現の有無又は発現の程度等によって確認できる。
【0033】
本実施形態の治療薬における網膜組織は、立体構造を有しているため、他家由来(例えば、ヒトiPS細胞、ヒトES細胞、又は他家幹細胞から分化誘導されたもの)でありながら、治療薬の投与前、投与時及び/又は投与後に、移植による拒絶反応の予防を目的とした、ステロイド系抗炎症剤及びカルシニューリン阻害剤以外の免疫抑制剤の全身的な投与が不要になる。
【0034】
本実施形態の治療薬における網膜組織は、立体構造を有する。「立体構造を有する」とは、一定数以上の網膜系細胞が凝集体を形成し、当該凝集体中において網膜系細胞が網膜層を構成し、当該網膜層中において網膜系細胞が層状で存在し、かつ、少なくとも組織の一定の範囲において頂端面(Apical面)と基底膜(Basal面)の極性(Polarity)が維持されている上皮構造を有していることを意味する。すなわち、「網膜組織が立体構造を有する」とは、網膜組織が、網膜系細胞を含む細胞凝集体(Cell Aggregate;Organoidともいう)であることを意味する。Apical面にはZo-1、β-catenin、及びAtypical PKC等が発現している。基底膜ではCollagen、及びLaminin等が発現している。
【0035】
一態様において、網膜組織はスフェア(sphere)状細胞凝集体である。「スフェア(sphere)状細胞凝集体」とは、球状に近い立体的な形を有する細胞凝集体を意味する。球状に近い立体的な形とは、三次元構造を有する形であって、二次元面に投影したときに、例えば、円形又は楕円形を示す球状形、及び球状形が複数融合して形成される形状(例えば二次元に投影した場合に2~4個の円形若しくは楕円形が重なりあって形成される形状(例:クローバー型))が挙げられる。一態様において、スフェア状細胞凝集体は、小胞性構造を有し、明視野顕微鏡の下では、中央部が暗く外縁部分が明るく観察されるという特徴を有する。
【0036】
本明細書における網膜組織は、網膜色素上皮(RPE)細胞を実質的に含まなくてもよい。「網膜色素上皮細胞」とは、生体網膜において神経網膜の外側に存在する上皮細胞を意味する。細胞が網膜色素上皮細胞であるか否かは、当業者であれば、例えば、細胞マーカー(RPE65、Mitf、CRALBP、MERTK、BEST1等)の発現、メラニン顆粒の存在(黒褐色)、細胞間のタイトジャンクション、及び/又は多角形・敷石状の特徴的な細胞形態等により容易に確認できる。細胞が網膜色素上皮細胞の機能を有するか否かは、VEGF及びPEDF等のサイトカインの分泌能等により容易に確認できる。一態様において、網膜色素上皮細胞はRPE65陽性細胞、Mitf陽性細胞、又は、RPE65陽性かつMitf陽性細胞である。すなわち、網膜組織は、RPE65陽性細胞、Mitf陽性細胞、又は、RPE65陽性かつMitf陽性細胞を実質的に含んでいなくてもよい。
【0037】
本明細書において、「網膜色素上皮細胞を実質的に含まない」とは、上述した網膜色素上皮細胞のマーカー(例:RPE65及び/又はMitf)によって染色されない、若しくは当該マーカーにより染色される細胞が全細胞中の5%以下(好ましくは、4%以下、3%以下、2%以下、又は1%以下)であることを意味する。
【0038】
上記「スフェア状細胞凝集体」の別の態様として、当該凝集体の一部の領域には、網膜色素上皮細胞及び/又は毛様体周縁部用構造体を含んでいてもよい。一態様として、当該細胞凝集体の外環境に対して形成している連続的な境界面(神経網膜により構成される)の一部が網膜色素上皮細胞により構成され、さらに神経網膜と網膜色素上皮細胞の境界領域に毛様体周縁部用構造体が存在する。すなわち、網膜色素上皮と神経網膜とは、毛様体周縁部様構造体に対して、同一の細胞凝集体内でその外周に沿って隣接して存在している。一例として、WO2013/183774に開示される細胞凝集体が挙げられる(例えば、WO2013/183774における
図12A)。網膜色素上皮細胞及び毛様体周縁部用構造体を含む網膜組織の場合、後述する方法により、網膜色素上皮細胞及び毛様体周縁部用構造体を含まない領域を切り出した細胞凝集体(網膜組織)を治療薬として用いることができる。
【0039】
毛様体周縁部様構造体とは、毛様体周縁部と類似した構造体のことである。「毛様体周縁部(ciliary marginal zone;CMZ)」としては、例えば、生体網膜において神経網膜と網膜色素上皮との境界領域に存在する組織であり、且つ、網膜の組織幹細胞(網膜幹細胞)を含む領域を挙げることができる。毛様体周縁部は、毛様体縁(ciliary margin)又は網膜縁(retinal margin)とも呼ばれ、毛様体周縁部、毛様体縁及び網膜縁は同等の組織である。毛様体周縁部は、網膜組織への網膜前駆細胞、分化細胞の供給、網膜組織構造の維持等に重要な役割を果たしていることが知られている。毛様体周縁部のマーカー遺伝子としては、例えば、Rdh10遺伝子(陽性)、Otx1遺伝子(陽性)及びZic1(陽性)を挙げることができる。
【0040】
網膜組織の長軸方向の直径は、0.1mm以上、又は0.2mm以上(好ましくは0.3mm以上、0.5mm以上、0.8mm以上、1.0mm以上、1.2mm以上、1.4mm以上、1.6mm以上、1.8mm以上、又は2.0mm以上)であってよい。網膜組織の長軸方向の直径の上限は特にないが、例えば、5.0mm以下又は10mm以下であってよい。網膜組織の長軸方向の直径は、0.1mm以上10mm以下、0.2mm以上10mm以下、0.3mm以上10mm以下、0.5mm以上10mm以下、0.8mm以上10mm以下、1.0mm以上10mm以下、1.2mm以上5.0mm以下、1.4mm以上5.0mm以下、1.6mm以上5.0mm以下、1.8mm以上5.0mm以下、又は2.0mm以上5.0mm以下であってよい。本発明の一態様において、網膜組織の長軸方向の直径は、短軸方向の直径の約1.2倍、1.5倍又は2倍であってよい。別の態様において、網膜組織の長軸方向の直径と短軸方向の直径はほぼ同等であってよい。
【0041】
網膜組織の短軸方向の直径は、0.05mm以上(好ましくは0.1mm以上、0.2mm以上、0.4mm以上、0.6mm以上、0.8mm以上、又は1.0mm以上)であってよい。網膜組織の短軸方向の直径の上限は特にないが、例えば、2.5mm以下又は5mm以下であってよい。網膜組織の短軸方向の直径は、0.05mm以上5mm以下、0.1mm以上5mm以下、0.2mm以上5mm以下、0.4mm以上5mm以下、0.6mm以上2.5mm以下、0.8mm以上2.5mm以下、又は1.0mm以上2.5mm以下であってよい。
【0042】
ここで、網膜組織の長軸方向又は短軸方向の直径とは、例えば、実体顕微鏡を用いて撮影された画像に基づいて測定する場合、網膜組織のアピカル面側の外周(輪郭、表面)中の任意の2点を結んだ直線の中で最も長い直線の長さ(長軸方向の直径)又は最も短い直線の長さ(短軸方向の直径)を意味する。なお、網膜組織を含む凝集体の中には、複数の網膜組織が重なりあって存在する場合がある(例:クローバー型)。この場合、網膜組織の長軸方向の直径又は短軸方向の直径とは、凝集体中のそれぞれの網膜組織における長軸方向又は短軸方向の直径を意味し、少なくとも1つの網膜組織の長軸方向又は短軸方向の直径が上述の範囲内であればよい。クローバー型の網膜組織の場合、具体的には、網膜組織の外周(輪郭、表面、アピカル面)を円又は楕円とみなしたうえで、形状的に見て2つの円又は楕円が重なった点(より具体的には、網膜組織を含む凝集体の外周の連続的な位置情報を仮定的に定めた場合に、当該位置情報を横軸、当該位置における接線の傾きを縦軸にプロットしたときに得られる曲線において、当該曲線の連続性が失われる点)で区切られた外周中の任意の2点を結んだ直線の中で最も長い直線又は最も短い直線の長さを測定する。なお、複数の網膜組織を含むかどうかは顕微鏡下での観察等により、当業者であれば容易に判断可能である。
【0043】
網膜組織の上皮構造の厚み(thickness)は、0.05mm以上(好ましくは0.1mm以上、0.12mm以上、0.15mm以上、0.2mm以上、0.25mm以上、又は0.3mm以上)であってよい。網膜組織の上皮構造の厚みの上限は特にないが、例えば、1mm以下(例えば、0.9mm以下、0.8mm以下、0.7mm以下、0.6mm以下、又は0.5mm以下)であってよい。網膜組織の上皮構造の厚みは、例えば、0.05mm以上1mm以下、0.1mm以上0.9mm以下、0.12mm以上0.8mm以下、0.15mm以上0.7mm以下、0.2mm以上0.6mm以下、0.25mm以上0.5mm以下、又は0.3mm以上0.5mm以下であってよい。ここで、網膜組織の上皮構造の厚みとは、網膜組織の頂端面から基底膜までの厚みを意味する。
【0044】
網膜組織1個当たりに含まれる総細胞数は、当該網膜組織の大きさに依存する。網膜組織1個当たりに含まれる総細胞数は、1×104細胞以上、1×105細胞以上、5×105細胞以上又は1×106細胞以上であってよい。例えば、長軸方向の直径が0.5mmである網膜組織において、網膜組織の総細胞数は、1×104細胞以上であってよく、好ましくは1×105細胞以上、5×105細胞以上又は1×106細胞以上である。また、視細胞層の頂端面において最も外側に存在する細胞(視細胞前駆細胞、視細胞など)は、0.1mmあたり10細胞以上、15細胞以上、20細胞以上が連続して並んでいる。
【0045】
一実施形態における網膜組織の、長軸方向の直径は0.5mm以上、上皮構造の厚みは0.2mm以上、細胞数は1×105以上であってよい。一実施形態における網膜組織は、1×105細胞/mm3以上、好ましくは、5×105細胞/mm3以上、又は1×106細胞/mm3以上の密度で細胞を含む。
【0046】
網膜組織は、連続上皮構造を有する網膜組織であってよい。連続上皮構造を有する網膜組織は、例えば、網膜組織の表面、すなわち頂端面において最も外側の層の、面積比で少なくとも50%以上(好ましくは60%以上、70%以上、80%以上、85%以上、又は90%以上)において視細胞又はその前駆細胞が連続して存在する網膜組織であってよい。連続上皮構造を有する網膜組織として、例えば、網膜組織の表面に存在する頂端面の面積が、網膜組織の表面の面積に対し、少なくとも50%以上(好ましくは60%以上、70%以上、80%以上、85%以上、又は90%以上)である網膜組織を含んでいてよい。
【0047】
本明細書において、網膜組織における「連続上皮構造」とは、網膜組織が上皮組織に特有の頂端面を持ち、頂端面が神経網膜層を形成する各層のうち、少なくとも視細胞層(外顆粒層)又はニューロブラスティックレイヤー(neuroblastic layer)と概ね平行に、かつ連続的に網膜組織の表面に形成される構造を指す。すなわち、連続上皮構造は、頂端面と基底膜の方向性が維持され、ロゼット様構造でみとめられるような頂端面が分断される構造を持たない。例えば、多能性幹細胞より作製した網膜組織を含む細胞凝集体の場合、凝集体の表面に頂端面が形成され、表面に対して接線方向に10細胞以上、好ましくは30細胞以上、より好ましくは100細胞以上、更に好ましくは400細胞以上の視細胞又は視細胞前駆細胞が規則正しく連続して配列する。連続して配列する視細胞又は視細胞前駆細胞の数は、細胞凝集体に含まれる神経網膜組織の大きさと相関する。本明細書において、上皮組織に対する接線方向とは、上皮組織において例えば頂端面を形成する一つ一つの細胞が一定方向に並んでいる場合の細胞が並んでいる方向のことをいい、上皮組織(又は上皮シート)に対して平行方向又は横方向のことをいう。
【0048】
一態様において、神経網膜組織の表面には頂端面が形成され、その頂端面に沿って視細胞又は視細胞前駆細胞が規則正しく連続して配列する。
視細胞又は視細胞前駆細胞の出現割合が少ない段階の網膜組織(例:発生初期段階の網膜組織)の場合、増殖する神経網膜前駆細胞を含む層は「ニューロブラスティックレイヤー」と呼ばれることが当業者に知られている。また、このような段階の網膜組織の表面には視細胞又は視細胞前駆細胞以外に、極性を持ち、頂端面を形成可能な神経網膜前駆細胞若しくは神経網膜前駆細胞から分裂、増殖する細胞、及び/又は、神経網膜前駆細胞から神経網膜を構成する細胞へと分化する段階の細胞が存在することがある。例えば、このような状態の網膜組織を、「連続上皮構造」を維持する条件で培養を継続することにより、神経網膜組織の表面に形成される頂端面に沿って、視細胞又は視細胞前駆細胞が規則正しく連続して配列する網膜組織が得られる。
【0049】
一態様において、網膜組織の表面に存在する頂端面の面積は網膜組織の表面の面積に対し、平均で30%以上であってよく、好ましくは50%以上、より好ましくは60%以上、より好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、更により好ましくは95%以上である。網膜組織の表面に存在する頂端面の面積の割合は、後述する通り、頂端面のマーカーを染色することで測定可能である。
【0050】
本明細書において、網膜組織における「ロゼット様構造」とは、中心部の管腔を囲むように放射状又はらせん状に細胞が配列した構造を指す。ロゼット様構造を形成した網膜組織においては、その中心部(管腔)に沿って頂端面及び視細胞、又は視細胞前駆細胞が存在する状態となり、頂端面はロゼット様構造毎に分断されている。
【0051】
本明細書において、「頂端面(apical surface)」とは、上皮組織において、ムコ多糖に富み(PAS染色陽性)、ラミニン及びIV型コラーゲンを多く含む50-100nmの、上皮細胞が産生した層(基底膜(basal membrane))が存在する基底膜側とは反対側に形成される表面(表層面)のことをいう。一態様において、視細胞又は視細胞前駆細胞が認められる程度に発生段階が進行した網膜組織においては、外境界膜が形成され、視細胞、視細胞前駆細胞が存在する視細胞層(外顆粒層)に接する面のことをいう。また、このような頂端面は、頂端面のマーカー(例:atypical-PKC(以下aPKCと略す)、E-cadherin、N-cadherin、Zo-1、beta-catenin、Ezrin)に対する抗体を用いて、当業者に周知の免疫染色法等で同定することができる。発生初期段階で、視細胞又は視細胞前駆細胞が出現していない場合や、視細胞又は視細胞前駆細胞が網膜組織の表面を十分に覆うほど出現していない場合でも、上皮組織は極性を持ち、頂端面では上記頂端面のマーカーを発現する。
【0052】
網膜組織が連続上皮構造を有するかどうかは、網膜組織が有する頂端面の連続性(すなわち、分断されていない形態)により確認することができる。頂端面の連続性は、例えば、頂端面のマーカー(例:aPKC、E-cadherin、N-cadherin、Zo-1、beta-catenin、Ezrin)、頂端面側に位置する視細胞又は視細胞前駆細胞のマーカー(例:Crx又はリカバリン)を免疫染色し、取得した画像等について頂端面と視細胞層、及び各網膜層の位置関係を解析することにより判定できる。頂端面及び視細胞層(外顆粒層)以外の網膜層については、細胞核を染色するDAPI染色、PI染色、Hoechst染色、又は細胞核に局在するマーカータンパク(Rx、Chx10、Ki67、Crx等)等による免疫染色等により同定できる。
【0053】
ロゼット様構造が生じたか否かについては、細胞凝集体を4%パラホルムアルデヒドで固定する等した後凍結切片を作製し、頂端面マーカーであるaPKC、E-cadherin、N-cadherinに対する抗体、又は核を特異的に染色するDAPI等を用いて通常実施される免疫染色等によりロゼット様構造の異形成(例:分断された頂端面又は頂端面の細胞凝集体内への侵入)を観察することで決定できる。
【0054】
一態様において、網膜組織における網膜前駆細胞、神経網膜前駆細胞及び視細胞前駆細胞の割合、すなわち、PAX6、Chx10及び/又はCrxを発現する細胞の割合は、総細胞数の50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、85%以上、90%以上、又は95%以上であってよい。網膜組織1個当たりに含まれる総細胞数の50%以上が、PAX6、Chx10及びCrxの少なくとも一つを発現する細胞であってよい。
【0055】
一態様において、本明細書の網膜組織における頂端面側の最も外側の層(視細胞層又はニューロブラスティックレイヤー)に存在する、PAX6、Chx10及び/又はCrxを発現する細胞の割合は、頂端面側の最も外側の層に存在する総細胞数の80%以上であってよく、好ましくは85%以上、90%以上、95%以上、98%以上、又は99%以上である。別の態様において、本明細書の網膜組織における頂端面側の最も外側の層(視細胞層又はニューロブラスティックレイヤー)に存在する、視細胞前駆細胞(Crx陽性、かつロドプシン、S-Opsin及びM/L-Opsin陰性の細胞)及び視細胞(Recoverin陽性細胞、又は、ロドプシン、S-Opsin及びM/L-Opsinのいずれかが陽性の細胞)の割合は、頂端面側の最も外側の層に存在する総細胞数の80%以上であってよく、好ましくは85%以上、90%以上、95%以上、98%以上、又は99%以上である。
【0056】
一態様において、網膜組織は、視細胞を含んでいてよい。「視細胞(photoreceptor cell)」とは、網膜の視細胞層に存在し、光刺激を吸収し電気信号へと変換する役割を持つ。視細胞には、明所で機能する錐体(cone)と暗所で機能する杆体(又は桿体、rod)の2種類がある。視細胞は視細胞前駆細胞から分化し、成熟する。細胞が視細胞若しくは視細胞前駆細胞であるか否かは、当業者であれば、例えば後述する細胞マーカー(視細胞前駆細胞で発現するCrx及びBlimp1、視細胞で発現するリカバリン(Recoverin)、成熟視細胞で発現するロドプシン、S-Opsin及びM/L-Opsin等)の発現、外節構造の形成等により容易に確認できる。
【0057】
一態様において、本明細書の網膜組織は、視細胞前駆細胞(Crx陽性、かつロドプシン、S-Opsin及びM/L-Opsin陰性の細胞)及び視細胞(Recoverin陽性細胞、又は、ロドプシン、S-Opsin及びM/L-Opsinのいずれかが陽性の細胞)を含んでいてよい。
【0058】
一態様において、本明細書の網膜組織におけるRecoverinを発現する細胞の割合は、総細胞数の5%以上であってよく、好ましくは10%以上、20%以上、40%以上、又は50%以上であってよい。一態様において、本明細書の網膜組織におけるRecoverinを発現する細胞の割合は、視細胞層に存在する総細胞数の80%以上であってよく、好ましくは85%以上、90%以上、95%以上、98%以上、又は99%以上である。
【0059】
網膜組織は、TGF(トランスフォーミング増殖因子)βを発現することを特徴とするものであってよい。TGFβは、細胞の増殖及び分化を制御し、生体の恒常性を維持するサイトカインの一つである。TGFβには、5種類のサブタイプ(β1~β5)の存在が知られており、哺乳類では3種類のサブタイプ(β1~3)が知られている。これらの発現により、免疫抑制効果が期待される。これらのうち、好ましくは、網膜組織は、TGFβ2を発現するものであってよい。TGFβ2は、精巣等の免疫特権がある部位で発現している。TGFβ2の発現により、免疫抑制効果が期待される。
【0060】
TGFβは、網膜組織の表面、すなわち、頂端面及び/又は頂端面側の最も外側の層に存在する細胞において存在する方が好ましい。TGFβが網膜組織の表面に存在するとは、頂端面側の最も外側の層に存在する細胞においてTGFβを発現及び分泌し、及び/又はTGFβが頂端面に存在する、すなわち、頂端面に存在するマトリクス(N-cadherinなど)などと上記細胞から分泌されたTGFβが結合している状態をいう。より具体的には、連続上皮構造を有することで頂端面と基底膜の方向性が維持された網膜組織において、頂端面側に存在する最も外側の細胞(好ましくは外側から1、2又は3個程度内側に存在する細胞)においてTGFβが発現および分泌し、頂端面においてTGFβが存在することが好ましい。好ましくは、頂端面におけるTGFβの存在割合は、面積比において、頂端面全体の面積の50%以上であってよく、さらに好ましくは60%以上、70%以上、80%以上、85%以上、90%以上、又は95%以上である。また、好ましくは、頂端面側に存在する最も外側の細胞の50%以上、さらに好ましくは60%以上、70%以上、80%以上、85%以上、90%以上、又は95%以上において、TGFβを発現する。
【0061】
TGFβの発現量は、当業者であれば周知技術を用いて測定可能である。具体的には、培養後の培地中のTGFβの発現量をELISAなどで測定すればよい。一態様として、TGFβの発現量は、原材料とした多能性幹細胞に対して10倍以上であってよく、好ましくは50倍以上、100倍以上、200倍以上、又は500倍以上である。別態様として、1つの網膜組織におけるTGFβの発現量は、1つの網膜組織を1mLの培地で2日間培養した場合において、1pg/mL以上であってよく、好ましくは2pg/mL以上、5pg/mL以上、又は10pg/mL以上程度である。また、TGFβの発現部位は、当業者であれば周知技術を用いて測定可能である。具体的には、抗TGFβ抗体を用いて網膜組織の免疫染色を行えばよい。必要に応じて、上述した頂端面のマーカーとともに共染色すれば、頂端面におけるTGFβの存在の有無及び割合を確認することができる。
【0062】
本明細書における治療薬の有効成分である網膜組織には、幹細胞から分化誘導された網膜組織を一部解離(semi-dissociated)又は一部切り出して得られる細胞凝集体も含まれる。一部解離又は一部切り出して得られる細胞凝集体は、例えば、幹細胞から分化誘導された網膜組織の1/4、1/8、1/16、1/32、1/64、又は1/128程度の大きさ(細胞数基準)であってよい。解離方法は酵素を使用しても、ハサミ又はナイフ等を用いて物理的に切り出してもよい。
【0063】
すなわち、一態様として、本明細書における治療薬の有効成分である立体構造を有する網膜組織は、以下の特徴を有する。
(1)細胞凝集体中において網膜系細胞が網膜層を構成し、当該網膜層中において網膜系細胞が層状で存在しており、
(2)当該網膜組織の長軸方向の直径が0.2mm以上(好ましくは0.5mm以上)、当該網膜組織の上皮構造の厚みが0.2mm以上、及び、当該網膜組織に含まれる総細胞数が1×105細胞以上であり(又は、当該網膜組織が1×105細胞/mm3以上の密度で細胞を含み)、
(3)当該網膜組織1個あたりに含まれる総細胞数の50%以上(好ましくは60%以上、70%以上、80%以上、又は90%以上)が、PAX6、Chx10及びCrxの少なくとも一つを発現する細胞であり、及び/又は、視細胞層又はニューロブラスティックレイヤーに存在する総細胞数の80%以上(好ましくは85%以上、90%以上、又は95%以上)が、PAX6、Chx10及びCrxの少なくとも一つを発現する細胞であり、
(4)当該網膜組織は、網膜組織の表面の面積比で、少なくとも50%以上(好ましくは60%以上、70%以上、80%以上、85%以上、又は90%以上)の連続上皮構造を有し、
(5)当該網膜組織はTGFβ(好ましくはTGFβ2)を発現する、好ましくは、TGFβは網膜組織の表面に存在する。
上記網膜組織は、下記の特徴の1又は2以上を更に有してもよい。
(A)当該網膜組織はスフェア状細胞凝集体であり、好ましくは、小胞性構造を有している。
(B)網膜色素上皮細胞を実質的に含まない。
(C)当該網膜組織の頂端面において最も外側に存在する細胞が、0.1mmあたり10細胞以上(好ましくは、15細胞以上、又は20細胞以上)が連続して並んでいる。
(D)当該網膜組織は視細胞を含んでいてよい、好ましくは、視細胞層に存在する総細胞数の80%以上、又は、網膜組織中の総細胞数の5%以上である。
(E)当該網膜組織が多能性幹細胞由来である。
【0064】
網膜組織は、一態様として、他家幹細胞(例えば、他家多能性幹細胞)から分化誘導されたものである。分化誘導を行う方法としては、WO2011/055855、WO2013/077425、WO2015/025967、WO2016/063985、WO2016/063986、WO2017/183732、PLoS One. 2010 Jan 20;5(1):e8763.、Stem Cells. 2011 Aug;29(8):1206-18.、Proc Natl Acad Sci USA. 2014 Jun 10;111(23):8518-23、Nat Commun. 2014 Jun 10;5:4047等に開示されている方法が挙げられるが、特に限定されない。別の態様として、他家の生体由来の網膜組織を用いることもできる。生体から網膜組織を調製する方法は、当業者にとって周知である。具体的には、麻酔下で網膜組織を切り出すことができる。切り出した網膜組織から、RPE細胞を切除することも可能である。
【0065】
神経網膜を分化誘導により製造する方法の具体的な一態様として、下記工程(A)、(B)及び(C)を含む方法が挙げられる。
(A):多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質、並びに2)未分化維持因子を含む培地で培養する工程、
(B):無血清培地中で浮遊培養することによって細胞凝集体を形成させる工程、
(C):工程(B)で得られた細胞凝集体を、BMP(bone morphogenetic protein)シグナル伝達経路作用物質を含む培地中でさらに浮遊培養する工程。
【0066】
本方法は、例えばWO2016/063985又はWO2017/183732にも開示されており、より詳細にはWO2016/063985又はWO2017/183732を参照することが可能である。
【0067】
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質とは、TGFβファミリーシグナル伝達経路、すなわちSmadファミリーによって伝達される、シグナル伝達経路を阻害する物質を表し、具体的にはTGFβシグナル伝達経路阻害物質(例:SB431542:4-[4-(1,3-benzodioxol-5-yl)-5-(2-pyridinyl)-1H-imidazol-2-yl]-benzamide、LY-364947:4-[3-(2-pyridinyl)-1H-pyrazol-4-yl]-quinoline、SB-505124:2-[4-(1,3-benzodioxol-5-yl)-2-(1,1-dimethylethyl)-1H-imidazol-5-yl]-6-methyl-pyridine、A-83-01:3-(6-Methyl-2-pyridinyl)-N-phenyl-4-(4-quinolinyl)-1H-pyrazole-1-carbothioamide等)、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質(例:SB431542、A-83-01等)及びBMPシグナル伝達経路阻害物質(例:LDN193189:4-[6-[4-(1-Piperazinyl)phenyl]pyrazolo[1,5-a]pyrimidin-3-yl]quinoline dihydrochloride、Dorsomorphin:6-[4-[2-(1-Piperidinyl)ethoxy]phenyl]-3-(4-pyridinyl)-pyrazolo[1,5-a]pyrimidine等)を挙げることができる。これらの物質は市販されており入手可能である。
【0068】
ソニック・ヘッジホッグ(以下、「Shh」と記すことがある。)シグナル伝達経路作用物質とは、Shhによって媒介されるシグナル伝達を増強し得る物質である。Shhシグナル伝達経路作用物質としては、例えば、SHH、PMA(Purmorphamine:9-Cyclohexyl-N-[4-(4-morpholinyl)phenyl]-2-(1-naphthalenyloxy)-9H-purin-6-amine)、SAG(Smoothened Agonist:3-Chloro-N-[trans-4-(methylamino)cyclohexyl]-N-[[3-(4-pyridinyl)phenyl]methyl]benzo[b]thiophene-2-carboxamide)等が挙げられる。
【0069】
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質の濃度は、網膜系細胞への分化を誘導可能な濃度であればよい。例えば、SB431542は、通常0.1~200μM、好ましくは2~50μMの濃度で使用される。A-83-01は、通常0.05~50μM、好ましくは0.5~5μMの濃度で使用される。LDN193189は、通常1~2000nM、好ましくは10~300nMの濃度で使用される。SAGは、通常、1~2000nM、好ましくは10~700nMの濃度で使用される。PMAは、通常0.002~20μM、好ましくは0.02~2μMの濃度で使用される。
【0070】
工程(A)におけるフィーダーフリー条件での多能性幹細胞の培養においては、培地として未分化維持因子を含む上記フィーダーフリー培地を用いるとよい。
【0071】
工程(A)におけるフィーダーフリー条件での多能性幹細胞の培養においては、フィーダー細胞に代わる足場を多能性幹細胞に提供するため、適切なマトリクスを足場として用いてもよい。足場として用いることのできるマトリクスとしては、ラミニン(Nat Biotechnol 28,611-615,(2010))、ラミニン断片(Nat Commun 3,1236,(2012))、基底膜標品(Nat Biotechnol 19,971-974,(2001)、例:マトリゲル)、ゼラチン、コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチン、ビトロネクチン(Vitronectin)等が挙げられる。
【0072】
工程(A)における多能性幹細胞の培養時間は、工程(B)において形成される細胞凝集体の質を向上させる効果が達成可能な範囲であってよく、特に限定されないが、通常0.5~144時間である。一態様において、工程(A)における多能性幹細胞の培養時間は、好ましくは2~96時間、より好ましくは6~48時間、さらに好ましくは12~48時間、よりさらに好ましくは18~28時間(例、24時間)である。
【0073】
無血清培地の準備及び細胞凝集体の形成は当業者にとって周知の方法で行うことができる。無血清培地の準備及び細胞凝集体の形成を行う方法としては、例えば、SFEB法:Serum-free Floating culture of Embryoid Bodies-like aggregates(Watanabe et al. Nature Neuroscience, volume 8, pages 288-296 (2005))、及びSFEB法の改良法であるSFEBq法(Eiraku etal.Cell Stem Cell, Volume 3, ISSUE 5, P519-532, November 06, 2008)が挙げられる。SFEBq法とは、具体的には、1ウェルの直径が1cm弱程度の非細胞接着性培養皿(例:96ウェルプレートの1ウェル:約7mm)に多能性幹細胞を約12000個ずつ入れ、2~3時間以内に素早く凝集塊を作成する方法を意味する。
【0074】
一態様において、工程(B)において用いられる培地は、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含んでいてよい。ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としては、上述したものを上述の濃度で用いることができる。ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質は、好ましくは、浮遊培養開始時から培地に含まれる。培地には、ROCK阻害剤(例、Y-27632)を添加してもよい。培養時間は例えば、12時間~6日間であってよい。
【0075】
BMPシグナル伝達経路作用物質とは、BMPによって媒介されるシグナル伝達経路を増強し得る物質である。BMPシグナル伝達経路作用物質としては、例えばBMP2、BMP4若しくはBMP7等のBMPタンパク質、GDF7等のGDFタンパク質、抗BMP受容体抗体、又は、BMP部分ペプチド等が挙げられる。BMP2タンパク質、BMP4タンパク質及びBMP7タンパク質は例えばR&D Systems社から、GDF7タンパク質は例えば富士フイルム和光純薬株式会社から入手可能である。
【0076】
用いられる培地は、例えば、BMPシグナル伝達経路作用物質が添加された無血清培地又は血清培地(好ましくは、無血清培地)が挙げられる。無血清培地、及び血清培地は上述の通り準備することができる。
【0077】
BMPシグナル伝達経路作用物質の濃度は、網膜系細胞への分化を誘導可能な濃度であればよい。例えばヒトBMP4タンパク質の場合は、約0.01nM~約1μM、好ましくは約0.1nM~約100nM、より好ましくは約1nM~約10nM、さらに好ましくは約1.5nM(55ng/mL)の濃度となるように培地に添加する。
【0078】
BMPシグナル伝達経路作用物質は、工程(A)の浮遊培養開始から約24時間後以降に添加されていればよく、浮遊培養開始後数日以内(例えば、15日以内)に培地に添加されてもよい。BMPシグナル伝達経路作用物質は、好ましくは浮遊培養開始後1日目~15日目までの間、より好ましくは1日目~9日目までの間、最も好ましくは3日目に培地に添加されてよい。
【0079】
具体的な態様として、例えば、工程(B)の浮遊培養開始後1~9日目に、好ましくは工程(B)の浮遊培養開始後1~3日目に、培地の一部又は全部をBMP4を含む培地に交換し、BMP4の終濃度を約1~10nMに調整し、BMP4の存在下で例えば1~12日間、好ましくは2~9日間、さらに好ましくは2~5日間培養することができる。ここにおいて、BMP4の濃度を、同一濃度を維持すべく、1若しくは2回程度培地の一部又は全部をBMP4を含む培地に交換することができる。又はBMP4の濃度を段階的に減じることもできる。
【0080】
上記工程(A)~工程(C)における培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30℃~約40℃、好ましくは約37℃である。またCO2濃度は、例えば約1%~約10%、好ましくは約5%である。
【0081】
上記工程(C)における培養期間を変動させることによって、様々な分化段階の網膜系細胞を含む網膜組織を製造することができる。すなわち、未成熟な網膜系細胞(例:網膜前駆細胞、視細胞前駆細胞)と成熟した網膜系細胞(例:視細胞)とを様々な割合で含む網膜組織を製造することができる。工程(C)の培養期間を延ばすことによって、成熟した網膜系細胞の割合を増やすことができる。なお、「未成熟な網膜系細胞」とは、成熟した網膜系細胞への分化が決定づけられている前駆細胞を意味する。
【0082】
上記工程(B)及び/又は工程(C)は、WO2017/183732に開示された方法を使用することもできる。すなわち、工程(B)及び/又は工程(C)において、工程(A)により得られた細胞を、Wntシグナル伝達経路阻害物質をさらに含む培地で浮遊培養し、神経網膜を形成することができる。
【0083】
工程(B)及び/又は工程(C)に用いる、Wntシグナル伝達経路阻害物質としては、Wntにより媒介されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り特に限定されず、タンパク質、核酸、低分子化合物等のいずれであってもよい。Wntにより媒介されるシグナルは、Frizzled(Fz)及びLRP5/6(low-density lipoprotein receptor-related protein 5/6)のヘテロ二量体として存在するWnt受容体を介して伝達される。Wntシグナル伝達経路阻害物質としては、例えば、Wnt又はWnt受容体に直接作用する物質(抗Wnt中和抗体、抗Wnt受容体中和抗体等)、Wnt又はWnt受容体をコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、Wnt受容体とWntの結合を阻害する物質(可溶型Wnt受容体、ドミナントネガティブWnt受容体等、Wntアンタゴニスト、Dkk1、Cerberusタンパク質等)、Wnt受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質[CKI-7(N-(2-アミノエチル)-5-クロロイソキノリン-8-スルホンアミド)、D4476(4-[4-(2,3-ジヒドロ-1,4-ベンゾジオキシン-6-イル)-5-(2-ピリジニル)-1H-イミダゾール-2-イル]ベンズアミド)、IWR-1-endo (IWR1e) (4-[(3aR,4S,7R,7aS)-1,3,3a,4,7,7a-ヘキサヒドロ-1,3-ジオキソ-4,7-メタノ-2H-イソインドール-2-イル]-N-8-キノリニル-ベンズアミド)、並びに、IWP-2(N-(6-メチル-2-ベンゾチアゾリル)-2-[(3,4,6,7-テトラヒドロ-4-オキソ-3-フェニルチエノ[3,2-d]ピリミジン-2-イル)チオ]アセタミド)等の低分子化合物等]等が挙げられるが、これらに限定されない。Wntシグナル伝達経路阻害物質として、これらを一種又は二種以上含んでいてもよい。CKI-7、D4476、IWR-1-endo (IWR1e)、IWP-2等は公知のWntシグナル伝達経路阻害物質であり、市販品等を適宜入手可能である。Wntシグナル伝達経路阻害物質として好ましくはIWR1eが用いられる。
【0084】
工程(B)におけるWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、良好な細胞凝集体の形成を誘導可能な濃度であればよい。例えばIWR-1-endoの場合は、約0.1μMから約100μM、好ましくは約0.3μMから約30μM、より好ましくは約1μMから約10μM、更に好ましくは約3μMの濃度となるように培地に添加する。IWR-1-endo以外のWntシグナル伝達経路阻害物質を用いる場合には、上記IWR-1-endoの濃度と同等のWntシグナル伝達経路阻害活性を示す濃度で用いられることが望ましい。
【0085】
工程(B)において、Wntシグナル伝達経路阻害物質を培地に添加するタイミングは、早い方が好ましい。Wntシグナル伝達経路阻害物質は、工程(B)における浮遊培養開始から、通常6日以内、好ましくは3日以内、より好ましくは1日以内、より好ましくは12時間以内、更に好ましくは工程(B)における浮遊培養開始時に、培地に添加される。具体的には、例えば、Wntシグナル伝達経路阻害物質を添加した基礎培地の添加や、該基礎培地への一部若しくは全部の培地交換を行う事ができる。工程(A)で得られた細胞を、工程(B)においてWntシグナル伝達経路阻害物質に作用させる期間は特に限定されないが、好ましくは、工程(B)における浮遊培養開始時に培地へ添加した後、工程(B)終了時(BMPシグナル伝達経路作用物質添加直前)まで作用させる。更に好ましくは、後述する通り、工程(B)終了後(すなわち工程(C)の期間中)も、継続してWntシグナル伝達経路阻害物質に曝露させる。一態様としては、後述する通り、工程(B)終了後(すなわち工程(C)の期間中)も、継続してWntシグナル伝達経路阻害物質に作用させ、網膜組織が形成されるまで作用させてもよい。
【0086】
工程(C)において、Wntシグナル伝達経路阻害物質としては、前述のWntシグナル伝達経路阻害物質のいずれかを用いる事ができるが、好ましくは、工程(B)で用いたWntシグナル伝達経路阻害物質と同一の種類のものを工程(C)において使用する。
【0087】
工程(C)におけるWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、網膜前駆細胞及び網膜組織を誘導可能な濃度であればよい。例えばIWR-1-endoの場合は、約0.1μMから約100μMの濃度となるように培地に添加してよく、好ましくは約0.3μMから約30μM、より好ましくは約1μMから約10μM、更に好ましくは約3μMの濃度となるように培地に添加してよい。IWR-1-endo以外のWntシグナル伝達経路阻害物質を用いる場合には、上記IWR-1-endoの濃度と同等のWntシグナル伝達経路阻害活性を示す濃度で用いられることが望ましい。工程(C)の培地中のWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、工程(B)の培地中のWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度を100としたとき、好ましくは50~150、より好ましくは80~120、更に好ましくは90~110であり、第二工程の培地中のWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度と同等であることが、より好ましい。
【0088】
Wntシグナル伝達経路阻害物質の培地への添加時期は、網膜系細胞若しくは網膜組織を含む凝集体形成を達成できる範囲で特に限定されないが、早ければ早い方が好ましい。好ましくは、工程(C)開始時にWntシグナル伝達経路阻害物質が培地に添加される。より好ましくは、工程(B)においてWntシグナル伝達経路阻害物質が添加された後、工程(C)においても継続して(即ち、工程(B)の開始時から)培地中に含まれる。更に好ましくは、工程(B)の浮遊培養開始時にWntシグナル伝達経路阻害物質が添加された後、工程(C)においても継続して培地中に含まれる。例えば、工程(B)で得られた培養物(Wntシグナル伝達経路阻害物質を含む培地中の凝集体の懸濁液)にBMPシグナル伝達作用物質(例、BMP4)を添加してもよい。
【0089】
Wntシグナル伝達経路阻害物質に作用させる期間は、特に限定されないが、好ましくは、工程(B)における浮遊培養開始時にWntシグナル伝達経路阻害物質が添加される場合において、工程(B)における浮遊培養開始時を起算点として、2日間から30日間、より好ましくは6日間から20日間、8日間から18日間、10日間から18日間、又は10日間から17日間(例えば、10日間)である。別の態様において、Wntシグナル伝達経路阻害物質に作用させる期間は、工程(B)における浮遊培養開始時にWntシグナル伝達経路阻害物質が添加される場合において、工程(B)における浮遊培養開始時を起算点として、好ましくは3日間から15日間(例えば、5日間、6日間、又は7日間)であり、より好ましくは6日間から10日間(例えば、6日間)である。
【0090】
上述した方法で得た網膜系細胞の細胞凝集体を、更に下記工程に付すことにより、毛様体周縁部様構造体を含む神経網膜を製造することもできる。毛様体周縁部様構造体を含む神経網膜を製造することにより、視細胞前駆細胞等を豊富に含み、連続上皮構造が高い頻度で含まれる神経網膜を製造する事が可能である。
工程D:Wntシグナル伝達経路作用物質、及び/又は、FGFシグナル伝達経路阻害物質を含む無血清培地又は血清培地中で3日間から6日間程度の期間培養する工程。
工程E:工程Dにより得られた細胞凝集体を、Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質を含まない無血清培地又は血清培地中で30日間~150日間(好ましくは、30日間~120日間、又は30日間~100日間)程度培養する工程。
【0091】
一態様として、工程(A)~(C)で得られた神経網膜を含む細胞凝集体であって、工程(B)の浮遊培養開始後6~30日目、10~20日目(10日目、11日目、12日目、13日目、14日目、15日目、16日目、17日目、18日目、19日目又は20日目)の神経網膜を含む細胞凝集体から、上記工程(D)及び工程(E)により、毛様体周縁部様構造体を製造できる。
【0092】
Wntシグナル伝達経路作用物質としては、Wntによって媒介されるシグナル伝達を増強し得るものである限り特に限定されない。具体的なWntシグナル伝達経路作用物質としては、例えば、GSK3β阻害剤(例えば、6-Bromoindirubin-3’-oxime(BIO)、CHIR99021、Kenpaullone)を挙げることができる。工程Dにおける無血清培地又は血清培地中のWntシグナル伝達経路作用物質の濃度は、例えばCHIR99021の場合には、約0.1μM~約100μM、好ましくは約1μM~約30μMの範囲を挙げることができる。
【0093】
FGFシグナル伝達経路阻害物質としては、FGFによって媒介されるシグナル伝達を阻害できるものである限り特に限定されない。FGFシグナル伝達経路阻害物質としては、例えば、SU-5402、AZD4547、BGJ398等が挙げられる。工程Dにおける無血清培地又は血清培地中のFGFシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、例えばSU-5402の場合、約0.1μM~約100μM、好ましくは約1μM~約30μM、より好ましくは約5μMの濃度で添加する。
【0094】
上述の方法によって、網膜組織(神経網膜)を製造することができるが、これらに限定されない。
【0095】
「移植による拒絶反応」とは、移植を受けた患者(レシピエント)の免疫応答により、移植された組織又は臓器を拒絶しようとする個体の防御反応を意味する。
【0096】
移植による拒絶反応は、発症する時期に応じて、例えば、急性期及び慢性期に分類される。急性期の拒絶反応は移植日又は移植後数日(例えば、移植1日後、2日後、又は3日後等)から約2か月以内に生じ、慢性期の拒絶反応は移植後約2か月以降に発症する。急性拒絶は、さらに急性初期(移植後約10日以内)と急性後期(移植後約11日から約2か月以内)の拒絶反応に分類されることもある。
【0097】
具体的な症状としては、リンパ球の浸潤及び免疫細胞の活性化等が挙げられる。また、眼底検査や、蛍光眼底造影検査及び/又はリンパ球混合アッセイを指標として、移植による拒絶反応の程度を判定することができる。
急性拒絶(特に急性初期)は、手術侵襲による炎症反応も影響する複雑かつ強い免疫応答が誘導される可能性が高いため、腎臓移植などにおいて、一般的には、タクロリムス等の免疫抑制剤が全身的に投与される。拒絶反応の所見が認められなければ、その後、免疫抑制剤の投与量は減量されるが、通常当該免疫抑制剤の使用は継続される。
【0098】
免疫抑制剤とは、免疫系の活動を抑制ないし阻害するために用いる薬剤である。免疫抑制剤は、移植された臓器又は組織に対する拒絶反応の予防及び抑制、自己免疫疾患及びアレルギー等の炎症性疾患に対する炎症制御の目的で使用される。
【0099】
免疫抑制剤は、その作用機序又は構造等の類似性により、いくつかの分類が可能である。一例として、作用機序による分類として、ステロイド系抗炎症剤(steroidal anti-inflammatory drugs/SAIDs)、カルシニューリン阻害剤、mTOR阻害剤、細胞毒性剤、代謝拮抗剤、細胞障害性抗生物質、アルキル化剤、微小管合成阻害剤等が挙げられる。免疫抑制剤として用いられる物質には限定はなく、低分子化合物、タンパク質(抗体を含む)、核酸等のいずれであってもよい。これらの免疫抑制剤の中には、別の疾患の治療剤として用いられるが、免疫抑制作用を有するために移植による拒絶反応を抑制するための免疫抑制剤としても使用される薬剤が含まれる。移植による拒絶反応を抑制するために臓器移植患者に対し服用させる免疫抑制剤としては、例えば、カルシニューリン阻害剤、mTOR阻害剤、代謝拮抗剤及びステロイド系抗炎症剤等が挙げられる。
【0100】
ステロイド系抗炎症剤とは、有効成分として糖質コルチコイド(glucocorticoids)あるいはその誘導体を含む抗炎症剤である。ステロイド系抗炎症剤は、核内受容体であるglucocorticoid receptor(GR/NR3C1)に結合することで、炎症性遺伝子NF-κB及びAP-1の発現を抑制し、リンパ球(獲得免疫系の細胞に加え、特に自然免疫系の細胞:好中球、マクロファージなど)の増殖シグナルを抑制させる。例えば、プレドニゾロン、メチルプレドニゾロン、トリアムシノロン、デキサメサゾン、ベタメタゾン、フルオロメトロン等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0101】
本明細書において、ステロイド系抗炎症剤について、作用の強さに基づく分類を行うことができる。具体的には、強作用型(Strong)ステロイド系抗炎症剤及び中作用型(Mild)ステロイド系抗炎症剤に分類される。強作用型ステロイド系抗炎症薬として、デキサメタゾン、ベタメタゾン、プレドニゾロン及びメチルプレドニゾロン等が挙げられる。中作用型ステロイド系抗炎症剤として、フルオロメトロン、ベタメタゾンジプロピオン酸エステル(ベタメタゾン吉草酸エステル)、トリアムシノロン、コルチゾン及びヒドロコルチゾン等が挙げられる。
【0102】
眼科領域で使用されるステロイド系抗炎症剤としては、点眼剤として用いられるベタメタゾン吉草酸エステル又はフルオロメトロン等、硝子体内注射剤及び/又はテノン注射剤として用いられるトリアムシノロンアセトニド等が挙げられる。また、経口剤としては、作用時間が短いコルチゾン又はヒドロコルチゾン、作用時間が中程度のプレドニゾロン又はメチルプレドニゾロンコハク酸エステルナトリウム、作用時間が長いデキサメタゾン又はベタメタゾンが用いられる。ステロイドパルス療法には、一般的にメチルプレドニゾロンの点滴用液剤が用いられる。
ステロイド系抗炎症剤も、移植による拒絶反応の予防のために有効であることが知られており、例えばプレドニゾロンなどが用いられる。また、RPE細胞等の移植による免疫拒絶反応の予防の目的には、ステロイド系抗炎症剤の経口剤もしくはステロイド系抗炎症剤のパルス療法が用いられることが報告されているが、点眼剤もしくは硝子体内注射又はテノン注射単独でステロイド系抗炎症剤を用いることは報告されていない。
【0103】
カルシニューリン阻害剤とは、カルシニューリン阻害作用を有する薬剤であり、特にT細胞の活性化制御を主作用とする薬剤である。具体的には、カルシニューリン阻害剤は、イムノフィリンと呼ばれる細胞内の受容体と結合した後、脱リン酸化酵素カルシニューリンPP2Bの活性を抑制し、インターロイキン2(IL-2)及びインターフェロンγの産生を抑制し、T細胞の増殖抑制を示す。カルシニューリン阻害剤としては、例えば、シクロスポリン、タクロリムス等が挙げられる。
【0104】
眼科領域において、シクロスポリンは点眼剤として非感染性ぶどう膜炎などに適用がある一方、タクロリムスは眼科領域における適用症はない。
また、カルシニューリン阻害作用を有する薬剤が、移植による拒絶反応の予防のために有効であることは知られているが、RPE細胞等の移植による免疫拒絶反応の予防の目的には、カルシニューリン阻害の経口剤が用いられていることが報告されている。一方で、カルシニューリン阻害剤の点眼剤を用いることは報告されていない。
【0105】
mTOR阻害剤とは、mTOR(mammalian target of rapamycin)阻害作用を有する薬剤である。具体的には、mTOR阻害剤は、イムノフィリンに結合した後にmTOR活性を阻害し、免疫担当細胞の細胞周期の停止及びタンパク質翻訳の抑制といった効果を示す。インターロイキン2(IL-2)の産生を低下させることによってT細胞及びB細胞の活性化を阻害することが知られている。mTOR阻害剤としては、例えば、シロリムス(ラパマイシン)、シロリムス誘導体であるテムシロリムス、エベロリムス等が挙げられる。
【0106】
細胞毒性剤とは、抗がん剤としても使用される細胞分裂阻害作用を有する薬剤である。細胞毒性剤は、がん治療に比べて少量を用いることで免疫抑制剤としても使用される。細胞毒性剤は、さらに、核酸合成に干渉する代謝拮抗剤、細胞障害性抗生物質、アルキル化剤、微小管合成阻害剤等に分類可能である。
【0107】
代謝拮抗剤としては、例えば、プリンアナログ及びその前駆物質であるメルカプトプリン及びアザチオプリン、葉酸類似体であるメトロレキサートグアノシン産生阻害剤であるミコフェノール酸、ピリミジン合成阻害剤であるレフルノミド等が挙げられる。アザチオプリン、及び活性代謝物である6-メルカプトプリンは、6-MPリボ核酸となって、ミコフェノール酸及びミゾリビンはリンパ球の増殖の主要経路を担うイノシン―1-リン酸脱水素酵素IMPDHの活性を抑制して、de novo拡散合成の阻害によるリンパ球の増殖抑制を示す。また、RPE細胞等の移植による免疫拒絶反応の予防の目的には、ミコフェノール酸の経口剤が用いられることが報告されている。
【0108】
細胞障害性抗生物質とは、細胞障害活性を有する抗生物質である。細胞障害性抗生物質としては、例えば、ダクチノマイシン、アントラサイクリン、マイトマイシンC、ブレオマイシン、ミトラマイシン等が挙げられる。
【0109】
アルキル化剤とは、細胞傷害性抗がん剤の一種である。アルキル化剤としては、例えば、シクロフォスファミドが挙げられる。
【0110】
微小管合成阻害剤とは、微小管合成を阻害し、細胞の遊走等を阻害する薬剤である。微小管合成阻害剤としては、例えば、コルヒチンやビンブラスチン等が挙げられる。
【0111】
タンパク質及び抗体としては、サイトカイン(IL-2、TNFα等)、及びその受容体、T細胞等の免疫細胞の表面マーカー(CD3やCD25等)に作用するタンパク質及び抗体が挙げられる。抗体はポリクローナル抗体とモノクローナル抗体とに分類できる。例えば、抗CD25抗体としてバシリキシマブ、抗CD20抗体としてリツキシマブが挙げられる。これらは、標的とする免疫細胞の機能を抑制する。
【0112】
免疫抑制剤は、その剤形により経口剤、注射剤及び外用剤等に分類できる。経口剤とは、経口により投与される医薬品の製剤(薬剤)である。経口剤としては、錠剤、カプセル剤、顆粒等様々な剤形が含まれるが、これらに限定されない。注射剤とは、注射針を用いて皮内又は皮下の組織、血管内若しくは眼内(テノン嚢下、硝子体内)等に直接投与する液状又は用時溶解して液状にして用いる薬剤である。外用剤とは、経口剤及び注射剤を除いた、人体へ直接用いる全ての薬剤の総称である。外用剤としては、点眼剤、点眼軟膏、液剤・エアゾル剤・ドライパウダー等の吸入剤、軟膏・クリーム・湿布剤・テープ剤等の経皮剤等が含まれるがこれらに限定されない。
眼領域の移植に用いられる免疫抑制剤の剤形としては、経口剤、注射剤(静脈内注射、テノン嚢下注射、硝子体内注射等)及び外用剤として特に点眼剤が用いられる。
【0113】
「免疫抑制剤を全身的に投与する」とは、免疫抑制剤を全身に分布させる態様、すなわち免疫抑制剤の有効成分が血流に存在する態様で投与すること、具体的には、経口投与又は静脈内投与等により免疫抑制剤を投与すること等を意味する。
【0114】
「免疫抑制剤を局所的に投与する」とは、免疫抑制剤を眼内、皮膚等局所に分布させ、免疫抑制剤の有効成分が実質的に血流に存在しない態様で投与することを意味する。本実施形態において、「免疫抑制剤を局所的に投与する」とは、具体的には、眼内への注射(テノン嚢下注射、硝子体内注射等)、又は点眼により免疫抑制剤を投与すること等を意味する。副作用など患者負担の軽減という観点では、免疫抑制剤の局所的な投与が好ましく、特に点眼剤による投与が好ましい。しかしながら、現在の移植治療においては、免疫抑制剤は全身的に投与されることが通常であり、移植による拒絶反応の予防を目的として局所的に投与され得ることは報告されていない。
【0115】
テノン嚢下注射とは、結膜を小さく切開し眼球の後ろのテノン嚢に薬剤を注入する投与方法である。点眼剤に比べてはるかに強力で後眼部への効果が期待できる処置であり、一回の注入で長期間効果が持続すると考えられている。
硝子体内注射は眼内に直接薬剤を投与する方法であり、全身的な副作用のリスクを軽減し、眼内の病変に対してより強く治療効果を発揮する。
【0116】
移植による拒絶反応の予防を目的とした免疫抑制剤の投与とは、移植による拒絶反応が認められる前から予防的に投与することを意味する。すなわち、他疾患の予防及び/又は治療を目的とした免疫抑制剤の投与、及び、すでに生じた移植による拒絶反応をコントロールすることを目的とした免疫抑制剤の投与は含まない。
【0117】
通常、移植による拒絶反応の予防を目的とした免疫抑制剤の投与は、移植の直前又は直後から開始され、永久的に継続される。移植後の免疫抑制剤の継続期間中に、免疫抑制剤の種類、剤形、又は用法・用量が変更になる場合もある。具体的には、移植初期には高容量の免疫抑制剤が高頻度に投与されるが、その後の症状に応じて適宜増減される。安定した状態が得られた後は、徐々に減量し、有効最小量で維持することが考えられる。しかし、眼科領域の移植も含め、移植による拒絶反応の予防を目的とした免疫抑制剤は全身的な投与が継続される。
【0118】
本実施形態の治療薬の特徴は、移植に伴う拒絶反応につながる免疫応答を惹起しない、又は免疫応答を抑制することにある。すなわち、本実施形態の治療薬を移植に用いることにより、拒絶反応の予防を目的とした免疫抑制剤投与による患者負担の軽減が可能な点にある。従って、本実施形態の治療薬は、当該治療薬の投与の前後において、移植による拒絶反応の予防を目的とした免疫抑制剤の投与を行わない、若しくは、副作用が少ないなど患者の負担がより少ない免疫抑制剤を、局所的な投与及び/又はより短期間の投与を行うことが可能となる点に特徴がある。
【0119】
免疫抑制剤の使用期間は短い方が好ましい。外科手術による侵襲が免疫誘導する点を考慮すると、本実施形態の治療薬の投与前、投与時及び/又は投与後1週間(2週間、1か月、2か月)程度(又は、急性期の拒絶反応が生じる可能性のある期間)、免疫抑制剤を投与することは許容される。この場合、後述の通り、免疫抑制剤の局所的な投与が好ましく、ステロイド系抗炎症剤の使用が好ましい。
【0120】
全身性の作用を抑制するために、免疫抑制剤の局所的な投与の方が好ましく、本発明の治療薬を用いる場合、眼への局所投与が好ましい。
【0121】
免疫抑制作用の強さ、副作用の有無若しくは副作用の懸念の程度、その発生頻度、及び/又は重篤度等を考慮すると、「副作用が少ない免疫抑制剤」としては、ステロイド系抗炎症剤が挙げられる。すなわち、本実施形態の治療薬により移植が行われる際に、ステロイド系抗炎症剤の全身的又は局所的な投与は許容される。外科手術による侵襲が誘導する免疫誘導を抑制する事が可能である点でも、ステロイド系抗炎症剤を一定期間使用することは許容される。
一方、本実施形態の治療薬が、T細胞の活性化、及び活性化したT細胞を強く抑制可能な点を考慮すると、T細胞を主な標的とするカルシニューリン阻害剤及びmTOR阻害剤の使用を抑制する事が可能である。現在の移植治療において最もよく使用されており副作用の懸念も高いカルシニューリン阻害剤及びmTOR阻害剤の使用を行わない、長期間の投与を行わない、全身的な投与を行わない、もしくは使用量を抑制する事が可能な点は、臨床上大きな意義がある。
【0122】
本実施形態の治療薬の一態様においては、対象患者は、上述の治療薬の投与前、投与時及び/又は投与後に、移植による拒絶反応の予防を目的とした、ステロイド系抗炎症剤及びカルシニューリン阻害剤以外の免疫抑制剤を全身的に投与されない。対象患者は、好ましくは、ステロイド系抗炎症剤以外の免疫抑制剤を全身的に投与されない。
本実施形態の治療薬の一態様において好ましくは、免疫抑制剤は全身的に投与されず、さらに好ましくは、免疫抑制剤は全身的に投与されず、かつステロイド系抗炎症剤及びカルシニューリン阻害剤以外の免疫抑制剤は局所的にも投与されず(すなわち免疫抑制剤として、ステロイド系抗炎症剤もしくはカルシニューリン阻害剤のみが局所的に投与され)、さらに好ましくは、免疫抑制剤を一切投与されない。
【0123】
治療薬の投与時に投与されないこととは、本実施形態の治療薬の投与と同時に投与しない、又は、治療薬の投与の直前若しくは直後であって同時投与とみなされるタイミング、例えば、治療薬の投与の前後24時間以内若しくは12時間以内に投与されないことを意味する。治療薬の投与前に投与されないこととは、本実施形態の治療薬の投与の前に、同時投与とみなされるタイミング以前、少なくとも1週間前から投与されないことを意味する。治療薬の投与後に投与されないこととは、本発明の治療薬の投与の後に、同時投与とみなされるタイミング以降、少なくとも6か月以内若しくは1年以内に投与されないことを意味する。
【0124】
本実施形態の治療薬は、上述の治療薬の投与前、投与時又は投与後に、ステロイド系抗炎症剤及び/又はカルシニューリン阻害剤を全身的又は局所的(好ましくは局所的)に投与することは許容される。また、本実施形態の治療薬は、上述の治療薬の投与前、投与時又は投与後に、ステロイド系抗炎症剤及びカルシニューリン阻害剤以外の免疫抑制剤を局所的に投与されてよい。上述の治療薬の投与後1年以内、好ましくは6か月以内、より好ましくは3か月以内、より好ましくは2か月以内、より好ましくは1か月以内、より好ましくは2週間以内、より好ましくは1週間以内に、免疫抑制剤の投与を終了することができる。
【0125】
本実施形態の治療薬は、網膜組織の有効量を含んでいてよい。網膜組織の有効量は、投与の目的、投与方法、投与対象の状況(性別、年齢、体重、病状等)によって異なるが、例えば、細胞数として、例えば、1.0×104個以上(例えば、1×105個、1×106個又は1×107個)としてもよい。
【0126】
本実施形態の治療薬は、医薬として許容される担体を含んでいてよい。医薬として許容される担体としては、生理的な水性溶媒(生理食塩水、緩衝液、無血清培地等)を用いることができる。必要に応じて、移植医療において、移植する組織又は細胞を含む医薬に、通常使用される保存剤、安定剤、還元剤、等張化剤、pH調整剤等を配合させてもよい。
【0127】
本実施形態の治療薬は、網膜組織を、適切な生理的な水性溶媒で懸濁することによって、細胞懸濁液として製造することができる。本実施形態の治療薬は、必要であれば、凍結保存剤を添加して、凍結保存し、使用時に解凍し、緩衝液で洗浄し、移植医療に用いてもよい。
【0128】
本実施形態の治療薬に含まれる網膜組織は、例えば、ピンセット、ナイフ、ハサミ等を用いて適切な大きさに細切し、凝集体の一部を移植するために切り出して利用できる。切り出し後の形状は特に限定はないが、例えば、細胞シートが挙げられる。
【0129】
本実施形態の治療薬は、移植によって患者に投与される。患者への投与は、例えば、注射針を用いて網膜下に移植する方法、又は、眼球の一部を切開し、切開部位から損傷部位若しくは病変部位に移植する方法で実施される。本実施形態の治療薬の投与に際して、投与前、投与時及び/又は投与後に、移植による拒絶反応の予防を目的とした、ステロイド系抗炎症剤及びカルシニューリン阻害剤以外の免疫抑制剤を全身的に投与されない。本実施形態の治療薬の投与に際して、投与前、投与時及び/又は投与後に、移植による拒絶反応の予防を目的とした、ステロイド系抗炎症剤及びカルシニューリン阻害剤を全身的に投与されてもよく、移植による拒絶反応の予防を目的とした免疫抑制剤を局所的に投与されてもよい。
【0130】
(患者)
本実施形態の治療薬の対象患者は、網膜系細胞又は網膜組織の障害を伴う疾患に罹患した患者であり、該治療薬は上記対象患者に移植するための治療薬である。治療薬が投与される対象患者は、上述の治療薬の投与前、投与時及び/又は投与後に、移植による拒絶反応の予防を目的とした、ステロイド系抗炎症剤及びカルシニューリン阻害剤以外の免疫抑制剤を全身的に投与されない。ただし、対象患者は、上述の治療薬の投与前、投与時及び/又は投与後に、移植による拒絶反応の予防を目的とした、ステロイド系抗炎症剤及び/又はカルシニューリン阻害剤を全身的に投与されてもよく、また、移植による拒絶反応の予防を目的とした、免疫抑制剤を局所的に投与されてもよい。
【0131】
対象患者は、好ましくは治療薬の投与2か月後(又は、1か月後)以降には、移植による拒絶反応の予防を目的とした、ステロイド系抗炎症剤及び/又はカルシニューリン阻害剤も全身的に投与されない。すなわち、対象患者は、治療薬の投与前、投与時及び/又は投与2か月後(又は、1か月後)までに、移植による拒絶反応の予防を目的とした、ステロイド系抗炎症剤及び/又はカルシニューリン阻害剤を全身的に又は局所的に投与されてもよいが、治療薬の投与2か月後(又は、1か月後)以降に、ステロイド系抗炎症剤及び/又はカルシニューリン阻害剤を全身的に投与されず、局所的に投与されてもよい。
【0132】
対象患者は、好ましくは治療薬の投与前、投与時及び/又は投与後に、移植による拒絶反応の予防を目的とした、免疫抑制剤を全身的に投与されない。すなわち、対象患者は、治療薬の投与前、投与時及び/又は投与後に、移植による拒絶反応の予防を目的とした、ステロイド系抗炎症剤及び/又はカルシニューリン阻害剤を含めた免疫抑制剤は全身的に投与されないが、局所的に投与されてもよい。
【0133】
対象患者は、好ましくは治療薬の投与前、投与時及び/又は投与後に、移植による拒絶反応の予防を目的とした、ステロイド系抗炎症剤及びカルシニューリン阻害剤以外(好ましくは、ステロイド系抗炎症剤以外)の免疫抑制剤を局所的に投与されない。すなわち、対象患者は、治療薬の投与前、投与時及び/又は投与後に、移植による拒絶反応の予防を目的とした、ステロイド系抗炎症剤及びカルシニューリン阻害剤以外(好ましくは、ステロイド系抗炎症剤以外)の免疫抑制剤は全身的にも局所的にも投与されないが、ステロイド系抗炎症剤及び/又はカルシニューリン阻害剤を全身的に又は局所的(好ましくは局所的)に投与されてもよい。ここで好ましい局所投与としては、テノン注射又は硝子体注射が挙げられる。
【0134】
対象患者は、治療薬の投与前、投与時及び/又は投与後に、移植による拒絶反応の予防を目的とした、トリアムシノロン、フルオシノロン、及び、カルシニューリン阻害剤(シクロスポリン、タクロリムスなど)からなる群から選択される1以上の免疫抑制剤を局所的に投与されてよい。ここで好ましい局所投与としては、テノン注射又は硝子体注射が挙げられる。
【0135】
対象患者は、好ましくは治療薬の投与2か月後以降(又は、1か月後)には、移植による拒絶反応の予防を目的とした、ステロイド系抗炎症剤及び/又はカルシニューリン阻害剤を局所的にも投与されない。
【0136】
対象患者は、好ましくは治療薬の投与前、投与時及び/又は投与後に、移植による拒絶反応の予防を目的とした、免疫抑制剤を投与されない。
【0137】
網膜組織又は網膜系細胞の障害に基づく疾患としては、例えば、眼科疾患である黄斑変性症、加齢黄斑変性、網膜色素変性、白内障、緑内障、角膜疾患、網膜症、黄斑円孔等が挙げられるが、これらに限られない。
【0138】
本発明の一態様として、移植用網膜組織(治療薬)とHLA型が適合しない、網膜組織又は網膜系細胞の障害に基づく疾患に罹患した患者に対する治療薬が提供される。移植用網膜組織とHLA型が適合しない患者とは、例えば、HLA-A、B、C及びDRからなる群から選択される1、2、3又は全てのHLAが適合しない患者である。HLA型の適合度は、当業者であれば血清学的検査及びDNA型検査などの周知技術により判別可能である。
【0139】
本発明の一態様として、血液網膜関門が障害を受けた患者に対する治療薬が提供される。血液網膜関門が障害を受けると免疫応答が起こりやすくなり、移植による拒絶反応が起こりやすくなると考えられる。本実施形態の治療薬は、免疫応答を誘導せず、むしろ免疫応答抑制することが可能である。従って、血液網膜関門が障害を受けた患者に対しても、本実施形態の治療薬を、免疫抑制剤の使用を軽減した上で使用することができる。なお、血液網膜関門の障害は、外科手術に基づく障害も含まれる。血液網膜関門が障害を受けているか否かは、眼底検査や蛍光眼底造影検査、光干渉断層計(OCT)検査により判断することができる。血液網膜関門が障害を受けている疾患とは、例えば、加齢黄斑変性症、糖尿病性網膜症、Behcet病、サルコイドーシスである。
【0140】
臓器移植においては、移植を行うことができない、若しくは、移植が可能であったとしても、長期の入院若しくは通院、及び十分な経過観察のために様々な検査を強いられる患者が存在する。これらの患者では特にQOLが大きく低下する。その一因として、併用を必須とする免疫抑制剤の使用禁忌、併用禁忌、及び、慎重投与の対象となる患者が挙げられる。具体的には、高齢者、妊婦、妊娠している可能性のある婦人、授乳婦、小児(低出生体重児、新生児、乳児を含む)、感染症のある患者、B型又はC型肝炎ウイルス等のウイルスキャリア、悪性腫瘍又はその既往歴のある患者、腎機能障害のある患者、肝機能障害のある患者、膵機能障害のある患者等が挙げられる。本実施形態の治療薬は、免疫抑制剤を使用せず、又は、免疫抑制剤の使用量を軽減可能である。従って、一実施態様において、高齢者、妊婦、妊娠している可能性のある婦人、授乳婦、小児(低出生体重児、新生児、乳児を含む)、感染症のある患者、B型又はC型肝炎ウイルス等のウイルスキャリア、悪性腫瘍又はその既往歴のある患者、腎機能障害のある患者、肝機能障害のある患者、及び、膵機能障害のある患者からなる群から選択される1以上の患者に対し、治療薬を提供する。
【0141】
本実施形態の網膜組織の一態様として、他家由来、かつ、立体構造を有する網膜組織であって、網膜系細胞又は網膜組織の障害を伴う疾患に罹患し、かつ、移植による拒絶反応の予防を目的とした、ステロイド系抗炎症剤及びカルシニューリン阻害剤以外の免疫抑制剤を全身的に投与されない患者における網膜系細胞又は網膜組織の障害を伴う疾患の治療に使用するための、網膜組織が提供される。
【0142】
また、本発明の網膜組織の他の一態様として、他家由来、かつ、立体構造を有する網膜組織であって、網膜組織を投与する際、投与前、投与時及び/又は投与後に移植による拒絶反応の予防を目的とした、ステロイド系抗炎症剤及びカルシニューリン阻害剤以外の免疫抑制剤を全身的に投与されない、網膜系細胞又は網膜組織の障害を伴う疾患の治療に使用するための、網膜組織が提供される。
【0143】
〔治療方法〕
本実施形態の治療方法の一態様として、他家由来、かつ、立体構造を有する網膜組織の有効量を、網膜系細胞又は網膜組織の障害を伴う疾患に罹患した患者に投与(移植)することを含み、対象患者が、網膜組織の投与前(移植前)、投与時(移植時)及び/又は投与後(移植後)に、移植による拒絶反応の予防を目的とした、ステロイド系抗炎症剤及びカルシニューリン阻害剤以外の免疫抑制剤を全身的に投与されないことを特徴とする、網膜系細胞又は網膜組織の障害を伴う疾患の治療方法が提供される。網膜組織は、製剤、具体的には移植用製剤として、患者に移植される。
【0144】
本実施形態の治療方法の他の一態様として、他家由来、かつ、立体構造を有する網膜組織の有効量を、網膜系細胞又は網膜組織の障害を伴う疾患に罹患した患者に投与することを含み、網膜組織を投与する際、投与前、投与時及び/又は投与後に、移植による拒絶反応の予防を目的とした、ステロイド系抗炎症剤及びカルシニューリン阻害剤以外の免疫抑制剤を全身的に投与されないことを特徴とする、網膜系細胞又は網膜組織の障害を伴う疾患の治療方法が提供される。本発明の一態様として、前述の事前検査において当該治療薬による免疫応答の抑制効果が認められる患者に対し、本発明の治療薬を投与する方法が挙げられる。
【0145】
すなわち、本実施形態の治療方法は、一態様として、他家幹細胞から立体構造を有する網膜組織を分化誘導するステップと、該網膜組織の有効量を網膜系細胞又は網膜組織の障害を伴う疾患に罹患した患者に投与(移植)するステップとを含む。対象患者及び投与方法は上述のとおりであってよい。
【0146】
網膜組織は、治療(移植)に際して、網膜組織を該網膜組織の生存能力を維持するために必要な媒体において保存してもよい。「生存能力を維持するために必要な媒体」としては、培地、生理学的緩衝溶液等が挙げられるが、網膜前駆細胞等の網膜系細胞を含む細胞集団が生存する限りにおいて特に限定されず、当業者であれば適宜選択することができる。一例として、動物細胞の培養に通常用いられる培地を基礎培地として調製した培地が挙げられる。基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM (GMEM)培地、Improved MEM Zinc Option培地、Neurobasal培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、F-12培地、DMEM/F12培地、IMDM/F12培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地又はこれらの混合培地等、動物細胞の培養に用いることのできる培地を挙げることができる。
【0147】
移植は、例えば、注射針を用いて網膜下に移植する方法、又は眼球の一部を切開し、切開部位から損傷部位又は病変部位に移植することで実施される。
【0148】
〔キット〕
一実施態様として、他家幹細胞から分化誘導され、かつ、立体構造を有する網膜組織と、網膜系細胞又は網膜組織の障害を伴う疾患に罹患した患者に対して、治療薬の投与時又は投与後に、(1)免疫抑制剤を投与しない旨、(2)免疫抑制剤を全身的に投与しない旨(治療薬の投与1か月以上にわたり免疫抑制剤を全身的に投与しない、との期間を限定する場合も含む)、(3)免疫抑制剤を局所的にのみ投与する旨、(4)免疫抑制剤として、ステロイド系抗炎症剤若しくはカルシニューリン阻害剤のみ(好ましくは、ステロイド系抗炎症剤のみ)を全身的又は局所的に投与する旨、又は、(5)上述の(1)~(4)のいずれかを実質的に記載しているに等しい記載を示した指示書、説明書、添付文書、又は製品ラベルと、を含む、キットが提供される。(1)~(4)のいずれかを実質的に記載しているに等しい記載とは、例えば、一般的な医師が(1)~(4)の投与が可能であると理解できる程度の非臨床又は臨床のデータを開示すること等が含まれる。上記データには、動物種を問わず、また、in vivoデータに限られず、in vitroにおける免疫寛容又は免疫抑制効果を示すデータも含まれる。さらに、当該キットには、移植用器具(例:眼内投与用の注射針や注射筒など)や移植用媒体、網膜組織の生存能力を維持するために必要な媒体などが含まれていてもよい。
【0149】
網膜組織と、指示書、説明書、添付文書、又は製品ラベルとは同梱されることが好ましい。指示書、説明書、添付文書、又は製品ラベルは、印刷されたものであってもよく、インターネット等の掲示される電子情報であってもよい。電子情報の場合は、その情報の入手方法が同梱されることが好ましい。
【実施例】
【0150】
以下に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明は何らこれらに限定されるものではない。
【0151】
以下の実施例で使用したすべての動物は、Association for Research in Vision and Ophthalmology statement for the Animals in Ophthalmology and Vision Researchに従って処置した。動物実験は理化学研究所・BDR倫理委員会の承認を受け、理化学研究所・生体力学研究センターの動物実験指針に基づいて行った。
【0152】
<実施例1:ヒトES/iPS細胞からSFEBq法による神経網膜(NR)の作製>
Crx::Venusレポーター遺伝子を持つように遺伝子改変したヒトES細胞(KhES-1株、(非特許文献3))及び理化学研究所にて樹立されたヒトiPS細胞(TLHD2株)を、「Scientific Reports,4,3594 (2014)」に記載の方法に準じてフィーダーフリー条件下で培養した。フィーダーフリー培地としてはStemFit培地(商品名:AK03N、味の素社製)、フィーダー細胞に代わる足場としてLaminin511-E8(商品名、ニッピ社製)を用いた。
【0153】
KhES-1株及びTLHD2株は、フィーダーフリー培地において、多能性マーカーである、Oct3/4,Nanog,SSEA-4)を発現していた。
【0154】
具体的なヒトES及びヒトiPS細胞(ヒトES/iPS細胞)の維持培養操作は、以下の様に行った。まず、サブコンフレント(培養面積の6割が細胞に覆われる程度)になったヒトES/iPS細胞(KhES-1株及びTLHD2株)を、PBSにて洗浄後、TrypLE Select(商品名、Life Technologies社製)を用いて単一細胞へ分散した。その後、単一細胞へ分散されたヒトES細胞を、Laminin511-E8にてコートしたプラスチック培養ディッシュに播種し、Y27632(ROCK阻害物質、10μM)存在下、StemFit培地にてフィーダーフリー条件下で培養した。上記プラスチック培養ディッシュとして、6ウェルプレート(イワキ社製、細胞培養用、培養面積9.4cm2)を用いた場合、上記単一細胞へ分散されたヒトES/iPS細胞の播種細胞数は1ウェルあたり0.4~1.2×104細胞とした。播種した1日後に、Y27632を含まないStemFit培地に交換した。以降、1~2日ごとに一回Y27632を含まないStemFit培地にて培地交換した。その後、サブコンフレント1日前になるまでフィーダーフリー条件下で培養した。当該サブコンフレント1日前のヒトES細胞を、SB431542(TGFβシグナル伝達経路阻害物質、5μM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300nM)の存在下(Precondition処理)で、1日間フィーダーフリー条件下で培養した。
【0155】
ヒトES/iPS細胞を、PBSにて洗浄後、TrypLE Selectを用いて細胞分散液処理し、更にピペッティング操作によって単一細胞に分散した後、単一細胞に分散されたヒトES細胞を非細胞接着性の96ウェル培養プレート(商品名:PrimeSurface 96ウェルV底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.2×104細胞になるように100μLの無血清培地に浮遊させ、27℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地との1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1×Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。
【0156】
浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目)に、上記無血清培地にY27632(ROCK阻害物質、終濃度20μM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300nM又は30nM、0nM)を添加した。浮遊培養開始後3日目に、Y27632及びSAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(商品名:Recombinant Human BMP-4、R&D社製)を含む培地を用いて、外来性のヒト組み換えBMP4を終濃度1.5nMで含む培地を50μL添加した。浮遊培養開始後6日目以降、3日に一回Y27632及びSAG及びヒト組み換えBMP4を含まない培地で半量交換した。
【0157】
当該浮遊培養開始後15日から18日目の凝集体を、90mmの低接着培養皿(住友ベークライト社製)に移し、Wntシグナル伝達経路作用物質(CHIR99021、3μM)及びFGFシグナル伝達経路阻害物質(SU5402、5μM)を含む無血清培地(DMEM/F12培地に1% N2 Supplementが添加された培地)で37℃、5%CO2で、3~4日間培養した。その後、90mmの低接着培養皿(住友ベークライト社製)にて、Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質を含まず血清を含むDMEM/F12培地(以下、NucT0培地ということもある)で培養した。浮遊培養開始後(分化誘導)40日目以降、Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質を含まない血清培地(NucT0培地とNucT2培地の混合培地、以下、NucT1培地ということもある)で培養した。浮遊培養開始後(分化誘導)60日目以降、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質T3を含むNeurobasal培地(以下、NucT2培地ということもある)で浮遊培養開始後(分化誘導)80~95日目まで培養した。
【0158】
顕微鏡を用いて、観察した結果、ヒトES細胞株(khES-1)及びヒトiPS細胞株(TLHD2)において、分化誘導80~95日目に層構造を有する神経網膜(NR)が形成されることが分かった(
図1)。
【0159】
図29は、上記の方法で作製した浮遊培養開始後80日目のヒトES細胞から及びヒトiPS細胞からそれぞれ分化誘導した神経網膜hES-NR(A~C)及びhiPSC-NR(D~F)におけるCRX、Chx10、Pax6、RXy-γ、Brn3、Islet-1、Prox1の発現結果を示す顕微鏡写真である。核染色には、DAPIを用いた。
図29中のスケールバーは、30μmを示す。
【0160】
hES-NR及びhiPSC-NRの細胞層の中間には、神経網膜前駆細胞のマーカーである、Chx10及びPax6が発現していた(
図29のA、D)。神経網膜の基底膜側には、Pax6及び網膜神経節細胞のマーカーである、Brn3が発現していた(
図29のA~B、D~E)。浮遊培養開始後80日目の段階では、視細胞前駆体のマーカーであるCrxと、錐体細胞、錐体視細胞前駆細胞及び神経節細胞のマーカーであるRxr-γとは、頂端面側の層に発現していた(
図29のB、E)。Islet-1及びProx1は、頂端面側及び基底膜側のいずれにも発現していた(
図29のC、F)。Islet-1及びProx1は、初期分化期の内部網膜細胞(inner retinal cell)のマーカーである。
【0161】
大部分のCrxは、Brn3ではなく、Rxr-γとともに頂端面側の層に位置していた(
図29のB、E)。
【0162】
hES-NR及びhiPSC-NRは、Islet-1、Prox1及びBrn3を発現していた(
図29のC、F)。この結果は、網膜神経節細胞(retinal ganglion cells)、アマクリン細胞(amacrine cells)及び水平細胞(horizontal cells)の存在を示す。
【0163】
<実施例2:神経網膜のHLAの発現解析1>
実施例1で作製した浮遊培養開始後80日から100日のヒトES/iPS細胞由来神経網膜の培養液中に、組換えIFN-γ(100ng/mL)(R&D systems社製)を添加し、2日間培養した。一方で、組換えIFN-γを添加しないグループも用意した。
【0164】
2日後、ヒトES/iPS細胞由来神経網膜をPBSにて洗浄し、神経細胞分散液(WAKO社製)を添加した。37℃でインキュベート後、ピペッティングにより単一細胞へ分散した。これらの細胞に対し、抗HLA class I抗体(FITC anti-human HLA-A、-B、-C;Sigma-Aldrich、#F5662)、抗HLA class II抗体(FITC anti-human HLA-DR、-DP、-DQ;DakoCytomation,#F0817又はBD PharMingen、#555558)、抗HLA E抗体(Biolegend、#342604)、抗CD86(B7-2)抗体(eBioscience、#12-0862)、対照としてアイソタイプ抗体(mouse IgG2a、κ isotype control、FITC;BD PharMingen、#555573又はmouse IgG2b、κ isotype control、FITC;eBioscience、#11-4732)を用いて免疫染色を行った。これらの免疫染色された細胞に対してフローサイトメトリー(FACSCanto flow cytometer BD社製)を用いて測定し、FlowJo softwareを用いて解析した。その結果、組換えインターフェロンγを添加しない条件(-)では、ヒトES/iPS細胞由来神経網膜はHLA-classIの発現はほとんどなく、HLA-classII、HLA-E及びCD86の発現はないことが分かった。一方で、組換えインターフェロンγを添加した条件(+IFN-γ)では、HLA-classIの発現はあるが低く、HLA-Eの発現はほとんどなく、HLA-classII及びCD86の発現はないことが分かった(
図2A及び
図2B)。
【0165】
これらの結果から、ヒトES/iPS細胞から分化誘導された神経網膜は免疫原性が非常に低いことが分かった。
【0166】
<実施例3:神経網膜のHLAの発現解析2>
実施例1で作製した浮遊培養開始後27日、91日、149日、239日のヒトES細胞由来神経網膜の培養液中に、組換えIFN-γ(100ng/mL)(R&D systems社製)を添加し、2日間培養した。一方で、組換えIFN-γを添加しないグループも用意した。なお、浮遊培養開始後27日、91日、149日、又は239日のヒトES細胞由来神経網膜は、それぞれ典型的には下記の特徴を有する。
浮遊培養開始後27日:Chx10+神経網膜前駆細胞が優位に存在しBrn3+/Pax6+ガングリオン細胞も存在する。
浮遊培養開始後91日:Rxrg+/リカバリン+錐体視細胞が出現し始める。
浮遊培養開始後149日:アピカル面における各種Crx+視細胞数が増加する。
浮遊培養開始後239日:PKCα+杆体双極細胞、GS+/GFAP-ミュラーグリア細胞が出現し始める。
【0167】
2日後、ヒトES/iPS細胞由来神経網膜をPBSにて洗浄し、4%PFAを用いて15分間4℃で固定した。PBSにて洗浄後、30%Sucrose溶液に浸した。その後、クリオモルドにOCTコンパウンドを用いて包埋後、クリオスタットで12μmの切片を作製した。これらの切片に対し、抗HLA classI抗体(eBioscience、#14-9983)、HLA classII抗体(BD pharmingen、#555557)を用いて免疫染色を行った。これらの免疫染色された細胞に対して蛍光顕微鏡(株式会社キーエンス)で観察を行った。その結果、どの分化段階の神経網膜も、組換えインターフェロンγを添加しない条件では、ヒトES/iPS細胞由来神経網膜はHLA-classIの発現はほとんどなく、HLA-classIIの発現はないことが分かった。一方で、組換えインターフェロンγを添加した条件では、HLA-classIの発現はあるが低く、HLA-classIIの発現はないことが分かった(
図3及び
図4)。
【0168】
<実施例4:神経網膜のHLAの発現解析3>
実施例1で作製した浮遊培養開始後80日から100日のヒトES細胞由来神経網膜を免疫不全網膜変性ラットの網膜下に移植した。
【0169】
移植後5カ月以上経過後、眼摘し、PBSにて洗浄し、4%PFAを用いて60分間室温で固定した。PBSにて洗浄後、30%スクロース溶液に浸した。その後、クリオモルドにOCTコンパウンドを用いて包埋後、クリオスタットで12μmの切片を作製した。これらの切片に対し、抗HLA classI抗体(eBioscience、#14-9983)、HLA classII抗体(BD pharmingen、#555557)、Stem121抗体(TaKaRa)、Stem123(human GFAP)(TaKaRa)を用いて免疫染色を行った。これらの免疫染色された切片に対して蛍光顕微鏡(株式会社キーエンス)で観察を行った。
【0170】
その結果、移植後のヒトES細胞由来神経網膜は一部の細胞ではHLA-classIの発現はあるが、大多数の視細胞は発現しておらず、HLA-classIIの発現はないことが分かった(
図5A)。また、HLA-classIが発現している細胞はhGFAPも染色されることから、移植後にHLA classIを発現している細胞はグラフト由来のMuller細胞の可能性が高いことがわかった(
図5B)。
【0171】
<実施例5:神経網膜の免疫細胞に対する免疫原性試験による評価1>
免疫細胞に対する神経網膜の免疫原性を評価するためのサンプルとして、(1)実施例1で作製した浮遊培養開始後80日から100日のヒトES/iPS細胞由来神経網膜(単一細胞へ分散されていない神経網膜(Whole retina)のサンプル)、(2)(1)の神経網膜をPBSにて洗浄後、これに神経細胞分散液(住友ベークライト社製)を添加し、37℃でインキュベート後、軽くピペッティングをして、一部解離(Semi dissociate)状態としたサンプル、及び(3)(1)の神経網膜を完全に単一細胞へ分散したサンプルを用意した。インフォームドコンセントを得た健常人より採血し、回収したPBMC(末梢血単核細胞)に対して、上記(1)、(2)、及び(3)それぞれに対して低接着性の24ウェルプレート(住友ベークライト社製)を用いて2日間混合培養させた。ヒトES由来神経網膜に関する(1)、(2)、及び(3)の顕微鏡観察結果を
図6に示す。
【0172】
2日後、PBMCを回収し、PBSにて洗浄後、抗APC-CD4抗体(BioLegend社製、#317416)、抗APC-CD8抗体(eBioscience社製、#17-0088-42)、抗APC-CD11b抗体(Miltenyi Biotec社製、#130-091-241)、抗APC-NKG2A抗体(Miltenyi Biotec社製#130-098-809)、及び、抗PE-Ki-67抗体 (BioLegend、#350504)を用いて免疫染色を行った。また、コントロール抗体として、mouse IgG1κ isotype control APC(Miltenyi Biotec、#130-113-196)、及びmouse IgG1)κ isotype control phycoerythrin (PE)(BioLegend、#400112)を用いた。これらの免疫染色された細胞に対してフローサイトメトリー(FACSCanto flow cytometer BD社製)を用いて測定し、FlowJo softwareを用いて解析した。
図7A、
図7B及び
図8はヒトES細胞から分化誘導した神経網膜を用いた場合の解析結果を示し、
図9A、
図9B及び
図10はヒトiPS細胞から分化誘導した神経網膜を用いた場合の解析結果を示す。
【0173】
その結果、(3)の単一細胞へ分散されたサンプルと混合させた条件では、CD4陽性T細胞及び、CD8陽性T細胞、CD11b陽性の単球、マイクログリアの非常に弱い拒絶反応が確認された。一方で(1)と(2)の単一細胞へ分散されていない神経網膜及び、Semi dissociateの状態のサンプルは、(3)とは逆にCD4陽性T細胞及び、CD8陽性T細胞、CD11b陽性の単球、マイクログリア、NKG2A陽性のNK細胞において、免疫拒絶反応を引き起こさないことが分かった。
【0174】
また、ヒトES細胞由来神経網膜におけるHLA class Iの発現に関しては、(1)のサンプル(Whole retina)と、(3)のサンプルとの間で大きな違いは認められなかった(
図37)。一方、
図7B及び
図9Bに示すとおり、ELISA法によりIFN-γを測定した結果、ヒトES細胞由来神経網膜及びヒトiPS細胞由来神経網膜とも、(1)のサンプル(Whole retina)がPBMCによるINF-γの発現を強く抑制することが示された((1)のサンプル(Whole retina)と、(2)のサンプル(semi dissociate)、(3)のサンプル(single cell)及びコントロールとの対比)。
【0175】
これらの結果から、ヒトES/iPS細胞由来神経網膜及び、Semi dissociateの状態では免疫拒絶をうけず、逆に免疫細胞に対して抑制的に作用することが分かった。
【0176】
<実施例6:免疫細胞活性化の抑制能の評価(活性化状態の免疫細胞)>
CD3、CD28抗体を添加して刺激することによって、活性化させた免疫細胞に対する抑制能を評価するためのサンプルとして、実施例1で作製した浮遊培養開始後80日から100日のヒトES/iPS細胞由来神経網膜(単一細胞へ分散されていない神経網膜のサンプル)を用意した。インフォームドコンセントを得た健常人より採血し、回収したPBMC(末梢血単核細胞)に対して、24ウェルプレート(住友ベークライト社製)を用いて2日間混合培養させた。
【0177】
2日後、PBMCを回収し、PBSにて洗浄後、抗APC-CD4抗体(BioLegend社製、#317416)、抗APC-CD8抗体(eBioscience社製、#17-0088)、抗APC-CD11b抗体(Miltenyi Biotec社製、#130-091-241)、抗APC-CD19抗体、抗NKG2A抗体、抗PE-Ki-67抗体(BioLegend、#350504)を用いて免疫染色を行った。また、isotype抗体として、mouse immunoglobulin 2a(IgG2a)κ isotype control fluorescein isothiocyanate(FITC)(BioLegend、#400208)、mouse IgG1κ isotype control APC、and mouse IgG1(BioLegend、#400122)κ isotype control phycoerythrin (PE)(BioLegend、#400112)を用いた。これらの免疫染色された細胞に対してフローサイトメトリー(FACSCanto flow cytometer BD社製)を用いて測定し、FlowJo softwareを用いて解析した。
図11~14はヒトiPS細胞から分化誘導した神経網膜を用いた場合の解析結果を示す。
【0178】
その結果、活性化されているCD4陽性T細胞及び、CD8陽性T細胞、CD11b陽性の単球、CD19陽性のB細胞、NKG2A陽性のNK細胞において、活性化を抑制することが分かった(
図11A、
図11B、
図12、
図38)。この効果は、ヒトiPS細胞由来RPE細胞と同程度の効果であった(
図11A、
図11B)。
【0179】
コントロールのPBMC(ヒトES細胞由来神経網膜と共培養していないPBMC)は増殖し、大きな凝集体を形成したが、ヒトES細胞由来神経網膜と共培養したPBMCは凝集体が小さく、ヒトES細胞由来神経網膜に近いほど凝集の程度は小さかった(
図39)。hESC-NRの抑制効果は、共培養ディッシュ中のヒトES細胞から分化誘導した神経網膜(hES-NR)付近において明らかであった。また、ヒトES/iPS細胞由来神経網膜の活性化状態の免疫細胞の抑制効果には、用量依存性があった(
図40)。
【0180】
これらの結果から、ヒトES/iPS細胞由来神経網膜は活性化状態の免疫細胞に対しても免疫細胞の活性化状態を抑制させることが分かった。すなわち、ヒトiPS細胞由来神経網膜には免疫抑制能があると言える。
【0181】
Transwell(登録商標)を用いた培養アッセイのため、0.3mm孔サイズ膜(Corning Costar, Cambridge, MA)を有するトランスウェルチャンバーと、上述したPBMC(末梢血単核細胞)と、培地として、リコンビナントIL2を含むRPMI 1640(Sugita et al 2015)とを準備した。
【0182】
培地存在下で、PBMCをトランスウェルプレートの下部ウェルに加え、ヒトES細胞由来神経網膜を上部ウェルに加えた。上部ウェル上で、ヒトES細胞由来神経網膜を4~5日間培養した。5日間の培養終了後、PBMCを回収した。回収したPBMCをPE結合Ki67抗体及びAPC結合CD4、CD8、CD11b、CD19、NKG2A抗体を用いて染色し、フローサイトメトリーにより増殖を評価した。
【0183】
ヒトES細胞由来神経網膜(hESC-NR)の免疫抑制パターンは、Transwell(登録商標)を用いた分離共培養でも同様であった。これにより、ヒトES/iPS細胞由来神経網膜による免疫抑制には、分泌型の体液性分子が寄与していることが示された(
図41)。
【0184】
hiPS細胞(hiPSC)と比較して、実施例1で製造したヒトiPS細胞由来神経網膜(hiPSC-NR)は、TGF-β1、TGF-β2、TGF-β3を高度に発現した(
図42)。TGF-β1、TGF-β2、TGF-β3は、ヒトiPS細胞由来網膜色素上皮細胞(hiPSC-RPE細胞)によっても発現される。ELISA法によって、培地上清中のTGF-β2がhiPSC-NRの用量依存的に増加することが示された(
図43)。分化日数(DD)50~分化日数(DD)240日におけるhESC-NRの異なる分化段階において、TGF-β2は、常に分泌されていた。TGFβ2の分泌は、DD100とDD160で最も高い値を示した。DD100とDD160におけるTGFβ2の分泌レベルは、hiPSC-RPE細胞によって分泌されるレベルと類似していた(
図44)。
【0185】
ヒトiPS細胞由来網膜色素上皮細胞(hiPSC-RPE細胞)は、次の方法により調製した。10uMのY-27632(Wako)及び5μMのSB431542(Sigma)、3uMのCKI-7(Sigma)を含むGMEM培地でhiPSCを培養してRPE細胞を誘導した。RPE細胞様コロニーが出現してきたら、RPE細胞様コロニーを削り取り、CELL start(Thermo)でコーティングしたディッシュに移して、DMEM/F12(Thermo)にB27(Thermo)とbFGF(Wako)とSB431542(SIGMA)を含む培地でRPE細胞を培養した。
【0186】
<実施例7:免疫細胞活性化の抑制能の評価(TGFβ抗体、受容体阻害剤)>
実施例1で作製した浮遊培養開始後80日から100日のヒトES/iPS細胞由来神経網膜を用意した。インフォームドコンセントを得た健常人より採血し、回収したPBMCと神経網膜について、24ウェルプレート(住友ベークライト社製)を用いて、(1)PBMCのみ、(2)PBMCと神経網膜を混合、(3)PBMCと神経網膜に加えてmouse IgG抗体(アイソタイプ対照)を培養液中に添加、(4)PBMCと神経網膜に加えて抗TGFβ抗体(R&D sysmtems社製)を培養液中に添加、(5)PBMCと神経網膜に加えてTGFβ受容体阻害剤SB431542を培養液中に添加の4つの条件で2日間混合培養させた。
【0187】
2日後、PBMCを回収し、PBSにて洗浄後、抗ヒトCD4抗体(BioLegend社製、catalog #317416)、抗ヒトCD8抗体(eBioscience社製、#17-0088)を用いて免疫染色を行った。また、isotype抗体として、mouse IgG1 (BioLegend、#400122)、κ isotype control phycoerythrin(PE)(BioLegend、#400112)を用いた。これらの免疫染色された細胞に対してフローサイトメトリー(FACSCanto flow cytometer BD社製)を用いて測定し、FlowJo softwareを用いて解析した。その結果、(4)及び(5)のTGFβ抗体又はTGFβ受容体阻害剤を培養液中に添加した条件では、CD4陽性T細胞及び、CD8陽性T細胞の活性化の抑制がキャンセルされていることが、対照と比較して分かった(
図13~14)。
【0188】
これらの結果から、ヒトES/iPS細胞由来神経網膜は主にTGFβシグナルを介して、免疫細胞の活性化を抑制させていることが分かった。
【0189】
<実施例8:TGFβの発現1>
実施例1で作製した浮遊培養開始後80~100日のヒトiPS細胞から分化誘導された神経網膜(iPS-3D retina)をPBSにて洗浄後、神経細胞分散液(住友ベークライト社製)を添加し、37℃でインキュベート後、単一細胞へ分散した。これらの細胞に対し、High Pure RNA Isolation Kit(Roche社製)を用いて、RNAサンプルを回収した。その後、Transcriptor First Strand cDNA Synthesis Kit(Roche:04 897 030 001)を用いてLightCycler でcDNAを合成した。Light Cycler 480 Probes Master(Roche:04 707 494 001)キットを用いてTGFβ1、TGFβ2、TGFβ3のqPCRを実施した。測定はLight Cyclerを使用した。
【0190】
その結果、TGFβ1はiPS細胞と比較して、2~4倍程度、TGFβ2は100倍程度、TGFβ3は5~8倍程度発現上昇していることが分かった(
図15)。
【0191】
<実施例9:TGFβの発現2>
実施例1で作製した浮遊培養開始後80~100日のヒトES細胞由来神経網膜をPBSにて洗浄後、4%PFAを用いて15分間4℃で固定した。PBSにて洗浄後、30%Sucrose溶液に浸した。その後、クリオモルドにOCTコンパウンドを用いて包埋後、クリオスタットで12μmの切片を作製した。これらの切片に対し、抗N-cadherin抗体(BD)、抗Ezrin抗体(R&D systems)、抗TGFβ1抗体(R&D systems)、TGFβ2抗体(R&D systems)、抗TGFβ3抗体(R&D systems)を用いて免疫染色を行った。これらの免疫染色された細胞に対して共焦点顕微鏡(Leica SP8)で観察を行った。その結果、TGFβ1、TGFβ2、TGFβ3すべて、頂端面マーカーのN-cadherin及びEzrin陽性側に局在していることが分かった。
【0192】
よって、神経網膜で発現されたTGFβは、頂端面側に局在し、分泌していることが示唆された(
図16)。
【0193】
<実施例10:ELISAによるTGFβ2分泌量の測定>
実施例1で作製した浮遊培養開始後50日、100日、160日、240日のヒトES細胞由来神経網膜をPBSで洗浄後、神経網膜を15個24ウェルプレート(住友ベークライト)に入れ、1mlのDMEM/F12(ThermoFisher)で1、2日間培養した。
【0194】
1、2日後、培養上清を回収し、TGFβ2のELISAキット(R&D systems)を用いて、TGFβ2の分泌量を測定した。その結果、どの分化段階においてもTGFβ2を分泌していること、そして、100日では二日間培養すると非常に多くのTGFβ2を分泌していることが明らかとなった。(
図17)。
【0195】
<実施例11:酵素処理有り無しによるTGFβ2の発現とELISAの関係性>
実施例1で作製した浮遊培養開始後80-100日のヒトES細胞由来神経網膜を(1):無処置、(2):PBSで洗浄後、神経細胞分散液(住友ベークライト)を処理し、ピペッティングせずに回収、(3):(1)の神経網膜をPBSにて洗浄後、これに神経細胞分散液(住友ベークライト社製)を添加し、37℃でインキュベート後、軽くピペッティングをして、一部解離(Semi dissociate)状態としたサンプル(4):(1)の神経網膜を完全に単一細胞へ分散したサンプルを用意した。24ウェルプレート(住友ベークライト社製)を用いて、1mlのDMEM/F12(ThermoFisher)で2日間培養した。
【0196】
2日後、培養上清を回収し、TGFβ2のELISAキット(R&D systems)を用いて、TGFβ2の分泌量を測定した。この測定結果を
図18(a)に示す。
【0197】
また、(1)、(2)、(3)及び(4)の細胞に対し、High Pure RNA Isolation Kit(Roche社製)を用いて、RNAサンプルを回収した。その後、Transcriptor First Strand cDNA Synthesis Kit(Roche:04 897 030 001)を用いてLightCycler でcDNAを合成した。Light Cycler 480 Probes Master(Roche:04 707 494 001)キットを用いてTGFβ2のqPCRを実施した。測定はLight Cyclerを使用した。この測定結果を
図18(b)に示す。
【0198】
さらに(1)と(2)の酵素処理直後のヒトES細胞由来神経網膜をPBSにて洗浄後、4%PFAを用いて15分間4℃で固定した。PBSにて洗浄後、30%Sucrose溶液に浸した。その後、クリオモルドにOCTコンパウンドを用いて包埋後、クリオスタットで12μmの切片を作製した。これらの切片に対し、抗N-cadherin抗体(BD)、TGFβ2抗体(R&D systems)を用いて免疫染色を行った。これらの免疫染色された細胞に対して共焦点顕微鏡(Leica SP8)で観察を行った。
【0199】
その結果、酵素処理していない(1)のサンプルではELISAでTGFβ2の分泌を検出したが、(2)、(3)、及び(4)ではどれも検出限界以下であった。一方で、qPCRの発現では(1)が最も発現量が高いが、(2)、(3)、及び(4)でも発現していることがわかった。また、共焦点顕微鏡での観察の結果、酵素処理無ではTGFβ2、及び頂端面マーカーのN-cadherinが表面に整列して局在しているが、(2)の酵素処理をしたサンプルでは表面が乱れており、TGFβ2の局在もまばらになっていることが分かった(
図19)。
【0200】
よって、神経網膜がTGFβ2を分泌するためには、膜表面であるApical面の構造(例えば、アピカル面が整列して並んでいることなど)が重要であることが示唆された。一方で、酵素処理等の膜表面のマトリックス等の構造が乱れることで、分泌量が下がることがわかった。
【0201】
<実施例12:分化日数とMLR>
実施例1で作製した浮遊培養開始後50日、80日、150日、200日のヒトES細胞由来神経網膜を用意した。インフォームドコンセントを得た健常人より採血し、回収したPBMCと神経網膜について、24ウェルプレート(住友ベークライト社製)を用いて、PBMCと神経網膜を混合培養させた。
【0202】
2日後、PBMCを回収し、PBSにて洗浄後、抗ヒトCD4抗体(BioLegend社製、#317416)、抗ヒトCD8抗体(eBioscience社製、#17-0088)、抗CD19抗体、抗NKG2A抗体を用いて免疫染色を行った。また、アイソタイプ抗体として、mouse IgG1(BioLegend、#400122)、κ isotype control phycoerythrin(PE)(BioLegend、#400112)を用いた。これらの免疫染色された細胞に対してフローサイトメトリー(FACSCanto flow cytometer BD社製)を用いて測定し、FlowJo softwareを用いて解析した。その結果、どの分化段階においても免疫細胞の活性化を抑制することが分かった(
図20A、
図20B、
図21)。
【0203】
<実施例13>
上記MLR assayに関して自家と他家の差を見るために、iPS細胞(TLHD2)のドナーとインフォームドコンセントを得た健常人より採血し、回収したPBMCと神経細胞分散液(住友ベークライト社製)によりシングルセル化した神経網膜について、低接着性の24ウェルプレート(住友ベークライト社製)を用いて2日間混合培養させた。
【0204】
2日後、PBMCを回収し、PBSにて洗浄後、抗APC-ヒトCD4抗体(BioLegend社製、#317416)、抗ヒトAPC-CD8抗体(eBioscience社製、#17-0088)、抗APC-ヒトCD11b抗体(Miltenyi Biotec社製、#130-091-241)、抗CD19抗体、抗APC-NKG2A抗体(Miltenyi Biotec社製#130-098-809)、抗ヒトPE-Ki-67抗体(BioLegend、#350504)を用いて免疫染色を行った。また、アイソタイプ抗体として、mouse immunoglobulin 2a(IgG2a)、κ isotype control fluorescein isothiocyanate(FITC)(BioLegend、#400208)、mouse IgG1、κ isotype control APC(BioLegend、#400122)、及びmouse IgG1(BioLegend、#400122)、κ isotype control phycoerythrin(PE)(BioLegend、#400112)を用いた。これらの免疫染色された細胞に対してフローサイトメトリー(FACSCanto flow cytometer BD社製)を用いて測定し、FlowJo softwareを用いて解析した。
図22及び
図23はヒトiPS細胞から分化誘導された神経網膜を用いた場合の解析結果を示す。
【0205】
その結果、自家のPBMCと神経網膜を混合させた条件では、免疫活性化は確認されなかった。また、他家のAlloに関しても、CD4陽性T細胞及び、CD8陽性T細胞、CD11b陽性の単球、マイクログリアの非常に弱い拒絶反応が確認されたが、大きな差は確認されなかった。
【0206】
これらの結果から、ヒトiPS細胞由来神経網膜は自家であれば、より免疫拒絶をうけにくいが、他家でも大きく拒絶反応を引き起こさないことが分かった。
【0207】
<実施例14:サルiPS細胞からSFEBq法による神経網膜(NR)の作製>
京都大学にて樹立されたサルiPS細胞(1121A1株)を、MEF(Millipore社 PMEF-CFX-C)を用いてOnフィーダー条件下で培養した。未分化培地としてはPrimate ES培地(Reprocell社)とmTeSR1(STEMCELL TECHNOLOGIES社)培地を3:1で混合し、10mg/mlのbFGF(Wako社製)と106unit/mlのLIF(Millipore社製)をそれぞれ1000倍希釈で添加して用いた。
【0208】
具体的なサルiPS細胞の維持培養操作は、以下の様に行った。まず、サブコンフレント(培養面積の6割が細胞に覆われる程度)になったサルiPS細胞を、1ml用のチップを用いて物理的に剥離させ、コロニーの状態で回収されたサルiPS細胞を、MEFを播種したプラスチック培養ディッシュに播種し、bFGFとLIF存在下、Primate ESとmTeSR1混合培地にてオン・フィーダー条件下で培養した。上記プラスチック培養ディッシュとして、60mm dish又は100mm dish(イワキ社製、細胞培養用)を用いた。播種後毎日、培地交換をした。その後、サブコンフレントになるまで培養した。
【0209】
サルiPS細胞を、PBSにて洗浄後、CTK(Reprocell社)を用いて細胞剥離処理し、コロニーの状態で15mlチューブに回収した。静置し、コロニーが底に落ちたことを確認後、アスピレーターで上清を除去した。その後、PBSで洗浄後、Tryple Selectを添加し、37℃で5分ほどインキュベートした。ピペッティング操作によって単一細胞に分散した後、単一細胞に分散されたサルiPS細胞を非細胞接着性の96ウェル培養プレート(商品名:PrimeSurface 96ウェルV底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.2×104細胞になるように100μLの無血清培地に浮遊させ、27℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地との1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1×Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。
【0210】
浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目)に、上記無血清培地にY27632(ROCK阻害物質、終濃度10~20μM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300nM又は30nM)を添加した。浮遊培養開始後3日目に、Y27632及びSAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(商品名:Recombinant Human BMP-4、R&D社製)を含む培地を用いて、外来性のヒト組み換えBMP4を終濃度1.5nMで含む培地を50μL添加した。浮遊培養開始後6日目以降、3日に一回Y27632及びSAG及びヒト組み換えBMP4を含まない培地で半量交換した。
【0211】
当該浮遊培養開始後15日目の凝集体を、90mmの低接着培養皿(住友ベークライト社製)に移し、Wntシグナル伝達経路作用物質(CHIR99021、3μM)及びFGFシグナル伝達経路阻害物質(SU5402、5μM)を含む無血清培地(DMEM/F12培地に1% N2 Supplementが添加された培地)で37℃、5%CO2で、3~4日間培養した。その後、90mmの低接着培養皿(住友ベークライト社製)にて、Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質を含まない血清培地(NucT0培地)で培養した。浮遊培養開始後(分化誘導)40日目以降、Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質を含まない血清培地(NucT1培地)で培養した。浮遊培養開始後(分化誘導)60日目以降、NucT2培地で長期培養した。
【0212】
顕微鏡を用いて、観察した結果、サルiPS細胞株において、層構造を有する神経網膜(NR)が形成されることが分かった(
図24)。
【0213】
サルiPS細胞由来神経網膜をPBSにて洗浄後、4%PFAを用いて15分間4℃で固定した。PBSにて洗浄後、30%Sucrose溶液に浸した。その後、クリオモルドにOCTコンパウンドを用いて包埋後、クリオスタットで12μmの切片を作製した。これらの切片に対し、抗Recoverin抗体(Millipore社)、Pax6抗体(BD pharmingen)、CRX抗体(TaKaRa社)、Islet-1(DSHB社)、BRN3(Santa cruz社)を用いて免疫染色を行った。これらの免疫染色された細胞に対して蛍光顕微鏡(株式会社キーエンス)で観察を行った。その結果、サルiPS細胞由来神経網膜はヒトと同様の網膜分化をしていることが確認された(
図24)。
【0214】
<実施例15>
実施例14で作製した浮遊培養開始後45日から55日のサルiPS細胞由来神経網膜の培養液中に、組換えIFN-γ(100ng/mL)(R&D systems社製)を添加し、2日間培養した。一方で、組換えIFN-γを添加しないグループも用意した。
【0215】
2日後、サルiPS細胞由来神経網膜をPBSにて洗浄後、神経細胞分散液(住友ベークライト社製)を添加し、37℃でインキュベート後、単一細胞へ分散した。これらの細胞に対し、抗HLA class I抗体(FITC anti-human HLA-A、-B、-C;Sigma-Aldrich、#F 5662)、抗HLA class II抗体(FITC anti-human HLA-DR、-DP、-DQ;DakoCytomation,#F0817又はBD PharMingen、#555558)、対照としてアイソタイプ抗体(mouse IgG2a、κ isotype control、FITC;BD PharMingen、#555573又はmouse IgG2b、κ isotype control、FITC;eBioscience、#11-4732)を用いて免疫染色を行った。これらの免疫染色された細胞に対してフローサイトメトリー(FACSCanto flow cytometer BD社製)を用いて測定し、FlowJo softwareを用いて解析した。その結果、組換えインターフェロンγを添加しない条件では、サルiPS細胞から分化誘導された神経網膜は、MHC-classI(HLA-classI)の発現はほとんどなく、MHC-classII(HLA-classII)の発現はないことが分かった。一方で、組換えインターフェロンγを添加した条件では、MHC-classI(HLA-classI)の発現はあるが低く、MHC-classII(HLA-classII)の発現はないことが分かった(
図25)。
【0216】
これらの結果から、サルiPS細胞から分化誘導された神経網膜はヒトES/iPS細胞と同様に、免疫原性が非常に低いことが分かった。
【0217】
<実施例16:MHCマッチ、非マッチのサル―サル移植>
実施例14で作製した浮遊培養開始後45日から55日のサルiPS細胞由来神経網膜をレーザーにより視細胞変性モデルを作製したサルiPS細胞とMHC型がマッチしたカニクイザル及びMHC型がマッチしていないカニクイザルそれぞれに移植をした。移植後、免疫抑制剤は投与しなかった。
【0218】
6か月後、サルiPS細胞由来神経網膜を移植した眼をPBSにて洗浄後、4%PFAを用いて60分間4℃で固定した。PBSにて洗浄後、30%Sucrose溶液に浸した。その後、クリオモルドにOCTコンパウンドを用いて包埋後、クリオスタットで12μmの切片を作製した。これらの切片に対し、抗Rhodopsin抗体(Sigma)、抗Recoverin抗体(Millipore社)、抗PKCα抗体(R&D systems)、Cone arrestin抗体(R&D systems)を用いて免疫染色を行った。これらの免疫染色された組織に対して共焦点顕微鏡(Leica SP8)で観察を行った。その結果、MHCがマッチしているサル及びマッチしていないサルの両方において、杆体視細胞及び錐体視細胞が生着していること、Rhodopsin陽性の杆体視細胞が成熟していることが確認された。
【0219】
よって、MHCがマッチしているサル及び非マッチのサルの両方において、免疫抑制剤を投与しなくても視細胞は生着し、部分的に成熟することが明らかとなった(
図26、
図27)。
【0220】
<実施例17:生体のサルの神経網膜の活性化免疫細胞の抑制能の評価>
抗CD3抗体及び抗CD28抗体を添加して刺激することによって、活性化させたサル由来の免疫細胞に対する抑制能を評価するためのサンプルとして、生後8歳6か月のサル生体由来の神経網膜(単一細胞へ分散されていない神経網膜のサンプル)を用意した。他家のサル由来より採血し、回収したPBMC(末梢血単核細胞)に対して、24ウェルプレート(住友ベークライト社製)を用いて2日間混合培養させた。
【0221】
2日後、PBMCを回収し、PBSにて洗浄後、抗APC-CD4抗体(BioLegend社製、#317416)、抗APC-CD8抗体(eBioscience社製、#17-0088)、抗APC-CD11b抗体(Miltenyi Biotec社製、#130-091-241)、抗APC-CD19抗体、抗NKG2A抗体、抗PE-Ki-67抗体(BioLegend、#350504)を用いて免疫染色を行った。また、isotype抗体として、mouse immunoglobulin 2a(IgG2a)κ isotype control fluorescein isothiocyanate(FITC)(BioLegend、#400208)、mouse IgG1κ isotype control APC、and mouse IgG1(BioLegend、#400122)κ isotype control phycoerythrin (PE)(BioLegend、#400112)を用いた。これらの免疫染色された細胞に対してフローサイトメトリー(FACSCanto flow cytometer BD社製)を用いて測定し、FlowJo softwareを用いて解析した。
図28は生体のサル由来神経網膜を用いた場合の解析結果を示す。
【0222】
その結果、サル由来神経網膜が、活性化されているCD4陽性T細胞、CD8陽性T細胞、CD11b陽性の単球及びマイクログリア、並びにNKG2A陽性のNK細胞の活性化状態を抑制することが分かった(
図28)。
【0223】
これらの結果から、生体のサル由来神経網膜は活性化状態の免疫細胞に対しても、免疫細胞の活性化状態を抑制させることが分かった。すなわち、生体のサル由来神経網膜には免疫抑制能があると言える。
【0224】
<実施例18:IFN-γ刺激によるヒトES/iPSC由来神経網膜におけるHLAクラスI,IIの発現について>
実施例1で作製した浮遊培養開始後80日から100日のヒトES/iPS細胞由来神経網膜の培養液中に、組換えIFN-γ(100ng/mL)(R&D systems社製)を添加し、2日間培養した。一方で、組換えIFN-γを添加しないグループも用意した。
【0225】
2日後、ヒトES/iPS細胞由来神経網膜をPBSにて洗浄し、神経細胞分散液(WAKO社製)を添加した。37℃でインキュベート後、ピペッティングにより単一細胞へ分散した。これらの細胞に対し、抗HLA class I抗体(APC anti-human HLA-A、-B、-C;Bio Legend、#311410)、抗HLA class II抗体(APC anti-human HLA-DR、-DP、-DQ;Bio Legend #361714)、抗β2―microglobulin抗体(APC Bio Legend、#316312)、対照としてアイソタイプ抗体(mouse IgG2a、κ isotype control、APC;Bio Legend、#400220)を用いて免疫染色を行った。これらの免疫染色された細胞に対してフローサイトメトリー(FACSCanto flow cytometer BD社製)を用いて測定し、FlowJo softwareを用いて解析した。
【0226】
ヒトES/iPS細胞由来神経網膜(hES-NR/hiPSC-NR)による抗原提示能力を評価するために、ヒト白血球抗原(HLA)クラスI及びIIなどの免疫原性に関連する分子の発現をフローサイトメトリーにより調べた(
図30、
図31)。
【0227】
hES-NR/hiPSC-NRは、RPE細胞と比較して、低いレベルでHLAクラスI及びβ2―microglobulin(β2-MGat)を発現していたが、HLAクラスIIは発現していなかった。炎症性サイトカインインターフェロン-ガンマ(IFN-γ)刺激は、HLAクラスIの発現を増加させた。
【0228】
hiPSC-NRにおけるHLAクラスIの発現レベルは、hiPSC-RPEの場合よりも低かった(
図30、
図31)。よってhESC-NRはRPE細胞に比べて、免疫原性が低いことがわかった。
【0229】
INF-γはまた、hESC-NR及びhiPSC-NRの両方でMHCクラスI分子を構成するタンパク質であるβ2-ミクログロブリン(β2-MG)、HLA-EとPD-L1の発現を増加させた。一方で、副刺激因子であるCD40や80、86においてはINF-γのある無しに関わらず、発現は確認されなかった。さらに、免疫抑制性の表面抗原として知られているCD47はINF-γ有り無しに関係なく発現していた。HLAクラスI発現レベルは、Crx::venus+視細胞前駆体では他の集団よりも低かった(
図32、
図33)。
【0230】
免疫組織化学分析により、INF-γ刺激後のhESC-NRにおけるHLAクラスIのアップレギュレーションが確認された。一方、INF-γ刺激条件のないCrx::Venus+視細胞前駆体ではほとんど検出できなかった(
図34~36)。
【0231】
<実施例19:移植後のhESC-NRのHLA発現レベル及び分布>
Rho変異ヌードラットの網膜変性モデル(リンパ球枯渇ヌードラット)を用いて、移植後のヒトES細胞由来神経網膜(hES-NR)によるHLA発現を調べた。
【0232】
Rho変異ヌードラット(SD-Foxn1 Tg (S334ter) 3LavRrrcヌードラット、日本エスエルシー株式会社)を準備した。移植片作製用の神経網膜として、実施例1で作製した浮遊培養開始後80日から100日のヒトES/iPS細胞由来神経網膜を準備した。
【0233】
移植片作製用の神経網膜の連続上皮部分を切断し、移植片とした。ラットをケタミン塩酸塩(40~80mg/kg)及びキシラジン(5~10mg/kg,又は3~5%イソフルランの吸入により麻酔した(Hung-yaら、2018EbioMedicine)。瞳孔はMydrinP(0.5%フェニレフリン+0.5%トロピカミド;株式会社参天製薬(大阪市))で散瞳させた。移植片を,ガラスピペットを用いてSD‐Foxn1Tg(S334より)3LavRrcヌードラットの網膜下腔に挿入した。
【0234】
HLAクラスI発現は、移植片挿入後1日目では明らかでなかった。しかし、移植片挿入5か月後、HLAクラスIは視細胞ロゼットと宿主RPEとの間で発現している細胞が局在していた。さらに、これらのHLAクラスIを発現している細胞は、ヒト特異的グリア線維性酸性蛋白質(GFAP)と共局在しており、グラフト由来の活性化ミュラーグリアがHLA-Class Iを示す(
図46)。よって、移植後、活性化ミュラーグリア限定的にHLA-Class Iが発現しており、その他視細胞等は発現していなかった。
【0235】
HLAクラスIIは、観察されたどの時点、どの部分でも発現は確認されなかった(
図45C)。
【0236】
<実施例20:INF-g処理によってHLA-Class Iが発現上昇したNRの免疫細胞の活性化について>
実施例1で作製した浮遊培養開始後80日から100日のヒトES細胞由来神経網膜の培養液中に、組換えIFN-γ(100ng/mL)(R&D systems社製)を添加し、2日間培養した。一方で、組換えIFN-γを添加しないグループも用意した。インフォームドコンセントを得た健常人より採血し、回収したPBMCと神経網膜について、24ウェルプレート(住友ベークライト社製)を用いて、PBMCと神経網膜を混合培養させた。
【0237】
5日後、PBMCを回収し、PBSにて洗浄後、抗ヒトCD4抗体(BioLegend社製、#317416)、抗ヒトCD8抗体(eBioscience社製、#17-0088)、抗CD19抗体、抗NKG2A抗体を用いて免疫染色を行った。また、アイソタイプ抗体として、mouse IgG1(BioLegend、#400122)、κ isotype control phycoerythrin(PE)(BioLegend、#400112)を用いた。これらの免疫染色された細胞に対してフローサイトメトリー(FACSCanto flow cytometer BD社製)を用いて測定し、FlowJo softwareを用いて解析した。その結果、INF-g処理してHLA-Class Iが発現上昇したhESC-NRにおいても免疫細胞を活性化させないことがわかった(
図47)。