(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-07
(45)【発行日】2025-01-16
(54)【発明の名称】ガスの濃度の測定方法及び関連装置
(51)【国際特許分類】
G01N 21/39 20060101AFI20250108BHJP
【FI】
G01N21/39
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2023136495
(22)【出願日】2023-08-24
【審査請求日】2023-09-19
(32)【優先日】2022-09-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】591005615
【氏名又は名称】ジック アーゲー
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】トーマス ベイヤー
(72)【発明者】
【氏名】ユリアン エードラー
【審査官】小野寺 麻美子
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2014/0340684(US,A1)
【文献】特開2021-128141(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0268095(US,A1)
【文献】特開2022-026879(JP,A)
【文献】国際公開第2017/122659(WO,A1)
【文献】特開平07-151683(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00 - G01N 21/01
G01N 21/17 - G01N 21/61
H01S 5/00 - H01S 5/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガス混合物(4)中のガスの濃度を測定するための方法において、
傾斜状及び/又は階段状に波長変調され、更に周期的にも変
調された光線(10)が、光源(6
)から測定域内へと発射されること、
前記変調された光線(10)が前記測定域内で光吸収性の媒質(4)を通過し、受信光(12)として検出器(8)により検出され、該受信光(12)が該検出器(8)により検出器信号(14)に変換されること、
前記検出器信号の周波数範囲への変換
を行うことにより、該検出器信号(14)に基づいて微分信号が決定され、その際、該微分信号を得るために、前記周波数範囲に変換された検出器信号(14)の評価が、前記変調された光線(10)の周波数のn倍につい
て行われること、及び、
前記微分信号を補正関数(18)で補正するために、該微分信号の位相の少なくとも2個の測定値が決定され、該決定された微分信号の位相の測定値に基づいて補正関数(18)が算出されること、
を備える方法。
【請求項2】
前記補正関数(18)が所定のスペクトル範囲について決定され、該補正関数(18)が前記微分信号の位相を補正するために用いられる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記補正関数(18)が曲線の当てはめにより決定される、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記補正関数が線形及び/又は多項式関数を含んでいる、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記決定された微分信号の位相の測定値と予め定められた比較値との差に基づいて、前記補正関数(18)に誤りがあることを示すエラーの判定が行われ、前記決定された微分信号の位相の測定値と予め定められた比較値との差の大きさが閾値ε
1より大きいときにエラーが判定される、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
補正後の微分信号の複素数値の虚部に基づいて、前記補正関数(18)に誤りがあることを示すエラーの判定が行われ、前記虚部の大きさが閾値ε
2より大きい値を取るときにエラーが判定される、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記微分信号の位相の決定が一定の時間間隔で実行される、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記微分信号の位相の決定がトリガイベントによって始動される、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
ガス混合物(4)中のガスの濃度を測定するための装置(2
)であって、
傾斜状及び/又は階段状に波長変調され、更に周期的にも変
調された光線(10)を測定域内に発射するように構成された光
源(6)と、
前記測定域から受信光(12)を検出してそれを検出器信号(14)に変換するように構成された検出器(8
)と、
前記検出器信号の周波数範囲への変換を行うこ
とにより、該検出器信号(14)に基づく微分信号を決定するように構成された計算モジュールであって、前記微分信号を得るために、前記周波数範囲に変換された検出器信号(14)の評価を、前記変調された光線の周波数のn倍につい
て行うように構成された計算モジュールと、
前記微分信号を補正関数(18)で補正するために、前記微分信号の位相の少なくとも2個の測定値を決定し、該決定された微分信号の位相の測定値に基づいて補正関数(18)を算出するように構成された補正モジュールと
を備える装置(2)。
【請求項10】
前記補正関数(18)に誤りがあるかどうかを判定して肯定的な判定の場合にメンテナンス信号を出力するように評価モジュールが構成されている、請求項9に記載の装置(2)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はガスの濃度を検出するための方法及び装置、特にレーザ分光計、に関する。
【背景技術】
【0002】
TDLS(Tunable Diode Laser Spectroscopy:波長可変ダイオードレーザ分光法)では、ガス又はガス混合物の吸収線を走査又は検出するようにレーザの波長を変化させる。そのために、レーザの発射光が波長変調され、測定対象のガスを通過した後で検出器により検出される。特定の波長範囲内でガス混合物により吸収された光の量を、検出器信号、即ち検出器に入射した光の量に基づいて該検出器により生成される信号から取り出すことができる。この点に関して、各ガスは一又は複数の特定の波長の光、あるいは特定の波長範囲の光を吸収する。即ち、各ガス又はガス混合物は異なる吸収線を有し、1つのガスが複数の吸収線を持つこともあり得る。ガス混合物中の個々のガスの濃度を、例えば検出器信号と吸収線から測定することができる。
【0003】
ガス濃度を測定するための今日の諸方法は、検出器信号の分析に基づいてガス混合物中のガスの濃度を決定しようとするものである。しかし、これらの方法はしばしば計算が複雑であるとともに誤差の影響を大きく受ける。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の基礎を成す目的は、ガス混合物中のガスの濃度を測定するための改良された方法及び改良された装置、特にレーザ分光計、を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
この目的は請求項1に記載の方法及び請求項8に記載の装置により達成される。
【0006】
本発明はガス混合物中のガスの濃度を測定するための方法に関し、該方法は、
傾斜状及び/又は階段状に波長変調され、更に周期的にも変調、特に波長変調された光線が、光源、特にレーザから測定域内へと発射されること、
前記変調された光線が前記測定域内で光吸収性の媒質を通過し、受信光として検出器により検出され、該受信光が該検出器により検出器信号に変換されること、
前記検出器信号の周波数範囲への変換を、特に該検出器信号のフーリエ変換によって、行うことにより、該検出器信号に基づいて微分信号が決定され、その際、該微分信号を得るために、前記周波数範囲に変換された検出器信号の評価が、前記変調された光線の周波数のn倍について、特に該n倍についてのみ、行われること、及び、
前記微分信号を補正関数で補正するために、該微分信号の位相の少なくとも2個の測定値が決定され、該決定された微分信号の位相の測定値に基づいて補正関数が算出されること、
を含んでいる。
【0007】
前記光吸収性の媒質は例えばガス混合物とすることができる。従って「光吸収性の」とは、特に、光源の光線の波長の一部がその媒質により吸収されることを意味するものとすることができる。しかし、典型的にはその波長の大部分は吸収されることなく媒質を通過する。以下ではガス又はガス混合物という語を光吸収性の媒質と同義として用いる。ただし、本発明では任意の光吸収性の媒質、即ち例えば固体も用いることができる。
【0008】
故に、測定の原理は、検査対象のガス又はガス混合物が特定の波長又は特定の波長範囲の光を吸収し、該ガス混合物中のガスの濃度に応じて、その含有ガスに特徴的な波長の光の吸収量が大きく又は小さくなる、という事実に基づいている。このようにしてガス混合物中のガスの濃度の測定を行うことができる。
【0009】
これに関連して、光線が傾斜状及び/又は階段状に波長変調され、更に周期的にも変調(特に波長変調)されて測定域内へ発射される。故に、ここに記載した方法はWMS(wavelength modulation spectroscopy:波長変調分光法)に基づくものとすることができる。例えば、光線の変調は、レーザ電流を変調させるとそれに応じて光線波長の変調が起きることを利用して生じさせる。もっとも、光線の変調は他の方法で生じさせてもよい。光線の傾斜状の変調は、例えばレーザ電流を直線的に変化させ、以て波長を直線的に変化さることを含み、好ましくはその波長の直線的な変化を周期的に繰り返すことができる。光線は、特に所定のスペクトル範囲内、即ち所定の波長範囲内[λmin,λmax]で、好ましくは連続的に変調される。所定のスペクトル範囲は、例えば設定可能であってガス混合物中のガスに基づいて設定できるものとする。典型的な波長範囲は、760.3nmから760.5nmまで、761.2nmから761.5nmまで、763.6nmから763.9nmまで、又は1512nmから1512.6nmまでの波長範囲である。
【0010】
レーザ電流の傾斜状及び/又は階段状の周期的な変調に加えて、該レーザ電流は定電流成分を含んでいてもよい。定電流成分は例えばオフセット電流とすることができる。この定電流成分は例えば7.5μA又は0.9μAとすることができる。
【0011】
加えて、例えば上り傾斜中の波長の高速変調を通じて、波長を例えば正弦波変調によって周期的に変調させる。この周期的変調は任意の適切な周期的形状を有するものとすることができ、該周期的変調を特に変調周波数fmodで行うと、変調された光線は周波数fmodを持つ。例えば、傾斜毎に少なくとも50、100、200、256又は512周期の周期的変調が生じるようにすることができる。周期的変調はキロヘルツの範囲内、例えば10kHzの周波数を持つものとすることができる。その場合、微分信号については例えば20kHzの範囲内の周波数を評価することが可能である。
【0012】
傾斜状の変調には、例えば5μA又は0.6μAの電流振幅を用いることができ、高速の周期的変調には例えば0.6μA又は0.08μAの正弦振幅を持つ正弦関数を用いることができる。
【0013】
既に述べたように、検査対象のガス混合物のガスは変調された光線の一部を測定域内で吸収し、その結果、該変調された光線の残りの部分が受信光として検出器に入射し、該検出器がそれ自身に入射する受信光を検出器信号に変換する。例えば、該受信光はフォトダイオードにより検出器信号である電気信号に変換することができる。検出器信号は、例えば、ガス混合物中のガスの吸収スペクトルを含んでいたり、ガス混合物中のガスの吸収スペクトルを測定するために利用されたりすることができる。
【0014】
変調された光線は特に、測定室として形成された測定域内に導入されることができ、該測定室の一方の端において、鏡が前記変調された光線の光を反射することで該光を受信光として前記検出器に供給するものとすることができる。このような配置では、光が測定室内にあるガス混合物を2回通過することができ、それにより特徴的な波長の吸収がより強く生じる。
【0015】
検出器信号に基づいて、ガス混合物中のガスによる光の吸収量が増大する波長範囲を特定することができる。ガス混合物中のガスによる光の吸収量が増大するこのような特徴的な波長は吸収線とも呼ばれ、ガスは複数の吸収線を持つことがある。
【0016】
ガスの吸収線を特定するため、検出器信号に基づいて微分信号が生成される。そのために、検出器信号が例えばフーリエ変換により周波数範囲に変換され、評価されるが、これは変調された光線の周波数fModのn倍の周波数(特に該周波数のみ)について行われる。以下、フーリエ変換という用語が用いられていても、本発明では信号から周波数範囲への任意の変換が意味され、実行できる。特に検出器信号の周期毎に別のフーリエ変換が、特に高速変調の周期長に相当する検出器信号の周期長で実行される。例えば、検出器信号の各周期は所定数の点、例えば周期当たり32個の点で表すことができ、それらを用いて検出器信号の対応部分のフーリエ変換を実行する。フーリエ変換の結果生じる信号を次に周波数fModのn倍の周波数において評価することで微分信号が得られる。ここでnは非ゼロの整数で、好ましくはn>1とする。これを検出器信号の周期毎に繰り返すことで、合わせて微分信号となる一組の評価点が得られる。検出器信号のフーリエ変換の評価は好ましくは周波数fModの2倍について実行される。微分信号は特に定性的には検出器信号及び/又はガス混合物のガスの吸収スペクトルのn次微分に相当する。
【0017】
周波数範囲に変換された検出器信号の評価から決定された微分信号は、更にとりわけ複素空間内の信号を表しており、その微分信号が取る値はz=a+ibという形の複素数を含んでいる。ここでaは複素数の実部、bは複素数の虚部を表す。ただし、複素数はz=r・eiφという形で表すこともできる。ここでrは複素数の大きさ、φは複素数の位相を表す。
【0018】
ガス混合物中のガスの濃度は微分信号から、特に該微分信号の形状及び高さに基づいて得られるから、該微分信号の複素信号値を位相の分だけ回転させることで、対応する複素数の虚部がほぼゼロで且つ該複素数の実部が最大となるようにすることが特に有利である。そうすれば、吸収線における微分信号の信号レベル(これを吸収線強度とも呼ぶ)を位相回転後に複素数の実部(特に該実部のみ)から決定することができる。そこで、本発明では、微分信号の位相の少なくとも2個の測定値が該微分信号の異なる位置において決定され、該決定された微分信号の位相の測定値に基づいて補正関数が算出され、該補正関数により微分信号、特に該微分信号の位相が補正される。吸収線に対応しない範囲においては微分信号が非常に小さい又はほぼゼロ、即ちz=0であるから、前記少なくとも2個の測定値は特にガス混合物のガスの吸収線に対応する波長範囲、即ち微分信号についてz≠0が当てはまる波長範囲内で記録される。加えて、又は代わりに、ガス混合物のガスの吸収線に対応する特定の波長範囲と関連付けることができる一又は複数の時間範囲内で前記測定値を記録してもよい。
【0019】
故に、一般に、微分信号の位相についての測定値は吸収線において決定されるということが当てはまる。3個以上の測定値、例えば3、4、5又は10個の測定値を決定することも通例可能であり、吸収線毎に複数の測定値を(例えば吸収線の周辺において)決定することもできる。更に測定値を例えばzが所定の閾値より大きい箇所で決定することもできる。
【0020】
更に、前記少なくとも2個の測定値は異なる波長範囲又は吸収線において記録されることが好ましい。これらの測定値は波長又は測定時間にわたる位相の推移を近似する補正関数を決定するために用いられる。更にこれらの測定値は例えば逆三角関数を用いて微分信号から計算することができる。これには例えば逆余弦(arccos)関数や逆正接(arctan)関数を用いることができる。
【0021】
本発明に係る方法には、微分信号の位相位置を回転させることによりガス混合物中のガスの濃度の測定が容易になり且つ最適化されるという利点がある。それは、微分信号の信号レベルからのガス濃度の決定はより簡単に且つより少ない労力で行うことができるからである。
【0022】
微分信号の位相の複数の測定値に基づいて補正関数を決定することにより、微分信号の位相が波長又は測定時間にわたり変化し得るという事実が考慮される。補正関数は、スペクトルにわたる(即ち所定のスペクトル範囲にわたる)微分信号の様々な位相変化に起因する測定誤差が最小になるように、波長又は時間に応じて微分信号の位相を補正する。
【0023】
微分信号の位相の変化は例えばレーザ及び電子機器の特性により生じ得る。更に、例えばレーザのレーザチップ内での熱伝導における非線形の作用が傾斜に沿って位相を変化させる。
【0024】
そこで、本発明では、微分信号の位相を補正することで、補正後の微分信号の虚部が(補正後の)スペクトルの全体にわたってほぼゼロとなるとともに、補正後の微分信号の実部が(補正後の)スペクトルの全体にわたって最大となるようにする。最大化された実部に基づいて、ガス混合物中のガスの吸収強度を高い信頼性で決定することができ、その吸収強度からガス混合物中のガスの濃度を計算することができる。更に、所定の/補正後のスペクトルの全体にわたって実部の大きさを最大化することにより信号雑音比が高まる。
【0025】
本発明の更なる実施形態は明細書、従属請求項及び図面から理解することができる。
【0026】
第1の実施形態では、前記補正関数が所定のスペクトル範囲について決定され、該補正関数が前記微分信号の位相を補正するために用いられる。補正関数は、例えば、複数の異なる波長に対して異なる補正値を有している。従って、微分信号の各信号値を異なる補正値で補正することで補正後の微分信号を得ることができる。
【0027】
前記所定のスペクトル範囲は、前記ガス(即ち検出対象ガス)の吸収線、特に全ての吸収線が該所定のスペクトル範囲内にあるように決定することができる。
【0028】
前記補正関数は前記所定のスペクトル範囲全体にわたる連続関数又は不連続関数であるものとすることができる。不連続な補正関数については特に、該補正関数がいくつかの波長範囲、例えばどの吸収線にも対応しない波長範囲内で、ゼロに等しい値を取るものとすることができる。
【0029】
更なる実施例では、前記補正関数が曲線の当てはめにより決定される。
【0030】
更なる実施形態では、前記補正関数が線形及び/又は多項式関数を含んでいる。
【0031】
例えば、前記補正関数は線形及び/又は多項式回帰により決定することができ、それにより該補正関数は線形及び/又は多項式関数(特に少なくとも2次又は3次)の形を取る。こうして補正関数を微分信号の実際の位相位置に応じて決定することができる。補正関数は特に波長に応じて異なる補正値を取るものとすることができる。その結果、微分信号の位相位置の柔軟な適合化又は補正が可能となる。特に、測定誤差を低減するために、位相の推移に基づいて決定された補正関数を通じて可能な限り誤差のない微分信号の位相補正を達成することができる。更に、線形又は多項式の補正関数を用いることにより測定対象のガス混合物のガスへの個別の適合が可能になる。それは、ガスが異なれば吸収線の数も異なり、従って異なる補正関数が必要になる可能性があるからである。一般には任意の適切な関数を補正関数として用いることができる。即ち、補正関数は線形及び/又は多項式関数に限定されない。
【0032】
更なる実施形態では、前記決定された微分信号の位相の測定値と予め定められた比較値との差に基づいて、前記補正関数に誤りがあることを示すエラーの判定が行われ、前記決定された微分信号の位相の測定値と予め定められた比較値との差の大きさが第1の閾値ε1より大きいときにエラーが判定される。
【0033】
例えば、装置に予期せぬ変化が生じた場合、例えばレーザ若しくは電子機器の特性の変化又は熱伝導性の変化あるいはそれらの組み合わせの結果、位相変化が生じた場合に、補正関数が誤ったものになる可能性がある。
【0034】
更なる実施形態では、補正後の微分信号の複素数値の虚部に基づいて、前記補正関数に誤りがあることを示すエラーの判定が行われ、前記虚部の大きさが第2の閾値ε2より大きい値を取るときにエラーが判定される。
【0035】
補正関数に誤りがあることを示すエラーの判定は補正後の微分信号の虚部関数より下の面積に基づいて行うことも可能であり、その際、前記虚部関数は、例えば該虚部関数の絶対面積の積分によって前記補正後の微分信号の虚数値に対応する関数を表しており、前記面積の大きさが第3の閾値ε3より大きい値を取るときにエラーが判定される。
【0036】
例えば、前記比較値はメモリに保存され、必要なときに参照される。更に、異なるガス又はガス混合物に対して異なる比較値をメモリに保存してもよい。メモリに保存された比較値は、例えば装置製造時の最初の測定を出所とすることができる。決定された測定値の数は比較値の数と一致していることが好ましい。代わりに、決定された測定値の数と比較値の数が異なっていてもよい。このような場合、例えば、同じ波長範囲に関連付けられた測定値と比較値のみを互いに比較すればよい。同じ波長又は同じ波長範囲に少なくとも1個の決定された測定値と1個の比較値が関連付けられている限り、エラー判定処理を上述のように首尾良く実行し続けることができる。
【0037】
加えて、又は代わりに、前記補正関数を予め定められた比較関数と比較することでエラーを判定することもできる。例えば、補正関数と予め定められた比較関数との差を波長又は時間にわたり積分して第1の閾値と比較することでエラーを判定することができる。補正関数と予め定められた比較関数との差の積分が第1の閾値より大きければ、例えば、エラーが存在すると判定することができる。あるいは、補正関数の個々の点を予め定められた比較関数から減算又はその逆に減算し、その結果得られる差分点の和を求めてエラーを判定することもできる。例えば、差分点の和が第1の閾値より大きければ、エラーが存在すると判定することができる。
【0038】
既に述べたように、エラー判定は補正後の微分信号の複素数値の虚部、特に該虚部の大きさに基づいて行うこともできる。補正関数で微分信号を補正した後、その補正後の微分信号の虚部の大きさは理想的にはほぼゼロであるから、例えばゼロからのずれが第2の閾値ε2よりも大きければ、それは相応のエラーを示している可能性がある。
【0039】
更なる実施形態では、前記微分信号の位相の決定が一定の時間間隔で実行される。例えば、微分信号の位相の決定が予め定められた周波数で連続的に実行される。微分信号の位相の決定が行われるたびに、前述したエラー判定を追加的に実行して、微分信号の位相の決定がエラーなしで行われるかどうか確認することができる。例えば、位相位置が測定時間にわたり、例えば測定装置の経年誤差により又は熱的な作用により変化した場合、それを適時に判定することができる。
【0040】
更なる実施形態では、前記微分信号の位相の決定がトリガイベントによって始動される。例えばトリガイベントは、オペレータにより手動で始動されるガス混合物のガスの濃度の測定又は位相決定の開始とすることができる。こうして、トリガイベントに基づいて位相の決定を行って正しい処理動作を確認することができる。
【0041】
本発明の更なる態様はガス混合物中のガスの濃度を測定するための装置、特にレーザ分光計に関し、該装置は、
傾斜状及び/又は階段状に波長変調され、更に周期的にも変調、特に波長変調された光線を測定域内に発射するように構成された光源、特にレーザであって、前記装置が、前記測定域から受信光を検出してそれを検出器信号に変換するように構成された検出器を備える、という光源と、
前記検出器信号の周波数範囲への変換を行うこと、特に該検出器信号のフーリエ変換を行うことにより、該検出器信号に基づく微分信号を決定するように構成された計算モジュールであって、前記微分信号を得るために、前記周波数範囲に変換された検出器信号の評価を、前記変調された光線の周波数のn倍について、特に該n倍についてのみ、行うように構成された計算モジュールと、
前記微分信号を補正関数で補正するために、前記微分信号の位相の少なくとも2個の測定値を決定し、該決定された微分信号の位相の測定値に基づいて補正関数を算出するように構成された補正モジュールと
を備えている。
【0042】
前記変調された光線の一部を吸収するガス混合物が特に前記測定域内に存在しており、該変調された光線のうち未吸収の部分が受信光として前記検出器に入射する。本発明に係る方法に関して述べたことは相応に当てはまる。
【0043】
更なる実施形態では、前記補正関数又は補正に誤りがあるかどうかを判定して肯定的な判定の場合にメンテナンス信号を出力するように評価モジュールが構成されている。評価モジュールは特にエラー判定のための前述の手順を実行するように構成されている。
【0044】
更なる実施形態では、前記装置が、前記メンテナンス信号が出ているときに安全運転状態に変わるように構成されている。従ってこの装置は、例えばSIL1、SIL2又はSIL3(safety integrity level)に従った安全な装置となることができる。
【0045】
本発明に係る方法に関して述べたことは本装置にも相応に当てはまる。これは特に利点及び実施形態に関して当てはまる。更に、本願において言及される全ての特徴及び実施形態は、明示的に別段の陳述がない限り、互いに組み合わせることができることは暗黙に理解されている。
【0046】
以下、図面を参照しながら本発明を純粋に例によって紹介する。図は次の通りである。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【
図1】ガス混合物中のガスの濃度を測定するための装置、特にレーザ分光計。
【
図2】(A)傾斜状に変調された光線の検出器信号、及び(B)傾斜状に変調されると同時に周期的に変調された光線の検出器信号。
【
図5】補正関数で補正された複素空間内の微分信号。
【発明を実施するための形態】
【0048】
図1はガス混合物4中のガスの濃度を測定するための、レーザ分光計形の装置2を示しており、該装置2は、レーザ形の光源6、検出器8、計算モジュール(図示せず)、及び補正モジュールを備えている。
【0049】
光源6は、傾斜状に波長変調されるとともに周期的に波長変調された光線10をガス混合物4が配置された測定域内に発射する。ガス混合物4又は該ガス混合物4中のガスは変調された光線10の少なくとも一部を吸収し、例えばガス混合物4中のガスが一又は複数の特定の波長範囲の光を吸収する。
【0050】
変調された光線10のうち測定域又はガス混合物4の通過後に残っている未吸収の残部が受信光12として検出器8に入射する。該検出器は受信光12を受けてそれを検出器信号14(
図2)、特に電気信号に変換する。
【0051】
図1では光源6と検出器8が互いに離れて配置されて示されており、光線10が光源6と検出器8の間で測定域又はガス混合物4を通過する。代わりに、
図1の検出器8の位置に例えば鏡を取り付けることも可能であり、その場合、光源6と検出器8の両方を光源6の側に、例えば共通のハウジング内に配置することができる。
【0052】
図2に示したように、検出器信号14は吸収線において、即ちガス混合物4のガスに対する特定の波長範囲内で信号強度が下がっているが、これは変調された光線10がガス混合物4のガスにより吸収されることによる。検出器信号14に基づいてガス混合物4のガスの濃度に関する結論を引き出すために、検出器信号14に基づいて計算モジュールにより微分信号が決定される。計算モジュールはフーリエ変換によって検出器信号14を波長範囲に変換し、検出器信号14のフーリエ変換を周波数n・f
Modにおいて評価する。ここで周波数f
Modは変調された光線10の各々の瞬間的な周波数に相当し、nは本例では2である。故に、周波数2・f
Modにおける検出器信号14のフーリエ変換を評価してこのように2f微分信号16を得る。
【0053】
次のステップにおいて、2f微分信号16が更に評価される。2f微分信号16は複素空間内の関数を表しており、従って(後で
図3~5を参照してより詳しく説明するように)関数値の実部と虚部の間の位相位置も有しているから、2f微分信号16の評価を改善するために補正モジュールによって2f微分信号16が適合化される。そのために、補正モジュールは2f微分信号16の位相の少なくとも2個の測定値を決定し、その決定された2f微分信号16の位相の測定値に基づき、2f微分信号16を補正又は適合化する補正関数18を算出する。補正関数18は曲線の当てはめ、例えば測定値の内挿及び/外挿により算出される。例えば補正関数18は線形及び/又は多項式関数である。補正後の2f微分信号16の虚部20の大きさが所定のスペクトル範囲全体及び/又は測定時間全体にわたってほぼゼロの値を取るとともに補正後の2f微分信号16の実部22の大きさが所定のスペクトル範囲全体及び/又は測定時間全体にわたって最大値を取るように、2f微分信号16、特に該2f微分信号16の位相がその補正関数18により補正される。吸収線における2f微分信号16の実部22の大きさに基づいて、即ち2f微分信号16の吸収線強度に基づいて、ガス混合物4のガスの濃度を決定することができる。
【0054】
図2(A)は、変調された光線10が傾斜状にのみ波長変調されている場合の、測定時間にわたる検出器信号14の推移を示している。このような場合、検出器信号14は直線的に増加し、吸収線において、即ち0.008秒付近及び0.018秒付近において、信号レベルつまり検出器8上で検出される光の量が、ガス混合物4のガスにより吸収される光の量に起因して減少する。いまの場合、これは、2つの波長範囲内、即ち2本の吸収線において、ガス混合物4のガスによる光の吸収量が増加した結果、検出器信号14が2箇所で一時的に低下したことを意味している。
【0055】
図2(B)は、変調された光線10が傾斜状に且つ周期的に波長変調されている場合の、測定時間にわたる検出器信号14の推移を示している。
図2(B)を見ると、検出器信号14でも2本の吸収線において一時的に信号が低下していることが分かる。特に、変調された光線10の波長が周期的に変調されているため、吸収線における検出器信号14の一時的な信号低下に時間的な遅れがあることが分かる。
【0056】
図3に2f微分信号16の推移を複素空間内に示す。更に
図3は、2f微分信号16の実部22及び虚部20の推移と時間軸に沿った2f微分信号16の射影24とを示している。2f微分信号16には吸収線の範囲内で生じる信号変位が2箇所あることが分かる。
【0057】
これに関連して、信号変位が例えば複数の信号ピークを含むことがある。
図3では信号変位が3個の信号ピークを持っており、より大きい正の信号ピーク、即ち虚部及び実部の正の範囲にある信号ピークが、より小さい2個の負の信号ピーク、即ち虚部及び実部の負の範囲にある信号ピークに挟まれている。これに関連して、2f微分信号16の2つの信号変位のうち1番目の信号変位26の正の信号ピークは、該2つの信号変位のうち2番目の信号ピーク28の正の信号ピークよりも小さい。
【0058】
2f微分信号16に信号変位がない範囲においては、該2f微分信号16の虚部20及び実部22の信号値はほぼゼロである。いま、正の信号ピークの大きさを求めるものとする。そのためには、虚部20の大きさがほぼゼロで実部22の大きさが最大となるように、複素数である2f微分信号16をその位相位置に関して回転させることが有利である。ただし、
図3に示したように、2f微分信号16の位相位置が測定時間又は波長にわたって一定ではないということが起こりうる。時間軸に沿った2f微分信号16の射影24に基づき、2f微分信号16の2つの信号変位のうち1番目の信号変位26は2番目の信号変位28と位相位置が異なっていることが分かる。そこで、測定時間又は波長に応じて2f微分信号16を位相補正値、特に異なる位相補正値を用いて補正する。
【0059】
図4(A)は2f微分信号16の位相を補正するための線形補正関数18を示している。この補正関数18は、2f微分信号16の位相の吸収線、即ち信号変位の範囲において、線形補正関数18を決定する線形回帰を実行するために決定された2f微分信号16の位相の2個の測定値M
1及びM
2を用いて決定されている。
図4(A)において、線形補正関数は2個の測定値M
1及びM
2の接続線である。
【0060】
図4(B)は2f微分信号16の位相の決定された測定値M
3、M
4及びM
5に基づいて決定された線形補正関数18を示しており、多項式回帰を実行することで3次の多項式関数を含む多項式補正関数を決定したものである。
【0061】
図5は、
図3の2f微分信号16を線形補正関数18で補正した後の、補正後の2f微分信号とそれに対応する虚部32及び実部34並びに時間軸に沿った補正後の2f微分信号の射影36を示している。2f微分信号16を測定時間又は波長に応じて補正することで、補正後の2f微分信号30の虚部32が両方の吸収線についてほぼゼロになり、実部34が両方の吸収線について最大になるようにした。補正後の2f微分信号30の虚部32は特に測定時間全体にわたってほぼゼロになっている。その結果、ガス混合物4のガスの濃度の決定は、補正後の2f微分信号30の実部34の大きさ(特に該大きさのみ)に基づいて行うことができ、その際、補正後の2f微分信号30の実部34が測定時間全体又は所定のスペクトル全体にわたって最大であるため、測定誤差の影響が小さい。
【符号の説明】
【0062】
2 装置
4 ガス混合物
6 光源
8 検出器
10 変調された光線
12 受信光
14 検出器信号
16 2f微分信号
18 補正関数
20 2f微分信号の虚部
22 2f微分信号の実部
24 2f微分信号の射影
26 1番目の信号変位
28 2番目の信号変位
30 補正後の2f微分信号
32 補正後の2f微分信号の虚部
34 補正後の2f微分信号の実部
36 補正後の2f微分信号の射影