(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-15
(45)【発行日】2025-01-23
(54)【発明の名称】厚鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20250116BHJP
C21D 8/02 20060101ALI20250116BHJP
C22C 38/16 20060101ALI20250116BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20250116BHJP
【FI】
C22C38/00 301A
C21D8/02 A
C22C38/16
C22C38/58
(21)【出願番号】P 2021048989
(22)【出願日】2021-03-23
【審査請求日】2023-09-01
(31)【優先権主張番号】P 2020113166
(32)【優先日】2020-06-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100221589
【氏名又は名称】中谷 俊博
(72)【発明者】
【氏名】三大寺 悠介
(72)【発明者】
【氏名】杵渕 雅男
(72)【発明者】
【氏名】東南 智之
(72)【発明者】
【氏名】川野 晴弥
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/039979(WO,A1)
【文献】特開2019-081930(JP,A)
【文献】特開2011-111675(JP,A)
【文献】特開2011-047032(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2017-0071461(KR,A)
【文献】特開2013-147694(JP,A)
【文献】特開2018-031069(JP,A)
【文献】特開2015-098642(JP,A)
【文献】特開2011-219848(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C21D 8/02
C22C 38/16
C22C 38/58
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
成分組成が、
C :0.02~0.10質量%、
Si:0.10~0.60質量%、
Mn:1.00~2.00質量%、
P :0質量%超0.035質量%以下、
S :0質量%超0.035質量%以下、
Cu:0.10~0.60質量%、
Al:0.010~0.060質量%、
Nb:0質量%超0.050質量%以下、
Ti:0質量%超0.050質量%以下、
N :0.0010~0.0100質量%、および
残部:鉄および不可避不純物からなり、且つ
SiおよびCuの合計含有量が0.30質量%以上であり、
金属組織が、
MA分率が0.5面積%以下、および
200μm四方の領域に観察される小傾角粒界の総長さが2.5mm以上
を満たす厚鋼板。
ここで、小傾角粒界は、隣り合う結晶粒の方位差が2~15°となる境界をいう。
【請求項2】
Ni:0質量%超1.00質量%以下、
Ca:0質量%超0.0050質量%以下、
B :0.0003質量%超0.0050質量%以下、
V :0.003~0.500質量%、
Cr:0.05~1.00質量%、および
Mo:0.010質量%以上0.05質量%未満よりなる群から選択される一種以上を更に含有する請求項1に記載の厚鋼板。
【請求項3】
REM:0質量%超0.0060質量%以下、
Zr:0質量%超0.0050質量%以下、
Mg:0.0005~0.0100質量%、および
Ta:0.010~0.500質量%よりなる群から選択される一種以上を更に含有する請求項1または2に記載の厚鋼板。
【請求項4】
下記式(1)で表される焼入れ性指数DI2が3.90以下である請求項1~3のいずれか1項に記載の厚鋼板。
DI2=1.16×(0.77/10)
0.5×(0.7×[Si]+1)×(5.1×([Mn]-1.2)+5)×(0.35×[Cu]+1)×(0.36×[Ni]+1)×(2.16×[Cr]+1)×(3×[Mo]+1)×(1.75×[V]+1)×(400×[B
*]+1) ・・・(1)
式(1)中の[Si]、[Mn]、[Cu]、[Ni]、[Cr]、[Mo]および[V]は、それぞれ、質量%で示したSi、Mn、Cu、Ni、Cr、MoおよびVの含有量を示し、[B
*]は下記式(2)で表される、実効的に生じる固溶B量である。
[B
*]=[B]-(([N]-[Ti]×14/48)×11/14) ・・・(2)
式(2)中の[B]、[N]および[Ti]は、それぞれ、質量%で示したB、NおよびTiの含有量を示す。ただし、式(2)において[B
*]<4×10
-4(質量%)の場合は、[B
*]=0(質量%)とみなす。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の成分組成を有する鋼片を用意する工程と、
前記鋼片に対し、圧下率を10%以上として2相温度域で熱間圧延を行う工程と、
前記2相温度域で熱間圧延を行う工程後、室温まで平均冷却速度3℃/秒以下で冷却する工程とを含む、請求項1~4のいずれか1項に記載の厚鋼板を製造する方法。
【請求項6】
前記鋼片を用意する工程後、前記2相温度域で熱間圧延を行う工程の前に、前記鋼片を1000~1250℃に加熱する工程と、
前記加熱する工程後、圧下率を10%以上として未再結晶域で熱間圧延を行う工程とをさらに含む、請求項5に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は厚鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
厚鋼板は、主に船舶、建築物、橋梁、建設機械等の構造用材料として用いられる。船舶、建築物、橋梁および建築機械等の大型構造物では、構造物の大型化が進む一方で、破損が生じた場合の損害の大きさから、その構造部材にはより一層の信頼性が求められている。大型構造物における破損原因は、その多くが疲労破壊であることが従来から知られており、様々な耐疲労破壊技術が開発されてきたが、現在でも疲労破壊が原因で破損に至った事例は少なくない。
【0003】
一般に、大型構造物の疲労損傷が生じやすい部位では、応力集中が生じにくい形状に変更したり、高強度の厚鋼板を使用するなどの工夫を施すことによって疲労破壊を防止してきた。しかしながら、このような構造では、工数の追加および/またはより高価な厚鋼板の使用により製造コストの上昇を招く。そのため、厚鋼板自体の疲労特性自体を向上させる技術が必要とされている。通常厚鋼板の疲労限度は引張強度に比例することが知られており、その比例関係を超えてさらに疲労限度が高い厚鋼板(すなわち疲労限度を引張強度で除した疲労限度比が高い厚鋼板)は、疲労特性に優れた厚鋼板であるといえる。
【0004】
特に近年、大型コンテナ船の設計自由度向上等の観点から、疲労特性向上に対する関心がさらに高まっており、日本海事協会でも鋼材疲労特性の保証法をルール化する動きが見られる。そのため、より疲労限度比が高い厚鋼板が求められている。
【0005】
特許文献1では、所定の化学成分組成を満足すると共に、仕上げ圧延終了温度をAr3変態点以上とするなどの所定条件で製造された、疲労特性に優れた厚鋼板を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に開示されるような従来技術では、疲労限度比が十分でないおそれがあることがわかった。
【0008】
本発明はこのような状況を鑑みてなされたものであり、その目的の1つは、疲労限度比が十分に高い厚鋼板およびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の態様1は、
成分組成が、
C :0.02~0.10質量%、
Si:0.10~0.60質量%、
Mn:1.00~2.00質量%、
P :0質量%超0.035質量%以下、
S :0質量%超0.035質量%以下、
Cu:0.10~0.60質量%、
Al:0.010~0.060質量%、
Nb:0質量%超0.050質量%以下、
Ti:0質量%超0.050質量%以下、
N :0.0010~0.0100質量%、および
残部:鉄および不可避不純物からなり、且つ
SiおよびCuの合計含有量が0.30質量%以上であり、
金属組織が、
MA分率が0.5面積%以下、および
200μm四方の領域に観察される小傾角粒界の総長さが2.5mm以上
を満たす厚鋼板である。
【0010】
本発明の態様2は、
Ni:0質量%超1.00質量%以下、
Ca:0質量%超0.0050質量%以下、
B :0.0003質量%超0.0050質量%以下、
V :0.003~0.500質量%、
Cr:0.05~1.00質量%、および
Mo:0.010質量%以上0.05質量%未満よりなる群から選択される一種以上を更に含有する態様1に記載の厚鋼板である。
【0011】
本発明の態様3は、
REM:0質量%超0.0060質量%以下、
Zr:0質量%超0.0050質量%以下、
Mg:0.0005~0.0100質量%、および
Ta:0.010~0.500質量%よりなる群から選択される一種以上を更に含有する態様1または2に記載の厚鋼板である。
【0012】
本発明の態様4は、
下記式(1)で表される焼入れ性指数DI2が3.90以下である態様1~3のいずれか1つに記載の厚鋼板である。
DI2=1.16×(0.77/10)0.5×(0.7×[Si]+1)×(5.1×([Mn]-1.2)+5)×(0.35×[Cu]+1)×(0.36×[Ni]+1)×(2.16×[Cr]+1)×(3×[Mo]+1)×(1.75×[V]+1)×(400×[B*]+1) ・・・(1)
式(1)中の[Si]、[Mn]、[Cu]、[Ni]、[Cr]、[Mo]および[V]は、それぞれ、質量%で示したSi、Mn、Cu、Ni、Cr、MoおよびVの含有量を示し、[B*]は下記式(2)で表される、実効的に生じる固溶B量である。
[B*]=[B]-(([N]-[Ti]×14/48)×11/14) ・・・(2)
式(2)中の[B]、[N]および[Ti]は、それぞれ、質量%で示したB、NおよびTiの含有量を示す。ただし、式(2)において[B*]<4×10-4(質量%)の場合は、[B*]=0(質量%)とみなす。
【0013】
本発明の態様5は、
態様1~4のいずれか1つに記載の成分組成を有する鋼片を用意する工程と、
前記鋼片に対し、圧下率を10%以上として2相温度域で熱間圧延を行う工程と、
前記2相温度域で熱間圧延を行う工程後、室温まで平均冷却速度3℃/秒以下で冷却する工程とを含む、態様1~4のいずれか1つに記載の厚鋼板を製造する方法である。
【0014】
本発明の態様6は、
前記鋼片を用意する工程後、前記2相温度域で熱間圧延を行う工程の前に、前記鋼片を1000~1250℃に加熱する工程と、
前記加熱する工程後、圧下率を10%以上として未再結晶域で熱間圧延を行う工程とをさらに含む、態様5に記載の方法である。
【発明の効果】
【0015】
本発明の実施形態によれば、疲労限度比が十分に高い厚鋼板およびその製造方法を提供することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】
図1は、実施例および比較例の引張試験片の上面図を示す。
【
図2A】
図2Aは、実施例1~7および比較例1~8の疲労試験片の上面図を示す。
【
図2B】
図2Bは、実施例1~7および比較例1~8の疲労試験片の側面図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明者らは、疲労限度比が十分に高い厚鋼板を実現するべく、様々な角度から検討した。
【0018】
その結果、所定の成分組成を適切に調整し、マルテンサイトおよびオーステナイトの混合相(島状マルテンサイトとも称し、本明細書では主に「MA」と称する)の分率(MA分率)を低減させ、且つ隣り合う結晶粒の方位差が2~15°となる境界(以下「小傾角粒界」と称する)の総長さを所定値以上にすることにより、疲労限度比が十分に高い厚鋼板を実現できることを見出した。
また、MA分率を低減させる方法として、焼入れ性指数DI2値を所定値以下に制御することを見出した。さらに、従来技術では疲労特性に優れた厚鋼板を提供するためにAr3変態点以上で熱間圧延を終了させていたところ、本発明者らの検討の結果、小傾角粒界の総長さを所定値以上とするために、Ar3変態点未満の2相温度域における圧下率を所定値以上にする必要があることも見出した。
【0019】
以下に、本発明の実施形態が規定する各要件の詳細を示す。
【0020】
<1.成分組成>
本発明の実施形態に係る厚鋼板は、C:0.02~0.10質量%、Si:0.10~0.60質量%、Mn:1.00~2.00質量%、P:0質量%超0.035質量%以下、S:0質量%超0.035質量%以下、Cu:0.10~0.60質量%、Al:0.010~0.060質量%、Nb:0質量%超0.050質量%以下、Ti:0質量%超0.050質量%以下、N:0.0010~0.0100質量%を含み、SiおよびCuの合計含有量が0.30質量%以上であり、さらに、残部が鉄および不可避不純物であることが好ましい。
以下、各元素について詳述する。
【0021】
(C:0.02~0.10質量%)
Cは、母材(すなわち鋼板)の強度および疲労特性を確保するために重要な元素である。そのため、C含有量は0.02質量%以上とする。好ましくは0.03質量%以上であり、より好ましくは0.04質量%以上である。一方、C含有量が過剰になると、強度が高くなり過ぎて所望の引張強度が得られないだけでなく、焼入れ性が過剰となり、加速冷却を用いる場合にMA分率が大きくなるため疲労限度比が低下する。そのためC含有量は0.10質量%以下とする。好ましくは0.08質量%以下であり、より好ましくは0.06質量%以下である。
【0022】
(Si:0.10~0.60質量%)
Siは、固溶強化量が大きく母材の強度を確保するために必要な元素であると同時に、転位の増殖を抑制することで亀裂発生寿命を延ばし、疲労限度比を向上させるのに有効な元素である。この作用を有効に発揮させるためには、Si含有量は0.10質量%以上とする。好ましくは0.20質量%以上、より好ましくは0.30質量%以上、さらに好ましくは0.35質量%以上である。しかし、Si含有量が過剰になると、靱性等他の特性を低下させる恐れがある。そのため、Si量は0.60質量%以下とする必要がある。好ましくは0.55質量%以下、より好ましくは0.50質量%以下、さらに好ましくは0.45質量%以下である。
【0023】
(Mn:1.00~2.00質量%)
Mnは、微細な組織を得るために焼入れ性を確保するうえで重要な元素である。こうした作用を有効に発揮させるためには、Mn含有量は1.00質量%以上とする。好ましくは1.20質量%以上であり、より好ましくは1.40質量%以上、さらに好ましくは1.45質量%以上である。しかしMn含有量が過剰になると、焼入れ性が過剰となりMA分率が増加し、十分な疲労特性が得られない。そのため、Mn含有量は2.00質量%以下とする。好ましくは1.80質量%以下であり、より好ましくは1.70質量%以下であり、さらに好ましくは1.60質量%以下である。
【0024】
(P:0質量%超0.035質量%以下)
P(リン)は、製造過程などで不可避的に不純物として含有される元素であり、靭性及び疲労特性に悪影響を及ぼす元素であるため、P含有量は0.035質量%以下とする。Pは少なければ少ないほど好ましく、0.020質量%以下が好ましく、さらには0.015質量%以下が好ましく、最も好ましくは0.010質量%以下である。なお製鋼能力の観点から、通常0質量%超は含まれ得る。
【0025】
(S:0質量%超0.035質量%以下)
S(硫黄)もPと同様、製造過程などで不可避的に不純物として含有される元素であり、靭性に悪影響を及ぼす元素であるため、S含有量は0.035質量%以下とする。Sは少なければ少ないほど好ましく、例えば0.020質量%以下が好ましく、0.015質量%以下がより好ましく、0.010質量%以下がさらに好ましいが、通常0質量%超含まれ、さらには0.002質量%程度含まれ得る。
【0026】
(Cu:0.10~0.60質量%)
Cuは、Siと同様に、転位の増殖を抑制することで亀裂発生寿命を延ばし、疲労限度比を向上させるのに有効な元素である。この作用を有効に発揮させるためにCu含有量は0.10質量%以上とする。好ましくは0.15質量%以上、より好ましくは0.20質量%以上、さらに好ましくは0.25質量%以上である。しかし、Cu含有量が過剰となると焼入れ性が過剰となるだけでなく、熱間加工時に割れなどが生じやすくなるため、Cu含有量は0.60質量%以下とする。好ましくは0.55質量%以下、より好ましくは0.50質量%以下、さらに好ましくは0.40質量%以下、さらにより好ましくは0.30質量%以下である。
【0027】
(Al:0.010~0.060質量%)
Alは脱酸のために有用な元素であり、その効果を発揮させるためにAl含有量は0.010質量%以上とする。好ましくは0.015質量%以上であり、より好ましくは0.020質量%以上であり、さらに好ましくは0.025質量%以上である。しかしながら、Al含有量が過剰になると焼入れ性が過剰となり、MA分率が増加することで所望する疲労特性が得られない。そのため、Al含有量は0.060質量%以下とする必要がある。好ましくは0.050質量%以下、より好ましくは0.040質量%以下である。
【0028】
(Nb:0質量%超0.050質量%以下)
Nbは、焼入れ性を向上させ、組織を微細化させるために有効な元素である。こうした作用を有効に発揮させるためには、Nb含有量は0質量%超とする。好ましくは0.010質量%以上、より好ましくは0.015質量%以上である。しかしながら、Nb含有量が過剰になると焼入れ性が過剰になり、MA分率が増加するため所望の疲労特性が得られない。そのため、Nb含有量は0.050質量%以下とする。好ましくは0.040質量%以下、より好ましくは0.030質量%以下、さらに好ましくは0.025質量%以下である。
【0029】
(Ti:0質量%超0.050質量%以下)
Tiは、焼入れ性を向上させると同時にTiNを形成することで溶接時の熱影響部の組織を微細とし、靱性の低下を抑制するなどに有用な元素である。このため、Ti含有は0質量%超とする。好ましくは0.005質量%以上であり、より好ましくは0.007質量%以上、さらに好ましくは0.010質量%以上である。しかしながら、Ti含有量が過剰になると、粗大なTiNが生じることで靱性などの特性を低下させる恐れがある。そのため、Ti含有量は0.050質量%以下とする。好ましくは0.040質量%以下、より好ましくは0.030質量%以下、さらに好ましくは0.020質量%以下、さらにより好ましくは0.015質量%以下である。
【0030】
(N:0.0010~0.0100質量%)
Nは、Alなどと窒化物を形成することによって組織を微細化し、母材および溶接熱影響部の靭性を向上させる効果を有するため、こうした効果を発現させるためには、N含有量は0.0010質量%以上とする。好ましくは0.0020質量%以上、より好ましくは0.0030質量%以上、さらに好ましくは0.0040質量%以上である。しかしながら、N含有量が過剰になると、母材中に析出する窒化物量が増加し、母材靭性が著しく低下し、さらに溶接熱影響部においても粗大な炭窒化物を形成し靭性を低下させる。そのため、N含有量は0.0100質量%以下とする。好ましくは、0.0080質量%以下であり、より好ましくは0.0070質量%以下であり、さらに好ましくは0.0060質量%以下である。
【0031】
(SiおよびCuの合計含有量が0.30質量%以上)
SiおよびCuは、転位の増殖を抑制することで亀裂発生寿命を延ばし、疲労限度比を向上させる共通の作用を発揮できるものである。この作用は、SiおよびCuの合計含有量([Si]+[Cu])が0.30質量%以上となったときにより有効に発揮できる。好ましくは0.40質量%以上、より好ましくは0.50質量%以上、さらに好ましくは0.60質量%以上である。尚、[Si]+[Cu]の好ましい上限は、夫々の好ましい上限の合計となる。
【0032】
本発明の実施形態に係る厚鋼板は、上記の成分組成を含み、本発明の1つの実施形態では、残部は鉄および不可避不純物であることが好ましい。不可避不純物として、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる元素の混入が許容される。なお、例えば、P、Sのように、通常、含有量が少ないほど好ましく、従って不可避不純物であるが、その組成範囲について上記のように別途規定している元素がある。このため、本明細書において、「不可避不純物」という場合は、別途その組成範囲が規定されている元素を除いた概念である。
【0033】
さらに、本発明の実施形態に係る厚鋼板は、必要に応じて以下の任意元素を選択的に含有してよく、含有される成分に応じて鋼の特性が更に改善される。
【0034】
(Ni:0質量%超1.00質量%以下、Ca:0質量%超0.0050質量%以下、B:0.0003質量%超0.0050質量%以下、V:0.003~0.500質量%、Cr:0.05~1.00質量%、およびMo:0.010質量%以上0.05質量%未満よりなる群から選択される一種以上)
Niは、焼入れ性を向上させ、組織を微細にする効果があると同時に、Cu添加により生じやすくなる熱間加工時の割れを抑制する効果がある。このような効果を発揮させるためには、Ni含有量は0質量%超とすることが好ましい。より好ましくは0.10質量%以上、さらに好ましくは0.20質量%以上である。しかし、Ni含有量が過剰になると焼入れ性が過剰となり、MA分率が過大となることで所望とする疲労特性が得られない。そのため、Ni含有量は1.00質量%以下とする。好ましくは0.80質量%以下であり、より好ましくは0.60質量%以下であり、更に好ましくは0.40質量%以下である。
【0035】
Caは、硫化物系介在物の形態制御に有用な元素であり、その効果を発揮させるために、Ca含有量は0質量%超とすることが好ましい。より好ましくは0.0005質量%以上、さらに好ましくは0.0008質量%以上、さらにより好ましくは0.0010質量%以上である。しかし、Ca含有量が過剰になると、清浄度の低下を招き靭性を劣化させる。そのため、Ca含有量は0.0050質量%以下とし、好ましくは0.0040質量%以下であり、より好ましくは0.0035%質量以下であり、さらに好ましくは0.0030質量%以下である。
【0036】
Bは、焼入れ性を向上させる元素であり、特に粗大なフェライト組織の生成を抑制して、微細な上部ベイナイト組織を生じさせやすくする元素である。こうした効果を発揮させるためには、B含有量を0.0003質量%超とすることが好ましい。より好ましくは0.0005質量%以上であり、さらに好ましくは0.0010質量%以上である。しかし、B含有量が過剰になると焼入れ性が過剰となり、MA分率が過大となって所望の疲労特性が得られないため、B含有量は0.0050質量%以下とする。好ましくは、0.0040質量%以下である。
【0037】
V、CrおよびMoは、鋼板の焼入れ性を向上させる効果のある元素であり、組織を微細化させることに有効である。このような作用を発揮させるためには、V:0 .003質量%以上、Cr:0.05質量%以上、Mo:0.010質量%以上のいずれか単独、または2種以上を含有させることが好ましい。しかしながら、これらの元素を過剰に含有させると焼入れ性が過剰となり、MA分率が過大となって所望の疲労特性が得られない。そこで、夫々の量をV:0.500質量%以下、Cr:1.00質量%以下、Mo:0.05質量%未満とする。好ましくは、V:0.400質量%以下、Cr:0.80質量%以下、Mo:0 .04質量%以下である。より好ましくは、V:0.300質量%以下、Cr:0.60質量%以下、Mo:0.03質量%以下である。さらに好ましくは、V:0.200質量%以下、Cr:0.40質量%以下、Mo:0.02質量%以下である。
【0038】
なお、Ni、Ca、B、V、CrおよびMoは、夫々、単独で含有させてもよいし、2種以上を含有させてもよく、また2種以上を含有させる場合の含有量は、少なくとも1種は上記範囲で任意の含有量で含有させ、その他については、上記上限を上回らない範囲で任意の含有量で含有させてもよい。
【0039】
(REM:0質量%超0.0060質量%以下、Zr:0質量%超0.0050質量%以下、Mg:0.0005~0.0100質量%、およびTa:0.010~0.500質量%よりなる群から選択される一種以上)
REMとは、ランタノイド元素(LaからLuまでの15元素)、Sc(スカンジウム)およびY(イットリウム)を含む意味である。REMは脱酸元素であり、その効果を発揮させるため、REM含有量は0質量%超とすることが好ましく、より好ましくは0.0010質量%以上、更に好ましくは0.0015質量%以上である。一方、REM含有量が過剰であると、粗大酸化物が形成され、強度と靭性のバランスが悪化する。よってREM含有量は、0.0060質量%以下とする。好ましくは0.0050質量%以下、より好ましくは0.0045質量%以下である。
【0040】
Zrも脱酸元素であり、その効果を発揮させるため、Zr含有量は0質量%超であることが好ましく、より好ましくは0.0010質量%以上、更に好ましくは0.0012質量%以上である。一方、Zr含有量が過剰であると、粗大酸化物が形成され、強度と靭性のバランスが悪化する。よってZr含有量は、0.0050質量%以下とする。好ましくは0.0045質量%以下、より好ましくは0.0040質量%以下である。
【0041】
Mgは、高温で安定な酸化物を形成し、溶接熱影響部の旧オーステナイト(γ)粒の粗大化を効果的に抑制し、溶接部の靭性を向上させるのに有効な元素である。そのためMg含有量は0.0005質量%以上であることが好ましく、より好ましくは0.0010質量%以上である。しかし、Mg含有量が過剰になると、介在物量が増加し靭性が低下する。そのため、Mg含有量は0.0100質量%以下とし、好ましくは0.0050質量%以下である。
【0042】
Taは、強度向上に有効であり、その効果を発揮させるため、Ta含有量は0.010質量%以上であることが好ましく、より好ましくは0.030質量%以上である。しかし、Ta含有量が過剰になると、析出物生成により靭性が低下する。そのため、Ta含有量は0.500質量%以下とし、好ましくは0.200質量%以下であり、より好ましくは0.150質量%以下である。
【0043】
なお、REM、Zr、MgおよびTaは、夫々、単独で含有させてもよいし、2種以上を含有させてもよく、また2種以上を含有させる場合の含有量は、少なくとも1種は上記範囲で任意の含有量で含有させ、その他については、上記上限を上回らない範囲で任意の含有量で含有させてもよい。
【0044】
<2.金属組織>
本発明の実施形態に係る厚鋼板は、MA分率が0.5面積%以下、および200μm四方の領域に観察される小傾角粒界の総長さ(以下、単に「小傾角粒界総長さ」とも称する)が2.5mm以上である。それぞれについて、以下に詳述する。
【0045】
(MA分率が0.5面積%以下)
MAとはマルテンサイト・オーステナイト混合相のことであり、島状マルテンサイトともいう。MAは疲労限度比向上に対して非常に有害であり、MA分率がわずか0.5面積%を超えるだけで疲労限度比を大きく低下させるおそれがある。そのため、MA分率を0.5面積%以下とする。好ましくは0.3面積%以下、より好ましくは0.2面積%以下、さらに好ましくは0.1面積%以下、最も好ましくは0面積%である。
【0046】
その他の金属組織については特に限定するものではないが、フェライトとパーライト(疑似パーライトを含む)の合計分率が全体の80面積%以上であることが好ましい。さらに好ましくは90面積%以上、最も好ましくは100面積%である。さらに、パーライト分率よりもフェライト分率が高い方が引張試験時の伸びおよび/または靭性を高くする上で好ましい。また、金属組織にベイナイトまたはマルテンサイトを含む場合は、MA分率を0.5面積%以下とした上で、ベイナイト、マルテンサイトおよびMAの合計分率を20面積%以下とすることが好ましい。これにより母相中の可動転位の増加を抑制して疲労特性の低下を抑制することができる。より好ましくは10面積%以下である。
【0047】
MA分率は、例えば、厚鋼板の圧延方向に平行でかつ厚鋼板表面に対して垂直な断面において、厚鋼板表面から板厚方向に深さ2mm以上かつ板厚の1/4以内の位置の任意の面を観察することで求めることができる。なお、ここで「深さ2mm以上」としているのは、熱間圧延後の厚鋼板表面には、製造条件によって、スケール層が0.1~2mm程度存在するので、これを除いた部分を評価するためである。また、「板厚の1/4以内」としているのは、疲労き裂は鋼板表面より生じ得るため、鋼板内部の金属組織では疲労特性と十分に対応する結果が得られないおそれがあるためである。
【0048】
本発明の実施形態では、特に限定されないが、例えば以下に示す方法により、MA分率を0.5面積%以下にすることができる。
本発明の実施形態では、疲労限度比を向上させるために、Siを比較的多く含有させる。一方で、高Si含有量の厚鋼板では、MAが生じやすくなる。本発明者らは、高Si含有量の厚鋼板のMA分率を0.5面積%以下にするために、マルテンサイト生成と相関がある焼入れ性に着目し、特に、公知の下記式(3)で表されるDIに着目した。
DI=1.16×([C]/10)0.5×(0.7×[Si]+1)×(5.1×([Mn]-1.2)+5)×(0.35×[Cu]+1)×(0.36×[Ni]+1)×(2.16×[Cr]+1)×(3×[Mo]+1)×(1.75×[V]+1)×(200×[B]+1) ・・・(3)
上記式(3)中の[C]、[Si]、[Mn]、[Cu]、[Ni]、[Cr]、[Mo]、[V]および[B]は、それぞれ、質量%で示したC、Si、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、VおよびBの含有量を示す。
上記DIは鋼の焼入れ性を示す指標であり、丸棒試験片が中心部までマルテンサイト変態する最大直径(インチ)のことであり、添加元素の種類および/または量の影響を受ける。すなわち、DIが低い程、マルテンサイトが生成しにくいといえる。本発明の実施形態に係る厚鋼板ではフェライトおよびパーライトが主体(母相組織)となり得るが、冷却過程において、母相組織以外の残部組織に炭素等の合金元素が濃化し、MAが形成し得る。本発明者らは、このMAの形成しやすさをDI値と同様の思想により制御することを着想した。
【0049】
本発明者らは、本発明の実施形態に係る厚鋼板の実態に合わせて上記式(3)を以下のように改良した。
まず、本発明の実施形態の成分組成(またはそれに近い組成)の厚鋼板では、MAはオーステナイトからフェライト・パーライトへ変態した後の残部組織に生じ、その際炭素の濃縮が強く生じることから、[C」を共析組成の0.77質量%に固定した。さらに、BはBN等として析出しやすいため、実効的に生じる固溶B量として公知の下記式(2)で表される[B*]を、上記式(3)の[B]に代入した。
[B*]=[B]-(([N]-[Ti]×14/48)×11/14) ・・・(2)
上記式(2)中の[B]、[N]および[Ti]は、それぞれ、質量%で示したB、NおよびTiの含有量を示す。
ただし、制御圧延では、[B*]が一定値以上に到達した場合に限り、焼入れ性に影響を与えることが知られており、本発明の実施形態に係る厚鋼板では[B*]が4×10-4質量%以上で焼入れ性に影響を与えることが見出されたため、上記式(2)において[B*]<4×10-4(質量%)の場合は、[B*]=0(質量%)とみなすこととした。
【0050】
上記改良の結果、上記式(3)は下記式(1)のようになる。なお、改良後の「DI」は、「DI2」に変更している。
DI2=1.16×(0.77/10)0.5×(0.7×[Si]+1)×(5.1×([Mn]-1.2)+5)×(0.35×[Cu]+1)×(0.36×[Ni]+1)×(2.16×[Cr]+1)×(3×[Mo]+1)×(1.75×[V]+1)×(400×[B*]+1) ・・・(1)
上記式(1)中の[Si]、[Mn]、[Cu]、[Ni]、[Cr]、[Mo]および[V]は、それぞれ、質量%で示したSi、Mn、Cu、Ni、Cr、MoおよびVの含有量を示し、[B*]は上記式(2)で表される、実効的に生じる固溶B量である。
【0051】
本発明者らは、(後述する熱間圧延後の冷却方法を制御するとともに)上記焼入れ性指数DI2を3.90以下とすることで、MA分率を0.5面積%以下にできることを見出した。好ましくは3.85以下、より好ましくは3.80以下、さらに好ましくは3.70以下、最も好ましくは3.60以下である。
【0052】
また、MA分率を0.5面積%以下にするためには、熱間圧延後の冷却方法を制御する必要がある。具体的には、熱間圧延後、例えば空冷するなどにより、室温までの平均冷却速度を3℃/秒以下とする。好ましくは2℃/秒以下、より好ましくは1℃/秒以下である。例えば水冷等によって、室温までの平均冷却速度が3℃/秒より速くなると、MAが多く生成してしまう。なお、平均冷却速度は、厚鋼板表面の温度を基準として計算される。
【0053】
(小傾角粒界総長さが2.5mm以上)
本発明者らは、小傾角粒界が、引張強度など高応力の転位運動の妨げとはなりにくい一方で、疲労の繰り返し応力などの低い応力の転位運動を大きく妨げることを見出した。すなわち、小傾角粒界を多く存在させることで疲労限度比を大きく向上させることができる。
本発明者らは、上記<1.成分組成>に記載のように所定の成分組成に調整し、且つMA分率を0.5面積%以下にすると共に、小傾角粒界総長さを2.5mm以上とすることで、疲労限度比が十分に高い厚鋼板を提供できることを見出した。好ましくは3.0mm以上、より好ましくは3.4mm以上、さらに好ましくは5.0mm以上である。小傾角粒界総長さは長い方が好ましく、特に上限が規定されるものではない。
【0054】
本発明の実施形態に係る厚鋼板において、上記所望の小傾角粒界総長さを得るためには、少なくともAr1変態点以上Ar3変態点未満の2相温度域を含む温度領域で熱間圧延を行い、2相温度域における圧下率を10%以上とする。好ましくは15%以上、より好ましくは18%以上、さらに好ましくは19%以上、最も好ましくは20%以上である。2相温度域の圧下率の上限は特に規定されないが、生産性の観点より60%以下で行うことが好ましい。
Ar1変態点は熱間加工再現試験などを用いて、温度降下に伴う試験片の体積変化から求めることができ、本発明の実施形態に係る厚鋼板では概ね600℃前後となり得る。
本発明の実施形態において、Ar3変態点は下記式(4)で計算される。
Ar3(℃)=910-310[C]-80[Mn]-20[Cu]-15[Cr]-55[Ni]-80[Mo]+0.35(t-8) ・・・(4)
上記式(4)中の[C]、[Mn]、[Cu]、[Cr]、[Ni]および[Mo]は、それぞれ、質量%で示したC、Mn、Cu、Cr、NiおよびMoの含有量を示し、tは板厚(mm)を示す。
【0055】
小傾角粒界総長さは、例えば、厚鋼板の圧延方向に平行でかつ厚鋼板表面に対して垂直な断面において、厚鋼板表面から板厚方向に深さ2mm以上かつ板厚の1/4以内の位置の任意の面を、SEM-EBSDによって分析することで求めることができる。なお、ここで「深さ2mm以上」としているのは、熱間圧延後の厚鋼板表面には、製造条件によって、スケール層が0.1~2mm程度存在するので、これを除いた部分を評価するためである。また、「板厚の1/4以内」としているのは、疲労き裂は鋼板表面より生じ得るため、鋼板内部の金属組織では疲労特性と十分に対応する結果が得られないおそれがあるためである。
【0056】
本発明の実施形態に係る厚鋼板の板厚は特に制限されないが、6mm以上であるときに疲労特性向上効果が顕著となるため好ましい。より好ましくは9mm以上、さらに好ましくは12mm以上である。
【0057】
本発明の実施形態に係る厚鋼板は、所望の金属組織が得られていれば特に引張強度や降伏強度に限定されるものではない。例えば、船体用構造材料として用いる場合、その引張強度及び降伏強度は船級規格に制御すればよい。例えば日本海事協会のYP32クラスであれば、引張強度は440~590MPaであり、YP36クラスであれば490~620MPaである。
【0058】
<3.製造方法>
本発明の実施形態に係る厚鋼板の製造方法は、上記<1.成分組成>に記載の成分組成を有する鋼片を用意し、(a)前記鋼片に対し、圧下率を10%以上として2相温度域で熱間圧延を行う工程と、(b)前記2相温度域で熱間圧延を行う工程後、室温まで平均冷却速度3℃/秒以下で冷却する工程と、を含む。なお、上記鋼片の成分組成において、上記式(1)で表されるDI2を3.90以下にしておくことが好ましい。
以下、各工程について詳述する。なお、上記鋼片については、一般的な製鋼方法で溶製されたものを使用することができる。また、熱間圧延時の加熱温度および平均冷却速度等については、厚鋼板(又は鋼片)表面温度を基準とする。
【0059】
(a)熱間圧延工程
少なくともAr1変態点以上Ar3変態点未満の2相温度域を含む温度領域で熱間圧延を行い、2相温度域における圧下率を10%以上とする。好ましくは15%以上、より好ましくは18%以上、さらに好ましくは19%以上、最も好ましくは20%以上である。2相温度域の圧下率の上限は特に規定されないが、生産性の観点より60%以下で行うことが好ましい。また、2相温度域における熱間圧延は、Ar3-10℃~Ar3-80℃の範囲で開始し、Ar3-20℃~Ar3-100℃で終了させることが好ましい。これにより、小傾角粒界総長さをより長くすることができる。
なお、2相温度域における圧下率は下記式(5)により計算される。
2相温度域における圧下率(%)=(t1-t2)/t1×100 ・・・(5)
ここで、t1は熱間圧延前の鋼片(スラブ等)の板厚(mm)であり、t2は、2相温度域の熱間圧延終了後の厚鋼板の板厚(mm)である。
【0060】
熱間圧延前には、鋼片を1000~1250℃の温度範囲に加熱することが好ましい。より好ましくは1050℃以上である。結晶粒の粗大化を防止しつつ、Ar3変態点よりも十分に高い、1000℃以上の温度範囲に加熱することが好ましい。しかしながら、加熱温度が高くなり過ぎて1250℃を超えると、十分な圧下を加えても組織サイズを小さくできないので、1250℃以下とすることが好ましい。より好ましくは1200℃以下であり、さらに好ましくは1150℃以下である。
【0061】
上記2相温度域における熱間圧延の前に、Ar3変態点以上の未再結晶域における熱間圧延を行うことが好ましい。これにより、得られる厚鋼板の平均結晶粒径を小さくすることができる。未再結晶域における圧下率は10%以上であることが好ましく、より好ましくは20%以上、さらに好ましくは30%以上である。これにより、得られる厚鋼板の平均結晶粒径を小さくすることができる。未再結晶域となる上限温度は熱間加工再現試験などにより評価することが可能であり、本発明の実施形態に係る厚鋼板では概ね900℃となり得る。
なお、2相温度域における熱間圧延に加え、未再結晶域における熱間圧延を行う場合、未再結晶域における圧下率は下記式(6)のように計算され、2相温度域における圧下率は上記式(5)に代えて下記式(7)のように計算される。
未再結晶域における圧下率(%)=(t1-t3)/t1×100 ・・・(6)
2相温度域における圧下率(%)
=(t1-t2)/t1×100-(t1-t3)/t1×100
=(t3-t2)/t1×100 ・・・(7)
ここで、t1は熱間圧延前の鋼片(スラブ等)の板厚(mm)であり、t2は2相温度域の熱間圧延終了後の厚鋼板の板厚(mm)であり、t3は未再結晶域の熱間圧延終了後の厚鋼板の板厚(mm)である。
【0062】
上記2相温度域における熱間圧延および未再結晶域における熱間圧延の前に、未再結晶域の温度以上の再結晶域における熱間圧延を行ってもよい。
2相温度域における熱間圧延および未再結晶域における熱間圧延に加え、再結晶域における熱間圧延を行う場合、再結晶域における圧下率は下記式(8)のように計算され、未再結晶域における圧下率は上記式(6)に代えて下記式(9)のように計算され、2相温度域における圧下率は上記式(5)に代えて下記式(10)(すなわち、上記式(7)と同じ)のように計算される。
再結晶域における圧下率(%)=(t1-t4)/t1×100 ・・・(8)
未再結晶域における圧下率(%)
=(t1-t3)/t1×100-(t1-t4)/t1×100
=(t4-t3)/t1×100 ・・・(9)
2相温度域における圧下率(%)
=(t1-t2)/t1×100-(t1-t4)/t1×100-(t4-t3)/t1×100
=(t3-t2)/t1×100 ・・・(10)
ここで、t1は熱間圧延前の鋼片(スラブ等)の板厚(mm)であり、t2は2相温度域の熱間圧延終了後の厚鋼板の板厚(mm)であり、t3は未再結晶域の熱間圧延終了後の厚鋼板の板厚(mm)であり、t4は再結晶域の熱間圧延終了後の厚鋼板の板厚(mm)である。
【0063】
(b)冷却工程
上記2相温度域における熱間圧延後、室温まで平均冷却速度3℃/秒以下で冷却する。例えば空冷などにより冷却することが考えられる。これによりMA分率を低くすることができる。平均冷却速度について、好ましくは2℃/秒以下、より好ましくは1℃/秒以下である。
【0064】
本発明の実施形態の目的が達成される範囲内で、本発明の実施形態に係る厚鋼板の製造方法は、他の工程を含んでいてもよい。
【実施例】
【0065】
以下、実施例を挙げて本発明の実施形態をより具体的に説明する。本発明の実施形態は以下の実施例によって制限を受けるものではなく、前述および後述する趣旨に合致し得る範囲で、適宜変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の実施形態の技術的範囲に包含される。
【0066】
実機(製造機)の250トン転炉にて表1に示す成分組成の鋼片(255mm四方のスラブ)A~Jを溶製した。その後、未再結晶域における熱間圧延を行う圧延パスと、2相温度域における熱間圧延を行う圧延パスとを有する実機の圧延ラインにて後述の表2の条件で実施例1~6および比較例1~8の厚鋼板を作製した。なお、未再結晶域における熱間圧延はAr3変態点以上900℃未満の温度領域で行った。また、2相温度域における熱間圧延後室温までの冷却は、全て空冷で行い、平均冷却速度1℃/s以下にした。
なお、実施例および比較例において、熱間加工再現試験により評価した結果、未再結晶域の上限温度は概ね900℃であり、Ar1変態点は概ね600℃であった。
【0067】
【0068】
【0069】
[MA分率の評価]
厚鋼板の表面から3~4mmの位置よりサンプルを採取した。そして、厚鋼板の圧延方向に平行でかつ厚鋼板表面に対して垂直な断面における、厚鋼板表面から板厚方向に3~4mmの位置の面に対して、鏡面研磨仕上げを行い、さらに、A液(ピクリン酸3g+エタノール100ml溶液)とB液(二亜硫酸ナトリウム1g+蒸留水100ml溶液)とエタノールを(A液:B液:エタノール)=(5:6:1)の比率で混合したレペラ腐食液を用いてエッチングした。そして、エッチング後の面を、観察面積3.71×10-2mm2、観察倍率400倍で2箇所観察し、各組織の分類を行い、各組織の分率の大小関係を調査した。そして、白色に腐食された相をMAとして画像解析ソフト(Image Pro ver.7.0.1)を用いてMA分率を求め、2箇所のMA分率を平均した値を用いた。
【0070】
[小傾角粒界総長さおよび平均結晶粒径の評価]
厚鋼板の圧延方向に平行でかつ厚鋼板表面に対して垂直な断面における、厚鋼板表面から板厚方向に2.9~3.1mmの位置の面に対してSEM-EBSDによって小傾角粒界総長さ及び平均結晶粒径を測定した。具体的には、EBSD装置(TEX SEM Laboratries製「OIM」)をSEM(JEOL製「IT-100」)と組み合わせて、当該面の小傾角粒界総長さ及び平均結晶粒径を求めた。解析には、解析ソフトウェアOIM Analysis(Ver.7.3.1)を使用し、Area Fraction法により、小傾角粒界総長さ、および隣り合う結晶粒の方位差が15°以上の大角粒界で囲まれた領域を結晶粒として平均結晶粒径を求めた。このときの測定条件は、測定領域200μm×200μm、測定ステップ0.4μm間隔とし、測定方位の信頼性を示すコンフィデンス・インデックスCI(Confidence Index)が0.1よりも小さい測定点は解析対象から除外した。なお、測定領域に部分的に含まれる結晶粒および小傾角粒界については、測定領域に含まれる部分のみに対して解析を行った。
【0071】
[疲労限度比評価]
各厚鋼板の表面からの深さが2~6mmとなる位置から、
図1に記載の形状の引張試験片(板厚4mm、標点距離35mm)を、引張試験片の長手方向(すなわち、引張試験の荷重方向)が厚鋼板の圧延方向及び板厚方向に対して垂直となるように採取し、JIS Z2241:2011にしたがって引張試験を行なうことによって、引張強度TSおよび降伏強度YSを測定した。
また、各厚鋼板の表面からの深さが2~6mmとなる位置から、4mm厚の鋼板サンプルを切り出し、
図2A(上面図)および
図2B(側面図)に記載の形状の疲労試験片を、疲労試験片の長手方向(すなわち、疲労試験の荷重方向)が厚鋼板の圧延方向及び板厚方向に対して垂直となるように作製して疲労試験を行なった。具体的には、疲労試験片表面をエメリー紙で#1200まで研磨して表面状態の影響を除去した後、インストロン社製電気油圧サーボ式疲労試験機を用いて、以下の条件で疲労試験を行なった。
試験環境:室温、大気中
制御方法:荷重制御
制御波形:正弦波
応力比:R=-1
試験速度:20Hz
試験終了サイクル数:500万回未破断
【0072】
なお、疲労試験は、負荷応力をσa(MPa)とし、引張強度をTS(MPa)としたとき、σa/TS=0.65~0.7程度となる任意の応力振幅にて行い、破断した場合は20MPaごと応力振幅を下げて未破断となるまで試験を繰り返した。さらに、未破断となった応力振幅から10MPa応力振幅を上げて試験を行い、最終的に破断した最小応力振幅と未破断となった最大応力振幅の中央値を疲労限度σw(MPa)とした。得られた疲労限度と引張強度より、疲労限度比(σw/TS)を計算した。
判定としては、疲労限度比の小数点以下3桁を四捨五入した値が0.60以上となるものを疲労限度比が十分に高い(〇)とし、0.60未満のものを不十分(×)とした。
結果を表3に示す。なお、表3の「組織分類」および「各組織の分率の大小関係」の欄において、「F」はフェライトを示し、「P」はパーライトを示し、「B」はベイナイトを示し、「MA」はマルテンサイトおよびオーステナイトの混合相を示す。
【0073】
【0074】
表3の結果より、次のように考察できる。表3の実施例1~6は、いずれも本発明の実施形態で規定する要件の全てを満足する例であり、疲労限度比が十分に高く、疲労特性に優れていた。
一方、比較例1~8は、本発明の実施形態で規定する要件を満たしていない例であり、疲労限度比が不十分であった。
【0075】
比較例1および4は、2相温度域の圧下率が10%未満であったため、小傾角粒界総長さが2.5mm未満となり、その結果、疲労限度比が不十分となった。
【0076】
比較例2、3および8は、2相温度域の圧下率が10%未満であったため、小傾角粒界総長さが2.5mm未満となり、またDI2が3.90超であったこと等により、MA分率が0.5面積%超となり、その結果、疲労限度比が不十分となった。
【0077】
比較例5および7は、本発明の実施形態で規定する成分組成を満たしておらず、特に、Cu含有量が0.10質量%未満で且つSiおよびCuの合計含有量が0.30質量%未満であったため、疲労限度比が不十分となった。
【0078】
比較例6は、2相温度域の圧下率が10%未満であったため、小傾角粒界総長さが2.5mm未満となり、また本発明の実施形態で規定する成分組成を満たしておらず、特に、Cu含有量が0.10質量%未満で且つSiおよびCuの合計含有量が0.30質量%未満であったため、疲労限度比が不十分となった。
【0079】
以下、参考例を挙げてDI2とMA分率の関係についてより具体的に説明する。
VIF溶解により表4に示す成分組成の鋼片(鋳塊)a~jを溶製し、板厚120mmに切り出したのち、表5に示す条件にて熱間圧延を行い、参考例1~10の厚鋼板を作製した。
参考例1~10のMA分率について、実施例と同様に評価した。結果を表5に示す。なお、全ての参考例において、熱間圧延は、未再結晶域における熱間圧延であり、圧下率は、上記式(6)に従って求めた。
【0080】
【0081】
【0082】
表5の結果より、次のように考察できる。表5の参考例8は、DI2が3.90以下の例であり、MA分率が0.5面積%以下であった。
一方、参考例1~7および9は、DI2が3.90超である等により、MA分率が0.5面積%超であった。参考例10は、DI2が3.90以下であったが、Mo含有量が0.05質量%以上であったため、MA分率が0.5面積%超であった。
【0083】
以下、さらに実施例を挙げて本発明の実施形態をより具体的に説明する。
VIF溶解により表6に示す成分組成の鋼片(鋳塊)Kを溶製し、板厚150mmに切り出したのち、表7に示す条件にて熱間圧延を行い、実施例7~8の厚鋼板を作製した。なお、未再結晶域における熱間圧延はAr3変態点以上900℃未満の温度領域で行った。また、2相温度域における熱間圧延後室温までの冷却は、全て空冷で行い、平均冷却速度1℃/s以下にした。
なお、実施例7~8において、熱間加工再現試験により評価した結果、未再結晶域の上限温度は概ね900℃であり、Ar1変態点は概ね600℃であった。
【0084】
【0085】
【0086】
実施例7~8の厚鋼板に対して、上記実施例1~6および比較例1~8と同様に各評価を行った。結果を表8に示す。なお、実施例8の厚鋼板に対する疲労試験については、
図3A(上面図)および
図3B(側面図)に記載の形状の疲労試験片を、疲労試験片の長手方向(すなわち、疲労試験の荷重方向)が厚鋼板の圧延方向及び板厚方向に対して垂直となるように作製して疲労試験を行った。
【0087】
【0088】
表8の結果より、次のように考察できる。表8の実施例7~8は、いずれも本発明の実施形態で規定する要件の全てを満足する例であり、疲労限度比が十分に高く、疲労特性に優れていた。
【産業上の利用可能性】
【0089】
本発明の実施形態に係る厚鋼板は、疲労限度比が十分に高く、疲労特性に優れているため、例えば船舶、建築物、橋梁、建設機械等の構造用材料として好適である。