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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-08
(45)【発行日】2025-01-17
(54)【発明の名称】血液凝固時間測定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/86 20060101AFI20250109BHJP
【FI】
G01N33/86
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2021567661
(86)(22)【出願日】2020-12-25
(86)【国際出願番号】 JP2020048676
(87)【国際公開番号】W WO2021132552
(87)【国際公開日】2021-07-01
【審査請求日】2023-09-07
(31)【優先権主張番号】P 2019237427
(32)【優先日】2019-12-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】390037327
【氏名又は名称】積水メディカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】川辺 俊樹
【審査官】大瀧 真理
(56)【参考文献】
【文献】特開平06-249855(JP,A)
【文献】国際公開第2016/170944(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/187210(WO,A1)
【文献】特開2019-086517(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/86
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
血液凝固時間測定方法であって、
〔1〕血液検体の凝固反応についての計測値P(i)を平滑化及びゼロ点調整して、反応X(i)を取得すること、
〔2〕該反応X(i)の積算比Z(i)を取得すること、ここで該Z(i)は、第1の計測区間でのXの積算値と、該第1の計測区間と隣り合う第2の計測区間でのXの積算値との比である、
〔3〕パラメータte[k]、X(te[k])、tc[k]、te[k-1]、X(te[k-1])、及びtc[k-1]を算出すること、ここで、
kは2以上の整数であり;
te[k]及びte[k-1]は、それぞれZ(i)<Zs[k]を満たすiでの計測時間、及びZ(i)<Zs[k-1]を満たすiでの計測時間であり
ここで、Zs[k]及びZs[k-1]は、該Z(i)の閾値であって、かつZs[k]<Zs[k-1]であり
X(te[k])及びX(te[k-1])は、それぞれte[k]及びte[k-1]での反応Xであり;
tc[k]及びtc[k-1]は、それぞれX(i)={X(te[k])×Q%}を満たすiでの計測時間、及び{X(te[k-1])×Q%}を満たすiでの計測時間であり;
1<Q<100である、
〔4〕指標R[k]、及び/又は指標TR[k]を算出すること、
ここで、
R[k]=X(te[k])/X(te[k-1]) (2)
TR[k]=Δtc[k]/Δte[k] (5)
Δtc[k]=tc[k]-tc[k-1] (3)
Δte[k]=te[k]-te[k-1] (4)
〔5〕該R[k]及び/又はTR[k]が所定の条件を満たす場合、該tc[k]又は該tc[k-1]を凝固時間Tcとして決定すること、
ここで、
該R[k]についての該所定の条件が、該R[k]が予め定めた基準値Rsであるか又はそれより小さい値であることであり、
該TR[k]についての該所定の条件が、該TR[k]が予め定めた基準値TRsであるか又はそれより小さい値であることである、
を含む、方法。
【請求項2】
工程〔5〕で該R[k]又はTR[k]が該所定の条件を満たさない場合、k=k+1として、工程〔3〕~〔5〕を繰り返す、請求項1記載の方法。
【請求項3】
s[k]が1より大であり、かつZs[1]が1.100以下である、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
kが10以下である、請求項1~3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
Zs[k-1]とZs[k]との差が0.050~0.001である、請求項1~4のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
Z(i)が下記式:
Z(i) = [X(i+1)+X(i+2)+...+X(i+m)]/[X(i-m)+X(i-m+1)+...+X(i-1)] (1)
(m=10~30)
で表される、請求項1~5のいずれか1項記載の方法。
【請求項7】
工程〔3〕が、iが所定の算出開始点sに達した以降に行われる、請求項1~6のいずれか1項記載の方法。
【請求項8】
前記算出開始点sが凝固反応の速度が最大となる時間より後の計測点である、請求項7記載の方法。
【請求項9】
V(i)=Vsである2点間の計測点数が所定の値を超えたときにV(i)=Vsとなる遅いほうの計測点を算出開始点sとして検出することをさらに含
ここで、
V(i)は前記反応X(i)の微分値であり、
Vsは、V(i)がそのピーク値のS%となるときの値である、
請求項7又は8記載の方法。
【請求項10】
前記算出開始点sが、工程〔2〕で取得したZ(i)がピークに達した以降の計測点である、請求項7記載の方法。
【請求項11】
工程〔1〕~〔2〕と工程〔3〕~〔5〕が並行して行われる、請求項1~10のいずれか1項記載の方法。
【請求項12】
前記工程〔3〕~〔5〕の繰り返しを通じてTcが決定されなかったとき、Tcが正常に決定されなかったという結果を取得することをさらに含む、請求項2~11のいずれか1項記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血液凝固時間測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
血液凝固検査は、患者の血液検体に所定の試薬を添加して血液凝固時間等を測定することにより、患者の血液凝固能を診断するための検査である。血液凝固時間の典型的な例としては、プロトロンビン時間(PT)、活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)、トロンビン時間などがある。血液凝固検査によって患者の止血能力や線溶能力を調べることができる。血液凝固能の異常は、主に凝固時間の延長を引き起こす。例えば、凝固時間の延長は、凝固阻害薬剤の影響、凝固関与成分の減少、先天的な血液凝固因子の欠乏、後天的な凝固反応を阻害する自己抗体などを原因とする。
【0003】
近年では、血液凝固検査の自動計測を行う自動分析装置が汎用されており、血液凝固検査を簡便に実施することが可能である。例えば、ある種の自動分析装置では、血液検体に試薬を添加して得られる混合液に光を当て、得られた散乱光量の変化に基づいて該血液検体の凝固反応を計測する。通常の血液凝固反応では、試薬添加からある程度の時間が経過した時点で、凝固の進行により散乱光量が急激に上昇し、その後、凝固反応が終了に近づくとともに散乱光量は飽和し、プラトーに達する。このような散乱光量の時間的変化に基づいて血液凝固時間を測定することができる。自動分析装置による凝固時間の算出法としては、パーセント検出法、微分法などいくつかの手法が用いられている。中でもパーセント検出法では、単位時間あたりの散乱光変化量が大きいところ、例えば最大散乱光量の50%到達点を検出することによって、低フィブリノーゲン検体、乳び検体、溶血検体などの異常検体でもかなり正確に凝固時間の測定が可能である。
【0004】
一方、分析装置での測光データには、装置、試薬、検体の状態などに起因する様々なノイズが含まれ、それらは凝固時間の誤検出をもたらし得る。血液検体の自動分析では、ノイズの悪影響を除去して信頼性のある凝固時間を算出することが求められる。測光データのノイズによる凝固時間の誤検出を回避する方法が考案されている。特許文献1には、分析装置からリアルタイムに得られる散乱光量データを平滑化及び原点調整をして基準データXとし、該基準データから、更にこれを積分した基準積分データYと、前記基準データの各隣り合う微小時間での積算値の比である基準比データZとを演算し、該基準比データZが予め定めた一定の基準比データ値Zsになる時点のうち、該基準比データZのピーク以降の時点で且つ該基準積分データYが予め定めた閾値Ys以上となる時点における基準データ値Xdを選出し、該Xdの1/N(Nは1以上の一定整数)の値が対応する時点までの混合時点からの時間を凝固時間とする血液凝固時間測定方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平6-249855号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、様々な血液凝固反応曲線を示す血液検体の凝固時間を正確に測定することができる、血液凝固時間測定方法に関する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
すなわち、本発明は、以下を提供する。
<1>血液凝固時間測定方法であって、
〔1〕血液検体の凝固反応についての計測値P(i)を平滑化及びゼロ点調整して、反応X(i)を取得すること、
〔2〕該反応X(i)の積算比Z(i)を取得すること、ここで該Z(i)は、第1の計測区間でのXの積算値と、該第1の区間と隣り合う第2の計測区間でのXの積算値との比である、
〔3〕パラメータte[k]、X(te[k])、tc[k]、te[k-1]、X(te[k-1])、及びtc[k-1]を算出すること、
ここで、
kは2以上の整数であり;
te[k]及びte[k-1]は、それぞれZ(i)<Zs[k]を満たすiでの計測時間、及びZ(i)<Zs[k-1]を満たすiでの計測時間であり;
X(te[k])及びX(te[k-1])は、それぞれte[k]及びte[k-1]での反応Xであり;
tc[k]及びtc[k-1]は、それぞれX(i)={X(te[k])×Q%}を満たすiでの計測時間、及び{X(te[k-1])×Q%}を満たすiでの計測時間であり;
1<Q<100である、
〔4〕指標R[k]、及び/又は指標TR[k]を算出すること、
ここで、
R[k]=X(te[k])/X(te[k-1]) (2)
TR[k]=Δtc[k]/Δte[k] (5)
Δtc[k]=tc[k]-tc[k-1] (3)
Δte[k]=te[k]-te[k-1] (4)
〔5〕該R[k]及び/又はTR[k]が所定の条件を満たす場合、該tc[k]又は該tc[k-1]を凝固時間Tcとして決定すること、
を含む、方法。
<2>工程〔5〕で該R[k]又はTR[k]が該所定の条件を満たさない場合、k=k+1として、工程〔3〕~〔5〕を繰り返す、<1>記載の方法。
<3>Zs[k]<Zs[k-1]であり、Zs[k]が1より大であり、かつZs[1]が1.100以下である、<1>又は<2>記載の方法。
<4>kが10以下である、<1>~<3>のいずれか1項記載の方法。
<5>Zs[k-1]とZs[k]との差が0.050~0.001である、<1>~<4>のいずれか1項記載の方法。
<6>Z(i)が下記式:
Z(i) = {X(i+1)+X(i+2)+...+X(i+m)}/{X(i-m)+X(i-m+1)+...+X(i-1)} (1)
(m=10~30)
で表される、<1>~<5>のいずれか1項記載の方法。
<7>工程〔3〕が、iが所定の算出開始点sに達した以降に行われる、<1>~<6>のいずれか1項記載の方法。
<8>前記算出開始点sが凝固反応の速度が最大となる時間より後の計測点である、<7>記載の方法。
<9>V(i)=Vs(V(i)は前記反応X(i)の微分値である)である2点間の計測点数が所定の値を超えたときにV(i)=Vsとなる遅いほうの計測点を算出開始点sとして検出することをさらに含む、<7>又は<8>記載の方法。
<10>前記算出開始点sが、工程〔2〕で取得したZ(i)がピークに達した以降の計測点である、<7>記載の方法。
<11>工程〔1〕~〔2〕と工程〔3〕~〔5〕が並行して行われる、<1>~<10>のいずれか1項記載の方法。
<12>前記工程〔3〕~〔5〕の繰り返しを通じてTcが決定されなかったとき、Tcが正常に決定されなかったという結果を取得することをさらに含む、<2>~<11>のいずれか1項記載の方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の方法によれば、正常検体や異常検体を含む様々な血液凝固反応曲線を示す血液検体の凝固時間を正確に測定することができる。また自動分析装置でリアルタイムに多数の検体を分析する場合に、本発明の方法は、凝固時間の誤検出を防止すると共に1検体あたりの分析時間を最適化し、分析効率を向上させる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明による血液凝固時間測定方法の一実施形態の基本フロー。
図2】A:反応X及び微分値V、B:反応X及び積算比Z。A、Bとも左側は、正常検体、右側はFVIII欠乏検体。
図3】Vのピーク幅に基づく算出開始点sの検出手法の概念図。
図4】A:Zs[1]と、対応するte[1]、X(te[1])、tc[1]及びX(tc[1])の例。B:Zs[1]~Zs[3]と、対応するte[1]~te[3]、X(te[1])~X(te[3])、tc[1]~tc[3]の例。
図5】本発明による血液凝固時間測定方法の一実施形態の詳細フロー。
図6】試料1(左)及び試料10(右)についてのXの反応曲線。
図7】異なるZs[k]でのtc[k](左)及びte[k](右)。
図8】A~B:APTTに対するR[k](%)のプロット及びその拡大図。C~D:R[k](%)によるTc算出の正確性を示したプロット及びその拡大図。E:異なるZs[k]でのX(te[k])/X(te[8])。
図9】A:異なるZs[k]でのX(te[k])/X(te[8])。B~D:TR[k](ΔC/ΔE)(%)、ΔE、及びΔCのAPTTに対するプロット。
図10】A~B:試料1~10から算出したtc[k]及びte[k]。本法:Tcが決定されたときの値、1.001:Zs=1.001での値、1.031:Zs=1.031での値。C~D:本法又はZs=1.031とZs=1.001とのtc[k]及びte[k]の差分。
図11】計測時間内に反応が終了しないAPTT延長検体の反応曲線、及び取得されたパラメータと指標を示した表。
図12】低フィブリノーゲン試料の反応曲線、及び取得されたパラメータと指標を示した表。
図13】Tc算出用パラメータに対する、異なる条件1~3下で検出された算出開始点sの影響。
【発明を実施するための形態】
【0010】
1.血液凝固反応計測
血液凝固検査では、血液検体に所定の試薬を添加して、その後の血液凝固反応を計測し、凝固反応から血液凝固時間を測定する。凝固反応の計測には、一般的な手段、例えば、散乱光量、透過度、吸光度等を計測する光学的な手段、又は血漿の粘度を計測する力学的な手段などが用いられる。正常な血液検体の凝固反応曲線は、計測手段に依存するが、基本的にはシグモイド形状を示す。例えば、正常検体の散乱光量に基づく凝固反応曲線は、通常、試薬添加からある程度の時間が経過した時点で凝固の進行により急激に上昇し、その後、凝固反応が終了に近づくとともにプラトーに達する。一方で、凝固異常を有する異常検体の凝固反応曲線は、曲線の立ち上がり時間の遅れ、緩やかな上昇など、異常原因に依存して様々な形状を示す。異常検体の凝固反応曲線の多様さは、自動分析装置での凝固時間の正確な測定を困難にしている。
【0011】
従来の一般的な血液凝固時間測定では、少なくとも凝固反応終了までのデータを取得し、取得したデータに基づいて凝固時間を算出する。例えば、散乱光量が飽和した時点を凝固反応終了と判断した後、試薬添加時点から凝固反応終了時点までの間で凝固反応曲線が最大速度に達した時点を凝固時間として決定する手法(微分法)、凝固反応終了時点の散乱光量の1/Qに達した時点を凝固時間として決定する手法(パーセント検出法、特許文献1参照)、などがある。しかしながら、上述のような異常検体の凝固反応曲線の異常な形状やノイズにより、凝固反応終了の誤検知が起こり、例えば、早過ぎる時点で凝固反応終了が検知されたり、又は凝固反応終了が検知されないことがある。このような凝固反応終了の誤検知の結果、不正確な凝固時間が算出される。
【0012】
自動分析装置では、多数の検体を効率よく分析するため、1つの検体の凝固反応が終了したと判断されたら速やかに計測を終了し、次の検体の計測を開始することが望まれる。しかし、こうした手法には、上述した早過ぎる時点での凝固反応終了の誤検知が、計測中にも係わらず計測を終了させ、必要なデータの取り逃しをもたらすリスクがある。一方、一検体あたりの測定時間を十分に長い時間に固定しておけば、凝固反応終了の誤検知によるデータ取り逃しを防止できるが、こうした手法は、多くの検体にとって測定時間が必要以上に長くなるため、全体的な分析効率を低下させる。
【0013】
例えば、第VIII因子(FVIII)欠乏検体のような凝固反応曲線の変化が小さい検体の凝固時間を特許文献1に記載の方法で測定する場合、基準比データ値Zsの適切な値は比較的小さく(例えば1.01)、これは、当該検体の凝固時間測定には比較的長時間の凝固反応計測を要することを意味する。一方、正常検体に適切なZsはより大きな値(1.05程度)であり、これは、正常検体ではより短い凝固反応計測で凝固時間の算出が可能であることを意味する。そのため、自動分析装置を用いて特許文献1に記載の方法に従って、正常検体や異常検体を含むあらゆる検体の凝固時間測定を行った場合、一部の異常検体のための比較的長い計測時間を多くの正常検体にも適用しなければならない。これは効率のよい分析方法とはいえない。
【0014】
本発明の血液凝固時間測定方法は、上記のような凝固反応曲線の異常な形状に起因する凝固時間の誤検出を防止し、正確な凝固時間測定を可能にする。また本発明によれば、正常検体や異常検体を含む様々な血液検体に対して、それぞれの凝固時間測定に必要最低限な凝固反応計測時間が適用されるように、計測時間を最適化することができる。
【0015】
本発明の血液凝固時間測定方法(以下、本発明の方法ともいう)では、試薬を混合した被検血液検体の凝固反応を計測する。この計測で得られる凝固反応の時系列データに基づいて、血液凝固時間が測定される。本発明の方法で測定される血液凝固時間の例としては、プロトロンビン時間(PT)、活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)、フィブリノーゲン濃度(Fbg)測定での凝固時間などが挙げられる。
【0016】
本発明の方法において、被検血液検体としては、被検者の血漿が好ましく用いられる。以下の本明細書において、血液検体を単に検体とも称する。該検体には、凝固検査に通常用いられる抗凝固剤が添加され得る。例えば、クエン酸ナトリウム入り採血管を用いて採血された後、遠心分離されることで血漿が得られる。
【0017】
該被検検体に凝固時間測定試薬が添加され、血液凝固反応を開始させる。試薬添加後の混合液の凝固反応が計測され得る。使用される凝固時間測定試薬は、測定目的に合わせて任意に選択することができる。各種凝固時間測定のための試薬は市販されている(例えば、APTT測定試薬コアグピア APTT-N;積水メディカル株式会社製)。凝固反応の計測には、一般的な手段、例えば、散乱光量、透過度、吸光度等を計測する光学的な手段、又は血漿の粘度を計測する力学的な手段などを用いればよい。凝固反応の反応開始時点は、典型的には、検体に試薬を混合して凝固反応を開始させた時点として定義され得るが、他のタイミングが反応開始時点として定義されてもよい。凝固反応の計測を継続する時間は、例えば、検体と試薬との混合の時点から数十秒~7分程度であり得る。この計測時間は、任意に定めた固定の値でもよいが、各検体の凝固反応の終了を検出した時点までとしてもよい。該計測時間の間、所定の間隔で凝固反応の進行状況の計測(光学的に検出する場合は測光)が繰り返し行われ得る。例えば、0.1秒間隔で計測が行われればよい。該計測中の混合液の温度は、通常の条件、例えば30℃以上40℃以下、好ましくは35℃以上39℃以下である。また、計測の各種条件は、被検検体や試薬、計測手段等に応じて適宜設定され得る。
【0018】
上述の凝固反応計測における一連の操作は、自動分析装置を用いて行うことができる。自動分析装置の一例として、血液凝固自動分析装置CP3000(積水メディカル株式会社製)が挙げられる。あるいは、一部の操作が手作業で行われてもよい。例えば、被検検体の調製を人間が行い、それ以降の操作は自動分析装置で行うことができる。
【0019】
1.血液凝固時間の測定
以下、図1に示す本発明による血液凝固時間測定方法の一実施形態の基本フローを参照して、本発明について説明する。
【0020】
1.1 反応X、微分値V、積算比Zの取得
本発明の方法では、分析装置により、反応開始時点からの凝固反応についての計測値P(i)(例えば散乱光量の測光値)を逐次取得する。ここで「i」は、計測点番号を表す。例えば、計測(測光)間隔が0.1秒であれば、P(i)は計測開始0.1×i秒後の計測値を表わす。
【0021】
該計測値P(i)には、測光時のノイズや、測光開始直後に出現する反応とは無関係の変動が含まれているため、該計測値に対して、公知の方法で平滑化処理を行う。また凝固反応を散乱光量で測光する場合は、反応前の反応液由来の散乱光量を差し引くゼロ点調整処理を行う。よって、取得した時系列の計測値P(i)は逐次に平滑化及びゼロ点調整され、反応X(i)が取得される(工程S1)。計測値の平滑化処理には、ノイズ除去に関する種々の公知の方法の何れかが用いられ得る。例えば、平滑化処理としては、フィルタリング処理、又は差分値や後述する区間内平均傾きの演算等により微分値を求めた後それを積分する処理、などが挙げられる。ゼロ点調整では、例えば、平滑化した計測値を計測開始時点での値が0となるように調整すればよい。さらに計測値P(i)に対して初期変動除去処理を行ってもよい。初期変動除去処理は、測光開始時点から予め定めた初期変動除去時間までの全ての値が0となるようにすればよい。基本的には、図2に示すとおり、反応X(i)は、平滑化及びゼロ点調整された凝固反応曲線を構成する。
【0022】
次いで、求めた反応X(i)から、該反応X(i)の積算比Z(i)を取得する(工程S2)。さらに、該反応X(i)の微分値V(i)を取得してもよい。微分値V(i)は、後述する算出開始点sの検出のために用いることができる。
【0023】
微分値V(i)は、反応X(i)を1次微分して得られる。微分処理は任意の手法にて実施できるが、例えば、区間内平均傾き値の算出により行われ得る。区間内平均傾き値の算出では、各計測点iの前後の一定数の計測点、例えば、i-Kからi+Kまでの2K+1個の計測点が利用され得る。例えば、i-2,i-1,i,i+1,i+2番目の5点の計測点が利用され得る。平均傾き値は、これら複数の計測点を直線近似したときの傾き値を意味する。直線近似の演算方法には、最小二乗法などの定法が利用され得る。これらの計測点の平均傾き値が、計測点iでの1次微分値とみなされ得る。
【0024】
積算比Z(i)は、第1の計測区間でのXの積算値と、該第1の区間と隣り合う第2の計測区間での反応Xの積算値との比である。より詳細には、Z(i)は、計測点iより前の第1の計測区間での反応X(例えば計測点[i-m]~[i-1]でのX(i-m)~X(i-1))の積算値と、該計測点iより後の第2の計測区間での反応X(例えば計測点[i+1]~[i+m]でのX(i+1)~X(i+m))の積算値との比である。ここで、第1の計測区間と該第2の計測区間は、好ましくは同じ長さである。すなわち、計測点iでの反応XをX(i)、mを定数としたとき、計測点iでの積算比Z(i)は、次の式(1)で計算される。
Z(i) = {X(i+1)+X(i+2)+...+X(i+m)}/{X(i-m)+X(i-m+1)+...+X(i-1)} (1)
式(1)において、mは、該微小計測区間の時間幅が1秒間から3秒間になるように設定されることが好ましい。すなわち計測(測光)時間間隔が0.1秒ならmは10から30が好ましく、計測(測光)時間間隔が0.2秒ならmは5から15が好ましい。計測条件を考慮して適切な凝固時間が算出できるようにmの最適値を選択すればよい。
したがって、Xについての2m+1個目のデータとして計測点i+mでのX(i+m)が取得された以降に、積算比Z(i)の計算が実行できる。但し、反応初期でのXの変動の影響を避けるため、X(i-m)からX(i-1)までが全て所定の閾値Xs以上であることを条件としてZ(i)の計算を開始することが好ましい。散乱光計測による反応曲線はシグモイド状となるため、通常、X(i)が一旦Xsを超えると、その後もX(i)>Xsとなる。もし、X(i)>Xsとなった後にX(i)≦Xsとなった場合は、データは異常とみなされ得る。Xsは、予測される反応Xの最大値の10%から50%であることが好ましい。例えば、反応Xの最大値が約700と見積もられる場合、Xsは好ましくは70~350である。
【0025】
以上の手順で、各計測点iにおける反応X(i)、微分値V(i)、及び積算比Z(i)を求めることができる。図2を参照して、APTTが正常な正常検体と、APTTが延長する例としてFVIII欠乏検体(以下、延長検体)についての、反応X、微分値V、及び積算比Zのそれぞれの形状の相対的な差異を説明する。図2Aは反応Xと微分値Vを示し、図2Bは、反応X及び積算比Zを示す。図2A、Bとも、左が正常検体、右が延長検体である。横軸は反応開始時点からの時間に換算されている。
反応X)図2Aに示すとおり、Xは、平滑化及びゼロ点調整された凝固反応曲線を構成する。正常検体(図2A左)では、Xの立ち上がり点は早く、上昇の傾きは大きい。しかし、延長検体(図2A右)では、Xの立ち上がり点は遅く、上昇の傾きは小さい。
微分値V)正常検体(図2A左)では、Vのピークのトップ位置は高く、形状はほぼ左右対称である。しかし、延長検体(図2A右)では、Vのピークのトップ位置は低く(この例では正常検体の6分の1より小さい)、形状は左右非対称であり、ピークはひとつでなく2峰性形状になっている。
積算比Z)正常検体(図2B左)では反応曲線の立ち上がり時にZは最大値が約8になり、その後は1に向かって急激に減少していく。一方で延長検体(図2B右)ではZは最大値が約2.5であり、減少も緩やかである。いずれの場合も、積算比Zは、凝固反応曲線がプラトーに近づく(血液凝固反応が終了に近づく)とともに1に近づいていく。
【0026】
1.2 凝固時間Tcの算出
1.2.1 算出開始点の決定
本発明の方法では、上記の反応X(i)、微分値V(i)、及び積算比Z(i)の値を用いて凝固時間Tcを算出する。本発明の方法では、X、V、Zの取得は後述する凝固反応計測手順と並行して行われ得る。まず、これまで取得したX、V、Zに基づいて凝固時間Tcの算出処理を開始するタイミング、すなわち算出開始点sを決定する。
一例においては、Zがピークに達した以降の任意の計測点を算出開始点sとすることができる。例えば、Zが閾値に達した後、ピークを経て再び該閾値に達した計測点を、算出開始点sとすることができる。図2Bを例にとると、積算比Zが2に達した後、ピークを経て再び2に達した計測点を算出開始点sとすることができる。
別の一例においては、凝固反応速度が最大値Vmaxとなる計測点を求め、算出開始点sとする。最も単純には、逐次に取得されるV(i)から構成される曲線における最初のピークトップに対応する計測点をVmaxに対応する算出開始点sとすることができる。
他方、算出開始点sの決定の際には、凝固因子欠乏検体でよく見られるような凝固反応速度曲線が二峰性になる場合(例えば図2A右)に起こり得るVmaxの誤検出やノイズ起因の変動の影響を排除することが望まれる。したがって、好ましい例においては、逐次に取得されるV(i)が、所定の値を超えてから、ピークを過ぎて所定の条件に至ったときの計測点を算出開始点sとすることができる。図3に算出開始点sの決定手法の一例の概念図を示す。図3にはV(i)と、算出開始点sの決定に用いるパラメータが示されている。V(i)はピーク値Vmaxを有する曲線を形成している。Vsは、Vmaxを100%と設定した際のS%の値である。V(i)は、一旦Vsに達してから、ピークを過ぎて、V(s)において再びVsに達する。このときV(i)=Vsである2点間の幅(計測点数)であるピーク幅Wsが所定の値を超えていたときに、該V(s)のときの計測点sを算出開始点sとして検出する。
【0027】
1.2.2 パラメータ取得
次いで、Tc算出のために必要なパラメータが取得される(工程S3)。
まず、算出開始点s以降でZ(i)が予め定めた1番目の閾値Zs[1]未満(Z(i)<Zs[1])に初めて達するときの計測点での計測時間(反応開始時点からの時間)te[1]を検出する。必要に応じて、Z(i)<Zs[1]を満たすまでZ(i)の取得を続ける。
te[1]が検出されたら、te[1]での反応X(te[1])を求める。次に、X(te[1])のQ%の値を有するか又はそれに近似するX(i)に対応する計測点での計測時間tc[1]を検出する(ここでtc[1]<te[1])。例えば、X(tc[1])={X(te[1])×Q%}を満たす時間tc[1]を検出することができる。また例えば、{X(te[1])×Q%}に最も近い値をX(tc[1])とすることができる。また例えば、X(tc’[1])<{X(te[1])×Q%}<X(tc”[1])(tc’[1]とtc”[1]は隣接する計測点での時間)のとき、tc’[1]とtc”[1]のいずれかをtc[1]として検出することができる。計測(測光)間隔が十分短い(例えば0.1秒等の)場合は、最終的なTcの算出値には大きな違いは生じないため、tc’[1]とtc”[1]のいずれを選択してもよい。Qは、0<Q<100である任意の値であればよく、好ましくは10~80、より好ましくは20~70(例えば50)である。
図4Aに、Zs[1]と、凝固反応曲線(X(i)で構成される曲線)上でのte[1]及びX(te[1])と、tc[1]及びX(tc[1])との関係を表す概念図を示す。
【0028】
さらに、Z(i)が予め定めた2番目の閾値Zs[2]未満(Z(i)<Zs[2])に初めて達するときの計測点での計測時間te[2]を検出する(ここでZs[2]<Zs[1])。必要に応じて、Z(i)<Zs[2]を満たすまでZ(i)の取得を続ける。te[2]でのXは、X(te[2])である。次に、X(te[2])のQ%の値を有するか又はそれに近似するX(i)に対応する計測点での時間tc[2]を検出する(このとき、tc[2]<te[2])。
【0029】
上記で求めたteは、Z(i)が閾値Zsに到達した時点であり、仮の凝固終了点を表す。一方tcは、Xの値が仮の凝固終了点でのXのQ%になる時点であり、仮の凝固点を表す。図4Bは、Zs[1]~Zs[3]、及びこれらに対応する反応曲線X上の仮の凝固終了点te[1]~te[3]、及びそのときのX(te[1])~X(te[3])、ならびに仮の凝固点tc[1]~tc[3]を示した概念図である。図4Bに示したとおり、反応曲線がプラトーに近づく(凝固反応が終了に近づく)につれて、teの増加幅はより大きくなる一方、X(te)の増加幅は徐々に小さくなる。一方、凝固反応曲線がプラトーに近づくにつれてtcも徐々に増加するが、その変化はteと比較して小さい。
【0030】
1.2.3 Tcの算出
本発明の方法では、上記のような凝固反応の進行に伴う仮の凝固終了点te及び仮の凝固点tcの変化を利用して、仮の凝固点tcが真の凝固時間Tcであるか否かを決めるTc算出ステップを行う。すなわち、本発明の方法では、上記で求めたZsに由来するパラメータte、tc、X(te)などを利用して、Tc算出のための指標を取得する(工程S4)。
【0031】
したがって、本発明の方法では、Z(i)がk番目の閾値Zs[k]未満(Z(i)<Zs[k])に初めて達するときの計測点を検出する(ここでZs[k]<Zs[k-1]、k≧2の整数)。必要に応じて、Z(i)<Zs[k]を満たすまでZ(i)の取得を続ける。次いでZs[k]に由来するパラメータ(例えばte[k]、tc[k]、X(te[k])など)と、その前に取得したk-1番目の閾値Zs[k-1](ここでZs[k]<Zs[k-1])に由来するパラメータ(例えばte[k-1]、tc[k-1]、X(te[k-1])など)とを取得する。
【0032】
好ましくは、該指標は、te[k]、tc[k]及びX(te[k])のいずれか1つ以上と、te[k-1]、tc[k-1]及びX(te[k-1])のいずれか1つ以上とに基づいて取得され得る。
【0033】
Tc算出ステップでは、該指標が予め定めた基準を満たす場合、仮の凝固点tc[k]又はtc[k-1]が凝固時間Tcとして決定される。
したがって、該指標の取得は、2つ目の閾値Zs[2]に由来するte[2]、tc[2]、X(te[2])が取得された以降に行われ得る。好ましくは、最初の指標は、k=2のときに、Zs[1]に由来するte[1]、tc[1]又はX(te[1])と、Zs[2]に由来するte[2]、tc[2]又はX(te[2])に基づいて取得され得る。
【0034】
一実施形態においては、該指標は、k番目の閾値Zs[k]に由来するX(te[k])と、その前の閾値Zs[k-1]に由来するX(te[k-1])との差又は比である。好ましくは、下記式(2)に従うR[k]がTc算出のための指標として用いられる。
R[k]=X(te[k])/X(te[k-1]) (2)
該R[k]は比率で表されても百分率で表されてもよい。R[k]が予め定めた基準値Rsであるか又はそれより小さければ、該tc[k]又は該tc[k-1]を凝固時間Tcとして決定することができる。このとき該te[k]又は該te[k-1]は真の凝固終了点として決定することができる。
【0035】
別の一実施形態においては、まず、以下の式(3)~(5)に従い、Δtc[k]、Δte[k]、及びTR[k]を算出する。該TR[k]がTc算出のための指標として用いられる。
Δtc[k]=tc[k]-tc[k-1] (3)
Δte[k]=te[k]-te[k-1] (4)
TR[k]=Δtc[k]/Δte[k] (5)
該TR[k]は比率で表されても百分率で表されてもよい。TR[k]が予め定めた基準値TRsであるか又はそれより小さければ、該tc[k]又は該tc[k-1]を凝固時間Tcとして決定することができる。このとき該te[k]又は該te[k-1]は真の凝固終了点として決定することができる。
【0036】
基準値Rs及びTRsは、本発明により決定されるTcの正確性が所望の値になるように適宜設定することができる。例えば、各種検体について本発明の方法で決定したTcが、実測した凝固時間の90%以上、好ましくは95%以上になるようにRs及びTRsを調整することが好ましい。実測の凝固時間は、目測した凝固反応曲線の凝固反応終了点から推定することができる。あるいはZsが1に近い場合(例えばZs=1.001)に得られるTcを実測の凝固時間と推定してもよい。例えば、Rs(%)は110%以下が好ましく、105%以下がより好ましく、TRs(%)は15%以下が好ましく、10%以下がより好ましい。
【0037】
好ましい実施形態においては、上記2つの基準がいずれも満たされた場合、例えばR[k]≦Rsであり、かつTR[k]≦TRsであるとき、該tc[k]又は該tc[k-1]を凝固時間Tcとして決定することができる。
【0038】
一方で、該指標が予め定めた基準を満たさない場合、k=k+1として上記の手順を繰り返す。基準を満たす指標が取得されるまで、kをインクリメントしながらこの手順が繰り返される。
【0039】
指標の取得とTc決定の手順の具体例を以下に説明する。好ましくは、まずZs[1]に関するパラメータte[1]、tc[1]、又はX(te[1])と、Zs[2]に関するパラメータte[2]、tc[2]、又はX(te[2])とを用いてTc算出のための指標が算出される。
【0040】
一実施形態においては、該指標はX(te[1])とX(te[2])の差又は比である。好ましくは、下記式に従うR[2]がTc算出のための指標として用いられる。
R[2](%)={X(te[2])/X(te[1])}(%) (2)’
【0041】
好ましい実施形態においては、まず、以下の式に従い、Δtc[2]、Δte[2]、及びTR[2]を算出する。該TR[2]がTc算出のための指標として用いられる。
Δtc[2]=tc[2]-tc[1] (3)’
Δte[2]=te[2]-te[1] (4)’
TR[2](%)={Δtc[2]/Δte[2]}(%) (5)’
【0042】
該指標が予め定めた基準を満たす場合、tc[1]又はtc[2]を凝固時間Tcとして決定する。好ましくはtc[2]をTcとして決定する。例えば、上記R[2]が予め定めた基準値Rsであるか又はそれより小さければ、該tc[2]又は該tc[1]をTcとして決定する。また例えば、上記TR[2]が予め定めた基準値TRsであるか又はそれより小さければ、該tc[2]又は該tc[1]をTcとして決定する。好ましくは、上記2つの基準がいずれも満たされた場合、例えばR[2]≦Rsであり、かつTR[2]≦TRsであるとき、該tc[2]又は該tc[1]をTcとして決定する。
【0043】
一方、該指標が予め定めた基準を満たさない場合、3番目の閾値Zs[3](ここでZs[3])<Zs[2])について、上記と同様にte[3]、tc[3]又はX(te[3])を求め、これらとte[2]、tc[2]又はX(te[2])とから同様の手順で指標を算出する。
例えば、R[2]がRsよりも大きく、かつTR[2]がTRsよりも大きい場合、3番目の閾値Zs[3]について、上記と同様にX(te[3])を求め、次いで上記式(2)に従ってR[3]を算出するか、及び/又は、te[3]及びtc[3]を求め、次いで上記式(3)~(5)に従ってTR[3]を算出する。
算出した指標が基準を満たしていれば該tc[2]又は該tc[3]をTcとして決定する。好ましくは、R[3]≦Rsであるか、及び/又はTR[3]≦TRsである場合、該tc[3]又は該tc[2]をTcとして決定する。
【0044】
指標が基準を満たさなかった場合、さらに4番目の閾値Zs[4](ここでZs[4]<Zs[3])について同じ手順を繰り返す。
【0045】
このようにして、Tcが決定されるまで、凝固反応の計測とX、Y、Zの取得とを並行して逐次行いながら、N番目の閾値Zs[N](ここでZs[N]<Zs[N-1];N≧2)について同じ手順を繰り返す。最終的には、該tc[N]又は該tc[N-1]がTcとして決定される。なお、Zs[N]とZs[N-1]との差を適正な範囲に設定しておけば、R[N]≦Rs及び/又はTR[N]≦TRsを満たすときのtc[N]とtc(N-1)は比較的近い値を示すため、Tcにtc[N]を選んでも、該tc(N-1)を選んでも、Tcを用いた臨床的判断において実際的な問題は生じない。ただしTcの算出値の信頼性を高める観点からは、Tcにはtc[N]を選択することが望ましい。
【0046】
本発明の方法は、基本的には血液凝固時間の一般的な計算法として従来使用されているパーセント法の応用である。パーセント法では、凝固反応が反応終了時のQ%(一例としては50%)まで進行した時点を凝固時間Tcとして決定する。したがって、本発明の方法においても、凝固反応が、積算比Zが1又はそれに近いとき(血液凝固反応がほぼ終了したとき)のQ%となった時点が凝固時間Tcとして算出されることが理想的である。算出条件が適切であれば、te[k]はシグモイド状の凝固反応曲線がプラトーに近づく前の時点になるため、本発明の方法で決定した凝固時間Tcが理想値と大きく異なることはない。またパーセント法において、凝固反応が反応終了時の50%から離れた比率C%(一例として45%以下又は55%以上)を凝固時間とする場合は、Q%=50%としての50%凝固時間を求めてから、同じ反応終了時点を基にC%での凝固時間を算出してもよい。
【0047】
1.2.4 閾値Zs
図2に示したとおり、Z(i)は、X(i)から構成される凝固反応曲線がプラトーに近づくとともに1に近づいていく。したがって、Zs[k]は、1より大きな値である。Zs[k]が予め設定した最低値Zsminに達したとき、上記手順の繰り返しは終了し、該Zs[k]に基づいて算出された該tc[k]又は該tc[k-1]、好ましくはtc[k]が凝固時間Tcとして決定される。Zsminは1より大であればよく、測定条件(例えば試薬、分析装置及び分析項目)に応じて適宜設定すればよい。例えばAPTT測定の場合、Zsminは、好ましくは1.0001~1.05であり、より好ましくは1.0002~1.01であり、さらに好ましくは1.0005~1.002(例えば1.001)である。
【0048】
あるいは、インクリメントされる整数kが予め設定した最大数Nに達したとき、上記手順の繰り返しは終了し、Zs[N]に基づいて算出されたtc[N]又はtc[N-1]、好ましくはtc[N]が凝固時間Tcとして決定される。凝固時間算出の効率の観点からは、Nは、好ましくは20以下、より好ましくは10以下、さらに好ましくは8以下である。
【0049】
1番目の閾値Zs[1]は測定条件(例えば試薬、分析装置及び分析項目)に応じて適宜設定すればよい。例えばAPTT測定の場合、好ましくは1.100以下、より好ましくは1.080以下、さらに好ましくは1.050以下である。例えば、FVIII欠乏検体のAPTT測定では、凝固反応速度が最大になるあたりでの積算比Zは多くは1.03から1.04であることから、Zs[1]には約1.04を選択すればよい。
【0050】
閾値Zsの刻み幅(Zs[k-1]とZs[k]の差;ΔZs))は、Zs[1]、Zsminやkの最大数N、又は凝固反応の計測頻度(サンプリング周期)などに依存して決定され得るが、凝固時間算出の精度及び効率の観点からは、好ましくは0.050~0.001の範囲、より好ましくは0.020~0.002の範囲、さらに好ましくは0.010~0.005の範囲である。
【0051】
Zs[1]、Zsmin、kの最大数N、及びΔZsのそれぞれが上述した適切な範囲になるように、各々の値が設定されることが好ましい。例えば、好ましいZsmin、ΔZs、及びNを決定し、それに合わせてZs[1]を決定することができる。あるいは、好ましいZs[1]、Zsmin、及びNを決定し、それに合わせてΔZsを決定することができる。
【0052】
例えば、Zsmin=1.001、k≦8、ΔZs=0.005の場合、Zs[1]=1.036である。ただし、本発明の方法におけるZs[1]、Zsmin、ΔZs、及び繰り返し数の組み合わせの例はこれらに限定されず、当業者は適当な値を適宜設定可能である。
【0053】
1.2.5 エラー処理
前記のような手順の繰り返しを通じてZ(i)<Zs[k]を満たすte[k]が見つからないか、又は指標が基準を満たさなかった場合、前記Tc算出ステップはTcが決定されないまま不完全に終了する。このような場合、本発明の方法では、最後に取得したtc[k]をTcとして決定してもよく、又はTcが算出不可であるとみなすことができる。いずれの場合でも、Tcが決定されなかったときは、Tcが正常に決定されなかったという結果を取得することができる。
【0054】
2.Tc決定の例示的手順
以下に、本発明による凝固時間Tc決定のより具体的な手順の例を、図5に示す詳細フローを参照してより詳細に説明する。図5に示す手順は例示であり、例えば演算の順序の入れ替えなど、当業者による通常の変更が可能である。
【0055】
S001:下記表1のようにZsを段階的に高い値から低い値まで予め設定しておき、変数k(カウンタ)により各Zsを順次選択できるように配列Zs[k]を作成しておく。kは整数であり、初期値として1を設定する。
【0056】
【表1】
【0057】
S002:凝固反応に関する計測値P(i)(iは計測点番号を表す)のデータ数が、平滑化処理、初期変動除去処理及びゼロ点調整処理に必要なデータ数(例えば50個)を超えた以降に、反応X(i)、微分値V(i)、及び積算比Z(i)の取得を開始する。
【0058】
S003:測光データと、X(i)、V(i)及びZ(i)の取得を続けながら、算出開始点s以降でZ(i)<Zs[1]を満たす最も早いiでの時間te[1]を探索する。探索されたte[1]から、上記1.2.2で説明したように、X(te[1])、tc[1]等のパラメータを求める。
【0059】
S004:S003においてZ(i)<Zs[1]を満たすiでの時間te[1]を取得不可の場合は、iが上限値まで到達したところでS020に分岐し、「反応未検出」と判断して凝固時間の算出不可とする。例えば、計測(測光)時間を0.1秒間隔で360秒間に設定した場合、最大計測点数は3600であり、これがiの上限値である。一方、te[1]を取得できた場合はS005に分岐する。
【0060】
S005:kをカウントアップする。
【0061】
S006:前の処理がS005の場合はk=2であり、前の処理がS010の場合はkは3以上の整数である。次いで、さらにP(i)と、X(i)、V(i)及びZ(i)の取得を続けながら、Z(i)<Zs[k]を満たすiでの時間te[k]を探索する。
【0062】
S007:S006においてte[k]を取得不可の場合は、iが上限値まで到達したところでS030に分岐し、「反応途中」と判断して凝固時間の算出不可とする。iの上限値はS004と同じである。取得できた場合はS008に分岐する。
【0063】
S008:S006においてte[k]が取得できた場合、上記1.2.2で説明したように、X(te[k])、tc[k]等のパラメータを求める。Z(i)<Zs[k-1]を満たすte[k-1]からX(te[k-1])、tc[k-1]等のパラメータを求め、Tc決定のための指標を算出する。該指標としては、例えば、上記式(2)で示されるR[k]、及び上記式(5)で示されるTR[k]などが挙げられる。R[k]とTR[k]はいずれか1つが指標として使用されればよいが、両方を指標として使用してもよい。
次いで、該指標が基準を満たすか否かを調べる。基準としては下記(a)又は(b)があげられ、好ましくは下記(a)及び(b)が両方満たされていることが要求される。
基準(a):R[k]≦Rs
基準(b):TR[k]≦TRs
上記基準を満たした場合、S040に分岐し、その他の場合はS009に分岐する。
【0064】
S009:S008において基準(a)も(b)もが成立しなかった場合、kをカウントアップする。
【0065】
S010:カウントアップされたkが予め設定した最大値を超えたときはS011に分岐する。kが最大値以下のときはS006に分岐し、kをカウントアップして新しいte[k]の探索を続行する。
【0066】
S011:S008において基準(a)と(b)が成立せずにkが最大値を超えてしまったため、Tc決定手順は不完全終了である。このステップに進んだ場合、Tcを出力してもしなくてもよい。Tcを出力する場合、最後に取得したtc(すなわちtc[k-1])をTcとして決定する。Tcの出力は、自動で出力しても、ボタン操作等で手動により出力してもよい。
【0067】
S020:Z(i)<Zs[1]を満たすte[1]が見つからずに凝固反応計測を終えた場合であり、Tcは算出不可である。このステップに進んだ場合、何らかの理由で凝固反応が無いと判定できるため、「反応未検出」フラグを出力してもよい。
【0068】
S030:Z(i)<Zs[k]を満たすte[k]が見つからなかったため、Tcは算出不可である。このステップに進んだ場合、凝固反応の途中段階で計測を終えたと判定できるため、「反応途中」フラグを出力してもよい。
【0069】
S040:凝固終了点が確認できており、tc[k-1]又はtc[k]をTcとして出力する。好ましくはtc(k)がTcとして出力される。フラグはなし、又は「正常終了」フラグを出力してもよい。
【0070】
3.他の凝固反応計測法への応用
本発明の方法は、基本的には、散乱光量に基づく血液凝固反応計測を用いた血液凝固時間測定法であるが、当業者であれば、本発明の方法を他の計測方法、例えば透過度、吸光度などに基づく血液凝固反応計測を用いた血液凝固時間測定法に応用することが可能である。
【実施例
【0071】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0072】
実施例1
1.方法
血液凝固因子に起因して凝固反応異常のある被験者に由来する血液検体(異常検体)と、正常な血液検体(正常検体)とをそれぞれ異なる割合で混合して得た複数の混合試料について、本発明の方法に従って凝固時間の測定を実施した。
【0073】
1)試料
異常検体として、第VIII因子(FVIII)濃度が0.1%以下のFactor VIII Deficient Plasma(George King Bio-Medical,Inc.製)(以下、FVIII欠乏血漿)を用いた。正常検体としては、FVIII濃度が100%とみなされる正常プール血漿(以下、正常血漿)を用いた。FVIII欠乏血漿と正常血漿との混合比率を変えてFVIII濃度がそれぞれ、50%、25%、10%、5%、2.5%、1%、0.75%、0.5%、0.25%である混合血漿(順に試料1~試料9)を調製した。また、FVIII欠乏血漿のみ(FVIII濃度0.1%以下)を試料10とした。
【0074】
2)試薬
APTT測定用試薬としてコアグピア APTT-N(積水メディカル株式会社製)を用いた。塩化カルシウム液としてコアグピア APTT-N 塩化カルシウム液(積水メディカル株式会社製)を用いた。
【0075】
3)凝固反応計測
凝固反応計測は、血液凝固自動分析装置CP3000(積水メディカル株式会社製)を用いて行った。試料50μLをキュベット(反応容器)に分注した後に37℃で45秒間加温し、次にキュベットに約37℃に加温したAPTT測定用試薬50μLを添加し、さらに171秒経過後に25mM塩化カルシウム液50μLを添加して凝固反応を開始させた。反応は、約37℃に維持した状態で行った。凝固反応の計測(測光)は、波長660nmのLEDライトを光源とする光をキュベットに照射し、0.1秒間隔で90度側方散乱光の散乱光量を測光することによって行った。最大計測時間は360秒(データ数3600個、0.1秒間隔)とした。
【0076】
4)凝固反応曲線の作成
測光データから測光曲線Pを求め、該Pに対してノイズ除去を含む平滑化処理を行った後、測光開始時点の散乱光量が0となるようにゼロ点調整処理して反応Xを算出した。
【0077】
5)微分値V、積算比Zの取得
反応Xから、一次微分値V、及び下記式(1)に従い積算比Zを算出した。
Z(i) = {X(i+1)+X(i+2)+...+X(i+m)}/{X(i-m)+X(i-m+1)+...+X(i-1)} (1)
m = 20
Zの算出は、X(i-m)からX(i-1)までが全てXs以上であることを条件として開始された。Xsは350に設定した。
【0078】
6)算出開始点
算出開始点sは、Z(i)が所定値を上回った後、その所定値を下回った点とした。該所定値は1.2とした。
【0079】
7)閾値Zsの設定
Zs[k]を下記表2のとおりに設定した。
【表2】
【0080】
8)パラメータ
te[k]、tc[k]、X(te[k])、te[k-1]、tc[k-1]、X(te[k-1])(k=2~8の整数)。
【0081】
9)凝固時間Tc算出用指標
指標(a):R[k](%)(= X(te[k])/X(te[k-1]) × 100)
指標(b):TR[k](%)(= ΔC/ΔE × 100)
ΔC = tc[k]-tc[k-1]
ΔE = te[k]-te[k-1]
【0082】
10)算出プロセス
測光データから逐次に反応X、積算比Z、及び必要に応じて微分値Vを取得し、算出開始点s以降、表1に示すZs[k]を用いてパラメータ:te[k]、tc[k]、X(te[k])、te[k-1]、tc[k-1]、及びX(te[k-1])を算出し、さらに指標(a):R[k](%)及び指標(b):TR[k](%)を算出した。下記基準(a)及び(b)を満たしたときのtc[k]を凝固時間Tcとした。kは初期値k=1として、下記基準(a)及び(b)を満たすまで1ずつ最大8まで増加させながら上記プロセスを繰り返した。k=8で該基準が満たされなかった場合、tc[8]をTcとした。
基準(a):R[k](%)≦Rs、Rs=105%
基準(b):TR[k](%)≦TRs、TRs=10%
なお本実施例及び以下の実施例では、決定したTcの評価のため、Tc決定基準が満たされた(下記基準(a)と基準(b)がともに満たされた)後も最大計測時間まで凝固反応計測を継続し、パラメータと指標を取得した。
【0083】
2.Tc算出基準の評価
1)仮凝固終了点te、仮凝固点tcの時間的変化
図6に、計測時間に対する試料1(左、FVIII濃度50%)及び試料10(右、FVIII濃度0.1%以下)でのXの反応曲線を示す。曲線上のマーカーは、白四角が仮凝固終了点te[k]、白丸が仮凝固点tc[k]を示す(k=2~8、Zs[k]=1.031~1.001)。試料1、10のいずれについても、tc[2]とte[2]が最も小さく、tc[8]とte[8]が最も大きかった。試料1、10のいずれについても、仮凝固終了点te[8](Zs[8]=1.001)は、視覚的に真の凝固反応終了点と判定できる値であった。tc[k]の値は、試料1ではほぼ一致しており、一方試料10では異なっていた。
【0084】
Z(i)<Zs[8](=1.001)を満たす時点を凝固終了点とし、Xが凝固終了点の50%である時点をAPTTとした。図7に、試料1~10についてのZs[k](k=1~8、Zs[k]=1.036~1.001)でのtc[k](左)及びte[k](右)のAPTTに対するプロットを示す。APTTが延長するほど、仮凝固点tc[k]の分布幅が広がった。仮凝固終了点te[k]についても同様の傾向が確認された。但し、最も遅い点te[8]は、他の点より離れた位置にあった。
【0085】
2)指標(a)についてのTc決定基準
図8A、Bは、試料1~10について求めた指標(a):R[k](%)のAPTTに対するプロット(A)及びその拡大図(B)である。R[k]は、同じZs値に由来するものであっても、APTTに応じて分布が異なっていた。図8Bより、Tc決定のための基準値Rsを105%にすることで、約96%のケースでR[k]≦Rsとなり、凝固時間Tc(APTT)を正確に算出できることが分かった。
【0086】
図8C、Dは、試料1~10からのR[k](%)によるTc算出の正確性を、対応するZs[k]別に示したプロット(C)及びその拡大図(D)である。縦軸は、各試料でのZs=1.001(Zs[8])でのTc算出値を100%としたときの、Zs[1]~[7]での相対Tc算出値であり、算出値の正確性(%)を表す。正確性が96%以上となるZs値は、試料10(APTT=約130秒)は該当なし(Zs[7]=1.006でも96%に届かない)で、試料9(APTT=約90秒)ではZs[7]=1.006とZs[6]=1.011が該当した。図8Eは、X(te[k])/X(te[8])(%)を対応するZs[k]別に示したプロットである。縦軸は、各試料でのZs=1.001(Zs[8])でのX(te[8])を100%としたときの、Zs[1]~[7]でのX(te[1])~X(te[7])の相対値であり、反応曲線Xの相対高さ(%)を表す。相対高さはAPTTの大きさに応じた分布となった。図8Aと対比すると、反応曲線の相対高さが100%に近づくにつれてR[k]も100%に向かって低下していくことが分かった。
【0087】
以上より、凝固時間Tcを決定する場合において、反応曲線の相対高さが90%に達していること(すなわち凝固反応が終了段階にあること)を表す基準として、[R[k](%)≦105%]を設定できることが示された。
【0088】
3)指標(b)についてのTc決定基準
図9Aは、X(te[k])/X(te[8])(%)を対応するZs[k]別に示したプロット(図8Eと同じ)であり、図9B~Dは、指標(b):TR[k](=ΔC/ΔE)(%)、ΔE及びΔCのAPTTに対するプロットである。ΔEとΔCは、APTT値に応じて増加する傾向があり、変化量はΔEの方がΔCより大きかった(図9C~D)。その結果として、図9Bに示すように、両者の変化量の比であるTR[k](=ΔC/ΔE)も、APTTに応じて増加した。APTTに対するTR[k]の分布は、図9A(X(te[k]))の縦軸を逆転したときと同じ挙動を示した。したがって、TR[k]は間接的に、X(te[k])における反応曲線の相対高さを反映していることが示された。
【0089】
3.Tc決定
試料1~10について取得された各パラメータ及び指標を表3~表6に示す。いずれの試料も最大計測時間に到達することなくTc算出プロセスが終了した。Tcが決定されて以後のパラメータと指標の欄は斜線で示す。灰色の欄は、指標が基準(a)又は(b)を満たしたことを表す。
【0090】
【表3】
【0091】
【表4】
【0092】
【表5】
【0093】
【表6】
【0094】
図10A、Bに、凝固時間Tcが決定されたときの仮凝固点tc[k](A)と仮凝固終了点te[k](B)をAPTTに対してプロットした(図中、本法)。図中、対照としてZs=1.001(k=8)、及び比較例としてZs=1.031(k=2)のときのtc[k]、te[k]も共にプロットした。また、対照(Zs=1.001、k=8)でのtc[k]及びte[k]から本法又は比較例1での値を引いた差分を図10C及びDにそれぞれ示す。
本法でTcが決定されたときのtc[k](=決定されたTc)は、対照でのtc[k](APTTとほぼ等しい)と重なっていた。本法と対照とのtc[k]の差は1秒以内であった。一方、本法でのte[k]はAPTTが短い場合は比較例に近いが、APTT90秒以降では対照と重なっていた。te[k]は最短で33秒であった(右図)。これは、APTTが90秒より小さい場合は、本法でTcを得るのに要する凝固反応計測時間は対照と比べて約20秒から約30秒短いことを示している。一方、比較例と対照との間では、tc[k](=決定されたTc)の差は、APTTが50秒までのときは1秒以内であるが、APTTの延長に伴って大きくなり最大29秒であり、一方te[k]の差は、最小26秒最大142秒であった。すなわち比較例では、凝固反応計測時間は対照と比べて短くなるものの、APTTが50秒より小さい場合は対照と同等の凝固時間が得られるが、APTTが50秒より大きくなると、対照と比べて凝固時間が短く算出されていた。以上から、本発明の方法により正確な凝固時間の算出と計測時間の短縮化の両立が可能であることが示された。
【0095】
実施例2
検体として、XII因子濃度が0.1%以下のFactor XII Deficient Plasma(George King Bio-Medical,Inc.製)と(以下、FXII欠乏血漿、FXII濃度0%)、FXII濃度が100%と見做される正常プール血漿(以下、正常血漿)とを用い、FXII欠乏血漿と正常血漿との混合比率を1:39としてFXII濃度が0.25%の混合血漿(試料11)を調製した。
【0096】
調製した試料11について、実施例1の1.10)と同様の手順で基準(a)及び(b)を満たすTcを探索した。しかし、この試料では、k=6(Zs=1.011)までte[k]、te[k]が得られたものの、k=7(Zs=1.006)を取得する前に最大計測時間に到達したためTc算出プロセスが終了した。結果、本例では凝固時間Tcは出力されずに「反応途中」を表すフラグが出力された。試料11についての反応曲線X(te[k]、te[k]が図示されている)、及び算出されたパラメータ及び指標を図11に示す。
【0097】
実施例3
フィブリノーゲン濃度が低値(62mg/dL)の検体(試料12)について、実施例1の1.10)と同様の手順で基準(a)及び(b)を満たすTcを探索した。k=2(Zs=1.031)で基準(a)及び(b)が満たされ、凝固時間Tcは30.9秒と決定された。試料12についての反応曲線X(k=1~8のte[k]、te[k]が図示されている)、及び算出されたパラメータ及び指標を図12に示す。図12の表中灰色の欄は、指標が基準(a)又は(b)を満たしたことを表す。フィブリノーゲン濃度が正常レベルの図6左と比較すると、図12での凝固反応の最大値は約8分の1であったが、このようにフィブリノーゲン濃度が低い検体においても本発明の方法で凝固時間Tcを算出できることが確認できた。
【0098】
実施例4
Tc算出の算出開始点sの条件を評価した。試料には、反応初期に反応曲線の緩やかな上昇が続いた検体(試料13)を用いた。以下の条件に従って算出開始点sを定め、実施例1の1.10)と同様の手順で基準(a)及び(b)を満たすTcを探索した。
条件1(従来技術と同じ):積算比Zがピークを越えた以降、すなわちZが所定値を上回った後、その所定値を下回った点を算出開始点sとした。Zの所定値は1.2とした。
条件2:ピークを挟んでV(i)=Vsとなる2点間の計測点数がWsを超えたとき、V(i)=Vsとなる遅いほうの計測点を算出開始点sとした(図3参照)。Vsは90%Vmax、Wsは10(1秒)に設定した。
条件3:条件2と同じ、但しVsは50%Vmax、Wsは10(1秒)に設定した。
【0099】
図13に条件1~3下で取得した各パラメータ及び指標を示す。左図は反応曲線Xと微分値Vを示し、右図はXと積算比Zを示す。図中のマーカーは白四角がTe[k]、白丸がTc[k]を表している。右端は各パラメータ及び指標の表である。表中の灰色の欄は、指標が基準(a)又は(b)を満たしたことを表す。
条件1では、反応初期の反応曲線Xの緩やかな上昇部においてZが所定値を下回ったため、V(i)が最大になる前にTc算出が開始され、k=1~4でのTe[k]、Tc[k]が得られた。しかし基準(a)及び(b)が満たされないままTc算出プロセスが進み、最終的にk=8(Zs=1.001)でTc163.6秒が決定された。
条件2、3では、V(i)がピークを超えた後にTc算出が開始された。図中の黒四角が算出開始点sである。条件2、3ともk=8(Zs=1.001)で基準(a)及び(b)が満たされ、Tc163.6秒が決定された。ただし条件3では、k=1~4でのTe[k]が近接していたことから、k=1~4での指標はTc算出に採用されないように処理した。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13