(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-09
(45)【発行日】2025-01-20
(54)【発明の名称】転炉用上吹きランス及び転炉精錬方法
(51)【国際特許分類】
C21C 5/32 20060101AFI20250110BHJP
C21C 5/46 20060101ALI20250110BHJP
C21C 7/072 20060101ALI20250110BHJP
【FI】
C21C5/32
C21C5/46 101
C21C7/072 A
(21)【出願番号】P 2021043422
(22)【出願日】2021-03-17
【審査請求日】2023-11-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【氏名又は名称】木村 健治
(74)【代理人】
【識別番号】100202441
【氏名又は名称】岩田 純
(72)【発明者】
【氏名】田村 鉄平
【審査官】池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-113200(JP,A)
【文献】特開2018-131677(JP,A)
【文献】特開2000-345228(JP,A)
【文献】特開昭61-143507(JP,A)
【文献】国際公開第1996/021047(WO,A1)
【文献】特開2018-044738(JP,A)
【文献】特開2000-234116(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21C 1/00-7/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
転炉内の溶銑に対して、転炉用上吹きランスを用いてガスを上吹きしながら精錬を行う、転炉精錬方法であって、
前記転炉用上吹きランス
が、3つ以上のフリップフロップノズルを備え、
各々の前記フリップフロップノズルが、スロート部を有し、
各々の前記スロート部が、短辺及び長辺を有する長方形状の開口形状を有し、
各々の前記スロート部の前記開口形状の図心が、ランス中心軸を中心とする同一円の円周上に
互いに等間隔に配置され、
各々の前記スロート部の前記短辺が、前記図心と前記同一円の中心とを結ぶ直線に対して直交し、
前記短辺と前記長辺とのアスペクト比が4.0以上である、
転炉
精錬方法。
【請求項2】
転炉内の溶銑に対して、転炉用上吹きランスを用いてガスを上吹きしながら精錬を行う、転炉精錬方法であって、
前記転炉用上吹きランスが、3つ以上のフリップフロップノズルを備え、
各々の前記フリップフロップノズルが、スロート部を有し、
各々の前記スロート部が、短辺及び長辺を有する長方形状の開口形状を有し、
各々の前記スロート部の前記開口形状の図心が、ランス中心軸を中心とする同一円の円周上に互いに等間隔に配置され、
各々の前記スロート部の前記長辺が、前記図心と前記同一円の中心とを結ぶ直線に対して直交し、
前記短辺と前記長辺とのアスペクト比が4.0以上である、
転炉
精錬方法。
【請求項3】
前記ランスの下面が、平面状であるか、又は、前記ランス中心軸において下向きに凸となる形状である、
請求項1
又は2に記載の転炉
精錬方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は転炉用上吹きランス及び転炉精錬方法を開示する。
【背景技術】
【0002】
転炉精錬において転炉内の溶銑に上吹きランスから酸素ジェットを吹きつけて吹錬を行う技術が知られている。ここで、溶銑に酸素ジェットを吹きつけた際、スピッティング(火点から溶銑粒が飛散すること)が問題となる。スピッティングが多いと、炉口に地金が付着して操業に支障をきたす虞があり、また、炉口から溶銑粒が飛散して歩留まりが悪化する虞がある。一方で、スピッティングを抑制するために酸素流量を低位にした場合、生産性が悪化する虞がある。
【0003】
上記のスピッティングの問題を解決する手段として、上吹きランスからの酸素ジェットが溶銑に衝突する火点の位置を動かしながら吹錬を行うことがあり得る。例えば、機械的な駆動装置を用いて上吹きランスを回転・旋回させることや、2股ノズルの酸素流量比を変えてジェットの方向を変えることがあり得る。しかしながら、これらを実現するためには設備の大幅な改造が必要である。
【0004】
駆動装置を使用することなく酸素ジェットを動かす方法として、ジェットを自励振動させることがあり得る。ジェットを自励振動させる手段としては、特許文献1に開示されたようなフリップフロップノズルを採用することがあり得る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
転炉用上吹きランスとしてノズルを複数有する多孔ランスを用いることがある。単孔ランスでは火点における酸素ジェットの動圧が大き過ぎてスピッティングが生じ易い一方で、多孔ランスは酸素ジェットの動圧を下げることが可能である。
【0007】
転炉用上吹きランスにおいてフリップフロップノズルを適用する場合においても、複数のフリップフロップノズルを有する多孔ランスとすることが有効と考えられる。しかしながら、本発明者の新たな知見によると、転炉用上吹きランスにおいて複数のフリップフロップノズルを採用したとしても、転炉精錬時のスピッティングを十分に抑制できない場合がある。例えば、ノズルの配置によって、ジェット同士の合体や衝突が発生して、スピッティングが激化し得る。このように、転炉用上吹きランスにおいて、複数のフリップフロップノズルをどのように配置すべきかについて、スピッティング抑制の観点から改善の余地がある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願は上記課題を解決するための手段の一つとして、
転炉用上吹きランスであって、3つ以上のフリップフロップノズルを備え、
各々の前記フリップフロップノズルが、スロート部を有し、
各々の前記スロート部が、短辺及び長辺を有する長方形状の開口形状を有し、
各々の前記スロート部の前記開口形状の図心が、ランス中心軸を中心とする同一円の円周上に存在する、
転炉用上吹きランス
を開示する。
【0009】
本開示の転炉用上吹きランスにおいて、各々の前記スロート部の前記短辺、又は、各々の前記スロート部の前記長辺が、前記図心と前記同一円の中心とを結ぶ直線に対して直交していてもよい。
【0010】
本開示の転炉用上吹きランスにおいて、各々の前記スロート部の前記短辺が、前記図心と前記同一円の中心とを結ぶ直線に対して直交していてもよい。
【0011】
本開示の転炉用上吹きランスにおいて、各々の前記スロート部の前記図心が、前記同一円の円周上に互いに等間隔に配置されていてもよい。
【0012】
本開示の転炉用上吹きランスにおいて、前記短辺と前記長辺とのアスペクト比が2以上であってもよい。
【0013】
本開示の転炉用上吹きランスは、円柱状であってもよい。
【0014】
本開示の転炉用上吹きランスにおいて、前記ランスの下面が、平面状であるか、又は、前記ランス中心軸において下向きに凸となる形状であってもよい。
【0015】
本開示の転炉用上吹きランスにおいて、前記フリップフロップノズルからの上吹きガスの噴出方向が、前記ランスの下面に対して直交していてもよい。
【0016】
本願は上記課題を解決するための手段の一つとして、
転炉内の溶銑に対して、上記本開示の転炉用上吹きランスを用いてガスを上吹きしながら精錬を行う、
転炉精錬方法
を開示する。
【発明の効果】
【0017】
本開示の転炉用上吹きランスのように、3つ以上のフリップフロップノズルのスロート部がランス中心軸を中心とする同一円の円周上に配置された場合、転炉精錬時のスピッティングが抑制され易い。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】転炉用上吹きランスにおけるフリップフロップノズルの構成の一例であって、ランスの長手方向に沿った断面の構成を概略的に示している。
【
図2】転炉用上吹きランスを下から見た場合におけるフリップフロップノズルの配置の一例を概略的に示している。
【
図3】フリップフロップノズルの構成の一例を概略的に示しており、
図1及び2におけるIII-III矢視断面の構成の一部を抽出して示している。
【
図4】転炉用上吹きランスを下から見た場合におけるフリップフロップノズルのスロート部の配置の一例を概略的に示している。スロート部以外のその他のノズル形状の図示は省略している。
【
図5】転炉用上吹きランスを下から見た場合におけるフリップフロップノズルのスロート部の配置の他の例を概略的に示している。スロート部以外のその他のノズル形状の図示は省略している。
【
図6】比較例に係る転炉用上吹きランスにおけるフリップフロップノズルのスロート部の配置を概略的に示している。スロート部以外のその他のノズル形状の図示は省略している。
【
図7】実施例に係る転炉用上吹きランスにおけるフリップフロップノズルのスロート部の配置を概略的に示している。スロート部以外のその他のノズル形状の図示は省略している。
【
図8】実施例に係る転炉用上吹きランスにおけるフリップフロップノズルのスロート部の配置を概略的に示している。スロート部以外のその他のノズル形状の図示は省略している。
【発明を実施するための形態】
【0019】
1.転炉用上吹きランス
図1及び2に示されるように、転炉用上吹きランス100は、3つ以上のフリップフロップノズル10を備える。
図1及び3に示されるように、各々のフリップフロップノズル10は、スロート部10aを有する。
図4に示されるように、各々のスロート部10aは、短辺及び長辺を有する長方形状の開口形状を有し、各々のスロート部10aの開口形状の図心は、ランス中心軸Xを中心とする同一円Cの円周上に存在する。
【0020】
1.1 フリップフロップノズル
図1~3に示されるように、フリップフロップノズル10は、ガスの流れ方向に直交する断面の開口形状が長方形状であるスロート部10aを有する。
図1及び3に示されるように、フリップフロップノズル10は、スロート部10aよりも下流側、かつ、スロート部10aの2つの長辺側において、ジェットが側壁に付着する性質(コアンダ効果)を利用するための振動用側壁10dを各々有しており、各々の振動用側壁10dの上流側に開口部10cが設けられ、開口部10c同士が連結管10gで接続されることでジェットを自励振動させる機能を有するものである。すなわち、ジェットが2つの振動用側壁10dの片方にコアンダ効果によって付着した後、付着した側の開口部10cの圧力が低下し、圧力差によって連結管10g内に流れが発生することでジェットが片方の振動用側壁10dから剥がれ、もう片方の振動用側壁10dに付着することを繰り返す。つまり、
図2及び3に白抜き矢印で示されるように、フリップフロップノズル10から噴出するジェットは、スロート部10aの長辺側の2つの振動用側壁10d、10dの間で自励振動する。
【0021】
特許文献1等に開示されているようにフリップフロップノズルの構造そのものは公知である。本開示のランス100においても公知のフリップフロップノズルを採用すればよい。例えば、フリップフロップノズル10の各々のスロート部10aが短辺及び長辺を有する長方形状の開口形状を有することで、ジェットの自励振動が可能である。特に、上記短辺と長辺とのアスペクト比が2以上である場合に、ジェットを自励振動させ易い。当該アスペクト比の上限は特に限定されるものではないが、例えば、20以下であってもよい。また、上述の通り、フリップフロップノズル10は、自励振動のための連結管10g等を有することから、ランス100に3つ以上のフリップフロップノズル10を設置する場合、ランス100における冷却水流路等との兼ね合いもあって、ノズルの設置個所について自ずと制約を受ける。例えば、あまりに多くのノズル10を設けることや、あまりに大きなノズル10を設けることは、ランス100におけるフリップフロップノズル10の設置の制約上、不可能である。この点、スロート部10aの大きさは、ランス100への設置の制約を考慮して、適当な大きさに設定されればよい。
【0022】
図1及び3に示されるように、フリップフロップノズル10は、スロート部10aのほか、当該スロート部10aよりも上流側に末細部10eを有していてもよく、当該スロート部10aよりも下流側に末広部10b、開口部10c及び振動用側壁10dを有していてもよい。末広部10bは適宜省略してもよい。末細部10eにおいて上流から下流に向かっての開口面積の縮小率や末細部10eの長さ、スロート部10aの長さ、末広部10bにおいて上流から下流に向かっての開口面積の拡大率や末広部10bの長さ、開口部10cの大きさ、振動用側壁10dにおいて上流から下流に向かっての拡大率や振動用側壁10dの長さ等については、フリップフロップノズル10として機能し得るものであれば特に限定されない。
図1~3に示されるように、スロート部10aから振動用側壁10dに向かって、開口形状の短辺のみ拡大していてもよい。すなわち、スロート部10aの開口形状のアスペクト比が、スロート部10aよりも下流側の開口形状のアスペクト比よりも小さくてもよい。
【0023】
1.2 スロート部の配置
本開示のランス100においては、上記のフリップフロップノズル10が3つ以上設置される。ここで、本発明者の知見によると、各々のフリップフロップノズル10の特にスロート部10aをどのように配置するかによって、転炉精錬時のスピッティング抑制効果が顕著に変化する。本発明者の知見によると、ランス100を下から見た場合において、スロート部10aが同一円周上に配置された場合、スロート部10aが直線状に配置された場合よりも、転炉精錬時のスピッティングを顕著に抑制することができる。
【0024】
すなわち、
図4に示されるように、本開示のランス100においては、各々のスロート部10aが、短辺及び長辺を有する長方形状の開口形状を有し、且つ、各々のスロート部の開口形状の図心が、ランス中心軸Xを中心とする同一円Cの円周上に存在することが重要である。尚、本願にいう「図心」とは、ガスの流れ方向に直交する断面におけるスロート部10aの開口形状についての図心である。また、「同一円」とは誤差を許容するものである。具体的には、一つの円C1を仮定した場合に、当該円C1の同心円C2であって、当該円C1の直径を基準(100%)として95%以上105%以下の直径を有する円C2についても、当該円C1と同一の円とみなす。また、上記の円C2は、円C1に対して上下方向に多少の位置ずれを有するものであってもよい。すなわち、上下方向において10mm以内の位置ズレであれば、同一円の範疇とみなす。
【0025】
スロート部10aの向き(短辺及び長辺の向き)は、特に限定されるものではない。本発明者の知見によると、スロート部10aの向きが、以下の条件を満たす向きである場合に、スピッティング抑制効果が高まり易い。すなわち、
図4又は5に示されるように、ランス100においては、ランス100を下から見た場合において、各々のスロート部10aの短辺、又は、各々のスロート部10aの長辺が、当該スロート部10aの開口形状の図心と上記の同一円Cの中心とを結ぶ直線Lに対して直交していてもよい。言い換えれば、上記短辺又は長辺の直角二等分線が同一円Cの中心を通るように、各々のスロート部10aが配置されていてもよい。特に、
図4に示されるように、各々のスロート部10aの短辺が、上記図心と同一円Cの中心とを結ぶ直線Lに対して直交する場合(すなわち、短辺の直角二等分線が同一円Cの中心を通る場合)に、スピッティング抑制効果が一層高まる。尚、本願にいう「直交」とは誤差を許容するものである。具体的には、線(又は面)と線(又は面)とのなす角度が90°±2°であれば、当該線(又は面)と線(又は面)とが「直交」しているものとみなす。
【0026】
また、本発明者の知見によると、各々のスロート部10aの間隔ができるだけ均等であるほうが、スピッティング抑制効果が高まり易い。すなわち、
図4に示されるように、本開示のランス100においては、各々のスロート部10aの図心が、上記の同一円Cの円周上に互いに等間隔に配置されていてもよい。具体的には、ランス100においてn個のフリップフロップノズル10が配置される場合、上記の同一円Cの円周をn等分するn本の直線L上に各々のスロート部10aの開口形状の図心が存在していてもよい。尚、本願にいう「等間隔」とは誤差を許容するものである。具体的には10mm以内の位置ズレを許容する。
【0027】
1.3 その他の構成
本開示のランス100は、上記の通り、3つ以上のフリップフロップノズル10の各々スロート部10aが上述したような位置に配置されていればよく、フリップフロップノズル10以外の構成については従来と同様としてもよい。
【0028】
ランス100の全体としての形状は、例えば、柱状であってよい。具体的には、円柱状であってもよいし、角柱状であってもよいし、テーパーを有するような柱状であってもよい。特に円柱状である場合に、フリップフロップノズル10のスロート部10aを上述したような位置に配置することがより容易となる。
【0029】
上述の通り、ランス100においては、各々のフリップフロップノズル10の連結管10g等が互いに干渉しないように、フリップフロップノズル10が配置されればよい。上記の同心円Cの大きさについては、連結管10g等の配置を考慮して適宜決定されればよい。同心円Cの大きさは、例えば、ランス100の直径(円柱状である場合は当該円の直径、角柱状等の円柱以外の柱状である場合は円相当直径(面積相当直径))の40%以上又は50%以上であってもよく、90%以下又は80%以下であってもよい。
【0030】
ランス100に備えられるフリップフロップノズル10の数の上限は、フリップフロップノズル10として機能させることが可能な数であればよい。例えば、8以下、7以下又は6以下であってもよい。尚、ノズルの数が多過ぎると、上吹きガスの圧力の減衰が大きくなることから、上吹きガスの供給圧力を過剰に高圧とする必要がある。また、上記の通り、ランス100における設置の制約上、ランス100に設置可能なフリップフロップノズル10の数には自ずと上限がある。
【0031】
図1に示されるように、ランス100の下面20は、ランス中心軸Xにおいて下向きに凸となるような形状であってもよいし、或いは、平面状であってもよい。特に、ランス中心軸Xにおいて下向きに凸となるような形状である場合(すなわち、
図1に示されるように、ランス中心軸Xにおいて下向きに凸となる凸部20aを有する場合)、フリップフロップノズル10からの上吹きガスの噴出方向がランス中心軸Xに対して斜め外側向きとなり、各々のノズル10による火点の位置を互いに遠ざけ易くなる。ランス中心軸Xにおいて下向きに凸となる形状の具体例としては、例えば、
図1に示されるような錐状が挙げられる。この場合、錐の中心軸をランス中心軸Xと一致させるとよい。例えば、ランス100が円柱状である場合、ランス100の下面20は、下向きに凸となる円錐状であってもよい。ランス100の下面20が錐状である場合、その頂角は特に限定されるものではない。例えば、
図1に示されるように、ランスの側面形状において、ランス100の下面20と水平面とのなす角度αが10°以上又は15°以上であってもよく、30°以下又は25°以下であってもよい。
【0032】
図1及び3に示されるように、転炉精錬においては、ランス100の内部において、ガス供給路10fからフリップフロップノズル10の末細部10eへと上吹きガスが流れ込む。当該上吹きガスは、スロート部10a、末広部10b、開口部10c及び振動用側壁10dを経てランス100の下面20から噴出し、転炉内の溶銑へと衝突して火点が生じる。この際、フリップフロップノズル10から噴出したジェットが上記のメカニズムで自励振動することによって、火点の位置が経時的に移動する。ここで、フリップフロップノズル10からの上吹きガスの噴出方向は、特に限定されるものではない。特に、
図1に示されるように、フリップフロップノズル10からの上吹きガスの噴出方向が、ランス100の下面20に対して直交している場合に、ジェットの方向や火点の位置を制御し易い。
【0033】
2.転炉精錬方法
本開示の技術は転炉精錬方法としての側面も有する。すなわち、本開示の転炉精錬方法は、転炉内の溶銑に対して、上記本開示の転炉用上吹きランス100を用いてガスを上吹きしながら精錬を行うことを特徴とする。本開示のランス100を用いること以外は、従来と同様にして、転炉精錬を行うことができる。転炉としては従来と同様のものを採用すればよい。本開示の転炉精錬方法において、転炉は、上吹き転炉及び上底吹き転炉のいずれであってもよい。転炉精錬時の上吹きガス(酸素)の流量や流速は、フリップフロップノズル10においてジェットが自励振動するような流量や流速であって、精錬を行うのに適した流量や流速であればよい。上述したように、転炉精錬において本開示のランス100を用いて上吹きを行うことで、スピッティングを抑制することができる。
【実施例】
【0034】
以下、実施例を示しつつ本開示の技術による効果等について、より詳細に説明するが、本開示の技術は以下の実施例に限定されるものではない。
【0035】
1.水モデル実験
まず、水モデル実験によって、ランスにおける複数のフリップフロップノズルの配置と、スピッティングの発生との関係を調査した。本実施例では、ランスに対してフリップフロップノズルのスロート部が、
図6(A)~(C)、
図7(A)及び(B)、並びに、
図8(A)及び(B)のいずれかに示される配置となるようにした。すなわち、フリップフロップノズルの数は1つ(単孔)、3つ又は4つ(多孔)であり、いずれの場合もスロート部の開口形状はアスペクト比4.0の長方形であり、スロート部の開口面積の合計は全条件36mm
2一定である。また、一つのランスに設置される複数のフリップフロップノズルの形状やサイズは互いに同じものである。ランスの下面は、平面(
図1のα=0°)である。尚、フリップフロップノズルのスロート部以外の形状は、ジェットが安定して自励振動するように、従来知られているフリップフロップノズルの構造を参考に製作し、ジェットがノズル短辺方向(
図2及び3において白抜き矢印で示される方向)に自励振動するものとした。
【0036】
炉腹内径650mmの転炉型水モデル容器に模擬溶銑として水40Lを装入し、外径100mmのランスを用いて浴面の250mm上方から圧空を流量60m3/hで浴面に上吹きした。ここで、10Hz以上の周波数でジェットを自励振動させるようにした。スピッティング(飛散水滴)を容器の炉口位置に設置した吸水布で捕集し、1分間あたりのスピッティング量(水滴捕集量)を測定した。ランス高さ(ランス先端の水浴面からの距離)及び圧空流量は全条件一定で調査を行った。比較例1に係る単孔ランスのスピッティング量を基準とし、その他のランスのスピッティング量は当該単孔ランスのスピッティング量で割った数値(スピッティング量比)で整理した。結果を下記表1に示す。
【0037】
【0038】
比較例1に係るランスは
図6(A)に示される単孔ランスであり、1つのフリップフロップノズルがランス下面の中心に配置されたものである。
【0039】
比較例2に係るランスは
図6(B)に示される3孔ランスであり、3つのフリップフロップノズルが長辺方向に直線状に並べられたものである。この場合、各々のノズルから噴出されるジェットが互いに近接しており、真ん中のジェットに寄せ集まって縮合する場合があり、多孔化したことによるスピッティング低減効果が小さかった。具体的には、スピッティング量は比較例1の単孔ランスの場合に比べて30%の減少に留まった。
【0040】
比較例3に係るランスは
図6(C)に示される3孔ランスであり、3つのフリップフロップノズルが短辺方向に直線状に並べられたものである。この場合、各々のノズルから噴出されるジェットが干渉し易く、多孔化したことによるスピッティング低減効果が小さかった。具体的には、スピッティング量は比較例1の単孔ランスの場合に比べて20%の減少に留まった。
【0041】
実施例1に係るランスは
図7(A)に示される3孔ランスであり、3つのフリップフロップノズルの各々のスロート部の図心が、ランス中心軸を中心とした同一円周上に等間隔で配置されるようにしたものである。また、各々のスロート部の長辺が、上記図心と上記同一円の中心(ランス中心軸)とを結ぶ直線に対して直交するものとしている(すなわち、長辺の直角二等分線が同心円の中心を通るものとしている)。この場合、各々のノズルから噴出されるジェットは、ランス中心軸方向に寄せ集まって若干縮合する傾向があったものの、多孔化したことによる高いスピッティング低減効果が得られた。具体的には、スピッティング量は比較例1の単孔ランスの場合に比べて50%減少した。
【0042】
実施例2に係るランスは
図7(B)に示される4孔ランスであり、4つのフリップフロップノズルの各々のスロート部の図心が、ランス中心軸を中心とした同一円周上に等間隔で配置されるようにしたものである。また、各々のスロート部の長辺が、上記図心と上記同一円の中心(ランス中心軸)とを結ぶ直線に対して直交するものとしている(すなわち、長辺の直角二等分線が同心円の中心を通るものとしている)。この場合、各々のノズルから噴出されるジェットは、ランス中心軸方向に寄せ集まって若干縮合する傾向があったものの、多孔化したことによる高いスピッティング低減効果が得られた。具体的には、スピッティング量は比較例1の単孔ランスの場合に比べて60%減少した。
【0043】
実施例3に係るランスは
図8(A)に示される3孔ランスであり、3つのフリップフロップノズルの各々のスロート部の図心が、ランス中心軸を中心とした同一円周上に等間隔で配置されるようにしたものである。また、各々のスロート部の短辺が、上記図心と上記同一円の中心(ランス中心軸)とを結ぶ直線に対して直交するものとしている(すなわち、短辺の直角二等分線が同心円の中心を通るものとしている)。この場合、各々のノズルから噴出されるジェットは、縮合することなく独立して自励振動し、多孔化したことによる高いスピッティング低減効果が得られた。具体的には、スピッティング量は比較例1の単孔ランスの場合に比べて70%減少した。
【0044】
実施例4に係るランスは
図8(B)に示される4孔ランスであり、4つのフリップフロップノズルの各々のスロート部の図心が、ランス中心軸を中心とした同一円周上に等間隔で配置されるようにしたものである。また、各々のスロート部の短辺が、上記図心と上記同一円の中心(ランス中心軸)とを結ぶ直線に対して直交するものとしている(すなわち、短辺の直角二等分線が同心円の中心を通るものとしている)。この場合、各々のノズルから噴出されるジェットは、縮合することなく独立して自励振動し、多孔化したことによる高いスピッティング低減効果が得られた。具体的には、スピッティング量は単孔ランスの場合に比べて80%減少した。
【0045】
以上の条件の水モデル実験に加えて、様々な条件で水モデル実験を行った結果、フリップフロップノズルをランスの下面に複数配置する場合に、多孔化によるスピッティング低減効果を高めるためには、(1)ランス中心軸を中心とした円周上に各々のスロート部の図心を配置することが重要であることが分かった。また、(2)各々の当該図心を同一円の円周上に等間隔で配置した場合にスピッティング低減効果が一層高まり、(3)各々のスロート部の短辺又は長辺が、上記図心と上記同一円の中心とを結ぶ直線に対して直交する(短辺又は長辺の直角二等分線が同一円の中心を通る)ようにした場合にスピッティング低減効果が一層高まり、(4)特に、各々のスロート部の短辺が、上記図心と上記同一円の中心とを結ぶ直線に対して直交するようにした場合に、スピッティングを一層顕著に低減できることが分かった。尚、孔数が多いほどスピッティングが低減される傾向にあるが、ランスに冷却水流路を確保する観点、ランスにおいてフリップフロップノズルの連結管同士が干渉しないようにする観点等から、孔数増加には限度がある。また、ノズルの数が多過ぎると、上吹きガスの圧力の減衰が大きくなることから、上吹きガスの供給圧力を過剰に高圧とする必要がある。
【0046】
2.実機試験
2.5t上底吹き転炉を用いて実機試験を行った。まず、当該転炉内に溶銑2.0tを装入した。その後、塊生石灰等のフラックスを添加後、上吹きランスを用いて酸素流量6.0Nm3/min、ランス先端から溶銑浴面までの距離450mmの条件にて、溶銑に酸素を上吹きし、溶銑中の炭素濃度が0.1mass%となるまで吹錬を行った。ランス高さ(ランス先端の溶銑浴面からの距離)や酸素流量は全条件一定で調査を行った。
【0047】
本実機試験においても、上記水モデル実験と同様、ランスに対してフリップフロップノズルのスロート部が、
図6(A)~(C)、
図7(A)及び(B)、並びに、
図8(A)及び(B)のいずれかに示される配置となるようにした。具体的には、フリップフロップノズルのノズル数は1つ(単孔)、3つ又は4つ(多孔)であり、いずれの場合も、スロート部の開口形状はアスペクト比4.0の長方形であり、スロート部の開口面積の合計は全条件100mm
2一定とした。また、一つのランスに設置される複数のフリップフロップノズルの形状やサイズは互いに同じものである。
【0048】
ランスは直径150mmの円柱状であり、ランスに設置されるノズルはすべてフリップフロップノズルとした。ランスの下面は平面の場合(比較例4~6、実施例5、8、9、12)と円錐面の場合(実施例6、7、10、11)との2種類であり、平面の場合は当該平面を水平面と一致させるものとし(
図1の角度α=0°)、円錐面の場合は円錐の中心軸がランス中心軸と重なり、かつ鉛直下方に凸の円錐面とし、円錐面と水平面とのなす角度αは10°又は20°とした。
【0049】
吹錬中の炉口付近をビデオカメラで撮影し、撮影した動画から30秒毎に画像(撮影視野400mm×400mm、全画素数400)を抽出し、画像に写っているスピッティングの画素数をカウントし、吹錬中のスピッティング画素数を積算してスピッティング量を求めた。比較例4の単孔ランス(
図6(A))のスピッティング量を基準とし、その他のランスのスピッティング量は当該単孔ランスのスピッティング量で割った数値(スピッティング量比)で整理した。結果を下記表2~4に示す。
【0050】
【0051】
【0052】
【0053】
上記表2~4に示される結果から明らかなように、実機試験においても水モデル試験と同様の傾向が確認できた。すなわち、比較例5、6に係る多孔ランスは、多孔化したことによるスピッティング低減効果が小さく、スピッティング量は比較例4の単孔ランスの場合に比べて10~20%の低減に留まった。一方で、実施例5~12に係る多孔ランスは、多孔化したことによるスピッティング低減効果が大きく、スピッティング量は比較例4の単孔ランスの場合に比べて30~80%低減された。
【0054】
また、表3及び4に示される結果から明らかなように、各々のスロート部の短辺が、上記図心と上記同一円の中心とを結ぶ直線に対して直交するようにした場合(実施例9~12)に、スピッティングを一層顕著に低減できることが分かった。また、ランス下面の形状を円錐状にすることで、ランス中心軸に対して斜め外側にジェットを噴出させて、各々のノズルによる火点の位置を互いに一層遠ざけることができることから、スピッティングをより一層顕著に低減できることが分かった。
【符号の説明】
【0055】
10 フリップフロップノズル
10a スロート部
10b 末広部
10c 開口部
10d 振動用側壁
10e 末細部
10f ランス内の上吹きガス供給路
10g 連結管
20 ランス下面
20a 凸部
100 転炉用上吹きランス