(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-08
(45)【発行日】2025-01-17
(54)【発明の名称】複合半透膜
(51)【国際特許分類】
B01D 71/56 20060101AFI20250109BHJP
B01D 69/00 20060101ALI20250109BHJP
B01D 69/10 20060101ALI20250109BHJP
B01D 69/12 20060101ALI20250109BHJP
【FI】
B01D71/56
B01D69/00
B01D69/10
B01D69/12
(21)【出願番号】P 2022175060
(22)【出願日】2022-10-31
(62)【分割の表示】P 2022525133の分割
【原出願日】2022-04-22
【審査請求日】2023-06-14
(31)【優先権主張番号】P 2021072382
(32)【優先日】2021-04-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】天野 雄太
(72)【発明者】
【氏名】田林 俊介
(72)【発明者】
【氏名】岡西 崚輔
(72)【発明者】
【氏名】吉野 孝
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 崇夫
(72)【発明者】
【氏名】峰原 宏樹
(72)【発明者】
【氏名】東 雅樹
【審査官】池田 周士郎
(56)【参考文献】
【文献】特表2008-517737(JP,A)
【文献】特開2019-177342(JP,A)
【文献】特開2018-069160(JP,A)
【文献】国際公開第2018/143297(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第104607067(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D 61/00-71/82
B01D 53/22
C02F 1/44
B82Y 5/00-99/00
B32B 1/00-43/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材、多孔性支持層および分離機能層を有する複合半透膜の製造方法であって、
前記多孔性支持層上に前記分離機能層を形成する工程を有し、
前記分離機能層を形成する工程は、
(i)前記多孔性支持層とm-フェニレンジアミン溶液を接触させるステップと、
(ii)前記ステップ(i)後に、前記多孔性支持層にトリメシン酸クロリドを含む有機溶媒溶液を接触させることで、界面重縮合により、前記多孔性支持層上でポリアミドを生成するステップと
を有し、
前記ステップ(ii)は、水分量10~200ppmの第1のトリメシン酸クロリドを含む有機溶媒溶液を先に前記多孔性支持層に塗布し、その後に水分量1~150ppmの第2のトリメシン酸クロリドを含む有機溶媒溶液を塗布することで、前記多孔性支持層に近いほどより多い水分量を含む勾配を形成することを含
み、
前記第2のトリメシン酸クロリドを含む有機溶媒溶液の水分量よりも前記第1のトリメシン酸クロリドを含む有機溶媒溶液の水分量が6ppm以上多い、
複合半透膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液状混合物の選択的分離に有用な複合半透膜に関する。本発明によって得られる複合半透膜は、例えば海水やかん水の淡水化に好適に用いることができる。
【背景技術】
【0002】
混合物の分離に関して、溶媒(例えば水)に溶解した物質(例えば塩類)を除くための技術には様々なものがあるが、近年、省エネルギーおよび省資源のためのプロセスとして膜分離法の利用が拡大している。膜分離法に使用される膜には、精密ろ過膜、限外ろ過膜、ナノろ過膜、逆浸透膜などがあり、これらの膜は、例えば海水、かん水、有害物を含んだ水などから飲料水を得る場合や、工業用超純水の製造、排水処理、有価物の回収などに用いられている。
【0003】
特に、逆浸透膜およびナノろ過膜としては、架橋ポリアミドを分離活性層として有する複合半透膜が提案されている。架橋ポリアミドを分離活性層として有する複合半透膜の製造方法としては、有機添加剤の存在下で重合を行う方法(特許文献1、2)や、単官能性酸ハロゲン化物の存在下で重合を行う方法(特許文献3)、部分的に加水分解した酸ハロゲン化物の存在下で重合を行う方法(特許文献4)がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】日本国特開平08-224452号公報
【文献】日本国特開平6-47260号公報
【文献】日本国特表2014-521499号公報
【文献】国際公開第2010/120326号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述した種々の提案にもかかわらず、従来の複合半透膜は、低圧運転時における透水性について、改善の余地がある。本発明は、低圧運転においても優れた造水性を示す複合半透膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために本発明は、以下の構成をとる。
[1]支持膜と、前記支持膜上に設けられた分離機能層とを備える複合半透膜であって、
前記分離機能層は、薄膜で形成される複数の突起を有し、
前記複数の突起の少なくとも一部は、前記支持膜の膜面方向における長さが2.0μmである任意の10か所の断面において、最大幅Waと突起の根元幅Wbからなる比Wa/Wbが1.3よりも大きい複合半透膜。
[2]前記分離機能層において、内部に納まる円の最大径Rが30nm以上である突起を有する
[1]の複合半透膜。
[3]前記分離機能層における突起の平均数密度が10個/μm以上、20個/μm以下である
[1]または[2]記載の複合半透膜。
[4]前記薄膜の膜面方向における支持膜1μm長さあたりの前記薄膜の実長さLが3.0μm以上であり、
前記薄膜の厚みが15nm以上である
[3]に記載の複合半透膜。
[5]前記複数の突起において、高さ10nm以上の突起の数に対する、高さ200nm以上の突起の数の比が1/20以上、1/2以下である
[4]に記載の複合半透膜。
[6]前記複数の突起において、高さ10nm以上の突起の数に対する、高さ400nm以上の突起の数の比が1/20以上、1/5以下である
[4]または[5]に記載の複合半透膜。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、低圧運転においても、優れた造水性を有する複合半透膜を得ることが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】
図1は、本発明の一形態実施に係る複合半透膜の断面図である。
【
図2】
図2は、分離機能層における薄膜のひだ構造を示す断面図である。
【
図3】
図3は、ひだ構造の断面図であって、突起の高さについて示す模式図である。
【
図4】
図4は、ひだ構造における突起の断面拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下に、本発明の実施形態について詳細に説明するが、本発明はこれらによって何ら限定されるものではない。
なお、本明細書において、「重量」と「質量」、および、「重量%」と「質量%」は、それぞれ同義語として扱う。
「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値および上限値として含む範囲を意味する。
【0010】
1.複合半透膜
本実施形態に係る複合半透膜は、支持膜と、支持膜上に設けられた分離機能層とを備える。
(1-1)支持膜
本実施形態において支持膜は、実質的にイオン等の分離性能を有さず、実質的に分離性能を有する分離機能層に強度を与える。支持膜の孔のサイズや分布は特に限定されないが、例えば、均一で微細な孔、あるいは分離機能層が形成される側の表面からもう一方の面まで徐々に大きな微細孔をもち、かつ、分離機能層が形成される側の表面の微細孔の大きさが0.1nm以上100nm以下であるような支持膜が好ましい。
【0011】
支持膜に使用する材料やその形状は特に限定されないが、例えば、支持膜は、
図1に示すように、基材2と、基材2上に設けられた多孔性支持層3を持つ複合膜であってもよいし、一層のみからなる膜であってもよい。
【0012】
上記基材としては、例えば、ポリエステルまたは芳香族ポリアミドから選ばれる少なくとも一種を主成分とする布帛が例示される。布帛としては、長繊維不織布や短繊維不織布を好ましく用いることができる。
【0013】
また、基材の厚みは、10μm以上200μm以下の範囲内にあることが好ましく、30μm以上120μm以下の範囲内にあることがより好ましい。
【0014】
多孔性支持層は、例えば、ポリスルホン;ポリエーテルスルホン;ポリアミド;ポリエステル;酢酸セルロース、硝酸セルロースなどのセルロース系ポリマー;ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリアクリロニトリルなどのビニルポリマー、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニレンスルフィドスルホン、ポリフェニレンスルホンおよびポリフェニレンオキシドなどのホモポリマー並びにこれらのコポリマーからなる群より選択される少なくとも1種のポリマーを含有することができる。
【0015】
多孔性支持層は、中でも、ポリスルホン、酢酸セルロース及びポリ塩化ビニル、またはそれらを混合したものが好ましく使用され、化学的、機械的、熱的に安定性の高いポリスルホンを使用するのが特に好ましい。
【0016】
また、多孔性支持層の厚みは、10~200μmの範囲内にあることが好ましく、20~100μmの範囲内にあることがより好ましい。多孔性支持層の厚みが10μm以上であることで、良好な耐圧性が得られると共に、欠点のない均一な支持膜を得ることができ、このような多孔性支持層を備える複合半透膜は、良好な塩除去性能を示すことができる。多孔性支持層の厚みが200μm以下であることで、製造時の未反応物質の残存量が増加せず、透過水量が低下することによる耐薬品性の低下を防ぐことができる。
【0017】
複合半透膜が、十分な機械的強度および充填密度を得るためには、支持膜の厚みは30~300μmの範囲内にあることが好ましく、50~250μmの範囲内にあることがより好ましい。
【0018】
支持膜の形態は、走査型電子顕微鏡、透過型電子顕微鏡及び原子間顕微鏡等により観察できる。例えば、走査型電子顕微鏡で支持膜の形態を観察するのであれば、基材から多孔性支持層を剥がした後、これを凍結割断法で切断して断面観察のサンプルとする。このサンプルに、好ましくは白金または白金-パラジウムまたは四塩化ルテニウム、より好ましくは四塩化ルテニウムを薄くコーティングして3~6kVの加速電圧で、高分解能電界放射型走査電子顕微鏡(UHR-FE-SEM)で観察する。
【0019】
上記基材や多孔性支持層、複合半透膜の厚みは、デジタルシックネスゲージによって測定することができる。また、後述する分離機能層の厚みは支持膜と比較して非常に薄いため、複合半透膜の厚みを支持膜の厚みとみなすこともできる。従って、複合半透膜の厚みをデジタルシックネスゲージで測定し、複合半透膜の厚みから基材の厚みを引くことで、多孔性支持層の厚みを簡易的に算出することができる。デジタルシックネスゲージを用いる場合は、20箇所について厚みを測定して平均値を算出することが好ましい。
【0020】
なお、基材や多孔性支持層、複合半透膜の厚みは上述した顕微鏡で測定してもよい。1つのサンプルについて任意の5箇所における断面観察の電子顕微鏡写真から厚みを測定し、平均値を算出することで厚みが求められる。なお、本実施形態における厚みや孔径は平均値を意味するものである。
【0021】
(1-2)分離機能層
複合半透膜において、実質的にイオン等の分離性能を有するのは、分離機能層である。
図1の複合半透膜1の断面図において、分離機能層に符号“4”を付して示す。分離機能層は、
図2に示すように、薄膜11で形成される複数の突起を有する。
【0022】
分離機能層は、ポリアミドを主成分として含有することが好ましい。ポリアミドを主成分とする分離機能層の場合、ポリアミドは、例えば、多官能性アミンと多官能性酸ハロゲン化物との界面重縮合により形成することができる。ここで、多官能性アミンまたは多官能性酸ハロゲン化物の少なくとも一方が3官能以上の化合物を含んでいることが好ましい。
【0023】
分離機能層の厚みは、十分な分離性能および透過水量を得るために、通常0.01~1μmの範囲内、好ましくは0.1~0.5μmの範囲内である。
【0024】
ここで、多官能性アミンとは、一分子中に少なくとも2個の第一級アミノ基および/または第二級アミノ基を有し、そのアミノ基のうち少なくとも1つは第一級アミノ基であるアミンをいう。多官能性アミンとしては、例えば、2個のアミノ基がオルト位やメタ位、パラ位のいずれかの位置関係でベンゼン環に結合したフェニレンジアミン、キシリレンジアミン、1,3,5-トリアミノベンゼン、1,2,4-トリアミノベンゼン、3,5-ジアミノ安息香酸、3-アミノベンジルアミン、4-アミノベンジルアミンなどの芳香族多官能アミン、エチレンジアミン、プロピレンジアミンなどの脂肪族アミン、1,2-ジアミノシクロヘキサン、1,4-ジアミノシクロヘキサン、4-アミノピペリジン、4-アミノエチルピペラジンなどの脂環式多官能アミン等を挙げることができる。
【0025】
中でも、膜の選択分離性や透過性、耐熱性を考慮すると、一分子中に2~4個の第一級アミノ基および/または第二級アミノ基を有する芳香族多官能アミンであることが好ましい。このような多官能芳香族アミンとしては、例えば、m-フェニレンジアミン、p-フェニレンジアミン、1,3,5-トリアミノベンゼン等が好適に用いられる。中でも、入手の容易性や取り扱いのしやすさから、m-フェニレンジアミン(以下、m-PDAと記す)を用いることがより好ましい。
【0026】
これらの多官能性アミンは、単独で用いても、2種以上を同時に用いてもよい。2種以上を同時に用いる場合、上記アミン同士を組み合わせてもよく、上記アミンと一分子中に少なくとも2個の第二級アミノ基を有するアミンを組み合わせてもよい。一分子中に少なくとも2個の第二級アミノ基を有するアミンとして、例えば、ピペラジン、1,3-ビスピペリジルプロパン等を挙げることができる。
【0027】
多官能性酸ハロゲン化物とは、一分子中に少なくとも2個のハロゲン化カルボニル基を有する酸ハロゲン化物をいう。3官能酸ハロゲン化物としては、例えば、トリメシン酸クロリド、1,3,5-シクロヘキサントリカルボン酸トリクロリド、1,2,4-シクロブタントリカルボン酸トリクロリドなどを挙げることができ、2官能酸ハロゲン化物としては、例えば、ビフェニルジカルボン酸ジクロリド、アゾベンゼンジカルボン酸ジクロリド、テレフタル酸クロリド、イソフタル酸クロリド、ナフタレンジカルボン酸クロリドなどの芳香族2官能酸ハロゲン化物、アジポイルクロリド、セバコイルクロリドなどの脂肪族2官能酸ハロゲン化物、シクロペンタンジカルボン酸ジクロリド、シクロヘキサンジカルボン酸ジクロリド、テトラヒドロフランジカルボン酸ジクロリドなどの脂環式2官能酸ハロゲン化物を挙げることができる。
【0028】
多官能性アミンとの反応性を考慮すると、多官能性酸ハロゲン化物は多官能性酸塩化物であることが好ましく、また、膜の選択分離性、耐熱性を考慮すると、一分子中に2~4個の塩化カルボニル基を有する多官能性芳香族酸塩化物であることがより好ましい。中でも、多官能性酸ハロゲン化物は、入手の容易性や取り扱いのしやすさの観点から、トリメシン酸クロリドを用いるとより好ましい。これらの多官能性酸ハロゲン化物は、単独で用いても、2種以上を同時に用いてもよい。
【0029】
また、分離機能層において、薄膜は、
図2に示すように、複数の凹部と凸部とを有するひだ構造を形成する。以下、「凸部」および「凹部」は、薄膜において相対的に突出している部分と凹んでいる部分を指し、特に後述の基準線Aから上(支持膜から離れる方向)の部分を凸部、下(支持膜側)の部分を凹部と呼ぶ。「突起」は、凹部の底から隣の凹部の底まで、つまり1つの凸部とその両隣の凹部の底までを指す。また、本明細書において、突起とは、薄膜の10点平均面粗さの5分の1以上の高さを持つ突起を指す。
【0030】
本実施形態における分離機能層は、支持膜の膜面方向における支持膜1μm長さあたりの薄膜の実長さLが3.0μm以上であることが好ましい。薄膜の実長さLが3.0μm以上であることで、複合半透膜が高い透水性が得られる。薄膜の実長さLは3.0~100μmであることがより好ましく、3.0~10μmであることがさらに好ましい。
なお、本明細書において、「膜面方向」とは、膜面に垂直な方向に直行する方向を意味する。
【0031】
薄膜の実長さLは、一般的な表面積や比表面積を求める手法に従い求めることができ、特に手法が限定されるものではないが、例えば、走査電子顕微鏡(SEM、FE-SEM)、透過型電子顕微鏡(TEM)等の電子顕微鏡を用いた方法があげられる。
【0032】
透過型電子顕微鏡(TEM)を用いた、薄膜の実長さLの測定方法を以下に説明する。まず、TEM用の超薄切片作製のため、サンプルを水溶性高分子で包埋する。水溶性高分子はサンプルの形状を保持できるものであればよく、例えばPVAが挙げられる。
【0033】
次に、断面観察を容易にするためOsO4で染色し、これをウルトラミクロトームで切断して超薄切片を作成する。得られた超薄切片を、電子顕微鏡を用いて断面写真を撮影する。観察倍率は、分離機能層の膜厚により適宜決定すればよいが、分離機能層の断面形状が観察でき、かつ、測定が局所的にならないようにするため、分離機能層の厚みが10~100nm程度であれば、観察倍率を50,000~100,000倍とするとよい。
【0034】
上記で得られた断面写真について、長さ2.0μmの任意の10箇所の断面において、膜面方向における支持膜1μm長さあたりの薄膜の実長さを測定し、その相加平均値をその複合半透膜における薄膜の実長さLとして算出する。
【0035】
薄膜における10点平均面粗さは次の方法で得られる。
電子顕微鏡により、膜面に垂直な方向の断面を観察する。観察倍率は10,000~100,000倍が好ましい。得られた断面画像には、
図2に示すように、薄膜(
図2に符号“11”で示す。)の表面が曲線として表れる。この曲線について、ISO4287:1997に基づき定義される粗さ曲線を求める。同じくISO4287:1997に基づいて、上記粗さ曲線の平均線を得る。平均線とは、平均線と粗さ曲線とで囲まれる領域の面積の合計が平均線の上下で等しくなるように描かれる直線である。
【0036】
上記で得られた平均線の方向の長さ2.0μmの断面画像において、平均線を基準線Aとして、最も高い凸部から5番目の高さまでの5つの凸部について、基準線からの高さ(基準線から凸部頂点までの距離)H1~H5を測定してその平均値を算出する。また、最も深い凹部から5番目の深さまでの5つの凹部について、深さ(基準線から凹部頂点までの距離)D1~D5を測定してその平均値を算出する。得られた2つの平均値の和が10点平均面粗さである。なお、頂点とは、凸部または凹部において基準線からの距離が最大となる点である。
【0037】
突起の高さは次のようにして算出される。上述の平均線の方向の長さ2.0μmの断面において、上述の10点平均面粗さの5分の1以上である突起について、突起の両端の凹部の深さ(基準線から凹部の頂点までの距離)d1、d2の平均dと凸部高さh(基準線から凸部の頂点までの距離)の和が突起高さPhとして算出される。
【0038】
本実施形態において、平均線の方向における長さ2.0μmの任意の10箇所の断面において、10箇所の断面に存在する高さ10nm以上の突起の数Mに対する、10箇所の断面に存在する高さ200nm以上の突起の数Nの比(N/M)が1/20以上かつ1/2以下であることが好ましい。N/Mが1/20以上であることにより、高い透水性を備えた複合半透膜が得られる。N/Mは、1/10以上がより好ましい。また、N/Mが1/2以下であることにより、高い透水性を得ることができる。N/Mは、1/3以下がより好ましい。
【0039】
なお、10箇所の断面に存在する突起の数とは、各断面に含まれる突起の数を10箇所すべての断面で求め、その各断面で求めた突起の数を10箇所の断面すべてで合計した総和を意味する。
【0040】
また、本実施形態において、平均線の方向における長さ2.0μmの任意の10箇所の断面において、10箇所の断面に存在するすべての突起において、高さ400nm以上の突起を少なくとも1つ有していることが好ましい。また、10箇所の断面に存在する高さ10nm以上の突起の数Mに対する、10箇所の断面に存在する高さ400nm以上の突起の数N1の比(N1/M)が1/20以上、1/5以下であることがより好ましい。高さ400nm以上の突起を上記範囲有することで、高い透水性を有する複合半透膜が得られる。
【0041】
本発明者らによる鋭意検討の結果、分離機能層が有する複数の突起の少なくとも一部が、支持膜の膜面方向における長さ2.0μmの任意の10箇所の断面において、
図4に示すように、突起の最大幅Waと突起の根元幅Wbからなる比(Wa/Wb)が1.3より大きいことで低圧運転時でも、高い透水性を示す複合半透膜が得られることを見出した。Wa/Wbは1.4以上が好ましく、1.6以上がより好ましい。また、突起の平均数密度と両立するため、Wa/Wbは2.0以下が好ましく、1.8以下であることがより好ましく、1.7以下がさらに好ましい。
【0042】
突起の最大幅Wa、突起の根元幅Wbは、走査型電子顕微鏡または透過型電子顕微鏡により観察できる。例えば走査型電子顕微鏡で突起の最大幅Waおよび突起の根元の幅Wbを観察するのであれば、複合半透膜サンプルに好ましくは白金または白金-パラジウムまたは四酸化ルテニウム、より好ましくは四酸化ルテニウムを薄くコーティングして3~6kVの加速電圧で高分解能電界放射型走査電子顕微鏡(UHR-FE-SEM)を用いて観察する。
【0043】
高分解能電界放射型走査電子顕微鏡は、日立製S-900型電子顕微鏡などが使用できる。観察倍率は5,000~100,000倍が好ましい。得られた電子顕微鏡写真から観察倍率を考慮して、突起の最大幅Waおよび突起の根元幅Wbをスケールなどで直接測定することができる。なお、突起の最大幅Waおよび突起の根元幅Wbはいずれも突起の内表面の間隔として測定する。また、突起の根元幅Wbとは、突起両隣の凹部の頂点から基準線と直交するように直線引いた時、この直線同上の間隔である。
【0044】
支持膜の膜面方向における長さ2.0μmの任意の10箇所の断面において、10箇所の断面に存在するすべての突起の数に対する、10箇所の断面に存在するWa/Wbが1.3より大きい突起の数の割合が、20%以上であることが好ましい。該割合が、20%以上であることにより、複合半透膜の透水性を向上できる。該割合は、40%以上であることがより好ましく、50%以上であることがさらに好ましい。
【0045】
また、本実施形態における分離機能層は、突起の内部に納まる円の最大径、すなわち充填円直径Rが30nm以上の突起を有することが好ましい。充填円直径Rが25nm以上の突起を有することで、複合半透膜の透水性が向上する。充填円直径Rがより好ましくは32nm以上、さらに好ましくは35nm以上の突起を含むことがより好ましい。突起の平均数密度の低下を抑制するため、充填円直径Rが80nm以下であることが好ましい。充填円直径Rは上記分離機能層の断面写真から測定することができる。
【0046】
膜面方向における長さ2.0μmの任意の10箇所の断面において、10箇所の断面に存在する充填円直径Rが25nm以上の突起の数の割合は、10箇所の断面に存在するすべての突起の数に対して20%以上であることが好ましく、より好ましくは40%以上、さらに好ましくは50%以上である。
【0047】
本実施形態における分離機能層において、突起の平均数密度は、10個/μm以上であることが好ましく、より好ましくは12個/μm以上である。また、分離機能層の突起の平均数密度は、好ましくは20個/μm以下である。
【0048】
突起の平均数密度が10個/μm以上であることで、複合半透膜が十分な透水性を得られ、さらには加圧時の突起の変形を抑えることもでき、安定した膜性能を得られる。また突起の平均数密度が20個/μm以下であることで、ひだ構造の成長が十分に起こり、所望の透水性を備えた複合半透膜を容易に得ることができる。
【0049】
突起の平均数密度は、上述の膜面方向における長さ2.0μmの任意の10箇所の断面を観察したときに、各断面において、上述の10点平均面粗さの5分の1以上である突起の数から測定することができる。
【0050】
2.製造方法
以上に説明した本実施形態の複合半透膜の製造方法の一例を以下に示す。
(2-1)分離機能層の形成
支持膜上に分離機能層を形成する工程について説明する。以下では支持膜が基材と多孔性支持層とを有する場合を例に挙げる。支持膜が基材を含まない場合は、「多孔性支持層表面」および「多孔性支持層上」とはそれぞれ「支持膜表面」および「支持膜上」と読み替えればよい。
【0051】
分離機能層を形成する工程は、多孔性支持層上で、多官能性アミン溶液と多官能性酸ハロゲン化物溶液とを接触させることで、界面重縮合反応によりポリアミドを形成するステップを含む。
より具体的には、分離機能層を形成する工程は、
(i) 多孔性支持層と多官能性アミン溶液を接触させるステップ、
(ii) 上記(i)後に、多孔性支持層に多官能性酸ハロゲン化物溶液を接触させることで、界面重縮合により、多孔性支持層上でポリアミドを生成するステップを有する。以下、各製造工程を詳細に説明する。
【0052】
多官能性アミン溶液は水溶液であり、この溶液における多官能性アミンの濃度は0.1~20重量%の範囲内であることが好ましく、0.5~15重量%の範囲内であることがより好ましい。多官能性アミンの濃度が上記範囲内であると、十分な塩除去性能および透水性を有する複合半透膜を得ることができる。
【0053】
多官能性アミン水溶液には、多官能性アミンと多官能性酸ハロゲン化物との反応を妨害しないものであれば、界面活性剤、有機溶媒、アルカリ性化合物および酸化防止剤などが含まれていてもよい。
【0054】
界面活性剤としては、例えば、ポリオキシアルキレン構造、脂肪酸エステル構造又は水酸基を有する化合物が挙げられ、ポリオキシアルキレン構造としては、例えば、-(CH2CH2O)n-、-(CH2CH2(CH3)O)n-、-(CH2CH2CH2O)n-、-(CH2CH2CH2CH2O)n-などを挙げることができる。脂肪酸エステル構造としては、長鎖脂肪族基を有する脂肪酸が挙げられる。長鎖脂肪族基としては、直鎖状、分岐状いずれでもよいが、脂肪酸としては、ステアリン酸、オレイン酸、ラウリン酸、パルミチン酸、およびその塩などが挙げられる。また、油脂由来の脂肪酸エステルとしては、例えば牛脂、パーム油、ヤシ油等も挙げられる。スルホ基を有する界面活性剤としては、1-ヘキサンスルホン酸、1-オクタンスルホン酸、1-デカンスルホン酸、1-ドデカンスルホン酸、パーフルオロブタンスルホン酸、トルエンスルホン酸、クメンスルホン酸、オクチルベンゼンスルホン酸などが挙げられる。水酸基を有する界面活性剤としては、エチレングリコール、プロピレングリコール、2-プロパンジオール、1,4-ブタンジオール、グリセリン、ソルビトール、ブドウ糖、ショ糖等が挙げられる。界面活性剤は、多孔性支持層表面の濡れ性を向上させ、アミン水溶液と非極性溶媒との間の界面張力を減少させる効果がある。
【0055】
有機溶媒としては、例えば鎖状アミド化合物および環状アミド化合物が挙げられる。鎖状アミド化合物として、例えば、N-メチルホルムアミド、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N,-ジメチルアセトアミド、N,N-ジエチルホルムアミド、N,N-ジエチルアセトアミドが挙げられる。環状アミド化合物として、例えば、N-メチルピロリジノン、γ-ブチロラクタム、ε-カプロラクタムが挙げられる。有機溶媒は、界面重縮合反応の触媒として働くことがあり、添加することにより界面重縮合反応を効率良く行える場合がある。
【0056】
アルカリ性化合物としては、水酸化ナトリウムや水酸化カリウム等のアルカリ金属の水酸化物、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素カリウム等の炭酸塩及び炭酸水素塩無機化合物、テトラメチルアンモニウムヒドロキシドやテトラエチルアンモニウムヒドロキシド等の有機化合物等が挙げられる。
【0057】
酸化防止剤としては、例えば、フェノール系酸化防止剤、アミン系酸化防止剤、硫黄系酸化防止剤、リン系酸化防止剤等が挙げられる。フェノール系酸化防止剤(ヒンダードフェノール系酸化防止剤を含む)としては、2,6-ジ-tert-ブチル-4-メチルフェノール、2,2’-メチレンビス(4-エチル-6-tert-ブチルフェノール)及びテトラキス-[メチレン-3-(3’,5’-ジ-tert-ブチル-4’-ヒドロキシフェニル)プロピオネート]メタン等が挙げられる。アミン系酸化防止剤としては、フェニル-β-ナフチルアミン、α-ナフチルアミン、N,N’-ジ-sec-ブチル-p-フェニレンジアミン、フェノチアジン、N,N’-ジフェニル-p-フェニレンジアミン等が挙げられる。硫黄系酸化防止剤としては、ジラウリル3,3’-チオジプロピオネート、ジステアリルチオジプロピオネート、ラウリルステアリルチオジプロピオネート、ジミリスチル3,3’-チオジプロピオネート等が挙げられる。リン系酸化防止剤としては、トリフェニルフォスファイト、オクタデシルフォスファイト及びトリノニルフェニルフォスファイト等が挙げられる。その他の酸化防止剤としては、例えば、アスコルビン酸又はそのアルカリ金属塩、ジブチルヒドロキシトルエンやブチルヒドロキシアニソール等の立体障害フェノール化合物、クエン酸イソプロピル、dl-α-トコフェロール、ノルジヒドログアイアレチン酸、没食子酸プロピル等が挙げられる。
【0058】
多官能性アミン水溶液の多孔性支持層への接触は、多孔性支持層の表面上に均一にかつ連続的に行うことが好ましい。具体的には、例えば、多官能性アミン水溶液を多孔性支持層に塗布する方法、または多孔性支持層を多官能性アミン水溶液に浸漬する方法を挙げることができる。多孔性支持層と多官能性アミン水溶液との接触時間は、1~10分間の範囲内であることが好ましく、1~3分間の範囲内であるとさらに好ましい。
【0059】
多官能性アミン水溶液を多孔性支持層に接触させた後は、膜上に液滴が残らないように十分に液切りすることが好ましい。十分に液切りすることで、膜形成後に液滴残存部分が膜欠点となって膜性能が低下することを防ぐことができる。液切りの方法としては、例えば、日本国特開平2-78428号公報に記載されているように、多官能性アミン水溶液接触後の支持膜を垂直方向に把持して過剰の水溶液を自然流下させる方法や、エアーノズルから窒素などの気流を吹き付け、強制的に液切りする方法などを用いることができる。また、液切り後、膜面を乾燥させて水溶液の水分を一部除去することもできる。
【0060】
ステップ(ii)について説明する。ステップ(ii)は、多孔性支持層に多官能性酸ハロゲン化物または多官能性酸ハロゲン化物を含む有機溶媒溶液を接触させることで、界面重縮合により、多孔性支持層上でポリアミドを生成するステップである。
【0061】
有機溶媒溶液中の多官能性酸ハロゲン化物の濃度は、0.01~10重量%の範囲内であると好ましく、0.02~2.0重量%の範囲内であるとさらに好ましい。0.01重量%以上とすることで十分な反応速度が得られ、また、10重量%以下とすることで副反応の発生を抑制することができる。
【0062】
有機溶媒は、水と非混和性であり、かつ多官能性酸ハロゲン化物を溶解し、支持膜を破壊しないものが好ましく、多官能性アミン化合物および多官能性酸ハロゲン化物に対して不活性であるものであればよい。有機溶媒の好ましい例として、n-ヘキサン、n-オクタン、n-ノナン、n-デカン、n-ウンデカン、n-ドデカン、イソデカン、イソドデカンなどの炭化水素化合物が挙げられる。
【0063】
多官能性酸ハロゲン化物溶液は水を含むことが好ましい。多官能性酸ハロゲン化物溶液が水を含むことで、上述した突起の形状が実現される。多官能性酸ハロゲン化物溶液中に含まれる水分量は1~500ppmであることが好ましく、より好ましくは1~200ppmの範囲である。
【0064】
多官能性酸ハロゲン化物溶液は、化学式(I)で表される化合物(以下、化合物(I)と呼ぶ)を含有してもよい。
【0065】
【0066】
上記式中、R1およびR2はそれぞれ独立して炭素数1以上のアルキル基である。
【0067】
化合物(I)としては、芳香族エステル類が好ましく、特にフタル酸エステルが好ましい。化合物(I)として、具体的には、フタル酸ジブチル、フタル酸ジブチルベンジル、フタル酸ジエチルヘキシル、フタル酸ジイソデシル、フタル酸ジイソノイル、フタル酸ジオクチル、フタル酸ジイソブチル、フタル酸ジエチル、フタル酸ジメチル、フタル酸ジイソオクチル、フタル酸ジプロピル、フタル酸ジシクロヘキシル、フタル酸ジノニル、フタル酸ジベンチル、フタル酸ジヘキシル、フタル酸ジベンジル、フタル酸ジフェニル、フタル酸ビス(2-エチルヘキシル)が挙げられる。
【0068】
多官能性酸ハロゲン化物溶液における化合物(I)の濃度は、添加する化合物(I)の種類によって変更することができるが、5ppm~500ppmの範囲内にあると好ましい。
【0069】
多官能性酸ハロゲン化物を含む有機溶媒溶液の多官能性アミン化合物水溶液相への接触の方法としては塗布または滴下などが挙げられる。
【0070】
ステップ(ii)では、多孔性支持層上の多官能性アミン水溶液の層のさらに上に、多官能性酸ハロゲン化物溶液の層が形成される。ここで、多官能性酸ハロゲン化物溶液の層において、多孔性支持層に近いほどより多い水分量を含む勾配が形成されることが好ましい。
【0071】
多官能性アミン水溶液の層と多官能性酸ハロゲン化物溶液の層を接触させた直後(概ね5秒以内)に上記の勾配が形成されることで、多官能性酸ハロゲン化物溶液の層の内部に表面張力差が生じ、多官能性酸ハロゲン化物溶液層内に流れが生じる。この流れによって、分離機能層のひだ構造において、突起の根元が細く、胴が膨らんだ形状の突起が形成され、複合半透膜の透水性を向上させることができる。
【0072】
上記の勾配は、例えば、水分量の異なる多官能性酸ハロゲン化物溶液を複数回、多孔性支持層上に塗布することで、形成できる。塗布回数は2回であることが好ましい。最初に塗布する多官能性酸ハロゲン化物溶液(第1の多官能性酸ハロゲン化物溶液)に含まれる水分量は10~500ppmであることが好ましく、10~200ppmであることがより好ましい。二回目に塗布される多官能性酸ハロゲン化物溶液(第2の多官能性酸ハロゲン化物溶液)中に含まれる水分量は1~300ppmが好ましく、1~150ppmであることがより好ましい。
【0073】
界面重縮合によって架橋ポリアミドを含む分離機能層を形成するに際し、化合物(I)の存在下で行うことで、分離機能層の薄膜の実長さを大きくし、かつ薄膜の厚みの大きい分離機能層が形成することができ、高い透水性を示す複合半透膜が得られる。
【0074】
化合物(I)の作用機構は明らかではないが、化合物(I)に存在する芳香環と形成途中のポリアミドに存在する芳香環同士の相互作用が影響していると考えられる。詳細には、多官能性アミンと多官能性酸ハロゲン化物との界面重縮合において、多官能性アミン水溶液側から多官能性酸ハロゲン化物を含む有機溶媒側へアミンが拡散するときに、化合物(I)が存在することでアミンの濃度勾配が緩やかになり、結果として分離機能層における突起の形成時間が充分長くなり、突起の構造形成が進みやすく、突起の表面積、薄膜の厚さともに大きくなると考えられる。
【0075】
このとき、多官能性酸ハロゲン化物溶液の層すなわち有機溶媒の層内に流れを形成することで、突起の形成をより促し、根元が細く、胴が膨らんだ形状を得つつ、突起の高さを大きく成長させることができる。
【0076】
分離機能層の突起の形状が、根元が細く、胴が膨らみ、高さの大きい形状となることで、比表面積を確保しつつ、隣接する突起との接触部を減らすことができ、有効な膜面積を担保できるため、より高い透水性を得ることができる。
【0077】
多官能性アミン水溶液と多官能性酸ハロゲン化物溶液とを接触させた直後の膜面の温度は25~60℃の範囲内であることが好ましく、30~50℃の範囲内であるとさらに好ましい。膜面の温度を25℃以上とすることで、ひだ構造が大きく成長し、透過流束が向上する。また、膜面の温度を60℃以下とすることで、良好な塩除去率を示す複合半透膜が得られる。
【0078】
膜面への温度付与方法は、支持膜を加温してもよく、加温した多官能性酸ハロゲン化物の有機溶媒溶液を接触させてもよい。多官能性アミン水溶液と多官能性酸ハロゲン化物溶液とを接触させた直後の膜面の温度は、放射温度計のような非接触型温度計により測定することができる。
【0079】
上述したように、多官能性アミン水溶液に多官能性酸ハロゲン化物の有機溶媒溶液を接触させて界面重縮合を行い、多孔性支持層上に架橋ポリアミドを含む分離機能層を形成したあとは、余剰の溶媒を液切りするとよい。液切りの方法は、例えば、膜を垂直方向に把持して過剰の有機溶媒を自然流下して除去する方法を用いることができる。この場合、垂直方向に把持する時間としては、1~5分間であることが好ましく、1~3分間であるとより好ましい。この時間が1分以上であることで分離機能層として充分な量のポリアミドを形成することができ、5分以下であることで有機溶媒が蒸発しすぎず、膜の欠点の発生を抑制することができる。
【0080】
(2-2)支持膜の形成
支持膜としては、市販のフィルターを適用することができる。また、基材上にポリマー溶液を塗布し、次いでポリマーを凝固させることで、基材と多孔性支持層を有する支持膜を形成してもよいし、ガラスなどの基板の上にポリマー溶液を塗布し、次いで凝固させ、基板から剥がすことで形成してもよい。
【0081】
例えばポリスルホンを用いて支持膜を形成する場合、ポリスルホンをN,N-ジメチルホルムアミド(以降、DMFと記載)に溶解することでポリマー溶液を得て、この溶液を基材の上に一定の厚さに塗布し、それを水中で湿式凝固させる。この方法によれば、表面の大部分が直径数10nm以下の微細な孔を有する多孔性支持層を得ることができる。
【0082】
(2-3)その他の処理
分離機能層が形成された後の複合半透膜は、好ましくは50~150℃、より好ましくは70~130℃で、好ましくは1秒~10分間、より好ましくは1分~8分間熱水処理する工程などを付加することにより、塩除去性能および透水性を向上させることができる。
【0083】
また、複合半透膜は熱水処理後に分離機能層上の第一級アミノ基と反応してジアゾニウム塩またはその誘導体を生成する化合物(A)と接触させ、その後前記化合物(A)との反応性をもつ水溶性化合物(B)を接触させる工程を含むことにより、塩除去率をさらに向上させることができる。
【0084】
第一級アミノ基と反応してジアゾニウム塩またはその誘導体を生成する化合物(A)としては、亜硝酸およびその塩、ニトロシル化合物などの水溶液が挙げられる。亜硝酸やニトロシル化合物の水溶液は気体を発生して分解しやすいので、例えば、亜硝酸塩と酸性溶液との反応によって亜硝酸を逐次生成するのが好ましい。一般に、亜硝酸塩は水素イオンと反応して亜硝酸(HNO2)を生成するが、水溶液のpHが好ましくは7以下、より好ましくは5以下、さらに好ましくは4以下で効率よく生成できる。中でも、取り扱いの簡便性から水溶液中で塩酸または硫酸と反応させた亜硝酸ナトリウムの水溶液が特に好ましい。
【0085】
前記第一級アミノ基と反応してジアゾニウム塩またはその誘導体を生成する化合物(A)として、例えば、亜硝酸ナトリウムを用いる場合、亜硝酸ナトリウムの濃度は、好ましくは0.01~1重量%の範囲である。亜硝酸ナトリウムが上記範囲内であると十分なジアゾニウム塩またはその誘導体を生成する効果が得られ、溶液の取扱いも容易である。
【0086】
該化合物の温度は15℃~45℃が好ましい。この範囲だと反応に時間がかかり過ぎることもなく、亜硝酸の分解が早過ぎず取り扱いが容易である。
【0087】
第一級アミノ基と該化合物との接触時間は、ジアゾニウム塩および/またはその誘導体が生成する時間であればよく、高濃度であれば短時間で処理が可能であるが、低濃度であると長時間必要である。そのため、上記濃度の溶液では10分間以内であることが好ましく、3分間以内であることがより好ましい。
【0088】
また、第一級アミノ基と該化合物とを接触させる方法は特に限定されず、該化合物の溶液を塗布(コーティング)しても、該化合物の溶液に該複合半透膜を浸漬させてもよい。該化合物を溶かす溶媒は該化合物が溶解し、該複合半透膜が侵食されなければ、いかなる溶媒を用いてもかまわない。また、該化合物の溶液には、第一級アミノ基と試薬との反応を妨害しないものであれば、界面活性剤や酸性化合物、アルカリ性化合物などが含まれていてもよい。
【0089】
次に、ジアゾニウム塩またはその誘導体が生成した複合半透膜を、ジアゾニウム塩またはその誘導体と反応する水溶性化合物(B)と接触させる。ここでジアゾニウム塩またはその誘導体と反応する水溶性化合物(B)とは、塩化物イオン、臭化物イオン、シアン化物イオン、ヨウ化物イオン、フッ化ホウ素酸、次亜リン酸、亜硫酸水素ナトリウム、亜硫酸イオン、芳香族アミン、フェノール類、硫化水素、チオシアン酸等が挙げられる。
【0090】
亜硫酸水素ナトリウム、および亜硫酸イオンと反応させると瞬時に置換反応が起こり、アミノ基がスルホ基に置換される。また、芳香族アミン、フェノール類と接触させることでジアゾカップリング反応が起こり膜面に芳香族を導入することが可能となる。
【0091】
これらの化合物は単一で用いてもよく、複数混合させて用いてもよく、異なる化合物に複数回接触させてもよい。ジアゾニウム塩またはその誘導体が生成した複合半透膜に接触させる化合物としては、好ましくは亜硫酸水素ナトリウム、および亜硫酸イオンである。
【0092】
ジアゾニウム塩またはその誘導体が生成した複合半透膜とジアゾニウム塩またはその誘導体と反応する水溶性化合物(B)とを接触させる濃度と時間は、目的の効果を得るために適宜調節することができる。
【0093】
ジアゾニウム塩またはその誘導体が生成した複合半透膜とジアゾニウム塩またはその誘導体と反応する水溶性化合物(B)とを接触させる温度は10~90℃が好ましい。接触させる温度が、上記範囲内であると反応が進みやすく、一方ポリマーの収縮による透過水量の低下も起こらない。
【0094】
なお、本欄(2-3)の処理を施される前後の膜をいずれも「複合半透膜」と称し、本欄(2-3)の処理を施される前後の膜における支持膜上の層をいずれも「分離機能層」と称する。
【0095】
(3)複合分離膜の利用
このように製造される本実施形態の複合半透膜は、プラスチックネットなどの原水流路材と、トリコットなどの透過水流路材と、必要に応じて耐圧性を高めるためのフィルムと共に、多数の孔を穿設した筒状の集水管の周りに巻回され、スパイラル型の複合半透膜エレメントとして好適に用いられる。さらに、このエレメントを直列または並列に接続して圧力容器に収納した複合半透膜モジュールとすることもできる。
【0096】
また、上記の複合半透膜やそのエレメント、モジュールは、それらに原水を供給するポンプや、その原水を前処理する装置などと組み合わせて、流体分離装置を構成することができる。この分離装置を用いることにより、原水を飲料水などの透過水と複合半透膜を透過しなかった濃縮水とに分離して、目的にあった水を得ることができる。
【0097】
流体分離装置の操作圧力は高い方が塩除去率は向上するが、運転に必要なエネルギーも増加すること、また、複合半透膜の耐久性を考慮すると、複合半透膜に被処理水を透過する際の操作圧力は、0.5MPa以上、10MPa以下が好ましい。
【0098】
供給水温度は、高くなると複合半透膜の塩除去率が低下するが、低くなるにしたがい膜透過流束も減少するため、5℃以上、45℃以下が好ましい。また、供給水pHは、高くなると海水などの高塩濃度の供給水の場合、マグネシウムなどのスケールが発生する恐れがあり、また、高pH運転による複合半透膜の劣化が懸念されるため、中性領域での運転が好ましい。
【0099】
本実施形態に係る複合半透膜によって処理される原水としては、例えば、海水、かん水、排水等の50mg/L~100g/Lの塩(Total Dissolved Solids:総溶解固形分)を含有する液状混合物が挙げられる。一般に、塩は総溶解固形分量を指し、「質量÷体積」あるいは「重量比」で表される。定義によれば、0.45μmのフィルターで濾過した溶液を39.5~40.5℃の温度で蒸発させ残留物の重さから算出できるが、より簡便には実用塩分(S)から換算する。
【実施例】
【0100】
以下に実施例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によってなんら限定されるものではない。
【0101】
(参考例1)
長繊維からなるポリエステル不織布上にポリスルホンの18重量%DMF溶液を200μmの厚みで、室温(25℃)でキャストし、ただちに純水中に浸漬して5分間放置することによって支持膜を作製した。
【0102】
(実施例1)
参考例1によって得られた支持膜をm-フェニレンジアミン(m-PDA)を4重量%含む水溶液中に2分間浸漬し、該支持膜を垂直方向にゆっくりと引き上げ、エアーノズルから窒素を吹き付け支持膜表面から余分な水溶液を取り除いた。次いで、第1の多官能性酸ハロゲン化物溶液として、トリメシン酸クロリド(TMC)0.12重量%を含むn-デカン溶液(水分量23ppm)を支持膜表面が完全に濡れるように塗布した。
【0103】
その後5秒以内に、第1の多官能性酸ハロゲン化物溶液の層の上に更に、第2の多官能性酸ハロゲン化物溶液として、トリメシン酸クロリド(TMC)0.12重量%を含むn-デカン溶液(水分量10ppm)を支持膜表面が完全に濡れるように塗布した。次に100℃のオーブンで加熱し、その後膜から余分な溶液を除去するために、膜を垂直にして液切りを行って、送風機を使い20℃の空気を吹き付けて乾燥させた。最後に、90℃の純水で洗浄することで複合半透膜を得た。
【0104】
第1及び第2の多官能性酸ハロゲン化物溶液に含まれる水分量を表1に示す。得られた複合半透膜の、分離機能層表面の突起の最大幅Wa、突起の根元幅Wb、突起の最大幅Wa/突起の根元幅Wb、突起の平均数密度、充填円直径、薄膜の実長さ、突起の高さ(存在割合)、薄膜の厚み、膜透過流束を表2に示す。
【0105】
(実施例2~11)
第1及び第2の多官能性酸ハロゲン化物溶液に含まれる水分量を表1に示す濃度に変更したこと以外は実施例1の方法と同様にして複合半透膜を得た。
【0106】
(実施例12~17)
第1及び第2の多官能性酸ハロゲン化物溶液に含まれる水分量を表1に示す濃度に変更し、第1及び第2の多官能性酸ハロゲン化物溶液に添加物を加えたこと以外は実施例1と同様にして複合半透膜を得た。第1及び第2の多官能性酸ハロゲン化物溶液に含まれる添加物の種類と添加物の濃度は表1の通りである。
【0107】
(比較例1~2)
表1に示す水分量を含む第1の多官能性酸ハロゲン化物溶液のみを塗布したこと以外は実施例1と同様にして複合半透膜を得た。
【0108】
(比較例3~4)
第1及び第2の多官能性酸ハロゲン化物溶液に含まれる水分量を表1に示す濃度に変更したこと以外は実施例1と同様にして複合半透膜を得た。
【0109】
(比較例5)
参考例1によって得られた支持膜をm-PDAを2.0重量%、添加剤としてN-メチルピロリドンを1.5重量%含む水溶液中に2分間浸漬し、該支持膜を垂直方向にゆっくりと引き上げ、エアーノズルから窒素を吹き付け支持膜表面から余分な水溶液を取り除いた。次いで、第1及び第2の多官能性酸ハロゲン化物溶液として、トリメシン酸クロリドを0.05重量%と、添加剤としてカプリル酸エチルを1重量%とを含むヘキサン溶液を支持膜の表面が完全に濡れるように、順に塗布した。第1及び第2の多官能性酸ハロゲン化物溶液の水分量は、表1に示す通りである。
その後、膜から余分な溶液を除去するために、膜を垂直にして液切りを行って、送風機を使い20℃の空気を吹き付けて乾燥させた。最後に、90℃の純水で洗浄することで複合半透膜を得た。
【0110】
(比較例6)
参考例1によって得られた支持膜をm-PDAを2.0重量%に2分間浸漬し、該支持膜を垂直方向にゆっくりと引き上げ、エアーノズルから窒素を吹き付け支持膜表面から余分な水溶液を取り除いた。次いで、熱風乾燥機で80℃の1分間水溶液の濃縮を行ない、その後、第1及び第2の多官能性酸ハロゲン化物溶液として、トリメシン酸クロリドを0.1重量%含むn-デカン溶液を、支持膜の表面が完全に濡れるように、順に塗布した。第1及び第2の多官能性酸ハロゲン化物溶液の水分量は、表1に示す通りである。
その後、膜から余分な溶液を除去するために、膜を垂直にして液切りを行って、送風機を使い20℃の空気を吹き付けて乾燥させた。最後に、90℃の純水で洗浄することで複合半透膜を得た。
【0111】
(分離機能層における突起の最大幅、突起の根元幅、充填円直径の測定、突起の高さ(存在割合)薄膜の厚み、薄膜の実長さ)
上述の方法によってこれらのパラメータを測定した。サンプルのコーティングは四酸化ルテニウムとし、高分解能電界放射型走査電子顕微鏡として日立製S-900型電子顕微鏡を用いた。
【0112】
(分離機能層の突起の平均数密度の測定方法)
複合半透膜サンプルをエポキシ樹脂で包埋し、断面観察を容易にするためOsO4で染色して、これをウルトラミクロトームで切断し超薄切片を10個作製した。得られた超薄切片について、透過型電子顕微鏡を用いて断面写真を撮影した。観察時の加速電圧は100kVであり、観察倍率は10,000倍であった。得られた断面写真について、膜面方向における長さ2.0μmの断面における突起の数をスケールを用いて測定し、上述したように10点平均面粗さを算出した。この10点平均面粗さに基づいて、10点平均面粗さの5分の1以上の高さを有する部分を突起として、その数を数え、分離機能層の突起の平均数密度を求めた。
【0113】
(多官能性酸ハロゲン化物溶液中の水分量)
多官能性酸ハロゲン化物溶液に含まれる水分量は、事前に三菱化成工業株式会社製微量水分測定装置CA-05型を用いて5回測定し、その平均値を求めた。
【0114】
(低圧下での膜性能評価)
(膜透過流束)
複合半透膜に、温度25℃、pH6.5に調整した評価原水(NaCl濃度3.2%、ホウ素濃度約5ppm)を操作圧力4.1MPaで供給して膜ろ過処理を24時間行ない、膜透過水量を、膜面1平方メートルあたり、1日あたりの透過水量(立方メートル)でもって膜透過流束(m3/m2/日)を表した。
【0115】
【0116】
【0117】
表2の結果から、実施例1~17は、比較例と比して、低圧運転における膜透過流束の値が大きかった。
【0118】
本発明を詳細にまた特定の実施態様を参照して説明したが、本発明の精神と範囲を逸脱することなく様々な変更や修正を加えることができることは当業者にとって明らかである。本出願は2021年4月22日出願の日本特許出願(特願2021-072382)に基づくものであり、その内容はここに参照として取り込まれる。
【産業上の利用可能性】
【0119】
本発明の複合半透膜は、特に、海水やかん水の脱塩に好適に用いることができる。