(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-08
(45)【発行日】2025-01-17
(54)【発明の名称】スケール溶解剤の選定方法
(51)【国際特許分類】
C02F 5/00 20230101AFI20250109BHJP
【FI】
C02F5/00 610F
C02F5/00 620A
C02F5/00 620C
(21)【出願番号】P 2023508871
(86)(22)【出願日】2022-03-02
(86)【国際出願番号】 JP2022008876
(87)【国際公開番号】W WO2022202164
(87)【国際公開日】2022-09-29
【審査請求日】2023-03-01
(31)【優先権主張番号】P 2021052155
(32)【優先日】2021-03-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005234
【氏名又は名称】富士電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【氏名又は名称】森本 聡二
(74)【代理人】
【識別番号】100166268
【氏名又は名称】田中 祐
(72)【発明者】
【氏名】加藤 太一郎
(72)【発明者】
【氏名】高橋 邦幸
(72)【発明者】
【氏名】宇井 慎弥
(72)【発明者】
【氏名】山本 秀樹
【審査官】山崎 直也
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2021/040575(WO,A1)
【文献】特開2015-113367(JP,A)
【文献】特開2018-077305(JP,A)
【文献】特開昭63-179087(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第111039426(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C02F 5/00-5/14
B08B 3/00-3/14
G01N 33/00-33/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
除去対象スケールについて、ハンセン溶解度に基づく固有物性値の座標を得る工程と、
前記除去対象スケールの固有物性値の座標と、溶解剤の固有物性値の座標との距離に基づいて、溶解剤を選定する工程と
を含む、スケール溶解剤の選定方法であって、
前記固有物性値が、分散力δd、双極子間力δp、及び水素結合力δhで表され、
前記溶解剤を選定する工程が、
2つの異なる物質を混合した混合溶解剤を選定する工程であり、
前記混合溶解剤が、物質Aをx(mol%)、物質Bをy(mol%)で混合した混合溶解剤であって、前記混合溶解剤を選定する工程が、
前記除去対象スケールの分散力をδdS、双極子間力をδpS、水素結合力をδhS、
物質Aの分散力をδdA、双極子間力をδpA、水素結合力をδhA、
物質Bの分散力をδdB、双極子間力をδpB、水素結合力をδhBとした場合に、
混合溶解剤の固有物性値の座標と、前記除去対象スケールの固有物性値の座標との距離Ra
2:
Ra
2=[4×{δdS-(δdA×x/100+δdB×y/100)}
2+{δpS-(δpA×x/100+δpB×y/100)}
2+{δhS-(δhA×x/100+δhB×y/100)}
2]
1/2
が0に近付くように、物質A、物質B、x及びyを決定する工程を含む、選定方法。
【請求項2】
前記除去対象スケールについて、ハンセン溶解度に基づく固有物性値の座標を得る工程が、スケールを採取して固有物性値の座標を得る工程を含む、請求項1に記載の選定方法。
【請求項3】
前記除去対象スケールについて、ハンセン溶解度に基づく固有物性値の座標を得る工程が、スケール生成の原因物質を含む流体の元素分析法に基づいて固有物性値の座標を得る工程を含む、請求項1に記載の選定方法。
【請求項4】
前記元素分析法が、誘導結合プラズマを用いた方法である、請求項3に記載の選定方法。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載のスケール溶解剤の選定方法に基づき、スケール溶解剤を選定する工程と、
前記選定する工程により得られたスケール溶解剤を除去対象スケールに適用する工程とを含むスケール除去方法。
【請求項6】
前記スケール溶解剤を除去対象スケールに適用する工程に加えて、物理的方法にて前記スケールを除去する工程をさらに含み、
前記物理的方法が、
前記除去対象スケールに温度変化を与え、せん断力を生じさせる工程、及び/または
前記除去対象スケールに、研磨、切削、剥離、穴あけ、打撃、振動、切断、引き剥がし、及び/または圧壊を含む機械的な力を与える工程
を含む、請求項5に記載のスケール除去方法。
【請求項7】
前記除去対象スケールが異なる成分からなる2以上の層を含み、
前記スケール溶解剤を選定する工程が、前記2以上の層の各々に対して個別にスケール溶解剤を選定する工程を含み、
前記スケール溶解剤を除去対象スケールに適用する工程が、個別に選定されたスケール溶解剤を前記2以上の層に順次適用する工程、または個別に選定されたスケール溶解剤を混合調製して前記2以上の層に適用する工程を含む、請求項5または6に記載のスケール除去方法。
【請求項8】
請求項1~4のいずれか1項に記載のスケール溶解剤の選定方法に基づき、混合溶解剤を選定する工程と、
混合溶解剤を調製する工程と
を含む、混合溶解剤の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スケール溶解剤の選定方法及びスケール除去方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、発電プラントシステム、船舶システム、ボイラシステム、鉄鋼プラントシステムなど、流体の流通系を備えるシステムにおいて、スケールの付着が問題になっている。
【0003】
スケールの除去には、洗浄剤を使用することが知られている。例えば、地熱発電プラントにおいては、イオウスケール生成付着による運転トラブル等の防止を目的として、単体イオウを溶解することが可能なヒドラジンや、亜硫酸ナトリウムまたは硫化ナトリウムと湿潤剤からなる混合水溶液を用いたイオウスケールの洗浄方法が知られている(例えば、特許文献1を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1は、単体イオウを溶解し易い溶解剤を硫黄スケールの溶解剤として有効と結論付けている。しかし、地熱発電プラントにおいて、硫化水素流通部の基材表面を覆う硫黄スケールの主成分は硫化鉄である。また、硫化鉄表面はシリカスケールで覆われる多層構成である。そのため、特許文献1に開示された溶解剤ではスケールが溶解せず、メンテナンス費用が増加するという問題があった。
【0006】
また、例えば、地熱発電プラントは日本国内・海外に点在しており、各地熱発電プラントで生成するスケールの含有成分は日本国内においても異なる。さらに、同一のプラント内でも、流通する流体の成分が場所によって異なる。そのため、特定の成分を溶解除去することができる溶解剤のみでは、スケールの除去が困難な場合があった。
【0007】
また、地熱発電プラント以外の、流体が流通する各種プラントでも、流体に含まれている成分に起因した種々のスケールが生成し、特定の成分を溶解除去することができる溶解剤のみでは不十分であった。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、スケールの成分に応じた溶解剤を選定するために、ハンセン溶解度パラメータ(Hansen solubility parameter, HSP)に基づき、除去対象スケールの溶解剤を選定することを検討した。ハンセン溶解度パラメータの相互作用間距離の値により、接着剤を除去する溶剤や樹脂塗膜剥離剤を選定する方法は知られている(例えば、特開2020-107754号公報、特開2015-113367号公報)。
【0009】
しかし、スケールのように、人為的操作を経ずに付着し、不均一かつ成分不明の形態で存在したり、多層構成で存在したりする物質の溶解剤の選定については知られていない。本発明者らはさらに鋭意検討の結果、除去対象となるスケールの組成及び構造に対応させるように溶解剤を選定することに想到し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は一実施形態によればスケール溶解剤の選定方法であって、
除去対象スケールについて、ハンセン溶解度に基づく固有物性値の座標を得る工程と、
前記除去対象スケールの固有物性値の座標と、溶解剤の固有物性値の座標との距離に基づいて、溶解剤を選定する工程と
を含む。
【0011】
前記スケール溶解剤の選定方法において、前記固有物性値が、分散力δd、双極子間力δp、水素結合力δhから選択される1以上であることが好ましい。
【0012】
前記スケール溶解剤の選定方法において、前記溶解剤を選定する工程が、2以上の異なる物質を混合した混合溶解剤を選定する工程であり、
前記混合溶解剤の組成が、前記混合溶解剤のハンセン溶解度に基づく固有物性値の座標が、前記除去対象スケールの固有物性値の座標に近づくように決定されることが好ましい。
【0013】
前記混合溶解剤を選定する工程を含む前記スケール溶解剤の選定方法において、前記混合溶解剤が、物質Aをx(mol%)、物質Bをy(mol%)で混合した混合溶解剤であって、前記混合溶解剤を選定する工程が、
前記除去対象スケールの分散力をδdS、双極子間力をδpS、水素結合力をδhS、
物質Aの分散力をδdA、双極子間力をδpA、水素結合力をδhA、
物質Bの分散力をδdB、双極子間力をδpB、水素結合力をδhBとした場合に、
混合溶解剤の固有物性値の座標と、前記除去対象スケールの固有物性値の座標との距離Ra2:
Ra2=[4×{δdS-(δdA×x/100+δdB×y/100)}2+{δpS-(δpA×x/100+δpB×y/100)}2+{δhS-(δhA×x/100+δhB×y/100)}2]1/2
が0に近付くように、物質A、物質B、x及びyを決定する工程を含むことが好ましい。
【0014】
前記スケール溶解剤の選定方法において、前記溶解剤を選定する工程が、単一の物質Cからなる単一溶解剤を選定する工程であり、当該選定する工程が、
前記除去対象スケールの分散力をδdS、双極子間力をδpS、水素結合力をδhS、
物質Cの分散力をδdC、双極子間力をδpC、水素結合力をδhCとした場合に、
物質Cの固有物性値の座標と、前記除去対象スケールの固有物性値の座標との距離Ra1:
Ra1={4×(δdS-δdC)2+(δpS-δpC)2+(δhS-δhC)2}1/2
がより小さい物質Cを選定する工程であることが好ましい。
【0015】
前記スケール溶解剤の選定方法において、前記除去対象スケールについて、ハンセン溶解度に基づく固有物性値の座標を得る工程が、スケールを採取して固有物性値の座標を得る工程を含むことが好ましい。
【0016】
前記スケール溶解剤の選定方法において、前記除去対象スケールについて、ハンセン溶解度に基づく固有物性値の座標を得る工程が、スケール生成の原因物質を含む流体の元素分析法に基づいて固有物性値の座標を得る工程を含むことが好ましい。
【0017】
前記スケール溶解剤の選定方法において、前記元素分析法が、誘導結合プラズマを用いた方法であることが好ましい。
【0018】
前記スケール溶解剤の選定方法において、前記除去対象スケールが硫化鉄を含み、前記物質Cが酢酸である、及び/または前記除去対象スケールがシリカを含み、前記物質Cがフッ化水素酸であることが好ましい。
【0019】
本発明は、別の実施形態によれば、スケール除去方法であって、前述のいずれかに記載のスケール溶解剤の選定方法に基づき、スケール溶解剤を選定する工程と、
前記選定する工程により得られたスケール溶解剤を除去対象スケールに適用する工程とを含むスケール除去方法に関する。
【0020】
前記スケール除去方法において、前記スケール溶解剤を除去対象スケールに適用する工程に加えて、物理的方法にて前記スケールを除去する工程をさらに含むことが好ましい。
【0021】
前記スケール除去方法において、前記物理的方法が、
前記除去対象スケールに温度変化を与え、せん断力を生じさせる工程、及び/または
前記除去対象スケールに機械的な力を与える工程
を含むことが好ましい。
【0022】
前記スケール除去方法において、前記除去対象スケールが異なる成分からなる2以上の層を含み、
前記スケール溶解剤を選定する工程が、前記2以上の層の各々に対して個別にスケール溶解剤を選定する工程を含み、
前記スケール溶解剤を除去対象スケールに適用する工程が、個別に選定されたスケール溶解剤を前記2以上の層に順次適用する工程、または個別に選定されたスケール溶解剤を混合調製して前記2以上の層に適用する工程を含むことが好ましい。
【0023】
本発明は、また別の実施形態によれば、混合溶解剤の製造方法であって、前述の混合溶解剤の選定方法に基づき、混合溶解剤を選定する工程と、混合溶解剤を調製する工程とを含む、混合溶解剤の製造方法に関する。
【発明の効果】
【0024】
本発明に係るスケール溶解剤の選定方法によれば、除去対象となるスケールの成分に対応させた溶解剤を選定することができ、様々な種類のプラントにおいて発生するスケールや、同一プラント内の異なる場所に付着するスケールであっても、その性状に合わせた溶解剤を選定することができる。また、複数成分を含む溶解剤を選定し、製造することが可能になる。さらにはこれらの溶解剤を用いた、効果的なスケール除去方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】
図1は、本発明の第1実施形態の第1態様に係る単一溶解剤の選定方法の一例を説明する図であって、ハンセン溶解度に基づく固有物性値の座標を示す図である。
【
図2】
図2は、スケールの積層形態の一例を示す模式的な断面図である。
【
図3】
図3は、本発明の第1実施形態の第2態様に係る混合溶解剤の選定方法の一例を説明する図であって、ハンセン溶解度に基づく固有物性値の座標を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下に、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。ただし、本発明は、以下に説明する実施の形態によって限定されるものではない。
【0027】
[第1実施形態:溶解剤の選定]
本発明は、第1実施形態によれば、溶解剤の選定方法に関する。選定方法は、以下の工程を含む。
(1)除去対象スケールについて、ハンセン溶解度に基づく固有物性値の座標を得る工程
(2)前記除去対象スケールの固有物性値の座標と、溶解剤の固有物性値の座標との距離に基づいて、溶解剤を選定する工程
【0028】
本発明において、溶解剤とは、除去対象スケールを溶解することにより、スケールの付着量を低減可能な物質であって、単一の物質からなるものであってもよく、2以上の物質の混合物であってもよい。本明細書において、単一の物質からなる溶解剤を、単一溶解剤とも指称する。また、2以上の物質の混合物からなる溶解剤を混合溶解剤とも指称する。
【0029】
除去対象スケールは、無機化合物及び有機化合物を含みうる任意のスケールであってよい。より具体的には、地熱、火力、原子力、水力、またはバイオマス等の発電プラントシステム、船舶排ガス浄化システム(EGCS:Exhaust Gas Cleaning System)、海水淡水化システム等の船舶システム、工場加熱熱源、ビル暖房給湯等のボイラシステム、冷却水システム、洗浄水システム等の鉄鋼プラントシステム等において、流通する水などの流体物質に溶解している物質に由来して生成、付着するスケールであってよく、その種類は特には限定されない。例えば、地熱発電プラントにおいては、プラントを構成する配管や、熱交換器、タービン、ドレンなどの基材上に層状に生成する多成分からなるスケールであってよい。
【0030】
ハンセン溶解度に基づく固有物性値は、分散力δd、双極子間力δp、水素結合力δhから選択される1以上であってよい。したがって、いずれか1つの固有物性値からなる、一次元の座標に基づいた選定方法とする場合もあり、2つの固有物性値からなる二次元の座標に基づいた選定方法とする場合もあり、3つの固有物性値からなる、三次元の座標に基づいた選定方法とする場合もある。
【0031】
以下、本実施形態による溶解剤の選定方法を、単一溶解剤の選定と、混合溶解剤の選定に分けて説明する。
【0032】
[第1態様:単一溶解剤の選定]
本実施形態による選定方法は、第1態様によれば、単一溶解剤の選定方法に関する。単一溶解剤の選定方法は、以下の工程を含む。
(A)除去対象スケールについて、ハンセン溶解度に基づく固有物性値の座標を得る工程
(B)前記除去対象スケールの固有物性値の座標からの距離に基づいて、溶解剤を選定する工程であって、
溶解剤が単一物質Cからなる単一溶解剤であり、
除去対象スケールの分散力をδdS、双極子間力をδpS、水素結合力をδhS、
物質Cの分散力をδdC、双極子間力をδpC、水素結合力をδhCとしたとき、
前記除去対象スケールの固有物性値の座標と、物質Cの固有物性値の座標との距離Ra1:
Ra1={4×(δdS-δdC)2+(δpS-δpC)2+(δhS-δhC)2}1/2 (1)
がより小さい物質Cを選定する工程
【0033】
工程(A)においては、除去対象スケールについて、ハンセン溶解度に基づく固有物性値の座標を得る。
図1は、単一溶解剤の選定方法において用いる、三次元の座標空間を概念的に示す図である。当該座標空間には、分散力δd、双極子間力δp、水素結合力δhの3つの軸が設定されており、この空間にプロットされるスケールの座標Sを工程(A)において求める。
【0034】
除去対象スケールの固有物性値の座標δdS、δpS、δhSは、一般的には、実験により得ることができる。例えば、対象のプラントの所望の場所において、除去対象スケールを採取し、スケールの層構成並びに成分を分析する工程、並びに当該成分から、実験的に固有物性値の座標を得る工程を含む。
【0035】
図2は、地熱発電プラントの配管や機器に付着するスケールの構成を模式的に示す図である。地熱発電プラントには、シリカや硫黄を溶解した水が流通し、層状のスケールが付着する場合がある。
図2を参照すると、鋼材等から構成される基材1上に、硫化鉄を主成分とする硫黄スケールからなる第一層2が形成され、第一層2上に、シリカを主成分とするシリカスケールからなる第二層3が形成される。なお、
図2は模式図であって、実際のスケールは層の厚さが不均一であったり、層が途中で途切れている箇所があったりする場合がある。また、基材の材質が異なれば、生成するスケールの成分も異なる。さらに、同一のプラント内でも、場所によりスケールの生成しやすさや成長の速度も異なる。したがって、除去対象となるスケールの付着する場所に応じて、このような層構成を分析し、かつ、各層の成分を分析することが好ましい。
図2に示すように、スケールが、主成分が異なる複数の層から構成される場合には、各層に適した溶解剤をそれぞれ抽出することができる。
【0036】
プラント内を流通する流体の成分の組成比から、除去対象スケールの固有物性値の座標δdS、δpS、δhSを推定することもできる。これは、プラントシステムの運転を停止することが難しい、激しい固着により剥離不能などの理由でスケールを採取することができない場合や、簡易的にスケールの組成を得ることが必要な場合に有用である。プラント内を流通する流体の組成は、プラントの箇所によっても異なるため、所望の場所にて流体を採取することができる。例えば、地熱発電プラントにおいては、生産井、還元井、熱交換器などを流れる液体を採取することができる。
【0037】
採取した流体は、任意の分析方法にて分析することができる。分析方法は、微量元素分析法に基づいて行うことができる。例えば、誘導結合プラズマ(Inductively Coupled Plasma)を用いた方法により元素分析することができ、より具体的には、ICP-MS分析法を用いることができるが、特定の方法には限定されない。
【0038】
実際に採取したスケール成分から、あるいは流体の元素分析結果から実験的に固有物性値の座標を得る工程は、例えば、溶媒をスケールの粒子に浸透させ親和性を評価する浸透速度法により実施することができる。
【0039】
次いで、工程(B)においては、除去対象スケールの固有物性値の座標からの距離に基づいて、溶解剤を選定する。より具体的には、除去対象スケールの固有物性値の座標との距離Ra1が近い固有物性値の座標を持つ物質Cを選定する。
【0040】
物質のハンセン溶解度パラメータは、データベースにより得ることができる。また、物質の構造がわかれば、ハンセン溶解度パラメータソフトHSPiP(Hansen Solubility Parameter in Practice)を用いて、当該物質のハンセン溶解度パラメータを得ることができる。
【0041】
図1に示す座標空間には、6種の候補となる物質a、b、C、d、e、fの座標がプロットされている。このうち、例えば、距離Ra
1が最も近い物質Cを、スケールSの溶解剤として選定することができる。これらの物質の中で、除去対象スケールSの固有物性値の座標(δdS,δpS,δhS)に近い固有物性値の座標を持つ物質は、スケールSの良溶解剤であるということができ、遠い固有物性値の座標を持つ物質は、スケールSの貧溶解剤であるということができる。距離Ra
1がより小さい物質Cが、溶解剤として最も好ましい。
【0042】
図1において、座標空間上にて除去対象スケールSの固有物性値の座標(δdS,δpS,δhS)を中心として半径rの球を想定すると、所定の半径rの範囲内にて、球内に座標(δdC,δpC,δhC)を有する物質であれば、概ね当該除去対象スケールSを高効率で溶解することができるといえる。半径rは、好ましくは10(MPa
1/2)以下であるが、小さいほど好ましく、0に近いことが最も好ましい。言い換えると、除去対象スケールSの固有物性値の座標との距離Ra
1が10(MPa
1/2)以下の固有物性値の座標を持つ物質は、良溶解剤であるということができる。しかし、距離Ra
1が10(MPa
1/2)以下の固有物性値の座標を持つ物質が存在しない場合などは、距離Ra
1が10(MPa
1/2)を超える物質であっても、最も距離Ra
1が小さくなる物質を溶解剤として選定する場合もある。
【0043】
あるいは、距離Ra1のみを指標とするのではなく、候補の価格、取り扱い性、など複数の指標を設けて、総合的に物質を選択し、溶解剤を選定することもできる。
【0044】
図1においては、三次元の座標空間を例示して説明したが、二次元座標においても、スケールと、溶解剤とそれぞれについて、δd、δp、δhの中から2つを選択して座標間距離Ra
1を同様にして求め、物質を選択することができる。上記式(1)において、二次元座標は、δdS-δdC、δpS-δpC、δhS-δhCのいずれか1つが0または0に近い場合、すなわちいずれか1つの固有物性値が、スケールと溶解剤とで同一である場合として考えることができる。一次元座標の場合も同様に、スケールと、溶解剤とそれぞれについて、δd、δp、δhの中から1つを選択して座標間距離Ra
1を同様にして求め、物質を選択することができる。上記式(1)において、一次元座標は、δdS-δdC、δpS-δpC、δhS-δhCのいずれか2つが0または0に近い場合、すなわちいずれか2つの固有物性値が、スケールと溶解剤とで同一である場合として考えることができる。
【0045】
一例として除去対象スケールSがシリカ(SiO
2)を主成分とするシリカスケールの場合、複数の候補物質がありうるが、その中で座標距離Ra
1の小さい物質としてフッ化水素酸を抽出することができ、フッ化水素酸を単一溶解剤として使用することができる。シリカスケールの固有物性値の座標を、
図1のようにプロットすると、フッ化水素酸の固有物性値の座標は、Ra
1が10(MPa
1/2)未満の位置に存在する(図示せず)。
【0046】
別の例として除去対象スケールSが硫化鉄(FeS)を主成分とする硫黄スケールの場合、複数の候補物質がありうるが、その中で座標距離Ra
1の最も小さい物質として酢酸を抽出することができ、酢酸を単一溶解剤として使用することができる。硫黄スケールの固有物性値の座標を、
図1のようにプロットすると、酢酸の固有物性値の座標は、Ra
1が10(MPa
1/2)未満の位置に存在する(図示せず)。
【0047】
[第2態様:混合溶解剤の選定]
本実施形態による選定方法は、第2態様によれば、混合溶解剤の選定方法に関する。混合溶解剤の選定方法は、以下の工程を含む。
(a)除去対象スケールについて、ハンセン溶解度に基づく固有物性値の座標を得る工程
(b)前記除去対象スケールの固有物性値の座標からの距離に基づいて、2以上の異なる物質を混合した混合溶解剤を選定する工程であって、
前記混合溶解剤の組成が、前記混合溶解剤のハンセン溶解度に基づく固有物性値の座標が、前記除去対象スケールの固有物性値の座標に近づくように決定される工程
【0048】
第2態様においても、工程(a)は、第1態様の工程(A)と同様にして実施することができるため、ここでは説明を省略する。
【0049】
工程(b)については、除去対象スケールの固有物性値の座標と、混合溶解剤のハンセン溶解度に基づく固有物性値の座標との距離Ra2が近づくように、混合溶解剤を構成する複数の物質並びにそれらの混合比を決定する。
【0050】
ここで、混合溶解剤が2種類の物質A、Bから構成される場合を例示して、三次元座標中の距離Ra2を定義して説明する。
物質Aをx(mol%)、物質Bをy(mol%)で混合した場合(ただし、x+y=100)、
除去対象スケールの分散力をδdS、双極子間力をδpS、水素結合力をδhS、
物質Aの分散力をδdA、双極子間力をδpA、水素結合力をδhA、
物質Bの分散力をδdB、双極子間力をδpB、水素結合力をδhBとすると、
混合溶解剤の固有物性値の座標と、前記除去対象スケールの固有物性値の座標との距離Ra2は、以下のように表すことができる。
Ra2=[4×{δdS-(δdA×x/100+δdB×y/100)}2+{δpS-(δpA×x/100+δpB×y/100)}2+{δhS-(δhA×x/100+δhB×y/100)}2]1/2 (2)
【0051】
物質A及び物質Bは、それぞれの固有物性値の座標を結んだ線分が、除去対象スケールの固有物性値の座標を中心とした半径rの球と交点もしくは接点を有するように選択する。半径rの値は、10(MPa1/2)程度とすることができるが、10(MPa1/2)を超える値に設定することもできる。物質A及び物質Bの固有物性値の座標は、第1態様の工程(B)における候補物質の選定と同様にして得ることができる。次いで、Ra2が0に近づくように、x及びyの値を決定することで、混合溶解剤の成分及びその組成を選定することができる。
【0052】
図3は、混合溶解剤の選定方法において用いる、三次元の座標空間を概念的に示す図である。この空間にプロットされるスケールの固有物性値の座標Sを工程(a)において求める。
図3に示す座標空間には、6種の物質A、B、C、d、e、fがプロットされている。このうち、物質Cは、同一の除去対象スケールについて、第1態様において選定された単一溶解剤である。物質AとBは、それらの固有物性値の座標を結ぶ線分が、スケールの固有物性値の座標Sを中心として、半径r=10(MPa
1/2)の球と交点を有している。このため、候補物質AとBはスケールSの混合溶解剤の成分となりうる。そして、候補物質AとBの固有物性値の座標を、式(2)に当てはめて計算することで、Ra
2が0に近づくx、yの値を算出することができ、混合溶解剤の固有物性値の座標Mを得ることができる。すなわち、物質Aと物質Bとを、x:yのモル比で含む混合溶解剤を選定することができる。
【0053】
第2態様においても、除去対象スケールの固有物性値の座標Sと、混合溶解剤の固有物性値の座標Mとの距離Ra2が10(MPa1/2)以下の場合、当該混合溶解剤は、良溶解剤であるということができる。しかし、距離Ra2が10(MPa1/2)以下の固有物性値の座標を持つ混合溶解剤の組成を実現する物質A、B、及び割合x、yが存在しない場合などは、距離Ra2が10(MPa1/2)を超える物質であっても、最も距離Ra2が小さくなる物質を溶解剤として選定する場合もある。
【0054】
ここで、物質Aと物質Bとを、x:yのモル比で含む混合溶解剤は、以下の場合に物質Cからなる単一溶解剤よりも有利といえる場合がある。
混合溶解剤の価格<単一溶解剤の価格となる場合、または
混合溶解剤のRa2<単一溶解剤のRa1となる場合
したがって、本発明の溶解剤の選出方法は、第1態様による選出方法と、第2態様による選出法を組み合わせて、比較する工程を含む方法をも含む。
【0055】
このように、本実施形態による第2態様による選定方法は、単独では良溶解剤とはならない物質を複数用いて、良溶解剤を選出可能である。そのため、溶解剤の選択肢を大幅に増やすことができ、スケールの付着が問題となるプラントのメンテナンス時間の短縮、メンテナンス費用の低減を図ることができる。また、第1態様による選定方法と、第2態様による選定方法を組み合わせて使用することで、より使用に適切な溶解剤を選出することも可能となる。
【0056】
[第2実施形態:混合溶解剤の製造方法]
本発明は第2実施形態によれば、混合溶解剤の製造方法に関する。混合溶解剤の製造方法は、以下の工程を含む。
(i)第1実施形態の第2態様に記載の選定方法により混合溶解剤を選定する工程
(ii)前記工程により選定された2以上の異なる物質を混合して、混合溶解剤を調製する工程
【0057】
本実施形態の工程(i)は、第1実施形態の第2態様と同様にして実施することができるため、ここでは説明を省略する。工程(ii)では、工程(i)で選定した2以上の物質を、工程(i)において決定された比率にて混合することにより実施することができる。
【0058】
本実施形態によれば、スケールの成分に応じた混合溶解剤を製造することができ、プラントのメンテナンス時間の短縮を図り、メンテナンス費用の低減が可能となる。特には、適切な単一溶解剤が存在しない場合であっても、本実施形態の製造方法により混合溶解剤を得ることができ、スケールの除去に用いることができる。
【0059】
[第3実施形態:スケール除去方法]
本発明は第3実施形態によれば、スケールの除去方法に関する。スケールの除去方法は、以下の工程を含む。
(I)第1実施形態に記載の選定方法に基づき、スケール溶解剤を選定する工程
(II)前記選定する工程により得られたスケール溶解剤を除去対象スケールに適用する工程
また、任意選択的な工程として、以下の工程をさらに含んでいてもよい。
(III)前記スケール溶解剤を除去対象スケールに適用する工程に加えて、物理的方法にて前記スケールを除去する工程
【0060】
本実施形態の工程(I)は、第1実施形態において説明した方法により実施することができるため、ここでは説明を省略する。
【0061】
工程(II)では、工程(I)で選定した溶解剤を準備し、当該溶解剤を除去対象スケールに適用する。適用方法としては、除去対象スケールに対して溶解剤を噴霧する工程や、除去対象スケールが付着した機器に溶解剤を流す工程、除去対象スケールに所定時間にわたって溶解剤を接触させる工程、除去対象スケールに溶解剤を吹き付ける工程、除去対象スケールに溶解剤を噴射させる工程、除去対象スケールに溶解剤を前述のいずれかの方法により適用し、超音波で内部まで浸漬させる工程などが挙げられるが、これらには限定されない。
【0062】
工程(III)は、物理的な力がスケールに加わるような方法を実施する工程であり、溶解剤の使用と併用することができる。時系列的には、溶解剤と物理的方法の実施は、同時であっても、いずれかを先に実施してもよい。好ましくは、除去対象スケールに溶解剤を適用した後に、物理的方法を実施することができる。
【0063】
具体的な物理的方法の一例としては、前記除去対象スケールに温度変化を与え、せん断力を生じさせる工程が挙げられる。この工程では、スケールが生成する箇所の部材とスケールに温度変化を与え、温度変化に伴う線膨張係数の差に起因して生じるせん断力により、スケールに割れやヒビを生じさせて剥離を容易にすることができる。例えば、スケール及びその周辺部材を加熱する工程と冷却する工程とを行うことができる。加熱と冷却は繰り返し行うことができる。これらの操作は、スケール及びその周辺部材に温度差を与え、好ましくは温度差を大きくすることで、発生する熱応力を最大化できる点で有利である。加熱する工程としては、ヒータ、誘導加熱(IH)、マイクロ波、バーナ、ボイラ蒸気、熱風から選択される1以上の手段を用いることができる。冷却する工程としては、チラー、河川水、ドライミスト、冷風から選択される1以上の手段を用いることができる。
【0064】
具体的な物理的方法の別の例としては、除去対象スケールに機械的な力を与える工程が挙げられる。この工程では、工具等を使用して、除去対象スケールに対して、研磨、切削、剥離、穴あけ、打撃、振動(加振機または超音波)、切断、引き剥がし、及び/または圧壊の機械的な作業を実施することができる。複数の異なる物理的方法を併用することも可能であり、物理的方法は例示した方法には限定されない。
【0065】
除去対象スケールが異なる成分からなる2以上の層を含む多層構造のスケールである場合、任意選択的に、溶解剤の選定方法における工程(A)または工程(a)にて得られた、除去対象スケールの厚さ方向の層構成及び成分の情報に基づいてスケールの除去を行うことができる。具体的には、2以上の層の各々に対して個別にスケール溶解剤を選定し、個別に選定されたスケール溶解剤を前記2以上の層に順次適用する、または個別に選定されたスケール溶解剤を混合調製して前記2以上の層に適用することができる。混合調製する場合の混合比は、2以上の層の厚さ、質量、体積などの比に基づいて決定することができる。
【0066】
本実施形態によるスケールの除去方法によれば、除去対象スケールに応じて選択された溶解剤を用い、効果的かつ経済的にスケールを除去することが可能になる。
【実施例】
【0067】
以下に、本発明を、実施例を挙げて詳細に説明する。しかしながら、以下の実施例は本発明を限定するものではない。
【0068】
本発明の第1実施形態の第1態様において説明した手順により、三次元座標を用いて単一溶解剤を選定した。除去対象スケールは、硫黄スケール(FeS)を想定した。除去対象スケールの固有物性値の座標は、浸透速度法により実験的に得た。式(1)により計算した結果、硫黄スケールについて、Ra1が1.6の値を得ることができ、溶解剤として酢酸を選定した。選定した酢酸の固有物性値の座標は、δdが14.5、δpが8.0、δhが13.5であった。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明によるスケール溶解剤の選定方法、スケール除去方法並びにスケール溶解剤の製造方法は、各種プラントシステムのスケールの除去において適用することができる。