(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-15
(45)【発行日】2025-01-23
(54)【発明の名称】パーライトレール
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20250116BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20250116BHJP
C21D 8/00 20060101ALN20250116BHJP
C21D 9/04 20060101ALN20250116BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/58
C21D8/00 A
C21D9/04 A
(21)【出願番号】P 2024555965
(86)(22)【出願日】2024-06-14
(86)【国際出願番号】 JP2024021682
【審査請求日】2024-09-19
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】高橋 淳
(72)【発明者】
【氏名】上田 正治
(72)【発明者】
【氏名】宮▲崎▼ 照久
【審査官】國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-088449(JP,A)
【文献】国際公開第2020/189232(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/189686(WO,A1)
【文献】特表2022-514099(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 7/00- 8/10
C21D 9/00- 9/44
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.65~1.20%、
Si:0.05~2.00%、
Mn:0.05~2.00%、
Cr:0.02~2.00%、
N:0.0020~0.0200%、
V:0.010~0.100%、
Nb:0%以上0.005%未満、
Ti:0%以上0.005%未満、
Mo:0~0.100%、
B:0~0.0050%、
Co:0~1.00%、
Ni:0~1.00%、
Mg:0~0.0200%、
Ca:0~0.0200%、
Cu:0~1.00%、
REM:0~0.0500%、及び
Zr:0~0.0200%
P:0.025%以下、
S:0.025%以下、
Al:0~1.000%、
O:0.0040%以下、
を含有し、残部はFe及び不純物からなり、
頭部外郭表面を起点として深さ25mmまでの範囲の組織が、面積率で95%以上のパーライト組織を含み、
頭頂部の表面から25mm深さの位置の硬さが少なくともHV350であり、
前記頭頂部の前記表面から25mm深さの前記位置における前記パーライト組織のセメンタイト界面上に存在する、粒径4nm以上の、Vを含む窒化物粒子の単位界面面積当たりの個数密度が、1.0×10
10個cm
-2未満である
ことを特徴とするパーライトレール。
【請求項2】
前記パーライト組織のフェライト中に、前記セメンタイト界面から離隔された、粒径0.5~4nmのVを含む窒化物粒子が、単位体積当たりの個数密度として、4.0×10
16~4.0×10
17個cm
-3の範囲で存在する
ことを特徴とする請求項1に記載のパーライトレール。
【請求項3】
質量%でさらに、
B:0.0001~0.0050%、
Co:0.01~1.00%、
Ni:0.01~1.00%、
Mg:0.0005~0.0200%、
Ca:0.0005~0.0200%、
Cu:0%超1.00%以下
REM:0.0005~0.0500%
Zr:0.0001~0.0200%
Al:0%超1.000%以下、
からなる群から選択される一種以上を含有することを特徴とする請求項1又は2に記載のパーライトレール。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、重荷重鉄道で使用されるレールにおいて、頭部の耐摩耗性と延性を同時に向上させることを目的としたパーライトレールに関するものである。
【背景技術】
【0002】
海外の重荷重鉄道では、鉄道輸送の高効率化を図るため、貨物の高集積化を進めている。特に急曲線のレールでは、G.C.部(Gauge Corner部)や頭側部の耐摩耗性が十分確保できない。これにより、摩耗によるレール使用寿命の低下が問題となってきた。このような背景から、現用の共析炭素鋼含有の高強度レール以上の耐摩耗性を有するレールの開発が求められている。
【0003】
一般に、耐摩耗性はレールの硬度が高いほど優れることが知られている。しかし実際には、非特許文献1にあるように、使用中に表層部が加工硬化して硬度が上昇することによって、耐摩耗性が向上することが報告されている。また、非特許文献2に記載されているように、単に初期硬度が高いマルテンサイト鋼やベイナイト鋼よりも、加工硬化特性に優れたパーライト鋼が耐摩耗性に優れていることが示されている。しかしながら、どのようなミクロ組織構造のパーライト鋼の耐摩耗性が優れるかについては示されておらず、レール製造における指針は十分ではなかった。
【0004】
特許文献1では、Ti、V、Nb、Mo等の炭窒化物生成元素を一定量添加することによりオーステナイト相にこれらの炭窒化析出物粒子を生成し、熱間圧延時のオーステナイトの粒成長を抑制し微細粒とすることでパーライト変態後のブロックサイズを微細化し、延性を向上させることが述べられている。
【0005】
さらに一方で、特許文献2ではW、V、Nb等を添加することで、パーライト変態後にフェライト相中に炭窒化物を析出させ、フェライト相を強化することによって、耐摩耗性を向上させる方法が開示されている。この2つの文献では、同種の元素を添加することで、レールの異なる特性を向上させることを示唆している。
【0006】
これらはパーライト中の析出物として主に炭化物を利用していたのに対し、特許文献3では、窒化物からなる微細粒子をフェライト中に析出させることにより耐疲労損傷性や耐摩耗性を向上させることが述べられている。また特許文献4では、窒化物からなる微細粒子をフェライト中に析出させることにより、耐疲労損傷性と耐遅れ破壊性を向上させることが述べられている。これらの文献では、フェライト中に析出させる窒化物粒子の粒子サイズや個数密度、また成分組成を規定している。
【0007】
特許文献5には、質量%で、C:0.65~1.20%、Si:0.05~2.00%、Mn:0.05~2.00%、Cr:0.02~2.00%を含有し、さらに、V、Nb、Ti、Moの2種以上がそれぞれ少なくとも0.005%以上でV+Nb+Ti+Mo:0.02~0.20%含有し、残部はFe及び不可避的不純物からなり、頭頂部の硬度が少なくとも340Hvである鋼レールにおいて、フェライト相中の10nm以下の炭窒化析出物粒子の個数密度が5×1015cm-3以下であることを特徴とするパーライトレールが開示されている。
【0008】
特許文献6には、Cを0.60~1.20%含む鋼をレールに圧延する際、仕上げ圧延において、850~1000℃の間で1パス当たり断面減少率5~30%の圧延を2パス以上で且つ圧延パス間を8秒以下とする連続仕上げ圧延を施し、続いて冷却速度が0.5~50℃/sで800~950℃まで冷却し、その後、放冷または加速冷却する高靭性レールの製造法が開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【文献】上田正治ら、「パーライト鋼のころがり接触摩耗に及ぼす硬さと炭素量の影響」、鉄と鋼、日本国、日本鉄鋼協会、2001年、87巻、4号、P190-197
【文献】上田正治ら、「高炭素鋼のころがり接触摩耗に及ぼす金属組織の影響」、鉄と鋼、日本国、日本鉄鋼協会、2004年、90巻、12号、P1023-1030
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2010-1500号公報
【文献】特開2007-51348号公報
【文献】国際公開第2020/054339号
【文献】特開2020-70495号公報
【文献】特開2015-158006号公報
【文献】特開2001-234238号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
このような背景から、重荷重鉄道で使用されるレールであって、頭部の硬度、耐摩耗性、及び延性に優れたパーライトレールと、それらの製造方法が求められていた。近年行われている窒化物粒子の活用は、今まで不純物として残留していた不要な固溶Nを除ける観点、及びレール硬化の観点でも優れたものである。しかし、窒化物粒子をパーライト中に析出させる位置に関する知見は、十分とは言えなかった。本開示は上述した問題点に鑑み案出されたものであり、その目的とするところは、重荷重鉄道のレールで要求される頭頂部の耐摩耗性及び延性を同時に向上させることを目的としたものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、パーライトレールの表面硬度及び内部硬度、並びに転がり摩耗表面に関し、詳細な組織学的な研究を重ねた。その結果本発明者らは、摩耗試験によって接触表面領域のパーライトラメラの間隔が狭くなり(パーライトラメラ微細化)、さらにそれらが微結晶化することによって、表面領域の硬度上昇が著しく大きくなり、その硬度上昇が大きいほど耐摩耗性に優れるという知見を有していた。このラメラ薄膜化及び微結晶化による硬度上昇では、パーライト中のラメラフェライト(フェライト相)が軟質かつ延性に富むことによって塑性変形が容易になり、ラメラセメンタイトとラメラフェライトからなるパーライト組織が薄膜化及び微細化されやすくなる。今回、それを阻害する要因があった場合に、耐摩耗性低下や疲労損傷発生の原因となることがわかった。
【0013】
窒化物からなる析出物粒子やクラスタを活用したパーライトレールにおいては、パーライト組織1のラメラ中の窒化物粒子の析出位置は、
図1に示されるように、主に、
(1)ラメラフェライト12の中央部と
(2)セメンタイト11/フェライト12界面(以下セメンタイト界面13と表記)
の2か所存在することがわかった。フェライト12の中央部に分布した窒化物粒子22は、フェライト12の硬化を通してパーライト組織1の硬化に寄与する。一方、セメンタイト界面13に析出した窒化物粒子21は硬化にはほとんど寄与しない。また、セメンタイト界面13に析出した窒化物粒子21は比較的大型になるため、レールの繰り返し摩耗によっても塑性変形せず分解しない。そのため、セメンタイト界面13に析出した窒化物粒子21はレールの耐摩耗性や延性の低下の原因となることがわかった。従って、窒化物活用のパーライトレールにおいては、セメンタイト界面13上の窒化物粒子21をより少なく、またサイズを小さくする必要があることが判明した。
【0014】
一方で、セメンタイト界面13上ではなく、フェライト12内に析出した窒化物粒子22はフェライト12を強化することで、レール自体の硬度を上昇させる。特に、フェライト12内に析出した窒化物粒子22が微細で高個数密度に分布した場合は、耐摩耗性や延性を低下させることなく、硬化に活用できる。
【0015】
本開示は、前記課題を解決するために、以上の新知見に基づきなされたものであり、その要旨とするところは、以下の通りである。
【0016】
(1)本開示の一態様に係るパーライトレールは、質量%で、C:0.65~1.20%、Si:0.05~2.00%、Mn:0.05~2.00%、Cr:0.02~2.00%、N:0.0020~0.0200%、V:0.010~0.100%、Nb:0%以上0.005%未満、Ti:0%以上0.005%未満、Mo:0~0.100%、B:0~0.0050%、Co:0~1.00%、Ni:0~1.00%、Mg:0~0.0200%、Ca:0~0.0200%、Cu:0~1.00%、REM:0~0.0500%、及びZr:0~0.0200%P:0.025%以下、S:0.025%以下、Al:0~1.000%、O:0.0040%以下、を含有し、残部はFe及び不純物からなり、頭部外郭表面を起点として深さ25mmまでの範囲の組織が、面積率で95%以上のパーライト組織を含み、頭頂部の表面から25mm深さの位置の硬さが少なくともHV350であり、前記頭頂部の前記表面から25mm深さの前記位置における前記パーライト組織のセメンタイト界面上に存在する、粒径4nm以上の、Vを含む窒化物粒子の単位界面面積当たりの個数密度が、1.0×1010個cm-2未満である。
(2)好ましくは、上記(1)に記載のパーライトレールでは、前記パーライト組織のフェライト中に、前記セメンタイト界面から離隔された、粒径0.5~4nmのVを含む窒化物粒子が、単位体積当たりの個数密度として、4.0×1016~4.0×1017個cm-3の範囲で存在する。
(3)好ましくは、上記(1)又は(2)に記載のパーライトレールでは、質量%でさらに、B:0.0001~0.0050%、Co:0.01~1.00%、Ni:0.01~1.00%、Mg:0.0005~0.0200%、Ca:0.0005~0.0200%、Cu:0%超1.00%以下REM:0.0005~0.0500%Zr:0.0001~0.0200%Al:0%超1.000%以下、からなる群から選択される一種以上を含有する。
【発明の効果】
【0017】
本開示によれば、パーライト組織の鋼レールにおいて耐摩耗性及び延性に優れたレールを提供することが可能となる。すなわち、本開示は、セメンタイト/フェライト界面に析出した窒化物粒子による耐摩耗性の低下を抑えることによって、耐摩耗性及び延性を向上させたレールを製造する方法を提示するものである。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】レールパーライト組織中の析出粒子の分布を示す概略図である。
【
図2】セメンタイト界面上の窒化物粒子の個数密度と摩耗量の関係を示す図である。
【
図4A】V添加レールのFe(鉄)の3次元元素マップの一例である。
【
図4B】V添加レールのC(炭素)の3次元元素マップの一例である。
【
図4C】V添加レールの、V
2+イオンで検出されたV(バナジウム)の3次元元素マップの一例である。
【
図4D】V添加レールの、VN
2+イオンで検出されたV(バナジウム)の3次元元素マップの一例である。
【
図5A】
図4Dのボックス領域Xを拡大した、Cの3次元元素マップの一例である。
【
図5B】
図4Dのボックス領域Xを拡大した、Vの3次元元素マップの一例である。
【
図5C】
図4Dのボックス領域Xを拡大した、Crの3次元元素マップの一例である。
【
図5D】
図4Dのボックス領域Xを拡大した、Mnの3次元元素マップの一例である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明者らは、窒化物活用のパーライトレールにおける耐摩耗性が何によって強く影響を受けるかを調べるために、いろいろな成分、製法のパーライト鋼の転がり摩耗試験を行った。そして本発明者らは、摩耗試験前の組織と摩耗試験後の摩耗組織を透過型電子顕微鏡(TEM)によって観察し、組織変化と耐摩耗特性の関係を詳細に調べた。さらに本発明者らは、パーライト鋼中の微細な窒化物粒子(より微細なクラスタも含む)の存在位置、個数密度、及び組成を3次元アトムプローブによって調べ、パーライトレール耐摩耗特性との関係を調査した。
【0020】
図1は、レールのパーライト組織1中の窒化物の析出物やクラスタの分布状態を模式的に示す図である。一般にパーライトラメラは、80~200nm幅のラメラフェライト12と10~20nm幅のラメラセメンタイト11から構成されている。同一のC量においてレールの硬度を上げるための手段は、パーライトラメラ間隔を小さくするか(微細化強化)、フェライト12の硬度を高くするかのどちらかである。セメンタイト11の硬度を上げる方法も考えられるが、すでにセメンタイト11の硬度はかなり高く、意図的にこの硬度をさらに上昇させることは実質的には難しい。また、単にフェライト12の硬度を大きく上げると、使用時にレール表面が塑性変形し難くなるため、パーライトラメラ薄膜化・微細化による摩耗面の硬度上昇が生じなくなる。一方、非常に微細な窒化物粒子によって硬化させた場合には、塑性変形が完全に抑制されることはなく、また、摩耗中に微細な窒化物粒子が分解しクラックやボイドの起点にならず、固溶原子またはNとVやCrのダイポール等を形成して、硬度や耐摩耗性に寄与することがわかった。
【0021】
今回詳細な組織観察によって、窒化物粒子の析出位置は、主にセメンタイト界面13(即ち、ラメラセメンタイト11とラメラフェライト12との界面)位置と、そのセメンタイト界面13から離れたラメラフェライト12の中央部の2箇所存在することが明らかにされた。ここでラメラフェライト12の中央部とは、セメンタイト界面13から5nm以上離れた領域を指す。セメンタイト界面13、及びフェライト12の中央部のうち、フェライト12の中央部に分布した窒化物粒子22は硬化に寄与するが、セメンタイト界面13上に析出した窒化物粒子21は硬化には寄与しないと考えられた。また、少しサイズが大きい窒化物粒子は摩耗によって変形せずまた分解しないため、ひずみが当該窒化物粒子の周りに集中し、当該窒化物粒子がボイドやクラックの起点となるなどして、耐摩耗性や延性等の低下の原因になると考えられた。従って、セメンタイト界面13上の窒化物粒子21をより小さく、また大きなものは個数密度を小さくする必要がある。加えて、フェライト12中の窒化物粒子22も微細かつ高個数密度に析出させることで、延性や耐摩耗性の低下なく硬化に寄与できると考えられた。
【0022】
本発明者らは、化学成分や熱処理等を工夫することによって、初期パーライトの硬度(強度)が一定の範囲にありながら、パーライト中の窒化物粒子のサイズや分布状態が異なるパーライトレールを作製した。これらのパーライトレールの組織解析と摩耗試験から、窒化物粒子分布と耐摩耗性の関係を調べた。耐摩耗性の定量評価には西原式摩耗試験機を用いた。摩耗試験では、接触面圧640MPa、すべり率20%にて、70万回の繰り返し回数での摩耗量を比較した。
【0023】
図2は、各パーライトレール試料において、(1)セメンタイト界面上に観察された4nm以上の窒化物粒子の単位界面面積当たりの個数密度と摩耗量との関係、及び(2)4nm以上の窒化物粒子を含まないレール試料における、セメンタイト界面上の0.5nm以上4nm未満の窒化物粒子の単位界面面積当たりの個数密度と摩耗量との関係を示す図である。ここで、表面から25mm深さ位置のビッカース硬度が380~400Hvのレール試料を用いた。析出粒子の粒径と個数密度は3次元アトムプローブによって調べた。
【0024】
図2に示される調査結果によれば、セメンタイト界面上の直径4nm以上の窒化物粒子の個数密度が1.0×10
10個cm
-2より高い場合に、摩耗量が増加していることがわかる。セメンタイト界面上の直径4nm以上の窒化物粒子の個数密度が1.0×10
10個cm
-2未満であれば、レールの摩耗量は、実質的に析出物を含まない場合とそれほど変わらない。また、この図に直径0.5nm以上4nm未満の窒化物粒子をプロットすると、摩耗量と相関を持たないことがわかる。すなわち、比較的小さな窒化物粒子は、セメンタイト界面上に析出していても、耐摩耗性低下への影響は小さいことを示す。
【0025】
セメンタイト界面上に比較的大型の窒化物粒子が存在すると、レール硬度の向上に寄与しないばかりか、摩耗試験中にセメンタイト界面の粒子位置にひずみが集積し、ボイドやクラックが形成されて,破壊の原因になる。そのため、セメンタイト界面上に比較的大型の窒化物粒子が多く存在すると、摩耗量が増大したものと解釈される。但し、窒化物粒子が非常に微細な場合は、摩耗中に分解することになる。そのため、微細な窒化物粒子の周囲にはひずみ集積はせず、耐摩耗性の低下にはつながらない。
【0026】
以上の基礎実験より、窒化物粒子を硬化に活用したパーライトレール鋼において、耐摩耗性を向上するためには、セメンタイト界面上の窒化物粒子のサイズを非常に小さくするか、または、セメンタイト界面上の大型の窒化物粒子の個数密度を小さくすることが望ましい。
【0027】
一方、パーライト中の窒化物析出においては、セメンタイト界面は優先核生成サイトになる。このことから、セメンタイト界面上での窒化物析出は、硬化に作用するフェライト粒内での窒化物析出に比べて、生じやすい。従って、フェライト粒内に窒化物粒子を析出させる場合は、セメンタイト界面上での析出を完全に抑えることは難しい。成分や加工熱処理の製造条件の範囲を狭めることで、セメンタイト界面上での窒化物粒子の析出を少なくする必要がある。
【0028】
以下に本実施形態に係るパーライトレール限定範囲の理由を述べる。
なおパーライトレールの頭部は、車輪との接触によって、使用中に摩耗することが通常である。従ってパーライトレールには、頭頂部の表面のみならず、頭部の25mm深さ位置においても、鉄道用レールに適した特性を備えることが長寿命化の観点から求められる。また、パーライトレールの表面においては、25mm深さ位置よりもパーライトラメラが微細化しやすく、硬度が高くなるため、耐摩耗性が確保しやすい。頭頂部の表面から25mm深さ位置において適切な特性を備えるパーライトレールは、頭頂部の表面においても当然に適切な特性を備える。以上の事情を考慮して、本実施形態に係るパーライトレールでは、Vを含む窒化物の粒子サイズと個数密度、及び硬さが、頭頂部の表面から25mm深さの位置で限定される。また、本実施形態に係るパーライトレールでは、パーライト組織の量が、頭部外郭表面を起点として深さ25mmまでの範囲で限定される。
【0029】
(Vを含む窒化物について)
本実施形態に係るパーライトレールでは、Vを含む窒化物粒子に関する規定を行っている。Vを含む窒化物粒子とは、V含有量が1原子%以上である窒化物粒子のことである。一般に、窒化物とはNと金属元素から構成された結晶相であり、VNやTiN、NbN,CrNなどの一種類の金属元素からなるものや、(V,Cr)N、(Ti,V)N等の複数種の金属元素からなるものが存在する。(V,Cr)Nとは、V及びCrが混在した窒化物のことであり、(Ti,V)Nとは、Ti及びVが混在した窒化物のことである。括弧内の元素は原子数が多い順に表記している。一般に、フェライト母相と整合する微細なものは、NaCl型の結晶構造を有する。一方、炭化物はNをCに置き換えた結晶相であり、炭窒化物としてNが少量含まれる場合もある。本開示で述べた窒化物粒子にはCは含まれない。含まれないというのは、窒化物粒子が存在している母相(フェライト相)中のC固溶濃度以下であることを意味する。窒化物の場合は、炭化物よりも微細に析出することができ、しばしばクラスタと呼ばれることもある。本明細書では、このような微細なもの(0.5~4nm)も窒化物粒子と称する。
【0030】
(1)頭部外郭表面から深さ25mm位置のパーライト組織中のセメンタイト界面上の、Vを含む窒化物の粒子サイズと個数密度
セメンタイト界面上の窒化物粒子の個数密度は、フェライト相の強度にはほとんど影響しない。これは、セメンタイト界面上の窒化物粒子が、フェライト内の転位の移動の障害にならないためである。しかし、セメンタイト界面上の窒化物粒子は、耐摩耗性には影響を与えた。特に、特定サイズより大きなセメンタイト界面上の窒化物粒子の個数密度が高くなると、耐摩耗性が低下した。これは、大きな窒化物粒子は変形せず分解しないため、その周囲にひずみの集積が生じ、ボイドやクラックの発生源となるためである。
【0031】
従って、耐摩耗性が十分に維持されるためには、セメンタイト界面上に存在する、粒径4nm以上の、Vを含む窒化物粒子の単位界面面積当たりの個数密度を、1.0×1010個cm-2未満とする。セメンタイト界面上の窒化物粒子はサイズが小さい場合は耐摩耗性の低下への影響はほとんどないため、4nmより小さな窒化物粒子であれば、特に個数密度を限定しない。
【0032】
(2)頭部外郭表面から深さ25mm位置のパーライト組織中のフェライト中の、Vを含む窒化物の粒子サイズと個数密度
フェライト中に、セメンタイト界面から離隔された粒径0.5~4nmのVを含む窒化物粒子が、単位体積当たりの個数密度として、4.0×1016~4.0×1017個cm-3の範囲を含むことが好ましい理由は、ラメラフェライトの強化によって、レール硬度を高め、耐摩耗性を向上させるためである。フェライト中のVを含む窒化物の粒子サイズを粒径0.5~4nmの範囲内とすることにより、ラメラフェライトを強化する効果が得られる。また、個数密度を6.0×1016~5.0×1017個cm-3の範囲内とすることにより、ラメラフェライトを強化する一層の効果が得られる。より好ましくは、フェライト中における粒径0.5~4nmのVを含む窒化物粒子の個数密度は、8.0×1016~2.0×1017個cm-3の範囲である。
【0033】
(3)鋼化学成分
本実施形態に係るパーライトレールの成分組成に以下の理由で限定を加えても良い。なお、以下に示す「%」は特に説明がない限り「質量%」を意味するものとする。
【0034】
C:0.65~1.20%
Cは、パーライト変態を促進させて、かつ、耐摩耗性を確保する有効な元素である。C量が0.65%未満では、レールに要求される最低限の強度や耐摩耗性が維持できない。また、C量が1.20%を超えると、粗大な初析セメンタイト組織が多量に生成し、耐摩耗性や延性が低下する。このため、C量を0.65%~1.20%に限定した。なお、C量を0.70%以上、0.80%以上、又は0.90%以上にすると、耐摩耗性がより一層向上し、レールの使用寿命がより一段と改善する。C量を1.10%以下、1.00%以下、又は0.95%以下としてもよい。
【0035】
Si:0.05~2.00%
Siは、脱酸材として必須の成分である。またSiは、パーライト組織中のフェライト相への固溶強化によりレール頭部の硬度(強度)を向上させる元素である。さらにSiは、過共析鋼において、初析セメンタイト組織の生成を抑制し、延性の低下を抑制し、延性の低下を抑制する元素である。しかし、Si量が0.05%未満では、これらの効果が十分に期待できない。またSi量が2.00%を超えると、熱間圧延時に表面瑕が多く生成することや、酸化物の生成により、溶接性が低下する。さらに、Si量が2.00%を超えると焼入れ性が著しく増加し、レールの耐摩耗性や延性に有害なマルテンサイト組織が生成する。このためSi量を0.05~2.00%に限定した。Si量を0.10%以上、0.20%以上、又は0.50%以上としてもよい。Si量を1.80%以下、1.60%以下、又は1.20%%以下としてもよい。
【0036】
Mn:0.05~2.00%
Mnは、焼入れ性を高め、パーライトラメラ間隔を微細化することにより、パーライト組織の硬度を確保し、耐摩耗性を向上させる元素である。しかし、Mn量が0.05%未満では、その効果が小さく、レールに必要とされている耐摩耗性の確保が困難となる。また、Mn量が2.00%を超えると、焼入性が著しく増加し、耐摩耗性や延性に有害なマルテンサイト組織が生成しやすくなる。このため、Mn量を0.05~2.00%に限定した。Mn量を0.10%以上、0.20%以上、又は0.50%以上としてもよい。Mn量を1.80%以下、1.60%以下、又は1.20%%以下としてもよい。
【0037】
Cr:0.02~2.00%
Crは、平衡変態温度を上昇させ、結果としてフェライト組織やパーライト組織を微細化して高硬度化に寄与する。さらにCrは、Vと共に窒化物を生成し、析出硬化によってパーライト組織の硬度(強度)を向上させる元素である。しかし、Cr量が0.02%未満ではその効果は小さく、レール鋼の硬度を向上させる効果が見られなくなる。またCr量が2.00%を超えると、焼入れ性が増加し、マルテンサイト組織が生成し、頭部コーナー部や頭頂部にマルテンサイト組織を起点としたスポーリグ損傷が発生し、耐表面損傷性が低下する。このため、Cr量を0.02~2.00%に限定した。Cr量を0.10%以上、0.20%以上、又は0.50%以上としてもよい。Cr量を1.80%以下、1.60%以下、又は1.20%%以下としてもよい。
【0038】
V:0.010~0.100%
Vは、本開示に係る鋼において重要な元素である。Vは、パーライトレールの製造の際、オーステナイト粒成長を抑制し微細化する。オーステナイト粒が微細化されたレールを冷却することにより、微細なパーライトが形成され、パーライトレールの耐摩耗性が向上する。さらにVは、N原子と結合することによって窒化物の核となり、窒化物粒子やクラスタを形成する場合がある。Vを含む窒化物がフェライト中に析出した場合は、転位の移動を抑制することによって、パーライトの硬度上昇に寄与するので、一層好ましい。
【0039】
V量が0.010%未満では、その効果が十分に期待できず、硬度の上昇や耐摩耗性の改善は認められない。一方、V量が過剰になると、セメンタイト界面上に大きな窒化物粒子が析出してしまう。セメンタイト界面上の粗大な窒化物は、塑性変形能を低下させ、耐摩耗性を低下させる原因になる。また、V量が過剰であると、V窒化物ではなくV炭化物が生成しやすくなる。従って、0.100%をV量の上限とした。より好ましくは、V量は0.020~0.050%の範囲である。V量を0.015%以上、0.020%以上、又は0.030%以上としてもよい。V量を0.090%以下、0.080%以下、又は0.070%以下としてもよい。
【0040】
N:0.0020~0.0200%
Nは、Vと共に窒化物の核となり窒化物粒子を形成する。一般には0.0010%程度のNは不純物として鋼に含まれる。しかしながら、N量を0.0020%以上とすることにより、フェライトの内部に窒化物粒子を形成することができるので好ましい。一方、N量が0.0200%を上回ると、窒化物粒子は大型になり、またセメンタイト界面上にも生成することになる。そのため、耐摩耗性を低下させることになる。また、固溶Nとして高濃度に残存する場合には、延性そのものの低下の原因になる。従って、N量は0.0020~0.0200%に限定した。N量が0.0025%以上、0.0030%以上、又は0.0050%以上であってもよい。N量が0.0180%以下、0.0150%以下、又は0.0100%以下であってもよい。
【0041】
P:0.025%以下
Pは、レール鋼の延性を劣化させる元素である。P量が0.025%を超えると、その影響が無視できなくなる。そのため、P量は0.025%以下とする。P量が0.024%以下、0.023%以下、又は0.022%以下であってもよい。P量の含有量の下限値は特に限定されず、0%でもよい。一方、精錬コストを削減する観点から、P量を0.010%以上、0.011%以上、又は0.012%以上としてもよい。
【0042】
S:0.025%以下
Sは、主として介在物(MnS等)の形態で鋼中に存在し、鋼の脆化を引き起こす元素である。特に、S量が0.025%を超えると、脆化への悪影響を無視できなくなる。よって、S量は0.025%以下とする。S量が0.024%以下、0.023%以下、又は0.022%以下であってもよい。S量の含有量の下限値は特に限定されず、0%でもよい。一方、精錬コストを削減する観点から、S量を0.008%以上、0.009%以上、又は0.010%以上としてもよい。
【0043】
O:0.0040%以下
Oは不純物である。O含有量の下限は限定されないが、製造コストの観点から、0.0001%であってもよい。一方、O量が過剰であると、粗大な酸化物が生成し、鋼の延性や靭性の低下を引き起こす。好ましくは、O量を0.0030%以下とし、より好ましくはO量を0.0020%以下とする。
【0044】
Nb:0%以上0.005%未満
Ti:0%以上0.005%未満
Mo:0~0.100%
また、上記の成分組成で製造させるレールは、パーライトの組織微細化のためにNb、Ti、Moのうち1種以上を含んでも良い。Nb、Ti及び、Moは、Ac1点以下の温度域に再加熱された熱影響部において、比較的高温域で炭窒化物を生成させ、溶接継ぎ手の熱影響部の軟化や脆化を防止するのに有効な元素である。特にMoは、炭窒化物生成以外にも、Crと同様に、平衡変態温度を上昇させ、結果としてフェライト組織やパーライト組織を微細化して高硬度化に寄与すると同時に、セメンタイト相を強化して、パーライト組織の硬度(強度)を向上させる元素である。但し、これらの元素は大型の窒化物を生成しやすい元素であり、Nを不要に消費してしまう。そのため、Nbは0.0050%未満とすることが好ましい。Tiは0.0050%未満とすることが好ましい。Moは0.100%以下とすることが好ましい。Moは0.005%以下とすることがさらに好ましい。Nb、Ti、Moはそれぞれ、0.0040%以下、0.0035%以下、又は0.0030%以下であってもよい。なお、Nb、Ti、Moが本実施形態に係るレールに含まれることは必須ではない。従って、Nb、Ti、Moは、それぞれ、0%であってもよい。
【0045】
また、上記の成分組成で製造されるレールは、パーライトの組織微細化や強度の上昇、延性の向上、溶接熱影響部の軟化の防止、レール頭部内部の断面硬度分布の制御等を図る目的で、B、Co、Ni、Mg、Ca、Al、Cuの元素を必要に応じて含有してもよい。ただし、これら元素はパーライトレールに含まれなくてもよい。B、Co、Ni、Mg、Ca、Al、Cuそれぞれの含有量の下限値は0%である。
【0046】
B:0~0.0050%
Bはオーステナイト粒界に鉄炭硼化物(Fe23(CB)6)を形成し、パーライト変態の促進効果により、パーライト変態温度の冷却速度依存性を低減させ、頭表面から内部までより均一な硬度分布をレールに付与し、レールを高寿命化する元素である。B量を0.0001%以上とすることにより、その効果を十分に発言し、レール頭部の硬度分布を改善することができる。また、B量を0.0050%以下にすると、粗大な鉄炭硼化物の生成を抑制し、延性や靭性を高めることができる。このため、B量を0.0001~0.0050%にしてもよい。B量を0.0002%以上、0.0003%以上、又は0.0005%以上としてもよい。B量を0.0040%以下、0.0020%以下、又は0.0010%以下としてもよい。
【0047】
Co:0~1.00%
Coは、固溶強化にはほとんど作用せずに、レール頭頂部の摩耗面において、車輪との接触により形成させる微細なフェライト組織をより一層微細化し、耐摩耗性を向上させる元素である。Co量を0.01%以上にすると、ラメラ構造やフェライト粒径が微細化され、耐摩耗性の向上効果が発揮される。またCo量が2.00%以下であると、パーライト組織の延性を高めることができる。また、Co量が1.00%以下であると、合金コストを抑制し、経済性を高めることができる。このため、Co量を0.01~1.00%に限定してもよい。Co量を0.02%以上、0.05%以上、又は0.10%以上としてもよい。Co量を0.80%以下、0.50%以下、又は0.10%以下としてもよい。
【0048】
Ni:0~1.00%
Niは、パーライト組織中の延性を向上させ、Coによる延性低下を抑制する。これと同時に、Niは固溶強化によりレールを高硬度(強度)化する元素である。Ni量が0.01%以上であれば、その効果を十分に得ることができる。また、Ni量が1.00%以下であると、パーライト組織中のフェライト相の延性を高め、パーライト組織の耐摩耗性を高めることができる。このため、Ni量を0.01~1.00%としてもよい。Ni量を0.02%以上、0.05%以上、又は0.08%以上としてもよい。Ni量を0.80%以下、0.50%以下、又は0.10%以下としてもよい。
【0049】
Mg:0~0.0200%
Mgは、OまたはSやAlと結合して微細な酸化物を形成し、レール圧延時の再加熱において、結晶粒の粒成長を抑制し、オーステナイト粒を微細化し、フェライト組織やパーライト組織の延性を向上させるのに有効な元素である。さらに、Mgから形成されるMgO及びMgSは、MnSを微細に分散させ、MnSの周囲にMnの希薄層を形成し、フェライトやパーライト変態の生成に寄与する。その結果、主にパーライトブロックサイズが微細化する。そのため、Mgは、パーライト組織の延性を向上させるのに有効な元素である。Mg量が0.0005%以上であると、その効果を十分に得ることができる。また、Mg量が0.0200%以下であると、Mgの粗大酸化物の生成を抑制し、レールの靭性を高めると同時に、粗大な析出物を起点とした疲労損傷を抑制することができる。このため、Mg量を0.0005~0.0200%に限定してもよい。Mg量を0.0008%以上、0.0010%以上、又は0.0012%以上としてもよい。Mg量を0.0180%以下、0.0100%以下、又は0.0030%以下としてもよい。
【0050】
Ca:0~0.0200%
Caは、Sとの結合力が強く、CaS(硫化物)を形成する元素である。このCaSはMnSを微細に分散させ、応力集中を緩和し、レールの耐内部疲労損傷性を向上させる。Ca量が0.0005%以上であると、その効果を十分に得ることができる。Ca量が0.0200%以下であると、Caの粗大酸化物の生成を抑制することができる。Caの粗大酸化物においては、疲労亀裂を発生させる応力集中が生じやすい。しかし、Caの粗大酸化物の生成を抑制することにより、疲労亀裂の発生を抑制し、耐内部疲労損傷性を高めることができる。そのため、Ca量を0.0005~0.0200%に限定してもよい。Ca量を0.0008%以上、0.0010%以上、又は0.0012%以上としてもよい。Ca量を0.0180%以下、0.0150%以下、又は0.0100%以下としてもよい。
【0051】
Al:0~1.000%
Alは、脱酸効果を有する。また、Alは共析変態温度を高温側へ移動させる元素であり、パーライト組織の高硬度化(強度)に寄与する元素である。Al量が0.025%以上であると、その効果を十分に得ることができる。また、Al量が1.000%以下であると、Alを鋼中に固溶させることが容易になり、粗大なアルミナ系介在物の数を少なくして、レールの靭性を高めると同時に、粗大な析出物から疲労損傷が発生することを防止することができる。さらに、Al量が1.000%以下であると、溶接部に酸化物が生成することを防ぎ、溶接性を著しく高めることができる。そのため、Al量を0.025~1.000%に限定してもよい。Al量を0%超、0.028%以上、0.030%以上、又は0.035%以上としてもよい。Al量を0.900%以下、0.600%以下、又は0.400%以下としてもよい。
【0052】
Cu:0~1.00%
Cuは、フェライト組織やパーライト組織に固溶または析出し、固溶強化や析出強化により、パーライト組織の硬度(強度)を向上させる元素である。Cu析出粒子は軟質であるがゆえに、フェライト相中に析出した状態では耐摩耗性に悪影響は及ぼさない。しかし、Cu含有量が多い場合は、Cu固溶量も増えるため、Cuはレールの耐摩耗性を低下させることになる。一方で、鋼材のスクラップの再利用の観点から、レールがCuを含有する可能性は高い。さらにまた、固溶強化元素としての利用や耐表面損傷性の観点等から、意図的にCuをレールに含有させる場合もある。この意味で、Cu量を1.00%以下としてもよい。Cu量を0%超、0.01%以上、0.05%以上、又は0.010%以上としてもよい。0.20%以下、0.10%以下、又は0.05%以下としてもよい。
【0053】
REM:0~0.0500%
REMは、脱酸・脱硫元素であり、含有されるとMn硫化物系介在物の生成核となるREMのオキシサルファイド(REM2O2S)を生成する。このオキシサルファイド(REM2O2S)は融点が高い。そのため、オキシサルファイドは圧延後のMn硫化物系介在物の延伸を抑制する。この結果、REMの含有により、MnSが微細に分散し、応力集中が緩和され、レールの耐内部疲労損傷性が向上する。REM含有量が0.0005%以上である場合、MnS系硫化物の生成核が十分に形成され、上述の効果が得られる。一方、REM含有量が0.0500%以下である場合、硬質なREMのオキシサルファイド(REM2O2S)の過剰な生成を抑制することができる。この場合、応力集中による疲労き裂の生成を抑制し、耐内部疲労損傷性が一層向上する。このため、REMをレールに含有させる場合には、REM含有量を0.0005~0.0500%とすることが好ましい。REM含有量の一層好ましい下限値は0.0010%、0.0012%、又は0.0015%である。REM含有量の一層好ましい上限値は0.0400%、0.0300%、又は0.0100%である。
【0054】
なお、REMとはSc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、及びLuからなる群の希土類金属である。REMの含有量とは、希土類金属元素の含有量の合計値である。含有量の合計値が上記範囲内であれば、レールに含有される希土類金属元素が1種類であっても、2種類以上であっても、同様な効果が得られる。
【0055】
Zr:0~0.0200%
Zrは、Oと結合してZrO2系介在物を形成する。このZrO2介在物とγ-Feとは格子整合性が良い。そのためZrO2系介在物は、γ-Feが凝固初晶である高炭素レール鋼の凝固核となり、凝固組織の等軸晶化率を高め、凝固組織を微細化する。これにより、MnSが微細に分散し、応力集中が緩和され、レールの耐内部疲労損傷性が向上する。さらにZrは、鋳片中心部の偏析帯の形成を抑制することにより、レールの偏析部におけるマルテンサイト組織の生成を抑制する。Zr含有量が0.0001%以上である場合、凝固核として十分な作用を示す程度の個数のZrO2系介在物が生成する。一方、Zr含有量が0.0200%以下である場合、粗大なZr系介在物が多量に生成することを抑制し、応力集中による疲労き裂を防止し、レールの耐内部疲労損傷性を一層向上させることができる。このため、Zrを含有させる場合には、Zr含有量を0.0001~0.0200%とすることが好ましい。Zr含有量の一層好ましい下限値は0.0005%、0.0010%、又は0.0012%である。Zr含有量の一層好ましい上限値は0.0100%、0.0050%、又は0.0020%である。
【0056】
レール鋼の化学成分の残部は、主にFeである。また、上記成分以外に、レール鋼は不純物を含む。
【0057】
(4)パーライト組織の面積率
本実施形態に係るパーライトレールの頭部外郭表面を起点として深さ25mmまでの範囲(頭表部3a)の組織は、主にパーライト組織である。ただし、パーライトレールの頭部外郭表面を起点として深さ25mmまでの範囲の組織に、面積率で、5%以下の微量な初析フェライト組織、初析セメンタイト組織、ベイナイト組織やマルテンサイト組織が混入することがある。しかし、これらの組織が混入しても、レール頭部の耐摩耗性及び延性には大きな影響を及ぼさない。そのため、パーライトレールの頭部外郭表面を起点として深さ25mmまでの範囲の組織に、5%以下の微量な初析フェライト組織、初析セメンタイト組織、ベイナイト組織やマルテンサイト組織が混在していてもよい。言い換えれば、本実施形態に係るパーライトレールの頭部外郭表面を起点として深さ25mmまでの範囲の組織は、95%以上がパーライト組織であれば良い。耐摩耗性や延性を十分に確保するためには、当該範囲の98%以上をパーライト組織とすることが望ましい。
【0058】
なお、用語「頭部外郭表面」の意味、及びその他のパーライトレールの形状について以下に説明する。頭部3とは、
図3に示すように、パーライトレールを断面視したときに、パーライトレールの高さ方向中央に括れた部分よりも上側の部分をいう。また、頭部3は、頭頂部31と、前記頭頂部31の両端に位置する頭部コーナー部32を有する。頭部コーナー部32の一方は、車輪と主に接触するゲージコーナー(G.C.)部である。そして、頭部外郭表面とは、頭部3のうち、レールを正立させたときに上側を向く頭頂部31の表面と、頭部コーナー部32の表面とを合わせた面をいう。頭頂部31と頭部コーナー部32の位置関係は、頭頂部31がレール頭部の幅方向ほぼ中央に位置し、頭部コーナー部32が頭頂部31の両側に位置する関係にある。
【0059】
頭部コーナー部32及び頭頂部31の表面(頭部外郭表面)を起点として深さ25mmまでの範囲を頭表部(3a、斜線部)と呼ぶ。
図6に示すように、頭部コーナー部32及び頭頂部31の表面(頭部外郭表面)を起点として深さ25mmまでの頭表部3aに所定の硬さのパーライト組織を含む金属組織(パーライト組織が面積率で95%以上の割合で含まれる金属組織)が配置されることが、レールの耐摩耗性及び耐内部疲労損傷性の向上のために必要とされる。
【0060】
(5)レール頭頂部31の表面から25mm深さの位置の硬度
レール頭頂部31の表面から25mm深さの位置の硬度を少なくとも350Hvと限定した理由について説明する。本成分範囲において、レール頭頂部31の表面から25mm深さの位置の硬度が350Hv未満になると、レール頭頂部31の転がり面に塑性変形起因のフレーキング損傷や発生する。また、パーライトレールを重荷重鉄道で使用する場合においては、レール頭頂部31の表面から25mm深さの位置の硬度が350Hv未満になると、耐摩耗性の確保が困難となり、レールの使用寿命が低減する。このため、レール頭頂部31の表面から25mm深さの位置の硬度を少なくとも350Hvと限定した。レール頭頂部31の表面から25mm深さの位置の硬度を360HV以上、380HV以上、又は400HV以上としてもよい。一般には硬度が高いほど耐摩耗性には良好であるため、当該位置の硬度の上限は特に規定しないが、例えば600HV以下、550HV以下、又は500HV以下としてもよい。
【0061】
(製造方法)
上記のような成分組成で構成させるレール鋼は、転炉、電気炉などの通常使用される溶解炉で溶製を行い、この溶鋼を造塊・分塊法あるいは、連続鋳造法、さらに熱間圧延を経てレールとして製造させる。
【0062】
本開示における好ましいレールの製造方法の一例について述べる。当該製造方法によれば、セメンタイト界面上の粒径4nm以上の窒化物粒子の個数密度が1.0×1010個cm-2未満であり、頭頂部の硬度が少なくとも350Hvであり、好ましくは、フェライト中における粒径0.5~4nmの窒化物粒子の個数密度を4.0×1016個cm-3以上とするパーライトレールを得ることができる。ただし、以下に説明される製造方法の一例は、上述された本実施形態に係るパーライトレールの製造方法を限定するものではない。
【0063】
フェライト中のセメンタイト界面上の4nm以上の窒化析出物の個数密度を1.0×1010個cm-2未満とするためには、セメンタイト界面上での窒化物の生成を抑制する必要がある。窒化物は、パーライト変態後のフェライト中の、固溶Vが高濃度に存在している箇所に析出しやすい。窒化物の核はVNであることから、セメンタイト界面上での窒化物析出を抑制するためには、パーライト変態時にVをセメンタイト界面からセメンタイトの内部の側に分配させる。これにより、界面付近のフェライト中のV固溶濃度を減らすことができる。
【0064】
Vをセメンタイトの内部の側に分配させるための手段の一例は、冷却条件の最適化である。Vは、高温では分配係数が小さく、低温では拡散が遅いため、セメンタイトの内部の側に分配され難い。従って、それらの中間の温度が好ましく、鋼材成分に合わせて最適な冷却速度を探索する必要がある。パーライトレールの製造においては、最適な温度制御を実現することが好ましい。
【0065】
また、フェライト中に粒径0.5~4nmの窒化物粒子を4.0×1016個cm-3以上析出させるためには、パーライト変態直後にラメラフェライト中央部に十分量の固溶Vを残存させることが好ましい。これらのためには、ラメラフェライト幅をあまり狭くし過ぎず、冷却速度の最適化によってVのセメンタイトへの分配が過剰にならないように、適切にする必要がある。
【0066】
加熱温度の上限は特に規定しないが、あまり高温度にすると液相が現れてオーステナイト相が不安定になる。そのため、温度は実質1350℃が上限となる。加熱温度の下限は、VNなどの窒化物を一旦溶解する必要があるため1180℃以上の高温で行うことが好ましい。
【0067】
完全なオーステナイトからパーライト変態させるため、圧延直後のレール頭部においてはAr1点以上の温度域とする。尚、圧延したレールをいったん冷却した後で再加熱してレールを製造する場合には、再加熱されたレール頭部においてはAc1点+30℃以上の温度とする。好ましくは、仕上げ圧延を900~950℃で行う。
【0068】
圧延された直後のレール、又は圧延後に冷却及び再加熱されたレールは、好ましくは、850~900℃の温度範囲で冷却開始される。冷却の開始の時点とは、冷媒をレールに吹き付け始めた時点のことである。即ち、レールの頭部の温度が850~900℃の温度範囲にあるときに、レールの頭部への冷媒の吹き付けを開始することが好ましい。
【0069】
冷却終了温度は790~820℃とすることが好ましい。冷却終了温度とは、冷媒をレールに吹き付けるのを終了した時点のことである。即ち、レールの頭部が790~820℃の温度範囲にあるときに、レールの頭部への冷媒の吹き付けを終了することが好ましい。
【0070】
冷却速度は、20~50℃/sとすることが好ましい。冷却速度とは、冷却開始温度(冷媒の吹き付けを開始した時点でのレールの頭部の温度)と冷却終了温度(冷媒の吹き付けを終了した時点でのレールの頭部の温度)との差を、冷媒を吹き付けていた時間で割った値のことである。レールの頭部の温度は、放射温度計によって測定される。温度を測定する位置は、レールの頭部外郭表面である。
【0071】
上述の条件でレールの頭部を急速冷却することにより、オーステナイトの粒成長を抑制する。熱延直後冷却の冷却速度が大きすぎる場合、高温側での炭窒化物の析出が完全に抑えられて、パーライト変態後のセメンタイト界面への窒化物の析出駆動力が高まるおそれがある。この場合、セメンタイト界面上にVを含む窒化物が析出しやすくなる。また、50℃/sより大きな冷却速度の実現は技術的に難しい。20℃/sよりも小さな冷却速度では、粒成長の抑制効果は小さい。
【0072】
冷媒を用いた急冷に次いで、パーライト変態が始まる直前の温度域である740~780℃までを2~5℃/sで徐冷する(制御冷却前冷却)。なお、制御冷却前冷却の開始の時点とは、上述した冷媒の吹き付けの終了の時点である。制御冷却前冷却の終了の時点とは、後述する制御冷却の開始の時点のことである。制御冷却前冷却における冷却速度とは、制御冷却前冷却の開始時点のレール頭部温度と、終了時点のレール頭部温度との差を、制御冷却前冷却に要した時間で割った値である。制御冷却前冷却によって、パーライト変態温度を少し高温側に移動させる。
【0073】
上述の徐冷に引き続き、レール頭部を、オーステナイト温度域から好ましくは600~480℃までの間を、好ましくは5~12℃/sの冷却速度で制御冷却する。即ち、制御冷却の終了温度は600~480℃の範囲内である。好ましくは、制御冷却の終了温度は580~480℃である。これにより、完全なパーライト組織を得る。なお、制御冷却の開始の時点とは、冷媒の吹き付けを開始した時点である。制御冷却の終了の時点とは、冷媒の吹き付けを終了した時点である。制御冷却における冷却速度とは、制御冷却の開始時点におけるレール頭部の温度と、終了時点におけるレール頭部の温度との差を、制御冷却に要した時間で割った値である。
【0074】
制御冷却の冷却速度が大きすぎると、変態温度が著しく低下する。この場合、パーライト変態時にV固溶原子の分配が十分に起こらず、また、セメンタイト界面近傍のフェライト中のV固溶濃度が低減しない。そして、パーライト変態後にセメンタイト界面上に大型の窒化物が生じやすくなる。また、この冷却速度が小さすぎたり、または、終了温度が高すぎたりする場合は、パーライト変態がより高温度側で進行するため、粗いパーライトとなってしまい、ラメラ微細化による硬化分が少なくなる。
【0075】
実際には、VやCr及びN含有量によって析出駆動力は異なるため、好ましい製法との対応は単純ではなく変化する。本実施形態におけるV、Cr、Nの含有量の範囲であれば、上記の製造条件を適用することによって、セメンタイト界面上の窒化物の析出や大型化を抑制できる。なお、制御冷却の方法については、例えば、空気や空気を主としミスト等を加えた冷媒媒体及びこれらの組み合わせにより、所定の冷却速度を得ることが可能である。
【0076】
ここで述べた製法は一例であり、請求項で記述した組織の特徴を有するパーライトレールを限定するものではなく、他の製法で同様の組織の有するパーライトレールを得られたものであっても本実施形態に係るパーライトレールに属する。
【実施例】
【0077】
次に本開示の実施例について説明する。ただし、実施例での条件は、本開示の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例に過ぎない。本開示は、この一条件例に限定されない。本開示は、その要旨を逸脱せず、その目的を達成する限り、種々の条件を採用し得る。
【0078】
表1A及び表1Bに、供試レール鋼の化学成分を示す。表2A及び表2Bに、表1A及び表1Bに開示された鋼種A~Pのいずれかからなる供試レール鋼(試験No.1~28)の材料、製造条件を示す。表3A及び表3Bに、フェライト相中の析出物の状態を示す。表4A及び表4Bに、レールの特性と摩耗試験の結果を示す。製造条件として、各温度領域での冷却速度を示す。レール特性として、頭頂部硬度(Hv)(試験荷重98N)と引張試験による全伸び率を示す。摩耗試験として、70万回の摩耗試験における摩耗量(g)を示す。表1A及び表1Bに記載された化学成分の残部は鉄及び不純物である。
表1A及び表1Bにおいて、元素の含有量の欄に記載された記号「-」は、当該記号が付された元素が意図的にパーライトレールに添加されていないことを意味する。また、表1A及び表1Bにおいて、元素の含有量の欄に記載された「<0.005」は、0.005質量%未満を意味する。
【0079】
なお、表に記載されていない製造条件は以下の通りである。これら鋼レールは、転炉で成分調整された後、連続鋳造法で鋳造したレール圧延用鋼片を、加熱温度1250℃として、1時間以上加熱した。加熱保持後の熱間圧延は、パス間11sで行った。仕上圧延は、910℃で、1パス当り断面減少率10%で行った。
【0080】
熱延終了温度から20~50℃/sの冷却速度で900℃から800℃まで水冷等によって急速冷却した後、760℃までを2~10℃/sで徐冷し、引き続き、レール頭部の温度が610~450℃になるまで、4~15℃/sの冷却速度で制御冷却した。このレール試料を下記の方法で特性評価した。
【0081】
レール頭部摩耗評価には、西原式摩耗試験を行った。試験条件は次の通りである。
・試験機:西原式摩耗試験機
・試験片形状:円盤状試験片(外径:30mm、厚さ:8mm)
・試験片採取位置:レール頭頂部表面下5mm
・試験荷重:684N(接触面圧640MPa)
・すべり率:20%
・相手材:パーライト鋼(360Hv)
・雰囲気:大気中
・冷却:圧搾空気による強制冷却(流量:100Nl/min)
・繰返し回数:70万回
摩耗量は、試験後の試験片の質量の減少分として求めた。摩耗量が1.00gを下回る場合に耐摩耗性を良好とした。さらに摩耗量が0.80gを下回る場合に、より良好とした。
【0082】
さらに、レール頭部から試験片を切り出し、引っ張り試験から全伸びを見積もった。条件を示す。
【0083】
・試験機:万能小型引張試験機
・試験片形状:JIS4号相似
・平行部長さ:30mm
・平行部直径:6mm
・伸び測定評点間距離:25mm
・試験片採取位置:レール頭頂部表面下5mm
・引張速度:10mm/min
・試験温度:常温
引張試験は、JIS Z 2241:2011に準拠して実施した。全伸び値が10.0%以上の場合を良好とした。
【0084】
頭頂部の硬度は、1kgの荷重を用いて、ビッカース硬度測定から求めた。場所は頭頂部表面下25mm位置とした。ばらつきがあるため、5点の測定結果の平均値を表に記載した。350Hv以上の値を良好とした。
【0085】
パーライトの分率は、研磨した試料表面のナイタールエッチングによって調べた。パーライト相以外の第2相が面積率で5%を上回る場合に、表に主たる第2相を記述した。パーライトの分率の測定位置は、頭部外郭表面を起点として深さ25mmまでの範囲とした。具体的には、各レール頭部の横断面からサンプルを切り出し、各サンプルをダイヤモンド研磨後に3%ナイタールエッチング処理した後に、光学顕微鏡(200倍)を用いて組織観察することにより測定した。倍率200倍の組織観察において、白く観察される個所は初析フェライトである。初析セメンタイトは粒界に沿った異なるコントラストとして判定できる。またマルテンサイトやベイナイトはラス組織から判定できる。それ以外の組織が塊状のパーライトであり、ラメラ方向によってコントラストが異なることから判定される。組織が不明な場合は、走査型電子顕微鏡(SEM)による高倍率観察によって、パーライトラメラ組織を判定することができる。測定視野は、頭部外郭表面から深さ2mmの任意の10視野、及び頭部外郭表面から深さ25mmの任意の10視野とした。頭部外郭表面から深さ2mmの任意の10視野におけるパーライト組織の面積率の平均値を「表層パーライト率」とし、頭部外郭表面から深さ25mmの任意の10視野におけるパーライト組織の面積率の平均値を「25mm位置パーライト率」とした。両者が95面積%以上であるレールは、頭部外郭表面を起点として深さ25mmまでの範囲の組織が、面積率で95%以上のパーライト組織を含むレールであると判断された。
【0086】
頭部外郭表面から深さ25mm位置のパーライト組織中の析出物は、CAMECA製のLEAP4000XHRによる3次元アトムプローブ観察によって調べた。試料のパーライトレールの頭部外郭表面から深さ25mm位置のパーライト組織中から、集束イオンビーム(FIB)加工によって曲率半径30~80nmの針試料を作製した。3次元アトムプローブによって2000万原子の測定を複数回行った。このデータから、例えば3次元構築ソフトウエアであるIVASソフトウエアによって、3次元元素マップを得る。Vは質量電荷比で25.5Daにピークが現れるV
2+イオンと、32.5Daにピークが現れるVN
2+イオンとして検出される。VN
2+イオンはVとNから構成されたイオンであるため、Vを含む窒化物粒子の存在を示す。Cが20at%以上に濃化している領域がセメンタイトラメラになる。析出物はセメンタイト界面上に存在する粒子と、セメンタイト界面から離れてフェライト粒内に分布している2種類が存在する(
図1参照)
【0087】
図4A~
図4Dに、V添加レールの3次元元素マップの一例を示す。これらは、高さ77nm、幅78mm、及び長さ232nmの同じ直方体領域における、Fe、C、及びVの原子マップである。マップ中の点が原子1個を表している。Vに関しては、V
2+イオンのマップと、VN
2+イオンのマップとを示した。VN
2+イオンはNとVとのペアからなるイオンであるため、VN
2+イオンを示す点が集中した部分が、Vを含む窒化物粒子に対応する。C原子マップに、ラメラセメンタイトとラメラフェライトを示した。図中では、ラメラセメンタイトは「セメンタイト」と表記し、ラメラフェライトは「フェライト」と表記した。VN
2+のマップにおいて、フェライト中に微細な窒化物粒子が観察されており、符号Xが付された四角のボックスで囲まれた少し大きな粒子はセメンタイト界面上の窒化物粒子である。
【0088】
図5A~
図5Dに、
図4のVN
2+マップに設定した四角のボックス領域Xの3次元元素マップを示す。このボックスは一辺10nmの立方体形状を有する。
図5A~
図5Dには、C、V、Cr、Mnの原子マップを示した。ここでVの原子マップは、VN
2+とV
2+とを合わせたものとした。C原子マップ中、にセメンタイトとフェライトとの界面の位置を破線で示した。VとCrを成分とする窒化物粒子がセメンタイトに接触しており、即ち、セメンタイト界面上に存在していることが示されている。また
図5A~
図5Dには、C原子は窒化物粒子に含まれていないことも示されている。
【0089】
セメンタイト界面上の窒化物粒子の種類や個数密度とサイズは、以下のようにして見積もった。元素マップ中のセメンタイト界面に接した窒化物粒子の個数nを求め、それを視野内のセメンタイトの全表面積Snm2で割ることによって、窒化物粒子のセメンタイト界面面積当たりの個数密度n/Snm―2を調べることができる。ラメラセメンタイトがマップ中を横断している場合は、面積としては両面を足し合わせる必要がある。また、表3A及び表3Bのように、単位をcm-3に変換する場合にはこの値に1014を掛ければよい。
【0090】
フェライト中の窒化物粒子の種類や個数密度、サイズは、以下のようにして見積もった。例えば、2000万原子の測定の場合は、装置イオン検出器の検出率(~0.38)で割り、その値をFeの原子密度(~85個nm-3)で割った値が、測定体積(nm3)とみなせる。この検出率は原子数や元素種によって変化せず、装置で決まるものである。フェライト相中の個数密度を求めるためには、測定視野内にセメンタイト相が含まれている場合は、この体積分を除いてフェライト相の測定体積Vf(nm3)を求める。この測定体積内にn個の析出物が観察された場合は、その個数密度は、n/Vfnmー3として求まる。表2A及び表2Bのように、単位をcm-3に変換する場合にはこの値に1021を掛ければよい。
【0091】
精度を高めるために、セメンタイトラメラを横断するように複数回の測定を行った。例えば、フェライト中3000万原子に相当する体積の測定において1個の析出物が観察された場合は、約1.0×1015個cm-3の個数密度となる。またこのような測定によって、析出物が観察されなかった場合は「-」と表記した。従って、観察されない場合は、1.0×1015個cm-3未満の個数密度とみなしてよい。また、例えば、3D元素マップ中のセメンタイト界面の面積が100nm×50nm×2=10000nm2であり、1個の窒化物粒子がこのセメンタイト界面上に観察された場合は、1.0×1010個cm-2となる。このようなセメンタイトを複数測定しても観察できなかった場合は、表には「-」と表記した
【0092】
析出物粒子の組成の決定は、CAMECA製3次元構築ソフトウエアであるIVASソフトウエアに含まれているMaximum seperation methodのような粒子解析プログラムを用いて、窒化物粒子の構成元素とその原子数を求めることから行った。また、3D元素マップに直接ボックスを切って求めてもよい。IVASソフトウエアのバージョンは3.6.8であった。但し、ソフトウエアのバージョンは測定結果に影響を及ぼさない。
また、析出物粒子のサイズは、球換算直径として以下のように求めた。上記の方法で窒素以外の構成原子数を求める。これは、現状のアトムプローブでは、すべての窒素原子を正しく計測できないためである。化学量論組成を仮定すれば、NaCl型の結晶構造では、窒素以外のV,Cr,Mn等の構成原子数の2倍が窒素を含めた窒化物粒子の構成原子数となる。さらにこの値を、アトムプローブのイオン検出率(ここでは0.38)で割って、実際の構成原子数Nを求めた。最後に、直径Dの球を仮定して、析出物の原子密度aとすると、D=(6N/πa)1/3の式から粒子直径Dが求められる。ここでは原子密度としてa=113nm-3の値を用いた。これによって見積もられた、セメンタイト界面上の粒径4nm以上のVを含む窒化物粒子の個数密度と、フェライト中の粒径0.5~4nmの窒化物粒子の個数密度を、表3Aと表3Bに示した。
【0093】
【0094】
【0095】
【0096】
【0097】
【0098】
【0099】
【0100】
【0101】
試験No.1(鋼種A)では、C量が不足していた。試験No.1では、頭部外郭表面を起点として深さ25mmまでの範囲の組織に初析フェライトが混入し、パーライト組織の面積率が95%未満となった。試験No.1では、頭頂部の表面から25mm深さの位置の硬さが不足し、耐摩耗性が不足した。
【0102】
試験No.2(鋼種B)では、N量が不足していた。試験No.2では、頭頂部の表面から25mm深さの位置の硬さが不足し、耐摩耗性が損なわれた。
【0103】
試験No.3(鋼種C)では、V量が不足していた。試験No.3では、頭頂部の表面から25mm深さの位置の硬さが不足し、耐摩耗性が不足した。
【0104】
試験No.11では、熱間圧延直後の加速冷却における冷却速度が過剰であった。試験No.11では、セメンタイト界面上に存在する窒化物粒子の個数密度が過剰となり、耐摩耗性が損なわれた。
【0105】
試験No.12では、制御冷却における冷却速度が過剰であった。試験No.12では、セメンタイト界面上に存在する窒化物粒子の個数密度が過剰となり、耐摩耗性及び延性が損なわれた。
【0106】
試験No.13では、制御冷却における冷却速度が過剰であった。試験No.13では、頭部外郭表面を起点として深さ25mmまでの範囲の組織にベイナイトが混入し、パーライト組織の面積率が95%未満となった。試験No.13では、耐摩耗性が損なわれた。
【0107】
試験No.14では、制御冷却における冷却速度が不足していた。試験No.14では、セメンタイト界面上に存在する窒化物粒子の個数密度が過剰となり、耐摩耗性が損なわれた。
【0108】
試験No.15では、制御冷却の終了温度が低すぎた。試験No.15では、頭部外郭表面を起点として深さ25mmまでの範囲の組織にベイナイトが混入し、パーライト組織の面積率が95%未満となった。試験No.15では、耐摩耗性及び延性が損なわれた。
【0109】
試験No.16では、制御冷却の終了温度が高すぎた。試験No.16では、セメンタイト界面上に存在する窒化物粒子の個数密度が過剰となり、耐摩耗性が損なわれた。
【0110】
試験No.17では、熱間圧延直後の加速冷却における冷却速度が不足していた。試験No.17では、セメンタイト界面上に存在する窒化物粒子の個数密度が過剰となり、延性が損なわれた。
【0111】
試験No.18では、制御冷却前冷却における冷却速度が過剰であった。試験No.18では、セメンタイト界面上に存在する窒化物粒子の個数密度が過剰となり、耐摩耗性が損なわれた。
【0112】
試験No.19では、制御冷却前冷却における冷却速度が不足していた。試験No.19では、セメンタイト界面上に存在する窒化物粒子の個数密度が過剰となり、耐摩耗性が損なわれた。
【0113】
試験No.20(鋼種H)では、N量が過剰であった。試験No.20では、セメンタイト界面上に存在する窒化物粒子の個数密度が過剰となり、延性が損なわれた。
【0114】
試験No.21(鋼種I)では、V量が過剰であった。試験No.21では、耐摩耗性が損なわれた。
【0115】
試験No.22(鋼種J)では、C量が過剰であった。試験No.22では、頭部外郭表面を起点として深さ25mmまでの範囲の組織に初析セメンタイトが混入し、パーライト組織の面積率が95%未満となった。試験No.22では、耐摩耗性及び延性が損なわれた。
【0116】
試験No.23(鋼種K)では、Si量が過剰であった。試験No.24(鋼種L)では、Mn量が過剰であった。試験No.25(鋼種M)では、Cr量及びMo量が過剰であった。試験No.23~25では、頭部外郭表面を起点として深さ25mmまでの範囲の組織にマルテンサイトが混入し、パーライト組織の面積率が95%未満となった。試験No.23~25では、耐摩耗性及び延性が損なわれた。
【0117】
試験No.26(鋼種N)では、Nb量が過剰であった。試験No.26では、セメンタイト界面上に存在する窒化物粒子の個数密度が過剰となり、延性及び耐摩耗性が損なわれた。
【0118】
試験No.27(鋼種O)では、Ti量が過剰であった。試験No.27では、セメンタイト界面上に存在する窒化物粒子の個数密度が過剰となり、耐摩耗性が損なわれた。
【0119】
試験No.28(鋼種P)では、Ti量が過剰であった。試験No.28では、セメンタイト界面上に存在する窒化物粒子の個数密度が過剰となり、延性及び耐摩耗性が損なわれた。
【0120】
一方、化学成分、硬さ、パーライト面積率、及びセメンタイト界面上における窒化物の状態がすべて適切であった試験No.4~試験No.10及び試験No.29~試験No.36では、延性及び耐摩耗性の両方が優れていた。
【符号の説明】
【0121】
1 パーライト組織
11 セメンタイト(ラメラセメンタイト)
12 フェライト(ラメラフェライト)
13 セメンタイト界面
21 セメンタイト界面上に存在する窒化物粒子
22 セメンタイト界面から離隔された、フェライト中の窒化物粒子
3 頭部
31 頭頂部
32 頭部コーナー部
3a 頭表部(頭部外郭表面を起点として深さ25mmまでの範囲)
【要約】
本開示の一態様に係るパーライトレールは、質量%で、C:0.65~1.20%、Si:0.05~2.00%、Mn:0.05~2.00%、Cr:0.02~2.00%、N:0.0020~0.0200%、V:0.010~0.100%、Nb:0%以上0.005%未満、及びTi:0%以上0.005%未満、Mo:0~0.100%等を含有し、残部はFe及び不純物からなり、頭部外郭表面を起点として深さ25mmまでの範囲の組織が、面積率で95%以上のパーライト組織を含み、頭頂部の表面から25mm深さの位置の硬さが少なくともHV350であり、頭頂部の表面から25mm深さの位置におけるパーライト組織のセメンタイト界面上に存在する、粒径4nm以上の、Vを含む窒化物粒子の単位界面面積当たりの個数密度が、1.0×1010個cm-2未満である。