(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-16
(45)【発行日】2025-01-24
(54)【発明の名称】電力変換装置
(51)【国際特許分類】
H02P 27/06 20060101AFI20250117BHJP
H02M 7/48 20070101ALI20250117BHJP
【FI】
H02P27/06
H02M7/48 M
(21)【出願番号】P 2020141899
(22)【出願日】2020-08-25
【審査請求日】2023-06-15
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000004695
【氏名又は名称】株式会社SOKEN
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】100121991
【氏名又は名称】野々部 泰平
(74)【代理人】
【識別番号】100145595
【氏名又は名称】久保 貴則
(72)【発明者】
【氏名】柏▲ざき▼ 貴司
(72)【発明者】
【氏名】赤間 貞洋
(72)【発明者】
【氏名】塚本 康裕
(72)【発明者】
【氏名】岡田 浩幸
【審査官】三島木 英宏
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-025776(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 27/06
H02M 7/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電源部(11)からモータ(12)に供給される電力を電力変換部(30)により直流から交流に変換する電力変換装置(13)であって、
前記電力変換部に異常が発生し、且つ前記モータの温度(Tm)が前記モータに設けられた永久磁石の不可逆減磁が発生する温度閾値(Tb)よりも高い場合に、前記電力変換部を、互いに並列に接続された複数のアーム回路(31)の全てについて高電位側の上アームスイッチ(32a)及び低電位側の下アームスイッチ(32b)のうち一方をオン状態にして他方をオフ状態にした目標状態に移行させる、状態移行部(S108)と、
前記電力変換部に異常が発生し、且つ前記温度が温度閾値よりも高い場合に、前記状態移行部により前記電力変換部が前記目標状態に移行することを前記電力変換部の異常発生から少なくとも目標時間(TDasc)だけ遅延させる遅延部(S107)と、
前記モータの回転数(Nm)及び前記温度の少なくとも一方に応じて前記目標時間を設定する目標設定部(S202,S203,S204)と、
を備えている電力変換装置。
【請求項2】
前記目標設定部は、
前記モータの回転数(Nm)と前記電力変換部の異常発生から遅延した遅延時間(TD)との相関を示す回転相関情報を前記目標時間の設定に用いる回転用設定部(S203)を有している、請求項
1に記載の電力変換装置。
【請求項3】
前記目標設定部は、
前記温度と前記電力変換部の異常発生から遅延した遅延時間(TD)との相関を示す温度相関情報を前記目標時間の設定に用いる温度用設定部(S202)を有している、請求項
1又は
2に記載の電力変換装置。
【請求項4】
前記状態移行部は、
前記上アームスイッチ及び前記下アームスイッチのうち一方について、オン状態に切り替えるタイミングを複数の前記アーム回路で揃える、請求項1
~3のいずれか1つに記載の電力変換装置。
【請求項5】
前記状態移行部は、
前記上アームスイッチ及び前記下アームスイッチのうち一方について、オン状態に切り替えるタイミングを、複数の前記アーム回路の少なくとも1つの前記アーム回路と他の前記アーム回路とで異ならせる、請求項1
~3のいずれか1つに記載の電力変換装置。
【請求項6】
前記温度(Tm)が前記温度閾値以下である場合に、前記モータの逆起電力(BEMF)があらかじめ定められた逆閾値(BEMFb)以下になるように前記モータの回転数(Nm)を制限する制限部(S110)、を備えている請求項1~
5のいずれか1つに記載の電力変換装置。
【請求項7】
前記制限部は、前記温度に応じて前記モータの回転数(Nm)を制限する、請求項
6に記載の電力変換装置。
【請求項8】
前記逆閾値は、前記電力変換部への印加電圧の上限値である、請求項
6又は
7に記載の電力変換装置。
【請求項9】
前記状態移行部により前記電力変換装置が前記目標状態に移行した後に、前記上アームスイッチ及び前記下アームスイッチの両方について複数の前記アーム回路の全てをオフ状態にする終了状態に移行させる終了部(S109)、を備えている請求項1~
8のいずれか1つに記載の電力変換装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この明細書における開示は、電力変換装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、直流電力を交流電力に変換して3相モータに供給するインバータと、このインバータの制御を行う制御装置と、が搭載された車両について開示されている。インバータは、3相のそれぞれに設けられたアーム回路を有している。これらアーム回路においては、電源ライン側のスイッチング素子とアースライン側のスイッチング素子とが互いに直列に接続されている。各アーム回路における電源ライン側のスイッチング素子は互いに並列に接続され、各アーム回路におけるアースライン側のスイッチング素子は互いに並列に接続されている。
【0003】
制御装置は、インバータにおいてスイッチング素子の短絡が生じた場合に、モータの回転数に応じて1相短絡制御と3相オン制御とを使い分ける。1相短絡制御は、短絡が生じたスイッチング素子に直列に接続されたスイッチング素子をオン状態にする処理である。3相オン制御は、短絡が生じたスイッチング素子に並列に接続された全てのスイッチング素子をオン状態にする処理である。制御装置は、例えば、モータの回転数が低回転数域にある場合に1相短絡制御を行い、モータの回転数が高回転数域にある場合に3相オン制御を行う。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1では、制御装置がモータの回転数に応じて1相短絡制御と3相オン制御とを使い分けるため、モータの回転数が高回転数域にある状況では、スイッチング素子の短絡発生後に速やかに3相オン制御が行われることになる。インバータにおいては、3相オン制御が行われることで、短絡が生じたスイッチング素子を含めて互いに並列に接続されたスイッチング素子の全てに電流が流れる状態になる。この状態において、モータの回転数が高回転数域にあることなどに起因してモータの逆起電力がある程度大きくなっていると、スイッチング素子を流れる電流が大きくなり、スイッチング素子等の発熱に伴ってインバータが発熱する、ということが懸念される。例えば、モータの高出力化を図る場合には、モータの逆起電力が増加してインバータが発熱しやすくなると考えられる。
【0006】
本開示の主な目的は、電力変換部について異常発生に伴う発熱を抑制できる電力変換装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この明細書に開示された複数の態様は、それぞれの目的を達成するために、互いに異なる技術的手段を採用する。また、特許請求の範囲およびこの項に記載した括弧内の符号は、一つの態様として後述する実施形態に記載の具体的手段との対応関係を示す一例であって、技術的範囲を限定するものではない。
【0008】
上記目的を達成するため、開示された1つの態様は、
電源部(11)からモータ(12)に供給される電力を電力変換部(30)により直流から交流に変換する電力変換装置(13)であって、
電力変換部に異常が発生し、且つモータの温度(Tm)がモータに設けられた永久磁石の不可逆減磁が発生する温度閾値(Tb)よりも高い場合に、電力変換部を、互いに並列に接続された複数のアーム回路(31)の全てについて高電位側の上アームスイッチ(32a)及び低電位側の下アームスイッチ(32b)のうち一方をオン状態にして他方をオフ状態にした目標状態に移行させる、状態移行部(S108)と、
電力変換部に異常が発生し、且つ温度が温度閾値よりも高い場合に、状態移行部により電力変換部が目標状態に移行することを電力変換部の異常発生から少なくとも目標時間(TDasc)だけ遅延させる遅延部(S107)と、
モータの回転数(Nm)及び温度の少なくとも一方に応じて目標時間を設定する目標設定部(S202,S203,S204)と、
を備えている電力変換装置である。
【0009】
電力変換装置については、電力変換部が目標状態にあり且つd軸電流が負側に大きくなった状況では、モータにおいて永久磁石の不可逆減磁が生じやすくなる、という知見が試験等により得られた。この知見に加えて、電力変換部の異常発生後に電力変換部を目標状態に切り替えるまでの経過時間がある程度長いと、電力変換部を目標状態に切り替えた後のd軸電流が負側に大きくなりやすい、という知見が試験等により得られた。
【0010】
これらの知見に対して、上記態様によれば、電力変換部の異常発生後から目標時間が経過した場合に電力変換部が目標状態に移行される。このため、電力変換部が目標状態に移行した後のd軸電流が負側に大きくなりやすく、それに伴って永久磁石の不可逆減磁が生じやすい。永久磁石の不可逆減磁が生じると、モータの逆起電力が低減するため、目標状態の電力変換部を流れる電流が大きすぎて上アームスイッチや下アームスイッチなどが発熱するということが生じにくくなる。したがって、電力変換部について異常発生に伴う発熱を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】第1実施形態における駆動システムの構成を示す図。
【
図3】ASC前後におけるd軸電流及び各相電流の時間変化を示す図。
【
図4】ASC前後におけるモータの逆起電力を示す図。
【
図5】ASC実行後についてモータの逆起電力とd軸電流及び各相電流との関係を示す図。
【
図6】ASC実行後についてモータの起電力とd軸電流とモータ温度との関係を示す図。
【
図7】インバータ制御処理の手順を示すフローチャート。
【
図9】第2実施形態におけるASC実行後についてずれ時間とd軸電流との関係を示す図。
【
図10】インバータ制御処理の手順を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、図面を参照しながら本開示を実施するための複数の形態を説明する。各形態において先行する形態で説明した事項に対応する部分には同一の参照符号を付して重複する説明を省略する場合がある。各形態において構成の一部のみを説明している場合は、構成の他の部分については先行して説明した他の形態を適用することができる。各実施形態で具体的に組み合わせが可能であることを明示している部分同士の組み合わせばかりではなく、特に組み合わせに支障が生じなければ、明示していなくても実施形態同士を部分的に組み合せることも可能である。
【0013】
<第1実施形態>
図1に示す駆動システム10は、例えば電気自動車(EV)やハイブリッド自動車(HV)、燃料電池車などの車両に搭載されている。駆動システム10は、バッテリ11、モータ12、電力変換装置13を有している。駆動システム10は、モータ12を駆動して車両の駆動輪を駆動するシステムである。
【0014】
バッテリ11は、充放電可能な2次電池で構成された直流電圧源であり、電力変換装置13を介してモータ12に電力を供給する電源部に相当する。2次電池は、たとえばリチウムイオン電池、ニッケル水素電池である。バッテリ11は、インバータ30に高電圧(たとえば数100V)を供給する。
【0015】
モータ12は、3相交流方式の回転電機である。モータ12は、3相としてU相、V相、W相を有している。モータ12は、車両の走行駆動源である電動機として機能する。モータ12は、回生時に発電機として機能する。モータ12は、電機子を形成する巻線12aと、界磁を形成する永久磁石12bとを有している。このモータ12では、永久磁石12bを含んで回転子が構成され、巻線12aを含んで固定子が構成されている。なお、モータ12をモータジェネレータや電動モータと称することもできる。
【0016】
電力変換装置13は、バッテリ11とモータ12との間で電力変換を行う。電力変換装置13は、平滑コンデンサ21、インバータ30、制御装置40を有している。
【0017】
平滑コンデンサ21は、バッテリ11から供給される直流電圧を平滑化する。平滑コンデンサ21は、高電位側の電力ラインであるPライン25と低電位側の電力ラインであるNライン26とに接続されている。Pライン25はバッテリ11の正極に接続され、Nライン26はバッテリ11の負極に接続されている。平滑コンデンサ21の正極は、バッテリ11とインバータ30との間において、Pライン25に接続されている。また、平滑コンデンサ21の負極は、バッテリ11とインバータ30との間において、Nライン26に接続されている。平滑コンデンサ21は、バッテリ11に並列に接続されている。電力変換装置13においては、Pライン25、Nライン26がバスバー等により形成されている。
【0018】
電力変換装置13において、平滑コンデンサ21とバッテリ11との間には開閉器22が設けられている。開閉器22は、開状態と閉状態とに移行可能なスイッチやリレー等により形成されており、Pライン25及びNライン26のそれぞれに設けられている。Pライン25においては、バッテリ11の正極と平滑コンデンサ21の正極との間に開閉器22が設けられ、Nライン26においては、バッテリ11の負極と平滑コンデンサ21の負極との間に開閉器22が設けられている。開閉器22が閉状態になると、バッテリ11が平滑コンデンサ21及びインバータ30に電気的に接続される。開閉器22が開状態になると、バッテリ11が平滑コンデンサ21及びインバータ30から電気的に遮断される。
【0019】
開閉器22は、基本的に、イグニッションスイッチ等の車両スイッチがオン状態である場合に閉状態になっており、車両スイッチがオフ状態である場合に開状態になっている。例えば、車両が走行状態にある場合には開閉器22は基本的に閉状態になっている。なお、開閉器22をシステムメインリレーと称することができる。また、開閉器22については、閉状態を導通状態と称し、開状態を遮断状態と称することもできる。さらに、開閉器22が閉状態にある場合、バッテリ11と平滑コンデンサ21とが導通された状態にあり、開閉器22が開状態にある場合、バッテリ11と平滑コンデンサ21との導通が遮断された状態にある。
【0020】
本実施形態では、開閉器22が電力変換装置13に含まれているが、開閉器22は、電力変換装置13に含まれていなくてもよい。例えば、開閉器22は、電力変換装置13とバッテリ11との間に設けられていてもよい。また、開閉器22は、Pライン25だけに設けられていてもよい。すなわち、開閉器22は、Pライン25及びNライン26のうち少なくともPライン25に設けられていればよい。
【0021】
電力変換装置13には、図示しない電圧センサが設けられている。電圧センサとしては、例えば、バッテリ11の電圧を検出する電圧センサと、平滑コンデンサ21の電圧を検出する電圧センサとがある。
【0022】
インバータ30は、DC-AC変換回路である。インバータ30は、3相分の上下アーム回路31を備えて構成されている。上下アーム回路31は、レグと称されることがある。上下アーム回路31は、上アーム31aと、下アーム31bをそれぞれ有している。上アーム31aと下アーム31bは、上アーム31aをPライン25側として、Pライン25とNライン26との間で直列接続されている。上アーム31aと下アーム31bとの接続点は、モータ12における対応する相の巻線12aに出力ライン27を介して接続されている。上下アーム回路31及び出力ライン27は、モータ12のU相、V相、W相のそれぞれに対して設けられている。インバータ30は、上アーム31a及び下アーム31bを3つずつ有している。電力変換装置13においては、出力ライン27がバスバー等により形成されている。
【0023】
アーム31a,31bは、スイッチング素子であるnチャネル型のIGBT32a,32bと、還流用のダイオード33a,33bとをそれぞれ有している。以下、ダイオード33a,33bをFWD33a,33bと称する。IGBT32a及びFWD33aは上アーム31aに含まれ、IGBT32b及びFWD33bは下アーム31bに含まれている。FWD33a,33bは、IGBT32a,32bに逆並列に接続されている。上アーム31aにおいて、IGBT32aのコレクタが、Pライン25に接続されている。下アーム31bにおいて、IGBT32bのエミッタが、Nライン26に接続されている。そして、上アーム31aにおけるIGBT32aのエミッタと、下アーム31bにおけるIGBT32bのコレクタが相互に接続されている。FWD33a,33bのアノードは対応するIGBT32a,32bのエミッタに接続され、カソードはコレクタに接続されている。
【0024】
インバータ30は、図示しない半導体装置により構成される。半導体装置は、半導体モジュールと称されることがある。半導体装置は、複数の半導体素子を有している。半導体素子では、シリコン(Si)、シリコンよりもバンドギャップが広いワイドバンドギャップ半導体などを材料とする半導体基板に素子が形成されている。半導体素子は、素子が形成された半導体チップである。ワイドバンドギャップ半導体は、たとえばシリコンカーバイド(SiC)、窒化ガリウム(GaN)、酸化ガリウム(Ga2O3)、ダイヤモンドである。
【0025】
本実施形態において、1つの半導体素子に、1つのアームを構成するIGBTおよびFWDが形成されている。すなわち、RC(Reverse Conducting)-IGBTが形成されている。半導体装置は、各アームを構成する6つの半導体素子を有している。なお、上下アーム回路31がアーム回路に相当し、上アーム31aのIGBT32aが上アームスイッチに相当し、下アーム31bのIGBT32bが下アームスイッチに相当する。
【0026】
インバータ30は、制御装置40によるスイッチング制御にしたがって直流電圧を交流電圧に変換し、モータ12へ出力する。これにより、モータ12は所定の回転トルクを発生するように動作する。すなわち、インバータ30は、バッテリ11からの直流電力を3相交流電力に変換し、電力変換部に相当する。インバータ30は、車両の回生制動時、駆動輪からの回転力を受けてモータ12が発電した交流電圧を、制御装置40によるスイッチング制御にしたがって直流電圧に変換し、Pライン25へ出力する。このように、インバータ30は、バッテリ11とモータ12との間で双方向の電力変換を行う。
【0027】
制御装置40は、例えばECUであり、インバータ30の駆動を制御する。ECUは、Electronic Control Unitの略称である。制御装置40は、例えばプロセッサ、メモリ、I/O、これらを接続するバスを備えるマイクロコンピュータ(以下、マイコン)を主体として構成される。制御装置40は、メモリに記憶された制御プログラムを実行することで、インバータ30の駆動に関する各種の処理を実行する。ここで言うところのメモリは、コンピュータによって読み取り可能なプログラム及びデータを非一時的に格納する非遷移的実体的記憶媒体(non-transitory tangible storage medium)である。また、非遷移的実体的記憶媒体は、半導体メモリ又は磁気ディスクなどによって実現される。
【0028】
制御装置40は、車両に搭載された統合ECUなどの上位ECUから入力される信号や、回転センサ29などの各種センサから入力される信号を用いて駆動指令を生成し、この駆動指令に応じてIGBT32a,32bにオン駆動やオフ駆動を行わせる。なお、制御装置40が電力変換制御装置に相当する。IGBT32a,32bは、オン状態とオフ状態とに移行可能になっており、オン駆動に伴ってオン状態に移行し、オフ駆動に伴ってオフ状態に移行する。
【0029】
制御装置40には、各種センサとして、電流センサ28、回転センサ29が電気的に接続されている。なお、これらセンサ28,29は駆動システム10に含まれている。これらセンサ28,29のうち電流センサ28は電力変換装置13に含まれている。
【0030】
電流センサ28は、モータ12に流れる電流を検出する電流検出部である。電流センサ28は、3相の巻線12aのそれぞれに流れる電流に応じた検出信号を制御装置40に対して出力する。本実施形態の電流センサ28は、出力ライン27に対して設けられていることで巻線12aに対して設けられており、出力ライン27を流れる電流を検出することで巻線12aを流れる電流を検出する。電流センサ28は、巻線12aに流れる電流を所定のサンプリング周期で離散的にサンプリングしており、離散信号を検出信号として出力する。なお、巻線12aに流れる電流を電機子電流と称することもできる。
【0031】
回転センサ29は、モータ12に設けられており、モータ12の回転数を検出する回転検出部である。回転センサ29は、モータ12の回転数に応じた検出信号を制御装置40に対して出力する。回転センサ29は、例えばエンコーダやレゾルバなどを含んで構成されている。
【0032】
図2に示す制御装置40は、インバータ30を介してモータ12のベクトル制御を行う。ベクトル制御では、U相、V相、W相により示される3相交流座標を、d軸及びq軸により示されるdq座標に変換する。dq座標は、例えば回転子のS極からN極に向かう方向をd軸とし、このd軸に直交する方向をq軸として、これらd軸及びq軸によって定義される回転座標である。
【0033】
制御装置40は、機能ブロックとして、指令部41、3相2相変換部42、d軸減算部43、q軸減算部44、電流制御部45、2相3相変換部46を有している。これら機能ブロックは、少なくとも1つのIC等によりハードウェア的に構成されていてもよく、プロセッサによるソフトウェアの実行とハードウェアとの組み合わせにより実行されていてもよい。
【0034】
3相2相変換部42には、電流センサ28により検出されたU相電流Iu、V相電流Iv、W相電流Iwが入力される。これら相電流Iu,Iv,Iwは、モータ12において各相の巻線12aを実際に流れる電流の検出値である。なお、制御装置40は、電流センサ28の検出信号を用いて各相電流Iu,Iv,Iwを取得する電流取得部を有している。この電流取得部は3相2相変換部42に含まれていてもよい。
【0035】
3相2相変換部42には、回転センサ29により検出されたモータ回転数Nmが入力される。このモータ回転数Nmは、モータ12の実際の回転数を示す検出値である。モータ回転数Nmは、例えば単位時間当たりのモータ12の回転数であり、回転速度を示す値である。
【0036】
3相2相変換部42は、3相交流座標系のU相電流Iu、V相電流Iv及びW相電流Iwをdq座標に座標変換して、dq座標系のd軸電流Id及びq軸電流Iqを算出する。d軸電流Idはdq座標においてd軸方向の成分であり、q軸電流Iqはdq座標においてq軸方向の成分である。3相2相変換部42は、各相電流Iu,Iv,Iwに加えてモータ回転数Nmを用いてd軸電流Id及びq軸電流Iqを算出する。例えば、3相2相変換部42は、モータ回転数Nmを基準として、各相電流Iu,Iv,Iwをdq座標に変換してd軸電流Id及びq軸電流Iqを算出する。d軸電流Id及びq軸電流Iqはd軸減算部43に入力される。
【0037】
なお、3相2相変換部42が座標変換部に相当する。また、d軸電流Id及びq軸電流Iqを、検出値である各相電流Iu,Iv,Iwを座標変換した実電流であるとして実d軸電流や実q軸電流と称することもできる。さらに、d軸電流Idを界磁電流と称し、q軸電流を駆動電流と称することもできる。
【0038】
指令部41は、d軸電流Id及びq軸電流Iqのそれぞれについて目標にするべき値をd軸電流指令値Id*及びq軸電流指令値Iq*として設定する。指令部41により設定された指令値Id*,Iq*は、d軸電流指令値Id*がd軸減算部43に入力され、q軸電流指令値Iq*がq軸減算部44に入力される。指令部41には、モータ12が発生するべき回転トルクとしてトルク指令値が上位ECUからの信号として入力される。指令部41は、バッテリ11からモータ12への電力供給が行われている場合などに、トルク指令値に応じて指令値Id*,Iq*を設定する。
【0039】
d軸減算部43は、d軸電流指令値Id*とd軸電流Idとの偏差をd軸電流偏差として算出する。q軸減算部44は、q軸電流指令値Iq*とq軸電流Iqとの偏差をq軸電流偏差として算出する。これらd軸電流偏差及びq軸電流偏差は電流制御部45に入力される。
【0040】
電流制御部45は、dq座標系について、d軸電流偏差及びq軸電流偏差がゼロになるようにd軸電圧指令値Vd*及びq軸電圧指令値Vq*を算出する。電流制御部45は、d軸電流Idがd軸電流指令値Id*に一致するように且つq軸電流Iqがq軸電流指令値Iq*に一致するようにフィードバック制御を行ってd軸電圧指令値Vd*及びq軸電圧指令値Vq*を算出する。電流制御部45は、フィードバック制御として例えばPI制御を行う。d軸電圧指令値Vd*及びq軸電圧指令値Vq*は2相3相変換部46に入力される。
【0041】
2相3相変換部46は、dq座標系のd軸電圧指令値Vd*及びq軸電圧指令値Vq*を3相交流座標に座標変換して、3相座標系のU相電圧指令値Vu*、V相電圧指令値Vv*及びW相電圧指令値Vw*を算出する。これら電圧指令値Vu*,Vv*,Vw*は、3相の巻線12aのそれぞれに出力するべき電圧値であり、駆動指令に含まれる情報である。これら電圧指令値Vu*,Vv*,Vw*を含む駆動指令がインバータ30に入力される。
【0042】
制御装置40は、機能ブロックとして、図示しないPWM信号生成部を有している。PWM信号発生部は、電圧指令値Vu*,Vv*,Vw*を用いて、IGBT32a,32bを駆動するためのPWM信号を生成する。制御装置40は、このPWM信号に応じてIGBT32a,32bにオン駆動やオフ駆動が行わせることで、電圧指令値Vu*,Vv*,Vw*に対応する電圧をU相、V相、W相のそれぞれの巻線12aに印加する。
【0043】
駆動システム10では、車両走行時などにバッテリ11からの電力供給によりモータ12が駆動回転している状態で、インバータ30の異常であるインバータ異常が発生した場合、インバータ異常に伴って2次的な異常が発生することが懸念される。例えば、インバータ異常としては、スイッチング素子としてのIGBT32a,32bがショートした短絡異常がある。ここでは、IGBT32a,32bが意図せずにオン状態に移行した状況や、IGBT32a,32bがオン状態のまま意図せずに保持されている状況のことを短絡異常と称する。IGBT32a,32bの短絡異常が発生した場合、制御装置40がオフ駆動を指令したIGBT32a,32bがオフ駆動していないなど、電力変換装置13が制御装置40の指令通りに動作しないという制御破綻が起きることが懸念される。制御破綻が生じた場合、モータ12の逆起電力により電圧センサ等の補機類や平滑コンデンサ21の過電圧が生じることや、インバータ30に過電流が流れることなど、2次的な異常が駆動システム10において発生しやすくなると考えられる。
【0044】
これに対して、制御装置40は、インバータ異常が発生した場合に、インバータ30に対してアクティブショートサーキットを行う。以下、アクティブショートサーキットをASCと称する。制御装置40が、上アーム31aのIGBT32aと下アーム31bのIGBT32bとのうち一方を3相全てについてオン駆動し、他方を3相全てについてオフ駆動することで、ASCが実現される。制御装置40がASCを行った場合のインバータ30の状態をASC状態と称すると、このASC状態が目標状態に相当する。
【0045】
ASCについては、インバータ30がASC状態にあり且つd軸電流Id側に大きくなった状況では、モータ12において永久磁石12bの不可逆減磁が生じやすくなる、という知見が試験やシミュレーション等により得られた。また、インバータ異常の発生後にインバータ30をASC状態に切り替えるまでの経過時間がある程度長いと、インバータ30をASC状態に切り替えた後のd軸電流Idが負側に大きくなりやすい、という知見が試験やシミュレーション等により得られた。これら知見について、
図3~
図6を参照しつつ説明する。
【0046】
まず、不可逆減磁について説明する。
図3では、タイミングt1からタイミングt2の直前までインバータ30が正常に駆動している。そして、タイミングt2にてインバータ異常が発生し、インバータ異常の発生に伴って制御装置40がASCを開始する。インバータ異常の発生からASC開始までの期間を遅延時間TDと称すると、この遅延時間TDは、例えばタイミングt1~t2の期間に比べて十分に小さい。このため、
図3では遅延時間TDの図示を省略する。なお、d軸電流Idは、インバータ異常が発生する前後のいずれにおいても負の値になっている。
【0047】
タイミングt2では、インバータ30がASC状態に切り替わるとともに、d軸電流Idが負側に瞬間的に大きくなっている。d軸電流Idは、ゼロよりも小さい負の値から更に急減しており、d軸電流Idの絶対値が急増して最大値Idmaxに到達している。d軸電流Idについては、絶対値の急増に伴って振幅も急増しており、その後、振幅が徐々に減少している。
【0048】
タイミングt3では、d軸電流Idの振幅が減少してd軸電流Idが定常値にほぼ収束している。タイミングt3でのd軸電流Idは、インバータ異常が発生していないタイミングt1でのd軸電流Idに比べてゼロ側に大きくなっている。この場合、d軸電流Idの絶対値は、ASC前後で差分ΔIdだけ減少している。
【0049】
各相電流Iu,Iv,Iwは、タイミングt2にて正側や負側に瞬間的に大きくなっている。その後、各相電流Iu,Iv,Iwは、d軸電流Idと同様に、振幅が徐々に減少していき、タイミングt3にて振幅の減少がほぼ収束している。各相電流Iu,Iv,Iwについては、タイミングt3での振幅がインバータ異常が発生していないタイミングt1での振幅に比べて小さくなっている。この場合、各相電流Iu,Iv,Iwの振幅は、ASC前後で差分ΔIだけ減少している。なお、各相電流Iu,Iv,Iwを3相電流と称することもできる。
【0050】
このように、d軸電流Idの絶対値や各相電流Iu,Iv,Iwの振幅がASC開始後に減少している理由は、ASC実行に伴うd軸電流Idの負側への増加によりモータ12の永久磁石12bに反磁界が加えられて永久磁石12bの減磁が生じたためである。そして、d軸電流Idの絶対値が到達した最大値Idmaxが十分に大きいと、永久磁石12bに加えられる反磁界が十分に強くなり、永久磁石12bにて生じる減磁が不可逆的な不可逆減磁になりやすいと考えられる。
【0051】
ASC実行に伴って永久磁石12bの不可逆減磁が生じたことで、モータ12の逆起電力BEMFについては、
図4に示すように、インバータ異常が発生していないタイミングt1に比べてASC開始後のタイミングt3の方が振幅が小さくなっている。
図4においては、横軸に電気角θを示し、縦軸にモータ12の逆起電力BEMFを示している。
【0052】
次に、遅延時間TDとd軸電流Idとの関係について説明する。
図5では、d軸電流Idの最大値Idmaxの絶対値[A]と、ASC開始後であるタイミングt3での各相電流Iu,Iv,Iwの実効値[Arms]とが縦軸になっており、遅延時間TDが横軸になっている。
図5に示すように、遅延時間TDが長いほどd軸電流Idの最大値Idmaxが大きくなっている。一方で、各相電流Iu,Iv,Iwは、遅延時間TDに関係なくほぼ一定の値になっている。これは、遅延時間TDが長いほど、ASC実行に伴ってd軸電流Idが急増して永久磁石12bの不可逆減磁が生じやすく、その一方で、各相電流Iu,Iv,Iwの増加は生じにくい、ということを示している。
【0053】
続いて、モータ12の逆起電力BEMFとモータ12の温度であるモータ温度Tmとの関係について説明する。モータ12においては、モータ温度Tmが異なると逆起電力BEMFも異なる。本実施形態では、モータ12の永久磁石12bがネオジム磁石により形成されている。ネオジム磁石は、希土類磁石の一種であり、温度が低いほど磁力が強くなりやすいという性質を有している。モータ12においては、モータ温度Tmが低いほど逆起電力BEMFが大きくなりやすい。
【0054】
図6に示すように、モータ12においては、d軸電流Idの最大値Idmaxとモータ12の逆起電力BEMFとの関係がモータ温度Tmによって異なっている。
図6において、横軸には、d軸電流Idの最大値Idmaxが絶対値ではなく負の値として横軸に示されている。縦軸には、ASCによる永久磁石12bの不可逆減磁が生じた後のモータ12の逆起電力BEMFが示されている。すなわち、縦軸には、タイミングt3での逆起電力BEMFが示されている。
図6には、モータ温度Tmが第1温度Tm1、第2温度Tm2及び第3温度Tm3になっている場合のそれぞれについて、最大値Idmaxと逆起電力BEMFとの関係が示されている。これら温度Tm1,Tm2,Tm3の中では、第1温度Tm1が最も高い温度であり、第3温度Tm3が最も低い温度である。
【0055】
モータ12においては、モータ温度Tmが温度Tm1,Tm2,Tm3のいずれにある場合でも、d軸電流Idの最大値Idmaxが負側に大きくなると、不可逆減磁後の逆起電力BEMFが小さくなる。一方で、モータ温度Tmが低いほど永久磁石12bの減磁が生じにくいことに起因して、モータ温度Tmが低いほど、d軸電流Idの最大値Idmaxを負側に大きくしても不可逆減磁後の逆起電力BEMFが小さくなりにくい。
【0056】
次に、モータ12の逆起電力BEMFとモータ回転数Nmとの関係について説明する。モータ12においては、モータ回転数Nmが異なると逆起電力BEMFも異なる。モータ回転数Nmが大きいほど逆起電力BEMFが大きくなり、モータ回転数Nmとモータ回転数Nmとは比例関係にある。また、d軸電流Idの最大値Idmaxと逆起電力BEMFとの関係がモータ回転数Nmによって異なっている。例えば、モータ温度Tmと同様に、モータ回転数Nmに関係なく、d軸電流Idの最大値Idmaxが負側に大きくなると、不可逆減磁後の逆起電力BEMFが小さくなる。さらに、モータ回転数Nmが大きいほど逆起電力BEMFが大きくなる。このため、逆起電力BEMFの低減量を大きくするには、モータ回転数Nmが大きいほどd軸電流Idの最大値Idmaxを負側に大きくする必要がある。
【0057】
制御装置40は、インバータ異常が発生した場合に、逆起電力BEMFが低減するようにASCを行う。制御装置40は、インバータ30の駆動制御を行うためのインバータ制御処理の中で、ASCを行うための処理を行う。このインバータ制御処理について、
図7のフローチャートを参照しつつ説明する。なお、制御装置40はインバータ制御処理を所定周期で繰り返し実行する。制御装置40は、インバータ制御処理の各ステップを実行する機能を有している。
【0058】
図7において、ステップS101では、モータ温度Tmがあらかじめ定められた温度閾値Tb以下であるか否かを判定する。温度閾値Tbは、試験やシミュレーション等により取得された情報であり、制御装置40の記憶部に記憶されている。
図6の説明にて述べたように、永久磁石12bの不可逆減磁を発生させて逆起電力BEMFを低減するには、モータ温度Tmが低いほどd軸電流Idの最大値Idmaxを大きくする必要がある。このため、モータ温度Tmが低すぎると、d軸電流Idの最大値Idmaxを上限値を超えるほどに大きくしても永久磁石12bが不可逆減磁されずに、逆起電力BEMFを十分に低減するということができない、という可能性がある。なお、d軸電流Idについて最大値Idmaxの上限値は、インバータ30の定格値などに応じて設定される値である。
【0059】
そこで、本ステップS101では、モータ温度Tmについて、d軸電流Idの最大値Idmaxが上限値を超えない範囲で永久磁石12bの不可逆減磁が発生する値を温度閾値Tbとして設定する。モータ温度Tmが温度閾値Tb以下である場合、正常時であってもモータ回転数Nmを制限するとして、ステップS110に進む。この場合、仮にインバータ異常の発生に伴ってASCを行っても、永久磁石12bが不可逆減磁されないほどにモータ温度Tmが低い、ということになる。
【0060】
ステップS110では、モータ制限処理を行う。このモータ制限処理では、モータ12の逆起電力BEMFがあらかじめ定められた逆閾値BEMFb[V](図示略)以下になるように、モータ回転数Nmを制限する。例えば、現在のモータ温度Tmが低いほどモータ回転数Nmの目標値を小さい値に設定する。そして、指令部41が、トルク指令値に加えてモータ回転数Nmの目標値に応じてd軸電流指令値Id*及びq軸電流指令値Iq*を設定する。これら電流指令値Id*,Iq*に応じてモータ12のベクトル制御が行われることで、モータ回転数Nmが制限される。
【0061】
逆起電力BEMFの逆閾値BEMFbは、インバータ30への印加電圧の上限値である。上述したように、インバータ30への印加電圧の上限値はインバータ30の耐電圧値であり、この耐電圧値は、インバータ30において最も耐電圧値の低い部品や機器の耐電圧値が設定されている。逆閾値BEMFbは、試験やシミュレーション等により取得された情報であり、制御装置40の記憶部に記憶されている。
【0062】
一方、モータ温度Tmが温度閾値Tbよりも大きい場合、ASCを行うことでモータ12の逆起電力BEMFを低減できる可能性が高いとして、ステップS102に進む。ステップS102では、インバータ異常が発生したか否かを判定する。ここでは、制御装置40からインバータ30への駆動指令に従ってIGBT32a,32bのオン駆動やオフ駆動が正常に行われているか否かを判定する。例えば、電流センサ28などの各種センサの検出信号とインバータ30への駆動指令とを比較し、この比較結果を用いてIGBT32a,32bの駆動状態を判定する。IGBT32a,32bにて短絡異常が発生していると判断した場合に、インバータ異常が発生したとして、ステップS103に進む。
【0063】
ステップS103では、回転センサ29の検出信号を用いてモータ回転数Nmを取得する。ステップS104では、モータ回転数Nmがあらかじめ定められた回転閾値Nb以上であるか否かを判定する。回転閾値Nbは、試験やシミュレーション等により取得された情報であり、制御装置40においてメモリ等の記憶部に記憶されている。モータ12の逆起電力BEMFが、例えば平滑コンデンサ21の最大許容電圧や定格電圧に応じた値や、インバータ30への印加電圧の上限値に応じた値に制限されるように、回転閾値Nbが設定されている。インバータ30への印加電圧の上限値は、例えばインバータ30の定格値や最大許容電圧に応じて設定されている。
【0064】
なお、インバータ30への印加電圧の上限値をインバータ30の耐電圧値と称することもできる。インバータ30の耐電圧値としては、インバータ30において最も耐電圧値の低い部品や機器の耐電圧値が設定されている。例えば、インバータ30において最も耐電圧値の低い部品がIGBT32a,32bであれば、IGBT32a,32bの定格値や最大許容電圧に応じて耐電圧値が設定される。
【0065】
モータ回転数Nmが回転閾値Nbに達していない場合、補器類や平滑コンデンサ21の過電圧やインバータ30の過電流が発生する可能性が低いとして、そのまま本インバータ制御処理を終了する。モータ回転数Nmが回転閾値Nbに達している場合、補器類や平滑コンデンサ21の過電圧やインバータ30の過電流が発生する可能性があるとして、ステップS105に進む。
【0066】
ステップS105では、モータ温度Tmを取得する。この取得処理では、上位ECUや各種センサから入力された信号を用いて、モータ温度Tmを検出値として取得する。本実施形態では、モータ温度Tmと永久磁石12bとがほぼ同じであるとする。
【0067】
ステップS106では、ASCを実行する場合の目標値として遅延時間TDについて目標時間TDascを設定する目標時間処理を行う。ステップS106の目標時間処理については、
図8のフローチャートを参照しつつ説明する。
【0068】
図8において、ステップS201では、ASCを実行する場合の目標値として、モータ12の逆起電力BEMFについて目標値BEMFascを取得する。目標値BEMFascは、試験やシミュレーション等により取得された情報であり、制御装置40の記憶部に記憶されている。逆起電力BEMFについて、例えば平滑コンデンサ21の最大許容電圧や定格電圧に応じた値や、インバータ30への印加電圧の上限値に応じた値が目標値BEMFascとして設定されている。本ステップS201では、制御装置40の記憶部から目標値BEMFascを読み込んで取得する。なお、目標値BEMFascは、モータ回転数Nmやモータ温度Tmに可変設定されてもよい。
【0069】
ステップS202では、遅延時間TDの目標時間TDascについて、モータ温度Tmを用いて第1目標時間TDasc1を算出する。第1目標時間TDasc1は、逆起電力BEMFを低減するにはモータ温度Tmが低いほど目標時間TDascを長くすればよいという知見を用いて算出される目標時間である。ここでは、まず、温度相関情報を用いて、逆起電力BEMFの目標値BEMFascとモータ温度Tmとからd軸電流Idの目標最大値Idmax1を算出する。温度相関情報は、モータ温度Tmと逆起電力BEMFとd軸電流Idの最大値Idmaxとの相関関係を示す相関情報であり、例えばマップや関数として制御装置40の記憶部に記憶されている。例えば、温度相関情報として
図6に示す情報を用いる場合、モータ温度Tmが第2温度Tm2であれば、d軸電流Idの最大値Idmaxについて、第2温度Tm2のグラフ上で目標値BEMFascに交差する値を目標最大値Idmax1として算出する。
【0070】
次に、時間相関情報を用いて、d軸電流Idの目標最大値Idmax1から第1目標時間TDasc1を算出する。時間相関情報は、d軸電流Idの最大値Idmaxと遅延時間TDとの相関関係を示す相関情報であり、例えばマップや関数として制御装置40の記憶部に記憶されている。例えば、時間相関情報として
図5に示す情報を用いる場合、遅延時間TDについて、d軸電流Idの最大値Idmaxを示すフラグ上で目標最大値Idmax1に交差する値を第1目標時間TDasc1として算出する。
【0071】
ステップS203では、遅延時間TDの目標時間TDascについて、モータ回転数Nmを用いて第2目標時間TDasc2を算出する。第2目標時間TDasc2は、逆起電力BEMFを低減するにはモータ回転数Nmが大きいほど目標時間TDascを長くすればよいという知見を用いて算出される目標時間である。ここでは、まず、回転相関情報を用いて、逆起電力BEMFの目標値BEMFascとモータ回転数Nmとからd軸電流Idの目標最大値Idmax2(図示略)を算出する。回転相関情報は、モータ回転数Nmと逆起電力BEMFとd軸電流Idの最大値Idmaxとの相関関係を示す相関情報であり、例えばマップや関数として制御装置40の記憶部に記憶されている。
【0072】
次に、時間相関情報を用いて、d軸電流Idの目標最大値Idmax2から第2目標時間TDasc2を算出する。ここでは、第1目標時間TDasc1の算出に用いた時間相関情報を用いて、第1目標時間TDasc1と同様に第2目標時間TDasc2を算出する。
【0073】
ステップS204では、モータ温度Tmから算出した第1目標時間TDasc1と、モータ回転数Nmから算出した第2目標時間TDasc2とに応じて、目標時間TDascを算出する。例えば、第1目標時間TDasc1と第2目標時間TDasc2との平均値を算出し、この平均値を目標時間TDascに設定する。なお、第1目標時間TDasc1と第2目標時間TDasc2とを用いれば、目標時間TDascの算出にどのような方法を採用してもよい。
【0074】
なお、制御装置40におけるステップS202の処理を実行する機能が温度用設定部に相当し、ステップS203の処理を実行する機能が回転用設定部に相当する。また、ステップS202,S203,S204の処理を実行する機能が目標設定部に相当する。
【0075】
ステップS204の終了後は、
図7に示すステップS106が終了したとして、ステップS107に進む。ステップS107では、遅延時間TDが目標時間TDascに達したか否かを判定する。そして、遅延時間TDが目標時間TDascに達するまでステップS107の処理を繰り返し行う。遅延時間TDが目標時間TDascに達した場合、ステップS108に進む。なお、本インバータ制御処理では、ステップS101にてインバータ異常の発生を工程判断したタイミングからの経過時間を遅延時間TDとして計測している。
【0076】
ステップS108では、ASCを実行してインバータ30をASC状態に移行させる。ここでは、上アーム31aのIGBT32aと下アーム31bのIGBT32bとのうち一方を3相全てについてオン駆動し、他方を3相全てについてオフ駆動する。この場合、IGBT32a,32bのうち一方について、オン状態に切り替えるタイミングを3相全ての上下アーム回路31で揃える。他方についても、オフ状態に切り替えるタイミングを3相全ての上下アーム回路31で揃える。また、IGBT32a,32bのうち一方をオン状態に切り替えるタイミングと、他方をオフ状態に切り替えるタイミングとについても揃える。
【0077】
なお、「揃える」には、複数のIGBT32a,32bの状態がまとめて切り替えられることや、複数のIGBT32a,32bの切り替えタイミングが同時であること、切り替えタイミングが多少ずれてしまうこと、が含まれている。
【0078】
また、本ステップS108では、いずれのIGBT32a,32bにて短絡異常が発生したのかを判定する。全てのIGBT32a,32bのうち短絡異常が発生したIGBTが上アーム31a及び下アーム31bのうち一方だけに含まれている場合、アーム31a,31bのうち、そのIGBTが含まれている方の残りのIGBTを全てオン駆動する。そして、そのIGBTが含まれていない方のIGBTを全てオフ駆動する。例えば、U相について上アーム31aのIGBT32aに短絡異常が発生した場合、V相及びW相について上アーム31aのIGBT32aをオン状態に切り替える。そして、3相全てについて下アーム31bのIGBT32bをオフ状態に切り替える。
【0079】
ステップS109では、終了処理を行う。終了処理では、ASCの実行によりモータ12の逆起電力BEMFが目標値BEMFascに対する許容範囲まで低下したか否かを判定する。例えば、ASC実行後のd軸電流Idの振幅の大きさがあらかじめ定められた振幅閾値より小さくなったか否かの判定と、各相電流Iu,Iv,IwについてASC前後の差分ΔIがあらかじめ定められた差分閾値より小さくなったか否かの判定を行う。そして、d軸電流Idの振幅が振幅閾値より小さくなり、且つ差分ΔIが差分閾値より小さくなった場合に、逆起電力BEMFが許容範囲まで低下したと判断する。なお、
図3に示すタイミングt3では、d軸電流Idが振幅閾値より小さくなり、d軸電流Idや各相電流Iu,Iv,Iwが定常値に収束した状態になっている。
【0080】
逆起電力BEMFが許容範囲まで低下した場合、ASCの実行により逆起電力BEMFが適正に低下したとして、ASCを終了させる。ここでは、インバータ30において、短絡異常が発生しているIGBT以外のIGBT32a,32bを全てオフ状態に切り替えてインバータ30を終了状態に移行させる。なお、終了処理では、開閉器22を開状態に切り替えてバッテリ11からモータ12への電力供給を停止させてもよい。
【0081】
なお、制御装置40におけるステップS107の処理を実行する機能が遅延部に相当し、ステップS108の処理を実行する機能が状態移行部に相当する。ステップS109の処理を実行する機能が終了部に相当し、ステップS110の処理を実行する機能が制限部に相当する。
【0082】
次に、インバータ異常の発生に伴って制御装置40がASCを行った場合の逆起電力BEMFの変化について、
図3、
図4を参照しつつ説明する。
【0083】
図3において、タイミングt2にてインバータ異常が発生した場合、遅延時間TDが目標時間TDascに達すると、制御装置40によりASCが開始される。ASCの開始に伴ってd軸電流Idの振幅が一時的に増加するが、タイミングt3では定常状態のd軸電流Idがタイミングt1でのd軸電流Idよりも減少している。各相電流Iu,Iv,Iwについても、振幅が一時的に増加するが、定常状態になったタイミングt3での振幅はインバータ異常が発生していないタイミングt1での振幅よりも減少している。その結果、
図4に示すように、インバータ異常発生時であるタイミングt3での逆起電力BEMFが、インバータ異常が発生していないタイミングt1での逆起電力BEMFよりも減少する。
【0084】
ここまで説明した本実施形態によれば、インバータ異常が発生した場合、遅延時間TDが目標時間TDascに達するとインバータ30がASC状態に移行される。このため、インバータ30がASC状態に移行した後のd軸電流Idが負側に大きくなりやすく、それに伴って、モータ12において永久磁石12bの不可逆減磁が生じやすい。永久磁石12bの不可逆減磁が生じると、モータ12の逆起電力BEMFが低減するため、ASC状態のインバータ30を流れる電流が大きすぎてIGBT32a,32bなどが発熱するということが生じにくくなる。したがって、インバータ30について異常発生に伴う発熱を抑制できる。
【0085】
本実施形態によれば、制御装置40は、ASCを実行する場合に、IGBT32a,32bのうち一方について、オン状態に切り替えるタイミングを複数の上下アーム回路31の全てで揃えている。この構成では、例えば複数のIGBT32aを全てオン状態に切り替える場合に、これらIGBT32aの全てについて同じ駆動指令を生成すればよいため、制御装置40の処理負担を低減できる。この効果は、複数のIGBT32bを全てオン状態に切り替える場合についても同様に奏することができる。
【0086】
制御装置40は、ASCを実行する場合に、IGBT32a,32bのうち一方について、オフ状態に切り替えるタイミングを複数の上下アーム回路31の全てで揃えている。この構成では、例えば複数のIGBT32aを全てオフ状態に切り替える場合に、これらIGBT32aの全てについて同じ駆動指令を生成すればよいため、制御装置40の処理負担を低減できる。この効果は、複数のIGBT32bを全てオフ状態に切り替える場合についても同様に奏することができる。
【0087】
モータ温度Tmが温度閾値Tb以下である場合には、インバータ30のASCが実行されても、モータ温度Tmが低すぎる温度域にあることに起因して、d軸電流Idの最大値Idmaxが不足して永久磁石12bの不可逆減磁が生じないことが懸念される。これに対して、本実施形態によれば、モータ温度Tmが温度閾値Tb以下である場合に、逆起電力BEMFが逆閾値BEMFb以下になるようにモータ回転数Nmが制限される。このため、ASCが実行されたにもかかわらず、d軸電流Idの最大値Idmaxが不足して永久磁石12bの不可逆減磁が生じない、ということを回避できる。この結果、ASCが実行されることによりかえってインバータ30が発熱してしまうということを抑制できる。
【0088】
本実施形態によれば、モータ温度Tmが温度閾値Tb以下である場合、モータ温度Tmに応じてモータ回転数Nmが制限される。このため、逆起電力BEMFが逆閾値BEMFb以下になるようにモータ回転数Nmを制限する上で、モータ回転数Nmが大きいほど逆起電力BEMFが大きくなるという関係、及びモータ温度Tmが低いほど逆起電力が大きくなるという関係を活用できる。したがって、モータ温度Tmが温度閾値Tb以下である場合についてモータ回転数Nmの制限精度を高めることができる。
【0089】
本実施形態によれば、逆起電力BEMFの逆閾値BEMFbがインバータ30の耐電圧値になっている。このため、モータ温度Tmが温度閾値Tb以下である場合について、インバータ30にとって過剰に大きな電圧がモータ12の逆起電力BEMFにより印加される、ということをより確実に抑制できる。
【0090】
本実施形態によれば、インバータ30は、ASC状態に移行した後に、異常が発生したIGBT以外の全てのIGBTがオフ状態に切り替えられることで終了状態に移行される。このため、ASCの実行によりモータ12の逆起電力BEMFが低減した場合には、インバータ30が終了状態に移行することでモータ12が惰性で回転する。したがって、インバータ異常が発生してASCを実行した場合でも、インバータ30が終了状態に移行されることで車両の退避走行を安全に行うことができる。
【0091】
本実施形態によれば、モータ回転数Nm及びモータ温度Tmの両方に応じて目標時間TDascが設定されている。このため、モータ回転数Nmが大きいほど目標時間TDascを長くするという知見、及びモータ温度Tmが低いほど目標時間TDascを長くするという知見の両方を用いて、目標時間TDascを設定することができる。
【0092】
本実施形態によれば、目標時間TDascの設定に温度相関情報が用いられており、この温度相関情報には、モータ温度Tmが低いほど目標時間TDascを長くするという知見が含まれている。このため、この知見を活用してモータ温度Tmから目標時間TDascを精度良く設定することができる。
【0093】
本実施形態によれば、目標時間TDascの設定に回転相関情報が用いられており、この回転相関情報には、モータ回転数Nmが大きいほど目標時間TDascという知見が含まれている。このため、この知見を活用してモータ回転数Nmから目標時間TDascを精度良く設定することができる。
【0094】
<第2実施形態>
上記第1実施形態では、インバータ30のASCが実行される場合に、IGBT32a,32bのうち一方をオン状態に切り替えるタイミングが複数の上下アーム回路31について揃えられていたが、第2実施形態では、揃えられていない。本実施形態で特に説明しない構成、作用、効果については上記第1実施形態と同様である。本実施形態では、上記第1実施形態と異なる点を中心に説明する。
【0095】
ASCについては、IGBT32a,32bのうち一方をオン状態に切り替えるタイミングが、少なくとも1つの上下アーム回路31と残りの上下アーム回路31とで異なると、d軸電流Idが負側に大きくなりやすい、という知見が得られた。この知見は、試験やシミュレーション等により得られた知見であり、この知見について、
図9を参照しつつ説明する。
【0096】
制御装置40は、ASCを実行する場合に、IGBT32a,32bのうち一方を、複数の上下アーム回路31のうち1つの上下アーム回路31について最初にオン状態に切り替え、その後、残りの上下アーム回路31についてオン状態に切り替える。本実施形態では、1つの上下アーム回路31がオン状態に切り替えられるタイミングと、残りの上下アーム回路31がオン状態に切り替えられるタイミングと、の差をずれ時間TSと称する。
【0097】
図9において、縦軸は、
図5と同様にd軸電流Idの最大値Idmaxと各相電流Iu,Iv,Iwとであり、横軸は、ずれ時間TSになっている。
図9に示すように、ずれ時間TSが長いほどd軸電流Idの最大値Idmaxが大きくなっている。一方で、各相電流Iu,Iv,Iwは、ずれ時間TSに関係なくほぼ一定の値になっている。これは、ずれ時間TSが長いほど、ASC実行に伴ってd軸電流Idが急増して永久磁石12bの不可逆減磁が生じやすく、その一方で、各相電流Iu,Iv,Iwの増加は生じにくい、ということを示している。ずれ時間TSについては、ASCの実行に際してずれ時間TSを生じさせると、インバータ30及びモータ12ではアンバランス電流が生み出され、このアンバランス電流によってd軸電流Idが負側に大きくなる、という知見が試験等により得られた。
【0098】
制御装置40は、インバータ制御処理において、ずれ時間TSを設定し、このずれ時間に応じてASCを実行する。ここでは、本実施形態のインバータ制御処理について、
図10のフローチャートを参照しつつ説明する。
【0099】
図10において、ステップS101~S107では、上記第1実施形態と同様の処理を行う。ステップS107にて、モータ温度Tmが温度閾値Tbよりも大きい場合、ステップS301に進む。ステップS301では、ASCを実行する場合の目標値としてずれ時間TSについて目標ずれ時間TSascを算出する。ここでは、まず、上記第1実施形態のステップS201と同様に、逆起電力BEMFについて目標値BEMFascを取得する。次に、上記第1実施形態のステップS202等と同様に、温度相関情報を用いて、逆起電力BEMFの目標値BEMFascとモータ温度Tmとからd軸電流Idの目標最大値Idmax1を算出する。また、回転相関情報を用いて、逆起電力BEMFの目標値BEMFascとモータ回転数Nmとからd軸電流Idの目標最大値Idmax2を算出する。その後、目標最大値Idmax1,Idmax2を用いて目標最大値Idmax0を算出する。例えば、目標最大値Idmax1,Idmax2の平均値を算出し、この平均値を目標最大値Idmax0に設定する。
【0100】
そして、ずれ相関情報を用いて、d軸電流Idの目標最大値Idmax0から目標ずれ時間TSascを算出する。ずれ相関情報は、d軸電流Idの最大値Idmaxとずれ時間TSとの相関関係を示す相関情報であり、例えばマップや関数として制御装置40の記憶部に記憶されている。例えば、ずれ相関情報として
図9に示す情報を用いる場合、ずれ時間TSについて、d軸電流Idの最大値Idmaxを示すグラフ上で目標最大値Idmax0に交差する値を目標ずれ時間TSascとして算出する。
【0101】
ステップS301の後、ステップS108に進み、上記第1実施形態と同様に、ASCを実行する。ここでは、まず、IGBT32a,32bのうち一方を、複数の上下アーム回路31のうち1つの上下アーム回路31についてオン状態に切り替える。そして、切り替えてから経過した時間をずれ時間TSとして計測し、このずれ時間TSが目標ずれ時間TSascに達したか否かを判定する。そして、ずれ時間TSが目標ずれ時間TSascに達した場合、IGBT32a,32bの一方を、残りの上下アーム回路31についてオン状態に切り替える。IGBT32a,32bのうちオン状態に切り替えていない方は、3相全ての上下アーム回路31についてタイミングを揃えてオフ状態に切り替える。IGBT32a,32bのうちオフ状態に切り替える方については、ずれ時間TSが目標ずれ時間TSascに達した時にオン状態に切り替える方に切り替えタイミングを揃える。
【0102】
ステップS108の後、上記第1実施形態と同様にステップS108,S109の処理を実行し、本インバータ制御処理を終了する。
【0103】
本実施形態によれば、制御装置40は、ASCを実行する場合に、ASC32a,32bのうち一方について、オン状態に切り替えるタイミングを、複数の上下アーム回路31のうち1つの上下アーム回路31と他の上下アーム回路31とで異ならせている。このため、ASC32a,32bのうち一方をオン状態に切り替えるタイミングが複数の上下アーム回路31のうち1つと残りとで異なると、d軸電流Idが負側に大きくなりやすい、という知見を利用して永久磁石12bの不可逆減磁を生じさせることができる。これにより、モータ12の逆起電力BEMFを低減できる。
【0104】
<他の実施形態>
この明細書の開示は、例示された実施形態に制限されない。開示は、例示された実施形態と、それらに基づく当業者による変形態様を包含する。例えば、開示は、実施形態において示された部品、要素の組み合わせに限定されず、種々変形して実施することが可能である。開示は、多様な組み合わせによって実施可能である。開示は、実施形態に追加可能な追加的な部分をもつことができる。開示は、実施形態の部品、要素が省略されたものを包含する。開示は、一つの実施形態と他の実施形態との間における部品、要素の置き換え、または組み合わせを包含する。開示される技術的範囲は、実施形態の記載に限定されない。開示される技術的範囲は、特許請求の範囲の記載によって示され、さらに特許請求の範囲の記載と均等の意味および範囲内での全ての変更を含むものと解されるべきである。
【0105】
上記各実施形態において、モータ12の永久磁石12bは、ネオジム磁石とは異なる磁石により形成されていてもよい。例えば、サマリウムコバルト磁石等の希土類磁石により永久磁石12bが形成されていてもよい。希土類磁石により形成された永久磁石12bは、温度が低いほど磁力が強くなりやすいため、ASCには、上記第1実施形態と同様に、逆起電力BEMFを低減するにはモータ温度Tmが低いほど目標時間TDascを長くすればよいという知見が用いられる。
【0106】
また、遅延時間TDの目標時間TDascや目標ずれ時間TSascを設定するための温度相関情報については、永久磁石12bを形成する磁石の特性に応じて異なる情報が用いられることが好ましい。例えば、永久磁石12bがフェライト磁石により形成された構成では、逆起電力BEMFを低減するにはモータ温度Tmが低いほど目標時間TDascを長くすればよいという知見とは異なる知見が用いられる。
【0107】
上記第1実施形態において、ASCについて遅延時間TDの目標時間TDascは、モータ回転数Nm及びモータ温度Tmのうち一方だけに応じて設定されてもよい。また、目標時間TDascは、モータ回転数Nm及びモータ温度Tmのいずれにも関係なく、逆起電力BEMFの目標値BEMFascに応じて設定されてもよい。さらに、目標時間TDascは、あらかじめ定められた規定値に設定されてもよい。この規定値は、例えば制御装置40の記憶部に記憶された値である。
【0108】
上記第2実施形態において、ASCの実行について、IGBT32a,32bのうち最初にオン状態に切り替えるIGBTは2つ以上でもよい。例えば、IGBT32a,32bのうち一方を、複数の上下アーム回路31のうち2つの上下アーム回路31について最初にオン状態に切り替え、その後、残り1つの上下アーム回路31についてオン状態に切り替える。
【0109】
上記第2実施形態において、ASCの実行について、IGBT32a,32bのうち一方をオン状態に切り替えるタイミングは、複数の上下アーム回路31で全て異なっていてもよい。例えば、IGBT32a,32bのうち一方を、最初に1つの上下アーム回路31についてオン状態に切り替え、目標ずれ時間TSascが経過した後に2つ目の上下アーム回路31についてオン状態に切り替える。そして、更に目標ずれ時間TSascが経過した後に3つ目の上下アーム回路31についてオン状態に切り替える。
【0110】
上記第2実施形態において、ASCの実行について、IGBT32a,32bのうち他方をオフ状態に切り替えるタイミングは、複数の上下アーム回路31で揃っていなくてもよい。すなわち、複数の上下アーム回路31のうち少なくとも1つと残りとで異なっていてもよい。
【0111】
上記第2実施形態において、ASCについて目標ずれ時間TSascは、モータ回転数Nm及びモータ温度Tmのうち一方だけに応じて設定されてもよい。また、目標ずれ時間TSascは、モータ回転数Nm及びモータ温度Tmのいずれにも関係なく、逆起電力BEMFの目標値BEMFascに応じて設定されてもよい。さらに、目標ずれ時間TSascは、あらかじめ定められた規定値に設定されてもよい。この規定値は、例えば制御装置40の記憶部に記憶された値である。
【0112】
上記第2実施形態において、ASCについて目標ずれ時間TSascは、ASCの遅延による逆起電力BEMFの低減が不足する場合にその不足分を補うように設定されてもよい。また、ASCについて遅延時間TDの目標時間TDascは、オン駆動を時間的にずらすことによる逆起電力BEMFの低減が不足する場合にその不足分を補うように設定されてもよい。
【0113】
上記第2実施形態において、ASCの実行について目標ずれ時間TSascを設定した場合、IGBT32a,32bのうち一方で最初にオン状態に切り替えるIGBTについては、オン状態への切り替えを遅延させなくてもよい。例えば、ステップS106において遅延時間TDの目標時間TDascをゼロに設定する。また、
図7のインバータ制御処理においてステップS106,S107の処理が行われなくてもよい。いずれの場合でも、IGBT32a,32bのうち一方をオン駆動するタイミングが、1つの上下アーム回路31と残りの上下アーム回路31とで異なることにより、d軸電流Idが負側に急増しやすい状況をつくり出すことができる。
【0114】
上記各実施形態において、ASCの実行について、IGBT32a,32bの一方が複数の上下アーム回路31の全てでオン駆動されれば、他方はオフ駆動されなくてもよい。このように、IGBT32a,32bのうち一方が複数の上下アーム回路31の全てでオン状態に切り替えられれば、d軸電流Idが負側に大きくなって永久磁石12bの不可逆減磁が生じやすくなる。
【0115】
上記各実施形態では、モータ温度Tmを検出する温度センサがモータ12の周辺やモータ自体に設けられていてもよい。例えば、温度センサがモータ12の永久磁石12bに取り付けられた構成とする。この構成では、温度センサの検出信号により永久磁石12bの温度をモータ温度Tmとして直接的に検出することが可能である。また、制御装置40は、検出値としての各相電流Iu,Iv,Iwや各相電圧Vu,Vv,Vwなどを用いてモータ温度Tmを推定して取得してもよい。さらに、制御装置40は、d軸電流Idやq軸電流Iq、d軸電圧Vd、q軸電圧Vqなどを用いてモータ温度Tmを推定して取得してもよい。
【0116】
上記各実施形態において、電流センサ28は、巻線12aを流れる電流を3相の全てについて検出していなくてもよい。例えば、電流センサ28が3相のうち2相について検出信号を出力し、制御装置40の電流算出部が検出信号に対応した2相について各相電流を算出し、残り1相の各相電流については2相の各相電流から推定してもよい。
【0117】
上記各実施形態において、制御装置40は、少なくとも1つのコンピュータを含む制御システムによって提供される。制御システムは、ハードウェアである少なくとも1つのプロセッサ(ハードウェアプロセッサ)を含む。ハードウェアプロセッサは、下記(i)、(ii)、又は(iii)により提供することができる。
【0118】
(i)ハードウェアプロセッサは、ハードウェア論理回路である場合がある。この場合、コンピュータは、プログラムされた多数の論理ユニット(ゲート回路)を含むデジタル回路によって提供される。デジタル回路は、プログラム及びデータの少なくとも一方を格納したメモリを備える場合がある。コンピュータは、アナログ回路によって提供される場合がある。コンピュータは、デジタル回路とアナログ回路との組み合わせによって提供される場合がある。
【0119】
(ii)ハードウェアプロセッサは、少なくとも1つのメモリに格納されたプログラムを実行する少なくとも1つのプロセッサコアである場合がある。この場合、コンピュータは、少なくとも1つのメモリと、少なくとも1つのプロセッサコアとによって提供される。プロセッサコアは、例えばCPUと称される。メモリは、記憶媒体とも称される。メモリは、プロセッサによって読み取り可能な「プログラム及びデータの少なくとも一方」を非一時的に格納する非遷移的かつ実体的な記憶媒体である。
【0120】
(iii)ハードウェアプロセッサは、上記(i)と上記(ii)との組み合わせである場合がある。(i)と(ii)とは、異なるチップの上、又は共通のチップの上に配置される。
【0121】
すなわち、制御装置40が提供する手段及び機能の少なくとも一方は、ハードウェアのみ、ソフトウェアのみ、又はそれらの組み合わせにより提供することができる。
【0122】
上記各実施形態において、インバータ30を構成するスイッチング素子は、IGBTに限定されない。すなわち、上アームスイッチや下アームスイッチとして、例えばMOSFETなどを用いてもよい。
【0123】
上記各実施形態では、モータ12において、界磁を形成する永久磁石12bを含んで固定子が構成されていてもよく、電機子を形成する巻線12aを含んで回転子が構成されていてもよい。また、モータ12は、複数相の交流モータであれば、3相の交流モータでなくてもよい。例えば、モータ12として、2相の交流モータや、4相以上の交流モータが用いられてもよい。
【0124】
上記各実施形態において、電力変換装置13が搭載された車両としては、乗用車やバス、建設作業車、農業機械車両などがある。また、車両は移動体の1つであり、電力変換装置13が搭載される移動体としては、車両の他に電車や飛行機などある。電力変換装置13としては、インバータ装置やコンバータ装置などがある。このコンバータ装置としては、交流入力直流出力の電源装置、直流入力直流出力の電源装置、交流入力交流出力の電源装置などがある。
【符号の説明】
【0125】
11…電源部としてのバッテリ、12…モータ、13…電力変換装置、30…電力変換部としてのインバータ、31…アーム回路としての上下アーム回路、32a…上アームスイッチとしてのIGBT、32b…下アームスイッチとしてのIGBT、BEMF…逆起電力、BEMFb…逆閾値、TD…遅延時間、TDasc…目標時間、Nm…回転数としてのモータ回転数、Tb…温度閾値、Tm…温度としてのモータ温度、S107…遅延部、S108…状態移行部、S109…終了部、S110…制限部、S202…目標設定部及び温度用設定部、S203…目標設定部及び回転用設定部、S204…目標設定部。