(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-08
(45)【発行日】2025-01-17
(54)【発明の名称】電子分光器
(51)【国際特許分類】
H01J 49/48 20060101AFI20250109BHJP
H01J 37/05 20060101ALI20250109BHJP
G01N 23/20008 20180101ALI20250109BHJP
【FI】
H01J49/48
H01J37/05
G01N23/20008
(21)【出願番号】P 2021083908
(22)【出願日】2021-05-18
【審査請求日】2024-03-07
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (1)IQCE量子化学探索講演会 講演予稿集 発行日(公開日) 2020年9月30日 <資 料> IQCE量子化学探索講演会 講演予稿 抜粋 (2)IQCE量子化学探索講演会 講演会 開催日(公開日) 2020年11月2日 <資 料>IQCE量子化学探索講演会 講演会 発表資料 (3)第4回材料科学世界トップレベル研究拠点国際シンポジウム 予稿集 発行日(公開日) 2020年10月15日 <資 料>第4回材料科学世界トップレベル研究拠点国際シンポジウム 予稿集 抜粋 (4)第4回材料科学世界トップレベル研究拠点国際シンポジウム ポスターセッション 開催日(公開日) 2020年11月17日 <資 料>第4回材料科学世界トップレベル研究拠点シンポジウム ポスター資料
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【氏名又は名称】及川 周
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 正彦
(72)【発明者】
【氏名】中島 功雄
(72)【発明者】
【氏名】鬼塚 侑樹
【審査官】今井 彰
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2008/139506(WO,A1)
【文献】特表2014-531119(JP,A)
【文献】特表2009-512162(JP,A)
【文献】特開2007-149372(JP,A)
【文献】特開2011-146180(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0258716(US,A1)
【文献】国際公開第2009/081444(WO,A1)
【文献】国際公開第2009/075011(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2020/0365383(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00-23/2276
H01J 37/00-37/36、40/00-49/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料にエネルギー線を照射する励起部と、
前記エネルギー線を照射された前記試料から放出された電子を周回させる周回部と、
前記周回部から取り出された前記電子を検出する検出部と、
を備え、
前記周回部は、複数の電極対を備え、
前記複数の電極対は、印加される電圧を制御することで前記電子を周回させ、
前記複数の電極対の一部が、印加される電圧を制御することで前記電子を前記周回部に取り込む、取り込み用電極対であり、
前記複数の電極対の一部が、印加される電圧を制御することで前記電子を前記周回部から取り出す、取り出し用電極対であり、
前記電子の速度および軌道の少なくとも一方を変えることで、前記電子の固まりである電子バンチの時間広がりを小さくするバンチ圧縮部を備え
、
前記バンチ圧縮部が、
前記取り込み用電極対側に配置された前記電子の軌道を変える第1軌道補正部と、
前記取り出し用電極対側に配置された前記電子の軌道を変える第2軌道補正部と、
を備え、
前記第1軌道補正部と、第2軌道補正部と、で前記電子バンチの時間広がりを小さくする、電子分光器。
【請求項2】
前記第1軌道補正部および前記第2軌道補正部が静電レンズである、請求項
1に記載の電子分光器。
【請求項3】
前記複数の電極対は、外側電極および内側電極を構成し、
前記外側電極の内周面および前記内側電極の外周面は、球状であり、
前記外側電極の内周面と前記内側電極の外周面との間の空間が、前記電子の周回経路となる、請求項1
又は2に記載の電子分光器。
【請求項4】
前記複数の電極対は、外側電極および内側電極を構成し、
前記外側電極の内周面および前記内側電極の外周面は、円筒状であり、
前記外側電極の内周面と前記内側電極の外周面との間の空間が、前記電子の周回経路となる、請求項1~
3のいずれか1項に記載の電子分光器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は電子分光器に関する。
【背景技術】
【0002】
物質中の電子のエネルギー準位の情報を得る測定手法として、電子分光法がある。電子分光法は、光、電子などのエネルギー線を物質に照射し、物質から出てくる自由電子のエネルギー分布を測定することにより、物質中の電子のエネルギーの情報を取得することができる。
【0003】
電子分光法を用いた電子分光器としては、例えば、飛行時間型電子分光器がある。飛行時間型電子分光器は、たたき出された電子が検出部120までの時間を計測し、その計測した時間から速度を算出し、エネルギーを分析する。しかし、電子は質量が軽いので速度が速い。そのため、たたき出された電子が検出部120に届くまでの距離に、分解能が依存する飛行時間型電子分光器は、低速の電子(10eV未満)にしか適用することができないという問題がある。
【0004】
別の電子分光器としては、Velocity Map Imaging(VMI)型電子分光器がある。VMI型電子分光器は、静電イオンレンズにより、イオン化領域内での生成位置にかかわらず、同じ初速度ベクトルを持つすべての電子を2次元検出器上の同じ点にマッピングすることで、電子の運動エネルギーを分析する。しかし、VMI型電子分光器は、低速電子および中速電子(10~300eV)には適用可能だが、高速電子(300eV超)には適用できないという問題がある。
【0005】
非特許文献1には、静電偏向型電子分光器が開示されている。静電偏向型電子分光器は、電場により電子の飛行軌道を変更させ、電場強度と偏向量の関係から電子のエネルギーを測定する。静電偏向型電子分光器は、低速電子~高速電子まで適用することができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】V. Perez-Dieste et al., J. Physics: Conf. Series 425, 072023 (2013)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
物質内での電子運動を直接的に観察するために、電子運動量分光の研究が進められている。電子運動量分光は、高速電子を励起源とするコンプトン散乱を利用する実験手法であり、分子軌道一つ一つの波動関数の形状を運動量空間で観測できる。コンプトン散乱はkeVオーダーの高いエネルギーを持つ電子を検出する。非特許文献1に記載の静電偏向型電子分光器では、keVオーダーの電子に対して十分な分解能を得ることができない(例えば、電子のエネルギーが600eVの場合、分解能は2eV)。そのため、高速の電子に対し、静電偏向型電子分光器よりも高い分解能を有する電子分光器が求められている。
【0008】
本発明は、上記の事情を鑑みなされた発明であり、低速電子から高速電子まで高い分解能で検出することができる電子分光器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示の要旨は以下のとおりである。
(1)本発明の一態様に係る電子分光器は、試料にエネルギー線を照射する励起部と、前記エネルギー線を照射された前記試料から放出された電子を周回させる周回部と、前記周回部から取り出された前記電子を検出する検出部と、を備え、
前記周回部は、複数の電極対を備え、
前記複数の電極対は、印加される電圧を制御することで前記電子を周回させ、
前記複数の電極対の一部が、印加される電圧を制御することで前記電子を前記周回部に取り込む、取り込み用電極対であり、
前記複数の電極対の一部が、印加される電圧を制御することで前記電子を前記周回部から取り出す、取り出し用電極対であり、
前記電子の速度および軌道の少なくとも一方を変えることで、前記電子の固まりである電子バンチの時間広がりを小さくするバンチ圧縮部を備え、
前記バンチ圧縮部が、
前記取り込み用電極対側に配置された前記電子の軌道を変える第1軌道補正部と、
前記取り出し用電極対側に配置された前記電子の軌道を変える第2軌道補正部と、
を備え、
前記第1軌道補正部と、第2軌道補正部と、で前記電子バンチの時間広がりを小さくする。
【0014】
(2)上記(1)に記載の電子分光器は、前記第1軌道補正部および前記第2軌道補正部が静電レンズであってもよい。
【0015】
(3)上記(1)又は(2)に記載の電子分光器は、前記複数の電極対は、外側電極および内側電極を構成し、前記外側電極の内周面および前記内側電極の外周面は、球状であり、前記外側電極の内周面と前記内側電極の外周面との間の空間が、前記電子の周回経路となってもよい。
【0016】
(4)上記(1)~(3)のいずれか1つに記載の電子分光器は、前記複数の電極対は、外側電極および内側電極を構成し、
前記外側電極の内周面および前記内側電極の外周面は、円筒状であり、
前記外側電極の内周面と前記内側電極の外周面との間の空間が、前記電子の周回経路となってもよい。
【発明の効果】
【0017】
本発明の上記態様によれば、低速電子から高速電子まで、高い分解能で検出することができる電子分光器を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の一実施形態に係る電子分光器の概略斜視図である。
【
図2】
図1中に示された電子分光器のA-A線に沿う断面図である。
【
図3】入射電子と試料から放出された電子との関係を説明するための図である。
【
図4】周回部への電子の取り込みおよび取り出しを説明するための図である。
【
図5】電子速度変調によるバンチ圧縮を説明するための図である。
【
図6】軌道補正によるバンチ圧縮を説明するための図である。
【
図7】本発明の他の実施形態に係る電子分光器の概略斜視図である。
【
図8】
図7中に示された電子分光器のB-B線に沿う断面図である。
【
図9】バンチ圧縮および周回の分解能への影響を説明するための図である。
【
図10】従来型電子分光器と本実施形態に係る電子分光器の性能を比較する図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、
図1および
図2を参照し、本発明の一実施形態に係る電子分光器を説明する。以下の説明では、互いに同一又は類似の機能を有する構成に、同一の符号を付す。互いに同一又は類似の機能を有する構成については、繰り返し説明しない場合がある。また本明細書に記載される「平行」、「直交」、「同一」、及び「同等」は、「略平行」、「略直交」、「略同一」、及び「略同等」である場合をそれぞれ含む。本明細書に記載される「接続」とは、2つの部材が直接に接する場合に限定されず、2つの部材の間に別の部材が介在する場合を含む。
【0020】
<第1実施形態>
図1は、第1実施形態に係る電子分光器300の概略斜視図である。
図2は、
図1に記載の電子分光器300のA-A線に沿う断面図である。電子分光器300は、周回部10、バンチ圧縮部20、第1偏向部60、第2偏向部70、第3偏向部80、取り込み口90、励起部100、試料送出部110、検出部120と、および制御部(図示しない)と、を備える。各部は、電子の経路が真空状態を維持できるように接続されている。第1実施形態では、周回部10、バンチ圧縮部20、第1偏向部60、第2偏向部70、第3偏向部80、取り込み口90、励起部100、試料送出部110、および検出部120は、容器500の内部に収容されている。
【0021】
試料から放出される電子は、エネルギー線(例えば、電子線、X線)の時間幅があるので、一定の時間幅(時間広がり)を有する電子の固まり(電子バンチ)として試料から放出される。また、試料のイオン化領域は所定の大きさを有する。ここで、イオン化領域とは、電子が試料から放出される空間領域を言う。そのため、試料から放出される位置の違いによっても、電子は一定の時間幅(時間広がり)を有する電子バンチとして放出される。バンチ圧縮部20は、試料から放出された電子の速度および軌道の少なくとも一方を変えることで、電子の固まりである電子バンチの時間広がりを小さく(圧縮)する機能を有する。バンチ圧縮部20は、電子速度変調部30、第1軌道補正部40、および第2軌道補正部50を備える。以下、各部について説明する。
【0022】
(励起部)
励起部100は、エネルギー線を試料に照射する機能を有する。試料を励起するエネルギー線としては、特に限定されない。エネルギー線は、例えば、電子線、レーザ光などである。励起部100は、例えば、電子銃、レーザなどである。エネルギー線を照射された試料から放出される電子としては、エネルギー線である電子線が散乱された散乱電子、試料から電離した電離電子などである。
【0023】
(試料送出部)
試料送出部110は、エネルギー線を照射する照射領域Eに試料を送る。試料送出部110は、例えばガスノズルである。試料の状態については、エネルギー線を照射することで、試料から電子が放出されるのであれば、特に限定されない。試料については、固体、液体、気体いずれの状態のものであってもよい。またエネルギー的に不安定な状態の試料であってもよい。
【0024】
(取り込み口)
エネルギー線を照射された試料から放出された電子は、取り込み口90を通り第1偏向部60に入る。エネルギー線(ここでは、電子線)の進行方向Fと、試料にエネルギー線が照射された領域Eの中心および取り込み口90を結ぶ方向とのなす角度X(エネルギー線が電子線の場合は散乱角)は、特に限定されないが、例えば45度である。45度の場合は、散乱角45度の電子が周回部10に入ることになる。第1実施形態の取り込み口90は、エネルギー線の進行方向Fと角度Xをなす孔がエネルギー線の進行方向Fを中心軸として360度回転した形状となる。取り込み口90がこのような形状となることで、異なる方位角φを有する電子を取り込むことができる。
【0025】
(第1偏向部)
第1偏向部60は、取り込み口90を通過してきた電子の軌道を、第1軌道補正部40に入るように偏向する。第1偏向部60は、例えば、電極61および62から構成される。電極61および62の形状は、電子が第1軌道補正部40に入るように電子の軌道を偏向できれば特に限定されない。
【0026】
(第1軌道補正部)
第1軌道補正部40は、電子の軌道を変え、検出部120までの時間を電子エネルギー毎に収束する。第1軌道補正部40は、取り込み用電極対側に配置される。また、第1軌道補正部40および第2軌道補正部50が、放出された電子バンチの等時面(同じ時間に放出された電子をつないだ面)を反転させることで、電子が検出部120に到達するときに電子の等時面が検出部120の表面に平行になるようにすることできる。これによって、電子バンチの時間広がりを小さくできる。
【0027】
第1軌道補正部40は、例えば静電レンズである。第1実施形態では、第1軌道補正部40は、電極35、36、41、42、43、44から構成される。第1実施形態では、電極35、36、41、42、43、44はリング状の電極である。電極35は電極36の内側に配置される。電極35および電極36が第1軌道補正部40の外部電極を構成する。電極41は、電極42の内側に配置される。電極41および42が第1軌道補正部40の中央電極を構成する。電極43は電極44の内側に配置される。電極43および電極44は、第1軌道補正部40の外部電極を構成する。本実施形態では、第1軌道補正部40の2つの外部電極は、例えば、グランドである。第1軌道補正部40の中央電極には定常電圧が印加される。第1軌道補正部40は、第1偏向部60を通って、第1軌道補正部40に入ってきた電子を収束する。
【0028】
(電子速度変調部)
電子速度変調部30は、試料から放出された電子の速度を変える機能を有する。第1実施形態では、電子速度変調部30は、周回部10の取り込み用電極対(取り込み用電極1および5)側に、隣接配置される。電子速度変調部30は、電子の速度を変えた後、取り込み用電極対側に、電子を送る。電子速度変調部30は、電子バンチの前方部分(周回部10に到達が速い側)を加速し、電子バンチの後方部分(周回部10に到達が遅い側)を減速する。電子の速度が速い程、周回にかかる時間が長くなる。そのため、電子バンチの前方部分を加速し、後方部分を減速した後、周回部10で電子バンチを周回させることで、電子バンチの時間広がりを小さくすることができる。
【0029】
電子速度変調部30は、例えば、静電レンズである。第1実施形態において、電子速度変調部30は、電極31、32、33、34、35、36からなる静電レンズである。
第1実施形態では、電極31、32、33、34、35、36はリング状の電極である。電極31は電極32の内側に配置される。電極31および電極32は、電子速度変調部30の外部電極を構成する。電極33は、電極34の内側に配置される。電極33および34は、電子速度変調部30の中央電極を構成する。電極35は電極36の内側に配置される。電極35および36は、電子速度変調部30の外部電極を構成する。本実施形態では、2つの外部電極は例えば、グランドであり、中央電極に正弦波状に電圧を印加することで、周回後の電子バンチを圧縮することができる。なお、静電レンズは、2つの外部電極と1つの中央電極から構成される。本実施形態では、3つの外部電極と2つの中央電極で2つの静電レンズを構成している。即ち、電子速度変調部30と第1軌道補正部40とは、1つの外部電極を共有している。
【0030】
(周回部)
周回部10は、電子を周回させる機能を有する。周回させる電子は、エネルギー線を照射された試料から放出された電子である。電場を印加し、電子を周回部10中で周回させることで、電子の飛行距離を長くすることができる。その結果、電子分光器300の分解能を向上することができる。電子の周回の回数を上げることで、電子分光器300の分解能を高くすることができる。
【0031】
周回部10は、複数の電極対を備える。電子分光器300の場合、取り込み用電極1および取り込み用電極5からなる取り込み用電極対、電極2および電極6からなる電極対、取り出し用電極3および取り出し用電極7からなる取り出し用電極対、電極4および8からなる電極対を備える。複数の電極対は、内側電極11および外側電極12を構成する。具体的には、取り込み用電極1、電極2、取り出し用電極3および電極4は、内側電極11を構成する。取り込み用電極5、電極6、取り出し用電極7、および電極8は、外側電極12を構成する。外側電極12の内周面および内側電極11の外周面は、球状である。内側電極11の外周面と外側電極12の内周面が球状であることで、異なる方位角φを有する電子を周回させることができる。外側電極12の内周面と、内側電極11の外周面との間の空間が電子の周回経路となる。内側電極11の外周面の球および外側電極12の内周面の球の中心Cの位置は同一であることが好ましい。
【0032】
周回部10の複数の電極対の一部が、取り込み用電極対である。取り込み用電極5は、電子を取り込むための電極取り込み口16を備える。取り込み用電極対(取り込み用電極1および取り込み用電極5)は、試料から放出された電子を周回部10に取り込む機能を有する。取り込み用電極1および取り込み用電極5は、リング状である。リング状であることで、異なる方位角φを有する電子の周回部10への取り込みが可能である。例えば、制御部によって、取り込み用電極対に印加される電圧を制御することで、取り込み用電極対は、周回部10に電子を取り込む。具体的には、電子速度変調部30を通過した電子が周回部10に来た際に、高速パルサーなどを使い、取り込み用電極対に印加される電圧を瞬間的にオフにすることで、電子を周回部10に取り込む。瞬間的にオフにするのに要する時間(立上り時間と立下り時間:パルスの瞬時値がピーク値の10%から90%に至るまでの時間間隔)は、例えば、4ns以下である。
【0033】
周回部10の複数の電極対は、印加される電圧を制御することで、電子を周回させる。電圧の制御は、例えば、制御部によって行われる。本実施形態では、取り込み用電極1、電極2、取り出し用電極3および電極4に正の電圧を印加し、取り込み用電極5、電極6、取り出し用電極7、および電極8に負の電圧を印加することで、電子を周回させる。印加される電圧を変えることで、特定のエネルギーを有する電子を周回させることができる。即ち、印加される電圧によって、測定される電子のエネルギー範囲を調整することができる。
【0034】
周回部10の複数の電極対の一部は、取り出し用電極対である。取り出し用電極7は、電子を取り出すための電極取り出し口17を備える。取り出し用電極対(取り出し用電極3および取り出し用電極7)は、特定の回数周回させた電子を周回部10から取り出す機能を有する。取り出し用電極3および取り出し用電極7は、リング状である。リング状であることで、異なる方位角φを有する電子の周回部10からの取り出しが可能である。例えば、制御部によって、取り出し用電極対に印加される電圧を制御することで、周回部10から電子を取り出すことができる。具体的には、特定回数周回した電子を、高速パルサーなどを使い、取り出し用電極対に印加される電圧を瞬間的にオフにすることで、電子を周回部10から取り出す。瞬間的にオフにするのに要する時間(立上り時間と立下り時間:パルスの瞬時値がピーク値の10%から90%に至るまでの時間間隔)は、例えば、4ns以下である。取り出された電子は、第2軌道補正部50に入る。
【0035】
電子が周回する軌道と中心Cを結ぶ距離Rは特に限定されないが、距離Rが大きいほど、電子分光器300の分解能を上げることができる。
【0036】
(第2軌道補正部)
第1実施形態において、バンチ圧縮部20は、電子の軌道を変える第1軌道補正部40および電子の軌道を変える第2軌道補正部50を備える。イオン化領域が所定の大きさを有するので、放出される電子の初期の位置などが異なり、放出時に同じ初期エネルギーを持っていた電子をつないだ面(等時面)は、検出部120に到達するときに、検出部120の表面に対して、平行とはならない。第1軌道補正部40および第2軌道補正部50が、放出された電子バンチの等時面を反転させることで、電子が検出部120に到達するときに、等時面が検出部120の表面に平行になるようにすることできる。これによって、電子バンチの時間広がりを小さくできる。
【0037】
第2軌道補正部50は、例えば、静電レンズである。第2軌道補正部50は、取り出し用電極対側に配置される。第1実施形態において、第2軌道補正部50は、電極51、52、53、54、55、56からなる静電レンズである。第1実施形態では、電極51、52、53、54、55、56はリング状の電極である。電極51は電極52の内側に配置される。電極51および電極52は、第2軌道補正部50の外部電極を構成する。電極53は、電極54の内側に配置される。電極53および54は、第2軌道補正部50の中央電極を構成する。電極55は電極56の内側に配置される。電極55および56は、第2軌道補正部50の外部電極を構成する。本実施形態では、2つの外部電極は例えば、グランドであり、中央電極に定常電圧が印加される。第1軌道補正部40の中央電極と第2軌道補正部50の中央電極に印加される電圧を調整することで、電子の軌道を補正し、検出部120に電子が到達するときに、電子の等時面が検出部120の表面と平行になるようにすることができる。
【0038】
(第2偏向部)
第2偏向部70は、第2軌道補正部50を通過した電子を、第3偏向部80に入るように軌道を偏向する。第2偏向部70は、例えば、電極71および72である。電極71および72の形状は、電子が第3偏向部80に入るように電子の軌道を偏向できれば特に限定されない。
【0039】
(第3偏向部)
第3偏向部80は、第2偏向部70を通過した電子を、検出部120に入るように軌道を偏向する。第3偏向部80は、例えば、電極81および82である。電極81および82の形状は、電子が検出部120に入るように電子の軌道を偏向できれば特に限定されない。
【0040】
(検出部)
検出部120は、周回部10から取り出された電子(第3偏向部80で偏向された電子)を検出する。検出部120としては、例えば、一次元検出器を用いてもよいし、二次元検出器を用いてもよい。二次元検出器が特に好ましい。第1実施形態では、異なる方位角φを有する電子を二次元検出器で検出することで、シングルチャンネル検出よりも50万倍高い信号強度が得られ、かつ電子の空間的な角度分布の情報も同時に得ることができる。
【0041】
放出された電子が検出部120に到達するまでの経路、すなわち電子分光器300の内部は真空となっている。内部の圧力は1×10-4Pa以下であることが好ましい。内部の圧力は低いほど好ましい。電子分光器300の内部を真空にする方法は、公知の方法を用いることができ、例えば、拡散ポンプ、ターボ分子ポンプ、チタンサブリメーションポンプなどを用いて真空にすることができる。
【0042】
電子分光器300の電子の経路となる各部の材質は、非磁性材料が好ましい。非磁性材料としては、AISI 310ステンレスや2017アルミニウムが挙げられる。電子の経路となる部材の表面は、コロイダルグラファイトで被覆されていてもよい。
【0043】
<電子分光法>
電子分光器300を用いた電子分光法について、説明する。
図3に示すように、エネルギー線(ここでは、入射電子)を照射された試料からは、異なる方位角φを有する電離電子と散乱電子とが放出される(励起工程)。なお、
図3の例は、同じ散乱角θを有する2つの電子の例である。放出された電子は、電子バンチとして、取り込み口90を通り、第1偏向部60によって、偏向されて、第1軌道補正部40に入る。次に、第1軌道補正部40によって、電子の軌道が変えられる(第1軌道補正工程)。第1軌道補正工程後、電子速度変調部30によって、
図5のように電子バンチの前方部分の電子が加速され、電子バンチの後方部分の電子が減速される(速度変調工程)。速度変調後の電子は、周回部10に取り込まれ(取り込み工程)、一定回数周回運動をする(周回工程)。周回後、電子は取り出される(取り出し工程)。取り出された後の電子は、第2軌道補正部50で軌道が補正される(第2軌道補正工程)。その後、電子は、第2偏向部70及び第3偏向部80で偏向され、検出部120で検出される(検出工程)。
【0044】
(取り込み工程、周回工程、取り出し工程)
周回部への電子の取り込み、周回、取り出し工程と周回工程と分解能との関係を説明する。電子の周回部10への取り込みおよび取り出しは、取り込み用電極1および5と取り出し用電極3および7の電圧をパルス電圧でコントロールすることで行う。取り込み工程では、
図4のように、パルス電圧で取り込み用電極1および5をオフにすることで、電子を取り込む。取り込まれた電子は、各電極対に印加された電圧に基づいて、特定のエネルギーを有する電子が周回される。印加される電圧に応じて、周回させる電子を調整することができる。特定回数周回した後は、
図4のように、パルス電圧で、取り出し用電極3および7をオフにすることで電子を取り出す。パルス電圧をオフにするのに要する立上り、立下り時間は特に限定されないが、例えば4ns以下が好ましい。エネルギーEpassを有する電子の周回運動における周期T(Epass)を下記(1)式に示し、エネルギーEpassにδEだけエネルギーが増加した電子の周回運動における周期T(Epass+δE)を下記(2)式に示す。ここで、πは円周率、R
0は電子の周回軌道の半径、mは電子の質量、Epassは、基準エネルギー、δEはエネルギーの増分を示す。下記(1)および(2)式より、電子の有するエネルギーによって周期が異なることが分かる。下記(3)式にδEの差がある場合に、N回周回したときの周期の差を示す。下記(3)式に示すように、N回周回することで周期の差はN倍となる。即ち、N回周回させることで、分解能をN倍向上させることができる。
【0045】
【0046】
【0047】
【0048】
(電子速度変調による電子バンチ圧縮)
図5に示すように、電子速度変調工程では、電子バンチの前方部分を加速し、後方部分を減速させる。上記(2)式から示されるように、速度の速い(エネルギーの高い)電子ほど、周期が長い。よって、電子バンチの前方部分を加速して、電子バンチの後方部分の電子を減速して、周回させることで、電子バンチの広がりを
図5のように小さくすることができる。
【0049】
(軌道補正による電子バンチ圧縮)
図6は、電子分光器300の各部における、同じ時間に放出された電子の各位置を示す。
図6の上の図の黒丸が電子の位置を示す。第1軌道補正工程と第2軌道補正工程では、
図6に示すように、第1軌道補正部40の中央電極と、第2軌道補正部50の中央電極と、に所定の電圧を印加することで、電子の等時面を反転させるように電子の軌道を変えて、検出部120に到達する際に、電子の等時面が検出部120の表面と平行になるようにする。第1軌道補正部40の中央電極および第2軌道補正部50の中央電極に印加される電圧は、例えば、シミュレーションをすることで、決定することができる。
【0050】
以上、第1実施形態について説明した。第1実施形態では、試料送出部を用いていたが、試料ホルダーに試料を設置して、エネルギー線を試料に照射してもよい。電子分光器300は、バンチ圧縮部20を備えていなくてもよい。
【0051】
<第2実施形態>
図7は、第2実施形態に係る電子分光器300Aの概略斜視図である。
図8は、
図7に記載の電子分光器300AのB-B線に沿う断面図である。電子分光器300Aは、周回部10A、バンチ圧縮部20A、第1偏向部60A、第2偏向部70A、第3偏向部80A、取り込み口90Aおよび90B、励起部100、試料送出部110、検出部120と、および制御部(図示しない)と、を備える。バンチ圧縮部20Aは、電子速度変調部30Aおよび30B、第1軌道補正部40Aおよび40B、および第2軌道補正部50Aおよび50Bを備える。各部は、電子の経路が真空状態を維持できるように接続されている。以下、各部について説明する。第2実施形態では、周回部10A、バンチ圧縮部20A、第1偏向部60A、第2偏向部70Aおよび70B、第3偏向部80A、取り込み口90Aおよび90B、励起部100、試料送出部110、および検出部120は、容器500Aの内部に収容されている。
【0052】
(取り込み口)
エネルギー線を照射された試料から放出された電子は、取り込み口90Aおよび90Bを通り第1偏向部60Aに入る。エネルギー線(ここでは、電子線)の進行方向Fと、試料にエネルギー線が照射された領域Eの中心および取り込み口90Aを結ぶ方向とのなす角度X(エネルギー線が電子線の場合は散乱角)は、特に限定されないが、例えば45度である。取り込み口90Bの場合も取り込み口90Aと同様に、角度は特に限定されず、例えば45度である。45度の場合は、散乱角45度の電子が周回部10Aに入ることになる。取り込み口90Aおよび90Bは、進行方向Fと角度Xをなす方向に空けられた孔である。
【0053】
(第1偏向部)
第1偏向部60Aは、取り込み口90Aを通過してきた電子の軌道を、第1軌道補正部40Aおよび40Bに入るように偏向する。第1偏向部60Aは、例えば、電極61A、62Aおよび62Bから構成される。電場は例えば、電極61Aと電極62Aとの間、電極61Aと電極62Bとの間に印加される。電極61A、62A、62Bの形状は、電子が第1軌道補正部40に入るように電子の軌道を偏向できれば特に限定されない。
【0054】
(第1軌道補正部)
第1軌道補正部40Aおよび40Bは、電子の軌道を変え、検出部120までの時間を電子エネルギー毎に収束する。第1軌道補正部40Aおよび40Bは、取り込み用電極対側に配置される。また、第1軌道補正部40Aおよび第2軌道補正部50Aが、放出された電子バンチの等時面を反転させることで、電子が検出部120に到達するときに等時面が検出部120の表面に平行になるようにすることできる。同様に、第1軌道補正部40Bおよび第2軌道補正部50Bが、放出された電子バンチの等時面を反転させることで、電子が検出部120に到達するときに等時面が検出部120の表面に平行になるようにすることできる。これによって、電子バンチの時間広がりを小さくできる。
【0055】
第1軌道補正部40Aは、例えば静電レンズである。第2実施形態では、第1軌道補正部40Aは、電極35A、41A、43Aから構成される。同様に第1軌道補正部40Bは、電極35B、41B、43Bから構成される。第2実施形態では、電極35A、35B、41A、41B、43A、43Bはリング状の電極である。電極35Aおよび電極43Aが第1軌道補正部40Aの外部電極を構成する。電極41Aが第1軌道補正部40Aの中央電極を構成する。電極35A、41A、43Aで一つの静電レンズを構成する。同様に、電極35B、41B、43Bで一つの静電レンズを構成する。第2実施形態では、第1軌道補正部40Aの2つの外部電極(電極35A、43A)は、例えば、グランドである。第1軌道補正部40Aの1つの中央電極(41A)には定常電圧が印加される。第1軌道補正部40Aは、第1偏向部60Aを通って、第1軌道補正部40Aに入ってきた電子を収束する。第1軌道補正部40Bは、第1偏向部60Aを通って、第1軌道補正部40Bに入ってきた電子を収束する。
【0056】
(電子速度変調部)
電子速度変調部30Aおよび30Bは、試料から放出された電子の速度を変える機能を有する。第2実施形態では、電子速度変調部30Aは、周回部10Aの取り込み用電極対(取り込み用電極1Aおよび5A)側に、隣接配置される。電子速度変調部30Bは、周回部10Aの取り込み用電極対(取り込み用電極1Bおよび5B)側に、隣接配置される。電子速度変調部30Aは、電子の速度を変えた後、取り込み用電極1Aおよび5A側に、電子を送る。電子速度変調部30Bは、電子の速度を変えた後、取り込み用電極1Bおよび5B側に、電子を送る。電子速度変調部30Aおよび電子速度変調部30Bは、電子バンチの前方部分(周回部10Aに到達が速い側)を加速し、電子バンチの後方部分(周回部10Aに到達が遅い側)を減速する。電子の速度が速い程、周回にかかる時間が長くなる。そのため、電子バンチの前方部分を加速し、後方部分を減速した後、周回部10Aで電子バンチを周回させることで、電子バンチの時間広がりを小さくすることができる。
【0057】
電子速度変調部30Aおよび30Bは、例えば、静電レンズである。第2実施形態において、電子速度変調部30Aは、電極31A、33A、35Aからなる静電レンズである。電子速度変調部30Bは、電極31B、33B、35Bからなる静電レンズである。第2実施形態では、31A、31B、33A、33B、35A、35Bはリング状の電極である。電極31Aおよび電極35Aが電子速度変調部30Aの外部電極を構成する。電極33Aが電子速度変調部30Aの中央電極を構成する。第2実施形態では、電子速度変調部30Aの2つの外部電極(電極31A、35A)は例えば、グランドである。1つの中央電極(電極)33Aに正弦波状に電圧を印加することで、周回後の電子バンチを圧縮することができる。電子速度変調部30Bも電子速度変調部30Aと同様に、中央電極33Bに正弦波状に電圧を印加することで、周回後の電子バンチを圧縮する。なお、電子速度変調部30Aと第1軌道補正部40Aとは、電極35Aを共有している。同様に、電子速度変調部30Bと第1軌道補正部40Bとは、電極35Bを共有している。
【0058】
(周回部)
周回部10Aは、電子を周回させる機能を有する。周回させる電子は、エネルギー線を照射された試料から放出された電子である。電場を印加し、電子を周回部10A中で周回させることで、電子の飛行距離を長くすることができる。その結果、電子分光器300Aの分解能を向上することができる。電子の周回の回数を上げることで、電子分光器300Aの分解能を高くすることができる。
【0059】
周回部10Aは、複数の電極対を備える。電子分光器300Aの場合、取り込み用電極1Aおよび取り込み用電極5Aからなる取り込み用電極対、取り込み用電極1Bおよび取り込み用電極5Bからなる取り込み用電極対、電極2Aおよび電極6Aからなる電極対、取り出し用電極3Aおよび取り出し用電極7Aからなる取り出し用電極対、取り出し用電極3Bおよび取り出し用電極7Bからなる取り出し用電極対、電極4Aおよび8Aからなる電極対を備える。複数の電極対は、内側電極11Aおよび外側電極12Aを構成する。具体的には、取り込み用電極1A、取り込み用電極1B、電極2A、取り出し用電極3A、取り出し用電極3Bおよび電極4Aは、内側電極11Aを構成する。取り込み用電極5A、取り込み用電極5B、電極6A、取り出し用電極7A、取り出し用電極7B、および電極8Aは、外側電極12Aを構成する。外側電極12Aの内周面および内側電極11Aの外周面は、円筒状である。内側電極11Aの外周面と外側電極12Aの内周面が円筒状であることで、電子を周回させることができる。外側電極12Aの内周面と、内側電極11Aの外周面との間の空間が電子の周回経路となる。内側電極11Aの外周面の円筒および外側電極12の内周面の円筒の中心軸C1は同一であることが好ましい。なお、周回経路の電場が他に影響されないように、内側電極11Aおよび外側電極12Aは、底面部材15Aおよび15Bと接続されている。
【0060】
周回部10Aの複数の電極対の一部が、取り込み用電極対である。第2実施形態の場合は、取り込み用電極対は、2つある。取り込み用電極1Aおよび取り込み用電極5Aからなる取り込み用電極対と、取り込み用電極1Bおよび取り込み用電極5Bからなる取り込み用電極対とは、試料から放出された電子を周回部10Aに取り込む機能を有する。取り込み用電極5Aおよび5Bは、電子を取り込むための電極取り込み口16Aおよび16Bを備える。例えば、制御部によって、それぞれの取り込み用電極対に印加される電圧を制御することで、それぞれの取り込み用電極対は、周回部10Aに電子を取り込む。具体的には、電子速度変調部30Aを通過した電子が周回部10Aに来た際に、高速パルサーなどを使い、それぞれの取り込み用電極対に印加される電圧を瞬間的にオフにすることで、電子を周回部10Aに取り込む。瞬間的にオフにするのに要する時間(立上り時間と立下り時間:パルスの瞬時値がピーク値の10%から90%に至るまでの時間間隔)は、例えば、4ns以下である。
【0061】
周回部10Aの複数の電極対は、印加される電圧を制御することで、電子を周回させる。電圧の制御は、例えば、制御部によって行われる。本実施形態では、取り込み用電極1A、取り込み用電極1B、電極2A、取り出し用電極3A、取り出し用電極3Bおよび電極4Aに正の電圧を印加し、取り込み用電極5A、取り込み用電極5B、電極6A、取り出し用電極7A、取り出し用電極7Bおよび電極8Aに負の電圧を印加することで、電子を周回させる。印加される電圧を変えることで、特定のエネルギーを有する電子を周回させることができる。即ち、印加される電圧によって、測定される電子のエネルギー範囲を調整することができる。
【0062】
周回部10Aの複数の電極対の一部は、取り出し用電極対である。第2実施形態では、取り出し用電極対は2つある。取り出し用電極3Aおよび取り出し用電極7Aからなる取り出し用電極対と、取り出し用電極3Bおよび取り出し用電極7Bからなる取り出し用電極対とは、特定の回数周回させた電子を周回部10Aから取り出す機能を有する。取り出し用電極7Aおよび7Bは、電子を取り出すための電極取り出し口17Aおよび17Bを備える。例えば、制御部によって、それぞれの取り出し用電極対に印加される電圧を制御することで、周回部10Aから電子を取り出すことができる。具体的には、特定回数周回した電子を、高速パルサーなどを使い、それぞれの取り出し用電極対に印加される電圧を瞬間的にオフにすることで、電子を周回部10Aから取り出す。瞬間的にオフにするのに要する時間(立上り時間と立下り時間:パルスの瞬時値がピーク値の10%から90%に至るまでの時間間隔)は、例えば、4ns以下である。取り出し用電極3Aおよび7A側からから取り出された電子は、第2軌道補正部50Aに入る。取り出し用電極3Bおよび7B側から取り出された電子は第2軌道補正部50Bに入る。
【0063】
電子が周回する軌道と中心軸C1を結ぶ距離R1は特に限定されないが、距離R1が大きいほど、電子分光器300Aの分解能を上げることができる。
【0064】
(第2軌道補正部)
第2実施形態において、バンチ圧縮部20Aは、電子の軌道を変える第1軌道補正部40A、40Bおよび電子の軌道を変える第2軌道補正部50A、50Bを備える。イオン化領域が所定の大きさを有するので、放出される電子の初期の位置などが異なり、放出時に同じ初期エネルギーを持っていた電子をつないだ面(等時面)は、検出部120に到達するときに、検出部120の表面に対して、平行とはならない。第1軌道補正部40Aおよび第2軌道補正部50Aが、放出された電子バンチの等時面を反転させることで、電子が検出部120に到達するときに、電子の等時面が検出部120の表面に平行になるようにすることできる。第1軌道補正部40Bと第2軌道補正部50Bも同様に、電子の等時面が検出部120の表面に平行にすることができる。これによって、電子バンチの時間広がりを小さくできる。
【0065】
第2軌道補正部50Aおよび50Bは、例えば、静電レンズである。第2軌道補正部50Aおよび50Bは、取り出し用電極対側に配置される。第2実施形態において、第2軌道補正部50Aは、電極51A、53A、55Aからなる静電レンズである。第2軌道補正部50Bは、電極51B、53B、55Bからなる静電レンズである。第2実施形態では、電極51A、51B、53A、53B、55A、55Bはリング状の電極である。電極51Aおよび電極55Aが第2軌道補正部50Aの外部電極を構成する。電極53Aが第2軌道補正部50Aの中央電極を構成する。第2実施形態では、第2軌道補正部50Aの2つの外部電極(電極51A、55A)は例えば、グランドである。第2軌道補正部50Aの中央電極(53A)には定常電圧が印加される。第1軌道補正部40Aの中央電極と第2軌道補正部50Aのそれぞれの中央電極に印加される電圧を調整することで、電子の軌道を補正し、検出部120に電子が到達するときに、電子の等時面が検出部120の表面と平行になるようにすることができる。第2軌道補正部50Bも第2軌道補正部50Aと同様である。第2軌道補正部50Aで補正された電子は、第2偏向部70Aに入る。第2軌道補正部50Bで補正された電子は、第2偏向部70Bに入る。
【0066】
(第2偏向部)
第2偏向部70Aは、第2軌道補正部50Aを通過した電子を、第3偏向部80Aに入るように軌道を偏向する。第2偏向部70Aは、例えば、電極71Aおよび72Aである。同様に、第2偏向部70Bは、第2軌道補正部50Bを通過した電子を、第3偏向部80Aに入るように軌道を偏向する。第2偏向部70Bは、例えば、電極71Bおよび72Bである。電圧は例えば、電極71Aと電極72Aとの間、電極71Bと電極72Bとの間に印加される。電極71A、71B、72A、72Bの形状は、電子が第3偏向部80Aに入るように電子の軌道を偏向できれば特に限定されない。
【0067】
(第3偏向部)
第3偏向部80Aは、第2偏向部70Aおよび70Bを通過した電子を、検出部120に入るように軌道を偏向する。第3偏向部80Aは、例えば、電極81A、82Aおよび82Bである。電圧は例えば、電極81Aと電極82Aとの間、電極81Aと電極82Bとの間に印加される。電極81A、82Aおよび82Bの形状は、電子が検出部120に入るように電子の軌道を偏向できれば特に限定されない。
【0068】
放出された電子が検出部120に到達するまでの経路、すなわち電子分光器300の内部は真空となっている。内部の圧力は1×10-4Pa以下であることが好ましい。内部の圧力は低いほどが好ましい。電子分光器300の内部を真空にする方法は、公知の方法を用いることができ、例えば、拡散ポンプ、ターボ分子ポンプ、チタンサブリメーションポンプなどを用いて真空にすることができる。
【0069】
電子分光器300Aの電子の経路となる各部の材質は、非磁性材料が好ましい。非磁性材料としては、AISI 310ステンレスや2017アルミニウムが挙げられる。電子の経路となる部材の表面は、コロイダルグラファイトで被覆されていてもよい。
【0070】
<電子分光法>
第2実施形態に係る電子分光器300を用いた電子分光法は、測定可能な電子が、ある範囲の方位角φの電子に制限されることを除き、第1実施形態と同様である。
【0071】
以上、第2実施形態について説明した。第2実施形態では、バンチ圧縮部20Aは、電子速度変調部30、第1軌道補正部40、第2軌道補正部50を2つずつ備えていたが、1つずつでもよい。
【0072】
本発明の技術的範囲は前記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
【実施例】
【0073】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0074】
(バンチ圧縮および電子の周回回数の影響)
図9に電子バンチ圧縮および電子の周回回数と電子の分布との関係を
図1および2の構成の電子分光器に基づいてシミュレーションした結果を示す。これは、エネルギー線である電子線のパルス幅が5nsの条件下で生じ得る、595eVから605eVの電子バンチ(1eV刻み)が、立上り時間と立下り時間が4nsのパルス電圧で周回部に取り込まれた後の周回部内での運動の様子を示している。左図がバンチ圧縮を行った場合、右図は行わない場合である。
図9に示すように、電子バンチ圧縮により、各エネルギーの電子をエネルギー毎に分解できることが分かった。また、周回運動の回数が増えるほど、異なるエネルギーの電子をよりよく分けられるようになることが分かった。
【0075】
(従来の電子分光器との比較)
図10に従来の電子分光器(周回部およびバンチ圧縮部が無い電子分光器)での結果と本実施形態に係る電子分光器(
図1および
図2に記載の第1実施形態の電子分光器)の電子エネルギーと検出電子数のシミュレーション結果の例を示す。これは、検出器時間分解能100ps、電子線のパルス幅5ns、周回部10での周回数15の条件下で行ったものである。
図10の横軸は電子のエネルギー(eV)を示し、縦軸は検出される電子の数を示す。
図10に示されたように、本実施形態に係る電子分光器は、各エネルギーを分解できた。600eVの分解能を比較すると従来は1.78eVであったが、第1実施形態の分解能は0.0668eVと従来と比較して27倍の分解能を示した。
【0076】
以上に示したように、本開示の電子分光器は、高速電子に対して高い分解能を有するので、電子運動量分光器として用いることができる。また、高い分解能を有することから、波動関数の形を運動量空間で観察することができる。従来のエネルギーの全空間にわたる積分値で極小になることを頼りに決定された状態関数は、分子間の相互作用を決める遠方での系の記述に対して十分ではなかった。そのため、従来の方法で計算された状態関数では、分子認識機構モデルなどの探索を十分に行うことができなかった。本開示の電子分光器を用いることで、より正確な状態関数を得ることが可能となる。したがって、本開示の電子分光器は、精密な状態関数を必要とする新たな分子認識機構モデルの探索に有用である。
【符号の説明】
【0077】
1、5 取り込み用電極、3、7 取り出し用電極、2、4、6、8 電極、10 周回部、20 バンチ圧縮部、30 電子速度変調部、40 第1軌道補正部、50 第2軌道補正部、300 電子分光器