(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-10
(45)【発行日】2025-01-21
(54)【発明の名称】変異糸状菌、及びそれを用いたタンパク質の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/15 20060101AFI20250114BHJP
C12P 21/02 20060101ALI20250114BHJP
C12N 9/42 20060101ALI20250114BHJP
C12N 15/31 20060101ALN20250114BHJP
【FI】
C12N1/15 ZNA
C12P21/02 C
C12N9/42
C12N15/31
(21)【出願番号】P 2021558354
(86)(22)【出願日】2020-11-13
(86)【国際出願番号】 JP2020042489
(87)【国際公開番号】W WO2021100631
(87)【国際公開日】2021-05-27
【審査請求日】2023-09-25
(31)【優先権主張番号】P 2019208236
(32)【優先日】2019-11-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】新井 俊陽
(72)【発明者】
【氏名】一瀬 桜子
【審査官】西 賢二
(56)【参考文献】
【文献】特表2019-528797(JP,A)
【文献】Lichilus A. et al.,Genome sequencing of the Trichoderma reesei QM9136 mutant identifies a truncation of the transcriptional regulator XYR1 as the cause for its cellulase-negative phenotype,BMC Genomics,2015年,16:326,1-20
【文献】Lichius A. et al.,Erratum to: Genome sequencing of the Trichoderma reesei QM9136 mutant identifies a truncation of the transcriptional regulator XYR1 as the cause for its cellulase-negative phenotype,BMC Genomics,2015年,16:725
【文献】Derntl C. et al.,Mutation of the Xylanase regulator 1 causes a glucose blind hydrolase expressing phenotype in industrially used Trichoderma strains,Biotechnology for Biofuels,2013年05月02日,6:62,1-11
【文献】Arinda A. et al.,Functional analysis of the transcriptional activator XlnR from Aspergillus niger,Microbiology,2004年,150,1367-1375
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P1/00-41/00
C12N1/00-7/08
C12N15/00-15/90
C12N9/00-9/99
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
変異糸状菌の製造方法であって、
親糸状菌におけるXYR1及びACE3発現を改変することを含み、
該XYR1の改変が、配列番号1又はこれと少なくとも90%配列同一なアミノ酸配列からなり、かつセルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写活性化因子として機能するポリペプチドに対する、
以下:
配列番号1の817位に相当する位置におけるThrのTyrへの置換;
配列番号1の821位に相当する位置のValのLys又はTyrへの置換;
配列番号1の824位に相当する位置のAlaのGlu、Ile、Leu、Lys、Phe、Thr、Trp又はTyrへの置換;
配列番号1の825位に相当する位置におけるGluのTyrへの置換;及び、
配列番号1の826位に相当する位置におけるAlaのVal又はTrpへの置換、
からなる群より選択される少なくとも1つのアミノ酸残基の置
換であり、
該ACE3発現の改変が、配列番号3の107~734位のアミノ酸配列
、又はこれと少なくとも90%配列同一
であって配列番号3の725~728位に相当する領域のアミノ酸残基を全て保持しているアミノ酸配列からな
り、かつセルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写活性化因子として機能するポリペプチドの発現強化であ
り、
該変異糸状菌は、セルラーゼ誘導性物質の非存在下でセルラーゼ及び/又はヘミセルラーゼを発現する、
方法。
【請求項2】
前記配列番号3の107~734位のアミノ酸配列と少なくとも90%配列同一であって配列番号3の725~728位に相当する領域のアミノ酸残基を全て保持しているアミノ酸配列からなり、かつセルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写活性化因子として機能するポリペプチドが、配列番号3の724~734位に相当する領域を保持している(ただし、該セルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写活性化因子としての機能を維持できる限り、配列番号3の729~734位に相当する領域において、1つ以上のアミノ酸残基が置換、欠失、挿入又は付加されていてもよい)、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記ポリペプチドの発現強化が、該ポリペプチドをコードする遺伝子の転写量を向上させることにより行われる、請求項
1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記変異糸状菌がセルラーゼ誘導性物質の非存在下でセルラーゼを発現する、請求項1~
3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
前記糸状菌がトリコデルマ属菌である、請求項1~
4のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
前記トリコデルマ属菌がトリコデルマ・リーセイである、請求項
5記載の方法。
【請求項7】
請求項1~
6のいずれか1項記載の方法で製造された変異糸状菌を培養することを含む、タンパク質の製造方法。
【請求項8】
前記タンパク質がセルラーゼ及び/又はヘミセルラーゼである、請求項
7記載の方法。
【請求項9】
前記培養がグルコース存在下で行われる、請求項
7又は8記載の方法。
【請求項10】
変異糸状菌であって、改変XYR1を含み、かつ親糸状菌と比べてACE3の部分ポリペプチドの発現が強化されており、
該改変XYR1は、配列番号1又はこれと少なくとも90%配列同一なアミノ酸配列に対して、
以下:
配列番号1の817位に相当する位置におけるThrのTyrへの置換;
配列番号1の821位に相当する位置のValのLys又はTyrへの置換;
配列番号1の824位に相当する位置のAlaのGlu、Ile、Leu、Lys、Phe、Thr、Trp又はTyrへの置換;
配列番号1の825位に相当する位置におけるGluのTyrへの置換;及び、
配列番号1の826位に相当する位置におけるAlaのVal又はTrpへの置換、
からなる群より選択される少なくとも1つのアミノ酸残基
の置
換がなされたアミノ酸配列からなり、かつセルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写活性化因子として機能するポリペプチドであり、
該ACE3の部分ポリペプチドが、配列番号3の107~734位のアミノ酸配列
、又はこれと少なくとも90%配列同一
であって配列番号3の725~728位に相当する領域のアミノ酸残基を全て保持しているアミノ酸配列からな
り、かつセルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写活性化因子として機能するポリペプチドであ
り、
該変異糸状菌は、セルラーゼ誘導性物質の非存在下でセルラーゼ及び/又はヘミセルラーゼを発現する、
変異糸状菌。
【請求項11】
前記配列番号3の107~734位のアミノ酸配列と少なくとも90%配列同一であって配列番号3の725~728位に相当する領域のアミノ酸残基を全て保持しているアミノ酸配列からなり、かつセルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写活性化因子として機能するポリペプチドが、配列番号3の724~734位に相当する領域を保持している(ただし、該セルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写活性化因子としての機能を維持できる限り、配列番号3の729~734位に相当する領域において、1つ以上のアミノ酸残基が置換、欠失、挿入又は付加されていてもよい)、請求項10記載の変異糸状菌。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変異糸状菌、及びそれを用いたタンパク質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
糸状菌は、多種のセルラーゼ及びヘミセルラーゼを生産することから、植物性多糖の分解菌として注目されている。なかでも、トリコデルマ(Trichoderma)は、セルラーゼとヘミセルラーゼを同時に、かつ大量に生産することが可能であることから、セルラーゼ系バイオマス分解酵素の製造のための微生物として注目されている。
【0003】
工業的な微生物培養のための炭素源は、安価かつ可溶性であることが望ましい。従来、微生物の培養における炭素源としてはグルコースが汎用されている。しかしながら、グルコース存在下では、カタボライト抑制と呼ばれる制御機構により、微生物による物質生産性の低下又は飽和が起こる。アスペルギルス(Aspergillus)属等の糸状菌のカタボライト抑制に、広域制御型転写因子CreAや、CreB、CreC、CreD等が関与していることが報告されている(特許文献1)。これらの転写因子の制御によりアスペルギルスのカタボライト抑制を調節できる可能性があるが、未だ充分な成果は得られていない。トリコデルマについても、カタボライト抑制の機構解析が進められている(特許文献2、非特許文献1)。しかし、トリコデルマのカタボライト抑制の機構には未だ不明な点が多く、抑制回避には至っていない。
【0004】
微生物による酵素などタンパク質の生産には誘導物質が必要なことがある。例えば、トリコデルマにおいては、主要なセルラーゼ遺伝子cbh1、cbh2、egl1及びegl2の発現はセルロース、セロビオースなどにより誘導され、セルラーゼ生産に誘導物質は必須である(非特許文献2)。一般的に、微結晶性セルロースであるアビセルなどがセルラーゼ生産の誘導物質に用いられる。しかしセルロース基質は、高価であり、また多くは不溶性であるため工業プロセスに負荷をかけることから、工業用途への使用はコスト的に及び設備の面で困難である。
【0005】
誘導物質としてセルロースを用いずに可溶性のラクトースを用いたセルラーゼ生産法(特許文献3)や、トリコデルマ由来のセルラーゼ(βグルコシダーゼ、エンドグルカナーゼ、セロビオハイドロラーゼを含む)とグルコースを高温で反応させることで、グルコースからソホロースとゲンチオビオースなどの誘導性のある糖を合成する手法(特許文献4)が開示されている。しかしながら、誘導性のある糖を用いたセルラーゼ生産もなお、コストやプロセス負荷の面でデメリットを抱える。
【0006】
転写制御因子の改変による、誘導物質を利用せずともセルラーゼ及びキシラナーゼの発現が可能な微生物の作出に向け、セルラーゼ発現機構の解析が進められている。トリコデルマのセルラーゼ誘導発現に関与する正の転写因子としてXYR1、ACE2、ACE3、HAP2/3/5などが報告されている(非特許文献3)。XYR1のC末端140アミノ酸を短縮することでトリコデルマのセルラーゼ生産性が失われること、XYR1のA824V変異を有するトリコデルマでキシラナーゼの脱制御が起こり、セルラーゼ生産が増加することが報告されている(非特許文献3、4)。非特許文献5には、トリコデルマ株においてXYR1のV821F変異にACE2の向上発現を組み合わせることで、グルコースやスクロースを炭素源とする培地でのタンパク質生産性が向上したことが報告されている。なお従来は、XYR1の遺伝子配列には糸状菌特異的転写因子ドメイン(fungal-specific transcription factor domain)のコード領域の上流に20アミノ酸領域分のイントロンが存在すると考えられていた(非特許文献6)ため、上記文献に開示されるXYR1のA824及びV821は、一旦それぞれA804及びV801に訂正された。しかし一方で、該20アミノ酸領域はイントロンではなくアミノ酸に翻訳されているという報告も以前からなされていた。最近では、後者の知見が正しいと考えられている(例えば、非特許文献5及び7)、その場合、上記文献に開示されるA824及びV821はXYR1の配列上の正しいアミノ酸番号を表しているとみなされる。
【0007】
非特許文献8には、ACE3とXYR1が相互作用してトリコデルマ・リーセイのセルラーゼ遺伝子発現を調節することが示唆されている。特許文献5には、トリコデルマ・リーセイにおいてtre77513(ACE3)遺伝子の発現を増加及び減少させることで、そのセルラーゼ等の生産性を増加及び低下させる方法が開示されている。特許文献6及び非特許文献9には、N側のZn(II)2Cys6型DNA結合ドメインの6個のシステインを全て保持し且つC末端のアミノ酸を欠損した改変ACE3を向上発現する糸状菌が、誘導物質非存在下でもセルラーゼ発現を向上させたことが報告されている。非特許文献9にはまた、該C末端欠損ACE3を向上発現し、さらにXYR1の野生型又はA824V変異体を共発現する糸状菌が記載されているが、ただしこの糸状菌における当該XYR1の共発現によるセルラーゼ発現に対する効果は、誘導物質存在下では僅かに観察されたものの、誘導物質非存在下では観察されていない。
【0008】
(特許文献1)特開2015-39349号公報
(特許文献2)特表平11-512930号公報
(特許文献3)特許第6169077号公報
(特許文献4)特許第5366286号公報
(特許文献5)米国特許第9512415号公報
(特許文献6)国際公開公報第2018/067599号
(非特許文献1)Appl Environ Microbiol, 1997, 63:1298-1306
(非特許文献2)Curr Genomics, 2013, 14:230-249
(非特許文献3)BMC Genomics, 2015, 16:326
(非特許文献4)Biotech Biofuels, 2013, 6:62
(非特許文献5)Biotech Biofuels, 2017, 10:30
(非特許文献6)NCBI Reference Sequence: XP_006966092.1 [www.ncbi.nlm.nih.gov/protein/XP_006966092.1]
(非特許文献7)Biotech Biofuels, 2020, 13:93
(非特許文献8)J Biol Chem, 2019, doi:10.1074/jbc.RA119.008497
(非特許文献9)Biotech Biofuels, 2020, 13:137
【発明の概要】
【0009】
本発明は、変異糸状菌の製造方法であって、
親糸状菌におけるXYR1及びACE3発現を改変することを含み、
該XYR1の改変が、配列番号1又はこれと少なくとも90%配列同一なアミノ酸配列からなり、かつセルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写活性化因子として機能するポリペプチドに対する、配列番号1の810~833位に相当する領域における少なくとも1つのアミノ酸残基の置換、欠失、挿入又は付加であり、
該ACE3発現の改変が、配列番号3の107~734位のアミノ酸配列又はこれと少なくとも90%配列同一なアミノ酸配列からなるポリペプチドの発現強化である、
方法、を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図2】変異糸状菌株の培養物のタンパク質組成分析:ゲル電気泳動像。
【
図3】変異糸状菌株における各種タンパク質の相対生産性。
【
図4】変異糸状菌株における各種タンパク質の相対生産性。
【発明の詳細な説明】
【0011】
本明細書中で引用された全ての特許文献、非特許文献、及びその他の刊行物は、その全体が本明細書中において参考として援用される。
【0012】
本明細書において、アミノ酸配列及びヌクレオチド配列の同一性はLipman-Pearson法(Science,1985,227:1435-1441)によって計算される。具体的には、遺伝情報処理ソフトウェアGenetyx-Win(Ver.5.1.1;ソフトウェア開発)のホモロジー解析(Search homology)プログラムを用いて、Unit size to compare(ktup)を2として解析を行うことにより算出される。
【0013】
本明細書において、アミノ酸配列及びヌクレオチド配列に関する「少なくとも90%の同一性」とは、90%以上、好ましくは92%以上、より好ましくは94%以上、さらに好ましくは95%以上、さらに好ましくは96%以上、さらに好ましくは98%以上、なお好ましくは99%以上の同一性をいう。
【0014】
本明細書において、別途定義されない限り、アミノ酸配列及びヌクレオチド配列におけるアミノ酸及びヌクレオチドの欠失、置換、付加又は挿入に関して使用される「1又は数個」とは、例えば1~20個、好ましくは1~16個、より好ましくは1~12個、さらに好ましくは1~8個、さらに好ましくは1~4個を意味し得る。本明細書において、アミノ酸又はヌクレオチドの「付加」には、配列の一末端及び両末端への1又は数個のアミノ酸又はヌクレオチドの付加が含まれる。また本明細書において、アミノ酸又はヌクレオチドの「挿入」には、所定の位置の5’側又は3’側へのアミノ酸又はヌクレオチドの挿入が含まれる。
【0015】
本明細書において、アミノ酸配列又はヌクレオチド配列上の「相当する位置」又は「相当する領域」は、目的配列と参照配列(例えば、配列番号1のアミノ酸配列)とを、最大の相同性を与えるように整列(アラインメント)させることにより決定することができる。アミノ酸配列またはヌクレオチド配列のアラインメントは、公知のアルゴリズムを用いて実行することができ、その手順は当業者に公知である。例えば、アラインメントは、Clustal Wマルチプルアラインメントプログラム(Thompson,J.D.et al,1994,Nucleic Acids Res.22:4673-4680)をデフォルト設定で用いることにより、行うことができる。Clustal Wは、例えば、欧州バイオインフォマティクス研究所(European Bioinformatics Institute:EBI[www.ebi.ac.uk/index.html])や、国立遺伝学研究所が運営する日本DNAデータバンク(DDBJ[www.ddbj.nig.ac.jp/searches-j.html])のウェブサイト上で利用することができる。上述のアラインメントにより参照配列の任意の位置にアラインされた目的配列の位置は、当該任意の位置に「相当する位置」とみなされる。また、相当する位置により挟まれた領域、または相当するモチーフからなる領域は、相当する領域とみなされる。
【0016】
当業者であれば、上記で得られたアミノ酸配列のアラインメントを、最適化するようにさらに微調整することができる。そのような最適アラインメントは、アミノ酸配列の類似性や挿入されるギャップの頻度等を考慮して決定するのが好ましい。ここでアミノ酸配列の類似性とは、2つのアミノ酸配列をアラインメントしたときにその両方の配列に同一又は類似のアミノ酸残基が存在する位置の数の全長アミノ酸残基数に対する割合(%)をいう。類似のアミノ酸残基とは、タンパク質を構成する20種のアミノ酸残基のうち、極性や電荷の点で互いに類似した性質を有しており、いわゆる保存的置換を生じるようなアミノ酸残基を意味する。そのような類似のアミノ酸残基からなるグループは当業者にはよく知られており、例えば、アルギニンとリシン;グルタミン酸とアスパラギン酸;セリンとトレオニン;グルタミンとアスパラギン;ロイシンとイソロイシン等がそれぞれ挙げられるが、これらに限定されない。
【0017】
本明細書において、「アミノ酸残基」とは、タンパク質を構成する20種のアミノ酸残基、アラニン(Ala又はA)、アルギニン(Arg又はR)、アスパラギン(Asn又はN)、アスパラギン酸(Asp又はD)、システイン(Cys又はC)、グルタミン(Gln又はQ)、グルタミン酸(Glu又はE)、グリシン(Gly又はG)、ヒスチジン(His又はH)、イソロイシン(Ile又はI)、ロイシン(Leu又はL)、リシン(Lys又はK)、メチオニン(Met又はM)、フェニルアラニン(Phe又はF)、プロリン(Pro又はP)、セリン(Ser又はS)、スレオニン(Thr又はT)、トリプトファン(Trp又はW)、チロシン(Tyr又はY)及びバリン(Val又はV)を意味する。
【0018】
本明細書において、プロモーター等の制御領域と遺伝子の「作動可能な連結」とは、遺伝子と制御領域とが、該遺伝子が該制御領域の制御の下で発現し得るように連結されていることをいう。遺伝子と制御領域との「作動可能な連結」の手順は当業者に周知である。
【0019】
本明細書において、遺伝子に関する「上流」及び「下流」とは、該遺伝子の転写方向の上流及び下流をいう。例えば、「プロモーターの下流に配置された遺伝子」とは、DNAセンス鎖においてプロモーターの3’側に該遺伝子が存在することを意味し、遺伝子の上流とは、DNAセンス鎖における該遺伝子の5’側の領域を意味する。
【0020】
本明細書において、細胞の機能や性状、形質に対して使用する用語「本来」とは、当該機能や性状、形質が当該細胞に元から存在していることを表すために使用される。対照的に、用語「外来」とは、当該細胞に元から存在するのではなく、外部から導入された機能や性状、形質を表すために使用される。例えば、「外来」遺伝子又はポリヌクレオチドとは、細胞に外部から導入された遺伝子又はポリヌクレオチドである。外来遺伝子又はポリヌクレオチドは、それが導入された細胞と同種の生物由来であっても、異種の生物由来(すなわち異種遺伝子又はポリヌクレオチド)であってもよい。
【0021】
本発明は、変異糸状菌及びその製造方法、ならびに当該変異糸状菌を用いたタンパク質の製造方法を提供することに関する。本発明は、糸状菌のタンパク質生産性を向上させることに関する。従来、糸状菌をグルコース存在下で培養すると、カタボライト抑制によりタンパク質生産が抑制されることがあった。特に、糸状菌におけるセルラーゼ、ヘミセルラーゼ等のセルラーゼ系バイオマス分解酵素の発現は、セルロース、ソホロース、セロオリゴ糖(セロビオース、セロトリオース、セロテトラオース、セロペンタオース、セロヘキサオース等)などのセルラーゼ誘導性物質により誘導される必要があり、一方、グルコース存在下では発現誘導が抑制される。
【0022】
本発明者らは、XYR1とACE3発現とを組み合わせて改変した変異糸状菌が、セルラーゼ、ヘミセルラーゼの生産に従来必須であった誘導物質を用いることなく、セルラーゼ、ヘミセルラーゼ等のタンパク質を高生産することを見出した。本発明では、糸状菌に対して、セルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写活性化因子であるXYR1及びACE3にそれぞれ所定の改変を加えることで、該糸状菌にセルロース等のセルラーゼ誘導性物質なしでセルラーゼ及びヘミセルラーゼを発現させる能力を与え、かつ該糸状菌がグルコース等のセルラーゼ非誘導性炭素源の存在下でセルラーゼ及びヘミセルラーゼ等のタンパク質を高発現することを可能にする。XYR1とACE3発現とを組み合わせて改変することにより、いずれか一方のみを改変した場合と比べて、セルラーゼ及びヘミセルラーゼの発現能は顕著に向上する。該XYR1とACE3発現の改変は、カタボライト抑制の緩和、あるいはセルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写促進に寄与しているものと考えられる。
【0023】
本発明により提供される糸状菌は、グルコース等のセルラーゼ非誘導性炭素源を主要な炭素源とする環境下でも効率よくタンパク質を生産することができる。また当該糸状菌は、高価なセルラーゼ誘導性物質を使用しなくとも、セルラーゼ、ヘミセルラーゼ等のタンパク質を効率的に生産することができる。本発明によれば、糸状菌を用いたタンパク質生産の効率化及びコスト低下が可能である。
【0024】
したがって、一態様において本発明は、変異糸状菌、及びその製造方法を提供する。基本的には、本発明の変異糸状菌の製造方法は、親糸状菌におけるXYR1とACE3発現とを改変することを含む。該方法において、XYR1とACE3発現とを改変する順序は、各々の改変が達成される限り、限定されない。
【0025】
本発明で用いられる親糸状菌の例としては、限定ではないが、真菌門(Eumycota)及び卵菌門(Oomycota)に属する糸状菌が挙げられる。より詳細な例としては、トリコデルマ(Trichoderma)属、アルペルギルス(Aspergillus)属、ペニシリウム(Penicillium)属、ニューロスポラ(Neurospora)属、フサリウム(Fusarium)属、クリソスポリウム(Chrysosporium)属、フミコーラ(Humicola)属、エメリセラ(Emericella)属、ハイポクレア(Hypocrea)属、アクレモニウム(Acremonium)属、クリソスポリウム(Chrysosporium)属、ミセリオフトラ(Myceliophthora)属、ピロマイセス(Piromyces)属、タラロマイセス(Talaromyces)属、サーモアスカス(Thermoascus)属、チエラビア(Thielavia)属等の糸状菌が挙げられる。このうち、トリコデルマ属の糸状菌が好ましい。
【0026】
該トリコデルマ属の糸状菌の例としては、トリコデルマ・リーセイ(Trichoderma reesei)、トリコデルマ・ロンジブラキアタム(Trichoderma longibrachiatum)、トリコデルマ・ハリジアウム(Trichoderma harzianum)、トリコデルマ・コニンギ(Trichoderma koningii)、トリコデルマ・ヴィリデ(Trichoderma viride)等が挙げられ、好ましくはトリコデルマ・リーセイ及びその変異株が挙げられる。例えば、トリコデルマ・リーセイQM9414株及びその変異株、好ましくは、トリコデルマ・リーセイPC-3-7株(ATCC66589)、トリコデルマ・リーセイPCD-10株(FERM P-8172)、トリコデルマ・リーセイJN13株、又はそれらの変異株などを、親糸状菌として好ましく用いることができる。
【0027】
XYR1(Xylanase regulator 1)は、糸状菌におけるセルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写活性化因子である。XYR1は、Zn(II)2Cys6 binuclear cluster domainを持つキシラナーゼ遺伝子発現制御の主要因子で、トリコデルマ属(XYR1)、フサリウム属(XYR1)、ニューロスポラ属(XYR1)、アルペルギルス属(XLNR)などの酵母を除く子嚢菌に広く保存されている。トリコデルマ・リーセイのXYR1は、キシラナーゼ・キシロース代謝遺伝子、セルラーゼ遺伝子の全てを統御する。トリコデルマ・リーセイのXYR1は、ncbiデータベース(www.ncbi.nlm.nih.gov/])において、NCBI Reference Sequence:XP_006966092.1として登録されている。
【0028】
従来、XYR1の遺伝子配列には、糸状菌特異的転写因子ドメイン(fungal-specific transcription factor domain)のコード領域の上流(配列番号2の1024~1083番ヌクレオチド領域)に20アミノ酸領域分のイントロンが存在すると考えられており、XYR1の全長は920アミノ酸であると考えられていた。上記のncbiデータベース(非特許文献6)でも、XP_006966092.1のXYR1は、920アミノ酸長のアミノ酸配列(配列番号51)からなり、配列番号2のヌクレオチド配列にコードされるポリペプチドとして規定されている。一方、配列番号2の該1024~1083番ヌクレオチド領域はイントロンではなくアミノ酸に翻訳されているという報告が従来からなされていた。最近では、後者がXYR1の正しい構造であると考えられている(例えば非特許文献5及び7)。その場合、XYR1は、配列番号2の該1024~1083番ヌクレオチド領域にコードされる320~339アミノ酸領域を有し、全長は940アミノ酸である。
上記の事情を考慮して、特に説明しない場合、本明細書で開示されるXYR1のアミノ酸配列は、940アミノ酸長の配列番号1で表され、XYR1のアミノ酸残基の番号(アミノ酸配列上の位置)は、配列番号1の配列における残基の番号(位置)で表される。また上記の事情を考慮して、本明細書においては、配列番号1における340位以降のアミノ酸残基は、配列番号51における[配列番号1における位置-20]位のアミノ酸残基と解釈されるべきである。例えば、配列番号1における810~833位は、配列番号51における790~813位であり、つまり、配列番号1における810位は配列番号51における790位であり、配列番号1における833位は配列番号51における813位であり、配列番号1における821位及び824位は、それぞれ配列番号51における801位及び804位であり、その他の位置についても同様である。
【0029】
したがって、本発明で改変させるXYR1(親XYR1)の例としては、配列番号1のアミノ酸配列からなるポリペプチドが挙げられる。該親XYR1の別の例としては、配列番号1のアミノ酸配列と少なくとも90%配列同一なアミノ酸配列からなり、かつセルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写活性化因子として機能するポリペプチドが挙げられる。該配列番号1と少なくとも90%配列同一なアミノ酸配列の一例としては、配列番号1のアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸残基が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列が挙げられる。
【0030】
本発明による該XYR1の改変は、親XYR1のAcidic activation domain中のα-ヘリックスと推定される領域に少なくとも1つのアミノ酸残基の変異を加えることである。より詳細には該XYR1の改変は、親XYR1である、配列番号1のアミノ酸配列又はこれと少なくとも90%配列同一なアミノ酸配列からなり、かつセルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写活性化因子として機能するポリペプチドに対する、配列番号1の771~865位に相当する領域における少なくとも1つのアミノ酸残基の変異(すなわち置換、欠失、挿入又は付加)によって行われる。好ましい実施形態において、該変異を施される少なくとも1つのアミノ酸残基は、配列番号1の810~833位に相当する領域に位置する。
【0031】
好ましい実施形態において、前述した少なくとも1つのアミノ酸残基は置換される。該置換されるアミノ酸残基は、Val、Ile、Leu、Ala、Gly、Thr、及びGluからなる群より選択される少なくとも1つであり、より好ましくは、下記(1)及び(2):(1)Val、Ile又はLeu、(2)Ala又はGly、からなる群より選択される少なくとも1つであるか、あるいは、Val、Ala、Thr、及びGluからなる群より選択される少なくとも1つであり、さらに好ましくは、Val及びAlaからなる群より選択される少なくとも1つである。好ましくは、これらのアミノ酸残基はそれぞれ、Val、Glu、Ile、Leu、Lys、Phe、Thr、Trp、又はTyrに置換される。
【0032】
該Val、Ile、Leu、Ala、Gly、Thr、及びGluの置換の好ましい例としては、以下が挙げられる:
ValのLys、Phe、Trp又はTyrへの置換;
IleのPhe、Trp又はTyrへの置換;
LeuのPhe、Trp又はTyrへの置換;
AlaのVal、Glu、Ile、Leu、Lys、Phe、Thr、Trp又はTyrへの置換;
GlyのVal、Ile、Leu、Phe、Trp又はTyrへの置換;
ThrのTyrへの置換;及び
GluのTyrへの置換。
【0033】
より好ましい実施形態において、該アミノ酸残基の置換は、以下からなる群より選択される少なくとも1つである:
配列番号1の812位に相当する位置におけるGlyのVal、Ile、Leu、Phe、Trp又はTyrへの置換;
配列番号1の814位に相当する位置におけるValのPhe、Trp又はTyrへの置換;
配列番号1の816位に相当する位置におけるAlaのVal、Ile、Leu、Phe、Trp又はTyrへの置換;
配列番号1の817位に相当する位置におけるThrのTyrへの置換;
配列番号1の820位に相当する位置におけるAlaのVal、Ile、Leu、Phe、Trp又はTyrへの置換;
配列番号1の821位に相当する位置におけるValのLys、Phe、Trp又はTyrへの置換;
配列番号1の823位に相当する位置におけるAlaのVal、Ile、Leu、Phe、Trp又はTyrへの置換;
配列番号1の824位に相当する位置におけるAlaのVal、Glu、Ile、Leu、Lys、Phe、Thr、Trp又はTyrへの置換;
配列番号1の825位に相当する位置におけるGluのTyrへの置換;
配列番号1の826位に相当する位置におけるAlaのVal、Ile、Leu、Phe、Trp又はTyrへの置換;
配列番号1の827位に相当する位置におけるIleのPhe、Trp又はTyrへの置換;
配列番号1の830位に相当する位置におけるIleのPhe、Trp又はTyrへの置換;及び、
配列番号1の831位に相当する位置におけるLeuのPhe、Trp又はTyrへの置換。
【0034】
さらに好ましい実施形態において、本発明によるXYR1の改変は、親XYR1に対する、配列番号1の817位、821位、824位、825位及び826位に相当する位置からなる群より選択される少なくとも1つの位置におけるアミノ酸残基の置換によって行われる。該817位、821位、824位、825位及び826位に相当する位置に置換されるアミノ酸残基は、それぞれ前述のとおりである。
【0035】
別のさらに好ましい実施形態において、本発明によるXYR1の改変は、親XYR1に対する、配列番号1の821位及び824位に相当する位置からなる群より選択される少なくとも1つの位置におけるアミノ酸残基の置換によって行われる。該821位に相当する位置に置換されるアミノ酸残基は、好ましくはLys、Phe、Trp又はTyrであり、より好ましくはPheであり、さらに好ましくはLys又はTyrである。該824位に相当する位置に置換されるアミノ酸残基は、好ましくはVal、Glu、Ile、Leu、Lys、Phe、Thr、Trp又はTyrであり、より好ましくはValであり、さらに好ましくはGlu、Ile、Leu、Lys、Phe、Thr、Trp又はTyrである。
【0036】
別のさらに好ましい実施形態において、本発明によるXYR1の改変は、親XYR1に対する、配列番号1の817位、825位及び826位に相当する位置からなる群より選択される少なくとも1つの位置におけるアミノ酸残基の置換によって行われる。該817位に相当する位置に置換されるアミノ酸残基は、好ましくはTyrである。該825位に相当する位置に置換されるアミノ酸残基は、好ましくはTyrである。該826位に相当する位置に置換されるアミノ酸残基は、好ましくはVal、Ile、Leu、Phe、Trp又はTyrであり、より好ましくはVal又はTrpである。
【0037】
一例において、親XYR1における、配列番号1の817位、821位、824位、825位、及び826位に相当する位置のアミノ酸残基は、それぞれ前述した置換後のアミノ酸残基ではない。好ましくは、親XYR1における配列番号1の817位、821位、824位、825位、及び826位に相当する位置のアミノ酸残基は、それぞれ、配列番号1の817位、821位、824位、825位、及び826位のアミノ酸残基と同じである。
【0038】
別の一例において、親XYR1における、配列番号1の812位、814位、816位、817位、820位、821位、823位、824位、825位、826位、827位、830位、及び831位に相当する位置のアミノ酸残基は、それぞれ前述した置換後のアミノ酸残基ではない。好ましくは、親XYR1における配列番号1の812位、814位、816位、817位、820位、821位、823位、824位、825位、826位、827位、830位、及び831位に相当する位置のアミノ酸残基は、それぞれ、配列番号1の812位、814位、816位、817位、820位、821位、823位、824位、825位、826位、827位、830位、及び831位のアミノ酸残基と同じである。
別の一例において、親XYR1における配列番号1の810~833位に相当する領域のアミノ酸配列は、配列番号1の810~833位と同じである。
【0039】
親糸状菌のポリペプチドのアミノ酸残基を変異(置換、欠失、挿入又は付加)する手段としては、当技術分野で公知の各種変異導入技術を使用することができる。例えば、親糸状菌のゲノムにおいて、変異すべきアミノ酸配列(親XYR1)をコードするポリヌクレオチド(以下、親遺伝子ともいう)を、変異したアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド(以下、変異遺伝子ともいう)に変更し、該変異遺伝子から目的の変異を有するポリペプチド(改変XYR1)を発現させることができる。
【0040】
親遺伝子への目的の変異を導入する方法としては、例えば、相同組換えを利用した方法を挙げることができる。例えば、親糸状菌のゲノムにおける親遺伝子を、相同組換えによって、変異遺伝子と置き換えることができる。相同組換えの具体的な方法の例では、まず、変異遺伝子、及び必要に応じて薬剤耐性遺伝子又は栄養要求遺伝子を含む相同組換え用DNAコンストラクトを構築し、これを常法により親糸状菌に導入する。次いで、薬剤耐性又は栄養要求性などを指標にして、ゲノム上に該相同組換え用コンストラクトが組込まれた形質転換株を選択する。必要に応じて、ゲノム解析や酵素活性解析により、得られた形質転換株が目的の変異を有することを確認してもよい。
【0041】
相同組換え用DNAコンストラクトは、単離した親遺伝子に部位特異的変異を導入することで構築することができる。部位特異的変異導入は、例えば、インバースPCR法、アニーリング法、SOE(splicing by overlap extension)-PCR(Gene,1989,77(1):p61-68)などの当該分野における常法により行うことができる。市販の部位特異的変異導入用キット(例えば、Stratagene社のQuickChange II Site-Directed Mutagenesis Kitや、QuickChange Multi Site-Directed Mutagenesis Kit等)を使用することもできる。
【0042】
DNAコンストラクトの親糸状菌への導入には、プラスミド等の形質転換に一般的に使用されるベクターを用いることができる。細胞へのDNAコンストラクトやベクターの導入は、例えばプロトプラスト法、プロトプラストPEG法、コンピテントセル法などの通常の手法を用いることができる。
【0043】
親遺伝子は、親糸状菌と同種の糸状菌株等から常法により単離することができる。あるいは、親遺伝子のヌクレオチド配列に基づいて化学合成してもよい。必要に応じて、親遺伝子は、それを導入する宿主(親糸状菌)にあわせてコドン至適化されてもよい。各種生物が使用するコドンの情報は、Codon Usage Database([www.kazusa.or.jp/codon/])から入手可能である。
【0044】
該親遺伝子は、前述した親XYR1、すなわち配列番号1のアミノ酸配列又はこれと少なくとも90%配列同一なアミノ酸配列からなりかつセルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写活性化因子として機能するポリペプチドをコードする、ポリヌクレオチドであればよい。そのようなポリヌクレオチドの例としては、配列番号2のヌクレオチド配列、又はこれと少なくとも90%配列同一なヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドが挙げられる。
【0045】
親遺伝子への部位特異的変異導入は、最も一般的には、導入すべきヌクレオチド変異を含む変異用プライマーを用いて行うことができる。該変異用プライマーは、親遺伝子における変異すべきアミノ酸残基をコードする配列を含む領域にアニーリングし、かつその変異すべきアミノ酸残基をコードする配列(コドン)に代えて変異後のアミノ酸残基をコードする配列(コドン)を含むように設計すればよい。変異前及び変異後のアミノ酸残基をコードする配列(コドン)は、当業者であれば通常の教科書等に基づいて適宜認識し選択することができる。あるいは、部位特異的変異導入は、2組のプライマーを用いてそれぞれ増幅した、導入すべきヌクレオチド変異を含む目的領域の上流側及び下流側のDNA断片を、SOE-PCRにより1つに連結することで行うことができる。変異用プライマーは、ホスホロアミダイト法(Nucleic Acids R4esearch,1989,17:7059-7071)等の周知のオリゴヌクレオチド合成法により作製することができる。
【0046】
あるいは、親糸状菌を突然変異処理に付し、次いでゲノム解析や酵素活性解析により、目的の変異を有する菌株を選択することができる。突然変異処理としては、具体的には、N-メチル-N’-ニトロ-N-ニトロソグアニジン(NTG)、エチルニトロソウレア、紫外線や放射線の照射などが挙げられる。また、種々のアルキル化剤や発癌物質も変異原として用いることができる。
【0047】
本発明によるACE3発現の改変とは、ACE3又はその部分ポリペプチドの発現を強化することである。ACE3は、糸状菌におけるセルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写活性化因子である。ACE3は、ラクトース誘導時のセルラーゼ遺伝子、及び一部のキシラナーゼ遺伝子の転写に必須である。またACE3は、xyr1の転写制御にも部分的に関与する。トリコデルマ・リーセイのACE3は、ncbiデータベース(www.ncbi.nlm.nih.gov/])において、NCBI Reference Sequence:QEM24913.1として登録されており、ここでACE3は、配列番号3のアミノ酸配列からなり、配列番号4のヌクレオチド配列にコードされるポリペプチドとして規定されている。非特許文献6によれば、配列番号3のアミノ酸配列のうち、523~734位はXYR1と相互作用すると推定されている領域であり、391~522位は糸状菌特異的転写因子ドメインと推定されている領域であり、120~160位はZn(II)2Cys6型DNA結合ドメインと推定されている領域である。
【0048】
したがって、本発明で発現強化されるACE3又はその部分ポリペプチドの例としては、配列番号3のアミノ酸配列からなるポリペプチド、又はその部分ポリペプチドが挙げられる。ACE3又はその部分ポリペプチドの別の例としては、配列番号3のアミノ酸配列と少なくとも90%配列同一なアミノ酸配列からなり、かつセルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写活性化因子として機能するポリペプチド、又はその部分ポリペプチドが挙げられる。該配列番号3と少なくとも90%配列同一なアミノ酸配列の一例としては、配列番号3のアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列が挙げられる。
【0049】
本発明においては、該ACE3の全長ポリペプチドの発現を強化してもよいが、その部分ポリペプチド、好ましくは、配列番号3の107~734位に相当する領域を少なくとも含むポリペプチドの発現を強化すればよい。したがって、本発明で発現強化される該ACE3の例としては、配列番号3の1~734位のアミノ酸配列又はこれと少なくとも90%配列同一なアミノ酸配列からなるポリペプチドが挙げられ、ACE3の部分ポリペプチドの例としては、配列番号3の107~734位のアミノ酸配列又はこれと少なくとも90%配列同一なアミノ酸配列からなるポリペプチドが挙げられる。
【0050】
好ましくは、本発明で発現強化されるACE3又はその部分ポリペプチドは、野生型ACE3のC末端から7~10個目のアミノ酸残基(配列番号3の725~728位に相当する領域のアミノ酸残基)を全て保持している。より好ましくは、本発明で発現強化されるACE3又はその部分ポリペプチドは、野生型ACE3のC末端から7~17個目のアミノ酸残基(配列番号3の718~728位に相当する領域のアミノ酸残基)を全て保持している。あるいは、好ましくは本発明で発現強化されるACE3又はその部分ポリペプチドは、野生型ACE3のC末端の11アミノ酸(配列番号3の724~734位)に相当する領域を保持している。ただし、セルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写活性化因子としての機能を維持できる限り、該ACE3又はその部分ポリペプチドにおける配列番号3の724~734位に相当する領域における一部のアミノ酸残基の変異(例えば、配列番号3の729~734位における1つ以上の残基の置換、欠失、挿入又は付加)は許容される。
【0051】
好ましくは、本発明におけるACE3又はその部分ポリペプチドの発現強化とは、該ACE3又はその部分ポリペプチドの発現量が向上することをいう。目的ポリペプチドの発現量を増加させる手段としては、該ポリペプチドをコードする遺伝子(以下、目的遺伝子ともいう)の転写量を向上させる手段が挙げられる。目的遺伝子の転写量を向上させる手段としては、例えば、親糸状菌のゲノム上の目的遺伝子の制御領域に、該遺伝子の転写を強く促進する制御領域(強制御領域)を置換又は挿入して、該強制御領域を目的遺伝子と作動可能に連結させることが挙げられる。あるいは、必要に応じて制御領域(好ましくは強制御領域)と作動可能に連結された、該目的遺伝子断片を、親糸状菌のゲノムもしくはプラスミド中に導入して細胞内で発現可能な目的遺伝子の数を増加させることで、目的遺伝子の転写量を向上させることができる。
【0052】
該転写量の向上のために用いることができる制御領域の例としては、高グルコース条件下においても転写量が低下しない遺伝子、例えばトリコデルマ属糸状菌については、glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase(gpd)、pyruvate decarboxylase(pdc)、enolase(eno)、alcohol dehydrogenase(adh)、triose phosphate isomerase(tpi)、aldolase(fba)、pyruvate kinase(pyk)、citrate synthase(cit)、α-ketoglutarate dehydrogenase(kdh)、aldehyde dehydrogenase I(ald1)、aldehyde dehydrogenase II(ald2)、pyruvate dehydrogenase(pda)、glucokinase(glk)、actin(act1)、translation elongation factor 1α(tef1)、などの遺伝子の制御領域が挙げられる。このうち、好ましい高制御領域の例としては、pdc(TRIREDRAFT_121534)、act1(TRIREDRAFT_44504)などの制御領域が挙げられる。
【0053】
目的遺伝子は、親糸状菌と同種の糸状菌株等から常法により単離することができる。あるいは、親糸状菌の遺伝子のヌクレオチド配列に基づいて化学合成してもよい。該目的遺伝子の好ましい例としては、配列番号4のヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチド、配列番号4と少なくとも90%配列同一なヌクレオチド配列からなり、かつセルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写活性化因子として機能するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド、又はそれらの部分ポリヌクレオチドが挙げられる。配列番号4と少なくとも90%配列同一なヌクレオチド配列の一例としては、配列番号4の配列において1又は数個のヌクレオチドが欠失、置換、付加又は挿入されたヌクレオチド配列が挙げられる。該部分ポリヌクレオチドの好ましい例としては、上述したACE3の部分ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドが挙げられる。
【0054】
本発明の変異株におけるACE3又はその部分ポリペプチドの発現量は、親糸状菌と比較して向上している。あるいは、本発明の変異株におけるACE3又はその部分ポリペプチドをコードする遺伝子の転写量は、親糸状菌と比較して向上している。遺伝子又はポリペプチドの発現量は、定量PCR、マイクロアレイ、ウェスタンブロッティング、ELISA、HPLC等の公知の手段により定量することができる。
【0055】
以上の手順で製造された本発明の変異糸状菌は、上述したXYR1の改変によって得られた改変XYR1を含み、かつ上述のように、親糸状菌と比べてACE3又はその部分ポリペプチドの発現が強化されている。
【0056】
本発明の変異糸状菌において発現強化されている該ACE3又はその部分ポリペプチドの例は、前述したとおりである。好ましくは、本発明の変異糸状菌は、制御領域(好ましくは強制御領域)と作動可能に連結されたACE3の部分ポリペプチド(好ましくは配列番号3の107~734位のアミノ酸配列又はこれと少なくとも90%配列同一なアミノ酸配列からなるポリペプチド)をコードする遺伝子を導入されており、それによって、該ACE3の部分ポリペプチドの発現が強化されている。
【0057】
好ましくは、本発明の変異糸状菌に含まれる該改変XYR1は、配列番号1又はこれと少なくとも90%配列同一なアミノ酸配列に対して、配列番号1の771~865位に相当する領域、好ましくは810~833位に相当する領域における少なくとも1つのアミノ酸残基が置換、欠失、挿入又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつセルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写活性化因子として機能するポリペプチドである。
【0058】
より好ましくは、本発明の変異糸状菌に含まれる該改変XYR1は、配列番号1又はこれと少なくとも90%配列同一なアミノ酸配列に対して、配列番号1の771~865位に相当する領域、好ましくは810~833位に相当する領域における、以下からなる群より選択される少なくとも1つのアミノ酸残基の置換:
ValのLys、Phe、Trp又はTyrへの置換;
IleのPhe、Trp又はTyrへの置換;
LeuのPhe、Trp又はTyrへの置換;
AlaのGlu、Ile、Leu、Lys、Phe、Thr、Trp又はTyrへの置換;
GlyのVal、Ile、Leu、Phe、Trp又はTyrへの置換;
ThrのTyrへの置換;及び
GluのTyrへの置換、
がなされたアミノ酸配列からなり、かつセルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写活性化因子として機能するポリペプチドである。
【0059】
さらに好ましくは、該改変XYR1は、配列番号1と少なくとも90%配列同一であって、かつ以下の(a)~(m):
(a)配列番号1の812位に相当する位置におけるVal、Ile、Leu、Phe、Trp又はTyr;
(b)配列番号1の814位に相当する位置におけるPhe、Trp又はTyr;
(c)配列番号1の816位に相当する位置におけるVal、Ile、Leu、Phe、Trp又はTyr;
(d)配列番号1の817位に相当する位置におけるTyr;
(e)配列番号1の820位に相当する位置におけるVal、Ile、Leu、Phe、Trp又はTyr;
(f)配列番号1の821位に相当する位置におけるLys、Phe、Trp又はTyr;
(g)配列番号1の823位に相当する位置におけるVal、Ile、Leu、Phe、Trp又はTyr;
(h)配列番号1の824位に相当する位置におけるVal、Glu、Ile、Leu、Lys、Phe、Thr、Trp又はTyr;
(i)配列番号1の825位に相当する位置におけるGluのTyrへの置換;
(j)配列番号1の826位に相当する位置におけるVal、Ile、Leu、Phe、Trp又はTyr;
(k)配列番号1の827位に相当する位置におけるPhe、Trp又はTyr;
(l)配列番号1の830位に相当する位置におけるPhe、Trp又はTyr;及び、
(m)配列番号1の831位に相当する位置におけるPhe、Trp又はTyr、
からなる群より選択される少なくとも1つのアミノ酸残基を有するアミノ酸配列からなり、かつセルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写活性化因子として機能するポリペプチドである。
さらに好ましくは、該改変XYR1は、該(a)、(c)、(e)、(g)、(h)、(j)のいずれか1つ以上を有するか、及び/又は該(b)、(f)、(k)、(l)、(m)のいずれか1つ以上を有する。さらに好ましくは、該改変XYR1は、該(c)、(e)、(g)、(h)、(j)のいずれか1つ以上を有するか、及び/又は該(b)、(f)のいずれか1つ以上を有する。
【0060】
さらに好ましい実施形態において、該改変XYR1は、配列番号1と少なくとも90%配列同一であって、かつ該(d)、(f)、(h)、(i)及び(j)のいずれか1つ以上を有するアミノ酸配列からなり、かつセルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写活性化因子として機能するポリペプチドである。
【0061】
別のさらに好ましい実施形態において、該改変XYR1は、配列番号1と少なくとも90%配列同一であって、かつ以下:
配列番号1の821位に相当する位置におけるLys、Phe、Trp又はTyr、好ましくはPhe、より好ましくはLys又はTyr;及び、
配列番号1の824位に相当する位置におけるVal、Glu、Ile、Leu、Lys、Phe、Thr、Trp又はTyr、好ましくはVal、より好ましくはGlu、Ile、Leu、Lys、Phe、Thr、Trp又はTyr、
からなる群より選択される少なくとも1つのアミノ酸残基を有するアミノ酸配列からなり、かつセルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写活性化因子として機能するポリペプチドである。
【0062】
別のさらに好ましい実施形態において、該改変XYR1は、配列番号1と少なくとも90%配列同一であって、かつ以下:
配列番号1の817位に相当する位置におけるTyr;
配列番号1の825位に相当する位置におけるTyr;及び、
配列番号1の826位に相当する位置におけるVal、Ile、Leu、Phe、Trp又はTyr、好ましくはVal又はTrp、
からなる群より選択される少なくとも1つのアミノ酸残基を有するアミノ酸配列からなり、かつセルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写活性化因子として機能するポリペプチドである。
【0063】
本発明の変異糸状菌は、セルロース、ソホロース及びセロオリゴ糖などのセルラーゼ誘導性物質の非存在下であっても、セルラーゼ、ヘミセルラーゼ等のセルラーゼ系バイオマス分解酵素を発現することができる。さらに、該変異糸状菌は、グルコース等のセルラーゼ非誘導性炭素源を主要な炭素源とする環境下でも、例えばセルラーゼ誘導性物質の非存在下でさえ、効率よくタンパク質を生産することができる。
【0064】
したがって、さらなる一態様において、本発明は、上述した本発明の変異糸状菌を用いたタンパク質の製造方法を提供する。本発明によるタンパク質の製造方法においては、本発明の変異糸状菌を培養する。培養により、培養物中に目的のタンパク質が生成、及び蓄積される。該培養物から目的タンパク質を分離することにより、目的タンパク質を製造することができる。
【0065】
製造される目的タンパク質の例としては、セルラーゼやヘミセルラーゼ等のセルラーゼ系バイオマス分解酵素、エキソグルカナーゼ、エンドグルカナーゼ、β-グルコシダーゼ、プロテアーゼ、リパーゼ、マンナーゼ、アラビナーゼ、ガラクターゼ、アミラーゼなどが挙げられるが、これらに限定されない。該目的タンパク質は、1種類のタンパク質であっても、複数種のタンパク質の混合物であってもよい。好ましくは、該目的タンパク質は、セルラーゼ系バイオマス分解酵素であり、より好ましくはセルラーゼ及び/又はヘミセルラーゼであり、さらに好ましくはセルラーゼ及びヘミセルラーゼである。該ヘミセルラーゼの例としては、キシラナーゼ、β-キシロシダーゼ、α-アラビノフラノシダーゼなどが挙げられ、このうちキシラナーゼが好ましい。
【0066】
あるいは、該目的タンパク質は、糸状菌が本来生産しない異種タンパク質であってもよい。この場合は、本発明の変異糸状菌に対して、異種タンパク質をコードする遺伝子を挿入することで組換え糸状菌を作製し、この組換え糸状菌を培養することで異種タンパク質を含むタンパク質を得ることができる。さらに、該異種タンパク質をコードする遺伝子を糸状菌で機能する分泌シグナルペプチドと作動可能に連結させることによって、該異種タンパク質を培養物中に分泌生産させることができる。
【0067】
当該タンパク質製造に使用される培地は、炭素源、窒素源、無機塩、ビタミンなど、通常の糸状菌の増殖及びタンパク質生産に必要な成分を含む限り、合成培地、天然培地のいずれでもよい。
【0068】
炭素源としては、当該変異糸状菌が資化できる炭素源であればいずれでもよく、例えばグルコース、フラクトース等の糖質、ソルビトールのような糖アルコール、エタノール、グリセロールのようなアルコール類、酢酸のような有機酸類などを挙げることができる。これらは単独で、又は複数を組み合わせて使用することができる。
【0069】
好ましくは、本発明によるタンパク質の製造方法では、セルラーゼ非誘導性炭素源を主要な炭素源とする環境下で該変異糸状菌を培養する。セルラーゼ非誘導性炭素源としては、グルコース、フラクトース、スクロース、マルトース、グリセロールなどが挙げられる。このうち、コストの点でグルコースが好ましい。製造する目的タンパク質がセルラーゼ系バイオマス分解酵素である場合、本方法での培養は、セルロース、ソホロース及びセロオリゴ糖などのセルラーゼ誘導性物質の存在下で行ってもよいが、該誘導性物質の非存在下でも該目的タンパク質の高生産が可能であり、該誘導性物質の使用又は不使用の場合に限定されない。また本発明においては、カタボライト抑制をより低減しつつ、効率よくセルラーゼ系バイオマス分解酵素などのタンパク質を生産するため、グルコースなどの非誘導性炭素源を流加しながら該変異糸状菌を培養してもよい。このとき、該セルラーゼ非誘導性炭素源、例えばグルコースを、窒素源であるアンモニア水、又はアンモニウム塩を含有する水溶液に溶解させ、該溶解液を流加して培養することが、培養効率や培養中の泡立ちを抑制できる点から好ましい。
【0070】
窒素源としては、アンモニア、硫酸アンモニウム等のアンモニウム塩、アミン等の窒素化合物、ペプトン、大豆加水分解物のような天然窒素源などをあげることができる。
【0071】
無機塩としては、リン酸カリウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、炭酸カリウムなどをあげることができる。
【0072】
ビタミンとしては、ビオチンやチアミンなどをあげることができる。さらに必要に応じて本発明の糸状菌が生育に要求する物質を添加することができる。
【0073】
培養は、好ましくは振とう培養や通気攪拌培養のような好気的条件で行う。培養温度は好ましくは10℃以上、より好ましくは20℃以上、より好ましくは25℃以上であり、且つ好ましくは50℃以下、より好ましくは42℃以下、より好ましくは35℃以下である。また、好ましくは10~50℃、より好ましくは20~42℃、より好ましくは25~35℃である。培養時のpHは3~9、好ましくは4~5である。培養時間は、10時間~10日間、好ましくは2~7日間である。
【0074】
培養後、得られた培養物から、常法により目的タンパク質を分離する。例えば、培養物を回収し、必要に応じて超音波や加圧等による菌体破砕処理を行い、ろ過、遠心分離、限外ろ過、塩析、透析、クロマトグラフィー等を適宜組み合わせることにより、該培養物から目的タンパク質を分離することができる。目的タンパク質の分離の程度は特に限定されない。例えば、培養上清やその粗分離精製物を、目的タンパク質を含む組成物として取得することができる。
【0075】
本発明はまた、例示的実施形態として以下の物質、製造方法、用途、方法等を包含する。但し、本発明はこれらの実施形態に限定されない。
【0076】
〔1〕変異糸状菌の製造方法であって、
親糸状菌におけるXYR1及びACE3発現を改変することを含み、
該XYR1の改変が、配列番号1又はこれと少なくとも90%配列同一なアミノ酸配列からなり、かつセルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写活性化因子として機能するポリペプチドに対する、配列番号1の810~833位に相当する領域における少なくとも1つのアミノ酸残基の置換、欠失、挿入又は付加であり、
該ACE3発現の改変が、配列番号3の107~734位のアミノ酸配列又はこれと少なくとも90%配列同一なアミノ酸配列からなり、かつセルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写活性化因子として機能するポリペプチドの発現強化である、
方法。
〔2〕前記少なくとも1つのアミノ酸残基が、
好ましくはVal、Ile、Leu、Ala、Gly、Thr、及びGluからなる群より選択される少なくとも1つであり、
より好ましくは下記(1)及び(2):(1)Val、Ile又はLeu、(2)Ala又はGly、からなる群より選択される少なくとも1つであるか、あるいは、Val、Ala、Thr、及びGluからなる群より選択される少なくとも1つであり、
さらに好ましくはVal及びAlaからなる群より選択される少なくとも1つであり、
かつ、好ましくは、該少なくとも1つのアミノ酸残基が置換される、
〔1〕記載の方法。
〔3〕好ましくは、前記少なくとも1つのアミノ酸残基が、配列番号1の817位、821位、824位、825位及び826位に相当する位置におけるアミノ酸残基からなる群より選択される少なくとも1つである、〔2〕記載の方法。
〔4〕好ましくは、前記少なくとも1つのアミノ酸残基がそれぞれ、Val、Glu、Ile、Leu、Lys、Phe、Thr、Trp、又はTyrに置換される、〔2〕又は〔3〕記載の方法。
〔5〕前記少なくとも1つのアミノ酸残基の置換が、
好ましくは、以下:
ValのLys、Phe、Trp又はTyrへの置換;
IleのPhe、Trp又はTyrへの置換;
LeuのPhe、Trp又はTyrへの置換;
AlaのVal、Glu、Ile、Leu、Lys、Phe、Thr、Trp又はTyrへの置換;
GlyのVal、Ile、Leu、Phe、Trp又はTyrへの置換;
ThrのTyrへの置換;及び
GluのTyrへの置換、
からなる群より選択される少なくとも1つであり、
より好ましくは、以下:
配列番号1の812位に相当する位置におけるGlyのVal、Ile、Leu、Phe、Trp又はTyrへの置換;
配列番号1の814位に相当する位置におけるValのPhe、Trp又はTyrへの置換;
配列番号1の816位に相当する位置におけるAlaのVal、Ile、Leu、Phe、Trp又はTyrへの置換;
配列番号1の817位に相当する位置におけるThrのTyrへの置換;
配列番号1の820位に相当する位置におけるAlaのVal、Ile、Leu、Phe、Trp又はTyrへの置換;
配列番号1の821位に相当する位置におけるValのLys、Phe、Trp又はTyrへの置換;
配列番号1の823位に相当する位置におけるAlaのVal、Ile、Leu、Phe、Trp又はTyrへの置換;
配列番号1の824位に相当する位置におけるAlaのVal、Glu、Ile、Leu、Lys、Phe、Thr、Trp又はTyrへの置換;
配列番号1の825位に相当する位置におけるGluのTyrへの置換;
配列番号1の826位に相当する位置におけるAlaのVal、Ile、Leu、Phe、Trp又はTyrへの置換;
配列番号1の827位に相当する位置におけるIleのPhe、Trp又はTyrへの置換;
配列番号1の830位に相当する位置におけるIleのPhe、Trp又はTyrへの置換;及び、
配列番号1の831位に相当する位置におけるLeuのPhe、Trp又はTyrへの置換、
からなる群より選択される少なくとも1つである、
〔2〕~〔4〕のいずれか1項記載の方法。
〔6〕前記少なくとも1つのアミノ酸残基の置換が、
好ましくは、以下:
配列番号1の817位に相当する位置におけるThrのTyrへの置換;
配列番号1の821位に相当する位置におけるValのLys、Phe、Trp又はTyrへの置換;
配列番号1の824位に相当する位置におけるAlaのVal、Glu、Ile、Leu、Lys、Phe、Thr、Trp又はTyrへの置換;
配列番号1の825位に相当する位置におけるGluのTyrへの置換;及び、
配列番号1の826位に相当する位置におけるAlaのVal、Ile、Leu、Phe、Trp又はTyrへの置換、
からなる群より選択される少なくとも1つである、
〔5〕記載の方法。
〔7〕配列番号3の107~734位のアミノ酸配列又はこれと少なくとも90%配列同一なアミノ酸配列が、
好ましくは、配列番号3の725~728位に相当する領域のアミノ酸残基を全て保持しており、より好ましくは、配列番号3の718~728位に相当する領域のアミノ酸残基を全て保持しており、
あるいは、
好ましくは、配列番号3の724~734位に相当する領域を保持しており、ただし該領域における一部のアミノ酸残基は変異していてもよい、
〔1〕~〔6〕のいずれか1項記載の方法。
〔8〕好ましくは、前記ポリペプチドの発現強化が、該ポリペプチドをコードする遺伝子の転写量を向上させることにより行われる、〔1〕~〔7〕のいずれか1項記載の方法。
〔9〕好ましくは、前記ポリペプチドをコードする遺伝子の転写量の向上が、制御領域と作動可能に連結された該ポリペプチドをコードする遺伝子を、親糸状菌に導入することにより行われる、〔8〕記載の方法。
〔10〕前記XYR1がXP_006966092.1として登録されている配列番号51のアミノ酸配列からなるポリペプチドであるか、又は配列番号51のアミノ酸配列と少なくとも90%配列同一なアミノ酸配列からなりかつセルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写活性化因子として機能するポリペプチドである場合、
前記少なくとも1つのアミノ酸残基の置換は、好ましくは、以下:
配列番号51の797位に相当する位置におけるThrのTyrへの置換;
配列番号51の801位に相当する位置におけるValのLys、Phe、Trp又はTyrへの置換;
配列番号51の804位に相当する位置におけるAlaのVal、Glu、Ile、Leu、Lys、Phe、Thr、Trp又はTyrへの置換;
配列番号51の805位に相当する位置におけるGluのTyrへの置換;及び、
配列番号51の806位に相当する位置におけるAlaのVal、Ile、Leu、Phe、Trp又はTyrへの置換、
からなる群より選択される少なくとも1つである、
〔1〕~〔9〕のいずれか1項記載の方法。
〔11〕前記変異糸状菌が、
好ましくは、親糸状菌と比べてカタボライト抑制が緩和されており、
より好ましくは、セルラーゼ誘導性物質の非存在下でセルラーゼを発現する、
〔1〕~〔10〕のいずれか1項記載の方法。
〔12〕好ましくは、前記糸状菌がトリコデルマ属菌である、〔1〕~〔11〕のいずれか1項記載の方法。
〔13〕好ましくは、前記トリコデルマ属菌がトリコデルマ・リーセイ又はその変異株である、〔12〕記載の方法。
【0077】
〔14〕前記〔1〕~〔13〕のいずれか1項記載の方法で製造された糸状菌を培養することを含む、タンパク質の製造方法。
〔15〕好ましくは、前記タンパク質がセルラーゼ及び/又はヘミセルラーゼである、〔14〕記載の方法。
〔16〕好ましくは、前記培養がグルコース存在下で行われる、〔14〕又は〔15〕記載の方法。
【0078】
〔17〕変異糸状菌であって、改変XYR1を含み、かつ親糸状菌と比べてACE3の部分ポリペプチドの発現が強化されており、
該改変XYR1は、配列番号1又はこれと少なくとも90%配列同一なアミノ酸配列に対して、配列番号1の810~833位に相当する領域における少なくとも1つのアミノ酸残基が置換、欠失、挿入又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつセルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写活性化因子として機能するポリペプチドであり、
該ACE3の部分ポリペプチドが、配列番号3の107~734位のアミノ酸配列又はこれと少なくとも90%配列同一なアミノ酸配列からなり、かつセルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写活性化因子として機能するポリペプチドである、
変異糸状菌。
〔18〕好ましくは、配列番号3の107~734位のアミノ酸配列又はこれと少なくとも90%配列同一なアミノ酸配列が、
好ましくは、配列番号3の725~728位に相当する領域のアミノ酸残基を全て保持しており、より好ましくは、配列番号3の718~728位に相当する領域のアミノ酸残基を全て保持しており、
あるいは、
好ましくは、配列番号3の724~734位に相当する領域を保持しており、ただし該領域における一部のアミノ酸残基は変異していてもよい、〔17〕記載の変異糸状菌。
〔19〕好ましくは、該改変XYR1が、配列番号1又はこれと少なくとも90%配列同一なアミノ酸配列に対して、配列番号1の810~833位に相当する領域における、以下からなる群より選択される少なくとも1つのアミノ酸残基の置換:
ValのLys、Phe、Trp又はTyrへの置換;
IleのPhe、Trp又はTyrへの置換;
LeuのPhe、Trp又はTyrへの置換;
AlaのVal、Glu、Ile、Leu、Lys、Phe、Thr、Trp又はTyrへの置換;及び、
GlyのVal、Ile、Leu、Phe、Trp又はTyrへの置換;
ThrのTyrへの置換;及び
GluのTyrへの置換、
がなされたアミノ酸配列からなり、かつセルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写活性化因子として機能するポリペプチドである、
〔17〕又は〔18〕記載の変異糸状菌。
〔20〕好ましくは、該改変XYR1が、配列番号1と少なくとも90%配列同一であって、かつ以下の(a)~(m):
(a)配列番号1の812位に相当する位置におけるVal、Ile、Leu、Phe、Trp又はTyr;
(b)配列番号1の814位に相当する位置におけるPhe、Trp又はTyr;
(c)配列番号1の816位に相当する位置におけるVal、Ile、Leu、Phe、Trp又はTyr;
(d)配列番号1の817位に相当する位置におけるTyr;
(e)配列番号1の820位に相当する位置におけるVal、Ile、Leu、Phe、Trp又はTyr;
(f)配列番号1の821位に相当する位置におけるLys、Phe、Trp又はTyr;
(g)配列番号1の823位に相当する位置におけるVal、Ile、Leu、Phe、Trp又はTyr;
(h)配列番号1の824位に相当する位置におけるVal、Glu、Ile、Leu、Lys、Phe、Thr、Trp又はTyr;
(i)配列番号1の825位に相当する位置におけるGluのTyrへの置換;
(j)配列番号1の826位に相当する位置におけるVal、Ile、Leu、Phe、Trp又はTyr;
(k)配列番号1の827位に相当する位置におけるPhe、Trp又はTyr;
(l)配列番号1の830位に相当する位置におけるPhe、Trp又はTyr;及び、
(m)配列番号1の831位に相当する位置におけるPhe、Trp又はTyr、
からなる群より選択される少なくとも1つのアミノ酸残基を有するアミノ酸配列からなり、かつセルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写活性化因子として機能するポリペプチドである、
〔19〕記載の変異糸状菌。
〔21〕好ましくは、該改変XYR1が、配列番号1と少なくとも90%配列同一であって、かつ以下:
配列番号1の821位に相当する位置におけるLys、Phe、Trp又はTyr、好ましくはPhe、より好ましくはLys又はTyr;及び、
配列番号1の824位に相当する位置におけるVal、Glu、Ile、Leu、Lys、Phe、Thr、Trp又はTyr、好ましくはVal、より好ましくはGlu、Ile、Leu、Lys、Phe、Thr、Trp又はTyr、
からなる群より選択される少なくとも1つのアミノ酸残基を有するアミノ酸配列からなり、かつセルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写活性化因子として機能するポリペプチドである、
〔20〕記載の変異糸状菌。
〔22〕好ましくは、該改変XYR1が、配列番号1と少なくとも90%配列同一であって、かつ以下:
配列番号1の817位に相当する位置におけるTyr;
配列番号1の825位に相当する位置におけるTyr;及び、
配列番号1の826位に相当する位置におけるVal、Ile、Leu、Phe、Trp又はTyr、好ましくはVal又はTrp、
からなる群より選択される少なくとも1つのアミノ酸残基を有するアミノ酸配列からなり、かつセルラーゼ及びヘミセルラーゼの転写活性化因子として機能するポリペプチドである、
〔20〕又は〔21〕記載の変異糸状菌。
【実施例】
【0079】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。
【0080】
実施例1 遺伝子導入用プラスミドDNAの構築
トリコデルマ・リーセイのゲノムDNAを鋳型としたPCRにて、以下のDNA断片1~5を調製した。断片1:act1遺伝子(TRIREDRAFT_44504)の上流約1.5kbpのプロモーター領域、断片2:xyr1遺伝子(配列番号2、約3.0kbp)、断片3:ACE3の部分ポリペプチド(配列番号3の107~734位)をコードするポリヌクレオチド(配列番号4の881~2918番ヌクレオチド領域、約2.0kbp)、断片4:cbh1遺伝子(TRIREDRAFT_44504)の下流約0.6kbpのターミネーター領域、断片5:pyr4遺伝子(TRIREDRAFT_74020)の約2.7kbp領域。
断片1と2を結合してカセット1:Pact1-XYR1を構築した。断片1と3を結合してカセット2:Pact1-ACE3を構築した。断片5の上流及び下流に、それぞれ約0.5kbpの断片6と、約1.0kbpの断片7をポップアウト用の相同配列として配置した形質転換マーカー断片を調製した。断片4と該形質転換マーカー断片とを結合して、カセット3:Tcbh1-pyr4を構築した。DNA断片の結合はIn-Fusion HD Cloning Kit(タカラバイオ)のプロトコルに従って実施した。構築したカセット及びそれに含まれるDNA断片、ならびにカセットの構築に用いたプライマーを表1に示す。
カセット1と3を結合し、pUC118(タカラバイオ)のHincII制限酵素切断点に挿入して、xyr1恒常発現プラスミドpUC-Pact1-XYR1を構築した。またカセット2と3を結合、pUC118(タカラバイオ)のHincII制限酵素切断点に挿入して、ace3恒常発現プラスミドpUC-Pact1-ACE3を構築した。
【0081】
【0082】
pUC-Pact1-XYR1を鋳型とする表2のプライマーを用いたPCRにより、pUC-Pact1-XYR1(V821F)及びpUC-Pact1-XYR1(A824V)をそれぞれ構築した。pUC-Pact1-XYR1(V821F)は、配列番号2のアミノ酸配列に対してV821Fのアミノ酸置換がなされた変異XYR1(V821F)をコードするプラスミドである。pUC-Pact1-XYR1(A824V)は、配列番号2のアミノ酸配列に対してA824Vのアミノ酸置換がなされた変異XYR1(A824V)をコードするプラスミドである。
【0083】
【0084】
構築したプラスミドpUC-Pact1-ACE3、pUC-Pact1-XYR1(V821F)、及びpUC-Pact1-XYR1(A824V)を複製した。コンピテントセルEscherichia coli DH5α Competent Cells(タカラバイオ)にプラスミドを導入し、アンピシリン添加LB培地で培養し(37℃、1日間)、培養後の菌体からNucleoSpinTMPlasmid(マッハライ・ナーゲル)を用いてプラスミドを回収及び精製した。
【0085】
実施例2 糸状菌変異株の作製
トリコデルマ・リーセイJN13Δpyr4株は実施例1で構築したプラスミドを導入して形質転換した。プラスミド導入はプロトプラストPEG法(Biotechnol Bioeng,2012,109(1):92-99)により行った。形質転換体は、pyr4遺伝子をマーカーとして、選択培地(2%グルコース、1.1Mソルビトール、2%アガー、0.2% KH2PO4(pH5.5)、0.06% CaCl2・2H2O、0.06% CsCl2、0.06% MgSO4・7H2O、0.5% (NH4)2SO4、0.1% Trace element1;%はいずれもw/v%)にて選抜した。Trace element1の組成は以下のとおりである:0.5g FeSO4・7H2O、0.2g CoCl2、0.16g MnSO4・H2O、0.14g ZnSO4・7H2Oを蒸留水にて100mLにメスアップ。得られた形質転換体の中から、目的の遺伝子断片が挿入されていることをPCRにより確認し、pUC-Pact1-ACE3が導入されたJN13_ACE3株、及びpUC-Pact1-XYR1(V821F)が導入されたJN13_XYR1(V821F)株を得た。JN13_ACE3株は、ace3恒常発現プラスミドpUC-Pact1-ACE3によりACE3を高発現する。JN13_XYR1(V821F)株は、変異XYR1(V821F)を発現する。
【0086】
形質転換株に対し再度形質転換を行うため、0.2%の5-フルオロオロチン酸(5-FOA)一水和物が含まれるPDA培地を用いて再度5-FOA耐性を獲得し生育する株を選抜した。すなわち、JN13_ACE3株の胞子を5-FOA含有培地に塗布し、生育株をJN13_ACE3Δpyr4株として取得した。取得された株に対し、上記pUC-Pact1-XYR1(V821F)又はpUC-Pact1-XYR1(A824V)を形質転換することで、JN13_XYR1(V821F)+ACE3株、及びJN13_XYR1(A824V)+ACE3株を得た。これらの株は、ACE3を高発現し、変異XYR1(V821F又はA824V)を発現する。
【0087】
実施例3 糸状菌変異株の培養
実施例2で得た糸状菌株を培養してタンパク質を生産させた。前培養では、500mLのフラスコに培地を50mL仕込み、実施例2で作製した株の胞子を1×105個/mLとなるよう植菌し、28℃、220rpmにて振とう培養した(プリス社製PRXYg-98R)。培地組成は以下の通りである。1%グルコース、0.14% (NH4)2SO4、0.2% KH2PO4、0.03% CaCl2・2H2O、0.03% MgSO4・7H2O、0.1%ハイポリペプトンN、0.05% Bacto Yeast extract、0.1% Tween 80、0.1% Trace element2、50mM酒石酸バッファー(pH4.0)(%はいずれもw/v%)。Trace element2の組成は以下の通りである。6mg H3BO3、26mg (NH4)6Mo7O24・4H2O、100mg FeCl3・6H2O、40mg CuSO4・5H2O、8mg MnCl2・4H2O、200mg ZnCl2を蒸留水にて100mLにメスアップ。
【0088】
2日間の前培養後、本培養を行った。500mLのフラスコに培地を50mL仕込み、前培養液を1%(v/v%)植菌し、28℃、220rpmにて4日間培養した。培地組成は以下の通りである。3%セルロース又は3%グルコース、0.14% (NH4)2SO4、0.2% KH2PO4、0.03% CaCl2・2H2O、0.03% MgSO4・7H2O、0.1%ハイポリペプトンN、0.05% Bacto Yeast extract、0.1% Tween 80、0.1% Trace element2、1.28%クエン酸水素二アンモニウム、50mM酒石酸バッファー(pH4.0)(%はいずれもw/v%)。
【0089】
実施例4 タンパク質濃度測定
実施例3の培養物のタンパク質濃度をbradford法にて測定した。bradford法では、Quick Startプロテインアッセイ(BioRad)を使用し、ウシγグロブリンを標準タンパク質として作成した検量線をもとにタンパク質量を計算した。グルコースのみを炭素源に用いた培養(グルコース培養)でのJN13株(親株)のタンパク質生産性を1としたときの、各株の相対タンパク質生産性を
図1に示す。セルロース存在下での培養と比べて、グルコース培養での親株JN13のタンパク質生産性は大幅に低下した。これはグルコースのみを炭素源に用いた場合には誘導物質が存在せず、セルラーゼ群及びキシラナーゼ群の発現が転写活性化誘導されないためと推定される。XYR1とACE3の両方を改変したXYR1(V821F)+ACE3株及びXYR1(A824V)+ACE3株では、親株と比べて、さらにはXYR1とACE3の一方のみを改変したXYR1(V821F)株及びACE3株と比べても、グルコース培養でのタンパク質生産性が顕著に向上した。
【0090】
実施例5 タンパク質組成分析
実施例3の培養物のタンパク質組成を分析した。分析には、Mini PROTEAN TGX Stain-Free Gels(Any KD,15well,BIORAD)を用いた。スタンダードとして、Precision Plus Protein Unstained standarsを用いた。適宜希釈した実施例3の培養物とBufferを混合して99℃で5分間処理したものをゲルにアプライし、200V、35分間電気泳動した。得られた画像ファイル(
図2)から、解析ソフト(Image Lab)を用いてバンド強度比率を計算し、生産されたタンパク質の組成比を計算した。該組成比と実施例4で求めたタンパク質濃度から各タンパク質の生産量を求めた。次いで、XYR1変異のみ(XYR1(V821F)株)でのタンパク質生産性を1として、各株での各タンパク質の相対生産性を算出した。
【0091】
各株で生産されたタンパク質について、組成比を表3、相対生産性を
図3に示す。グルコース培養下で、JN13株(親株)ではセルラーゼ及びキシラナーゼ(BXL1、CBH1、CBH2+EG1、XYN1+XYN2)はほとんど生産されなかった。XYR1単独変異株(XYR1(V821F))ではXYN1+XYN2などのキシラナーゼ(XYN1+XYN2)が主に生産された。ACE3高発現株(ACE3)は、CBH1、CBH2及びEG1などのセルラーゼの比率が向上したが、ただし
図1に示したように、タンパク質の総生産量はXYR1単独変異株と比べて少なく、親株と同程度であった。XYR1変異とACE3高発現を組み合わせた株(XYR1(V821F)+ACE3、及びXYR1(A824V)+ACE3)では、グルコース培養下でもセルラーゼ及びキシラナーゼが生産された。またXYR1(V821F)+ACE3、及びXYR1(A824V)+ACE3では、XYR1単独変異株やACE3高発現株と比べて、生産物の組成比がセルロース存在下での親株により近づき、かつ主要なセルラーゼであるCBH1、CBH2及びEG1の生産性が大幅に向上した。
【0092】
【0093】
実施例6 糸状菌変異株の作製
実施例1と同様の手順で、pUC-Pact1-XYR1を鋳型とする表4に示す配列番号23及び24のプライマーを用いたPCRにより、T817Yのアミノ酸置換がなされた変異XYR1を発現するプラスミドpUC-Pact1-XYR1(T817Y)を構築した。同様の手順で、表4に示すプライマーを用いてV821Y、V821K、A824I、A824L、A824F、A824W、A824Y、A824T、A824K、A824E、E825Y、A826V、及びA826Wのアミノ酸置換がなされた変異XYR1を発現するプラスミドをそれぞれ構築した。構築したプラスミドを、実施例2と同様の手法でJN13_ACE3Δpyr4株に対し形質転換することで、ACE3及び上記変異XYR1が導入された糸状菌変異株を得た。
【0094】
【0095】
上記で得られた変異株、ならびに、実施例2で作製したJN13_XYR1(V821F)+ACE3株、JN13_XYR1(A824V)+ACE3株、XYR1単独変異株(JN13_XYR1(V821F))、及びACE3高発現株(JN13_ACE3)を、実施例3に記載の方法に従ってグルコース培養し、次いで実施例4及び5に記載の方法に従って、培養物のタンパク質濃度測定及びタンパク質組成分析を実施した。
【0096】
各株で生産されたタンパク質について、組成比を表5、相対生産性を
図4に示す。
図4中、BXL1はβ-キシロシダーゼBXL1、CBH1はセルラーゼCBH1、CBH2+EG1はセルラーゼCBH2及びEG1、XYN1+XYN2はキシラナーゼXYN1及びXYN2、othersはその他のタンパク質である。本実施例で作製した、ACE3を高発現し変異XYR1(T817Y、V821Y、V821K、A824I、A824L、A824F、A824W、A824Y、A824T、A824K、A824E、E825Y、A826V及びA826W)を発現する糸状菌変異株はいずれも、実施例2で作製したJN13_XYR1(V821F)+ACE3株及びJN13_XYR1(A824V)+ACE3株と同様の組成でタンパク質を生産した。またこれらの糸状菌変異株はいずれも、XYR1単独変異株(JN13_XYR1(V821F))、及びACE3高発現株(JN13_ACE3)と比較して、グルコース培養下において主要なセルラーゼであるCBH1、CBH2及びEG1の生産性が大幅に向上した。
【0097】
【0098】
以上のとおり、XYR1変異とACE3高発現を組み合わせることで、XYR1単独変異と比較して、キシラナーゼだけでなく、主要なセルラーゼであるCBH1、CBH2及びEG1の生産性が大幅に向上した。XYR1の有効変異はV821F及びA824Vに限定されず、XYR1のAcidic activation domain中のα-ヘリックスと推定される領域に少なくとも1つのアミノ酸の変異を加えた、glucose blind phenotype(通常はカタボライト抑制を引き起こすグルコースを用いてもタンパク質生産性が向上する性質)を示す変異XYR1が、誘導物質の非存在下でのセルラーゼ及びキシラナーゼ生産に有効であった。したがって、上記のXYR1変異とACE3高発現との組み合わせにより、グルコースなどのセルラーゼ非誘導性炭素源を用いた場合においても、セルロースなどのセルラーゼ誘導性物質を用いた場合と同様にセルラーゼ/キシラナーゼ遺伝子のプロモーターを活性化させ、タンパク質生産を効率よく誘導することができることが示された。
【配列表】