(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-15
(45)【発行日】2025-01-23
(54)【発明の名称】レール
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20250116BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20250116BHJP
C21D 8/00 20060101ALN20250116BHJP
C21D 9/04 20060101ALN20250116BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/58
C21D8/00 A
C21D9/04 A
(21)【出願番号】P 2024550787
(86)(22)【出願日】2024-05-30
(86)【国際出願番号】 JP2024019890
【審査請求日】2024-08-28
(31)【優先権主張番号】P 2023177118
(32)【優先日】2023-10-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】上田 正治
(72)【発明者】
【氏名】宮▲崎▼ 照久
(72)【発明者】
【氏名】真鍋 敏之
(72)【発明者】
【氏名】猿渡 周雄
【審査官】宮脇 直也
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/189686(WO,A1)
【文献】国際公開第2022/071007(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/054339(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 8/00
C21D 9/04
B22D 11/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.80~1.20%、
Si:0.80~2.50%、
Mn:0.10~2.00%、
P:0.0250%以下、
S:0.0250%以下、
Al:0~1.0000%、
N:0~0.0200%、
Cr:0~1.00%、
Mo:0~0.50%、
Co:0~1.00%、
B:0~0.0050%、
Cu:0~1.00%、
Ni:0~1.00%、
V:0~0.200%、
Nb:0~0.0500%、
Ti:0~0.0500%、
Mg:0~0.0200%、
Ca:0~0.0200%、
希土類元素:0~0.0500%、
Zr:0~0.0200%、及び、
残部がFe及び不純物からなり、
頭部外郭表面から深さ20mm位置までの頭表部の金属組織において、パーライト面積率が95%以上であり、ビッカース硬さが400HV以上であり、
前記頭表部において、
Si正偏析帯でのSi濃度の最大値の、バルク領域でのSi濃度に対する比である、Si正偏析度が1.00超~1.35であり、
Si負偏析帯でのSi濃度の最小値の、前記バルク領域でのSi濃度に対する比である、Si負偏析度が0.90~1.00未満である、
レール。
【請求項2】
請求項1に記載のレールであって、
Al:0.0001~1.0000%、
N:0.0001~0.0200%、
Cr:0.01~1.00%、
Mo:0.01~0.50%、
Co:0.01~1.00%、
B:0.0001~0.0050%、
Cu:0.01~1.00%、
Ni:0.01~1.00%、
V:0.001~0.200%、
Nb:0.0001~0.0500%、
Ti:0.0001~0.0500%、
Mg:0.0001~0.0200%、
Ca:0.0001~0.0200%、
希土類元素:0.0001~0.0500%、及び、
Zr:0.0001~0.0200%、からなる群から選択される1種以上を含有する、
レール。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示はレールに関する。
【背景技術】
【0002】
経済発展に伴い石炭や鉄鉱石などの天然資源の新たな開発が進められている。具体的には、これまで未開であった自然環境の厳しい地域での天然資源の採掘が進められている。これに伴い、資源を輸送する貨物鉄道では、軌道環境が厳しくなってきている。例えば、曲線区間の曲率が小さくなったり、勾配区間の勾配が大きくなったりしている。
【0003】
軌道環境が厳しくなった結果、車輪からレールに負荷される応力やすべりが増加している。その結果、レールの摩耗や損傷が増加している。そのため、レールにおいて、耐摩耗性及び耐損傷性の向上が求められている。このような背景から、耐摩耗性及び耐損傷性を向上させたレールの開発が進められている。
【0004】
レールの耐摩耗性の改善を目的として、特許文献1及び特許文献2に開示されたレールが提案されている。これらのレールでは、耐摩耗性を高めるために、パーライトのラメラ間隔を微細化して鋼の硬さを高めたり、鋼のC含有量を高めてパーライトのラメラ中のセメンタイトの体積率を高めたりしている。
【0005】
具体的には、特許文献1では、圧延終了後のレールの頭部、又は、再加熱したレールの頭部に対して、オーステナイト温度域から850~500℃の間を1~4℃/秒で加速冷却する。これにより、レールの耐摩耗性が高まると特許文献1には開示されている。また、特許文献2では、過共析鋼(C:0.85超~1.20%)を用いて、パーライト組織のラメラ中のセメンタイト体積比率を増加させる。これにより、レールの耐摩耗性が高まると特許文献2には開示されている。
【0006】
また、レールの耐摩耗性に加えて耐損傷性を改善するため、例えば、特許文献3及び特許文献4に開示されたレールが提案されている。
【0007】
特許文献3では、過共析鋼(C:0.73~0.85%)を用いて、Mn、Cr量のバランスを図り、パーライト中のラメラ間隔を微細化させる。これにより、鋼の硬さが高まる。そのため、レールの耐摩耗性及び耐損傷性が高まると特許文献3には開示されている。また、特許文献4では、過共析鋼(C:0.70~0.85%)を用いて、Si量、Mn量、及び、Cr量のバランスを図ることにより、パーライト及びベイナイトの生成量を制御し、鋼の硬さを高める。これにより、レールの耐摩耗性及び耐損傷性が高まると特許文献4には開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特公昭63-023244号公報
【文献】特許第3078461号公報
【文献】特許第4390004号公報
【文献】特許第6822757号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1又は特許文献2に開示された技術では、パーライト中のラメラ間隔を微細化して鋼の硬さを高めたり、パーライトラメラ中のセメンタイトの体積比率を増加させたりして、レールの耐摩耗性を高める。しかしながら、特許文献1及び特許文献2に開示されたレールでは、近年要求されている厳しい軌道環境での使用においては、十分な耐摩耗性が得られない場合がある。
【0010】
特許文献3及び特許文献4に開示された技術では、パーライト中のラメラ間隔を微細化して鋼の硬さを高めたり、鋼の金属組織を制御して鋼の硬さを高めたりして、レ-ルの耐摩耗性及び耐損傷性を高める。しかしながら、特許文献3及び特許文献4に開示されたレールにおいても、近年要求されている厳しい軌道環境での使用においては、十分な耐摩耗性及び十分な耐損傷性が得られない場合がある。
【0011】
上述の通り、軌道環境の厳しい貨物鉄道に用いることのできる、耐摩耗性及び耐損傷性に優れるレールについては、未だ提供されていない。
【0012】
本開示の目的は、優れた耐摩耗性及び耐損傷性が得られるレールを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本開示のレールは、質量%で、C:0.80~1.20%、Si:0.80~2.50%、Mn:0.10~2.00%、P:0.0250%以下、S:0.0250%以下、Al:0~1.0000%、N:0~0.0200%、Cr:0~1.00%、Mo:0~0.50%、Co:0~1.00%、B:0~0.0050%、Cu:0~1.00%、Ni:0~1.00%、V:0~0.200%、Nb:0~0.0500%、Ti:0~0.0500%、Mg:0~0.0200%、Ca:0~0.0200%、希土類元素:0~0.0500%、Zr:0~0.0200%、及び、残部がFe及び不純物からなる。頭部外郭表面から深さ20mm位置までの頭表部の金属組織において、パーライト面積率が95%以上であり、ビッカース硬さが400HV以上である。頭表部において、Si正偏析帯でのSi濃度の最大値の、バルク領域でのSi濃度に対する比であるSi正偏析度が、1.00超~1.35である。Si負偏析帯でのSi濃度の最小値の、バルク領域でのSi濃度に対する比であるSi負偏析度が、0.90~1.00未満である。
【発明の効果】
【0014】
本開示のレールでは、優れた耐摩耗性及び耐損傷性が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1A】
図1Aは、本実施形態のレールの長手方向に垂直な断面図である。
【
図1B】
図1Bは、
図1A中の頭表部の規定方法を説明するためのレール頭部近傍の断面図である。
【
図2A】
図2Aは、レールの踏面近傍でのき裂の生成状況の模式図である。
【
図3】
図3は、レール及び車輪の転動による損傷を再現する転動疲労試験機の斜視図である。
【
図4A】
図4Aは、レールの踏面近傍でのき裂の生成状況とSi偏析帯との関係を示す模式図である。
【
図4B】
図4Bは、
図4Aと異なる、レールの踏面近傍でのき裂の生成状況とSi偏析帯との関係を示す模式図である。
【
図4C】
図4Cは、
図4A及び
図4Bと異なる、レールの踏面近傍でのき裂の生成状況とSi偏析帯との関係を示す模式図である。
【
図5】
図5は、硬さ測定においてレールから採取した試験片の測定面のうち、外郭表面近傍部分の拡大図である。
【
図6】
図6は、Si正偏析度の求め方を説明するための模式図である。
【
図7】
図7は、Si負偏析度の求め方を説明するための模式図である。
【
図8】
図8は、本実施形態のレールの製造工程中の熱処理工程で使用される冷却装置の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本実施形態のレールについて詳細に説明する。以下、化学組成における%は、特に断りが無い限り、質量%を意味する。
【0017】
[レールの構成]
図1Aは、本実施形態のレール1の長手方向に垂直な断面図である。
図1Aを参照して、レール1は、レール頭部10と、底部15と、柱部14とを含む。
レール頭部10は、レール1の高さ方向中央で括れた部分よりも上側の部分をいう。レール頭部10は、鉄道車両の車輪からの荷重を受ける。底部15は、枕木に固定される。底部15は、車輪からの荷重を受けるレール頭部10を、柱部14を介して支持する。柱部14は、レール頭部10と底部15との間に配置されている。柱部14の上端はレール頭部10とつながっており、柱部14の下端は底部15とつながっている。
【0018】
レール頭部10は、頭頂部11と、一対の頭部コーナー部12(12L及び12R)と、一対のあご下部13とを含む。
頭頂部11は、レール頭部10の幅方向の中央部に配置されている。一対の頭部コーナー部12(12L及び12R)は、レール頭部10の幅方向において、頭頂部11の両端に配置されている。つまり、一対の頭部コーナー部12(12L及び12R)の間に頭頂部11が配置されている。レール1の長手方向に垂直な断面図において、頭頂部11の左側の頭部コーナー部を「頭部コーナー部12L」と称し、頭頂部11の右側の頭部コーナー部を「頭部コーナー部12R」と称する。頭部コーナー部12L及び12Rの総称を頭部コーナー部12と称する。一対の頭部コーナー部12L及び12Rの一方は、車輪と主に接触するゲージコーナー(G.C.)部である。
【0019】
レール頭部10のうち、レール1を正立させたときに上側を向く頭頂部11の表面と、一対の頭部コーナー部12の表面とを合わせた表面を、頭部外郭表面10Sと称する。
一対のあご下部13は、レール1の高さ方向において、一対の頭部コーナー部12の反対側に配置される。一対のあご下部13は、レール1の高さ方向において、中央で括れた部分の外郭表面である。
【0020】
頭部外郭表面10Sを起点として深さ20mm位置までの領域を、頭表部10Aと称する。
図1A中のD1は、頭部外郭表面10Sから深さ20mm位置の範囲を示す。頭表部10Aのミクロ組織は、ビッカース硬さで400HV以上のパーライトからなる。これにより、レール1の耐摩耗性及び耐損傷性が高まる。
【0021】
なお、一般的に、レールの使用寿命は、頭部外郭表面10Sを起点として深さ20mm程度である。したがって、頭表部10Aのミクロ組織を、ビッカース硬さで400HV以上のパーライト組織とすることにより、レール1の耐摩耗性及び耐損傷性が確保される。
【0022】
[頭表部10Aの領域の規定方法]
頭表部10Aは、次の方法で規定する。
図1Bを参照して、レール1の長手方向に垂直な断面におけるレール頭部10の表面の幅中央位置を、点P11とする。点P11を起点として、深さ方向に延びる線分L11を想定する。線分L11は、点P11における頭部外郭表面10Sの法線と同軸であり、レール1の断面においてレール1の中心線に相当する。
【0023】
法線L11上であって、点P11から深さ方向に20mm(D1)の位置を点Xとする。点Xから水平方向に線分L100を引き、線分L100とレール頭部10の表面との交点を点A及び点Bとする。
図1Cを参照して、レール1のレール頭部10の表面の点Aから点Bまでの範囲を3等分して、3等分した境界位置をそれぞれ点C及び点Dとする。そして、
図1Dを参照して、点Cと点Dとの間の範囲を、頭頂部11と定義する。さらに、レール頭部10の表面のうち、点Aと点Cとの間の中央位置を点Eとする。同様に、点Bと点Dとの間の中央位置を点Fとする。
【0024】
図1Eを参照して、レール頭部10の表面のうち、点Aと点Eとの間の中央位置を点Gとする。同様に、点Bと点Fとの間の中央位置を点Hとする。レール頭部10の表面のうち、点Cと点Gとの間の範囲を、頭部コーナー部12Lと定義する。なお、点Aと点Gとの間の範囲は、鉄道車両との接触が実質的に少ない領域であるため、頭部コーナー部12Lから除外する。同様に、点Dと点Hとの間の範囲を、頭部コーナー部12Rと定義する。点Bと点Hとの間の範囲は、鉄道車両との接触が実質的に少ない領域であるため、頭部コーナー部12Rから除外する。
【0025】
以上の方法により、頭頂部11、頭部コーナー部12L及び頭部コーナー部12Rを定義する。そして、レール頭部10の表面のうち、頭頂部11、頭部コーナー部12L及び頭部コーナー部12Rの表面、つまり、点Gから点Hまでの表面を、頭部外郭表面10Sと定義する。
【0026】
頭頂部11、頭部コーナー部12L及び頭部コーナー部12Rにおいて、深さ方向を次のとおり定義する。
頭頂部11では、頭部外郭表面10Sの法線方向を、深さ方向と定義する。一方、頭部コーナー部12L及び頭部コーナー部12Rの深さ方向は、次のとおり定義する。
図1Fを参照して、あご下部13の接線である線分L13
L及びL13
Rを想定する。そして、線分L13
L及びL13
Rの交点を点P13とする。点P13は法線L11上に配置される。
頭部コーナー部12Lにおいて、頭部外郭表面10S(つまり、点Cと点Gとの間の表面)の任意の点と点P13とを結ぶ線分方向を、当該任意の点での深さ方向と定義する。例えば、任意の点が点Eである場合、点Eと点P13との線分L12
Lに沿った方向を、点Eでの深さ方向とする。
同様に、頭部コーナー部12Rにおいて、頭部外郭表面10S(つまり、点Dと点Hとの間の表面)の任意の点と点P13とを結ぶ線分方向を、当該任意の点での深さ方向と定義する。例えば、任意の点が点Fである場合、点Fと点P13との線分L12
Rに沿った方向を、点Fでの深さ方向とする。
【0027】
以上の定義に基づいて、点Gと点Hとの間の頭部外郭表面10Sから深さ20mm位置の線分L
D20を規定する。以上の方法により、
図1Aに示す頭表部10Aを規定できる。
【0028】
[本実施形態のレール1の技術思想について]
次に、本実施形態のレール1の技術思想について説明する。
【0029】
本発明者らは初めに、優れた耐摩耗性及び耐損傷性が得られるレールについて、化学組成の観点から検討した。検討の結果、質量%で、C:0.80~1.20%、Si:0.80~2.50%、Mn:0.10~2.00%、P:0.0250%以下、S:0.0250%以下、Al:0~1.0000%、N:0~0.0200%、Cr:0~1.00%、Mo:0~0.50%、Co:0~1.00%、B:0~0.0050%、Cu:0~1.00%、Ni:0~1.00%、V:0~0.200%、Nb:0~0.0500%、Ti:0~0.0500%、Mg:0~0.0200%、Ca:0~0.0200%、希土類元素:0~0.0500%、Zr:0~0.0200%、及び、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有するレールであれば、優れた耐摩耗性及び耐損傷性が得られる可能性があると考えた。
【0030】
本発明者らはさらに、耐摩耗性を高める手段について、金属組織の観点から検討を行った。検討の結果、頭表部10Aの金属組織において、パーライト面積率が95%以上であり、ビッカース硬さが400HV以上であれば、十分な耐摩耗性が得られることを、本発明者らは知見した。
【0031】
本発明者らはさらに、上述の化学組成及び金属組織を有するレールの耐損傷性を高める手段について検討を行った。
【0032】
貨物鉄道のような過酷な使用環境で使用されるときに、レールの頭表部10Aに発生する損傷を調査した。その結果、車輪との接触により頭表部10Aの表面にき裂が発生し、さらに当該き裂がレール内部に伝播することにより、レールの転がり面(鉄道車輪との接触面)の剥離損傷が生成することを、本発明者らは見出した。そこで、本発明者らは、頭表部10Aでのき裂の発生及びき裂の伝播の挙動を詳細に検討した。その結果、次の事項を本発明者らは知見した。
【0033】
図2A~
図2Cは、レール1の踏面近傍でのき裂の生成状況の模式図である。
図2A~
図2Cを参照して、レール1の頭表部10Aに発生するき裂には、次の3つの状態が存在する。
ケース1(
図2A):車輪2との接触面(頭部外郭表面)10Sに対して一定の角度で直線状に生成する粗大き裂(初期き裂CRA1)
ケース2(
図2B):車輪2との接触面10Sに対して一定の角度で直線状に生成するき裂(初期き裂CRA1)及び、車輪2との接触の繰り返しにより、初期き裂CRA1の先端から伝播しており、直線状ではない波形状のき裂(伝播き裂CRA2)とで構成される粗大き裂(初期き裂CRA1+伝播き裂CRA2)
ケース3(
図2C):車輪2との接触面10Sに対して一定の角度で直線的に生成しているものの、ケース1よりも深さDが浅いき裂(初期き裂CRA1)
そして、初期き裂CRA1の深さDが浅いケース3の場合、剥離損傷の発生には至らない。
【0034】
以上の知見に基づいて、本発明者らはさらに、き裂(CRA1及びCRA2)の発生要因について次の方法で検証した。C含有量が0.80~1.20%であるレールを試作した。そして、
図3に示す転動疲労試験機を用いて、接触面直下の粗大き裂の発生挙動と、レールを構成する鋼材の元素分布との関係を調査した。
【0035】
[転動疲労試験機の概要]
図3を参照して、転動疲労試験機では、レール1を枕木3に載置する。モーター4は、車輪2を回転させる。荷重安定装置5は、モーター4によって回転する車輪2を押さえる。転動疲労試験では、レール1上に車輪2を載置する。そして、荷重安定装置5を用いて所定の荷重を車輪2に付与しながら、車輪2がレール1のレール頭部10上を、レール1の長手方向に沿って前後に転動する動作を繰り返す。
【0036】
[転動疲労試験の諸条件]
転動疲労試験における、レール1の化学組成、硬さ、レール1の熱処理方法、き裂損傷を再現するレール1及び車輪2の転動疲労試験の条件、接触面直下の粗大き裂の評価方法、及び、き裂発生領域の元素分析方法は、下記に示すとおりとした。
【0037】
[レール1の化学組成、形状及び特性]
レール1の化学組成は、質量%で、C:0.80~1.20%を含有し、さらに、Si、Mn及びCrを含有し、残部がFe及び不純物からなる化学組成とした。レール形状は、136ポンド(質量:67kg/m)とした。頭表部10Aでのビッカース硬さは、400~550HVとした。頭表部10Aの金属組織において、パーライト面積率は95%以上とした。
【0038】
[レール1の製造工程での熱処理方法]
上述のレール1の製造工程において、熱間圧延によりレール形状の素形材(以下、レール素形材ともいう)を製造した。そして、レール素形材に対して、次の条件で熱処理(加速冷却)を実施して、上記特性のレール1を製造した。具体的には、熱間圧延後のレール素形材に対して、加速冷却を次の条件で実施した。加速冷却により、レール素形材の頭表部10Aに相当する部分を冷却した。冷却開始温度は750~900℃とし、冷却速度は2.0~30.0℃/秒とした。冷却終了温度は500~660℃とした。
【0039】
[転動疲労試験の試験条件]
転動疲労試験の試験条件は次のとおりとした。
転動疲労試験では、
図3に示す転動疲労試験機を用いた。試験片として、レール形状が136ポンド、長さが2mのレール1を準備した。また、AARタイプであって、直径が920mmの車輪2を準備した。試験時のラジアル荷重を300kNとし、スラスト荷重を100kNとした。試験時の潤滑方法として、水供給及び乾燥の繰り返し潤滑を採用した。具体的には、試験時においてレール1に一定時間水を供給し、その後、水の供給を停止して一定時間乾燥するサイクル(水供給及び乾燥)を繰り返した。試験時において、車輪2を用いた荷重印可の繰り返し回数は最大で500万回であり、累積通過トン数は最大で1億5千万トンであった。
【0040】
[粗大き裂の評価方法]
転動疲労試験後のレール1の鉄道車輪との接触面直下の粗大き裂の評価方法は、次のとおりとした。
レール1の頭部コーナー部12の表面のうち、レール1の長手方向に長さ300mmの範囲を、評価部位とした。試験後のレール1の長手方向に平行な断面を観察面とし、観察面に評価部位を含むサンプルを採取した。観察面を研磨した。研磨後の観察面のうち、頭部コーナー部12と鉄道車輪との接触面直下の粗大き裂を特定した。具体的には、観察面において、頭部コーナー部12の表面から進展するき裂の深さ方向での長さD(
図2A~
図2C参照)が500μm以上となるき裂を、き裂と認定して、評価対象とした。ここで、き裂の深さ方向は、頭部コーナー部12の表面の法線方向とした。
【0041】
[評価対象のき裂周辺の元素分析]
評価対象として認定したき裂の周辺領域の元素分析を、次の方法で実施した。き裂を含み、レール1の長手方向に1000μm、表面(接触面)10Sの深さ方向に1000μmの矩形の領域を、分析領域とした。分析領域に対して、電子線マイクロアナライザ(EPMA:Electron Probe Micro Analyzer)を用いた面分析を実施して、種々の元素の元素分布マップを作成した。EPMAにおいて、加速電圧は15kV、照射電流は0.1μA、時間は50msとし、ビーム径は2μmとした。
【0042】
得られた元素分布マップと、き裂の形態との関係について検討した。その結果、
図4A~
図4Cに示すとおり、直線状のき裂である初期き裂CRA1は、Si正偏析帯SE+で発生していた。一方、
図4Bに示すとおり、初期き裂CRA1からさらに表面10Sからの深さ方向に伝播した波形状の伝播き裂CRA2は、Si正偏析帯SE+で発生しているのではなく、Si負偏析帯SE-で発生していた。
【0043】
一般的にSi偏析帯は、レールの素材となるブルームの鋳造時において、ブルームの長手方向に垂直な断面における中心部(以下、横断面中心部という)に中心偏析として形成され得る。このような鋼材の横断面中心部に形成されるSi偏析帯は、レール1に製造された場合には、柱部14中に存在する。このSi偏析帯をSiマクロ偏析帯と称する。したがって、柱部14ではないレール頭部10の一部である頭表部10Aでは、通常は、Si偏析帯は存在し得ないようにも思われる。
【0044】
しかしながら、上述のとおり、頭表部10AにおいてもSi偏析帯(Si正偏析帯SE+及びSi負偏析帯SE-)が存在することを本発明者らは初めて知見した。頭表部10Aに存在するSi偏析帯は、柱部14に存在するSiマクロ偏析帯の周囲に、さらにSi偏析帯が発生し得ることを意味する。このようなSiマクロ偏析帯の周囲に形成されたSi偏析帯を、本明細書では、Siセミマクロ偏析帯と称する。Siセミマクロ偏析帯には、上述のとおり、Siセミマクロ正偏析帯だけでなく、Siセミマクロ負偏析帯が存在し得る。
【0045】
以上の調査結果に基づいて、本発明者らは、次の知見を得た。直線状の初期き裂CRA1はSiセミマクロ正偏析帯SE+で発生しやすい。一方、波形状の伝播き裂CRA2は、Siセミマクロ負偏析帯SE-で発生する。なお、上述のとおり、レール1の頭表部10Aのミクロ組織は実質的にパーライトからなり、Si含有量が高いことに起因した島状マルテンサイト(MA)等の硬質組織の生成も確認されなかった。したがって、初期き裂CRA1及び伝播き裂CRA2は、従前では、頭表部10Aには存在が知られていなかったSi偏析帯(Siセミマクロ正偏析帯及びSiセミマクロ負偏析帯)に起因して、発生することが判明した。
【0046】
以上の知見に基づいて、き裂の種類(初期き裂CRA1及び伝播き裂CRA2)と、各き裂が発生した領域のSiセミマクロ正偏析度又はSiセミマクロ負偏析度との関係について、本発明者らはさらに検討を行った。ここで、Si正偏析度とは、頭表部10Aに存在するSi正偏析帯(Siセミマクロ正偏析帯)でのSi濃度(質量%)の、バルク領域でのSi濃度(質量%)に対する比である。また、Si負偏析度とは、頭表部10Aに存在するSi負偏析帯(Siセミマクロ負偏析帯)でのSi濃度(質量%)の、バルク領域でのSi濃度(質量%)に対する比である。Si正偏析度及びSi負偏析度の測定方法は後述する。
【0047】
検討の結果、上述の化学組成及び金属組織を有するレール1の頭表部10Aにおいて、Si正偏析度が1.00超~1.35であれば、直線状の初期き裂CRA1の発生が十分に抑制され、さらに、Si負偏析度が0.90~1.00未満であれば、波形状の伝播き裂CRA2の発生が十分に抑制されることを、本発明者らは初めて知見した。
【0048】
本実施形態のレールは、以上の技術思想により完成したものであり、その要旨は次のとおりである。
【0049】
第1の構成のレールは、質量%で、C:0.80~1.20%、Si:0.80~2.50%、Mn:0.10~2.00%、P:0.0250%以下、S:0.0250%以下、Al:0~1.0000%、N:0~0.0200%、Cr:0~1.00%、Mo:0~0.50%、Co:0~1.00%、B:0~0.0050%、Cu:0~1.00%、Ni:0~1.00%、V:0~0.200%、Nb:0~0.0500%、Ti:0~0.0500%、Mg:0~0.0200%、Ca:0~0.0200%、希土類元素:0~0.0500%、Zr:0~0.0200%、及び、残部がFe及び不純物からなる。頭部外郭表面から深さ20mm位置までの頭表部の金属組織において、パーライト面積率が95%以上であり、ビッカース硬さが400HV以上である。頭表部において、Si正偏析帯でのSi濃度の最大値の、バルク領域でのSi濃度に対する比であるSi正偏析度が1.00超~1.35である。Si負偏析帯でのSi濃度の最小値の、バルク領域でのSi濃度に対する比であるSi負偏析度が、0.90~1.00未満である。
【0050】
第2の構成のレールは、第1の構成のレールであって、Al:0.0001~1.0000%、N:0.0001~0.0200%、Cr:0.01~1.00%、Mo:0.01~0.50%、Co:0.01~1.00%、B:0.0001~0.0050%、Cu:0.01~1.00%、Ni:0.01~1.00%、V:0.001~0.200%、Nb:0.0001~0.0500%、Ti:0.0001~0.0500%、Mg:0.0001~0.0200%、Ca:0.0001~0.0200%、希土類元素:0.0001~0.0500%、及び、Zr:0.0001~0.0200%、からなる群から選択される1種以上を含有する。
【0051】
以下、本実施形態のレールについて、詳細に説明する。以降の説明において、元素含有量の単位「質量%」は、単に「%」と記載する。
【0052】
[本実施形態のレール1の特徴]
本実施形態のレールは、次の特徴を備える。
(特徴1)
化学組成が、質量%で、C:0.80~1.20%、Si:0.80~2.50%、Mn:0.10~2.00%、P:0.0250%以下、S:0.0250%以下、Al:0~1.0000%、N:0~0.0200%、Cr:0~1.00%、Mo:0~0.50%、Co:0~1.00%、B:0~0.0050%、Cu:0~1.00%、Ni:0~1.00%、V:0~0.200%、Nb:0~0.0500%、Ti:0~0.0500%、Mg:0~0.0200%、Ca:0~0.0200%、希土類元素:0~0.0500%、Zr:0~0.0200%、及び、残部がFe及び不純物からなる。
(特徴2)
頭部外郭表面10Sから深さ20mm位置までの頭表部10Aの金属組織において、パーライト面積率が95%以上であり、ビッカース硬さが400HV以上である。
(特徴3)
頭表部10Aにおいて、Si正偏析帯でのSi濃度の最大値の、バルク領域でのSi濃度に対する比であるSi正偏析度が、1.00超~1.35である。
(特徴4)
頭表部10Aにおいて、Si負偏析帯でのSi濃度の最小値の、バルク領域でのSi濃度に対する比であるSi負偏析度が、0.90~1.00未満である。
以下、各特徴について説明する。
【0053】
[(特徴1)化学組成]
本実施形態によるレール1の化学組成は、次の元素を含有する。
【0054】
C:0.80~1.20%
炭素(C)は、パーライト変態を促進させて、レール1の耐摩耗性を高める。C含有量が0.80%未満であれば、初析フェライトが生成してしまう。そのため、十分な強度及び耐摩耗性が得られない。
一方、C含有量が1.20%を超えれば、頭表部10Aに初析セメンタイトが過剰に生成し、レール1の耐折損性が低下する。
したがって、C含有量は0.80~1.20%である。
C含有量の好ましい下限は0.85%であり、さらに好ましくは0.90%であり、さらに好ましくは0.95%である。
C含有量は好ましい上限は1.18%であり、さらに好ましくは1.15%であり、さらに好ましくは1.10%である。
なお、パーライト組織の生成を安定化させる場合、好ましいC含有量は0.95~1.10%である。
【0055】
Si:0.80~2.50%
シリコン(Si)は、パーライト組織のフェライトに固溶し、レール1の硬さを高める。その結果、レール1の頭表部10Aの耐摩耗性が高まる。Si含有量が0.80%未満であれば、上記効果が十分に得られない。
一方、Si含有量が2.50%を超えれば、レール1を構成する鋼の焼入性が過度に高まる。この場合、頭表部10Aにマルテンサイトが過剰に生成する。そのため、頭表部10Aの耐摩耗性及び耐折損性が低下する。Si含有量が2.50%を超えればさらに、鋼中でのSi濃度の変動が大きくなる。そのため、Si偏析度が変動する。この場合、初期き裂及び/又は伝播き裂が発生しやすくなる。その結果、頭表部10Aに粗大き裂が発生しやすくなる。粗大き裂は、レール1の耐損傷性を低下する。
したがって、Si含有量は0.80~2.50%である。
Si含有量の好ましい下限は0.85%であり、さらに好ましくは0.90%であり、さらに好ましくは0.95%であり、さらに好ましくは1.00%であり、さらに好ましくは1.02%であり、さらに好ましくは1.05%であり、さらに好ましくは1.10%である。
Si含有量の好ましい上限は2.30%であり、さらに好ましくは2.20%であり、さらに好ましくは2.00%である。
なお、パーライト組織の生成を安定化させ、頭表部10Aの耐摩耗性及び耐折損性を向上させる場合、好ましいSi含有量は1.05~2.20%である。
【0056】
Mn:0.10~2.00%
マンガン(Mn)は、レール1を構成する鋼の焼入れ性を高め、パーライト変態を安定化する。Mnはさらに、パーライトのラメラ間隔を微細化する。これにより、レール1の硬さを高め、耐摩耗性を高める。Mn含有量が0.10%未満であれば、その効果が十分に得られない。
一方、Mn含有量が2.00%を超えれば、レール1を構成する鋼の焼入性が過度に高まる。そのため、レール1の頭表部10Aにベイナイト及び/又はマルテンサイト等が生成する。その結果、レール1の頭表部10Aの耐摩耗性及び耐折損性が低下する。過剰な量のMnはさらに、初析セメンタイトの生成を促進する。その結果、レール1の頭表部10Aの耐折損性が低下する。
したがって、Mn含有量は0.10~2.00%である。
Mn含有量の好ましい下限は0.20%であり、さらに好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.40%である。
Mn含有量の好ましい上限は1.80%であり、さらに好ましくは1.60%であり、さらに好ましくは1.50%である。
なお、パーライト組織の生成を安定化し、レール頭部の耐摩耗性及び耐折損性を向上させる場合、好ましいMn含有量は0.30~1.60%である。
【0057】
P:0.0250%以下
りん(P)は不純物である。つまり、P含有量の下限は0%超である。P含有量が0.0250%を超えれば、パーライトが脆化し、レール1の耐折損性が低下する。
したがって、P含有量は0.0250%以下である。
P含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、P含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、P含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0010%であり、さらに好ましくは0.0020%であり、さらに好ましくは0.0025%であり、さらに好ましくは0.0030%であり、さらに好ましくは0.0050%である。
P含有量の好ましい上限は0.0200%であり、さらに好ましくは0.0150%であり、さらに好ましくは0.0120%である。
【0058】
S:0.0250%以下
硫黄(S)は不純物である。つまり、S含有量の下限は0%超である。S含有量が0.0250%を超えれば、粗大なMn硫化物が生成する。粗大なMn硫化物の周囲には、応力集中が発生しやすい。そのため、レール1の耐折損性が低下する。したがって、S含有量は0.0250%以下である。
S含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、S含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、S含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0010%であり、さらに好ましくは0.0020%であり、さらに好ましくは0.0030%であり、さらに好ましくは0.0050%である。
S含有量の好ましい上限は0.0200%であり、さらに好ましくは0.0150%であり、さらに好ましくは0.0120%である。
【0059】
[任意元素(Optional Elements)]
本実施形態のレールの化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Al:0~1.0000%、N:0~0.0200%、Cr:0~1.00%、Mo:0~0.50%、Co:0~1.00%、B:0~0.0050%、Cu:0~1.00%、Ni:0~1.00%、V:0~0.200%、Nb:0~0.0500%、Ti:0~0.0500%、Mg:0~0.0200%、Ca:0~0.0200%、希土類元素:0~0.0500%、及び、Zr:0~0.0200%、からなる群から選択される1種以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素である。以下、各任意元素について説明する。
【0060】
Al:0~1.0000%
アルミニウム(Al)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Al含有量は0%であってもよい。
含有される場合、つまり、Al含有量が0%超である場合、Alは、鋼を脱酸する。Alはさらに、共析炭素量及び共析変態温度を上昇させる。そのため、Alは、靭性を低下させる初析セメンタイトの生成数を抑制し、パーライト組織の硬さを増加させる。その結果、レール1の頭表部10Aの耐折損性が高まる。Alが少しでも含有されば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Al含有量が1.0000%を超えれば、Alを鋼中に固溶させることが困難となる。そのため、粗大なアルミナ系介在物が生成する。粗大なAl系介在物は疲労き裂の発生起点となる。そのため、レール1の頭表部10Aの耐損傷性が低下する。Al含有量が1.0000%を超えればさらに、レール1の溶接時に酸化物が生成する。この場合、レール1の溶接性が低下する。
したがって、Al含有量は0~1.0000%である。
Al含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0010%であり、さらに好ましくは0.0020%である。
Al含有量の好ましい上限は0.5000%であり、さらに好ましくは0.1000%であり、さらに好ましくは0.0800%であり、さらに好ましくは0.0500%である。
【0061】
N:0~0.0200%
窒素(N)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、N含有量は0%であってもよい。
含有される場合、つまり、N含有量が0%超である場合、Nはオーステナイト粒界に偏析することにより、オーステナイト粒界からのパーライト変態を促進させる。これにより、パーライトブロックサイズが微細化する。その結果、レール1の頭表部10Aの靭性が高まる。また、Vが含有される場合、Nは、レール1の溶接後の冷却過程でV炭窒化物の析出を促進させる。この結果、パーライトの硬さが高まり、レール1の頭表部10Aの耐損傷性が高まる。Nが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、N含有量が0.0200%を超えれば、Nを鋼中に固溶させることが困難となる。その結果、疲労損傷の起点となる気泡が生成しやすくなる。
したがって、N含有量は0~0.0200%である。
Nの過剰な低減は、製鋼工程の製錬コストを高める。そのため、工業生産を考慮した場合、N含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0010%であり、さらに好ましくは0.0020%であり、さらに好ましくは0.0030%である。
N含有量の好ましい上限は0.0180%であり、さらに好ましくは0.0150%であり、さらに好ましくは0.0120%である。
【0062】
Cr:0~1.00%
クロム(Cr)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Cr含有量は0%であってもよい。
含有される場合、つまり、Cr含有量が0%超である場合、Crは、平衡変態温度を上昇させて、過冷度を増加させる。これにより、パーライトのラメラ間隔が微細化し、パーライトの硬さが高まる。その結果、レール1の頭表部10Aの耐摩耗性が高まる。Crが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Cr含有量が1.00%を超えれば、レール1を構成する鋼の焼入れ性が過度に高まる。この場合、レール1の頭表部10Aにベイナイト及び/又はマルテンサイト等が生成する。その結果、レール1の耐摩耗性及び耐折損性が低下する。Cr含有量が1.00%を超えればさらに、偏析部のCr濃化が促進される。そのため、レール1の頭表部10Aのマルテンサイト及び初析セメンタイトの生成が促進される。これにより、レール1の頭表部10Aのマルテンサイト及び/又は初析セメンタイトが増加する。その結果、レール1の頭表部10Aの耐折損性が低下する。
したがって、Cr含有量は0~1.00%である。
Cr含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.04%であり、さらに好ましくは0.06%であり、さらに好ましくは0.08%であり、さらに好ましくは0.10%である。
Cr含有量の好ましい上限は0.95%であり、さらに好ましくは0.90%であり、さらに好ましくは0.80%である。
【0063】
Mo:0~0.50%
モリブデン(Mo)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Mo含有量は0%であってもよい。
含有される場合、つまり、Mo含有量が0%超である場合、Moは、平衡変態温度を上昇させ、過冷度を増加させる。これにより、パーライトのラメラ間隔を微細化し、パーライトの硬さが高まる。その結果、レール1の頭表部10Aの耐摩耗性が高まる。Moが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Mo含有量が0.50%を超えれば、変態速度が顕著に低下する。そのため、レール1の頭表部10Aにマルテンサイトが生成する。その結果、レール1の頭表部10Aの耐折損性が低下する。
したがって、Mo含有量は0~0.50%である。
Mo含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.10%である。
Mo含有量の好ましい上限は0.45%であり、さらに好ましくは0.40%であり、さらに好ましくは0.30%である。
【0064】
Co:0~1.00%
コバルト(Co)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Co含有量は0%であってもよい。
含有される場合、つまり、Co含有量が0%超である場合、Coは、パーライト中のフェライトに固溶し、レール1の頭部外郭表面(ころがり面)10Sを含む表層のパーライトのラメラ組織を微細化する。これにより、頭部外郭表面10Sの硬さが高まり、レール1の頭表部10Aの耐摩耗性が高まる。Coが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Co含有量が1.00%を超えれば、Co含有量に応じたラメラ組織の微細化が十分に得られない。さらに、製造コストが高くなる。
したがって、Co含有量は0~1.00%である。
Co含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.10%である。
Co含有量の好ましい上限は0.90%であり、さらに好ましくは0.80%であり、さらに好ましくは0.60%である。
【0065】
B:0~0.0050%
ボロン(B)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、B含有量は0%であってもよい。
含有される場合、つまり、B含有量が0%超である場合、Bは、オーステナイト粒界に鉄炭ほう化物(Fe23(CB)6)を形成して、パーライト変態を促進する。これにより、パーライト変態温度の冷却速度依存性が低減する。そのため、レール1の頭表部10Aの内部において硬さ勾配が低下する。その結果、車輪との接触に起因した、レール1の頭表部10Aでのき裂損傷の生成が抑制される。Bが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、B含有量が0.0050%を超えれば、粗大な鉄炭ほう化物が生成する。この場合、脆性破壊が助長され、レール1の頭表部10Aの耐折損性が低下する。
したがって、B含有量は0~0.0050%である。
B含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0002%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0010%である。
B含有量の好ましい上限は0.0040%であり、さらに好ましくは0.0030%であり、さらに好ましくは0.0020%である。
【0066】
Cu:0~1.00%
銅(Cu)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Cu含有量は0%であってもよい。
含有される場合、つまり、Cu含有量が0%超である場合、Cuは、パーライト中のフェライトに固溶し、固溶強化によりレール1の頭表部10Aの硬さを高める。その結果、レール1の頭表部10Aの耐摩耗性が高まる。Cuが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Cu含有量が1.00%を超えれば、レール1を構成する鋼の焼入れ性が過剰に高まる。そのため、レール1の頭表部10Aにマルテンサイトが生成する。その結果、レール1の頭表部10Aの耐折損性が低下する。
したがって、Cu含有量は0~1.00%である。
Cu含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.10%である。
Cu含有量の好ましい上限は0.90%であり、さらに好ましくは0.80%であり、さらに好ましくは0.70%である。なお、レール頭部の硬さを十分に高め、かつ、マルテンサイトの生成を抑制する場合、Cu含有量のさらに好ましい上限は0.40%である。
【0067】
Ni:0~1.00%
ニッケル(Ni)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ni含有量は0%であってもよい。
含有される場合、つまり、Ni含有量が0%超である場合、Niは、パーライトの靭性を高める。Niはさらに、固溶強化によりレール1の頭表部10Aの硬さを高める。その結果、レール1の頭表部10Aの耐摩耗性が高まる。Niが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Ni含有量が1.00%を超えれば、レール1を構成する鋼の焼入れ性が過剰に高まる。そのため、レール1の頭表部10Aにマルテンサイトが生成する。その結果、レール1の頭表部10Aの耐摩耗性及び耐折損性が低下する。
したがって、Ni含有量は0~1.00%である。
Ni含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.10%である。
Ni含有量の好ましい上限は0.90%であり、さらに好ましくは0.80%であり、さらに好ましくは、0.70%である。
【0068】
V:0~0.200%
バナジウム(V)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、V含有量は0%であってもよい。
含有される場合、つまり、V含有量が0%超である場合、Vは、レール1の製造工程中の熱間圧延後の冷却過程において、V炭化物、V窒化物及びV炭窒化物等のV析出物を形成する。これらのV析出物による析出硬化により、パーライトの硬さが高まる。その結果、レール1の頭表部10Aの耐損傷性が高まる。Vが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、V含有量が0.200%を超えれば、微細なV析出物が過剰に生成する。この場合、パーライトが脆化する。その結果、レール1の頭表部10Aの耐損傷性が低下する。
したがって、V含有量は0~0.200%である。
V含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%であり、さらに好ましくは0.020%であり、さらに好ましくは0.030%であり、さらに好ましくは0.050%である。
V含有量の好ましい上限は0.180%であり、さらに好ましくは0.150%であり、さらに好ましくは0.120%であり、さらに好ましくは0.100%であり、さらに好ましくは0.080%である。
【0069】
Nb:0~0.0500%
ニオブ(Nb)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Nb含有量は0%であってもよい。
含有される場合、つまり、Nb含有量が0%超である場合、Nbは、レール1の製造工程中の熱間圧延後の冷却過程において、Nb炭化物、Nb窒化物等のNb析出物を形成する。これらのNb析出物による析出硬化により、パーライトの硬さが高まる。その結果、レール1の頭表部10Aの耐損傷性が高まる。
Nbはさらに、Ac1点以下の温度域に再加熱された溶接熱影響部(HAZ)において、Nb析出物を形成する。これにより、溶接継手の溶接熱影響部(HAZ)の軟化が抑制される。Nbが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Nb含有量が0.0500%を超えれば、Nb析出物が過剰に生成する。この場合、パーライトが脆化して、レール1の頭表部10Aの耐損傷性が低下する。
したがって、Nb含有量は0~0.0500%である。
Nb含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0010%であり、さらに好ましくは0.0020%であり、さらに好ましくは0.0025%であり、さらに好ましくは0.0030%である。
Nb含有量の好ましい上限は0.0400%であり、さらに好ましくは0.0300%であり、さらに好ましくは0.0200%である。
【0070】
Ti:0~0.0500%
チタン(Ti)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ti含有量は0%であってもよい。
含有される場合、つまり、Ti含有量が0%超である場合、Tiは、レール1の製造工程中の熱間圧延後の冷却過程において、Ti炭化物、Ti窒化物等のTi析出物を形成する。これらのTi析出物による析出硬化により、パーライトの硬さが高まる。その結果、レール1の頭表部10Aの耐損傷性が高まる。
さらに、析出したTi析出物は、溶接時の再加熱において母相中に溶解しにくい。そのため、Ti析出物がオーステナイト温度域まで加熱された溶接熱影響部(HAZ)の組織を微細化する。その結果、溶接継手の脆化が抑制される。Tiが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Ti含有量が0.0500%を超えれば、粗大なTi析出物が生成する。この場合、粗大なTi析出物の周囲の応力集中により、疲労き裂が生成しやすくなる。その結果、レール1の頭表部10Aの耐損傷性が低下する。
したがって、Ti含有量は0~0.0500%である。
Ti含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0010%であり、さらに好ましくは0.0020%であり、さらに好ましくは0.0030%であり、さらに好ましくは0.0035%であり、さらに好ましくは0.0040%である。
Ti含有量の好ましい上限は0.0450%であり、さらに好ましくは0.0400%であり、さらに好ましくは0.0300%であり、さらに好ましくは0.0200%である。
【0071】
Mg:0~0.0200%
マグネシウム(Mg)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Mg含有量は0%であってもよい。
含有される場合、つまり、Mg含有量が0%超である場合、Mgは、Sと結合して微細な硫化物(MgS)を形成する。このMgSがMnSを微細に分散させる。そのため、MnSの周囲における応力集中を緩和する。その結果、レール1の頭表部10Aの耐損傷性が高まる。Mgが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Mg含有量が0.0200%を超えれば、粗大なMg酸化物が生成する。この場合、粗大なMg酸化物の周囲における応力集中により、疲労き裂が生成しやすくなる。その結果、レール1の頭表部10Aの耐損傷性が低下する。
したがって、Mg含有量は0~0.0200%である。
Mg含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0010%であり、さらに好ましくは0.0015%であり、さらに好ましくは0.0030%である。
Mg含有量の好ましい上限は0.0180%であり、さらに好ましくは0.0150%であり、さらに好ましくは0.0120%である。
【0072】
Ca:0~0.0200%
カルシウム(Ca)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ca含有量は0%であってもよい。
含有される場合、つまり、Ca含有量が0%超である場合、Caは、Sと結合して硫化物(CaS)を形成する。このCaSがMnSを微細に分散させる。そのため、MnSの周囲における応力集中を緩和する。その結果、レール1の頭表部10Aの耐損傷性が高まる。Caが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Ca含有量が0.0200%を超えれば、粗大なCa酸化物が生成する。この場合、粗大なCa酸化物の周囲における応力集中により、疲労き裂が生成しやすくなる。その結果、レール1の頭表部10Aの耐損傷性が低下する。
したがって、Ca含有量は0~0.0200%である。
Ca含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0010%であり、さらに好ましくは0.0020%であり、さらに好ましくは0.0030%である。
Ca含有量の好ましい上限は0.0180%であり、さらに好ましくは0.0150%であり、さらに好ましくは0.0120%である。
【0073】
希土類元素(REM):0~0.0500%
希土類元素(REM)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、REM含有量は0%であってもよい。
含有される場合、つまり、REM含有量が0%超である場合、REMは、オキシサルファイド(REM2O2S)を生成し、Mn硫化物系介在物の生成核となる。オキシサルファイドの融点は高い。そのため、熱間圧延後のMn硫化物系介在物の延伸を抑制する。これにより、REMはMnSを微細に分散させて、MnSの周囲における応力集中を緩和する。その結果、レール1の頭表部10Aの耐損傷性が高まる。REMが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、REM含有量が0.0500%を超えれば、粗大なREMのオキシサルファイドが生成する。この場合、粗大なREMのオキシサルファイドの周囲における応力集中により、疲労き裂が生成しやすくなる。その結果、レール1の頭表部10Aの耐損傷性が低下する。
したがって、REM含有量は0~0.0500%である。
REM含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0010%であり、さらに好ましくは0.0020%であり、さらに好ましくは0.0030%である。
REM含有量の好ましい上限は0.0400%であり、さらに好ましくは0.0300%であり、さらに好ましくは0.0250%である。
【0074】
なお、本明細書におけるREMとは、原子番号21番のスカンジウム(Sc)、原子番号39番のイットリウム(Y)、及び、ランタノイドである原子番号57番のランタン(La)~原子番号71番のルテチウム(Lu)からなる群から選択される1元素以上を意味する。また、本明細書におけるREM含有量とは、これらの元素の合計含有量を意味する。
【0075】
Zr:0~0.0200%
ジルコニウム(Zr)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Zr含有量は0%であってもよい。
含有される場合、つまり、Zr含有量が0%超である場合、Zrは、ZrO2介在物を生成する。ZrO2は、オーステナイト(γ-Fe)との格子整合性が高い。そのため、γ-Feが凝固初晶であるレール1を構成する鋼の凝固核となり、凝固組織の等軸晶化率を高める。これにより、鋳片の中心部の偏析帯の形成が抑制される。そのため、レール1の頭表部10Aでのマルテンサイトの生成が抑制される。その結果、レール1の頭表部10Aの耐折損性が高まる。Zrが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Zr含有量が0.0200%を超えれば、粗大なZr系介在物が過剰に生成する。この場合、粗大なZr系介在物の周囲における応力集中により、疲労き裂が生成しやすくなる。その結果、レール1の頭表部10Aの耐損傷性が低下する。
したがって、Zr含有量は0~0.0200%であり、含有される場合、0.0200%以下である。
Zr含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0010%であり、さらに好ましくは0.0020%であり、さらに好ましくは0.0030%である。
Zr含有量の好ましい上限は0.0180%であり、さらに好ましくは0.0150%であり、さらに好ましくは0.0120%である。
【0076】
本実施形態のレール1の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、化学組成における不純物とは、レール1を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は製造環境などから混入されるものであって、本実施形態のレール1に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。本実施形態のレール1の化学組成は、上述した不純物以外の他の不純物として、例えば、O:0.0060%以下を含有してもよい。O含有量は0.0001%以上であってもよく、0.0010%以上であってもよく、0.0020%以上であってもよい。
【0077】
[(特徴2)頭表部10Aの金属組織及び硬さについて]
本実施形態のレール1では、頭表部10Aの金属組織において、パーライトの面積率が95%以上であり、かつ、ビッカース硬さが400HV以上である。
【0078】
[頭表部10Aの金属組織について]
同一硬さの鋼材の金属組織において、パーライトが最も耐摩耗性が高い。つまり、パーライトは、フェライト、セメンタイト、ベイナイト、マルテンサイトよりも耐摩耗性に優れる。したがって、本実施形態の頭表部10Aの金属組織は、実質的にパーライトである。具体的には、頭表部10Aの金属組織において、パーライトの面積率は95%以上である。
【0079】
頭表部10Aの金属組織のパーライト以外の残部の組織は、フェライト、セメンタイト、ベイナイト及びマルテンサイトからなる群から選択される1種以上からなる。パーライト面積率が95%以上であり、残部の組織の面積率が5%以下であれば、パーライト以外の残部の組織は、頭表部10Aの耐摩耗性及び耐損傷性に影響をほぼ及ぼさない。
好ましいパーライト面積率は98%以上であり、最も好ましくは100%である。
【0080】
なお、レール1の頭表部10A以外の部分の金属組織は特に限定されない。頭表部10A以外の部分の金属組織は、フェライト及びパーライトからなる組織であってもよいし、フェライト組織、又は、ベイナイト組織であってもよい。頭表部10Aの金属組織からの連続性を考慮すれば、頭表部10A以外の部分の好ましい金属組織は、フェライト及びパーライトからなる組織である。
【0081】
[頭表部10Aのビッカース硬さについて]
頭表部10Aのビッカース硬さは400HV以上である。頭表部10Aのビッカース硬さが400HV未満であれば、レール1の頭表部10Aにおいて、十分な耐摩耗性及び耐損傷性が得られない。したがって、頭表部10Aのビッカース硬さは400HV以上である。
【0082】
頭表部10Aのビッカース硬さの好ましい下限は420HVであり、さらに好ましくは450HVである。
頭表部10Aのビッカース硬さの上限は特に限定されないが、例えば650HVであり、好ましくは600HVであり、さらに好ましくは550HVである。
【0083】
[頭表部10Aの金属組織観察方法]
頭表部10Aのパーライト面積率は、次の方法で求める。
頭表部10Aであって、レール1の長手方向に垂直な断面のうち、頭表部10Aの表面から10mm深さ位置を含むサンプルを採取する。採取したサンプルの表面のうち、レール1の長手方向に垂直な断面を、観察面と定義する。サンプルの観察面を鏡面研磨する。鏡面研磨された観察面に対して、3%硝酸アルコール(ナイタール腐食液)を用いてエッチングを行う。エッチングされた観察面のうち、頭表部10Aの表面から10mm深さ位置を倍率200倍で光学顕微鏡を用いて観察する。写真撮影を行い、観察視野(400μm×300μm)を評価部位とする。
【0084】
観察視野において、パーライトと他の組織(初析フェライト、初析セメンタイト、ベイナイト、マルテンサイト等)とは、コントラストにより容易に区別できる。フェライトは白色の領域として観察される。パーライトは白黒の層状、又は、濃いグレーの色調として観察される。ベイナイト及びマルテンサイトはグレーの色調のパーライトよりも明度の高い領域として観察される。初析セメンタイトは、フェライト同様、白色の領域として観察される。上述のコントラストに基づいて、パーライトを特定する。そして、特定されたパーライトの総面積と、観察視野の総面積とに基づいて、パーライトの面積率を求める。なお、画像解析ソフト等を用いてパーライトの面積率を求めてもよい。
【0085】
レール1の頭表部10Aの任意の10箇所から上述のサンプルを採取して、各サンプルでパーライト面積率を求める。10箇所のパーライト面積率の算術平均値を、レール1の頭表部10Aのパーライト面積率(%)と定義する。
【0086】
[頭表部10Aのビッカース硬さの測定方法]
頭表部10Aのビッカース硬さは、次の方法で求める。
具体的には、レール1の長手方向に対して垂直な断面を測定面とする試験片を、レール1から採取する。
図5を参照して、測定面において、頭部外郭表面10Sのうち、頭頂部11の幅中央位置P11を起点として、深さ方向に延びる線分を、硬さ測定ラインL11とする。硬さ測定ラインL11は、位置P11における頭部外郭表面10Sの法線と同軸とする。硬さ測定ラインL11において、位置P11から深さ方向に、深さ1mm位置、深さ10mm位置、及び深さ20mm位置を、測定点とする。
【0087】
また、レール1の測定面においてあご下部13の接線である線分L13L及びL13Rを想定する。そして、線分L13L及びL13Rの交点を位置P13とする。位置P13は硬さ測定ラインL11上に配置される。
【0088】
測定面の頭部コーナー部12Lにおいて、点Eと点P13とを結ぶ線分を、硬さ測定ラインL12Lとする。点Eから硬さ測定ラインL12Lに沿った深さ方向に、深さ1mm位置、深さ10mm位置、及び、深さ20mm位置を、測定点とする。
同様に、頭部コーナー部12Rにおいて、点Fと点P13とを結ぶ線分を、硬さ測定ラインL12Rとする。点Fから硬さ測定ラインL12Rに沿った深さ方向に、深さ1mm位置、深さ10mm位置、及び、深さ20mm位置を、測定点とする。
各測定点において、JIS Z 2241-1(2020)に準拠したビッカース硬さ試験を実施して、ビッカース硬さ(HV)を得る。このとき、試験力を10kgfとする。
【0089】
3本の硬さ測定ラインL11、L12L、L12Rで同じ深さ測定点(3点)の算術平均値を、当該深さ位置の硬さとする。具体的には、硬さ測定ラインL11、L12L、L12Rの深さ1mm位置での3つの硬さの算術平均値を、深さ1mm位置のビッカース硬さH1(HV)とする。
硬さ測定ラインL11、L12L、L12Rの深さ10mm位置での3つの硬さの算術平均値を、深さ1mm位置のビッカース硬さH10(HV)とする。
硬さ測定ラインL11、L12L、L12Rの深さ20mm位置での3つの硬さの算術平均値を、深さ1mm位置のビッカース硬さH20(HV)とする。
【0090】
得られた深さ1mm位置でのビッカース硬さH1、深さ10mm位置でのビッカース硬さH10、及び、深さ20mm位置でのビッカース硬さH20がいずれも400HV以上である場合、頭表部10Aのビッカース硬さが400HV以上であると判定する。
【0091】
[(特徴3)頭表部10AでのSi正偏析度について]
本実施形態のレール1ではさらに、頭表部10AでのSi正偏析度が1.00超~1.35である。
Si正偏析度が1.35を超えれば、初期き裂が発生しやすくなる。初期き裂が発生すれば、粗大き裂が生成しやすくなる。その結果、レール1の耐損傷性が低下する。
Si正偏析度が1.35以下であれば、初期き裂の発生が十分に抑制される。そのため、レール1において、優れた耐損傷性が得られる。
Si正偏析度の好ましい上限は1.34であり、さらに好ましくは1.32であり、さらに好ましくは1.30であり、さらに好ましくは1.28であり、さらに好ましくは1.25であり、さらに好ましくは1.20であり、さらに好ましくは1.15である。
Si正偏析度の下限は1.00よりも高い。Si正偏析度の下限はなるべく1.00に近い方が好ましい。しかしながら、Si正偏析度の下限の過度の低減は、製造コストを高める。したがって、製造コストを考慮した場合、Si正偏析度の好ましい下限は1.01であり、さらに好ましくは1.03であり、さらに好ましくは1.05である。
【0092】
[(特徴4)頭表部10AでのSi負偏析度について]
本実施形態のレール1ではさらに、頭表部10AでのSi負偏析度が0.90~1.00未満である。
Si負偏析度が0.90未満であれば、初期き裂を起点とした伝播き裂が進展しやすくなる。この理由は定かではないが、次の理由が考えられる。上述のとおり、Siは固溶してパーライト中のフェライトの強度を高める。しかしながら、Si負偏析度が0.90未満であれば、Si負偏析のセミマクロ偏析領域において、パーライト中のフェライトの強度が低下する。その結果、伝播き裂が進展しやすくなる。伝播き裂が進展すれば、粗大き裂が生成される。その結果、レール1の耐損傷性が低下する。
Si負偏析度が0.90以上であれば、伝播き裂の進展が十分に抑制される。そのため、レール1において、優れた耐損傷性が得られる。
【0093】
Si負偏析度の好ましい下限は0.91であり、さらに好ましくは0.92であり、さらに好ましくは0.95であり、さらに好ましくは0.97であり、さらに好ましくは0.99である。
Si負偏析度の上限は1.00未満である。Si負偏析度の上限はなるべく1.00に近い方が好ましい。しかしながら、Si負偏析度の下限の過度の増加は、製造コストを高める。したがって、製造コストを考慮した場合、Si正偏析度の好ましい上限は0.99であり、さらに好ましくは0.98である。
【0094】
[頭表部10AでのSi正偏析度及びSi負偏析度の測定方法]
頭表部10AでのSi正偏析度及びSi負偏析度は、次の方法で求める。
レール1のレール頭部10の表面の幅中央位置の点P11(
図1B参照)を起点として、深さ方向(レール頭部10の表面の点P11での法線方向)及びレール1の長手方向に延びる断面を測定面とする試験片を採取する。試験片の測定面のうち、レール頭部10の表面を起点として深さ10mm位置から深さ20mm位置までの範囲であって、レール1の長手方向に800μm、深さ方向に800μmの分析領域を5箇所選択する。このとき、5つの分析領域は連続してレール1の長手方向に配列させ、隣り合う分析領域の端部が互いに接触するよう配列させる。
【0095】
分析領域に対して、電子線マイクロアナライザ(EPMA:Electron Probe Micro Analyzer)を用いた面分析を実施して、Si濃度の元素分布マップを作成する。EPMAにおいて、加速電圧は15kV、照射電流は0.1μA、時間は50msとし、ビーム径は2μmとする。
【0096】
元素分布マップに基づいて、Siセミマクロ正偏析帯、Siセミマクロ負偏析帯を特定する。具体的には、各分析領域において、得られたSi濃度の元素分布マップに基づいて、分析領域での平均Si濃度[Si]を求める。平均Si濃度[Si]を中央値として、上述の元素分布マップを、次の4つのSi濃度領域に区分けする。つまり、平均Si濃度[Si]を中央値として、元素マップを4値化する。
エリア1:1.15×[Si]よりも高い領域
エリア2:[Si]以上であって、1.15×[Si]以下の領域
エリア3:0.85×[Si]以上であって、[Si]未満の領域
エリア4:0.85×[Si]未満の領域
4値化された分析領域のうち、エリア1に相当する領域を、Siセミマクロ正偏析帯と認定する。4値化された分析領域のうち、エリア4に相当する領域を、Siセミマクロ負偏析帯と認定する。
5つの分析領域から、Siセミマクロ正偏析帯を50箇所選択する。同様に、5つの分析領域から、Siセミマクロ負偏析帯を50箇所選択する。
選択されたSiセミマクロ正偏析帯、及び、セミマクロ負偏析帯において、次の方法でSi正偏析度及びSi負偏析度を求める。
【0097】
[Si正偏析度の測定方法について]
図6は、Si正偏析度の求め方を説明するための模式図である。
図6を参照して、上述のEPMAのSi濃度の元素分布マップは、複数の線分析(ラインスキャン)で構成されている。そこで、Si濃度の元素分布マップを構成する複数の線分析のうち、特定したSiセミマクロ正偏析帯を横切る線分析を選択して、当該線分でのSi濃度分布を得る。具体的には、Siセミマクロ正偏析帯が楕円等のアスペクト比が大きい形状となっている場合、Si偏析帯の長手方向の略中心を通る線分析を選択する。
【0098】
[バルク領域でのSi濃度の定量]
図6を参照して、選択された線分析により得られたSi濃度分布において、Siセミマクロ正偏析帯を挟んで左右に存在するバルク領域L1(1000μm)及びR1(1000μm)のそれぞれにおいて、Si濃度の算術平均値(質量%)を求める。バルク領域L1のSi濃度平均値及びバルク領域R1のSi濃度平均値のうち、低い値の方を、バルク領域でのSi濃度(質量%)とする。
【0099】
[Siセミマクロ正偏析帯でのSi濃度の定量]
さらに、選択された線分析により得られたSi濃度分析において、Siセミマクロ正偏析帯でのSi濃度の最大値を求める。そして、Si濃度の最大値と、上述のバルク領域でのSi濃度との算術平均値を、当該Siセミマクロ正偏析帯でのSi濃度(質量%)とする。
【0100】
[Si正偏析度の決定]
上述の方法で得られたバルク領域のSi濃度及びSiセミマクロ正偏析帯でのSi濃度に基づいて、当該Siセミマクロ正偏析帯でのSi偏析度を次式で求める。
Si正偏析度=Siセミマクロ正偏析帯でのSi濃度/バルク領域でのSi濃度
50箇所のSiセミマクロ正偏析帯の各々について、上述の方法により、Si正偏析度を求める。得られたSi正偏析度の上位20個の算術平均値を、当該Siセミマクロ正偏析帯でのSi正偏析度とする。
【0101】
[Si負偏析度の測定方法について]
図7は、Si負偏析度の求め方を説明するための模式図である。
図7を参照して、上述のEPMAのSi濃度の元素分布マップは、複数の線分析(ラインスキャン)で構成されている。そこで、Si濃度の元素分布マップを構成する複数の線分析のうち、特定したSiセミマクロ負偏析帯を横切る線分析を選択して、当該線分でのSi濃度分布を得る。具体的には、Siセミマクロ負偏析帯が楕円等のアスペクト比が大きい形状となっている場合、Si偏析帯の長手方向の略中心を通る線分析を選択する。
【0102】
[バルク領域でのSi濃度の定量]
図7を参照して、選択された線分析により得られたSi濃度分布において、Siセミマクロ負偏析帯を挟んで左右に存在するバルク領域L1(1000μm)及びR1(1000μm)のそれぞれにおいて、Si濃度の算術平均値(質量%)を求める。バルク領域L1のSi濃度平均値及びバルク領域R1のSi濃度平均値のうち、低い値の方を、バルク領域でのSi濃度(質量%)とする。
【0103】
[Siセミマクロ負偏析帯でのSi濃度の定量]
さらに、選択された線分析により得られたSi濃度分析において、Siセミマクロ負偏析帯でのSi濃度の最大値を求める。そして、Si濃度の最小値と、上述のバルク領域でのSi濃度との算術平均値を、当該Siセミマクロ負偏析帯でのSi濃度(質量%)とする。
【0104】
[Si負偏析度の決定]
上述の方法で得られたバルク領域のSi濃度及びSiセミマクロ負偏析帯でのSi濃度に基づいて、当該Siセミマクロ負偏析帯でのSi偏析度を次式で求める。
Si負偏析度=Siセミマクロ負偏析帯でのSi濃度/バルク領域でのSi濃度
50箇所のSiセミマクロ負偏析帯の各々について、上述の方法により、Si負偏析度を求める。得られたSi負偏析度の上位20個の算術平均値を、当該Siセミマクロ負偏析帯でのSi負偏析度とする。
【0105】
[本実施形態のレール1の効果]
本実施形態のレール1は、特徴1~特徴4を満たす。そのため、本実施形態のレール1では、優れた耐摩耗性及び耐損傷性が得られる。
【0106】
[本実施形態のレール1の製造方法]
本実施形態のレール1の製造方法の一例を説明する。以降に説明するレール1の製造方法は、本実施形態のレール1を製造するための一例である。したがって、上述の構成を有するレール1は、以降に説明する製造方法以外の他の製造方法により製造されてもよい。しかしながら、以降に説明する製造方法は、本実施形態のレール1の製造方法の好ましい一例である。
【0107】
本実施形態のレール1の製造方法の一例は、次の工程を含む。
(工程1)素材製造工程
(工程2)熱間圧延工程
(工程3)熱処理工程
本実施形態のレール1は、特徴1を満たす化学組成を有するブルームを準備し(工程1)、ブルームを再加熱した後、熱間圧延してレール形状の素形材を成形する(工程2)。そして、素形材に対して制御冷却することにより得られる(工程3)。以下、各工程について説明する。
【0108】
[(工程1)素材製造工程]
素材製造工程では、本実施形態のレール1の素材となるブルームを製造する。具体的には、転炉、電気炉などの通常使用される溶解炉で溶製を行って特徴1を満たす化学組成を有する溶鋼を製造する。製造された溶鋼を用いて、連続鋳造によりブルームを製造する。
【0109】
[特徴3を満たすための連続鋳造条件]
連続鋳造では、ブルームを軽圧下する。連続鋳造においてブルームを軽圧下すれば、ブルームのSi正偏析度が低下する。ブルームのSi正偏析度が低下すれば、製造されるレール1のSi正偏析度も低下する。
【0110】
連続鋳造での軽圧下は、次の条件を満たす。
(条件1)
ブルームの中心固相率が10~25%のときに軽圧下を開始する。
(条件2)
ブルームの中心固相率が70%超のときに軽圧下を終了する。
以下、これらの条件について説明する。
【0111】
[条件1について]
Si偏析度は、ブルームの軽圧下時のブルームの中心固相率と相関する。具体的には、鋳型から出た直後のブルームは、表層のみが凝固し、内部は溶融している。ブルームが鋳型から出て下流に進むにつれて、ブルームの内部凝固が進み、中心固相率が高くなる。ここで、ブルームの中心固相率とは、ブルームの長手方向に垂直な横断面(高さ320mm×幅380mm)における、ブルームの中心の20mm×20mmの領域(以下、ブルーム中心部ともいう)での凝固比率を意味する。ブルーム中心部が全て凝固している場合、ブルームの中心固相率は100%である。
【0112】
ブルームの中心固相率が低い状態、つまり、ブルームの内部凝固が進展していない状態で、ブルームを軽圧下すれば、ブルームにおけるSi正偏析が抑制される。本実施形態では、中心固相率が10~25%のときに軽圧下を開始する。軽圧下開始時のブルームの中心固相率が25%を超えれば、軽圧下を実施してもブルームの内部に圧下が十分に浸透しない。そのため、Si正偏析度が十分に低減しない。一方、軽圧下開始時のブルームの中心固相率が10%未満であれば、ブルームが十分に凝固していない状態である。このような状態のブルームを軽圧下しても、Si正偏析度が十分に低減しない。したがって、中心固相率が10~25%のときに軽圧下を開始する。なお、中心固相率が20%以下で軽圧下を開始することにより、さらにSi正偏析度を抑制できる。
【0113】
[条件2について]
さらに、ブルームの中心固相率が70%超になったとき、軽圧下を終了する。中心固相率が70%以下で軽圧下を終了した場合、圧下がブルーム中心部まで十分に浸透しない。そのため、Si正偏析度が十分に低減しない場合がある。軽圧下の終了時点を中心固相率が70%超とすれば、圧下がブルーム中心部まで十分に浸透する。その結果、Si正偏析度が十分に低減する。
なお、ブルームの中心固相率が70%超となったとき、軽圧下の圧下率を、中心固相率が70%以下での圧下率の40~70%とする。
【0114】
なお、軽圧下で圧下率とは、軽圧下開始前のブルームの高さ(厚さ)に対する軽圧下の圧下量の比率を示す。具体的には、以下の式で定義できる。
軽圧下での圧下率(%)=(軽圧下開始前のブルームの厚さ-軽圧下での圧下量)/軽圧下開始前のブルームの厚さ×100
【0115】
中心固相率が70%を超える場合の軽圧下のトータルの圧下率(つまり、本実施形態での軽圧下の圧下率)は2~5%である。
【0116】
以上の条件で連続鋳造での軽圧下を実施することにより、製造されたレール1のSi正偏析度が1.35以下に低下する。
【0117】
なお、ブルームの中心固相率は次の方法で求める。連続鋳造中のブルームの厚さ方向中心部の温度を、1次元の伝熱凝固計算によって求める。伝熱凝固計算では、エンタルピー法を用いる。
【0118】
具体的には、ブルームを厚さ方向にN個の要素に分割する。N=1000とする。全ての要素の初期温度を、タンディッシュからモールドに注入された時点の溶鋼温度(℃)とする。各時間ステップにおいて、各要素の固相率、及び、各要素のエンタルピーを計算する。ここで、時間ステップΔtは1秒とする。
第n時間ステップでの要素i(i=1~N)の固相率FSn
iは次式(A)で示される。
【0119】
【0120】
ここで、TCn
iは、第n時間ステップにおける要素iの温度(℃)である。
なお、TSは固相線温度、TLは液相線温度、TCn
iは下記の式を満たす。
TS≦TCn
i≦TL
【0121】
また、第n時間ステップでの要素iのエンタルピーHn
iは次式(B)に基づいて求める。
Hn
i=ρ×c×(TCn
i-Tref)+ρ×L×FSn
i (B)
式(B)中のρは密度、cは比熱、Trefは基準温度、Lは潜熱である。ここで、密度ρを7800kg/m3、比熱Cを700J/(kg・K)、基準温度Tref=0℃、潜熱Lを250kJ/kgとする。
熱伝導方程式を離散化した次式(C)を用いて、次の時間ステップ(第n+1時間ステップ)のエンタルピーHn+1
iを求める。
【0122】
【0123】
ここで、Hn+1
iとHn
iとは、第n+1時間ステップと第n時間ステップでの要素iのエンタルピーである。TCn
i+1及びTCn
i-1は、要素iの隣接要素の温度である。kは熱伝導率である。Δtは時間ステップ、Δxは要素iの大きさ(つまり、ブルームの厚さをNで割った値)である。なお、温度Tでの熱伝導率kは、次式を用いる。
k=39.0-0.0138×(T-500)
【0124】
得られたエンタルピーHn+1
iと、式(A)及び式(B)を用いて、次の時間ステップ(第n+1時間ステップ)の温度TCn
i-1を求める。
ブルームの中心位置(i=N/2)における固相率の時間変化を追跡して、ブルームの中心位置での固相率である中心固相率を求める。
【0125】
[(工程2)熱間圧延工程]
製造されたブルームを再加熱した後、熱間圧延を実施して、レール素形材を成形する。
【0126】
初めに、ブルームを加熱炉に装入して再加熱する。再加熱でのブルームの加熱温度が1000℃未満の場合、熱間圧延での十分な造形性が確保できない。また、熱間圧延において圧延疵が発生しやすくなる。一方、再加熱でのブルームの加熱温度が1350℃を超えれば、鋼が溶融し、レール製造が困難となる場合がある。したがって、再加熱でのブルームの加熱温度は1000~1350℃とする。ブルームをこの温度範囲内に加熱した後、ブルームを加熱炉から抽出する。そして、ブルームに対して熱間圧延を行い、レール素形材に成形する。なお、ブルームの加熱温度は、ブルームの長手方向に垂直な断面における中心部での温度を意味する。ブルームの加熱温度は、ブルームの中心部に熱電対を埋設することにより測定可能である。ブルームの加熱温度はまた、熱電対による実測値と、加熱炉のヒートパターンとに基づいて、1次元の伝熱凝固計算により求めることもできる。伝熱凝固計算では、エンタルピー法又は等価比熱法を用いる。
【0127】
[加熱炉での再加熱条件]
加熱炉での再加熱ではさらに、次の条件を満たす。
(条件3)
ブルームの温度が50℃から600℃になるまでの温度域での平均昇温速度HR1を2.0~5.0℃/分とする。
(条件4)
ブルームの温度が700~900℃での温度域での平均昇温速度HR2を5.0超~8.0℃/分以下とする。
以下、これらの条件について説明する。
【0128】
[(条件3)平均昇温速度HR1について]
鋼中において、Siは900℃よりも高い温度で活発に拡散する。しかしながら、900℃以下のブルーム中のSiの分布状態は、900℃超でのSiの拡散に影響を与える。したがって、900℃以下でのブルーム中のSiの分布の揺らぎをある程度低減しておく方が好ましい。
【0129】
ブルーム温度が600℃以下の温度域では、ブルーム中に炭化物が生成する。炭化物と母相との界面は、Siの拡散経路となる。したがって、常温から600℃になるまでの温度域で適切なサイズの炭化物が適量生成していれば、炭化物と母相との界面が十分な量で形成され、十分な量のSi拡散経路が形成される。この場合、900℃未満のブルーム内のSiの分布の揺らぎをある程度抑えることができる。
【0130】
常温から600℃になるまでの平均昇温速度HR1が2.0℃/分未満であれば、生成した炭化物が過度に粗大になる。この場合、炭化物と母材との界面が不足する。その結果、十分な量のSi拡散経路を確保できない。また、平均昇温速度HR1が5.0℃/分を超えれば、十分な量の炭化物が生成する前に、ブルーム温度が炭化物生成温度域(600℃以下)を超える。そのため、炭化物の生成量が不足し、炭化物と母材との界面が不足する。その結果、十分な量のSi拡散経路を確保できない。
【0131】
平均昇温速度HR1が2.0~5.0℃/分であれば、適切なサイズの炭化物が十分な量で生成する。この場合、炭化物と母相との界面が十分な量で形成される。そのため、Siの拡散経路が十分に形成される。その結果、900℃未満のブルーム内のSiの分布の揺らぎをある程度抑えることができる。
【0132】
[(条件4)平均昇温速度HR2について]
700~900℃の温度域では、ブルーム中の炭化物が溶解する。上述のとおり、Siは900℃超で活発に拡散する。しかしながら、900℃以下のブルーム中のSiの分布状態は、900℃超でのSiの拡散に影響を与える。したがって、900℃以下でのブルーム中のSiの分布の揺らぎをある程度低減しておく方が好ましい。
【0133】
700~900℃の温度域での平均昇温速度HR2が5.0℃/分以下である場合、ブルーム中の炭化物が溶解する。しかしながら、昇温速度が遅いため、溶解した炭化物中のCが炭化物として再生成する場合がある。この場合、再生成した炭化物が、Siの拡散を阻害する。そのため、Si分布の揺らぎが解消されず、そのまま維持されやすい。その結果、ブルーム内で局所的なSi分布の揺らぎが残存したまま900℃を超える。この場合、900℃超となってSiの拡散が促進されても、Si分布の揺らぎが十分に解消しきれない。
【0134】
また、700~900℃の温度域での平均昇温速度HR2が8.0℃/分を超えれば、ブルーム中の炭化物の一部が溶解しきらずに残存する。この場合、残存した炭化物の一部は、Siの拡散を阻害する。そのため、この場合においても、Si分布の揺らぎが解消されず、そのまま維持されやすい。その結果、ブルーム内で局所的なSi分布の揺らぎが残存したまま900℃を超える。この場合、900℃超となってSiの拡散が促進されても、Si分布の揺らぎが十分に解消しきれない。
【0135】
平均昇温速度HR2が5.0超~8.0℃/分であれば、炭化物が溶解した後比較的早い段階でブルーム温度が900℃を超える。そのため、Cの濃化領域が長時間存在することなく、炭化物が溶解した後早期にCが拡散してCが分散する。その結果、900℃以下において、Si分布の揺らぎがある程度低減される。その結果、900℃超となった後にSiの拡散が促進されて、Siが均一に分散しやすくなる。
【0136】
なお、ブルームの温度は、上述の加熱温度と同様に、ブルームの長手方向に垂直な断面における中心部での温度を意味する。ブルームの温度は、ブルームの中心部に熱電対を埋設することにより測定可能である。ブルームの加熱温度はまた、熱電対による実測値と、加熱炉のヒートパターンとに基づいて、FEM解析により求めることもできる。
【0137】
ブルームの温度が常温から600℃になるまでの時間を求めることにより、平均昇温速度HR1(℃/分)を算出できる。また、ブルームの温度が700℃から900℃になるまでの時間を求めることにより、平均昇温速度HR2(℃/分)を算出できる。
【0138】
上記の再加熱条件で加熱されたブルームに対して、熱間圧延を実施して、レール形状の素形材(レール素形材)とする。熱間圧延において、レール素形材が最終パスを通過したときの温度を、最終圧延温度と称する。最終パスを通過したときの温度とは、レール素形材に対して最終の圧下を実施する圧延スタンドを通過したときのレール素形材の温度を意味する。最終圧延温度は例えば、最終の圧下を実施する圧延スタンドの出側に設置された測温計により測温可能である。
【0139】
最終圧延温度が750℃未満の場合、熱間圧延完了の直後にパーライト変態が開始する。この場合、圧延終了後の熱処理においてレール1を高硬度化できず、十分な耐摩耗性が得られない。一方、最終圧延温度が1100℃を超えれば、熱間圧延後のレール素形材においてオーステナイト粒が粗大化する。この場合、焼入れ性が過度に高まる。そのため、耐摩耗性を低下するベイナイトがレール1の頭表部10Aに生成する。その結果、レール1において十分な耐摩耗性が得られない。したがって、最終圧延温度は750~1100℃とする。
【0140】
その他の熱間圧延条件については特に限定しない。レール1の頭表部10Aの硬さを確保するためには、ブルームの再加熱温度、及び、最終圧延温度を上述のように制御しながら、通常のレールの製造工程である孔型圧延を実施すればよい。例えば、ブルームを粗圧延した後、リバース圧延機による中間圧延を複数パスに渡って行い、続いて連続圧延機による仕上げ圧延を複数パス実施する。この仕上げ圧延の最終圧延時に、最終圧延温度を上記の温度範囲内に制御すればよい。
【0141】
[(工程3)熱処理工程]
熱間圧延直後のレール素形材に対して、次の熱処理(加速冷却)を実施する。
加速冷却を行うための設備は特に限定されない。例えば、
図8に示す冷却装置20を用いて、加速冷却を実施してもよい。
図8を参照して、冷却装置20は、頭表部10Aに冷媒を噴射する複数の噴射ノズル21と、複数の噴射ノズル21に冷媒を供給する供給路210と、供給路210に冷媒を供給する供給装置22とを備える。
【0142】
複数の噴射ノズル21は、レール素形材100の全長にわたって、レール素形材100の長手方向に配列されている。なお、冷却装置20が複数の噴射ノズル21をレール素形材100の全長にわたってレール素形材100の長手方向に配列しておらず、レール素形材100の一部にのみ配列されていてもよい。この場合、冷却装置20はさらに、加速冷却時においてレール素形材100を長手方向に移動させる駆動装置を備える。この場合であっても、レール素形材の全長を連続的に冷却させることができる。
【0143】
複数の噴射ノズル21は、レール頭部10を囲むように配置されている。噴射ノズル21は、頭表部10Aに向けて冷媒を噴射する。供給装置22は、供給路210に冷媒を供給する。供給装置22が供給路210に冷媒を供給し、噴射ノズル21から冷媒が噴射して、頭表部10Aを加速冷却する。
冷媒は特に限定されない。冷媒は圧空(エアー)であってもよいし、水及び空気の混合冷媒(ミスト)であってもよいし、水であってもよい。これらの冷媒を複数組み合わせて使用してもよい。
【0144】
[冷却条件について]
加速冷却では、次の条件を満たす。
(条件5)
頭部外郭表面10Sでの冷却開始温度TSを750℃以上とする。
(条件6)
頭部外郭表面10Sでの平均冷却速度CRを2.0~20.0℃/秒とする。
(条件7)
頭部外郭表面10Sでの冷却停止温度TEを500~660℃とする。
【0145】
ここで、冷却開始温度TSとは、レール素形材への加速冷却を開始したときの頭部外郭表面10Sの温度(℃)を意味する。つまり、冷却開始温度TSは、冷媒をレール素形材に噴射開始したときのレール素形材の温度(℃)を意味する。
平均冷却速度CRとは、冷却開始温度TSと冷却停止温度TEとの差分を冷却時間で除した値(℃/秒)を意味する。
冷却停止温度TEとは、レール素形材に対する上記平均冷却速度CRでの冷却を終了したときのレール素形材の温度(℃)を意味する。
以下、これらの条件について説明する。
【0146】
[(条件5)冷却開始温度TSについて]
冷却開始温度TSが750℃未満であれば、加速冷却を開始する前にパーライトが生成してしまう。この場合、頭表部10Aにおいて、十分な硬さが得られない。また、レール1のC含有量が高い場合、冷却開始温度TSが750℃未満であれば、初析セメンタイトが生成する。この場合、レール1において十分な靭性が得られない。
冷却開始温度TSが750℃以上であれば、パーライト変態開始温度及び初析セメンタイト変態開始温度よりも高い温度において、加速冷却を開始することができる。そのため、上述の平均冷却速度CRで冷却停止温度TEまで加速冷却を実施することにより、レール1において適切な金属組織及び硬さが得られる。
【0147】
[(条件6)平均冷却速度CRについて]
平均冷却速度CRが2.0℃/秒未満であれば、頭表部10Aで生成するパーライトラメラが粗大になる。この場合、頭表部10Aにおいて、十分な硬さが得られない。一方、平均冷却速度CRが20.0℃/秒を超えれば、頭表部10Aにおいて、ベイナイト及びマルテンサイトが過剰に生成して、パーライト面積率が過度に低くなる。平均冷却速度CRが2.0~20.0℃/秒であれば、頭表部10Aにおいて、適切な金属組織及び硬さが得られる。
【0148】
[(条件7)冷却停止温度TEについて]
冷却停止温度TEが660℃を超えれば、頭表部10Aで生成するパーライトラメラが粗大になる。この場合、頭表部10Aにおいて、十分な硬さが得られない。一方、冷却停止温度TEが500℃未満であれば、頭表部10Aにおいて、ベイナイト及びマルテンサイトが過剰に生成して、パーライト面積率が過度に低くなる。冷却停止温度TEが500~660℃であれば、頭表部10Aにおいて、適切な金属組織及び硬さが得られる。
【0149】
以上の製造方法により、特徴1~特徴4を満たすレール1が製造される。
【実施例】
【0150】
実施例により本実施形態のレールの効果をさらに具体的に説明する。以下の実施例での条件は、本実施形態のレールの実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例である。したがって、本実施形態のレールはこの一条件例に限定されない。
【0151】
表1(表1A~表1D)に示す化学組成を有するレールを製造した。
【0152】
【0153】
【0154】
【0155】
【0156】
表1中の「-」は、対応する元素含有量が、不純物レベル以下であることを示す。なお、いずれの試験番号においても、O含有量は0.0060%以下であった。
【0157】
各試験番号のレールを、表2(表2A及び表2B)に示す製造条件で製造した。
【0158】
【0159】
【0160】
具体的には、溶鋼を用いて、連続鋳造によりブルームを製造した。連続鋳造時における軽圧下開始時のブルームの中心固相率(%)及び軽圧下終了時の中心固相率(%)は表2に示すとおりであった。なお、軽圧下での圧下率は2~5%であった。また、中心固相率が70%を超えたときの圧下率はいずれも、中心固相率が70%以下での圧下率の40~70%であった。
【0161】
製造したブルームに対して、熱間圧延を実施した。初めに、ブルームを1000~1350℃に再加熱した。なお平均昇温速度HR1(℃/分)及び平均昇温速度HR2(℃/分)は表2に示すとおりであった。
再加熱したブルームに対して熱間圧延を実施して、レール形状を有するレール素形材を製造した。最終圧延温度はいずれの試験番号においても、750~1100℃であった。
【0162】
熱間圧延後のレール素形材に対して、熱処理(加速冷却)を実施した。冷却装置として、
図8に示す冷却装置を利用した。冷却開始温度TS(℃)、平均冷却速度CR(℃/秒)及び冷却停止温度TE(℃)は表2に示すとおりであった。
【0163】
以上の製造工程により、各試験番号のレールを製造した。
【0164】
[評価試験]
製造されたレールを用いて、次の評価試験を実施した。
(試験1)頭表部のパーライト面積率測定試験
(試験2)頭表部のビッカース硬さ測定試験
(試験3)Si正偏析度測定試験
(試験4)Si負偏析度測定試験
(試験5)耐摩耗性及び耐損傷性評価試験
以下、各試験について説明する。
【0165】
[(試験1)頭表部のパーライト面積率測定試験]
上述の[頭表部10Aの金属組織観察方法]に記載の方法に基づいて、各試験番号のレールの頭表部のパーライト面積率を測定した。測定結果を表3(表3A及び表3B)に示す。なお、各試験番号ともに、パーライト面積率は95%以上であり、金属組織中のパーライト以外の残部は、フェライト、セメンタイト、ベイナイト及びマルテンサイトからなる群から選択される1種以上であった。
【0166】
【0167】
【0168】
[(試験2)頭表部のビッカース硬さ測定試験]
上述の[頭表部10Aのビッカース硬さの測定方法]に記載の方法に基づいて、各試験番号のレールの頭表部の深さ1mm位置でのビッカース硬さH1、深さ10mm位置でのビッカース硬さH10、深さ20mm位置でのビッカース硬さH20を得た。得られたビッカース硬さH1、H10及びH20を表3に示す。
【0169】
[(試験3)Si正偏析度測定試験]
上述の[頭表部10AでのSi正偏析度及びSi負偏析度の測定方法]に記載の方法に基づいて、各試験番号の頭表部10AでのSi正偏析度を求めた。得られたSi正偏析度を表3に示す。
【0170】
[(試験4)Si負偏析度測定試験]
上述の[頭表部10AでのSi正偏析度及びSi負偏析度の測定方法]に記載の方法に基づいて、各試験番号の頭表部10AでのSi負偏析度を求めた。得られたSi負偏析度を表3に示す。
【0171】
[(試験5)耐摩耗性及び耐損傷性評価試験]
耐摩耗性及び耐損傷性評価試験を、次の方法で実施した。
各試験番号のレールを2つ準備した。各試験番号のレール形状は、136ポンド(質量:67kg/m)とし、長さは2mとした。
【0172】
各試験番号のレールを用いて、次の転動疲労試験を実施した。
[転動疲労試験]
転動疲労試験を次のとおり実施した。
転動疲労試験では、
図3に示す転動疲労試験機を用いた。AARタイプであって、直径が920mmの車輪2を準備した。試験時のラジアル荷重を300kNとし、スラスト荷重を100kNとした。試験時の潤滑方法として、水供給及び乾燥の繰り返し潤滑を採用した。具体的には、試験時においてレール1に一定時間水を供給し、その後、水の供給を停止して一定時間乾燥するサイクル(水供給及び乾燥)を繰り返した。試験時において、車輪2を用いた荷重印可の繰り返し回数を最大で500万回とし、累積通過トン数は最大で1億5千万トンとした。
【0173】
[ころがり面の耐損傷性の評価方法]
転動疲労試験後のレールのころがり面のき裂損傷の発生本数評価方法は、次のとおりとした。
レール1の頭部コーナー部12のうち、レール1の長手方向に300mmの範囲を、評価部位とした。試験後のレール1の評価部位の長手方向に平行であって、頭部コーナー部12の頭部外郭表面10Sの法線を含む断面を観察面とする試験片を採取した。レール1の長手方向の観察面長さを300mmとした。
観察面を鏡面研磨した。鏡面研磨後の観察面を目視にて観察し、頭部外郭表面10Sからレール1の深さ方向に進展するき裂の有無を確認した。き裂が発生していた場合、当該き裂の接触面(頭部外郭表面10S)からの深さ方向の長さD(
図2A~
図2C参照)を測定した。
長さDが500μm以上のき裂の数をカウントした。得られた数を、き裂損傷の発生本数とした。発生本数を表3に示す。き裂損傷の発生本数が5本以下であれば、優れた耐損傷性が得られたと判断した。
【0174】
[レール頭部の摩耗量の評価方法]
転動疲労試験後のレール1の長手方向に長さ1000mmの範囲を、評価部位とした。評価部位を100mmピッチでレール1の長手方向に垂直な断面で切断して、当該断面(合計11個の断面)の形状を記録した。また、転動疲労試験前のレール1の試験片の長手方向に垂直な断面形状も予め記録した。転動疲労試験前のレール1の断面形状と、転動疲労試験後の各断面形状とを比較して、転動疲労試験後の11個の各断面形状における、レール頭部10のレール1の幅中央位置での摩耗深さ(mm)を測定した。得られた摩耗深さの最大値を、摩耗量(mm)とした。摩耗量を表3に示す。摩耗量が5.00mm未満であれば、優れた耐摩耗性が得られたと判断した。
【0175】
[評価結果]
表1~表3を参照して、試験番号1~54のレールは、特徴1~特徴4を満たした。そのため、き裂損傷の発生本数が5本未満であり、優れた耐損傷性が得られた。さらに、摩耗量は5.00mm未満であり、優れた耐摩耗性が得られた。
【0176】
一方、試験番号55~58では、連続鋳造において、軽圧下開始時のブルームの中心固相率が高すぎた。そのため、Si正偏析度が高すぎた。その結果、き裂損傷の発生本数が5本以上となり、耐損傷性が低かった。
【0177】
試験番号59及び60では、連続鋳造において、軽圧下終了時のブルームの中心固相率が低すぎた。そのため、Si正偏析度が高すぎた。その結果、き裂損傷の発生本数が5本以上となり、耐損傷性が低かった。
【0178】
試験番号61及び62では、熱間圧延工程において、平均昇温速度HR1が遅すぎた。そのため、Si負偏析度が低すぎた。その結果、き裂損傷の発生本数が5本以上となり、耐損傷性が低かった。
【0179】
試験番号63~65では、熱間圧延工程において、平均昇温速度HR1が速すぎた。そのため、Si負偏析度が低すぎた。その結果、き裂損傷の発生本数が5本以上となり、耐損傷性が低かった。
【0180】
試験番号66及び67では、熱間圧延工程において、平均昇温速度HR2が遅すぎた。そのため、Si負偏析度が低すぎた。その結果、き裂損傷の発生本数が5本以上となり、耐損傷性が低かった。
【0181】
試験番号68及び69では、熱間圧延工程において、平均昇温速度HR2が速すぎた。そのため、Si負偏析度が低すぎた。その結果、き裂損傷の発生本数が5本以上となり、耐損傷性が低かった。
【0182】
試験番号70及び71では、熱処理工程での加速冷却の冷却開始温度TSが低すぎた。そのため、頭表部10Aにおいて十分な硬さが得られなかった。その結果、き裂損傷の発生本数が5本以上となり、十分な耐損傷性が得られなかった。さらに、摩耗量が5.00mm以上となり、十分な耐摩耗性が得られなかった。
【0183】
試験番号72及び73では、熱処理工程での加速冷却の平均冷却速度CRが遅すぎた。そのため、頭表部10Aにおいて十分な硬さが得られなかった。その結果、き裂損傷の発生本数が5本以上となり、十分な耐損傷性が得られなかった。さらに、摩耗量が5.00mm以上となり、十分な耐摩耗性が得られなかった。
【0184】
試験番号74及び75では、熱処理工程での加速冷却の平均冷却速度CRが速すぎた。そのため、頭表部10Aの金属組織において、パーライト面積率が95%未満となり、残部がベイナイトであった。その結果、き裂損傷の発生本数が5本以上となり、十分な耐損傷性が得られなかった。さらに、摩耗量が5.00mm以上となり、十分な耐摩耗性が得られなかった。
【0185】
試験番号76及び77では、冷却停止温度TEが低すぎた。そのため、頭表部10Aの金属組織において、パーライト面積率が95%未満となり、残部がベイナイト及びマルテンサイトであった。その結果、き裂損傷の発生本数が5本以上となり、十分な耐損傷性が得られなかった。さらに、摩耗量が5.00mm以上となり、十分な耐摩耗性が得られなかった。
【0186】
試験番号78及び79では、冷却停止温度TEが高すぎた。そのため、頭表部10Aにおいて十分な硬さが得られなかった。その結果、き裂損傷の発生本数が5本以上となり、十分な耐損傷性が得られなかった。さらに、摩耗量が5.00mm以上となり、十分な耐摩耗性が得られなかった。
【0187】
以上、本開示の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本開示を実施するための例示に過ぎない。したがって、本開示は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
【符号の説明】
【0188】
1 レール
10A 頭表部
10S 頭部外郭表面
【要約】
優れた耐摩耗性及び耐損傷性が得られるレールを提供する。
本実施形態のレール(1)は、質量%で、C:0.80~1.20%、Si:0.80~2.50%、Mn:0.10~2.00%、P:0.0250%以下、及び、S:0.0250%以下、を含有し、残部がFe及び不純物からなり、頭表部(10A)の金属組織において、パーライト面積率が95%以上であり、ビッカース硬さが400HV以上であり、頭表部(10A)において、Si正偏析帯でのSi濃度の最大値の、バルク領域でのSi濃度に対する比であるSi正偏析度が1.00超~1.35であり、Si負偏析帯でのSi濃度の最小値の、バルク領域でのSi濃度に対する比であるSi負偏析度が0.90~1.00未満である。