(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-08
(45)【発行日】2025-01-17
(54)【発明の名称】質量分析装置及び質量分析方法
(51)【国際特許分類】
H01J 49/00 20060101AFI20250109BHJP
【FI】
H01J49/00 450
H01J49/00 310
(21)【出願番号】P 2023536618
(86)(22)【出願日】2022-03-25
(86)【国際出願番号】 JP2022014580
(87)【国際公開番号】W WO2023002712
(87)【国際公開日】2023-01-26
【審査請求日】2023-11-16
(31)【優先権主張番号】P 2021121017
(32)【優先日】2021-07-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】三井 一高
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 秀典
(72)【発明者】
【氏名】宮▲崎▼ 雄太
【審査官】鳥居 祐樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-177784(JP,A)
【文献】特表2015-519706(JP,A)
【文献】特開2013-037815(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H05H 1/46
G01N 27/62
H01J 49/00
H01J 49/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
反応室内にプリカーサイオンを導入するステップと、
ラジカル生成室内でラジカルを生成するステップと、
前記反応室内の前記プリカーサイオンに前記ラジカルを照射することにより、プロダクトイオンを生成するステップと、
当該プロダクトイオンの質量を測定するステップと、
を備える質量分析方法であって、
前記ラジカルを生成するステップは、
前記ラジカル生成室に原料ガスを導入するステップと、
前記反応室内に前記プリカーサイオンが導入されるのと同時又は後に、当該原料ガスに対して高周波電力を供給するステップと、
前記高周波電力が供給された状態で
、前記ラジカル生成室の内部に電子を供給する電子供給部から前記原料ガスに対して電子を供給することによりプラズマ発光を
誘発させ
て該原料ガス
から前記ラジカル
を生
じさせるステップと
を備える質量分析方法。
【請求項2】
前記ラジカルの生成開始から所定時間が経過した後に、前記原料ガス及び前記高周波電力の少なくとも一方の供給を停止する、請求項1に記載の質量分析方法。
【請求項3】
前記電子
供給部は、前記ラジカル生成室を構成する材料に、前記電子を生じさせる波長の光を照射することにより
前記電子を生成する、請求項1に記載の質量分析方法。
【請求項4】
プリカーサイオンが導入される反応室と、
ラジカル生成室と、
前記ラジカル生成室の内部に原料ガスを供給する原料ガス供給部と、
前記ラジカル生成室の内部にプラズマを生じさせるための高周波電力を供給する高周波電力供給部と、
前記ラジカル生成室の内部に電子を供給する電子供給部と、
前記ラジカル生成室に前記原料ガスを供給し、前記反応室内に前記プリカーサイオンが導入されるのと同時又は後に前記高周波電力を供給し、該高周波電力が供給された状態で前記電子供給部から前記ラジカル生成室内に前記電子を供給するように、前記原料ガス供給部、前記高周波電力供給部、及び前記電子供給部の動作を制御する制御部と
を備える質量分析装置。
【請求項5】
原料ガスの流量と高周波電力の大きさを含む第1プラズマ生成条件と、前記原料ガスの流量及び前記高周波電力の大きさの少なくとも一方が第1プラズマ生成条件よりも小さい第2プラズマ生成条件と、基準時間の情報が保存された記憶部と、
前記ラジカル生成室において最後にプラズマが生成されてからの経過時間を計測する計時部と、
前記経過時間が予め決められた基準時間以上である場合に前記第1プラズマ生成条件でプラズマを生成し、該経過時間が該基準時間未満である場合に前記第2プラズマ生成条件でプラズマを生成するプラズマ生成制御部と
を備える、請求項4に記載の質量分析装置。
【請求項6】
さらに、
前記ラジカル生成室において前記プラズマから発せられる光を検出する光検出部
を備える、請求項4に記載の質量分析装置。
【請求項7】
さらに、
前記光検出部の検出強度が予め決められた閾値を超えていることに基づいてプラズマが発生していることを検知するプラズマ検知部と、
前記ラジカル生成室に電子を供給してから所定時間が経過してもプラズマの発生が検知されない場合に警告を出力する警告出力部と
を備える、請求項6に記載の質量分析装置。
【請求項8】
前記電子供給部が、前記ラジカル生成室を構成する材料に応じて予め決められた波長の光を照射する光照射部である、請求項4に記載の質量分析装置。
【請求項9】
前記電子供給部が、前記ラジカル生成室を構成する材料に応じて予め決められた波長の光を照射する光照射部であり、
前記光検出部が、前記予め決められた波長を含まない波長帯域の光を検出する、請求項6に記載の質量分析装置。
【請求項10】
前記材料が石英であり、前記予め決められた波長が275nm以下である、請求項8に記載の質量分析装置。
【請求項11】
前記光照射部が、前記予め決められた波長の光を発するLED光源を有する、請求項8に記載の質量分析装置。
【請求項12】
前記原料ガスから生成されるラジカルが、水素ラジカル、酸素ラジカル、ヒドロキシラジカル、窒素ラジカル、メチルラジカル、塩素ラジカル、フッ素ラジカル、リン酸ラジカル、及びケイ素ラジカルのいずれかである、請求項4に記載の質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析装置及び質量分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
試料中の高分子化合物成分を同定したりその構造を解析したりするために、試料成分由来のイオンから特定の質量電荷比を有するイオンをプリカーサイオンとして選別し、そのプリカーサイオンを解離させて生成した種々のプロダクトイオンを質量電荷比に応じて分離し検出する質量分析法が広く利用されている。
【0003】
高分子化合物の多くは炭化水素鎖を主たる骨格とする有機物である。こうした高分子化合物の特性を知るには、炭素原子の不飽和結合の有無、特徴的な官能基の有無などの情報を得ることが有効である。そこで、最近では、試料成分由来のプリカーサイオンにラジカルを付着させることにより炭素原子の不飽和結合や特定の官能基の位置でプリカーサイオンを解離させる、ラジカル付着解離法が提案されている。
【0004】
例えば、特許文献1及び2には、反応室に導入したプリカーサイオンに水素ラジカル等を照射して付着させることによりペプチド結合の位置で選択的にプリカーサイオンを解離させることが記載されている。また、特許文献3及び4には、反応室に導入したプリカーサイオンに酸素ラジカル等を照射して付着させることにより炭化水素鎖に含まれる不飽和結合の位置で選択的にプリカーサイオンを解離させることが記載されている。
【0005】
ラジカル付着解離法において使用するラジカルは、例えば原料ガスを導入したラジカル生成室内に誘導結合型プラズマを生じさせることにより生成される。特許文献5及び非特許文献1には、石英等の誘電体からなる管状体の外周にスパイラルアンテナを巻回し、該管状体の内部に原料ガスを導入して該アンテナに高周波電力を供給することにより誘導結合プラズマを発生させてラジカルを生成し、輸送管を通じてラジカルを反応室に輸送する構成を有するラジカル供給部が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2015/133259号
【文献】国際公開第2018/186286号
【文献】国際公開第2019/155725号
【文献】国際公開第2020/240908号
【文献】特開2020-177784号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】Hidenori Takahashi, Yuji Shimabukuro, Daiki Asakawa, Akihito Korenaga, Masaki Yamada, Shinichi Iwamoto, Motoi Wada, Koichi Tanaka, "Identifying Double Bond Positions in Phospholipids Using Liquid Chromatography-Triple Quadrupole Tandem Mass Spectrometry Based on Oxygen Attachment Dissociation", Mass Spectrometry, Volume 8, Issue 2, Pages S0080, 2020
【文献】北林宏佳、藤井治久, "高抵抗絶縁ガラスの接触帯電特性", 電気学会論文誌A(基礎・材料・共通部門誌), 125巻, 2005年, 2号
【文献】Jijun Ding, Haixia Chen, Haiwei Fu, "Defect-related photoluminescence emission from annealed ZnO films deposited on AlN substrates",Materials Research Bulletin 95 (2017) 185-189
【文献】北林宏佳、藤井治久, "絶縁物とガラスの接触帯電特性", 静電気学会誌27, 5, (2003), pp.240-245
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のラジカル供給部では、予め決められた流量で原料ガスを供給して予め決められた大きさの高周波電力を投入しても、常に一定のタイミングでプラズマが生じるとは限らない。プラズマを生じさせるタイミングを制御することは難しく、従来、試料の測定開始前に、輸送管に設けられたバルブを閉じた状態でプラズマを生じさせておき、プリカーサイオンを反応室に導入するタイミングに合わせてバルブを開いてラジカルを照射している。このように、実際にプリカーサイオンに対してラジカルを照射する時間よりも長時間にわたって原料ガスを供給して高周波電力を投入し続けているため、原料ガスや電力の消費量が多くなってしまうという問題があった。
【0009】
本発明が解決しようとする課題は、原料ガスからラジカルを生成し、該ラジカルをプリカーサイオンに照射することによりプロダクトイオンを生成する際の、原料ガスや電力の消費量を低減することができる技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために成された本発明に係る質量分析方法は、
反応室内にプリカーサイオンを導入するステップと、
ラジカル生成室内でラジカルを生成するステップと、
前記反応室内の前記プリカーサイオンに前記ラジカルを照射することにより、プロダクトイオンを生成するステップと、
前記プロダクトイオンの質量を測定するステップと、
を備える質量分析方法であって、
前記ラジカルを生成するステップは、
前記ラジカル生成室に原料ガスを導入するステップと、
前記反応室内に前記プリカーサイオンが導入されるのと同時又は後に、前記原料ガスに対して高周波電力を供給するステップと、
前記高周波電力が供給された状態で前記原料ガスに対して電子を供給することによりプラズマ発光を生じさせ、該プラズマ発光が該原料ガスに照射されることにより前記ラジカルが生ずるステップと
を備えるものである。
【0011】
また、上記課題を解決するために成された本発明に係る質量分析装置は、
プリカーサイオンが導入される反応室と、
ラジカル生成室と、
前記ラジカル生成室の内部に原料ガスを供給する原料ガス供給部と、
前記ラジカル生成室の内部にプラズマを生じさせるための高周波電力を供給する高周波電力供給部と、
前記ラジカル生成室の内部に電子を供給する電子供給部と、
前記ラジカル生成室に前記原料ガスを供給し、前記反応室内に前記プリカーサイオンが導入されるのと同時又は後に前記高周波電力を供給し、該高周波電力が供給された状態で前記電子供給部から前記ラジカル生成室内に前記電子を供給するように、前記原料ガス供給部、前記高周波電力供給部、及び前記電子供給部の動作を制御する制御部と
を備える。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る質量分析方法及び質量分析装置は、反応室内に導入したプリカーサイオンに対してラジカルを照射し、プリカーサイオンからプロダクトイオンを生成するために用いられる。本発明では、ラジカル生成室内に原料ガスを導入して高周波電力を供給し、さらにラジカル生成室内の原料ガスに電子を供給してプラズマ発光を生じさせる。ラジカル生成室の内部の原料ガスに電子が供給されると、その電子に誘発されて即時にプラズマ発光が生じる。このように、本発明では、反応室にプリカーサイオンが導入されるタイミングに合わせてプラズマ発光を生じさせてラジカルを生成するため、原料ガスや電力の消費量を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明に係る質量分析装置の一実施例の要部構成図。
【
図2】本実施例の質量分析装置におけるラジカル供給部の概略構成図。
【
図3】本実施例の質量分析装置におけるラジカルの輸送経路の概略構成図。
【
図4】本発明に係る質量分析方法の一実施例の手順を示すフローチャート。
【
図5】本実施例の質量分析装置を用いてプラズマ生成条件を測定した結果。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明に係る質量分析装置及び質量分析方法の実施例について、以下、図面を参照して説明する。
【0015】
図1は、本実施例の質量分析装置1を液体クロマトグラフ2と組み合わせた液体クロマトグラフ質量分析装置100の要部構成図である。
【0016】
液体クロマトグラフ2は、移動相が収容された移動相容器20、移動相を送液する送液ポンプ21、インジェクタ22、及びカラム23を備えている。また、インジェクタ22には複数の液体試料を所定の順番でインジェクタに導入するオートサンプラ24が接続されている。
【0017】
質量分析装置1は、略大気圧であるイオン化室10と真空チャンバで構成される本体と制御・処理部7を備えている。真空チャンバの内部には、イオン化室10の側から順に、第1中間真空室11、第2中間真空室12、第3中間真空室13、及び分析室14を備えており、この順に真空度が高くなる多段差動排気系の構成を有している。
【0018】
イオン化室10には、液体試料に電荷を付与して噴霧するエレクトロスプレイイオン化プローブ(ESIプローブ)101が設置されている。ESIプローブ101には、液体クロマトグラフ2のカラム23で分離された試料成分が順次、導入される。
【0019】
イオン化室10と第1中間真空室11は細径の加熱キャピラリ102を通して連通している。第1中間真空室11には径が異なる複数のリング状の電極で構成され、イオンの飛行経路の中心軸であるイオン光軸Cの近傍にイオンを集束させるイオンレンズ111が配置されている。
【0020】
第1中間真空室11と第2中間真空室12は頂部に小孔を有するスキマー112で隔てられている。第2中間真空室12には、イオン光軸Cを取り囲むように配置された複数のロッド電極で構成され、該イオン光軸Cの近傍にイオンを集束させるイオンガイド121が配置されている。
【0021】
第3中間真空室13には、イオンを質量電荷比に応じて分離する四重極マスフィルタ131、多重極イオンガイド133を内部に備えたコリジョンセル132、及びコリジョンセル132から放出されたイオンを輸送するためのイオンガイド134が配置されている。イオンガイド134は同一径の複数のリング状の電極で構成されている。
【0022】
コリジョンセル132には衝突ガス供給部4が接続されている。衝突ガス供給部4は、衝突ガス源41、該衝突ガス源41からコリジョンセル132にガスを導入するガス導入流路42、及び該ガス導入流路42を開閉するバルブ43を有している。衝突ガスには、例えば窒素ガスやアルゴンガスといった不活性ガスが用いられる。プリカーサイオンをラジカル付着反応により解離させる後述の測定例では衝突ガスを使用しないが、同じ液体試料に含まれる化合物を衝突誘起解離(CID)によって開裂させる測定を行うことにより、ラジカル付着反応で生じるプロダクトイオンとは異なる分子構造を持つプロダクトイオンの情報を収集することができる。
【0023】
また、コリジョンセル132には、ラジカル供給部5も接続されている。
図1及び2に示すように、ラジカル供給部5は、内部にラジカル生成室51が形成されたラジカル源54と、ラジカル生成室51を排気する真空ポンプ(図示略)と、ラジカルの原料となるガス(原料ガス)を供給する原料ガス供給源52と、高周波電力供給部53とを備えている。原料ガス供給源52からラジカル生成室51に至る流路には、原料ガスの流量を調整するためのバルブ56が設けられている。
【0024】
ラジカル源54は、誘電体からなる管状体541を有しており、その内部空間がラジカル生成室51となる。管状体541は、中空筒状の磁石544の内部に挿入された状態でプランジャー545により固定される。管状体541のうち、磁石544の内側に位置する部分の外周にはスパイラルアンテナ542(
図2の破線)が巻回されている。
【0025】
また、ラジカル源54には、高周波電力投入部546が設けられている。高周波電力投入部546には高周波電力供給部53から高周波電力が供給される。さらに、ラジカル源54は、該ラジカル源54の先端部分を固定するためのフランジ547を備えている。フランジ547の内部には、磁石544と対を成す、該磁石544と同径の中空筒状の磁石548が収容されている。磁石544、548により管状体541の内部(ラジカル生成室51)に磁場が発生し、その作用によりプラズマの発生及び維持が容易になる。なお、高周波電力供給部53から供給する高周波電力は、一般的な連続波であってもよく、あるいはパルス幅変調(PWM)制御されたものであってもよい。PWM制御された高周波電力を供給する場合には、プラズマ生成制御部76(後記)から高周波電力供給部53に対してPWM信号を送信すると同時に、該PWM信号と同期した制御信号を光源61に送信することにより、ラジカル生成室51への高周波電力の供給と光の照射を同期させる。
【0026】
また、ラジカル源54のラジカル生成室51を臨む位置には光透過窓60が設けられている。光透過窓60の外には、ラジカル生成室51を構成する管状体541に所定の波長の光を照射する光源61と、ラジカル生成室51で発せられた光を検出する光検出部62が配置されている。光検出部62は、プラズマから発せられる光の波長を含む波長帯域の光を検出する。光検出部62には、光源61から発せられる光に対して感度を持たないものを用いることが好ましい。これにより、光源61から発せられる光の影響を受けることなくプラズマの発光を検出することができる。
【0027】
ラジカル源54の出口端にはバルブ582を介して、ラジカル生成室51内で生成されたラジカルをコリジョンセル132に輸送するための輸送管58が接続されている。輸送管58は絶縁管であり、例えば石英ガラス管やホウケイ酸ガラス管を用いることができる。
【0028】
図3に示すように、輸送管58のうち、コリジョンセル132の壁面に沿って配設された部分には、複数のヘッド部581が設けられている。各ヘッド部581には傾斜したコーン状の照射口が設けられており、イオンの飛行方向の中心軸(イオン光軸C)と交差する方向にラジカルが照射される。これにより、コリジョンセル132の内部を飛行するイオンに対してまんべんなくラジカルを照射することができる。
【0029】
分析室14には、第3中間真空室13から入射したイオンを輸送するためのイオン輸送電極141、イオンの入射光軸(直交加速領域)を挟んで対向配置された1組の押し出し電極1421と引き込み電極1422からなる直交加速電極142、該直交加速電極142により飛行空間に送出されるイオンを加速する加速電極143、飛行空間においてイオンの折り返し軌道を形成するリフレクトロン電極144、イオン検出器145、及び飛行空間の外縁を規定するフライトチューブ146を備えている。イオン検出器145は、例えば電子増倍管やマルチチャンネルプレートである。
【0030】
制御・処理部7は、各部の動作を制御するとともに、イオン検出器145で得られたデータを保存及び解析する機能を有する。制御・処理部7は、記憶部71と計時部72を備えている。記憶部71には化合物データベース711とラジカル情報データベース712が収録されている。化合物データベース711には、既知化合物の測定条件(保持時間、プリカーサイオンの質量電荷比、当該試料の分析時に照射するラジカル種)やプロダクトイオンスペクトルなどの情報が収録されている。
【0031】
また、ラジカル情報データベース712には、ラジカル種毎に、当該ラジカルを生成する際に用いる原料ガスの種類、原料ガスの流量、及び高周波電力の大きさの情報などが収録されている。原料ガスの流量と高周波電力の大きさについては、2種類のプラズマ生成条件(第1プラズマ生成条件と第2プラズマ生成条件)が用意されており、それらを使い分けるための基準時間の情報とともに保存されている。第1プラズマ生成条件は、前回ラジカルを生成してから基準時間以上の時間が経過しているとき、及び後記第2プラズマ生成条件ではプラズマが点灯しないときに用いられる。第2プラズマ生成条件は、前回ラジカルを生成してからの経過時間が基準時間未満であるときに用いられる。第2プラズマ生成条件は、原料ガスの流量及び/又は高周波電力の大きさが、第1プラズマ生成条件よりも小さな値に設定されている。さらに、光検出部62の検出強度の閾値が保存されている。この閾値は、プラズマが点灯しているか否かを判断するために用いられる。閾値は第1プラズマ生成条件を用いてプラズマを点灯させるときと第2プラズマ生成条件を用いてプラズマを点灯させるときの両方に共通の値であってもよく、生成条件毎に異なる値であってもよい。その他、記憶部71には後述する測定を実行する際の測定条件を記載したメソッドファイルや、イオンの飛行時間をイオンの質量電荷比に変換するための情報も保存されている。
【0032】
ラジカル生成室51内で生成されたラジカルの一部はラジカル生成室51の内部に残留し、時間の経過とともに少しずつ消失する。ラジカル生成室51の内部にラジカルが残留している状態で原料ガスが導入されると、原料ガス分子がラジカルとの接触により励起されラジカル化しやすい状態になるため、ラジカル生成室51内にラジカルが存在しない場合に比べて原料ガスの流量及び/又は高周波電力を小さく抑えても原料ガスからラジカルを生成することができる。上記基準時間は、ラジカル生成室51内にラジカルが残留していると見做せる時間に相当する。前回ラジカルを生成してからの経過時間がこの基準時間未満である場合に、原料ガスの流量及び/又は高周波電力の供給量を抑えることで、原料ガス及び電力の消費量を低減することができる。ラジカル生成室51内にラジカルが残留している時間、及びラジカルの生成に必要な原料ガスの流量及び高周波電力の大きさは、ラジカル生成室51の容積や構造に依存するため、基準時間の長さと第1プラズマ生成条件及び第2プラズマ生成条件における原料ガスの流量及び高周波電力の大きさの具体的な値は、予備実験を行ったりシミュレーションしたりするなどして装置毎に設定すればよい。
【0033】
制御・処理部7は、さらに、機能ブロックとして、測定条件設定部73、測定制御部74、判定部75、プラズマ生成制御部76、プラズマ検知部77、及び警告出力部78を備えている。制御・処理部7の実体は、入力部8及び表示部9が接続された一般的なパーソナルコンピュータであり、予めインストールされた質量分析プログラムをプロセッサで実行することにより上記の機能ブロックが具現化される。
【0034】
次に、本発明に係る質量分析方法の一例として、本実施例の液体クロマトグラフ質量分析装置100を用いた分析の手順を説明する。
図4は、分析の手順を示すフローチャートである。この例では、複数の液体試料のそれぞれに含まれる目的成分を測定する。また、前回の液体試料の測定から数日が経過しているものとする。
【0035】
使用者が所定の入力操作により分析開始を指示すると、測定条件設定部73は、化合物データベース711に収録されている化合物を表示部9の画面に表示し、使用者に測定対象の目的化合物を指定させる。使用者が目的化合物を指定すると、測定条件設定部73は化合物データベース711から当該化合物の測定条件を読み出し、複数の液体試料の連続測定を実行するためのバッチファイルを作成する。
【0036】
バッチファイルが作成された後、使用者が所定の入力操作により測定開始を指示すると、測定制御部74はバッチファイルに記載された測定条件により複数の液体試料を順に測定する。
【0037】
測定制御部74は、測定に先立って真空ポンプを動作させ、ラジカル生成室51の内部が所定の真空度になるように排気する。
【0038】
次に、測定制御部74は、予め使用者がオートサンプラ24にセットした複数の液体試料のうち所定の位置にセットされたものを最初の測定試料としてインジェクタ22に導入する(ステップ1)。液体試料は移動相容器20から送液ポンプ21によって送液される移動相の流れに乗ってカラム23に導入される。液体試料に含まれる各成分はカラム23で時間的に分離されたあと、順次、エレクトロスプレイイオン化プローブ101に導入される。
【0039】
エレクトロスプレイイオン化プローブ101で生成された目的化合物のイオンはイオン化室10と第1中間真空室11の圧力差により、加熱キャピラリ102を通って第1中間真空室11に引き込まれる。第1中間真空室11ではイオンレンズ111によってイオンがイオン光軸Cの近傍に集束される。
【0040】
第1中間真空室11で集束されたイオンは続いて第2中間真空室12に進入し、再びイオンガイド121によってイオン光軸Cの近傍に集束されたあと、第3中間真空室13に進入する。
【0041】
第3中間真空室13では、四重極マスフィルタ131によって、目的化合物から生成されたイオンの中からプリカーサイオンが選別される。四重極マスフィルタ131を通過したプリカーサイオンはコリジョンセル132に導入される(ステップ2)。
【0042】
測定開始後、目的化合物がカラム23から流出する時間(保持時間)の所定時間(例えば1分)前になると、判定部75は、計時部72による計測時間の情報を取得する(ステップ3)。この時点では最初の液体試料を測定しており、計測時間の情報が取得されていない(あるいは先の分析においてラジカルを生成してから数日という十分に長い時間が経過している)ため、判定部75は、基準時間(例えば1時間)を超えていると判定する(ステップ4でYES)。
【0043】
判定部75が、最後にプラズマを生成してから基準時間以上の時間が経過していると判定すると(ステップ4でYES)、プラズマ生成制御部76は原料ガス供給源52及び高周波電力供給部53に第1プラズマ生成条件を設定する制御信号を送信する。これを受け、第1プラズマ生成条件に基づき、原料ガス供給源52から原料ガスがラジカル生成室51に導入され、高周波電力供給部53からスパイラルアンテナ542に高周波電圧が供給される(ステップ8)。続いて、ラジカル生成室51内の原料ガスに対して高周波電力が供給されている状態で、プラズマ生成制御部76から光源61にも制御信号が送信され、光源61からラジカル生成室51内に所定波長の光が照射される(ステップ9)。上記の通り、高周波電力供給部53からスパイラルアンテナ542に印加する高周波電力は連続波であってもよく、パルス幅変調(PWM)制御されたものであっても良い。PWM制御された高周波電力を供給する場合は、光源のON/OFFもPWM信号と同期させることで、光源のON時間を必要な放電に必要なタイミングのみに限定して、光源の長寿命化や光源の温度上昇を抑制できるという利点がある。第2プラズマ生成条件に基づいて高周波電力を供給する場合(後記)にも同様に、パルス幅変調されたものを用いることができる。
【0044】
ラジカル生成室51内に照射する光の波長は、ラジカル生成室51を構成する材料に応じて決められており、例えば石英からなる管状体541が用いられる場合には、275nm以下の波長の光が照射される。これによって、ラジカル生成室51を構成する管状体541の壁面から電子が放出される。この電子によってプラズマ発光が誘発される。
【0045】
プラズマ生成制御部76は、上記各部への制御信号を送信したあと、光検出部62にも制御信号を送信し、ラジカル生成室51内で生成されるプラズマの発光を検出させる。光検出部62からの出力信号は順次、記憶部71に保存される。
【0046】
プラズマ生成制御部76から光検出部62への制御信号が送信されると、プラズマ検知部77は、光検出部62の検出強度が予め決められ記憶部71に保存された閾値を超えているかに基づいてプラズマが点灯しているか否かを判定する(ステップ10)。プラズマ生成制御部76から光検出部62に制御信号を送信したあと、所定時間(例えば5秒)が経過してもプラズマ検知部77によりプラズマが点灯していると判定されない(光検出部62の検出強度が閾値に達しない)場合には(ステップ10でNO)、高周波電力供給部53からの電力の供給、原料ガスの供給、及び光源61からの光照射を全て停止して(ステップ11)、測定を終了する。また、警告出力部78が表示部9にエラーを通知する画面を表示する。なお、警告の出力は画面の表示に限らず、音声による出力、あるいは画面表示と音声出力の両方であってもよい。
【0047】
プラズマ検知部77によってプラズマが点灯していると判定された(光検出部62の検出強度が閾値に達した)場合には(ステップ10でYES)、測定を続行する。原料ガス及び高周波電力の供給並びに光照射によって生成されたラジカルは、輸送管58を通じてコリジョンセル132内に導入される(ステップ12)。
【0048】
プラズマ生成制御部76は、目的化合物の保持時間から所定時間(例えば1分)経過すると、原料ガスの供給及び高周波電力の投入並びに光照射を停止する(ステップ13)。これによりプラズマが消失し、ラジカルの生成及び供給が停止される。この所定時間は、目的化合物の保持時間(カラム23から目的化合物が流出する時間)の長さを考慮して適宜に決めてメソッドファイルに記載しておけばよい。
【0049】
原料ガスの供給及び高周波電力の投入並びに光照射を停止すると同時に、計時部72にも所定の信号が送信され、計時部72において計測される経過時間がリセットされる(ステップ14)。
【0050】
コリジョンセル132では、ラジカル付着反応によってプリカーサイオンが解離してプロダクトイオンが生成される(ステップ15)。コリジョンセル132で生成されたプロダクトイオンはイオンガイド134によってイオン光軸Cの近傍に集束された後、分析室14に進入する。
【0051】
分析室14に進入したプロダクトイオンはイオン輸送電極141によって直交加速電極142に輸送される。直交加速電極142には所定の周期で電圧が印加され、イオンの飛行方向がそれまでと略直交する方向に偏向される。飛行方向が偏向されたイオンは、加速電極143によって加速されて飛行空間に送出される。飛行空間に送出されたイオンは、リフレクトロン電極144とフライトチューブ146で規定された所定の飛行経路を、各イオンの質量電荷比に応じた時間で飛行して相互に分離し、イオン検出器145で検出される(ステップ16)。イオン検出器145はイオンが入射する毎にイオンの入射量に応じた大きさの信号を出力する。イオン検出器145からの出力信号は順次、記憶部71に保存される。記憶部71には、イオンの飛行時間とイオンの検出強度を軸とする測定データが保存される。
【0052】
最初の液体試料の測定が完了すると、測定制御部74は全ての液体試料の測定が完了したかを確認する(ステップ17)。ここでは最初の液体試料が測定されたのみであるため、全ての液体試料の測定が完了していないと判定し(ステップ17でNO)、ステップ1に戻って次の液体試料をオートサンプラ24からインジェクタ22に導入し、コリジョンセル132にプリカーサイオンを導入する(ステップ2)。なお、ラジカルの生成条件以外については最初の液体試料の測定時と同様であるため、最初の液体試料の測定と異なる点についてのみ説明する。
【0053】
2番目の液体試料の測定開始後、目的化合物がカラム23から流出する時間(保持時間)の所定時間(例えば1分)前になると、判定部75は、再び計時部72による計測時間の情報を取得する(ステップ3)。最初の液体試料の測定時とは異なり、最後にプラズマが生成されてからの経過時間が短い(例えば15分程度)。従って、判定部75は、経過時間が基準時間(例えば1時間)よりも短いと判定する(ステップ4でNO)。
【0054】
判定部75が基準時間未満であると判定すると(ステップ4でNO)、プラズマ生成制御部76は、第2プラズマ生成条件に基づき、原料ガス供給源52から原料ガスをラジカル生成室51に導入し、高周波電力供給部53からスパイラルアンテナ542に高周波電圧を供給する(ステップ5)。続いて、ラジカル生成室51内の原料ガスに対して高周波電力が供給されている状態で、光源61からラジカル生成室51内に所定波長の光を照射する(ステップ6)。これによって、先の測定時と同様に、ラジカル生成室51を構成する管状体541の壁面から電子が放出される。この電子によってプラズマが誘発される。
【0055】
プラズマ生成制御部76は、上記各部への制御信号を送信したあと、光検出部62にも制御信号を送信し、ラジカル生成室51内で生成されるプラズマの発光を検出させる。光検出部62からの出力信号は順次、記憶部71に保存される。
【0056】
プラズマ生成制御部76から光検出部62への制御信号が送信されると、プラズマ検知部77は光検出部62の検出強度が予め決められ記憶部71に保存された閾値を超えているかに基づいてプラズマが点灯しているか否かを判定する(ステップ7)。
【0057】
プラズマ生成制御部76から光検出部62に制御信号を送信したあと、所定時間(例えば5秒)が経過してもプラズマ検知部77によりプラズマが点灯していると判定されない場合には(ステップ7でNO)、プラズマ生成制御部76は、第1プラズマ生成条件に基づき、原料ガス供給源52から原料ガスをラジカル生成室51に導入し、高周波電力供給部53からスパイラルアンテナ542に高周波電圧を供給する(ステップ8)。続いて、ラジカル生成室51内の原料ガスに対して高周波電力が供給されている状態で、光源61からラジカル生成室51内に所定波長の光を照射する(ステップ9)。この光照射は、先のステップ6における光照射からそのまま継続してもよい。この光照射によって、先の測定時と同様に、ラジカル生成室51を構成する管状体541の壁面から電子が放出され、再びプラズマが誘発される。
【0058】
その後、プラズマ検知部77は光検出部62の検出強度が予め決められ記憶部71に保存された閾値を超えているかに基づいてプラズマが点灯しているか否かを再び判定する(ステップ10)。プラズマ生成制御部76から光検出部62に制御信号を送信したあと、所定時間(例えば5秒)が経過してもプラズマ検知部77によりプラズマが点灯していると判定されない場合には(ステップ10でNO)、プラズマ生成制御部76は、高周波電力供給部53からの電力の供給、原料ガスの供給、及び光源61からの光照射を全て停止して(ステップ11)、測定を終了する。また、警告出力部78が表示部9にエラーを通知する画面を表示する。
【0059】
プラズマ検知部77によってプラズマが点灯していると判定されている場合には(ステップ7でYES、又はステップ10でYES)、測定を続行する。原料ガス及び高周波電力の供給並びに光照射によって生成されたラジカルは、輸送管58を通じてコリジョンセル132内に導入される(ステップ12)。
【0060】
プラズマ生成制御部76は、目的化合物の保持時間から所定時間(例えば1分)経過すると、原料ガスの供給及び高周波電力の投入並びに光照射を停止する。これによりプラズマが消失し、ラジカルの生成及び供給が停止される(ステップ13)。この所定時間は、目的化合物の保持時間(カラム23から目的化合物が流出する時間)の長さを考慮して適宜に決めてメソッドファイルに記載しておけばよい。基本的に、第1プラズマ生成条件を用いる場合の上記所定時間と、第2プラズマ条件を用いる場合の上記所定時間は同じでよい。
【0061】
原料ガスの供給及び高周波電力の投入並びに光照射を停止すると同時に、計時部72にも所定の信号が送信され、計時部72において計測される経過時間がリセットされる(ステップ14)。
【0062】
コリジョンセル132の内部では、ラジカルの照射によってプリカーサイオンからプロダクトイオンが生成される(ステップ15)。プロダクトイオンは上記同様に質量分離後に検出される(ステップ16)。上記のようにして順次、液体試料の測定を行い、全ての液体試料の測定が完了すると(ステップ17でYES)、一連の測定を終了する。
【0063】
従来の質量分析装置では、原料ガスの供給と高周波電力の投入のみによってプラズマを生成しており、必ずしも一定のタイミングでプラズマが生成されない場合があった。そのため、測定開始前にラジカル供給部5においてラジカルを生成しておく必要があった。そのため、原料ガス及び高周波電力の消費量が多くなるという問題があった。
【0064】
これに対し、本実施例の質量分析装置では、光源61から所定波長の光を管状体541に照射し、ラジカル生成室51内に電子を放出させる。原料ガスを供給して高周波電力を投入すると、この電子によってプラズマ発光が誘発され、そのプラズマ発光が照射された原料ガスから即時にラジカルが生成される。従って、目的化合物の保持時間の直前にプラズマを発生させればよく、原料ガスや高周波電力の使用量を抑えることができる。また、光照射を行わない従来の構成に比べてより確実に、所望のタイミングでプラズマを発生させてラジカルを生成することができる。
【0065】
さらに、本実施例の質量分析装置では、最後にプラズマが生成されてからの経過時間が基準時間に満たない場合に、原料ガスの供給量及び/又は高周波電力の投入量を抑えてプラズマを生成する。従って、この点でも原料ガスや高周波電力の使用量を抑えることができる。
【0066】
ラジカル生成室51に供給される原料ガスに含まれるガス分子が全てラジカル化するわけではなく、多数の中性分子が残留する。こうして残留した中性分子がコリジョンセル132に流入すると、コリジョンセル132や第3中間真空室13の真空度が低下する要因になる。本実施例では、原料ガスを必要なタイミングで最小限の量だけ供給すればよいため、コリジョンセル132や第3中間真空室13の真空度の低下を抑制することができる。
【0067】
なお、プラズマ生成空間に電子を供給する方法として、例えばプラズマ生成空間にフィラメントから電子を放出させるように構成することも考えられる。しかし、本実施例のようにラジカルを生成する場合にフィラメント等の異物をプラズマ生成室内に配置すると、不所望の物質が生成されたりプラズマ生成室内が汚染されたりしてプリカーサイオンに予期しない化学反応を生じさせてしまう可能性がある。これに対し、上記実施例ではラジカル生成室51を構成する材料そのものから電子を放出させるため、上記のような心配が生じることがない。
【0068】
次に、本発明の効果を確認するとともに、上記実施例における基準時間と、第1プラズマ生成条件及び第2プラズマ生成条件を調査した実験の結果を説明する。
【0069】
この実験では、3つの異なる光照射条件をそれぞれ用いて、水蒸気を原料ガスとして用い、誘導結合プラズマを発生させて酸素ラジカルを3回ずつ、生成した。光照射条件は、具体的には、光照射なし(比較例)、波長275nmの光照射(実施例1)、及び波長250nmの光照射(実施例2)である。実施例1及び2で照射した光の波長は、ラジカル生成室を構成する材料である石英の仕事関数(4.85eV。非特許文献2参照)から決まる、光電効果によって電子を放出可能な光の波長の上限値(255nm)を参照して決定し、上記の波長を中心とする波長帯域の光を発するLED光源から光を照射した。また、プラズマの発生は、プラズマの発光(可視光の点灯)により確認した。初回のプラズマ生成は、それよりも前のプラズマ生成終了(プラズマの消灯)から少なくとも2時間経過後に行い、2回目及び3回目のラジカル生成はそれぞれ、直前のプラズマ消灯から1時間経過後に行った。
【0070】
対象物質から1個の電子を無限遠に取り出すために必要なエネルギーの大きさは、仕事関数と呼ばれる。各種物質の仕事関数については、紫外光電子分光法、X線光電子分光法、オージェ電子分光法などを用いて直接測定したり、接触電位差法により間接的に測定したりされている。例えば、非特許文献4には、オージェ電子分光法を用いた測定により、金の仕事関数が約5.1eV、ニッケルの仕事関数が約4.6eVであることが報告されている。また、非特許文献2には、ガラス(SiO2)と金を接触させるとガラス(SiO2)がプラスに接触帯電し、ニッケルとガラスを接触させるとガラスがマイナスに接触帯電することが報告されている。つまり、ガラス(SiO2)の仕事関数は金の仕事関数とニッケルの仕事関数の間の値を持つ。従って、金の仕事関数に相当する波長(243nm)とニッケルの仕事関数に相当する波長(269nm)の間の波長を含む波長帯域の光をガラス(SiO2)に照射すれば電子を取り出すことができる。
【0071】
各回の測定では、マイクロ波電源から周波数2459MHzのマイクロ波を23Wの出力でアンテナに供給し、水蒸気の流量を0から徐々に増加させてプラズマが点灯する流量(即ち、上記のマイクロ波を供給してプラズマを点灯させるために最低限必要な水蒸気の流量)を測定した。具体的には、まずマスフローコントローラ(MFC)により流量を0sccm(Standard Cubic Centimeter per Minute)に設定し、3秒待ってプラズマが点灯しない場合には流量を増加し、再度3秒待ってプラズマが点灯しない場合はさらに流量を増加する、という手順で流量を段階的に変更し、プラズマが点灯したときの流量を求めた。また、流量を最大(2.0sccm)まで増加してもプラズマが点灯しない場合には、当該回のデータなし(プラズマが点灯せず)とした。
【0072】
図5に測定結果を示す。なお、比較例の初回の測定では、水蒸気の流量を最大(MFCの値を2.0sccm)にしてもプラズマが点灯しなかったため、波長275nmの光を照射して一旦、プラズマを点灯させたあと、2回目以降の測定を行った。比較例における2回目と3回目の測定ではそれぞれ、流量を0.5sccm、0.32sccmまで上昇した時点でプラズマが点灯した。
【0073】
実施例1及び2ではいずれも初回からプラズマが点灯した。実施例1における初回、2回目、及び3回目プラズマ点灯時の水蒸気の流量はそれぞれ0.24sccm、0.1sccm、0.2sccmであった。また、実施例2における初回、2回目、及び3回目プラズマ点灯時の水蒸気の流量はそれぞれ0.32sccm、0.1sccm、0.2sccmであった。
【0074】
実施例1及び2のいずれにおいても、比較例に比べて低い流量の水蒸気を供給した時点でプラズマが点灯しており、光照射によってプラズマの点灯が誘発されていることが分かる。また、実施例1及び2のいずれにおいても、初回にプラズマが点灯した時の水蒸気の流量に比べ、2回目と3回目にはより低い流量の水蒸気を供給した時点でプラズマが点灯した。この結果から、直前のプラズマ点灯後、一定の時間が経過するまでは、水蒸気の流量を抑えてもプラズマを点灯させることができるといえる。これは、初回のプラズマ点灯時に生成された、化学的に不安定な状態の物質がラジカル生成室内に残留しており、それがプラズマを誘発したことによるものと考えられる。従って、この実験で行ったように原料ガスの流量を抑えるだけでなく、電力消費量を抑えることも可能である。
【0075】
上記実施例で照射した光の波長は、石英から電子を放出させることを前提に設定したものであるが、異なる誘電体材料(例えば酸化アルミニウム、窒化アルミニウム)を用いてラジカル生成室を構成する場合にも、上記同様に、当該材料の仕事関数から決まる、光電効果によって電子を放出可能な光の波長の上限値を参照して決めればよい。例えば酸化アルミニウムの仕事関数は4.7eVであることから、波長264nm前後の中心波長を持つ光を照射すればよい。また、窒化アルミニウムの仕事関数は3.29eVであることから(非特許文献3参照)、波長376nm前後の中心を持つ光を照射すればよい。
【0076】
上記の実験で得られた数値はいずれも、実験に使用した装置の構成(例えばラジカル生成室の容積)に依存するが、予備実験を行うなどすれば任意の構成の装置について同様に、基準時間や原料ガスの流量(第1プラズマ生成条件と第2プラズマ生成条件)を決めることができる。
【0077】
上記実施例及び実験結果は一例であって、本発明の趣旨に沿って適宜に変更することができる。上記実施例は液体クロマトグラフ質量分析装置としたが、ガスクロマトグラフ質量分析装置を用いてもよく、あるいはクロマトグラフを用いることなく質量分析装置のみを使用してもよい。上記実施例では四重極ー直交加速飛行時間型の質量分析装置としたが、三連四重極型の質量分析装置や、イオントラップ型の質量分析装置などを用いることができる。
【0078】
上記実験では水蒸気から酸素ラジカルを生成したが、酸素ガスやオゾンガスを原料ガスとして用いても同様に酸素ラジカルを生成することができる。また、酸素ラジカルのほか、例えば、水素ラジカル、ヒドロキシラジカル、窒素ラジカル、メチルラジカル、塩素ラジカル、フッ素ラジカル、リン酸ラジカル、ケイ素ラジカルなどを生成してプリカーサイオンに照射するように構成してもよい。そのようなラジカルを生成可能な原料ガスとして、例えば水素ラジカルを生成可能な水素ガス、水素ラジカル、酸素ラジカル、及びヒドロキシラジカルを生成可能な水蒸気、窒素ラジカルを生成可能な窒素ガス、メチルラジカルを生成可能なメチルガス、塩素ラジカルを生成可能な塩素ガス、フッ素ラジカルを生成可能なフッ素ガス、リン酸ラジカルを生成可能なリン酸の蒸気、あるいはケイ素ラジカルを生成可能なシランガスを用いることができる。それぞれの原料ガスを用いる際の基準時間、第1プラズマ生成条件、及び第2プラズマ生成条件は、予備実験を行うなどして予め決めておけばよい。
【0079】
上記実施例では、原料ガス及び高周波電力の供給を停止すると同時に計時部72にも所定の信号を送信して計時部72において計測される経過時間をリセットする構成としたが、光検出部62の検出強度が閾値を下回ったことに基づいてプラズマ検知部77がプラズマの消灯を検知した時点で計時部72において計測される経過時間をリセットするように構成してもよい。測定毎のプラズマ点灯時間が一定である場合にはいずれの構成も用いることができる。一方、測定毎にプラズマ点灯時間の長さが異なる場合には後者の構成(プラズマ消灯のタイミングで経過時間をリセットする構成)を採るとよい。
【0080】
上記実施例では第1プラズマ生成条件でもプラズマが点灯しない場合には測定を終了する構成としたが、第1プラズマ生成条件よりも原料ガスの流量及び/又は高周波電力の大きさの少なくも一方が大きい、第3プラズマ生成条件を予め設定しておき、第1プラズマ生成条件でプラズマが点灯しない場合に第3プラズマ生成条件を用いてプラズマを点灯させるように構成してもよい。あるいは、第1プラズマ生成条件でプラズマが点灯しない場合に、使用者に原料ガスの流量及び/又は高周波電力の大きさの少なくとも一方を変更させるように構成してもよい。
【0081】
[態様]
上述した複数の例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0082】
(第1項)
一態様に係る質量分析方法は、
反応室内にプリカーサイオンを導入するステップと、
ラジカル生成室内でラジカルを生成するステップと、
前記反応室内の前記プリカーサイオンに前記ラジカルを照射することにより、プロダクトイオンを生成するステップと、
前記プロダクトイオンの質量を測定するステップと、
を備える質量分析方法であって、
前記ラジカルを生成するステップは、
前記ラジカル生成室に原料ガスを導入するステップと、
前記反応室内に前記プリカーサイオンが導入されるのと同時又は後に、前記原料ガスに対して高周波電力を供給するステップと、
前記高周波電力が供給された状態で前記原料ガスに対して電子を供給することによりプラズマ発光を生じさせ、該プラズマ発光が該原料ガスに照射されることにより前記ラジカルが生ずるステップと
を備えるものである。
【0083】
(第4項)
一態様に係る質量分析装置は、
プリカーサイオンが導入される反応室と、
ラジカル生成室と、
前記ラジカル生成室の内部に原料ガスを供給する原料ガス供給部と、
前記ラジカル生成室の内部にプラズマを生じさせるための高周波電力を供給する高周波電力供給部と、
前記ラジカル生成室の内部に電子を供給する電子供給部と、
前記ラジカル生成室に前記原料ガスを供給し、前記反応室内に前記プリカーサイオンが導入されるのと同時又は後に前記高周波電力を供給し、該高周波電力が供給された状態で前記電子供給部から前記ラジカル生成室内に前記電子を供給するように、前記原料ガス供給部、前記高周波電力供給部、及び前記電子供給部の動作を制御する制御部と
を備える。
【0084】
第1項の質量分析方法及び第4項の質量分析装置は、反応室内に導入したプリカーサイオンに対してラジカルを照射し、プリカーサイオンからプロダクトイオンを生成するために用いられる。第1項の質量分析方法及び第4項の質量分析装置では、ラジカル生成室内に原料ガスを供給し、該ラジカル生成室内の原料ガスに高周波電力を供給しつつ、さらに電子を供給して該ラジカル生成室内にプラズマ発光を生じさせる。ラジカル生成室の内部の原料ガスに電子が供給されると、その電子に誘発されてプラズマが生じる。第1項の質量分析方法及び第4項の質量分析装置では、反応室にプリカーサイオンが導入されるタイミングに合わせてプラズマ発光を生じさせてラジカルを生成するため、原料ガスや電力の消費量を低減することができる。また、プラズマを生じさせたいタイミングで上記予め決められた波長の光をラジカル生成室の内部に照射することで、原料ガスのプラズマを生じさせるタイミングを制御することができる。なお、上記の、反応室内にプリカーサイオンが導入されるのと同時又は後に、原料ガスに対して高周波電力を供給する、とは、反応室内にプリカーサイオンが導入されるのと同時又は後に、原料ガスに対して高周波電力が供給された状態にあることを意味するものであって、プリカーサイオンが導入されるタイミング(例えば試料に含まれる目的化合物の保持時間)に合わせて、それよりも所定時間前から高周波電力を供給した状態を継続しておくことを排除するものではない。
【0085】
(第2項)
第1項に記載の質量分析方法において、
前記ラジカルの生成開始から所定時間が経過した後に、前記原料ガス及び前記高周波電力の少なくとも一方の供給を停止する。
【0086】
第2項の質量分析方法では、ラジカルの照射が必要な時間帯のみに原料ガス及び/又は高周波電力を供給するため、原料ガス及び高周波電力の少なくとも一方の消費量を低減することができる。
【0087】
(第3項)
第1項又は第2項に記載の質量分析方法において、
前記電子は、前記ラジカル生成室を構成する材料に、前記電子を生じさせる波長の光を照射することにより生成する。
【0088】
(第8項)
第4項から第7項のいずれかに記載の質量分析装置において、
前記電子供給部が、前記ラジカル生成室を構成する材料に応じて予め決められた波長の光を照射する光照射部である。
【0089】
プラズマを生じさせる際には、例えば石英からなる管状体が用いられ、その内部がラジカル生成室として用いられる。第3項の質量分析方法及び第8項の質量分析装置では、ラジカル生成室の内壁を構成する材料(例えば石英)に深紫外線の光を照射することによって電子を放出させる。前記電子は、例えばプラズマ生成空間にフィラメントから放出させることもできる。しかし、フィラメント等の異物をプラズマ生成室内に配置すると、不所望の物質が生成されたりプラズマ生成室内が汚染されたりしてプリカーサイオンに予期しない化学反応を生じさせてしまう可能性がある。第3項の質量分析方法及び第8項の質量分析装置では、ラジカル生成室を構成する材料そのものから電子を放出させるため、上記のような心配が生じることがない。
【0090】
(第5項)
第4項に記載の質量分析装置において、さらに、
原料ガスの流量と高周波電力の大きさを含む第1プラズマ生成条件と、前記原料ガスの流量及び前記高周波電力の大きさの少なくとも一方が第1プラズマ生成条件よりも小さい第2プラズマ生成条件と、基準時間の情報が保存された記憶部と、
前記ラジカル生成室において最後にプラズマが生成されてからの経過時間を計測する計時部と、
前記経過時間が予め決められた基準時間以上である場合に前記第1プラズマ生成条件でプラズマを生成し、該経過時間が該基準時間未満である場合に前記第2プラズマ生成条件でプラズマを生成するプラズマ生成制御部と
を備える。
【0091】
ラジカル生成室内にプラズマを生成すると、化学的な状態で様々な物質が生成されるため、プラズマが生成されてからの経過時間が短い場合には、それらの物質からもプラズマが誘発されやすくなる。第5項の質量分析装置では、予備測定を行うなどしてこれらの物質の残留時間と、これらの物質が存在する際にプラズマを生成可能な条件を見積もっておくことで、最後にプラズマが生成されてからの経過時間が基準時間未満である場合にプラズマを生成する際の原料ガスの消費量や電力消費量を抑えることができる。
【0092】
(第6項)
第4項又は第5項に記載の質量分析装置において、さらに、
前記ラジカル生成室において前記プラズマから発せられる光を検出する光検出部を備える。
【0093】
測定中にプラズマが発生せずラジカルが生成されないと、プリカーサイオンにラジカル付着反応が生じず正しい結果を得ることができない。第6項の質量分析装置では、プラズマが発生していない場合に警告が出力されるため、測定に異常が生じていることを使用者が簡便に知ることができる。
【0094】
(第7項)
第6項に記載の質量分析装置において、さらに、
前記光検出部の検出強度が予め決められた閾値を超えていることに基づいてプラズマが発生していることを検知するプラズマ検知部と、
前記ラジカル生成室に電子を供給してから所定時間が経過してもプラズマの発生が検知されない場合に警告を出力する警告出力部と
を備える。
【0095】
第7項の質量分析装置では、プラズマが検知されない場合に警告出力部により警告が出力されることで、プラズマが発生していない状況を簡便に使用者が把握することができる。
【0096】
(第9項)
第6項又は第7項に記載の質量分析装置において、
前記電子供給部が、前記ラジカル生成室を構成する材料に応じて予め決められた波長の光を照射する光照射部であり、
前記光検出部が、前記予め決められた波長を含まない波長帯域の光を検出する。
【0097】
第9項の質量分析装置では、光照射部からラジカル生成室に照射される光の影響を受けることなく、プラズマから発せられる光のみを検出することができる。
【0098】
(第10項)
第8項又は第9項に記載の質量分析装置において、
前記材料が石英であり、前記予め決められた波長が275nm以下である。
【0099】
第10項の質量分析装置では、誘導結合プラズマを生成する際にラジカル生成室を構成する材料として、安価かつ入手容易な石英を用い、275nm以下の波長の光を照射することで石英から電子を放出させてプラズマを誘発することができる。なお、光照射部から照射する光が単色光でない場合には、その中心波長が275nmであればよい。
【0100】
(第11項)
第8項から第10項のいずれかに記載の質量分析装置において、
前記光照射部が、前記予め決められた波長の光を発するLED光源を有する。
【0101】
第11項の質量分析装置では、狭帯域の光を安定した強度でラジカル生成室に照射することができる。
【0102】
(第12項)
第4項から第11項のいずれかに記載の質量分析装置において、
前記原料ガスから生成されるラジカルが、水素ラジカル、酸素ラジカル、ヒドロキシラジカル、窒素ラジカル、メチルラジカル、塩素ラジカル、フッ素ラジカル、リン酸ラジカル、及びケイ素ラジカルのいずれかである。
【0103】
第12項の質量分析装置のように、第4項から第11項のいずれかの質量分析装置においてプリカーサイオンに照射するラジカルとして、水素ラジカル、酸素ラジカル、ヒドロキシラジカル、窒素ラジカル、メチルラジカル、塩素ラジカル、フッ素ラジカル、リン酸ラジカル、及びケイ素ラジカルのいずれかとすることができる。これらのラジカルはいずれも入手が容易である原料ガスから生成することができる。
【符号の説明】
【0104】
100…液体クロマトグラフ質量分析装置
1…質量分析装置
10…イオン化室
101…エレクトロスプレイイオン化(ESI)プローブ
11…第1中間真空室
12…第2中間真空室
13…第3中間真空室
131…四重極マスフィルタ
132…コリジョンセル
133…多重極イオンガイド
14…分析室
142…直交加速電極
144…リフレクトロン電極
145…イオン検出器
146…フライトチューブ
2…液体クロマトグラフ
20…移動相容器
21…送液ポンプ
22…インジェクタ
23…カラム
24…オートサンプラ
4…衝突ガス供給部
41…衝突ガス源
42…ガス導入流路
5…ラジカル供給部
51…ラジカル生成室
52…原料ガス供給源
53…高周波電力供給部
54…ラジカル源
541…管状体
542…スパイラルアンテナ
544、548…磁石
546…高周波電力投入部
58…輸送管
581…ヘッド部
582…バルブ
60…光透過窓
61…光源
62…光検出部
7…制御・処理部
71…記憶部
711…化合物データベース
712…ラジカル情報データベース
72…計時部
73…測定条件設定部
74…測定制御部
75…判定部
76…プラズマ生成制御部
77…プラズマ検知部
78…警告出力部
8…入力部
9…表示部
C…イオン光軸