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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-16
(45)【発行日】2025-01-24
(54)【発明の名称】電解用電極及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C25B 11/093 20210101AFI20250117BHJP
   B01J 23/89 20060101ALI20250117BHJP
   B01J 37/02 20060101ALI20250117BHJP
   B01J 37/025 20060101ALI20250117BHJP
   B01J 37/08 20060101ALI20250117BHJP
   C25B 1/04 20210101ALI20250117BHJP
   C25B 9/00 20210101ALI20250117BHJP
   C25B 11/052 20210101ALI20250117BHJP
   C25B 11/061 20210101ALI20250117BHJP
【FI】
C25B11/093
B01J23/89 M
B01J37/02 301A
B01J37/025
B01J37/08
C25B1/04
C25B9/00 A
C25B11/052
C25B11/061
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2024511634
(86)(22)【出願日】2023-03-09
(86)【国際出願番号】 JP2023009039
(87)【国際公開番号】W WO2023189350
(87)【国際公開日】2023-10-05
【審査請求日】2024-07-04
(31)【優先権主張番号】P 2022059464
(32)【優先日】2022-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】390014579
【氏名又は名称】デノラ・ペルメレック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100098707
【弁理士】
【氏名又は名称】近藤 利英子
(74)【代理人】
【識別番号】100135987
【弁理士】
【氏名又は名称】菅野 重慶
(74)【代理人】
【識別番号】100168033
【弁理士】
【氏名又は名称】竹山 圭太
(74)【代理人】
【識別番号】100161377
【弁理士】
【氏名又は名称】岡田 薫
(72)【発明者】
【氏名】フウアン メイチ
(72)【発明者】
【氏名】中井 貴章
(72)【発明者】
【氏名】加藤 昭博
(72)【発明者】
【氏名】有元 修
【審査官】永田 史泰
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-190476(JP,A)
【文献】国際公開第2019/172160(WO,A1)
【文献】特表2014-530292(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25B11/00-11/097
C25B1/04
C25B9/00
B01J23/89
B01J37/00-37/36
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくともその表面がニッケル又はニッケル基合金からなる導電性基体の表面に、ニッケル成分、コバルト成分、及びイリジウム成分を含有する触媒前駆体組成物を直接又は間接的に塗布する工程と、
前記触媒前駆体組成物を塗布した前記導電性基体を320~600℃で熱処理して一次焼成物を得る工程と、
前記一次焼成物を350~600℃で熱処理して、ニッケルコバルトスピネル酸化物及びイリジウム酸化物を含有する触媒層を前記導電性基体の表面上に直接又は間接的に形成する工程と、を有し、
前記イリジウム成分が、カルボキシ基を含むイリジウム化合物であり、
前記触媒前駆体組成物中、ニッケル(Ni)の含有量が10~35質量%、コバルト(Co)の含有量が25~55質量%、及びイリジウム(Ir)の含有量が15~55質量%(但し、Ni+Co+Ir=100質量%とする)である電解用電極の製造方法。
【請求項2】
前記触媒前駆体組成物中、イリジウム(Ir)の含有量に対する、ニッケル(Ni)とコバルト(Co)の合計含有量の質量比((Ni+Co)/Ir)が、0.9~4.1である請求項1に記載の電解用電極の製造方法。
【請求項3】
前記イリジウム化合物が、イリジウムヒドロキシアセトクロリド錯体及び酢酸イリジウムの少なくともいずれかである請求項1又は2に記載の電解用電極の製造方法。
【請求項4】
前記一次焼成物をアルカリ成分に接触させて処理する工程をさらに有する請求項1又は2に記載の電解用電極の製造方法。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の製造方法によって製造される電解用電極。
【請求項6】
アルカリ水電解用の電極である請求項5に記載の電解用電極。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電解用電極、及び電解用電極の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水素は、貯蔵及び輸送に適しているとともに、環境負荷が小さい二次エネルギーであるため、水素をエネルギーキャリアに用いた水素エネルギーシステムに関心が集まっている。現在、水素は主に化石燃料の水蒸気改質等により製造されているが、地球温暖化や化石燃料枯渇問題の観点から、再生可能エネルギーを動力源に用いたアルカリ水電解の重要性が増している。
【0003】
水電解は大きく2つに分けられる。1つはアルカリ水電解であり、電解質に高濃度アルカリ水溶液が用いられている。もう1つは、固体高分子型水電解であり、電解質に固体高分子膜(SPE)が用いられている。大規模な水素製造を水電解で行う場合、高価な貴金属を多量に使用した電極を用いる固体高分子型水電解よりも、ニッケル等の鉄系金属等の安価な材料を用いるアルカリ水電解の方が適していると言われている。
【0004】
高濃度アルカリ水溶液は、温度上昇に伴って電導度が高くなるが、腐食性も高くなる。このため、操業温度の上限は80~90℃程度に抑制されている。高温及び高濃度のアルカリ水溶液に耐える電解槽の構成材料や各種配管材料の開発、低抵抗隔膜、及び表面積を拡大し触媒を付与した電極の開発により、電解性能は、電流密度0.3~0.4Acm-2において1.7~1.9V(効率78~87%)程度にまで向上している。
【0005】
アルカリ水電解用陽極として、高濃度アルカリ水溶液中で安定なニッケル系材料が使用されており、安定な動力源を用いたアルカリ水電解の場合、ニッケル系陽極は数十年以上の寿命を有することが知られている。しかし、再生可能エネルギーを動力源とすると、激しい起動停止や負荷変動などの過酷な条件となる場合が多く、ニッケル系陽極の性能劣化が問題となる。
【0006】
従来、アルカリ水電解に使用される酸素発生用陽極の触媒(陽極触媒)として、白金族金属、白金族金属酸化物、バルブ金属酸化物、鉄族酸化物、ランタニド族金属酸化物等が利用されている。その他の陽極触媒としては、Ni-Co、Ni-Fe等のニッケルをベースにした合金系;表面積を拡大したニッケル;スピネル系のCo、NiCo、ペロブスカイト系のLaCoO、LaNiO等の導電性酸化物(セラミック材料);貴金属酸化物;ランタニド族金属と貴金属からなる酸化物等も知られている。
【0007】
アルカリ水電解に使用される酸素発生用陽極としては、例えば、ニッケルコバルト系酸化物と、イリジウム酸化物又はルテニウム酸化物とを含む触媒層をニッケル基体表面に形成したアルカリ水電解用陽極が提案されている(特許文献1)。また、リチウム含有ニッケル酸化物からなる触媒層をニッケル基体表面に形成したアルカリ水電解用陽極が提案されている(特許文献2)。さらに、ニッケルコバルトスピネル酸化物やイリジウム酸化物等の触媒を含む触媒層を、中間層を介してニッケル基体表面に形成した電解用電極が提案されている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2017-190476号公報
【文献】国際公開第2018/047961号
【文献】国際公開第2019/172160号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、特許文献1~3で提案されたアルカリ水電解用陽極等であっても、酸素過電圧が十分に低いとはいえず、触媒活性のさらなる向上が求められていた。また、使用に伴って触媒成分が脱落等して損失しやすくなり、長期間にわたって安定して触媒活性を発揮するものであるとは言えず、さらなる改良の余地があった。
【0010】
本発明は、このような従来技術の有する問題点に鑑みてなされたものであり、その課題とするところは、酸素過電圧が低い等の触媒活性に優れているとともに、イリジウム(Ir)等の触媒成分の損失が低減される等の安定性に優れた触媒を備える電解用電極、及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
すなわち、本発明によれば、以下に示す電解用電極の製造方法が提供される。
[1]少なくともその表面がニッケル又はニッケル基合金からなる導電性基体の表面に、ニッケル成分、コバルト成分、及びイリジウム成分を含有する触媒前駆体組成物を直接又は間接的に塗布する工程と、前記触媒前駆体組成物を塗布した前記導電性基体を320~600℃で熱処理して一次焼成物を得る工程と、前記一次焼成物を350~600℃で熱処理して、ニッケルコバルトスピネル酸化物及びイリジウム酸化物を含有する触媒層を前記導電性基体の表面上に直接又は間接的に形成する工程と、を有し、前記イリジウム成分が、カルボキシ基を含むイリジウム化合物であり、前記触媒前駆体組成物中、ニッケル(Ni)の含有量が10~35質量%、コバルト(Co)の含有量が25~55質量%、及びイリジウム(Ir)の含有量が15~55質量%(但し、Ni+Co+Ir=100質量%とする)である電解用電極の製造方法。
[2]前記触媒前駆体組成物中、イリジウム(Ir)の含有量に対する、ニッケル(Ni)とコバルト(Co)の合計含有量の質量比((Ni+Co)/Ir)が、0.9~4.1である前記[1]に記載の電解用電極の製造方法。
[3]前記イリジウム化合物が、イリジウムヒドロキシアセトクロリド錯体及び酢酸イリジウムの少なくともいずれかである前記[1]又は[2]に記載の電解用電極の製造方法。
[4]前記一次焼成物をアルカリ成分に接触させて処理する工程をさらに有する前記[1]~[3]のいずれかに記載の電解用電極の製造方法。
【0012】
また、本発明によれば、以下に示す電解用電極が提供される。
[5]前記[1]~[4]のいずれかに記載の製造方法によって製造される電解用電極。
[6]アルカリ水電解用の電極である前記[5]に記載の電解用電極。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、酸素過電圧が低い等の触媒活性に優れているとともに、イリジウム(Ir)等の触媒成分の損失が低減される等の安定性に優れた触媒を備える電解用電極、及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の電解用電極の一実施形態を模式的に示す断面図である。
図2】実施例3で製造した電解用電極の断面のSEM画像である。
図3】比較例1で製造した電解用電極の断面のSEM画像である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
<電解用電極>
以下、本発明の実施の形態について説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではない。図1は、本発明の電解用電極の一実施形態を模式的に示す断面図である。図1に示すように、本実施形態の電解用電極10は、導電性基体2と、導電性基体2の表面上に形成された触媒層6とを備える。以下、本発明の電解用電極の詳細について説明する。
【0016】
(導電性基体)
導電性基体2は、電気分解のための電気を通すための導電体であり、触媒層6を担持する担体としての機能を有する部材である。導電性基体2の少なくとも表面(触媒層6が形成される面)は、ニッケル又はニッケル基合金で形成されている。すなわち、導電性基体2は、全体がニッケル又はニッケル基合金で形成されていてもよく、表面のみがニッケル又はニッケル基合金で形成されていてもよい。具体的に、導電性基体2は、鉄、ステンレス、アルミニウム、チタン等の金属材料の表面に、めっき等によりニッケル又はニッケル基合金のコーティングが形成されたものであってもよい。
【0017】
導電性基体の厚さは、0.05~5mmであることが好ましい。導電性基体の形状は、生成する酸素や水素等の気泡を除去するための開口部を有する形状であることが好ましい。例えば、エクスパンドメッシュや多孔質エクスパンドメッシュを導電性基体として使用することができる。導電性基体が開口部を有する形状である場合、導電性基体の開口率は10~95%であることが好ましい。
【0018】
(触媒層)
触媒層6は、導電性基体2の表面上に形成される触媒能を有する層である。図1に示すように、導電性基体2を保護すべく、ニッケル酸化物層4を介して導電性基体2の表面上に触媒層6が形成されていてもよい。触媒層6は、ニッケルコバルトスピネル酸化物(NiCo)及びイリジウム酸化物を含有する。このため、本実施形態の電解用電極10は、アルカリ水電解用の電極として有用であり、特に、アルカリ水電解用の陽極(アノード)として好適である。触媒層の厚さや密度等については特に限定されず、電極の用途等に応じて適宜設定することができる。
【0019】
触媒層6中の金属元素の種類及びそれらの含有比率は、後述する電解用電極の製造方法において使用する触媒前駆体組成物中の金属元素の種類及びそれらの含有比率と実質的に同一である。このため、触媒層中、ニッケル(Ni)の含有量は10~35質量%であることが好ましく、コバルト(Co)の含有量は25~55質量%であることが好ましく、イリジウム(Ir)の含有量は15~55質量%であることが好ましい。但し、Ni+Co+Ir=100質量%である。触媒層中の金属元素の種類及びそれらの含有比率を上記のようにすることで、酸素過電圧がより低くなるとともに、イリジウム(Ir)等の触媒成分の損失をさらに低減することができる。
【0020】
本実施形態の電解用電極は、後述する特定の製造方法によって製造されるものである。特定の製造方法によって製造することで、特定の製造方法以外の方法によって製造される電解用電極とは、形成される触媒層の状態や組成(例えば、結晶状態、結晶構造、微量成分の種類、組成、及び含有量等)が相違するものと推測される。但し、そのような触媒層の状態や組成等を分析して確認することは極めて困難又は実質的に不可能である。
【0021】
<電解用電極の製造方法>
本発明の電解用電極の製造方法の一実施形態は、導電性基体の表面に、ニッケル成分、コバルト成分、及びイリジウム成分を含有する触媒前駆体組成物を直接又は間接的に塗布する工程(以下、「塗布工程」とも記す)と、触媒前駆体組成物を塗布した導電性基体を320~600℃で熱処理して一次焼成物を得る工程(以下、「熱処理工程」とも記す)と、一次焼成物を350~600℃で熱処理して、ニッケルコバルトスピネル酸化物及びイリジウム酸化物を含有する触媒層を導電性基体の表面上に直接又は間接的に形成する工程(以下、「ポストベイク工程」とも記す)と、を有する。触媒前駆体組成物中のイリジウム成分は、カルボキシ基を含むイリジウム化合物である。そして、触媒前駆体組成物中、ニッケル(Ni)の含有量が10~35質量%、コバルト(Co)の含有量が25~55質量%、及びイリジウム(Ir)の含有量が15~55質量%(但し、Ni+Co+Ir=100質量%とする)である。以下、本発明の電解用電極の製造方法の詳細について説明する。
【0022】
(前処理工程)
塗布工程を行う前に、表面の金属や有機物などの汚染粒子を除去するために、導電性基体を予め化学エッチング処理することが好ましい。化学エッチング処理による導電性基体の消耗量は、30g/m以上400g/m以下程度とすることが好ましい。また、中間層との密着力を高めるために、導電性基体の表面を予め粗面化処理することが好ましい。粗面化処理としては、粉末を吹き付けるブラスト処理;基体可溶性の酸を用いたエッチング処理;プラズマ溶射などがある。
【0023】
図1に示すように、導電性基体2を保護すべく、導電性基体2の表面にニッケル酸化物層4を形成しておいてもよい。ニッケル酸化物層4は、例えば、導電性基体2を450~550℃で5~60分間、大気中で焼成することによって形成することができる。また、カルボン酸ニッケルを水等の溶媒に溶解させて得た溶液を導電性基体の表面に塗布した後、450℃以上600℃以下の温度で熱処理して、導電性基体上に中間層を形成してもよい。導電性基体上に中間層を形成した場合、触媒層は、中間層を介して導電性基体上に形成される。
【0024】
(塗布工程)
塗布工程では、ニッケル成分、コバルト成分、及びイリジウム成分を含有する触媒前駆体組成物を導電性基体の表面に直接、又は前述の中間層等のその他の層を介して間接的に塗布する。そして、カルボキシ基を含むイリジウム化合物をイリジウム成分として用いる。カルボキシ基を含むイリジウム化合物をイリジウム成分として含有する触媒前駆体組成物を用いるとともに、いわゆる熱分解法を採用することで、例えば硝酸イリジウム(Ir-nitrate)等のその他のイリジウム化合物をイリジウム成分として含有する触媒前駆体組成物を用いた場合に比して、酸素過電圧がより低く、イリジウム(Ir)等の触媒成分の損失が低減され、さらに安定性に優れた触媒層を導電性基体上に直接、又は中間層等のその他の層を介して間接的に形成することができる。
【0025】
カルボキシ基を含むイリジウム化合物(以下、単に「イリジウム化合物」とも記す)としては、イリジウムヒドロキシアセトクロリド錯体(IrHAC)、酢酸イリジウム(Ir-acetate)等を挙げることができる。なかでも、イリジウムヒドロキシアセトクロリド錯体及び酢酸イリジウムの少なくともいずれかをイリジウム化合物として用いることが好ましい。
【0026】
ニッケル成分及びコバルト成分としては、いずれも、ニッケルイオンやコバルトイオンを発生しうる無機酸塩及び有機酸塩を用いることができる。なかでも、ニッケル成分としては硝酸ニッケルを用いることが好ましく、コバルト成分としては硝酸コバルトを用いることが好ましい。
【0027】
触媒前駆体組成物は、例えば、ニッケル成分、コバルト成分、及びイリジウム成分を含有する水溶液である。触媒前駆体組成物中、ニッケル(Ni)の含有量は10~35質量%であり、好ましくは15~30質量%である。また、触媒前駆体組成物中、コバルト(Co)の含有量は25~55質量%であり、好ましくは30~55質量%である。そして、触媒前駆体組成物中、イリジウム(Ir)の含有量は15~55質量%であり、好ましくは20~55質量%であり、さらに好ましくは23~52質量%である。なお、Ni+Co+Ir=100質量%とする。ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、及びイリジウム(Ir)の含有量が上記の範囲内である触媒前駆体組成物を用いることで、酸素過電圧がより低く、イリジウム(Ir)等の触媒成分の損失が低減され、さらに安定性に優れた触媒層を形成することができる。
【0028】
触媒前駆体組成物中、イリジウム(Ir)の含有量に対する、ニッケル(Ni)とコバルト(Co)の合計含有量の質量比((Ni+Co)/Ir)は、0.9~4.1であることが好ましく、0.9~3.5であることがさらに好ましく、1.0~2.8であることが特に好ましい。「(Ni+Co)/Ir」比の値が上記の範囲内である触媒前駆体組成物を用いることで、酸素過電圧がより低く、イリジウム(Ir)等の触媒成分の損失が低減され、さらに安定性に優れた触媒層を形成することができる。
【0029】
触媒前駆体組成物を導電性基体の表面に塗布する方法としては、刷毛塗り、ローラー塗布、スピンコート、静電塗装などの公知の方法を利用することができる。次いで、必要に応じて、触媒前駆体組成物を塗布した導電性基体を乾燥させる。乾燥温度は、急激な溶媒の蒸発を避ける温度(例えば、60~80℃程度)とすることが好ましい。
【0030】
(熱処理工程)
熱処理工程では、触媒前駆体組成物を塗布した導電性基体を320~600℃、好ましくは330~550℃、さらに好ましくは340~520℃で熱処理(焼成)する。熱処理の温度を上記の範囲とすることで、触媒前駆体組成物中の金属成分(ニッケル成分、コバルト成分、及びイリジウム成分)を有効に熱分解させて一次焼成物を得ることができる。なお、熱処理の温度が高すぎると、導電性基体の酸化が進行しやすく、電極抵抗が増大して電圧損失の増大を招く場合がある。熱処理の時間は、反応速度、生産性、及び形成される触媒層表面の酸化抵抗等を考慮して適宜設定すればよい。
【0031】
前述の塗布工程における触媒前駆体組成物の塗布回数を適宜設定することで、形成される触媒層の厚さを制御することができる。なお、触媒前駆体組成物の塗布と乾燥を一層毎に繰り返し、最上層を形成した後に全体を熱処理してもよく、触媒前駆体組成物の塗布及び熱処理を一層毎に繰り返し、最上層を形成した後に全体を熱処理してもよい。
【0032】
(アルカリ処理工程)
本実施形態の電解用電極の製造方法は、上述の熱処理工程で得た一次焼成物をアルカリ成分に接触させて処理する工程(アルカリ処理工程)をさらに有することが好ましい。一次焼成物にアルカリ成分を接触させて処理することで、熱処理によって生じた不純物等を効果的に除去することが可能であり、酸素過電圧がより低く、さらに安定性に優れた触媒層を形成することができる。なかでも、イリジウムヒドロキシアセトクロリド錯体(IrHAC)をイリジウム成分として含有する触媒前駆体組成物を用いた場合には、IrHACに由来して生成した酸成分が一次焼成物中に残存することがある。このため、アルカリ成分を接触させて処理することで、生成した酸成分を効果的に除去し、酸素過電圧がより低く、さらに安定性に優れた触媒層を形成することができるために好ましい。
【0033】
一次焼成物にアルカリ成分を接触させて処理する具体的な方法としては、例えば、一次焼成物をアルカリ成分の水溶液中に浸漬する方法等を挙げることができる。アルカリ成分としては、水酸化ナトリウム(NaOH)及び水酸化カリウム(KOH)等のアルカリ金属水酸化物等を用いることができる。アルカリ成分の水溶液中のアルカリ成分の濃度は、例えば、4~8質量%の範囲内で適宜設定すればよい。アルカリ成分の水溶液の温度は、例えば、20~40℃の範囲内で適宜設定すればよい。また、一次焼成物をアルカリ成分の水溶液中に浸漬する時間は、例えば、1~5時間の範囲内で適宜設定すればよい。一次焼成物をアルカリ成分の水溶液中に浸漬した後は、一次焼成物を水洗及び乾燥することが好ましい。
【0034】
(ポストベイク工程)
ポストベイク工程では、一次焼成物を350~600℃、好ましくは380~580℃、さらに好ましくは400~560℃で熱処理する。一次焼成物を放冷後、所定の温度条件で再度熱処理(ポストベイク)することによって、ニッケルコバルトスピネル酸化物及びイリジウム酸化物を含有する触媒層を導電性基体の表面上に形成し、目的とする電解用電極を得ることができる。なお、このポストベイクを実施しない(一次焼成物をそのまま電解用電極とする)と、繰り返しの電解によって触媒層からイリジウムが損失しやすく、安定性に優れた触媒層を形成することができない。
【0035】
<電解セル>
本実施形態の電解用電極は、例えば、電解用の陽極だけでなく、電解用の陰極としても用いることができる。さらに、本実施形態の電解用電極は、アルカリ水電解用陽極の他、アルカリ水電解用陰極としても用いることができる。すなわち、本実施形態の電解用電極を用いれば、アルカリ水電解セル等の電解セルを構成することができる。以下、本実施形態の電解用電極をアルカリ水電解用陽極として用いてアルカリ水電解セルを構成する場合における、陽極以外の構成材料について説明する。
【0036】
陰極としては、アルカリ水電解に耐えうる材料製の基体と、陰極過電圧が小さい触媒とを選択して用いることが好ましい。陰極基体としては、ニッケル基体、又はニッケル基体に活性陰極を被覆形成したものを用いることができる。陰極基体の形状としては、板状の他、エクスパンドメッシュや多孔質エクスパンドメッシュ等を挙げることができる。
【0037】
陰極材料としては、表面積の大きい多孔質ニッケルや、Ni-Mo系材料等がある。その他、Ni-Al、Ni-Zn、Ni-Co-Zn等のラネーニッケル系材料;Ni-S等の硫化物系材料;TiNi等の水素吸蔵合金系材料;等がある。触媒としては、水素過電圧が低い、短絡安定性が高い、被毒耐性が高い等の性質を有するものが好ましい。その他の触媒としては、白金、パラジウム、ルテニウム、イリジウム等の金属、及びこれらの酸化物が好ましい。
【0038】
電解用隔膜としては、アスベスト、不織布、イオン交換膜、高分子多孔膜、及び無機物質と有機高分子の複合膜等を用いることができる。具体的には、リン酸カルシウム化合物やフッ化カルシウム等の親水性無機材料と、ポリスルホン、ポリプロピレン、及びフッ化ポリビニリデン等の有機結合材料との混合物に、有機繊維布を内在させたイオン透過性隔膜を用いることができる。また、アンチモンやジルコニウムの酸化物及び水酸化物等の粒状の無機性親水性物質と、フルオロカーボン重合体、ポリスルホン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、及びポリビニルブチラール等の有機性結合剤とのフィルム形成性混合物に、伸張された有機性繊維布を内在させたイオン透過性隔膜を用いることができる。
【0039】
本実施形態の電解用電極を構成要素とするアルカリ水電解セルを用いれば、高濃度のアルカリ水溶液を電解することができる。電解液として用いるアルカリ水溶液としては、水酸化ナトリウム(NaOH)、水酸化カリウム(KOH)等のアルカリ金属水酸化物の水溶液が好ましい。アルカリ水溶液の濃度は1.5~40質量%であることが好ましい。また、アルカリ水溶液の濃度は15~40質量%であることが、電気伝導度が大きく、電力消費量を抑えることができるために好ましい。さらに、コスト、腐食性、粘性、操作性等を考慮すると、アルカリ水溶液の濃度は20~30質量%であることが好ましい。
【実施例
【0040】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、実施例、比較例中の「部」及び「%」は、特に断らない限り質量基準である。
【0041】
<陽極基体の製造>
ニッケル製のエクスパンドメッシュをアルミナ粒子でブラスト処理した後、20質量%塩酸に浸漬し、沸点近傍で3分間エッチング処理した。次いで、500℃で30分間空焼きして、表面にニッケル酸化物(NiOx)層が形成された陽極基体を得た。
【0042】
<電解用陽極の製造>
(実施例1)
硝酸ニッケル(Ni(NO・6HO)、硝酸コバルト(Co(NO・6HO)、及びイリジウムヒドロキシアセトクロリド錯体(IrHAC)を純水に溶解させて、ニッケル(Ni):コバルト(Co):イリジウム(Ir)の質量比がNi:Co:Ir=27:53:20である触媒前駆体組成物(塗布液)を得た。得られた塗布液を、塗布1回当たりのメタル量が1.5g/mとなるように上記の陽極基体のニッケル酸化物層の表面に塗布した。その後、空気循環式の電気炉中、350℃で10分間熱処理(焼成)する熱分解を行った。塗布液の塗布から熱分解までの処理を4回繰り返して、一次焼成物を得た。得られた一次焼成物を30℃の6%水酸化ナトリウム水溶液に3時間浸漬するアルカリ処理を行った。純水で水洗及びエアブローガンで乾燥した後、空気循環式の電気炉に入れ、500℃で60分間熱処理するポストベイクを行った。これにより、ニッケルコバルトスピネル酸化物及びイリジウム酸化物を含有する触媒層が陽極基体の表面上に形成されたアルカリ水電解用の陽極(電解用電極)を得た。形成された触媒層のメタル量は6g/mであった。
【0043】
(実施例2~5、比較例1~5)
表1に示す条件としたこと以外は、前述の実施例1と同様にして、アルカリ水電解用の陽極(電解用電極)を得た。なお、比較例1~5については、一次焼成物をそのまま陽極とした。実施例3及び比較例1で製造した電解用電極の断面のSEM画像を図2及び3に示す。
【0044】
【0045】
<評価>
(酸素過電圧の測定)
30%水酸化カリウム水溶液を使用し、80℃、電流密度10kA/mの条件で、製造した電解用電極の酸素過電圧(mV)を測定した。結果を表2に示す。
【0046】
(触媒層中のIr残量の測定)
蛍光X線分析装置を使用して、酸素過電圧測定前後の電解用電極の触媒層中のイリジウム(Ir)の蛍光X線強度を測定した。そして、測定したイリジウム(Ir)の蛍光X線強度比から、酸素過電圧測定前のイリジウム(Ir)の量を基準とする残量(%)を算出した。結果を表2に示す。
【0047】
【0048】
<中間層を有する電解用陽極の製造及び評価>
(実施例6)
酢酸ニッケル四水和物(Ni(CHCOO)・4HO)を純水に溶解させて、酢酸ニッケルの濃度が0.57mol/Lである水溶液を得た。また、ニッケル製のエクスパンドメッシュをアルミナ粒子でブラスト処理した後、20質量%塩酸に浸漬し、沸点近傍で3分間エッチング処理して陽極基体を得た。得られた陽極基体の表面に酢酸ニッケルの水溶液を刷毛で塗布した後、60℃で10分間乾燥させた。次いで、大気雰囲気下、500℃で10分間熱処理した。酢酸ニッケルの水溶液の塗布から熱処理までの操作を5回繰り返して、その表面上に中間層を形成した陽極基体を得た。そして、その表面上に中間層を形成した上記の陽極基体を用いたこと以外は、前述の実施例3と同様にして、陽極基体の表面上に中間層を介して触媒層が形成されたアルカリ水電解用の陽極(電解用電極)を得た。
【0049】
得られた電解用電極の酸素過電圧(電流密度:10kA/m)は240mVであった。また、酸素過電圧測定前後の電解用電極の触媒層中のイリジウム(Ir)の残量は100%であり、実施例1~5の電解用電極と同様にイリジウム(Ir)が実質的に消耗しなかったことを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明の電解用電極は、例えば、アルカリ水電解用陽極として好適である。
【符号の説明】
【0051】
2:導電性基体
4:ニッケル酸化物層
6:触媒層
10:電解用電極

図1
図2
図3