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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-14
(45)【発行日】2025-01-22
(54)【発明の名称】水性インクジェットインキ及び印刷物
(51)【国際特許分類】
   C09D 11/38 20140101AFI20250115BHJP
   B41M 5/00 20060101ALI20250115BHJP
   B41J 2/01 20060101ALI20250115BHJP
【FI】
C09D11/38
B41M5/00 120
B41J2/01 501
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2024080725
(22)【出願日】2024-05-17
(65)【公開番号】P2024173721
(43)【公開日】2024-12-12
【審査請求日】2024-10-18
(31)【優先権主張番号】P 2023089968
(32)【優先日】2023-05-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000222118
【氏名又は名称】artience株式会社
(72)【発明者】
【氏名】速水 真由子
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 佑樹
(72)【発明者】
【氏名】矢吹 良介
(72)【発明者】
【氏名】中村 駿介
【審査官】牟田 博一
(56)【参考文献】
【文献】特開平4-183759(JP,A)
【文献】特開2013-203909(JP,A)
【文献】特開平11-80639(JP,A)
【文献】特開2002-285055(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09D
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
着色剤、水溶性有機溶剤、界面活性剤、及び、水を含み、
前記水溶性有機溶剤が、炭素数2~5のジオール類及びヘキシレングリコールを含み、
前記炭素数2~5のジオール類の含有量と、前記ヘキシレングリコールの含有量との比(炭素数2~5のジオール類の含有量/ヘキシレングリコールの含有量)が、0.15~8であり、
前記界面活性剤が、HLB値が10以下であるアセチレンジオール類を含み、
1気圧下における沸点が250℃以上である水溶性有機溶剤の含有量が、前記水性インクジェットインキ全量中5質量%以下である、水性インクジェットインキ。
【請求項2】
前記ヘキシレングリコールの含有量が、水性インクジェットインキ全量に対して、0.1~30質量%である、請求項1に記載の水性インクジェットインキ。
【請求項3】
前記HLB値が10以下であるアセチレンジオール類の含有量が、水性インクジェットインキ全量に対して、0.1~2.0質量%である、請求項1または2に記載の水性インクジェットインキ。
【請求項4】
請求項1または2に記載の水性インクジェットインキを印刷してなる印刷物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、水性インクジェットインキ、及び、当該水性インクジェットインキを用いて形成された印刷物に関する。
【背景技術】
【0002】
小ロット印刷及び印刷コスト低減のニーズの高まりに伴い、製版を必要としないデジタル印刷方式の普及が急速に進んでいる。
【0003】
当該デジタル印刷方式の一例として、インクジェット印刷方式が挙げられる。インクジェット印刷方式では、微細なノズルからインキの液滴を吐出し、印刷基材(本開示では、単に「基材」とも称する)に付与することによって、当該印刷基材上に画像及び/または文字を印刷する。なお、本開示では、印刷基材と該印刷基材上にインキの印刷によって形成された画像及び/または文字とを総称して「印刷物」という。上記「画像」には、ベタ画像及び市松模様画像等のシームレス画像も含まれる。インクジェット印刷方式は、印刷装置の操作が容易であり、かつ印刷時の騒音が小さいといった特徴を有している。そのため、デジタル印刷方式の中でも当該インクジェット印刷方式を採用した印刷装置(インクジェットプリンタ)の需要が高い。
【0004】
インクジェット印刷方式で使用されるインキ(本開示では、「インクジェットインキ」と称する)は、その組成によって、溶剤型、水性型、紫外線(UV)硬化型等に分類される。一方、近年、ヒト及び環境に対して有害である原料の使用を規制する動きが加速している。それに伴い、上記原料を使用する溶剤型インクジェットインキ及びUV硬化型インクジェットインキではなく、水性型インクジェットインキ(本開示では、単に「水性インクジェットインキ」とも称する)を求める声が高まっている。
【0005】
また近年では、インクジェットヘッドの性能向上に伴い、民生用途のみならず、産業印刷用途においても、インクジェット印刷方式の利用拡大が進んでいる。特に、商業印刷市場及び包装(ラベル・パッケージ)印刷市場では、オフセット印刷方式、グラビア印刷方式等の有版印刷方式からの、インクジェット印刷方式への置き換えが、積極的に検討されている。
【0006】
しかしながら、従来、コート紙及びアート紙等の難浸透性基材、ならびに、フィルム等の非浸透性基材に対して水性インクジェットインキを印刷した場合、有版印刷方式と同等の印刷画質を有する印刷物を得ることは難しかった。具体的には、インクジェット印刷方式で印刷する際に、異なる色を有する水性インクジェットインキ同士が混ざってしまう「ブリーディング(混色にじみ)」と呼ばれる現象が発生しやすい。また、1種類の水性インクジェットインキを用いた印刷物では、色の濃淡が数珠状になって見える「ビーディング(濃淡ムラ)」と呼ばれる現象が発生しやすい。更に、1種類の水性インクジェットインキを用いて作製したベタ印刷物(印字率100%の印刷物)では、当該水性インクジェットインキが印刷基材上に乗らない箇所が生じる「白抜け」と呼ばれる現象が発生しやすい。これらの現象は、水性インクジェットインキの主溶媒である水が、特異的に高い表面張力を有するため、上記基材に対する水性インクジェットインキの濡れ性、特に、マイクロ秒(μs)オーダーでの濡れ性が悪いことに起因している。
【0007】
一般的に、基材に対する濡れ性の向上のため、疎水性の有機溶剤及び界面活性剤を用いることが多い。しかしながら、これら疎水性の材料は、水に対する溶解性が悪い。そのため、上記のような疎水性の材料を使用した場合、水性インクジェットインキの気液界面における不安定化や泡の発生に起因すると考えられるノズル抜けの問題があった。ここで、上記ノズル抜けとは、ノズルから水性インクジェットインキが吐出されない現象をいう。このように、難浸透性基材及び非浸透性基材に対する印刷に使用される水性インクジェットインキでは、従来から、μsオーダーでの基材に対する濡れ性を高めること、及び、長時間の印刷休止後もしくは連続印刷中であってもインクジェットヘッドからノズル抜けなく吐出できる(使用条件によらず吐出安定性が良好である)こと、という2つの課題が同時に解決される必要があった。しかしながら、これら課題のすべてが、同時に、かつ好適に解決できる水性インクジェットインキは、これまでに見出されていない状況にある。
【0008】
なお、本開示では、長時間の印刷休止後の吐出安定性を「待機吐出性」とも称する。また、連続印刷中における吐出安定性を「連続吐出性」とも称する。
【0009】
例えば、特許文献1には、水を主溶媒としながらも、水-オクタノール分配係数の異なる有機溶剤を3種類以上含むインクが開示されており、当該インクを用いることで、非吸収性メディア(非浸透性基材)に対して良好な濡れ性を示す、との説明がある。また特許文献2には、それぞれ特定の構造を有する化合物(有機溶剤)を3種類以上含み、これら化合物の含有量の比を規定したインクジェット用インクが開示されており、当該インクジェットインクを使用することによって、インク非吸収性メディア(非浸透性基材)上での濡れ性と乾燥性とが両立できる、との説明がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2020-125382号公報
【文献】国際公開第2022/224786号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、上記特許文献1、2のどちらのインクも、μsオーダーでの濡れ性の点では不十分であり、更に、インクジェットヘッドのノズル端面における、気液界面の不安定性に起因するノズル抜けが発生してしまう、という問題があり、上述した課題の全てを高いレベルで解決するには至っていない。
【0012】
そこで、本発明の一実施形態では、難浸透性基材及び非浸透性基材に対する印刷であっても、印刷画質に優れた印刷物が得られ、更には、使用条件によらず吐出安定性に優れる、水性インクジェットインキを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らが鋭意検討を行った結果、下記構成を有する水性インクジェットインキによって、上述した課題のすべてが、同時かつ高いレベルで解決できることを見出した。
【0014】
すなわち本発明の一実施形態は、水性インクジェットインキに関する。本発明の他の実施形態は、上記水性インクジェットインキを用いてなる印刷物に関する。より具体的には、本発明の実施形態は以下を含む。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されず、様々な実施形態を含む。
[1]着色剤、水溶性有機溶剤、界面活性剤、及び、水を含み、
前記水溶性有機溶剤が、炭素数2~5のジオール類及びヘキシレングリコールを含み、
前記界面活性剤が、HLB値が10以下であるアセチレンジオール類を含む、水性インクジェットインキ。
[2]前記ヘキシレングリコールの含有量が、水性インクジェットインキ全量に対し0.1~30質量%である、上記[1]に記載の水性インクジェットインキ。
[3]前記HLB値が10以下であるアセチレンジオール類の含有量が、水性インクジェットインキ全量に対して、0.1~2.0質量%である、上記[1]または[2]に記載の水性インクジェットインキ。
[4]上記[1]~[3]のいずれか1つに記載の水性インクジェットインキを印刷してなる印刷物。
【0015】
本願の開示は、2023年5月31日に出願された特願2023-089968号に記載の主題と関連しており、そのすべての開示内容は引用によりここに援用される。
【発明の効果】
【0016】
本発明の一実施形態である水性インクジェットインキによれば、難浸透性基材及び非浸透性基材に対する印刷であっても、印刷画質に優れた印刷物が得られ、更には、使用条件によらず優れた吐出安定性が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に、本発明の一実施形態である水性インクジェットインキ(以下では単に「本実施形態の水性インクジェットインキ」、「インキ」とも称する)について説明する。なお本発明は、以下に記載する実施形態に限定されるものではなく、当該本発明の本質的部分を変更しない範囲内で変形実施できる形態を含む。
【0018】
上述した通り、上記構成を有する本実施形態の水性インクジェットインキは、μsオーダーでの基材に対する濡れ性に優れるため、難浸透性基材及び非浸透性基材に対する印刷であっても、印刷画質に優れた印刷物が得られる。また、長時間の印刷休止後、または連続印刷中であっても、吐出安定性に優れる。そのメカニズムは明確ではないものの、本発明者らは以下のように推測している。ただし本発明は、下記推測によって限定されることはない。
【0019】
一般に、アセチレンジオールは泡が立ちにくい界面活性剤として知られており、ノズル抜けの一因である気泡の発生が少ない。また、非常に安定した分子構造及び小さい分子量のため、μsオーダーといった短時間であっても、基材との界面に配向しやすい。なかでも、HLB値が10以下であるアセチレンジオール類は、PP(ポリプロピレン)フィルム等の、界面自由エネルギーが非常に小さい基材に対しての濡れ性が良好であり、印刷画質の向上が見込める。一方で、上記HLB値が10以下であるアセチレンジオール類は、水に対する溶解性が悪い。そのため、上記HLB値が10以下であるアセチレンジオール類を使用した場合、従来は、インクジェットヘッドのノズル端面において気液界面が不安定化し、ノズル抜けが発生しやすい、という問題があった。
そこで本発明者らが鋭意検討した結果、水溶性有機溶剤として、炭素数2~5のジオール類及びヘキシレングリコールを使用した場合、HLB値が10以下であるアセチレンジオール類が気液界面で不安定化することがなくなり、ノズル抜けが抑制できることを見出した。ヘキシレングリコール(2-メチル-2,4-ペンタンジオール)は、複数の分岐アルキル基を有しており、構造類似性の点で、上記アセチレンジオール類との親和性が高いと考えられる。また、ヘキシレングリコールはジオール類であるため、当然ながら、炭素数2~5のジオール類とも親和性が高い。その結果、ヘキシレングリコール及び炭素数2~5のジオール類が、HLB値が10以下であるアセチレンジオール類を保護するような形となり、上記不安定化を抑制していると推測される。
また、これら水溶性有機溶剤は、低分子量であり、かつ上述した親和性が高いことから、上記HLB値が10以下であるアセチレンジオール類とともに、迅速に基材との界面に配向し、μsオーダーでの濡れ広がりを実現できる。その結果、印刷基材及び印刷速度によらず、有版印刷と同等の印刷画質を有する印刷物が得られる。
【0020】
以上のように、本実施形態の構成を有する水性インクジェットインキによれば、上述した課題の全てを、高いレベルで解決することができる。
【0021】
以下に、本発明の一実施形態である水性インクジェットインキを構成する各成分について、詳細に説明する。
【0022】
<水溶性有機溶剤>
本実施形態の水性インクジェットインキは、水溶性有機溶剤を含む。また上述した通り、当該水溶性有機溶剤として、炭素数2~5のジオール類と、ヘキシレングリコールとを含む。
【0023】
(炭素数2~5のジオール類)
上記炭素数2~5のジオール類として、例えば、1,2-エタンジオール(エチレングリコール)、1,2-プロパンジオール(プロピレングリコール)、1,3-プロパンジオール、1,2-ブタンジオール、1,3-ブタンジオール、1,4-ブタンジオール、2,3-ブタンジオール、1,2-ペンタンジオール、1,5-ペンタンジオール、2,2-ジメチル-1,3-プロパンジオール、2-メチル-1,3-プロパンジオール、3-メチル-1,3-ブタンジオール等の、炭素数2~5のアルカンジオール類、ならびに、ジエチレングリコール、ヒドロキシエトキシプロパノール等の、炭素数2~5のポリオキシアルキレンジオール類が挙げられる。これらの化合物は、1種のみを単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
なかでも、上述したメカニズムが有効に機能するとともに、例えば長期間の印刷休止後であっても吐出安定性が良好である点から、上記炭素数2~5のジオール類として、炭素数2~5のアルカンジオール類を使用することが好ましい。より好ましくは、1,2-エタンジオール、1,2-プロパンジオール、及び1,3-ブタンジオールからなる群から選択される1種以上を使用することができる。また、連続印刷中であっても吐出安定性が良好である点から、1,2-プロパンジオールを使用することが特に好ましい。
【0024】
使用条件によらず吐出安定性に優れる点から、上記炭素数2~5のジオール類の含有量は、水性インクジェットインキの全量に対して、0.5~30質量%であることが好ましく、2~25質量%であることがより好ましく、6~22質量%であることが特に好ましい。
【0025】
(ヘキシレングリコール)
吐出安定性、及び、印刷物の印刷画質がともに良好となる点から、本実施形態の水性インクジェットインキに含まれるヘキシレングリコールの含有量は、当該水性インクジェットインキの全量に対して、0.1~30質量%であることが好ましく、0.6~24質量%であることがより好ましく、1~20質量%であることが特に好ましい。
【0026】
また、上記ヘキシレングリコールの含有量は、当該水性インクジェットインキに含まれる水溶性有機溶剤の全量に対して、3~70質量%であることが好ましく、5~50質量%であることがより好ましく、10~30質量%であることが特に好ましい。水溶性有機溶剤の全量に対する、ヘキシレングリコールの含有量を上記範囲内とすることで、炭素数2~5のジオール類との併用において、HLB値が10以下であるアセチレンジオール類を気液界面で安定化させることが容易となり、例えば長期間の印刷休止後であっても良好な吐出安定性が得られる。また、基材との界面における、上記アセチレンジオール類の配向が最適化し、μsオーダーでの基材への濡れ性も向上する。
【0027】
水性インクジェットインキに含まれる、上記炭素数2~5のジオール類の含有量と上記ヘキシレングリコールの含有量との比(炭素数2~5のジオール類の含有量/ヘキシレングリコールの含有量)は、0.1~20であることが好ましい。上記含有量の比は、0.15~8であることが更に好ましく、0.2~5であることが特に好ましい。上記含有量の比を上記範囲内とすることで、炭素数2~5のジオール類との併用において、HLB値が10以下であるアセチレンジオール類を気液界面で安定化することができ、例えば高速で連続印刷中であっても良好な吐出安定性が得られる。また、上記アセチレンジオール類の配向が最適化し、μsオーダーでの基材への濡れ性も向上する。
【0028】
吐出安定性と印刷画質との両立を実現するためには、更に、上述した水溶性有機溶剤の乾燥挙動を考慮することが好適である。具体的には、炭素数2~5のジオール類を蒸発させるために必要となるエネルギー(VE1)に対する、ヘキシレングリコールを蒸発させるために必要となるエネルギー(VE2)の比(VE2/VE1)は、0.05~1.5であることが好ましく、0.1~1.1であることがより好ましく、0.2~0.9であることが特に好ましい。エネルギー量の比が上記範囲内になるように、ヘキシレングリコールと、炭素数2~5のジオールとを併用した場合、優れた吐出安定性と、印刷画像に優れた印刷物との双方を得ることが容易となる。詳細なメカニズムは不明ながら、上記エネルギー量の比を調整することで、HLB値が10以下であるアセチレンジオール類との親和、印刷基材上での濡れ広がり、等の効果を奏する前に、これらの水溶性有機溶剤が揮発してしまうことを防止できる。その結果、印刷基材の種類、印刷条件及び印刷速度によらず、吐出安定性、及び、印刷物における印刷画質の双方を容易に向上させることが可能となる。
【0029】
水溶性有機溶剤を蒸発させるために必要となるエネルギーは、下記式(1-1)によって算出することができる。
【0030】

式(1-1):
VE=(BP-25)×MP×SH
【0031】
上記式(1-1)中、VEは、水性インクジェットインキ内に含まれる、対象となる水溶性有機溶剤を蒸発させるために必要となるエネルギー(cal)である。
BPは、上記水溶性有機溶剤の、1気圧下における沸点(℃)である。
MPは、上記水溶性有機溶剤の、上記水性インクジェットインキ中の含有量(質量%)である。
SHは、上記水溶性有機溶剤の、25℃における比熱(cal/g・℃)である。また上記比熱は、後述するミスナール推算法によって算出することができる。
【0032】
ミスナール(Missenard)推算法とは、対象となる化合物の分子構造、及び、温度に応じて決定される値の総和を、上記温度における比熱(cal/mol・℃)とするものである。ただし、上記ミスナール推算法によって算出される比熱の単位は「cal/mol・℃」であるため、上記式(1-1)では、ミスナール推算法によって得られる対象となる化合物の比熱の値を、当該化合物の分子量で除算して使用する。なお、上記のように分子構造に応じて決定される、25℃における値の例を、下表1に示す。
【0033】
【表1】
【0034】
(その他水溶性有機溶剤)
本実施形態の水性インクジェットインキには、上記炭素数2~5のジオール類、及び、上記ヘキシレングリコール以外の水溶性有機溶剤(本開示では「その他水溶性有機溶剤」と称する)が含まれてもよい。
【0035】
本実施形態の水性インクジェットインキでは、上記その他水溶性有機溶剤として、例えば、
アルカンジオール類(ただし、炭素数が2~5であるもの、及び、ヘキシレングリコールを除く)、
アルカントリオール類(ただし、炭素数が3~6であるもの)、
ポリオキシアルキレンジオール類(ただし、オキシアルキレン基がオキシエチレン基及び/またはオキシプロピレン基であり、当該オキシアルキレン基の数が2~4であるものであって、炭素数が2~5であるものを除く)、
(ポリ)オキシアルキレンモノアルキルエーテル類(ただし、オキシアルキレン基がオキシエチレン基、オキシプロピレン基であり、当該オキシアルキレン基の数が1~4であり、末端のアルキル基の炭素数が1~4であるもの、または、オキシアルキレン基がオキシブチレン基もしくはオキシペンチレン基であり、当該オキシアルキレン基の数が1であり、末端のアルキル基の炭素数が1~4であるもの)、
(ポリ)オキシエチレンジアルキルエーテル類(ただし、オキシアルキレン基の数が1~4であり、末端のアルキル基の炭素数がそれぞれ1~4であるもの)、
ラクタム類(ただし、ラクタム環を構成する原子の数が5~7であるもの。また、当該ラクタム環を構成する窒素原子及び/または炭素原子に、炭素数1~2のアルキル基、炭素数1~2のヒドロキシアルキル基、または、ビニル基が結合していてもよい)、
アルカノールアミン類(ただし、アミノ基の数が1であり、水酸基の数が1~3であり、炭素数が3~9であるもの)、等が使用できる。
これらのその他水溶性有機溶剤は、1種のみを単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
なお本開示において「(ポリ)オキシアルキレン」とは、オキシアルキレン及びポリオキシアルキレンを表す。
【0036】
いくつかの実施形態において、水性インクジェットインキに含まれるその他水溶性有機溶剤として、25℃における静的表面張力が29~50mN/mである水溶性有機溶剤を使用することが好ましい。上記表面張力を有する水溶性有機溶剤を使用することで、インクジェットインキとして吐出するための適正な表面張力を保つことができる。また、例えば長期間の印刷休止後であっても、良好な吐出安定性を容易に得ることができる。更に、印刷物の印刷画質及び待機吐出性をともに向上させるという観点から、その他水溶性有機溶剤として、1気圧下における沸点が150~220℃である水溶性有機溶剤を使用することも好ましい。
したがって、特に限定するものではないが、その他水溶性有機溶剤として先に例示した中でも、25℃における静的表面張力が29~50mN/mであり、かつ、1気圧下における沸点が150~220℃である、(ポリ)オキシアルキレンモノアルキルエーテル類を好適に使用することができる。具体例として、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールモノ-n-プロピルエーテル、ジエチレングリコールモノイソプロピルエーテル、1,3-ブチレングリコールモノメチルエーテル、3-メチル-1,3-ブチレングリコールモノメチルエーテル、等が挙げられる。
【0037】
一方、本実施形態の水性インクジェットインキに含まれる水溶性有機溶剤の含有量の総量は、当該水性インクジェットインキの全量に対して、5~50質量%であることが好ましく、9~40質量%であることがより好ましく、12~35質量%であることが更に好ましく、15~30質量%であることが特に好ましい。水溶性有機溶剤の含有量の総量を上記範囲内とすることで、インクジェットインキとして吐出するための適正な粘度を保つことができる。また、例えば長期間の印刷休止後であっても、良好な吐出安定性を容易に得ることができる。一実施形態において、上記水溶性有機溶剤の含有量の総量は、炭素数2~5のジオール類とへキシレングリコールとの合計量であることが好ましい。他の実施形態において、上記水溶性有機溶剤の含有量の総量は、炭素数2~5のジオール類及びへキシレングリコールと、これら以外のその他水溶性有機溶剤との合計量であってよい。この場合、水溶性有機溶剤の含有量の総量に対して、その他水溶性有機溶剤の含有量は、60質量%以下であることが好ましく、40質量%以下がより好ましく、30質量%以下が更に好ましい。その他水溶性有機溶剤の含有量は、0質量%であってもよい。
【0038】
いくつかの実施形態において、上記水性インクジェットインキは、1気圧下における沸点が250℃以上である水溶性有機溶剤の含有量が、上記水性インクジェットインキの全量に対して、5質量%以下である(0質量%でもよい)ことが好ましく、1質量%以下である(0質量%でもよい)ことが最も好ましい。沸点が250℃以上である水溶性有機溶剤を含まないか、含むとしてもその配合量を上記範囲内とすることで、例えば長期間の印刷休止後であっても吐出安定性を良好なものとすることが容易となる。また、沸点の高い水溶性有機溶剤は、HLB値が10以下であるアセチレンジオール類との親和性が高く、当該アセチレンジオール類の気液界面への配向が阻害される恐れがある。それに対して、沸点が250℃以上である水溶性有機溶剤の含有量を上記範囲内とすることで、HLB値が10以下であるアセチレンジオール類の配向が阻害されることがなくなり、白抜けのない、印刷画質に優れた印刷物が容易に得られる。
【0039】
本実施形態の水性インクジェットインキでは、複素環式化合物である水溶性有機溶剤の含有量が、上記水性インクジェットインキの全量に対して、3質量%以下である(0質量%でもよい)ことが好ましく、1質量%以下である(0質量%でもよい)ことが最も好ましい。複素環式化合物は、親水性材料にも疎水性材料にも非常に高い溶解性を示すことから、HLB値が10以下であるアセチレンジオール類を溶解してしまい、その気液界面への配向を阻害してしまう恐れがある。そこで複素環式化合物である水溶性有機溶剤を含まないか、含むとしてもその配合量を上記範囲内とすることで、HLB値が10以下であるアセチレンジオール類の気液界面への配向が阻害されることがなくなり、印刷物の印刷画質が良好なものとなる。また、インクジェットヘッドのノズル端面において、上述した成分が複素環式化合物に溶解してしまうことを防ぎ、これらの成分の存在バランスが維持できるため、吐出安定性の向上も実現できる。
【0040】
<界面活性剤>
本実施形態の水性インクジェットインキは、界面活性剤を含む。また上述した通り、当該界面活性剤として、HLB値が10以下であるアセチレンジオール類を含む。HLB値が10以下であるアセチレンジオール類を含む本実施形態の水性インクジェットインキは、μsオーダーでの濡れ性に優れ、高速印刷時であっても、有版印刷方式と同等の印刷画質を有する印刷物を得ることができる。
【0041】
(HLB値が10以下であるアセチレンジオール類)
上記HLB値が10以下であるアセチレンジオール類は、従来既知の合成方法により合成したものを用いてもよいし、市販品を用いてもよい。当該市販品の例としては、サーフィノール(登録商標)61、104E、104H、104A、104BC、104DPM、104PA、104PG-50、420、440、2502、SE、SE-F、DF-110D、ダイノール(登録商標)604、607(エボニックジャパン社製)、オルフィン(登録商標)E1004、PD-001、PD-002W、PD-004(日信化学工業社製)等が挙げられる。これらの化合物は、1種のみを単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0042】
上記HLB値が10以下であるアセチレンジオール類の中でも、HLB値が4~10であるアセチレンジオール類を使用することが好ましく、HLB値が7~10であるアセチレンジオール類を使用することが特に好ましい。HLB値が4~10であるアセチレンジオール類を使用した場合、アセチレンジオール類自身に、水に対する親和性が一定程度付与されるとともに、ヘキシレングリコール及び炭素数2~5のジオール類との親和性を容易に向上させることができる。これらのことによって、印刷物の印刷画質を良好に維持しながら、待機吐出性及び連続吐出性をそれぞれ容易に向上させることができる。
特に、上述したメカニズムが有効に機能し、長期間の印刷休止後であっても吐出安定性が良好なものになる点、更には、PPフィルム等の、界面自由エネルギーの非常に小さい基材に対しても濡れ性が良好であり、基材によらず印刷画質に優れた印刷物が得られる点から、上記HLB値が10以下であるアセチレンジオール類として、サーフィノール440、及び/または、サーフィノール2502を使用することが好ましく、サーフィノール2502を使用することが特に好ましい。サーフィノール440及びサーフィノール2502は、ともに、HLB値が7~10であるアセチレンジオール類に含まれる化合物である。
【0043】
本開示において「HLB(Hydrophilic-Lipophilic Balance)値」とは、材料の親水性及び疎水性の程度を表すパラメータの一つである。上記HLB値が小さいほど材料の疎水性が高く、大きいほど当該材料の親水性が高い。HLB値の求め方として、実験により実測する方法、及び、分子構造から計算する方法が知られており、当該分子構造から計算する方法として、グリフィン法、デイビス法、川上法等がある。本願では、HLB値として、下記式(1)によって表される、グリフィン法により算出される値を用いる。
【0044】

式(1):
(HLB値)=20×(親水性部分の分子量の総和)÷(材料の分子量)
【0045】
本実施形態の水性インクジェットインキに含まれる、HLB値が10以下であるアセチレンジオール類の含有量は、当該水性インクジェットインキの全量に対して、0.1~2.0質量%であることが好ましく、0.2~1.0質量%であることが特に好ましい。HLB値が10以下であるアセチレンジオール類の含有量を上記範囲内とすることで、印刷画質が向上するうえ、長期間の印刷休止後もしくは高速で連続印刷中であっても、吐出安定性も良好なものとなる。
【0046】
(その他界面活性剤)
本実施形態の水性インクジェットインキには、上記HLB値が10以下であるアセチレンジオール類以外の界面活性剤(本開示では「その他界面活性剤」と称する)が含まれてもよい。
【0047】
本実施形態の水性インクジェットインキでは、上記その他界面活性剤として、アセチレンジオール系界面活性剤(ただし、HLB値が10以下であるアセチレンジオール類を除く)、アセチレンモノオール系界面活性剤、シロキサン系界面活性剤、フッ素系界面活性剤、ポリオキシアルキレンモノアルキルエーテル系界面活性剤(ただし、オキシアルキレン基がオキシエチレン基及び/またはオキシプロピレン基であり、かつ、当該オキシアルキレン基の数が5~100である、及び/または、末端のアルキル基の炭素数が5~22であるもの);等が使用できる。これらのその他界面活性剤は、1種のみを単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0048】
なかでも、一実施形態では、上記その他界面活性剤として、アセチレンジオール系界面活性剤(ただし、HLB値が10以下であるアセチレンジオール類を除く)、及び、シロキサン系界面活性剤から選択される1種以上を使用することが好ましく、シロキサン系界面活性剤を使用することが特に好ましい。上記実施形態は、水性インクジェットインキの表面張力をごく短時間で大幅に低下させることができ、印刷物の印刷画質が向上する点、及び、PET(ポリエチレンテレフタレート)フィルム等の、界面自由エネルギーが比較的大きい基材に対しての濡れ性が良好である点で好ましい。
【0049】
好適に使用できるシロキサン系界面活性剤の市販品の例として、エボニックジャパン社製のTEGO(登録商標) Wet 270、TEGO Wet 280、TEGO Twin 4000、TEGO Twin 4100、TEGO Glide 410,TEGO Glide 432,TEGO Glide 435、TEGO Glide 440,TEGO Glide 450;日信化学工業社のシルフェイスSAGシリーズ等が挙げられる。なかでも、TEGO Wet 270、TEGO Wet 280、TEGO Twin 4000、TEGO Twin 4100が特に好ましく使用できる。
【0050】
本実施形態の水性インクジェットインキに含まれる界面活性剤の含有量の総量は、当該水性インクジェットインキの全量に対して、0.1~5質量%であることが好ましく、0.2~4.5質量%であることがより好ましく、0.3~4質量%であることが更に好ましく、0.4~1.5質量%であることが特に好ましい。
【0051】
<水>
本実施形態の水性インクジェットインキは、水を含む。本実施形態のインキに含まれる水は、種々のイオンを含有する一般の水ではなく、イオン交換水(脱イオン水)であることが好ましい。また、水の含有量は、水性インクジェットインキ全量に対して、45~75質量%であることが好ましく、50~70質量%であることが特に好ましい。水は沸点が低いため、インクジェットヘッドのノズル端面から優先的に揮発し、気液界面の固形分濃度が高くなりやすい。それによって、界面活性剤(特に、HLB値が10以下であるアセチレンジオール類等の、水に対する溶解性が悪いもの)が不均一化し、吐出安定性の悪化につながる恐れがある。それに対して、水の含有量を上記範囲内とすることで、長期間の印刷休止後もしくは連続印刷中であっても、吐出安定性が良好なものとなる。
【0052】
<着色剤>
本実施形態の水性インクジェットインキは、着色剤を含む。当該着色剤として、従来既知の染料及び顔料が使用できる。なかでも、濃度または隠蔽性が高く、耐光性、耐水性等にも優れた印刷物が得られる点、更には基材着弾後に適度に乾燥増粘してインク色間の混色を抑制し画質が良好になる点から、顔料を使用することが好適である。
【0053】
上記顔料として、従来既知の有機及び無機顔料を任意に使用することができ、例えば、下記のカラーインデックス名で表される顔料が使用できる。
すなわち、レッド顔料として、C.I.ピグメントレッド52、5、7、9、12、17、22、23、31、48:1、48:2、48:3、48:4、49:1、49:2、57:1、57:2、112、122、123、146、147、149、150、166、168、170、171、175、176、177、178、184、188、202、207、209、254、255、260、264、266、269、282;
バイオレット顔料として、C.I.ピグメントバイオレット19、23、29、32、36、37、42、50;
オレンジ顔料として、C.I.ピグメントオレンジ1、2、3,5、7、13、14、15、16、22、34、36、38、40、43、47、48、49、51、52、53、60、61、62、64、65、66、69、71、73;
ブルー顔料として、C.I.ピグメントブルー15、15:3、15:4、15:6、16、60、64、79;
グリーン顔料として、C.I.ピグメントグリーン7、10、36、48;
イエロー顔料として、C.I.ピグメントイエロー1、2、3、5、12、13,14、16、17、24、73、74、83、87、93、94、95、97、98、109、110、111、112、120、126、127、128、129、137、138、139、147、150、151、154、155、166、167、168、170、180、185、213;
ブラック顔料として、C.I.ピグメントブラック1、7、11;ならびに、
ホワイト顔料として、C.I.ピグメントホワイト4,5、6、21、等である。
これらの顔料は、1種のみを単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。また、上記列挙した顔料の2種以上からなる固溶体を、顔料として使用することもできる。
【0054】
本実施形態の水性インクジェットインキに含まれる顔料の含有量は、当該水性インクジェットインキを用いて作製される印刷物の使用用途によって調整されてよい。例えば、水性インクジェットインキの全量に対して、顔料の含有量は0.5~30質量%であることが好ましい。また、白色の水性インクジェットインキ(水性ホワイトインキ)の場合以外では、水性インクジェットインキの吐出安定性を悪化させることなく、濃度が高い印刷物が得られる点から、上記顔料の含有量は、1~15質量%であることがより好ましく、1.5~10質量%であることが特に好ましい。一方で水性ホワイトインキの場合は、当該水性ホワイトインキの吐出安定性を悪化させることなく、隠蔽性が高い印刷物が得られる点から、上記顔料の含有量は、5~25質量%であることがより好ましく、10~20質量%であることが特に好ましい。
【0055】
<樹脂>
本実施形態の水性インクジェットインキは、樹脂を含んでもよい。樹脂を使用した場合、インキの粘度を、インクジェットヘッドから吐出するのに適正な範囲に調整できる点で好ましい。更には、上記水性インクジェットインキを難浸透性基材及び非浸透性基材に印刷し乾燥させる際、μsオーダーの速さで粘度が上昇するため、ブリーディング及びビーディングを抑制し印刷画質を向上できる点で好ましい。
【0056】
本開示において「樹脂」とは、1種類以上の単量体同士が共有結合によって連結することで主鎖を形成した化合物であって、質量平均分子量が1,000以上である化合物を表す。
【0057】
本開示では、化合物の質量平均分子量として、JIS K 7252に準拠した方法によって測定できる、ポリスチレン換算値を使用する。具体的な測定条件の例を、以下に示す。
・使用装置:東ソー社製「HLC-8320GPC」
・使用カラム:TSKgel(登録商標) SuperMultiporeHZ-M(3本)
・カラム温度:40℃
・展開溶媒:テトラヒドロフラン
・流速:0.6mL/分
・試料溶液濃度:0.1質量%
・試料溶液注入量:10μL
【0058】
一般に、水性インクジェットインキに使用される樹脂の形態として、水溶性樹脂と樹脂微粒子とが知られている。本実施形態の水性インクジェットインキに含まれる樹脂は、水溶性樹脂であってもよいし、樹脂微粒子であってもよい。また、水溶性樹脂と樹脂微粒子とを組み合わせて使用してもよい。
【0059】
本開示では、25℃の水100gに対する溶解度が1g以上である樹脂を「水溶性樹脂」と称し、当該溶解度が1g未満である樹脂を「非水溶性樹脂」と称する。また、上記非水溶性樹脂のうち、水中で粒子状に分散している樹脂であって、体積基準でのメジアン径(本開示では「D50」とも記載する)が、10~1,000nmである上記樹脂を、「樹脂微粒子」と称する。
【0060】
また、本開示において「D50」は、マイクロトラック・ベル社製「ナノトラックUPA-EX150」等の、動的光散乱法粒度分布測定装置を用いて、25℃環境下で測定される値である。
【0061】
本実施形態の水性インクジェットインキで使用できる樹脂の種類として、アクリル樹脂、スチレン樹脂、(無水)マレイン酸系樹脂、スチレン-(無水)マレイン酸樹脂、オレフィン-(無水)マレイン酸樹脂、ウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、塩化ビニル樹脂、塩化ビニル-酢酸ビニル樹脂、ポリオレフィン樹脂、ビニルアルコール樹脂等が挙げられる。これらの樹脂は、1種のみを単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0062】
なお、本開示において「アクリル樹脂」とは、重合性単量体として、アクリル酸エステル及び/またはメタクリル酸エステルを用いた樹脂(更にスチレン系単量体を用いてもよい)を表す。また「(無水)マレイン酸」とは、「マレイン酸」及び「無水マレイン酸」から選ばれる少なくとも1種を表す。
【0063】
樹脂は、任意の用途、例えば、顔料分散用途、バインダー用途、ワックス用途、増粘用途等で使用される。また樹脂は、一つの用途で使用されるものであってもよいし、複数の用途を兼ねるものであってもよい。
【0064】
本実施形態の水性インクジェットインキに含まれる樹脂の好適な含有量は、当該樹脂の用途によって異なる。一方で、上記水性インクジェットインキに含まれる樹脂の総量は、当該水性インクジェットインキの全量に対して、1~25質量%であることが好ましく、2~20質量%であることがより好ましく、4~19質量%であることが更に好ましく、5~18質量%であることが特に好ましい。樹脂の総量を上記範囲内とすることで、水性インクジェットインキが印刷基材に着弾した後、水の揮発に伴い、気液界面を中心に水性インクジェットインキが増粘する。その結果、隣接して着弾した水性インクジェットインキとの混色が抑制され、印刷物の印刷画質が良好なものとなる。
【0065】
(顔料分散樹脂)
上述したように、本実施形態の水性インクジェットインキは、顔料分散用途で使用される樹脂(本開示では、単に「顔料分散樹脂」とも称する)が使用できる。顔料分散樹脂を構成する重合性単量体の組成及び分子量を選定及び検討することにより、顔料に対する顔料分散樹脂の被覆能及び電荷を容易に調整できるため、微細な顔料に対しても分散安定性を付与することが可能となり、更には、吐出安定性、発色性、及び色再現性に優れた印刷物が得ることが可能となる。
【0066】
顔料分散樹脂の種類は特に限定されず、上述した種類の樹脂が使用できる。なかでも、吐出安定性、材料選択性の大きさ、合成の容易さ等の点で、アクリル樹脂、ウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、及び、ポリオレフィン樹脂からなる群より選択される1種以上を使用することが好ましい。
【0067】
顔料分散樹脂は、既知の方法により合成したものであっても、市販品であってもよい。またその構造についても特に制限はなく、例えばランダム構造、ブロック構造、櫛形構造、星型構造等を有する樹脂が利用できる。更に、顔料分散樹脂として、水溶性樹脂を選択してもよいし、非水溶性樹脂を選択してもよい。
【0068】
顔料分散樹脂として水溶性樹脂を用いる場合、その酸価は、100mgKOH/g超450mgKOH/g以下であることが好ましく、120~400mgKOH/gであることがより好ましい。特に好ましくは150~350mgKOH/gである。酸価を上記範囲内とすることで、顔料の分散安定性を保つことが可能であり、使用条件によらず、インクジェットヘッドから安定して吐出することができる。また、顔料分散樹脂の水に対する溶解性が確保できるうえ、当該顔料分散樹脂間での相互作用が好適なものとなることで、顔料分散液の粘度を抑えることができ、インクジェットヘッドからの良好な吐出性を発現する点からも好ましい。
【0069】
一方、顔料分散樹脂として非水溶性樹脂を用いる場合、その酸価は、0~100mgKOH/gであることが好ましく、5~90mgKOH/gであることがより好ましく、10~80mgKOH/gであることが更に好ましい。酸価が上記範囲内であれば、乾燥性に優れ印刷画質が良好である印刷物が得られる。
【0070】
樹脂の酸価は、既知の装置により測定することができる。本開示において、樹脂の酸価は、JIS K 2501に準じ、電位差滴定法により測定した値である。具体的な測定方法の例として、京都電子工業社製AT-610を用い、トルエン-エタノール混合溶媒に樹脂を溶解させたのち、水酸化カリウム溶液で滴定し、終点までの滴定量から、酸価を算出する方法が挙げられる。
【0071】
本実施形態の水性インクジェットインキでは、顔料に対する吸着能を向上させ分散安定性を確保するという観点から、顔料分散樹脂に芳香族基を導入することが好ましい。なお、芳香族基としては、フェニル基、ナフチル基、アントリル基、トリル基、キシリル基、メシチル基、アニシル基などが挙げられるが、これらに限定されない。なかでも、分散安定性を十分に確保できる点から、フェニル基、ナフチル基やトリル基が、好ましい。
【0072】
顔料の分散安定性及び吐出安定性、ならびに、印刷物の印刷画質及び乾燥性の向上の観点から、芳香環を含有する単量体の導入量は、顔料分散樹脂を構成する単量体全量に対して、5~75質量%であることが好ましく、5~65質量%であることがより好ましく、10~50質量%であることが更により好ましい。
【0073】
<その他成分>
本実施形態の水性インクジェットインキは、上述した成分以外に、pH調整剤、及び、その他添加剤を含んでいてもよい。また、上記その他添加剤の例として、架橋剤、防腐剤、紫外線吸収剤、及び、赤外線吸収剤が挙げられる。これらの成分には、それぞれ、従来既知の化合物を1種、または2種以上使用することができる。
【0074】
<水性インクジェットインキの製造方法>
本実施形態の水性インクジェットインキは、従来既知の方法によって製造することができる。一例を挙げると、着色剤として水不溶性のもの(水不溶性着色剤)を使用する場合は、あらかじめ、当該水不溶性着色剤を、少なくとも水を含む媒体(水系媒体)中に分散させた、水不溶性着色剤分散液を製造する。一方、着色剤として水溶性のもの(水溶性着色剤)を使用する場合は、あらかじめ、当該水溶性着色剤を、水系媒体中に溶解させた、水溶性着色剤水溶液を製造する。そして、当該水不溶性着色剤分散液及び/または水溶性着色剤水溶液に、水、水溶性有機溶剤、界面活性剤等を添加し、十分に撹拌及び混合したのち、濾過、遠心分離等の手法によって粗大粒子を除去する、という方法が挙げられる。ただし、本実施形態の水性インクジェットインキの製造方法は、上述した方法に限定されるものではない。
【0075】
<水性インクジェットインキの特性>
本実施形態の水性インクジェットインキは、25℃における粘度が3~15mPa・sであることが好ましい。この粘度領域であれば、吐出周波数が4~10KHz程度であるインクジェットヘッドだけではなく、20~70KHz程度という高い吐出周波数を有するインクジェットヘッドからも、水性インクジェットインキの液滴を安定して吐出することができる。特に、本実施形態の水性インクジェットインキの25℃における粘度が4~10mPa・sである場合は、600dpi以上の設計解像度を有するインクジェットヘッドを使用した場合であっても、安定的に水性インクジェットインキを吐出させることができる。なお本開示では、粘度として、東機産業社製「TVE25L型粘度計」等のコーンプレート型回転粘度計(E型粘度計、コーン角度1°34’)を用いて、25℃環境下で測定された値を使用する。
【0076】
また、吐出安定性及び印刷物の印刷画質に優れた水性インクジェットインキを得る点から、本実施形態の水性インクジェットインキの、25℃における静的表面張力は、18~35mN/mであることが好ましく、21~32mN/mであることが特に好ましい。なお本開示では、静的表面張力として、協和界面科学社製「自動表面張力計CBVP-Z」等の、ウィルヘルミー法(プレート法)を用いて、25℃環境下で測定された値を使用する。
【0077】
また、本実施形態の水性インクジェットインキが水不溶性着色剤を含む場合、吐出安定性と、印刷物の濃度または隠蔽性とを高いレベルで両立する点から、当該水不溶性着色剤の体積基準でのメジアン径(D50)は、30~450nmであることが好ましく、50~400nmであることがより好ましく、70~350nmであることが特に好ましい。
【0078】
<水性インクジェットインキのセット>
本実施形態の水性インクジェットインキは、1種のみを単独で使用してもよいが、2種以上の水性インクジェットインキを組み合わせた、水性インクジェットインキのセットとして使用することもできる。当該水性インクジェットインキのセットとして、例えば、シアン色の水性インクジェットインキ(水性シアンインキ)、マゼンタ色の水性インクジェットインキ(水性マゼンタインキ)、イエロー色の水性インクジェットインキ(水性イエローインキ)、及び、ブラック色の水性インクジェットインキ(水性ブラックインキ)からなる、4色の水性インクジェットインキのセット(プロセスカラーインキセット);当該プロセスカラーインキセットに、更に水性ホワイトインキを追加した、5色の水性インクジェットインキのセット;等が挙げられる。なお、水性インクジェットインキのセットを構成するすべての水性インクジェットインキが、上述した本発明の実施形態の要件を満たすことが好ましい。
【0079】
<インキ-前処理液セット>
本実施形態の水性インクジェットインキ、及び、上記水性インクジェットインキのセットは、凝集剤を含む前処理液と組み合わせた形態(インキ-前処理液セットの形態)で使用することもできる。凝集剤を含む前処理液を、水性インクジェットインキの印刷前に印刷基材上に付与することで、当該水性インクジェットインキ中に含まれる固体成分を意図的に凝集させる層(インキ凝集層)を形成することができる。次いで、当該インキ凝集層上に上記水性インクジェットインキを着弾させることで、当該水性インクジェットインキの液滴同士の合一及び混色を防止し、印刷物の印刷画質を著しく向上できる。
【0080】
上記凝集剤として、例えば、多価金属イオンを含む水溶性の無機塩または有機塩、ならびに、カチオン性基を有し、カチオン性基当量がアニオン性基当量よりも大きい樹脂が使用できる。
【0081】
<インクジェット印刷方法>
本実施形態の水性インクジェットインキは、上述したインクジェット印刷方式で使用される。インクジェット印刷方式による印刷方法は、代表的に、インキの吐出工程と、吐出したインキの乾燥工程とを含む。上記印刷方法において、本実施形態の水性インクジェットインキは、微細なノズルを有するインクジェットヘッドから印刷基材上に吐出される(吐出工程)。また、印刷基材上に吐出された水性インクジェットインキは、乾燥機構によって乾燥されることが好ましい(乾燥工程)。
【0082】
(吐出工程)
上記吐出工程における、インクジェットヘッドの動作方式の一例として、印刷基材の搬送方向と直行する方向にインクジェットヘッドを往復走査させながら、水性インクジェットインキの吐出及び記録を行うシャトル(スキャン)方式がある。動作方式の他の例として、印刷基材を、固定配置したインクジェットヘッドの下部を通過させる際に、水性インクジェットインキの吐出及び記録を行うシングルパス方式がある。本実施形態の水性インクジェットインキを搭載したインクジェットヘッドは、シャトル方式及びシングルパス方式のどちらを採用してもよい。なかでも、水性インクジェットインキの液滴の着弾位置にずれが生じにくく、印刷物の印刷画質が向上する点、更には高速印刷が可能であり有版印刷代替としての高い生産性が発揮できる点から、シングルパス方式が好適に選択される。
【0083】
インクジェットヘッドからの吐出方式に関しても、既知の方式を任意に選択することができる。当該吐出方式として、例えば、圧電素子(ピエゾ素子)の体積変化を利用するピエゾ方式、ヒーターの加熱により発生する気泡によって水性インクジェットインキを吐出するサーマル方式、ノズルの蓋(バルブ)をソレノイドで開閉しながら、加圧した水性インクジェットインキを吐出するバルブ方式、等がある。
【0084】
インクジェットヘッドから吐出される水性インクジェットインキの液滴量は、乾燥負荷の軽減、印刷画質の向上等の点から、0.5~20ピコリットルであることが好ましく、0.5~15ピコリットルであることが特に好ましい。また、印刷画質の向上の点から、印刷条件(具体的には、インクジェットヘッドの駆動周波数及び設置個数、ならびに、印刷速度)を調整することが好ましい。いくつかの実施形態において、印刷条件は、好ましくは印刷物の記録解像度が600dpi以上となるように、より好ましくは1200dpi以上となるように調整してよい。
【0085】
(乾燥工程)
乾燥工程で使用される乾燥機構で採用される乾燥方法として、加熱乾燥法、熱風乾燥法、赤外線(例えば、波長700~2500nmの赤外線)乾燥法、マイクロ波乾燥法、ドラム乾燥法等が挙げられる。
上記乾燥工程では、これらの1つ以上の方法を任意に選択及び使用することができる。また、上記乾燥方法を2種以上採用する際は、それぞれの乾燥方法を別々に(例えば続けて)使用してもよいし、同時に併用してもよい。例えば、加熱乾燥法と熱風乾燥法を併用することで、それぞれを単独で使用したときよりも素早く、水性インクジェットインキを乾燥させることができる。
【0086】
特に、水性インクジェットインキ中の液体成分の突沸を防止し、印刷画質に優れた印刷物を得る観点から、加熱乾燥法を採用する場合は、乾燥温度を35~100℃とすることが好ましい。熱風乾燥法を採用する場合は、熱風温度を50~250℃とすることが好ましい。同様の観点から、赤外線乾燥法を採用する場合は、照射される赤外線の全出力の積算値の50%以上が、700~2200nmの波長領域に存在することが好ましい。
【0087】
<印刷物>
本発明の一実施形態である印刷物は、印刷基材と、印刷基材上に本実施形態の水性インクジェットインキを印刷して形成した画像または文字を含む印刷層とを有する。印刷は、インクジェット印刷方法に沿って好適に実施できる。印刷方法及び印刷条件の詳細は先に説明したとおりである。
(印刷基材)
本実施形態の水性インクジェットインキが印刷される印刷基材は、特に限定されない。いくつかの実施形態において、印刷基材は、難浸透性基材及び非浸透性基材であってよい。一般的に、難浸透性基材及び非浸透性基材に対する印刷は、ブリーディングまたはビーディングが発生しやすく印刷画質が悪くなりやすい。これに対し、本実施形態の水性インクジェットインキを使用することで、難浸透性基材及び非浸透性基材に対しても、また高速印刷であっても、有版印刷と同等の印刷画質を有する印刷物が得られる。
【0088】
印刷基材の浸透性は、動的走査吸液計によって測定される吸水量によって判断することができる。本開示では、下記方法によって測定される、接触時間100msecにおける純水の吸水量によって規定する。具体的には、上記吸水量が1g/m2未満である印刷基材を「非浸透性基材」とする。上記吸水量が1g/m2以上6g/m2未満である印刷基材を「難浸透性基材」とする。上記吸水量が6g/m2以上である印刷基材を「浸透性基材」とする。
印刷基材の吸水量は、例えば、以下に示す条件に設定した動的走査吸液計(例えば、熊谷理機工業社製「KM500win」)を使用し、15~20cm角程度にした印刷基材を試料として、23℃、50%RHの環境下で測定することができる。
・測定方法:螺旋走査(Spiral Method)
・測定開始半径:20mm
・測定終了半径:60mm
・接触時間:10~1,000msec
・サンプリング点数:19(接触時間の平方根に対してほぼ等間隔になるよう測定)
・走査間隔:7mm
・回転テーブルの速度切替角度:86.3度
・ヘッドボックス条件:幅5mm、スリット幅1mm
【0089】
非浸透性基材及び難浸透性基材の例として、ポリ塩化ビニルシート、ポリエチレンテレフタレート(PET)フィルム、ポリプロピレンフィルム、ポリエチレンフィルム、ポリエチレンシート、ナイロンフィルム、ナイロンシート、ポリスチレンフィルム、ポリスチレンシート、ポリビニルアルコールフィルム等のプラスチックフィルム及びシート;コート紙、アート紙、キャスト紙等の塗工紙;アルミニウム、鉄、ステンレス、チタン等の金属;ガラス;等が挙げられる。
【0090】
上記列挙した印刷基材は、その表面が滑らかであっても、凹凸を有してもよい。また、上記印刷基材は、透明、半透明、不透明のいずれであってもよい。更に、上記印刷基材の形状は、ロール状であっても枚葉状であってもよい。加えて、上記列挙した印刷基材の2種以上を互いに貼り合わせた積層体を、印刷基材として使用してもよい。また、印刷面の反対側に、剥離粘着層等を設けてもよいし、印刷後の印刷面に粘着層等を設けてもよい。
【0091】
上記列挙した印刷基材の印刷面に対し、コロナ処理及びプラズマ処理といった表面改質を施してもよい。表面改質を行った場合、本実施形態の水性インクジェットインキの濡れ性を向上し、印刷画質及び乾燥性に優れ、印刷物表面の均一化に伴い耐擦過性及び基材密着性も良好な印刷物が容易に得られる点で好ましい。
【実施例
【0092】
以下に実施例及び比較例を挙げて、本実施形態の水性インクジェットインキについて、更に具体的に説明する。なお、以下の記載において「部」及び「%」とあるものは、特に断らない限り、それぞれ「質量部」、「質量%」を表す。
【0093】
<水溶性着色剤(顔料)分散液の製造>
カーボンブラック(オリオンエンジニアドカーボンズ社製「PrinteX85」)を450gと、アクリル樹脂を90gと、水を2,460gとを、撹拌機を備えた混合容器(容積10L)中に投入し、1時間撹拌(プレミキシング)を行い、反応混合物を得た。上記アクリル樹脂は、全ての酸基がジメチルアミノエタノールで中和された、スチレン/アクリル酸/ベヘニルアクリレート=45/30/25(質量比)のランダム重合体であり、酸価が約230mgKOH/g、質量平均分子量が20,000であった。
次いで、直径0.5mmのジルコニアビーズ1,800gを充填したシンマルエンタープライゼス社製「ダイノーミル」(容積0.6L)を用いて、上記反応混合物の循環分散を開始した。そして、一定時間(例えば1時間)ごとに、上述した装置を使って上記反応混合物のD50を測定し、当該D50が120nm以下になったところで循環分散を終了した。このような方法により、ブラック顔料分散液を製造した。
【0094】
また、顔料としてトーヨーカラー社製LIONOL BLUE 7358G(C.I.ピグメントブルー15:3)を使用し、D50が180nm以下になるまで循環分散を実施した以外は、上記ブラック顔料分散液と同様の原料及び方法により、シアン顔料分散液を製造した。
【0095】
<水性インクジェットインキのセットの製造>
上述した方法で製造した水溶性着色剤(顔料)分散液を使用し、表2の各列に記載した配合処方になるように、撹拌機を備えた混合容器中に、各原料を投入した。また投入後、50℃になるまで加温し、更に1時間混合した。次いで、孔径0.8μmのメンブレンフィルターで濾過を行い、水性インクジェットインキのセット1~52を製造した。なお、それぞれのセットは、水性ブラックインキ(K)及び水性シアンインキ(C)からなる。これらのインキの製造では、それぞれ、ブラック顔料分散液、シアン顔料分散液を使用した。
【0096】
水性インクジェットインキのセットの製造では、混合容器内の混合物を撹拌しながら、各原料を投入した。またそれぞれ、表2の各列において、記載されている成分を上から順番に投入した。ただし、これらの成分の1種以上を含まない水性インクジェットインキを製造する場合は、当該成分を投入せずに、順番に従い次の成分を投入した。また、2種類以上の原料を含む成分に関しては、当該成分内での投入順序は任意とした。
【0097】
【表2】
【0098】
【表2】
【0099】
【表2】
【0100】
【表2】
【0101】
ここで、表2に記載された略称の意味及び商品名の詳細は、以下に示す通りである。表2において、「bp」は沸点を表し、「Nv」は固形分濃度を表す。また、VE1は炭素数2~5のジオール類を蒸発させるために必要となるエネルギーを表し、VE2はヘキシレングリコールを蒸発させるために必要となるエネルギーを表し、(VE2/VE1)はその比を表す。
(炭素数2~5のジオール類)
・EG:エチレングリコール(比熱:0.556cal/g・℃、沸点:198℃)
・1,2-PD:1,2-プロパンジオール(比熱:0.574cal/g・℃、沸点:188℃)
・1,2-BD:1,2-ブタンジオール(比熱:0.559cal/g・℃、沸点:191℃)
・1,3-BD:1,3-ブタンジオール(比熱:0.559cal/g・℃、沸点:207℃)
・1,5-PeD:1,5-ペンタンジオール(比熱:0.526cal/g・℃、沸点:239℃)
(へキシレングリコール)
比熱:0.555cal/g・℃、沸点:196℃
(その他の水溶性有機溶剤)
・3-メチル-1,3-ブチレングリコールモノメチルエーテル(沸点:173℃、表面張力:30mN/m)
・ジエチレングリコールモノエチルエーテル:(沸点:202℃、表面張力:32mN/m)
・ジエチレングリコールメチルエチルエーテル:(沸点:179℃、表面張力:24mN/m)
・グリセリン:(沸点:290℃、表面張力:62mN/m)
・2-ピロリドン:(沸点:245℃、表面張力:45mN/m)
(アセチレンジオール系界面活性剤)
・サーフィノール485:エボニックジャパン社製アセチレンジオール、HLB値:17
・サーフィノール465:エボニックジャパン社製アセチレンジオール、HLB値:13
・オルフィンE1006:日信化学工業株式会社製アセチレンジオール、HLB値:11
・オルフィンE1004:日信化学工業株式会社製アセチレンジオール、HLB値:9
・サーフィノール2502:エボニックジャパン社製アセチレンジオール、HLB値:8
・サーフィノール440:エボニックジャパン社製アセチレンジオール、HLB値:8
・サーフィノール420:エボニックジャパン社製アセチレンジオール、HLB値:4
・サーフィノール104:エボニックジャパン社製アセチレンジオール、HLB値:3
(シロキサン系界面活性剤)
・TEGO Wet 280:エボニックジャパン社製シロキサン系界面活性剤
・TEGO Twin 4100:エボニックジャパン社製シロキサン系界面活性剤
(その他成分)
・プロキセルGXL:1,2-ベンゾイソチアゾール-3-オンのジプロピレングリコール-水溶液(1,2-ベンゾイソチアゾール-3-オン:ジプロピレングリコール:水=2:6:2、アーチケミカルズ社製の防腐剤)
(樹脂)
・樹脂A(バインダー用途):特開2020-180178号のバインダー樹脂24の製造例を追試することにより製造した樹脂(固形分濃度30%の樹脂溶液の形態で使用)。なお、得られた樹脂Aの酸価は29.5mgKOH/g、水酸基価は21.5mgKOH/g、質量平均分子量は17,500であった。
・樹脂B(バインダー用途):星光PMC社製QE-1042(アクリル樹脂微粒子、固形分濃度:40.5%、酸価:33mgKOH/g)
【0102】
[実施例1~43、比較例1~9]
上述した方法で製造した水性インクジェットインキのセットを使用し、以下に示す評価を行った。評価結果を表2に示す。
【0103】
<評価1:吐出安定性(待機吐出性)の評価>
京セラ社製インクジェットヘッド「KJ4B-1200」(設計解像度1200dpi、ノズル径20μm)を搭載したインクジェット吐出装置に、上記水性インクジェットインキのセットを構成する、水性ブラックインキまたは水性シアンインキを充填した。充填後、インクジェットヘッドのノズルから、水性ブラックインキまたは水性シアンインキがにじみ出るまで、当該水性ブラックインキまたは水性シアンインキを加圧し、ノズルプレートをワイプしたのち、すぐに、周波数40kHzの条件でノズルチェックパターンを印刷した。そして、上記ノズルチェックパターンにおいて、ノズル抜けが存在しなかったものに関して、すぐに、印刷幅10cm×長さ30cmのベタ画像(印字率100%)を印刷した。なお、印刷基材としてOKトップコート紙を用い、印刷条件は、周波数40kHz、コンベヤ駆動速度50m/分、解像度1200×1200dpiとした。印刷後、25℃の環境下で、インクジェット吐出装置を1時間待機させた後、再度、上記と同様の印刷基材及び印字条件で、ベタ画像の印刷を行った。その際、ベタ印刷物の打ち始めの部分が印刷されているかを、目視で確認することで、待機吐出性を評価した。
評価基準は下記のとおりとし、評価「C+」以上を実使用可能とした。なお上記評価は、水性インクジェットインキのセットを構成する水性ブラックインキ及び水性シアンインキでそれぞれ行った。また表1には、水性ブラックインキ及び水性シアンインキのうち、評価結果が悪かったものについて、その結果を記載した。
(評価基準)
A:ノズルチェックパターンではノズル抜けは確認されず、また、当該ノズルチェックパターンの印刷直後、及び、1時間待機させた後に印刷したベタ印刷物において、打ち始めの部分に欠けは見られなかった
B:ノズルチェックパターンではノズル抜けは確認されず、また、当該ノズルチェックパターンの印刷直後に印刷したベタ印刷物において、打ち始めの部分に欠けは見られなかったが、1時間待機させた後に印刷したベタ印刷物において、打ち始めの部分に、3cm未満の欠けが見られた
C+:ノズルチェックパターンではノズル抜けは確認されず、また、当該ノズルチェックパターンの印刷直後に印刷したベタ印刷物において、打ち始めの部分に欠けは見られなかったが、1時間待機させた後に印刷したベタ印刷物において、打ち始めの部分に、3cm以上5cm未満の欠けが見られた
C:ノズルチェックパターンではノズル抜けは確認されず、また、当該ノズルチェックパターンの印刷直後に印刷したベタ印刷物において、打ち始めの部分に欠けは見られなかったが、1時間待機させた後に印刷したベタ印刷物において、打ち始めの部分に、5cm以上の欠けが見られた
D+:ノズルチェックパターンではノズル抜けは確認されなかったものの、当該ノズルチェックパターンの印刷直後に印刷したベタ印刷物において、打ち始めの部分に欠けが見られた
D:ノズルチェックパターンにおいて、1本以上のノズル抜けが確認された
【0104】
<評価2:吐出安定性(連続吐出性)の評価>
上記評価1と同様の構成を有するインクジェット吐出装置に、上記水性インクジェットインキのセットを構成する、水性ブラックインキまたは水性シアンインキを充填した。充填後、インクジェットヘッドのノズルから、水性ブラックインキまたは水性シアンインキがにじみ出るまで、当該水性ブラックインキまたは水性シアンインキを加圧し、ノズルプレートをワイプしたのち、すぐに、周波数40kHzの条件でノズルチェックパターンを印刷した。そして、上記ノズルチェックパターンにおいて、ノズル抜けが存在しなかったものに関して、すぐに、印刷幅10cm×長さ30cmのベタ画像(印字率100%)を連続で10枚印刷した。なお、印刷基材としてOKトップコート紙を用い、印刷条件は、周波数40kHz、コンベヤ駆動速度50m/分、解像度1200×1200dpiとした。そして、10枚のベタ印刷物のそれぞれについて、抜けなく印刷されているかを目視で確認することで、連続吐出性を評価した。
評価基準は下記のとおりとし、評価「B」以上を実使用可能とした。なお上記評価は、水性インクジェットインキのセットを構成する水性ブラックインキ及び水性シアンインキでそれぞれ行った。また表1には、水性ブラックインキ及び水性シアンインキのうち、評価結果が悪かったものについて、その結果を記載した。
(評価基準)
A:ノズルチェックパターンではノズル抜けは確認されず、また、ベタ印刷物は10枚全てで欠けが見られなかった
B+:ノズルチェックパターンではノズル抜けは確認されなかったものの、当該ノズルチェックパターンの印刷直後に印刷したベタ印刷物のうち、10枚目から抜けが発生した
B:ノズルチェックパターンではノズル抜けは確認されなかったものの、当該ノズルチェックパターンの印刷直後に印刷したベタ印刷物のうち、9枚目から抜けが発生した
C:ノズルチェックパターンではノズル抜けは確認されなかったものの、当該ノズルチェックパターンの印刷直後に印刷したベタ印刷物のうち、4~8枚目のいずれかから抜けが発生した
D+:ノズルチェックパターンではノズル抜けは確認されなかったものの、当該ノズルチェックパターンの印刷直後に印刷したベタ印刷物のうち、1~3枚目のいずれかから抜けが発生した
D:ノズルチェックパターンにおいて、1本以上のノズル抜けが確認された
【0105】
<ブラック/シアングラデーション印刷物の作製>
京セラ社製インクジェットヘッド「KJ4B-1200」(設計解像度1200dpi、ノズル径20μm)を2個、基材の搬送方向に沿って並べて設置したインクジェット吐出装置を準備し、当該搬送方向の上流側から、水性ブラックインキ、水性シアンインキの順番で、水性インクジェットインキのセットを充填した。また、コンベヤ上に、印刷基材として、A4サイズ(幅21cm×長さ30cm)のOPPフィルム(三井化学東セロ社製2軸延伸ポリプロピレンフィルム「OPU-1」:厚さ20μm)を固定した。
次いで、コンベヤを50m/分で駆動させ、上記印刷基材がインクジェットヘッドの設置部の下方を通過する際に、上記水性インクジェットインキのセットを、それぞれ、ドロップボリューム2.6pLの条件で吐出し、ブラック/シアングラデーション画像を印刷した。より具体的には、画像として、水性ブラックインキを用いて印刷した、印字率10~100%の間で10%間隔で変化させたブラック色のグラデーション画像(幅5cm×長さ30cm)、及び、水性シアンインキを用いて印刷した、印字率10~100%の間で10%間隔で変化させたシアン色のグラデーション画像(幅5cm×長さ30cm)が、それぞれ隣り合って配置された画像を得た。そしてすぐに、70℃に設定した送風定温恒温器内に上記印刷後の印刷基材を投入し、3分間乾燥させることで、ブラック/シアングラデーション印刷物を作製した。
【0106】
<評価3:印刷画質(ビーディング、白抜け)の評価>
上述した方法で製造したブラック/シアングラデーション印刷物を目視で観察した。そして、濃淡ムラ(ビーディング)が見られ始めた箇所の印字率を確認するとともに、印字率80%において当該濃淡ムラが見られなかった印刷物については、更に、印字率100%における白抜けの有無を確認することで、当該ブラック/シアングラデーション印刷物の印刷画質を評価した。
評価基準は下記のとおりとし、評価「C」以上を実使用可能とした。なお表1には、水性インクジェットインキのセットを構成するインキのうち、最も評価結果が悪かったものの評価結果を記載した。
(評価基準)
A:印字率80%で濃淡ムラは見られず、かつ、印字率100%において白抜けも観察されなかった
B:印字率80%で濃淡ムラは見られなかったが、印字率100%において白抜けが観察された
C:印字率70%では濃淡ムラは見られなかったが、印字率80%では濃淡ムラが見られた
D+:印字率60%では濃淡ムラは見られなかったが、印字率70%では濃淡ムラが見られた
D:印字率60%で濃淡ムラが見られた
【0107】
上記表2に示す通り、本実施形態の構成を有する実施例1~43の水性インクジェットインキは、比較例1~9の水性インクジェットインキに比べて吐出安定性に優れており、また、ビーディング及び白抜けも見られず印刷画像に優れている。この結果から、本実施形態の構成を有する水性インクジェットインキは、印刷物の良好な印刷画質と良好な吐出安定性を兼ね備えた、優れた水性インクジェットインキであることがわかった。