(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-14
(45)【発行日】2025-01-22
(54)【発明の名称】質量分析装置
(51)【国際特許分類】
H01J 49/02 20060101AFI20250115BHJP
H01J 49/42 20060101ALI20250115BHJP
H01J 49/00 20060101ALI20250115BHJP
【FI】
H01J49/02 200
H01J49/42 150
H01J49/00 090
(21)【出願番号】P 2023557605
(86)(22)【出願日】2021-11-08
(86)【国際出願番号】 JP2021041050
(87)【国際公開番号】W WO2023079761
(87)【国際公開日】2023-05-11
【審査請求日】2024-04-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100108523
【氏名又は名称】中川 雅博
(74)【代理人】
【識別番号】100125704
【氏名又は名称】坂根 剛
(74)【代理人】
【識別番号】100187931
【氏名又は名称】澤村 英幸
(72)【発明者】
【氏名】水谷 司朗
【審査官】後藤 慎平
(56)【参考文献】
【文献】特表2013-507725(JP,A)
【文献】特開2021-157945(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 40/00-49/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
印加された交流電圧に対応する質量電荷比を有するイオンを選択する質量フィルタと、
各々が整流素子を含みかつ並列に接続された複数の整流部を有し、前記質量フィルタに印加される交流電圧を検波電圧として検波する検波ユニットと、
前記整流素子の漏れ電流に起因する交流電圧のオフセットを打ち消す打消回路と、
前記検波電圧に基づいて、前記打消回路によりオフセットが打ち消された交流電圧を前記質量フィルタに印加する電源装置とを備え
、
前記複数の整流部の各々は、第1の整流素子、第2の整流素子、第3の整流素子および第4の整流素子を含むとともに、第1のノード、第2のノード、第3のノードおよび第4のノードを含み、
前記複数の整流部の各々において、
前記第1の整流素子のカソードおよびアノードは、前記第1のノードおよび前記第3のノードにそれぞれ接続され、
前記第2の整流素子のカソードおよびアノードは、前記第2のノードおよび前記第3のノードにそれぞれ接続され、
前記第3の整流素子のカソードおよびアノードは、前記第4のノードおよび前記第1のノードにそれぞれ接続され、
前記第4の整流素子のカソードおよびアノードは、前記第4のノードおよび前記第2のノードにそれぞれ接続され、
前記複数の整流部の前記第1のノードは、互いに接続され、かつ前記質量フィルタに印加される交流電圧の入力に用いられ、
前記複数の整流部の前記第2のノードは、互いに接続され、かつ前記質量フィルタに印加される交流電圧の入力に用いられ、
前記複数の整流部の前記第3のノードは、互いに接続され、
前記複数の整流部の前記第4のノードは、互いに接続され、
前記第3のノードおよび前記第4のノードの一方は、接地電位に維持され、
前記第3のノードおよび前記第4のノードの他方は、検波された交流電圧の出力に用いられる、質量分析装置。
【請求項2】
前記打消回路は、交流電圧を制御するために入力される制御電圧に予め定められた打消電圧を加算することにより交流電圧のオフセットを打ち消す、請求項1記載の質量分析装置。
【請求項3】
前記打消回路は、前記制御電圧と前記打消電圧とを加算して出力する加算器を含み、
前記電源装置は、前記加算器により出力された電圧と、前記検波電圧とに基づいて交流電圧を前記質量フィルタに印加する、請求項2記載の質量分析装置。
【請求項4】
前記打消回路は、交流電圧を制御するために入力される制御電圧と前記検波電圧との加算電圧に予め定められた打消電圧を加算することにより交流電圧のオフセットを打ち消す、請求項1記載の質量分析装置。
【請求項5】
前記打消回路は、前記制御電圧と前記検波電圧と前記打消電圧とを加算して出力する加算器を含み、
前記電源装置は、前記加算器により出力された電圧に基づいて交流電圧を前記質量フィルタに印加する、請求項4記載の質量分析装置。
【請求項6】
前記打消電圧は、イオンの任意の質量電荷比における理論値と実測値とのずれを打ち消すように予め定められる、請求項2~5のいずれか一項に記載の質量分析装置。
【請求項7】
前記打消電圧は、前記質量フィルタにより選択されるイオンの質量電荷比を0.1以上5以下の一定値だけシフトさせるように予め定められる、請求項2~5のいずれか一項に記載の質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
試料に含まれる成分の質量を分析する分析装置として質量分析装置が知られている。例えば、特許文献1に記載された四重極質量分析装置においては、イオン源により試料から生成された各種イオンが四重極フィルタに導入される。四重極フィルタの4本のロッド電極には、四重極電源部により高周波電圧および直流電圧が印加される。特定の質量電荷比を有するイオンのみが選択的に四重極フィルタを通過し、検出器により検出される。四重極フィルタを通過するイオンの質量電荷比は、各ロッド電極に印加される高周波電圧および直流電圧に依存する。
【0003】
四重極電源部においては、各ロッド電極に印加される高周波電圧は、コンデンサを通して検波電流に変換され、検波部の整流素子に流れる。検波電流は、抵抗を流れることにより直流電圧に変換され、変換された電圧と、目標電圧との差がフィードバックされる。目標電圧は、任意の質量電荷比に対応して設定される。したがって、目標電圧を掃引することにより、各ロッド電極に印加される高周波電圧を掃引して、四重極フィルタを通過するイオンの質量電荷比を走査することができる。
【0004】
整流素子に比較的大きい検波電流が流れる場合、整流素子における漏れ電流により、検波電圧は、本来変換されるべき電圧よりも小さい電圧に変換され、フィードバック回路において、出力される電圧は目標電圧よりも大きく出力される。この場合、質量が大きい範囲において、出力される電圧と目標電圧との差が増大するため、質量のずれが発生する。そこで、特許文献1においては、検波部と略同一の検波特性を有する補助検波部が設けられる。目標電圧に対する補助検波部の非直線性誤差量が算出され、非直線性誤差量に応じて検波部による検波電圧が補正される。
【文献】特開2002-33075号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
整流素子における漏れ電流の直線性が悪い場合には、質量が大きい範囲において、マススペクトルのピークが適切に分離されないことがある。そのため、整流素子の非直線的な特性の影響による質量のずれを適切に防止することができない。
【0006】
本発明の目的は、整流素子の非直線性に起因する質量のずれを防止することが可能な質量分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様は、印加された交流電圧に対応する質量電荷比を有するイオンを選択する質量フィルタと、各々が整流素子を含みかつ並列に接続された複数の整流部を有し、前記質量フィルタに印加される交流電圧を検波電圧として検波する検波ユニットと、前記整流素子の漏れ電流に起因する交流電圧のオフセットを打ち消す打消回路と、前記検波電圧に基づいて、前記打消回路によりオフセットが打ち消された交流電圧を前記質量フィルタに印加する電源装置とを備え、前記複数の整流部の各々は、第1の整流素子、第2の整流素子、第3の整流素子および第4の整流素子を含むとともに、第1のノード、第2のノード、第3のノードおよび第4のノードを含み、前記複数の整流部の各々において、前記第1の整流素子のカソードおよびアノードは、前記第1のノードおよび前記第3のノードにそれぞれ接続され、前記第2の整流素子のカソードおよびアノードは、前記第2のノードおよび前記第3のノードにそれぞれ接続され、前記第3の整流素子のカソードおよびアノードは、前記第4のノードおよび前記第1のノードにそれぞれ接続され、前記第4の整流素子のカソードおよびアノードは、前記第4のノードおよび前記第2のノードにそれぞれ接続され、前記複数の整流部の前記第1のノードは、互いに接続され、かつ前記質量フィルタに印加される交流電圧の入力に用いられ、前記複数の整流部の前記第2のノードは、互いに接続され、かつ前記質量フィルタに印加される交流電圧の入力に用いられ、前記複数の整流部の前記第3のノードは、互いに接続され、前記複数の整流部の前記第4のノードは、互いに接続され、前記第3のノードおよび前記第4のノードの一方は、接地電位に維持され、前記第3のノードおよび前記第4のノードの他方は、検波された交流電圧の出力に用いられる、質量分析装置に関する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、整流素子の非直線性に起因する質量のずれを防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は本発明の一実施の形態に係る質量分析装置の構成を示す図である。
【
図5】
図5は参考形態における検波ユニットの構成を示す図である。
【
図6】
図6は比較例1におけるマススペクトルを示す図である。
【
図7】
図7は実施例1におけるマススペクトルを示す図である。
【
図8】
図8は実施例2におけるマススペクトルを示す図である。
【
図9】
図9は実施例3におけるマススペクトルを示す図である。
【
図10】
図10は比較例2および実施例4におけるマススペクトルを示す図である。
【
図11】
図11は比較例3および実施例5におけるマススペクトルを示す図である。
【
図12】
図12は比較例4および実施例6におけるマススペクトルを示す図である。
【
図13】
図13は参考例1,2におけるマススペクトルを示す図である。
【
図14】
図14は変形例における電源装置の構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
(1)質量分析装置の構成
以下、本発明の実施の形態に係る質量分析装置について図面を参照しながら詳細に説明する。
図1は、本発明の一実施の形態に係る質量分析装置の構成を示す図である。
図1に示すように、質量分析装置200は、電源装置100、イオン源110、イオン輸送部120、四重極質量フィルタ130、イオン検出器140および処理装置150を含む。
【0011】
イオン源110は、例えば紫外領域の光源を含み、分析対象の試料にパルス光を照射することにより、試料に含まれる各種成分のイオンを生成する。イオン輸送部120は、例えばイオンレンズを含み、イオン源110により生成されたイオンを収束させつつ、点線で示すイオン光軸201に沿って四重極質量フィルタ130に導入する。
【0012】
四重極質量フィルタ130は、4本のロッド電極131~134を含む。ロッド電極131~134は、イオン光軸201を中心とする仮想的な円筒に内接するように互いに平行に配置される。したがって、ロッド電極131とロッド電極133とは、イオン光軸201を挟んで対向する。ロッド電極132とロッド電極134とは、イオン光軸201を挟んで対向する。
【0013】
電源装置100は、直流電圧Uと高周波電圧Vcosωtとの加算電圧(U+Vcosωt)をロッド電極131,133に印加する。また、電源装置100は、直流電圧-Uと高周波電圧-Vcosωtとの加算電圧(-U-Vcosωt)をロッド電極132,134に印加する。これにより、四重極質量フィルタ130に導入されたイオンのうち、直流電圧Uと高周波電圧の振幅Vとにより定まる特定の質量電荷比を有するイオンのみが四重極質量フィルタ130を通過する。電源装置100の構成については後述する。
【0014】
イオン検出器140は、例えば二次電子増倍管を含む。イオン検出器140は、四重極質量フィルタ130を通過したイオンを検出し、検出量を示す検出信号を処理装置150に出力する。
【0015】
処理装置150は、例えばCPU(中央演算処理装置)を含み、パーソナルコンピュータ等の情報処理装置により実現される。処理装置150は、電源装置100、イオン輸送部120、四重極質量フィルタ130およびイオン検出器140の動作を制御する。また、処理装置150は、イオン検出器140により出力された検出信号を処理することにより、イオンの質量電荷比と検出量との関係を示すマススペクトルを生成する。
【0016】
(2)電源装置の構成
図2は、
図1の電源装置100の構成を示す図である。
図2に示すように、電源装置100は、検波ユニット10、電圧制御部20、高周波電圧発生部30、直流電圧発生部40および加算部50を含む。電圧制御部20、高周波電圧発生部30および直流電圧発生部40は、電気抵抗、コイル、コンデンサ、演算増幅器または論理回路等の回路素子により構成される。加算部50は、変圧器により構成される。
【0017】
電圧制御部20には、
図1の処理装置150により制御電圧および補正電圧が与えられるとともに、検波ユニット10から検波電圧がフィードバックされる。制御電圧は、四重極質量フィルタ130に印加される高周波電圧が任意の目標電圧に一致するように高周波電圧を制御するための電圧である。補正電圧は、質量電荷比の質量分解能を補正するための電圧である。検波ユニット10によりフィードバックされる検波電圧については後述する。
【0018】
電圧制御部20は、打消回路60を含む。打消回路60は、整流素子D1~D4の漏れ電流に起因する高周波電圧と目標電圧とのずれ(以下、オフセットと呼ぶ。)を打ち消すための打消電圧を制御電圧に加算する。打消回路60の詳細については後述する。また、電圧制御部20は、制御電圧、補正電圧および検波電圧に比較、変調、増幅および加算等の種々の処理を適宜実行することにより2系統の電圧を生成し、高周波電圧発生部30および直流電圧発生部40にそれぞれ与える。
【0019】
高周波電圧発生部30は、電圧制御部20により与えられた電圧に基づいて、位相が互いに180°異なる高周波電圧±Vcosωtを生成する。直流電圧発生部40は、電圧制御部20により与えられた電圧に基づいて、極性が互いに異なる直流電圧±Uを生成する。
【0020】
加算部50は、変圧器を含み、高周波電圧発生部30により生成された高周波電圧と、直流電圧発生部40により生成された直流電圧とを加算することにより、電圧U+Vcosωtおよび電圧-U-Vcosωtを生成する。また、加算部50は、生成された電圧U+Vcosωtを二次コイルの一方の出力端子から四重極質量フィルタ130のロッド電極131,133に印加する。加算部50は、生成された電圧-U-Vcosωtを二次コイルの他方の出力端子から四重極質量フィルタ130のロッド電極132,134に印加する。
【0021】
(3)検波ユニット
検波ユニット10は、加算部50の二次コイルの出力端子間に接続され、加算部50から出力される高周波電圧を検波電圧に変換する。
図3は、
図2の検波ユニット10の構成を示す図である。
図3に示すように、検波ユニット10は、複数の整流部11、検波コンデンサ12,13、検出抵抗14および平滑コンデンサ15を含む。
【0022】
各整流部11は、4つの整流素子D1~D4を含む。各整流素子D1~D4は、例えば高速ダイオードまたはショットキーバリアダイオードである。整流素子D1のカソードおよびアノードは、ノードN1,N3にそれぞれ接続される。整流素子D2のカソードおよびアノードは、ノードN2,N3にそれぞれ接続される。整流素子D3のカソードおよびアノードは、ノードN4,N1にそれぞれ接続される。整流素子D4のカソードおよびアノードは、ノードN4,N2にそれぞれ接続される。
【0023】
複数の整流部11は、並列に接続される。具体的には、複数の整流部11のノードN1は互いに接続され、複数の整流部11のノードN2は互いに接続される。また、複数の整流部11のノードN3は互いに接続され、複数の整流部11のノードN4は互いに接続される。複数の整流部11のノードN3は、接地端子に接続される。検波ユニット10に設けられる整流部11の数は、2以上であれば特に限定されない。
【0024】
検波コンデンサ12,13は、例えばセラミックコンデンサである。検波コンデンサ12は、電圧U+Vcosωtを出力する加算部50(
図2)の一方の出力端子と、複数の整流部11のノードN1との間に接続される。検波コンデンサ13は、電圧-U-Vcosωtを出力する加算部50の他方の出力端子と、複数の整流部11のノードN2との間に接続される。検出抵抗14と平滑コンデンサ15とは、互いに並列に接続された状態で、複数の整流部11のノードN4と接地端子との間に接続される。
【0025】
上記の構成によれば、加算部50の出力端子の高周波電圧が検波コンデンサ12または検波コンデンサ13により検波電流に変換され、複数の整流部11を流れることにより整流される。整流された電流は、検出抵抗14を流れることにより検波電圧に変換され、
図2の電圧制御部20にフィードバックされる。
【0026】
(4)打消電圧印加部
図4は、
図2の打消回路60の構成を示す図である。
図4に示すように、打消回路60は、抵抗素子61~65、基準電源66および演算増幅器67を含む。抵抗素子61~65の抵抗値は、それぞれR1~R5である。基準電源66は、基準電圧Vrを生成する直流電源である。
【0027】
抵抗素子61は、基準電源66の正極とノードN5との間に接続される。抵抗素子62は、ノードN5と接地端子との間に接続される。抵抗素子63は、ノードN5と演算増幅器67の反転入力端子との間に接続される。抵抗素子64は、制御電圧の入力端子と演算増幅器67の反転入力端子との間に接続される。抵抗素子65は、演算増幅器67の反転入力端子と出力端子との間に接続される。基準電源66の負極および演算増幅器67の非反転入力端子は、接地端子に接続される。
【0028】
この構成によれば、基準電源66に生成される基準電圧Vrが、抵抗値R1と抵抗値R2との比率に応じて分圧され、打消電圧としてノードN5に印加される。また、打消電圧と制御電圧とが演算増幅器67により加算される。したがって、演算増幅器67が、制御電圧と打消電圧とを加算して出力する加算器の例である。
【0029】
演算増幅器67により出力される電圧における打消電圧と制御電圧との比は、抵抗値R3の逆数と抵抗値R4の逆数との比に等しい。抵抗値R1~R5および基準電圧Vrは、打消電圧が高周波電圧のオフセットを打ち消すことができるように予め定められる。
【0030】
例えば、任意の質量電荷比の理論値に対する実測値のずれが1(u)であるとする。また、制御電圧が9.16Vのとき、質量電荷比が2000であるとする。この場合、9.16V/2000=4.58mV程度の打消電圧が制御電圧に加算されるように抵抗値R1~R5および基準電圧Vrが定められる。一例として、R1=100kΩ、R2=3.3kΩ、R3=100kΩ、R4=1kΩ、R5=1kΩおよびVr=-15Vのとき、打消電圧は4.79mVとなる。この打消電圧により高周波電圧のオフセットを打ち消すことができる。
【0031】
(5)比較例および実施例
(a)検波ユニット
図5は、参考形態における検波ユニットの構成を示す図である。
図5に示すように、参考形態における検波ユニット10aは、複数ではなく1つの整流部11を含む点を除き、
図3の検波ユニット10と同様の構成を有する。比較例1において、
図5の参考形態における検波ユニット10aを用いてマススペクトルを測定した。
【0032】
また、実施例1において、並列に接続された2つの整流部11を含む検波ユニット10を用いてマススペクトルを測定した。実施例2において、並列に接続された3つの整流部11を含む検波ユニット10を用いてマススペクトルを測定した。実施例3において、並列に接続された4つの整流部11を含む検波ユニット10を用いてマススペクトルを測定した。なお、比較例1および実施例1~3では、直線性が比較的悪い整流素子D1~D4が用いられた。ここで、直線性が悪いことは、整流素子D1~D4に所定値以上の検波電流が流れる場合、整流素子D1~D4に流れる漏れ電流が急激に大きくなることを意味する。
【0033】
図6は、比較例1におけるマススペクトルを示す図である。
図7は、実施例1におけるマススペクトルを示す図である。
図8は、実施例2におけるマススペクトルを示す図である。
図9は、実施例3におけるマススペクトルを示す図である。
【0034】
図6~
図9の各マススペクトルにおいては、複数の特定の質量電荷比近傍のピークが拡大表示されている。複数のピークの拡大率はそれぞれ異なる。各枠内のマススペクトルにおける点線に対応するピーク位置と当該枠の横軸の中央位置とのずれが、高周波電圧のオフセットを示す。なお、
図6~
図9の各マススペクトルにおける横軸の目盛りの間隔は0.5(u)である。後述する
図10~
図13においては、横軸の目盛りの間隔は1(u)である。
【0035】
図6に示すように、比較例1においては、質量電荷比が1004.60よりも大きい範囲では、ピークの幅が増大している。また、質量電荷比が1601.15よりも大きい範囲では、各ピークが他のピークから分離されていない。
図7に示すように、実施例1においては、質量電荷比が1893.40近傍のピークの幅が増大しているが、各ピークが他のピークから分離されている。
図8および
図9に示すように、実施例2,3においては、全体的に各ピークの幅が増大することなく、各ピークが他のピークから分離されている。
【0036】
比較例1と実施例1~3との比較結果から、整流素子D1~D4の直線性が比較的悪い場合でも、複数の整流部11が並列に接続されることにより、質量電荷比が比較的大きい範囲においても、各ピークを他のピークから分離することが可能であることが確認された。一方で、並列に接続される整流部11の数が多くなるほど、高周波電圧のオフセットが大きくなることが確認された。
【0037】
(b)打消回路
比較例2~4において、電圧制御部20に打消回路60を設けることなく、それぞれ実施例1~3と同様の検波ユニット10を用いてマススペクトルを測定した。また、実施例4~6において、電圧制御部20に打消回路60を設けて、それぞれ実施例1~3と同様の検波ユニット10を用いてマススペクトルを測定した。なお、比較例2~4および実施例4~6では、直線性が比較的よい整流素子D1~D4が用いられた。ここで、直線性がよいことは、整流素子D1~D4に流れる検波電流の大きさに関わらず、整流素子D1~D4に流れる漏れ電流の大きさが略一定であることを意味する。
【0038】
図10は、比較例2および実施例4におけるマススペクトルを示す図である。
図11は、比較例3および実施例5におけるマススペクトルを示す図である。
図12は、比較例4および実施例6におけるマススペクトルを示す図である。
【0039】
図10の上段に示すように、比較例2においては、点線で示す質量電荷比1004.6のピーク位置は、枠の横軸の中央位置から低質量側(左側)に約1.3(u)ずれている。したがって、質量電荷比1004.6近傍における質量電荷比の実測値と理論値とのずれは約1.3(u)である。これに対し、
図10の下段に示すように、実施例4においては、約1.3(u)の質量電荷比のずれに対応する高周波電圧のオフセットが打ち消されることにより、点線で示す質量電荷比1004.6のピークが枠の横軸の中央の近傍に位置している。
【0040】
同様に、
図11の上段に示すように、比較例3においては、質量電荷比1004.6近傍における質量電荷比の実測値と理論値とのずれは約1.7(u)である。これに対し、
図11の下段に示すように、実施例5においては、約1.7(u)の質量電荷比のずれに対応する高周波電圧のオフセットが打ち消されることにより、点線で示す質量電荷比1004.6のピークが枠の横軸の中央の近傍に位置している。
【0041】
図12の上段に示すように、比較例4においては、質量電荷比1004.6近傍における質量電荷比の実測値と理論値とのずれは約2.1(u)である。これに対し、
図12の下段に示すように、実施例6においては、約2.1(u)の質量電荷比のずれに対応する高周波電圧のオフセットが打ち消されることにより、点線で示す質量電荷比1004.6のピークが枠の横軸の中央の近傍に位置している。
【0042】
比較例2~4の比較結果から、並列に接続される整流部11の数が多くなるほど、高周波電圧のオフセットが大きくなることが確認された。一方で、比較例2~4と実施例4~6との比較結果から、制御電圧に打消電圧が加算されることにより、高周波電圧のオフセットを打ち消すことができることが確認された。
【0043】
(6)参考例
参考例1において、電圧制御部20に打消回路60を設けることなく、比較例1と同様の検波ユニット10aを用いてマススペクトルを測定した。また、参考例2において、電圧制御部20に打消回路60を設けて、比較例1と同様の検波ユニット10aを用いてマススペクトルを測定した。ここで、参考例1,2では、比較例2~4および実施例4~6と同じ整流素子D1~D4が用いられた。
【0044】
図13は、参考例1,2におけるマススペクトルを示す図である。
図13の上段に示すように、参考例1においては、質量電荷比1004.6近傍における質量電荷比の実測値と理論値とのずれは約1.0(u)である。これに対し、
図13の下段に示すように、参考例2においては、約1.0(u)の質量電荷比のずれに対応する高周波電圧のオフセットが打ち消されることにより、点線で示す質量電荷比1004.6のピークが枠の横軸の中央の近傍に位置している。
【0045】
参考例1,2の比較結果から、整流部11の数が1つであっても、制御電圧に打消電圧が加算されることにより、高周波電圧のオフセットを打ち消すことができることが確認された。
【0046】
(7)効果
本実施の形態に係る質量分析装置200において、印加された高周波電圧に対応する質量電荷比を有するイオンが四重極質量フィルタ130により選択される。各々が整流素子D1~D4を含みかつ並列に接続された複数の整流部11を有する検波ユニット10により、四重極質量フィルタ130に印加される高周波電圧が検波電圧として検波される。整流素子D1~D4の漏れ電流に起因する高周波電圧のオフセットが打消回路60により打ち消される。検波電圧に基づいて、打消回路60によりオフセットが打ち消された高周波電圧が電源装置100により四重極質量フィルタ130に印加される。
【0047】
この質量分析装置200によれば、各整流部11の整流素子D1~D4の直線動作範囲がそれほど広くない場合でも、複数の整流部11が電気的に並列に接続されることにより、検波ユニット10における全体的な直線性が改善される。これにより、質量電荷比が比較的大きい範囲においても、イオンを質量電荷比ごとに適切に分離することができる。
【0048】
ここで、並列に接続される整流部11の数が多くなるほど、整流素子D1~D4の漏れ電流に起因して高周波電圧のオフセットが大きくなる。このような場合でも、整流素子D1~D4の漏れ電流に起因する高周波電圧のオフセットが打消回路60により打ち消される。その結果、整流素子D1~D4の非直線性に起因する質量電荷比のずれを防止することができる。
【0049】
高周波電圧のオフセットは、高周波電圧を制御するために入力される制御電圧に予め定められた打消電圧が加算されることにより打ち消される。具体的には、打消回路60は、制御電圧と打消電圧とを加算して出力する演算増幅器67を含む。また、電源装置100は、演算増幅器67により出力された電圧と、検波電圧とに基づいて高周波電圧を四重極質量フィルタ130に印加する。この場合、簡単な構成で高周波電圧のオフセットを打ち消すとともに、オフセットが打ち消された高周波電圧を四重極質量フィルタ130に印加することができる。
【0050】
ここで、打消電圧は、イオンの任意の質量電荷比における理論値と実測値とのずれを打ち消すように予め定められる。例えば、打消電圧は、四重極質量フィルタ130により選択されるイオンの質量電荷比を0.1(u)以上5(u)以下の一定値だけシフトさせるように予め定められる。この場合、高周波電圧のオフセットを打ち消すための打消電圧を容易に定めることができる。
【0051】
(8)変形例
図2の電源装置100においては、制御電圧に打消電圧が加算されるが、実施の形態はこれに限定されない。
図14は、変形例における電源装置100の構成を示す図である。
図14に示すように、変形例においては、打消回路70により制御電圧と検波電圧との加算電圧に打消電圧が加算される。
【0052】
図15は、
図14の打消回路70の構成を示す図である。
図15に示すように、打消回路70は、抵抗素子71~75、基準電源76、演算増幅器77
,78およびエラー増幅器79を含む。抵抗素子71~75の抵抗値は、それぞれR1~R5である。基準電源76は、基準電圧Vrを生成する直流電源である。
【0053】
抵抗素子71は、基準電源76の正極とノードN6との間に接続される。抵抗素子72は、ノードN6と接地端子との間に接続される。抵抗素子73は、ノードN6とエラー増幅器79の反転入力端子との間に接続される。抵抗素子74は、演算増幅器77の出力端子とエラー増幅器79の反転入力端子との間に接続される。抵抗素子75は、演算増幅器78の出力端子とエラー増幅器79の反転入力端子との間に接続される。
【0054】
基準電源76の負極は、接地端子に接続される。演算増幅器77の入力端子は、制御電圧の入力端子に接続される。演算増幅器78の入力端子は、検波電圧の入力端子に接続される。エラー増幅器79の非反転入力端子は、接地端子に接続される。なお、演算増幅器77,78の増幅率は1である。
【0055】
この構成によれば、基準電源76に生成される基準電圧Vrが、抵抗値R1と抵抗値R2との比率に応じて分圧され、打消電圧としてノードN6に印加される。また、打消電圧、制御電圧および検波電圧がエラー増幅器79により加算される。したがって、エラー増幅器79が、制御電圧と検波電圧と打消電圧とを加算して出力する加算器の例である。
【0056】
エラー増幅器79により出力される電圧における打消電圧と制御電圧と検波電圧との比は、抵抗値R3の逆数と抵抗値R4の逆数と抵抗値R5の逆数との比に等しい。抵抗値R1~R5および基準電圧Vrは、高周波電圧のオフセットを打ち消すことができるように予め定められる。
【0057】
一例として、R1=100kΩ、R2=3.3kΩ、R3=1MΩ、R4=10kΩ、R5=10kΩおよびVr=-15Vのとき、打消電圧は4.79mVとなる。この打消電圧により、任意の質量電荷比の理論値に対する実測値の約1(u)のずれに対応する高周波電圧のオフセットを打ち消すことができる。
【0058】
このように、変形例においては、高周波電圧のオフセットは、高周波電圧を制御するために入力される制御電圧と検波電圧との加算電圧に予め定められた打消電圧が加算されることにより打ち消される。具体的には、打消回路70は、制御電圧と検波電圧と打消電圧とを加算して出力するエラー増幅器79を含む。また、電源装置100は、エラー増幅器79により出力された電圧に基づいて高周波電圧を四重極質量フィルタ130に印加する。この場合、簡単な構成で高周波電圧のオフセットを打ち消すとともに、オフセットが打ち消された高周波電圧を四重極質量フィルタ130に印加することができる。
【0059】
(9)他の実施の形態
上記実施の形態において、検波ユニット10および打消回路60,70は電源装置100の内部に設けられるが、実施の形態はこれに限定されない。検波ユニット10は電源装置100の外部に設けられてもよい。同様に、打消回路60,70の一部または全部が電源装置100の外部に設けられてもよい。
【0060】
また、上記実施の形態において、各整流部11のノードN3が接地端子に接続され、各整流部11のノードN4が検出抵抗14と平滑コンデンサ15とに接続されるが、実施の形態はこれに限定されない。各整流部11のノードN4が接地端子に接続され、各整流部11のノードN3が検出抵抗14と平滑コンデンサ15とに接続されてもよい。
【0061】
さらに、上記実施の形態において、整流部11は全波整流回路を構成する4つの整流素子D1~D4を含むが、実施の形態はこれに限定されない。整流部11は半波整流回路を構成する1つの整流素子を含んでもよい。
【0062】
(10)態様
上記の複数の例示的な実施の形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0063】
(第1項)一態様に係る質量分析装置は、
印加された交流電圧に対応する質量電荷比を有するイオンを選択する質量フィルタと、
各々が整流素子を含みかつ並列に接続された複数の整流部を有し、前記質量フィルタに印加される交流電圧を検波電圧として検波する検波ユニットと、
前記整流素子の漏れ電流に起因する交流電圧のオフセットを打ち消す打消回路と、
前記検波電圧に基づいて、前記打消回路によりオフセットが打ち消された交流電圧を前記質量フィルタに印加する電源装置とを備えてもよい。
【0064】
この質量分析装置によれば、各整流部の整流素子の直線動作範囲がそれほど広くない場合でも、複数の整流部が電気的に並列に接続されることにより、検波ユニットにおける全体的な直線性が改善される。これにより、質量電荷比が比較的大きい範囲においても、イオンを質量電荷比ごとに適切に分離することができる。
【0065】
ここで、並列に接続される整流部の数が多くなるほど、整流素子の漏れ電流に起因して交流電圧のオフセットが大きくなる。このような場合でも、整流素子の漏れ電流に起因する交流電圧のオフセットが打消回路により打ち消される。その結果、整流素子の非直線性に起因する質量電荷比のずれを防止することができる。
【0066】
(第2項)第1項に記載の質量分析装置において、
前記打消回路は、交流電圧を制御するために入力される制御電圧に予め定められた打消電圧を加算することにより交流電圧のオフセットを打ち消してもよい。
【0067】
この場合、簡単な構成で交流電圧のオフセットを打ち消すことができる。
【0068】
(第3項)第2項に記載の質量分析装置において、
前記打消回路は、前記制御電圧と前記打消電圧とを加算して出力する加算器を含み、
前記電源装置は、前記加算器により出力された電圧と、前記検波電圧とに基づいて交流電圧を前記質量フィルタに印加してもよい。
【0069】
この場合、簡単な構成で交流電圧のオフセットを打ち消すとともに、オフセットが打ち消された交流電圧を質量フィルタに印加することができる。
【0070】
(第4項)第1項に記載の質量分析装置において、
前記打消回路は、交流電圧を制御するために入力される制御電圧と前記検波電圧との加算電圧に予め定められた打消電圧を加算することにより交流電圧のオフセットを打ち消してもよい。
【0071】
この場合、簡単な構成で交流電圧のオフセットを打ち消すことができる。
【0072】
(第5項)第4項に記載の質量分析装置において、
前記打消回路は、前記制御電圧と前記検波電圧と前記打消電圧とを加算して出力する加算器を含み、
前記電源装置は、前記加算器により出力された電圧に基づいて交流電圧を前記質量フィルタに印加してもよい。
【0073】
この場合、簡単な構成で交流電圧のオフセットを打ち消すとともに、オフセットが打ち消された交流電圧を質量フィルタに印加することができる。
【0074】
(第6項)第2項~第5項のいずれか一項に記載の質量分析装置において、
前記打消電圧は、イオンの任意の質量電荷比における理論値と実測値とのずれを打ち消すように予め定められてもよい。
【0075】
この場合、交流電圧のオフセットを打ち消すための打消電圧を容易に定めることができる。
【0076】
(第7項)第2項~第6項のいずれか一項に記載の質量分析装置において、
前記打消電圧は、前記質量フィルタにより選択されるイオンの質量電荷比を0.1以上5以下の一定値だけシフトさせるように予め定められてもよい。
【0077】
この場合、交流電圧のオフセットを打ち消すための打消電圧を容易に定めることができる。