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7619592魚類の雄化誘導剤及び魚類の雄化方法、並びに魚類の雄化抑制剤
<図1>
  • -魚類の雄化誘導剤及び魚類の雄化方法、並びに魚類の雄化抑制剤 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-14
(45)【発行日】2025-01-22
(54)【発明の名称】魚類の雄化誘導剤及び魚類の雄化方法、並びに魚類の雄化抑制剤
(51)【国際特許分類】
   A23K 50/80 20160101AFI20250115BHJP
   A61P 15/00 20060101ALI20250115BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20250115BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20250115BHJP
   A61K 31/216 20060101ALI20250115BHJP
   A61K 31/201 20060101ALI20250115BHJP
   A61K 31/4439 20060101ALI20250115BHJP
   A61K 31/205 20060101ALI20250115BHJP
   A23K 20/158 20160101ALI20250115BHJP
   A01K 61/10 20170101ALI20250115BHJP
【FI】
A23K50/80
A61P15/00 171
A61K45/00
A61P43/00 111
A61K31/216
A61K31/201
A61K31/4439
A61K31/205
A23K20/158
A01K61/10
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2020137775
(22)【出願日】2020-08-18
(65)【公開番号】P2021097662
(43)【公開日】2021-07-01
【審査請求日】2023-06-23
(31)【優先権主張番号】P 2019232118
(32)【優先日】2019-12-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和2年8月7日発行の科学新聞記事の公開(第2面)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和元年9月8日、令和元年度 日本水産学会秋季大会、福井県立大学(永平寺キャンパス)、ポスター発表における公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和2年7月20日、Scientific Reportsへの論文掲載に関するプレスリリース案内による公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和2年7月15日、Scientific Reportsにおける論文公表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和元年9月8日、公益社団法人 日本水産学会発行の令和元年度 日本水産学会秋季大会 講演要旨集の大会プログラムおよび46頁における公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和2年7月15日、Webにて論文の内容を公開(https://www.nature.com/articles/s41598-020-68594-y)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和元年8月21日、令和元年度 日本水産学会秋季大会のホームページにおける大会プログラムのWEB公開(https://www.jsfs.jp/office/annnual_meeting/meeting-program/R1a/R1a_program.pdf)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和2年7月17日、Scientific Reportsへの論文掲載に関するプレスリリース案内による公開
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
(74)【代理人】
【識別番号】100080160
【弁理士】
【氏名又は名称】松尾 憲一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100149205
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 泰央
(72)【発明者】
【氏名】北野 健
(72)【発明者】
【氏名】原 誠二
【審査官】坂田 誠
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-030562(JP,A)
【文献】特開2011-063557(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0344761(US,A1)
【文献】特開2015-165795(JP,A)
【文献】特開昭56-121441(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23K 10/00 - 50/90
A01K 61/10
A61K 45/00
A61K 31/4439
A61K 31/201
A61K 31/205
A61K 31/216
A61P 15/00
A61P 43/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
PPAR活性化剤(ただし、カプサイシン及びカロテンを除く。)を主成分とする魚類の雄化誘導剤。
【請求項2】
性未分化の魚類にPPAR活性化剤(ただし、カプサイシン及びカロテンを除く。)を投与して、PPARを活性化させて魚類を雄化する魚類の雄化方法。
【請求項3】
PPAR阻害剤を主成分とする魚類の雄化抑制剤。
【請求項4】
性未分化の魚類にPPAR阻害剤を投与して、PPARを不活性化させて魚類の雄化を抑制する魚類の雄化抑制方法。
【請求項5】
前記PPAR活性化剤は、脂肪酸であることを特徴とする請求項1に記載の魚類の雄化誘導剤。
【請求項6】
性未分化の魚類に脂肪酸を投与して、PPARを活性化させて魚類を雄化する魚類の雄化方法。
【請求項7】
β酸化活性化剤を主成分とする魚類の雄化誘導剤。
【請求項8】
性未分化の魚類にβ酸化活性化剤を投与して、β酸化を活性化させて魚類を雄化する魚類の雄化方法。
【請求項9】
β酸化阻害剤を主成分とする魚類の雄化抑制剤。
【請求項10】
性未分化の魚類にβ酸化阻害剤を投与して、β酸化を不活性化させて魚類の雄化を抑制する魚類の雄化抑制方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な魚類の雄化誘導剤及び魚類の雄化方法、並びに新規な魚類の雄化抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
魚類には、性撹乱物質や水温などの外部の環境要因により、遺伝的な本来の性(以下、単に遺伝的性とも言う。)と実際に発現した形質的及び機能的な性(以下、単に機能的性とも言う。)とを逆転させる性転換種が存在する。
【0003】
また、一般的に、魚類は雌雄の別により模様や体サイズが相違するため、市場で流通する観賞魚や食用魚などの魚商品は性別により商品価値が大きく異なる。
【0004】
すなわち、魚類の商業的価値の観点から、魚類の性転換種における外部の環境要因による不用意な性転換、いわゆる「性のゆらぎ」を抑制して、所望とする性へと分化誘導させる人為的な性統御を行う方法が望まれていた。
【0005】
このような魚類の性制御を行う方法としては、性決定前の魚類にホルモン剤を主成分とする性統御剤を投与して、所望とする性へと安定して分化誘導する方法が広く知られている。
【0006】
この魚類の性制御方法によれば、ホルモン剤の働きにより、環境要因に左右されることなく、遺伝的性と機能的性とを逆転させた逆転性個体や遺伝的性と機能的性とを一致させた正常性個体などの性統御個体を人為的に安定して作製することができるとしている(例えば、特許文献1参照。)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】J-STAGE 動物遺伝育種研究、2004年31巻2号 57-66
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、従来の魚類の性統御方法に使用されるホルモン剤は、雄化誘導する雄化ホルモン剤であればテストステロン、雌化誘導する雌化ホルモン剤であればエストロゲンなどのステロイドであり、これらは魚類以外の生物種間に対し幼体や成体の別を問わず直接且つ強力な生理活性を示すことで知られている。
【0009】
それ故、従来の魚類の性統御方法や同方法によって作製された性統御個体は、ホルモン剤による魚類以外のヒトや他の生物に対する無差別的な生理活性の影響が懸念され、市場での安全性が危惧されて敬遠される傾向にあった。
【0010】
本発明は、斯かる事情に鑑みてなされたものであって、新規な魚類の雄化誘導剤、及び魚類の雄化方法を提供する。また本発明では、新規な魚類の雄化抑制剤、及び魚類の雄化抑制方法についても提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記従来の課題を解決するために、本発明に係る魚類の雄化誘導剤では、(1)PPAR活性化剤(ただし、カプサイシン又はカロテンを除く。)を主成分とすることとした。
【0012】
また、本発明に係る魚類の雄化方法では、(2)性未分化の魚類にPPAR活性化剤(ただし、カプサイシン又はカロテンを除く。)を投与して、PPARを活性化させて魚類を雄化することに特徴を有する。
【0013】
また、本発明に係る魚類の雄化抑制剤では、(3)PPAR阻害剤を主成分とすることに特徴を有する。
【0014】
また、本発明に係る魚類の雄化抑制方法では、(4)性未分化の魚類にPPAR阻害剤を投与して、PPARを不活性化させて魚類の雄化を抑制することに特徴を有する。
【0015】
また、本発明は、(5)PPAR活性化剤は、脂肪酸であることを(1)に記載の魚類の雄化誘導剤としたことに特徴を有する。
【0016】
また、本発明に係る魚類の雄化方法は、(6)性未分化の魚類に脂肪酸を投与して、PPARを活性化させて魚類を雄化することに特徴を有する。
【0017】
また、本発明に係る魚類の雄化誘導剤は、(7)β酸化活性化剤を主成分とすることに特徴を有する。
【0018】
また、本発明に係る魚類の雄化方法では、(8)性未分化の魚類にβ酸化活性化剤を投与して、β酸化を活性化させて魚類を雄化することに特徴を有する。
【0019】
また、本発明に係る魚類の雄化抑制剤では、(9)β酸化阻害剤を主成分とすることに特徴を有する。
【0020】
また、本発明に係る魚類の雄化抑制方法では、(10)性未分化の魚類にβ酸化阻害剤を投与して、β酸化を不活性化させて魚類の雄化を抑制することに特徴を有する。
【発明の効果】
【0021】
本発明に係る魚類の雄化誘導剤によれば、PPAR活性化剤(ただし、カプサイシン又はカロテンを除く。)を主成分とすることとしたため、これまでの雄化ホルモン剤に代えて、局所的に魚類のPPARを活性化させて遺伝的メス又は遺伝的オスから機能的オスへと雄化誘導し、逆転オス個体又は正常オス個体などの性統御オス個体を作製することができる。
【0022】
また、本発明に係る魚類の雄化方法によれば、性未分化の魚類にPPAR活性化剤(ただし、カプサイシン又はカロテンを除く。)を投与して、PPARを活性化させて魚類を雄化することとしたため、魚類の種ごとの性決定時期に応じて性統御オス個体を安定して作製することができる。
【0023】
また、本発明に係る魚類の雄化抑制剤によれば、PPAR阻害剤を主成分とすることとしたため、これまでの雌化ホルモン剤に代えて、局所的に魚類のPPARを不活性化させて遺伝的メスから正常に機能的メスとなるように魚類の雄化誘導を抑制し、環境要因によらず正常メス個体を安定して作製することができる。
【0024】
また、本発明に係る魚類の雄化抑制方法によれば、性未分化の魚類にPPAR阻害剤を投与して、PPARを不活性化させて魚類の雄化を抑制することとしたため、環境要因によらず魚類の種ごとの性決定時期に応じて性統御メス個体を安定して作製することができる。
【0025】
また、本発明に係る魚類の雄化誘導剤において、PPAR活性化剤は、脂肪酸であることとすれば、これまで生体に摂取されてきた実績があり、局所的に魚類のPPARを活性化させて遺伝的メス又は遺伝的オスから機能的オスへと雄化誘導して、逆転オス個体や正常オス個体などの性統御オス個体を安全に作製することができる。
【0026】
また、本発明に係る魚類の雄化方法によれば、性未分化の魚類に脂肪酸を投与して、PPARを活性化させて魚類を雄化することとしたため、これまで生体に摂取されてきた実績のある脂肪酸により、魚類の種ごとの性決定時期に応じて性統御オス個体を安定して作製することができる。
【0027】
また、本発明に係る魚類の雄化誘導剤によれば、β酸化活性化剤を主成分とすることとしたため、これまでの雄化ホルモン剤に代えて、局所的に魚類の脂肪酸のβ酸化を促して遺伝的メス又は遺伝的オスから機能的オスへと雄化誘導し、逆転オス個体又は正常オス個体などの性統御オス個体を作製することができる。
【0028】
また、本発明に係る魚類の雄化方法によれば、性未分化の魚類にβ酸化活性化剤を投与して、β酸化を活性化させて魚類を雄化することとしたため、魚類の種ごとの性決定時期に応じて性統御オス個体を安定して作製することができる。
【0029】
また、本発明に係る魚類の雄化抑制剤によれば、β酸化阻害剤を主成分とすることとしたため、局所的に魚類の脂肪酸のβ酸化を抑制して遺伝的メスから正常な機能的メスとなるように魚類の雄化誘導を抑制し、環境要因によらず正常メス個体を安定して作製することができる。
【0030】
また、本発明に係る魚類の雄化抑制方法によれば、性未分化の魚類にβ酸化阻害剤を投与して、β酸化を不活性化させて魚類の雄化を抑制することとしたため、環境要因によらず魚類の種ごとの性決定時期に応じて性統御メス個体を安定して作製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1】本実施例に係る雄化誘導剤の効果検証の検鏡画像である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
本発明に係る雄化誘導剤及び雄化抑制剤は、魚類において、従来のホルモン剤を主成分とする魚類の性統御剤に代えて、環境要因に左右されず、遺伝的性と機能的性とを逆の性別とした逆転性個体や遺伝的性と機能的性とを一致させた正常性個体などの性統御個体を安全に作製することができる新規な魚類の性統御剤である。
【0033】
従来の性統御剤としてのホルモン剤は、いわゆるステロイド剤であり、幼体や成体を問わず生物異種間に広く生理活性を示すために、環境汚染や人体への安全性が問題視されていた。このような問題を背景に、本発明者らは、新規な雄化誘導剤及び雄化抑制剤を開発するに至った。
【0034】
本発明の性統御剤により性統御の目的とする魚類は、前述のごとく、外部の環境要因により遺伝的性と機能的性とが逆転した個体となる性転換種であり、例えば、メダカ、グッピー、ヒラメ、トラフグであるがこれらに限定されるものではない。
【0035】
このような性転換種における成魚期の機能的性としての性別は、性未分化の魚類における生殖細胞の数に深く関与している。
【0036】
すなわち、性決定時期における魚類の生殖細胞数は、その魚類の将来の機能的性としての性別を決定する性決定要因の指標であり、将来的に機能的オス成魚個体又は機能的メス成魚個体へ性分化する一定の細胞数値がそれぞれ存在する。
【0037】
本発明者らは、鋭意研究の結果、本来は脂肪酸代謝に重要な役割を担う核内受容体のPPAR(ペルオキシゾーム増殖剤応答性受容体)の活性又は不活性が、性未分化の魚類における性決定要因の指標である生殖細胞数の増減に深く関与していることを突き止めた。
【0038】
すなわち、本発明は、本発明者らの鋭意研究により、性未分化の魚類の生殖腺体細胞のPPARを標的とし、同PPARにPPAR活性化剤又はPPAR阻害剤を作用させて、同PPARの局所的な活性化又は不活性化を実現し、機能的オスへの性分化誘導又は性分化抑制を亢進するという本発明者らの知見に基づいて完成したものである。
【0039】
また、本発明者らは、魚類のより安定した性統御を実現するべく、さらに鋭意研究を重ねた結果、脂肪酸代謝において、脂肪酸のβ位を酸化して脂肪酸アシル-補酵素A複合体(アシルCoA)からアセチルCoAまで分解する代謝経路であるβ酸化の活性化又は不活性化が、性未分化の魚類における性決定要因の指標である生殖細胞数の増減に深く関与していることを突き止めた。なお、β酸化はミトコンドリア系とペルオキシゾーム系の2つが確認されている。
【0040】
すなわち、本発明は、本発明者らのさらなる鋭意研究により、性未分化の魚類の生殖腺体細胞のβ酸化を標的とし、β酸化活性化剤又はβ酸化阻害剤を作用させて、β酸化の局所的な活性化又は不活性化を実現し、機能的オスへの性分化誘導又は性分化抑制を亢進するという本発明者らの知見に基づいて完成したものでもある。
【0041】
ここで、性未分化の魚類とは、性決定時期にある魚類であって、受精後~性決定前の性決定期間にある個体を意図しており、例えば性決定時期を受精後~孵化までとする胚や、性決定時期を孵化後~所定日数とする仔魚又は成魚である。
【0042】
すなわち、性分化期間は魚類の種によって異なるため、本実施例に係る魚類の雄化誘導剤や魚類の雄化抑制剤は、魚類の種ごとの性分化時期の始期から所定期間投与される。換言すれば、雄化誘導剤や雄化抑制剤の投与期間は、性分化期間内で適宜選択することができる。
【0043】
本実施例に係る魚類の雄化誘導剤はPPAR活性化剤又はβ酸化活性化剤を主成分とし、また、魚類の雄化抑制剤はPPAR阻害剤又はβ酸化阻害剤を主成分とする。
【0044】
PPAR活性化剤は、PPARに特異的に結合してPPARを活性化させるものであれば特に限定されることはない。PPARはα、β、γの3タイプがあるがこれらに特異的に結合するPPAR活性化剤として、例えばベザフィブラート、クロフィブラート、フェノフィブラート(FF)などのフィブラート系薬剤、トログリタゾン、ピオグリタゾン、ロシグリタゾン、バラグリタゾン、リボグリタゾンなどのチアゾリジンジオン系薬剤、また、15-デオキシ-Δ12、14-プロスタグランジンJ2、ニトロリノール酸、酸化LDL、エイコサノイド、リゾリン脂質、脂肪酸、ピリニキシン酸、ロイコトリエン、GW-7647、GW-7641、又はこれらの混合物を採用することができる。
【0045】
脂肪酸は、PPARに特異的に結合してPPARを活性化させる有機酸を包含する広義の脂肪酸を意図し、例えば、示性式CH3-(R)-CO2Hで表される各種脂肪酸である。具体的には、酪酸、吉草酸、カプロン酸、エナント酸、カプリル酸、ペラルゴン酸、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、ペンタデシル酸、パルミチン酸、パルミトレイン酸、マルガリン酸、ステアリン酸、オレイン酸、バクセン酸、リノール酸、リノレン酸、エレオステアリン酸、アラキジン酸、ミード酸、アラキドン酸、ベヘン酸、リグノセリン酸、ネルボン酸、セロチン酸、モンタン酸、メリシン酸、又はこれらの混合物であってもよい。
【0046】
β酸化活性化剤は、ペルオキシゾームやミトコンドリアでβ酸化を誘発する酵素群やそれらの基質、中間生成物を包含する広義のものであって、β酸化を活性化するものであれば特に限定されることはない。β酸化系を構成する酵素であれば、β酸化活性化剤としては、例えば、アシルCoA合成酵素、カルニチンパルミトイル転移酵素、アシルCoA脱水素酵素、2-エノイルCoA水和酵素,3-ヒドロキシアシルCoA脱水素酵素、3-ケトアシル-CoAチオラーゼ、カルニチンオクタノイル転移酵素、アシルCoA酸化酵素、2頭酵素又はこれらの混合物を含む。
【0047】
また、β酸化活性化剤は、ミトコンドリア膜を通過する際に脂肪酸アシルCoAに結合して脂肪酸アシルカルニチンを生成するトランスポーターとしてのカルニチン(L-カルニチン)を採用することができる。このカルニチンをβ酸化活性化剤として採用すれば、安価に入手しやすい経済性及び利便性、試薬調整などの作業性、食餌的摂取の実績がある安全性の観点で好ましく、β酸化の活性化をコントロールしやすくして魚類雄化の再現性を安定させることができる。
【0048】
また、PPAR活性化剤と同様に、PPAR阻害剤は、PPARに特異的に結合してPPARを不活性化させるものであれば特に限定されることはなく、例えばGW-6471を採用することができる。
【0049】
また、β酸化阻害剤としては、β酸化を不活性化するものであれば特に限定されることはないが、例えば前述のβ酸化活性化剤としてβ酸化系を構成する各酵素の阻害剤、具体的にはカルニチンパルミトイル転移酵素の働きを阻害するエトモキシルを採用することができる。エトモキシルをβ酸化阻害剤として採用すれば、前述のβ酸化活性化剤としてのカルニチンと同様に、安価で入手しやすい利便性、試薬調整などの作業性の観点で好ましく、β酸化の不活性化をコントロールしやすくして魚類の雄化抑制の再現性を安定させる。
【0050】
また、本実施例に係る魚類の雄化方法又は魚類の雄化抑制方法は、前述のPPAR活性化剤又はβ酸化活性化剤を主成分とする雄化誘導剤、或いはPPAR阻害剤又はβ酸化阻害剤を主成分とする雄化抑制剤を、性未分化の魚類に投与して、同投与された個体のPPAR又はβ酸化を活性化又は不活性化させて魚類の雄化を誘導又は抑制する方法である。
【0051】
本発明に係る雄化誘導剤が主成分とするPPAR活性化剤又はβ酸化活性化剤、或いは雄化抑制剤が主成分とするPPAR阻害剤又はβ酸化阻害剤の成分濃度、すなわち未分化の魚類への投与濃度は、未分化の魚類の性決定時期にPPAR又はβ酸化を活性化して雄化を誘導可能とする、或いは不活性化して又は雄化を抑制可能とする「実質的な濃度」であればよく、魚類の種や性決定時期によって異なる。
【0052】
この「実質的な濃度」の一例として、未分化の魚類が孵化後~所定日数を性決定時期とする仔魚である場合であって雄化誘導剤の主成分がPPAR活性化剤である場合には、PPAR活性化剤の成分濃度は1×10-7M~1×10-4M(M=mol/L)とすることにより、PPARを活性化して魚類の雄化誘導をすることができる。
【0053】
具体的には、雄化誘導剤の主成分が、例えば前述のフィブラート系薬剤やGW-7647、チアゾリジンジオン系薬剤、脂肪酸である場合には、成分濃度は9×10-6M~1×10-4Mである。
【0054】
具体的には、雄化誘導剤の主成分がフィブラート系薬剤やGW-7647である場合には、同成分濃度は9×10-6M~1×10-6M、好ましくは7×10-6M~3×10-6Mである。また、雄化誘導剤の主成分がチアゾリジンジオン系薬剤や脂肪酸である場合には、成分濃度は1×10-6M~1×10-4M、より好ましくは2×10-5M~9×10-4Mである。
【0055】
また、未分化の魚類が孵化後~所定日数を性決定時期とする仔魚である場合であって雄化抑制剤の主成分がPPAR阻害剤である場合には、PPAR阻害剤の成分濃度は1×10-6M~1×10-4M(M=mol/L)とすることにより、PPARを不活性化して魚類の雄化抑制をすることができる。
【0056】
具体的には、雄化抑制剤の主成分がGW-6471である場合には、成分濃度は1×10-7M~1×10-5M、より好ましくは2×10-6M~9×10-5Mである。
【0057】
また、未分化の魚類が孵化後~所定日数を性決定時期とする仔魚である場合であって雄化誘導剤の主成分がβ酸化活性化剤、具体的には前述のカルニチンである場合には、β酸化活性化剤の成分濃度は1×10-5M~1×10-4M(M=mol/L)とすることにより、β酸化を活性化して魚類の雄化誘導をすることができる。
【0058】
また、未分化の魚類が孵化後~所定日数を性決定時期とする仔魚である場合であって雄化抑制剤の主成分がβ酸化阻害剤、具体的には前述のエトモキシルである場合には、β酸化阻害剤の成分濃度は1×10-6M(M=mol/L)とすることにより、β酸化を不活性化して魚類の雄化抑制をすることができる。
【0059】
これら雄化誘導剤や雄化抑制剤の成分濃度は、それぞれの下限値を下回ると性分化時期に十分にPPAR又はβ酸化を活性化、或いは不活性化することができず雄化誘導又は雄化抑制の効果を得ることができない虞れがある。
【0060】
一方で、雄化誘導剤や雄化抑制剤の成分濃度は、それぞれの上限値を上回ると、雄化対象とする魚類に対する過剰摂取を助長して胚や仔魚の生育環境を悪化させたり毒性を示したりするなどして、雄化対象とする魚類を死滅させ、孵化数や成魚数が安定しない虞がある。この点、雄化誘導剤としてのL-カルニチンや脂肪酸(オレイン酸)については食餌的摂取の実績があることから、少なくとも上記下限値以上であれば雄化誘導をしつつ孵化数や成魚数を安定させることができるものと推測する。
【0061】
また、未分化の魚類への雄化抑制剤又は雄化誘導剤の投与方法は、未分化の魚類の生殖線に対してPPAR活性化剤又はβ酸化活性化剤、或いはPPAR阻害剤又はβ酸化阻害剤を直接的又は間接的に接触作用せる方法であれば特に限定されることはない。
【0062】
魚類へ未分化の魚類への雄化抑制剤又は雄化誘導剤の投与方法としては、例えば、雄化抑制剤又は雄化誘導剤を、飼育水に一定濃度溶解して魚類に自由摂取させる混水投与や、餌に一定濃度混合して魚類に自由摂取させる混餌投与などが挙げられる。一例として、性決定時期が受精から孵化までの胚や、孵化後所定期間までの仔魚であれば飼育水を介して自由接触させる混水投与が好ましい。
【0063】
このように本発明に係る雄化方法及び雄化抑制方法からなる性統御方法は、性未分化状態の遺伝的性個体を、前述の雄化誘導剤や雄化抑制剤に暴露することにより、生殖腺細胞のPPAR又はβ酸化を活性化、或いは不活性化して雄化誘導又は雄化抑制を行い、逆転性個体や正常性個体などの性統御個体を作製するものである。
【0064】
以下、本実施例に係る魚類の雄化方法及び雄化抑制方法について、雄化誘導剤や雄化抑制剤の調製例や試験結果等を参照しつつ詳説する。なお、以下では、次の順序に従って具体的に説明する。
〈1.雄化誘導剤の調製〉:
〈2.雄化誘導剤の効果検証試験〉:
〈3.雄化抑制剤の調製〉:
〈4.雄化抑制剤の効果検証試験〉:
【0065】
〈1.雄化誘導剤の調製〉
魚類の雄化誘導剤の主成分としてのPPAR活性化剤には、フェノフィブラート(FF)、GW-7647、オレイン酸(脂肪酸)、ロシグリタゾン、の4種類を用いた。また、魚類の雄化誘導剤の主成分としてのβ酸化活性化剤には、L-カルニチンを用いた。
【0066】
雄化誘導剤は、それぞれ一定の組成に調製後、性未分化の魚類に混水投与すべく、Control用の飼育水Xに混合し、雄化誘導剤入り飼育水A~Gを調製した。その調製例を表1~表3に示す。
【表1】

【表2】

【表3】
【0067】
[飼育水X]
コントロール用、及び各種雄化誘導剤の基準となる飼育水Xには、組成をNaCl 17mM、KCl 0.4mM、CaCl2・2H2O 0.27mM、MgSO4 0.66mM、pH7としたERM(Embryo Rearing Medium)を用いた。
【0068】
[FF飼育水A]
雄化誘導剤としてフェノフィブラート(FF:Wako、060-05361)を用いた。フェノフィブラートを0.1Mとなるようにジメチルスルホキシド(シグマアルドリッチジャパン,D2650)に溶解してフェノフィブラート溶液を得た。同溶液をフェノフィブラートの濃度が5×10-6Mとなるように飼育水Xに添加して雄化誘導剤入り飼育水Aを調製した。
【0069】
[GW-7647飼育水B]
雄化誘導剤としてGW-7647(Tocris、1677)を用いた。GW-7647を0.1Mとなるようにジメチルスルホキシド(シグマアルドリッチジャパン,D2650)に溶解してGW-7647溶液を得た。同溶解液をGW-7647の濃度が1×10-6Mとなるように飼育水Xに添加して雄化誘導剤入り飼育水Bを調製した。
【0070】
[オレイン酸飼育水C]
雄化誘導剤としてオレイン酸(Wako、152-03433)を用いた。オレイン酸を濃度が1×10-5Mとなるように飼育水Xに添加調製して雄化誘導剤入り飼育水Cを調製した。
【0071】
[ロシグリタゾン飼育水D]
雄化誘導剤としてロシグリタゾン(Wako、180-02653)を用いた。ロシグリタゾンを0.1Mとなるようにジメチルスルホキシド(シグマアルドリッチジャパン,D2650)に溶解してロシグリタゾン溶液を得た。同溶液をロシグリタゾンの濃度が1×10-5Mとなるように飼育水Xに添加して雄化誘導剤入り飼育水Dを調製した。
【0072】
[カルニチン(10μ)飼育水E]
雄化誘導剤としてL-カルニチン(Wako,359-44361)を用いた。L-カルニチンを0.1Mとなるようにジメチルスルホキシド(シグマアルドリッチジャパン,D2650)に溶解してL-カルニチン溶液を得た。同溶液をL-カルニチンの濃度が1×10-5Mとなるように飼育水Xに添加して雄化誘導剤入り飼育水Eを調製した。
【0073】
[カルニチン(50μ)飼育水F]
雄化誘導剤としてL-カルニチン(Wako,359-44361)を用いた。L-カルニチンを0.1Mとなるようにジメチルスルホキシド(シグマアルドリッチジャパン,D2650)に溶解してL-カルニチン溶液を得た。同溶液をL-カルニチンの濃度が5×10-5Mとなるように飼育水Xに添加して雄化誘導剤入り飼育水Fを調製した。
【0074】
[カルニチン(100μ)飼育水G]
雄化誘導剤としてL-カルニチン(Wako,359-44361)を用いた。L-カルニチンを0.1Mとなるようにジメチルスルホキシド(シグマアルドリッチジャパン,D2650)に溶解してL-カルニチン溶液を得た。L-カルニチンの濃度が1×10-4Mとなるように飼育水Xに添加して雄化誘導剤入り飼育水Gを調製した。
【0075】
〈2.雄化誘導剤の効果検証試験〉
本試験の試料には性決定時期を受精後0日~孵化後5日とするメダカ(FLFIIメダカ系統)を用いた。本検証試験は、本実施例の雄化誘導剤について、胚~仔魚への効果を検証する(1.孵化期における雄化誘導検証試験)、及び仔魚~成魚への効果を検証する(2.成魚期における雄化誘導検証試験)に分けて実施した。具体的な実験手順及び結果は以下の通りである。
【0076】
(1.孵化期における雄化誘導検証試験)
まず、孵化期における性分化検証試験を行なった。前述の通り、性決定時期における魚類の生殖細胞数は、その魚類の将来の機能的性としての性別を決定する性決定要因の最初の指標であり、通常はXY個体が50個前後、XX個体が100個後前後の生殖細胞を有する。
【0077】
本試験では、性決定時期を受精後0日から孵化までの期間とすると共に同期間を投与期間に設定したメダカの卵を各飼育水A~D、及び飼育水Xにてそれぞれ水温26℃で飼育した。
【0078】
そして、孵化直後(孵化後0日目)の仔魚を孵化期における雄化誘導検証試料として、それぞれ試験区A1~D1、及び対照区X1とした。
【0079】
各試験区A1~D1、及び対照区X1の遺伝的性は、孵化直後の仔魚個体において、形質として発現した白色素胞の有無を目視で確認することによりそれぞれ判断した。なお、以下において、視認して決定した遺伝的メス個体をXX個体、遺伝的オス個体をXY個体と称する。
【0080】
また、各試験区A1~D1、及び対照区X1の機能的性は、それぞれXX個体及びXY個体についてHematoxylin-Eosin(HE)染色した組織片を顕微観察して生殖細胞数を計測することにより判断した。各試験区A1~D1、及び対照区X1の染色組織片は、以下(a)~(d)の手順に従って作製した。
【0081】
(a)組織の固定
ブアン氏固定液を用いて各試験区A1~D1、及び各対照区X1の各個体を固定し4℃で一晩静置した。その後、70%エタノールに10分間浸漬し、70%エタノールで30分間2回洗浄し、80%エタノールに1時間浸漬し、90%エタノールに30分間浸漬し、95%エタノールに30分間浸漬し、100%エタノールに5分間浸漬し、安息香酸メチルに30分間浸漬し、新しく安息香酸メチルに入れて4℃で保存した。なお、ブアン氏固定液は、飽和ピクリン酸溶液:ホルムアルデヒド溶液:酢酸=15:5:1の比率で混合することにより調製した。
【0082】
(b)組織の包埋
固定処理された個体は、キシレンに1時間×2回浸漬し、64℃に温めたキシレン/パラフィン(1:1)に30分浸漬し、包埋皿内のパラフィンに60分間置いた。その後、包埋皿を取り出し室温に置き組織をパラフィンで包埋した。
【0083】
(c)組織片の作製
包埋処理した個体は、ミクロトーム(Leica RM2125RT)により厚さ5μmの極薄の切片となるようにトリミングした。同切片は、42℃の伸展機(サクラファインテックジャパン,Tissue-Tek Slide Warmer PS-53)上で、水をのせたスライドグラス上で伸展し、3時間乾燥した後4℃で保存して組織片とした。
【0084】
(d)組織片のHE染色
各試験区A1~D1及び各対照区X1から得られた組織片は、スライドグラスごと64℃下に10分間静置した後、キシレンに15分間入れて脱パラフィンを行なった。その後、組織片を、99%、95%、90%、80%、70%エタノールに1分間ずつ順次浸漬して脱キシレン及び浸水を行なった後、流水にて10分間流水洗した。次いで、組織片をスライドグラスごとヘマトキシリン溶液に3分間入れて染色し、流水に5分間流水洗した。次いで、エオシン溶液に10秒間浸漬して染色した。最終的に、70%、80%、90%、95%、99%エタノールに1分間ずつ浸漬して脱水し、キシレンに10分間浸漬して透徹し、カナダバルサムで封入して染色組織片を得た。なお、ヘマトキシリン溶液は、蒸留水100mLに対しヘマトキシリン一水和物0.1g、硫酸カリウムアルミニウム5g、ヨウ素酸ナトリウム0.02g、クエン酸0.1gを溶解して調製した。また、エオシン溶液は、95%エタノール40mL、エオシンY0.5g、蒸留水10mLを混合調製したエオシンアルコール溶液25mL、80%エタノール75mL、酢酸0.5mLを混合して調製した。
【0085】
このように作製した各試験区A1~D1、及び対照区X1におけるXX個体及びXY個体の染色組織片を顕微鏡で観察し、生殖細胞数を計測することにより雄化誘導検証を行なった。その結果を表4に示す。
【表4】
【0086】
表4に示すように、対照区X1における生殖細胞数は、XY個体が50個前後、XX個体が100個前後であった。すなわち、雄化誘導剤で処理していない正常性分化予定のXX個体における生殖細胞数と、XY個体における生殖細胞数との関係は、XX個体の方がXY個体よりも約2倍近く多くなる。
【0087】
一方で、本実施例の雄化誘導剤を投与した試験区A1~D1の生殖細胞数は、XY個体が50個前後であって対照区X1のXY個体とほぼ同じであったのに対し、XX個体は50個前後であって対照区X1のXX個体の約半分となった。
【0088】
換言すれば、本実施例の雄化誘導剤が投与されたXX個体は、機能的オスとしてのXY個体とほぼ同じ生殖細胞数であった。また、PPARαに結合するフェノフィブラートの試験区A1とPPARγに結合するロシグリタゾンの試験区D1とにおけるXX個体の生殖細胞数には特段の有意差は認められなかった。
【0089】
特に、脂肪酸(オレイン酸)の試験区C1は、食餌的摂取の実績がある安全性の高い試験区であるにも関わらず、フェノフィブラート系剤など特定の受容体と特異的結合をする雄化誘導剤と同等の結果を示している。すなわち、試験区C1に示す雄化誘導剤によれば、雄化対象とする個体を不用意にロスすることなく、安定した雄化を促すことができ、性統御の再現性を高めた雄魚作製を可能とすることが示唆される。
【0090】
このように、孵化期において、受精後0日~孵化までの期間、雄化誘導剤に暴露された遺伝的メス個体であるXX個体は、PPARの活性化により生殖細胞数の増殖を抑制されて、孵化直後には機能的オスへと雄化誘導されることが示された。
【0091】
(2.成魚における雄化誘導検証試験)
次に、成魚における雄化誘導検証試験を行なった。本試験では、性決定時期を孵化後0日から5日までの期間とすると共に同期間を投与期間に設定したメダカの仔魚を各飼育水A~G、及び飼育水Xにて、それぞれ水温26℃で飼育した。
【0092】
その後、各飼育水A~G、及び飼育水Xで飼育した仔魚を濾過水からなる飼育水に移し替えて水温26℃環境下、孵化後2ヶ月間飼育して成魚とした。
【0093】
そして、孵化後2ヶ月目の成魚を成魚期における雄化誘導検証試料として、試験区A2~G2、及び対照区X2とした。
【0094】
また、本試験では、試料として別途PPARαノックアウトメダカを用い、飼育水A、及び飼育水Xにて前述の同条件で飼育し、成魚期における雄化誘導検証試料として、試験区AN2、及び対照区XN2とした。
【0095】
各試験区A2~G2、AN2及び対照区X2、XN2の遺伝的性は、前述の(1.孵化期における雄化誘導検証試験)に準じて、成魚個体において形質として発現した体色を目視で確認することによりそれぞれ判断した。
【0096】
また、各試験区A2~G2、AN2及び対照区X2、XN2の機能的性は、前述の(1.孵化期における雄化誘導検証試験)に準じ、それぞれXX個体及びXY個体についてHematoxylin-Eosin(HE)染色した組織片を顕微観察して精巣(♂)又は卵巣(♀)のどちらに分化したかを評価して判断した。
【0097】
各試験区、及び対照区における性転換率(%)は、XX個体(♂)/XX個体(♂)+XX個体(♀)(XX個体の総数)×100として算出した。その結果を表5~表7に示す。
【表5】
【表6】
【表7】
【0098】
また、検鏡画像(100μスケール)において、精原細胞(SG)、精母細胞(SC)、精子細胞(ST)、精子(SZ)が多く確認された場合には精巣へ、卵母細胞(O)、卵巣腔(OC)が多く確認された場合には卵巣へと、それぞれ分化したと評価した。一例として、試験区A2及び試験区B2の検鏡画像を図1に示す。
【0099】
表5に示すように、対照区X2、PPARαノックアウトメダカの試験区AN2及び対照区XN2のXX個体では全て、それぞれ検鏡画像上、卵母細胞(O)、卵巣腔(OC)が多く視認され、卵巣に分化していることが認められた。
【0100】
すなわち、雄化誘導剤を投与しない条件の対照区X2、又は投与してもPPARが活性化されない条件の試験区AN2のXX個体においては、雄化誘導がされずに遺伝的性と機能的性と一致したメス個体として分化したとの評価を得た。
【0101】
一方で、雄化誘導剤としてPPAR活性化剤を投与した試験区A2~D2のXX個体の一部には、図1で例示するようにそれぞれ検鏡画像上、精原細胞(SG)、精母細胞(SC)、精子細胞(ST)、精子(SZ)が多く視認され、精巣に分化していることが認められた。
【0102】
すなわち、試験区A2~D2を投与されたXX個体における機能的オスへの性転換率は、表6に示すように、フェノフィブラ-トを主成分とする雄化誘導剤を投与した試験区A2で25%、GW-7647を主成分とする雄化誘導剤を投与した試験区B2で14.3%、オレイン酸を主成分とする雄化誘導剤を投与した試験区C2で25%、ロシグリタゾンを主成分とする雄化誘導剤を投与した試験区D2で20%であった。また、PPARαに結合するフェノフィブラートの試験区A2とPPARγに結合するロシグリタゾンの試験区D2とにおけるXX個体における機能的オスへの性転換率には特段の有意差は認められなかった。
【0103】
また、雄化誘導剤としてβ酸化活性化剤を投与した試験区E2~G2のXX個体の一部には、PPAR活性化剤と同様に、それぞれ検鏡画像上、精原細胞(SG)、精母細胞(SC)、精子細胞(ST)、精子(SZ)が多く視認され、精巣に分化していることが認められた。
【0104】
特に、β酸化活性化剤としてカルニチンを投与した試験区E2~G2のXX個体における機能的オスへの性転換率は、全体的にPPAR活性化剤を投与した場合の性転換率と同等以上の値を示した。
【0105】
具体的には、表7に示すように、カルニチン(10μ)を主成分とする雄化誘導剤を投与した試験区E2で46.2%、カルニチン(50μ)を主成分とする雄化誘導剤を投与した試験区F2で25.0%、カルニチン(100μ)とする雄化誘導剤を投与した試験区G2で29.4%であった。
【0106】
これらの結果より、本実施例の雄化誘導剤を投与しない条件、又は投与してもPPARやβ酸化が活性化されない条件では雄化誘導が起こらずに機能的オスへの性転換が生起せず、一方で、本実施例にかかる雄化誘導剤を投与してPPARやβ酸化を活性化した条件では性未分化の魚類が雄化誘導されることが示された。
【0107】
特に、最も安定的且つ高い性転換率を示した雄化誘導剤としてのL-カルニチンは、水溶性で経口摂取や静脈摂取の実績が多々あり、しかも比較的安価で入手しやすい。
【0108】
すなわち、脂肪酸(オレイン酸)の試験区C2、β酸化活性化剤であるL-カルニチンの試験区E2~G2は、それぞれ食餌的摂取の実績がある安全性の高い試験区であるにも関わらず、フェノフィブラート系剤など特定の受容体と特異的結合をする雄化抑制剤と同等の結果を示している。特に水溶性のL-カルニチンは、濃度の高低によらず一定の雄化現象を示している。このように雄化誘導剤としてL-カルニチンを採用することにより、試薬の調製を効率的且つ経済的に行うことができ、性統御オス個体をより安定して大量に作製できることが示唆された。
【0109】
〈3.雄化抑制剤の調製〉
魚類の雄化抑制剤の主成分としてのPPAR阻害剤には、GW-6471を用いた。また、魚類の雄化誘導剤の主成分としてのβ酸化阻害剤には、エトモキシルを用いた。
【0110】
また、本実施例に係る雄化抑制剤の雄化抑制効果を検証するべく、外部環境による「性のゆらぎ」現象を人工的に再現させる模擬的性攪乱物質(模擬的環境要因)として、フェノフィブラート(FF)、L-カルニチンを用いた。
【0111】
[1.雄化誘導剤試料の調製]において、FF入り飼育水Aを飼育水XA、カルニチン(10μ)入り飼育水Fを飼育水XFとして、それぞれ模擬的性攪乱物質のみの条件とした対照区用に用いた。また、雄化抑制剤は、[1.雄化誘導剤試料の調製]に準じてそれぞれ飼育水Xに混合し、模擬的性攪乱物質+雄化抑制剤入り飼育水H~Iを調製した。その調製例を表8及び表9に示す。
【表8】
【表9】
【0112】
[FF+GW-6471飼育水H]
雄化抑制剤としてGW-6471(Cayman,11697)を用いた。GW-6471を0.1Mとなるようにジメチルスルホキシド(シグマアルドリッチジャパン,D2650)に溶解してGW-6471溶液を得た。また、模擬的性攪乱物質としてフェノフィブラート(FF)を0.1Mとなるようにジメチルスルホキシドに溶解してFF溶液を得た。各溶液を、FFの濃度が5×10-6M 、GW-6471の濃度が1×10-6Mとなるようにそれぞれ飼育水Xに添加して雄化抑制剤入り飼育水Hを調製した。
【0113】
[L-カルニチン+エトモキシル飼育水I]
雄化抑制剤としてエトモキシル(Wako,E933500)を用いた。エトモキシルを0.1Mとなるようにジメチルスルホキシド(シグマアルドリッチジャパン,D2650)に溶解してエトモキシル溶液を得た。また、模擬的性攪乱物質としてL-カルニチンを0.1Mとなるようにジメチルスルホキシドに溶解してL-カルニチン溶液を得た。各溶液を、エトモキシルの濃度が1×10-6M、L-カルニチンの濃度が1×10-5Mとなるようにそれぞれ飼育水Xに添加して雄化抑制剤入り飼育水Iを調製した。
【0114】
〈4.雄化抑制剤の効果検証試験〉
本試験の試料には、前述の〈2.雄化誘導剤の効果検証試験〉と同様、性決定時期を受精後0日~孵化後5日とするメダカを用いた。本検証試験は、本実施例の雄化抑制剤について、胚~仔魚への効果を検証する(1.孵化期における雄化抑制検証試験)、及び仔魚~成魚への効果を検証する(2.成魚期における雄化抑制検証試験)に分けて実施した。具体的な実験手順及び結果は以下の通りである。
【0115】
(1.孵化期における雄化抑制検証試験)
本試験では、前述の〈2.雄化誘導剤の効果検証試験〉の(1.孵化期における雄化誘導検証試験)に準じ、性決定時期を受精後0日から孵化までの期間とすると共に同期間を投与期間に設定したメダカの卵を飼育水Hにてそれぞれ水温26℃で飼育し、孵化直後(孵化後0日目)の仔魚をそれぞれ試験区H1としたものを試料とした。
【0116】
また、〈2.雄化誘導剤の効果検証試験〉の(1.孵化期における雄化誘導検証試験)における試験区A1を対照区XA1に用いた。
【0117】
試験区H1及び対照区XA1の遺伝的性は、孵化直後の仔魚個体において、形質として発現した白色素胞の有無を目視で確認することによりXX個体又はXY個体として判断した。
【0118】
また、試験区H1及び対照区XA1の機能的性は、それぞれXX個体及びXY個体についてHematoxylin-Eosin(HE)染色した組織片を顕微観察して生殖細胞数を計測することにより判断した。その結果を表10に示す。
【表10】
【0119】
対照区XA1における生殖細胞数は、前述の通りXY個体が50個前後、XX個体が50個前後であった。すなわち、各雄化抑制剤が投与されたXX個体は、生殖細胞数の増殖が抑制されて機能的オスに分化誘導されていた。
【0120】
一方、FFと共にGW-6471を主成分とする雄化抑制剤を投与した試験区H1の生殖細胞数は、XY個体が50個前後であって対照区Y1や対照区Z1のXY個体とほぼ同じであったのに対し、XX個体は100個前後まで増加していた。
【0121】
換言すれば、本実施例の雄化抑制剤が模擬的性攪乱物質と拮抗して性決定時期における遺伝的メスの魚類のPPARを不活性化し、環境要因による不用意な雄化誘導を抑制することが示唆された。
【0122】
このように、性決定時期、すなわち受精日から孵化までの間に本発明の雄化抑制剤に暴露された遺伝的メスのXX個体は、生殖細胞数の増殖抑制と拮抗して雄化を抑制されて機能的メスに正常に分化誘導されることが示された。
【0123】
(2.成魚期における雄化抑制検証試験)
次に、成魚期における雄化抑制検証試験を行なった。本試験には、前述の〈2.雄化誘導剤の効果検証試験〉の(2.成魚期における雄化誘導検証試験)に準じ、性決定時期を孵化後0日から5日までの期間とすると共に同期間を投与期間に設定したメダカの仔魚を飼育水H、飼育水Iにて、それぞれ水温26℃で飼育し、その後、同仔魚を濾過水からなる飼育水に移し替えて水温26℃環境で飼育した孵化後2ヶ月目の成魚を試験区H2、試験区I2とした。
【0124】
また、〈2.雄化誘導剤の効果検証試験〉の(2.成魚期における雄化誘導検証試験)における試験区A2、試験区E2をそれぞれ、対照区XA2、対照区XE2とした。
【0125】
試験区H2、試験区I2、及び対照区XA2、対照区XE2の遺伝的性は、前述の(1.孵化期における雄化誘導検証試験)に準じて、成魚個体において形質として発現した体色を目視で確認することによりそれぞれ判断した。
【0126】
また、試験区H2、試験区I2、及び対照区XA2、対照区XE2の機能的性は、前述の(1.孵化期における雄化誘導検証試験)に準じ、それぞれXX個体及びXY個体についてHematoxylin-Eosin(HE)染色した組織片を顕微観察して精巣又は卵巣のどちらに分化したかを評価して判断した。その結果を表11及び表12に示す。
【表11】
【表12】
【0127】
対照区XA2、及び対照区XE2のXX個体の一部には、前述のごとく検鏡画像上、精原細胞(SG)、精母細胞(SC)、精子細胞(ST)、精子(SZ)が多く視認され、精巣に分化していることが認められた。すなわち、表11に示すように対照区XA2、及び対照区XE2のXX個体における機能的オスへの性転換率は、それぞれ25%、46.2%であった。
【0128】
一方で、FFと共にGW-6471を主成分とする雄化抑制剤を投与した試験区H1、カルニチンと共にエトモキシルを主成分とする雄化抑制剤を投与した試験区I1の各XX個体は、検鏡画像上で卵母細胞(O)、卵巣腔(OC)を有し、その全てが卵巣に分化していることが認められた。
【0129】
すなわち、雄化抑制剤が投与された試験区H2、試験区I2のXX個体における機能的オスへの性転換率は、表12に示すように全て0%であり、表10で示した雄化誘導剤のみを添加した対照区XA2、及び対照区XE2の性転換率に比べて有意に低い値を示した。
【0130】
これらの結果より、環境要因により雄化誘導が不用意に引き起こされる環境にあっても、雄化抑制剤を投与してPPAR又はβ酸化を不活性化した条件では遺伝的メスの性未分化の魚類の雄化が抑制されることが示された。
【0131】
以上説明してきたように、本発明に係る魚類の雄化誘導剤によれば、PPAR活性化剤を主成分とすることとしたため、これまでの雄化ホルモン剤に代えて、局所的に魚類のPPARを活性化させて遺伝的メス又は遺伝的オスから機能的オスへと雄化誘導し、逆転オス個体又は正常オス個体などの性統御オス個体を作製することができる。
【0132】
また、本発明に係る魚類の雄化方法によれば、性未分化の魚類にPPAR活性化剤を投与して、PPARを活性化させて魚類を雄化することとしたため、魚類の種ごとの性決定時期に応じて性統御オス個体を安定して作製することができる。
【0133】
また、本発明に係る魚類の雄化抑制剤によれば、PPAR阻害剤を主成分とすることとしたため、これまでの雌化ホルモン剤に代えて、局所的に魚類のPPARを不活性化させて遺伝的オス又は遺伝的メスから機能的メスとなるように魚類の雄化誘導を抑制し、逆転メス個体又は正常メス個体などの性統御メス個体を作製することができる。
【0134】
また、本発明に係る魚類の雄化抑制方法によれば、性未分化の魚類にPPAR阻害剤を投与して、PPARを不活性化させて魚類の雄化を抑制することとしたため、魚類の種ごとの性決定時期に応じて性統御メス個体を安定して作製することができる。
【0135】
また、本発明に係る魚類の雄化誘導剤において、PPAR活性化剤は、脂肪酸であることとすれば、これまで生体に摂取されてきた実績があり、局所的に魚類のPPARを活性化させて遺伝的メス又は遺伝的オスから機能的オスへと雄化誘導して、逆転オス個体や正常オス個体などの性統御オス個体を安全に作製することができる。
【0136】
また、本発明に係る魚類の雄化方法によれば、性未分化の魚類に脂肪酸を投与して、PPARを活性化させて魚類を雄化することとしたため、これまで生体に摂取されてきた実績のある脂肪酸により、魚類の種ごとの性決定時期に応じて性統御オス個体を安定して作製することができる。
【0137】
また、本発明に係る魚類の雄化誘導剤によれば、β酸化活性化剤を主成分とすることとしたため、これまでの雄化ホルモン剤に代えて、局所的に魚類の脂肪酸のβ酸化を促して遺伝的メス又は遺伝的オスから機能的オスへと雄化誘導し、逆転オス個体又は正常オス個体などの性統御オス個体を作製することができる。
【0138】
また、本発明に係る魚類の雄化方法によれば、性未分化の魚類にβ酸化活性化剤を投与して、β酸化を活性化させて魚類を雄化することとしたため、魚類の種ごとの性決定時期に応じて性統御オス個体を安定して作製することができる。
【0139】
また、本発明に係る魚類の雄化抑制剤によれば、β酸化阻害剤を主成分とすることとしたため、局所的に魚類の脂肪酸のβ酸化を抑制して遺伝的オス又は遺伝的メスから機能的メスとなるように魚類の雄化誘導を抑制し、逆転メス個体又は正常メス個体などの性統御メス個体を作製することができる。
【0140】
また、本発明に係る魚類の雄化抑制方法によれば、性未分化の魚類にβ酸化阻害剤を投与して、β酸化を不活性化させて魚類の雄化を抑制することとしたため、魚類の種ごとの性決定時期に応じて性統御メス個体を安定して作製することができる。
【0141】
すなわち、本発明に係る雄化誘導剤及び雄化抑制剤によれば、魚類において、従来のホルモン剤を主成分とする魚類の性統御剤に代えて、環境要因に左右されず、遺伝的性と機能的性とを逆の性別とした偽性別個体や遺伝的性と機能的性とを一致させた正常性別個体などの性統御個体を安定して作製することができる効果がある。
【0142】
最後に、上述した各実施の形態の説明は本発明の一例であり、本発明は上述の実施の形態に限定されることはなく、本発明に係る技術的思想を逸脱しない範囲であれば、設計等に応じて種々の変更が可能であることは勿論である。
図1