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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-10
(45)【発行日】2025-01-21
(54)【発明の名称】脳血管性認知症の治療または予防剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 35/545 20150101AFI20250114BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20250114BHJP
   C12N 5/0775 20100101ALN20250114BHJP
   A61K 35/28 20150101ALN20250114BHJP
【FI】
A61K35/545
A61P25/28
C12N5/0775
A61K35/28
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2021539261
(86)(22)【出願日】2020-08-07
(86)【国際出願番号】 JP2020030330
(87)【国際公開番号】W WO2021029346
(87)【国際公開日】2021-02-18
【審査請求日】2023-08-01
(31)【優先権主張番号】P 2019147577
(32)【優先日】2019-08-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2019176464
(32)【優先日】2019-09-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】新妻 邦泰
(72)【発明者】
【氏名】冨永 悌二
【審査官】六笠 紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-111722(JP,A)
【文献】国際公開第2017/199976(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/021515(WO,A1)
【文献】Neuroscience,2019年04月,Vol.408,Page.361-377
【文献】Neuroscience Letters,2017年,Vol.637,Page.175-181
【文献】神経科学研究所医誌,2018年,Vol.4, No.1,Page.19-26
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/00-35/768
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体の間葉系組織又は培養間葉系細胞に由来する能性幹細胞を含む、脳血管性認知症を治療または予防するための細胞製剤であって、
前記多能性幹細胞が、以下の性質の全てを有する多能性幹細胞である、前記細胞製剤:
(i)SSEA-3陽性;
(ii)CD105陽性;
(iii)テロメラーゼ活性が低いか又は無い;
(iv)三胚葉のいずれかの胚葉に分化する能力を持つ;
(v)腫瘍性増殖を示さない;及び
(vi)セルフリニューアル能を持つ
【請求項2】
脳血管性認知症が脳梗塞を伴わない脳血管性認知症である、請求項1に記載の細胞製剤。
【請求項3】
脳血管性認知症が白質病変を伴う脳血管性認知症である、請求項1または2に記載の細胞製剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、再生医療のための細胞製剤に関する。より具体的には、脳血管性認知症の治療または予防に有効な多能性幹細胞を含有する細胞製剤に関する。
【背景技術】
【0002】
高齢化社会を迎え、増加する認知症をどのように抑えていくかという課題が世界的な問題となっている。認知症は患者自身のみならず、家族への精神的、肉体的、経済的負担も大きく、深刻な社会的問題である。
【0003】
認知症は、アルツハイマー型認知症と脳血管性認知症とに大別される。アルツハイマー型認知症は、老人斑、神経原線維変化、神経細胞の脱落と脳の萎縮等が生じるが、原因は未だ不明である。一方、脳血管性認知症は、脳の血管障害、脳梗塞や脳出血により、脳の神経細胞に酸素や栄養が行き届かなくなり生じる。
【0004】
日本で使用されているアルツハイマー型認知症治療薬としては、アリセプト、メマリー、レミニール、イクセロンが存在する。一方、脳血管性認知症そのものを治療する薬はなく、脳の血管障害、脳梗塞等の処置のために、脳血流改善薬、脳血管拡張薬、脳代謝賦活薬等が使用されている。
【0005】
このように、脳血管性認知症に対する根本的な治療薬がないのが現状であり、脳血管性認知症の治療や予防に有効な医薬を提供することは急務である。
【0006】
一方、近年の再生医療の研究の進展により、骨髄幹細胞移植等による脳血管性認知症の治療が探索されつつある。
例えば、特許文献1には骨髄由来間葉系幹細胞を有効成分とするシナプス形成剤が開示され、脳血管性認知症モデルに対しても効果が見られたことが記載されている。
しかしながら、現在も、安全性と有効性が確認された、脳血管性認知症を完全に治癒させる治療法は見いだされておらず、根治的治療の実現が待たれている。
【0007】
一方、出澤らの研究により、間葉系細胞画分に存在し、遺伝子導入やサイトカイン等による誘導操作なしに得られる、SSEA-3(Stage-Specific Embryonic Antigen-3)を表面抗原として発現している多能性幹細胞(Multilineage-differentiating Stress Enduringcells;Muse細胞)が間葉系細胞画分の有する多能性を担っており、組織再生を目指した疾患治療に応用できる可能性があることが分かってきた(例えば、特許文献2;非特許文献1~3)。Muse細胞は、骨髄液、脂肪組織(Ogura,F.,et al.,Stem Cells Dev.,Nov 20,2013(Epub)(published on Jan 17,2014))や皮膚の真皮結合組織等から得ることができるほか、広く組織や臓器の結合組織に存在することが知られている。
特許文献3にはMuse細胞が脳梗塞の治療に有効であることが開示されているが、脳血管性認知症に対する効果は不明であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】国際公開2017/188457号
【文献】特許第5185443号
【文献】特開2018-111722号
【非特許文献】
【0009】
【文献】Kuroda Y et al. Proc Natl Acad Sci USA 2010; 107: 8639-8643.
【文献】Wakao S et al. Proc Natl Acad Sci USA 2011; 108: 9875-9880.
【文献】Kuroda Y et al. Nat Protc 2013; 8: 1391-1415.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、脳血管性認知症の治療や予防のための細胞製剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、実験的に慢性脳低灌流状態を引き起こすことで誘導された脳血管性認知症モデルラットにヒトMuse細胞を投与することによって、神経細胞を保護し、認知機能を向上させることができることを見出し、それにより、Muse細胞が脳血管性認知症の治療や予防に使用できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は、以下の通りである。
[1]生体の間葉系組織又は培養間葉系細胞に由来するSSEA-3陽性の多能性幹細胞を含む、脳血管性認知症を治療または予防するための細胞製剤。
[2]脳血管性認知症が脳梗塞を伴わない脳血管性認知症である、[1]に記載の細胞製剤。
[3]脳血管性認知症が白質病変を伴う脳血管性認知症である、[1]または[2]に記載の細胞製剤。
[4]前記多能性幹細胞が、以下の性質の全てを有する多能性幹細胞である、上記[1]~[3]のいずれかに記載の細胞製剤:
(i)テロメラーゼ活性が低いか又は無い;
(ii)三胚葉のいずれの胚葉の細胞に分化する能力を持つ;
(iii)腫瘍性増殖を示さない;及び
(iv)セルフリニューアル能を持つ。
[5]前記多能性幹細胞が、以下の性質の全てを有する多能性幹細胞である、上記[1]~[4]のいずれかに記載の細胞製剤:
(i)SSEA-3陽性;
(ii)CD105陽性;
(iii)テロメラーゼ活性が低いか又は無い;
(iv)三胚葉のいずれかの胚葉に分化する能力を持つ;
(v)腫瘍性増殖を示さない;及び
(vi)セルフリニューアル能を持つ。
[6]生体の間葉系組織又は培養間葉系細胞に由来するSSEA-3陽性の多能性幹細胞の、脳血管性認知症を治療又は予防するための細胞製剤の製造における使用。
[7]生体の間葉系組織又は培養間葉系細胞に由来するSSEA-3陽性の多能性幹細胞を含む細胞製剤の有効量を、治療又は予防を必要とする脳血管性認知症患者に投与する工程を含む、脳血管性認知症の治療方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、脳血管性認知症の患者または脳血管性認知症が疑われる患者に対し、Muse細胞を血管等から投与、あるいは脳内に直接投与することにより、脳の障害部位を修復し、認知症の発症を予防したり、症状を改善又は回復させることができる。したがって、本発明のMuse細胞を含む細胞製剤は脳血管性認知症の治療または予防に使用できることができる。
【0014】
Muse細胞は、白質病変などを生じた脳の障害部位に効率的に遊走して生着することができ、生着した部位で錐体細胞などに自発的に分化すると考えられるので移植に先立って治療対象細胞への分化誘導が不要である。また、非腫瘍形成性であり安全性にも優れる。さらに、Muse細胞は免疫拒絶を受けないことから、ドナーから製造された他家製剤による治療も可能である。従って、上記に示す優れた性能を有するMuse細胞によって、脳血管性認知症の治療や予防に対する容易に実行可能な手段を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】施術1週間後にMuse細胞またはベヒクルを投与したときの、Muse細胞投与群およびベヒクル投与群のバーンズ迷路における到達時間を示すグラフ。**はP<0.01を示す。(なお、図1図2はtwo way ANOVA、Bonferroni post hoc testで統計処理し、その他の図はt 検定で統計処理した。)
図2】施術1週間後にMuse細胞またはベヒクルを投与したときの、Muse投与群およびベヒクル投与群のバーンズ迷路におけるDirectとSerialの割合を示すグラフ。*はP<0.05を示す。
図3】施術1週間後にMuse細胞またはベヒクルを投与したときの、Muse細胞投与群およびベヒクル投与群の海馬CA1領域のKluver-Barrera 染色結果を示す顕微鏡写真と、錐体細胞カウントおよび神経病理スコアを示すグラフ。
図4】施術1週間後にMuse細胞またはベヒクルを投与したときの、Muse細胞投与群およびベヒクル投与群の海馬CA2-3領域のKluver-Barrera 染色結果を示す顕微鏡写真と、錐体細胞カウントおよび神経病理スコアを示すグラフ。
図5】施術1週間後にMuse細胞またはベヒクルを投与したときの、Muse細胞投与群およびベヒクル投与群の海馬CA4領域のKluver-Barrera 染色結果を示す顕微鏡写真を示す顕微鏡写真と、錐体細胞カウントおよび神経病理スコアを示すグラフ。
図6】施術1週間後にMuse細胞またはベヒクルを投与したときの、Muse細胞投与群およびベヒクル投与群の海馬全体における錐体細胞カウントおよび神経病理スコアを示すグラフ。
図7】施術1週間後にMuse細胞またはベヒクルを投与したときの、Muse細胞投与群およびベヒクル投与群の海馬におけるBcl-2の発現量をウエスタンブロットにより解析した結果を示す写真とグラフ。
図8】施術6週間後にMuse細胞またはベヒクルを投与したときの、Muse細胞投与群およびベヒクル投与群のバーンズ迷路における到達時間を示すグラフ。
図9】施術6週間後にMuse細胞またはベヒクルを投与したときの、Muse投与群およびベヒクル投与群のバーンズ迷路におけるDirectとSerialの割合を示すグラフ。*はP<0.05を示す。
図10】施術6週間後にMuse細胞またはベヒクルを投与したときの、Muse細胞投与群およびベヒクル投与群の海馬CA1領域、CA2-3領域、CA4領域およびDG(歯状回)領域の神経病理スコアを示すグラフ。*、**はそれぞれP<0.05、P<0.01を示す。
図11】施術6週間後にMuse細胞またはベヒクルを投与したときの、Muse細胞投与群およびベヒクル投与群の海馬全体における神経病理スコアを示すグラフ。*はP<0.05を示す。
図12】施術6週間後にMuse細胞またはベヒクルを投与したときの、Muse細胞投与群およびベヒクル投与群の脳梁におけるミエリン密度を示すグラフ。*はP<0.05を示す。
図13】施術6週間後にMuse細胞またはベヒクルを投与したときの、Muse細胞投与群およびベヒクル投与群の海馬CA1領域、CA2-3領域、CA4領域およびDG(歯状回)領域のCD34陽性細胞数を示すグラフ。*、**はそれぞれP<0.05、P<0.01を示す。
図14】施術6週間後にMuse細胞またはベヒクルを投与したときの、Muse細胞投与群およびベヒクル投与群の海馬全体におけるCD34陽性細胞数を示すグラフ。**はP<0.01を示す。
図15】施術6週間後にMuse細胞またはベヒクルを投与したときの、Muse細胞投与群およびベヒクル投与群の海馬におけるプロアポトーシスマーカー(BidとBim)およびアンチアポトーシスマーカー(Bcl-2とBcl-xL)の発現解析結果を示すグラフ。*、***はそれぞれP<0.05、P<0.001を示す。
図16】施術1週間後にMuse細胞または非Muse細胞を投与したときの、Muse細胞投与群および非Muse細胞投与群の海馬CA1領域、CA2-3領域、CA4領域およびDG(歯状回)領域の面積当たりのGFAP輝度を示すグラフ。
図17】施術1週間後にMuse細胞またはMSCを投与したときの、Muse細胞投与群およびMSC投与群の海馬CA1領域、CA2-3領域、CA4領域およびDG(歯状回)領域の面積当たりのGFAP輝度を示すグラフ。
図18】施術1週間後にMuse細胞または非Muse細胞を投与したときの、Muse細胞投与群および非Muse細胞投与群の海馬CA1領域、CA2-3領域、CA4領域およびDG(歯状回)領域の面積当たりのIba1輝度を示すグラフ。
図19】施術1週間後にMuse細胞またはMSCを投与したときの、Muse細胞投与群およびMSC投与群の海馬CA1領域、CA2-3領域、CA4領域およびDG(歯状回)領域の面積当たりのIba1輝度を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0016】
<1>Muse細胞を含む細胞製剤
本発明は、SSEA-3陽性の多能性幹細胞(Muse細胞)を含む、脳血管性認知症を治療または予防するための細胞製剤に関する。なお、治療には症状の治癒、緩和、再発防止などが含まれる。予防には認知症の発症を防ぐことや白質病変の進行を防ぐことなどが含まれる。本発明を以下に詳細に説明する。
【0017】
1.適用疾患
本発明のSSEA-3陽性の多能性幹細胞(Muse細胞)を含む細胞製剤は、脳血管性認知症の治療または予防に使用される。
【0018】
脳血管性認知症は、1)認知症の存在、2)脳血管障害の存在、および3)両者の関連性(因果関係)によって診断される。脳血管性認知症には、多発梗塞性認知症、小血管病性認知症、戦略的部位の単一病変による認知症、低灌流性認知症、脳出血性認知症などが含まれるが、白質病変を伴う認知症であることが好ましい。また、本発明における認知症は、脳梗塞を伴わない認知症であることが好ましい。
【0019】
2.細胞製剤
(1)多能性幹細胞(Muse細胞)
本発明の細胞製剤に使用される多能性幹細胞は、出澤らが、ヒト生体内にその存在を見出し、「Muse(Multilineage-differentiating Stress Enduring)細胞」と命名した細胞である。Muse細胞は、骨髄液、脂肪組織(Ogura,F.,et al.,Stem Cells Dev.,Nov20,2013(Epub)(published on Jan 17,2014))や皮膚の真皮結合組織等から得ることができるほか、広く組織や臓器の結合組織に存在することが知られている。また、この細胞は、多能性幹細胞と間葉系幹細胞の両方の性質を有する細胞であり、例えば、細胞表面マーカーである「SSEA-3(Stage-specific embryonic antigen-3)」陽性細胞、好ましくはSSEA-3陽性かつCD105陽性の二重陽性細胞として同定される。したがって、Muse細胞又はMuse細胞を含む細胞集団は、例えば、SSEA-3単独又はSSEA-3及びCD105の発現を指標として生体組織から分離することができる。Muse細胞の分離法、同定法、及び特徴などの詳細は、国際公開第WO2011/007900号に開示されている。また、Muse細胞が様々な外的ストレスに対する耐性が高いことを利用して、蛋白質分解酵素処理や、低酸素条件、低リン酸条件、低血清濃度、低栄養条件、熱ショックへの暴露、有害物質存在下、活性酸素存在下、機械的刺激下、圧力処理下など各種外的ストレス条件下での培養によりMuse細胞を選択的に濃縮することができる。なお、本明細書においては、脳血管性認知症を治療するための細胞製剤として、SSEA-3を指標として用いて、生体の間葉系組織又は培養間葉系組織から調製された多能性幹細胞(Muse細胞)又はMuse細胞を含む細胞集団を単に「SSEA-3陽性細胞」と記載することがある。また、本明細書においては、「非Muse細胞」とは、生体の間葉系組織又は培養間葉系細胞に含まれる細胞であって、「SSEA-3陽性細胞」以外の細胞を指すことがある。
【0020】
Muse細胞又はMuse細胞を含む細胞集団は、細胞表面マーカーであるSSEA-3又はSSEA-3及びCD105を指標として生体組織(例えば、間葉系組織)から調製することができる。ここで、「生体」とは、哺乳動物の生体をいう。本発明において、生体には、受精卵や胞胚期より発生段階が前の胚は含まれないが、胎児や胞胚を含む胞胚期以降の発生段階の胚は含まれる。哺乳動物には、限定されないが、ヒト、サル等の霊長類、マウス、ラット、ウサギ、モルモット等のげっ歯類、ネコ、イヌ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、ロバ、ヤギ、フェレット等が挙げられる。本発明の細胞製剤に使用されるMuse細胞は、生体の組織から直接マーカーを持って分離される点で、胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹(iPS)細胞と明確に区別される。また、「間葉系組織」とは、骨、滑膜、脂肪、血液、骨髄、骨格筋、真皮、靭帯、腱、歯髄、臍帯、臍帯血、羊膜などの組織及び各種臓器に存在する組織をいう。例えば、Muse細胞は、骨髄や皮膚、脂肪組織、血液、歯髄、臍帯、臍帯血、羊膜などから得ることができる。例えば、生体の間葉系組織を採取し、この組織からMuse細胞を調製し、利用することが好ましい。また、上記調製手段を用いて、線維芽細胞や骨髄間葉系幹細胞などの培養間葉系細胞からMuse細胞を調製してもよい。
【0021】
また、本発明の細胞製剤に使用されるMuse細胞を含む細胞集団は、生体の間葉系組織又は培養間葉系細胞に外的ストレス刺激を与えることにより、該外的ストレスに耐性の細胞を選択的に増殖させてその存在比率を高めた細胞を回収することを含む方法によっても調製することができる。
前記外的ストレスは、プロテアーゼ処理、低酸素濃度での培養、低リン酸条件下での培養、低血清濃度での培養、低栄養条件での培養、熱ショックへの暴露下での培養、低温での培養、凍結処理、有害物質存在下での培養、活性酸素存在下での培養、機械的刺激下での培養、振とう処理下での培養、圧力処理下での培養又は物理的衝撃のいずれか又は複数の組み合わせであってもよい。
前記プロテアーゼによる処理時間は、細胞に外的ストレスを与えるために合計0.5~36時間行うことが好ましい。また、プロテアーゼ濃度は、培養容器に接着した細胞を剥がすとき、細胞塊を単一細胞にばらばらにするとき、又は組織から単一細胞を回収するときに用いられる濃度であればよい。
前記プロテアーゼは、セリンプロテアーゼ、アスパラギン酸プロテアーゼ、システインプロテアーゼ、金属プロテアーゼ、グルタミン酸プロテアーゼ又はN末端スレオニンプロテアーゼであることが好ましい。更に、前記プロテアーゼがトリプシン、コラゲナーゼ又はジスパーゼであることが好ましい。
【0022】
なお、本発明の細胞製剤においては、使用されるMuse細胞は、細胞移植を受けるレシピエントに対して自家であってもよく、又は他家であってもよい。
【0023】
上記のように、Muse細胞又はMuse細胞を含む細胞集団は、例えば、SSEA-3陽性又はSSEA-3及びCD105の二重陽性を指標にして生体組織から調製することができるが、ヒト成人皮膚には、種々のタイプの幹細胞及び前駆細胞を含むことが知られている。しかしながら、Muse細胞は、これらの細胞と同じではない。このような幹細胞及び前駆細胞には、皮膚由来前駆細胞(SKP)、神経堤幹細胞(NCSC)、メラノブラスト(MB)、血管周囲細胞(PC)、内皮前駆細胞(EP)、脂肪由来幹細胞(ADSC)が挙げられる。これらの細胞に固有のマーカーの「非発現」を指標として、Muse細胞を調製することができる。より具体的には、Muse細胞は、CD34(EP及びADSCのマーカー)、CD117(c-kit)(MBのマーカー)、CD146(PC及びADSCのマーカー)、CD271(NGFR)(NCSCのマーカー)、NG2(PCのマーカー)、vWF因子(フォンビルブランド因子)(EPのマーカー)、Sox10(NCSCのマーカー)、Snai1(SKPのマーカー)、Slug(SKPのマーカー)、Tyrp1(MBのマーカー)、及びDct(MBのマーカー)からなる群から選択される11個のマーカーのうち少なくとも1個、例えば、2個、3個、4個、5個、6個、7個、8個、9個、10個又は11個のマーカーの非発現を指標に分離することができる。例えば、限定されないが、CD117及びCD146の非発現を指標に調製することができ、さらに、CD117、CD146、NG2、CD34、vWF及びCD271の非発現を指標に調製することができ、さらに、上記の11個のマーカーの非発現を指標に調製することができる。
【0024】
また、本発明の細胞製剤に使用される上記特徴を有するMuse細胞は、以下:
(i)テロメラーゼ活性が低いか又は無い;
(ii)三胚葉のいずれの胚葉の細胞に分化する能力を持つ;
(iii)腫瘍性増殖を示さない;及び
(iv)セルフリニューアル能を持つ
からなる群から選択される少なくとも1つの性質を有してもよい。好ましくは、本発明の細胞製剤に使用されるMuse細胞は、上記性質を全て有する。
【0025】
上記(i)について、「テロメラーゼ活性が低いか又は無い」とは、例えば、TRAPEZE XL telomerase detection kit(Millipore社)を用いてテロメラーゼ活性を検出した場合に、低いか又は検出できないことをいう。テロメラーゼ活性が「低い」とは、例えば、体細胞であるヒト線維芽細胞と同程度のテロメラーゼ活性を有しているか、又はHela細胞に比べて1/5以下、好ましくは1/10以下のテロメラーゼ活性を有していることをいう。
【0026】
上記(ii)について、Muse細胞は、in vitro及びin vivoにおいて、三胚葉(内胚葉系、中胚葉系、及び外胚葉系)に分化する能力を有し、例えば、in vitroで誘導培養することにより、肝細胞(肝芽細胞又は肝細胞マーカーを発現する細胞を含む)、神経細胞、骨格筋細胞、平滑筋細胞、骨細胞、脂肪細胞等に分化し得る。また、in vivoで精巣に移植した場合にも三胚葉に分化する能力を示す場合がある。さらに、静注により生体に移植することで傷害を受けた臓器(心臓、皮膚、脊髄、肝、筋肉等)に遊走及び生着し、組織に応じた細胞に分化する能力を有する。
【0027】
上記(iii)について、Muse細胞は、増殖速度約1.3日で増殖するが、浮遊培養では1細胞から増殖し、胚様体様細胞塊を作り一定の大きさになると14日間程度で増殖が止まる、という性質を有するが、これらの胚様体様細胞塊を接着培養に移行すると、再び細胞増殖が開始され、細胞塊から増殖した細胞が約1.3日の増殖速度で広がっていく。さらに精巣に移植した場合、少なくとも半年間は癌化しないという性質を有する。
【0028】
また、上記(iv)について、Muse細胞は、セルフリニューアル(自己複製)能を有する。ここで、「セルフリニューアル」とは、1個のMuse細胞から浮遊培養で培養することにより得られる胚様体様細胞塊に含まれる細胞から3胚葉性の細胞への分化が確認できると同時に、胚様体様細胞塊の細胞を再び1細胞で浮遊培養に持っていくことにより、次の世代の胚様体様細胞塊を形成させ、そこから再び3胚葉性の分化と浮遊培養での胚様体様細胞塊が確認できることをいう。セルフリニューアルは1回又は複数回のサイクルを繰り返せばよい。
【0029】
(2)Muse細胞を含む細胞製剤の調製及び使用
本発明のMuse細胞を含む細胞製剤は、限定されないが、上記(1)で得られたMuse細胞又はMuse細胞を含む細胞集団を生理食塩水や適切な緩衝液(例えば、リン酸緩衝生理食塩水)に懸濁させることによって得られる。この場合、自家又は他家の組織から分離したMuse細胞数が少ない場合には、細胞移植前に細胞を培養して、所定の細胞数が得られるまで増殖させてもよい。なお、すでに報告されているように(国際公開第WO2011/007900号パンフレット)、Muse細胞は、腫瘍化しないため、生体組織から回収した細胞が未分化のまま含まれていても癌化の可能性が低く安全である。また、回収したMuse細胞の培養は、特に限定されないが、通常の増殖培地(例えば、10%仔牛血清を含むα-最少必須培地(α-MEM)など)において行うことができる。より詳しくは、上記国際公開第WO2011/007900号パンフレットを参照して、Muse細胞の培養及び増殖において、適宜、培地、添加物(例えば、抗生物質、血清)等を選択し、所定濃度のMuse細胞を含む溶液を調製することができる。ヒト対象に本発明のMuse細胞を含む細胞製剤を投与する場合には、ヒトの腸骨から骨髄液を採取し、例えば、骨髄液からの接着細胞として骨髄間葉系幹細胞を培養して有効な治療量のMuse細胞が得られる細胞量に達するまで増やした後、Muse細胞をSSEA-3の抗原マーカーを指標として分離し、自家又は他家のMuse細胞を細胞製剤として調製することができる。あるいは、例えば、骨髄液から得られた骨髄間葉系幹細胞を外的ストレス条件下で培養して有効な治療量に達するまでMuse細胞を増殖、濃縮した後、自家又は他家のMuse細胞を細胞製剤として調製することができる。
【0030】
また、Muse細胞の細胞製剤への使用においては、該細胞を保護するためにジメチルスルフォキシド(DMSO)や血清アルブミン等を、細菌の混入及び増殖を防ぐために抗生物質等を細胞製剤に含有させてもよい。さらに、製剤上許容される他の成分(例えば、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水など)を細胞製剤に含有させてもよい。当業者は、これら因子及び薬剤を適切な濃度で細胞製剤に添加することができる。このように、Muse細胞は、各種添加物を含む医薬組成物として使用することも可能である。
【0031】
上記で調製される細胞製剤中に含有するMuse細胞数は、脳血管性認知症の治療や予防において所望の効果が得られるように、対象の性別、年齢、体重、患部の状態、使用する細胞の状態等を考慮して、適宜、調整することができる。なお、対象とする個体はヒトなどの哺乳動物を含むがこれに限定されない。また、本発明のMuse細胞を含む細胞製剤は、所望の治療効果が得られるまで、複数回、適宜、間隔(例えば、1日に2回、1日に1回、1週間に2回、1週間に1回、2週間に1回、1ヶ月に1回、2ヶ月に1回、3ヶ月に1回、6ヶ月に1回)をおいて投与されてもよい。したがって、対象の状態にもよるが、治療上有効量としては、例えば、一個体あたり一回につき1×10細胞~1×1010細胞で1年間の間に1~10回の投与量が好ましい。一個体における投与総量としては、限定されないが、1×10細胞~1×1011細胞、好ましくは1×10細胞~1×1010細胞、さらに好ましくは1×10細胞~1×10細胞などが挙げられる。
【0032】
本発明の細胞製剤に使用されるMuse細胞は、脳の障害部位へと遊走し、生着する性質を有する。したがって、細胞製剤の投与において、細胞製剤の投与部位や投与方法は限定されず、血管内投与(静脈内、動脈内)、髄腔内投与、脳実質内などが例示される。
【0033】
本発明のMuse細胞を含む細胞製剤は、脳血管性認知症の患者の障害部位の修復及び再生を実現することができる。
【0034】
以下の実施例により、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
【実施例
【0035】
<ヒトMuse細胞の調製>
ヒトMuse細胞の分離及び同定に関する国際公開第WO2011/007900号に記載された方法に準じて、Muse細胞を得た。Muse細胞は間葉系幹細胞をストレス条件下で培養することにより拡大富化培養した。
【0036】
<ラット脳血管性認知症モデルの作製>
本実施例におけるラットを用いた実験プロトコールは、「国立大学法人東北大学動物実験等に関する規定」を遵守し、実験動物は、東北大学動物実験センターの監督下において該規定に沿って作製された。ラット脳血管性認知症モデルとして、慢性脳低灌流モデルを用いた。具体的には、SDラット(雄性8-10週齢、体重250~300g)において、Journal of Cerebral Blood Flow & Metabolism 2016, vol. 36(9) 1592-1602に記載されているようにして両側頸動脈結紮術を施すことで慢性脳低灌流状態にさせた。このモデルは脳血流が正常の30~50%程度に低下し、白質病変と海馬の神経変性に伴い認知障害を発症する。
【0037】
<Muse細胞投与>
上記の慢性脳低灌流モデルラットを2群に分け、施術1週間後(脳血管性認知症の急性期に相当)に、Muse細胞(3×10細胞/PBS)又はHBSS(ベヒクル)を各群のラットの頸静脈に注射することにより投与した。なお、ラットに対して異種となるヒトMuse細胞を移植するため、移植前に免疫抑制剤(FK506)を脳梗塞ラットに投与した。
【0038】
<バーンズ迷路を用いた認知行動評価>
Muse細胞またはベヒクル投与の3週間後にバーンズ迷路を用いた認知行動評価を行った。空間記憶の試験であるバーンズ迷路は、外周沿いに18個の円形孔が均一に配置された円板プラットフォームからなる。そのうちの1個の孔の下に黒い逃走箱が存在する。ラットを1日間迷路に慣れさせた後、4日間(Day1~Day4)にわたって、逃走箱に入るまでの到達時間および探索ストラテジーを記録した(試験は一日当たり3回行った)。
探索ストラテジーは、1)ダイレクト、2)シリアル、3)ランダムの3つに分類した。
1)ダイレクト:逃走箱に直接到達するか、逃走箱の隣の箱に到達した次に逃走箱に到達
2)シリアル:迷路の周辺部をたどりながら逃走箱に到達
3)ランダム:何回も迷路の中央と周辺を往復しながら穴を探索
【0039】
結果を図1および2に示す。到達時間(Latency)はMuse投与群がDay2において有意に短縮した。また、探索ストラテジーにおけるダイレクトとシリアルの割合についても、Muse投与群がDay2において有意に向上していた。このように、Muse細胞投与により、慢性脳低灌流状態により低下した認知機能を向上させることができることが分かった。
【0040】
<組織学的評価>
上記の行動学的試験の後、ラットの脳の海馬領域を単離して組織切片を作製し、Kluver-Barrera 染色により組織学的評価を行った。アポトーシス解析はBcl-2の発現をウエスタンブロットにより調べることで行った。なお、Muse細胞投与群ではヒトミトコンドリア染色によりヒトMuse細胞の生着を確認した。
海馬のCA1領域、CA2-3領域、CA4領域をそれぞれ染色し、下記の錐体細胞(Pyramidal cell)カウントと神経病理スコアを算出してグラフ化した。
【0041】
錐体細胞(Pyramidal cell)カウント(%)=生錐体細胞数/全錐体細胞数
【0042】
神経病理スコア
0:病変無し、1:死細胞1~10%、2:死細胞11~25%、3:死細胞26~45%、4:死細胞46%以上
【0043】
CA1領域の結果を図3に、CA2-3領域の結果を図4に、CA4領域の結果を図5に示す。また、海馬全体の結果をまとめたものを図6に示す。その結果、CA1領域においてはMuse細胞投与群とベヒクル投与群で有意な差は見られなかったものの、Muse細胞投与群は、CA2-3領域において錐体細胞カウントの有意な向上を示し、CA4領域において錐体細胞カウントの有意な向上および神経病理スコアの有意な改善を示した。海馬全体で計算した結果、Muse細胞投与群は錐体細胞カウントの有意な向上および神経病理スコアの有意な改善を示した。
この結果から、投与されたMuse細胞は脳の海馬領域に生着し、神経細胞を保護して認知機能を維持することが考えられた。
【0044】
また、ウエスタンブロットにより海馬におけるBcl-2の発現量を調べたところ、図6に示すように、Muse細胞投与群でBcl-2の発現が上昇しており、Muse細胞投与によりアポトーシスが抑制されていることが予想された。なお、Tunnel染色によっても同様の結果が見られた(データは示さず)。また、Ki67染色の結果から、Muse細胞投与により海馬における細胞増殖が増加している傾向が見られた。
【0045】
<慢性期投与評価>
上記の慢性脳低灌流モデルラットに対し、施術6週間後(脳血管性認知症の慢性期に相当)にMuse細胞(3×10細胞/PBS)又はHBSS(ベヒクル)を投与し、上記と同様に、バーンズ迷路を用いた認知行動評価(施術9週間後に開始)および組織学的評価(施術10週間後)を行った。なお、組織学的評価としては、神経病理スコアに加えて、ミエリン染色、CD34染色を行った。また、アポトーシスに関しては、プロアポトーシスマーカーであるBidとBimおよびアンチアポトーシスマーカーであるBcl-2とBcl-xLの発現をウエスタンブロットで解析した。なお、Muse細胞投与群ではヒトミトコンドリア染色によりヒトMuse細胞の生着を確認した。
【0046】
認知行動評価試験の結果を図8および図9に示す。到達時間(Latency)はMuse投与群がDay2およびDay3において短縮傾向がみられた。また、探索ストラテジーにおけるダイレクトとシリアルの割合についても、Muse投与群がDay2において有意に向上していた。このように、Muse細胞は慢性期投与においても認知機能を向上させることができることが分かった。
【0047】
神経病理スコアの解析として、CA1領域、CA2-3領域、CA4領域およびDG(歯状回)の結果を図10に示す。また、海馬全体の結果をまとめたものを図11に示す。その結果、Muse細胞投与群は、CA1領域、CA2-3領域、CA4領域において神経病理スコアの有意な改善を示した。また、海馬全体でもMuse細胞投与群は神経病理スコアの有意な改善を示した。これらの結果から、投与されたMuse細胞は脳の海馬領域に生着し、神経細胞を保護して認知機能を維持することが考えられた。
【0048】
ミエリン染色の結果を図12に示す。その結果、脳梁(corpus callosum)におけるミエリン密度がMuse細胞投与群において有意に増加していることが分かり、Muse細胞は脳の白質障害の改善効果も有することがわかった。
【0049】
CD34染色の結果を図13及び図14に示す。その結果、Muse細胞投与群は、CA1領域、CA2-3領域、CA4領域においてCD34陽性細胞の有意な増加を示した。海馬全体で計算した結果でも、Muse細胞投与群はCD34陽性細胞の有意な増加を示した。これらの結果から、投与されたMuse細胞は脳の海馬領域に生着し、血管新生を促進することで、神経細胞を保護して認知機能を維持することが考えられた。
【0050】
また、ウエスタンブロットにより海馬におけるプロアポトーシスマーカーおよびアンチアポトーシスマーカーの発現量を調べたところ、図15に示すように、Muse細胞投与群でプロアポトーシスマーカーの発現が低下し、アンチアポトーシスマーカーの発現が上昇しており、Muse細胞投与によりアポトーシスが抑制されていることが予想された。なお、Tunel染色によっても同様の結果が見られた(データは示さず)。
【0051】
<ヒトMuse細胞、非Muse細胞、MSCの調製>
ヒトMuse細胞の分離及び同定に関する国際公開第WO2011/007900号に記載された方法に準じて、Muse細胞を得た。Muse細胞のソースとしては市販の間葉系細胞(MSC、Lonza社)を用いた。また、各組織に生着したことを確認するために、移植に使用されるMuse細胞は、緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現し、細胞がこれにより標識されるように、予めレンチウィルス-GFP遺伝子をMuse細胞に導入した。GFPで標識されたMuse細胞をGFPとSSEA-3の二重の陽性細胞としてFACSにて分離し、Muse細胞群とした。また、GFP陽性MSCをFACSにて単離してMSC群とし、GFP陽性MSCからMuse細胞を分離した残りの細胞を非Muse細胞群とした。
【0052】
<Muse細胞等の投与>
上記の慢性脳低灌流モデルラットに対し、施術1週間後(脳血管性認知症の急性期に相当)に、GFP-Muse細胞(1×10細胞/個体)、GFP-非Muse細胞(1×10細胞/個体)、GFP-MSC(1×10細胞/個体)をラット左頚静脈に注射することにより投与した。
【0053】
<組織学的評価>
上記細胞投与一週間後、ラットの脳をNissle染色で測定し、脳梗塞を起こしている検体を除外した後、脳組織を固定し、組織学的評価として脳内のアストロサイトマーカーであるGFAP(Glial fibrillary acidic protein)、ミクログリア細胞のマーカーであり神経炎症の指標ともなるIba1の染色を行った。
【0054】
GFAP染色の結果を図16および図17に示す。その結果、Muse細胞投与群は非Muse細胞群に比較して、CA1領域、CA2-3領域、CA4領域、DG(歯状回)においてGFAP陽性細胞の有意な減少を示した。また、Muse細胞投与群はMSC投与群に比較して、CA1領域、CA2-3領域、CA4領域、DG(歯状回)においてGFAP陽性細胞の減少傾向を示した。
【0055】
Iba1染色の結果を図18および図19に示す。その結果、Muse細胞投与群は非Muse細胞群に比較して、CA1領域、CA4領域、DG(歯状回)においてIba1陽性細胞の有意な減少を示し、CA2-3領域において減少傾向を示した。また、Muse細胞投与群はMSC投与群に比較して、CA1領域、CA4領域、DG(歯状回)においてIba1陽性細胞の有意な減少を示し、CA2-3領域において減少傾向を示した。
【0056】
Muse細胞投与群でアストロサイトおよびミクログリア細胞マーカーの発現が、非Muse細胞投与群およびMSC投与群より低下しており、投与されたMuse細胞により脳の海馬領域の障害が修復されると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明の細胞製剤は、脳血管性認知症を発症した患者または脳血管性認知症が疑われる患者に投与することにより、白質病変などを生じた脳の障害部位を修復し、認知機能障害を改善又は回復させることができ、脳血管性認知症の治療や予防に応用することができる。
図1
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図10
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