(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-09
(45)【発行日】2025-01-20
(54)【発明の名称】窒化鋼部品
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20250110BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20250110BHJP
C21D 1/06 20060101ALN20250110BHJP
【FI】
C22C38/00 301N
C22C38/60
C21D1/06 A
(21)【出願番号】P 2020207006
(22)【出願日】2020-12-14
【審査請求日】2023-08-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 崇久
(72)【発明者】
【氏名】宮越 有祐
(72)【発明者】
【氏名】濱 翔太
(72)【発明者】
【氏名】江頭 誠
【審査官】宮脇 直也
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/003425(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/098143(WO,A1)
【文献】特開2019-049032(JP,A)
【文献】国際公開第2021/210577(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 1/06
C21D 8/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒化鋼部品であって、
前記窒化鋼部品の表層部の窒化層と、
前記窒化層よりも内部の芯部とを備え、
前記芯部の化学組成が、質量%で、
C:0.03~0.25%、
Si:0.02~0.50%、
Mn:0.70超~2.50%、
P:0.035%以下、
S:0.050%以下、
Al:0.005~0.050%、
Cr:0.03~0.30%未満、
V:0.10超~0.40%
、
N:0.003~0.030%、
Nb:0~0.100%、
B:0~0.0100%、
Cu:0~0.20%、
Ni:0~0.20%、
Ca:0~0.0050%、
Bi:0~0.100%、
Pb:0~0.090%、
Mo:0~0.05%、及び、
Ti:0~0.005%、を含有し、
残部がFe及び不純物からなり、
前記芯部の化学組成中のV含有量を[V](質量%)と定義し、前記芯部のV析出物中のVの総含有量を[析出物中V](質量%)と定義したとき、式(1)を満たし、
3%NaCl-3g/LNH
4
SCN水溶液中で、電流密度が0.1mA/cm
2
であり、通電時間が72時間である陰極水素チャージ法で水素をチャージした場合の拡散性水素量が0.10ppm以上である、
窒化鋼部品。
[析出物中V]/[V]≧0.30 (1)
【請求項2】
請求項1に記載の窒化鋼部品であって、
前記芯部の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、
Nb:
0.001~0.100
%、及び、
B:
0.0001~0.0100
%、
からなる群から選択される1種以上を含有する、
窒化鋼部品。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の窒化鋼部品であって、
前記芯部の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、
Cu:
0.01~0.20
%、及び、
Ni:
0.01~0.20
%、
からなる群から選択される1種以上を含有する、
窒化鋼部品。
【請求項4】
請求項1~3のいずれかに記載の窒化鋼部品であって、
前記芯部の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、
Ca:
0.0001~0.0050
%、
Bi:
0.001~0.100
%、及び、
Pb:
0.001~0.090
%、
からなる群から選択される1種以上を含有する、
窒化鋼部品。
【請求項5】
請求項1~4のいずれかに記載の窒化鋼部品であって、
前記芯部の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、
Mo:
0.01~0.05
%、及び、
Ti:
0.001~0.005
%、
からなる群から選択される1種以上を含有する、
窒化鋼部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、窒化鋼部品に関し、さらに詳しくは、冷間加工により成形した後、窒化処理を施した、窒化鋼部品に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車部品、建設機械部品及び産業機械部品等に代表される機械構造用部品の素材として、構造用鋼鋼材が用いられている。構造用鋼鋼材はたとえば、機械構造用炭素鋼鋼材、機械構造用合金鋼鋼材等である。
【0003】
近年、自動車及び建設車両、産業機械等の燃費向上を目的として、機械構造用部品の軽量化及び小型化が進んでいる。機械構造用部品の軽量化及び小型化は、機械構造用部品に掛かる負荷を増加させる。そのため、構造用鋼鋼材を用いて製造される機械構造用部品には、優れた曲げ疲労強度が求められる。たとえば、はすば歯車やウォームギア等のような歯丈の高い機械構造用部品では、高い曲げ疲労強度が求められる。
【0004】
構造用鋼鋼材を用いて優れた曲げ疲労強度を有する機械構造用部品を製造するために、熱間鍛造後に焼入れ及び焼戻し処理を実施する方法が用いられる場合がある。しかしながら、熱間鍛造後に焼入れ及び焼戻し処理を実施する方法では、加工時の形状精度が低い場合がある。そのため、加工時の形状精度を高めるために、熱間鍛造及び熱間鍛造後に焼入れ及び焼戻し処理を実施する方法に代えて、冷間加工を実施する方法が用いられる場合がある。
【0005】
冷間加工を実施する場合、冷間加工により加工硬化が起こり、機械構造用部品の曲げ疲労強度が向上する。しかしながら、冷間加工による加工硬化のみでは、熱間鍛造及び熱間鍛造後に焼入れ及び焼戻し処理を実施する場合に得られる曲げ疲労強度に相当するほどの高い曲げ疲労強度を得ることは難しい。そこで、冷間加工を実施した場合に、曲げ疲労強度を高める方法として、冷間加工後に時効硬化処理を実施することにより、機械構造用部品の曲げ疲労強度を高める方法が提案されている。
【0006】
冷間加工後に時効硬化処理を実施して機械構造用部品を製造するための素材となる鋼材はたとえば、特開2019-173168号公報(特許文献1)に提案されている。
【0007】
特許文献1の冷間鍛造用鋼材は、質量%で、C:0.02~0.25%、Si:0.005~0.50%、Mn:0.70超~2.50%、P:0.035%以下、S:0.050%以下、Al:0.005~0.050%、Cr:0.02~0.70%、V:0.02~0.30%、N:0.003~0.030%、Nb:0~0.10%、B:0~0.005%、Ca:0~0.005%、Bi:0~0.10%、Pb:0~0.20%、及び、残部:Fe及び不純物、からなる。特許文献1の冷間鍛造用鋼材において、上記不純物中のCu、Ni及びMoの合計含有量は0.05質量%以下であり、上記不純物中のTi含有量は0.005質量%以下であり、式(1)を満たす化学組成を有する。なお、式(1)は、[V析出物]/[V含有量]≦0.50である。特許文献1の冷間鍛造用鋼材において、ミクロ組織はフェライト、パーライト及び/又はベイナイトを含有する。ミクロ組織におけるフェライトの面積率は10~90%である。これにより、高い冷間鍛造性を有し、かつ、冷間鍛造後に時効硬化処理された場合、高い曲げ疲労強度が得られる、と特許文献1には記載されている。
【0008】
しかしながら、冷間加工後に時効硬化処理を実施した場合であっても、機械構造用部品の曲げ疲労強度が十分に高まらない場合がある。そこで、さらに曲げ疲労強度を高める方法として、時効硬化処理に代えて、冷間加工後に窒化処理を実施することにより、機械構造用部品の曲げ疲労強度を高める方法が提案されている。
【0009】
冷間加工後に窒化処理を実施して機械構造用部品を製造するための素材となる鋼材はたとえば、特開平9-279296号公報(特許文献2)に提案されている。
【0010】
特許文献2の軟窒化用鋼は、質量%で、C:0.01~0.15%、Si:0.01~1.00%、Mn:0.1~1.5%、Cr:0.1~2.0%、Al:0.10%超~1.00%、V:0.05~0.40%を含み、残部が鉄及び不可避的な不純物からなり、かつCr、Al、Vの添加量が次の(1)式を満足する化学組成を有する。なお、式(1)は、1.65≦Cr+6.2Al+1.9Vである。この軟窒化用鋼はさらに、熱間圧延後又は熱間鍛造後の芯部硬さがHvで200以下、かつ、その後の冷間鍛造における限界圧縮率が65%以上である。これにより、特許文献2の軟窒化用鋼は、良好な冷間鍛造性を有すると共に、表面硬さの高い優れた軟窒化特性を合わせ持つ、と特許文献2には記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2019-173168号公報
【文献】特開平9-279296号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
特許文献2は、冷間鍛造後に窒化処理を実施することにより、窒化鋼部品の表面の硬さを高めている。これにより、ピッチング等の面疲労強度は向上すると考えられる。しかしながら、表面の硬さを高めるだけでは、窒化鋼部品の曲げ疲労強度が十分に向上しない場合がある。
【0013】
本開示の目的は、高い曲げ疲労強度を有する窒化鋼部品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明による窒化鋼部品は、
前記窒化鋼部品の表層部の窒化層と、
前記窒化層よりも内部の芯部とを備え、
前記芯部の化学組成が、質量%で、
C:0.03~0.25%、
Si:0.02~0.50%、
Mn:0.70超~2.50%、
P:0.035%以下、
S:0.050%以下、
Al:0.005~0.050%、
Cr:0.03~0.30%未満、
V:0.10超~0.40%、及び、
N:0.003~0.030%、を含有し、
残部がFe及び不純物からなり、
前記芯部の化学組成中のV含有量を[V](質量%)と定義し、前記芯部のV析出物中のVの総含有量を[析出物中V](質量%)と定義したとき、式(1)を満たし、
陰極水素チャージ法で水素をチャージした場合の拡散性水素量が0.10ppm以上である。
[析出物中V]/[V]≧0.30 (1)
【発明の効果】
【0015】
本発明による窒化鋼部品は、高い曲げ疲労強度を有する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】
図1は、実施例で作製した小野式回転曲げ試験片の平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明者らは、上述の課題を解決するために、種々の検討を行い、次の知見を得た。
【0018】
初めに、本発明者らは、芯部において、質量%で、C:0.03~0.25%、Si:0.02~0.50%、Mn:0.70超~2.50%、P:0.035%以下、S:0.050%以下、Al:0.005~0.050%、Cr:0.03~0.30%未満、V:0.10超~0.40%、N:0.003~0.030%、Nb:0~0.100%、B:0~0.0100%、Cu:0~0.20%、Ni:0~0.20%、Ca:0~0.0050%、Bi:0~0.100%、Pb:0~0.090%、Mo:0~0.05%、Ti:0~0.005%、及び、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有する窒化鋼部品において、窒化処理により、表面の硬さを高め、曲げ疲労強度を向上させる方法を検討した。しかしながら、窒化鋼部品の表面の硬さを高めるだけでは、曲げ疲労強度が高まらない場合があった。
【0019】
そこで、本発明者らは、窒化鋼部品の表面の硬さを高めるだけでは、曲げ疲労強度が高まらない原因について調査した。窒化鋼部品は、主として曲げ応力やねじり応力を受ける部位に使用される。窒化鋼部品が受ける曲げ応力やねじり応力は、窒化鋼部品の表面で最大となる。そのため、窒化鋼部品の表面に疲労破壊の起点が生じやすい。したがって、表面の硬さを高めることにより、表面を起点とする破壊は抑制される。一方、窒化鋼部品の芯部に向かうに伴い、上記の応力は小さくなるものの、窒化鋼部品の芯部にもある程度の負荷が掛かる。そのため、曲げ応力やねじり応力を受けた窒化鋼部品は、窒化鋼部品の芯部を起点として疲労破壊が生じる場合がある。したがって、表面の硬さを高めるだけではなく、芯部の硬さを高めることが有効である。
【0020】
次に、本発明者らは、窒化処理で窒化鋼部品の芯部の硬さが十分に高まらない原因について調査した。冷間加工後の鋼材は、窒化処理を実施することにより、表層部の窒化層と、窒化層よりも内部の芯部とを備える窒化鋼部品となる。ここで窒化層とは、窒化処理により鋼材表層に形成される層であり、芯部よりも高い硬さを有する。
【0021】
窒化処理では、鋼材表面から窒素を拡散侵入させ、鋼材の表層でCr窒化物、Al窒化物及びV窒化物等の窒化物を形成する。そのため、鋼材中にCr、Al及びV等の窒化物を形成しやすい元素(以下、窒化物形成元素ともいう)の含有量が高ければ、鋼材の表層の窒化物形成は促進される。そのため、窒化層の硬さは高まる。したがって、窒化鋼部品の表面の硬さを高めるためには、窒化鋼部品の素材である鋼材中に窒化物形成元素を多く含有すればよい。しかしながら、この場合、鋼材の表面から供給された窒素の多くはCr窒化物、Al窒化物及びV窒化物等の形成に使用される。そのため、鋼材の内部にまで十分に窒素が拡散されない場合がある。この場合、窒化鋼部品の芯部の硬さは十分に高まらず、窒化鋼部品の曲げ疲労強度は十分に高まらない。窒化鋼部品の芯部の硬さを高めるほど多くのCr、Al及びV等を含有した鋼材に対して窒化処理を実施すれば、窒化鋼部品の窒化層の硬さが著しく高まる。しかしながら、窒化層の硬さが過剰に高まれば、かえって曲げ疲労強度が低下する。そこで、本発明者らは、窒化層の硬さを過剰に高めず、窒化鋼部品の芯部の硬さを高め、窒化鋼部品の曲げ疲労強度を高めるのが良いと考えた。
【0022】
本発明者らは、さらなる調査及び検討の結果、窒化処理だけでなく、V析出物による析出強化を利用することにより、窒化層の硬さを過剰に高めず、窒化鋼部品の芯部の硬さを高め、窒化鋼部品の曲げ疲労強度を高めることができると考えた。
【0023】
具体的には、V析出物による析出強化では、ナノサイズの微細なV析出物を多数生成して曲げ疲労強度を高める。本明細書では、V炭窒化物(V(C,N))、V炭化物(VC)及びV窒化物(VN)を総称して「V析出物」と定義する。窒化鋼部品中に析出するV析出物のほとんどはV炭窒化物(V(C,N))である。しかしながら、V析出物の一部がV炭化物(VC)及び/又はV窒化物(VN)として析出する場合もあり得る。V炭化物及びV窒化物もV炭窒化物と同様の効果があると考えられる。したがって、本明細書では、「V析出物」は、V炭窒化物、V炭化物及びV窒化物を含む。
【0024】
具体的には、窒化鋼部品の芯部の化学組成中のV含有量を[V](質量%)と定義し、窒化鋼部品の芯部の化学組成を100%とした場合の、窒化鋼部品の芯部のV析出物中のVの総含有量を[析出物中V](質量%)と定義する。この場合、芯部の化学組成中の各元素含有量が上述の範囲内である窒化鋼部品において、以下の式(1)を満たせば、曲げ疲労強度を高めるのに十分な量のV析出物が窒化鋼部品中に析出している。
[析出物中V]/[V]≧0.30 (1)
【0025】
上述のとおり、芯部の化学組成中の各元素含有量が上述の範囲内である窒化鋼部品において、式(1)を満たすだけの十分な量のV析出物が析出していれば、窒化鋼部品の曲げ疲労強度はある程度向上する。しかしながら、芯部の化学組成中の各元素含有量が上述の範囲内である窒化鋼部品において、式(1)を満たすだけの十分なV析出物が析出していても、歯丈の高い歯車等に使用する場合には曲げ疲労強度が不十分である場合があった。そこで、本発明者らは、さらに高い曲げ疲労強度が得られる条件を検討した。その結果、V析出物による析出強化により、窒化鋼部品の曲げ疲労強度をさらに高めるためには、V析出物の形状を制御することが有効であると考えた。以下、この点について説明する。
【0026】
V析出物には、球状のV析出物と、板状のV析出物とが存在する。以降の説明では、球状のV析出物を球状V析出物と称し、板状のV析出物を板状V析出物と称する。球状V析出物が生成する場合、球状V析出物と母相との界面は主に非整合界面となる。非整合界面として析出した球状V析出物は単純な障害物としてのみ作用し、直接衝突する転位運動のみを阻害する。このため、球状V析出物は、転位運動に対して抵抗となりにくい。
【0027】
一方、板状V析出物はNaCl型の結晶構造を有し、母相(α)に対してBaker-Nutting(B-N)の関係(つまり、板状V析出物の{100}と母相の{100}とが平行であり、かつ、板状V析出物の<100>方向と母相の<110>方向とが平行の関係)となる整合界面又は半整合界面を形成する。整合界面又は半整合界面は、板状V析出物の周辺に整合歪場を形成する。この整合歪場が転位と相互作用することで、直接衝突する転位運動のみではなく、板状V析出物の近傍を通過する転位運動も阻害する。このため、板状V析出物は、転位運動に対して大きな抵抗となる。
【0028】
以上の検討結果から、本発明者らは、窒化鋼部品の芯部に、球状V析出物ではなく、板状V析出物をなるべく析出させることにより、転位運動の抵抗をさらに高めることができ、窒化鋼部品において、高い曲げ疲労強度が得られると考えた。
【0029】
ところで、板状V析出物のサイズはナノレベルである。そのため、ミクロ組織観察により、板状V析出物及び球状V析出物を特定し、V析出物中の板状V析出物の割合を求めることは極めて困難である。一方、整合界面及び半整合界面では水素がトラップされやすく、非整合界面では、水素がトラップされにくい。つまり、板状V析出物は水素をトラップしやすく、球状V析出物は水素をトラップしにくい。したがって、式(1)を満たす量のV析出物が析出された窒化鋼部品において、水素をチャージした場合の水素トラップ量が多ければ、曲げ疲労強度を高める量のV析出物中において、板状V析出物の割合が多いことを意味する。
【0030】
そこで、本発明者らは、V析出物中の板状V析出物の割合を示す指標として、後述の陰極水素チャージ法で窒化鋼部品の芯部に水素をチャージした場合に得られる拡散性水素量と疲労特性との関係を調査した。その結果、芯部の化学組成中の各元素含有量が上述の範囲内であり、式(1)を満たすV析出物量を有する窒化鋼部品の芯部において、陰極水素チャージ法で水素をチャージした場合の拡散性水素量が0.10ppm以上であれば、V析出物中の板状V析出物の割合が高く、優れた曲げ疲労強度が得られることを見出した。
【0031】
以上の知見に基づいて完成した本実施形態による窒化鋼部品の要旨は次のとおりである。
【0032】
[1]
窒化鋼部品であって、
前記窒化鋼部品の表層部の窒化層と、
前記窒化層よりも内部の芯部とを備え、
前記芯部の化学組成が、質量%で、
C:0.03~0.25%、
Si:0.02~0.50%、
Mn:0.70超~2.50%、
P:0.035%以下、
S:0.050%以下、
Al:0.005~0.050%、
Cr:0.03~0.30%未満、
V:0.10超~0.40%、及び、
N:0.003~0.030%、を含有し、
残部がFe及び不純物からなり、
前記芯部の化学組成中のV含有量を[V](質量%)と定義し、前記芯部のV析出物中のVの総含有量を[析出物中V](質量%)と定義したとき、式(1)を満たし、
陰極水素チャージ法で水素をチャージした場合の拡散性水素量が0.10ppm以上である、
窒化鋼部品。
[析出物中V]/[V]≧0.30 (1)
【0033】
[2]
[1]に記載の窒化鋼部品であって、
前記芯部の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、
Nb:0.100%以下、及び、
B:0.0100%以下、
からなる群から選択される1種以上を含有する、
窒化鋼部品。
【0034】
[3]
[1]又は[2]に記載の窒化鋼部品であって、
前記芯部の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、
Cu:0.20%以下、及び、
Ni:0.20%以下、
からなる群から選択される1種以上を含有する、
窒化鋼部品。
【0035】
[4]
[1]~[3]のいずれかに記載の窒化鋼部品であって、
前記芯部の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、
Ca:0.0050%以下、
Bi:0.100%以下、及び、
Pb:0.090%以下、
からなる群から選択される1種以上を含有する、
窒化鋼部品。
【0036】
[5]
[1]~[4]のいずれかに記載の窒化鋼部品であって、
前記芯部の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、
Mo:0.05%以下、及び、
Ti:0.005%以下、
からなる群から選択される1種以上を含有する、
窒化鋼部品。
【0037】
本実施形態による窒化鋼部品は、高い曲げ疲労強度を有する。
【0038】
以下、本実施形態による窒化鋼部品について詳述する。元素に関する「%」は、質量%を意味する。
【0039】
[窒化鋼部品の構成]
本実施形態の窒化鋼部品は、窒化層と、芯部とを備える。窒化層は、窒化鋼部品の表層に形成されている。窒化層の硬さは、芯部の硬さよりも高い。窒化鋼部品における窒化層及び芯部は、例えばEPMA(Electron Probe Micro Analyzer)を用いたN濃度分布測定により区別可能である。
【0040】
[化学組成]
本実施形態による窒化鋼部品の芯部の化学組成は、次の元素を含有する。
【0041】
C:0.03~0.25%
炭素(C)は、窒化鋼部品中のVと結合してV析出物を形成する。V析出物が形成されれば、析出強化により、窒化鋼部品の曲げ疲労強度が高まる。Cはさらに、窒化鋼部品中のパーライト及びベイナイトの面積率を高める。パーライト及びベイナイトは、フェライトと比較して高強度の相である。そのためパーライト及びベイナイトの面積率が高まれば、窒化鋼部品の曲げ疲労強度が高まる。C含有量が0.03%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、C含有量が0.25%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、窒化鋼部品の素材である鋼材の冷間加工性が低下する。したがって、C含有量は0.03~0.25%である。C含有量の好ましい下限は0.05%であり、さらに好ましくは0.07%であり、さらに好ましくは0.10%である。C含有量の好ましい上限は0.23%未満であり、さらに好ましくは0.21%であり、さらに好ましくは0.19%である。
【0042】
Si:0.02~0.50%
シリコン(Si)は、窒化鋼部品の曲げ疲労強度を高める。また、Siは鋼を脱酸する。Si含有量が0.02%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Si含有量が0.50%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、窒化鋼部品の素材である鋼材の冷間加工性が低下する。したがって、Si含有量は0.02~0.50%である。Si含有量の好ましい下限は0.05%であり、さらに好ましくは0.07であり、さらに好ましくは0.10%である。Si含有量の好ましい上限は0.45%であり、さらに好ましくは0.40%であり、さらに好ましくは0.35%である。
【0043】
Mn:0.70超~2.50%
マンガン(Mn)は、高強度相であるパーライト若しくはベイナイトの生成を促進する。その結果、窒化鋼部品の曲げ疲労強度を高める。Mn含有量が0.70%以下であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Mn含有量が2.50%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、窒化鋼部品の素材である鋼材の強度が高くなりすぎて冷間加工性が低下する。Mn含有量が2.50%を超えればさらに、素材である鋼材のパーライト及びベイナイトが過剰に生成され、フェライト面積率が過剰に低下する。そのため、冷間加工性がさらに低下する。したがって、Mn含有量は0.70超~2.50%である。Mn含有量の好ましい下限は0.75%であり、さらに好ましくは0.80%であり、さらに好ましくは1.20%であり、さらに好ましくは1.40%である。Mn含有量の好ましい上限は2.30%であり、さらに好ましくは2.10%であり、さらに好ましくは1.90%である。
【0044】
P:0.035%以下
リン(P)は不純物である。Pは粒界に偏析して、窒化鋼部品の曲げ疲労強度を低下させる。したがって、P含有量は0.035%以下である。P含有量の好ましい上限は0.030%であり、さらに好ましくは0.025%であり、さらに好ましくは0.020%である。P含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、P含有量の過剰な低減は製造コストを引き上げる。したがって、通常の工業生産を考慮すれば、P含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%である。
【0045】
S:0.050%以下
硫黄(S)は不純物である。SはMnと結合してMnSを形成し、鋼材の被削性を高める。しかしながら、S含有量が0.050%を超えれば、粗大なMnSが生成する。粗大なMnSは冷間加工時に割れの起点となりやすい。そのため、窒化鋼部品の素材である鋼材の冷間加工性が低下する。したがって、S含有量は0.050%以下である。S含有量の好ましい上限は0.045%であり、さらに好ましくは0.040%であり、さらに好ましくは0.030%であり、さらに好ましくは0.020%である。S含有量の過剰な低減は製造コストを引き上げる。したがって、通常の工業生産を考慮すれば、S含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.006%である。
【0046】
Al:0.005~0.050%
アルミニウム(Al)は鋼を脱酸する。また、Al窒化物を形成し、窒化層の硬さを上昇させる。Al含有量が0.005%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Al含有量が0.050%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材中にAl酸化物等の粗大なAl系介在物が生成し、粗大なAl系介在物は冷間加工時に割れの起点となりやすい。また、窒化層深さを減少させ、窒化鋼部品の曲げ疲労強度が低下する。したがって、Al含有量は0.005~0.050%である。Al含有量の好ましい下限は0.005%であり、さらに好ましくは0.010%であり、さらに好ましくは0.015%である。Al含有量の好ましい上限は0.045%であり、さらに好ましくは0.040%であり、さらに好ましくは0.030%であり、さらに好ましくは0.020%である。なお、本実施の形態の窒化鋼部品において、Al含有量とは全Alの含有量を意味する。
【0047】
Cr:0.03~0.30%未満
クロム(Cr)は、窒化鋼部品の曲げ疲労強度を高める。Crはさらに、窒化処理によりCr窒化物を形成し、窒化層の硬さを高める。Cr含有量が0.03%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Cr含有量が0.30%以上であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、窒化層の深さが減少し、窒化鋼部品の曲げ疲労強度が低下する。したがって、Cr含有量は0.03~0.30%未満である。Cr含有量の好ましい下限は0.05%であり、さらに好ましくは0.07%であり、さらに好ましくは0.10%である。Cr含有量の好ましい上限は0.28%であり、さらに好ましくは0.25%であり、さらに好ましくは0.20%である。
【0048】
V:0.10超~0.40%
バナジウム(V)は、窒化鋼部品の芯部において鋼材中のC及び/又はNと結合してV析出物を形成する。芯部にV析出物が形成されれば、析出強化により、窒化鋼部品の曲げ疲労強度が高まる。Vはさらに、窒化処理によりV窒化物を形成し、窒化層の硬さを高める。V含有量が0.10%以下であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、V含有量が0.40%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、V析出物が球状化しやすい。そのため、窒化鋼部品の曲げ疲労強度が低下する。V含有量が0.40%を超えればさらに、窒化鋼部品の素材である鋼材の冷間加工性が低下する。したがって、V含有量は0.10超~0.40%である。V含有量の好ましい下限は0.12%であり、さらに好ましくは0.15%であり、さらに好ましくは0.18%である。V含有量の好ましい上限は0.38%であり、さらに好ましくは0.35%であり、さらに好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.28%である。
【0049】
N:0.003~0.030%
窒素(N)は、鋼材中のVと結合してV析出物を形成する。V析出物が形成されれば、析出強化により、窒化鋼部品の曲げ疲労強度が高まる。N含有量が0.003%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、N含有量が0.030%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、熱間加工後の鋼材にV析出物であるV窒化物(VN)が過剰に析出する。V窒化物が過剰に析出すれば、後述の窒化処理工程において、V窒化物が球状化しやすくなる。あるいは、熱間加工後の冷却時にV窒化物を過剰に析出させてしまうと、後述の窒化処理工程で芯部に析出させるV析出物のV源が減少する。そのため、窒化処理工程において、芯部に板状V析出物を十分に析出させることができなくなる。その結果、曲げ疲労強度が低下する。したがって、N含有量は0.003~0.030%である。N含有量の好ましい下限は0.003%超であり、さらに好ましくは0.004%であり、さらに好ましくは0.005%である。N含有量の好ましい上限は0.025%であり、さらに好ましくは0.020%であり、さらに好ましくは0.015%である。
【0050】
[任意元素(optional elements)について]
上記窒化鋼部品の芯部の化学組成は、Feの一部に代えて、Nb:0.100%以下、及び、B:0.0100%以下、からなる群から選択される1種以上を含有してもよい。これらの元素は任意元素であり、いずれも、窒化鋼部品の曲げ疲労強度を高める。
【0051】
Nb:0.100%以下
ニオブ(Nb)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Nb含有量は0%であってもよい。含有される場合、つまり、Nb含有量が0%超の場合、Nbは鋼材中のC及び/又はNと結合してNb析出物を形成する。Nb析出物が形成されれば、析出強化により、窒化鋼部品の曲げ疲労強度が高まる。そのため、Nbが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Nb含有量が0.100%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、窒化鋼部品の素材である鋼材の冷間加工性が低下する。したがって、Nb含有量は、0~0.100%である。Nbが含有される場合、Nb含有量は0.100%以下である。Nb含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.010%であり、さらに好ましくは0.020%である。Nb含有量の好ましい上限は0.080%であり、さらに好ましくは0.070%であり、さらに好ましくは0.060%である。
【0052】
B:0.0100%以下
ボロン(B)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、B含有量は0%であってもよい。含有される場合、つまり、B含有量が0%超の場合、Bは窒化鋼部品の結晶粒界を強化し、窒化鋼部品の曲げ疲労強度を高める。そのため、Bが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、B含有量が0.0100%を超えれば、上記効果が飽和する。B含有量が0.0100%を超えればさらに、原料コストが高くなり、かつ、製造性も低下する。したがって、B含有量は、0~0.0100%である。Bが含有される場合、B含有量は0.0100%以下である。B含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.0001%であり、さらに好ましくは0.0010%であり、さらに好ましくは0.0020%であり、さらに好ましくは0.0050%である。B含有量の好ましい上限は0.0080%であり、さらに好ましくは0.0070%であり、さらに好ましくは0.0060%である。
【0053】
上記窒化鋼部品の芯部の化学組成は、Feの一部に代えて、Cu:0.20%以下、及び、Ni:0.20%以下、からなる群から選択される1種以上を含有してもよい。これらの元素は任意元素であり、いずれも、窒化鋼部品の曲げ疲労強度を高める。
【0054】
Cu:0.20%以下
銅(Cu)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Cu含有量は0%であってもよい。含有される場合、つまり、Cu含有量が0%超の場合、Cuは鋼材の焼入れ性を向上させ、窒化鋼部品の曲げ疲労強度を高める。Cuが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Cu含有量が0.20%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、窒化鋼部品の素材である鋼材の冷間加工性が低下する場合がある。したがって、Cu含有量は0~0.20%である。Cuが含有される場合、Cu含有量は0.20%以下である。Cu含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.10%である。Cu含有量の好ましい上限は0.19%であり、さらに好ましくは0.18%であり、さらに好ましくは0.15%である。
【0055】
Ni:0.20%以下
ニッケル(Ni)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ni含有量は0%であってもよい。含有される場合、つまり、Ni含有量が0%超の場合、Niは鋼材の焼入れ性を向上させ、窒化鋼部品の曲げ疲労強度を高める。Niが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Ni含有量が0.20%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、窒化鋼部品の素材である鋼材の冷間加工性が低下する場合がある。したがって、Ni含有量は0~0.20%である。Niが含有される場合、Ni含有量は0.20%以下である。Ni含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.10%である。Ni含有量の好ましい上限は0.19%であり、さらに好ましくは0.18%であり、さらに好ましくは0.15%である。
【0056】
上記窒化鋼部品の芯部の化学組成は、Feの一部に代えて、Ca:0.0050%以下、Bi:0.100%以下、及び、Pb:0.090%以下、からなる群から選択される1種以上を含有してもよい。これらの元素は任意元素であり、いずれも、窒化処理前の窒化鋼部品の被削性を高める。
【0057】
Ca:0.0050%以下
カルシウム(Ca)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ca含有量は0%であってもよい。含有される場合、つまり、Ca含有量が0%超の場合、Caは窒化鋼部品の被削性を高める。Caが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Ca含有量が0.0050%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大なCaO等の析出物により、窒化鋼部品の素材である鋼材の冷間加工性が低下する場合がある。したがって、Ca含有量は0~0.0050%である。Caが含有される場合、Ca含有量は0.0050%以下である。Ca含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.0001%であり、さらに好ましくは0.0010%であり、さらに好ましくは0.0020%である。Ca含有量の好ましい上限は0.0045%であり、さらに好ましくは0.0043%であり、さらに好ましくは0.0040%である。
【0058】
Bi:0.100%以下
ビスマス(Bi)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Bi含有量は0%であってもよい。含有される場合、つまり、Bi含有量が0%超の場合、Biは窒化鋼部品の被削性を高める。Biが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Bi含有量が0.100%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、窒化鋼部品の素材である鋼材の冷間加工性が低下する場合がある。したがって、Bi含有量は0~0.100%である。Biが含有される場合、Bi含有量は0.100%以下である。Bi含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.010%であり、さらに好ましくは0.020%であり、さらに好ましくは0.030%である。Bi含有量の好ましい上限は0.080%であり、さらに好ましくは0.070%であり、さらに好ましくは0.060%である。
【0059】
Pb:0.090%以下
鉛(Pb)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Pb含有量は0%であってもよい。含有される場合、つまり、Pb含有量が0%超の場合、Pbは窒化鋼部品の被削性を高める。Pbが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Pb含有量が0.090%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、窒化鋼部品の素材である鋼材の冷間加工性が低下する場合がある。したがって、Pb含有量は0~0.090%である。Pbが含有される場合、Pb含有量は0.090%以下である。Pb含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.010%であり、さらに好ましくは0.020%であり、さらに好ましくは0.040%である。Pb含有量の好ましい上限は0.080%であり、さらに好ましくは0.075%であり、さらに好ましくは0.070%である。
【0060】
上記窒化鋼部品の芯部の化学組成は、Feの一部に代えて、Mo:0.05%以下、及び、Ti:0.005%以下、からなる群から選択される1種以上を含有してもよい。これらの元素含有量が上述の範囲内であれば、本実施形態による窒化鋼部品の効果は得られる。
【0061】
Mo:0.05%以下
モリブデン(Mo)は不純物であり、含有されなくてもよい。つまり、Mo含有量は0%であってもよい。Moは窒化鋼部品の素材である鋼材の冷間加工性を低下させる。Mo含有量が0.05%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、冷間加工性が顕著に低下する。したがって、Mo含有量は0.05%以下である。Mo含有量は0%でもよいため、Mo含有量は0~0.05%である。Mo含有量の好ましい上限は0.04%であり、さらに好ましくは0.03%である。上述のとおり、Mo含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、Mo含有量の過剰な低減は製造コストを引き上げる。したがって、Mo含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.02%である。
【0062】
Ti:0.005%以下
チタン(Ti)は、不純物であり、含有されなくてもよい。つまり、Ti含有量は0%であってもよい。Tiは窒化鋼部品の鋼材中でNと結合し、TiN等のTi系介在物を形成する。Ti系介在物は粗大且つ硬質な介在物である。そのため、Ti系介在物は冷間加工時の割れの起点となりやすい。つまり、Ti系介在物は、窒化鋼部品の素材である鋼材の冷間加工性を低下させる。Ti含有量が0.005%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、冷間加工性が顕著に低下する。したがって、Ti含有量は0.005%以下である。Ti含有量は0%でもよいため、Ti含有量は0~0.005%である。Ti含有量の好ましい上限は0.004%であり、さらに好ましくは0.003%である。上述のとおり、Ti含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、Ti含有量の過剰な低減は製造コストを引き上げる。したがって、Ti含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.002%である。
【0063】
[窒化鋼部品の芯部のミクロ組織]
本実施形態の窒化鋼部品の芯部のミクロ組織は、フェライト、パーライト及び/又はベイナイトを含有する。本明細書において、ベイナイトはマルテンサイトを含む。後述のミクロ組織観察において、窒化処理後のベイナイトとマルテンサイトとは区別することが極めて困難である。そこで、本明細書では、ベイナイトとマルテンサイトとを区別せず、「ベイナイト」と総称する。
【0064】
より具体的には、窒化鋼部品の芯部のミクロ組織において、フェライトの面積率は20~90%である。フェライトの面積率が20~90%であれば、高い曲げ疲労強度を有する窒化鋼部品が得られる。この効果を得るためのフェライトの面積率は20~90%である。ミクロ組織中のフェライト面積率の好ましい下限は25%であり、さらに好ましくは30%であり、さらに好ましくは35%である。フェライト面積率の好ましい上限は80%であり、さらに好ましくは75%であり、さらに好ましくは70%である。
【0065】
窒化鋼部品の芯部のミクロ組織において、パーライト及び/又はベイナイトの面積率は、10~80%であるのが好ましい。パーライトの面積率は、5超~50%であるのがさらに好ましい。ベイナイトの面積率は、5超~80%であるのがさらに好ましい。
【0066】
[組織の特定及び面積率の測定方法]
窒化鋼部品の組織中のフェライト面積率、パーライト及びベイナイトの総面積率は次の方法で測定する。
【0067】
窒化鋼部品のL断面(後述する冷間加工工程の引抜加工工程における進行方向に平行な断面)を観察面とする。観察面を鏡面研磨し、3%ナイタール(エタノール+3%硝酸溶液)で腐食する。腐食した観察面のうち、窒化鋼部品の表面から1mm以上内部の位置を光学顕微鏡で観察する。たとえば、窒化鋼部品が円柱状である場合、窒化鋼部品の上記観察面のうち、R/2位置(半径Rの中心位置)を光学顕微鏡で観察してもよい。窒化鋼部品の表面から1mm以上内部の位置は、窒化層よりも内部の芯部に相当する。観察倍率は400倍とし、観察視野は5視野とする。各視野について初析フェライトの面積率(%)、パーライト及びベイナイトの総面積率(%)を求める。各組織について、5視野の平均値を算出し、窒化鋼部品のフェライト面積率(%)、パーライト及びベイナイトの総面積率(%)とする。
【0068】
[式(1)について]
上記の芯部の化学組成を有する本実施形態の窒化鋼部品はさらに、芯部の化学組成中のVを[V](質量%)と定義し、芯部のV析出物中のVの総含有量を[析出物中V](質量%)と定義したとき、式(1)を満たす。
[析出物中V]/[V]≧0.30 (1)
【0069】
[析出物中V]/[V]が0.30以上であれば、窒化鋼部品の芯部にV析出物が十分析出している。そのため、V析出物による芯部の析出強化により、窒化鋼部品の曲げ疲労強度が高まる。一方、[析出物中V]/[V]が0.30未満であれば、上記の効果が十分に得られない。したがって、[析出物中V]/[V]は0.30以上である。[析出物中V]/[V]の好ましい下限は0.31であり、さらに好ましくは0.32である。[析出物中V]/[V]の上限は特に限定されないが、好ましい上限は0.60であり、さらに好ましくは0.55であり、さらに好ましくは0.52である。
【0070】
[V析出物中のVの総含有量([析出物中V])の測定方法]
[析出物中V]は、次の抽出残渣分析法により求められる。窒化鋼部品の芯部から、約1000mm3(約7.8g)の試料を切り出し、抽出残渣用試料とする。10%AA系(テトラメチルアンモニウムクロライド、アセチルアセトン、メタノールを1:10:100で混合した液体)溶液中で、試料を定電流電気分解する。
【0071】
より具体的には、まず、抽出残渣用試料に対して予備電気分解を行う。これにより、抽出残渣用試料の表面の付着物を除去する。予備電気分解の条件は、電流:1000mA、時間:28分、室温(25℃)とする。その後、抽出残渣用試料に対してアルコール中で超音波洗浄を実施する。これにより、抽出残渣用試料の表面の付着物を除去する。付着物を除去された抽出残渣用試料の質量(電気分解前の抽出残渣用試料の質量)を測定する。
【0072】
次に、抽出残渣用試料に対して電気分解を実施する。電気分解の条件は、電流:173mA、時間:142分、室温(25℃)とする。電気分解された抽出残渣用試料を取り出す。取り出された抽出残渣用試料に対して、アルコール中で超音波洗浄を実施する。これにより、抽出残渣用試料の表面の付着物(残渣)を除去する。電気分解後の溶液、及び、超音波洗浄に用いた溶液を、フィルターで吸引ろ過する。フィルターのメッシュサイズは0.2μmとする。これにより、残渣を採取する。
【0073】
付着物(残渣)を除去された抽出残渣用試料の質量(電気分解後の抽出残渣用試料の質量)を測定する。そして電気分解前後の抽出残渣用試料の質量の測定値の差から、「電気分解された抽出残渣用試料の質量」を求める。
【0074】
上記のフィルター上に採取された残渣を、シャーレに移して乾燥させる。乾燥した残渣の質量を測定する。その後、JIS G1258(2014)に準拠して、ICP発光分析装置(高周波誘導結合プラズマ発光分光分析装置)により残渣を分析して、「残渣中のVの質量」を求める。
【0075】
求めた「残渣中のVの質量」を「電気分解された抽出残渣用試料の質量」で除して、百分率表示したものを、[析出物中V](質量%)と定義する。すなわち、式(1)左辺の[析出物中V]/[V]は、窒化鋼部品の芯部の化学組成中のV含有量に対する、抽出残渣分析法によりV析出物として検出されたVの総含有量の割合である。
【0076】
[拡散性水素量について]
芯部において、上記の化学組成を有する本実施形態の窒化鋼部品はさらに、陰極水素チャージ法で水素をチャージした場合の拡散性水素量が0.10ppm以上である。より具体的には、本実施形態の窒化鋼部品の芯部は、3%NaCl-3g/LNH4SCN水溶液中で、電流密度が0.1mA/cm2であり、通電時間が72時間である陰極水素チャージ法で水素チャージした場合の拡散性水素量が0.10ppm以上である。
【0077】
板状V析出物と母相との整合界面及び半整合界面では水素がトラップされやすく、非整合界面では、水素がトラップされにくい。つまり、板状V析出物は水素をトラップしやすく、球状V析出物は水素をトラップしにくい。したがって、式(1)を満たす量のV析出物が析出された窒化鋼部品の芯部において、水素をチャージした場合の水素トラップ量が多ければ、曲げ疲労強度を高める量のV析出物中において、板状V析出物の割合が多いことを意味する。
【0078】
本実施形態による窒化鋼部品の芯部における拡散性水素量が0.10ppm以上であれば、板状のV析出物の析出割合が十分に高まる。そのため、板状のV析出物により析出強化が起こり、窒化鋼部品の曲げ疲労強度が高まる。一方、拡散性水素量が0.10ppm未満の場合、上記の効果が十分に得られない。したがって、本実施形態による窒化鋼部品の芯部における拡散性水素量は0.10ppm以上である。拡散性水素量の好ましい下限は0.12ppmである。拡散性水素量の好ましい上限は特に限定されないが、たとえば0.50ppmであり、さらに好ましくは0.40ppmであり、さらに好ましくは0.30ppmである。
【0079】
[拡散性水素量の測定方法]
拡散性水素量の測定方法は次のとおりである。最初に、拡散性水素量測定用の試験片を準備する。後述する方法で製造した窒化鋼部品の芯部から、直径7mm、長さ40mmの丸棒を切り出す。具体的にはたとえば、窒化鋼部品の表面から1mm以上内部の位置から(つまり、芯部から)、上記丸棒を切り出す。切り出された丸棒を拡散性水素量測定用の試験片とする。準備した拡散性水素量測定用の試験片に対して、陰極水素チャージ法を用いて、水素を導入する。具体的には、3%NaCl-3g/LNH4SCN水溶液中に拡散性水素量測定用の試験片を浸漬して、電流密度:0.1mA/cm2及び通電時間:72時間の条件で、陰極水素チャージ法にて、拡散性水素量測定用の試験片に水素を導入する。上記の通電を停止したタイミングを、拡散性水素量測定用の試験片への水素の導入の完了のタイミングとする。拡散性水素量測定用の試験片への水素の導入完了後、次の昇温離脱ガスクロマトグラフィにおける昇温開始までの時間(拡散性水素量測定までの時間)は、30分以下であることが好ましい。拡散性水素量測定用の試験片への水素導入完了後、拡散性水素量測定までの時間が30分を超える場合、水素の拡散放出を抑制できる方法で保管してもよい。上記保管方法はたとえば、液体窒素に浸漬する方法である。
【0080】
水素を導入後の拡散性水素量測定用の試験片に対して、昇温離脱ガスクロマトグラフィを用いて、拡散性水素量測定用の試験片中の水素量を測定する。具体的には、100℃/時間の昇温速度で室温から400℃まで加熱する。昇温により発生した水素量を5分間隔で測定する。得られた水素量に基づいて、水素放出曲線が得られる。得られた水素放出曲線から、室温~350℃までに放出された累積水素量を求める。得られた累積水素量を拡散性水素量とする。
【0081】
[製造方法]
本実施形態の窒化鋼部品の製造方法の一例を説明する。なお、本実施形態の窒化鋼部品は、下記製造方法に限定されない。
【0082】
本実施形態の窒化鋼部品の製造方法は、鋼材を準備する工程(鋼材準備工程)と、鋼材から窒化鋼部品を製造する工程(窒化鋼部品の製造工程)とを備える。以下、各工程について詳述する。
【0083】
[鋼材準備工程]
鋼材準備工程では、窒化鋼部品の素材となる鋼材を準備する。本実施形態の窒化鋼部品の素材となる鋼材の構成は次のとおりである。
【0084】
[窒化鋼部品の素材となる鋼材の化学組成及びミクロ組織]
本実施形態の窒化鋼部品の素材となる鋼材の化学組成中の各元素含有量の範囲は、窒化鋼部品の芯部の化学組成の各元素含有量の範囲と同じである。つまり、鋼材の化学組成は、質量%で、C:0.03~0.25%、Si:0.02~0.50%、Mn:0.70超~2.50%、P:0.035%以下、S:0.050%以下、Al:0.005~0.050%、Cr:0.03~0.30%未満、V:0.10超~0.40%、N:0.003~0.030%、Nb:0~0.100%、B:0~0.0100%、Cu:0~0.20%、Ni:0~0.20%、Ca:0~0.0050%、Bi:0~0.100%、Pb:0~0.090%、Mo:0~0.05%、Ti:0~0.005%、及び、残部がFe及び不純物からなる。本実施形態の窒化鋼部品の素材である鋼材中のミクロ組織は、上述の窒化鋼部品と同じである。
【0085】
[窒化鋼部品の素材となる鋼材の[析出物中V]/[V]]
本実施形態の窒化鋼部品の素材である鋼材はさらに、化学組成中のVを[V](質量%)と定義し、鋼材中のV析出物中のVの総含有量を「析出物中V」(質量%)と定義したとき、[析出物中V]/[V]は0.05~0.30未満である。
【0086】
本実施形態の窒化鋼部品の素材である鋼材において、[析出物中V]/[V]が0.05~0.30未満であれば、後述する窒化処理工程において、十分な量の板状V析出物が析出する。その結果、本実施形態の窒化鋼部品の曲げ疲労強度が高まる。
【0087】
本実施形態の窒化鋼部品の素材となる鋼材は、第三者から供給されたものであってもよいし、製造してもよい。鋼材を製造する場合、鋼材準備工程は、素材を準備する工程(素材準備工程)と、素材を熱間加工して鋼材を製造する工程(熱間加工工程)とを含む。
【0088】
[素材準備工程]
上記の化学組成を有する溶鋼を製造する。溶鋼を用いて素材を準備する。たとえば、上述の化学組成を有する溶鋼を、転炉及び電気炉等を用いて製造する。溶鋼を用いて連続鋳造法により鋳片を製造する。又は、溶鋼を用いて造塊法によりインゴットを製造する。
【0089】
[熱間加工工程]
準備された素材に対して熱間加工を実施して、鋼材を製造する。熱間加工として、熱間圧延を実施する場合、たとえば、次の方法がある。熱間圧延では、素材を粗圧延してビレットにする粗圧延工程と、ビレットを仕上げ圧延して鋼材とする仕上げ圧延工程とを含む。粗圧延工程はたとえば、次の工程を実施する。素材(鋳片、インゴット)を加熱後、分塊圧延機を用いて分塊圧延する。必要に応じて、分塊圧延後に連続圧延機でさらに圧延して、ビレットを製造する。連続圧延機では、水平ロールスタンド、垂直ロールスタンドが交互に一列に配列されており、各スタンドの圧延ロールに形成された孔型を用いて素材を圧延して、ビレットにする。なお、連続鋳造法により直接ビレットを製造してもよい。
【0090】
仕上げ圧延工程はたとえば、次の工程を実施する。粗圧延工程にて製造されたビレットを加熱炉に装入して加熱する。加熱されたビレットを用いて、仕上げ圧延機列で仕上げ圧延(熱間圧延)を実施して所定の径の棒線にする。仕上げ圧延機列は、一列に配列された複数のスタンドを含む。各スタンドは、パスライン周りに配置された複数のロールを含む。各スタンドの圧延ロールに形成された孔型を用いてビレットを圧延して、鋼材(棒線)を製造する。
【0091】
なお、熱間加工工程は熱間圧延に限定されない。熱間加工工程では、上述の熱間圧延に代えて、熱間鍛造を実施してもよいし、熱間押出を実施してもよい。
【0092】
[加熱温度について]
熱間加工工程において、最終の熱間加工を実施する直前の鋼材の加熱温度はたとえば、1000~1300℃である。たとえば、熱間加工工程が粗圧延工程と仕上げ圧延工程とを含む場合、仕上げ圧延工程の加熱炉における加熱温度が1000~1300℃である。仕上げ圧延工程の加熱炉における加熱温度が1000~1300℃であれば、他の製造条件を満たすことを前提として、熱間加工工程前に生成したV析出物が十分に固溶する。
【0093】
[仕上げ温度について]
熱間加工工程において、最後の圧下後の鋼材温度を仕上げ温度(℃)と定義する。熱間加工工程が粗圧延工程と仕上げ圧延工程とを含む場合、仕上げ温度は、仕上げ圧延工程での仕上げ圧延機列で最後に圧下をしたスタンドの出側での鋼材温度(鋼材の表面温度)を意味する。仕上げ温度はたとえば、800~1200℃である。仕上げ温度が800~1200℃であれば、他の製造条件を満たすことを前提として、加熱炉で固溶したVの再析出を十分に抑制できる。
【0094】
[冷却速度について]
熱間加工工程において、熱間加工後の冷却速度はたとえば、0.4~4.0℃/sである。ここで、熱間加工後の冷却速度は、次のとおり定義される。熱間加工完了後において、鋼材温度が、仕上げ温度から200℃に至るまでの平均の冷却速度を、熱間加工後の冷却速度(℃/s)と定義する。熱間加工後の冷却速度が0.4~4.0℃/sであれば、他の製造条件を満たすことを前提として、鋼材中のフェライト面積率が20~90%となり、さらに、鋼材中の[析出物中V]/[V]が0.05~0.30未満となる。
【0095】
以上の製造方法により鋼材を製造する。上記のとおり、鋼材の製造方法はこの例に限定されず、他の製造方法により窒化鋼部品の素材となる鋼材を製造してもよい。
【0096】
[その他の工程]
なお、熱間加工工程後の鋼材に対して、ミクロ組織を調整する目的で焼準処理を実施してもよい。
【0097】
[焼準処理工程]
焼準処理工程は任意の工程であり、実施しなくてもよい。実施する場合、焼準処理の熱処理温度は1000~1300℃であり、熱処理温度で保持後の冷却速度は0.4~4.0℃/sでよい。つまり、焼準処理の熱処理温度、及び、冷却速度は、熱間加工工程での加熱温度及び冷却速度と同じ範囲とする。
【0098】
[窒化鋼部品の製造工程]
上記の鋼材を用いた窒化鋼部品の製造方法の一例を説明する。窒化鋼部品の製造工程には、鋼材を冷間加工する工程(冷間加工工程)と、冷間加工後の鋼材を窒化処理する工程(窒化処理工程)とを備える。必要に応じてさらに、窒化処理工程の前に、冷間加工後の鋼材を切削加工する工程(切削加工工程)を備えてもよい。以下、それぞれの工程について説明する。
【0099】
[冷間加工工程]
冷間加工工程は、鋼材を引抜加工する工程(引抜加工工程)、及び、引抜加工工程後の鋼材を据込加工する工程(据込加工工程)を含む。引抜加工工程は、伸線加工を実施する。伸線加工は、一次伸線のみであってもよいし、二次伸線等、複数回の引抜加工を実施してもよい。引抜加工工程後、製造する窒化鋼部品に応じて、適当な長さに切断してもよい。以下、引抜加工工程後の鋼材、又は、引抜加工工程後、適当な長さに切断した後の鋼材を中間品という。据込加工工程は、中間品を長さ方向に圧縮する据込加工を実施する。据込加工工程は、1段階の据込加工のみであってもよいし、複数回の据込加工を実施してもよい。
【0100】
鋼材は、引抜加工工程及び据込加工工程により、鋼材の長さ方向に対して垂直な方向及び鋼材の長さ方向の2方向から荷重を受ける。2方向から加えられた荷重により、鋼材の結晶粒内の転位の運動方向が一定ではなくなる。そのため、交差すべりが生じやすくなる。交差すべりが生じると、転位同士が衝突しやすくなる。そのため、衝突したまま動けなくなる転位が増加し、結晶粒内に取り残される転位が増加する。そのため、結晶粒内の転位密度が増加する。転位密度が増加すれば、歪が形成される。後述の窒化処理工程において、形成された歪を解消するため、歪が形成された部分にV析出物が析出しやすくなる。V析出物が析出すれば、析出強化により、製造された窒化鋼部品の曲げ疲労強度が向上する。
【0101】
つまり、鋼材中に形成される歪量とV析出物の析出量とは、正の相関性がある。本実施形態による窒化鋼部品は、引抜加工及び据込加工による2方向の冷間加工を実施することにより、歪を生じさせる。以下、冷間加工工程により生じる歪を冷間加工歪と称する。冷間加工歪には、後述の窒化処理工程で、V析出物が析出する。後述の窒化処理工程を適切な条件で実施することにより、板状V析出物を析出させることができる。つまり、冷間加工歪の量(以下、冷間加工歪量ともいう)は、板状V析出物の析出量と正の相関性がある。
【0102】
冷間加工歪量は、引抜加工工程により生じる歪の量(引抜歪量)と、据込加工工程により生じる歪の量(据込歪量)との合計である。引抜歪量及び据込歪量は、式(2)で定義される円筒近似による真歪ε(%)により算出される。
ε(%)=|ln{1+(L-L0)/L0}|×100 (2)
ここで、引抜歪量を算出する場合、Lは引抜加工工程後の鋼材の伸線方向の長さであり、L0は引抜加工工程前の鋼材の伸線方向の長さを意味する。据込歪量を算出する場合、Lは据込加工工程後の中間品の伸線方向の長さであり、L0は据込加工工程前の中間品の伸線方向の長さを意味する。
【0103】
冷間加工歪量は20%以上である。冷間加工歪量が20%以上であれば、鋼材中の転位密度は増加する。そのため、後述する窒化処理工程において、板状のV析出物が形成されやすくなる。その結果、窒化鋼部品の曲げ疲労強度が向上する。好ましい冷間加工歪量の下限は30%であり、さらに好ましくは35%である。冷間加工歪量が20%未満であれば、上記の効果が十分に得られない。一方、冷間加工歪量の上限は特に限定されないが、好ましくは150%以下である。冷間加工歪量が150%を超えると、冷間加工工程時の加工圧力が高くなりすぎる。つまり、冷間加工工程後の中間品の変形抵抗が高くなりすぎる。そのため、鋼材が冷間加工時に割れやすくなる。したがって、冷間加工歪量の好ましい上限は120%であり、さらに好ましくは80%である。
【0104】
上述のとおり、本実施形態による窒化鋼部品は、引抜加工工程及び据込加工工程を実施することにより、曲げ疲労強度を向上させる。そのため、引抜加工工程により生じる引抜歪量の下限は5%超であり、かつ、据込加工工程により生じる据込歪量の下限は5%超である。引抜歪量及び据込歪量の少なくとも一方が5%以下である場合、板状のV析出物が十分に得られない。その結果、曲げ疲労強度が十分に得られない。引抜歪量及び据込歪量の上限は特に限定されない。引抜歪量の好ましい上限はたとえば40%であり、さらに好ましくは30%である。据込歪量の好ましい上限はたとえば80%であり、さらに好ましくは50%である。
【0105】
[窒化処理工程]
冷間加工品に対して、窒化処理工程を実施する。窒化処理工程での処理温度(℃)、及び、処理温度での保持時間(分)は次のとおりである。
【0106】
処理温度:500℃~700℃
窒化処理工程の処理温度(以下、窒化処理温度ともいう)は、一般的には、必要とする窒化層厚さ等の条件により設定される。しかしながら、本発明においては、窒化処理時に母相の冷間加工組織内に板状V析出物を析出させるため、窒化処理温度を限定する必要がある。窒化処理温度が500℃以上であれば、窒化鋼部品の表層に窒化層が十分に形成され、さらに、窒化鋼部品の芯部に十分な板状V析出物が析出する。その結果、窒化鋼部品の曲げ疲労強度が向上する。窒化処理温度が500℃未満であれば、窒化鋼部品の表層に窒化層が十分に形成されず、さらに、窒化鋼部品の芯部に板状V析出物が十分に析出しない。一方、窒化処理温度が700℃超であれば、窒化鋼部品の表層では、窒化層内の窒化物が粗大化して窒化層の硬さが不十分となる。窒化処理温度が700℃超であれば、窒化鋼部品の芯部において、板状V析出物から球状V析出物への変化が促進される。そのため、窒化鋼部品の芯部において、板状V析出物が十分に析出しない。その結果、曲げ疲労強度が十分に高まらない。したがって、窒化処理温度は500℃~700℃である。窒化処理温度が500℃~700℃であれば、高い曲げ疲労強度が得られる。
【0107】
保持時間:60~300分
上記窒化処理温度での保持時間を60~300分とする。保持時間が60~300分であれば、窒化鋼部品の表層に窒化層が十分に形成され、さらに、窒化鋼部品の芯部に十分な板状V析出物が析出する。その結果、高い曲げ疲労強度が得られる。保持時間が60分未満であれば、窒化鋼部品の表層に窒化層が十分に形成されず、曲げ疲労強度が十分に高まらない。一方、保持時間が300分超であれば、窒化鋼部品の芯部において、板状V析出物から球状V析出物への変化が促進される。そのため、窒化鋼部品の芯部において、板状V析出物が十分に析出しない。その結果、曲げ疲労強度が十分に高まらない。したがって、保持時間は60~300分である。保持時間の好ましい下限は75分であり、より好ましくは90分である。保持時間の好ましい上限は240分であり、より好ましくは180分である。
【0108】
本発明における窒化処理の方法は、特に限定しない。ガス窒化処理、ガス軟窒化処理、塩浴窒化処理、塩浴軟窒化処理、いずれでもよい。ただし、プラズマ窒化処理で上記の窒化処理温度を満たさないものは不適切である。
【0109】
[切削加工工程]
冷間加工工程後の中間品に対して、必要に応じて窒化処理前に切削加工を実施して、窒化鋼部品を製造する。製造された窒化鋼部品は、窒化処理により高い曲げ疲労強度を有する。本発明による窒化鋼部品は、従来の製造工程(熱間鍛造工程-切削加工工程)に代えて、上記の製造工程(冷間加工工程-切削加工工程-窒化処理工程、又は、冷間加工工程-窒化処理工程)により製造できる。そのため、生産性を高めることができる。
【0110】
以上のとおり、本発明による窒化鋼部品は、高い曲げ疲労強度を有する。
【0111】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明する。
【実施例】
【0112】
種々の窒化鋼部品を製造して、曲げ疲労強度を評価した。
【0113】
表1及び表2に示す化学組成を有する試験番号1~68の溶鋼を真空溶解により製造した。溶鋼を用いて150kgのインゴットを製造した。表1及び表2の「化学組成」欄における空欄は、対応する元素含有量が検出限界未満であったことを意味する。
【0114】
【0115】
【0116】
なお、不純物中のMo含有量の測定値が0.01%未満の場合、及び、Ti含有量の測定値が0.001%未満の場合は、非含有と同等の性能となるという観点から「-」と表記した。
【0117】
製造されたインゴットに対して、熱間加工を模擬した熱間鍛造を実施して、直径24mm(φ24)の丸棒鍛伸材を製造した。熱間鍛造における加熱温度は1200℃であり、仕上げ温度は1000℃であった。熱間鍛造後の冷却速度は0.5℃/sであった。以上の方法で、丸棒鍛伸材を製造した。なお、試験番号66について、加熱温度及び仕上げ温度の条件は上記のとおりであり、熱間鍛造後の冷却速度:0.1℃/sの条件で熱間鍛造を実施した。なお、試験番号67及び68について、加熱温度及び仕上げ温度の条件は上記のとおりであり、熱間鍛造後の冷却速度:10.0℃/sの条件で熱間鍛造を実施した。
【0118】
製造した丸棒鍛伸材に対して、冷間加工工程を模擬した冷間加工を実施し、その後窒化処理を実施して、窒化鋼部品を製造した。冷間加工工程では、各試験番号の丸棒鍛伸材に対して引抜加工工程を実施し、その後、据込加工工程を実施した。引抜加工工程及び据込加工工程における引抜歪量(%)及び据込歪量(%)は表1及び表2に示すとおりであった。冷間加工工程後の丸棒鍛伸材に対して、窒化処理工程を実施した。窒化処理において、処理温度(℃)及び保持時間(分)は表1及び表2に示すとおりであった。なお、後述する小野式回転曲げ疲労試験では、冷間加工後の鋼材に対して切削加工を実施し、
図1に示す形状の小野式回転曲げ疲労試験片を採取した。その後、表1及び表2に示す条件で窒化処理を実施し、窒化鋼疲労試験片を製造した。以上の方法で、窒化鋼部品及び窒化鋼疲労試験片を製造した。
【0119】
[ミクロ組織観察]
各試験番号の丸棒鍛伸材の中心部から試験片を採取した。中心部とは、丸棒鍛伸材の中心軸を含む部分を意味する。採取された試料表面のうち、丸棒鍛伸材の圧延方向に垂直な面を観察面とした。観察面に対して機械研磨を実施し、3%ナイタール(エタノール+3%硝酸溶液)で腐食した。腐食した観察面のうち、丸棒鍛伸材のR/2位置(半径Rの中心位置)を光学顕微鏡で観察した。観察倍率は400倍とし、観察視野は5視野とした。各視野について初析フェライトの面積率(%)、及び、パーライト及びベイナイトの総面積率(%)を求めた。各組織について、5視野の平均値を算出し、各試験番号の丸棒鍛伸材のフェライト面積率(%)、及び、パーライト及びベイナイトの総面積率(%)とした。
【0120】
各試験番号の窒化鋼部品について、丸棒鍛伸材と同様の方法でミクロ組織を観察した。具体的には、窒化鋼部品のL断面(後述する冷間加工工程の引抜加工工程における進行方向に平行な断面)を観察面とした。観察面に対して機械研磨を実施し、3%ナイタール(エタノール+3%硝酸溶液)で腐食した。腐食した観察面のうち、窒化鋼部品の表面から5mmの位置を光学顕微鏡で観察した。観察倍率は400倍とし、観察視野は5視野とした。各視野について初析フェライトの面積率(%)、及び、パーライト及びベイナイトの総面積率(%)を求めた。各組織について、5視野の平均値を算出し、各試験番号の窒化鋼部品のフェライト面積率(%)、及び、パーライト及びベイナイトの総面積率(%)とした。得られた窒化鋼部品のフェライト面積率(%)、及び、パーライト及びベイナイトの総面積率(%)を表1及び表2に示す。
【0121】
表1及び表2中の「窒化鋼部品」中の「F%(%)」は、観察した窒化鋼部品のミクロ組織におけるフェライトの面積率(%)を意味する。表1及び表2中の「窒化鋼部品」中の「P+B%(%)」は、観察した窒化鋼部品のミクロ組織におけるパーライト及びベイナイトの総面積率(%)を意味する。
【0122】
[V析出物中のVの総含有量([析出物中V])の測定]
各試験番号の窒化鋼部品の芯部から、10mm立方の抽出残渣試験片を採取した。抽出残渣試験片を用いて、上記の方法により、抽出残渣によるV析出物中のVの総含有量(質量%)を求めた。
【0123】
[小野式回転曲げ疲労試験]
各試験番号の窒化鋼疲労試験片を用いて、室温、大気雰囲気中にて、JIS Z 2274(1978)に準拠した小野式回転曲げ疲労試験を実施した。回転数を3000rpmとし、応力負荷繰返し回数が107サイクル後において破断しなかった最大応力を曲げ疲労強度(MPa)とした。得られた曲げ疲労強度を表1及び表2の「疲労強度(MPa)」欄に示す。曲げ疲労強度が650MPa以上の場合、曲げ疲労強度が高いと判断した。一方、曲げ疲労強度が650MPa未満の場合、曲げ疲労強度が低いと判断した。
【0124】
[拡散性水素量の測定]
拡散性水素量測定用の試験片を準備した。各試験番号の窒化鋼部品の芯部から、直径7mm、長さ40mmの丸棒を切り出した。具体的には、窒化鋼部品の表面から5mm以上の深さまで切削して、上記丸棒を切り出した。切り出された丸棒を拡散性水素量測定用の試験片とした。準備した拡散性水素量測定用の試験片に対して、上記の方法により、拡散性水素量を測定した。結果を表1及び表2に示す。拡散性水素量が0.10ppm以上の場合、拡散性水素量が十分であり、板状V析出物が十分析出していると判断した。一方、拡散性水素量が0.10ppm未満の場合、拡散性水素量が不十分であり、板状V析出物の析出が不十分であると判断した。
【0125】
[試験結果]
表1及び表2に試験結果を示す。なお、試験番号60及び61以外の各試験番号の丸棒鍛伸材のミクロ組織の各面積率は、各試験番号の窒化鋼部品の各面積率と同じであった。試験番号60の丸棒鍛伸材の組織において、フェライト面積率は70%であり、パーライト及びベイナイトの総面積率は30%であった。試験番号61の丸棒鍛伸材の組織において、フェライト面積率は58%であり、パーライト及びベイナイトの総面積率は42%であった。
【0126】
表1及び表2を参照して、試験番号1~40の窒化鋼部品は、芯部の化学組成が適切であり、式(1)を満たした。さらに、試験番号1~40の窒化鋼部品は、冷間加工工程及び窒化処理工程の条件が適切であった。そのため、試験番号1~40の窒化鋼部品のミクロ組織におけるフェライトの面積率は20~90%であった。さらに、試験番号1~40の窒化鋼部品は、式(1)を満たし、拡散性水素量は0.10ppm以上であった。そのため、試験番号1~40の窒化鋼部品の曲げ疲労強度は650MPa以上であり、曲げ疲労強度が高かった。
【0127】
一方、試験番号41では、C含有量が高すぎた。そのため、丸棒鍛伸材の冷間加工性が低かった。
【0128】
試験番号42では、C含有量が低すぎた。そのため、窒化鋼部品のフェライト面積率が高すぎた。そのため、板状V析出物が十分に析出しなかった。その結果、式(1)を満たさず、拡散性水素量が0.10ppm未満であり、曲げ疲労強度が650MPa未満であった。
【0129】
試験番号43は、Si含有量が低すぎた。そのため、曲げ疲労強度が650MPa未満であった。
【0130】
試験番号44は、Si含有量が高すぎた。そのため、丸棒鍛伸材の冷間加工性が低かった。
【0131】
試験番号45は、Mn含有量が高すぎた。そのため、丸棒鍛伸材の冷間加工性が低かった。
【0132】
試験番号46は、Mn含有量が高すぎた。そのため、丸棒鍛伸材中のフェライトの面積率20%未満であった。その結果、丸棒鍛伸材の冷間加工性が低かった。
【0133】
試験番号47は、V含有量が高すぎた。そのため、丸棒鍛伸材の冷間加工性が低かった。
【0134】
試験番号48は、V含有量が低すぎた。そのため、V析出物が十分に析出しなかった。その結果、式(1)を満たさず、拡散性水素量が0.10ppm未満であり、曲げ疲労強度が650MPa未満であった。
【0135】
試験番号49は、Cr含有量が高すぎた。そのため、曲げ疲労強度が650MPa未満であった。
【0136】
試験番号50は、N含有量が高すぎた。そのため、冷間加工工程前であって、熱間加工後の冷却時にV窒化物が過剰に析出した。そのため、窒化処理工程で、板状V析出物が十分に析出しなかった。その結果、拡散性水素量が0.10ppm未満であり、曲げ疲労強度が650MPa未満であった。
【0137】
試験番号51は、Ti含有量が高すぎた。そのため、丸棒鍛伸材の冷間加工性が低かった。
【0138】
試験番号52は、Mo含有量が高すぎた。そのため、丸棒鍛伸材の冷間加工性が低かった。
【0139】
試験番号53及び54は、冷間加工工程における冷間加工歪量が低すぎた。そのため、板状のV析出物が十分に析出しなかった。その結果、式(1)を満たさず、拡散性水素量が0.10ppm未満であり、曲げ疲労強度が650MPa未満であった。
【0140】
試験番号55及び56は、冷間加工工程において据込加工工程を実施しなかった。そのため、板状のV析出物が十分に析出しなかった。その結果、拡散性水素量が0.10ppm未満であり、曲げ疲労強度が650MPa未満であった。
【0141】
試験番号57及び58は、冷間加工工程において引抜加工工程を実施しなかった。そのため、板状のV析出物が十分に析出しなかった。その結果、拡散性水素量が0.10ppm未満であり、曲げ疲労強度が650MPa未満であった。
【0142】
試験番号59は、窒化処理温度が低すぎた。そのため、V析出物が十分に析出しなかった。その結果、式(1)を満たさず、拡散性水素量が0.10ppm未満であり、曲げ疲労強度が650MPa未満であった。
【0143】
試験番号60及び61は、窒化処理温度が高すぎた。そのため、窒化処理後の冷却工程で、板状のV析出物が十分に析出しなかった。その結果、拡散性水素量が0.10ppm未満であり、曲げ疲労強度が650MPa未満であった。
【0144】
試験番号62は、窒化処理温度での保持時間が短すぎた。そのため、板状V析出物が十分に析出しなかった。その結果、式(1)を満たさず、拡散性水素量が0.10ppm未満であり、曲げ疲労強度が650MPa未満であった。
【0145】
試験番号63~65は、窒化処理温度での保持時間が長すぎた。そのため、板状V析出物が十分に析出しなかった。その結果、拡散性水素量が0.10ppm未満であり、曲げ疲労強度が650MPa未満であった。
【0146】
試験番号66は、芯部の化学組成は適切であるものの、丸棒鍛伸材の製造における熱間加工工程における冷却条件が適切ではなかった。そのため、丸棒鍛伸材の[析出物中V]/[V]が0.30以上であった。そのため、拡散性水素量が0.10ppm未満であった。さらに、丸棒鍛伸材のミクロ組織において、フェライトの面積率が90%超であった。そのため、窒化鋼部品のミクロ組織において、フェライトの面積率が90%超であった。その結果、曲げ疲労強度が650MPa未満であった。
【0147】
試験番号67及び68は、芯部の化学組成は適切であるものの、丸棒鍛伸材の製造における熱間加工工程における冷却条件が適切ではなかった。そのため、丸棒鍛伸材のミクロ組織において、フェライトの面積率が20%未満であった。その結果、丸棒鍛伸材の冷間加工性が低かった。
【0148】
以上、本開示の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本開示を実施するための例示に過ぎない。したがって、本開示は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。