(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-15
(45)【発行日】2025-01-23
(54)【発明の名称】半導体膜及び複合基板
(51)【国際特許分類】
C30B 29/16 20060101AFI20250116BHJP
C30B 25/18 20060101ALI20250116BHJP
C23C 16/40 20060101ALI20250116BHJP
H01L 21/365 20060101ALI20250116BHJP
H01L 21/368 20060101ALI20250116BHJP
【FI】
C30B29/16
C30B25/18
C23C16/40
H01L21/365
H01L21/368 L
(21)【出願番号】P 2023543703
(86)(22)【出願日】2022-06-09
(86)【国際出願番号】 JP2022023323
(87)【国際公開番号】W WO2023026633
(87)【国際公開日】2023-03-02
【審査請求日】2023-09-07
(31)【優先権主張番号】P 2021139270
(32)【優先日】2021-08-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004064
【氏名又は名称】日本碍子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100113365
【氏名又は名称】高村 雅晴
(74)【代理人】
【識別番号】100209336
【氏名又は名称】長谷川 悠
(74)【代理人】
【識別番号】100218800
【氏名又は名称】河内 亮
(72)【発明者】
【氏名】柴田 宏之
(72)【発明者】
【氏名】吉川 潤
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 守道
【審査官】末松 佳記
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-007871(JP,A)
【文献】特開2019-012826(JP,A)
【文献】特開2019-009405(JP,A)
【文献】特開2019-142756(JP,A)
【文献】特開2020-011859(JP,A)
【文献】国際公開第2021/048950(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第113066902(CN,A)
【文献】森本 尚太 他,ミストCVD法による塩化物原料を用いたGaNテンプレート上へのε-Ga2O3薄膜成長,第78回応用物理学会秋季学術講演会 講演予稿集,日本,応用物理学会,2017年,P. 16-045
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C30B 1/00-35/00
C23C 16/00-16/56
H01L 21/365
H01L 21/368
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ε-Ga
2O
3、又はε-Ga
2O
3系固溶体で構成される結晶を主相とする、半導体膜であって、
レーザーラマン分光法により測定される、前記半導体膜のラマンスペクトルにおける250cm
-1付近のピークの半値幅が10cm
-1以下であ
り、
前記半導体膜の表面の、前記半導体膜の外周縁に内接する最大円の中心点X並びに4つの外周点A、B、C及びDの各々において、レーザーラマン分光法により測定される、前記半導体膜のラマンスペクトルにおける250cm
-1
付近のピークの半値幅が10cm
-1
以下であり、
前記外周点A、B、C及びDが、i)前記外周点A及び前記外周点Cを結ぶ直線と、前記外周点B及び前記外周点Dを結ぶ直線とが前記中心点Xで直角に交わり、かつ、ii)前記外周点A、B、C及びDの前記半導体膜の外縁からの各最短距離が前記半導体膜の半径の1/5となるように定められ、
前記半導体膜は、前記半導体膜の外周縁に内接する最大円の直径が5.08cm以上となるサイズを有する、半導体膜。
【請求項2】
前記半導体膜のラマンスペクトルにおいて、250cm
-1付近でのピーク強度I
250の、260cm
-1付近でのピーク強度I
260に対するピーク強度比I
250/I
260が、2.0以上である、請求項
1に記載の半導体膜。
【請求項3】
前記半導体膜のラマンスペクトルにおける113cm
-1付近のピークの半値幅が10cm
-1以下である、請求項1又は2に記載の半導体膜。
【請求項4】
前記半導体膜の表面のTi濃度が1.0×10
15atoms/cm
3以下である、請求項1又は2に記載の半導体膜。
【請求項5】
前記半導体膜の表面のFe濃度が1.0×10
15atoms/cm
3以下である、請求項1又は2に記載の半導体膜。
【請求項6】
前記半導体膜の表面のNa濃度が2.0×10
13atoms/cm
3以下である、請求項1又は2に記載の半導体膜。
【請求項7】
前記半導体膜の表面のF濃度が2.0×10
15atoms/cm
3以下である、請求項1又は2に記載の半導体膜。
【請求項8】
前記半導体膜の表面のSi濃度が1.0×10
16atoms/cm
3以下である、請求項1又は2に記載の半導体膜。
【請求項9】
GaN単結晶基板と、前記GaN単結晶基板上に形成された請求項1又は2に記載の半導体膜とを備えた、複合基板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ε-Ga2O3系半導体膜及びそれを含む複合基板に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、酸化ガリウム(Ga2O3)が半導体用材料として着目されている。酸化ガリウムはα、β、γ、δ及びεの5つの結晶形を有することが知られているが、この中で、ε-Ga2O3は約5eVのバンドギャップを有し、約870℃までの高い安定性を有すると共に、混晶形成によるバンドギャップ制御が可能である。また、高電子移動度トランジスタ(HEMT)への適用には二次元電子ガスの生成が必要であるところ、ε-Ga2O3は自発分極を示す結晶構造を有するため、高耐圧かつ低消費電力の次世代パワー半導体材料等として大きな注目を集めている。ε-Ga2O3は準安定相であり単結晶基板は実用化されておらず、異種基板上へのヘテロエピタキシャル成長により作製される。
【0003】
例えば、特許文献1(特許第6436538号)には、HVPE法(ハライド気相成長法)を用いて作製した、半導体素子に適用可能な不純物濃度の低いε-Ga2O3単結晶が開示されている。非特許文献1(Yuichi Oshima et al. "Epitaxial growth of phase-pure ε-Ga2O3 by halide vapor phase epitaxy" J. Appl. Phys, 118, 085301 (2015))には、HVPE法によりGaN基板やAlN基板上に形成したε-Ga2O3半導体膜が開示されている。特許文献2(特開2019-46984号公報)には、ミストCVD法により、準安定の結晶構造を有する半導体結晶を主成分として含む第1の半導体膜、及び第1の半導体膜の主成分とは組成が異なり、六方晶の結晶構造を有する半導体結晶を主成分として含む第2の半導体膜(主成分がε-Ga2O3)をそれぞれ形成することにより、半導体特性に優れた半導体装置を製造する方法が開示されている。
【0004】
ε-Ga2O3は強誘電体特性を持ち、自発分極を生成する結晶構造を有するため、GaNと同様にHEMTへの応用が期待されている。こうした半導体の導電性等の特性は一般にドーピングにより制御される。例えば、成膜原料にドーパントを含ませる手法や、イオン注入といった手法が行われる。一方で、こうした意図的なドーピングとは異なり、成膜容器からのコンタミネーションや原料に由来した不純物が膜中に含まれることがある。こうした不純物は半導体膜の諸特性のバラツキ要因となりうることから、可能な限り低減させることが望ましい。特にFe、Ti等の遷移金属元素、Na等のアルカリ金属、F等のハロゲン元素が半導体膜に含まれると、半導体膜の諸特性のバラツキが生じやすい。
【0005】
ところで、半導体膜の結晶性を評価する手法としてラマン分光法が知られている。ラマン分光法では物質に光を照射して散乱を生じさせ、その散乱光を分光してラマンスペクトルを得ることで、物質の結晶性を評価することができる。例えば、ある物質のラマンスペクトルにおける所定のラマンピークの半値幅が小さい場合、その物質の結晶性は高いものと評価することができる。例えば、非特許文献2(Francesco Boschi, "Growth and Investigation of Different Gallium Oxide Polymorphs," UNIVERSITA DEGLI STUDI DI PARMA, Dottorato di Ricerca in Fisica, Ciclo XXIX, 2017)には、c面サファイア基板上に成膜されたε-Ga2O3膜のラマンスペクトルが報告されているが、250cm-1付近のピークの半値幅は比較的ブロードであり、膜の結晶性は低かった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特許第6436538号
【文献】特開2019-46984号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】Yuichi Oshima et al. "Epitaxial growth of phase-pure ε-Ga2O3 by halide vapor phase epitaxy" J. Appl. Phys, 118, 085301 (2015)
【文献】Francesco Boschi, "Growth and Investigation of Different Gallium Oxide Polymorphs," UNIVERSITA DEGLI STUDI DI PARMA, Dottorato di Ricerca in Fisica, Ciclo XXIX, 2017
【文献】Ildiko Cora et al. "The real structure of ε-Ga2O3 and its relation to κ-phase," CrystEngComm, 2017, 19, 1509-1516
【文献】F. Mezzadri, et al., "Crystal Structure and Ferroelectric Properties of ε-Ga2O3 Films Grown on (0001)-Sapphire," Inorg. Chem. 2016, 55, 12079-12084
【発明の概要】
【0008】
上述したように、ε-Ga2O3は強誘電体特性を持ち、自発分極を生成する結晶構造を有し、混晶形成によるバンドギャップ制御が可能であるという利点を有するため、GaNと同様に高電子移動度トランジスタ(HEMT)への応用が期待されている。しかし、不純物が膜中に含まれることがあり、これにより半導体膜の諸特性のバラツキが生じてしまうという問題がある。このように、従来は不純物が少ないε-Ga2O3系半導体膜を得ることが困難であった。
【0009】
本発明者らは、今般、ラマンスペクトルにおける250cm-1付近のピークの半値幅を制御してε-Ga2O3系半導体膜の結晶性を高めることにより、ε-Ga2O3系半導体膜の不純物濃度を低減できるとの知見を得た。
【0010】
したがって、本発明の目的は、不純物濃度が低いε-Ga2O3系半導体膜を提供することにある。
【0011】
本発明によれば、以下の態様が提供される。
[態様1]
ε-Ga2O3、又はε-Ga2O3系固溶体で構成される結晶を主相とする、半導体膜であって、
レーザーラマン分光法により測定される、前記半導体膜のラマンスペクトルにおける250cm-1付近のピークの半値幅が10cm-1以下である、半導体膜。
[態様2]
前記半導体膜の表面の、前記半導体膜の外周縁に内接する最大円の中心点X並びに4つの外周点A、B、C及びDの各々において、レーザーラマン分光法により測定される、前記半導体膜のラマンスペクトルにおける250cm-1付近のピークの半値幅が10cm-1以下であり、
前記外周点A、B、C及びDが、i)前記外周点A及び前記外周点Cを結ぶ直線と、前記外周点B及び前記外周点Dを結ぶ直線とが前記中心点Xで直角に交わり、かつ、ii)前記外周点A、B、C及びDの前記半導体膜の外縁からの各最短距離が前記半導体膜の半径の1/5となるように定められる、態様1に記載の半導体膜。
[態様3]
前記半導体膜のラマンスペクトルにおいて、250cm-1付近でのピーク強度I250の、260cm-1付近でのピーク強度I260に対するピーク強度比I250/I260が、2.0以上である、態様1又は2に記載の半導体膜。
[態様4]
前記半導体膜のラマンスペクトルにおける113cm-1付近のピークの半値幅が10cm-1以下である、態様1~3のいずれか一つに記載の半導体膜。
[態様5]
前記半導体膜の表面のTi濃度が1.0×1015atoms/cm3以下である、態様1~4のいずれか一つに記載の半導体膜。
[態様6]
前記半導体膜の表面のFe濃度が1.0×1015atoms/cm3以下である、態様1~5のいずれか一つに記載の半導体膜。
[態様7]
前記半導体膜の表面のNa濃度が2.0×1013atoms/cm3以下である、態様1~6のいずれか一つに記載の半導体膜。
[態様8]
前記半導体膜の表面のF濃度が2.0×1015atoms/cm3以下である、態様1~7のいずれか一つに記載の半導体膜。
[態様9]
前記半導体膜の表面のSi濃度が1.0×1016atoms/cm3以下である、態様1~8のいずれか一つに記載の半導体膜。
[態様10]
GaN単結晶基板と、前記GaN単結晶基板上に形成された態様1~9のいずれか一つに記載の半導体膜とを備えた、複合基板。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の半導体膜の表面における中心点X並びに4つの外周点A、B、C及びDの位置を説明するための図である。
【
図2】HVPE(ハライド気相成長法)装置の構成を示す模式断面図である。
【
図3】ミストCVD(化学気相成長)装置の構成を示す模式断面図である。
【
図4】例1で作製した半導体膜において測定されたラマンスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
半導体膜
本発明による半導体膜は、ε-Ga2O3、又はε-Ga2O3系固溶体で構成される結晶を主相とするものである。したがって、本発明による半導体膜は、ε-Ga2O3系半導体膜と称することができる。また、この半導体膜は、レーザーラマン分光法により測定される、半導体膜のラマンスペクトルにおける250cm-1付近のピークの半値幅が10cm-1以下である。このように、ラマンスペクトルにおける250cm-1付近のピークの半値幅を制御してε-Ga2O3系半導体膜の結晶性を高めることにより、ε-Ga2O3系半導体膜の不純物濃度を低減できる。ここで、ラマンスペクトルにおける波数(ラマンシフト)の「付近」とは、典型的にはその波数から±5.0cm-1の範囲を意味する。例えば、「250cm-1付近のピーク」とは、典型的には「245~255cm-1のピーク」を意味する。
【0014】
前述したように、ε-Ga2O3は強誘電体特性を持ち、自発分極を生成する結晶構造を有し、混晶形成によるバンドギャップ制御が可能であるという利点を有するため、GaNと同様に高電子移動度トランジスタ(HEMT)への応用が期待されている。しかし、不純物が膜中に含まれることがあり、これにより半導体膜の諸特性のバラツキが生じてしまうという問題がある。このように、従来は不純物が少ないε-Ga2O3系半導体膜を得ることが困難であった。この点、本発明の半導体膜によれば、膜の結晶性を高めることにより、ε-Ga2O3系半導体膜の不純物濃度を低減できるため、上述した問題を好都合に解消することができる。
【0015】
この半導体膜は、膜表面の、半導体膜の外周縁に内接する最大円(以下、最大内接円という)の中心点X並びに4つの外周点A、B、C及びDの各々において、レーザーラマン分光法により測定される、半導体膜のラマンスペクトルにおける250cm
-1付近のピークの半値幅が10cm
-1以下であるのが好ましい。このとき、外周点A、B、C及びDが、i)外周点A及び外周点Cを結ぶ直線と、外周点B及び外周点Dを結ぶ直線とが中心点Xで直角に交わり、かつ、ii)外周点A、B、C及びDの半導体膜の外縁からの各最短距離が半導体膜の半径の1/5となるように定められる。また、この半導体膜は円形状であるのが好ましく、その場合は
図1に示されるように半導体膜10の最大内接円は外周縁と一致しうる。このように互いに十分に離れた5点においてラマンスペクトルにおける250cm
-1付近のピークの半値幅が10cm
-1以下であるε-Ga
2O
3系半導体膜は、膜の中心部から外周部に至るまでの広範囲にわたって、上記半値幅が小さいものということができ、そのような半導体膜は結晶性が高く不純物濃度が低い。
【0016】
本発明の半導体膜は、ラマンスペクトルにおける250cm-1付近のピークの半値幅が10cm-1以下であり、好ましくは8.0cm-1以下であり、より好ましくは7.0cm-1以下である。不純物濃度の低減の観点から、ラマンスペクトルにおける250cm-1付近のピークの半値幅は小さければ小さい方が良いため、ラマンスペクトルにおける250cm-1付近のピークの半値幅の下限値は特に限定されないが、典型的には0.1cm-1以上、より典型的には1.0cm-1以上である。
【0017】
本発明の半導体膜は、(好ましくは最大内接円の中心点X並びに外周点A、B、C及びDの各々における)ラマンスペクトルにおいて、250cm-1付近でのピーク強度I250の、260cm-1付近でのピーク強度I260に対するピーク強度比I250/I260が、2.0以上であるのが好ましく、より好ましくは5.0以上であり、さらに好ましくは8.0以上である。I250/I260は、高い方が良いためその上限値は特に限定されないが、典型的には50以下である。ここで、「260cm-1付近」とは、典型的には250cm-1付近でのピークの波数に10cm-1を足した波数を意味する。例えば、250cm-1付近のピークのピークトップが245cm-1であった場合、「260cm-1付近」のピークとは255cm-1のピークを意味する。
【0018】
本発明の半導体膜は、(好ましくは最大内接円の中心点X並びに外周点A、B、C及びDの各々における)ラマンスペクトルにおける113cm-1付近のピークの半値幅が10cm-1以下であるのが好ましく、より好ましくは8.0cm-1以下であり、さらに好ましくは6.0cm-1以下である。不純物濃度の低減の観点から、ラマンスペクトルにおける113cm-1付近のピークの半値幅は小さければ小さい方が良いため、ラマンスペクトルにおける113cm-1付近のピークの半値幅の下限値は特に限定されないが、典型的には0.1cm-1以上、より典型的には1.0cm-1以上である。
【0019】
上述したように、特にFe、Ti等の遷移金属元素、Na等のアルカリ金属、F等のハロゲン元素が半導体膜に含まれると、半導体膜の諸特性のバラツキが生じやすい。この点、本発明の半導体膜は結晶性が高いため含まれうる不純物を少なくすることができる。すなわち、半導体膜の表面のTi濃度は1.0×1015atoms/cm3以下であるのが好ましく、より好ましくは1.0×1014atoms/cm3以下、さらに好ましくは1.0×1013atoms/cm3以下である。半導体膜の表面のFe濃度は1.0×1015atoms/cm3以下であるのが好ましく、より好ましくは1.0×1014atoms/cm3以下、さらに好ましくは1.0×1013atoms/cm3以下である。半導体膜の表面のNa濃度は2.0×1013atoms/cm3以下であるのが好ましく、より好ましくは1.0×1012atoms/cm3以下、さらに好ましくは1.0×1011atoms/cm3以下である。半導体膜の表面のF濃度は2.0×1015atoms/cm3以下であるのが好ましく、より好ましくは1.0×1014atoms/cm3以下、さらに好ましくは1.0×1013atoms/cm3以下である。同様に、半導体膜の表面のSi濃度は1.0×1016atoms/cm3以下であるのが好ましく、より好ましくは1.0×1015atoms/cm3以下、さらに好ましくは1.0×1014atoms/cm3以下である。半導体膜表面におけるTi、Fe、Na、F及びSiの各元素の濃度は低い方が良いため、その下限は特に限定されない。
【0020】
もっとも、Siは半導体膜へのドーパントとして用いられることもあり、その場合、半導体膜の表面のSi濃度は上記好ましい範囲の上限を超えてもよく、例えば1.0×1015~1.0×1021atoms/cm3でありうる。
【0021】
上述のとおり、本発明の半導体膜は、ε-Ga2O3、又はε-Ga2O3系固溶体で構成される結晶を主相とするものである。本明細書において「ε-Ga2O3、又はε-Ga2O3系固溶体で構成される結晶を主相とする」とは、ε-Ga2O3、又はε-Ga2O3系固溶体で構成される結晶が半導体膜の80重量%以上、好ましくは90重量%以上、より好ましくは95重量%以上、さらに好ましくは97重量%以上、特に好ましくは99重量%以上、最も好ましくは100重量%を占めていることを意味する。ε-Ga2O3系固溶体は、ε-Ga2O3に他の成分が固溶したものである。例えば、本発明の半導体膜は、ε-Ga2O3に、Cr2O3、Fe2O3、Ti2O3、V2O3、Ir2O3、Rh2O3、In2O3及びAl2O3からなる群から選択される1種以上の成分が固溶したε-Ga2O3系固溶体で構成されるものとすることができる。また、これらの成分を固溶させることで半導体膜のバンドギャップ、電気特性、及び/又は格子定数を制御することが可能となる。これらの成分の固溶量は所望の特性に合わせて適宜変更することができる。また、ε-Ga2O3系固溶体には、その他の成分として、Si、Sn、Ge、N、Mg等の元素がドーパントとして含まれていてもよい。
【0022】
ところで、ε-Ga2O3の結晶構造は、現在の技術水準では十分に解明されていないこともあり、結晶構造解析で、κ-Ga2O3と同定されるものがε-Ga2O3としても同定されたり、あるいはε-Ga2O3と同定されるものがκ-Ga2O3としても同定されたりすることが起こりうる。例えば、非特許文献3(Ildiko Cora et al., "The real structure of ε-Ga2O3 and its relation to κ-phase," CrystEngComm, 2017, 19, 1509-1516)には、プローブ技術の分解能によっては、ε-Ga2O3の結晶構造(六方晶)とκ-Ga2O3の結晶構造(直方晶)とが混同される可能性があることが示唆されている。したがって、本明細書において「ε-Ga2O3」という用語は、ε-Ga2O3のみを指すものではなく、κ-Ga2O3をも指すものとする。すなわち、本明細書において、κ-Ga2O3の結晶構造を有すると同定されるものであっても、「ε-Ga2O3」とみなすものとし、「ε-Ga2O3」なる用語に包含されるものとする。
【0023】
本発明のε-Ga2O3系半導体膜の略法線方向の配向方位は特に限定されないが、c軸配向であることが好ましい。もっとも、典型的なε-Ga2O3系半導体膜は、ε-Ga2O3、又はε-Ga2O3と異種材料の混晶で構成され、c軸及びa軸の2軸方向に配向しているものである。2軸配向している限り、ε-Ga2O3系半導体膜は、モザイク結晶であってもよい。モザイク結晶とは、明瞭な粒界は有しないが、結晶の配向方位がc軸及びa軸の一方又は両方がわずかに異なる結晶の集まりになっているものをいう。2軸配向の評価方法は、特に限定されるものではないが、例えばEBSD(Electron Back Scatter Diffraction Patterns)法やX線極点図等の公知の分析手法を用いることができる。例えば、EBSD法を用いる場合、2軸配向ε-Ga2O3膜の表面(膜面)、又は膜面と直交する断面の逆極点図マッピングを測定する。得られた逆極点図マッピングにおいて、(A)膜面の略法線方向に特定方位に配向していること、かつ、(B)法線方向と直交する略膜面内方向に略法線方向の配向方位と直交する軸に配向していること、という2つの条件を満たすときに略法線方向と略膜面方向の2軸に配向していると定義できる。言い換えると、上記2つの条件を満たしている場合に、c軸及びa軸の2軸に配向していると判断する。例えば膜面の略法線方向がc軸に配向している場合、略膜面内方向がc軸と直交する特定方位(例えばa軸)に配向していればよい。
【0024】
本発明の半導体膜は、その外周縁に内接する最大円の直径(すなわち最大内接円)が5.08cm(2インチ)以上となるサイズを有していてもよく、最大内接円の直径は10.0cm以上であってもよい。最大内接円の直径の上限値は特に限定されないが、典型的には30.0cm以下、より典型的には20.0cm以下である。典型的な半導体膜は円形状であり、その場合は
図1に示されるように半導体膜10の最大内接円の直径は半導体膜10の直径と一致しうる。なお、本明細書において、「円形状」とは、完全な円形状である必要はなく、全体として概ね円形と認識されうる略円形状であってもよい。例えば、円形の一部が結晶方位の特定又はその他の目的のために切り欠かれた形状や円形の一部にスリットが設けられた形状であってもよく、その場合は切り欠かれた外周縁やスリットを除いた外周縁に内接する最大円の直径に基づきサイズを決定すればよい。ところで、本発明の半導体膜はラマンスペクトルにおける250cm
-1付近のピークの半値幅が10cm
-1以下と小さいことを特徴としたものであり、中心点X並びに外周点A、B、C及びDは、半導体膜全体の代表的なピーク半値幅を評価できるよう、一つの例として便宜的に規定したものにすぎない。したがって、中心点X並びに外周点A、B、C及びDの位置を一義的に決定するため、半導体膜の形状を好ましくは円形と述べたが、半導体膜の形状が円形でなくても本質的な意味は何ら変わらない。例えば、半導体膜の形状が正方形や矩形(長方形)であっても、半導体膜の250cm
-1付近のピークの半値幅が小さいものであれば本発明の半導体膜に包含される。このような形状の半導体膜においては、正方形や矩形の半導体膜を上面視したときに膜の外周縁に内接する最大円(最大内接円)を仮想円として規定し、その仮想円の中心点Xと仮想円の直径から(上述した円形状の半導体膜の場合と同様にして)外周点A、B、C及びDの位置を決定すればよい。こうして決定した中心点X並びに外周点A、B、C及びDにおける250cm
-1付近のピークの半値幅を評価することで、円形状の半導体膜と同様の評価を実施することができる。なお、正方形や矩形の半導体膜の一部にスリットが設けられていたとしても、正方形や矩形の半導体膜を上面視したときに膜の外周縁に内接する最大円(最大内接円)を仮想円として規定することに変わりはない。
【0025】
本発明の半導体膜は、ドーパントとして14族元素を含むことができる。ここで、14族元素はIUPAC(国際純正・応用化学連合)が策定した周期律表による第14族元素のことであり、具体的には、炭素(C)、珪素(Si)、ゲルマニウム(Ge)、錫(Sn)及び鉛(Pb)のいずれかの元素である。半導体膜におけるドーパント(14族元素)として、C、Ge、Sn、及びPbの合計含有量は、好ましくは1.0×1015~1.0×1021/cm3、より好ましくは1.0×1017~1.0×1019/cm3である。これらのドーパントは膜中に均質に分布し、半導体膜の表面と裏面のドーパント濃度は同程度であることが好ましい。
【0026】
本発明の半導体膜の厚さは、コスト面及び要求される特性の観点から適宜調整すればよい。すなわち、厚すぎると成膜に時間がかかるため、コスト面からは極端に厚くない方が好ましい。一方、結晶品質を高くするためには、ある程度厚い膜とすることが好ましい。このように所望の特性に合わせて膜厚を適宜調整すればよい。
【0027】
本発明の半導体膜は、膜単独の自立膜の形態であってもよい。また、成膜用下地基板上に作製した半導体膜を分離し、別の支持基板に転載してもよい。別の支持基板の材質は特に限定はないが、材料物性の観点から好適なものを選択すればよい。例えば、熱伝導率の観点では、Cu等の金属基板、SiC、AlN等のセラミックス基板等が好ましい。また、25~400℃での熱膨張率が6~13ppm/Kである基板を用いるのも好ましい。このような熱膨張率を有する支持基板を用いることで、半導体膜との熱膨張差を小さくすることができ、その結果、熱応力による半導体膜中のクラック発生や膜剥がれ等を抑制できる。このような支持基板の例としては、Cu-Mo複合金属で構成される基板が挙げられる。CuとMoの複合比率は、半導体膜との熱膨張率マッチング、熱伝導率、導電率等を勘案して、適宜選択することができる。
【0028】
半導体膜の製造方法
本発明の半導体膜は、下地基板としてGaN単結晶基板を用いて、その上にε-Ga2O3系材料を成膜することにより、好ましく製造することができる。半導体層の形成手法は公知の手法が可能であるが、好ましい例としては、ミストCVD法(ミスト化学気相成長法)、HVPE法(ハライド気相成長法)、MBE法(分子線エピタキシー法)、MOCVD法(有機金属気相成長法)、及び水熱合成法が挙げられ、ミストCVD法又はHVPE法が特に好ましい。ミストCVD法やHVPE法等の気相成長法の場合、下地基板の厚さは、反りを抑制する観点では厚い方が望ましく、好ましくは0.5mm以上、より好ましくは0.8mm以上、さらに好ましくは1.4mm以上である。一方で、この厚さは、コストの観点では薄い方が望ましく、好ましくは1.0mm以下、より好ましくは0.5mm以下である。このように所望の特性に合わせて下地基板の膜さを適宜調整すればよい。下地基板の厚さの上限は特に限定されないが、典型的には5.0mm以下、より典型的には4.0mm以下である。また、膜の中心部から外周部に至るまでの広範囲にわたって250cm-1付近のピークの半値幅が10cm-1以下と小さいε-Ga2O3系半導体膜は、下地基板を回転させながら成膜を行うことにより好ましく実現することができる。
【0029】
以下、特に好ましい成膜方法であるHVPE法及びミストCVD法について説明する。
【0030】
HVPE法(ハライド気相成長法)はCVDの一種であり、Ga2O3やGaN等の化合物半導体の成膜に適用可能な方法である。この方法では、Ga原料とハロゲン化物を反応させてハロゲン化ガリウムガスを発生させ、成膜用下地基板上に供給する。同時にO2ガスを成膜用下地基板上に供給し、ハロゲン化ガリウムガスとO2ガスが反応することで成膜用下地基板上にGa2O3が成長する。高速及び厚膜成長が可能であり、工業的にも広く実績を有する方法であり、ε-Ga2O3だけでなくα-Ga2O3、β-Ga2O3の成膜例が報告されている。
【0031】
図2にHVPE法を用いた気相成長装置(HVPE装置)の一例を示す。HVPE装置20は、リアクタ22と、成膜用下地基板24を載置するサセプタ26と、酸素原料供給源30と、キャリアガス供給源28と、GeCl
4供給源32と、Ga原料供給源34と、ヒータ36と、ガス排出部38を備えている。リアクタ22は、原料と反応しない任意のリアクタが適用され、例えば石英管である。ヒータ36は少なくとも700℃(好ましくは900℃以上)まで加熱可能な任意のヒータが適用され、例えば抵抗加熱式のヒータである。
【0032】
Ga原料供給源34には内部に金属Gaが載置されており、ハロゲンガス又はハロゲン化水素ガス、例えばHClが供給される。ハロゲンガス又はハロゲン化ガスは好ましくはCl2又はHClである。供給されたハロゲンガス又はハロゲン化ガスは金属Gaと反応し、ハロゲン化ガリウムガスが生じ、成膜用下地基板24に供給される。ハロゲン化ガリウムガスは、好ましくはGaCl及び又はGaCl3を含む。酸素原料供給源30は、O2、H2O及びN2Oからなる群から選択される酸素源が供給可能だが、O2が好ましい。これらの酸素原料ガスは、ハロゲン化ガリウムガスと同時に下地基板に供給される。GeCl4供給源32は、GeCl4液体をバブリングして発生するGeCl4蒸気をリアクタ22内に供給する。なお、Ga原料や酸素原料ガスはN2や希ガス等のキャリアガスとともに供給してもよい。
【0033】
ガス排出部38は、例えば、拡散ポンプ、ロータリーポンプ等の真空ポンプに接続されていてもよく、リアクタ22内の未反応のガスの排出だけでなく、リアクタ22内を減圧下に制御してもよい。これにより、気相反応の抑制、及び成長速度分布が改善され得る。
【0034】
ヒータ36を用いて所定の温度まで成膜用下地基板24を加熱し、ハロゲン化ガリウムガスと酸素原料ガスを同時に供給することで、成膜用下地基板24上にε-Ga2O3が形成される。成膜温度はε-Ga2O3が成膜され、膜中の不純物が少なくなる限り特に限定されないが、例えば250℃~900℃が典型的である。Ga原料ガスや酸素原料ガスの分圧も特に限定はされない。例えば、Ga原料ガス(ハロゲン化ガリウムガス)の分圧は0.05kPa以上10kPa以下の範囲としてもよく、酸素原料ガスの分圧は0.25kPa以上50kPa以下の範囲としてもよい。
【0035】
ドーパントとして14族元素を含有するε-Ga
2O
3系半導体膜を成膜する場合や、InやAlの酸化物等を含むε-Ga
2O
3との混晶膜を成膜する場合は、別途供給源(例えば
図2ではGeCl
4供給源32)を設けてそれらのハロゲン化物等を供給してもよいし、Ga原料供給源34からハロゲン化物を混合して供給してもよい。また、金属Gaと同じ箇所に14族元素やIn、Al等を含有する材料を載置し、ハロゲンガス又はハロゲン化水素ガスと反応させ、ハロゲン化物として供給してもよい。成膜用下地基板24に供給されたそれらのハロゲン化物ガスは、ハロゲン化ガリウムと同様、酸素原料ガスと反応して酸化物となり、ε-Ga
2O
3系半導体膜中に取り込まれる。
【0036】
ミストCVD法は、原料溶液を霧化又は液滴化してミスト又は液滴を発生させ、キャリアガスを用いてミスト又は液滴を基板を備えた成膜室に搬送し、成膜室内でミスト又は液滴を熱分解及び化学反応させて基板上に膜を形成及び成長させる手法であり、真空プロセスを必要とせず、短時間で大量のサンプルを作製することができる。
図3にミストCVD装置の一例を示す。
図3に示されるミストCVD装置40は、キャリアガスG及び原料溶液LからミストMを発生させるミスト発生室42と、ミストMを基板56に吹き付けて熱分解及び化学反応を経て半導体膜58を形成する成膜室50とを有する。ミスト発生室42は、キャリアガスGが導入されるキャリアガス導入口44と、ミスト発生室42内に設けられる超音波振動子46と、ミスト発生室42内で発生したミストMを成膜室50に搬送するダクト48とを備えている。ミスト発生室42内には原料溶液Lが収容される。超音波振動子46は、原料溶液Lに超音波振動を与えてキャリアガスGとともにミストMを発生できるように構成される。成膜室50は、ダクト48を介して導入されるミストMを基板56に吹き付けるためのノズル52と、基板56が固定されるステージ54と、ステージ54の裏面近傍に設けられてステージ54及び基板56を加熱するためのヒータ62と、キャリアガスGを排出するための排気口64とを備える。
【0037】
ミストCVD法に用いる原料溶液Lとしては、ε-Ga2O3系半導体膜が得られる溶液であれば、限定されるものではないが、例えば、Ga及び/又はGaと固溶体を形成する金属の有機金属錯体やハロゲン化物を溶媒に溶解させたものが挙げられる。有機金属錯体の例としては、アセチルアセトナート錯体が挙げられる。また、半導体層にドーパントを加える場合には、原料溶液にドーパント成分の溶液を加えてもよい。さらに、原料溶液には塩酸等の添加剤を加えてもよい。溶媒としては水やアルコール等を使用することができる。
【0038】
次に、得られた原料溶液Lを霧化又は液滴化してミストM又は液滴を発生させる。霧化又は液滴化する方法の好ましい例としては、超音波振動子46を用いて原料溶液Lを振動させる手法が挙げられる。その後、得られたミストM又は液滴を、キャリアガスGを用いて成膜室50に搬送する。キャリアガスGとしては特に限定されるものではないが、酸素、オゾン、窒素等の不活性ガス、及び水素等の還元ガスの一種又は二種以上を用いることができる。
【0039】
成膜室50には基板56が備えられている。成膜室50に搬送されたミストM又は液滴は、そこで熱分解及び化学反応されて、基板56上に半導体膜58を形成する。反応温度は原料溶液Lの種類に応じて異なるが、好ましくは300~800℃、より好ましくは400~700℃である。また、成膜室50内の雰囲気は、所望の半導体膜が得られる限り特に限定されるものではなく、典型的には、酸素ガス雰囲気、不活性ガス雰囲気、真空雰囲気、還元雰囲気、及び大気雰囲気のいずれかから選択される。
【0040】
このようにして得られた半導体膜は、そのままの形態又は分割して半導体素子とすることが可能である。あるいは、半導体膜を下地基板から剥離して膜単体の形態としてもよい。この場合、下地基板からの剥離を容易にするために、下地基板の表面(成膜面)に予め剥離層を設けたものを用いてもよい。このような剥離層は、下地基板表面にC注入層やH注入層を設けたものが挙げられる。また、半導体膜の成膜初期にCやHを膜中に注入させ、半導体膜側に剥離層を設けてもよい。さらに、下地基板上に成膜された半導体膜の表面(すなわち下地基板とは反対側の面)に下地基板とは異なる支持基板(実装基板)を接着及び接合し、その後、半導体膜から下地基板を剥離除去することも可能である。このような支持基板(実装基板)として、25~400℃での熱膨張率が6~13ppm/Kであるもの、例えばCu-Mo複合金属で構成される基板を用いることができる。また、半導体膜と支持基板(実装基板)を接着及び接合する手法の例としては、ロウ付け、半田、固相接合等の公知の手法を挙げることができる。さらに、半導体膜と支持基板との間に、オーミック電極、ショットキー電極等の電極、又は接着層等の他の層を設けてもよい。
【0041】
パワーデバイス等の半導体素子の製造においては、半導体膜上にドリフト層等の機能層が形成されることになる。ドリフト層等の機能層の形成についても、公知の手法が可能であり、好ましい例としては、ミストCVD法、HVPE法、MBE法、MOCVD法、及び水熱合成法が挙げられ、ミストCVD法又はHVPE法が特に好ましい。
【0042】
複合基板
本発明の半導体膜は、下地基板として好ましくはGaN単結晶基板を用いて、その上にε-Ga2O3系材料を成膜することにより製造することができる。すなわち、本発明によれば、GaN単結晶基板と、GaN単結晶基板上に形成された上述した半導体膜とを備えた、複合基板が提供される。
【実施例】
【0043】
本発明を以下の例によってさらに具体的に説明する。
【0044】
例1
(1)ミストCVD法によるε-Ga2O3系半導体膜の作製
(1a)下地基板の準備
下地基板として、厚さ約0.4mmで直径5.08cm(2インチ)のc面GaN単結晶基板を準備した。
【0045】
(1b)原料溶液の作製
塩酸に金属Gaを添加して室温で3週間撹拌することで、ガリウムイオン濃度が3mol/Lの塩化ガリウム溶液を得た。得られた塩化ガリウム溶液に水を加えてガリウムイオン濃度が55mmol/Lとなるように水溶液を調整した。この水溶液に水酸化アンモニウムを添加してpHを4.0となるように調整し、原料溶液とした。
【0046】
(1c)成膜準備
図3に示される構成のミストCVD装置40を準備した。ミストCVD装置40の構成については前述したとおりである。ミストCVD装置40において、上記(1b)で得られた原料溶液Lをミスト発生室42内に収容した。基板56として直径5.08cm(2インチ)のc面GaN基板をステージ54にセットし、ノズル52の先端と基板56の間の距離を120mmとした。ヒータ62により、ステージ54の温度を520℃にまで昇温させ、温度安定化のため30分保持した。流量調節弁(図示せず)を開いてキャリアガスGとしての窒素ガスを、ミスト発生室42を経て成膜室50内に供給し、成膜室50の雰囲気をキャリアガスGで十分置換した。その後、キャリアガスGの流量を1.7L/minに調節した。
【0047】
(1d)成膜
超音波振動子46によって原料溶液Lを霧化し、発生したミストMをキャリアガスGによって成膜室50内に導入した。ミストMを成膜室50内、特に基板56(具体的にはGaN基板)の表面で反応させることによって、基板56上に半導体膜58を60分にわたって形成した。下地基板及び成膜の条件を表1に示す。
【0048】
(2)半導体膜の評価
(2a)表面EDX
得られた膜表面のEDX測定を行った結果、Ga及びOのみが検出され、得られた膜はGa酸化物であることが分かった。
【0049】
(2b)表面EBSD
電子線後方散乱回折装置(EBSD)(オックスフォード・インストゥルメンツ社製Nordlys Nano)を取り付けたSEM(日立ハイテクノロジーズ社製、SU-5000)にてGa酸化物膜表面の逆極点図方位マッピングを約25μm×20μmの視野で実施した。装置に付属したソフトウエア(Twist)を用いて、非特許文献4(F. Mezzadri, et al., "Crystal Structure and Ferroelectric Properties of ε-Ga2O3 Films Grown on (0001)-Sapphire," Inorg. Chem. 2016, 55, 12079-12084)に記載のε-Ga2O3(六方晶)の空間群、単位格子パラメータ(辺及び角度)、原子位置の結晶情報をデータベース登録し、これを用いてEBSD測定を行った。
【0050】
このEBSD測定の諸条件は以下のとおりとした。
<EBSD測定条件>
・加速電圧:15kV
・スポット強度:70
・ワーキングディスタンス:22.5mm
・ステップサイズ:0.5μm
・試料傾斜角:70°
・測定プログラム:Aztec(version 3.3)
【0051】
得られた逆極点図方位マッピングから、Ga酸化物膜は、基板法線方向にc軸配向し、面内も配向した2軸配向の結晶構造を有することが分かった。これらの結果から、得られた半導体膜はε-Ga2O3で構成される結晶構造の配向膜であることが確認された。
【0052】
(2c)ラマンスペクトル
半導体膜58の膜面の中心点X、並びに外周点A、B、C及びDにおけるラマンスペクトルを、堀場製作所製レーザーラマン分光測定装置LabRAM ARAMISを用い、操作ソフトウェアLabSpec(Ver.5.78)を用いて測定した。光学系はツェルニターナ型分光系、後方散乱方式であり、光源として半導体励起固体レーザー(DPSS、532nm)を用いた。サンプルの測定前にはSiウェハを用い、校正を行った。半導体膜58に対するラマンスペクトルの測定は、レーザー出力を24mWに調整しHole(コンフォーカルホール径)を400μm、分光器の中心波数を520cm
-1、Slitを100μm、グレーティングを1800gr/mm、対物レンズを100倍とし、点分析モードで行った。露光時間は60秒、積算回数を2回とし、波数範囲は100~900cm
-1とした。減光フィルターは最強ピークのカウントが3000以上50000以下となるように適宜設定した。また、測定時にNeランプを使用し、得られたスペクトルに対し、Neランプ輝線に起因するピークのピークトップの波数が278.28cm
-1となるように、スペクトルを補正した。ベースラインの補正は、ソフトウェアLabSpec上の機能にて「Type」を「Lines」、「Degree」を「5」、「Attach」を「No」、「Style」を「-」に設定し、「Auto」にして行った。このように得られたスペクトルを
図4に示す。得られたスペクトルに対し、中心点X、並びに外周点A、B、C及びDにおける、250cm
-1付近のピークのピークトップの波数をN
X、N
A、N
B、N
C及びN
D、並びに113cm
-1付近のピークのピークトップの波数をN
X、N
A、N
B、N
C及びN
Dとした。また、波数N
X、N
A、N
B、N
C及びN
Dにおける半値幅を、W
X、W
A、W
B、W
C及びW
Dとした。さらに、中心点X、並びに外周点A、B、C及びDにおける、250cm
-1付近にピークトップを持つピークでのピーク強度I
250の、260cm
-1でのピーク強度I
260に対するピーク強度比I
250/I
260を求めた。本例では、例えば、250cm
-1付近のピークのピークトップの波数N
Xが251.1cm
-1であり、このピークに対する半値幅W
Xを算出したところ、8.8cm
-1となり、結晶性の高いε-Ga
2O
3であることがわかった。結果は、表2に示されるとおりであった。
【0053】
(2d)各元素の濃度
二次イオン質量分析装置(SIMS)を用いて、ε-Ga2O3の膜表面の組成分析を行い、Fe、Ti、Na、F及びSiの濃度を測定した。このD-SIMS分析の諸条件は以下のとおりとした。結果は、表2に示されるとおりであった。
【0054】
<D-SIMS分析条件(Fe、Ti及びNaを検出する場合)>
・注目元素:Fe、Ti、Na
・装置:CAMECA社製 IMS-7f
・一次イオン種:O22+
・一次イオン加速エネルギー:8keV
・二次イオン極性:Positive
・検出領域:直径30μm
【0055】
<D-SIMS分析条件(F及びSiを検出する場合)>
・注目元素:F、Si
・装置:CAMECA社製 IMS-7f
・一次イオン種:Cs+
・一次イオン加速エネルギー:15.0keV
・二次イオン極性:Negative
・検出領域:直径30μm
【0056】
例2
上記(1c)及び(1d)において、ミストCVD法で成膜する際に、ステージ54の温度を500℃で安定化させた上で成膜を開始すると共に、520℃まで20分間かけて昇温させたこと以外は、例1と同様にして半導体膜の作製及び各種評価を行った。250cm-1付近のピークのピークトップの波数NXが246.8cm-1であり、このピークに対する半値幅WXを算出したところ、6.7cm-1となった。このことから、250cm-1付近のピークはシャープなピークであることが分かった。また、この半導体膜は不純物濃度が低かった。結果は、表1及び2に示されるとおりであった。
【0057】
例3
ミストCVD法(上記(1))の代わりに、以下に説明するHVPE法によりε-Ga2O3系半導体膜を作製したこと以外は、例1と同様にして各種評価を行った。250cm-1付近のピークのピークトップの波数NXが248.3cm-1であり、このピークに対する半値幅WXを算出したところ、7.0cm-1となった。このことから、250cm-1付近のピークはシャープなピークであることが分かった。また、この半導体膜は不純物濃度が低かった。結果は、表1及び2に示されるとおりであった。
【0058】
(1’)HVPE法によるε-Ga2O3系半導体膜の作製
(1a’)下地基板の準備
下地基板として、厚さ約0.4mmで直径5.08cm(2インチ)のc面GaN単結晶基板を準備した。
【0059】
(1b’)成膜
図2に示される構成のHVPE装置20を準備した。HVPE装置20の構成については前述したとおりである。金属Gaをリアクタ22内に配置し、塩化水素ガス(HCl)を供給した。これにより金属Gaと塩化水素を反応させてGaのハロゲン化物を生成させて、成膜用下地基板24へ供給した。同時に、酸素原料としてのO
2ガス及びキャリアガスとしてN
2ガスをリアクタ22内に導入した。こうしてHVPE法による成膜を550℃の成長温度で15分間行い、成膜用下地基板24及びその上に形成された半導体膜を複合材料として得た。
【0060】
例4
HVPE法における上記(1b’)において、成長温度を550℃で安定化させた上で成膜を開始すると共に、580℃まで30分間かけて昇温させたこと以外は、例3と同様にして半導体膜の作製及び各種評価を行った。250cm-1付近のピークのピークトップの波数NXが254.9cm-1であり、このピークに対する半値幅WXを算出したところ、5.9cm-1となった。このことから、250cm-1付近のピークはシャープなピークであることが分かった。また、この半導体膜は不純物濃度が低かった。結果は、表1及び2に示されるとおりであった。
【0061】
例5(比較)
ミストCVD法における上記(1c)及び(1d)において、成膜する際に、ステージ54の温度を500℃で安定化させたこと以外は、例1と同様にして半導体膜の作製及び各種評価を行った。250cm-1付近のピークのピークトップの波数NXが251.9cm-1であり、このピークに対する半値幅WXを算出したところ、16.5cm-1となった。このことから、250cm-1付近のピークはブロードなピークであることが分かった。また、この半導体膜は不純物濃度が高かった。結果は、表1及び2に示されるとおりであった。
【0062】
例6(比較)
HVPE法における上記(1b’)において、成長温度を500℃で安定化させたこと以外は、例3と同様にして半導体膜の作製及び各種評価を行った。250cm-1付近のピークのピークトップの波数NXが251.7cm-1であり、このピークに対する半値幅WXを算出したところ、14.3cm-1となった。このことから、250cm-1付近のピークはブロードなピークであることが分かった。また、この半導体膜は不純物濃度が高かった。結果は、表1及び2に示されるとおりであった。
【0063】
【0064】