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特許7620242ホットスタンプ用鋼板及びホットスタンプ部材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-15
(45)【発行日】2025-01-23
(54)【発明の名称】ホットスタンプ用鋼板及びホットスタンプ部材
(51)【国際特許分類】
   C23C 26/00 20060101AFI20250116BHJP
   B21D 22/20 20060101ALI20250116BHJP
   C21D 1/34 20060101ALI20250116BHJP
   C21D 1/70 20060101ALI20250116BHJP
   C21D 1/18 20060101ALN20250116BHJP
   C21D 9/00 20060101ALN20250116BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20250116BHJP
   C22C 38/14 20060101ALN20250116BHJP
   C22C 38/60 20060101ALN20250116BHJP
【FI】
C23C26/00 C
B21D22/20 H
C21D1/34 R
C21D1/70 E
C21D1/18 C
C21D9/00 A
C22C38/00 301T
C22C38/14
C22C38/60
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2023512606
(86)(22)【出願日】2021-04-08
(86)【国際出願番号】 JP2021014909
(87)【国際公開番号】W WO2022215229
(87)【国際公開日】2022-10-13
【審査請求日】2023-06-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101557
【弁理士】
【氏名又は名称】萩原 康司
(74)【代理人】
【識別番号】100096389
【弁理士】
【氏名又は名称】金本 哲男
(74)【代理人】
【識別番号】100167634
【弁理士】
【氏名又は名称】扇田 尚紀
(74)【代理人】
【識別番号】100187849
【弁理士】
【氏名又は名称】齊藤 隆史
(74)【代理人】
【識別番号】100212059
【弁理士】
【氏名又は名称】三根 卓也
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 優貴
(72)【発明者】
【氏名】上西 健太
(72)【発明者】
【氏名】藤田 宗士
(72)【発明者】
【氏名】布田 雅裕
【審査官】永田 史泰
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-149084(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C26/00-30/00
C23C2/00-2/40
B21D22/00-22/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
25℃における波長8.0μmでの放射率が60%以上である表面処理皮膜を、鋼板の少なくとも一方の表面の全面に有し、
前記表面処理皮膜は、カーボンブラックと、Zr酸化物、及び、Ti酸化物からなる群より選択される1種以上の酸化物と、を含有し、かつ、前記カーボンブラック及び前記酸化物は、前記表面処理皮膜の全体に分散して存在し、
前記表面処理皮膜は、シリカの含有量が0~0.3g/mであり、
前記カーボンブラック及び前記酸化物の付着量を各々XCB(g/m)、XOxide(g/m)とするとき、下記式(1)を満足する、ホットスタンプ用鋼板。

118.9≦24280/{6700/(100+76×XCB)+18000/(130+65×XOxide)}≦332.0 ・・・ 式(1)
【請求項2】
前記表面処理皮膜は、前記カーボンブラックを5.0~40.0体積%含有し、前記酸化物を1.0~30.0体積%含有する、請求項1に記載のホットスタンプ用鋼板。
【請求項3】
前記カーボンブラックの付着量XCB(g/m)と前記酸化物の付着量XOxide(g/m)との比率XOxide/XCBは、0.20以上200.00以下である、請求項1又は2に記載のホットスタンプ用鋼板。
【請求項4】
前記カーボンブラックの付着量XCBは、0.030g/m以上、前記酸化物の付着量XOxideは、0.030g/m以上である、請求項1~3の何れか1項に記載のホットスタンプ用鋼板。
【請求項5】
前記表面処理皮膜の700℃における波長8.0μmでの放射率は、60%以上である、請求項1~4の何れか1項に記載のホットスタンプ用鋼板。
【請求項6】
前記ホットスタンプ用鋼板の片面又は両面において、前記鋼板の基材と前記表面処理皮膜との間に、金属めっき層を有する、請求項1~5の何れか1項に記載のホットスタンプ用鋼板。
【請求項7】
鋼板の少なくとも一方の表面の全面に、表面処理皮膜を有し、
前記表面処理皮膜は、Zr酸化物、及び、Ti酸化物からなる群より選択される1種以上の酸化物を含有し、かつ、前記酸化物の付着量XOxideは、0.030g/m以上であり、
前記表面処理皮膜は、シリカの含有量が0~0.3g/mである、ホットスタンプ部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホットスタンプ用鋼板及びホットスタンプ部材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境保護及び地球温暖化の防止のために、化学燃料の消費を抑制する要請が高まっており、この要請は、様々な製造業に対して影響を与えている。例えば、移動手段として日々の生活や活動に欠かせない自動車についても例外ではなく、車体の軽量化などによる燃費の向上等が求められている。しかしながら、自動車では単に車体の軽量化を実現することは安全性の低下につながる可能性があるので、製品品質上許されない。そのため、車体の軽量化を行う場合には、適切な安全性を確保する必要がある。
【0003】
自動車の構造の多くは、鉄、特に鋼板により形成されており、鋼板の重量を低減することが、車体の軽量化にとって重要である。また、このような鋼板に対する要請は、自動車製造業のみならず、様々な製造業でも同様になされている。このような要請に対し、単に鋼板の重量を低減するのであれば、鋼板の板厚を薄くすることが考えられる。しかしながら、鋼板の板厚を薄くすることは、構造物の強度の低下につながる。そのため、近年、鋼板の機械的強度を高めることにより、それ以前に使用されていた鋼板より薄くしても鋼板によって構成される構造物の機械的強度を維持又は高めることが可能な鋼板について、研究開発が行われている。
【0004】
一般的に、高い機械的強度を有する材料は、曲げ加工等の成形加工において、形状凍結性が低下する傾向にある。そのため、複雑な形状に加工する場合、加工そのものが困難となる。この成形性についての問題を解決する手段の一つとして、いわゆる「ホットスタンプ法(熱間プレス法、ホットプレス法、高温プレス法、ダイクエンチ法とも呼ばれる。)」が挙げられる。このホットスタンプ法では、成形対象である材料を高温に加熱してオーステナイトと呼ばれる組織に変態(オーステナイト化)させ、加熱により軟化した鋼板に対してプレス加工を行って成形し、成形後に冷却する。このホットスタンプ法によれば、材料を一旦高温に加熱して軟化させるので、その材料を容易にプレス加工することができる。更に、成形後の冷却による焼入れ効果により、材料の機械的強度を高めることができる。従って、このホットスタンプ法により、良好な形状凍結性と高い機械的強度とを有した成形品を得ることができる。
【0005】
例えば以下の特許文献1には、合金化溶融亜鉛めっき鋼板をホットスタンプ法により加工することで、自動車部材として利用可能な成形品を製造する技術が開示されている。また、以下の特許文献2、特許文献3には、炭素顔料などの有機物を主体とする皮膜をアルミめっき鋼板の上層に付与することで所望の温度まで加熱するための時間を早める技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2003-126921号公報
【文献】特開2011-149084号公報
【文献】特表2017-518438号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ここで、特許文献1に記載のホットスタンプ法は、加工対象とする鋼板をAc3点以上まで加熱することが必要であるため、鋼板を所望の温度まで加熱するための時間を確保しなければならず、生産性の向上に改善の余地があった。また、特許文献2及び特許文献3に記載の方法では、皮膜に含有される炭素顔料などがいずれも有機物であるため、750℃以上の高温では消失してしまい、生産性向上に改善の余地が残されていた。
【0008】
そこで、本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的とするところは、ホットスタンプ部材の生産性をより向上させることが可能であり、外観に優れ、かつ、スポット溶接性に優れたホットスタンプ用鋼板及びホットスタンプ部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明者らが鋭意検討した結果、鋼板がAc3点以上の所望の温度まで加熱される際の昇温速度を増加させることができれば、加熱時間の短縮を図ることができ、生産性の向上に寄与できる旨に想到した。また、外観に優れ、スポット溶接性に優れたホットスタンプ用鋼板に想到した。
かかる知見に基づき完成された本発明の要旨は、以下の通りである。
【0010】
[1]25℃における波長8.0μmでの放射率が60%以上である表面処理皮膜を、鋼板の少なくとも一方の表面の全面に有し、前記表面処理皮膜は、カーボンブラックと、Zr酸化物、及び、Ti酸化物からなる群より選択される1種以上の酸化物と、を含有し、かつ、前記カーボンブラック及び前記酸化物は、前記表面処理皮膜の全体に分散して存在し、前記表面処理皮膜は、シリカの含有量が0~0.3g/mであり、前記カーボンブラック及び前記酸化物の付着量を各々XCB(g/m)、XOxide(g/m)とするとき、下記式(1)を満足する、ホットスタンプ用鋼板。
118.9≦24280/{6700/(100+76×XCB)+18000/(130+65×XOxide)}≦332.0 ・・・ 式(1)
[2]前記表面処理皮膜は、前記カーボンブラックを5.0~40.0体積%含有し、前記酸化物を1.0~30.0体積%含有する、[1]に記載のホットスタンプ用鋼板。
[3]前記カーボンブラックの付着量XCB(g/m)と前記酸化物の付着量XOxide(g/m)との比率XOxide/XCBは、0.20以上200.00以下である、[1]又は[2]に記載のホットスタンプ用鋼板。
[4]前記カーボンブラックの付着量XCBは、0.030g/m以上、前記酸化物の付着量XOxideは、0.030g/m以上である、[1]~[3]の何れか1つに記載のホットスタンプ用鋼板。
[5]前記表面処理皮膜の700℃における波長8.0μmでの放射率は、60%以上である、[1]~[4]の何れか1つに記載のホットスタンプ用鋼板。
[6]前記ホットスタンプ用鋼板の片面又は両面において、前記鋼板の基材と前記表面処理皮膜との間に、金属めっき層を有する、[1]~[5]の何れか1つに記載のホットスタンプ用鋼板。
[7]鋼板の少なくとも一方の表面の全面に、表面処理皮膜を有し、前記表面処理皮膜は、Zr酸化物、及び、Ti酸化物からなる群より選択される1種以上の酸化物を含有し、かつ、前記酸化物の付着量XOxideは、0.030g/m以上であり、前記表面処理皮膜は、シリカの含有量が0~0.3g/mである、ホットスタンプ部材。
【発明の効果】
【0011】
以上説明したように本発明によれば、ホットスタンプ部材の生産性をより向上させることが可能であり、外観に優れ、かつ、スポット溶接性に優れたホットスタンプ用鋼板が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。
【0013】
(ホットスタンプ用鋼板)
以下で説明する、本発明の実施形態に係るホットスタンプ用鋼板は、ホットスタンプ部材を製造するにあたって、かかる鋼板を加熱する際の昇温速度を増加させることで、ホットスタンプ部材の生産性を向上させ、更に、外観及びスポット溶接性の向上を図ることが可能なものである。かかるホットスタンプ用鋼板は、25℃における波長8.0μmでの放射率が60%以上である表面処理皮膜を、鋼板の少なくとも一方の表面の全面に有している。本実施形態では、上記のように鋼板の少なくとも一方の表面の全面に表面処理皮膜を付与することにより、25℃における波長8.0μmでの放射率を60%以上に高めることができ、かかる鋼板が加熱される際の昇温速度を増加させることができる。
【0014】
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板において、母材となる鋼板(母材鋼板)の種類は、特に限定されるものではない。このような鋼板として、例えば、各種の熱延鋼板、冷延鋼板、及び、めっき鋼板を挙げることができる。めっき鋼板には、例えば、溶融アルミニウムめっき、溶融亜鉛めっき、合金化溶融亜鉛めっき、電気亜鉛めっきなどが施された鋼板があるが、ホットスタンプに適用できるのであれば、これらめっき鋼板に限定されるものではない。
【0015】
従来、自動車用骨格部品などとして用いられる鋼板の多くは、熱延鋼板や冷延鋼板、又は、アルミニウムや亜鉛等のめっきが施されためっき鋼板であった。これら鋼板は、放射率が低いために、波長8.0μm前後の輻射加熱に対する昇温速度は低い。
【0016】
本実施形態では、鋼板の少なくとも一方の表面の全面に特定の表面処理皮膜を付与することで、ホットスタンプ加熱時の加熱速度を高める。加熱後の鋼板をホットスタンプすることにより、鋼板の全面をいち早く焼入れて焼入れ組織(マルテンサイト組織)とすることを可能とする。
【0017】
本実施形態では、鋼板の少なくとも一方の表面の全面に対し、放射率の高い表面処理皮膜を付与する。表面処理皮膜を付与する具体的な手法としては、塗装・ラミネートなどの方法があるが、これらの手法に限定されるものではない。上記のような表面処理皮膜は、鋼板の片面のみに付与してもよいし、鋼板の両面に付与してもよい。表面処理皮膜を付与した領域の25℃における波長8.0μmでの放射率は、60%以上である。表面処理皮膜を付与した領域の25℃における波長8.0μmでの放射率は、好ましくは70%以上であり、更に好ましくは80%以上である。
【0018】
なお、放射率の測定法は、日本産業規格のJIS R 1801(2002)に記載の通り実施することが可能である。この場合、フーリエ変換赤外分光光度計に試料をセットし、25℃において波長8.0μmでの放射強度を測定して、放射率を算出する。
【0019】
また、測定波長を8.0μmに設定した放射温度計を用いて、25℃において着目する部位の放射強度を測定し、黒体の放射強度に対する比から放射率を算出することも可能である。
【0020】
塗装により鋼板表面の全面に表面処理皮膜を付与する際には、例えばカーボンブラック及び金属酸化物を含む有機系もしくは無機系の処理液を、鋼板表面の全面にロールコーターやカーテンコーターやインクジェットで塗装した後に、処理液中の揮発成分を乾燥させることによって、表面処理皮膜を付与することができる。
【0021】
特にインクジェットによる塗装では、膜厚を連続的に変更することも可能である。
【0022】
<表面処理皮膜>
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板において、表面処理皮膜を付与した側の表面の25℃における波長8.0μmでの放射率は、60%以上である。25℃における波長8.0μmでの放射率が60%未満になると、輻射加熱を効率良く利用することが困難となるため、昇温速度の増加を図ることができない。25℃における波長8.0μmでの放射率は、80%以上であることが好ましい。25℃における波長8.0μmでの放射率が80%以上となることで、輻射加熱をより一層効率良く利用することが可能となり、昇温速度のより一層の増加が可能となる。なお、表面処理皮膜を付与した側の表面の25℃における波長8.0μmでの放射率は、高ければ高いほどよく、その上限値を規定するものではなく、100%であってもよい。
【0023】
25℃における波長8.0μmでの放射率を60%以上とするために、本実施形態に係る表面処理皮膜は、以下で詳述するようなカーボンブラック及び特定の金属酸化物を含有する。また、本実施形態に係る表面処理皮膜は、必要に応じて、バインダー成分や各種の添加剤等を更に含有してもよい。更に、本実施形態に係る表面処理皮膜は、シリカを含有していなくともよいし、ある範囲内でシリカを含有していてもよい。カーボンブラック及び金属酸化物等の含有量や、表面処理皮膜の膜厚等を調整することで、所望の放射率を実現することが可能となる。
【0024】
より詳細には、本実施形態に係る表面処理皮膜は、カーボンブラックと、Zr酸化物、Zn酸化物、及び、Ti酸化物からなる群より選択される1種以上の酸化物と、を含有し、かつ、カーボンブラック及び上記酸化物は、表面処理皮膜の全体に分散して存在している。また、カーボンブラックの付着量をXCB(g/m)と表し、酸化物の付着量をXOxide(g/m)と表すとき、本実施形態に係る表面処理皮膜は、下記式(1)で表される関係を満足する。
【0025】

118.9≦24280/{6700/(100+76×XCB)+18000/(130+65×XOxide)}≦332.0 ・・・ 式(1)
【0026】
上記(式1)は、昇温速度(℃/s)の増加の倍率(%)と、カーボンブラック及び酸化物の付着量との関係式を規定したものである。より詳細には、昇温速度の増加の倍率に関し、700℃までの範囲ではカーボンブラックが熱吸収材として機能し、700℃以上の範囲では、かかる温度域でも残存するZr酸化物、Zn酸化物、Ti酸化物が熱吸収材として機能することを、定式化したものである。
【0027】
先だって簡単に言及したように、本実施形態に係る表面処理皮膜は、カーボンブラック及び特定の酸化物を含有する処理液を鋼板の表面に塗布することで、形成することができる。その結果、本実施形態に係る表面処理皮膜では、カーボンブラック及び酸化物が、表面処理皮膜の全体に分散して存在するようになる。カーボンブラック及び酸化物が、表面処理皮膜の全体に分散して存在することで、表面処理皮膜の25℃における波長8.0μmでの放射率を、皮膜全体で均一なものとすることができる。その結果、本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板を加熱する際に、表面処理皮膜の全体をムラなく迅速に加熱することが可能となる。
【0028】
このようなカーボンブラック及び酸化物の分布状態は、表面処理皮膜を、電子プローブマイクロアナライザ(Electron Probe Micro Analyzer:EPMA)により、カーボンブラックに由来する元素(例えば、C)や、酸化物に由来する元素(すなわち、Zr、Zn、Ti)について面分析することで、確認することができる。
【0029】
なお、カーボンブラックを含有する処理液、及び、酸化物を含有する処理液を別個に準備し、これら処理液を別々に塗布することで積層皮膜を形成した場合には、カーボンブラック及び酸化物は、皮膜の全体に分散して存在するようにはならない。また、このように複数の処理液を用いて皮膜を形成しようとすると、一層目の皮膜が形成された後に二層目の皮膜を形成しなければならないため、製造設備が大型化するとともに、製造コストも増加してしまう。
【0030】
また、本実施形態に係る表面処理皮膜は、カーボンブラックの付着量XCB及び酸化物の付着量XOxideが上記式(1)で表される関係を満足することで、25℃における波長8.0μmでの放射率が60%以上となって、昇温速度の増加度合いが顕著なものとなる。上記式(1)の中央の項で規定される値が118.9未満となる場合には、カーボンブラック及び酸化物の付着量が不足し、上記のような放射率を実現することができない。上記式(1)の中央の項で規定される値は、好ましくは119.0以上であり、より好ましくは170.0以上であり、更に好ましくは220.0以上である。一方、上記式(1)の中央の項で規定される値が332.0を超える場合には、皮膜の密着性が低下するため好ましくない。上記式(1)の中央の項で規定される値は、好ましくは330.0以下であり、より好ましくは310.0以下であり、更に好ましくは300.0以下である。
【0031】
ここで、表面処理皮膜におけるカーボンブラックの付着量XCBは、透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)を用いた表面処理皮膜の断面分析により、以下のようにして測定することが可能である。すなわち、膜厚×5μmで表される領域の範囲について、TEM-EDS分析で断面分析し、表面処理皮膜の膜厚と、炭素含有率が70質量%以上となる粒子が占める面積率と、を測定する。膜厚をd(μm)とし、面積率をa(%)としたときに、d×aで表される値が、カーボンブラックの付着量XCB(g/m)となる。
【0032】
また、表面処理皮膜におけるZr、Zn、Tiのうち少なくとも1種の元素の酸化物の付着量XOxideは、Zr酸化物、Zn酸化物、Ti酸化物(すなわち、ZrO、ZnO、TiO)が、金属Zr、金属Zn、金属Tiとして単位面積あたりに付着している量を意味する。これら酸化物の付着量XOxideは、蛍光X線分析装置(RIGAKU社製、ZSX Primus)を用いて、表面処理皮膜の表面から元素分析し、金属Zr、金属Zn及び金属Tiを定量することで求めることができる。
【0033】
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板は、上記のような特徴を有することで、700℃における波長8.0μmでの放射率を、60%以上とすることが可能となる。以下、上記のような放射率の実現にあたって特徴的な、表面処理皮膜が含有する物質について、より詳細に説明する。
【0034】
≪カーボンブラック≫
鋼板の表面のうち、表面処理皮膜の付与された側において、表面処理皮膜におけるカーボンブラックの付着量XCBは、0.030g/m以上であることが好ましい。付着量XCBを0.030g/m以上とすることで、700℃までの領域における昇温速度を、確実に大きくすることが可能となる。付着量XCBは、より好ましくは0.100g/m以上である。一方、付着量XCBの上限値は、上記式(1)により定まる値となる。付着量XCBは、好ましくは0.800g/m以下であり、より好ましくは0.600g/m以下である。
【0035】
また、表面処理皮膜は、カーボンブラックを5.0~40.0体積%含有することがより好ましい。カーボンブラックは、700℃までの領域において特に昇温速度を大きくする効果がある。鋼板の粗度やうねり、あるいは、皮膜形成時に処理液中の水などの揮発性成分の揮発する速度差等等により、表面処理皮膜の厚みが局所的に異なる場合がある。この際、カーボンブラックの含有量が5.0体積%以上であることで、カーボンブラックにより黒く見える部分とそれ以外の部分での差を抑制して意匠性を保つことができ、外観上好ましい。一方、表面処理皮膜中のカーボンブラックの含有量が40.0体積%以下であることで、ホットスタンプ加熱した後の塗料密着性の低下を抑制できる。そのメカニズムは明らかではないが、残存したカーボンブラック又はカーボンブラックの酸化物等に由来する化合物の残存を抑制することにより、塗料と基材との結合が妨げられることが抑制されているものと推察される。
【0036】
また、カーボンブラックの主成分が炭素、水素、酸素であるために、カーボンブラックは、高温に加熱されることで消失する。そのため、表面処理皮膜中にカーボンブラックを含有させることで、塗装後密着性等のホットスタンプ後の性能を維持することができる。
【0037】
カーボンブラックの含有量が5.0体積%以上であることで、表面処理皮膜の下層に位置する鋼板又はめっき層の酸化が抑制されるために、塗料(処理剤)を塗布した際の反応性が確保されて強固な結合ができ、塗料密着性が保たれる。また、放射率を高めることができ、昇温速度を大きくすることができる。表面処理皮膜中のカーボンブラックの含有量は、8.0体積%以上であることが更に好ましい。表面処理皮膜中のカーボンブラックの含有量を8.0体積%以上とすることで、更に一層昇温速度を高めることが可能となる。一方、表面処理皮膜中のカーボンブラックの含有量が40.0体積%以下であることで、放射率を高める効果を十分に得つつ、皮膜コストの上昇を抑制できる。表面処理皮膜中のカーボンブラックの含有量は、30.0体積%以下であることが更に好ましい。表面処理皮膜中のカーボンブラックの含有量を30.0体積%以下とすることで、皮膜コストをより一層抑制することが可能となる。
【0038】
≪金属酸化物≫
鋼板の表面のうち、表面処理皮膜の付与された側において、表面処理皮膜におけるZr酸化物、Zn酸化物、及び、Ti酸化物の合計の付着量XOxideは、0.030g/m以上であることが好ましい。付着量XOxideを0.030g/m以上とすることで、700℃以上の領域における昇温速度を、確実に大きくすることが可能となる。付着量XOxideは、より好ましくは0.060g/m以上である。一方、付着量X xideの上限値は、上記式(1)により定まる値となる。付着量XOxideは、好ましくは0.500g/m以下であり、より好ましくは0.300g/m以下である。
【0039】
また、表面処理皮膜は、Zr酸化物、Zn酸化物、及び、Ti酸化物を、合計で1.0~30.0体積%含有することがより好ましい。これらの元素の酸化物(すなわち、Zr、Zn、Tiの金属酸化物)は、カーボンブラックの効果が小さくなる700℃以上の高温に加熱された場合であっても、表面処理皮膜中に残存する。その結果、表面処理皮膜を付与された部位において、これらの金属酸化物が700℃以上の高温において鋼板表面又はめっき表面に比べて高い放射率であるために、加熱雰囲気からの輻射熱による入熱量が大きくなる。これにより、700℃以上の高温下であっても昇温速度を大きくする効果を維持することが可能となる。これらの金属酸化物の含有量が1.0体積%以上であることで、昇温速度を高める効果を十分に得ることができる。これらの金属酸化物の含有量は、3.0体積%以上であることが更に好ましい。一方、これらの金属酸化物の含有量が30.0体積%以下であることで、皮膜コストが抑制でき、経済的に好ましい。これらの金属酸化物の含有量は、25.0体積%以下であることが更に好ましい。
【0040】
なお、表面処理皮膜中でのカーボンブラックや金属酸化物等の各種化合物の含有率(体積%)は、試料を樹脂に埋込後、研磨により断面を走査型電子顕微鏡(SEM)にて観察し、断面に占める面積率より算出することができる。また、化合物は、SEMに付属のEDX機能を用いて定量分析することにより推定することができる。
【0041】
本実施形態に係る表面処理皮膜において、上記のカーボンブラックの付着量XCB(g/m)と酸化物の付着量XOxide(g/m)との比率XOxide/XCBは、0.20以上200.00以下であることが好ましい。比率XOxide/XCBが上記の範囲内となることで、表面処理皮膜が付与された部位のより適切な加熱が可能となる。比率XOxide/XCBは、より好ましくは0.40~10.00であり、更に好ましくは0.60~5.00である。
【0042】
また、本実施形態に係る表面処理皮膜には、上記カーボンブラック及び金属酸化物以外に、各種のバインダー成分や添加剤を含有させることができる。
【0043】
≪バインダー成分≫
本実施形態に係る表面処理皮膜に含有されうるバインダー成分は、水分散性又は水溶解性の樹脂であることが好ましい。水分散性又は水溶解性の樹脂から選択されるバインダー成分の含有量は、表面処理皮膜の全体積に対して、40体積%以上であることが好ましい。
【0044】
水分散性又は水溶解性の樹脂から選択されるバインダー成分としては、水分散性又は水溶解性を示す公知の各種の樹脂を用いることが可能である。このような水分散性又は水溶解性を示す樹脂として、例えば、ポリウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、フッ素樹脂、ポリアミド樹脂、ポリオレフィン樹脂、シランカップリング剤を加水分解・縮重合して得られるポリマー化合物などが挙げられる。かかるバインダー成分は、ポリエステル樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリオレフィン樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、フッ素樹脂、及び、ポリアミド樹脂からなる群より選択される1種又は2種以上であることが、より好ましい。なお、バインダー成分として複数の樹脂を用いる場合、用いた複数の樹脂の合計含有量を、バインダー成分の含有量として扱う。
【0045】
なお、バインダー成分としてポリウレタン樹脂を用いる場合、ポリウレタン樹脂は、ポリエーテル系のポリウレタン樹脂であることが好ましい。ポリエーテル系のポリウレタン樹脂を用いることで、ポリエステル系のポリウレタン樹脂と比較して、酸やアルカリによる加水分解の発生を防止することができるからであり、ポリカーボネート系のポリウレタン樹脂と比較して、硬くて脆い皮膜の形成を抑制することで、加工時の密着性や加工部の耐食性を担保することができるからである。
【0046】
ポリウレタン樹脂が含有されているか否かは、赤外分光法により得られる赤外吸収スペクトルにおいて、3330cm-1(N-H伸縮)、1730cm-1(C=O伸縮)、1530cm-1(C-N)、1250cm-1(C-O)の特性吸収が観測されるか否かに基づいて、判断することができる。また、ポリウレタン樹脂の含有量についても、予め含有量が既知のサンプルを用いて、含有量と特性吸収の強度との関係を示した検量線を作成しておくことで、得られた特性吸収の強度から含有量を特定することができる。
【0047】
また、上記のポリウレタン樹脂以外の樹脂についても、各樹脂に特有の官能基に由来する特性吸収に着目することで、上記ポリウレタン樹脂と同様に、含有の有無及び含有量を判断することが可能である。
【0048】
≪添加剤≫
本実施形態に係る表面処理皮膜には、本発明の効果を損なわない範囲で、皮膜形成前の処理液作製時の添加剤として、レベリング剤、水溶性溶剤、金属安定化剤、エッチング抑制剤等といった各種の添加剤を含有させることが可能である。
【0049】
レベリング剤としては、ノニオン系又はカチオン系の界面活性剤として、例えば、ポリエチレンオキサイド又はポリプロピレンオキサイド付加物や、アセチレングリコール化合物等が挙げられる。
【0050】
水溶性溶剤としては、例えば、エタノール、イソプロピルアルコール、t-ブチルアルコール及びプロピレングリコール等のアルコール類、エチレングリコールモノブチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル等のセロソルブ類、酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル類、アセトン、メチルエチルケトン及びメチルイソブチルケトン等のケトン類等が挙げられる。
【0051】
金属安定化剤としては、例えば、EDTA(エチレンジアミン四酢酸)、DTPA(ジエチレントリアミン五酢酸)等のキレート化合物が挙げられる。
【0052】
エッチング抑制剤としては、例えば、エチレンジアミン、トリエチレンペンタミン、グアニジン及びピリミジン等のアミン化合物類が挙げられる。
【0053】
なお、上記のバインダー成分や添加剤の含有量についても、カーボンブラックや金属酸化物の場合と同様にして、測定することが可能である。
【0054】
≪シリカ≫
本実施形態に係る表面処理皮膜は、先だって言及したように、シリカを含有していなくともよく、ある範囲内でシリカを含有していてもよい。より詳細には、本実施形態に係る表面処理皮膜において、シリカの含有量は、0~0.3g/mである。シリカを0.3g/mを超えて含有する場合、温度上昇効果が望めない一方で高コストとなるため、経済性の点で好ましくない。また、シリカは電気伝導性が低い物質であるため、シリカを0.3g/mを超えて含有する場合、ホットスタンプ後の溶接性の点で好ましくない。シリカを含有させる場合における表面処理皮膜のシリカの含有量は、小さければ小さいほどよい。表面処理皮膜のシリカの含有量は、より好ましくは0.10g/m以下であり、更に好ましくは0.05g/m以下である。
【0055】
≪表面処理皮膜の膜厚≫
以上のような成分を含有する表面処理皮膜の膜厚は、例えば、0.5~5.0μmとすることが好ましい。表面処理皮膜の膜厚を上記の範囲内とすることで、25℃における波長8.0μmでの放射率について、より確実に60%以上とすることができる。表面処理皮膜の膜厚は、より好ましくは、1.0~3.0μmである。
【0056】
<金属めっき層>
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板は、かかるホットスタンプ用鋼板の片面又は両面において、母材鋼板と上記表面処理皮膜との間の少なくとも一部に、金属めっき層を有することが好ましい。金属めっき層を有することにより、ホットスタンプ後の塗装後耐食性をより一層向上させることができる。また、金属めっき層が存在することで、ホットスタンプの際に、加熱により鉄スケールが生成するのを防ぐことができる。鉄スケールは、加熱炉を汚染させたり、搬送のために用いられるロールに付着したりするため、製造上の負荷になる。そのため、鉄スケールが生成した場合には、鉄スケールを除去するためにショットブラスト等の工程が必要となり、経済上好ましくない。
【0057】
金属めっき層の種別は、特に限定されない。かかる金属めっき層を構成する金属めっきとしては、例えば、アルミめっき、Al-Siめっき、亜鉛めっき、合金化亜鉛めっき、Zn-Niめっき、Zn-Al-Mgめっき、Zn-Al-Mg―Siめっき等がある。
【0058】
また、金属めっき層を形成させる方法は、溶融めっき法、電気めっき法、物理蒸着、化学蒸着等が挙げられるが、特に限定されるものではない。
【0059】
<母材鋼板>
次に、本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板の母材鋼板は、ホットスタンプ法に好適に利用可能な鋼板であれば、特に制限はない。本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板に適用可能な鋼板として、例えば、化学成分が質量%で、C:0.10~0.40%、Si:0.01~0.60%、Mn:0.50~3.00%、P:0.05%以下、S:0.020%以下、Al:0.10%以下、Ti:0.01~0.10%、B:0.0001~0.0100%、N:0.010%以下を含有し、残部がFe及び不純物からなる鋼板を例示できる。また、母材鋼板の形態としては、例えば熱延鋼板や冷延鋼板などの鋼板を例示できる。以下、母材鋼板の化学成分について、詳細に説明する。なお、以下の母材鋼板の化学成分に関する説明において、「%」の表記は、特に断りのない限り「質量%」を意味する。
【0060】
[C:0.10~0.40%]
Cは、目的とする機械的強度を確保するために含有される。C含有量が0.10%以上であることで、十分な機械的強度の向上が得られ、Cを含有する効果が十分に得られる。そのため、C含有量は、0.10%以上であることが好ましい。C含有量は、より好ましくは0.20%以上である。一方、C含有量が0.40%以下であることで、鋼板の強度を硬化向上させつつ、伸び、絞りの低下を抑制できる。そのため、C含有量は、0.40%以下であることが好ましい。C含有量は、より好ましくは0.35%以下である。
【0061】
[Si:0.01~0.60%]
Siは、機械的強度を向上させる強度向上元素の一つであり、Cと同様に、目的とする機械的強度を確保するために含有される。Si含有量が0.01%以上であることで、強度向上効果が十分に発揮され、十分な機械的強度の向上が得られる。そのため、Si含有量は、0.01%以上であることが好ましい。Si含有量は、より好ましくは0.10%以上である。一方、Siは易酸化性元素でもあるため、Si含有量が0.60%以下であることで、鋼板表層に形成したSi酸化物の影響による、溶融Alめっきを行う際の濡れ性の低下が抑制され、不めっきの発生が抑制できる。そのため、Si含有量は、0.60%以下であることが好ましい。Si含有量は、より好ましくは0.40%以下である。
【0062】
[Mn:0.50~3.00%]
Mnは、鋼を強化させる強化元素の1つであり、焼入れ性を高める元素の1つでもある。更に、Mnは、不純物の1つであるSによる熱間脆性を防止するのにも有効な元素である。Mn含有量が0.50%以上であることで、これらの効果が十分に得られる。そのため、上記効果を確実に発現させるために、Mn含有量は、0.50%以上であることが好ましい。Mn含有量は、より好ましくは0.80%以上である。一方、Mnはオーステナイト形成元素であるため、Mn含有量が3.00%以下であることで、残留オーステナイト相が多くなり過ぎず、強度の低下が抑制される。そのため、Mn含有量は、3.00%以下であることが好ましい。Mn含有量は、より好ましくは1.50%以下である。
【0063】
[P:0.05%以下]
Pは、鋼中に含まれる不純物である。P含有量が0.05%以下であることで、鋼板に含まれるPが鋼板の結晶粒界に偏析してホットスタンプされた成形体の母材の靭性を低下させることを抑制でき、鋼板の耐遅れ破壊性の低下を抑制できる。そのため、P含有量は0.05%以下であることが好ましく、P含有量はできる限り少なくすることが好ましい。
【0064】
[S:0.020%以下]
Sは、鋼中に含まれる不純物である。S含有量が0.020%以下であることで、鋼板に含まれるSが硫化物を形成して鋼板の靭性を低下させることを抑制でき、鋼板の耐遅れ破壊性の低下を抑制できる。そのため、S含有量は0.020%以下であることが好ましく、S含有量はできる限り少なくすることが好ましい。
【0065】
[Al:0.10%以下]
Alは、一般に鋼の脱酸目的で使用される。一方、Al含有量が0.10%以下であることで、鋼板のAc3点の上昇が抑制されるため、ホットスタンプの際に鋼の焼入れ性確保に必要な加熱温度を低減でき、ホットスタンプ製造上望ましい。従って、鋼板のAl含有量は、0.10%以下が好ましく、より好ましくは0.05%以下であり、更に好ましくは0.01%以下である。
【0066】
[Ti:0.01~0.10%]
Tiは、強度強化元素の1つである。Ti含有量が0.01%以上であることで、強度向上効果や耐酸化性向上効果が十分に得られる。そのため、上記効果を確実に発現させるために、Ti含有量は、0.01%以上であることが好ましい。Ti含有量は、より好ましくは0.03%以上である。一方、Ti含有量が0.10%以下であることで、例えば炭化物や窒化物の形成が抑制され、鋼の軟質化を抑制でき、目的とする機械的強度を十分に得ることができる。従って、Ti含有量は、0.10%以下であることが好ましい。Ti含有量は、より好ましくは0.08%以下である。
【0067】
[B:0.0001~0.0100%]
Bは、焼入れ時に作用して強度を向上させる効果を有する。B含有量が0.0001%以下であることで、このような強度向上効果が十分に得られる。そのため、B含有量は、0.0001%以上であることが好ましい。B含有量は、より好ましくは0.0010%以上である。一方、B含有量が0.0100%以下であることで、介在物の形成が低減されて鋼板の脆化が抑制され、疲労強度の低下を抑制できる。そのため、B含有量は、0.0100%以下であることが好ましい。B含有量は、より好ましくは0.0040%以下である。
【0068】
[N:0.010%以下]
Nは、鋼中に含まれる不純物である。N含有量が0.010%以下であることで、鋼板に含まれるNによる窒化物の形成が抑制されて、鋼板の靭性低下を抑制できる。更に、鋼板中にBが含有される場合に、鋼板に含まれるNがBと結合して固溶B量を減少させることが抑制され、Bの焼入れ性向上効果の低下が抑制できる。そのため、N含有量は、0.010%以下であることが好ましく、N含有量はできる限り少なくすることがより好ましい。
【0069】
また、本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板の母材鋼板は、更に、任意添加元素として、Cr、Mo、Ni、Co、Cu、Mo、V、Nb、Sn、W、Ca、REM、O、Sbのような元素を含有してもよい。
【0070】
[Cr:0~1.00%]
Crは、鋼板の焼入れ性を向上させる元素である。かかる効果を十分に得るためには、Cr含有量を0.01%以上とすることが好ましい。一方、Cr含有量を1.00%以下とすることで、その効果を十分に得つつ、コストの上昇を抑制できる。そのため、含有させる場合のCr含有量は、1.00%以下とすることが好ましい。
【0071】
[Ni:0~2.00%]
[Co:0~2.00%]
Ni及びCoは、鋼の焼入れ性を高め、かつ、焼入れ後の鋼板部材の強度を安定して確保することを可能にする元素である。かかる効果を十分に発現させるためには、Ni含有量を0.10%以上とすることが好ましく、Co含有量を0.10%以上とすることが好ましい。一方、Ni含有量及びCo含有量がそれぞれ2.00%以下であることで、上記の効果を十分に得つつ、経済性が高められる。そのため、含有させる場合のNi含有量は、2.00%以下とすることが好ましく、Co含有量は2.00%以下とすることが好ましい。
【0072】
[Cu:0~1.000%]
Cuは、鋼の焼入れ性を高め、かつ、焼入れ後の鋼板部材の強度を安定して確保することを可能にする元素である。また、Cuは、腐食環境において耐孔食性を向上させる。かかる効果を十分に発現させるためには、Cu含有量を0.100%以上とすることが好ましい。一方、Cu含有量が1.000%以下であることで、上記の効果を十分に得つつ、経済性が高められる。そのため、含有させる場合のCu含有量は、1.000%以下とすることが好ましい。
【0073】
[Mo:0~1.00%]
Moは、鋼の焼入れ性を高め、かつ、焼入れ後の鋼板部材の強度を安定して確保することを可能にする元素である。かかる効果を十分に発現させるためには、Mo含有量を0.10%以上とすることが好ましい。一方、Mo含有量が1.00%以下であることで、上記の効果を十分に得つつ、経済性が高められる。そのため、含有させる場合のMo含有量は、1.00%以下とすることが好ましい。
【0074】
[V:0~1.00%]
Vは、鋼の焼入れ性を高め、かつ、焼入れ後の鋼板部材の強度を安定して確保することを可能にする元素である。かかる効果を十分に発現させるためには、V含有量を0.10%以上とすることが好ましい。一方、V含有量が1.00%以下であることで、上記の効果を十分に得つつ、経済性が高められる。そのため、含有させる場合のV含有量は、1.00%以下とすることが好ましい。
【0075】
[Nb:0~1.00%]
Nbは、鋼の焼入れ性を高め、かつ、焼入れ後の鋼板部材の強度を安定して確保することを可能にする元素である。かかる効果を十分に発現させるためには、Nb含有量を0.01%以上とすることが好ましい。一方、Nb含有量が1.00%以下であることで、上記の効果を十分に得つつ、経済性が高められる。そのため、含有させる場合のNb含有量は、1.00%以下とすることが好ましい。
【0076】
[Sn:0~1.00%]
Snは、腐食環境において耐孔食性を向上させる元素である。かかる効果を十分に発現させるためには、Sn含有量を0.01%以上とすることが好ましい。一方、Sn含有量が1.00%以下であることで、粒界強度の低下が抑制され、靭性の低下を抑制できる。そのため、含有させる場合のSn含有量は、1.00%以下とすることが好ましい。
【0077】
[W:0~1.00%]
Wは、鋼の焼入れ性を高め、かつ、焼入れ後の鋼板部材の強度を安定して確保することを可能にする元素である。また、Wは、腐食環境において耐孔食性を向上させる。かかる効果を十分に発現させるためには、W含有量を0.01%以上とすることが好ましい。一方、W含有量が1.00%以下であることで、上記の効果を十分に得つつ、経済性が高められる。そのため、含有させる場合のW含有量は、1.00%以下とすることが好ましい。
【0078】
[Ca:0~0.010%]
Caは、鋼中の介在物を微細化し、焼入れ後の靱性及び延性を向上させる効果を有する元素である。かかる効果を十分に発現させるためには、Ca含有量を0.001%以上とすることが好ましく、0.002%以上とすることがより好ましい。一方、Ca含有量が0.010%以下であることで、その効果を十分に得つつ、コストを抑制できる。そのため、含有させる場合のCa含有量は、0.010%以下とすることが好ましく、0.004%以下とすることがより好ましい。
【0079】
[REM:0~0.30%]
REMは、Caと同様に鋼中の介在物を微細化し、焼入れ後の靱性及び延性を向上させる効果を有する元素である。かかる効果を十分に発現させるためには、REM含有量を0.001%以上とすることが好ましく、0.002%以上とすることがより好ましい。一方、REM含有量が0.30%以下であることで、その効果を十分に得つつ、コストを抑制できる。そのため、含有させる場合のREM含有量は、0.30%以下とすることが好ましく、0.20%以下とすることがより好ましい。
【0080】
ここで、REMは、Sc、Y及びランタノイドの合計17元素を指し、上記REMの含有量は、これらの元素の合計含有量を意味する。REMは、例えば、Fe-Si-REM合金を使用して溶鋼に添加され、この合金には、例えば、Ce、La、Nd、Prが含まれる。
【0081】
[O:0.0070%以下]
Oは必須元素ではなく、例えば鋼中に不純物として含有される。Oは、酸化物を形成し破壊の起点になるなど鋼板の特性劣化をもたらす元素である。また、鋼板の表面の近傍に存在する酸化物は、表面疵の原因となり、外観品位を劣化させる場合もある。このため、O含有量は低ければ低いほど良い。特に、O含有量を0.0070%以下とすることで、特性の劣化を抑制できるため、O含有量は0.0070%以下が好ましい。O含有量の下限は、特に限定するものではなく、0%としてもよいが、実操業上、精錬上のO含有量の実質的な下限は0.0005%である。
【0082】
[Sb:0.100%以下]
Sb含有量の下限は、特に限定するものではなく、0%としてもよい。Sbはめっきの濡れ性や密着性を向上させるのに有効な元素である。この効果を得るため、Sbは0.001%以上含有させることが好ましい。一方、Sb含有量を0.100%以下とすることで、製造時に発生する疵を抑制し、また靭性の低下を抑制できる。そのため、Sbの含有量は、0.100%以下であることが好ましい
【0083】
上記成分以外の残部は、Fe及び不純物である。母材鋼板は、その他、製造工程などで混入してしまう不純物を含んでもよい。かかる不純物としては、例えば、Zn(亜鉛)が挙げられる。
【0084】
以上、本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板の母材鋼板の化学成分の一例について、詳細に説明した。
【0085】
上記の化学成分を有する鋼板の表面処理皮膜を付与した部位は、ホットスタンプ法による加熱・焼入れにより、約1000MPa以上の引張強度を有するホットスタンプ部材とすることができる。また、ホットスタンプ法においては、高温で軟化した状態でプレス加工を行うことができるので、容易に成形することができる。
【0086】
<ホットスタンプ部材の製造>
自動車用の骨格部品に例示されるような各種のホットスタンプ部材は、上記のような表面処理皮膜が少なくとも一方の表面の全面に付与されたホットスタンプ用鋼板を用いて製造できる。
【0087】
まず、例えばコイル状の鋼板等の金属素材の少なくとも一方の表面の全面に対して表面処理皮膜を付与する。そして、切断やプレスで打抜く等の各種加工を施すことで、本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板を得る。また、切断やプレスで打抜く等した鋼板に表面処理皮膜を付与することでも、本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板を得ることができる。また、表面処理皮膜の膜厚を変化させることで、放射率を連続的に変化させることができる。
【0088】
例えば以上のようにして表面処理皮膜を付与したホットスタンプ用鋼板を、ホットスタンプする。加熱装置としては、例えば、電気加熱炉、ガス加熱炉や、遠赤外炉、赤外線ヒータを備えた通常の加熱装置、等がある。表面処理皮膜を付与して放射率を高めた側の面は、輻射による伝熱効果が大きいために昇温速度が速いため、金属組織がオーステナイト相に変態するAc3点以上の温度以上まで、迅速に昇温される。これにより、本実施形態に係るホットスタンプ部材の製造方法では、加熱時間の短縮を図ることで、ホットスタンプ部材の生産性をより向上させることができる。本実施形態では、具体的な加熱条件については、特に限定されるものではなく、用いる加熱装置等を適切に制御すればよい。
【0089】
次に、加熱した鋼板を、成形及び冷却する。鋼材の金属組織がオーステナイト相に変態するAc3点温度以上にまで昇温された部位は、焼入れされて強度が高くなる。これにより、焼入れにより強度が向上したホットスタンプ部材を得ることができる。
【0090】
前述したように、表面処理皮膜の膜厚を変化させることで昇温速度も連続的に変化することを利用して、硬度も連続的に変化させることが可能となる。表面処理皮膜の膜厚が大きい部位は、昇温速度が大きいために最もオーステナイト化が進行し、冷却時の焼き入れ時にマルテンサイトの生成により、強度が高くなる。一方で、膜厚が小さい部位では、加熱時のオーステナイト相比率が低くなり、厚い部位に比べるとマルテンサイトの生成量が少なくなるために強度が低くなる。
【0091】
<ホットスタンプ部材>
以上のようにして得られるホットスタンプ部材は、鋼板の少なくとも一方の表面の全面に、表面処理皮膜を有している。かかる表面処理皮膜は、Zr酸化物、Zn酸化物、及び、Ti酸化物からなる群より選択される1種以上の酸化物を含有し、かつ、酸化物の付着量XOxideは、0.030g/m以上である。また、かかる表面処理皮膜は、シリカの含有量が0~0.3g/mである。ホットスタンプ部材の素材として用いられたホットスタンプ用鋼板の表面処理皮膜中に存在したカーボンブラックは、ホットスタンプの工程を経ることで消失し、上記金属酸化物が残存するようになる。ホットスタンプ部材の表面処理皮膜中に存在する酸化物の付着量XOxideは、素材として用いたホットスタンプ用鋼板の表面処理皮膜中の酸化物の付着量に依存するが、その上限値は、概ね0.600g/mである。
【実施例
【0092】
以下、本発明の実施例について説明するが、実施例における条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例にすぎず、本発明はこの一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得る。
【0093】
母材鋼板としては、高い機械的強度(引張強度、降伏点、伸び、絞り、硬さ、衝撃値、疲れ強さ等の機械的な変形及び破壊に関する諸性質を意味する。)を有する鋼板を使用することが好ましい。以下の実施例に示したホットスタンプ用鋼板に使用した、めっき前の母材鋼板の化学成分を、以下の表1に示した。
【0094】
【表1】
【0095】
表1に示した化学成分を有する母材鋼板(鋼No.S1~S18)に対し、表面処理皮膜を付与した。より詳細には、各母材鋼板について、幅100mm×長さ200mm、板厚1.2mmの鋼板を準備し、一部の鋼板については、金属でめっきした後、表面処理皮膜を片面又は両面の全面にわたって付与した。一部の鋼板については、比較のために、表面処理皮膜を付与しなかった。
【0096】
バインダー成分である水系アクリル樹脂に加えて、市販のカーボンブラックや、TiO、ZrO,ZnO,Fe,Fe,CuO,SiO,TiC,TiN,SiC,SiN等の化合物を少なくとも1種以上添加した水系処理液を、母材鋼板の表面に産業用インクジェットプリンタを用いて塗布し、乾燥することで表面処理皮膜を付与した。また、一部の水系処理液には、上記成分に加えて、更にシリカを含有させた。更に、一部の検証例では、カーボンブラックを添加した水系処理液と、金属酸化物を添加した水系処理液と、を別々に準備し、各処理液を積層させた。表面処理皮膜の膜厚は1.0~2.5μmの範囲内とし、両面に付与する場合には両面とも同種の皮膜を付与した。
【0097】
その後、表面処理皮膜を付与した鋼板の中心部、及び、表面処理皮膜を付与しなかった鋼板の中心部にそれぞれ熱電対を接続して、各位置の温度を測定できるようにした。そして、設定温度920℃の電気加熱炉において鋼板を加熱し、皮膜を付与した鋼板が880℃に到達した時点で、加熱炉から鋼板を取り出した。鋼板を平金型で急速に冷却して、ホットスタンプ部材を得た。
【0098】
放射温度計を用いて、25℃における波長8.0μmでの、表面処理皮膜を付与した鋼板の中心部における放射強度を測定し、黒体の放射強度に対する比から放射率(%)を算出した。
【0099】
なお、一部の母材鋼板には、溶融めっき法によりAl―10質量%Siめっき、Znめっき、Zn-11質量%Al-3質量%Mg-0.2質量%Si、及びAlめっき、電気めっき法によりZn-3質量%Niめっきを施した上で、上記の表面処理皮膜を付与した。溶融めっき法の場合、めっき浴に母材鋼板を浸漬させた後、ガスワイピング法で付着量を片面あたり70g/mに調整した。電気めっき法の場合、片面付着量を20g/mに調整した。
【0100】
表面処理皮膜を付与した部位の皮膜組成、及び、昇温速度を調査し、一部の実施例では、更に、外観、ホットスタンプ後スポット溶接性、塗料密着性、ホットスタンプ後塗膜耐食性を調査した。
各評価項目の評価方法は、以下の通りとした。
【0101】
(1)昇温速度
(評点)
各鋼板に設けた熱電対から得られた温度変化と、電気加熱炉における加熱時間とから、各鋼板での昇温速度を算出し、評価を行った。詳細には、室温から910℃に達するまでの昇温速度を算出し、以下の評価基準に基づき評価を行った。評点「2」を合格とした。
2:昇温速度3.5℃/s以上
1:昇温速度2.0℃/s以上3.5℃/s未満
【0102】
(2)外観
(評点)
100mm×100mmの試験片内の任意の5か所について、日本産業規格JIS Z
8781-4(2013)に記載される方法でCIE 1976 L*a*b*色空間を測定し、L*値の最小値に対する最大値の比率(RL*=L*Max/L*値Min)を評価した。評点「2」を合格とした。
2:1.1以上
1:1.0以上1.1未満
【0103】
(3)ホットスタンプ後スポット溶接性
炉の温度を920℃に設定した電気加熱炉において、6分間加熱した後、室温まで冷却した試料2枚を重ね合わせた。この重ね合わせた箇所を、先端径6mmのCr-Cu電極を用いて加圧力400kgで、直流電源を用いてスポット溶接した。電流値は、7kAから0.5kAずつ上げていき、散りが連続で2回発生する電流値より0.5kA低い値を、適正電流範囲の上限とした。一方、溶接後の試料を埋込み、断面を研磨後、日本産業規格JIS Z 3139(2009)に記載された方法で、ナゲット径を算出し、5.5mm以上となる際の電流値を、適正電流範囲の下限とした。評価基準は、以下の通りである。評点「2」を合格とした。
(評点)
2:適正電流範囲が1.0kA以上となる。
1:適正電流範囲が1.0kA未満となる。
【0104】
(4)塗膜密着性
試料に対し、リン酸化成処理、及び、厚み15μmの電着塗装を施し、170℃で20分間焼き付けて塗膜を付与した。その後、60℃の脱イオン水に200時間浸漬後に塗膜の剥離状態を確認した。評点「2」を合格とした。
(評点)
2:剥離なし
1:一部に剥離あり
【0105】
(5)ホットスタンプ後塗膜耐食性
(4)と同様に付与した塗膜にカッターで疵を入れ、自動車技術会制定のJASO M609に規定する方法で行った。腐食試験180サイクル後のカット疵からの塗膜膨れの幅(片側最大値)を計測した。評点「2」を合格とした。
(評点)
2:膨れ幅3mm未満
1:膨れ幅3mm以上
【0106】
上記のもとで実施した実施例1~4にて得られた評価結果を、それぞれ表2、3、4、5に示した。
【0107】
<実施例1>
以下に示す表2において、A1~A9、A17~A25が実施例であり、A10~A16が参考例であり、a1~a7が比較例である。
本実施例1では、水系処理液を調整する際に、バインダー成分以外の化合物として、カーボンブラックと、窒化チタン、炭化チタン、酸化チタン、酸化鉄、酸化銅、酸化ジルコニウム、窒化ケイ素、酸化コバルト、酸化スズの少なくとも何れかと、を用いた。本実施例では、表面処理皮膜の付着量を調整することで、25℃における波長8.0μmでの放射率の値を調整した。
【0108】
比較例a1では、25℃における波長8.0μmでの放射率が57%と小さく、ホットスタンプの際の昇温速度は、2.0℃/s以上3.5℃/s未満であった(評点1)。また、金属酸化物を含有させなかった比較例a2では、25℃における波長8.0μmでの放射率は60%となったが、金属酸化物を含有しないが故に700℃における放射率が53%となり、ホットスタンプの際の昇温速度は、2.0℃/s以上3.5℃/s未満であった(評点1)。
【0109】
シリカの含有量が本発明の範囲外である比較例a3、a4では、ホットスタンプ後スポット溶接性の評価が「1」となった。また、カーボンブラックと金属酸化物とを別々に成膜した比較例a5,a6では、L*値の比率が1.0以上1.1未満となり、外観の評点が1となった。また、式(1)中辺の値が本発明の範囲外である比較例a7においても、L*値の比率が1.0以上1.1未満となり、外観の評点が1となった。
【0110】
一方、発明例A1~A9、A17~A25、及び、参考例A10~A16では、25℃における波長8.0μmでの放射率が60%以上であった。その結果、昇温速度は、3.5℃/s以上となり(評点2)、外観及びホットスタンプ後スポット溶接性についても、評点2となった。
【0111】
【表2】
【0112】
<実施例2>
以下の実施例では、表面処理皮膜の形成に用いた水系処理液中には、シリカを含有させなかった。表面処理皮膜中におけるカーボンブラックと金属酸化物の含有量に着目しながら、塗膜密着性の評価を行った。得られた結果を、以下の表3に示した。
【0113】
表3において、表面処理皮膜中のカーボンブラック(CB)の含有量が5体積%未満もしくは40体積%超であるか、又は、表面処理皮膜中の金属酸化物の含有量が1体積%未満もしくは30体積%超である発明例B1、B6~B7、参考例B8、発明例B13~B15、B20、B21では、塗膜の一部に剥離が生じ、塗膜密着性の評点が1となった。一方、表面処理皮膜中のカーボンブラック(CB)の含有量が5~40体積%であり、かつ、表面処理皮膜中の金属酸化物の含有量が1~30体積%である発明例B2~B5、参考例B9~B12、発明例B16~B19では、塗膜に剥離が生じずに、塗膜密着性の評点が2となった。
【0114】
以上の結果より、カーボンブラックを5~40体積%含有させ、かつ、金属酸化物を1~30体積%含有させることで、塗膜密着性の向上が可能であることが明らかとなった。
【0115】
【表3】
【0116】
<実施例3>
以下の実施例では、表面処理皮膜の形成に用いた水系処理液中には、シリカを含有させなかった。表面処理皮膜中におけるカーボンブラックと金属酸化物の付着量の比率に着目しながら、昇温速度の評価を行った。なお、本実施例では、室温からではなく、500℃から910℃に達するまでの昇温速度について、評価を行った。評価基準は、以下の通りである。得られた結果を、以下の表4に示した。
(評点)
2:昇温速度1.3℃/s以上
1:昇温速度1.3℃/s未満
【0117】
表4において、カーボンブラックの付着量と金属酸化物の付着量の比率XOxide/XCBが0.20未満、又は、200.00超であったC1、C7、C8、C14、C15、C21では、500℃から910℃に達するまでの昇温速度が1.3℃/s未満となり、評点は1となった。一方で、カーボンブラックの付着量と金属酸化物の付着量の比率XOxide/XCBが0.20~200.00であったC2~C6、C9~C13、C16~C20では、500℃から910℃に達するまでの昇温速度が1.3℃/s以上となり、評点は2となった。
【0118】
【表4】
【0119】
<実施例4>
以下の実施例では、表面処理皮膜の形成に用いた水系処理液中には、シリカを含有させなかった。表面処理皮膜中におけるカーボンブラックと金属酸化物の付着量に着目しながら、ホットスタンプ後の塗膜耐食性の評価を行った。得られた結果を、以下の表5に示した。
【0120】
表5において、カーボンブラックの付着量が0.030g/m未満であるか、又は、金属酸化物の付着量が0.030g/m未満である発明例D1、参考例D4、発明例D7では、ホットスタンプ後の塗膜の膨れ幅が3mm以上となり、評点が1となった。一方、カーボンブラックの付着量が0.030g/m以上であり、かつ、金属酸化物の付着量が0.030g/m以上である発明例D2、D3、参考例D5、D6、発明例D8、D9では、ホットスタンプ後の塗膜の膨れ幅が3mm未満となり、評点が2となった。
【0121】
【表5】
【0122】
以上、本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例又は修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。