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特許7618171表面改質膜、表面改質膜の製造方法、及び表面改質基材
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  • 特許-表面改質膜、表面改質膜の製造方法、及び表面改質基材 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-10
(45)【発行日】2025-01-21
(54)【発明の名称】表面改質膜、表面改質膜の製造方法、及び表面改質基材
(51)【国際特許分類】
   C08F 265/04 20060101AFI20250114BHJP
   C08F 4/40 20060101ALI20250114BHJP
   C08F 2/00 20060101ALI20250114BHJP
【FI】
C08F265/04
C08F4/40
C08F2/00 C
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021115592
(22)【出願日】2021-07-13
(65)【公開番号】P2023012123
(43)【公開日】2023-01-25
【審査請求日】2023-11-14
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業「濃厚ポリマーブラシ(CPB)付与による高性能摺動部品の開発と装置への応用」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000002820
【氏名又は名称】大日精化工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】100098707
【弁理士】
【氏名又は名称】近藤 利英子
(74)【代理人】
【識別番号】100135987
【弁理士】
【氏名又は名称】菅野 重慶
(74)【代理人】
【識別番号】100168033
【弁理士】
【氏名又は名称】竹山 圭太
(74)【代理人】
【識別番号】100161377
【弁理士】
【氏名又は名称】岡田 薫
(72)【発明者】
【氏名】嶋中 博之
(72)【発明者】
【氏名】田儀 陽一
(72)【発明者】
【氏名】谷嶋 美保
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 広賢
(72)【発明者】
【氏名】辻井 敬亘
(72)【発明者】
【氏名】松川 公洋
【審査官】▲高▼村 憲司
(56)【参考文献】
【文献】特開2021-010849(JP,A)
【文献】特開2020-045427(JP,A)
【文献】特開2009-063354(JP,A)
【文献】特開2015-140397(JP,A)
【文献】特開2001-158813(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08C 19/00 - 19/44
C08F 2/00 - 2/60
C08F 4/00 - 4/58
C08F 4/72 - 4/82
C08F 6/00 -246/00
C08F251/00 -283/00
C08F283/02 -289/00
C08F291/00 -297/08
C08F301/00
C08G 81/00 - 85/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
メタクリレート系モノマー(i)に由来する構成単位を有する、その表面に重合開始基が結合した基材の前記重合開始基から延伸した前駆体ポリマーと、反応性化合物(ii)との反応物である表面改質ポリマーを含む、前記基材の表面に設けられる膜厚100nm~10μmの膜状物であり、
前記メタクリレート系モノマー(i)が、ヒドロキシアルキルメタクリレート、グリシジルメタクリレート、エポキシシクロヘキシルメチルメタクリレート、メタクリロイルオキシエチルイソシアネート、及びイソシアネート基がブロック化されたメタクリロイルオキシエチルイソシアネート誘導体からなる群より選択される少なくとも一種であり、
前記反応性化合物(ii)が、アミノ基、水酸基、又はカルボキシ基を有する化合物、カルボン酸無水物、及び酸ハロゲン化物からなる群より選択される少なくとも一種であり、
前記反応性化合物(ii)の分子量が500~20,000であり、
前記基材の表面における前記表面改質ポリマーのグラフト密度が0.1~1本/nmである表面改質膜。
【請求項2】
前記重合開始基が、下記一般式(1)で表される基である請求項1に記載の表面改質膜。
(前記一般式(1)中、Rは、水素原子、アルキル基、アシル基、又はアリール基を示し、Rは、アルキル基又はアリール基を示し、Xは、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子を示し、Yは、O又はNHを示す)
【請求項3】
前記前駆体ポリマーの数平均分子量が200,000~5,000,000であり、
分子量分布(重量平均分子量/数平均分子量)が1.05~2.0である請求項1又は2に記載の表面改質膜。
【請求項4】
膜厚400nm~10μmの膜状物である請求項1~3のいずれか一項に記載の表面改質膜。
【請求項5】
前記反応性化合物(ii)が、ポリアルキレングリコール鎖を有する化合物及びポリジメチルシロキサン鎖を有する化合物の少なくともいずれかである請求項1~のいずれか一項に記載の表面改質膜。
【請求項6】
請求項1~のいずれか一項に記載の表面改質膜の製造方法であって、
ヒドロキシアルキルメタクリレート、グリシジルメタクリレート、エポキシシクロヘキシルメチルメタクリレート、メタクリロイルオキシエチルイソシアネート、及びイソシアネート基がブロック化されたメタクリロイルオキシエチルイソシアネートからなる群より選択される少なくとも一種のメタクリレート系モノマー(i)を、その表面に重合開始基が結合した基材の存在下、常圧~1,000MPaの圧力条件で表面開始ラジカル重合又は表面開始リビングラジカル重合して、前記重合開始基から延伸した前駆体ポリマーを含む前駆体ポリマー層を形成する工程(1)と、
アミノ基、水酸基、又はカルボキシ基を有する化合物、カルボン酸無水物、及び酸ハロゲン化物からなる群より選択される少なくとも一種の反応性化合物(ii)を前記前駆体ポリマーに反応させて、表面改質ポリマーを含む表面改質膜を形成する工程(2)と、
を有する表面改質膜の製造方法。
【請求項7】
前記工程(1)において、前記メタクリレート(i)を10~500MPaの圧力条件で表面開始リビングラジカル重合する請求項に記載の表面改質膜の製造方法。
【請求項8】
基材と、前記基材の表面に設けられた請求項1~のいずれか一項に記載の表面改質膜と、を備える表面改質基材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面改質膜、表面改質膜の製造方法、及び表面改質基材に関する。
【背景技術】
【0002】
基材の改質方法として、その末端に基材と吸着又は反応しうる基を有するポリマーを基材に作用させることで、物理的又は化学的に結合したポリマー層を基材表面に形成する方法が知られている。また、基材表面に付与した重合性基を起点としてモノマーを重合させることで、基材表面からグラフトしたポリマー層を形成する方法も知られている。
【0003】
近年、1990年代に発展したリビングラジカル重合の技術を利用して基板上に高密度にグラフトされる、いわゆる「濃厚ポリマーブラシ」が研究されている。この濃厚ポリマーブラシでは、高分子鎖が1~4nm間隔の高密度で基板上にグラフトされる。このような濃厚ポリマーブラシにより基材表面を改質し、低摩擦性、タンパク質吸着抑制、サイズ排除特性、親水性、撥水性等などの特徴を付与することができる(例えば、特許文献1及び2、非特許文献1~3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2008-133434号公報
【文献】特開2010-261001号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】Adv.Polym.Sci.,2006,197,1-45
【文献】J.Am.Chem.Soc.,2005,127,15843-15847
【文献】Polym.Chem.,2012,3,148-153
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
より高密度に基材表面にポリマーをグラフトすべく、分子量の大きいモノマーを重合すると、モノマーの嵩高さの影響によって濃密にポリマーを形成することが困難になり、濃厚ポリマーブラシを形成することは容易ではなかった。また、分子量の大きいモノマーの重合反応自体も十分に進行せず、基材の表面を改質するのに必要な膜厚のポリマー層を形成することは困難であった。さらに、原子移動ラジカル重合法等のリビングラジカル重合法によって濃厚ポリマーブラシを形成しようとする場合、カルボキシ基等の酸性基を有するモノマーを重合することが困難であることから、形成しようとする表面改質膜の特性が制限されるといった課題があった。
【0007】
本発明は、このような従来技術の有する問題点に鑑みてなされたものであり、その課題とするところは、導入が容易でなかった官能基であっても容易に導入されうる、濃厚ポリマーブラシである表面改質ポリマーを含み、種々の基材の表面を容易に改質して新たな特性を付与することが可能な、十分な膜厚を有する表面改質膜を提供することにある。また、本発明の課題とするところは、上記の表面改質膜の製造方法、及び上記の表面改質膜を備える表面改質基材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、本発明によれば、以下に示す表面改質膜が提供される。
[1]メタクリレート系モノマー(i)に由来する構成単位を有する、その表面に重合開始基が結合した基材の前記重合開始基から延伸した前駆体ポリマーと、反応性化合物(ii)との反応物である表面改質ポリマーを含む、前記基材の表面に設けられる膜厚100nm~10μmの膜状物であり、前記メタクリレート系モノマー(i)が、ヒドロキシアルキルメタクリレート、グリシジルメタクリレート、エポキシシクロヘキシルメチルメタクリレート、メタクリロイルオキシエチルイソシアネート、及びイソシアネート基がブロック化されたメタクリロイルオキシエチルイソシアネート誘導体からなる群より選択される少なくとも一種であり、前記反応性化合物(ii)が、アミノ基、水酸基、又はカルボキシ基を有する化合物、カルボン酸無水物、及び酸ハロゲン化物からなる群より選択される少なくとも一種であり、前記基材の表面における前記表面改質ポリマーのグラフト密度が0.1~1本/nmである表面改質膜。
[2]前記重合開始基が、下記一般式(1)で表される基である前記[1]に記載の表面改質膜。
【0009】
(前記一般式(1)中、Rは、水素原子、アルキル基、アシル基、又はアリール基を示し、Rは、アルキル基又はアリール基を示し、Xは、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子を示し、Yは、O又はNHを示す)
【0010】
[3]前記前駆体ポリマーの数平均分子量が200,000~5,000,000であり、分子量分布(重量平均分子量/数平均分子量)が1.05~2.0である前記[1]又は[2]に記載の表面改質膜。
[4]膜厚400nm~10μmの膜状物である前記[1]~[3]のいずれかに記載の表面改質膜。
[5]前記反応性化合物(ii)の分子量が500~20,000である前記[1]~[4]のいずれかに記載の表面改質膜。
[6]前記反応性化合物(ii)が、ポリアルキレングリコール鎖を有する化合物及びポリジメチルシロキサン鎖を有する化合物の少なくともいずれかである前記[1]~[5]のいずれかに記載の表面改質膜。
【0011】
また、本発明によれば、以下に示す表面改質膜の製造方法が提供される。
[7]前記[1]~[6]のいずれかに記載の表面改質膜の製造方法であって、ヒドロキシアルキルメタクリレート、グリシジルメタクリレート、エポキシシクロヘキシルメチルメタクリレート、メタクリロイルオキシエチルイソシアネート、及びイソシアネート基がブロック化されたメタクリロイルオキシエチルイソシアネートからなる群より選択される少なくとも一種のメタクリレート系モノマー(i)を、その表面に重合開始基が結合した基材の存在下、常圧~1,000MPaの圧力条件で表面開始ラジカル重合又は表面開始リビングラジカル重合して、前記重合開始基から延伸した前駆体ポリマーを含む前駆体ポリマー層を形成する工程(1)と、アミノ基、水酸基、又はカルボキシ基を有する化合物、カルボン酸無水物、及び酸ハロゲン化物からなる群より選択される少なくとも一種の反応性化合物(ii)を前記前駆体ポリマーに反応させて、表面改質ポリマーを含む表面改質膜を形成する工程(2)と、を有する表面改質膜の製造方法。
[8]前記工程(1)において、前記メタクリレート(i)を10~500MPaの圧力条件で表面開始リビングラジカル重合する前記[7]に記載の表面改質膜の製造方法。
【0012】
さらに、本発明によれば、以下に示し表面改質基材が提供される。
[9]基材と、前記基材の表面に設けられた前記[1]~[6]のいずれかに記載の表面改質膜と、を備える表面改質基材。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、導入が容易でなかった官能基であっても容易に導入されうる、濃厚ポリマーブラシである表面改質ポリマーを含み、種々の基材の表面を容易に改質して新たな特性を付与することが可能な、十分な膜厚を有する表面改質膜を提供することができる。また、本発明によれば、上記の表面改質膜の製造方法、及び上記の表面改質膜を備える表面改質基材を提供することができる。
【0014】
本発明によれば、これまで濃密かつ十分な膜厚にすることが極めて困難であったモノマーで構成されるポリマーであっても、単分子鎖層である濃厚ポリマーブラシを基材表面に容易に形成し、これまでにない特性がその表面に付与された表面改質基材を得ることができる。具体的には、撥水性、撥油性、液媒体に合わせた高液保持性、高潤滑性、極低摩擦性、耐汚染性、抗菌性、抗ウイルス性等の特性を基材表面に付与することが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】前駆体ポリマー層(1)及びCPB-1~3の表面赤外(IR)吸収スペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
<表面改質膜及びその製造方法>
以下、本発明の実施の形態について説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではない。本発明の表面改質膜は、前駆体ポリマーと、反応性化合物(ii)との反応物である表面改質ポリマーを含む、基材の表面に設けられる膜厚100nm~10μmの膜状物である。前駆体ポリマーは、メタクリレート系モノマー(i)に由来する構成単位を有する、その表面に重合開始基が結合した基材の重合開始基から延伸したポリマーである。メタクリレート系モノマー(i)は、ヒドロキシアルキルメタクリレート、グリシジルメタクリレート、エポキシシクロヘキシルメチルメタクリレート、メタクリロイルオキシエチルイソシアネート、及びイソシアネート基がブロック化されたメタクリロイルオキシエチルイソシアネート誘導体からなる群より選択される少なくとも一種である。また、反応性化合物(ii)は、アミノ基、水酸基、又はカルボキシ基を有する化合物、カルボン酸無水物、及び酸ハロゲン化物からなる群より選択される少なくとも一種である。そして、基材の表面における表面改質ポリマーのグラフト密度は、0.1~1本/nmである。
【0017】
また、本発明の表面改質膜の製造方法は、上述の表面改質膜を製造する方法であり、前駆体ポリマー層を形成する工程(1)と、反応性化合物(ii)を前記前駆体ポリマーに反応させて、表面改質ポリマーを含む表面改質膜を形成する工程(2)と、を有する。工程(1)は、前述のメタクリレート系モノマー(i)を、その表面に重合開始基が結合した基材の存在下、常圧~1,000MPaの圧力条件で表面開始ラジカル重合又は表面開始リビングラジカル重合して、重合開始基から延伸した前駆体ポリマーを含む前駆体ポリマー層を形成する工程である。そして、工程(2)は、前述の反応性化合物(ii)を前駆体ポリマーに反応させて、表面改質ポリマーを含む表面改質膜を形成する工程である。以下、本発明の表面改質膜及びその製造方法の詳細について説明する。
【0018】
基材の表面における表面改質ポリマーのグラフト密度は、0.1~1本/nmであり、基材の表面において濃密にポリマーが生成している構造を有する。このため、このような表面改質ポリマーで実質的に構成される表面改質膜は、いわゆる濃厚ポリマーブラシとも呼ばれる。
【0019】
一般的な濃厚ポリマーブラシは、通常、表面開始ラジカル重合、好ましくは表面開始リビングラジカル重合によって形成される。リビングラジカル重合のなかでも、一般的には、開始基の導入が容易な原子移動ラジカル重合法(ATRP法)が使用される。このATRP法では、有機ハロゲン化物を開始基として用いるとともに、ポリアミンをリガンドとする銅イオンやルテニウムイオン等の金属イオンの錯体を触媒として用いる。この触媒が開始基からハロゲン原子をラジカルとして引き抜き、金属イオンの価数を変化させて金属ハロゲン化物塩の構造を安定化させる。ハロゲン原子が引き抜かれて生成した有機ハロゲン化物の残基は、有機ラジカルとなる。この有機ラジカルにモノマーが付加して重合が進行する。しかし、生成した有機ラジカルは不安定であるため、金属ハロゲン化物塩となった触媒からハロゲン原子をラジカルとして引き抜いて結合し、元の有機ハロゲン化物となって安定化する。これにより、有機ラジカルのカップリング等の停止反応が防止される。なお、ハロゲン原子が抜かれた金属イオンの触媒の価数は元に戻る。すなわち、ATRP法は酸化還元反応を利用した重合方法であり、酸化還元反応の繰り返しにより、有機ハロゲン化物を開始基としてモノマーが重合反応してポリマーが成長する。この重合反応ではラジカル濃度が低い状態であるため、1~数分子ずつモノマーが付加して成長し、分子量が比較的均一なポリマーが生成する。このようなATRP法を表面開始リビングラジカル重合に適用することで、濃厚ポリマーブラシを形成することができる。
【0020】
しかし、高分子量のモノマーを用いる場合、その嵩高さからモノマーが均一に重合しにくく、十分な膜厚の濃厚ポリマーブラシを形成することが困難になる。また、ATRP法ではポリアミンをリガンドとして用いるので、酸性のモノマーを用いようとすると金属錯体が破壊されてしまい、重合反応が進行せずポリマーが生成しない。また、モノマーや有機溶媒に合わせて、リガンドの種類、重合条件、及び配等を設定しなければならず、煩雑である。さらに、より厚い濃厚ポリマーブラシを形成しようとする場合には、400MPa程度の圧力を付加して重合する必要があるが、そのような高圧に耐えうる装置は特殊で入手が困難である。
【0021】
本発明の表面改質膜の製造方法では、まず、前述のメタクリレート系モノマー(i)を重合して濃厚ポリマーブラシである前駆体ポリマーを含む前駆体ポリマー層を形成する(工程(1))。次いで、前駆体ポリマー中の水酸基、エポキシ基、及び(ブロック化された)イソシアネート基等の反応性基に、前述の反応性化合物(ii)を反応させることで、反応性化合物に由来する種々の特性をもった濃厚ポリマーブラシである表面改質ポリマーを生成させ、表面改質膜を形成する(工程(2))。
【0022】
本発明の表面改質膜の製造方法では、特定の機能を持ったモノマーを予め用意する必要がなく、モノマーの種類に合わせて反応条件を調整する必要がない。すなわち、メタクリレート系モノマー(i)に適合する重合条件を設定するとともに、所望とする特性を示す反応性化合物(ii)を反応させるだけで、表面改質膜を製造することができる。さらに、高圧条件下でなければ十分な膜厚とすることができなかった従来の製造方法に比して、本発明の製造方法によれば、十分な膜厚の表面改質膜を容易に形成することができる。なお、前駆体ポリマー層を構成する前駆体ポリマーに反応性化合物(ii)を反応させることで、前駆体ポリマー層の膜厚をさらに増大させて、さらに厚い表面改質膜を製造することができる。
【0023】
また、本発明の製造方法によれば、高分子量の反応性化合物(ii)を前駆体ポリマーに反応させることで、製造することが従来困難であった、より高分子量の濃厚ポリマーブラシである表面改質ポリマーを形成し、表面改質膜を得ることができる。さらに、リビングラジカル重合法によっては形成することが困難であった、酸性基等の官能基を有する表面改質ポリマーを含む表面改質膜であっても容易に形成することもできる。
【0024】
前駆体ポリマーは、基材の表面に結合した重合開始基から延伸したポリマーであり、メタクリレート系モノマー(i)に由来する構成単位を有する。メタクリレート系モノマー(i)は、ヒドロキシアルキルメタクリレート、グリシジルメタクリレート、エポキシシクロヘキシルメチルメタクリレート、メタクリロイルオキシエチルイソシアネート、及びイソシアネート基がブロック化されたメタクリロイルオキシエチルイソシアネート誘導体からなる群より選択される少なくとも一種である。
【0025】
ヒドロキシアルキルメタクリレートとしては、ヒドロキシエチルメタクリレート、ヒドロキシプロピルメタクリレート、ヒドロキシブチルメタクリレート等を挙げることができる。また、イソシアネート基がブロック化されたメタクリロイルオキシエチルイソシアネート誘導体としては、2-[(3,5-ジメチルピラゾリル)カルボニルアミノ]エチルメタクリレート、2-[0-(1’-メチルプロピリデンアミノ)カルボキシアミノ]エチルメタクリラート等を挙げることができる。
【0026】
前駆体ポリマーは、メタクリレート系モノマー(i)に由来する構成単位以外の構成単位(その他の構成単位)を有してもよい。その他の構成単位は、例えば、メタクリレート系モノマー(i)以外のメタクリレート(その他のメタクリレート)を用いて形成することができる。その他のメタクリレートとしては、メチル、エチル、プロピル、ブチル、イソブチル、t-ブチル、ヘキシル、オクチル、2-エチルヘキシル、デシル、イソデシル、ドデシル、ステアリル、ベヘニル、シクロヘキシル、t-ブチルシクロヘキシル、トリメチルシクロヘキシル、トリシクロデシル、イソボルニル、アダマンチル、フェニル、ベンジル等の脂肪族アルキル、脂環族アルキル、芳香族のメタクリレート;テトラヒドロフルフリル、ジメチルアミノエチル、ジエチルアミノエチル、t-ブチルアミノエチル、トリフルオロメチル、パーフルオロオクチル、3-クロロ-2-ヒドロキシプロピル、トリメチルシリル等の酸素、窒素、フッ素、塩素、ケイ素等を有するアルコールのエステル化物であるメタクリレート;等を挙げることができる。但し、分子量が過度に大きいメタクリレート、カルボキシ基等の酸性基を有するメタクリレート、及びメタクリレート系モノマー(i)と反応しうるメタクリレートの使用は回避することが好ましい。
【0027】
前駆体ポリマーに含まれるメタクリレート系モノマー(i)に由来する構成単位の割合は、30質量%以上であることが好ましく、50質量%以上であることがさらに好ましく、75質量%以上であることが特に好ましい。
【0028】
その他の構成単位は、その他のメタクリレート以外のビニル系モノマーやアクリレート等のモノマーを用いて形成することも可能ではある。しかし、ビニル系モノマーやアクリレート等のモノマーに由来する構成単位を含む前駆体ポリマーとすると、形成される表面改質膜が軟質すぎる又は硬質すぎる、機械的特性が低下する、重合率が低下する、高分子量化の制御が困難になる等の不具合が生じやすくなることがある。このため、本発明の表面改質膜は、メタクリレート系のモノマーで実質的に構成されるポリマーによって形成されていることが好ましい。
【0029】
反応性化合物(ii)は、アミノ基、水酸基、又はカルボキシ基を有する化合物、カルボン酸無水物、及び酸ハロゲン化物からなる群より選択される少なくとも一種である。酸ハロゲン化物は、例えば、酸クロライド、酸ブロマイド、及び酸アイオダイドのいずれかである。
【0030】
メタクリレート系モノマー(i)としてヒドロキシアルキルメタクリレートを用いた場合、ヒドロキシアルキルメタクリレートに由来する構成単位中の水酸基に、カルボキシ基を有する化合物、カルボン酸無水物、又は酸ハロゲン化物を反応させることで、エステル結合を形成することができる。なかでも、カルボン酸無水物又は酸ハロゲン化物を反応させることが、カルボキシ基を有する化合物を反応させる場合に比して、カルボジイミド等のエステル化触媒が不要であるとともに、高温加熱による脱水縮合も不要となるために好ましい。
【0031】
メタクリレート系モノマー(i)として、グリシジルメタクリレートやエポキシシクロヘキシルメチルメタクリレート(エポキシ基を有するメタクリレート)を用いた場合、アミノ基を有する化合物、カルボキシ基を有する化合物、又はカルボン酸無水物を反応させることが好ましい。アミノ基を有する化合物を反応させることでエポキシ基が開環し、水酸基及びアミノ基が形成される。また、カルボキシ基を有する化合物やカルボン酸無水物を反応させることでもエポキシ基が開環し、水酸基及びエステル結合が形成される。形成されたアミノ基にハロゲン化アルキル等をさらに反応させれば、第4級アンモニウム塩基を形成することができる。また、形成されたアミノ基に酸性物質を反応させて中和塩とすることもできる。形成された水酸基やアミノ基に、イソシアネート基を有する化合物、酸無水物、及び酸ハロゲン化物を反応させることもできる。
【0032】
メタクリレート系モノマー(i)として、メタクリロイルオキシエチルイソシアネートやメタクリロイルオキシエチルイソシアネート誘導体を用いた場合、アミノ基を有する化合物、水酸基を有する化合物、又はカルボキシ基を有する化合物を反応させることが好ましい。アミノ基を有する化合物を反応させることで、尿素結合を形成することができる。水酸基を有する化合物を反応させることで、ウレタン結合を形成することができる。カルボキシ基を有する化合物を反応させた後に脱炭酸すれば、アミド結合を形成することができる。
【0033】
反応性化合物(ii)としては、ステアリルアミン、ジメチルアミノエチルアミン、ジメチルアミノプロピルアミン、アミノメチルピリジンをはじめとするアルキル、複素環モノ、ジ、ポリアミン等のアミノ基を有する化合物;イソステアリルアルコール、ベンジルアルコール等の水酸基を有する化合物;ステアリン酸、アクリル酸、メタクリル酸、安息香酸等のカルボキシ基を有する化合物;無水フタル酸、無水コハク酸、無水トリメリト酸等のカルボン酸無水物;アクリル酸クロライドやステアリルクロライド等の酸ハロゲン化物;等を挙げることができる。
【0034】
例えば、エポキシ基又はイソシアネート基を有するメタクリレート系モノマー(i)を用いて前駆体ポリマーを形成した場合、エポキシ基やイソシアネート基と反応する第1級アミノ基、及びエポキシ基やイソシアネート基と反応しない第3級アミノ基を有する反応性化合物(ii)(例えば、ジメチルアミノプロピルアミン等)を前駆体ポリマーに反応させることで、第3級アミノ基が導入された表面改質膜を形成することができる。第3級アミノ基は塩基性であることから、塩基性の表面改質膜を形成することができる。さらに、第3級アミノ基に塩化ベンジル等の4級塩化剤を反応させることで、第4級アンモニウム塩基を形成することができる。第4級アンモニウム塩基が導入された表面改質膜は、親水性及び抗菌性等の効果を発揮することが期待される。また、第3級アミノ基を酸性化合物で中和してイオン化することもできる。
【0035】
反応性化合物(ii)の分子量は、500~20,000であることが好ましく、1,000~5,000であることがさらに好ましい。本発明の製造方法によれば、このような高分子量の反応性化合物(ii)を用いることで、従来の方法では製造することが困難であった高分子量のポリマーが濃密に配置された濃厚ポリマーブラシである表面改質ポリマーを含む表面改質膜とすることができる。
【0036】
高分子量の反応性化合物(ii)としては、ポリエチレンプロピレンオキサイドモノメチルエーテルモノアミン、ポリエチレンイミン、ポリジメチルシロキサンジアミン等のアミノ基含有ポリマー;ポリエチレングリコールモノメチルエーテル、ポリプロピレングリコールモノブチルエーテル、ポリテトラメチレングリコール、ポリイプシロンカプロラクトン等の末端水酸基ポリマー;等を挙げることができる。さらに、反応性化合物(ii)は、ポリアルキレングリコール鎖を有する化合物及びポリジメチルシロキサン鎖を有する化合物の少なくともいずれかであることが好ましい。
【0037】
また、フタル酸、シクロヘキサンジカルボン酸、シクロヘキセンジカルボン酸、トリメリット酸、ピロメリット酸、テトラブタン酸等のカルボキシ基を有する化合物:これらの酸無水物を反応性化合物(ii)として用いることで、カルボキシ基が導入された表面改質ポリマーで構成された表面改質膜を形成することができる。
【0038】
前駆体ポリマー中のすべての反応性基(水酸基、エポキシ基、(ブロック化された)イソシアネート基)に反応性化合物(ii)を反応させることが最も好ましいが、反応性化合物(ii)由来の特定の性能が発揮される程度の割合で前駆体ポリマー中の反応性基が反応していればよい。前駆体ポリマーの根元(前駆体ポリマー層の最深部)まで反応性化合物(ii)が浸透せず、前駆体ポリマーの途中までしか反応性化合物(ii)が反応しない場合には、ブロック構造を有する表面改質ポリマーで構成された表面改質膜を形成することができる。また、前駆体ポリマーに2種以上の反応性化合物(ii)を反応させることで、反応性化合物(ii)に由来する2種以上のユニットが導入された、いわゆるランダム構造を有する表面改質ポリマーで構成された表面改質膜を形成することができる。
【0039】
表面改質膜は、その膜厚が100nm~10μmの膜状物であることが好ましく、200nm~8μmであることがさらに好ましく、400nm~5μmであることが特に好ましい。膜厚が100nm未満であると、表面改質膜としての性能が発揮されにくくなる場合があるとともに、膜厚が薄いので、耐久性等が不足しやすくなる。一方、10μm超の膜厚にするためには、ポリマーの分子量が非常に大きくする必要があるので、重合時間が過剰に長くなるとともに、得られるポリマーの分子量分布が広くなりすぎることがある。
【0040】
基材の表面における表面改質ポリマーのグラフト密度は、0.1~1本/nm、好ましくは0.15~0.7本/nmである。グラフト密度は、単位面積(1nm)当たりの基材の表面に生成した表面改質ポリマーの数(本)である。表面改質ポリマーは、基材の表面に結合した重合開始基を起点とし、基材に対して垂直方向に延伸して表面改質膜を形成している。表面改質ポリマーのグラフト密度を上記の範囲とすることで、高弾性、超低摩擦、サイズ排除効果等のこれまでにない特性が発揮される。なお、グラフト密度が0.1本/nm未満であると、十分な性能が発揮されない。一方、1本/nm超のグラフト密度にすることは困難である。
【0041】
表面改質ポリマーのグラフト密度(σ:本/nm)は、下記式(1)にしたがって算出することができる。表面改質膜の膜厚は、例えば、エリプソメータ、電子顕微鏡、原子間力顕微鏡等を使用し、従来公知の方法にしたがって測定することができる。表面改質ポリマーの密度は、従来公知の文献に記載された値、又はJIS K 7112:1999等に記載された方法にしたがって測定した値を採用することができる。
σ=dLNAMn ・・・(1)
d:ポリマー(表面改質ポリマー)の密度
L:ポリマー層(表面改質膜)の膜厚
NA:アボガドロ数
Mn:ポリマー(表面改質ポリマー)の数平均分子量
【0042】
表面改質ポリマーのグラフト密度は、その前駆体である前駆体ポリマーのグラフト密度と同一であると見積もることができる。前駆体ポリマーの数平均分子量(Mn)は、200,000~5,000,000であることが好ましく、400,000~3,000,000であることがさらに好ましい。また、前駆体ポリマーの分子量分布(PDI=重量平均分子量(Mw)/数平均分子量(Mn))は、1.05~2.0であることが好ましく、1.1~1.8であることがさらに好ましい。なお、本明細書における数平均分子量(Mn)及び重量平均分子量(Mw)は、いずれも、ゲルパーミエーションクロマトグラフ(GPC)により測定されるポリスチレン換算の値である。前駆体ポリマーの数平均分子量及び分子量分布を上記の範囲とすることで、よりグラフト密度の高い表面改質ポリマーで形成された、さらに高膜厚な表面改質膜とすることができる。また、分子量分布が比較的狭いことから、表面改質ポリマーの成長末端が比較的そろっており、表面改質膜の表面をある程度平坦にすることができる。
【0043】
前駆体ポリマーの数平均分子量が200,000未満であると、表面改質膜の膜厚が不足しやすくなる。一方、前駆体ポリマーの数平均分子量が5,000,000超であると、重合に時間が掛かるとともに、分子量分布が広くなりすぎる場合がある。
【0044】
PDIが1.05未満の前駆体ポリマーを得ることは実質的に困難である。一方、前駆体ポリマーのPDIが2.0超であると、分子量分布が広すぎるため、濃厚ポリマーブラシの性能が十分に発揮されなくなる場合がある。
【0045】
前駆体ポリマーのMn及びMwは、基材から前駆体ポリマーを脱離させて測定することができる。基材から前駆体ポリマーを脱離させる方法としては、フッ化水素酸や濃アルカリで処理する方法や、加水分解する方法等がある。また、重合開始基を有する化合物(いわゆるフリー開始化合物)を共存させた状態でメタクリル酸系モノマー(i)を重合して前駆体ポリマーを形成し、フリー開始化合物から延伸したポリマーのMn及びMwを、前駆体ポリマーのMn及びMwと見積もることができる。
【0046】
その表面に重合開始基が結合した基材の存在下、メタクリレート系モノマー(i)を表面開始ラジカル重合、好ましくは表面開始リビングラジカル重合することで、重合開始基から延伸した前駆体ポリマーを含む前駆体ポリマー層を形成することができる。
【0047】
重合開始基としては、例えば、有機アゾ基や有機過酸化物基を挙げることができる。但し、これらの基を重合開始基とすると、生成するラジカルの寿命が短く、重合が途中で止まりやすい。このため、膜厚が不十分になるとともに、濃厚ポリマーブラシが形成されにくくなることがある。一方、有機ハロゲン化物、有機ニトロキサイド化合物、有機チオエステル化合物、有機ジチオカーボネート化合物、及び有機テルル化合物等を用いるリビングラジカル重合開始基を利用することもできる。しかし、これらの化合物を用いて重合開始基を形成することは煩雑で困難である。
【0048】
そこで、重合開始基として、容易に入手可能な有機ハロゲン化合物を用いて形成される重合開始基を利用することが好ましい。なかでも、基材の表面に結合させる重合開始基は、下記一般式(1)で表される基であることが好ましい。
【0049】
(前記一般式(1)中、Rは、水素原子、アルキル基、アシル基、又はアリール基を示し、Rは、アルキル基又はアリール基を示し、Xは、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子を示し、Yは、O又はNHを示す)
【0050】
一般式(1)で示される重合開始基は、従来公知の方法にしたがって各種基材の表面に結合させることができる。一般式(1)で示される基としては、2-クロロプロパノイルオキシ基、2-ブロモプロパノイルオキシ基、3-アイオドプロパノイルオキシ基、2-クロロプロパノイルアミノ基、2-ブロモプロパノイルアミノ基、2-アイオドプロパノイルアミノ基、2-クロロ-2-メチルプロパノイルオキシ基、2-ブロモ-2-メチルプロパノイルオキシ基、2-アイオド-2-メチルプロパノイルオキシ基、2-クロロ-2-メチルプロパノイルアミノ基、2-ブロモ-2-メチルプロパノイルアミノ基、2-アイオド-2-メチル-プロパノイルアミノ基、2-クロロブタノイルオキシ基、2-ブロモブタノイルオキシ基、3-アイオドブタノイルオキシ基、2-クロロブタノルアミノ基、2-ブロモブタノイルアミノ基、2-アイオドブタノイルアミノ基、クロロフェニルアセチロイルオキシ基、ブロモフェニルアセチロイルオキシ基、アイオドフェニルアセチロイルオキシ基、クロロフェニルアセチロイルアミノ基、ブロモフェニルアセチロイルアミノ基、オイオドフェニルアセチロイルアミノ基、クロロメチルフェニルアセチロイルオキシ基、ブロモメチルフェニルアセチロイルオキシ基、アイオドメチルフェニルアセチロイルオキシ基、クロロメチルフェニルアセチロイルアミノ基、ブロモメチルフェニルアセチロイルアミノ基、オイオドメチルフェニルアセチロイルアミノ基、クロロジフェニルアセチロイルオキシ基、ブロモジフェニルアセチロイルオキシ基、アイオドジフェニルアセチロイルオキシ基、クロロジフェニルアセチロイルアミノ基、ブロモジフェニルアセチロイルアミノ基、アイオドジフェニルアセチロイルアミノ基、クロロアセトキシアセチロイルオキシ基、ブロモアセトキシアセチロイルオキシ基、アイオドアセトキシアセチロイルオキシ基、クロロアセトキシアセチロイルアミノ基、ブロモアセトキシアセチロイルアミノ基、アイオドアセトキシアセチロイルアミノ基等を挙げることができる。重合性及び入手容易性等の観点から、2-クロロプロパノイルオキシ基、2-クロロプロパノイルアミノ基、2-ブロモ-2-メチルプロパノイルオキシ基、2-ブロモ-2-メチルプロパノイルアミノ基が好ましい。
【0051】
リビングラジカル重合法としては、従来公知の金属錯体を用いるATRP法が好適である。金属錯体としては、周期律表第7族~第11族元素を中心金属とする金属錯体を用いることができる。具体的には、一価の銅、二価の銅、二価のルテニウム、二価の鉄、二価のニッケルを含む金属錯体を挙げることができる。なかでも、安価で入手の容易な一価の銅、二価の銅を含む金属錯体が好ましく、塩化第一銅、塩化第二銅、臭化第一銅、臭化第二銅、ヨウ化第一銅、ヨウ化第二銅がさらに好ましい。
【0052】
銅の金属錯体を重合触媒として用いる場合には、錯体を形成させるリガンドとしてポリアミンを用いる。リガンドとして用いられるポリアミンとしては、2,2-ビピリジン、ジノニルビピリジン、フェナントロリン、トリジメチルアミノエチルアミン、ペンタメチルジエチレントリアミン、トリス[2-(ジメチルアミノ)エチル]アミン、トリス(2-ピコリル)アミン、N,N,N’,N’-テトラキス(2-ピリジルメチル)エチレンジアミン等を挙げることができる。メタクリレート系モノマー(i)に対する金属錯体(重合触媒)の量は、0.001~0.1質量%とすることが好ましい。
【0053】
重合時には、触媒の失活を防ぐために還元剤を用いてもよい。還元剤としては、ジラウリン酸スズ、アスコルビン酸などを挙げることができる。また、重合の活性化を促進等すべく、アゾビスイソブチロニトリル等のアゾ系重合開始剤を添加してもよい。
【0054】
ATRP法は、バルク重合であってもよく、有機溶剤等を用いる溶液重合であってもよい。有機溶剤としては、炭化水素系溶剤、エステル系溶剤、グリコール系溶剤、エーテル系溶剤、アミド系溶剤、アルコール系溶剤、スルホキシド系溶剤、尿素系溶剤、イオン液体等を用いることができる。極性の高い溶剤を用いることで、重合速度を上げて、高膜厚化することができるために好ましい。具体的には、イオン液体を用いることが好ましく、4級アンモニウム塩、イミダゾリウム塩、ピリジニウム塩、4級ホスホニウム塩、グアジニウム塩等のイオン液体を用いることがさらに好ましい。
【0055】
重金属を用いない汎用の有機化合物の存在下でメタクリレート系モノマー(i)を重合することも好ましい。有機化合物の存在下で重合する方法としては、可逆的触媒媒介重合法(RCMP法)を挙げることができる。具体的には、ハロゲン化第4級アンモニウム塩、ハロゲン化第4級ホスホニウム塩、及びハロゲン化アルカリ金属塩からなる群より選択される少なくとも一種の塩を含有する重合系に基材を浸漬して重合することが好ましい。これにより、市販の安価な有機材料や無機塩を用いて重合することができる。また、金属を除去する必要がないため、環境に対する負荷を低減することができるとともに、工程を簡略化することもできる。
【0056】
ハロゲン化第4級アンモニウム塩としては、塩化ベンジルトリメチルアンモニウム、臭化テトラブチルアンモニウム、ヨウ化テトラブチルアンモニウム、ヨウ化テトラオクチルアンモニウム、塩化ノニルピリジニウム、塩化コリン等を挙げることができる。ハロゲン化第4級ホスホニウム塩としては、塩化テトラフェニルホスホニウム、臭化メチルトリブチルホスホニウム、ヨウ化テトラブチルホスホニウム等を挙げることができる。ハロゲン化アルカリ金属塩としては、臭化リチウム、ヨウ化カリウム、ヨウ化ナトリウム等を挙げることができる。
【0057】
塩としては、ヨウ化物塩を用いることが好ましい。ヨウ化物塩を用いることで、リビングラジカル重合が進行し、分子量分布がより狭い前駆体ポリマーを形成することができる。また、ヨウ化第4級アンモニウム塩、ヨウ化第4級ホスホニウム塩、及びヨウ化アルカリ金属塩等の、重合溶液に溶解しうる塩を用いることが好ましく、ヨウ化第4級アンモニウム塩を用いることがさらに好ましい。ヨウ化第4級アンモニウム塩としては、ヨウ化ベンジルテトラブチルアンモニウム、ヨウ化テトラブチルアンモニウム、ヨウ化テトラオクチルアンモニウム、ヨウ化デドシルトリメチルアンモニウム、ヨウ化オクタデシルトリメチルアンモニウム、ヨウ化トリオクダデシルメチルアンモニウム等を挙げることができる。
【0058】
活性度を高めるとともに、より濃厚で高分子量の前駆体ポリマーを形成する観点から、重合開始基に対する塩の量を当モル以上とすることが好ましく、10倍モル以上とすることがさらに好ましく、100倍モル以上とすることが特に好ましい。
【0059】
第4級塩やハロゲン化物塩を使用する場合の重合条件は特に限定されず、従来公知の条件とすればよい。重合温度は60℃以上とすることが好ましく、有機溶剤を重合溶媒として用いることが好ましい。有機溶剤としては、前述の有機溶剤を用いることができる。なかでも、塩を溶解する有機溶剤を用いることが好ましく、アルコール系、グリコール系、アミド系、尿素系、スルホキシド系、イオン液体等の極性が高い有機溶剤を用いることがさらに好ましい。
【0060】
その表面に重合開始基が結合した基材の存在下でメタクリレート系モノマー(i)を重合する際の圧力は、常圧~1,000MPa、好ましくは10~500MPaとする。
例えば、メタクリレート系モノマー(i)及び基材を入れた重合容器の全体に、水等の媒体を介して均一に圧力を付与しながら重合する。加圧条件下、好ましくは50MPa以上に加圧した条件下でラジカル重合することで、停止反応を抑制し、成長反応を加速させて、より高分子量の前駆体ポリマーを形成することができる。なお、1,000MPa超の圧力に耐えうる容器や装置を用意するのは困難であり、さほど実用的であるとはいえない。
【0061】
生成する前駆体ポリマーの分子量の増大に伴い、形成される前駆体ポリマー層の膜厚が厚くなる。前駆体ポリマー層の膜厚、及び前駆体に反応性化合物(ii)を反応させて形成される表面改質膜の膜厚を厚くすることで、基材表面をこれまでにない特性を示すように改質することができる。
【0062】
重合容器としては、密閉可能であるとともに、高圧に耐えうる容器を用いることが好ましい。また、容器の内部に圧力が伝達される必要があるため、プラスチック製の軟質部分や伸縮部分等の、圧力で変形する部分を有する容器を用いることが好ましい。具体的な重合容器としては、ポリエチレン製の瓶、ペットボトル、レトルトパウチ、ブリスター容器等を挙げることができる。また、重合時の温度で変形しにくい、耐熱性を有する素材で形成された重合容器を用いることが好ましい。さらに、重合用の有機溶剤等で侵されにくい、耐薬品性や耐溶剤性等の特性を有する素材で形成された重合容器を用いることが好ましい。重合容器を構成する素材としては、ポリオレフィン系樹脂、フッ素系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリアミド系樹脂、エンジニアプラスチック等を挙げることができる。また、重合時には、可能な限り、重合容器内に気体が入り込まないようにすることが好ましい。例えば、重合容器の容量の90%以上に重合溶液を仕込んだ状態で重合することが好ましい。
【0063】
<表面改質基材>
次に、本発明の表面改質基材について説明する。本発明の表面改質基材は、基材と、この基材の表面に設けられた前述の表面改質膜とを備える。表面改質基材は、前述の表面改質膜の製造方法と同様の方法で製造することができる。
【0064】
基材の種類は特に限定されず、天然物、人工物、無機部材、有機部材のいずれであっても用いることができる。基材の形状の特に限定されず、例えば、塊状物、微粒子、粉末、シート、フィルム、ペレット、板等の種々の形状の基材を用いることができる。なかでも、重合溶液に耐えうる基材を用いることが好ましい。基材としては、金属、金属酸化物、金属窒化物、金属炭化物、セラミックス、木材、ケイ素化合物、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、セルロース、ガラス等の機械部品、フィルム、繊維、シートなどを挙げることができる。
【0065】
より具体的な基材としては、シリコン基板;ガラス基板;ステンレス等の金属板;アルミナ、炭化ケイ素、窒化ホウ素等のセラミックスで形成されたセラミックス板;ITO膜;プラスチック板やプラスチックフィルム等の板状又はフィルム状の基材;ガラス繊維、炭素繊維等の繊維状基材;等を挙げることができる。また、顔料、シリカ、磁性粉等のフィラー状の基材であってもよい。本発明の表面改質基材は、例えば、医療用部材、電子材料、ディスプレイ材料、半導体材料、機械部品、摺動部材、電池材料等の様々な分野で用いられる物品として好適である。
【実施例
【0066】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、実施例、比較例中の「部」及び「%」は、特に断らない限り質量基準である。
【0067】
<表面改質基材の製造>
(実施例1)
1cm×1cmサイズのシリコン基板を複数枚用意し、イソプロピルアルコールで超音波洗浄した。チップクリーナー(バイオフォースナノサイエンス社製)を使用して洗浄後のシリコン基板にUVオゾン照射し、シリコン基板の表面に水酸基を形成させて活性化した。エタノール100部、28%アンモニア水溶液10部、及び2-ブロモ-2-メチルプロピオニルオキシプロピルトリメトキシシラン(BPM)1部を入れた容器に活性化したシリコン基板を12時間浸漬させた。容器から取り出したシリコン基板を、乾燥機を使用し、80℃で10分間乾燥させた。
【0068】
ガラス製のサンプル瓶に、第一臭化銅0.0930部、ジノニルビピリジン0.6473部、メタクリレート系モノマー(i)であるメタクリル酸グリシジル(GMA)28.43部、アニソール28.43部、及びブロモイソ酪酸エチル(フリー開始化合物、EBIB)の1.95%アニソール溶液0.01部を入れて均一化し、茶褐色の重合溶液を得た。
【0069】
重合溶液10部及び上記のシリコン基板を三方コック付きのガラス製シュレンク管に入れた。アルゴンガスを30分間吹き込んだ後、三方コックを閉めて密閉し、アンプル管とした。このアンプル管を60℃の湯浴に入れ、8時間重合した。冷却後、アンプル管内の重合溶液の一部をサンプリングし、テトラヒドロフラン(THF)を展開溶媒とするGPCによりポリマー(前駆体ポリマー(ポリGMA))のポリスチレン換算の数平均分子量(Mn)を測定するとともに、分子量分布(PDI(=Mw/Mn))を算出した。ポリマーのMnは420,000であり、PDIは1.11であった。アンプル管から取り出したシリコン基板をTHFに12時間浸漬し、虹色干渉を示す前駆体ポリマー層(1)が形成された改質基材を得た。膜厚測定器(商品名「F20-UV」、フィルメトリクス社製)を使用して測定した前駆体ポリマー層(1)の膜厚は265nmであった。前駆体ポリマーのMn、前駆体ポリマー層(1)の膜厚及び密度(=1.2)から算出した前駆体ポリマーのグラフト密度は、0.456本/nmであった。表面IRを測定したところ、ポリGMAの特徴であるエステル結合(1,730cm-1)及びグリシジル基(904cm-1)のIR吸収スペクトルを確認した。
【0070】
反応性化合物(ii)であるジメチルアミノプロピルアミン1部及びメトキシプロピレングリコール(MPG)1部をサンプル瓶に入れ、前駆体ポリマー層(1)が形成された改質基材を浸漬させて、80℃で1時間放置した。取り出した改質基材をTHFで30分間超音波洗浄した後、送風乾燥機で十分に乾燥させて、表面改質膜が形成された表面改質基材(CPB-1)を得た。表面IRを測定し、ジメチルアミノエチルプロピルアミンの特徴である1,466cm-1付近の吸収、及びエポキシ基が開環して形成された水酸基の特徴である3,300cm-1付近の吸収を確認した。形成された表面改質膜の膜厚は390nmであった。前駆体ポリマー層の膜厚が265nmであったことから、ジメチルアミノプロピルアミンを反応させたことで膜厚が増大したことがわかる。形成された表面改質膜を構成する表面改質ポリマーのグラフト密度は、前駆体ポリマーのグラフト密度と同一であるので、0.456本/nmと見積もることができる。
【0071】
(実施例2)
エタノール2部及び塩化ベンジル0.5部をガラス瓶に入れ、実施例1で得たCPB-1を浸漬させた。蓋をして80℃で1時間反応させた後、エタノールでよく洗浄し、エアーブラシで空気を吹き付けて十分乾燥させて、表面改質膜が形成された表面改質基材(CPB-2)を得た。表面IRを測定したところ1,600cm-1付近の吸収が確認され、アミノ基が塩化ベンジルで第4級塩化されたことを確認した。形成された表面改質膜の膜厚は451nmであり、アミノ基が第4級塩化されることで分子量が増大し、膜厚が増大したことがわかる。表面改質膜上に水を滴下したところ、表面に大きく広がり、接触角は10°以下であることが確認された。以上より、第4級アンモニウム塩基が導入された濃厚ポリマーブラシによって構成される、親水性の表面改質膜が形成されたことがわかる。
【0072】
(実施例3)
水5部及びビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドリチウム塩0.5部をガラス瓶に入れ、実施例2で得たCPB-2を浸漬させた。室温で1時間反応させた後、水及びメタノールで洗浄し、エアーブラシで空気を吹き付けて十分乾燥させて、表面改質膜が形成された表面改質基材(CPB-3)を得た。表面IRを測定したところ、イミド塩に由来する1,135cm-1付近及び1,185cm-1付近の吸収が確認された。形成された表面改質膜の膜厚は501nmであり、膜厚が増大ことを確認した。表面改質膜上に水を滴下したところ、表面ではじかれ、接触角が90°以上であることが確認された。ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドリチウム塩を反応させたことで、塩化物イオンがビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドイオンに置換するとともに、分子量が増大して膜厚が増大したと考えられる。また、塩交換してビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド基が導入されることで疎水性になったと考えられる。以上より、第4級アンモニウムのビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド塩基が導入された濃厚ポリマーブラシによって構成される、疎水性の表面改質膜が形成されたことがわかる。
【0073】
前駆体ポリマー層(1)及びCPB-1~3の表面赤外(IR)吸収スペクトルを図1に示す。図1に示すように、所望とする種々の官能基が導入された濃厚ポリマーブラシである表面改質ポリマーで形成された表面改質膜を製造することができる。また、官能基の変換も容易であり、様々な性質が付与された表面改質膜を形成することができる。
【0074】
実施例1~3では、親水性及び疎水性の表面改質膜を形成することができた。これにより、撥水性、撥油性、防曇性、防湿性、耐汚染性、及び耐指紋付着性などの特性が付与された表面改質膜を形成可能であることがわかる。グリシジル基を持った濃厚ポリマーブラシである前駆体ポリマーによってベースとなる前駆体ポリマー層を形成しておき、所望とする官能基を持った反応性化合物(ii)を前駆体ポリマーに反応させることで、対応するモノマーで個別に膜を形成することなく、特性が付与された表面改質膜を容易に形成することができる。
【0075】
(実施例4)
実施例1で用いたものと同様のシリコン基板(表面に重合開始基を結合させたもの)及び重合溶液を用意した。ポリエチレン製のサンプル瓶にシリコン基板を入れた後、重合溶液を充填して蓋をした。重合溶液が漏れないようにサンプル瓶にテープを巻くとともに、アルミパウチに入れて空気が入らないようにラミネートした。加圧媒体として水を入れた高圧装置(商品名「PV-400シリーズ」、シンコーポレーション社製)内にアルミパウチを入れた。60℃に加温するとともに、400MPaに加圧して4時間重合し、前駆体ポリマー層(2)が形成された改質基材を得た。生成した前駆体ポリマー(ポリGMA)のMnは1,250,000であり、PDIは1.24であり、前駆体ポリマー層(2)の膜厚は790nmであった。また、前駆体ポリマーのグラフト密度は、0.399本/nmであった。
【0076】
反応性化合物(ii)であるポリエチレングリコールプロピレングリコールモノメチルエーテルモノアミン(ポリエチレングリコール(EO)/ポリプロピレングリコール(PO)モル比=1/9、アミン価91.2mgKOH/g、分子量615、商品名「ジェファーミンM-600」、ハンツマン社製)1部及びMPG2部をガラス瓶に入れた。前駆体ポリマー層(2)が形成された改質基材を浸漬し、ガラス瓶に蓋をして80℃で1時間反応させた。取り出した改質基材をTHFで洗浄した後、乾燥させて、表面改質膜が形成された表面改質基材(CPB-4)を得た。表面IRを測定し、ポリアルキレングリコールのアルキル基に由来する2,900cm-1付近、エーテル結合に由来する1,100cm-1付近、及びエポキシ基が開環して形成された水酸基に由来する3,000cm-1付近の吸収を確認した。形成された表面改質膜の膜厚は990nmであった。
【0077】
(実施例5~8)
表1に示す条件としたこと以外は、前述の実施例4の場合と同様にして、表面改質膜が形成された表面改質基材(CPB-5~8)を得た。得られたCPB-5~8の特性を表1に示す。なお、表1中の略号の意味を以下に示す。
・M-600:商品名「ジェファーミンM-600」、ハンツマン社製、EO/POモル比=1/9、アミン価91.2mgKOH/g、分子量615
・M-1000:商品名「ジェファーミンM-1000」、ハンツマン社製、EO/POモル比=19/3、アミン価56.7mgKOH/g、分子量990
・M-2005:商品名「ジェファーミンM-2005」、ハンツマン社製、EO/POモル比=6/29、アミン価27.0mgKOH/g、分子量2,078
・M-2070:商品名「ジェファーミンM-2070」、ハンツマン社製、EO/POモル比=31/10、アミン価26.9mgKOH/g、分子量2,083
・M-3085:商品名「ジェファーミンM-3085」、ハンツマン社製、EO/POモル比=30/8、アミン価19.8mgKOH/g、分子量2,828
【0078】
【0079】
ポリアルキレングリコール鎖を導入することで、親水性や疎水性等の特性を表面改質膜に付与することができるとともに、水、アルコール、及び低極性溶媒等の種々の溶媒で膨潤させることで、潤滑性や低摩擦性等の性質を示す表面改質膜とすることができる。さらに、ポリアルキレングリコール鎖を導入することで軟質な表面改質層とすることができるので、粘着性や接着性等の性質を付与することができる。グリシジル基等の反応性の官能基を持った濃厚ポリマーブラシである前駆体ポリマーによってベースとなる前駆体ポリマー層を形成しておき、所望とする官能基を持った反応性化合物(ii)を前駆体ポリマーに反応させることで、対応するモノマーで個別に膜を形成することなく、所望とする特性が付与された表面改質膜を容易に形成することができる。
【0080】
(比較例1)
撹拌装置、滴下装置、及び冷却管を備えたセパラブルフラスコにジェファーミンM-600 61.5部及びアニソール75.7部を入れて撹拌した。GMA14.2部を25℃で1時間かけて滴下した後、80℃で2時間反応させた。IRを測定し、エポキシ基の消失及び水酸基の生成を確認した。これにより、分子量600のポリアルキレングリコール鎖が結合したマクロモノマーを得た。そして、GMAに代えて、得られたマクロモノマーを用いたこと以外は、前述の実施例4の場合と同様にして、シリコン基板(表面に重合開始基を結合させたもの)の表面に表面改質膜を形成することを試みた。しかし、反応後の基板の表面は干渉色を示しておらず、表面IRを測定したところ、ポリマーに由来の吸収を微かしか確認することができなかった。膜厚は不確かであり、10nm以下であった。また、ジェファーミンM-600以外の反応性化合物(ii)(表1中の反応性化合物(ii))を同様に用いても、高膜厚の表面改質膜を形成することはできなかった。なお、重合自体は進行しており、ポリマーが生成していたことを確認することはできた。
【0081】
用いたモノマーの分子量が大きく、モノマー自体が嵩高いため、濃厚ポリマーブラシのような密集状態のポリマーが形成されなかったと推測される。また、アミノ基を有するモノマーを用いたことから、金属触媒がうまく生成されず、リビングラジカル重合性が乏しくなり、表面開始リビングラジカル重合が進行しなかったと推測される。
【0082】
(実施例9)
2cm×5cm×1mmのシリコン基板(表面に重合開始基を結合させたもの)3枚を用意し、相互に密着しないように設計したテフロン(登録商標)製の治具に装着した。このように用意したシリコン基板を用いたこと以外は、前述の実施例4の場合と同様にして、前駆体ポリマー層(7)が形成された改質基材を得た。生成した前駆体ポリマー(ポリGMA)のMnは1,300,000であり、PDIは1.19であり、前駆体ポリマー層(7)の膜厚は760nmであった。また、前駆体ポリマーのグラフト密度は、0.448本/nmであった。
【0083】
反応性化合物(ii)であるステアリルアミン5部及びMPG45部をガラス容器に入れた。前駆体ポリマー層(7)が形成された改質基材を浸漬し、80℃で1時間反応させた。取り出した改質基材をTHF及びトルエンで洗浄した後、エアーブラシで乾燥させて、表面改質膜が形成された表面改質基材(CPB-9)を得た。表面IRを測定し、長鎖アルキル基(ステアリル基)に由来する2,920cm-1及び2,850nm-1付近の吸収を確認した。形成された表面改質膜の膜厚は1,023nmであった。表面改質膜上に水を滴下したところ、表面ではじかれ、接触角が90°以上であることが確認された。
【0084】
(実施例10及び11)
2つのガラス瓶に、(1)ポリジメチルシロキサンジアミン(分子量4,400、商品名「KF-8012」、信越化学社製)10部及びトルエン40部;(2)ポリジメチルシロキサンジアミン(分子量11,400、商品名「KF-8008」、信越化学社製)10部及びトルエン40部;をそれぞれ入れた。実施例9で得た前駆体ポリマー層(7)が形成された改質基材をそれぞれ浸漬し、80℃で4時間反応させた。取り出した改質基材をTHF及びトルエンで洗浄して、表面改質膜が形成された表面改質基材(CPB-10及び11)を得た。表面IRを測定し、ポリシロキサン特有の1,021cm-1及び1,083cm-1付近の吸収を確認した。形成された表面改質膜の膜厚は、CPB-10では990nmでありCPB-11では840nmであった。分子量が相対的に大きいポリジメチルシロキサン(分子量11,400)は、前駆体ポリマー層の内部に浸透しにくく、表面改質膜の膜厚が大きく増大しなかったと推測される。
【0085】
(実施例12)
炭化ケイ素製の基材(直径1cm、厚さ2mmの円板)を用意し、前述の実施例1と同様の手順で表面を活性化させた。エタノール100部、28%アンモニア水溶液10部、及び2-アイオド-2-メチルプロピオニルオキシヘキシルトリエトキシシシラン(IHE)1部を入れた容器に活性化した基材を12時間浸漬させた。容器から取り出した基材を送風乾燥した。
【0086】
ガラス製のサンプル瓶に、テトラブチルアンモニウムアイオダイド(TBAI)0.406部、メタクリレート系モノマー(i)である2-ヒドロキシエチルメタクリレート55.07部、3-メトキシ-N,N-ジメチルプロピオンアミド(MDMPA)55.07部、及びアイオド酪酸エチルの1.95%MDMPA溶液0.1部を入れて均一化し、褐色透明の重合溶液を得た。
【0087】
フッ素樹脂製のサンプル瓶に上記の基材を入れた後、サンプル瓶を重合溶液で充たしてシールし、アルミパウチに入れて空気が入らないようにラミネートした。
高圧装置内にアルミパウチを入れ、85℃に加温するとともに、100MPaに加圧して6時間重合し、前駆体ポリマー層(8)が形成された改質基材を得た。生成した前駆体ポリマーのMnは240,000であり、PDIは1.42であり、前駆体ポリマー層(8)の膜厚は120nmであった。また、前駆体ポリマーのグラフト密度は、0.361本/nmであった。
【0088】
3-メトキシ-N,N-ジメチルプロピオンアミド50部、反応性化合物(ii)である無水トリメリト酸5部、及びジメチルアミノピリジン0.1部をガラス容器に入れた。前駆体ポリマー層(8)が形成された改質基材を浸漬し、90℃で5時間反応させた。取り出した改質基材をTHFで洗浄した後、エアーブラシで十分に乾燥させて、表面改質膜が形成された表面改質基材(CPB-12)を得た。表面IRを測定し、酸無水物に由来する1,800cm-1付近、エステル結合に由来する1,730cm-1付近、カルボキシ基に由来する1,700cm-1付近、トリメリト酸に由来する1,230cm-1、1,114cm-1、及び1,060cm-1付近の吸収を確認した。形成された表面改質膜の膜厚は180nmであった。従来の原子移動ラジカル重合によってカルボキシ基を有する濃厚ポリマーブラシを形成しようとすると、カルボキシ基の影響によって金属触媒を形成させることができないため、反応をうまく進行させることができない。これに対して、上記のように、水酸基を導入した濃厚ポリマーブラシ(前駆体ポリマー)に酸無水物を反応させることで、カルボキシ基を有する濃厚ポリマーブラシ(表面改質ポリマー)で形成された表面改質膜を得ることができる。反応性化合物(ii)として用いる酸無水物の種類を適宜選択することで、様々な基を有する表面改質ポリマーで形成された表面改質膜を得ることができる。
【0089】
(実施例13)
0.5%水酸化ナトリウム水溶液をビーカーに入れ、実施例12で得たCPB-12を浸漬させた。25℃で1分間浸漬後に取り出し、水及びメタノールで洗浄し、エアスプレイで乾燥させて、表面改質膜が形成された表面改質基材(CPB-13)を得た。表面IRを測定したところ、カルボキシ基に由来する吸収が消失し、1,570cm-1付近にブロードな吸収が生成したことを確認した。カルボキシ基がアルカリで中和され、中和塩が形成されたことが示唆される。形成された表面改質膜の膜厚は193nmであった。表面改質膜上に水を滴下したところ、表面に広がり、接触角が10°以下であることが確認された。このように形成されたイオン性基を有する表面改質膜は、親水性であるとともに、導電性やイオン移動性等の特性を示すことが示唆される。
【0090】
(実施例14)
撹拌機、還流コンデンサー、温度計、及び窒素導入管を取り付けた反応装置にプロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート(PGMAc)100部を入れ、80℃に加温して窒素ガスを吹き込んだ。別容器に、2-(2-ブロモイソブチリルオキシ)エチルメタクリレート(BBEM)50部、メタクリロイルオキシプロピルトリエトキシシリル(MOPS)50部、及びアゾビスイソブチロニトリル(AIBN)1.5部を入れ、撹拌して均一なモノマー混合液を調製した。反応装置内にモノマー混合液の半量を添加した後、残りを2時間かけて滴下し、次いで、8時間重合してポリマー液を得た。ポリマー液の一部をサンプリングして測定した固形分は49.2%であり、ほとんどのモノマーが重合したことを確認した。ポリマー液中のポリマーのMnは23,000であり、PDIは2.51であった。得られたポリマー液にPGMAcを添加して希釈し、固形分15%である開始基ポリマー1溶液を得た。開始基ポリマー1溶液中の開始基ポリマー1は、重合開始基である2-ブロモイソブチリルオキシ基と、基材と反応しうるアルコキシシリル基とを有する、ポリマータイプの開始基含有表面処理剤である。
【0091】
3cm×3cmサイズのガラス基板を用意し、前述の実施例1と同様の手順で表面を活性化させた。次いで、調製した開始基ポリマー1溶液をガラス基板に2,000回転で30秒間スピンコートした後、90℃で90秒間、150℃で10分間焼き付けて硬化させ、塗膜を形成した。形成した塗膜の膜厚は1.00μmであった。
【0092】
そして、塗膜を形成した上記のガラス基板を用いたこと、及びGMAに代えてメタクリロイルオキシエチルイソシアネートを用いたこと以外は、前述の実施例4の場合と同様にして、ガラス基板上に前駆体ポリマー層(9)が形成された改質基材を得た。生成した前駆体ポリマーのMnは1,010,000であり、PDIは1.54であり、前駆体ポリマー層(9)の膜厚(開始基ポリマー1で形成した塗膜の膜厚を含む)は1.67μmであった。また、密度=1.2として算出した前駆体ポリマーのグラフト密度は、0.479本/nmであった。すなわち、塗膜上に形成された前駆体ポリマー層(9)の膜厚の膜厚は670nmであった。表面IRを測定し、イソシアネート基に由来する2,200cm-1付近の吸収を確認した。
【0093】
ラウリルアルコールを開始剤、及びテトラブチルチタネートを触媒としてそれぞれ用いて、イプシロンカプロラクトンを開環重合させて、水酸基価27.3mgKOH/g、換算分子量2,050であるポリイプシロンカプロラクトンを調製した。反応性化合物(ii)であるポリイプシロンカプロラクトン10部、トルエン40部、及びジラウリン酸スズ0.012部をガラス瓶に入れた。前駆体ポリマー層(9)が形成された改質基材を浸漬し、90℃で24時間反応させた。取り出した改質基材をトルエン及びメチルエチルケトンで洗浄した後、十分乾燥させて、表面改質膜が形成された表面改質基材(CPB-14)を得た。表面IRを測定し、イソシアネート基に由来する吸収の消失、及びポリイプシロンカプロラクトンに由来する1,190cm-1付近の吸収を確認したとともに、エステル結合に由来するピークが増大したことを確認した。形成された表面改質膜の膜厚は875nmであった。
【産業上の利用可能性】
【0094】
本発明の表面改質膜は、例えば、自動車、航空機、電子機器、家電、電池部材、医療用材料、ディスプレイ材料等の部品に適用する材料として有用である。

図1