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  • 特許-多孔質分離膜 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-08
(45)【発行日】2025-01-17
(54)【発明の名称】多孔質分離膜
(51)【国際特許分類】
   B01D 71/38 20060101AFI20250109BHJP
   B01D 69/00 20060101ALI20250109BHJP
   B01D 69/08 20060101ALI20250109BHJP
   B01D 71/44 20060101ALI20250109BHJP
   B01D 71/68 20060101ALI20250109BHJP
   C08L 81/06 20060101ALI20250109BHJP
   C08L 39/06 20060101ALI20250109BHJP
   D01F 6/76 20060101ALI20250109BHJP
【FI】
B01D71/38
B01D69/00
B01D69/08
B01D71/44
B01D71/68
C08L81/06
C08L39/06
D01F6/76 D
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2020567054
(86)(22)【出願日】2020-11-19
(86)【国際出願番号】 JP2020043182
(87)【国際公開番号】W WO2021100804
(87)【国際公開日】2021-05-27
【審査請求日】2023-11-10
(31)【優先権主張番号】P 2019210190
(32)【優先日】2019-11-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、国立研究開発邦人日本医療研究開発機構、「次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業」「バイオ医薬品の高度製造技術の開発/先端的バイオ製造技術開発」委託開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】赤池 薫
(72)【発明者】
【氏名】林 昭浩
(72)【発明者】
【氏名】坂口 博一
【審査官】松浦 裕介
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-104984(JP,A)
【文献】国際公開第2018/025772(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/031834(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2018/0147543(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D 53/22
B01D 61/00 - 71/82
C02F 1/44
G01N 27/60 - 27/70
G01N 27/92 - 27/92
C08K 3/00 - 13/08
C08L 1/00 - 101/14
D01F 1/00 - 6/96
D01F 9/00 - 9/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一方の表面が孔径130nm以上の孔が存在しない緻密層であり、他方の表面が粗大層である非対称構造を有し、
2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)、2-メトキシエチルアクリレート(PMEA)、および、モノカルボン酸ビニルエステルユニットを含有する高分子からなる群より選択される生体適合性高分子が担持されてなる多孔質分離膜であって、
X線光電子分光法によって求められる表面のエステル基由来の炭素量(原子数%)が、緻密層側の表面より粗大層側の表面が多く、かつ
緻密層および粗大層を含む断面のTOF-SIMSによる表面分析において、下記(1)および(2)を満たす多孔質分離膜。
(1)粗大層の生体適合性高分子に由来するイオンシグナルの規格化強度の最小値が最大値の0.15倍以上
(2)緻密層の生体適合性高分子に由来するイオンシグナルの規格化平均強度が粗大層の生体適合性高分子に由来するイオンシグナルの規格化平均強度の2.0倍以上。
【請求項2】
前記生体適合性高分子が、さらにポリエチレングリコール、ポリエチレンイミン、ポリビニルアルコール、およびポリビニルピロリドンからなる群より選択される生体適合性高分子を含有する、請求項1に記載の多孔質分離膜。
【請求項3】
前記粗大層の生体適合性高分子に由来するイオンシグナルの規格化平均強度が0.5以上である、請求項1または2に記載の多孔質分離膜。
【請求項4】
前記生体適合性高分子に由来するイオンシグナルがカルボン酸イオンシグナルである請求項1~3のいずれかに記載の多孔質分離膜。
【請求項5】
前記生体適合性高分子がモノカルボン酸ビニルエステルユニットを含有する高分子である請求項1~のいずれかに記載の多孔質分離膜
【請求項6】
前記モノカルボン酸ビニルエステルユニットを含有する高分子が、モノカルボン酸ビニルエステルユニットを含む疎水性ユニットと、親水性ユニットからなる共重合体である、請求項に記載の多孔質分離膜。
【請求項7】
前記親水性ユニットがビニルピロリドンユニットである、請求項に記載の多孔質分離膜。
【請求項8】
前記モノカルボン酸ビニルエステルユニットを含有する高分子の重量平均分子量が1,000以上1,000,000以下である、請求項5~7のいずれかに記載の多孔質分離膜。
【請求項9】
ポリスルホン系高分子を主成分とする、請求項1~いずれかに記載の多孔質分離膜。
【請求項10】
中空糸膜である、請求項1~いずれかに記載の多孔質分離膜。
【請求項11】
内表面が緻密層である、請求項10に記載の多孔質分離膜。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多孔質分離膜に関する。
【背景技術】
【0002】
多孔質分離膜は、孔の大きさによって液体中の物質の篩い分け行う膜分離に適しており、血液透析や血液ろ過、血漿分離などの医療用途、家庭用浄水器や浄水処理などの水処理用途など広い範囲で用いられている。さらに近年では、バイオ医薬品、特に免疫グロブリンなどの抗体は、治療効果が高く、副作用も少ないことから、広く利用されるようになってきている。抗体は、動物細胞などの生物によって産生されるため、医薬品として利用するためには、多くの不純物の中から抗体のみを分離・精製することが必要であり、分離・精製に多孔質分離膜が適用されている。
【0003】
中でも、ウイルス除去方法としては、抗体などの有効成分への影響が少ないことや、化学的に抵抗性のあるウイルスも除去可能であることから、分離膜を用いた膜ろ過を行うことによって、ふるい効果による分離することが有効である。このウイルス除去用の分離膜は、分離性能の高さや、ウイルスが漏洩しないことが必要であるとともに、有効成分である抗体などのタンパク質を効率よく透過して回収する、高い回収率が求められる。
【0004】
このようなウイルス除去膜として、これまでに、例えば、ポリスルホン系高分子と、ビニルピロリドンと酢酸ビニルとの共重合体の2成分からなり、内径が150μm以上300μm以下、膜厚が50μm超80μm以下の範囲であり、外層に緻密層を有する非対称構造であることを特徴とするウイルス除去用の多孔質中空糸膜(例えば、特許文献1参照)が提案されている。しかしながら、多孔質中空糸膜へのタンパク質の吸着による目詰まりを抑制するためには、緻密層におけるタンパク質の吸着を抑制することが求められるが、特許文献1の技術によっては、かかる課題が解決されていない。そこで、ポリスルホン系高分子と親水性高分子を含み、細孔の平均孔径が外表面から内表面に向かって大きくなる傾斜型非対称構造を有し、膜中の親水性高分子の含有率が6.0~12.0質量%であり、外表面の親水性高分子の含有率と膜中の親水性高分子の含有率の比が1.20~1.60である多孔質中空糸濾過膜(例えば、特許文献2参照)や、ポリマーからなる分離膜であって、膜の片側表面に機能層を有し、該機能層表面のX線光電子分光法(XPS)によるエステル基由来の炭素のピーク面積百分率が0.1(原子数%)以上、10(原子数%)以下であり、かつ、機能層の反対表面のX線光電子分光法(XPS)によるエステル基の由来の炭素のピーク面積百分率が10(原子数%)以下であることを特徴とする分離膜(例えば、特許文献3参照)が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2013/012024号
【文献】国際公開第2016/117565号
【文献】国際公開第2009/123088号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献2に開示された多孔質中空糸濾過膜は、ポリスルホン系高分子、親水性高分子および溶媒を含む製膜原液から形成されるため、緻密層表面の親水性高分子がなお不十分であり、緻密層におけるタンパク質の吸着をさらに抑制することが求められている。また、特許文献3に開示された分離膜は、タンパク質の付着抑制を目的として、機能層表面にエステル基を局在化させているが、機能層表面以外の領域、例えば支持層におけるタンパク質の吸着抑制の効果が不十分である。本発明は、かかる従来技術の課題に鑑み、分離膜の内部におけるタンパク質の吸着を抑制し、長期間使用してもタンパク質透過性の低下が少ない多孔質分離膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するための、本発明は、一方の表面が緻密層であり、他方の表面が粗大層である非対称構造を有し、生体適合性高分子が担持されてなる多孔質分離膜であって、緻密層および粗大層を含む断面をTOF-SIMSによる表面分析において、下記(1)および(2)を満たす多孔質分離膜である。
(1)粗大層の生体適合性高分子に由来するイオンシグナルの規格化強度の最小値が最大値の0.15倍以上
(2)緻密層の生体適合性高分子に由来するイオンシグナルの規格化平均強度が粗大層の2.1倍以上。
【発明の効果】
【0008】
本発明の多孔質分離膜は、分離膜内部へのタンパク質の付着を抑制することで、長期間使用してもタンパク質透過性を維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明の多孔質分離膜の断面をTOF-SIMSで撮影した総2次イオン像の一例である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明について詳細に説明する。なお、本明細書において「~」はその下限および上限の値を含む範囲を表すものとする。
【0011】
本発明の多孔質分離膜(以下、単に「分離膜」という場合がある。また、説明の都合上、後述する生体適合性高分子を担持させる前の状態のものも単に「分離膜」という場合がある。)は、一方の表面が緻密層で、他方の表面が粗大層である非対称構造を有する。言い換えれば、一方の表面側の孔径がより小さく、他方の表面側の孔径がより大きい構造を有する。ここで、本発明において、緻密層とは、孔径のより小さい表面側に存在する孔径が小さい層を差し、粗大層とは、緻密層以外の層を指す。非対称構造を有することにより、除去対象物質の分離に寄与する孔径が小さい領域と、水の透過抵抗が低い孔径の大きな領域とが存在するため、分離性能と透水性能とを両立しやすい。例えば、中空糸膜の場合、内表面が緻密層であってもよいし、外表面が緻密層であってもよいが、緻密層の孔径を調整しやすい観点から、内表面が緻密層であることが好ましい。
【0012】
本発明の分離膜は、主に緻密層において物質の分離が行われるが、緻密層は水などの処理液の透過に際して抵抗が大きい傾向にある。本発明において、特にタンパク質とウイルスの分離に用いる分離膜では、緻密層は孔径130nm以上の孔が存在しない層であることが好ましく、緻密層がかかる条件を満たす層である場合においては緻密層の厚みは、透過性を向上させる観点から、10μm以下が好ましく、5.0μm以下がより好ましい。一方、緻密層の厚みは、分離性能を向上させる観点から、0.05μm以上が好ましく、0.1μm以上がより好ましい。
【0013】
ここで、本発明において、上記の条件を満たす態様の緻密層の厚みは、分離膜の断面、例えば、中空糸膜の場合は軸方向を垂直に横切る断面を、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて10,000倍に拡大観察し、撮影した画像を画像処理ソフトにより解析することによって求めることができる。具体的には、まず、撮影した画像を、構造体部分を明輝度に、それ以外の部分が暗輝度となるように閾値を決めて二値化処理する。そして、分離膜中において、形状が真円形であると仮定した場合にその径が130nmとなる面積1.3×10(nm)以上の暗輝度部分が観察されない領域を緻密層として特定し、当該断面における緻密層の厚みの平均値を求める。より詳細には、後述する実施例に記載の(1)の方法により測定するものとする。ただし、画像内のコントラストの差によって、構造体部分とそれ以外の部分を分けられない場合、構造体部分以外を黒で塗りつぶして画像解析をしてもよい。また、ノイズを消す方法として、ノイズ部分を白く塗りつぶしてもよい。
【0014】
本発明の分離膜は、透過抵抗を低減して透過性を向上させる観点から、緻密層側から粗大層表面側に向かって、徐々に孔径が拡大していく構造を有することが好ましい。また、粗大層は、分離膜の強度の観点から、楕円状または雫型状に膜の実部分が欠落した空孔領域であるマクロボイドが観察されないことが好ましい。
【0015】
本発明の分離膜は、生体適合性高分子(以下、「コーティング高分子」と記載する場合がある。)が担持されてなる。コーティング高分子を担持させることにより、タンパク質の吸着を抑制し、タンパク質透過性を向上させることができる。
【0016】
生体適合性高分子とは、血液や血漿、尿などに含まれる生体由来成分、特にタンパク質の付着を抑制する効果を持つ高分子のことを意味する。特に限定はしないが、ポリエチレングリコールやポリエチレンイミン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドンなどの親水性高分子やそれらの誘導体、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)やその誘導体、2-メトキシエチルアクリレート(PMEA)やその誘導体および、後述するモノカルボン酸ビニルエステルユニットを含有する高分子などが挙げられる。
【0017】
モノカルボン酸とは、1つのカルボキシ基と、当該カルボキシ基の炭素原子に結合した炭化水素基からなる化合物、すなわち「R-COOH」(Rは炭化水素基)で表される化合物を意味する。炭化水素基Rは、脂肪族炭化水素基および芳香族炭化水素基のいずれでもよいが、合成のしやすさなどの観点から、脂肪族炭化水素基が好ましく、飽和脂肪族炭化水素基がより好ましい。飽和脂肪族炭化水素基としては、例えば、エチル基、n-プロピル基、n-ブチル基、n-ペンチル基、n-ヘキシル基等の直鎖構造を有するもの、イソプロピル基やターシャリーブチル基等の分岐構造を有するもの、シクロプロピル基、シクロブチル基等の環状構造を有するものなどが挙げられる。また、脂肪族鎖内にエーテル結合やエステル結合などを含んでいてもよい。これらの中でも、カルボン酸の製造コストの観点から、飽和脂肪族炭化水素基は、直鎖構造または分岐構造を有することが好ましく、直鎖構造を有することがより好ましい。
【0018】
炭化水素基Rが芳香族炭化水素基であるモノカルボン酸としては、例えば、安息香酸やその誘導体等が挙げられる。また、炭化水素基Rが飽和脂肪族炭化水素基であるモノカルボン酸としては、例えば、酢酸、プロパン酸、酪酸等が挙げられる。
【0019】
なお、炭化水素基Rは、水素原子の少なくとも一部が任意に置換されていてもよいが、末端の水素原子がスルホン酸基等のアニオン性官能基で置換されている場合、タンパク質の構造を不安定化させ、分離膜表面への付着を誘発する可能性があるため、末端の水素原子は、アニオン性官能基で置換されていないことが好ましい。
【0020】
炭化水素基Rの炭素数が少ないことは、モノカルボン酸の疎水性を低くし、タンパク質との疎水性相互作用を小さくし、付着を防止する上で好ましい。そのため、Rが脂肪族炭化水素基または芳香族炭化水素基の場合の炭素数は、20以下が好ましく、9以下がより好ましく、5以下がさらに好ましい。一方、Rが脂肪族炭化水素基または芳香族炭化水素基の場合の炭素数は、1以上であるが、モノカルボン酸の運動性を向上させ、タンパク質の付着をより抑制する観点から、2以上が好ましい。なお、Rが飽和脂肪族炭化水素基の場合、炭素数1の化合物は酢酸、炭素数2の化合物はプロパン酸である。
【0021】
また、本明細書において「ユニット」とは、モノマーを重合して得られる単独重合体または共重合体中の繰り返し単位を指し、「カルボン酸ビニルエステルユニット」とは、カルボン酸ビニルエステルモノマーを重合して得られる繰り返し単位、すなわち「-CH(OCO-R)-CH-」(Rは炭化水素基)で表される繰り返し単位を意味する。Rは上記モノカルボン酸についての記載と同様であり、好ましい例等も上記に準じる。
【0022】
炭化水素基Rが飽和脂肪族であるモノカルボン酸ビニルエステルユニットの具体例としては、プロパン酸ビニルユニット、ピバル酸ビニルユニット、デカン酸ビニルユニット、メトキシ酢酸ビニルユニット等が挙げられる。疎水性が強すぎないことが好ましいことから、酢酸ビニルユニット(R:CH)、プロパン酸ビニルユニット(R:CHCH)、酪酸ビニルユニット(R:CHCHCH)、ペンタン酸ビニルユニット(R:CHCHCHCH)、ピバル酸ビニルユニット(R:C(CH)、ヘキサン酸ビニルユニット(R:CHCHCHCHCH)が好ましい例として挙げられる。Rが芳香族であるモノカルボン酸ビニルエステルユニットの具体例としては、安息香酸ビニルユニットやその置換体が挙げられる。
【0023】
以下、分離膜に生体適合性高分子が担持されていることを確認する方法として、生体適合性高分子がモノカルボン酸ビニルエステルユニットである場合を例に示す。それ以外の高分子を生体適合性高分子として用いた場合は、用いた高分子特有の分子構造に由来するイオンシグナルなどをTOF-SIMS装置およびその他の測定方法を適宜組み合わせて測定する。
【0024】
モノカルボン酸ビニルエステルユニットを含有する高分子が担持されていることは、TOF-SIMS装置による測定とX線光電子分光法(XPS)による測定を組み合わせることにより確認することができる。具体的には、まず、TOF-SIMS装置による測定によって、上記飽和脂肪族モノカルボン酸エステルのカルボン酸イオン由来のピークが検出されるため、その質量(m/z)を分析することによって、モノカルボン酸の構造が明らかとなる。
【0025】
TOF-SIMS装置による測定では、超高真空中においた試料表面にパルス化されたイオン(1次イオン)が照射され、試料表面から放出されたイオン(2次イオン)は一定の運動エネルギーを得て飛行時間型の質量分析計へ導かれる。同じエネルギーで加速された2次イオンのそれぞれは、質量に応じた速度で分析計を通過するが、検出器までの距離は一定であるため、そこに到達するまでの時間(飛行時間)は質量の関数となり、この飛行時間の分布を精密に計測することによって2次イオンの質量分布、すなわち質量スペクトルが得られる。例えば、1次イオン種としてBi ++を用い、2次正イオンを検出する場合、m/z=43.01のピークは、C、すなわち、酢酸(脂肪族鎖炭素数:1)に相当する。また、m/z=57.03のピークは、C、すなわち、プロパン酸(脂肪族鎖炭素数:2)に相当する。
【0026】
TOF-SIMS装置によるイオンシグナルの測定の条件は、以下の通りである。測定領域を100μm×100μmとし、1次イオン加速電圧を30kV、パルス幅を7.8nSとする。本分析手法における検出深さは数nm以下である。この際、総2次イオン強度に対するカルボン酸由来のイオンシグナルの強度が0.1%以下の場合は、ノイズと判断し、カルボン酸イオンは存在しないとする。より詳細には、後述する実施例に記載の(2)の方法により測定するものとする。
【0027】
そして、さらにXPS測定を行うと、エステル基(COO)由来の炭素のピークがCHやC-Cのメインピーク(285eV付近)から+4.0~4.2eVに現れるため、上記カルボン酸がエステル結合を形成していることがわかる。XPSの測定角としては90°で測定した値を用いる。測定角90°で測定した場合、表面からの深さが約10nmまでの領域が検出される。エステル基(COO)由来の炭素のピークは、C1sのCHやC-C由来のメインピークから+4.0~4.2eVに現れるピークをピーク分割することによって求めることができる。より具体的には、C1sのピークは、主にCH,C-C,C=C,C-S由来の成分、主にC-O,C-N由来の成分、π-π*サテライト由来の成分、C=O由来の成分、COO由来の成分の5つの成分から構成される。以上の5つの成分にピーク分割を行い、炭素由来の全ピーク面積に対するエステル基由来のピーク面積の割合を算出することにより、エステル基由来の炭素量(原子数%)を求めることができる。この際、炭素由来の全ピーク面積に対するエステル基由来のピーク面積の割合が0.4%以下の場合は、ノイズと判断し、エステル基は存在しないとする。より詳細には、後述する実施例に記載の(3)の方法により測定するものとする。
【0028】
エステル基由来の炭素量(原子数%)は、孔径の小さい側の表面より、孔径が大きい側の表面が多いことが好ましい。また、エステル基由来の炭素量はいずれの表面においても1%以上が好ましく、10%以下であることが好ましい。
【0029】
コーティング高分子は、タンパク質の付着を十分に抑制する観点から、分離膜の全体に担持されていることが好ましく、特に、長期間の使用によりタンパク質が付着しやすい緻密層により多く担持されていることが好ましい。そのため、本発明においては、多孔質分離膜の膜断面をTOF-SIMSで測定したとき、緻密層の生体適合性高分子由来のイオンシグナルの規格化平均強度が、粗大層の生体適合性高分子由来のイオンシグナルの規格化平均強度の2.0倍以上であることが重要である。かかる規格化平均強度の比が2.0未満であると、長期間の使用により特に緻密層にタンパク質が付着するため、タンパク質透過性が低下する。緻密層の生体適合性高分子由来のイオンシグナルの規格化平均強度は、粗大層の生体適合性高分子由来のイオンシグナルの規格化平均強度の2.5倍以上が好ましく、3.0倍以上がより好ましい。一方、生体適合性高分子量が多すぎると、分離膜の分離性能や透過性が低下する懸念があることから、緻密層の生体適合性高分子由来のイオンシグナルの規格化平均強度は、粗大層の生体適合性高分子由来のイオンシグナルの規格化平均強度の10倍以下が好ましい。
【0030】
また、分離膜を透過するタンパク質の付着を抑制するため、コーティング高分子は、粗大層に均一に担持されていることが好ましい。そのため、本発明においては、膜断面をTOF-SIMSで測定したとき、粗大層の生体適合性高分子由来のイオンシグナルの規格化強度の最小値が、粗大層の生体適合性高分子由来のイオンシグナルの規格化強度の最大値の0.15倍以上であることが重要である。かかる規格化平均強度の比が0.15倍未満であると、長期間の使用によりタンパク質が付着し、タンパク質透過率が低下する。粗大層の生体適合性高分子由来のイオンシグナルの規格化強度の最小値は、粗大層の生体適合性高分子由来のイオンシグナルの規格化強度の最大値の0.20倍以上がより好ましい。一方、かかる規格化強度の比は、最大で1である。
【0031】
長期間の使用によってもタンパク質透過性をより向上させる観点から、粗大層の生体適合性高分子酸由来のイオンシグナルの規格化平均強度は、0.5以上が好ましく、1.0以上がより好ましく、1.3以上がさらに好ましく、1.5以上が特に好ましい。一方、分離膜の透過性能を向上させる観点から、粗大層の生体適合性高分子由来のイオンシグナルの規格化平均強度は、20以下が好ましく、15以下より好ましく、10以下がさらに好ましい。
【0032】
TOF-SIMS装置による生体適合性高分子由来のイオンシグナルの規格化平均強度は、以下の方法により測定することができる。測定領域を100μm×100μmとし、1次イオン加速電圧を30kV、パルス幅を7.8nSとする。検出された生体適合性高分子由来のイオンシグナルの強度を、分離膜の主成分となる高分子由来のイオンシグナルの強度で除した値を規格化強度とする。さらに、分離膜の孔径がより小さい表面側から粗大層に向かう方向に3μmまでの領域の生体適合性高分子由来のイオンシグナルの規格化強度を平均した値を、緻密層の規格化平均強度とする。また、粗大層の生体適合性高分子由来のイオンシグナルの規格化強度の最大値および最小値は、それぞれ、分離膜の孔径がより大きい表面側から緻密層に向かう方向に、分離膜の膜厚全体の80%相当分の領域における規格化強度の最大値および最小値とする。さらに、上記領域の生体適合性高分子由来のイオンシグナルの規格化強度を平均した値を、粗大層の規格化平均強度とする。より詳細には、後述する実施例に記載の(2)の方法により測定するものとする。
【0033】
コーティング高分子の重量平均分子量は、タンパク質の付着を十分に抑制し、タンパク質透過性をより向上させる観点から、1,000以上が好ましく、5,000以上がより好ましい。一方、コーティング高分子の重量平均分子量は、分離膜への導入効率の観点から、1,000,000以下が好ましく、500,000以下がより好ましく、100,000以下がさらに好ましい。なお、コーティング高分子の重量平均分子量は、ゲル浸透クロマトグラフィ(GPC)により測定することができる。より詳細には、後述する実施例に記載の(1)の方法により測定するものとする。
【0034】
コーティング高分子、特にモノカルボン酸ビニルエステルユニットを含有する高分子は、親水性ユニットと疎水性ユニットからなる共重合体(以下、単に「共重合体」ということがある)であることが好ましく、疎水性ユニットがモノカルボン酸ビニルエステルユニットを含むことがより好ましい。ポリエチレングリコールやポリビニルアルコールのような親水性高分子により分離膜表面を被覆した場合、タンパク質等の付着抑制効果が不十分な場合がある。これは、分離膜表面の親水性が強すぎると、タンパク質の構造が不安定化するために、タンパク質の付着を充分に抑制することができないためと考えられる。特に、近年では、高分子の周囲の水が注目されている。親水性が強い高分子は、水との相互作用が強く、高分子の周囲の水の運動性が低下する。一方、タンパク質は、吸着水と呼ばれる水によって構造が安定化されていると考えられている。そのため、タンパク質の吸着水と高分子の周囲の水の運動性が近ければ、タンパク質の構造は不安定化されず、分離膜表面へのタンパク質の付着は抑制できると考えられる。親水性ユニットと疎水性ユニットからなる共重合体は、使用する親水性基、疎水性基および共重合比率を選択することにより高分子の周囲の水の運動性を調整することが可能であり、タンパク質透過性をより向上させることができると考えられる。ここで、親水性ユニットとは、当該ユニットを構成するモノマー単独の、重量平均分子量10,000~1,000,000の重合体が水に可溶であるものを指す。「可溶である」ものとは、20℃での水100gに対する溶解度が0.1gを超えるものを指す。
【0035】
親水性ユニットを構成するモノマーとしては、当該溶解度が10gを超えるモノマーがより好ましい。このようなモノマーとしては、例えば、ビニルアルコールモノマー、アクリロイルモルホリンモノマー、ビニルピリジン系モノマー、ビニルイミダゾール系モノマー、ビニルピロリドンモノマー等が挙げられる。これらを2種以上用いてもよい。中でも、カルボキシ基、スルホン酸基を有するモノマーに比べて、親水性が強すぎず、疎水性モノマーとのバランスが取りやすいことから、アミド結合、エーテル結合、エステル結合を有するモノマーが好ましい。特に、アミド結合を有するビニルアセトアミドモノマー、ビニルピロリドンモノマーやビニルカプロラクタムモノマーがより好ましい。このうち、ビニルピロリドンモノマーが、重合体の毒性が低いことから、さらに好ましい。従って、本発明の好ましい態様は、コーティング高分子は、親水性ユニットとしてビニルピロリドンユニットをさらに含有するものである。
【0036】
疎水性ユニットを構成するモノマーとしては、少なくともモノカルボン酸ビニルエステルが含まれるが、それ以外にはアクリル酸エステル、メタクリル酸エステルやビニル-ε-カプロラクタムなどが挙げられる。
【0037】
タンパク質付着をより抑制する観点から、上記親水性ユニットと疎水性ユニットからなる共重合体の全体における疎水性ユニットのモル分率は、10%以上90%以下が好ましく、20%以上80%以下がより好ましく、30%以上70%以下がさらに好ましい。このとき、疎水性ユニットは、モノカルボン酸ビニルエステルユニットのみでもよく、その他の疎水性ユニットを含んでいてもよい。疎水性ユニットのモル分率を90%以下とすることにより、共重合体全体の疎水性の上昇を抑制し、タンパク質の付着をより抑制することができる。一方、疎水性ユニットのモル分率を10%以上とすることにより、共重合体全体の親水性の上昇を抑制し、タンパク質の構造不安定化・変性を回避し、ひいては付着をより抑制することができる。なお、上記モル分率は、例えば、核磁気共鳴(NMR)測定を行い、ピーク面積から算出することができる。ピーク同士が重なる等の理由でNMR測定による上記モル分率の算出ができない場合は、元素分析により上記モル分率を算出してもよい。
【0038】
コーティング高分子としては、モノカルボン酸ビニルエステルユニットとビニルピロリドンユニットからなる共重合体が特に好ましい。この場合、ビニルピロリドンユニットとモノカルボン酸ビニルエステルユニットとのモル比率は、好ましくは30:70~90:10であり、より好ましくは40:60~80:20であり、さらに好ましくは50:50である。
【0039】
上記共重合体におけるユニットの配列としては、例えば、ブロック共重合体、交互共重合体またはランダム共重合体等が挙げられる。これらのうち、共重合体全体で親水性・疎水性の分布が小さいという点から、交互共重合体またはランダム共重合体が好ましい。中でも、合成が容易である点で、ランダム共重合体がより好ましい。
【0040】
なお、必須ではないが、使用中にコーティング高分子が溶出することを回避する観点から、コーティング高分子は化学的な結合によって分離膜に固定化されていることが好ましい。固定化する方法については後述する。
【0041】
本発明の分離膜の形態としては、例えば、平膜、中空糸膜が挙げられるが、処理効率などの点から、中空糸膜が好ましい。
【0042】
本発明の分離膜の素材となる高分子としては、例えば、ポリスルホン系高分子、ポリスチレン、ポリウレタン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリカーボネート、ポリフッ化ビニリデン、ポリアクリロニトリルなどが挙げられる。これらを2種以上用いてもよい。この中でも、ポリスルホン系高分子は、分離膜を形成させやすく、また、モノカルボン酸ビニルエステルユニットを含有する高分子をコーティングしやすいため好適に用いられる。
【0043】
本発明におけるポリスルホン系高分子とは、主鎖に芳香環、スルフォニル基およびエーテル基を有する高分子であり、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリアリルエーテルスルホンなどが挙げられる。本発明で用いられるポリスルホン系高分子としては、下記式(1)または(2)で表される繰り返し単位を有する高分子が好適である。
【0044】
【化1】
【0045】
ポリスルホン系高分子は、上記式(1)または(2)で表される繰り返し単位とともに、本発明の効果を妨げない範囲で他の繰り返し単位を有してもよい。この場合、他の繰り返し単位の含有量は、全繰り返し単位中10質量%以下が好ましい。また、ポリスルホン系高分子は、炭化水素骨格の水素原子がアルキル基や官能基、ハロゲン等の他の原子で置換されていてもよく、また、変性体であってもよい。
【0046】
本発明においては、特に上記式(1)または(2)で表される繰り返し単位のみからなる次式(3)または(4)で表されるポリスルホン系高分子が好適に用いられる。
【0047】
【化2】
【0048】
式(3)および(4)中、nは50以上の整数を表し、好ましくは50~200の整数である。
【0049】
このようなポリスルホン系高分子の具体例としては、“ユーデル”(登録商標)P-1700、P-3500(SOLVAY社製)、“ウルトラゾーン”(登録商標)S3010、S6010(BASF社製)等が挙げられる。これらを2種以上用いてもよい。
【0050】
なお、ポリスルホン系高分子を主成分とする、とは、分離膜を構成する成分の内、ポリスルホン系高分子が全体の50%質量以上であることを意味する。ポリスルホン系高分子の含有量は、分離膜を構成する成分の75%質量以上が好ましく、90質量%以上がより好ましい。
【0051】
本発明の分離膜は、さらに親水性高分子を含有することが好ましい。すなわち、本発明の分離膜は、前述のポリスルホン系高分子と親水性高分子の混合樹脂から構成されることが好ましい。親水性高分子は、ポリスルホン系高分子で多孔質分離膜を製膜する際の造孔剤及び製膜原液の粘度調整、タンパク質付着抑制効果を付与する役割を有する。なお、本発明における親水性高分子とは、水、又はエタノールに可溶な高分子を意味し、これらに20℃において0.1g/mL以上溶解する高分子であることが好ましい。
【0052】
親水性高分子としては、ポリスルホン系高分子の良溶媒およびポリスルホン系高分子と相溶する高分子が好ましい。このような親水性高分子の例としては、ポリビニルピロリドン、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコールや、これらの共重合体などが挙げられる。共重合体の例としては、ビニルピロリドンと酢酸ビニルやプロピオン酸ビニル、ブタン酸ビニルとの共重合体などが挙げられる。これらを2種以上用いてもよい。中でも、ポリスルホン系高分子との相溶性の観点から、ポリビニルピロリドンやその共重合体が好ましい。
【0053】
比較的低分子量(重量平均分子量1,000~200,000)の親水性高分子を用いることにより、造孔作用が強まるため、中空糸膜の透水性を向上させることができる。一方、比較的高分子量(重量平均分子量200,000~1,200,000)の親水性高分子を用いた場合、分子鎖が長く、ポリスルホン系高分子との相互作用が大きくなるため、中空糸膜に残存しやすく、中空糸膜の親水性向上に寄与する。そのため、低分子量と高分子量の親水性高分子を組み合わせることがより好ましい。
【0054】
バイオ医薬品の中でも抗体は高価であるが、製造工程では、種々の分離・精製が行われるため、抗体のロスを極力抑える必要がある。特に分離膜などは、表面積も大きいため抗体が吸着しやすく、回収率が低下しやすい。特に、複数の分離膜を連続的に用いて処理を行う場合は、分離膜への付着による抗体の回収率の低下が大きな問題となる。そのため、抗体の回収率は、80%以上が好ましく、より好ましくは85%以上、さらには、90%以上が好ましい。
【0055】
また、抗体や除去対象タンパク質が分離膜に付着した場合、処理液量の増加に伴う処理速度の低下がおこり、処理時間の延長、抗体回収率の低下につながる。そのため、処理液量に伴う処理速度の低下が起こらないことが好ましい。例えば、分離膜に50~200kPaの定圧力下でタンパク質を含有する被処理液を処理した際、初めの0~5mLのろ液が透過するまでの所要時間に対する195~200mLのろ液が透過するまでの所要時間の比率すなわち透過速度維持率は、タンパク質処理量が200g/mの時点で、50%以上が好ましく、より好ましくは60%以上、さらには70%以上であることが好ましい。
【0056】
一般的なバイオ医薬品の製造工程は、動物細胞を用いて抗体を産生させる細胞培養工程、細胞と抗体を分離する工程、産生した抗体の回収、精製工程、ウイルス不活化工程、ウイルス除去工程からなる。細胞と抗体を分離する工程は、遠心分離法やデプス濾過法が用いられる。産生した抗体の回収には、抗体を特異的に吸着するプロテインAを固定化したプロテインAカラムが主に使用される。また、精製工程では、抗体の産生に用いた動物細胞由来のタンパク質(Host Cell Protein)を除去するために、陽イオン交換カラムや陰イオン交換カラムが用いられる。ウイルスの不活化工程では、pHを4以下とする低pH処理が一般的である。
【0057】
本発明の分離膜は前述の通り、優れたタンパク質非付着性を有するため、細胞と抗体の分離工程に用いることができる。また、抗体の回収工程においてプロテインAカラムでは除去することが難しい抗体の凝集体などの除去にも用いることができる。さらに、抗体の精製工程において細胞由来のタンパク質をサイズ分離によって除去するために用いることができる。本発明の分離膜をウイルス除去工程に用いる場合は、前述した一般的なバイオ医薬品の製造工程の最終段階でウイルス除去膜として用いることが好ましい。
【0058】
特に、現在のバイオ医薬品の製造工程は各工程をバッチ式で行っているため効率が低いという課題がある。そのため、製造工程の各段階における除去対称物質のサイズに合わせた様々な孔径の分離膜を連続的に配置した装置により、細胞およびタンパク質を含有する溶液を連続的に処理し、所望の細胞またはタンパク質を精製、回収する方法は生産性が高く、製造工程として好ましい。
【0059】
また、バイオ医薬品の製造工程以外にも、血液製剤のウイルス除去工程にも用いることができる。さらには、血液中の不純物を除去する血液透析や、血液中の血球成分と血漿成分を分離する血漿分離、腹水濾過濃縮再静注法(CART)などの医療分野や、タンパク質成分を含有する飲料などの食品用途、水処理用途にも用いることができる。
【0060】
本発明の多孔質分離膜として、前述のポリスルホン系高分子を主成分とする中空糸膜の製造方法についての一例を示す。中空糸膜の製膜方法としては、相分離法が好ましい。相分離法としては、貧溶媒で相分離を誘起する手法(非溶媒誘起分離法、NIPS)や、比較的溶解性の低い溶媒を用いた高温の製膜原液の冷却により相分離を誘起する手法(熱誘起相分離法、TIPS)等を用いることができるが、中でも、貧溶媒で相分離を誘起する手法による製膜が特に好ましい。
【0061】
この製膜過程において、製膜原液と貧溶媒の接触によって相分離が進行し、多孔質中空糸膜の構造が決定される。特に、二重管口金の内側に芯液として貧溶媒を吐出し、外側に製膜原液を流し、製膜する場合、製膜原液と貧溶媒が接触する中空糸膜の内側(内表面)から相分離が始まる。その後、膜厚方向に貧溶媒が拡散し連続的に相分離が進行する。このとき、最も貧溶媒の濃度が高い多孔質膜中空糸膜の内表面の孔径が最も小さく、内表面側が緻密な構造となり膜内部に向かうにつれて孔径が大きい疎な構造となる。内表面の孔径や緻密層の厚みは、前述した相分離速度を制御することで調整することが可能である。具体的には、貧溶媒濃度や吐出温度、製膜原液中のポリスルホン系高分子の濃度などの調整が挙げられる。特に、孔径や緻密層の調整には貧溶媒濃度を変更することが効果的である。貧溶媒の濃度を調整することにより、貧溶媒の拡散速度が変化し、表面の孔径と緻密層の厚みを調整することができる。また、製膜原液中のポリスルホン系高分子の濃度を増加することにより、中空糸膜の主成分であるポリスルホン系高分子が密に存在するため、緻密層の厚みを増大させることができる。
【0062】
製膜原液中のポリスルホン系高分子の濃度を高くすることにより、中空糸膜の機械的強度を高めることができる。このため、製膜原液中のポリスルホン系ポリマーの濃度は、10質量%以上が好ましい。一方、ポリスルホン系高分子の濃度を低くすることにより、溶解性を向上させ、製膜原液の粘度増加を抑制することができる。このため、また、中空糸膜内表面におけるポリマー密度を適度に抑え、透水性や分画分子量を向上させることができる。このため、製膜原液中のポリスルホン系ポリマーの濃度は、30質量%以下が好ましい。
【0063】
ポリスルホン系高分子を溶解する際は、高温で溶解することが溶解性向上のために好ましいが、熱による高分子の変性や溶媒の蒸発による組成変化の懸念がある。そのため、溶解温度は、30℃以上、120℃以下が好ましい。ただし、ポリスルホン系高分子および添加剤の種類によってこれらの最適範囲は異なることがある。
【0064】
さらに、製膜原液に前述の親水性高分子を配合することにより、前述のとおり造孔剤として透水性を向上する効果や、親水性を向上することによるタンパク質の付着抑制効果が期待できる。また、親水性高分子の配合により製膜原液の粘度の調整を行うことが可能であり、膜の強度低下の要因となるマクロボイドの生成を抑制することが可能である。親水性高分子の最適な製膜原液への添加量は、その種類や目的の性能によって異なるが、製膜原液全体に対して1質量%以上が好ましく、一方で20質量%以下が好ましい。
【0065】
二重管口金の内管から吐出する液(芯液)は、ポリスルホン系高分子に対する良溶媒と貧溶媒の混合液であり、その比率によって中空糸膜の透水性および分画分子量すなわち孔径を調整することができる。貧溶媒としては、特に限定されないが、水やエタノール、イソプロピルアルコールなどのアルコール系溶媒が用いられ、中でも水が最も好適に用いられる。良溶媒としては、特に限定されないが、N-メチルピロリドン、N,N―ジメチルアセトアミドが好適に用いられる。
【0066】
前述の製膜原液と芯液が接触することにより、貧溶媒の作用によって製膜原液の相分離が誘起され、凝固が進行する。芯液における適正な両者の比率は、良溶媒と貧溶媒の種類によって異なるが、貧溶媒が上記両溶媒の混合液中10質量%以上であることが好ましく、一方で80質量%以下であることが好ましい。
【0067】
吐出時の二重管口金の温度は、製膜原液の粘度、相分離挙動、芯液の製膜原液への拡散速度に影響を与え得る。一般的に、二重管口金の温度が高い程、貧溶媒の拡散速度が向上するため、相分離が進行し、得られる中空糸膜の孔径が大きくなり、透水性と分画分子量は大きくなる。二重管口金の温度は20℃以上が好ましく、一方で90℃以下が好ましい。
【0068】
また、ドラフト比(=製膜原液の吐出線速度/糸の引き取り速度)を上げて固化前に引き延ばすことで、表面の長径を短径に対して長くすることができる。原液が固化する前に引き延ばすため、延伸法で問題となる破断や亀裂の問題が発生しない。ドラフト比は、1.5以上、好ましくは2以上、さらには2.5以上が好ましい。一方で、ドラフト比が大きすぎると、糸切れの発生につながるため、ドラフト比は10以下にすることが必要であり、9以下が好ましい。
【0069】
二重管口金から吐出された後は乾式部と呼ばれる所定区間を空走することが好ましい。乾式部では、外表面が空気と接触することで、空気中の水分を取り込み、これが貧溶媒となるため、相分離が進行する。そのため、乾式部の露点を制御することにより、外表面の開孔率を調整することができる。乾式部の露点は60℃以下が好ましく、一方で10℃以上が好ましい。
【0070】
乾式部の乾式長は50mm以上が好ましく、さらに好ましくは100mm以上である。一方、乾式長は、600mm以下が好ましい。
【0071】
乾式部を空走した後は、ポリスルホン系高分子に対する貧溶媒を主成分とする凝固浴に供されることが好ましい。貧溶媒としては水が好適に用いられる。製膜原液が凝固浴に入ると、凝固浴中の多量の貧溶媒によって製膜原液は凝固し、膜構造が固定化される。また、凝固浴には必要に応じて良溶媒が添加されていてもよい。凝固浴の温度を高くするほど、または、良溶媒の濃度を高くするほど凝固が抑制され、相分離が進行するため、透水性と分画分子量は大きくなる。
【0072】
凝固浴で凝固させることによって得られた中空糸膜は、溶媒や原液に由来する余剰の親水性ポリマーを含んでいるため、さらに洗浄に供されることが好ましい。洗浄方法としては、ポリスルホン系高分子が溶解せず、余剰の親水性ポリマーが溶解する組成の溶媒中を通過させる方法が好ましい。溶媒の例としては、エタノールなどのアルコール類やポリスルホン系高分子が溶解しない程度に良溶媒を混合した水溶液、水が挙げられる。中でも取り扱い性の観点から水が好ましい。また、洗浄に用いる溶媒の温度を上げることにより洗浄効率を高めることができるため、洗浄温度は、50~100℃が好ましい。
【0073】
製膜した多孔質膜は、乾燥による孔径変化を防ぐために、グリセリンなどの不揮発性の化合物の水溶液に浸漬してもよい。
【0074】
また、製膜した多孔質膜は乾燥させてもよい。乾燥方法としては、熱風による乾燥、マイクロ波による乾燥、減圧乾燥などの方法が挙げられるが、熱風による乾燥が好適に用いられる。
【0075】
さらに、多孔質膜が中空糸膜である場合は、クリンプを付与することで、モジュール化した際の透析液流れが良くなるため、有用である。クリンプのピッチは5~30mmの範囲がよく、振幅は0.2~3mmの範囲が好ましい。
【0076】
中空糸膜の糸径は、特に限定しないが、以下の方法で測定できる。ランダムに選別した16本の中空糸膜の膜厚をマイクロウォッチャーの1000倍レンズ(VH-Z100;株式会社KEYENCE)でそれぞれ測定して平均値aを求め、以下の式より算出した値をいう。なお、中空糸膜外径とは、ランダムに選別した16本の中空糸膜の外径をレーザー変位計(例えば、LS5040T;株式会社KEYENCE)でそれぞれ測定して求めた平均値をいう。
【0077】
中空糸膜内径(μm)=中空糸膜外径-2×膜厚
多孔質中空糸膜をモジュール化する方法としては、遠心しながらケースに固定化する方法や、中空糸膜をU字形状とし、中空糸膜の開口部側のみをケースに固定化する方法が挙げられる。特に限定されないが、一例を示すと次の通りである。まず、中空糸膜を必要な長さに切断し、必要本数を束ねた後、筒状のケースに入れる。その後、両端に仮のキャップをし、中空糸膜両端部にポッティング材を入れる。このとき遠心機でモジュールを回転させながらポッティング材を入れる方法は、ポッティング材が均一に充填できるため好ましい方法である。ポッティング材が固化した後、中空糸膜の両端が開口するように両端部を切断する。ハウジングの両端に被処理液流入ポート(ヘッダー)を取り付け、ヘッダーおよびハウジングのノズル部分に栓をすることで中空糸膜モジュールを得る。
【0078】
多孔質分離膜にコーティング高分子を担持する方法としては、コーティング高分子を製膜時の原液や芯液に添加する方法や、製膜後に表面にコーティング高分子溶液を接触させる方法が挙げられる。中でも、製膜条件に影響を与えない点で、製膜後にコーティング高分子溶液を接触させる方法が好ましい。このような方法としては、コーティング高分子溶液に分離膜を浸漬する方法や、その溶液を通液させる方法、又はスプレーなどで吹きつける方法などいずれの方法でも良い。中でも、分離膜の内部にまでコーティング高分子を付与することが可能であることから、分離膜にコーティング高分子溶液を通液させる方法が好ましい。
【0079】
コーティング高分子溶液を分離膜に通液させる場合には、コーティング高分子をより効率良く導入する観点から、コーティング高分子溶液中のコーティング高分子の濃度は10ppm以上が好ましく、100ppm以上がより好ましく、300ppm以上がさらに好ましい。一方、モジュールからの溶出を抑制する観点から、上記水溶液中のコーティング高分子の濃度は100,000ppm以下が好ましく、10,000ppm以下がより好ましい。
【0080】
コーティング高分子溶液の調製に使用する溶媒としては、水が好ましい。ただし、水に所定の濃度溶解しない場合は、分離膜を溶解しない有機溶媒、又は、水と相溶し、かつ分離膜を溶解しない有機溶媒と水との混合溶媒にコーティング高分子を溶解させてもよい。上記有機溶媒又は混合溶媒に用いうる有機溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール又はプロパノール等のアルコール系溶媒が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0081】
コーティング高分子溶液を分離膜に通液させる方向は、分離膜の緻密層側から粗大層側、粗大層側から緻密層側のいずれでもよいが、分離膜内部に効率よくコーティング高分子を付与する観点から粗大層側から緻密層側に通液させることが好ましい。使用するコーティング高分子の大きさが緻密層の孔径よりも大きい場合、緻密層側から通液させるとコーティング高分子が孔を通過せず、緻密層表面に濃縮され、粗大層にコーティング高分子を担持させることが困難となる。
【0082】
コーティング高分子溶液を通液する際は、圧力を付加することで分離膜表面に高分子が押しつけられ、コーティング効率が高まることから、コーティング時の圧力は10kPa以上がよく、50kPa以上が好ましい。一方で、圧力が高すぎると高分子のコーティング量が多くなり、分離膜の透過性能などに影響することから、300kPa以下がよく、200kPa以下が好ましい。
【0083】
また、前述のように、コーティング高分子は化学的な結合によって分離膜に固定化されることが好ましい。化学的な結合によって固定化する方法としては、特に限定されないが、コーティング高分子を接触させた後に放射線を照射する方法や、コーティング高分子および、固定化する分離膜表面にアミノ基やカルボキシル基などの反応性基を導入し、縮合させる方法が挙げられる。
【0084】
分離膜表面に反応性基を導入する方法としては、反応性基を有するモノマーを重合して表面に反応性基を有する基材を得る方法や、重合後、オゾン処理、プラズマ処理によって反応性基を導入する方法等が挙げられる。
【0085】
上記放射線照射にはα線、β線、γ線、X線、紫外線または電子線等を用いることができる。分離膜モジュール内の分離膜にコーティング高分子を溶解した溶液を接触させた状態、または表面にコーティング高分子を導入したのちに分離膜モジュール内の溶液を除去した状態や分離膜を乾燥させた状態で放射線を照射する。本方法では、コーティング高分子の固定化と同時に分離膜モジュールの滅菌も達成できるため好ましい。その場合、放射線の照射線量は15kGy以上が好ましく、25kGy以上がより好ましい。一方で、照射線量が高すぎる場合、高分子の劣化、分解が促進されるため、照射線量は100kGy以下が好ましい。
【0086】
また、放射線の照射によるコーティング高分子の架橋反応を抑制するため、抗酸化剤を用いてもよい。抗酸化剤とは、他の分子に電子を与えやすい性質を持つ物質のことを意味し、例えば、ビタミンC等の水溶性ビタミン類、ポリフェノール類またはメタノール、エタノール若しくはプロパノール等のアルコール系溶媒が挙げられるが、これらに限定されるものではない。これらの抗酸化剤は単独で用いてもよいし、2種類以上混合して用いてもよい。安全性を考慮する必要がある場合は、エタノールやプロパノール等、毒性の低い抗酸化剤が好適に用いられる。
【0087】
中空糸膜が自重の20%以下の水分しか含有していない乾燥状態で放射線を照射する場合には、コーティング高分子などの架橋よりも分解反応が進行しやすくなる。そのため、分解反応を抑制するため、放射線照射時の酸素濃度は1%以下がよく、0.5%以下がさらに好ましい。
【0088】
タンパク質溶液が分離膜を透過する際の透過速度は、生産性の観点から200mL/m/h/kPa以上が良く、400mL/m/h/kPa以上が好ましく、さらには600mL/m/h/kPa以上が良い。一方で、透過速度が高すぎる場合、分離膜との接触時のずり応力が高くなり、タンパク質が変性する恐れがあることから、20,000mL/m/h/kPa以下がよく、15,000mL/m/h/kPa以下が好ましい。
【0089】
緻密層の厚みの測定は、以下の方法で測定することができる。中空糸膜を水に5分間つけて濡らした後に液体窒素で凍結して速やかに折る、もしくは、クリオスタット内でミクロトームで切断し、断面を露出させた後、凍結乾燥させた中空糸膜を観察試料とした。中空糸膜の断面を、SEM(S-5500、株式会社日立ハイテクノロジーズ社製)を用いて倍率10,000倍で観察し、画像をコンピュータに取り込む。取り込む画像のサイズは特に限定しないが640ピクセル×480ピクセルが良い。SEMで観察して断面の孔が閉塞している場合は試料作製をやりなおす。孔の閉塞は、切断処理時に応力方向に中空糸膜が変形しておこる場合がある。SEM像を中空糸膜の表面と平行に1μm、膜厚方向に任意の長さとなるように切り取り、画像処理ソフトを用いて画像解析を行う。解析範囲の膜方向の長さは、緻密層がおさまる長さであればよい。測定倍率の観察視野で緻密層がおさまらない場合は、緻密層がおさまるように2枚以上のSEM像を合成してよい。二値化処理によって構造体部分を明輝度に、それ以外の部分が暗輝度となるように閾値を決め、明輝度部分を白、暗輝度部分を黒とした画像を得た。画像内のコントラストの差によって、構造体部分とそれ以外の部分を分けられない場合、コントラストが同じ部分で画像を切り分けてそれぞれ二値化処理をした後に、元のとおりに繋ぎ合わせて一枚の画像に戻してよい。孔が深さ方向に二重に観察された場合は、浅い方の孔で測定する。孔の一部が計測範囲から外れる場合は、その孔を除外した。画像にはノイズが含まれ、連続したピクセル数が5個以下の暗輝度部分については、ノイズと孔の区別がつかないため、構造体として明輝度部分として扱う。ノイズを消す方法としては、連続したピクセル数が5以下の暗輝度部分をピクセル数の計測時に除外する。画像内で既知の長さを示しているスケールバーのピクセル数を計測し、1ピクセル数あたりの長さを算出する。孔のピクセル数を計測し、孔のピクセル数に1ピクセル数あたりの長さの2乗を乗ずることにより、孔面積を求める。下記式により、孔面積に相当する円の直径を算出し、孔径とした。
孔径=(孔面積÷円周率)1/2×2
例えば、孔径130nm以上の孔が観察されない緻密層厚みは以下の方法で測定できる。
孔径130nmとなる孔面積は1.3×10(nm)である。
孔径が130nm以上の孔を特定し、その孔が観察されない層を緻密層として、表面から垂直方向に緻密層の厚みを測定した。表面に対して垂線を引き、その垂線上の表面および孔径130nm以上の孔の互いの距離のうち、最も短い距離(すなわち、表面から最も近い孔径130nm以上の孔と表面との距離)を求めた。同じ画像の中で5箇所測定を行った。さらに5枚の画像で同じ測定を行い、計25の測定データの平均値を算出し、小数点第3位を四捨五入した値を緻密層の厚みとした。
【0090】
孔径130nm以上の孔を特定する際は、画像処理ソフトで解析する際に、検出する孔面積の下限を設定することで対応できる。
【実施例
【0091】
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこれらの例によって限定されるものではない。
【0092】
(1)コーティング高分子の重量平均分子量
水/メタノール=50/50(体積比)の0.1N LiNO溶液を調製し、GPC展開溶液とした。この溶液に、各実施例および比較例に用いたコーティング高分子を、濃度1mg/mLとなるよう溶解させた。この高分子溶液100μLを、東ソー社製カラム(GMPWXL)を接続した島津製作所社製Prominence GPCシステムに注入した。流速0.5mL/minとし、測定時間は30分間であった。検出は示差屈折率計により行い、溶出時間15分付近に現れるコーティング高分子由来のピークから、重量平均分子量を算出した。重量平均分子量は、十の位を四捨五入して算出した。検量線作成には、Agilent社製ポリエチレンオキシド標準サンプル(0.1kD~1258kD)を用いた。
【0093】
(2)TOF-SIMS測定
各実施例および比較例により得られた中空糸膜を水に5分間つけて濡らした後に、片刃等を用いて約1cm以下の長さに切り出した。濡れた状態を保持した中空糸膜を、急速に凍結を行い、試料ブロックとした。クライオシステム付きウルトラミクロトームに試料ブロックを取り付け、温度-65℃、厚み200nmで薄切りし、スライドガラス上に搭載し、測定試料とした。測定試料は、室温、常圧にて10時間乾燥させた後、測定に供した。測定装置、条件は、以下の通りである。
測定装置:TOF.SIMS 5(ION-TOF社製)
1次イオン:Bi ++
1次イオン加速電圧:30kV
パルス幅:7.8ns
2次イオン極性:正
スキャン数:16 scan/cycle
測定範囲:100×100μm
質量範囲(m/z):0~1,500。
【0094】
得られた質量m/zのスペクトルから、中空糸膜中における本実施例で使用している生体適合性高分子に特有なイオンシグナルであるカルボン酸イオンの存在の有無を確かめた。ただし、総2次イオン強度に対するカルボン酸イオン強度が0.1%以下の場合は、ノイズと判断し、カルボン酸は存在しないとする。
【0095】
得られた2次イオン像から、中空糸膜の内表面と平行に20μm、膜厚方向に中空糸膜断面が収まる任意の範囲でラインプロファイルを抽出し、イオンシグナルの強度を算出した。ただし、中空糸膜の主成分である高分子由来のイオンシグナルの強度がノイズと判断されない範囲、例えば、中空糸膜の主成分がポリスルホン系高分子である場合、ポリスルホン由来のイオンシグナルの強度が10以上となる範囲を膜断面領域とし、該範囲の両端を膜表面とした。測定範囲内で膜断面が収まらない場合は、膜断面が収まるように2枚以上の2次イオン像を合成した。図1に、多孔質分離膜の断面をTOF-SIMSで撮影した総2次イオン像の一例を示す。図1において、符号1で示す長方形の領域は、ラインプロファイルの抽出範囲を表す。
【0096】
検出されたカルボン酸由来のイオンシグナルの強度を、中空糸膜の主成分である高分子由来のイオンシグナルの強度で除した値を規格化強度として算出した。さらに、中空糸膜孔径の小さい表面側から粗大層方向に3μm(小数点第1を四捨五入)までの領域のカルボン酸由来のイオンシグナルの規格化強度を平均した値を、緻密層の規格化平均強度として算出した。また、粗大層のカルボン酸由来のイオンシグナルの規格化強度の最大値および最小値は、それぞれ、分離膜の孔径がより大きい表面側から緻密層の方向に、分離膜の膜厚全体の80%相当分の領域(膜厚50μmの場合、領域は40μm)における規格化強度の最大値および最小値とした。さらに、上記の領域のカルボン酸由来のイオンシグナルの規格化強度を平均した値を、粗大層の規格化平均強度として算出した。なお、各実施例および比較例においてそれぞれ3つの異なる断面で同様の測定を行い、各断面の緻密層および粗大層の規格化平均強度から平均値を算出し、小数点第3位を四捨五入した。また、各断面の粗大層の最大値および最小値の平均値をそれぞれ計算し、その値から最小値と最大値の比率を算出し、小数点第3位を四捨五入した。
【0097】
(3)X線光電子分光法(XPS)測定
各実施例および比較例により得られた中空糸膜を片刃で半円筒状にそぎ切り、中空糸膜内表面または外表面を測定した。測定サンプルは、超純水でリンスした後、室温、0.5Torrにて10時間乾燥させた後、測定に供した。測定装置、条件は、以下の通りである。
測定装置:ESCALAB220iXL(VG社製)
励起X線:monochromatic Al Kα1,2 線(1486.6eV)
X線径:0.15mm
光電子脱出角度:90°(試料表面に対する検出器の傾き)。
【0098】
得られた光電子スペクトルから、分離膜中におけるエステル基(COO)の有無を確かめた。C1sのピークは、主にCHx,C-C,C=C,C-S由来の成分、主にC-O,CN由来の成分、π-π*サテライト由来の成分、C=O由来の成分、COO由来の成分の5つの成分から構成される。以上の5つ成分にピーク分割を行った。COO由来の成分は、CHxやC-Cのメインピーク(285eV付近)から+4.0~4.2eVに現れるピークである。この各成分のピーク面積比を、小数点第2位を四捨五入し、算出した。ピーク分割の結果、炭素由来の全ピーク面積に対するエステル基由来のピーク面積の割合が0.4%以下であれば、ノイズと判断し、エステル基は存在しないとする。なお、分離膜の異なる2箇所について測定を行い、該2箇所の値の平均値を用いた。
【0099】
(4)タンパク質透過性の測定
アルブミン(ウシ血清由来、和光純薬)2.0g/LもしくはIgG(ヒト血清由来、オリエンタル酵母工業)2.0g/Lのリン酸緩衝溶液を調製し、原液とした。得られた原液を、各実施例および比較例により得られた中空糸膜モジュールに中空糸膜外表面から内表面の方向に印加圧力200kPaで200mL流した。その際、5mLずつろ液をサンプリングした。タンパク質透過速度維持率は、初めの0~5mLのろ液が透過する時間(F5mL)と、95~100mLおよび195~200mLのろ液が透過する時間(F100mLまたはF200mL)から下記式で算出した。
タンパク質透過速度維持率(%)=(F100mLまたはF200mL)/(F5mL)×100。
また、得られた溶液の280nmの吸光度(A5mL、A100mL、A200mL)から、下記式でタンパク質透過率を小数点第1を四捨五入し、算出した。
タンパク質透過率(%)=(A100mLまたはA200mL)/(A5mL)×100。
【0100】
(5)タンパク質溶液の透過速度測定
上記(4)にて得られた値を用いて、下記式にて1の位を四捨五入し、算出した。
タンパク質透過速度(mL/m/hr/kPa)=5mL/A/F5mL/200kPa
A:分離膜の有効膜面積(m
[実施例1]
ポリスルホン(SOLVAY社製“ユーデル”(登録商標)P-3500)20重量部、ポリビニルピロリドン(ASHLAND LCC社製 ポビドン(PLASDONE) K29/K32)6重量部、ポリビニルピロリドン(ASHLAND LCC社製 ポビドン(PLASDONE) K90)3重量部を、N,N-ジメチルアセトアミド70重量部および水1重量部からなる溶液に加え、90℃で14時間加熱溶解し、製膜原液を得た。この製膜原液を40℃に調整したオリフィス型二重円筒型口金より吐出し、同時に芯液としてN,N-ジメチルアセトアミド72重量部および水28重量部からなる溶液を内側の管より吐出し、吐出液を乾式長350mmの空間を通過させた後、水の入った40℃の凝固浴に導き、内表面側に緻密層、外表面側に粗大層を有する非対称構造の中空糸膜を得た。得られた中空糸膜の糸径は、内径280μm、膜厚50μmであった。孔径130nm以上の孔が観察されない緻密層の厚みは5.27μmであった。
【0101】
得られた中空糸膜10本を、直径約5mm、長さ約17cmのハウジングに充填し、両端を、コニシ(株)製エポキシ樹脂系化学反応形接着剤“クイックメンダー”を用いてポッティングし、カットして開口することによって、中空糸膜モジュールを作製した。得られたモジュールの中空糸膜およびモジュール内部を、蒸留水にて30分間洗浄した後、ビニルピロリドン/プロパン酸ビニルランダム共重合体(プロパン酸ビニルユニットのモル分率40%、重量平均分子量68,000)を濃度100ppm、エタノールを濃度1,000ppmとなるように溶解した水溶液を印可圧力100kPaで中空糸膜外側から内側に10mL通液し、膜全体にコーティングを行った。25kGyのγ線を照射して中空糸膜モジュール1を得た。
【0102】
[実施例2]
コーティング溶液であるビニルピロリドン/プロパン酸ビニルランダム共重合体(プロパン酸ビニルユニットのモル分率40%、重量平均分子量68,000)の水溶液の通液量を15mLとした以外は、実施例1と同様の操作にて中空糸膜モジュール2を得た。
【0103】
[実施例3]
コーティング溶液に使用する高分子をビニルピロリドン/酢酸ビニルランダム共重合体(BASF社製“KOLLIDON”(登録商標) VA64)とした以外は、実施例1と同様の操作にて中空糸膜モジュール3を得た。
【0104】
[実施例4]
コーティング溶液に使用する高分子をビニルピロリドン/ピバル酸ビニルランダム共重合体(ピバル酸ビニルユニットのモル分率50%、重量平均分子量7,700)とした以外は、実施例1と同様の操作にて中空糸膜モジュール4を得た。
【0105】
[実施例5]
コーティング溶液に使用する高分子をビニルピロリドン/ヘキサン酸ビニルランダム共重合体(ヘキサン酸ビニルユニットのモル分率40%、重量平均分子量2,200)とした以外は、実施例1と同様の操作にて中空糸膜モジュール5を得た。
【0106】
[実施例6]
コーティング溶液に使用する高分子をビニルピロリドン/プロパン酸ビニルランダム共重合体(プロパン酸ビニルユニットのモル分率40%、重量平均分子量100,000)とした以外は、実施例1と同様の操作にて中空糸膜モジュール6を得た。
【0107】
[実施例7]
コーティング溶液であるビニルピロリドン/プロパン酸ビニルランダム共重合体(プロパン酸ビニルユニットのモル分率40%、重量平均分子量68,000)の水溶液の通液量を2.5mLとした以外は、実施例1と同様の操作にて中空糸膜モジュール7を得た。
【0108】
[実施例8]
コーティング時の印可圧力を50kPaとした以外は、実施例1と同様の操作にて中空糸膜モジュール8を得た。
【0109】
[比較例1]
ビニルピロリドン/プロパン酸ビニルランダム共重合体(プロパン酸ビニルユニットのモル分率40%、重量平均分子量68,000)の水溶液を通液しない以外は、実施例1と同様の操作にて中空糸膜モジュール9を得た。
【0110】
[比較例2]
ポリスルホン(SOLVAY社製“ユーデル”(登録商標)P-3500)16重量部、ポリビニルピロリドン(ASHLAND LCC社製 ポビドン(PLASDONE) K29/K32)4重量部、ポリビニルピロリドン(ASHLAND LCC社製 ポビドン(PLASDONE) K90)2重量部を、N,N-ジメチルアセトアミド77重量部および水1重量部からなる溶液に加え、90℃で14時間加熱溶解し、製膜原液を得た。この製膜原液を40℃に調整したオリフィス型二重円筒型口金より吐出し、同時に芯液としてN,N-ジメチルアセトアミド64重量部および水36重量部からなる溶液を内側の管より吐出し、吐出液を乾式長350mmの空間を通過させた後、水の入った40℃の凝固浴に導き、内表面側に緻密層、外表面側に粗大層を有する非対称構造の中空糸膜を得た。得られた中空糸膜の内径は200μm、膜厚は40μmであった。孔径130nm以上の孔が観察されない緻密層の厚みは0.78μmであった。
【0111】
得られた中空糸膜10本を、直径約5mm、長さ約17cmのハウジングに充填し、両端を、コニシ(株)製エポキシ樹脂系化学反応形接着剤“クイックメンダー”を用いてポッティングし、カットして開口することによって、中空糸膜モジュールを作製した。得られたモジュールの中空糸膜およびモジュール内部を、蒸留水にて30分間洗浄した後、ビニルピロリドン/プロパン酸ビニルランダム共重合体(プロパン酸ビニルユニットのモル分率40%、重量平均分子量68,000)を濃度300ppm、エタノールを濃度1,000ppmとなるように溶解した水溶液を中空糸膜内側から外側に5mL通液し、膜全体にコーティングを行った。25kGyのγ線を照射して中空糸膜モジュール10を得た。
【0112】
[比較例3]
ポリスルホン(SOLVAY社製“ユーデル”(登録商標)P-3500)18重量部、ビニルピロリドン/酢酸ビニルランダム共重合体(BASF社製“KOLLIDON”(登録商標) VA64)9質量部を、N,N-ジメチルアセトアミド67重量部および水1重量部からなる溶液に加え、90℃で14時間加熱溶解し、製膜原液を得た。この製膜原液を40℃に調整したオリフィス型二重円筒型口金より吐出し、同時に芯液としてN,N-ジメチルアセトアミド72重量部および水28重量部からなる溶液を内側の管より吐出し、吐出液を乾式長350mmの空間を通過させた後、水の入った40℃の凝固浴に導き、内表面側に緻密層、外表面側に粗大層を有する非対称構造の中空糸膜を得た。得られた中空糸膜の内径は200μm、膜厚は41μmであった。孔径130nm以上の孔が観察されない緻密層の厚みは3.11μmであった。
【0113】
得られた中空糸膜10本を、直径約5mm、長さ約17cmのハウジングに充填し、両端を、コニシ(株)製エポキシ樹脂系化学反応形接着剤“クイックメンダー”を用いてポッティングし、カットして開口することによって、中空糸膜モジュールを作製した後、25kGyのγ線を照射して中空糸膜モジュール11を得た。
【0114】
各実施例および比較例の主な構成と評価結果を表1に示す。
【0115】
[比較例4]
ビニルピロリドン/プロパン酸ビニルランダム共重合体(プロパン酸ビニルユニットのモル分率40%、重量平均分子量68,000)の水溶液を中空糸膜内側から外側に通液した以外は、実施例1と同様の操作にて中空糸膜モジュール12を得た。
【0116】
【表1】
【符号の説明】
【0117】
1 ラインプロファイルの抽出範囲
図1