IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社島津製作所の特許一覧

特許7616435イオン分析における及びイオン分析に関する改良
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-08
(45)【発行日】2025-01-17
(54)【発明の名称】イオン分析における及びイオン分析に関する改良
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/00 20060101AFI20250109BHJP
   H01J 49/02 20060101ALI20250109BHJP
   H01J 49/42 20060101ALI20250109BHJP
【FI】
H01J49/00 360
H01J49/02 700
H01J49/42 450
H01J49/42 500
【請求項の数】 25
(21)【出願番号】P 2023575653
(86)(22)【出願日】2021-06-15
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2024-06-28
(86)【国際出願番号】 EP2021066101
(87)【国際公開番号】W WO2022262954
(87)【国際公開日】2022-12-22
【審査請求日】2023-12-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】セルジー スミルノフ
(72)【発明者】
【氏名】リー ディン
(72)【発明者】
【氏名】アレクサンドル ルシノフ
【審査官】藤本 加代子
(56)【参考文献】
【文献】特表2013-517595(JP,A)
【文献】特表2019-509597(JP,A)
【文献】特開2003-076385(JP,A)
【文献】特開2011-217424(JP,A)
【文献】国際公開第2020/117292(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2014/0263992(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2019/0035615(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/00
H01J 49/02
H01J 49/42
G01N 27/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン分析装置内で振動運動をしている1又は複数のイオンを表すイメージ電荷/電流信号の処理方法であって、
時間領域において前記イオン分析装置により生成された前記イメージ電荷/電流信号の記録を取得すること、
信号処理ユニットにより、
周波数領域信号を用意するために前記記録済み信号の変換を適用すること、
前記周波数領域信号のN個(ここでNは1より大きい整数)の別個の値(OP、ここでn=1~N、N≧M)を、目的イオンに対応する信号ピークを含む前記周波数領域信号の複数の別個の隣接する信号ピークからそれぞれ選択すること、及び、
αnmを係数、TPを前記周波数領域信号の前記選択されたN個の別個の値のうちM個の補正値とする連立方程式
【数50】

を解くこと、
前記周波数領域信号の前記M個の補正値から、前記目的イオンに関連付けられた信号ピークに対応する補正値(TP)を選択すること、
前記選択された補正値(TP)に基づいて、前記イオン分析装置内で振動運動をしている前記目的イオンの電荷を表す値を計算すること、
を含む方法。
【請求項2】
前記周波数領域信号の前記選択されたN個の別個の値のうち少なくとも1つが、目的イオンの高調波周波数ではない周波数にある隣接する各信号ピークにそれぞれ対応する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
周波数領域信号を用意するために記録済み信号の変換を適用する前記ステップの前に、
前記記録済み信号中の周期的信号成分の周期の値を決定すること、
前記記録済み信号を切り捨てることで前記周期の整数倍に略等しい持続時間を有する切り捨て済み信号を用意すること、そしてその後、
前記周波数領域信号を用意するために、前記記録済み信号が前記切り捨て済み信号であるような前記記録済み信号の変換を適用する前記ステップを実行すること、それにより、
目的イオンの電荷を表す値を計算する前記ステップが、前記切り捨て済み信号に対応する前記周波数領域信号の補正値(TP)に基づいていること、
を含む、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記切り捨て済み信号の持続時間が前記目的イオンの振動の周期の整数倍である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記切り捨て済み信号が、前記記録済みイメージ電荷/電流信号の記録済み開始時間より後の記録済み時間に開始し且つ該記録済みイメージ電荷/電流信号の記録済み終了時間より前の記録済み時間に終了するような前記記録済み信号の時間区間である、請求項3又は4に記載の方法。
【請求項6】
前記切り捨て済み信号が、一連の反復する信号ピークが存在する前記記録済み信号の時間区間であって、各信号ピークのピーク信号値が前記一連の反復する信号ピークのうち最大のピーク値の値から最大22%までの偏差を持つような区間である、請求項3~5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
前記記録済み信号が記録済み時間領域信号であり、
前記記録済み信号を切り捨てることが、
前記記録済み時間領域信号を周波数領域に変換することにより変換済み記録信号を生成すること、
前記変換済み記録信号のピーク値を、該変換済み記録信号のうち前記記録済み信号の周波数領域高調波成分に対応する信号ピーク内から選択すること、
前記信号ピーク内にあり且つ前記ピーク値に関連付けられた周波数よりも低い周波数に対応する、前記変換済み記録信号の第1の隣接値を選択すること、
前記信号ピーク内にあり且つ前記ピーク値に関連付けられた周波数よりも高い周波数に対応する、前記変換済み記録信号の第2の隣接値を選択すること、
前記選択されたピーク値、前記選択された第1の隣接値及び前記選択された第2の隣接値に基づいて時間領域信号を再構成すること、
時間領域信号を再構成することの範囲内で振幅変調が信号閾値を下回る閾時間を決定すること、
こうして決定された閾時間に従って前記記録済み信号を切り捨てることにより切り捨て済み時間領域信号を用意すること
を含む、請求項3~6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
前記信号閾値が前記振幅変調の最大値の72%に相当する信号値である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記選択されたピーク値に関連付けられた周波数が、前記変換済み記録信号の所与の信号ピークに関連付けられた高調波の周波数に略等しい、請求項7又は8に記載の方法。
【請求項10】
Nを1より大きい整数として、前記選択されたピーク値、前記選択された第1の隣接値及び前記選択された第2の隣接値が、前記記録済み信号の周波数領域高調波成分の第N高調波に対応するスペクトルピークから取得される、請求項7~9のいずれかに記載の方法。
【請求項11】
N=3である、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記第1の隣接値が、前記選択されたピーク値の周波数よりも前記変換済み記録信号の所与の信号ピークの半値全幅(FWHM)の半分を超えない量だけ低い周波数に対応するように選択される、請求項7~11のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
前記第2の隣接値が、前記選択されたピーク値の周波数よりも前記変換済み記録信号の所与の信号ピークの半値全幅(FWHM)の半分を超えない量だけ高い周波数に対応するように選択される、請求項7~12のいずれかに記載の方法。
【請求項14】
前記第1の隣接値及び前記第2の隣接値が、前記選択されたピーク値の周波数から同じ量だけ差がある周波数にそれぞれ対応するように選択される、請求項12及び13に記載の方法。
【請求項15】
前記切り捨て済み信号の1又は複数の選択された周波数領域高調波成分に基づいて時間領域信号を再構成する前記ステップが、前記切り捨て済み信号の前記周波数領域高調波成分を生成するために前記切り捨て済み時間領域信号に適用された周波数領域変換の逆変換を用いて時間領域信号を計算することを含む、請求項に記載の方法。
【請求項16】
前記イオンの電荷を表す前記値が前記選択された補正値(TP)に比例している、請求項1~15のいずれかに記載の方法。
【請求項17】
時間領域において前記イオン分析装置により生成された前記イメージ電荷/電流信号の記録を取得する前記ステップが、前記信号処理ユニットにより複数のイメージ電荷/電流信号を処理する前に該複数のイメージ電荷/電流信号を取得することを含み、該複数のイメージ電荷/電流信号を取得することが、
イオンを生成すること、
前記イオンを捕捉して、該捕捉したイオンに振動運動をさせること、及び、
振動運動をしている該捕捉したイオンを表す複数のイメージ電荷/電流信号を少なくとも1つのイメージ電荷/電流検出器で取得すること
を含む、請求項1~16のいずれかに記載の方法。
【請求項18】
振動運動をしている1又は複数のイオンを表すイメージ電荷/電流信号を生成するように構成されたイオン分析装置において、請求項1~17のいずれかに記載の方法を実行するように構成されていることを特徴とするイオン分析装置。
【請求項19】
内部で前記振動運動を発生させるために、イオンサイクロトロン共鳴型トラップ、イオンの捕捉に超対数電場を用いるように構成されたOrbitrap(登録商標)、静電型リニアイオントラップ(ELIT)、四重極イオントラップ、イオン移動度分析装置、電荷検出質量分析装置(CDMS)、静電型イオンビームトラップ(Electrostatic Ion Beam Trap:EIBT)、平面型軌道周波数分析装置(POFA)又は平面静電型イオントラップ(PEIT)のうち任意の1又は複数を含む、請求項18に記載のイオン分析装置。
【請求項20】
内部に受け入れた1又は複数のイオンの振動運動を表すイメージ電荷/電流信号を生成するように構成されたイオン分析装置において、
前記1又は複数のイオンを受け取り、前記振動運動に反応して前記イメージ電荷/電流信号を生成するように構成されたイオン分析チャンバと、
時間領域において前記イメージ電荷/電流信号を記録済み信号として記録するように構成された信号記録ユニットと、
前記記録済み信号を処理することで、
周波数領域信号を用意するために記録済み信号の変換を適用し、
前記周波数領域信号のN個(ここでNは1より大きい整数)の別個の値(OP、ここでn=1~N、N≧M)を、目的イオンに対応する信号ピークを含む前記周波数領域信号の複数の別個の隣接する信号ピークからそれぞれ選択し、及び、
αnmを係数、TPを前記周波数領域信号の前記選択されたN個の別個の値のうちM個の補正値とする連立方程式
【数51】

を解き、
前記周波数領域信号の前記M個の補正値から、前記目的イオンに関連付けられた信号ピークに対応する補正値(TP)を選択し、
前記選択された補正値(TP)に基づいて、前記イオン分析装置内で振動運動をしている前記目的イオンの電荷を表す値を計算する
ための信号処理ユニットと、
を備えるイオン分析装置。
【請求項21】
前記周波数領域信号の前記選択されたN個の別個の値のうち少なくとも1つが、目的イオンの高調波周波数ではない周波数にある隣接する各信号ピークにそれぞれ対応する、請求項20に記載のイオン分析装置。
【請求項22】
前記信号処理ユニットが、前記記録済み信号を処理することで、
前記記録済み信号中の周期的信号成分の周期の値を決定し、
前記記録済み信号を切り捨てることで前記周期の整数倍に略等しい持続時間を有する切り捨て済み信号を用意し、
前記周波数領域信号を用意するために、前記記録済み信号が前記切り捨て済み信号であるような前記記録済み信号の変換を適用する前記ステップを実行し、それにより、
前記目的イオンの電荷を表す値を計算する前記ステップが、前記切り捨て済み信号に対応する前記周波数領域信号の補正値(TP)に基づく、
ように構成されている、請求項20又は21に記載のイオン分析装置。
【請求項23】
前記イオン分析装置がイオンを生成するように構成され、前記イオン分析チャンバが、
イオンを捕捉して、該捕捉したイオンに振動運動をさせ、
振動運動をしている該捕捉したイオンを表す複数のイメージ電荷/電流信号を少なくとも1つのイメージ電荷/電流検出器で取得する
ように構成されている、請求項20~22のいずれかに記載のイオン分析装置。
【請求項24】
内部で前記振動運動を発生させるために、イオンサイクロトロン共鳴型トラップ、イオンの捕捉に超対数電場を用いるように構成されたOrbitrap(登録商標)、静電型リニアイオントラップ(ELIT)、四重極イオントラップ、イオン移動度分析装置、電荷検出質量分析装置(CDMS)、静電型イオンビームトラップ(Electrostatic Ion Beam Trap:EIBT)、平面型軌道周波数分析装置(POFA)又は平面静電型イオントラップ(PEIT)のうち任意の1又は複数を備える、請求項20~23のいずれかに記載のイオン分析装置。
【請求項25】
請求項1~17のいずれかに記載の方法であって、振動運動をしている捕捉されたイオンを表す複数のイメージ電荷/電流信号を処理する方法を質量分析装置に行わせるように構成されたコンピュータ実行可能な命令を備えるコンピュータ読み取り可能な媒体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はイメージ電荷/電流分析を用いたイオン分析のための方法及び装置並びにそのためのイオン分析装置に関する。特に、本発明はイオンの電荷を特定するためのイメージ電荷/電流信号の分析に関するが、これに限られない。例えば、イメージ電荷/電流信号は、イオン移動度分析装置、電荷検出質量分析装置(CDMS)、又は、イオンサイクロトロン、Orbitrap(登録商標)、静電型リニアイオントラップ(ELIT)、四重極イオントラップ、軌道周波数分析装置(Orbital Frequency Analyser:OFA)、平面静電型イオントラップ(Planar Electrostatic Ion Trap:PEIT)若しくは、内部で振動運動を発生させるための他のイオン分析装置等のイオントラップ、により生成することができる。
【背景技術】
【0002】
一般に、イオントラップ質量分析装置は、イオンを捕捉し、その捕捉したイオンを例えば線形軌道に沿って前後に、又は周回軌道上で、振動運動させるように機能する。イオントラップ質量分析装置はイオンを捕捉するために磁場、電流場若しくは静電場又はそれらの場の組み合わせを発生させることができる。静電場を用いてイオンを捕捉する場合、そのイオントラップ質量分析装置は通例、「静電型」イオントラップ質量分析装置と呼ばれる。
【0003】
一般に、イオントラップ質量分析装置における捕捉イオンの振動周波数は該イオンの質量電荷比(m/z)に依存する。なぜなら、m/z比の大きいイオンは通例、m/z比の小さいイオンに比べて振動を行うためにより長い時間を要するからである。イメージ電荷/電流検出器を用いて、時間領域で振動運動をしている捕捉イオンを表すイメージ電荷/電流信号を非破壊的に得ることができる。このイメージ電荷/電流信号は例えばフーリエ変換(FT)により周波数領域に変換することができる。捕捉イオンの振動周波数はm/zに依存しているから、周波数領域におけるイメージ電荷/電流信号は捕捉されたイオンのm/z分布に関する情報をもたらすマススペクトルデータとみなすことができる。
【0004】
質量分析には、イオン分析装置(例えばイオントラップ)内で振動運動をしている1又は複数のイオンが、イメージ電荷/電流信号の検出のために構成された装置のセンサ電極によって検出可能なイメージ電荷/電流信号を誘導するものがある。このようなイメージ電荷/電流信号を分析するための十分確立された方法の1つはこの時間領域信号を周波数領域に変換することである。このために最も広く用いられている変換はフーリエ変換(FT)である。フーリエ変換は時間領域信号を、それぞれ特定の周波数(又は周期)、振幅及び位相を持つ正弦波成分に分解する。これらのパラメータは測定されたイメージ電荷/電流信号中に存在する周期成分(周波数成分)の周波数(又は周期)、振幅及び位相と関係している。それら周期成分の周波数(又は周期)は、それぞれのイオン種の荷電状態が分かっていればそのm/z値又は質量と容易に関連付けることができる。これらの原理を利用した質量分析装置はフーリエ変換質量分析装置と呼ばれ、その分野そのものはフーリエ変換質量分析(FTMS)と呼ばれる。
【0005】
2つの広く用いられているFTMS型イオントラップがフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型(FTICR)トラップとOrbitrap(登録商標)である。前者は磁場を用いてイオンを捕捉する一方、後者は静電場を用いてイオンを捕捉する。いずれのトラップも高調波のイメージ電荷/電流信号を発生させる。FTMS型イオントラップの他のタイプは非高調波のイメージ電荷/電流信号を発生させるように構成されている。FTICRは典型的にはイオンの捕捉に超伝導磁場を用いる一方、Orbitrap(登録商標)ではイオンが静電場により捕捉されて螺旋軌道上で中心電極の回りを周回する。イオントラップ質量分析装置の別の公知例は非特許文献1に記載されている軌道周波数分析装置(OFA)である。イオントラップ質量分析装置の更に別の公知例はZajfman他による特許文献1に開示されている静電型イオンビームトラップ(Electrostatic Ion Beam Trap:EIBT)である。EIBTでは、イオンは全体として線形軌道に沿って前後に振動するため、このようなイオントラップは「静電型リニアイオントラップ」(ELIT)とも呼ばれる。
【0006】
非高調波のイメージ電荷/電流信号の分析もフーリエ変換を用いて行うことができ、そうするとイメージ電荷/電流信号の周期成分/周波数成分毎に複数の高調波が生じる。しかし、異なる次数の高調波がフーリエ変換されたイメージ電荷/電流信号の周波数スペクトル中で互いに混ざる(重なる)可能性があり、そうなると各成分の周波数をイオン種の質量電荷比(m/z)又は質量と関連付けることがはるかに難しくなる。
【0007】
電荷検出質量分析はイオントラップ内のイオン運動からの信号を利用して個々のイオンについてm/zと電荷を同時に測定する。イオントラップは、イオンサイクロトロン共鳴型(ICR)セル、Orbitrap、又は、他の種類の静電型イオントラップ、例えば静電型リニアトラップ、静電平面型トラップ(OFA)及びCassinianトラップ等の形にすることができる。イオンがイオントラップに導入された後、該イオンは捕捉空間内で周回又は繰り返し往復飛行し、その振動又は周回の周波数は各イオンのm/zに依存する。イオントラップ内の1つ又は幾つかの電極がそのイオン運動からイメージ電荷信号を拾い上げる役割を果たす。このような信号は正弦波の形をした波形を持つ高調波となることがあり、そうでなければそれは非高調波となることがあるが、これは基本波成分に加えて1又は複数のかなり大きい高調波の周波数成分(例えば高次高調波の周波数成分等、他の周波数成分)を有することを意味する。いずれにせよ、信号の繰り返し周波数は振動又は周回の周波数と同一又はその倍数となる。他方、信号の振幅はイオンの電荷に比例する。
【0008】
多価イオン、特にエレクトロスプレイイオン源から発生してイオントラップに導入される高電荷の生体イオンが含まれている場合、個々の振動しているイオンからの信号は検出できるものの、ノイズを抑えるために何らかの信号処理アルゴリズムを用いなければならない。広く用いられている方法/アルゴリズムの1つはフーリエ変換であり、これはいわゆるフーリエ変換質量分析(FTMS)の基本技術である。
【0009】
FTMSでは、記録された過渡的イメージ電荷/電流信号が十分に長ければ(例えば1秒)イオン運動の周波数は非常に正確に測定できる。一方、イオンの電荷の測定は難しい。信号の振幅は該信号中の電子的なノイズにより歪められ、またトラップ内でのイオンの振動は、残留ガス分子との衝突、イオン間の空間電荷相互作用、又は複数のイオンが一緒に飛行しているときの信号干渉により妨害される可能性がある。これらの問題を軽減するため、各サイクルにおいて注入するイオンの数を制限し(通常、数十から数百)、装置を超高真空にし(10-10Torr程度以下)、信号を拾い上げて増幅する系の信号雑音比(S/N)を高める必要がある。
【0010】
ハードウェアの観点からすると、現在、非常に良好な真空と約1秒の遷移時間を持つ静電型イオントラップを用いれば、電荷測定誤差は電子電荷をeとして2eに達しうる。記録された過渡的イメージ電荷/電流信号を処理するために用いられるソフトウェアにおいては、信号中の各周波数を正確に測定することが重要であり、これが、何種類のイオンが存在しているか及び該信号に関係する各イオンのm/zを示唆する。これは通常、高速フーリエ変換(FFT)を適用することにより行われる。各イオンの寿命、つまりイオンの振動が衝突により妨害されずに持続した時間も測定しなければならない。寿命(LT)とイオンの電荷を事後的に特定することを試みるために、従来技術のSTORI勾配法を用いることができる。
【0011】
STORI法(非特許文献2)はイオン振動の寿命を見出す手段を提供している。この方法は、イメージ電荷/電流信号f(t)から次の量を計算する。
【数1】

この量は、イオン振動が検出可能な信号を発生させ続けている間、時間とともに全体として直線的に増加する。増加中のSTORI関数S(t)の値の増加の平均勾配はイメージ電荷/電流信号の振幅に依存することがあり、有利な状況下ではイオンの電荷に比例し得る。有利な状況下でSTORI関数の勾配を測定することによりイオンの電荷を特定することができる。イメージ電荷信号が途絶えると(即ち、イオンが中性化される又は突然その周波数を変えると)、STORI関数の直線的な増加も終わり、理想的にはその後は一定値に留まる。この特性により、いつイオンが途絶えたかを判定することができ、イオンの寿命の情報が得られる。図1aはSTORI関数の理論的な理想形状を示している。STORI関数は「平均して」直線的であり(例えば、イオンの周波数がサンプリング周波数とどのように関係しているかに応じた多少のうねりはあるかもしれない)、そのためデータ取得時間区間内における関数S(t)の大きさの変化率(即ち、累積関数S(t)の増加の勾配)はイオンの電荷zに比例していること、即ち、
【数2】

であることが分かる。ここで項a及びbは定数であり、所定の較正値である。イオンの電荷zはこの式により特定することができる。この方法は累積関数S(t)の大きさの変化率(即ち、上り「勾配」)によってイオンの電荷の値を決定することを含むものとすることができる。
【0012】
しかし、STORI法は主として調和振動の場合、より詳しくはイオン運動から生じるイメージ電荷/電流信号が正弦波形を有している場合に適している。複数の高調波成分を含む非高調波信号に対しては、この方法はそれらの高調波成分を効率的に利用せず、それ故、信号雑音比が低くなったり電荷測定精度が悪くなったりする。加えて、イオンの電荷の値を計算する際、この方法は信号中に埋まった電子的なノイズの影響を受ける。データ取得中にイオントラップ内に複数のイオンが共存している場合、イオン振動の周波数同士が十分に近いと、それらが互いに干渉し始め、電荷測定の不正確さを更に増大させる。
【0013】
STORI法に関連する問題を具体的に説明するため、図1bに示した以下のシミュレートした試験データを考える。この図は従来技術による2群のSTORIプロットを示している。第1群(曲線1)は単一のイオンについてのイメージ電荷/電流信号のSTORIプロットを示しており、ノイズ又は他のイオンからの干渉を含んでいない。第2群(曲線2、3及び4)はある目的イオンについてのイメージ電荷/電流信号のSTORIプロットを示しており、これらのプロットは現実的なレベルのノイズ又は他のイオンからの干渉を含んでいる。曲線1は信号の全長にわたって170,000.00Hzで振動する単一イオンにより生成された。信号の総持続時間は1,000ミリ秒であった。この曲線は純粋な直線であり、現実にはまず起こらない理想化された結果である。この線が直線であるかどうかはサンプリング周波数が信号の周波数及び位相とどのように関係しているかによる。図1bの曲線1のように完全な直線はサンプリング周期が信号周期の整数倍であるときにのみ生じる。ここで「サンプリング」は上記STORIの式における連続する時点(t)間の距離に関係している。それよりはるかに現実的なのは、電荷が同じ3種類のイオンの振動についてのSTORIプロットを表す曲線2、3及び4である。曲線2は周波数170,000.00Hzで振動しているイオン(Ion#1)に対応し、曲線3は周波数170,010.95Hzで振動しているイオン(Ion#2)に対応し、曲線4は周波数170,006.57Hzで振動しているイオン(Ion#3)に対応している。Ion#2は200ミリ秒間持続してからその周波数を170,050.11Hzに変える。Ion#3は300ミリ秒間持続してからその周波数を170,008.76Hzに変える。全3種のイオンについての総信号持続時間は1,000ミリ秒であり、3種のイオンはその周波数を変えた後でも全て同じ電荷50eを有している。
【0014】
各STORIの勾配はそれを生み出しているイオンの電荷に比例するものと仮定される。理想化されたイオン(曲線1)の勾配は電荷50eを表している。この曲線の比例係数(グラジエント)は他のイオンの電荷を推定するための較正として利用することができる。1つの問題は、理想化された曲線1がなければ、次に良い(ほぼ直線的な)曲線、例えば曲線2を較正として利用しなければならないということである。曲線2は、明らかに周期的である振動により明らかに変調されており、これはその振動がノイズにより生じるものではないことを意味しており、その勾配を推定することには問題がある。
【0015】
STORI法の別の問題は、該方法は、イオンの振動が現に存在しており、そのイオンに対応するSTORIプロットの曲線において持続的に上る線形(又は準線形)プロットとして明瞭に現れている間にしか利用できないということである。イオン振動が途絶え、イオン振動の「寿命」が終わると、STORIプロット上の対応部分のデータは、少なくとも理論的には、上り続けることを止めるはずである。STORI分析において、この「寿命」が尽きた後の時間に対応するSTORIデータはいかなる部分も利用すべきではない。ところが、イオンの振動の「寿命」をそのSTORIプロットから正確に決定することは非常に難しいことが多い。これは重要である。なぜなら、STORIプロット上に「線」の形状が与えられたとして、それらの勾配は「線」のどの部分を該勾配の値の推定に用いるかに依存するからである。具体例として、今のシミュレーションではIon#1、Ion#2及びIon#3の寿命が「分かって」いる(即ち、それぞれ1000ミリ秒、200ミリ秒及び300ミリ秒)が、各曲線に対して各々のSTORI曲線(2、3及び4)の線形回帰分析により架空の直線的な「グラジエント」を決定すると、結果はそれらのイオンに対して以下のような電荷となる(単位は電子電荷e)。
【0016】
【表1】
【0017】
真の電荷は50eである。このSTORIの結果は受け入れ難い。STORIプロット全体にわたる振動「寿命」を持つIon#1の電荷の推定値でさえ、Ion#1に振動周波数が近い他のイオン信号(Ion#2、Ion#3)からの影響等により曲線2に見られる周期的なノイズのせいで質が低くなっている。故に、電子的なノイズ及び他のノイズからの電荷測定誤差の寄与を低減すること、そして周波数が近い他のイオン信号からの影響を最小化する又は考慮することが重要である。
【0018】
本発明は以上の事柄に鑑みて成されたものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0019】
【文献】WO 02/103747 A1
【文献】WO 2012/116765 A1
【非特許文献】
【0020】
【文献】Li Ding and Aleksandr Rusinov, “High-Capacity Electrostatic Ion Trap with Mass Resolving Power Boosted by High-Order Harmonics”, Anal. Chem. 2019, 91, 12, 7595-7602
【文献】Jared O. Kafader, “STORI Plots Enable Accurate Tracking of Individual Ion Signals”; J.Am. Soc. Mass Spectrum (2019) 30: 2200-2203
【文献】W. Shockley: “Currents to Conductors Induced by a Moving Point Charge”, Journal of Applied Physics 9, 635 (1938)
【文献】S. Ramo: “Currents Induced by Electron Motion”, Proceedings of the IRE, Volume 27, Issue 9, Sept. 1939
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0021】
イメージ電荷/電流信号は捕捉された何らかのイオン種の振動に対応する周期成分を含む信号の非破壊検出を利用する質量分析装置において得ることができる。しかし、本発明は周期成分を含む信号を分析する必要がある他のいかなる分野のイオン分析にも適用できる。イオン運動の周波数はイオンの質量電荷(m/z)比に依存し、イオン分析器(例えばイオントラップ)内に複数パケットのイオンが存在する場合は、イオン分析器の収束特性によっては、同じm/z比を持つイオンの各パケットの運動が同期することがある。
【0022】
イメージ電荷を利用したイオンの検出はショックレー(非特許文献3)及びラモ(非特許文献4)により導き出された諸原理に基づいている。ここでは、電極の傍を通過して移動する電荷のイメージにより該電極内に測定可能な電流が誘導されることが示された。速度ベクトル(v(r))で自由空間内を移動する電荷qにより検出装置の電極上に誘導されるイメージ電荷Qは、該移動する電荷の位置r及び速度、並びに検出装置の電極の構成にのみ依存する。イメージ電荷Qは電極に印加されるバイアス電圧にも、存在する空間電荷にも依存せず、次式で与えられる。
【数3】
【0023】
ここでV(r)は検出装置内でベクトルrにより与えられる電荷の位置における静電場の電位である。誘導されるイメージ電荷/電流Iはこの量の変化率によって次のように与えられる。
【数4】
【0024】
ここで、E(r)は「重み場」として知られる電場(ベクトル)である。この関係をどのように実装すればよいかの簡単且つ具体的な例として、均一な間隔dを空けた一対の平行平面電極板を備える検出装置において、前記電極板の間を電荷qのイオンが速さvで該2枚の電極板の面に垂直な平面内で円軌道に沿って運動する場合を考える。「重み場」は均一で電極板に垂直でイオン軌道に平行な方向を向いている(実際的に言えば、板の寸法がそれらの間隔よりはるかに大きく、その結果、フリンジ効果を無視できれば、それは実質的に真となる)。故に、
【数5】

である。その結果、誘導されるイメージ電荷/電流は次の形の正弦波振動信号となる。
【数6】
【0025】
誘導されるイメージ電荷/電流の振幅はイオンの電荷qに比例する。ひとたび比例定数項v/dが考慮に入れられれば、この振幅を測定することによりイオンの電荷を決定することができる。より一般的には、前記原理は、誘導されるイメージ電荷/電流の振幅がイオンの電荷qに比例するという点で、より複雑な検出装置の電極構造にも同じく当てはまり、比例定数項が検出装置の電極構造に応じて異なるものとなる。
【0026】
本発明はイメージ電荷/電流信号の分析に関する。信号は1又は複数の周期成分を含み得る。成分の周期性は、それが信号の大きさ又は振幅の変化を一定の時間周期で1回示し、且つ連続するそのような時間周期毎に1回繰り返すことを意味する。各周期成分は信号の周波数成分とも呼ばれる。全体の信号は全ての周期成分/周波数成分の総和である。周期成分の周期T(秒)は対応する周波数成分の周波数f(Hz)と、f=1/Tという関係を通じて対応している。本明細書では「周期成分」と「周波数成分」をこの意味で入れ替え可能に解釈する。イメージ電荷/電流信号はその性質が非高調波でも高調波でもよく、いずれの場合もその内部に周期成分を含むことができる。例えば、イメージ電荷/電流信号は「単振動」であるイオン運動から生じることができ、そうするとイメージ電荷/電流信号は正弦波状になることができる。しかし、本発明はこのような信号及びこのようなイオン運動に限られない。従って、イメージ電荷/電流信号は、「単振動」ではないが反復的な周期運動であるような、イオンの他の種類の高調波運動からも生じ得る。本発明は、イオンの運動が周期的又はほぼ周期的であってピックアップ(イメージ電荷/電流)検出器により検出されるようなイオントラップに特に関係するが、これに限られない。
【0027】
本発明は、最も一般的には、イオン分析装置内で振動運動をしている1又は複数のイオンに対応する時間領域イメージ電荷/電流信号を処理することにより目的イオンの電荷を特定するための方法及び装置を提供するものであって、電荷の特定が、事前に取得した時間領域イメージ電荷/電流信号の1又は複数の選択された周波数領域高調波成分に基づいており、前記高調波成分が、前記時間領域イメージ電荷/電流信号に寄与する、目的イオン以外のイオンの振動運動のスペクトル成分からのスペクトル干渉を除去するために補正又は処理された高調波成分である。本発明の1つの利点は、イオンに対して得られた時間領域イメージ電荷/電流信号の周波数スペクトル上の隣接する周波数ビンへの非目的イオンのスペクトルエネルギーのスペクトル漏れを明らかにすることである。本発明は、イメージ電荷/電流信号の周波数領域変換物の高調波成分の大きさ又は振幅を特定すること、及びそれを用いてイオン分析装置内で振動運動をしている目的イオンの電荷を表す値を計算すること、を含むものとすることができる。
【0028】
他のイオンからのスペクトルエネルギーがこのビンに「漏れて」入る可能性があり、本発明は他のイオンに関連付けられた(即ち目的イオンとは関係がない)隣接するスペクトルビンからのそうした「漏れ」の寄与を推定する手段を提供することができる。このようにして本発明は、イオンのイメージ電荷/電流信号が取得されたときにトラップ内に一緒に存在していた可能性がある他のイオン(即ち目的イオン以外のイオン)のイメージ電荷信号の影響を明らかにすることができる。本発明にはまた、イオンに対して得られた時間領域イメージ電荷/電流信号を解析する際にノイズの影響を低減させることができるという利点もある。全体的には、これらの利点によりとりわけ目的イオンの電荷の評価の精度が高まる。
【0029】
いくつかの実施形態では、目的イオンの電荷の特定が、事前に取得した時間領域イメージ電荷/電流信号から選択された下位部分/時間区間の1又は複数の選択された周波数領域高調波成分に基づいている。前記選択された信号下位部分/時間区間の大きさ又は持続時間は、イオン分析装置内での目的イオンの振動運動の周期の値/大きさに比例して(例えばその倍数として)選択されることが好ましい。この適切な下位部分/時間区間の選択により、イメージ電荷/電流信号の周波数領域スペクトルの明瞭性が向上し、それにより、イオン分析装置内で振動運動をしているイオンの電荷を表す値を計算する際にその利用の有効性が高まることが分かった。本発明の1つの利点は、いくつかの実施形態において、イオンに対して得られた時間領域イメージ電荷/電流信号の周波数スペクトル上の隣接する周波数ビンへの目的イオンのスペクトルエネルギーのスペクトル漏れを低減することである。目的イオンに関連付けられた周波数スペクトルのスペクトルエネルギーのより大きな割合を、より少数のスペクトル周波数ビン又はわずか1つのスペクトル周波数ビンに集中させることができることが有利である。
【0030】
第1の態様において、本発明は、イオン分析装置内で振動運動をしている1又は複数のイオンを表すイメージ電荷/電流信号の処理方法であって、
時間領域において前記イオン分析装置により生成された前記イメージ電荷/電流信号の記録を取得すること、
信号処理ユニットにより、
周波数領域信号を用意するために前記記録済み信号の変換を適用すること、
前記周波数領域信号のN個(ここでNは1より大きい整数)の別個の値(OP、ここでn=1~N、N≧M)を、目的イオンに対応する信号ピークを含む前記周波数領域信号の複数の別個の隣接する信号ピークからそれぞれ選択すること、及び、
αnmを係数、TPを前記周波数領域信号の前記選択されたN個の別個の値のうちM個の補正値とする連立方程式
【数7】

を解くこと、
前記周波数領域信号の前記M個の補正値から、前記目的イオンに関連付けられた信号ピーク(例えば高調波ピーク)に対応する補正値(TP)を選択すること、
前記選択された補正値(TP)に基づいて、前記イオン分析装置内で振動運動をしている前記目的イオンの電荷を表す値を計算すること、
を含む方法を提供するものとすることができる。前記連立(行列)方程式を用いて、補正値(TP)の解の「最も良い」セットを、例えば次の行列方程式の最小二乗数値解(又は当業者に利用可能な他の解法)を介して求めることができる。
【数8】

ここで、
【数9】

及び
【数10】

である。行列[α]は要素αnmがn行目及びm列目にあるn行m列の行列である。
【0031】
好ましくは、前記行列方程式におけるNの値はMの値よりも大きい。このようにすると、未知数よりも方程式の方が多いことにより、行列方程式の解がより安定になることが分かった。
【0032】
例えば、いかなる信号「ピーク」内でも2個以上の信号値(即ち、同じ所与の「ピーク」構造内から複数の別個の値)を選択することができる。これにより、信号「ピーク」構造の存在数、つまりそれら「ピーク」構造を生み出すイオンの数よりも信号値の数の方が多くなる。例として、スペクトル中に2つの隣接する「ピーク」を示すスペクトルを考える。それら2つのピークのうち1つの同じピーク内の異なる位置から2つの別個の信号値(OP及びOP)を選択し、2番目の「ピーク」から第3の信号値(OP)を選択することができる。
【0033】
これは、以下のような3行3列の行列
【数11】

として連立方程式を立てる代わりに、本発明では、一方のイオンによりOPとOPが作られ、他方のイオンによりOPが作られるものとして、以下の方程式
【数12】

を立ててもよいということを意味するだろう。ここで、前記連立方程式には未知数の数よりも多くの方程式(即ち3行2列の行列)があり、本発明者らはこの行列方程式の安定解を得ることができることを見出した。これは、前記連立方程式が、その解の精度を高める信号に関連するより重要な情報を含んでいることを示している。好ましくは、複数の信号「ピーク」から(例えば信号「ピーク」構造毎に)2個以上の信号値(即ち、複数の「ピーク」構造の各々について、同じ所与の「ピーク」構造内から複数の別個の信号値)を選択してもよい。
【0034】
更なる例として、信号「ピーク」の存在数がそれを生み出すイオンの存在数よりも多いという状況が起き得る。例として、スペクトル中に3つの隣接する「ピーク」を示すスペクトルがある一方、装置内には2種のイオン(ion#1及びion#2)しか存在しないという場合を考える。第1のピーク(OP)はion#1により生み出され、第2のピーク(OP)はion#2により生み出されているが、見かけの第3のピーク(OP)はピークOPの副ローブとピークOPの副ローブの重畳により生み出されているにすぎない可能性がある。これは存在しないion#3に起因するピークと「間違われる」可能性がある。
【0035】
これは、以下のような3行3列の行列
【数13】

として連立方程式を立てる代わりに、本発明では、OPが単にion#1とion#2により作り出されるものとして、以下の方程式
【数14】

を立ててもよいということを意味するだろう。ここで、前記連立方程式には未知数の数よりも多くの方程式(即ち3行2列の行列)があり、本発明者らはこの行列方程式の安定解を得ることができることを見出した。これは、前記行列方程式が3行3列の行列よりも現実をより良く表していることを示している。
【0036】
例えば、同一の信号ピークから数個の選択/点(OP)を行なうことができ、それを信号スペクトル中に存在する可能性がある2つ以上のピークのうち任意の数のピークに対して行うことができるが、最も好ましくは選択/点(OP)をスペクトル中の2つ以上のピークから取るようにする。
【0037】
望ましくは、前記周波数領域信号の前記選択されたN個の別個の値のうち少なくとも1つが、目的イオンの高調波周波数ではない周波数にある隣接する各信号ピークにそれぞれ対応するようにする。例えば、前記周波数領域信号の前記選択されたN個の別個の値のうち少なくとも1つが、例えば、目的イオンのスペクトルピークとスペクトル的に干渉する可能性がある非目的イオンの高調波周波数である周波数にあるスペクトルピークに対応する。これは、目的イオンのスペクトルピークと、非目的イオンの隣接スペクトルピークに関連付けられた周波数領域信号成分の一部(例えば副ローブ等)との部分的な重畳によって生じることがある。このように、前記周波数領域信号の前記選択されたN個の別個の値は、最も好ましくは、目的イオンのスペクトルピークと干渉する(例えばスペクトルが漏れる)可能性がある(例えばその可能性が非常に高い)隣接スペクトルピークと関連付けられた値を含む。
【0038】
好ましくは、前記周波数領域信号の前記選択されたN個の別個の値のうち少なくとも1つ、又は複数が、目的イオン(即ちその電荷を測定したいイオン)の高調波周波数ではない周波数にある隣接する各信号ピークにそれぞれ対応するようにする。例えば、OPは目的イオンの運動の高調波である周波数に対応する前記周波数領域信号の値とすることができる(例えば、ある高調波に対応する信号「ピーク」形状内で最大の値として「観察された」値であり、「OP」は「Observed Peak(観察されたピーク)」を意味する)。例えば、OP(ここでn>1)はそれぞれ、目的イオンではない別のそれぞれのイオンの運動の高調波である周波数に対応する周波数領域信号の値とすることができる(例えば、ある高調波に対応する信号「ピーク」形状内で最大の値として「観察された」値であり、「OP」は「Observed Peak(観察されたピーク)」を意味する)。このようにして、目的イオンの所与の高調波と関連付けられた信号に寄与している全てのイオンの運動により、周波数領域信号の前記選択された別個の値(OP)の各々に対して成される寄与(αnm)を表す一組の方程式が用意される。この一組の方程式を解くことにより、目的イオンの所与の高調波に関連付けられた周波数領域信号の補正値(TP)を得ることができ(例えば、目的イオンにより生じる「ピーク」形状に対する「真の」値であるとみなされるように補正された値であり、「TP」は「True Peak(真のピーク)」を意味する)、この値においては当該信号に寄与している全ての他のイオンの運動からの寄与が除去されている。また、非目的イオンの所与の高調波に関連付けられた周波数領域信号の補正値TP(ここでm>1)を得ることもでき、この値においては当該信号に寄与している全ての他のイオンの運動(目的イオンの運動を含む)からの寄与が除去されている。
【0039】
例として、周波数領域信号の3個(又はそれ以上)の別個の値が選択され、その各値が、信号全体に寄与する1つのイオンの高調波周波数である各周波数にそれぞれ存在する3つ(N=3)の隣接する信号ピークの1つにそれぞれ対応している(即ち、目的イオンと他の2つの非目的イオンである)場合、前記方程式は次のように表すことができる。
【数15】

ここで、
【数16】

であり、mは隣接ピークTPに関連付けられた周波数ωにおけるイオン振動を指し、nは関心対象の成分の周波数ωを指している。項Tは記録済みイメージ電荷/電流信号の寿命が終わる(即ち途絶える)時間を表す。
【0040】
この同時方程式の組をTP、TP、TPについて解くことにより、上述のように、目的イオンに対する選択された周波数領域の「真のピーク」に基づいて該目的イオンの電荷を計算するステップで用いられる補正値(例えば、目的イオンに対してTP)が得られる。
【0041】
周波数領域信号は時間領域信号に周波数領域変換(例えばフーリエ変換)を適用したものから導き出すことができ、その場合、変換後の信号は複素数で表現される。複素数は複素(アーガンド)平面内で表される大きさと位相を有している。複素数は実数成分と虚数成分を有している。大きさは実数成分の2乗と虚数成分の2乗の和により与えられる。位相は実数成分と虚数成分の比の逆正接により与えられる。
【0042】
イオン電荷を計算するステップで用いられる周波数領域信号の値は変換後の信号を表す複素数とすることができる。例えば、前記周波数領域信号の前記選択されたN個の別個の値(OP)はそれぞれ複素数とすることができる。例えば、前記周波数領域信号の前記補正されたM個の別個の値(TP)はそれぞれ複素数とすることができる。係数(αnm)は複素数とすることができる。これらの複素係数の位相を考慮することにより、前記周波数領域信号の前記補正されたM個の別個の値(TP)をより正確にすることができる。解TP(複素数)が求まったら、「大きさ」=√({Re[TP]}+{Im[TP]})という計算により決まるそれらの複素数の大きさを計算することができる。この計算は各ピークの高調波毎に数個の点で行うことができる。目的ピークの大きさが決まったら、関連するイオンの電荷を計算することができる。
【0043】
好ましくは、周波数領域信号を用意するために記録済み信号の変換を適用する前記ステップの前に、本方法は、
前記記録済み信号中の周期的信号成分の周期の値を決定すること、
前記記録済み信号を切り捨てることで前記周期の整数倍に略等しい持続時間を有する切り捨て済み信号を用意すること、そしてその後、
前記周波数領域信号を用意するために、前記記録済み信号が前記切り捨て済み信号であるような前記記録済み信号の変換を適用する前記ステップを実行すること、それにより、
目的イオンの電荷を表す値を計算する前記ステップが、前記切り捨て済み信号に対応する前記周波数領域信号の補正値(TP)に基づいていること、
を含んでいる。
【0044】
このように、本発明は、記録済みイメージ電荷/電流信号からイオン振動の周波数(又は周期)を特定することを含むことができる。本方法は、信号中のこの振動の寿命を決定することを含むことができる。本発明は、切り捨て後の信号長が記録された振動信号の振動周期(T=1/f)の略整数倍であるという条件付きで、該記録済み信号を切り捨てることができる。これにより、後で論じるように、再構成された時間領域信号における信号雑音(S/N)比が高まるという結果が得られる。本発明は、(時間領域における)記録済みイメージ電荷信号の長さを振動の寿命の範囲内にまで切り捨てることを含むことができる。従って、最も好ましくは、切り捨て済み信号の持続時間は記録済み信号中の周期的信号成分の寿命を超えない又は大きく超えない。
【0045】
前記記録済み信号の切り捨ては、例えば、前記切り捨て済み信号の末端が前記記録済み信号中の周期的信号成分(即ちイオン振動運動)の寿命の終わりの直前又は直後の時間と一致するように行うことができる。言い換えれば、前記周期的信号成分は、時間周期的に配列された(即ち周期Tで時間間隔を空けた)一連の多数の信号ピークを、それらを作り出したイオン振動運動の寿命の持続時間を通じて示すものとすることができる。この振動運動の寿命は、そのような信号ピークの振幅が振幅閾値を下回ったときに終わったものとみなすことができる。例えば、イオン振動運動の寿命及び該運動が作り出す振動性信号成分の寿命は、該成分の信号ピークの振幅が前記記録済み信号中の該成分の最大のピーク値(例えば大きさ)の値から約20%より大きく外れる(降下する)ときに終わったものとみなすことができる。好ましくは、このずれは最大ピーク値(例えば大きさ)の値から約15%より大きい、又は約10%より大きい、又は約5%より大きいものとする。記録済み信号の切り捨ては、切り捨て済み信号が前記信号成分の信号ピークのうち前記振幅閾値よりも大きい振幅を有するものだけを含むように行うことができる。これはイオン振動運動が前記切り捨て済み信号の全体を通じて「生きて」いた(即ち、その寿命が終わらなかった)ことを実質的に意味する。例えば、記録済み信号S(t)が周期T秒及び寿命TLT秒を持つ周期成分を含んでいるとすると、切り捨て済み信号の持続時間はN×Tとすることができる。ここでNは整数で、N×T<TLTである。
【0046】
あるいは、記録済み信号の切り捨ては、切り捨て済み信号が、前記信号成分の信号ピークのうち前記振幅閾値より大きい振幅を有するものに加えて、イオン振動運動の「寿命」の終わりの直後にある前記振幅閾値より小さい振幅を持つ1つ(又は2つ)の信号ピークを含むように行うことができる。この切り捨ては、イオン振動運動が最初は比較的緩やかに「消滅」し始め、且つ、連続する信号ピークの振幅の前記低下が比較的緩やかであることから、「消滅時刻」が例えば前記切り捨て済み信号の最後の2つの連続する信号ピークの間に入る、という場合に受け入れることができる。例えば、記録済み信号S(t)が周期T秒及び寿命TLT秒を持つ周期成分を含んでいるとすると、切り捨て済み信号の持続時間は(N+1)×Tとすることができる。ここでNは整数で、N×T<TLT<(N+1)×Tである。
【0047】
記録済みイメージ電荷/電流信号を切り捨てるステップにより、切り捨て済み信号の長さがイオン振動の周期の整数倍になるように下位部分/時間区間が適切に選択される。ここで、前記周期はイオン振動の周波数に従って決定される。この切り捨ては、前記記録済みイメージ電荷/電流信号の記録済みの開始時間に略開始し且つ該記録済みイメージ電荷/電流信号の記録済みの終了時間より前の記録済み時間に終了するような前記記録済みイメージ電荷/電流信号の下位部分/時間区間を用意するものとすることができる。このアレンジは、1又は複数のイオンがイオントラップ又はイオンガイドからイオン分析装置内へ注入され、該イオン分析装置内に入るとすぐに振動運動をすることができる、という場合に適当であり得る。本発明は、本明細書に記載のイオン分析装置と、この目的でイオン分析装置にイオンを注入するように構成されたイオントラップ又はイオンガイドとを備える装置を含むことができる。あるいは、前記切り捨ては、前記記録済みイメージ電荷/電流信号の記録済み開始時間より後の記録済み時間に開始し且つ該記録済みイメージ電荷/電流信号の記録済み終了時間より前の記録済み時間に終了するような前記記録済みイメージ電荷/電流信号の下位部分/時間区間を用意するものとすることができる。この代案は、1又は複数のイオンがイオン分析装置内で(例えば他のイオン、原子又は分子との衝突により)生成され、イメージ電荷/電流信号の記録が始まって初めて振動運動を行う、という場合に適当であり得る。好ましくは、切り捨てにより、それぞれ互いに略等しいピーク信号値を有するような、又は、それぞれ最大のピーク値(例えば大きさ)の値から約20%以下しか外れていないピーク信号値を有するような、一連の反復する信号ピークが存在する前記記録済みイメージ電荷/電流信号の下位部分/時間区間が選択される。好ましくは、このずれは最大のピーク値(例えば大きさ)から約15%以下、又は約10%以下、又は約5%以下とする。
【0048】
このように、前記下位部分/時間区間の適切な選択は、前記切り捨て済み信号が前記記録済みイメージ電荷/電流信号のうち「安定な」イオン振動信号に対応する部分から主として又は略完全に構成されるようなものとすることができる。別の言い方をすれば、前記記録済みイメージ電荷/電流信号は、安定なイオン振動を示す略同じ振幅(及びしばしば略同じ形状/構造)を持つ「強く」且つ「安定な」反復する信号ピークが存在する下位部分/時間区間を含むものとなる。しかし、前記記録済みイメージ電荷/電流信号は他にも、振幅と形状が異なり、しばしば振幅の変化(例えば低下)と幅の変化(例えば拡大)もある連続した信号ピークが存在する1又は複数の下位部分/時間区間を、ときに該記録済みイメージ電荷/電流信号の開始付近に、そして確実にその終了付近に含むものとなる。これらは不安定なイオン振動を示しており、イオン分析装置内で振動運動をしているイオンの電荷を表す値の正確な計算に用いるには適切ではない。本発明では、切り捨て済み信号を用意するために下位部分/時間区間を適切に選択すればそれを回避することができる。
【0049】
前記記録済み信号を切り捨てる前記ステップは、
前記記録済み時間領域信号を(例えばフーリエ変換により)周波数領域に変換することにより変換済み記録信号を生成すること、
前記変換済み記録信号のピーク値を、該変換済み記録信号のうち前記記録済み信号の周波数領域高調波成分に対応する信号ピーク内から選択すること、
前記信号ピーク内にあり且つ前記ピーク値に関連付けられた周波数よりも低い周波数に対応する、前記変換済み記録信号の第1の隣接値を選択すること、
前記信号ピーク内にあり且つ前記ピーク値に関連付けられた周波数よりも高い周波数に対応する、前記変換済み記録信号の第2の隣接値を選択すること、
前記選択されたピーク値、前記選択された第1の隣接値及び前記選択された第2の隣接値に基づいて時間領域信号を再構成すること、
時間領域信号を再構成することの範囲内で振幅変調が信号閾値を下回る閾時間を決定すること、
こうして決定された閾時間に従って前記記録済み信号を切り捨てること
を含むものとすることができる。
【0050】
前記信号閾値は、振幅変調の最大値(例えば変調包絡線の振幅)の少なくとも80%に相当する信号値とすることができる。好ましくは、前記信号閾値は、振幅変調の最大値(例えば変調包絡線の振幅)の少なくとも85%、又は少なくとも90%、又は少なくとも95%である。ユーザはこれらの限度の範囲内で経験的に適切な信号閾値を決定することができる。
【0051】
選択されたピーク値に関連付けられた周波数(ωPeak)は、前記変換済み記録信号の所与の信号ピークに関連付けられた高調波の周波数にできるだけ近くなるように選択することが好ましい(即ち、ωを基本周波数[第1高調波]、Nを整数として、ωPeak=ω=Nω)。それは単に前記変換済み記録信号の所与の信号ピーク内で信号の最大値を選択することにより選択してもよい。なぜならその最大値は問題の高調波の周波数に存在する傾向があるからである。前記記録済み信号の周波数領域高調波成分の第3高調波が、前記選択されたピーク値、前記選択された第1の隣接値及び前記選択された第2の隣接値を取得する高調波として特に好適に利用できることが分かった。しかし、第3高調波以外の高調波に対応する周波数領域信号ピークでも、経験的により好適であることが分かっているなら利用してもよい。なぜならこれは時間領域信号の形状に依存する可能性があり、該形状はイオン分析装置の幾何学的形状に依存する可能性があるからである。加えて、高調波の次数が増すに従って周波数領域ピークの信号雑音比(S/N)が次第に悪くなる(即ち低下する)ことが分かった。結局、ユーザがこれらの費用/便益要因のバランスを取ることにより実際的且つ適切な選択を行うことができる。第3高調波(又は、事情によっては他の、例えば隣接高調波)には、十分な強度を持ち、狭いスペクトルプロファイル形状を持ち、他の高調波成分からの干渉が比較的なく、そのうえ、信号切り捨て処理における閾値を与える際に用いられる時間領域信号を再構成することの範囲内で振幅変調の形状の変動/勾配/低下の率が適切になるような周波数(ωを基本周波数[第1高調波]として、ω=3ω)に対応している、という利点を合わせ持っていることが分かった。
【0052】
前記第1の隣接値は、前記選択されたピーク値の周波数(ωPeak)よりも前記変換済み記録信号の所与の信号ピークの半値全幅(FWHM)の半分を超えない量(ΔωFA)だけ低い周波数(ωFA)に対応するように選択されることが好ましい(即ち、ΔωFAを周波数差としてωFA=ωPeak-ΔωFA)。前記第2の隣接値は、前記選択されたピーク値の周波数(ωPeak)よりも前記変換済み記録信号の所与の信号ピークの半値全幅(FWHM)の半分を超えない量(ΔωSA)だけ高い周波数(ωSA)に対応するように選択されることが好ましい(即ち、ΔωSAを周波数差としてωSA=ωPeak+ΔωSA)。これはもちろん、前記変換済み記録信号の所与の信号ピークが、使用されている周波数領域表現の周波数分解能(ビンの大きさ)の範囲内で認識可能な幅を持つピーク構造に分解できるということが前提である。
【0053】
好ましくは、ΔωFA=ΔωSAである。
【0054】
所望であれば、時間領域信号を再構成する任意選択のステップを前記切り捨て済み信号の1又は複数の選択された周波数領域高調波成分に基づいて行ってもよく、該ステップは、前記切り捨て済み信号の前記周波数領域高調波成分を生成するために前記切り捨て済み時間領域信号に適用された周波数領域変換の逆変換(例えば逆フーリエ変換)を用いて時間領域信号を計算することを含んでいてもよい。例えば、本方法は、切り捨て済み時間領域信号のフーリエ変換を計算して該切り捨て済み信号の前記周波数領域高調波成分を生成すること、そしてその後、前記切り捨て済み信号の1又は複数の選択された周波数領域高調波成分に基づいて時間領域信号を再構成する際に逆フーリエ変換を適用することを含むことができる。
【0055】
例えば、任意選択でもし所望であれば、本方法は、切り捨て済み時間領域信号のフーリエ変換を計算すること、及び、変換された切り捨て済み時間領域信号中にある高調波ピークのうちの複数ピークの各々(例えば該高調波ピークの各々)に存在する、該信号の少なくとも1つの値(例えば単一の点)を選択することを含むことができる。本発明は、前記変換された切り捨て済み時間領域信号の前記選択された値を用いて前記時間領域信号を再構成すること(即ち、イメージ電荷信号の「きれいにした」バージョンを表現すること)を含むことができる。上述したように、前記切り捨て済み信号を用意するために下位部分/時間区間を適切に選択することにより、本発明はこうして、振動運動をしているイオンをより良く表し、イオン分析装置内での他のイオンの存在及び干渉から生じる他の高調波成分による汚染が比較的少なく、ノイズによる劣化が比較的少ない(即ち信号雑音比がより高い)高調波を(例えばフーリエスペクトル中に)含む「よりきれいな」時間領域信号を用意することができる。
【0056】
前記イオン分析装置はイオンを生成するように構成されたものとすることができる。イオン分析チャンバは、イオンを捕捉して、該捕捉したイオンに振動運動をさせ、振動運動をしている該捕捉したイオンを表す複数のイメージ電荷/電流信号を少なくとも1つのイメージ電荷/電流検出器で取得するように構成されたものとすることができる。
【0057】
イオン分析チャンバは、内部で前記振動運動を発生させるために、イオンサイクロトロン共鳴型トラップ、イオンの捕捉に超対数電場を用いるように構成されたOrbitrap(登録商標)、静電型リニアイオントラップ(ELIT)、四重極イオントラップ、イオン移動度分析装置、電荷検出質量分析装置(CDMS)、静電型イオンビームトラップ(Electrostatic Ion Beam Trap:EIBT)、軌道周波数分析装置(Orbital Frequency Analyser:OFA)及び平面静電型イオントラップ(Planar Electrostatic Ion Trap:PEIT)のうち任意の1又は複数を含むものとすることができる。
【0058】
別の態様において、本発明は、上述したような方法であって、振動運動をしている捕捉されたイオンを表す複数のイメージ電荷/電流信号を処理する方法を質量分析装置に行わせるように構成されたコンピュータ実行可能な命令を備えるコンピュータ読み取り可能な媒体を提供することができる。前記信号処理ユニットは、前記コンピュータ実行可能な命令を実行するようにプログラムされた又はプログラム可能な(例えば、コンピュータプログラムを含むコンピュータ読み取り可能な媒体を備える)プロセッサ又はコンピュータを含むものとすることができる。
【0059】
本明細書において、名詞としての「ピーク(peak)」という語は、(例えば信号内の)突き出て先端がとがった部分、形状若しくは構造、又は(例えば信号内の)最も高い領域、点、値若しくはレベルへの言及を含むものと解することができる。
【0060】
本明細書において、動詞としての「記録(recording)」という語は、信号が生成されたときに該信号を同時に記録することへの言及を含むものと解することができ、また、信号を表すデータを例えば事前に記録されたそのようなデータの複製を記録/作成することにより記録すること、又はそのような記録を取得すること、への言及を含むものと解することができる。名詞としての「記録(recording)」という語は「記録する」という行為の結果への言及を含むものと解することができる。
【0061】
本明細書において、「時間領域(time domain)」という語は、時間に依存する現象の分析又は測定において独立変数とみなされる時間への言及を含むものと考えることができる。本明細書において、「周波数領域(frequency domain)」という語は、時間に依存する現象の分析又は測定において独立変数とみなされる周波数への言及を含むものと考えることができる。
【0062】
本明細書で用いる「周期的(periodic)」という語は、間隔を置いて出現又は発生する現象(例えば信号の過渡変化又はピーク又はパルス)への言及を含むものと考えることができる。「周期(period)」という語は、振動性又は周期性の現象において同一の事象若しくは状態又は略同一の事象若しくは状態が連続的に発生する時間間隔への言及を含む。
【0063】
動名詞としての「セグメント化(segmenting)」という語は、何かを別個の部分又は区間に分割することへの言及を含むものと解することができる。名詞としての「セグメント(segment)」という語は、何かを分割してできる又はでき得る複数の部分の各々への参照を含み得る。
【0064】
動名詞としての「位置合わせ(co-registering)」という語は、2つ以上の項目を両方の項目が表現又は定義されている領域(例えば時間領域)内に一緒に並べるという工程への言及を含むものと考えることができる。この工程は、1つの項目を基準項目に指定し、幾何学的な変換、座標変換若しくは局所的な移動、又は、領域内での数値的/数学的制約を他の項目に適用することで、それが基準項目と並ぶようにすることを含むものとすることができる。
【0065】
記載された態様及び好ましい特徴の組み合わせは、そのような組み合わせが明らかに容認できないか明示的に回避されている場合を除き、本発明に含まれる。
【図面の簡単な説明】
【0066】
本発明の原理を例示する実施形態及び実験について添付図面を参照しながら以下に議論する。
【0067】
図1a】従来技術によるSTORIプロットの理論的な形を示す図。
図1b】シミュレーションによるいくつかのSTORIプロットを示す図。
図2a】本発明の実施形態によるイオン分析装置を示す図。
図2b】イオン分析装置により生成されたイメージ電荷/電流信号を示す図であって、繰り返し周期Tを持つ反復的な信号パルスの周期的な連続を形成する該イメージ電荷/電流信号中の複数のパルスを含む図。
図2c】イオン分析装置内の1又は複数のイオンの振動運動を表すイメージ電荷/電流信号のセグメント化された部分のスタックを含む2次元関数の概略的な表現を示す図。
図2d図2cに示したようなイメージ電荷/電流信号であって、セグメント化の工程が適用されている信号の概略的な表現を示す図。
図2e】(1)、(2)図2aに対応するイオン分析装置により生成されたイメージ電荷/電流信号であって、繰り返し周期Tを持つ反復的な信号パルスの周期的な連続を含む同一のイメージ電荷/電流信号の持続時間T(秒)の複数の部分を含む図。前記複数の部分は、図2bの視点で見たときに時間軸上の同じ区間(t=0からt=Tまで)に互いに位置合わせされるように重ね合わされている。前記複数の部分は、図2cの視点で見たときに互いに位置合わせされるように時間軸に垂直な次元に沿って整列してスタックされている。
図3】周波数高調波に位置する一連のスペクトルピークを含む記録済みイメージ電荷/電流信号の周波数スペクトルを示す図。
図4図3の周波数スペクトルにおける第3高調波(H3)ピーク内から選択された3つの値を用いて再構成されたイメージ電荷/電流信号と、該再構成された信号から、元の信号を生じさせたイオンの寿命の推定値を示す図。
図5図4に示したイオンの寿命の推定値に基づいて切り捨てられるイメージ電荷/電流信号を示す図。
図6図5に示したように切り捨てられており、且つ周波数高調波に位置する一連のスペクトルピークを含む、切り捨てられた記録済みイメージ電荷/電流信号の周波数スペクトルを示す図。
図7図6の周波数スペクトルにおいて周波数高調波(H1’、H2’、H3’)に位置する複数のスペクトルピーク内から選択された値を用いて再構成されたイメージ電荷/電流信号を示す図であって、繰り返し周期Tを持つ反復的な信号パルスの周期的な連続を含む図。再構成された信号の派生元である(再構成されたものではない)イメージ電荷/電流信号も示している。
図8】目的イオンの振動運動により生じた周波数高調波(H1,…,Hi)に位置する一連のスペクトルピークを含む記録済みイメージ電荷/電流信号の周波数スペクトルであって、各ピークが他の非目的イオンの振動運動により生じた多数のより低い隣接する高調波スペクトルピークに囲まれているものを示す図。
図9】目的イオンの振動運動により生じた更なるスペクトルピークの連続(図示せず)の中から周波数高調波に位置する3つのスペクトルピークのクラスタを含む記録済みイメージ電荷/電流信号の周波数スペクトルの一区間を示す図。前記クラスタは主たる(目的の)高調波スペクトルピークと、他の非目的イオンの振動運動により生じた周波数高調波に位置する2つのより低い隣接するスペクトルピークとを含む。3つのスペクトルピークに関連する3つの連立同時方程式も示している。
図10図2aによるイオン分析装置上で実行することができる、本発明の一実施例による方法を示す図。
図11】寿命LTの純粋な正弦波振動信号から成る、完全な持続時間TRの記録済みイメージ電荷/電流信号の概略図。
図12】前記記録済みイメージ電荷/電流信号のフーリエ変換スペクトルにおける周波数ビンの、信号の切り捨て前と後の概略図。
図13】異なるイオンに関連付けられた、持続時間が異なる3つの異なる記録済みイメージ電荷/電流信号の概略図。
図14】記録済みイメージ電荷/電流信号の実物を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0068】
本発明の態様及び実施形態について添付図面を参照しながら以下に議論する。更なる態様及び実施形態は当業者には自明であろう。本稿で言及する全ての文書は参照により本明細書に援用される。
【0069】
ここまでの記述、後述の請求項、又は添付図面に開示された各特徴は、必要に応じて、その具体的な形態で表現されるか、開示された機能を実行するための手段又は開示された結果を得るための方法若しくはプロセスの観点から表現されているが、それらの特徴は、個別に又はいくつかの特徴を任意に組み合わせて、本発明をその多様な形態で実現するために利用することができる。
【0070】
上記では本発明を模範的な実施形態と結びつけて説明してきたが、多くの同等の修正や変形は本願の開示があれば当業者にとって自明であろう。従って、前述した本発明の模範的な実施形態は例証的なものであって限定的なものではないとみなされるべきである。前記実施形態には本発明の精神及び範囲から逸脱することなく様々な変更を加えることができる。
【0071】
疑義を避けるために述べておくと、本明細書で行われた理論的な説明はいずれも読者の理解を深めることを目的としたものである。本発明者らはこれらの理論的な説明のいずれによっても束縛されることを望まない。
【0072】
本明細書で用いた見出しは整理を目的とするものに過ぎず、記載された主題を限定するものと解釈すべきではない。
【0073】
後続の特許請求の範囲を含め、本明細書を通じて、「備える(comprise)」及び「含む(include)」という語、並びにそれらの変化形(comprises、comprising、including等)は、文脈上異なる解釈が必要な場合を除き、述べられた整数若しくはステップ又は整数若しくはステップのグループを含むことを意味する一方、他の整数若しくはステップ又は整数若しくはステップのグループを排除することを意味してはいないと解釈すべきものである。
【0074】
なお、本明細書及び添付の特許請求の範囲で用いられる単数形は、文脈上明らかにそうでない場合を除き、指示対象が複数ある場合を含む。本明細書で範囲を表すとき、始点となる或る特定の数値及び/又は終点となる別の特定の数値に「約」を付すことがある。そのように範囲が表されているとき、前記或る特定の数値がまさに始点である及び/又は前記別の特定の数値がまさに終点であるような形態は別の実施形態となる。同様に、「約」という先行詞の使用により値が近似値として表されている場合、当該特定の値は別の実施形態を成すということを理解すべきである。「約」という用語と数値との関係は任意であり、例えば±10%を意味する。
【0075】
各図においては、整合性のため、同じものには同じ参照符号を付してある。
【0076】
図2aは質量分析用の静電型イオントラップ80の形をしたイオン分析装置を概略的に示している。この静電型イオントラップはイオン分析チャンバ(81、82、83、84)を含んでおり、該チャンバは、1又は複数のイオン85Aを受け取るとともに、イオン分析チャンバ内にあるときの該受け取ったイオン85Bの振動運動86Bに応じてイメージ電荷/電流信号を発生させるように構成されている。該イオン分析チャンバは第1の電極配列81と該第1の電極配列から略一定の離間距離だけ離れた第2の電極配列82とを備えている。
【0077】
電圧供給ユニット(図示せず)が使用時に第1及び第2の電極配列の各電極に電圧を供給して電極配列間の空間に静電場を形成するために配置されている。第1配列の電極と第2配列の電極は電圧供給ユニットから略同じパターンの電圧を供給され、これにより、第1及び第2の電極配列(81、82)の間の空間における電位分布は、イオン85Bを飛行方向86Bに反射して該イオンに空間内で周期的な振動運動をさせるような分布になっている。静電型イオントラップ80は例えば特許文献2(Ding他)に記載されているように構成することができ、該文献の全体が参照によりここに援用される。他のアレンジも可能であり、それは当業者なら容易に分かるであろう。
【0078】
第1及び第2の電極配列間の空間内でのイオン85Bの周期的な振動運動は、第1及び第2の電極配列への適切な電圧の印加により、特許文献2(Ding他)に記載されているように、例えば第1及び第2の電極配列間のほぼ中ほどに収束させることができる。他のアレンジも可能であり、それは当業者なら容易に分かるであろう。
【0079】
第1及び第2の電極配列の各々の1又は複数の電極がイメージ電荷/電流センサ電極87として構成されており、そういうものとして信号記録ユニット89に接続されている。このユニットは、センサ電極からイメージ電荷/電流信号88を受け取り、受け取ったイメージ電荷/電流信号を時間領域において記録するように構成されている。信号記録ユニット89は、第1及び第2の電極配列(81、82)間の空間において前記周期的な振動運動86Bをしているイオン85Bの質量電荷比に関係する周期成分/周波数成分を持つイメージ電荷/電流の検出のために必要に応じて増幅回路系を備えることができる。
【0080】
第1及び第2の電極配列は、例えば、特許文献2(Ding他)に記載されているように、
(a)平行な帯状電極、及び/又は、
(b)同心円状、円形、又は部分的円形の導電性リング
により形成された平面的な配列を備えるものとすることができる。他のアレンジも可能であり、それは当業者なら容易に分かるであろう。第1及び第2の電極配列の各配列はイオン85Bの周期的な振動運動86Bの方向に延在している。イオン分析チャンバは第1及び第2の電極配列により画定される主要部と両者間の空間、並びに2つの端部電極(83、84)を備えている。主セグメントと各端部セグメントとの間に印加される電圧差が振動運動の方向86Bにイオン85Bを反射するための電位障壁を形成し、それによりイオンを第1及び第2の電極配列の間の空間内に捕捉する。静電型イオントラップは、イオン分析チャンバの外側でイオン85Aを一時的に蓄積した後、蓄積したイオン80Aを、2つの端部電極(83、84)の一方83に形成されたイオン注入開口を通じて第1及び第2の電極配列の間の空間内に注入するように構成されたイオン源(図示せず。例えばイオントラップ)を含むものとすることができる。例えば、イオン源は、特許文献2(Ding他)に記載されているように、イオンを第1及び第2の電極配列の間の空間内に注入するためのパルサー(図示せず)を含むものとすることができる。他のアレンジも可能であり、それは当業者なら容易に分かるであろう。
【0081】
イオン分析器80は更に信号処理ユニット91を含んでいる。これは、記録済みイメージ電荷/電流信号90を信号記録ユニット89から受け取り、該記録済み信号を処理することで、
(a)該記録済み信号の変換を適用して周波数領域信号を用意し、
(b)前記周波数領域信号のN個(ここでNは1より大きい整数)の別個の値(OP、ここでn=1~Nで、N≧M)を、目的イオンに対応する信号ピーク(例えば高調波ピーク)を含む前記周波数領域信号の複数の別個の隣接する信号ピークからそれぞれ選択し、αnmを係数、TPを前記周波数領域信号の前記選択されたN個の別個の値のうちM個の補正値とする次の連立方程式を解き、
【数17】

(c)前記目的イオンに関連付けられた高調波ピークに対応する周波数領域信号に対する補正値(TP)を選択し、
(d)前記選択された補正値(TP)に基づき、イオン分析装置内で振動運動をしている目的イオンの電荷を表す値を計算する
ように構成されている。
【0082】
目的イオンの電荷を表す値は、例えば、周波数領域ピークに対する前記選択された補正値(TP)に、TPと対応するイオン電荷qとの間の比例関係を上述した「重み場」に換算して特徴付ける、当業者に容易に分かる正規化/較正手続きに従って正規化又は較正の定数又は項を乗じた後の値とすることができる。しばしば、イメージ電荷/電流信号を生成するために用いられるイオン分析装置内にはイオンが存在し、これら他のイオンは各々の異なる振動周波数及び対応する周期(Fother=1/Tother)で振動運動を行う。これらはイオン分析器内に共存し、それらの各々の振動周波数は目的イオンの振動周波数とかなり近いことがある。これら他の信号は、時間領域信号の周波数スペクトル中に、似たスペクトルピークとして現れない(例えばデルタ関数に似ていない)スペクトルピークを呈する。即ち、それらは一般に振幅がより小さく、幅がより広い。そのため、これら他のピークの裾部、ベース部又は尾部が目的イオンの振動運動に関連付けられた周波数まで広がることがあり、そうすることで、目的イオンに関連付けられた鋭く高いスペクトルピークの高さ及び/又は位置に干渉することがある。
【0083】
後でより詳しく説明するように、本方法は近くの各ピークからの干渉を低減/除去するためのステップを実行する。「近くの(nearby)」とは、それらのピークが目標周波数から所定範囲(ΔF。例えば、イオン振動の基本周波数をFとして0<ΔF<Fの範囲内で、この範囲ΔFに前記振動の隣接高調波が入らないようにユーザにより選択される)内に入るという意味である。周波数の近い複数の成分についての連立同時方程式を立て、その連立方程式の解を用いて、目的イオンの目標周波数に近いスペクトル成分になっている他のイオンの振動周波数からの寄与を計算する。これらの寄与を信号のスペクトルから差し引き、残った目標周波数成分を用いて目的イオンの電荷を計算する。
【0084】
干渉は、以下に図10を参照して説明する本発明のより一般的な方法の文脈において、例えば以下のステップ(E)で除去してもよい。
(A)記録済みイメージ電荷/電流信号を取得する(図10、ステップS1)。
(B)前記記録済みイメージ電荷/電流信号において一組の周期的な/反復するパルスを検出し、該検出された一組の周期的な/反復するパルスについて該一組の周期的な/反復するパルスの周期(T)を求める(図10、ステップS2)。
(C)前記検出された一組の周期的な/反復するパルスの寿命の推定値を求める。
(D)前記検出された一組の周期的な/反復するパルスを含む前記記録済みイメージ電荷/電流信号の長さを、前記求められた寿命より短くなる(且つその内側にある)ように且つ該信号の持続時間が前記周期的な/反復するパルスの周期の整数倍になるように調整し/切り捨ててから、該信号に周波数変換(例えばフーリエ変換)を適用する(図10、ステップS3、S4)。
(E)目的周波数(F=1/T)とその高次高調波において変換後の信号の振幅又は大きさを取得する。そして、
a.目標周波数の近くの所定範囲内にある他のピークとそれらの高調波を見つけ出し、目標周波数とその高調波におけるそれらの寄与を求める。
b.上述したN個の連立方程式を解くことによって近くの周波数ピークからの干渉の寄与を差し引くことにより、目標周波数の複数(例えば最大12個又はそれ以上)の高調波の振幅又は大きさを調整する。
(F)それら高調波の1又は複数の実数及び虚数スペクトル値を用いて目的イオンの電荷値を計算する(図10、ステップS5)。
【0085】
上記ステップ(D)の実装例として、図2e(1)及び(2)に実験的に取得した時間領域イメージ電荷/電流信号を信号周期で分割してスタックし、以下に図2cを参照して詳しく説明するF(t1,t2)プロットを形成したものを示す。閾値(「閾値C」)を超える点を除くことにより、該2次元プロットは、t=500ミリ秒付近(即ちイオンの寿命。図5のTLife参照)で信号が消失したことを明らかに示している。それ故、この特定のイオン事象についてのイメージ電荷/電流信号の処理はこの寿命(即ちt<500ミリ秒)に的を絞って行うべきである。今度は図5を参照すると、本方法では時間領域イメージ電荷/電流信号をTLifeよりごく僅かに短く切り捨てて信号の長さがこの目的のイオン運動の周期(T)の整数倍になるようにしている。
【0086】
普通の非高調波波形を含むイメージ電荷/電流信号の周波数変換後のスペクトルでは、高次高調波スペクトル成分(Hi)の数は最大12個(即ちi=12)あれば十分であり、実際の検出器と帯域幅の制限された信号増幅器とを用いて取得される実際のイメージ電荷/電流信号では、次数は最大5又は4でも(即ちi=4~5)十分であり、これによりノイズ及び干渉からの寄与を効率的に除去することができる。僅かな数の線しか含まない「きれいになった」スペクトルを用いて、所望に応じて時間領域信号を再構成することもできる。
【0087】
しかし、目標周波数の周囲に近い周波数を持つ他のイオンが存在すると、それらの周波数ピークが目標周波数及びその高調波における値になお影響を及ぼし得る。これは、測定のスループットを高めるために1回の捕捉サイクル中に多数のイオンを運動させたい場合に重要である。何百ものイオンが一緒に飛行すると、目標周波数付近の周波数範囲に入るイオンが出てくる可能性が高い。他の周波数ピークは鋭いスペクトルピーク(例えばデルタ関数)では表現され得ない。なぜなら信号の切り捨てがそれら他の周波数とは揃っていなかったからである。このような近くのピークの漏れがあると目標周波数との干渉がかなり生じる。
【0088】
図8はそのような干渉の例を示しており、どちらもデルタ関数で表されている目標周波数H1とその高調波Hiが2つの他の周波数12、13で囲まれている。これら2つのピークには目標周波数(H1)までそして互いにまで広がる多少の副ローブ14(又は周波数漏れ)がある。このような近くの周波数からの寄与を識別し、目的イオンの電荷の測定前にその寄与を除去することが好ましい。そこで本方法は、上述したように、そして後で詳しく説明するように、そのような補正ステップを含んでいる。補正ステップでは、目標周波数を中心としてユーザにより選択された所定の周波数範囲内で多数の干渉周波数が識別され、それらの干渉が除去される。
【0089】
周波数スペクトル(図8のような)において、観察されるピーク値は実際は全ての成分を(それらの真のピーク値について)重み付けして組み合わせたものである。周波数(例えばフーリエ)変換に用いられた既知の信号長に基づいて、周波数成分毎の分布(重み/係数)の数学的な記述を導き出すことができることが分かった。観察されたピーク値に等しい全ての成分(重み/係数を乗じた真のピーク値)からの寄与の和についての結合方程式の行列を作ることができることが分かった。本発明者らは、この連立結合方程式の解が目標周波数における真のピーク値を与えることを見出した。
【0090】
目標周波数に対する近くの周波数の干渉(目標周波数の高次高調波への干渉を含む)を除去することにより、たとえ周波数が異なる多数のイオンが一緒に飛行していてそれらの信号が一緒に取得されたとしても目標周波数信号の再構成がはるかに正確になり得る。再構成された時間領域信号の更なるフィルタリング又は平滑化をその大きさの測定より前に用いてもよく、これは、信号処理の一般的な知識の範囲内で容易に利用可能であろうように、信号処理の一般的なステップとして加えることができる。
【0091】
本方法において、周波数領域信号の1又は複数の値を選択するステップは、前記周波数領域信号のN個(ここでNは1より大きい整数)の別個の値(OP、ここでn=1~Nで、N≧M)を、目的イオンに対応する信号ピークを含む前記周波数領域信号の複数の別個の隣接する信号ピークからそれぞれ選択し、αnmを係数、TPを前記周波数領域信号の前記選択されたN個の別個の値のうちM個の補正値とする次のN個の連立方程式
【数18】

を解くことを含んでいる。そして同方法は続いて、前記目的イオンに関連付けられた高調波ピークに対応する周波数領域信号の値に対する補正値(TP)を選択する。前記周波数領域信号の前記選択されたN個の別個の値のうち少なくとも1つは、目的イオンの高調波周波数ではない周波数にある隣接する各信号ピークにそれぞれ対応している。
【0092】
即ち、前記周波数領域信号の前記選択されたN個の別個の値のなかには、目的イオン(即ち、図9のピーク1、電荷を決定したいイオン)の高調波周波数ではない周波数にある隣接する各信号ピーク(例えばピーク2、ピーク3)にそれぞれ対応した値がある。例えば、OPは目的イオンの運動の高調波である周波数に対応するピーク1の範囲内からの周波数領域信号の値とすることができる。これは、ある高調波に対応する信号ピーク1の形状の範囲内の最高値であると「観察された」値とすることができる。同様に、OP(ここでn>1)は目的イオンではない別の各々のイオン(即ち、計N-1個の他のイオン)の運動の高調波である周波数にそれぞれ対応する周波数領域信号ピーク2及び3等の値とすることができる。ここでも、これら隣接するピーク値はそれぞれ高調波に対応する信号「ピーク」形状の範囲内の最高値であると「観察された」値とすることができる。
【0093】
周波数領域信号のこれらN個の選択された値(図9ではN=3)を用いて、周波数領域信号の前記選択された別個の値(OP)の各々に対して成される、目的イオンの所与の高調波に関連付けられた信号に寄与している全イオンの運動による寄与(αnm)を表す一組の方程式が作り出される。
【0094】
本方法はこの一組の方程式を解くことを含んでおり、目的イオンの所与の高調波に関連付けられた周波数領域信号の補正された(即ち「真の」)値、つまりその周波数において該信号に寄与している他の全イオンの運動から生じるスペクトルエネルギーが除去された値(TP)を得ることができる。また本方法では、非目的イオンの隣接高調波に関連付けられた周波数領域信号の補正された(「真の」)値TP(ここでn>1)も得られる。これらは目的イオンの高調波にスペクトルエネルギーを与える他のイオンである。
【0095】
図9の例では、3つ(N=3)の信号ピーク(ピーク1、2及び3)のそれぞれに対応して3つの別個の周波数領域信号の値が選択されている。3つのピークはそれぞれ、全体の信号に寄与しているイオン(即ち、目的イオンと2つの他の非目的イオン)の高調波周波数である各周波数にそれぞれ存在している。上記方程式は以下のように表すことができる。
【数19】

ここで、
【数20】

であり、mは隣接ピークTPに関連付けられた周波数ωにおけるイオン振動を指し、nは関心対象の成分の周波数ωを指している。
【0096】
この一組の同時方程式をTP、TP、TPについて解けば、上述したように、目的イオンの電荷を計算するステップで用いられる周波数領域信号の各値の任意の1つに対する補正値(例えば目的イオンに対してTP)が得られる。
【0097】
言い換えると、信号の各々の高調波ピーク(図6のH1’)から「観察された」スペクトルピーク値OPを単純に用いるのではなく、本方法は代わりに「真の」スペクトルピーク値TPを用いること(即ちOP→TP)を含むものとすることができる。同じ手続きを目的イオンに関連付けられた周波数領域信号の各値(例えば図6のスペクトルピークH1’、H2’及びH3’)のそれぞれに適用することで、
(1)高調波スペクトルピークH1’のピーク値に対する「真の」スペクトルピーク値TP (1)
(2)高調波スペクトルピークH2’のピーク値に対する「真の」スペクトルピーク値TP (2)
(3)高調波スペクトルピークH3’のピーク値に対する「真の」スペクトルピーク値TP (3)
を得ることができる。これら3つの「真の」スペクトルピーク値(TP (1)、TP (2)、TP )が目的イオンの電荷を計算するステップで用いられる。
【0098】
目的イオンの電荷を計算するステップで用いられる周波数領域信号の値は、該周波数領域信号を表す複素数の振幅又は大きさの値である。一般にOPとTPはどちらも周波数スペクトル上のある点で取られた複素数である。信号をフーリエ変換すると周波数点毎に複素数が得られる。本明細書に記載の線形行列方程式を立てるときはこれらの複素数が用いられる。これにより連立方程式を線形にすることができる。解TP(複素数)が求まったら、「大きさ」=√({Re[TP]}+{Im[TP]})という計算により決まるそれらの複素数の大きさを計算することができる。この計算は各ピークの高調波毎に数個の点で行うことができる。目的ピークの大きさが決まったら、関連するイオンの電荷を計算することができる。
【0099】
これら位相の違いを考慮することにより、前記周波数領域信号の前記補正されたM個の別個の値(TP)をより正確にすることができる。
【0100】
図9を参照すると、これは2つのイオンの周波数スペクトルの一部を示しており、そのうち1つ(ピーク2に関連付けられたイオン)は、記録済み信号の捕捉中のある時点においてその振動周波数が変化している。例示したスペクトルには3つの異なる周波数に3つのスペクトルピークがあることが分かる。ピーク1は目的イオンの目的周波数であり、ピーク2と3は干渉である。
【0101】
図9に示したスペクトルの区間内にあるスペクトルピークがピーク1のみだったとすれば、そのパワースペクトルは単一の「sinc関数」で表され、その周波数成分に対するスペクトルピーク1の大きさを求める作業は簡単であろう。ところが、図9を見れば分かるように、いくつかの周波数成分(即ちピーク2及び3)があると、それらの個々のスペクトルが組み合わさり、そのため、目的ピーク1の真の大きさを求めることはより複雑である。特にピーク1で観察されたスペクトルの大きさOPは、その「真の」大きさTPとピーク2および3からの寄与(これらは該ピークの各々の「真の」大きさに比例する)との組み合わせになる。
【0102】
3つのイオンの位相が全て同じなら、上記連立方程式は未知数TP、TPおよびTPに関して線形である。これは、周波数成分mの位相はその係数αnmに含まれており、それが全ての成分について同じであればこれら追加因子を1つの共通の因子に還元することができるからである。その場合、上記連立方程式内の共通の位相因子の値には変動がないから、全てのαnmはスペクトル中の成分n及びmの周波数位置の間の違いにのみ依存する。この仮定が正しい場合、例えば、全てのイオンは同じ時点に振動し始めるものとみなされ、それらの初期位相は同じになるであろう。しかし、実際の実験的なシナリオのほとんどにおいて、この仮定は成り立たない。全ての成分の位相が同じではないと仮定すると、上記連立方程式は成分毎に異なる位相を持つ位相因子を含んでいなければならない。これらの位相因子は追加の未知数として扱われ、連立方程式は非線形になる。
【0103】
信号処理ユニット91は、振動運動をしている捕捉イオンを表すイメージ電荷/電流信号に対して上記信号処理ステップを行うためのコンピュータプログラム命令を実行するようにプログラムされたプロセッサ又はコンピュータを備えている。その結果はイオンの電荷を表す値である。イオン分析器80は更に、イオンの電荷に対応するデータ92を受け取り、測定された電荷の値をユーザに示す及び/又はその値を記憶ユニットに保存するように構成された記憶ユニット及び/又は表示ユニット93を含んでいる。
【0104】
図2bは、図2aのイオン分析装置により生成された、記録済みイメージ電荷/電流信号の概略図を示している。この信号は、典型的には約1秒又はそれ未満だけ存在することが観察され得る取得信号の「過渡変化」から成る。これは、イオンがイオン分析装置(例えばイオントラップ)内で振動運動をするときに生じ、そうすることで、イメージ電荷/電流信号の検出のために構成された装置のセンサ電極によって検出可能なイメージ電荷/電流信号を誘導する。記録済みイメージ電荷/電流信号は、繰り返し周期Tを持つ反復的な信号パルスの周期的な連続を成すイメージ電荷/電流信号内の複数のパルスを含む。この1次元時間領域イメージ電荷/電流信号は図2aのイオン分析器80により生成される。該信号は信号処理部91が信号記録ユニット89から受け取る記録済みイメージ電荷/電流信号に相当し、イオン分析装置内の1又は複数のイオンの振動運動を表している。この信号は、短時間ではあるが強いイメージ電荷/電流信号パルス(7a、7b、7c、7d、7e、7f、7gを含む「7」、…、及び「8」等)が一定間隔で並んだものであり、各パルスは、認識可能な過渡信号パルスが存在しないノイズだけの中間区間により互いに分けられている。各信号パルスは、静電型イオントラップ80内でのイオンの振動運動の間にイオン85B又はイオン群が該イオントラップの2つの対向するイメージ電荷/電流センサ電極87の間を瞬間的に通過する短い時間に対応している。
【0105】
振動の周期は定義により、2回の反射、例えばイオンの運動エネルギーが最小でその位置エネルギーが最大である2つの状態の間の時間間隔である。対称な系ではイオンの振動周期を信号周期とみなすことができる。
【0106】
イオン85Bが静電型トラップ内での振動運動の1サイクルの前半に左から右へセンサ電極87を通過する時に第1のパルス(7a)が発生し、該イオンが同振動サイクルの後半に今度は右から左へ再びセンサ電極87を通過するときに第2のパルス(7b)が発生する。その次の振動運動の第2サイクルで後続の信号パルス(7c、7d)が発生する。振動運動の第3サイクルの前半に次の信号パルス(7e)が発生し、振動運動のサイクルが次々に継続するに従って更なるパルスが続く。
【0107】
連続する信号パルスの各々は、時間領域において(即ち、信号の時間軸(t)に沿って)、それぞれ最も近い隣接パルスから共通の時間周期Tだけ離れている。Tは静電型イオントラップ内でイオンの振動運動が持続する限り持続する事実上1つの周期的信号の周期に対応している。このように、周期的信号の周期性は、上述した、静電型イオントラップ80内でのイオンの周期的、巡回的な運動の周期と関係している。こうして、この共通の時間周期(T)の存在によりパルス(7、8)の連続がイメージ電荷/電流信号の「周期成分」として識別される。その共通の時間周期Tが必ず1つの周波数(即ち、該共通の時間周期の逆数)に対応していることを考えれば、この「周期成分」は「周波数成分」と呼ぶこともできる。前記信号はイオンの周期的な振動運動の性質に応じて高調波でも非高調波でもあり得る。このような信号は、正弦波状の波形を有するという意味で高調波であり得る。そうでなければそれは非高調波であり、それは基本波成分に加えて1又は複数のかなり大きい周波数成分(例えば他の高次高調波の周波数成分、又は非高調波の周波数成分)を有することを意味する。
【0108】
以下の方法は記録済みイメージ電荷信号中の周期成分の周期Tと寿命TLTを決定する1つの可能なやり方の例である。しかし、イオンの振動運動の寿命を決定するには、例えば短時間フーリエ変換(Short-Time Fourier Transform:STFT)や上述したSTORI法等、当業者に容易に分かる他の方法を用いてもよい。
【0109】
図2cは2次元関数F(t,t)を概略的に表現したものであり、図2bに概略的に示したイメージ電荷/電流信号F(t)のセグメント化された部分をスタックしたものを含んでいる。これは信号処理部91により生成されて表示ユニット93に出力されるデータ92により定まる2次元関数の例である。信号処理部91は、イメージ電荷/電流信号F(t)中の周期成分(7a、7b、7c、7d、7e等)の周期の値(T)を決定し、該イメージ電荷/電流信号F(t)を、前記決定された周期に対応する持続時間の多数の別個の連続する時間セグメントに分割するように構成されている。信号処理部は続いて、前記決定された周期(T)を規定する第1の時間次元tにおいて前記別個の時間セグメントを位置合わせするように構成されている。次に、信号処理部91は位置合わせした時間セグメントを第1の時間次元と交差する(例えば直交する)第2の時間次元tに沿って分離する。その結果、第2の時間次元に沿って並んだ別個の連続する時間セグメントのスタックが出来上がる。全体として、この位置合わせされた時間セグメントの並びが2次元関数F(t,t)を定義する。この関数は、第1の時間次元tにおいてスタックの幅全体にわたって前記決定された周期Tの範囲内の時間に従って変化するとともに、第2の時間次元tにおいてスタックの長さに沿って、連続する時間セグメントの間の時間に従って変化する。
【0110】
図2cを参照すると、周期成分の周期TがT=4.5μ秒と決定されており、連続的な1次元イメージ電荷/電流信号がそれぞれ4.5μ秒の持続時間を持つ複数の時間セグメント(7A、7B、7C、7D、7E等)に分割されている。前記複数の時間セグメントの時間セグメントの各々が前記複数の時間セグメントの他の時間セグメントの各々と位置合わせされている。これは、第1の時間セグメント7Aが基準時間セグメントとなるべく選択され、それに対して他の全ての時間セグメントが位置合わせされている、ということを意味している。この位置合わせを達成するため、「基準」時間セグメント以外の所与の時間セグメント内の各信号データ値/点の時間座標(即ち第1の時間次元t)を以下のような1次元時間(t)から2次元時間(t,t)への変換にかけることで、前記記録済み信号を多数の別個の時間セグメントに分割するステップを実行する。その結果は、次の関係によって1次元関数F(t)を2次元関数F(t,t)に変換することである。
【数21】

【数22】

ここで変数tは、Tを周期成分の周期とする0からTまでの時間セグメント[0;T]の範囲内に値が限定された連続変数である。変数tは、mを整数(m=1,2,3,…,M)としてt=mTとなるようにその値が制約された離散変数である。mの上限値は、「取得時間(acquisition time)」即ち、全てのデータ点を取得する総所要時間をTacqとして、M=Tacq/Tと定義することができる。
【0111】
言い換えると、これらの制約を課することにより、整数mの別個の値毎に新たなセグメントと第2の時間次元tに沿ったステップが決まるようなセグメント化を行うことができる。各セグメントは第1の時間次元tにおいてt=0からt=Tまでの範囲内でのみ持続時間を有する。これは、各セグメントの開始時点は、連続的な時間変数tの同じ値(即ちt=0)を他の全てのセグメントの開始時点と共有する一方、第2の時間次元においては時間tの独自の値を持つ、という意味でもある。同様に、これはまた、各セグメントの終了時点は、連続的な時間変数tの同じ値(即ちt=T)を他の全てのセグメントの終了時点と共有する一方、第2の時間次元においてはtの独自の値を持つ、という意味でもある。この意味で、これら異なるセグメントは2次元関数F(t,t)の2次元空間において互いに「位置合わせされている」(即ち時間が揃っている)。もちろん、実際に採取されるイメージ電荷/電流信号の値は、連続的な時間区間[0;T]内にある有限個の離散的な時点において採取される離散値であることを理解すべきである。これは、実際に測定される信号値は、(サンプリングレート等に応じて)各セグメント中で正確な時点t=0、t=Tに存在することもしないこともある、ということを意味する。
【0112】
例えば、記録済み信号を多数の別個の時間セグメントに分割するステップは、次の関係によって1次元関数F(t)を2次元関数F(t,t)に変換することを含むものとすることができる。
【数23】

ここで
【数24】

である。加えて、整数Nはセグメントの時間区間[0;T]内で利用可能なデータ点(測定値又はサンプル)の個数を示している。例えば、データサンプリング時間間隔δtをδt=T/Nとし、計数用の整数nがn=1,2,…,Nの範囲内で変化するようにすることができる。言い換えれば、前記分割するステップは列のデータ値のマトリクスFnmを作るものとすることができる。行列の各行は個別のセグメントを定め、連続する行はセグメントの「スタック」を定める。行列の行の「行」次元は第1の時間次元tに対応するのに対し、行列の「列」次元は第2の時間次元tに対応している。この意味で、異なるセグメントは2次元関数F(t,t)の2次元空間において互いに「位置合わせされて」(即ち時間が揃って)おり且つ互いに「分離して」いる。
【0113】
その結果は第1の時間次元に沿った負の時間方向への共通の時間ずれ又は平行移動(図2cの符号25で概略的に表されている)と等価であり、それは平行移動された時間セグメントが時刻t=0において開始し(21、23、…等)、時刻t=T=4.5μ秒において終了する(22、24、…等)ことを確実にするのに十分なものである。その結果、各時間セグメント(7A、7B、7C、7D、7E…等)がそれ自身の適切な時間平行移動(図2cの符号25参照)を受け、それは全ての時間セグメントが第1の時間次元に沿って時間区間[0;T]の範囲内だけで延在することを確実にするのに十分なものである。
【0114】
この位置合わせ工程は時間セグメント全体に適用されるものであり、連続する時間セグメント内に現れる過渡信号パルス(7a、7b、7c、7d、7e、…等)の位置に適用されるものではないということに注意することが重要である。しかし、周期的信号成分の時間周期Tが正確に決定されていれば、時間セグメントの位置合わせの結果、過渡信号パルスも結果的に位置合わせされることになり、第1の時間次元に沿った連続する過渡パルスの位置は、位置合わせされた1つの時間セグメントから次のセグメントに移っても変わらない。図2cの概略図の場合がそうであり、過渡信号パルスが第2の時間次元の軸に平行な直線路に沿って揃っているのが分かる。
【0115】
逆に、周期的信号成分の時間周期Tが正確に決定されていなければ、時間セグメントの位置合わせの結果、過渡信号パルスも位置合わせされるという結果にはならず、第1の時間次元に沿った連続する過渡パルスの位置は、位置合わせされた1つの時間セグメントから次のセグメントに移ると変化/ドリフトすることになる。
【0116】
信号処理部91は続いて、位置合わせされた時間セグメントの各々を第1の時間次元と交差する(例えば直交する)第2の時間次元tに沿ってずらす、又は平行移動させる。具体的には、前記「基準」時間セグメント以外の所与の時間セグメント内の各信号データ値/点に追加の座標データ値を割り当てることで、各信号データ点が信号の値、第1の時間次元における時間値、及び第2の時間次元における値という3つの数字を持つようにする。第1及び第2の時間次元の値は所与の信号データ点に対して2次元時間平面内の座標を定め、そのデータ点に関連付けられた信号値はその座標における該信号の値を定める。図2cに示した例では、信号値が前記2次元時間平面より上のデータ点の「高さ」で表現されている。
【0117】
第2の時間次元に沿って適用される時間のずれ又は平行移動は、平行移動された各時間セグメントがそれに直接隣接する2つの位置合わせされた時間セグメント、即ち直前及び直後の時間セグメントから、同じずれ/間隔だけ離れていることを確実にするのに十分なものである。その結果、第2の時間次元に沿って並んだ別個の連続する時間セグメントのスタックが出来上がり、これが全体として図2cに示したように2次元関数F(t,t)を定義する。この関数は、第1の時間次元tにおいてスタックの幅全体にわたって変化することで時間[0;T]内での過渡信号パルスの位置及び形状を示すとともに、第2の時間次元tにおいてスタックの長さに沿って、連続する時間周期の間の時間、又はスタックセグメント番号に従って変化する。n番目とn+1番目のスタックの開始の間、又は第1の時間次元において同じ座標を持つ任意の2点の間の時間間隔は時間周期Tと必ず等しくなるから、連続する時間セグメントは本来的に第2の時間次元に沿ってT秒(例えば図2cの例では4.5μ秒)の時間間隔だけ離れている。
【0118】
図2dは、2次元関数F(t,t)を生成する方法において、イメージ電荷/電流信号F(t)中の周期的信号成分の周期の値Tを決定する手続きを概略的に表している。この方法の最初のステップはイメージ電荷/電流信号を生成すること、そして該イメージ電荷/電流信号を時間領域において記録することである。
【0119】
取得された1次元時間領域イメージ電荷/電流信号の記録、即ち図2dのF(t)は、1又は複数の周期振動を含んでいる。これら周期成分は周波数成分f=1/T、f=1/T、…等に対応し得る。
【0120】
続いて、本方法の次のステップで、記録済み信号中の周期的信号成分の周期(T)を求める。このステップは以下の下位ステップを備えるものとすることができる。
(1)第1の下位ステップは、図2dの1次元時間領域信号F(t)をサイズδtのサンプリングステップでサンプリングすることである。
(2)第2の下位ステップは、f=1/T、f=1/T…等の周期成分/周波数成分の各々の時間周期T(i=1,2,…)の値を推定することである。これは、当業者には容易に分かるであろう任意の適切なスペクトル分解法を用いて行ってもよいし、あるいは単に、まずそれらの値を予想し、首尾一貫した結果が見つかるまで本方法を反復的に適用することによってもよい。
(3)第3の下位ステップは、1次元信号F(t)をセグメントに分割し、選択した周期(周波数)値f=1/Tに従って時間セグメントを位置合わせすることで、2次元関数F(t,t)を作ることである。具体的には、変数tはt=0(ゼロ)に始まり、後続のサンプリングステップ毎にt軸に沿ってステップサイズδtずつ増大する。この工程の間、最初は変数t=0(ゼロ)である。tがT以上になる時間に達したら、変数tはt=0(ゼロ)にリセットされ、変数tはステップサイズであるTだけ増大する、即ちt=Tとなる。こうして、測定信号の各サンプリング点が一対の値(t,t)に帰属される。このようにして2次元メッシュ/平面(t,t)が形成される。これが、第1の時間次元と交差する第2の時間次元tに沿った位置合わせされた時間セグメントの「分離」を構成し、それにより、全体として2次元関数を定義する時間セグメントのスタックを作り出す。得られる関数F(t,t)は一組のレイヤF(t)と考えることができる。ここでtは常に区間[0;T]の範囲内にあり、各レイヤは該レイヤ内で一定の値(Tの整数倍)を持つ何らかのtに対応する。
(4)第1の任意選択による第4の下位ステップは、F(t,t=固定)、即ちt値の変化を無視して図2cの「ビュー(a)」に沿って見たF(t,t)に相当し、全てのレイヤが重なり合って見えるような、第1の2次元散布図を作り出すことである。セグメント周期Tの適切な選択のために、図2e(1)に示したようにピークがノイズ領域より上で見えるようになる。
(5)第2の任意選択による第4の下位ステップは、図2cの「ビュー(b)」に沿って見たF(t,t)に相当する第2の2次元散布図を作り出すことである。これは、所定の閾値(例えば予め決められた信号レベル)をCとして、|F(t,t)|<Cであれば点(t;t)をプロットし、そうでなければそれをプロットから飛ばす/省略する、という条件下でF(t,t)を示したものである。セグメント周期Tの適切な選択のために、図2e(2)における、データ点が実質的に存在しない幅Δtの空のチャネルが、図e(2)に示したように点により囲まれて/境界を定められて、t軸に平行な経路に沿って延在するように現れる。なお、|F(t,t)|>Cという条件も可能であることを理解すべきであり、この条件の場合、空の空間に囲まれた「詰まった」チャネルが2次元空間内にできる。
【0121】
選択した周期値が信号F(t)の周波数成分に対応するかどうかを判定するため、手続き(4)及び/又は(5)を用いて周期Tの値に繰り返し達することができる。この判定は何らかの基準に基づくものとすることができる。例えば、方法ステップ(4)に従い、もしF(t,t)の描画がピーク状の密な領域を含んでいたら、これは周波数成分として分類される。例が図2e(1)に示されている。その代わりに、又はそれに加えて、方法ステップ(5)に従い、予め定められた信号閾値レベルCに対して、もしF(t,t)の表現がt軸に平行な経路に沿って延在するほぼ真っ直ぐな空のチャネル(図2e(2)の符号6)を含んでいたら、これは周波数成分として分類される。例が図2e(2)に示されている。どちらの方法も、選択したセグメント周期T(即ち各時間セグメントの長さ)が信号F(t)中の周期成分の実際の時間周期と正確に合っているときを識別する手段を提供する。そのときにのみ、連続する時間セグメント内の周期成分の各過渡ピークが、スタック化の次元(t)の軸に平行な経路に沿って直線状に「整列」することになる。もし選択したセグメント周期Tが信号F(t)中の周期成分の実際の時間周期と正確に合っていなければ、連続する時間セグメント内の周期成分の各過渡ピークはスタック化の次元の軸に平行な経路に沿って直線状に「整列」しない。そうではなく、それらピークはスタック化の次元の軸に向かって又は軸から離れるように逸れる経路に沿ってドリフトすることになる。
【0122】
周波数を決定する非反復的な方法も可能である。そのような方法はより高速になり得る。例えば、最初に決められた周期成分の周期が若干不正確である(即ち、T’≠Tだが、大きく違ってはない)とする。その結果、第2の時間次元(t軸)から傾いた方向に2次元関数の2次元空間を通って延在する直線的な特徴が現れる。この信号に対応する周期は、上述したように反復的に、前記直線的な特徴がt軸に平行になるまで元の1次元信号の再セグメント化と再スタック化を何度も繰り返すことによって求めてもよい。代わりに、前記直線的な特徴の直線的な経路が第1の時間次元の軸に対して(例えばt軸に対して)成す傾斜角を求め、その角度(即ちt軸と直線的な経路の方向の間の角度)に従って正しいスタック化周期(即ちT’=T)を得ることもできる。その利点は、反復的な再セグメント化と再スタック化を全く行う必要がないということである。これにより計算時間が大きく節約される。なぜなら、メモリ中の信号配列は非常に大量なデータであるのが普通であり、PCのメモリ中でそのような配列にアクセスする処理には長い時間がかかり、処理速度におけるボトルネックとなるからである。ひとたび傾斜角が求まれば、「不正確な」スタック化周期(T’)と傾斜角を用いて正しい周期を決定する式は次のようになる。
【数25】

傾斜角αは直接測定することができるから、スタック化周期(T’)の連続的な(改善する)値に対して、前記直線的な特徴の連続的なバージョンが成す傾斜角αを連続的に測定することにより、それを反復的に最適化できる。このように、傾斜角αをT’=Tという条件を見つけるための最適化変数として用いることができる。これを実装するには、当業者に容易に利用可能な最適化法(例えば傾斜降下)又は機械学習ツール(例えばニューラルネットワーク)による最適化法を用いればよい。
【0123】
どちらの方法、つまり方法(4)又は方法(5)のどちらも、画像解析アルゴリズム又は数値アルゴリズムのいずれかにより行うことができる。そのようなアルゴリズムでは各表現F(t,t)上のデータ点の密度又は数を考慮することが好ましい。例えば、第1の時間次元内の予め定めた時間区間Δt内で予め定めた閾値|F(t,t)|<Cを下回る点の数を求めるアルゴリズムとすることができる。データ点の密度又は数が閾値Cより小さければ、それを利用して、周波数成分が適切に検出されていることを示すことができる。図2e(2)はこの方法を例示している。ここではその方法は、2次元関数の値が所定の閾値Cを下回るような該2次元関数の事例の部分集合を求めることを含んでいる。その事例の部分集合のなかから、2次元関数が前記所定の閾値を決して下回らないような第1の時間次元における時間区間Δtを求める。そして、その時間区間を周期的信号成分の位置/存在であるものとして識別することができる。
【0124】
アルゴリズムには、解像されたピーク構造(方法(4))及び/又は目立つチャネル(方法(5))を有する画像を分類するように訓練されたニューラルネットワークを含む機械学習技術を用いることができる。
【0125】
反復的に周期Tの値に達したら、本方法は先に進み、記録済み信号を、決定された周期に対応する持続時間を持つ多数の別個の連続する時間セグメントに分割する。これを行うための手続きは下位ステップ(3)で説明したものと同じである。なお、時間周期Tを決定する反復的な方法によれば、上述した最後の成功する下位ステップ(4)又は(5)を実行するときには、そもそも方法下位ステップ(3)が実行されることは分かるであろう。
【0126】
本方法の最後のステップは第2の時間次元tにおいて前のステップの時間セグメントのスタックを作り出すことで、スタック化されたイメージ電荷/電流信号を生成することである。これを行うための手続きは、決定された周期Tを規定する第1の時間次元tにおいて別個の時間セグメントを位置合わせし、位置合わせされた時間セグメントを第1の時間次元と交差する第2の時間次元tに沿って分離させるという、下位ステップ(3)に記載した手続きと同じである。ここでも、時間周期Tを決定する反復的な方法によれば、上述したステップS3の最後の成功する下位ステップ(4)又は(5)を実行するときには、そもそもこの最後のステップが実行される。
【0127】
本方法において信号処理ユニットはこのように反復的に周期的信号成分の周期の値Tを決定するようにプログラムすることができる。それは、まず、上述したようにTの「試験的」値を推定し、その「試験的」値を用いて前記記録済み信号F(t)を「試験的」周期に対応する持続時間を持つ多数の時間セグメントに分割し、それらを位置合わせし、それから、該位置合わせされた時間セグメントを第2の時間次元tに沿って分離することで時間セグメントのスタックを作り出すものとすることができる。信号処理ユニットは、第1の時間次元における周期成分(過渡ピーク)の位置が第2の時間次元に沿って変化するかどうかを自動的に判定するように構成することができる。もし変化が検出されたら、信号処理部により新たな「試験的」値Tが選択され、新しい「試験的」時間周期を用いて時間セグメントの新たなスタックが作り出される。それから信号処理部が、第1の時間次元における周期成分(過渡ピーク)の位置が第2の時間次元に沿って変化するかどうかを再評価し、そのような変化が実質的に生じないと判定されたときに反復処理が終了する。この条件は、最新の「試験的」時間周期Tが真の時間周期値の正確な推定値であることを意味している。
【0128】
目的イオンの振動運動の周期の値(T)が得られたら、先に進み、記録済み信号F(t)を以下のように切り捨てることができる。
【0129】
図3、4及び5を参照すると、記録済み信号を切り捨てて、目的イオンの振動運動の周期の値(T)の整数倍(N×T)に略等しい持続時間を持つ切り捨て済み信号を得るための手続きが示されている。
【0130】
具体的には、図3は、記録済み信号F(t)にフーリエ変換を適用することから得られる、周波数領域におけるフーリエスペクトルの概略図を示している。フーリエスペクトルは、バックグラウンドのスペクトル信号レベル60より明らかに上へ立ち上がった複数の明瞭なスペクトルピーク(H1、H2、H3)を有している。第1のピークH1は第2及び第3のスペクトルピーク(H2、H3)の位置よりも低い周波数にある。このピークは目的イオンの振動運動の第1(基本)高調波の周波数に対応しており、目的イオンの振動運動の基本周波数(f=1/Tヘルツ)を含む狭い範囲の周波数を包含している。
【0131】
第2のスペクトルピークH2は第1及び第3のスペクトルピーク(H1、H3)の間の中間周波数にある。このピークは目的イオンの振動運動の第2高調波(第1倍音)の周波数(2f=2/Tヘルツ)に対応しており、目的イオンの振動運動の基本周波数を含む狭い範囲の周波数を包含している。
【0132】
第3のスペクトルピークH3は第1及び第2のスペクトルピーク(H1、H2)の位置を超えたより高い周波数にある。このピークは目的イオンの振動運動の第3高調波(第2倍音)の周波数(3f=3/Tヘルツ)に対応しており、目的イオンの振動運動の基本周波数を含む狭い範囲の周波数を包含している。他のスペクトルピーク(図示せず)がフーリエスペクトル内の更に高い高調波周波数に存在している。高次高調波が記録済み信号F(t)内での時間領域におけるピーク形状を生み出す元である。時間領域における記録済み信号の減衰は周波数領域におけるピーク形状により特徴付けられる。例えば、記録済み信号内での信号ピーク8の減衰の形状を図5に示す。この信号ピークの減衰は、目的イオンの規則的な振動運動が止まり始め、振動運動がより複雑になり、H1、H2及びH3等のような純粋な高調波ではないかなりのスペクトル(周波数)成分で損なわれるようになるときに始まる。イオンの規則的な振動運動の「寿命」はその時点で実質的に終わっている。
【0133】
記録済み信号を切り捨てて切り捨て済み信号を得る手続きは、記録済み信号から目的イオンの「寿命」に入らないそれらの部分を取り除くことにより、該記録済み信号をその後の分析の前に「きれいにする」ことを目的としている。
【0134】
記録済み信号F(t)の開始時から測定した、目的イオンの規則的な振動運動の「寿命」が終わった時点(TLife)の正確な推定値を求め、それにより、前記記録済み信号F(t)のどの部分を切り捨てにより除去すべきかを見積もる必要がある。この推定を行うため、前記記録済み信号のうち、記録済みイメージ電荷/電流信号の記録開始時間と一致する(又はそれより後の)記録時間に始まり、該記録済みイメージ電荷/電流信号の記録終了時間より前の記録時間に終了する下位部分を切り捨て済み信号として選択することができる。
【0135】
切り捨て済み信号は、一連の反復する信号ピークが存在する前記記録済み信号の下位部分であって、各信号ピークのピーク信号値が前記一連の反復する信号ピークのうち最大のピーク値の値から約20%より大きく外れていないような部分とすることができる。
【0136】
あるいは、前記記録済み信号の切り捨ては図3及び図4を参照して説明する以下のステップを含むものとすることができる。
(1)まず、記録済み信号F(t)にフーリエ変換を適用する等により、該信号を周波数領域に変換する。この結果、図3に示したようなスペクトルが得られ、それにより変換済み記録信号を作り出す。
(2)前記スペクトル内から高調波スペクトルピーク(例えばH3)を選択する。選択された高調波ピーク内から、
a.該選択された高調波ピーク内で変換済み記録信号のピーク値(ωPeak、例えば最大値62)を選択する。それから、
b.該選択された高調波ピーク内で、そのピーク値に関連付けられた周波数よりΔωFAだけ低い周波数に対応する、変換済み記録信号の第1の隣接値61(ωFA)を選択する。それから、
c.該選択された高調波ピーク内で、そのピーク値に関連付けられた周波数よりΔωSAだけ高い周波数に対応する、変換済み記録信号の第の隣接値63(ωSA)を選択する(例えば|ΔωFA|=|ΔωSA|)。
(3)選択されたピーク値62、選択された第1の隣接値61及び選択された第2の隣接値63に基づいて、図4に示したような時間領域信号(51、53、54)を再構成する。再構成により、記録済み信号F(t)の近似的なバージョンF1Approx(t)が、前記記録済み信号の周波数スペクトル内のスペクトル高調波ピーク内から選択された数個のサンプルのみに基づいて作り出される。
(4)再構成された時間領域信号内の振幅変調50が信号閾値を下回る閾時間(TLife)を求める。この閾値は第1の信号パルス51の最大値又は振幅変調包絡線50の最大値の約80%に設定することができる。例えば、図4の概略図において、第1の信号パルス51は振幅変調包絡線50にほぼ一致する振幅を持っており、第4の信号パルス53は振幅変調包絡線50により変調されており、振幅が第1の信号パルスよりも小さくなっているが、まだ閾値レベルを超えている。一方、第5の信号パルス54は振幅変調包絡線50により更に変調されおり、振幅が閾値レベルより低くなっている。結果として、閾時間(TLife)はパルス53及び54の時間の間のいずれかの時点にある。
(5)そうして決定された閾時間(TLife)に従って、記録済み信号を切り捨てる。
【0137】
スペクトルの高調波ピークの頂部及びその付近で選択された僅かな数(例えば3つ)の周波数サンプルのみを用いて時間領域信号のバージョンを再構成するというこの方法は、イオンの規則的な振動運動の「寿命」が終わった時点の正確な推定値を求め、それにより、記録済み信号のどの部分を切り捨てにより除去すべきかを見積もるために必要十分なスペクトル情報を捕らえる上で有効であることが分かった。この方法によれば、目的イオンの運動状態との関連がより明確で、記録済み信号F(t)中に存在するノイズに関する情報又は他の干渉イオンの運動状態に関する情報による質の劣化がより少ないスペクトル情報が得られる。好適なスペクトルピークは、ノイズに過度に影響されないほど十分に大きい(例えば信号雑音比が十分に高い)ピークであるという意味で「強い」高次高調波(基本波から遠ければ遠いほど良い)のピークであることが分かった。
【0138】
イオンの振動運動の「寿命」の値が、該イオンの振動運動の周期Tの値とともに得られたら、先に進んで、以下の2つの条件を満たすイオンの「切り捨てられた寿命」(Ttrunc)を定めることにより、前記記録済み信号F(t)を切り捨てることができる。
(1)「切り捨てられた寿命」は目的イオンの振動運動の周期(T)の整数(N)倍に略等しい。即ち、Ttrunc=N×Tである。
(2)「切り捨てられた寿命」はイオンの規則的な振動運動の「寿命」(TLife)より短い。
【0139】
図5はこの関係を概略的に示している。
【0140】
それから、この切り捨て済み時間領域信号内からの周波数領域高調波成分(例えば図のH1’、H2’、H3’…等)に基づいて、「よりきれいな」バージョンの時間領域信号の処理を進めることができる。即ち、本方法は先に進んで、フーリエ変換等、切り捨て済み信号の変換を適用することにより、切り捨て済み時間領域信号の周波数領域スペクトルを用意する。このスペクトルから、該スペクトル中の1又は複数の高調波ピークにそれぞれ対応する1又は複数のスペクトル信号の値を選択する。
【0141】
スペクトル信号のこれら1又は複数の値に基づいて、「よりきれいな」バージョンの周波数領域信号が目的イオンの電荷の計算に用いられる。図5及び6はこの工程の局面を概略的に示している。
【0142】
本方法は、イメージ電荷/電流信号の周波数スペクトルを「クリーニング」し、続いてその「きれいになった」周波数スペクトルから信号を再構成することに基づいて、イオン電荷の値を推定する手段を提供する。従来技術では周波数スペクトルの「クリーニング」は普通、スペクトルのうちノイズ又は重要ではないとみなされる全ての周波数成分を除去又は修正することにより行われるのに対し、本発明は異なる方策を実施する。例えば、CDMSでは、ひとたびフーリエスペクトル中にイオン振動が確認されたら、スペクトルピークの大きさが関心の対象となる。これは、スペクトルの「有用な」成分はピークトップ周辺の周波数領域であるということを意味する。それらの周波数領域に含まれるノイズ周波数は、従来技術のスペクトル「クリーニング」法の間に除去することはできない。
【0143】
しかし、図5に例示した本方法では、入力された時間領域イメージ電荷/電流信号データセットのサイズを小さくし(切り捨て)、その結果、それが例えばイオン振動の「寿命」より若干短い範囲をカバーし、且つ、切り捨てられたデータセットの持続時間が目的イオンの振動運動の基本波の周期(T=1/F)の整数にほぼ等しくなるようにする。これにより、時間領域信号が理想的な周期の境界条件をほぼ満たすようになり、そして切り捨て済み時間領域信号への周波数変換(例えばフーリエ変換)の適用後、図6に例示した本発明においては、周波数領域スペクトル内の目的周波数のスペクトルピーク(高調波ピーク)がはるかに狭く(例えばデルタ関数と同等のものに)なる。これにより、スペクトルピーク内からスペクトルピーク値を選択する作業がはるかに正確になる。即ち、もっと広いピーク形状とは対照的に、非常に狭いピーク形状のピーク値を選択することになる。記録済みイメージ電荷信号を切り捨ててイオンの振動運動の寿命を超えないようにすることが、スペクトルピークが狭くなる理由の大部分である。更に、記録済みイメージ電荷信号を切り捨ててその持続時間を周期Tの整数に等しくすることにより、周波数領域信号におけるスカロッピング損失が低減する。
【0144】
フーリエスペクトル値に対する信号切り捨ての効果
【0145】
理論に縛られることは望まないが、以下の議論は説明に役立つ理論的原理と概念的な例を考慮することによって本発明をより良く理解してもらうことを目的としている。本発明のより良い理解を支援するため、以下の議論では、周期がT、寿命の持続時間がLT≦TRである純粋な正弦波(図11参照)を含む、全持続時間TRの概念的で理想化されたイメージ電荷電流信号の切り捨ての効果を調べる。ここでの議論の関心は、この信号の切り捨てがフーリエスペクトルに与える効果を例証することにある。
【0146】
以下では、信号の長さTRを周期Tの整数倍に切り捨てることが該信号のフーリエスペクトルにどう影響するかを示すことを目的とする。特に関心があるのは以下の2つの場合である。
(1)LT=TRのとき
(2)LT<TRのとき
【0147】
ω0cos(ωt+φ)なる信号のフーリエスペクトルのスペクトル値A(ω)について後で導き出される(「理論的背景」参照)、周波数点ωにおける一般式は次のようになる。
【数26】

ここで、ωは正弦波の周波数(正弦か余弦かは単なる位相の選択の問題にすぎないから、ここではそれらを区別しない)、φは正弦波の初期位相、Aω0はその振幅、TとTはそれぞれ正弦波の開始時間と終了時間である。
【0148】
簡単のため、Aω0=1、φ=0、T=0、T=LTとする。そうすると上の式は次の式に変わる。
【数27】

ここで、
【数28】

である。関心の対象はA(ω)の大きさM(ω)であり、上の式は次のように変形できる。
【数29】
【0149】
ω→ωとすると、y→0及びM(ω)→LT/2となり、この値はTRに依存しないことに注意されたい。持続時間TRの信号を離散フーリエ変換(DFT)すると、周波数軸に沿って等間隔に並んだ一連のスペクトル値が得られ、その隣接する2点(周波数ビン)間の距離は次式で与えられる。
【数30】

従って、スペクトル値が存在するωの値は次式で与えられる。
【数31】

ここで0≦m≦Nであり、Nは信号サンプルの総数である。ωの値はTRの値により完全に決まるのに対し、ωは任意であって、ωのいずれか1つと一致していても、いなくてもよいということに注意されたい。従って、次式
【数32】

をインデクスm及びmによって次のように書き直すことができる。
【数33】

ここで、γ=LT/TRであり、インデクスmは常に整数であり、インデクスmは必ずしも整数とは限らない。mを整数にしたければ、TRが次の条件を満たす必要がある。
【数34】

言い換えれば、TRを周期Tの整数に切り捨てなければならない。M(ω)の最終的な式は次のようになる。
【数35】
【0150】
厳密に言えばMとM’は異なる関数であるということに注意されたい。以下の状況を考えてみる。
(A)mが周波数ビンのいずれか1つと一致している場合。これはTRがTの整数に切り捨てられる場合に起きる。
(B)mが隣接する2つの周波数ビンの間の途中にある場合。これは、図12に概略的に示したように、TRが切り捨てられていない「最悪の場合」の状況である。
【0151】
下の表2は、上記の状況A及びBについて、異なるγ=LT/TRの値に対する
【数36】

の値を示している。
【表2】

表2を見ると、信号の切り捨てから得られる利益の程度はLT/TR比に依存している。特に、入力信号がノイズを全く含んでいなければ、信号を切り捨ててもノイズ低減の利益は得られない。その場合、周波数軸から選択された任意の2つのスペクトル値を用いて、基礎にあるsinc関数を再構成することができよう。
【0152】
ところが、ノイズが存在すれば状況は全く異なる。この場合、入力データにおいてできるだけ高い信号雑音比(S/N比)を得ることが重要である。それは、S/N比が高ければ高いほど、入力データにおけるノイズによる歪みが少なくなり、故にそのデータから抽出される有用な情報における歪みも少なくなるからである。フーリエスペクトルにおける各スペクトルピークの頂部(又はその付近)におけるスペクトル値の推定に関心がある場合、切り捨てによりS/N比が向上する(例えば上の表の「m」列の値を参照)。
【0153】
図7は、「クリーニング」後の再構成された時間領域イメージ電荷/電流信号11の結果を、比較のために元の記録済みイメージ電荷/電流信号10と共に示している。再構成された信号11では不要なノイズが除去されており、そのためイメージ電荷信号の大きさを正確に測定することが容易である。
【0154】
目的イオンの振動運動が十分に明確な周期を持ち、それにより非常に明確な際だった高調波周波数値を周波数スペクトル中に有している場合、図6に例示した本方法において、切り捨て済み信号の周波数スペクトルは非常に「鋭い」スペクトル成分を含むことができ、所与のスペクトルピークの頂点における適切なピークスペクトル信号値を正確に特定できる。目的イオンの振動運動が、ELITや軌道周波数分析装置から期待される運動のように非高調波である場合、スペクトルピークの幅が広がり、高調波周波数(即ち基本波周波数Fの整数倍、例えばn=1、2、3、…に対してF=nF)にあるスペクトル点は別として全てのスペクトル点がノイズを表し、上記「クリーニング」工程により除去すべき不必要な信号となる。これにより、イメージ電荷/電流信号の周波数スペクトルからのノイズ関連のスペクトルパワーの低減が最大となる。このような「クリーニング」の後、周波数スペクトルに残るデータ点の数ははるかに少なくなる。孤立したスペクトルピークの幅(及び形状)がそれぞれの時間領域信号の包絡線を定める。それは(一般的に言えば)ノイズや不必要な信号ではない。
【0155】
理論的背景
【0156】
理論に縛られることは望まないが、以下の議論は、説明に役立つ理論的原理と概念的な例を考慮することにより、例えば上に定義した同時方程式の使用に関して、本発明をより良く理解してもらうことを目的としている。
【0157】
解決しようとする課題
【0158】
振動している異なる電荷のイオンにより生じる既知の長さのイメージ電荷電流信号を考える。イオンは任意の瞬間Tに「出現」し、任意の瞬間Tに「消滅」しうる。定義により、イオンの寿命はLT=T-Tである。これを図13に例示する。やるべきことは各イオンの電荷を求めることである。TとTはどちらも未知であり、イオンの数も未知である。加えて、多くの実際の実験ではノイズのレベルが有効な信号のレベルを2桁近く超えることがあり、その結果、図14に示したように、時間領域信号においては個々のイオンの寄与を目視で確認できないことがある。
【0159】
フーリエ変換
【0160】
時間領域イメージ電荷電流信号のフーリエ変換(FT)を取って、その周波数スペクトルを取得することができる。しかし、もしこれらのイオンが非常に近い周波数で振動運動してスペクトル干渉が生じると、電荷の推定精度がより低くなることがある。周波数スペクトル中での各ピークの高さはイオンの電荷だけでなくその「寿命」(LT)にも依存する。加えて、これらのピークの幅はイオンの「寿命」(LT)に依存しており、隣接ピークが図9に示したように互いに干渉することがある。図9は2つのイオンの周波数スペクトルの一部を示しており、そのうちの1つ、ピーク2に関連付けられたイオンは、記録済み信号の捕捉中のある時点においてその振動周波数が変化している。例示したスペクトルには3つの異なる周波数に3つのスペクトルピークがあることが分かる。ピーク1は目的イオンの目的周波数であり、ピーク2と3は干渉である。
【0161】
図9に示したスペクトルの区間内にあるスペクトルピークがピーク1のみだったとすれば、そのパワースペクトルは単一の「sinc関数」で表され、その周波数成分に対するスペクトルピーク1の大きさを求める作業は簡単であろう。ところが、図9を見れば分かるように、いくつかの周波数成分(即ちピーク2及び3)があると、それらの個々のスペクトルが組み合わさり、そのため、目的ピーク1の真の大きさを求めることはより複雑である。特にピーク1で観察されたスペクトルの大きさOPは、その「真の」大きさTPとピーク2および3からの寄与(これらは該ピークの各々の「真の」大きさに比例する)との組み合わせになる。
【0162】
図9のスペクトル中のピークから、振動しているイオンの数(3種類)とそれらの周波数を確定することができる。各ピークは異なるイオンに対応しており、信号の高次高調波を利用してこれらのイオンの周波数を妥当な精度で確定することができる。それらのイオンの電荷の推定値の精度を高めるため更なる分析がより望ましいことがある。それは、ピークの高さが電荷、各イオンのイメージ電荷電流信号のLT、及び隣接ピークからの何らかの寄与/干渉に依存しているからである。例えば、図9の3つのピークは同じ電荷50eを持つイオンから生じたものである。各ピークについて、その観察された高さOPはその真のピーク高さTPと隣接ピークの真の高さとの組み合わせであると言うことができる。各ピークの寄与は、TPを当該ピークの真の(ただし未知の)高さ、αをイオンのLTと電荷に依存する係数として、αTPで表すことができる。
【0163】
こうして、N種類のイオンに対して以下の連立方程式ができる。
【数37】

上の連立方程式を各TPに関して解かなければならない。以下、個々のピークの寄与がピーク高さTPに対して直線性を持つこと、そして各係数αがT及びTに対して直線性を持たない場合があることを示す。
【0164】
有用な式
【0165】
次の関数
【数38】

のフーリエ変換にとって有用な式が次により与えられる。
【数39】
【0166】
Δω=ω-ω、LT=T-Tを導入すると、最後の式は次のように書き直すことができる。
【数40】

ここで、
【数41】

である。上の式から、同じ区間t∈[T,T]内で定義されるcos(ωt)のFTにとって有用な別の式を次のように推論することができる。
【数42】

ここで、
【数43】

である。
【0167】
関心がある周波数領域については、
【数44】

を条件として要求することができる。それ故、上記FTの式の第2項は無視できるほど小さく(<10-6)、実用目的には次のように第1項のみを使うようにしてもよい。
【数45】

=0のとき、上の式は非常によく知られたsinc関数を与える。これはω=ω
とき値LT/2を取る。初期位相φと振幅Aω0を持つ信号に対して上の式は次のように変換される。
【数46】
【0168】
上の式は、Aω0*cos(ωt+φ)のフーリエ変換の一般的近似である。この式から、フーリエスペクトルの任意の所与の周波数ωにおけるAω0*cos(ωt+φ)の値が得られる。これが今度は近くのピークからの寄与を推定することを可能にする。
【0169】
1つの簡単な事例
【0170】
N種類のイオンがあるものとする。各イオンからの信号はωにある単一の高調波により表現され、全てのイオンが同じ位相を有しているものとし(式を簡単にするため、φ=0と仮定するが、これは必須ではなく、全てのイオンについて位相が同じであればよい)、全てのイオンが過渡変化の開始時(T=0)から存在しており且つ消滅しないため、全てのイオンが過渡変化の長さに等しい同一のTを有するものとする。以下の全ての事柄はイオンの信号が数個の高調波により表される状況に容易に拡張される。そうすると、ωで振動しているイオンの周波数スペクトルは次式で与えられる。
【数47】

この式を連立方程式[1]と比較すると、ωとTが既知で且つ固定されていれば、所与の周波数ωに対して全ての係数αを計算することができる。言い換えれば、ωで振動しているイオンに対応するスペクトル成分に対する、ωで振動しているイオンの寄与因子αmkは次のように計算することができる。
【数48】

この連立方程式は未知数Aωkに対して線形になるため解くことができる。言い換えれば、Aωkは上の方程式[1]から得ようとしているTP(k=1~N)である。
【0171】
実際には、入力信号にノイズがあり、そのため方程式[1]中のOPの推定値が不正確になることから、数個の高調波周波数において各イオンのピーク付近の数個の点でスペクトル値を取り、(例えば最小二乗の点で)方程式[1]に最も合うAωkの組み合わせを探索することが好ましいことがある。
【0172】
別の事例
【0173】
いくつかの実験では、イメージ電荷電流信号の過渡変化の間にイオンが「生まれる」ことがある。このいわゆる「二次イオン」は異なる未知の値のT、T及びφを有することになる。方程式[2]から分かるように、連立方程式はこれらの新たな未知数に対して直線性を持たない。方程式[2]中の位相の項
【数49】

は一意の解を持たない。言い換えれば、この項の同じ値がφ、T及びTの異なる組み合わせにより得られる可能性がある。これは、FTスペクトルは信号中にどの周波数成分が存在するかを示すものの、それがいつ現れるか、又はどの程度長く存在するかは示さない、ということを反映している。非線形連立方程式を解くには、例えばLevenberg-Marquardt法等の公知の標準的なアプローチがあり、それは当業者には容易に利用可能である。しかし、この方法は最小化関数が最小化領域において非ゼロの二次微分を有することを要求するものであり、この条件はあらゆる場合に満たされるとは限らない。
【0174】
本発明者らは、予め定めた範囲内で予め定めたステップサイズで未知変数を変化させるという数値的なアプローチが特に首尾良く利用できることを見出した。
【0175】
例えば、一般に、寿命LT(LT=T-T)の値は、Tをその推定値を中心とする-45ミリ秒≦T≦+45ミリ秒の範囲内で変化させることにより変化させることができる。この変化は約1ミリ秒のステップサイズで実行することができる。もちろん、所望であれば他の範囲及び/又はステップサイズを用いてもよい。
【0176】
例えば、一般に、振幅Aω0は0.80≦Aω0≦1.20の範囲内で変化させることができる。この変化は約0.01のステップサイズで実行することができる。例えば、振幅値の1は50eの電荷に相当するものとすることができる。もちろん、所望であれば他の範囲及び/又はステップサイズを用いてもよい。
【0177】
変化の各ステップにおいて、測定値と解析(モデル)値との差の2乗の和を計算する。差の2乗の和が最小になる未知数の組み合わせが方程式[1]の解として受容される。
【0178】
参考文献
【0179】
ここまで、本発明及び該本発明が関連する技術の水準をより十分に説明及び開示するために多くの公開物を引用している。引用文献の完全なリストは下記の通りである。これらの参考文献のそれぞれの実体は参照により本明細書に援用される。
Jared O. Kafader, “STORI Plots Enable Accurate Tracking of Individual Ion Signals”; J. Am. Soc. Mass Spectrum (2019) 30: 2200-2203
“High-Capacity Electrostatic Ion Trap with Mass Resolving Power Boosted by High-Order Harmonics”: by Li Ding and Aleksandr Rusinov, Anal. Chem. 2019, 91, 12, 7595-7602.
W. Shockley: “Currents to Conductors Induced by a Moving Point Charge”, Journal of Applied Physics 9, 635 (1938)]
S. Ramo: “Currents Induced by Electron Motion”, Proceedings of the IRE, Volume 27, Issue 9, Sept. 1939
WO 02/103747 (A1) (Zajfman et al.)
WO 2012/116765 (A1) (Ding et al.)
図1a
図1b
図2a
図2b
図2c
図2d
図2e
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14