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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-16
(45)【発行日】2025-01-24
(54)【発明の名称】油膜パラメータの算出方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/2055 20180101AFI20250117BHJP
   C10M 171/00 20060101ALI20250117BHJP
   G01N 11/00 20060101ALI20250117BHJP
【FI】
G01N23/2055 310
C10M171/00
G01N11/00 A
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020206905
(22)【出願日】2020-12-14
(65)【公開番号】P2022094088
(43)【公開日】2022-06-24
【審査請求日】2023-11-30
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 光
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 操
(74)【代理人】
【識別番号】100205383
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 諭史
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 元博
(72)【発明者】
【氏名】葛谷 紘澄
【審査官】井上 徹
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-207157(JP,A)
【文献】特開2014-013188(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00- 23/2276
G01N 21/00- 21/01
G01N 21/17- 21/61
G01N 11/00
C10M 171/00-171/06
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
任意の潤滑剤の油膜パラメータを算出する方法であって、
動粘度の異なる複数の基準の潤滑剤のそれぞれに対して転動疲労試験を実施し、該試験における転動面の試験前後のX線回折環強度のばらつきS0_base、Sbaseを測定して、前記転動面の試験前後のX線回折環強度の不均一さIbase(=Sbase/S0_base)をそれぞれ求めるステップ(a)と、
前記転動疲労試験における前記基準の潤滑剤の油膜パラメータΛbaseをそれぞれ算出するステップ(b)と、
前記油膜パラメータΛbaseに対する前記X線回折環強度の不均一さIbaseをグラフ上にそれぞれプロットして、両者の関係を示す基準線を取得するステップ(c)と、
前記任意の潤滑剤に対して、前記転動疲労試験を実施し、該試験における転動面の試験前後のX線回折環強度のばらつきS、S測定して、前記転動面の試験前後のX線回折環強度の不均一さI(=S/S)を求めるステップ(d)と、
得られた前記X線回折環強度の不均一さIの前記基準線上における油膜パラメータの値を前記任意の潤滑剤の油膜パラメータΛとして算出するステップ(e)とを有し、
前記ステップ(b)は下記式(1)を用いて前記油膜パラメータΛ base を算出することを特徴とする油膜パラメータの算出方法。
【数1】
ただし、式中の記号は、h:前記転動疲労試験において転がり接触する2物体の接触面に形成される油膜の油膜厚さ[μm]、σ1:前記2物体のうち一方の物体の二乗平均粗さ[μm]、σ2:他方の物体の二乗平均粗さ[μm]である。
【請求項2】
前記ステップ(a)における前記転動疲労試験が、2円筒を接触させ荷重を加えて行なう2円筒試験であることを特徴とする請求項1記載の油膜パラメータの算出方法。
【請求項3】
前記式(1)中の前記油膜厚さを理論式によって算出することを特徴とする請求項記載の油膜パラメータの算出方法。
【請求項4】
前記式(1)中の前記油膜厚さを、2円筒を接触させ荷重を加えて行なう2円筒試験において2円筒間に形成される油膜の電気抵抗と静電容量を測定することによって算出することを特徴とする請求項記載の油膜パラメータの算出方法。
【請求項5】
前記任意の潤滑剤の動粘度が5mm/s~80mm/sであることを特徴とする請求項1から請求項までのいずれか1項記載の油膜パラメータの算出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車、産業機械などに使用される潤滑剤の油膜パラメータの算出方法に関し、特に、転がり軸受に封入される潤滑剤の油膜パラメータの算出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化対策のため、様々な産業において、省燃費・省エネルギー化が求められている。そのため、例えば、自動車産業では、エンジンオイルなどの潤滑剤の低粘度化により、その課題解決が進められている。しかし、このような潤滑剤の低粘度化は金属接触を起こすリスクを伴うので、潤滑剤の使用の可否を判断する方法の一つとして、油膜パラメータが用いられている。油膜パラメータは、EHL領域(弾性流体潤滑)での突起間干渉の程度を与えるパラメータである。
【0003】
従来、油膜パラメータΛは、転がり接触する2物体の接触面に形成される油膜の厚さhと2表面の粗さσ1、σ2の標準偏差の比によって求められる(非特許文献1参照)。一方、特許文献1では、転がり軸受の寿命予測を行う予測方法が記載されている。この予測方法では、軸受の仕様や、潤滑パラメータ、荷重パラメータなどが用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第3855651号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】山本雄二・兼田禎宏著、「トライボロジー」、第2版、理工学社、2010年12月、p.113-170
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述した従来の油膜パラメータΛの算出方法は、潤滑油の動粘度をもとに理論式によって油膜厚さh(理論油膜厚さ)を算出して、その油膜厚さhを用いて油膜パラメータΛを算出している。そして、その得られた油膜パラメータΛに基づいて、潤滑剤の使用可否の判断を行っている。しかしながら、従来の油膜パラメータΛの算出方法では、潤滑剤に含まれる添加剤、増ちょう剤などの影響や、トラクションなどの使用条件による影響を考慮できないため、潤滑剤の使用可否を適切に判断することが困難である。特に、金属接触が起こる可能性がある低Λ領域では、添加剤や増ちょう剤、トラクションなどが軸受などの寿命に与える影響が大きい。また、特許文献1の寿命予測方法は、潤滑油に関しては基本的に動粘度が基準に補正されており、添加剤の効果やトラクションの影響などは考慮されていない。
【0007】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、添加剤や増ちょう剤、トラクションなどの影響を考慮しながら潤滑剤の油膜パラメータを算出できる油膜パラメータの算出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の油膜パラメータの算出方法は、任意の潤滑剤の油膜パラメータを算出する方法であって、動粘度の異なる複数の基準の潤滑剤のそれぞれに対して転動疲労試験を実施し、該試験における転動面の試験前後のX線回折環強度のばらつきS0_base、Sbaseを測定して、上記転動面の試験前後のX線回折環強度の不均一さIbase(=Sbase/S0_base)をそれぞれ求めるステップ(a)と、上記転動疲労試験における上記基準の潤滑剤の油膜パラメータΛbaseをそれぞれ算出するステップ(b)と、上記油膜パラメータΛbaseに対する上記X線回折環強度の不均一さIbaseをグラフ上にそれぞれプロットして、両者の関係を示す基準線を取得するステップ(c)と、上記任意の潤滑剤に対して、上記転動疲労試験を実施し、該試験における転動面の試験前後のX線回折環強度のばらつきS、Sを測定して、上記転動面の試験前後のX線回折環強度の不均一さI(=S/S)を求めるステップ(d)と、得られた上記X線回折環強度の不均一さIの上記基準線上における油膜パラメータの値を上記任意の潤滑剤の油膜パラメータΛとして算出するステップ(e)とを有することを特徴とする。
【0009】
上記ステップ(a)における上記転動疲労試験が、2円筒を接触させ荷重を加えて行なう2円筒試験であることを特徴とする。
【0010】
上記ステップ(b)は下記式(1)を用いて上記油膜パラメータΛbaseを算出することを特徴とする。
【数1】
ただし、式中の記号は、h:上記転動疲労試験において転がり接触する2物体の接触面に形成される油膜の油膜厚さ[μm]、σ1:上記2物体のうち一方の物体の二乗平均粗さ[μm]、σ2:他方の物体の二乗平均粗さ[μm]である。
【0011】
上記式(1)中の上記油膜厚さを理論式によって算出することを特徴とする。
【0012】
上記式(1)中の上記油膜厚さを、2円筒を接触させ荷重を加えて行なう2円筒試験において2円筒間に形成される油膜の電気抵抗と静電容量を測定することによって算出することを特徴とする。
【0013】
上記任意の潤滑剤の動粘度が5mm/s~80mm/sであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明の油膜パラメータの算出方法は、まず、動粘度の異なる複数の基準の潤滑剤のそれぞれに対して転動疲労試験を実施して、転動面の試験前後のX線回折環強度のばらつきS0_base、Sbaseを取得して、転動面の試験前後のX線回折環強度の不均一さIbase(=Sbase/S0_base)と、油膜パラメータΛbaseを算出して、これらからX線回折環強度の不均一さと油膜パラメータの関係を示すΛ-I特性図における基準線を取得する。次に、任意の潤滑剤を用いて、転動疲労試験を実施して、転動面の試験前後のX線回折環強度のばらつきS、Sを取得して、転動面の試験前後のX線回折環強度の不均一さI(=S/S)を得る。これにより、潤滑剤の動粘度に加えて、潤滑剤に含まれる添加剤や増ちょう剤の影響、トラクションの影響を反映したX線回折環強度の不均一さが得られる。そして、Λ-I特性図における基準線を用いて、得られたX線回折環強度の不均一さIに対応する油膜パラメータの値を油膜パラメータΛとすることで、添加剤や増ちょう剤、トラクションなどの影響を考慮した油膜パラメータΛを得ることができる。これにより、潤滑剤の使用可否の判断を適正に行うことができる。
【0015】
上記ステップ(b)で上記式(1)を用いて上記油膜パラメータΛbaseを算出する際において、上記式(1)中の上記油膜厚さを、2円筒間の基準の潤滑剤の電気抵抗と静電容量を測定することによって算出するので、理論式によって算出する場合に比べて、より正確な油膜パラメータΛbaseを算出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】グリースが封入された転がり軸受を示す図である。
図2】X線分析装置の模式図である。
図3】ステップ(c)で取得される基準線の一例を示す図である。
図4】2円筒試験機の模式図である
図5】油膜パラメータとX線回折環強度の不均一さとの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の油膜パラメータの算出方法が対象とする潤滑剤は、自動車、産業機械などに使用される潤滑剤である。この潤滑剤として、例えば、転がり軸受に封入される潤滑油やグリース、オートマチックトランスミッションに用いられるATF(Automatic Transmission Fluid)、無段変速機に用いられるCVTF(Continuously Variable Transmission Fluid)、ディファレンシャルギアに用いられるディファレンシャルギアオイルなどが挙げられる。
【0018】
図1には、潤滑剤としてグリースが封入された転がり軸受の一例を示す。図1は深溝玉軸受の断面図である。転がり軸受1は、外周面に内輪軌道面2aを有する内輪2と内周面に外輪軌道面3aを有する外輪3とが同心に配置され、内輪軌道面2aと外輪軌道面3aとの間に複数個の玉4が配置される。この玉4は、保持器5により保持される。また、内・外輪の軸方向両端開口部8a、8bがシール部材6によりシールされ、少なくとも玉4の周囲にグリース7が封入される。内輪2、外輪3および玉4は鉄系金属材料からなり、グリース7が玉4との軌道面に介在して潤滑される。
【0019】
転がり軸受に封入されるグリースは、基油と増ちょう剤とを含む。基油は、特に限定されず、通常グリースの分野で使用される一般的なものを使用できる。例えば、高度精製油、鉱油、エステル油、エーテル油、合成炭化水素油(PAO油)、シリコーン油、フッ素油、およびこれらの混合油などを使用できる。
【0020】
増ちょう剤は、特に限定されず、通常グリースの分野で使用される一般的なものを使用できる。例えば、金属石けん、複合金属石けんなどの石けん系増ちょう剤、ベントン、シリカゲル、ウレア化合物、ウレア・ウレタン化合物などの非石けん系増ちょう剤を使用できる。金属石けんとしては、ナトリウム石けん、カルシウム石けん、アルミニウム石けん、リチウム石けんなどが、ウレア化合物、ウレア・ウレタン化合物としては、ジウレア化合物、トリウレア化合物、テトラウレア化合物、他のポリウレア化合物、ジウレタン化合物などが挙げられる。
【0021】
また、グリースには、必要に応じて他の公知の添加物を含有させることができる。この添加物としては、アミン系やフェノール系の酸化防止剤、塩素系、イオウ系、りん系化合物、有機モリブデンなどの極圧剤、石油スルホネート、ジノニルナフタレンスルホネート、ソルビタンエステルなどのさび止剤などが挙げられる。
【0022】
一方、転がり軸受に封入される潤滑油は、上述した基油と添加物とを含むものである。
【0023】
潤滑剤に含まれる添加剤や増ちょう剤によっては、転動疲労に対して有利に作用するものもあれば、効果を発揮しないものもある。一方、CVTFなどトラクションの影響が大きい潤滑剤の場合には、転動疲労に対してトラクションが不利に作用しやすい。従来の油膜パラメータの算出方法は、潤滑剤の動粘度のみに基づいて油膜パラメータを求めていたため、添加剤や増ちょう剤、トラクションの影響などが加味されていなかった。
【0024】
これに対して、本発明の油膜パラメータの算出方法は、転動疲労試験前後のX線回折環強度の不均一さが油膜パラメータと相関関係を示すということに基づくものであり、転動疲労試験前後のX線回折環強度の不均一さから油膜パラメータを算出する方法である。潤滑剤自体を用いた転動疲労試験において、X線回折環強度の不均一さ、つまり試験前後のX線回折環強度のばらつきの変化量を用いることにより、潤滑剤に含まれる添加剤や増ちょう剤、トラクションなどの因子の影響を取り込み、油膜パラメータを精度よく算出できる。
【0025】
本発明の油膜パラメータの算出方法は、動粘度の異なる複数の基準の潤滑剤を用いて、転動疲労試験を実施し、転動面の試験前後のX線回折環強度のばらつきS0_base、Sbaseを取得して、転動面の試験前後のX線回折環強度の不均一さIbase(=Sbase/S0_base)を求めるステップ(a)と、基準の潤滑剤の油膜パラメータΛbaseを算出するステップ(b)と、得られたX線回折環強度の不均一さIbaseと油膜パラメータΛbaseとから基準線を取得するステップ(c)と、任意の潤滑剤を用いて、転動疲労試験を実施し、転動面の試験前後のX線回折環強度のばらつきS、Sを取得して、転動面の試験前後のX線回折環強度の不均一さI(=S/S)を求めるステップ(d)と、得られたX線回折環強度の不均一さIと基準線とから任意の潤滑剤の油膜パラメータΛを算出するステップ(e)とを有する。以下に、各ステップについて説明する。
【0026】
<ステップ(a)>
このステップでは、動粘度の異なる複数の基準の潤滑剤のそれぞれに対して、転動疲労試験を実施する。転動疲労試験としては、軸受を用いた試験や2円筒試験などが実施され、所定の負荷回数が経過した時点で終了する。2円筒試験は、後述の図4に示すように、平行する2つの回転軸に円筒試験片を取り付けて、2円筒を接触させ荷重を加えて行なう試験である。なお、以下では転動疲労試験として2円筒試験を用いた場合について説明する。
【0027】
また、ステップ(a)では、2円筒試験の前と後(所定の負荷回数が経過した時点)で転動面のX線分析を行う。図2はX線分析装置の模式図を示す。図2に示すように、X線分析装置11は、円筒体などの転動部品の転動面15に対してX線を照射する照射部12と、転動面15において回折した環状のX線を検出する検出器13と、検出器13に接続され、検出器13において検出された環状のX線の検出データに基づいて所定のX線分析データを演算などする演算部14とを有する。なお、演算部14は当該検出データを保存する機能を有していてもよい。また、X線分析装置11は、演算部14における演算結果などを表示する表示部を有していてもよい。
【0028】
照射部12は、転動面15に対向させることが可能なように設置されたX線管球を含んでいる。照射部12は、転動面15に対してX線を照射する。照射されたX線は、転動面15に対して所定の入射角で入射するように、矢印αに沿って照射される。
【0029】
検出器13は、転動面15において回折した環状のX線(X線回折環)を検出する。具体的には、検出器13は、照射部12から照射したX線を通過させる中心部に形成された孔13aと、転動面15に対向させることが可能な平面状の検出部13bを含む。例えば、検出部13bとして、X線CCD(Charge Coupled Device)を用いることができる。矢印αに沿って転動面15に入射したX線が、円錐面βを構成するように回折し、検出部13bに到達する。検出部13bでは、それぞれの画素が出力するX線の強度に相当する強度の信号により、X線回折環が検出される。
【0030】
演算部14は、検出されるX線回折環に基づいて、X線回折環強度のばらつきSを取得する。X線回折環強度のばらつきSとは、環状の回折X線の中心角における回折強度と各回折強度の偏差の平均であり、以下の式(2)で表される。
【数2】
ただし、式中の記号は、Iα:回折環の中心角αにおける回折強度、Iave:回折強度の回折環全周における平均値、n:回折間の分割数を表す。n=500とすれば、α=0.72degずつ回折強度を取得して解析するものとする。
【0031】
このX線回折環強度のばらつきは、2円筒試験の前後でそれぞれ取得される。そして、取得されたX線回折環強度のばらつきS0_base、SbaseからX線回折環の不均一さIbaseが求められる。X線回折環の不均一さは、試験前のX線回折環強度のばらつきS0_baseと試験後のX線回折環強度のばらつきSbaseの比(Sbase/S0_base)である。
【0032】
ここで、転動面における「X線回折環強度」とは、転動面の結晶の向きが、ランダムであるか同じ方向に揃っているかを示すものである。具体的には、結晶の向きがランダムなものより、結晶の向きが同じ方向に揃っているものの方が値が大きくなる。通常、転動疲労試験の試験前の転動面の結晶の向きはランダムであるが、試験後の転動面の結晶の向きは特定の方向に揃う。そのため、試験前のX線回折環強度よりも、試験後のX線回折環強度の方が値が大きくなる。
【0033】
また、「X線回折環強度のばらつき」は、環状の回折X線の中心角における回折強度と各回折強度の偏差の平均であり、「X線回折環強度の不均一さ」は、試験前後におけるX線回折環強度のばらつきの比である。「X線回折環強度の不均一さ」は、数値が大きくなるほど疲労が進んでいることを表す。本発明では、「X線回折環強度の不均一さ」を用いることによって、転動に伴う結晶配向の程度(結晶方向が揃っていく度合い)を定量化することができる。そして、試験前後のX線回折環強度のばらつきの比をとることで、試験片の個々の影響をなくすことができる。
【0034】
<ステップ(b)>
このステップでは、2円筒試験における基準の潤滑剤の油膜パラメータΛbaseをそれぞれ算出する。油膜パラメータΛbaseは、下記式(1)を用いて算出される。
【数3】
ただし、式中の記号は、h:2円筒試験において転がり接触する2円筒の接触面に形成される油膜の油膜厚さ[μm]、σ1:一方の円筒の二乗平均粗さ[μm]、σ2:他方の円筒の二乗平均粗さ[μm]である。
【0035】
ここで、上記式(1)中の油膜厚さhは、理論式や実測によって算出することができる。理論式を用いる場合、例えば、下記式(3)で表されるChittendenの計算式(参考文献:Chittenden,R.J.、Dowson,D.、Dunn,J.F.、Taylor,C.M.、Proc.Roy.Soc.London、A397(1985)271)などを用いることができる。
【数4】
【0036】
上記式(3)中、Rは、流れの方向の等価曲率半径であり、Rは、流れに直交する方向の等価曲率半径である。Rは、1/R=(1/Rx1)+(1/Rx2)により算出され、Rは、1/R=(1/Ry1)+(1/Ry2)により算出される。Rx1は、一方の円筒体の流れ方向の曲率半径であり、Rx2は、他方の円筒体の流れ方向の曲率半径であり、Ry1は、一方の円筒体の流れに直交する方向の曲率半径であり、Ry2は、他方の円筒体の流れに直交する方向の曲率半径である。また、上記式(3)中、Uは速度パラメータであり、(η×u)/(E′×R)により算出される。ηは、常圧粘度である。ηは、ρ×νにより算出される。ρは潤滑油の密度であり、νは潤滑油の動粘度である。uは、一方の円筒体の周速および他方の円筒体の周速の平均値である。E′は等価ヤング率である。E′は、2/E′={(1-ν )/E}+{(1-ν )/E}により算出される。Eは一方の円筒体のヤング率であり、Eは他方の円筒体のヤング率である。νは、一方の円筒体のポワソン比であり、νは、他方の円筒体のポワソン比である。
【0037】
上記式(3)中、Gは材料パラメータであり、α×E′により算出される。αは、粘度圧力係数である。αは、Wu-Klaus-Dudaの式により算出される。より具体的には、αは、(0.1657+0.2332×log10ν)×m×10-8により算出される。νは潤滑油の動粘度である。mは、潤滑油によって定まる定数であり、Walther-ASTMの式により算出される。より具体的には、mは、log10{log10(ν+0.7)}=-m×log10T+Kにより算出される。Tは、温度であり、Kは潤滑油により定める定数である。2つの温度及び当該2つの温度における動粘度をWalther-ASTMの式に代入し、連立方程式を解くことにより、mおよびKの値を算出することができる。Wは、荷重パラメータであり、w/(E′×R )により算出される。wは荷重である。
【0038】
理論式を用いる場合は油膜厚さhを簡便に算出可能であるが、油膜厚さhの正確性の面では実測によって油膜厚さhを算出することが好ましい。油膜厚さhをより正確に算出することで、後続のステップ(c)でより正確な基準線を得ることができる。
【0039】
実測による場合、例えば、2円筒試験において2円筒間に形成される油膜の電気抵抗と静電容量を測定する。2円筒間に対して電圧を印加して、油膜の静電容量を測定する。この場合、油膜をコンデンサとみなした電気的な等価回路とみなすことができる。油膜の静電容量と油膜厚さhは相関関係があるため、この相関関係に基づいて油膜の静電容量から油膜厚さhを算出できる。なお、油膜厚さhを算出する際の2円筒試験の条件は、ステップ(a)の2円筒試験の条件と同じであることが好ましい。
【0040】
<ステップ(c)>
このステップでは、ステップ(a)で求めたX線回折環強度の不均一さIbaseと、ステップ(b)で得られた油膜パラメータΛbaseとから基準線を取得する。ここで、図3はX線回折環強度の不均一さと油膜パラメータとの関係を示すグラフであり、横軸が油膜パラメータ、縦軸がX線回折環強度の不均一さである。このグラフに、例えば5つの潤滑剤の測定結果である、油膜パラメータΛbaseに対するX線回折環強度の不均一さIbaseをそれぞれプロットすると、図3に示すように基準線Lを引くことができる。図3に示すように、X線回折環強度の不均一さと油膜パラメータとの間には相関関係があり、基準線Lは所定の関係式で近似することもできる。
【0041】
このように、ステップ(a)~ステップ(c)によって、図3に示す基準線Lが得られる。基準線の作成に際しては、基準の潤滑剤を複数用いる必要がある。上記では、5種類の潤滑剤を用いたが、潤滑剤の数はこれに限らない。また、これら潤滑剤の動粘度(グリースの場合は基油の動粘度)は互いに異なっており、例えば、40℃における動粘度が5mm/s~180mm/sの範囲のものを使用できる。幅広い範囲内において動粘度が異なる潤滑剤を複数用いることで、様々な動粘度の潤滑剤の油膜パラメータを算出することができる。
【0042】
<ステップ(d)>
このステップは、潤滑剤として使用可否を判断する任意の潤滑剤を用いること以外は、上記のステップ(a)と同じ手順を行う。すなわち、任意の潤滑剤に対して、2円筒試験を実施し、転動面の試験前後のX線回折環強度のばらつきS、Sを測定することで、転動面のX線回折環強度の不均一さI(=S/S)を求める。なお、ステップ(d)で実施する2円筒試験およびX線分析の条件は、ステップ(a)の条件と同じである。
【0043】
<ステップ(e)>
このステップは、図3の矢印で示すように、ステップ(d)で得られたX線回折環強度の不均一さIから、基準線L上の油膜パラメータの値を読み取ることで任意の潤滑剤の油膜パラメータΛを算出する。なお、ステップ(e)は、基準線Lが所定の関係式で近似可能な場合は、その関係式にX線回折環強度の不均一さIを代入して油膜パラメータΛを算出することも含む。
【0044】
ステップ(d)および(e)で用いる、使用可否を判断する任意の潤滑剤の40℃における動粘度は、特に限定されず、例えば、5mm/s~180mm/sの範囲のものを使用できる。本発明の油膜パラメータの算出方法は低粘度の潤滑剤の油膜パラメータの算出に適していることから、任意の潤滑剤の40℃における動粘度は5mm/s~80mm/sが好ましく、5mm/s~30mm/sがより好ましい。
【0045】
上記ステップ(a)~(e)を用いて算出された油膜パラメータΛを用いることで、任意の潤滑剤を所定の条件で使用される軸受などに使用可能か否かを判断することができる。例えば、算出された油膜パラメータΛを用いて、aisoなどの寿命計算方法によって、寿命時間を計算して、要求される寿命時間を満たした場合に、使用できると判断することができる。
【実施例
【0046】
(i)Λ-I特性図における基準線の取得
基準線の取得に際して、動粘度が異なる5種の潤滑剤(潤滑剤1~5)を用いた。これら潤滑剤をそれぞれ用いて2円筒試験を実施した。2円筒試験機の模式図を図4に示す。この2円筒試験機は、駆動側試験片21と転がり接触する従動側試験片22とを備え、それぞれの試験片(リング)は支持軸受24で支持されており、負荷用バネ25により荷重が負荷されている。また、図中の23は駆動用プーリ、26は非接触回転計である。
<試験条件>
油温:32℃
面圧:2.3GPa
回転数:500 min-1
負荷回数:50000回
【0047】
2円筒試験の前後において駆動側試験片の転動面のX線回折環強度のばらつきS0_base、Sbase図2のようにして測定し、転動面のX線回折環強度の不均一さIbase(Sbase/S0_base)を求めた。
【0048】
5種の潤滑剤の膜厚パラメータΛbaseを上記式(1)を用いてそれぞれ算出した。なお、油膜厚さhは、Chittendenの計算式により算出した。5種の潤滑剤のX線回折環強度の不均一さIbase、および油膜パラメータΛbaseを表1に併記する。
【0049】
【表1】
【0050】
得られた5種の潤滑剤の油膜パラメータΛbaseに対するX線回折環強度の不均一さIbaseをそれぞれプロットして図5に示す基準線を取得した。
【0051】
(ii)任意の潤滑剤の油膜パラメータΛの算出
任意の潤滑剤として、7種の潤滑剤(潤滑剤A~G)を用いた。各潤滑剤の種類、40℃における動粘度を表2に示す。なお、潤滑剤F、Gは、上記潤滑剤1にリン系添加剤、イオウ系添加剤をそれぞれ添加したものである。7種の潤滑剤について、上記(i)で実施した2円筒試験と同じ条件で2円筒試験を実施した。また、2円筒試験前後において、駆動側試験片の転動面のX線回折環強度のばらつきS、Sを測定し、転動面のX線回折環強度の不均一さIを求めた。そして、得られたX線回折環強度の不均一さIに基づいて、図5に示す基準線から油膜パラメータΛを算出した。各潤滑剤のX線回折環強度の不均一さI、および油膜パラメータΛを表2に併記する。なお、この油膜パラメータΛは、図5の基準線上の値である。
【0052】
なお、比較対象として、7種の潤滑剤の油膜パラメータを従来法によって算出した値を表2に併記する。また、算出した油膜パラメータに対するX線回折環強度の不均一さをそれぞれ図5にプロットした。この従来法は上記式(1)を用いた方法である。なお、油膜厚さhは、Chittendenの計算式により算出した。
【0053】
【表2】
【0054】
潤滑剤Aでは、CVTF(40℃における動粘度29mm/s)のX線回折環強度の不均一さは13.08であり、Λ-I特性図の基準線よりも上側にプロットされる。そのため、同じ動粘度の潤滑剤よりも疲労しやすいことが分かる。これは、CVTFの特徴であるトラクションの影響であり、その結果として、油膜パラメータΛは0.24になる。一方、従来法の油膜パラメータは0.34になり、油膜パラメータΛに対して大きく、CVTFの特徴であるトラクションの影響が反映されていない。
【0055】
潤滑剤Bでは、CVTF(40℃における動粘度26mm/s)のX線回折環強度の不均一さは16.27であり、Λ-I特性図の基準線よりも上側にプロットされる。そのため、同じ動粘度の潤滑剤よりも疲労しやすいことが分かる。これは、CVTFの特徴であるトラクションの影響であり、その結果として、油膜パラメータΛは0.17になる。一方、従来法の油膜パラメータは0.30になり、油膜パラメータΛに対して大きく、CVTFの特徴であるトラクションの影響が反映されていない。
【0056】
潤滑剤Cでは、CVTF(40℃における動粘度27mm/s)のX線回折環強度の不均一さは23.15であり、Λ-I特性図の基準線よりも上側にプロットされる。そのため、同じ動粘度の潤滑剤よりも疲労しやすいことが分かる。これは、CVTFの特徴であるトラクションの影響であり、その結果として、油膜パラメータΛは0.09になる。一方、従来法の油膜パラメータは0.33になり、油膜パラメータΛに対して大きく、CVTFの特徴であるトラクションの影響が反映されていない。
【0057】
潤滑剤Dでは、ATF(40℃における動粘度24mm/s)のX線回折環強度の不均一さは11.09であり、Λ-I特性図の基準線上にプロットされる。そのため、同じ動粘度の潤滑剤と同程度に疲労することが分かる。これは、添加剤の効果やトラクションの影響が少ないためであり、その結果として、油膜パラメータΛは0.32になる。一方、従来法の油膜パラメータは0.32になり、油膜パラメータΛに対して変化がなく、添加剤の効果やトラクションの影響が少ない。
【0058】
潤滑剤Eでは、ATF(40℃における動粘度12mm/s)のX線回折環強度の不均一さは13.27であり、Λ-I特性図の基準線よりも下側にプロットされる。そのため、同じ動粘度の潤滑剤よりも疲労しにくいことが分かる。これは添加剤の効果であり、その結果として油膜パラメータΛは0.24になる。一方、従来法の油膜パラメータは0.19になり、油膜パラメータΛに対して小さく、添加剤の効果が反映されていない。
【0059】
潤滑剤Fでは、X線回折環強度の不均一さは5.68であり、Λ-I特性図の基準線よりも下側にプロットされる。そのため、同じ動粘度の潤滑剤よりも疲労しにくいことが分かる。これはリン系添加剤の効果であり、その結果として油膜パラメータΛは1.02になる。一方、従来法の油膜パラメータは0.12になり、油膜パラメータΛに対して小さく、リン系添加剤の効果が反映されていない。
【0060】
潤滑剤Gでは、X線回折環強度の不均一さは9.40であり、Λ-I特性図の基準線よりも下側にプロットされる。そのため、同じ動粘度の潤滑剤よりも疲労しにくいことが分かる。これはイオウ系添加剤の効果であり、その結果として油膜パラメータΛは0.43になる。一方、従来法の油膜パラメータは0.12になり、油膜パラメータΛに対して小さく、イオウ系添加剤の効果が反映されていない。
【0061】
以上のように、本発明の算出方法によれば、CVTFなどトラクションの影響が大きい潤滑剤では、疲労に対して不利に作用するトラクションの影響を反映した結果として、従来の算出方法による油膜パラメータよりも小さく油膜パラメータΛを見積もることができる。また、添加剤などが添加されている場合、添加剤の効果が大きい潤滑剤では、転動疲労に対して有利に作用する添加剤の効果を反映した結果として、従来法による油膜パラメータよりも大きく油膜パラメータΛを見積もることができる。一方、添加剤が転動疲労に対して効果を発揮していなければ、それを加味して、従来法による油膜パラメータと同等の油膜パラメータΛとして見積もることができる。その結果、潤滑剤の使用可否の判断を適正に行うことができる。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明の油膜パラメータの算出方法は、添加剤や増ちょう剤、トラクションなどの影響を考慮しながら潤滑剤の油膜パラメータを算出できるので、自動車、産業機械などの分野に広く使用できる。
【符号の説明】
【0063】
1 転がり軸受
2 内輪
3 外輪
4 玉
5 保持器
6 シール部材
7 グリース
8 開口部
11 測定装置
12 照射部
13 検出器
14 演算部
15 転動面
21 駆動側試験片
22 従動側試験片
23 駆動用プーリ
24 支持軸受
25 負荷用バネ
26 非接触回転計
図1
図2
図3
図4
図5