(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-14
(45)【発行日】2025-01-22
(54)【発明の名称】ハブユニット軸受およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
B60B 35/14 20060101AFI20250115BHJP
B60B 27/00 20060101ALI20250115BHJP
【FI】
B60B35/14 V
B60B27/00 Z
(21)【出願番号】P 2021040596
(22)【出願日】2021-03-12
【審査請求日】2023-11-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000811
【氏名又は名称】弁理士法人貴和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】高梨 晴美
(72)【発明者】
【氏名】若林 達男
【審査官】森本 康正
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-283922(JP,A)
【文献】特開2009-173099(JP,A)
【文献】特開2007-186149(JP,A)
【文献】実開平06-068906(JP,U)
【文献】特開2010-023666(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60B 21/00-37/12
F16C 19/00-19/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内周面に複列の外輪軌道を有する外輪と、
外周面に複列の内輪軌道を有し、軸方向外側の端部に円筒状のパイロット部を有し、かつ、中心部に、軸方向に貫通する係合孔を有するハブと、
前記複列の外輪軌道と前記複列の内輪軌道との間に転動自在に配置された、複数個の転動体と、
を備え、
前記パイロット部は、軸方向外側部分の外周面に備えられた外径側小径面部と、軸方向内側部分の外周面に備えられ、前記外径側小径面部の外径よりも大きい外径を有する外径側大径面部と、前記外径側小径面部の軸方向内側の端部と前記外径側大径面部の軸方向外側の端部とを接続する外径側段差面部と、前記外径側大径面部と前記外径側段差面部との接続部に備えられ
、前記ハブの中心軸を含む断面において曲率が不連続に変化する部分である外径側稜部と、軸方向外側部分の内周面に備えられた内径側大径面部と、前記内径側大径面部の軸方向内側の端部から径方向内側に向けて折れ曲がった内径側段差面部と、前記内径側段差面部と内周面のうちで前記内径側段差面部よりも軸方向内側に位置する部分との接続部に備えられ
、前記ハブの中心軸を含む断面において曲率が不連続に変化する部分である内径側稜部を有
するとともに、少なくとも前記外径側小径面部と前記内径側大径面部とを覆い、
かつ、外周面のうちで前記外径側稜部よりも軸方向内側に位置する部分と内周面のうちで前記内径側稜部よりも軸方向内側に位置する部分
とを覆わない塗膜を有する、
ハブユニット軸受。
【請求項2】
請求項1に記載のハブユニット軸受の製造方法であって、
前記ハブを、軸方向外側を上側に向けて載置した状態で、前記塗膜を、前記パイロット部の表面のうちの少なくとも前記外径側小径面部と前記内径側大径面部とに、スプレー塗装により形成する工程を備える、
ハブユニット軸受の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車の車輪および制動用回転体を懸架装置に対して回転自在に支持するためのハブユニット軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の車輪および制動用回転体は、ハブユニット軸受により懸架装置に対して回転自在に支持される。ハブユニット軸受は、内周面に複列の外輪軌道を有する外輪と、外周面に複列の内輪軌道を有するハブと、前記複列の外輪軌道と前記複列の内輪軌道との間に転動自在に配置された複数個の転動体とを備える。
【0003】
前記外輪は、懸架装置を構成するナックルに支持固定され、使用時にも回転しない。
【0004】
前記ハブは、車輪を構成するホイール、および、ディスクやドラムなどの制動用回転体が支持固定され、前記ホイールおよび前記制動用回転体とともに回転する。前記ハブは、前記ホイールおよび前記制動用回転体を支持固定するために、軸方向中間部に径方向外側に向けて突出する回転フランジを有し、かつ、軸方向外側の端部に、軸方向外側に向けて突出する円筒状のパイロット部を有する。また、前記ハブユニット軸受が駆動輪用である場合、前記ハブは、中心部を軸方向に貫通する係合孔を有する。前記係合孔には、等速ジョイントを構成するジョイント用外輪の軸部が、トルクの伝達を可能に係合される。
【0005】
なお、軸方向に関して「外」とは、前記ハブユニット軸受を自動車に組み付けた状態で車体の幅方向外側となる側といい、反対に、前記ハブユニット軸受を自動車に組み付けた状態で車体の幅方向中央側となる側を、軸方向に関して「内」という。
【0006】
前記回転フランジは、円周方向複数箇所に、軸方向に貫通する取付孔を有する。前記取付孔は、例えば圧入孔により構成され、スタッドが軸方向内側から圧入される。
【0007】
前記パイロット部は、外周面のうちの軸方向外側部分に、前記ホイールを外嵌するホイール嵌合面部を有し、かつ、外周面のうちの軸方向内側部分に、前記制動用回転体を外嵌するブレーキ嵌合面部を有する。
【0008】
前記制動用回転体は、中心部に備えられた中心孔を、前記ブレーキ嵌合面部にがたつきのない隙間嵌により外嵌し、かつ、径方向中間部の円周方向に備えられた通孔に前記スタッドを挿通する。また、前記ホイールは、中心部に備えられた中心孔を、前記ホイール嵌合面部に隙間嵌により外嵌し、かつ、径方向中間部の円周方向に備えられた通孔に前記スタッドを挿通する。この状態で、前記スタッドの先端部にハブナットを螺合しさらに締め付けることにより、前記ホイールおよび前記制動用回転体が、前記ハブに対し支持固定される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
制動用回転体は、パイロット部の外周面のうち、軸方向内側部分に備えられたブレーキ嵌合面部に、がたつきのない隙間嵌により外嵌される。これにより、前記ハブに対する前記制動用回転体の芯出しが行われる。
【0011】
これに対し、ホイールは、パイロット部の外周面のうち、軸方向外側に備えられたホイール嵌合面部に、若干のがたつきを有する隙間嵌により外嵌される。前記ホイールは、径方向中間部の円周方向に備えられた通孔に前記スタッドを挿通し、かつ、前記スタッドの先端部にハブナットを螺合しさらに締め付けることで、前記ハブに対し支持固定されるとともに、前記ハブに対する芯出しが行われる。
【0012】
すなわち、前記ホイール嵌合面部は、前記ホイールを前記ハブに対し支持固定する際に、前記ホイールを一時的に保持するための部分である。前記スタッドの先端部に前記ハブナットを締め付けた後の状態において、前記ホイール嵌合面部と前記ホイールの中心孔の内周面との間には、若干(径方向寸法が0.1mm程度)の径方向隙間が存在している。
【0013】
このため、車両の走行に伴い、路面から跳ね上げられた雨水や泥水などの水分(異物)が、前記ホイール嵌合面部と前記ホイールの中心孔の内周面との間の径方向隙間に侵入して、前記ホイール嵌合面部に錆が生じ、美観が損なわれる可能性がある。そこで、前記ホイール嵌合面部、および、前記パイロット部の内周面のうちで前記ホイール嵌合面部の径方向内側に位置する部分を塗膜により覆うことで、錆の発生を防止することが考えられる。
【0014】
ただし、駆動輪用のハブユニット軸受では、前記パイロット部の表面を塗膜で覆うべく塗装する際に、塗料が係合孔の軸方向外側の開口部の周囲に存在する座面に付着すると、次のような問題を生じる可能性がある。すなわち、塗料が前記座面に付着した場合、ジョイント用外輪の軸部の先端部に螺合されたナットの端面を、前記座面に当接させることができず、前記軸部の軸力を十分に確保できなくなり、前記ナットが緩みやすくなる可能性がある。
【0015】
特開2011-25732号公報(特許文献1)には、紫外線硬化塗料を貯留した塗料槽に、無数の気泡を有する弾性部材を浸漬し、かつ、該弾性部材に、ハブのパイロット部を回転させながら押し付けることで、前記パイロット部の表面に塗膜を形成する方法が開示されている。
【0016】
ただし、特開2011-25732号公報に記載の塗装方法では、前記ハブをばらつきなく押圧することが難しく、また、前記弾性部材に摩耗が生じるため、塗膜を形成する範囲を精度よく規制することが難しい。さらに、塗装後、塗膜が形成された範囲を確認するべく、塗料が乾く前に、前記ハブの軸方向外側を上側に向けると、前記パイロット部の内周面に付着した塗料が、前記ハブの内周面を伝って前記座面まで達する(液垂れを生じる)可能性がある。したがって、特開2011-25732号公報に記載の塗装方法では、塗料が乾くまで、前記ハブを、軸方向外側を下側に向け、かつ、宙に浮かせた状態で保持する必要があり、専用の設備が必要になる。
【0017】
本発明は、上述のような事情を鑑みて、パイロット部の軸方向外側部分の表面を覆う塗膜の形成範囲を精度よく規制することができる、ハブユニット軸受の構造を実現することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明のハブユニット軸受は、外輪と、ハブと、複数個の転動体とを備える。
【0019】
前記外輪は、内周面に複列の外輪軌道を有する。前記外輪は、使用時に、懸架装置を構成するナックルに支持固定されて回転しない。
【0020】
前記ハブは、外周面に複列の内輪軌道を有し、軸方向外側の端部に円筒状のパイロット部を有し、かつ、中心部に、軸方向に貫通する係合孔を有する。前記ハブは、使用時に、車輪を構成するホイール、および、ディスクやドラムなどの制動用回転体が支持されて、前記車輪および前記制動用回転体とともに回転する。
【0021】
前記複数個の転動体は、前記複列の外輪軌道と前記複列の内輪軌道との間に転動自在に配置されている。
【0022】
本発明のハブユニット軸受においては、前記パイロット部は、外径側小径面部と、外径側大径面部と、外径側段差面部と、外径側稜部と、内径側大径面部と、内径側段差面部と、内径側稜部とを有する。
【0023】
前記外径側小径面部は、前記パイロット部の軸方向外側部分の外周面に備えられている。
【0024】
前記外径側大径面部は、前記パイロット部の軸方向内側部分の外周面に備えられ、前記外径側小径面部の外径よりも大きい外径を有する。
【0025】
前記外径側段差面部は、前記外径側小径面部の軸方向内側の端部と前記外径側大径面部の軸方向外側の端部とを接続している。
【0026】
前記外径側稜部は、前記外径側大径面部と前記外径側段差面部との接続部に備えられており(境界部分に存在し)、前記ハブの中心軸を含む断面において曲率が不連続に変化する部分である。
【0027】
前記内径側大径面部は、前記パイロット部の軸方向外側部分の内周面に備えられている。
【0028】
前記内径側段差面部は、前記内径側大径面部の軸方向内側の端部から径方向内側に向けて折れ曲がっている。
【0029】
前記内径側稜部は、前記内径側段差面部と、前記パイロット部の内周面のうちで前記内径側段差面部よりも軸方向内側に位置する部分との接続部に備えられており(境界部分に存在し)、前記ハブの中心軸を含む断面において曲率が不連続に変化する部分である。
【0030】
さらに、前記パイロット部は、少なくとも前記外径側小径面部と前記内径側大径面部とを覆い、かつ、外周面のうちで前記外径側稜部よりも軸方向内側に位置する部分と内周面のうちで前記内径側稜部よりも軸方向内側に位置する部分とを覆わない塗膜を有する。
【0031】
本発明のハブユニット軸受の一態様では、前記外径側小径面部が、前記ホイールを外嵌するためのホイール嵌合面部を構成し、かつ、前記外径側大径面部が、前記制動用回転体を外嵌するためのブレーキ嵌合面部を構成する。
【0032】
本発明のハブユニット軸受の製造方法は、本発明のハブユニット軸受を造るために、
前記ハブを、軸方向外側を上側に向けて載置した状態で、前記塗膜を、前記パイロット部の表面のうちの少なくとも前記外径側小径面部と前記内径側大径面部とに、スプレー塗装により形成する工程を備える。
【発明の効果】
【0033】
本発明のハブユニット軸受によれば、パイロット部の軸方向外側部分の表面を覆う塗膜の形成範囲を精度よく規制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【
図1】
図1は、実施の形態の1例に係るハブユニット軸受を示す、断面図である。
【
図3】
図3は、塗膜の形成方法の1例を示す、要部拡大断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
本発明の実施の形態の1例について、
図1~
図3を用いて説明する。本例のハブユニット軸受1は、駆動輪用のものであって、外輪2と、ハブ3と、複数個の転動体4a、4bとを備える。
【0036】
外輪2は、中炭素鋼などの硬質金属により構成されている。外輪2は、内周面に、複列の外輪軌道5a、5bを有し、かつ、軸方向中間部に、径方向外側に向けて突出した静止フランジ6を有する。静止フランジ6は、径方向中間部の円周方向複数箇所に、軸方向に貫通する支持孔7を有する。
【0037】
本例では、支持孔7は、ねじ孔により構成されている。外輪2は、懸架装置のナックルに備えられた通孔を挿通した支持ボルトを、静止フランジ6の支持孔7に軸方向内側から螺合することで、懸架装置に対し支持固定され、車輪が回転する際にも回転しない。
【0038】
ハブ3は、外輪2の径方向内側に外輪2と同軸に配置される。ハブ3は、外周面に、複列の内輪軌道8a、8bを有し、軸方向外側の端部に、円筒状のパイロット部9を有し、かつ、中心部に、軸方向に貫通する係合孔19を有する。
【0039】
なお、軸方向に関して「外」とは、ハブユニット軸受1を自動車に組み付けた状態で車体の外側となる、
図1および
図2の左側、並びに、
図3の上側をいう。反対に、ハブユニット軸受1を自動車に組み付けた状態で車体の中央側となる、
図1および
図2の右側、並びに、
図3の下側を、軸方向に関して「内」という。
【0040】
パイロット部9は、外径側小径面部10と、外径側大径面部11と、外径側段差面部12と、外径側稜部28と、内径側大径面部13と、内径側段差面部14と、内径側稜部29とを有する。
【0041】
外径側小径面部10は、パイロット部9の軸方向外側部分の外周面に備えられており、車輪を構成するホイール30を外嵌するためのホイール嵌合面部を構成している。本例では、外径側小径面部10は、軸方向中間部に、径方向内側に向けて凹んだ凹溝15を全周にわたって有する。ただし、凹溝15は省略することもできる。
【0042】
外径側大径面部11は、パイロット部9の軸方向内側部分の外周面に備えられており、ドラムやディスクなどの制動用回転体31を外嵌するためのブレーキ嵌合面部を構成している。外径側大径面部11は、外径側小径面部10のうちで凹溝15から軸方向に外れた部分の外径D10よりも大きい外径D11を有する。なお、外径側大径面部11の外径D11と外径側小径面部10の外径D10との差(D11-D10)は、特に限定されるものではなく、車輪を構成するホイール30のリム径や制動用回転体31の外径などによって決定される。例えば、乗用車用のハブユニット軸受の場合、前記差(D11-D10)を、2mm以上20mm以下とすることができ、2mm以上8mm以下とすることが好ましい。
【0043】
外径側段差面部12は、外径側小径面部10の軸方向内側の端部と外径側大径面部11の軸方向外側の端部とを接続している。本例では、外径側段差面部12は、軸方向内側に向かうほど外径が大きくなる方向に傾斜し、かつ、軸方向外側を向いた円すい凸面により構成されている。ただし、本発明のハブユニット軸受を実施する場合、外径側段差面部を、円弧形の断面形状を有する凹曲面により構成することもできる。
【0044】
外径側稜部28は、外径側大径面部11と外径側段差面部12との接続部に備えられている。すなわち、外径側大径面部11と外径側段差面部12とは、円弧形の断面形状を有する曲面により接続されているのではなく、円筒面状の外径側大径面部11と、円すい凸面状の外径側段差面部12とが、微分不能な(尖った)外径側稜部28により直接接続されている。
【0045】
ハブ3の中心軸Oに対する外径側段差面部12の母線の傾斜角度θは、特に限定されるものではないが、20度以上60度以下とすることができ、30度以上45度以下とすることが好ましい。なお、図示の例では、前記傾斜角度θを、約45度としている。前記傾斜角度θを20度よりも小さくすると、後述するように、塗膜16を形成した後、ハブユニット軸受1の軸方向外側を上側に向けた状態で、塗膜16を構成する塗料が、外径側段差面部12を伝って外径側大径面部11まで達してしまう可能性がある。一方、前記傾斜角度θを60度よりも大きくすると、外径側大径面部11に制動用回転体31を外嵌する作業が行いにくくなる。
【0046】
内径側大径面部13は、パイロット部9の軸方向外側部分の内周面に備えられている。
【0047】
内径側段差面部14は、内径側大径面部13の軸方向内側の端部から径方向内側に向けて折れ曲がっている。換言すれば、内径側段差面部14は、パイロット部9の軸方向内側の内周面に備えられ、かつ、内径側大径面部13の内径d13よりも小さい内径を有し、抜き勾配を有する内径側小径面部17の軸方向外側の端部と、内径側大径面部13の軸方向内側の端部とを接続している。本例では、内径側段差面部14は、外径側小径面部10のうち、軸方向に関して凹溝15の内側に位置する部分の径方向内側に位置している。
【0048】
内径側段差面部14の径方向高さ、すなわち内径側大径面部13の内径d13と内径側小径面部17の軸方向外側の端部の内径d17との差(d13-d17)の1/2は、特に限定されるものではなく、車輪を構成するホイール30に内嵌するキャップの径などに応じて決定される。例えば、乗用車用のハブユニット軸受の場合、前記差(d13-d17)の1/2を、1mm以上5mm以下とすることができ、1mm以上2mm以下とすることが好ましい。
【0049】
本例では、内径側段差面部14は、軸方向内側に向かうほど内径が小さくなる方向に傾斜し、かつ、軸方向外側を向いた円すい凹面により構成されている。ただし、本発明のハブユニット軸受を実施する場合、内径側段差面部を、ハブの中心軸に直交し、かつ、軸方向外側を向いた平坦面により構成することもできるし、円弧形の断面形状を有する凹曲面により構成することもできる。
【0050】
内径側稜部29は、内径側段差面部14と内径側小径面部17との接続部に備えられている。すなわち、内径側段差面部14と内径側小径面部17とは、円弧形の断面形状を有する曲面により接続されているのではなく、円すい凹面状の内径側段差面部14と、円すい凹面状または円筒面状の内径側小径面部17とが、微分不能な(尖った)内径側稜部29により直接接続されている。
【0051】
ハブ3の中心軸Oに対する内径側段差面部14の母線の傾斜角度φは、特に限定されるものではないが、20度以上90度以下とすることができ、30度以上45度以下とすることが好ましい。なお、図示の例では、前記傾斜角度φを、約30度としている。前記傾斜角度φを20度よりも小さくすると、後述するように、塗膜16を形成した後、ハブユニット軸受1の軸方向外側を上側に向けた状態で、塗膜16を構成する塗料が、内径側段差面部14を伝って、内径側小径面部17、さらには後述する座面18にまで達してしまう可能性がある。
【0052】
ハブ3は、中心部に、軸方向に貫通する係合孔19を有する。係合孔19には、等速ジョイントを構成するジョイント用外輪の軸部が、トルクの伝達を可能に係合される。例えば、係合孔19は、内周面に、凹部と凸部とを全周にわたって交互に配置してなる雌スプライン部を有するスプライン孔により構成され、かつ、前記雌スプライン部に、前記軸部の外周面に備えられた雄スプライン部がスプライン係合される。
【0053】
前記軸部のうち、係合孔19の軸方向外側の開口から突出した先端部には、ナットが螺合される。これにより、前記ナットと前記ジョイント用外輪との間でハブ3が軸方向両側から挟持され、ハブユニット軸受1と前記ジョイント用外輪とが結合される。
【0054】
本例では、ハブ3は、係合孔19の軸方向外側の開口を囲む部分に、前記ナットを当接させるための座面18を有する。座面18は、軸方向から見て中空円形の端面形状を有し、かつ、ハブ3の中心軸Oに直交する平坦面により構成されている。
【0055】
パイロット部9は、少なくとも外径側小径面部10と内径側大径面部13とを覆い、かつ、外径側大径面部11と、パイロット部9の内周面のうちで内径側段差面部14よりも軸方向内側に位置する部分を覆わない塗膜16を有する。本例では、塗膜16は、
図2に太線で示すように、外径側段差面部12と、外径側小径面部10と、パイロット部9の軸方向外側の端面25と、内径側大径面部13と、内径側段差面部14とを覆い、かつ、外径側大径面部11と、内径側小径面部17とを覆っていない。
【0056】
塗膜16を構成する塗料の種類は、ハブ3を構成する金属材料との密着性が良好で、かつ、塗膜形成が容易であって、耐食性を有する塗料であれば特に限定されない。例えば、塗膜16を構成する塗料としては、エポキシ樹脂系やアクリル樹脂系の塗料を使用することができる。
【0057】
なお、
図2では、塗膜16の厚さを誇張して描いている。実際には、塗膜16の厚さは、5μm以上30μm以下とすることができ、10μm以上20μm以下とすることが好ましい。したがって、塗膜16のうちで外径側小径面部10を覆う部分の外径は、塗膜16に覆われていない外径側大径面部11の外径D
11よりも小さく、かつ、塗膜16のうちで内径側大径面部13を覆う部分の内径は、塗膜16に覆われていない内径側小径面部17(の軸方向外側の端部)の内径d
17よりも大きい。
【0058】
ハブ3は、外輪2の軸方向外側の端部よりも軸方向外側で、かつ、前記パイロット部9よりも軸方向内側に位置する部分に、径方向外側に向けて突出した回転フランジ20を有する。
【0059】
回転フランジ20は、径方向中間部の円周方向複数箇所に、軸方向に貫通する取付孔21を有する。本例では、取付孔21は、内周面に雌ねじ溝を有するねじ孔により構成されている。
【0060】
ドラムやディスクなどの制動用回転体31は、外径側大径面部11に、がたつきのない隙間嵌により外嵌される。これにより、ハブ3に対する制動用回転体31の芯出しが行われる。また、車輪を構成するホイール30は、外径側小径面部10に、若干のがたつきを有する(径方向寸法が0.1mm程度の径方向隙間を有する)隙間嵌により外嵌される。
【0061】
制動用回転体31を外径側大径面部11に外嵌し、かつ、ホイール30を外径側小径面部10に外嵌した状態で、制動用回転体31の径方向中間部の円周方向複数箇所に備えられた通孔と、ホイール30の径方向中間部の円周方向複数箇所に備えられた通孔とに挿通したハブボルトを、取付孔21に螺合しさらに締め付ける。これにより、制動用回転体31およびホイール30を回転フランジ20に結合固定し、かつ、ハブ3に対するホイール30の芯出しを行う。
【0062】
なお、取付孔21を、セレーション孔などの圧入孔により構成することもできる。この場合、取付孔21に、スタッドを軸方向内側から圧入し、かつ、該スタッドを、制動用回転体31およびホイール30のそれぞれの径方向中間部の円周方向複数箇所に備えられた通孔に挿通した状態で、前記スタッドの先端部にハブナットを螺合する。これにより、制動用回転体31およびホイール30を回転フランジ20に結合固定し、かつ、ハブ3に対するホイール30の芯出しを行う。
【0063】
本例のハブ3は、内輪22とハブ輪23とを組み合わせてなる。
【0064】
内輪22は、軸受鋼などの硬質金属により構成されている。内輪22は、外周面に、複列の内輪軌道8a、8bのうちの軸方向内側の内輪軌道8aを有する。
【0065】
ハブ輪23は、中炭素鋼などの硬質金属により構成されている。ハブ輪23は、外周面の軸方向中間部に、複列の内輪軌道8a、8bのうちの軸方向外側の内輪軌道8bを有する。ハブ輪23は、軸方向外側の内輪軌道8bよりも軸方向外側に位置する部分に、径方向外側に向けて突出した回転フランジ20を有し、かつ、軸方向外側の端部に、円筒状のパイロット部9を有する。
【0066】
また、ハブ輪23は、軸方向外側の内輪軌道8bよりも軸方向内側に位置する部分に、軸方向外側に隣接する部分よりも外径が小さく、内輪22が外嵌される嵌合筒部24を有する。本例のハブ3は、ハブ輪23の嵌合筒部24に内輪22を締り嵌めで外嵌して、内輪22とハブ輪23とを結合固定することにより構成されている。
【0067】
なお、ハブ輪のうちで内輪の軸方向内側の端部から突出した軸方向内側の端部を径方向外側に向けて塑性変形することでかしめ部を形成したり、前記ハブ輪のうちで前記内輪の軸方向内側の端部から突出した軸方向内側の端部にナットを螺合したりすることで、前記ハブ輪と前記内輪とを結合することもできる。
【0068】
転動体4a、4bのそれぞれは、複列の外輪軌道5a、5bと複列の内輪軌道8a、8bとの間に、それぞれ複数個ずつ、保持器26a、26bにより保持された状態で転動自在に配置されている。これにより、ハブ3は、外輪2の径方向内側に回転自在に支持される。本例では、転動体4a、4bとして円すいころを使用しているが、円すいころに代えて玉を使用することもできる。
【0069】
なお、本発明は、軸方向内側列の転動体のピッチ円直径と、軸方向外側列の転動体のピッチ円直径とが等しい、等径PCD型のハブユニット軸受に適用することもできるし、軸方向内側列の転動体のピッチ円直径が、軸方向外側列の転動体のピッチ円直径よりも大きいか、または、小さい、異径PCD型のハブユニット軸受に適用することもできる。
【0070】
本例のハブユニット軸受1を製造する際に、塗膜16を形成する方法について説明する。本例では、塗膜16を、パイロット部9の表面のうちで塗膜16を形成すべき部分に、霧状の塗料を吹き付けるスプレー塗装により形成する。
【0071】
まず、
図3に示すように、ハブ輪23の軸方向外側を上側に向けて載置する。次いで、塗料を吹き付けるためのノズル27の噴出口を、パイロット部9の表面のうちで塗膜16を形成すべき部分に対向させる。具体的には、本例では、一対のノズル27の噴出口を、パイロット部9の軸方向外側部分の円周方向1箇所位置の外周面と内周面とにそれぞれ対向させる。
【0072】
そして、ハブ3を回転させながら、一対のノズル27の噴出口から霧状の塗料を噴出することで、塗料を、パイロット部9の表面のうち、外径側段差面部12および外径側小径面部10と、軸方向外側の端面25と、内径側大径面部13および内径側段差面部14とに全周にわたって吹き付ける。これにより、外径側段差面部12と、外径側小径面部10と、パイロット部9の軸方向外側の端面25と、内径側大径面部13と、内径側段差面部14とを覆う塗膜16を形成する。
【0073】
なお、本例では、一対のノズル27の噴出口を、パイロット部9の軸方向外側部分の外周面と内周面とにそれぞれ対向させ、ハブ輪23を回転させながら、一対のノズル27の噴出口から塗料を噴出することで塗膜16を形成している。ただし、本発明を実施する場合、複数個のノズルの噴出口を、パイロット部の軸方向外側部分の円周方向複数箇所位置の外周面と内周面とにそれぞれ対向させ、前記ノズルの噴出口から塗料を噴出し、円周方向複数箇所を同時に塗装することで、全周にわたって均一な塗膜を形成するようにしても良い。
【0074】
また、塗膜16をスプレー塗装により形成する際に、塗膜16を形成すべきでない部分に、カバーやテープなどによりマスキングを施すこともできる。具体的には、本例では、回転フランジ20の軸方向外側面や座面18などにマスキングを施すことができる。
【0075】
なお、塗膜16を形成するための塗装は、ハブ輪23の周囲に外輪2や転動体4a、4b、内輪22を組み付けた後で行うことが好ましい。
【0076】
本例のハブユニット軸受1は、パイロット部9の外周面に外径側稜部28を有し、かつ、パイロット部9の内周面に内径側稜部29を有する。このため、塗膜16を構成する塗料が乾く前に、ハブ3の軸方向外側を上側に向けて載置した状態でも、外径側段差面部12および外径側小径面部10と、軸方向外側の端面25と、内径側大径面部13および内径側段差面部14とに吹き付けられた塗料が、該塗料の表面張力により、外径側稜部28を乗り越えて、外径側大径面部11や回転フランジ20の軸方向外側面に付着したり、前記塗料の表面張力により、内径側稜部29を乗り越えて、内径側小径面部17や座面18に付着したりすること(液垂れ)を防止できる。したがって、塗膜16により覆われた部分と覆われていない部分とを明確に区分することができる。要するに、塗膜16の形成範囲を精度よく規制することができる。
【0077】
また、本例のハブユニット軸受1によれば、特開2011-25732号公報に記載の塗装方法のように、塗料が乾くまで、ハブを、軸方向外側を下側に向け、かつ、宙に浮かせた状態で保持するための専用の設備は必要ない。このため、ハブユニット軸受1の製造コストを抑えることができる。
【0078】
また、本例の塗膜16の形成方法では、ハブ3を、軸方向外側を上側に向けて載置した状態で、パイロット部9の表面を塗装することにより、塗膜16を形成しているため、塗装完了後、塗膜16が適切に形成されているか否かを、目視により容易に確認することができる。
【0079】
また、本例では、外径側小径面部10が、ホイール30を外嵌するためのホイール嵌合面部を構成し、かつ、外径側大径面部11が、制動用回転体31を外嵌するためのブレーキ嵌合面部を構成している。ただし、本発明を実施する場合であって、ホイール嵌合面部の軸方向外側部分にのみ塗膜を形成する場合、前記ホイール嵌合面部の軸方向中間部に外径側段差面部を配置することもできる。
【0080】
また、本例の塗膜16の形成方法では、スプレー塗装により塗膜16を形成しているが、液垂れを防止して、塗膜の形成範囲を精度よく規制することができる限り、はけ塗りや浸漬塗装などにより塗膜を形成することもできる。
【符号の説明】
【0081】
1 ハブユニット軸受
2 外輪
3 ハブ
4a、4b 転動体
5a、5b 外輪軌道
6 静止フランジ
7 支持孔
8a、8b 内輪軌道
9 パイロット部
10 外径側小径面部
11 外径側大径面部
12 外径側段差面部
13 内径側大径面部
14 内径側段差面部
15 凹溝
16 塗膜
17 内径側小径面部
18 座面
19 係合孔
20 回転フランジ
21 取付孔
22 内輪
23 ハブ輪
24 嵌合筒部
25 端面
26a、26b 保持器
27 ノズル
28 外径側稜部
29 内径側稜部
30 ホイール
31 制動用回転体