(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-09
(45)【発行日】2025-01-20
(54)【発明の名称】熱延コイルの製造方法
(51)【国際特許分類】
B21B 37/76 20060101AFI20250110BHJP
B21C 47/02 20060101ALI20250110BHJP
B21C 47/26 20060101ALI20250110BHJP
【FI】
B21B37/76 A
B21C47/02 E
B21C47/26 A
(21)【出願番号】P 2021047358
(22)【出願日】2021-03-22
【審査請求日】2023-11-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】石田 欽也
(72)【発明者】
【氏名】岡本 力
(72)【発明者】
【氏名】森下 敦司
(72)【発明者】
【氏名】明石 透
(72)【発明者】
【氏名】井上 直紀
【審査官】隅川 佳星
(56)【参考文献】
【文献】特開平08-323417(JP,A)
【文献】特開平10-175016(JP,A)
【文献】特開2009-214112(JP,A)
【文献】特開2010-089107(JP,A)
【文献】特開2011-240354(JP,A)
【文献】特開2015-116596(JP,A)
【文献】特開2018-144062(JP,A)
【文献】特許第5447744(JP,B1)
【文献】国際公開第2008/078908(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21B 37/00 - 37/78
B21C 45/00 - 49/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱間圧延後の熱延鋼板をランナウトテーブル上で冷却してコイラーで巻き取って熱延コイルとする熱延鋼板巻き取り工程において、
熱延コイルの最外周からコイル全厚の5%以上30%以下の範囲を外周部、その内側の残りの範囲を内部としたとき、
予め、熱延鋼板が冷却されるのと同等の温度履歴を付与したフォーマスタ試験により、コイル冷却時の変態速度の時間推移を調べ、その結果を用いて、
熱延鋼板の全長のうち、前端部から内部に相当する範囲を該熱延鋼板に最適な内部巻き取り温度として設定し、
残部の前記外周部に相当する範囲を、前記内部巻き取り温度より50℃を超えて高い外周部巻き取り温度として設定し
内部に相当する範囲を450℃以上650℃以下の温度で、
外周部に相当する範囲を内部の温度より50℃を超えて高く800℃以下の温度で巻き取る
ことを特徴とする熱延コイルの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱間仕上げ圧延後の熱延鋼板をコイラーで巻き取り、その後コイラーのマンドレルから熱延コイルを引き抜く際、自重によって熱延コイルが大きく変形することのない、熱延コイルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
熱延鋼板を仕上げ圧延後、コイラーで巻き取り、次の工程へ搬送するため、コイラーのマンドレルから熱延コイルを引き出したとき、熱延コイルが自重で変形することがある。この変形が大きい場合、その後の工程で、熱延コイルを巻き出し機のマンドレルに円滑に挿入できない場合がある。
そのような場合では、コイルの精整工程を経て巻き直しを行う必要があり、変形が著しいものは巻き直しすることもできず、熱延コイルを屑化しなければならないという問題があった。
【0003】
従来、自重による熱延コイルの変形は、γ(fcc)→α(bcc)変態による体積膨張に原因があると考えられてきた。
例えば、所要量の合金元素を含有する高強度熱延鋼板では、熱延後ランナウトテーブル上でγ→α変態が完了せず、コイラーでの巻き取り中や巻き取った後、さらに、マンドレルからコイルを引き抜いた後もγ→α変態が進行する場合がある。そのような場合には、その後のγ→α変態に伴う鋼板組織の体積膨張で熱延コイルの半径方向の面圧が減少して、熱延コイル全体の剛性が低下し、張力を付与した複数巻き円筒であるコイルが単巻き円筒のように振る舞うことで、自重によって熱延コイルが変形するというものである。
【0004】
そこで、これまで、主に、(a) はさみ角の小さなV字スキッドによる機械的な形状保持または変形の矯正(例えば、特許文献1~4、参照)、(b) コイラー内での一定時間滞留、かつ、放冷、空冷、ミスト、水冷等の冷却条件による冷却(例えば、特許文献5~8、参照)、及び、(c) 変態率の制御(例えば、特許文献9~12、参照)の視点から、熱延コイルの変形を防止する技術が提案されてきた。
【0005】
しかし、これらの技術では次のような問題がある。
(a) の機械的方法では、V字スキッドにコイルを載置するまでに時間を要することから、熱延コイルをマンドレルから引き抜いた直後に発生する変形に対しては、変形防止が間に合わないという問題がある。
【0006】
(b) の方法は、鋼種によって効果があるが、経験則に基づく対処療法的な変形防止策であり、確実で効率的な変形防止策とはいえない。また、非常に長い滞留時間が必要となり、作業能率が大きく低下する場合がある。さらに、水冷など冷却速度が大きい場合、鋼種によっては、熱延鋼板のエッジ部や最外周部の数巻きが過度に硬化し、熱延コイル内で強度差が発生する。最外周部は廃棄することで対処可能であるが、歩留りが低下するうえ、エッジ部の硬化は、冷間圧延時に破断の原因となる場合があるため、適用鋼種が限られてしまう問題がある。
【0007】
(c) の方法は、制御範囲が狭く、ロバスト性に劣る場合がある他、一般的に、加速圧延を行う熱間圧延設備において、生産能率の低い一定速度で圧延する必要があって、能率低下を招くことや、既存の設備や制御ロジックをそのまま使えず、大幅な改造を必要とするなど、経済的でないという問題がある。また、(c) の方法には、コイルの先端部から一定長さの範囲を、そのほかよりも高温で巻き取り、変態による体積膨張率をコイル内で制御する方法もあるが、コイルの変形発生メカニズムに立脚して巻き取り温度の選定がなされておらず、コイルの変形を十分抑制するには至っておらず、鋼成分によってはその効果がほとんど見られない場合があるという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開昭61-037647号公報
【文献】実開平01-143609号公報
【文献】実開平06-034807号公報
【文献】特開平07-246422号公報
【文献】特開2001-179335号公報
【文献】特開2010-089107号公報
【文献】特開2010-094710号公報
【文献】特開2012-024793号公報
【文献】特開2012-055950号公報
【文献】特許第5447744号公報
【文献】特開2014-065077号公報
【文献】特許第5594578号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、従来技術に鑑み、コイラーのマンドレルから引き出された熱延コイルの変形を従来の手段より簡単な方法で防止することができ、熱延コイルの巻き直しや屑化を回避することがきる熱延コイルの製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために、熱延コイルの変形機構について鋭意検討した。
その結果、熱延コイルがマンドレルから引き出された直後、あるいはその後に変形するのは、従来いわれているような、γ→α変態に伴う体積膨張によって熱延コイルに巻き緩みが生じるためではなく、γ→α変態時に生じる変態塑性現象によってコイル全体の剛性が低下することによるものであることを見出した。
【0011】
そして、その観点からコイルの変形を防止する方法を検討した。
変態塑性現象によって生じる歪はγ→α変態の変態速度の大きさに比例して増加することから、コイルの外側部分と内側部分の冷却速度に差があることを利用して、熱延コイルの外側部分と内側部分に変態速度の差を生じさせ、変態速度が小さく、変態塑性による歪の発生が少ない箇所でコイルを支えるようにすればコイルの変形を防止できるのではないかという着想を得た。
そして、熱延コイルの外側部分と内側部分に変態速度の差を生じさせるには高温巻き取りが有利であることを知見したが、高温巻き取りでは内側部分で内部酸化が生じる場合があるという問題があった。
【0012】
そこで、コイルの変形の防止と内部酸化の問題を回避する手段についてさらに検討した結果、熱延後の鋼板を巻き取る際に、途中から巻き取り温度を高めに変更することにより、変形の起きやすい引き抜き初期の段階で、コイル外側部分となる箇所(外周部)の変態を遅延させて、内側部分となる箇所(内部)の変態速度が低下した後に外周部の変態が開始するようにし、それによってコイルの変形を防止でき、かつ内側部分の内部酸化を回避できることを見出した。
【0013】
本発明は、上記知見に基づいてなされたもので、その要旨は以下のとおりである。
(1)熱間圧延後の熱延鋼板をランナウトテーブル上で冷却してコイラーで巻き取って熱延コイルとする熱延鋼板巻き取り工程において、
熱延コイルの最外周からコイル全厚の5%%以上30%以下の範囲を外周部、その内側の残りの範囲を内部としたとき、内部に相当する範囲を450℃以上650℃以下の温度で、外周部に相当する範囲を内部の温度より50℃を超えて高く800℃以下の温度で巻き取ることを特徴とする熱延コイルの製造方法。
【0014】
(2)前記熱延鋼板の巻き取り温度を、熱延鋼板の全長のうち、前端部から内部に相当する範囲を該熱延鋼板に最適な内部巻き取り温度として設定し、残部の前記外周部に相当する範囲を、前記内部巻き取り温度より50℃を超えて高い外周部巻き取り温度として設定して巻き取ることを特徴とする上記(1)に記載の熱延コイルの製造方法。
【0015】
(3)予め、熱延鋼板が冷却されるのと同等の温度履歴を付与したフォーマスタ試験により、コイル冷却時の変態速度の時間推移を調べ、その結果を用いて内部と外周部の巻き取り温度を設定することを特徴とする上記(2)に記載の熱延コイルの製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、より簡単な手段により熱延コイルの屑化及び巻き直しを回避できる熱延コイルの製造方法を提供することができる。さらに、コイル内部の巻き取り温度を必要以上に高くする必要がなくなり、高い巻き取り温度の際に発生する内部酸化を回避することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】600℃での巻き取りを想定したフォーマスタ試験によって算出した、冷却開始後300秒までの変態速度の時間推移を示す図である。
【
図2】690℃での巻き取りを想定したフォーマスタ試験によって算出した、冷却開始後300秒までの変態速度の時間推移を示す図である。
【
図3】内部の巻き取り温度を600℃とし、外部の巻き取り温度を690℃とした場合の変態速度の時間推移を、
図1と
図2の変態速度の時間推移から作成した図である。
【
図4】フォーマスタ試験に用いた600℃での巻き取りを想定した温度履歴の一例を示す図である。
【
図5】コイル外周部のみ巻き取り温度を高くした場合に熱延コイルが変形しないメカニズムを、模式的に示す図である。
【
図6】コイル外周部のみ巻き取り温度を高くした場合における、熱延コイルの冷却途中のコイル内部とコイル外周の相変態の進行状況を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
γ→α変態が完全に完了していない熱延鋼板を巻き取った熱延コイルから、巻き取り完了後、直ちに、コイラーのマンドレルからコイルを引き抜いても、引き抜き後、コイルが変形せず、次の工程に迅速に搬送できること、さらに、その後、コイルが冷却されるまでの間にコイルが変形しないことが、操業上求められる。
【0019】
相変態に伴う変形には、体積変化に起因する変形の他に、変態塑性に起因する変形があると考えられる。
ここで、変態塑性とは、相変態時に応力が作用した際、その応力が作用する方向に変形する現象である。この現象は、熱延コイルの場合、γ→α変態時、自重による応力を緩和する方向、即ち、鉛直下向きに変形が進行して、コイルが潰れるように変形する現象となって現れることが予想される。
【0020】
本発明者らは、熱延コイルの変形メカニズムを解明するために、鋼板を円筒体としたときの自重による変形についてFEM解析を行った。
その結果、変態塑性現象を考慮しない場合には、4mm厚さの鋼板を単巻き円筒としたシミュレーションでも自重による変形はほとんど起きず、複数巻き円筒である熱延コイルでは尚更変形が起こらないことが判明した。
一方で、変態塑性現象を考慮したシミュレーションでは、4mm厚さの鋼板の単巻き円筒で大きく変形し、複数巻き円筒であるコイルでも変形することが明らかになった。
【0021】
自重による変形に対して、単巻き円筒よりも抵抗力のある複数巻き円筒であるコイルにおいて、現実に変形が起きていることからも、コイルの変形には、γ→α変態に伴う体積膨張を起因にしたコイルの巻き緩みではなく、変態塑性現象による剛性の低下が大きく関係していることが予想できた。
【0022】
変態塑性による生じる歪の大きさは、相変態の変態速度の大きさに比例して増加することが知られている。そこで、本発明者らは、ランナウトテーブル上で冷却して種々の巻き取り温度で巻き取った熱延コイルについて、冷却開始からの温度履歴を模擬するフォーマスタ試験を行い、巻き取り温度ごとにコイルの中央と外周での変態速度の大きさを算出するとともに、コイルの変形との関係を調べた。
【0023】
フォーマスタ試験に当たっては、まず、質量%で、C:0.15%、Si:0.50%、Mn:2.6%を含有する鋼片を溶製し、仕上げ出側温度900℃で熱間圧延して冷却し、600℃と、690℃で巻き取って、巻き取り完了後(コイル先端部の冷却開始から76秒後)に、マンドレルから熱延コイルを引き抜き、引き抜いた後のコイルの変形状態を確認した。また、得られた熱延コイルから試料を採取して、ランナウトテーブル上で冷却し、コイラーで巻き取った後のコイルの温度履歴を模擬するフォーマスタ試験を行い、冷却開始後以降のコイルの変態速度の時間推移を算出した。
【0024】
ここで、フォーマスタ試験における、変態速度の算出は次のようにして行った。
試料となる鋼板を、室温から昇温速度10℃毎秒で仕上げ圧延機出側温度に相当する温度まで加熱して30秒間保持し、その後、実際に熱延鋼板が冷却されるのと同等の温度履歴を付与し、その間の鋼板の膨張挙動からオーステナイト(γ:fcc)からフェライト(α:bcc)への変態率と変態速度(1秒当たりに変態が何%進行するかを示すもので、単位は“%毎秒”である)を算出した。
【0025】
フォーマスタ試験に用いた温度履歴としては、仕上げ圧延出側温度に相当する温度から冷却を開始する、実際の鋼板の温度履歴に相当する温度履歴を与え、仕上げ圧延後の熱延鋼板をランナウトテーブルで冷却してコイラーで巻き取った後のコイルの厚さ方向の中央部(最外周を100%として厚さ50%の位置)と、コイル厚さ方向の外周部(同じく厚さ95%の位置)の温度履歴を求める。
図3に、仕上げ圧延出側温度が900℃で、巻き取り温度が600℃の時の温度履歴の例を示す。
【0026】
図1、2に、フォーマスタ試験によって得られた変態速度の時間推移を示す。
図1は600℃で巻き取った場合の、
図2は690℃で巻き取った場合の、冷却開始後300秒までの変態速度の時間推移である。
【0027】
用いた鋼は、従来から変形が起きやすいことで問題になる鋼であり、巻き取り温度が600℃のコイルでは変形が見られたが、690℃のコイルでは変形が見られなかった。
そこで、
図1、2に示される変態速度の時間推移について検討した。
【0028】
600℃で巻き取った
図1の場合では、コイル外周部と中央部の変態速度の差が小さく、かつ、コイルの引き抜き直後(冷却開始後経過時間:76秒)の変態速度が大きいため、引き抜き直後にはコイル全体が変態塑性によって変形しやすい状態にあり、コイル全体の剛性が低下して変形に至ったと考えられた。
これに対し、690℃で巻き取った
図2の場合では、コイルの変態が遅延して、コイルをマンドレルから引き抜いた時点のコイル外周部と中央部の変態速度の差が大きくなり、コイル全体が同時に変態塑性によって変形しやすい状態になることはなく、かつ、引き抜き直後に、コイル外周部の変態速度が大きくなって剛性が低下しても、コイル中央部の剛性によってコイルの形状が維持されるものと考えられた。
【0029】
以上の結果から、コイル外周部において変態を遅延させて変態速度を小さくし、冷却途中のコイルの剛性を維持して変形を抑制するには、巻き取り温度を現状よりも高くすることが有効であることが確認されたが、一方で巻き取り温度を高くすると、冷却速度の遅いコイル内部では長時間高温にさらされることになり、そのために内部酸化が起き、表面性状が劣化して酸洗性の低下、表面外観の劣化、めっき性などに問題が生じる場合がある。
そのため、コイルの変形抑制と表面性状劣化の回避の両方を同時に満たすことが必要になる。
【0030】
そこで、コイルの変形の防止と内部酸化の問題を回避する手段についてさらに検討した結果、内部酸化が問題になるのは、冷却速度の遅いコイル内部であり、冷却速度が内部に比べて大きいコイル外周部では、比較的高い巻き取り温度でも内部酸化は特に問題にならないことに着目して、コイル外周部のみ巻き取り温度を高くすることを着想した。
図3に、
図1と
図2の変態速度の時間推移を基に、内部の巻き取り温度を600℃とし、外周部の巻き取り温度を690℃とした場合の変態速度の時間推移を作成した図を示すが、冷却を開始した後、コイルの引き抜き時点で内部の変態速度は十分に低下しており、外周部のみ高い巻き取り温度で巻き取る場合でもコイルの十分な剛性を確保することができることが予想された。
【0031】
以上の結果、コイル内部は、内部酸化が問題にならない巻き取り温度で巻き取り、コイル外周部のみ巻き取り温度を高くして巻き取り、該部分の変態速度を小さくしてコイル全体の変形を抑制するだけの十分な剛性を確保することにより、コイルの変形抑制と表面性状劣化の回避の両立が可能であることを見出した。
【0032】
このように、コイル外周部のみ巻き取り温度を高くすることによっても変形を抑制できる理由は次のように考えられる。
熱延鋼板をマンドレル2で巻き取った状態の熱延コイル1では、マンドレル2による物理的な支えによってコイルの変形が防止されている(
図5(a)参照)。
【0033】
巻き取りを開始して以後、コイル内部とコイル外周部は
図6(a)に示すように冷却が進行し、それに伴って、例えば、高張力鋼板の成分系では、γ→α変態は
図6(b)、(c)に示すように進行する。
すなわち、外周部を内周部より高い温度で巻き取っているので、γ→α変態は熱延コイル1の内部3において、先行して進行し、剛性が低下し、変態塑性しやすい状態にある。一方、熱延コイル1の外周部4では、高温巻き取りのため、γ→α変態の進行が遅延しているので、剛性が保たれた状態にある。
そのため、引き抜き後の熱延コイルは、内部の変態速度が大きい帯域の剛性が低下していても、熱延コイル1の外周部の変態が遅延している帯域の剛性により保持されて変形しない(
図5(b)参照)。
【0034】
さらなる時間経過によって、γ→α変態がさらに進行するが、
図6(a)のように、コイルの外周部と中央部の冷却履歴が異なることから、熱延コイル1の外周部4において、変態速度が高まり、剛性が低下する時点では、既に、内部3の帯域の変態速度が十分低下し、剛性が高まっているために、コイルの変形が防止される(
図5(c)参照)。
その結果、熱延コイルの冷却後において、熱延コイルの変形を防止することができる(
図5(d)参照)。
【0035】
以上のような基本的な考え方に基づいて、具体的な製造条件について検討した結果、熱延後の鋼板の巻き取りに当たり、上記(1)に規定したように、コイルの内部に相当する範囲を450℃以上650℃以下の温度で巻き取り、外周部に相当する範囲を内部の温度より50℃を超えて高く800℃以下の温度で巻き取ることを特徴とする本発明に到達した。
以下、そのような本発明の要件や好ましい要件についてさらに説明する。
【0036】
(化学組成)
コイルの変形が問題となるような成分組成を有し、内部酸化などの理由で高温巻き取りができないような鋼種を用いた熱延コイルの製造に有効である。
そのような鋼種としては、例えば、実施例の表1に示すような組成の高張力鋼が例示される。特に影響する成分としてC、Si、Mnが挙げられ、Cを0.05%以上かつSiを0.2%以上、かつMnを1.3%以上含有する鋼が対象となる。これらの元素の含有率が高いほど、ランナウトテーブル上でγ→α変態が遅延化する傾向を示し、コイルの変形が問題となる。また、Mo及びBも同様にγ→α変態を遅延化させる効果を示す。さらには、Siを0.2%以上含有し、さらにMnとの成分比であるSi/Mnの値が0.13以上となる場合においては高温で巻き取ると内部酸化が起きてしまうため、コイル全長を高温巻き取りすることができない。
【0037】
(熱延条件)
熱間圧延の条件は、常法に従えばよく、特に限定しないが、例えば、鋼スラブを、1150℃以上1280℃未満に加熱し、タンデム圧延機を用い、仕上げ圧延出側温度がγ域、即ち、例えば、850℃以上980℃未満となる熱間圧延を行い、その後、ランナウトテーブル上で冷却し、450℃以上の温度で巻き取るような条件が例示される。
【0038】
(熱延後の冷却、巻き取り条件)
熱間圧延後の熱延鋼板をランナウトテーブル上で冷却してコイラーで巻き取って熱延コイルとする熱延鋼板巻き取り工程において、途中から冷却を弱めるか停止するかして、外周部分の巻き取り温度をそれ以前の温度より高くして巻き取る。
すなわち、熱延コイルの最外周からコイル全厚の5%以上30%以下の範囲を外周部、その内側の残りの範囲を内部としたとき、内部に相当する範囲を450℃以上650℃以下の温度で、外周部に相当する範囲を内部の温度より50℃超高い温度で、かつ800℃以下で巻き取るようにする。
【0039】
ここで、外周部の範囲についてコイル全厚の5%以上としたのは、コイルを引き抜いた直後において、コイル全体の変形に抵抗するだけの剛性を確保するために必要な厚さを確保するためである。剛性をより確保するためには10%以上が望ましい。
温度の高い外周部の領域は広いほど望ましく、一方、広くなりすぎると内部酸化の問題が生じる。内部酸化の発生を回避するには、コイル全厚の30%以下とする必要がある。内部酸化の発生をより回避するには25%以下が望ましい。
【0040】
内部の巻き取り温度について450℃以上650℃以下の温度としたのは、450℃未満では水の遷移沸騰領域を通過するため、膜沸騰と核沸騰が混合して被冷却物である鋼板の温度ばらつきが極めて大きくなり、機械的性質へ悪影響を及ぼすためであり、650℃超では内部酸化が問題になるためである。内部の巻き取り温度は、望ましくは遷移沸騰領域をより回避できる500℃以上である。
【0041】
また、外周部の巻き取り温度について、内部の巻き取り温度より50℃を超えて高くするとしたのは、外周部の変態速度の大きい時期を内部の変態速度の大きい時期からずらすために必要であるためであり、上限を800℃以下としたのは、外周部の冷却速度は内部に比べて大きく、高温下で保持される時間が短いとはいえ、800℃超では内部酸化が非常に起き易いためである。また、高温で巻き取るほど、仕上げ圧延後、コイラーで巻き取られるまでの間に外部酸化層(黒皮スケール)が厚く生成しやすくなり、酸洗でこれを除去した後の有効板厚低減につながり、歩留まりを悪化させてしまう。このことから、外周部の巻き取り温度の上限は800℃以下、望ましくは750℃以下とする。
【0042】
(巻き取り温度の選定方法)
巻き取り温度の外周部と内部の巻き取り温度の選定方法としては、巻き取ろうとする熱延鋼板の全長のうち、前端部から内部に相当する範囲を熱延鋼板の鋼種に最適な内部巻き取り温度として設定し、残部の外周部に相当する範囲を、内部巻き取り温度より50℃超高い外周部巻き取り温度として設定する。
【0043】
外周部巻き取り温度は、試行錯誤的に外周部の温度を上記範囲内で設定することができるが、予めフォーマスタ試験によって
図1、2に示すようなコイル冷却時の変態速度の時間推移を調べて設定することができる。
具体的には、例えば、種々の巻き取り温度で巻き取った時の温度履歴を設定し、その温度履歴を用いて、種々の巻き取り温度で巻き取った時の変態速度の時間推移を求めておき、前記内部と外周部の巻き取り温度範囲の中で、外周部と内部で同時に変態速度が大きな値をとらないような巻き取り温度の組み合わせを選定する方法や、内部について、変態速度が、例えば55×10
-3%毎秒を越えないような低い値で推移する巻き取り温度を選定するなどの方法がある。
(用途その他)
本発明の製造方法では、コイルの終端部分の巻き取り温度が異なるため、冷間圧延しない熱延鋼板として製品とする用途には適用できない鋼種がある。冷延鋼板であれば冷延後に焼鈍されるので、制限なく利用できる。
【実施例】
【0044】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。
【0045】
表1に示す成分組成を有するスラブを溶製し、表2に示す条件で、熱延コイルを製造し、熱延コイルを次工程に搬送するため、マンドレルから熱延コイルを引き抜いた。
製造した熱延コイルにつき、コイルの変形によってNGとなったコイルの本数率(NG率)と内部酸化の程度を調べた、表2に併せて示す。
【0046】
【0047】
【0048】
表2に示すように、製造条件が本発明の範囲内にある発明例(製造No.3、5、7、9、10、13、16)においては、コイルの変形によるNG率が0%であり、内部酸化も認められなかった。
一方、製造条件が本発明の範囲外である比較例(製造No.1、2、4、6、8、11、12、14、15)においては、コイルの変形によるNG率が0%を超えているか、内部酸化が認められた。
【産業上の利用可能性】
【0049】
前述したように、本発明によれば、熱延コイルの屑化及び巻き直しを回避できる熱延コイルを提供することができる。よって、本発明は、鉄鋼産業において利用可能性が高いものである。
【符号の説明】
【0050】
1 熱延コイル
2 マンドレル
3 内部
4 外周部