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特許7614690腫瘍微小環境をターゲットとする光免疫療法に用いる医薬組成物、治療効果確認のためのマーカー、及び検査方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-07
(45)【発行日】2025-01-16
(54)【発明の名称】腫瘍微小環境をターゲットとする光免疫療法に用いる医薬組成物、治療効果確認のためのマーカー、及び検査方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/53 20060101AFI20250108BHJP
【FI】
G01N33/53 Y
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2024187290
(22)【出願日】2024-10-24
(62)【分割の表示】P 2022563666の分割
【原出願日】2021-10-29
【審査請求日】2024-10-24
(31)【優先権主張番号】P 2020190697
(32)【優先日】2020-11-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】100167689
【弁理士】
【氏名又は名称】松本 征二
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 和秀
【審査官】中村 直子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/179749(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/246322(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/199751(WO,A1)
【文献】韓国公開特許第10-2020-0008823(KR,A)
【文献】長屋匡信,新規癌治療法である近赤外光線免疫療法(NIR-PIT),信州医学雑誌,2020年04月10日,68(2),83-95
【文献】NAGAYA, Tadanobu et al.,Near infrared photoimmunotherapy with avelumab, an anti-programmed death-ligand 1(PD-L1) antibody,Oncotarget,2017年,8(5),8807-8817
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象の腫瘍免疫を増強する医薬組成物の効果を確認するための検査方法であって、
前記医薬組成物が近赤外光線免疫療法に用いる医薬組成物であり、
近赤外光線照射前と照射後に対象から得られた末梢血中のB細胞、T細胞、CD4+T細胞、CD8+T細胞、MDSC(骨髄由来サプレッサー細胞)、単球/マクロファージ、樹状細胞、G-CSF(顆粒球コロニー刺激因子)、IL-6、KC(ケラチノサイト由来ケモカイン)、MIP-2(マクロファージ炎症タンパク質2)のいずれか1つ以上のマーカーを測定し、
近赤外光線照射前の値と照射後の値を比較して、
B細胞、T細胞、CD4+T細胞、CD8+T細胞の減少、又は、
MDSC、単球/マクロファージ、樹状細胞、G-CSF、IL-6、KC、MIP-2の増加のいずれか1つ以上が認められた場合には、
治療効果があると判定する
近赤外光線照射前と照射後のマーカーの変動により治療効果を確認する検査方法。
【請求項2】
前記医薬組成物が、
腫瘍細胞で発現している免疫チェックポイント分子に特異的に結合するものである請求項1記載の検査方法。
【請求項3】
前記免疫チェックポイント分子がPD-L1であることを特徴とする請求項2記載の検査方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
免疫チェックポイント分子、特に腫瘍で発現している免疫チェックポイント分子を標的とした光免疫療法及びその治療効果を確認するためのバイオマーカー、検査方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近赤外光線免疫療法(Near Infrared Photoimmunotherapy:NIR-PIT、以下、NIR-PIT、あるいは光免疫療法と記載することもある。)は、近赤外光線を照射することによって、腫瘍細胞などの標的細胞を特異的に死滅させる治療法である。周囲の細胞を障害することなく、標的細胞のみを局所から取り除くことができる新しい治療法であり、患者の負担も少ないことから注目を集めている。具体的には、標的細胞に特異的に発現している標的分子に結合する抗体等の特異的結合性分子に、近赤外光線によって励起する分子を結合させた複合体を作製する。作製した複合体を標的分子に結合させ、光照射を行い光化学反応によって標的細胞に壊死性の細胞死と誘導するという治療法である。
【0003】
NIR-PITは、上皮成長因子受容体(EGFR)を標的とする抗体であるセツキシマブにIRDye(登録商標)700DX(IR700)を結合させた複合体、RM-1929で臨床試験が実施されている。RM-1929は、第III相試験へと進んでおり、2020年9月には世界に先駆けて日本で承認された。EGFRは、臨床試験の対象となっている頭頸部癌の他、食道癌、肺癌、結腸癌、膵臓癌など様々な固形癌で発現が認められており、EGFRが発現しているこれらの癌に適用することができる。
【0004】
また、NIR-PITは、腫瘍細胞の細胞表面で発現している標的分子に特異的に結合する抗体などの分子と、IR700を結合させた複合体を作製すればよいことから、様々な標的分子を対象とし適用することが可能である。したがって、現在臨床試験が行われているEGFRだけではなく、HER2、PSMA、CEAなど腫瘍に特異的に発現している、いわゆる癌抗原を標的分子とすることが可能であり、種々の腫瘍に広く適用され得る治療法である(特許文献1、非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特表2018-528268号公報
【文献】国際公開第2000/031588号
【非特許文献】
【0006】
【文献】Kobayashi, H. & Choyke, P.L., 2019, Acc. Chem. Res., Vol.52,pp.2332-2339.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、NIR-PITによる効果を得るためには、EGFRなど標的分子が細胞表面で高発現している必要がある。標的分子を発現していない、あるいは弱い発現しか認められない細胞には、複合体が結合しない、または結合が十分量ではなく効果を得ることができないからである。そのため、NIR-PITが適用できる患者は腫瘍表面で標的分子が高発現している患者に限られる。また、腫瘍は、一つの腫瘍内であっても新たなゲノム異常が蓄積するため不均一性が生じることが知られている。そのため、標的分子の高発現が認められる細胞のみを死滅させるNIR-PITでは、全ての腫瘍細胞に細胞死を誘導することができず、標的分子が発現していないために細胞死が誘導されなかった腫瘍細胞による再発を招くことになる。また、従来のNIR-PITは、光を照射した腫瘍に対する局所療法であり、転移性腫瘍に対する効果はほとんどない。本発明は、免疫反応を誘導することによって、従来のNIR-PITや抗体による治療では抗原の発現量が低く効果を奏さなかった患者に対しても効果を奏する治療法や、光照射を行った局所だけではなく転移性腫瘍に対しても効果を及ぼす治療法の創生を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、以下の医薬組成物、検査方法、及びマーカーに関する。
(1)対象の腫瘍免疫を増強する医薬組成物の効果を確認するための検査方法であって、前記医薬組成物が近赤外光線免疫療法に用いる医薬組成物であり、近赤外光線照射前と照射後に対象から得られた試料中のB細胞、T細胞、CD4+T細胞、CD8+T細胞、MDSC(骨髄由来サプレッサー細胞)、単球/マクロファージ、樹状細胞、G-CSF(顆粒球コロニー刺激因子)、IL-6、KC(ケラチノサイト由来ケモカイン)、MIP-2(マクロファージ炎症タンパク質2)のいずれか1つ以上のマーカーを測定し、近赤外光線照射前と照射後のマーカーの変動により治療効果を確認する検査方法。
(2)前記医薬組成物が、腫瘍細胞で発現している免疫チェックポイント分子に特異的に結合するものである(1)記載の検査方法。
(3)前記免疫チェックポイント分子がPD-L1であることを特徴とする(2)記載の検査方法。
(4)前記試料が末梢血である(1)~(3)いずれか1つ記載の検査方法。
(5)近赤外光線免疫療法前と後の試料中のB細胞、T細胞、CD4+T細胞、CD8+T細胞、MDSC、単球/マクロファージ、樹状細胞、G-CSF、IL-6、KC、MIP-2の少なくともいずれか1つの変動を評価する腫瘍免疫を増強する近赤外光線免疫療法の効果を確認するためのマーカー。
(6)前記近赤外光線免疫療法が、PD-L1を標的とする医薬組成物を用いて行われることを特徴とする(5)記載の近赤外光線免疫療法の効果を確認するためのマーカー。
(7)転移がん用及び/又は再発防止用医薬組成物であって、特異的結合性分子に近赤外光線感受性物質が結合した複合体を有効成分とし、前記特異的結合性分子が腫瘍細胞で発現している免疫チェックポイント分子に結合する分子であることを特徴とする転移がん用及び/又は再発防止用医薬組成物。
(8)前記免疫チェックポイント分子が、PD-L1である(7)記載の転移がん用及び/又は再発防止用医薬組成物。
(9)前記特異的結合性分子が抗体又は機能的抗体断片である(7)又は(8)記載の転移がん用及び/又は再発防止用医薬組成物。
(10)近赤外光線感受性物質がフタロシアニン色素である(7)~(9)いずれか1つ記載の転移がん用及び/又は再発防止用医薬組成物。
(11)前記フタロシアニン色素がIR700であることを特徴とする(10)記載の転移がん用及び/又は再発防止用医薬組成物。
(12)複数回の光照射を行うための医薬組成物である(7)~(11)いずれか1つ記載の転移がん用及び/又は再発防止用医薬組成物。
(13)免疫チェックポイント分子以外の標的分子に結合する特異的結合性分子に近赤外光線感受性物質が結合した複合体を有効成分とする医薬組成物と併用することを特徴とする(7)~(12)いずれか1つ記載の転移がん用及び/又は再発防止用医薬組成物。
(14)化学療法剤と併用することを特徴とする(7)~(13)いずれか1つ記載の転移がん用及び/又は再発防止用医薬組成物。
(15)対象の腫瘍免疫を増強するための医薬組成物であって、特異的結合性分子に近赤外光線感受性物質が結合した複合体を有効成分とし、前記特異的結合性分子が腫瘍細胞で発現している免疫チェックポイント分子であることを特徴とする医薬組成物。
(16)前記免疫チェックポイント分子が、PD-L1である(15)記載の医薬組成物。
(17)前記特異的結合性分子が抗体又は機能的抗体断片である(15)又は(16)記載の医薬組成物。
(18)近赤外光線感受性物質がフタロシアニン色素である(15)~(17)いずれか1つ記載の医薬組成物。
(19)前記フタロシアニン色素がIR700であることを特徴とする(18)記載の医薬組成物。
(20)複数回の光照射を行うための医薬組成物である(15)~(19)いずれか1つ記載の医薬組成物。
(21)免疫チェックポイント分子以外の標的分子に結合する特異的結合性分子に近赤外光線感受性物質が結合した複合体を有効成分とする医薬組成物と併用することを特徴とする(15)~(20)いずれか1つ記載の医薬組成物。
(22)化学療法剤と併用することを特徴とする(15)~(21)いずれか1つ記載の医薬組成物。
(23)腫瘍微小環境をターゲットとする近赤外光線免疫療法であって、対象に(7)~(22)いずれか1つ記載の医薬組成物を投与し、光照射前と光照射後に対象から試料を得て、前記試料中のB細胞、T細胞、CD4+T細胞、CD8+T細胞、MDSC、単球/マクロファージ、樹状細胞、G-CSF、IL-6、KC、MIP-2のいずれか1つ以上のマーカーを測定し、光照射前と照射後のマーカーの変動により治療効果を確認し、治療が有効であると判断した場合には、複数回の光照射を行うことを特徴とする近赤外光線免疫療法。
(24)近赤外光線免疫療法であって、(7)~(12)、(15)~(20)いずれか1つ記載の腫瘍微小環境をターゲットとする医薬組成物と、免疫チェックポイント分子以外の標的分子に結合する特異的結合性分子に近赤外光線感受性物質が結合した複合体を有効成分とする医薬組成物とを対象に投与し、光照射を行うことを特徴とする近赤外光線免疫療法。
(25)腫瘍微小環境をターゲットとする近赤外光線免疫療法と化学療法の併用療法であって、対象に化学療法を行うとともに、(7)~(13)、(15)~(21)いずれか1つ記載の医薬組成物を投与し、近赤外光線免疫療法により腫瘍の治療と骨髄抑制の改善を行うことを特徴とする併用療法。
(26)(24)又は(25)の近赤外光線免疫療法であって、光照射前と光照射後に対象から試料を得て、前記試料中のB細胞、T細胞、CD4+T細胞、CD8+T細胞、MDSC、単球/マクロファージ、樹状細胞、G-CSF、IL-6、KC、MIP-2のいずれか1つ以上のマーカーを測定し、光照射前と照射後のマーカーの変動により免疫チェックポイント分子を標的とする近赤外光線免疫療法の治療効果を確認し、治療が有効であると判断した場合には、複数回の光照射を行うことを特徴とする近赤外光線免疫療法。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】PD-L1-F(ab’)-IR700の作製を示す。(A)抗マウスPD-L1抗体からPD-L1-F(ab’)を精製し、(B)精製したPD-L1-F(ab’)、及びコントロールIgGF(ab’)にIR700を結合させ作製した複合体の検証結果を示す図。
図2】種々のマウス癌細胞におけるPD-L1の発現をPD-L1-F(ab’)-IR700の結合により確認した結果を示す図。
図3】種々のマウス癌細胞におけるPD-L1-F(ab’)-IR700によるNIR-PITの効果を示す図。光照射後の細胞の変化を示す顕微鏡像。
図4】種々のマウス癌細胞にPD-L1-F(ab’)-IR700を結合させ、近赤外光線照射後の死細胞数の割合によりNIR-PITの効果を解析した図。
図5】ルシフェラーゼアッセイによるNIR-PITの効果を解析した図。
図6】ATPアッセイによるNIR-PITの自然免疫活性化に対する効果を解析した図。
図7】マウスin vivo腫瘍モデルを用い、NIR-PITの効果を検討した結果を示す図。大腸癌細胞株MC38を用いた検討結果。IVISイメージを示す。
図8】マウスin vivo腫瘍モデルでのNIR-PITの効果を示す図。(A)ルシフェラーゼ活性、(B)腫瘍体積による解析結果を示す。
図9】マウスin vivo腫瘍モデルでのNIR-PITの生存に対する効果を示す図。
図10】マウスin vivo腫瘍モデルを用い、NIR-PITの効果を検討した結果を示す図。肺癌細胞株LL/2を用いた検討結果。(A)IVISイメージ、(B)ルシフェラーゼ活性、(C)腫瘍体積による解析結果を示す。
図11】マウスin vivo腫瘍モデルを用い、NIR-PITの効果を検討した結果を示す図。前立腺癌細胞株Tramp-C2を用いた検討結果。(A)IVISイメージ、(B)ルシフェラーゼ活性、(C)腫瘍体積による解析結果を示す。
図12】PD-L1を標的としたNIR-PITが転移部に対しても効果があることを示す図。(A)IVISイメージ、(B)ルシフェラーゼ活性、(C)腫瘍体積、(D)生存曲線による解析結果を示す。
図13】NIR-PIT後に、反対側に再接種した腫瘍細胞に対する増殖抑制効果の解析結果を示す図。(A)実験スケジュールを模式的に示す図。(B)NIR-PIT後に、反対側に接種した腫瘍細胞の腫瘍体積を示す図。
図14】NIR-PIT後のPD-L1発現を解析した図。(A)in vitro、(B)in vivo実験系での結果を示す。
図15】PD-L1を標的としたNIR-PITによる腫瘍内部のT細胞、NK細胞の活性化を示す図。
図16】PD-L1を標的としたNIR-PITによる血液中のT細胞、NK細胞の活性化を示す図。
図17】PD-L1を標的としたNIR-PITによる脾臓内のT細胞、NK細胞の活性化を示す図。
図18】NIR-PITにより変動する血球細胞の解析結果を示す図。
図19】NIR-PITにより変動するサイトカインの解析結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0010】
上述のように、従来のNIR-PITは腫瘍細胞の表面に高発現している分子を標的分子とする治療方法である。特許文献1や非特許文献1にも、EGFRをはじめ、HER2、PSMA、CEAなど癌細胞に特異的に発現する多くの分子が記載されている。さらに、CD25、PD-1、PD-L1、PD-L2、CTLA-4など免疫チェックポイントに関与する分子を標的にすることについても記載されている。
【0011】
しかしながら、上記文献に記載されているPD-1/PD-L1などの免疫チェックポイント分子は、EGFRなどの分子と同様、癌細胞表面で発現している腫瘍抗原の一つとして考えられているに過ぎない。すなわち標的分子としてPD-1/PD-L1などの免疫チェックポイント分子が高発現している癌を対象とした局所療法として考えられている。本発明者は、PD-L1を標的分子としたNIR-PITは、光照射した部位において腫瘍細胞を死滅させるという従来の効果だけではなく、細胞死に至らなかった腫瘍細胞でのPD-L1の発現増強、免疫反応の誘導、がん微小環境の改変が生じ、相乗的に抗腫瘍免疫を活性化することを見出した。すなわち、従来の癌抗原を対象としたNIR-PITの効果に加えて、抗PD-L1抗体自体による治療効果を増強するとともに、PD-L1の発現が低い場合でも、複数回のNIR-PITを行うことにより治療効果が生じる治療法となり得ることを見出した。また、免疫反応を誘導することにより光照射を行わなかった部位の腫瘍にも効果を及ぼす、すなわち転移部に対しても効果が及ぶことを見出した。さらに、光照射時には存在しなかった腫瘍に対しても効果が及ぶこと、すなわち免疫記憶によるものであり、再発を予防する効果も期待できることを見出した。これらの効果は、標的分子が高発現している腫瘍に局所的な効果を奏する従来のNIR-PITの効果に加えて、免疫反応を誘導するという全く質の違う効果である。
【0012】
PD-L1を標的とするNIR-PITの作用機序から、腫瘍細胞で発現している免疫チェックポイントに関与する分子を標的にするNIR-PITであれば、同様の効果を得ることができると考えられる。そのような分子としては、PD-L1以外に、PD-L2、CD78、B7(CD80/CD86)、Galectin-9、HVEM、CD137L、B7-H4、B7-H3、CD112、CD155、MHC II、CD200R、VISTA、VSIG3、LSECtin、CEACAM1、A2aR、B7RP1、FGL1、CD48のように抑制シグナルを伝達する分子、あるいはCD70、GITRL、ICODSL、OX40L、4-1BBL、CD40Lのように活性化シグナルを伝達する分子がある。また、今後免疫チェックポイント分子として同定される分子にも適用できることは言うまでもない。
【0013】
PD-L1をはじめとする腫瘍で発現が認められる免疫チェックポイント分子に結合する特異的結合性分子としては、抗体、アプタマーなどが例示される。特異的結合性分子は標的分子に特異的に結合する物質であればどのようなものを使用してもよいが、特に抗体を好ましく用いることができる。抗体は、インタクトな抗体に限らず、Fab断片、Fab´断片、F(ab´)断片、一本鎖Fv、ジスルフィド安定化V領域断片(dsFv)、rIgG断片、minibody、diabodyもしくはCDRを含むペプチドなど、抗原に特異的に結合する領域を含むものであればよい。しかし、ADCC(antibody dependent cellular cytotoxicity:抗体依存性細胞障害)活性による副作用を抑制するためにFab断片、Fab´断片、F(ab’)断片、一本鎖Fv、ジスルフィド安定化V領域断片(dsFv)などFc領域を有さない抗体を使用する方が好ましい。Fab断片、Fab´断片、F(ab’)断片等、Fc領域を有さない抗体を以下では機能的抗体断片と称する。
【0014】
以下の実施例では抗マウスPD-L1抗体を使用しているが、抗PD-L1抗体に限らず、腫瘍細胞に発現が認められる免疫チェックポイントに関与する分子であれば、標的として用いることができることは上述のとおりである。ヒトPD-L1に対する抗体は、すでに各国で承認を受け治療に用いられているデュルバルマブ、アテゾリズマブ、アベルマブがある。これら抗体は、悪性黒色腫、非小細胞肺癌、ホジキンリンパ腫、頭頸部癌、胃癌、悪性胸膜中皮腫等の治療に用いられているが、これらの癌種に限らずPD-L1の発現が少しでも認められる腫瘍であれば、PD-L1を標的とするNIR-PITの対象となる。さらに、今後開発される抗PD-L1抗体、腫瘍細胞に発現が認められる免疫チェックポイント分子に対する抗体もNIR-PITに応用できる。
【0015】
NIR-PITに使用する複合体には、上述の特異的結合性分子に光感受性物質を結合させる。光感受性物質は、光化学反応により標的細胞に細胞死を誘導させる物質である。光化学反応を効率的に生じさせるためにはエネルギーの高い光子、すなわち波長の短い光を使用する必要がある。しかし、一方で腫瘍細胞の周囲に存在する正常細胞のDNAに非特異的な損傷を生じさせるのを防ぐ必要があることから紫外線より長い波長を使用する必要がある。そのため近赤外光線感受性物質を選択するのが好ましい。また、抗体などの特異的結合性分子に連結させて用いるためには小分子である必要がある。この条件に適合する化合物として、フタロシアニン系の光増感剤がある。
【0016】
フタロシアニン色素としては、600nm~950nm、好ましくは660nm~740nm、より好ましくは680nm~720nmに吸収ピークがあるものを好適に用いることができる。特に好ましいフタロシアニン色素として、RM-1929にも用いられているIR700(IRDye700DX、LI-COR Biosciences社)を挙げることができる(特許文献2)。IR700のNHSエステルを用い、共有結合によって特異的結合性分子に共役結合させることができる。
【0017】
複合体は任意の方法を用いて局所投与、あるいは全身投与することができる。具体的には患部への注射による筋肉内投与、皮下投与、皮内投与、静脈内投与、あるいは腹腔内投与、吸入、軟膏、貼付、塗布、点鼻、点眼による非経口的手段により投与されるが、経口投与によってもよい。対象とする腫瘍によって、適宜選択することができるが、通常静脈内投与などによる全身投与を行うことが好ましい。
【0018】
通常非経口製剤は、ビヒクルとしての水、生理食塩液、平衡塩類溶液、水性デキストロース、またはグリセロールなどのような、薬学的に許容される流体および生理学的に許容される流体が含まれる注射用流体を含む。防腐剤、およびpH緩衝剤など、例えば、酢酸ナトリウムまたはソルビタンモノラウレートなど、少量の非毒性補助物質を含有しうる。
【0019】
複合体の治療有効用量は、対象疾患によるが、疾患、症状に合わせて適宜設定することができる。例えば、体重60kg当たり0.1mg~1000mgの間で適宜設定することができる。静脈内投与、局所投与、腹腔内投与など投与方法によっても投与量は異なることから適宜設定すればよい。また、投与は単回投与、あるいは複数回投与など、疾患、症状、治療効果に合わせて選択すればよい。
【0020】
以下の実施例で示すように、PD-L1に結合する抗体を用いたNIR-PITは、治療の結果、腫瘍細胞でPD-L1発現が増強される。すなわち、初回の治療で腫瘍細胞においてPD-L1の発現を誘導することができる。したがって、複数回NIR-PITを行うことによって、初回の治療ではPD-L1発現が低く、大きな効果を得ることができなかった場合でもその後の光照射による治療効果が期待できる。さらに自然免疫も誘導することから、複数回の治療によって、顕著な効果が得られる可能性が高い。一般に抗体医薬は、2~3週間有効量が体内に維持されると言われている。したがって、1回の投与の後、2~3週間の内に複数回光照射を行って、強い効果を得ることが可能である。
【0021】
複数回の光照射の場合、照射間隔は特に限定されないが、腫瘍細胞でのPD-L1の発現増強、自然免疫の誘導を待ってから照射することが好ましい。腫瘍にもよるが、連日、あるいは隔日又は数日から1週間毎に照射する等、様々な照射スケジュールを設定することができる。
【0022】
近赤外光の照射にはLED、LEDレーザー、フィルターを通過させた光線等を利用して、適切な波長の治療線量を照射すればよい。治療線量としては、1~1000J/cmの線量と、照射時間も5秒から1時間程度で適宜定めればよい。体外から直接照射してもよいが、疾患幹部に導入して照射するデバイスとして、導光カテーテル、内視鏡導光ファイバー、穿刺照射ファイバー、血管導光カテーテル、ドレーン留置型導光デバイス、あるいは体内埋め込み型、貼付型、ブレスレット型などの光照射装置を用いることができる。複合体を医薬組成物として静脈注射により全身投与する場合には、複合体が病変部に集積する時間を考慮し病変部に集積後に近赤外光線を照射すればよい。複合体が病変部に集積するための時間は例えば5分~48時間程度である。局所投与の場合には、全身投与の場合よりも、投与後短時間で光照射を行うことができる。
【実施例
【0023】
以下に実施例を示しながら、詳細に説明する。
[抗マウスPD-L1-F(ab’)、IR700を用いた複合体の作製]
特異的結合性分子として抗マウスPD-L1抗体、近赤外光線感受性物質としてIR700を用い、複合体を作製し、NIR-PITの効果の確認を行った。PD-L1はリンパ球でも発現が認められることから、ADCCによる副作用を抑制するために、F(ab’)を精製し、IR700との複合体を作製した(図1)。
【0024】
抗マウスPD-L1抗体(In vivo Mab anti-mouse PD-L1 (B7-H1)、BIO XCELL社)をペプシンで切断し、F(ab’)を精製した(図1(A))。抗マウスPD-L1抗体から精製したF(ab’)及び同様にコントロールIgG(Rat IgG2b Isotype control(anti KLH)、BIO XCELL社)から精製したF(ab’)にIR700を結合させ、複合体を作製した。IR700を結合した複合体F(ab’)は、近赤外光照射による蛍光が観察された(図1(B))。以下、抗マウスPD-L1抗体F(ab’)にIR700を結合させた複合体をPD-L1-F(ab’)-IR700、コントロールIgG抗体F(ab’)にIR700を結合させた複合体をコントロールIgG-F(ab’)-IR700と記載する。
【0025】
[種々の癌細胞での抗PD-L1-F(ab’)-IR700によるNIR-PITの効果]
1.顕微鏡観察による検討
作製した複合体を用い、種々のマウス癌細胞でNIR-PITの効果を確認した。まず、用いるマウス癌細胞にPD-L1が発現しているか確認を行った。マウス大腸癌細胞MC38(ATCCより入手)、マウス肺癌細胞LL/2(ATCCより入手)、マウス前立腺癌細胞Tramp-C2(ATCCより入手)、マウスメラノーマB16F0細胞(ATCCより入手)にルシフェラーゼ遺伝子を導入した細胞を樹立した。それぞれMC38 luc、LL/2 luc、Tramp-C2 luc、B16F0 lucと称する。各細胞のPD-L1発現をPD-L1-F(ab’)-IR700を結合させ、フローサイトメトリーによって確認した(図2)。由来の異なるいずれの癌細胞株においても、PD-L1-F(ab’)-IR700の結合が認められ、PD-L1が発現していることが確認された。PD-L1は臓器横断的に発現していることから、PD-L1を標的とするNIR-PITは種々の癌に広く適用できることを示唆している。
【0026】
これらの細胞株を用いてNIR-PITの効果の検討を行った。MC38、LL/2、Tramp-C2細胞株を12ウェルプレートに1×10細胞/ウェルで播種し、24時間培養後、PD-L1-F(ab’)-IR700を10μg/mlになるように添加し、6時間後に発光波長690nmのLEDを用いて0~128J/cmまで強度を変えて近赤外光線を照射した。近赤外光線照射前及び照射後の微分干渉顕微鏡像、IR700、Propidium Iodide(PI)、Hoechstによる染色と、各染色の重ね合わせを示す(図3)。写真は16J/cmで近赤外光線を照射した例を示す。いずれの細胞株を用いた場合も、光照射後はPIにより核が染色され、Hoechstによる染色が消失していることから、光照射によって細胞死が誘導されていることが示された。
【0027】
MC38 luc、LL/2 luc、Tramp-C2 luc、B16F0 luc細胞株において、PD-L1-F(ab’)-IR700を10μg/mlの濃度で添加し、光強度を0~128J/cmまで変えて照射し、死細胞の割合をPI染色によって解析した(図4)。いずれの細胞株においても、PD-L1-F(ab’)-IR700(図中、APC:Antibody Photosensitizer Conjugate)を添加しない場合には光照射を行っても細胞死は誘導されない。これに対し、PD-L1-F(ab’)-IR700を添加して光照射を行った場合には、光強度に応じてPI染色陽性細胞が増加し細胞死が誘導されることが示された。しかし、EGFRなど高発現の腫瘍抗原に対するPITでは、16J/cmで80%~100%の細胞死が誘導できるのに比べて、PD-L1を標的とするNIR-PITは、細胞死効果を得ることができるもののその効果は限定的といえた。
【0028】
2.ルシフェラーゼアッセイによる検討
ルシフェラーゼ遺伝子を導入した細胞株、MC38 luc、LL/2 lucを用いてルシフェラーゼ活性により細胞死が誘導されているか解析を行った(図5)。顕微鏡観察と同条件で細胞を播種、PD-L1-F(ab’)-IR700を添加、光照射を行い、PBSで洗浄後、D-luciferin、150μg/ml 200μlを添加し、ルシフェラーゼ活性を測定した。どちらの細胞株を用いた場合でもPD-L1-F(ab’)-IR700を添加し、光を照射した場合は光エネルギー強度異存的にルシフェラーゼ活性の減少が認められた。すなわちNIR-PITにより、細胞死が誘導されることを示している。PI染色、ルシフェラーゼアッセイいずれの解析方法によっても、PD-L1-F(ab’)-IR700を細胞に結合させ、近赤外光を照射することによって、細胞死が誘導されることが示された。しかし、EGFRなど腫瘍で高発現する抗原に対するPITと同程度の細胞死を誘導するためにはより強い光エネルギーを必要とする。ここでは示さないが、他の細胞株でも同様の結果が得られている。
【0029】
3.ATPアッセイによる自然免疫の誘導の検討
MC38細胞を上記と同様に播種し、PD-L1-F(ab’)-IR700を添加、128J/cmで光照射を行い、上清を採取し、ATP濃度を測定した(図6)。コントロール、光照射のみ(light only)、PD-L1-F(ab’)-IR700添加のみ(APC only)では、細胞内のATPの放出は見られないが、PD-L1-F(ab’)-IR700を添加し、光照射を行った場合(PIT)には有意なATPの放出が認められた。ATPの放出により自然免疫が活性化することが知られているので、培養上清でのATP濃度の増加は自然免疫の誘導に寄与すると考えられる。したがって、PD-L1を標的とした光免疫療法を行うことによって、細胞死が誘導されるだけではなく自然免疫が活性化することが示唆された。
【0030】
[in vivoモデルでのNIR-PITの効果の検討]
1.マウス大腸癌MC38細胞を用いた検討
マウスin vivoモデルを用いて、PD-L1-F(ab’)-IR700を用いた光免疫療法の効果を解析した。腫瘍細胞を皮下に移植した無治療群をコントロールとし、コントロールIgG-F(ab’)-IR700を尾静注し、光を照射した群(Cont-F(ab’)-IR700 iv + NIR-light)、PD-L1-F(ab’)-IR700を尾静注しただけの群(PD-L1-F(ab’)-IR700 iv)、PD-L1-F(ab’)-IR700を尾静注後、光照射を行った群(PIT)の4群に分け、光免疫療法の効果を検討した。
【0031】
9週齢のマウス(C57BL/6)の背臀側の皮下に2×10個のMC38 luc細胞を接種した。3日後に、抗体-IR700複合体を投与する群には、PD-L1-F(ab’)-IR700、あるいはコントロールIgG-F(ab’)-IR700を一個体あたり100μg尾静注し、光照射を行う群に対しては、抗体投与1日後に75J/cmで光照射を行った。光照射を行った日をday0とする。各群7~9匹で実験を行っている。
【0032】
治療効果は、推定腫瘍体積と腫瘍のルシフェラーゼ活性を測定することによって行った。推定腫瘍体積は、腫瘍の長径及び短径を計測し、長径×短径×1/2として算出した。ルシフェラーゼ活性は、D-ルシフェリン(7.5mg/ml、200μl)を腹腔内投与し、IVIS(登録商標) imaging systemを用いて計測した。測定する発光単位は放射輝度とし、解析はLiving Image Software(登録商標)で行った。
【0033】
IVISによるイメージを図7に示す。腫瘍細胞を皮下に移植したコントロール群、コントロールIgG-F(ab’)-IR700を投与し光を照射した群、PD-L1-F(ab’)-IR700を尾静注しただけの群では、いずれもルシフェラーゼ活性の減弱はなく、day1からday3まで強い発光が認められた。これに対し、PD-L1-F(ab’)-IR700を尾静注し、近赤外光線を照射した群(PIT)では、ルシフェラーゼ活性の顕著な減少が認められた。
【0034】
ルシフェラーゼ活性の放射輝度、腫瘍体積の経時的な変化を図8に示す。Day0の近赤外光線照射を行う前の値をそれぞれ1として相対的な変化を示している。ルシフェラーゼ活性は、PD-L1-F(ab’)-IR700を尾静注し、近赤外光線を照射した光免疫療法を行った群(PIT)では光照射3日目まで顕著に低い値を維持しているが、コントロール、コントロールIgG-F(ab’)-IR700を投与し光照射した群、PD-L1-F(ab’)-IR700投与のみの群ではルシフェラーゼ活性の減少は見られず、経時的に活性の増加、すなわち腫瘍細胞の増殖が認められた(図8(A))。腫瘍体積についても、光免疫療法を行った群では、光照射1日目で腫瘍体積の顕著な減少が認められ、10日目まで緩やかな増加が認められるのみであり、光照射10日目においてもDay0とほぼ同等の腫瘍体積を維持していた。一方、他の群ではDay0と比較して15倍から20倍、腫瘍体積の増加が認められた(図8(B))。
【0035】
in vitroの実験系であるPI染色による顕微鏡観察、ルシフェラーゼアッセイの結果からは、75J/cmという光エネルギーでは、細胞死を強く誘導することはできない(図4、5参照)。しかしながら、in vivoの実験系においてはルシフェラーゼ活性、腫瘍体積、いずれも顕著な効果が認められた。in vivo実験系において、in vitro実験系より強い効果が認められたことは、従来の光免疫療法の効果に加えて、免疫チェックポイント分子を標的としていることによる特有の効果であると考えられる。
【0036】
各群の生存曲線を示す(図9)。光免疫療法を行った群(PIT)では顕著な生存の延長が認められ、2ヶ月を経過しても生存している個体が認められた。この個体は観察期間にわたり腫瘍の再発はなく、さらに数ヶ月に渡り生存していた。一方、コントロール、及びコントロールIgG-F(ab’)-IR700を投与し光照射を行った群では20日前後で全ての個体の死亡が確認された。PD-L1-F(ab’)-IR700を投与し、光照射を行わなかった群、すなわち抗PD-L1抗体による免疫療法を行った群では、コントロール群と比べて有意な差はないものの、約40日生存している個体が認められた。抗PD-L1抗体投与による効果は幾分あると考えられるが、光免疫療法を行った群に見られるように60日以上に渡って生存が認められる個体はなかった。
【0037】
2.マウス肺癌LL/2細胞を用いた検討
MC38 luc細胞を用いた実験と同様に、2×10個のLL/2 luc細胞をマウス背臀側皮下に接種し、3日後にPD-L1-F(ab’)-IR700を尾静注し、1日後に光照射を行った(光免疫治療群、PIT)。コントロールは上記と同様、LL/2 luc細胞を皮下に摂取した無治療群である。光免疫治療群とコントロールのIVISイメージ(図10(A))、ルシフェラーゼ活性(図10(B))、腫瘍体積(図10(C))の経時的変化を示す。光照射を行った日をday0としている。
【0038】
マウス肺癌細胞LL/2 lucを用いた系でも、PIT治療群では、ルシフェラーゼ活性は光照射3日目までほとんど観察されず、コントロールに対して有意な差が認められた。また、腫瘍体積の増加も抑制され、光免疫治療8日目まで、コントロールと有意な差が認められた。
【0039】
3.マウス前立腺癌Tramp-C2細胞を用いた検討
上記と同様に、2×10個のTramp-C2 luc細胞をマウス背臀側皮下に接種し、3日後にPD-L1-F(ab’)2-IR700を尾静注し、1日後に光照射を行った(光免疫治療群、PIT)。光免疫治療群とコントロールである無治療群のIVISイメージ(図11(A))、ルシフェラーゼ活性(図11(B))、腫瘍体積(図11(C))の経時的変化を示す。光照射を行った日をday0としている。
【0040】
マウス前立腺癌細胞Tramp-C2 lucを用いた系でも、PIT治療群では、ルシフェラーゼ活性は光照射3日目までほとんど観察されなかった。また、腫瘍体積の増加も抑制され、光免疫治療6日目まで確認したところ、コントロール群と有意な差が認められた。
【0041】
上記結果から、癌で発現している免疫チェックポイント分子、PD-L1を標的とする光免疫療法は、癌種に関わらず効果を及ぼすものと認められる。従来の光免疫療法は癌細胞表面に高発現している癌マーカーを標的としており、標的分子が発現していない、あるいは低発現の腫瘍に対しては適用することができなかった。しかしながら、免疫チェックポイント分子を標的にする場合には、免疫チェックポイント分子が発現さえしていれば、仮に相当低発現であったとしても、また、由来する臓器を問わずどのような腫瘍であっても治療を行うことが可能であり、より多くの患者に対して適用できるものと考えられる。この点が従来の近赤外光線免疫療法と決定的に異なる点である。
【0042】
[転移部に対する効果]
癌で発現している免疫チェックポイント分子を標的とした光免疫治療が、光照射を行った部位に局所的に作用するだけではなく、他の部位、すなわち転移部にも効果があるか解析を行った。9週齢のマウス(C57BL/6)の両背臀側皮下にそれぞれ2×10個のMC38 luc細胞を接種した。3日後に、PD-L1-F(ab’)-IR700、あるいはコントロールIgG-F(ab’)-IR700を100μg尾静注し、1日後に右側のみに75J/cmで光照射を行った。光照射を行った日をday0とする。光照射を行う日の光照射前、光照射後1~3日目までのIVISイメージ(図12(A))、ルシフェラーゼ活性(図12(B))、13日目までの腫瘍体積(図12(C))、生存曲線(図12(D))を示す。各群3匹で実験を行っている。
【0043】
3日目までのルシフェラーゼ活性は、PD-L1-F(ab’)-IR700投与群(PD-L1-F(ab’)-IR700)では、光照射を行わなかった左側(L)は、コントロールIgG-F(ab’)-IR700投与群(Cont-F(ab’)-IR700)と比較してルシフェラーゼ活性が減少する傾向はあったものの、有意差は認められなかった(図12(B))。しかし、腫瘍体積は、PD-L1-F(ab’)-IR700投与群では光照射を行わなかった左側(L)についても、コントロールIgG-F(ab’)-IR700投与群に対して、1、3、6日目に有意な差が認められた。NIR-PITにより光照射を行わなかった腫瘍に対しても腫瘍体積を減少させる効果が認められたことは、転移部に対しても治療効果が生じることを示している。放射線治療では、放射線を照射した部位だけではなく、離れた転移巣にも効果を及ぼすアブスコパル効果が知られている。免疫チェックポイントに関わる分子を標的とした近赤外光線免疫療法では、転移巣にも効果が及ぶ、光アブスコパル効果とも言うべき効果が生じていた。光アブスコパル効果は、EGFRなど高発現している標的に対する従来の近赤外光線免疫療法では生じない、免疫チェックポイントに関わる分子を標的とする近赤外光線免疫療法に特有の効果である。治療効果は予後も改善し、コントロールIgG-F(ab’)-IR700投与群は15日目に全ての個体が死亡したのに対し、PD-L1-F(ab’)-IR700投与群では、25日目まで生存していた個体があり、有意な予後の改善も認められた。
【0044】
[NIR-PIT後に、反対側に接種した腫瘍細胞に対する増殖抑制効果]
NIR-PITによる腫瘍退縮効果が免疫を介したものであることをさらに確認するために、NIR-PIT後に、反対側に癌細胞を接種し、増殖に対する効果を解析した。図13(A)に模式的に示すように、9週齢のマウス(C57BL/6)の右背臀側皮下にそれぞれ2×10個のMC38 luc細胞を接種し、3日後に、PD-L1-F(ab’)-IR700、あるいはコントロールIgG-F(ab’)-IR700を100μg尾静注し(day -1)、1日後に75J/cmで光照射を行った(day 0)。翌日、2×10個のMC38 luc細胞を左背臀側皮下に接種し(day 1)、経時的に左背臀側の腫瘍体積の測定を行った(図13(B))。コントロールであるIgG-F(ab’)-IR700を尾静注した群と比較して、NIR-PITを行った群は、いずれの個体もNIR-PIT後に接種した腫瘍細胞の増殖が抑制されていた。NIR-PIT後に接種した腫瘍細胞に対しても増殖抑制があることから、PD-L1を標的とするNIR-PITは、免疫記憶応答が介在していることを示唆する。したがって、腫瘍の再発予防を期待することができる。
【0045】
[免疫反応とターゲットする分子発現の誘導]
PD-L1を標的とする光免疫療法によって、光照射を行っていない腫瘍に対しても効果が認められたことから、抗腫瘍免疫の活性化が誘導されている可能性が示唆された。そこで、PD-L1を標的とする光免疫療法によるPD-L1の発現の変化をin vitro、in vivo両方の系を用いて解析を行った。
【0046】
マウス大腸癌細胞MC38 lucを12ウェルプレートに1×10/ウェルで播種し、24時間後に10μg/mLになるようにPD-L1-F(ab’)-IR700を添加し、6時間後に32J/cm光照射し、5日後にフローサイトメトリーによりPD-L1の発現を評価した。PD-L1の検出は抗PD-L1抗体を用いて行った。図14(A)に示すように、コントロール(PD-L1-F(ab’)-IR700無添加、光照射なし)、光照射のみ(light)、PD-L1-F(ab’)-IR700添加のみ(APC only)では、平均蛍光強度に変化が認められないが、PD-L1-F(ab’)-IR700添加、光照射群、すなわちPD-L1を標的とする光免疫療法を行った群(PIT)は、コントロールに対して有意に平均蛍光強度の低下が認められた。in vitroの系では、PD-L1の発現の高いものが光免疫療法によって死滅し、発現の低い細胞のみが選択的に生存していることを示している。
【0047】
次に、in vivoの系において、光免疫療法のPD-L1発現に対する効果を解析した。マウス背臀側の皮下にそれぞれ2×10個のMC38 luc細胞を接種し、3日後にPD-L1-F(ab’)-IR700を100μg尾静注し1日後に32J/cmで光照射を行った。照射エネルギーの32J/cmは、上記実施例において腫瘍退縮を観察した光強度である75J/cmの約1/2の弱い光エネルギーである。この強度の光エネルギーは、腫瘍部において弱く細胞死を誘導し、炎症を惹起する光エネルギーであると考えられる。光照射7日後にマウスを安楽殺し、腫瘍細胞を取り出しPD-L1発現の解析をin vitroの系と同様にフローサイトメトリーを用いて行った(図14(B))。光免疫療法を行わなかったコントロール群と比較して、光免疫療法を行った群では腫瘍細胞のPD-L1に有意な発現増強が認められた。PD-L1-F(ab’)-IR700を用いたNIR-PITにより、腫瘍部位に強度の炎症が惹起され、残存する腫瘍にPD-L1発現を誘導したと考えられた。このことは、本治療の免疫編集機能といえる。
【0048】
PD-L1を標的とするNIR-PITは、腫瘍においてPD-L1の発現を誘導する。すなわち、腫瘍免疫機構としては負に作用する。しかし、PD-L1の発現を誘導することにより、PD-L1が発現していない、あるいは発現の低い腫瘍であっても、PD-L1を標的とするNIR-PITを行うことにより、PD-L1の発現が増強することを示している。発現増強後に、再度PD-L1-F(ab’)-IR700を用いた光免疫療法を行えば、初回治療で死滅させることができなかった腫瘍細胞の細胞死をさらに誘導することが可能となる。くわえて、PD-L1-F(ab’)-IR700自身の免疫チェックポイント阻害作用の相乗効果も、発現増強により期待できると考えられる。これらのポジティブフィードバック機構による癌免疫の増強は、本治療のユニークな特筆すべき機構といえる。
【0049】
免疫チェックポイント分子を標的とするNIR-PITによる癌免疫の増強効果は、他のNIR-PITとの併用により、より高い効果を得ることが期待できる。例えば、EGFRなど腫瘍で高発現している標的に対するNIR-PITと、PD-L1を標的とするNIR-PITを併用すれば、近赤外光を照射した腫瘍においてEGFRを高発現している腫瘍細胞をまず死滅させることができる。さらに、EGFRを発現していない、あるいは低発現の腫瘍細胞、さらには転移部の腫瘍細胞に対しては、PD-L1を標的とするNIR-PITにより死滅させることができる。さらに、複数回の治療により、PD-L1発現が誘導されることから、変異によりEGFRが発現していない腫瘍細胞も完全に取り除くことができる。その結果、従来のNIR-PITでは再発の可能性がある腫瘍に対しても、寛解が得られる可能性がある。
【0050】
PD-L1を標的とする光免疫療法の腫瘍免疫に対する効果をさらに解析するために、光照射後のCD8(+)T細胞、NK細胞の活性化マーカーの測定を行った。マウス背臀側の皮下に2×10個のMC38 luc細胞を接種した。3日後に、PD-L1-F(ab’)-IR700を100μg尾静注し、1日後に75J/cmで光照射を行い、1.5時間後に安楽殺し、腫瘍内部(図15)、血液中(図16)、脾臓(図17)中のCD8(+)T細胞(CD3+CD8+)、及びNK細胞(CD3-NK1.1+)のIFNγ、IL-2、CD69、CD25、CD107a発現をフローサイトメトリーにより解析した。
【0051】
解析に用いた抗体は下記のとおりである。
CD4:anti-mouse CD4 cloneRM4-5、CD8:anti-mouse CD8a clone53.67、CD3:anti-mouse CD3e clone145-2c11、NK:anti-mouse NK1.1 clonePK136、IFNγ:anti-mouseIFNγ cloneXMG1.2、IL-2:anti-mouse IL-2 cloneJES6-5H4、CD69:anti-mouse CD69 cloneH1.2F3、CD25:anti-mouse CD25 clone eBio3C7、CD107a:anti-mouse CD107a clone 1D4B。
【0052】
腫瘍内部では、IFNγの発現がNK細胞で、CD69及びCD25の発現がCD8(+)T細胞及びNK細胞で、光免疫療法により有意に増加しているのが認められた(図15)。また、血中では、IFNγ及びIL-2発現がNK細胞で、CD69発現がCD8(+)T細胞及びNK細胞で有意に増加しているのが認められた(図16)。さらに、脾臓でもIFNγの発現がNK細胞で、CD69発現がCD8(+)T細胞及びNK細胞で有意に増加していた。その他の活性化マーカーも有意差はないものの光免疫療法後に発現増加が認められたことから、自然免疫が活性化していることが明らかとなった。特に、血液中のCD8(+)T細胞及びNK細胞の活性化が認められたことは、先に示した転移部における腫瘍細胞の退縮やNIR-PIT後に反対側に接種した腫瘍の増殖抑制と呼応するデータである。
【0053】
[マーカーの検討]
ある治療が患者に対して有効であるか早期に判断することは、患者に最適な治療を行う上で重要であるだけではなく、医療経済の面からも重要である。そこで、患者がPD-L1を標的とする光免疫療法に対して治療効果を有するかを判定するマーカーについて検討を行った。PD-L1を標的とするNIR-PITを行い、末梢血のCyTOF解析によって光照射後に変化するマーカーを網羅的に解析した。マウス背臀側皮下に2×10個のMC38 luc細胞を接種し、3日後にPD-L1-F(ab’)-IR700を100μg尾静注し、1日後に75J/cmで光照射を行った。光照射前、6時間後、24時間後に血液を採取しCyTOFで解析を行った(図18)。
【0054】
B細胞、T細胞、CD4+T細胞、CD8+T細胞は、光照射6時間後、24時間後ともに、照射前(naive)に比べて有意に減少が認められた。これらの細胞は、光照射した腫瘍部に移動したために、血中で減少が生じるのではないかと考えられる。一方、MDSC(Myeloid-derived suppressor cell:骨髄由来サプレッサー細胞)は6時間後に、単球/マクロファージ(Mono/MΦ)、樹状細胞(DC)は24時間後に照射前に比べて有意に増加していた。
【0055】
有意差が認められた血球はいずれも、PD-L1を標的とする光免疫療法の治療効果を確認するマーカーとして使用することができる。特に、MDSCは、光免疫療法開始前はほとんど血中に認められないことから、これを治療効果の指標とすれば、光免疫療法を適用して効果のある患者を判別することができる。すなわち、光免疫療法を行った後、MDSCの増加が認められれば、治療効果を奏する患者だと予測することができる。
【0056】
PD-L1を標的とする光免疫療法は、最初の治療後にPD-L1が発現上昇し、さらに治療効果が高まることが予測されることから、複数回の光治療を行うことが望ましい。通常、抗体医薬は2~3週間体内に留まることから、上記血球マーカーの変動が認められた患者に対し、この期間内に複数回の光照射を行うことにより、光照射を行った腫瘍部、転移部での奏効が期待できる。また、ヒトでは通常300J/cmで光照射を行うが、効果の弱い場合は、さらに強い光照射を行ってもよい。光照射後のMDSCをはじめとする血球マーカーの変動を指標として、治療回数、治療間隔、照射エネルギーを適切に設定することができる。
【0057】
さらに、血清サイトカインの変化はCytokine Arrayを用いて、ELISAにより解析した。G-CSF(granulocyte-colony stimulating factor:顆粒球コロニー刺激因子)、IL-6、KC(keratinocyte-derived chemokines:ケラチノサイト由来ケモカイン)、MIP-2(macrophage inflammatory protein-2:マクロファージ炎症タンパク質2)量を測定した(図19)。いずれも光免疫治療6時間後に上昇が認められた。これらサイトカインの上昇を指標として治療を行ってもよい。
【0058】
PD-L1を標的とした光免疫療法によって変化が認められた血球、サイトカインのマーカーはいずれも末梢血で測定が可能であること、また、6時間という早期に確認が可能であることから、PD-L1を標的とする光免疫療法の治療効果の確認には非常に有効な手段である。
【0059】
また、PD-L1を標的とするNIR-PITによるG-CSFの増加が認められたが、G-CSFは骨髄を刺激して血球数を増加させる効果があることから、骨髄抑制が頻繁に生じる化学療法の副作用を抑制する効果も期待できる。骨髄抑制は骨髄幹細胞がダメージを受け、血球成分である白血球、血小板、赤血球を生成する機能が正常に作用しなくなり、血球成分が減少する副作用である。具体的な症状として、感染症、貧血、出血などが現れるが自覚しづらく、感染症などを合併した場合には、治療を継続できないなどの問題が生じる。骨髄抑制は、ほとんどすべての抗がん剤に副作用として出現する可能性があるが。特に壊死起因性抗がん剤として分類されている薬剤による副作用として多く認められる、壊死起因性抗がん剤としては、例えば、タキサン系の薬剤である、パクリタキセル、ドセタキセル等、アントラサイクリン系の薬剤であるダウノルビシン、エピルビシン等、ビンカアルカロイド系の薬剤であるビンブラスチン、ビンクリスチン等、抗がん抗生物質であるマイトマイシンC等がある。さらに、分子標的薬の一部、また、放射線治療も照射部位によっては骨髄抑制が出現する可能性がある。PD-L1を標的とするNIR-PITはG-CSFを増加させ血球数を増加させることから、これら化学療法剤、あるいは骨髄抑制が生じる可能性のある放射線療法と併用することによって、副作用である骨髄抑制を抑える可能性がある。
【0060】
PD-L1などの腫瘍細胞に特異的に発現する免疫チェックポイント分子であれば、癌種、臓器によらず、どのような癌であってもある程度の発現が認められる。したがって、腫瘍細胞に発現する免疫チェックポイント分子を標的とするNIR-PITは、あらゆる癌に適用することができる。さらに、上記実施例で示したように、抗PD-L1抗体と光感受性物質との複合体は、初回のNIR-PIT後にPD-L1の発現を誘導することから、PD-L1の発現が低い症例に対しても複数回の光照射により治療効果が期待できる。従来のNIR-PITは標的分子を細胞表面に高発現していなければ効果を奏せず、これまで治療が困難な症例も多かった。しかし、PD-L1を標的とするNIR-PITは、治療開始時のPD-L1発現が低くても治療によってPD-L1発現を誘導することから、多くの症例に適用できるものと考えられる。また、従来のNIR-PITのように、光照射を行った部位で細胞死を誘導するだけではなく、自然免疫を誘導することから、全身的な治療効果、すなわち転移部に対する効果、さらに再発を予防する効果を有する点で優れている。また、腫瘍免疫の増強が期待できることから、他の免疫チェックポイント阻害薬の効果を高める手法としても使用することができる。
【0061】
また、EGFR等、腫瘍細胞で高発現している分子を標的とするNIR-PITと併用すれば、標的分子に対して細胞死を誘導するとともに、標的分子に遺伝子変異が生じ、標的分子が発現していない、あるいは抗体が標的分子に結合しないように変異した腫瘍細胞に対しても効果を期待することができる。従来の高発現している分子を標的としたNIR-PITでは、細胞死を誘導することができなかった腫瘍細胞に対しても、免疫チェックポイント分子を標的とするNIR-PITと併用することにより、細胞死を誘導できる可能性があることから、予後の改善、再発の防止を期待することができる。さらに、PD-L1を標的とするNIR-PITでは、G-CSFの増加が認められることから、血球数を増加させる効果を期待することができるので、骨髄抑制が生じる化学療法や放射線治療と併用することにより、副作用を減弱させる効果を期待することができる。
【要約】
【課題】抗体による治療や従来の近赤外光線免疫療法(NIR-PIT)による治療では効果を奏さなかった特異的癌抗原が不明ないしは低発現な腫瘍に対しても治療効果を奏する治療法を提供することを課題とする。
【解決手段】腫瘍で発現している免疫チェックポイント分子を標的とするNIR-PITは、腫瘍細胞に細胞死を誘導するだけではなく、免疫チェックポイント分子の発現を増強させる。その結果、複数回の治療によって強い効果を生じさせることができる。また、免疫反応を誘導することから、光照射部の局所的な効果だけではなく、全身的な効果、すなわち転移部に対しても効果を奏する。
【選択図】図9

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