(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-17
(45)【発行日】2025-01-27
(54)【発明の名称】検知デバイス
(51)【国際特許分類】
G01N 35/08 20060101AFI20250120BHJP
G01N 21/05 20060101ALI20250120BHJP
G01N 21/78 20060101ALI20250120BHJP
G01N 37/00 20060101ALI20250120BHJP
C12M 1/34 20060101ALI20250120BHJP
C12M 1/40 20060101ALI20250120BHJP
C12N 11/10 20060101ALN20250120BHJP
C12Q 1/00 20060101ALN20250120BHJP
C12Q 1/46 20060101ALN20250120BHJP
C12N 9/16 20060101ALN20250120BHJP
【FI】
G01N35/08 A
G01N21/05
G01N21/78 Z
G01N37/00 101
C12M1/34 E
C12M1/40 B
C12N11/10
C12Q1/00 C
C12Q1/46
C12N9/16
(21)【出願番号】P 2021100887
(22)【出願日】2021-06-17
【審査請求日】2024-04-26
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(73)【特許権者】
【識別番号】592083915
【氏名又は名称】警察庁科学警察研究所長
(74)【代理人】
【識別番号】110000578
【氏名又は名称】名古屋国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】渡慶次 学
(72)【発明者】
【氏名】石田 晃彦
(72)【発明者】
【氏名】山口 晃巨
(72)【発明者】
【氏名】宮口 一
【審査官】森口 正治
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-61465(JP,A)
【文献】特開2002-372537(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 35/08
G01N 21/05
G01N 21/78
G01N 37/00
C12M 1/34
C12M 1/40
C12N 11/10
C12Q 1/00
C12Q 1/46
C12N 9/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
検知対象を検知する検知デバイスであって、
シート状の繊維の積層体又は多孔質体から成り、第1領域、第2領域、第3領域、及び第4領域を備える流路と、
前記第2領域に保持され、基質に対する酵素活性を有する酵素と、
前記第3領域に保持された前記基質と、
前記第4領域に保持された指示薬と、
を備え、
前記流路は、前記第1領域に導入された液状の移動相が、前記第2領域、及び前記第3領域を経て前記第4領域に移動するように構成され、
前記酵素は、前記移動相とともに、前記第2領域から前記第3領域に移動するように構成され、
前記酵素は、前記検知対象と接触した場合は、前記検知対象によって前記酵素活性の少なくとも一部を失うように構成され、
前記基質、又は、前記酵素活性により前記基質から生じた生成物は、前記移動相とともに前記第3領域から前記第4領域に移動するように構成され、
前記指示薬の態様は、前記基質が前記第4領域に移動した場合と、前記生成物が前記第4領域に移動した場合とで異なる、
検知デバイス。
【請求項2】
請求項1に記載の検知デバイスであって、
前記流路のうち、前記第3領域と前記第4領域とを接続する経路は、接続経路Aと接続経路Bとに分かれ、
前記接続経路Aから前記第4領域に移動した前記移動相と、前記接続経路Bから前記第4領域に移動した前記移動相とは、前記第4領域において合流する、
検知デバイス。
【請求項3】
請求項2に記載の検知デバイスであって、
前記接続経路Aと前記第4領域との接続部、及び、前記接続経路Bと前記第4領域との接続部は、それぞれ、くびれた形状を有する、
検知デバイス。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載の検知デバイスであって、
前記検知対象は神経剤である、
検知デバイス。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の検知デバイスであって、
前記酵素はアセチルコリンエステラーゼであり、
前記基質はアセチルコリンである、
検知デバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は検知デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
神経剤は、コリン作動性神経に存在するアセチルコリンエステラーゼと結合して神経伝達を阻害し、呼吸停止等により人を死亡させる。神経剤は、戦争、テロ、暗殺等で使用されてきた。
警察機動隊員や消防隊員等のファーストレスポンダーは、テロ等の現場において、迅速に神経剤を検知する必要がある。神経剤を検知する方法として、イオンモビリティスペクトロメトリー(IMS)検知機を用いる方法がある。IMSは、揮発性物質をコロナ放電等でイオン化させ、静電場中で移動させ、その移動度から物質を判定する。IMSは、特許文献1に開示されている。また、神経剤を検知する方法として、試薬を充填したガラス管に神経剤のガスを吸引し、呈色を確認する方法がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
神経剤のうち、VX、ノビチョク、RVX、CVX等は揮発性が低い。揮発性が低い神経剤は、上述した方法では検知することが困難である。本開示の1つの局面は、検知対象の揮発性が低い場合でも検知対象を検知可能な検知デバイスを提供することが望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示の1つの局面は、検知対象を検知する検知デバイスである。検知デバイスは、シート状の繊維の積層体又は多孔質体から成り、第1領域、第2領域、第3領域、及び第4領域を備える流路と、前記第2領域に保持され、基質に対する酵素活性を有する酵素と、前記第3領域に保持された前記基質と、前記第4領域に保持された指示薬と、を備える。
【0006】
前記流路は、前記第1領域に導入された液状の移動相が、前記第2領域、及び前記第3領域を経て前記第4領域に移動するように構成される。前記酵素は、前記移動相とともに、前記第2領域から前記第3領域に移動するように構成される。前記酵素は、前記検知対象と接触した場合は、前記検知対象によって前記酵素活性の少なくとも一部を失うように構成される。
【0007】
前記基質、又は、前記酵素活性により前記基質から生じた生成物は、前記移動相とともに前記第3領域から前記第4領域に移動するように構成される。
【0008】
前記指示薬の態様は、前記基質が前記第4領域に移動した場合と、前記生成物が前記第4領域に移動した場合とで異なる。
【0009】
本開示の1つの局面である検知デバイスは、検知対象の揮発性が低い場合でも、検知対象を検知することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図2】検知デバイス101の構成を表す説明図である。
【
図3】検知デバイス201の構成を表す説明図である。
【
図4】検知デバイス301の構成を表す説明図である。
【
図5】移動相を第1領域9に滴下してから、第2の測定を行うまでの時間と、ΔGとの関係を表すグラフである。
【
図6】検知デバイス1の第4領域15における移動相の移動の態様を表す説明図である。
【
図7】検知デバイス301の第4領域15における移動相の移動の態様を表す説明図である。
【
図8】検知デバイス1、101、201、301を使用して測定したΔGを表すグラフである。
【
図9】試料におけるVXの濃度と、ΔGとの関係を表すグラフである。
【
図10】VXを含む試料のpHと、ΔGとの関係を表すグラフである。
【
図11】ブランクのpHと、ΔGとの関係を表すグラフである。
【
図12】試料の温度及び試料におけるVXの濃度と、ΔGとの関係を表すグラフである。
【
図13】VXを含む溶液及びブランクの溶媒と、ΔGとの関係を表すグラフである。
【
図14】VXを含む溶液及びブランクの溶媒と、ΔGとの関係を表すグラフである。
【
図15】3種類の検知方法のそれぞれについて、VXの初期量と、ΔGとの関係を表すグラフである。
【
図16】試料における各検知対象の濃度と、ΔGとの関係を表すグラフである。
【
図17】プラスチック板から検知対象を拭き取る評価方法における、検知対象の初期量と、ΔGとの関係を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本開示の例示的な実施形態について図面を参照しながら説明する。
1.検知デバイスの構成
(1-1)検知デバイス1の構成
検知デバイス1の構成を、
図1に基づき説明する。検知デバイス1は、例えば、神経剤を検知するために使用される。神経剤は検知対象に対応する。
【0012】
検知デバイス1は、基材3を備える。基材3は紙から成るシート状の部材である。基材3は、アドバンテック東洋株式会社から購入したクロマトグラフィーペーパーNo.50である。基材3の厚さは0.25mmである。紙は繊維の積層体に対応する。
なお、基材3は、繊維の積層体又は多孔質体により構成することができる。基材3の形態はシート状である。繊維の積層体は、繊維の間に多数の空孔を有していることが好ましい。多孔質体は、多数の空孔を有していることが好ましい。電源やポンプ等がなくても、移動相は、毛細管現象により、繊維の積層体又は多孔質体の中を移動することができる。繊維の積層体として、例えば、紙、布等が挙げられる。多孔質体として、例えば、珪藻土、ゼオライト等が挙げられる。基材として、紙が好ましい。紙として、例えば、有機高分子繊維から成る紙、ガラス繊維から成る紙等が挙げられる。有機高分子繊維として、例えば、植物繊維、酢酸セルロース繊維、ニトロセルロース繊維、ポリエステル繊維、ポリエチレン繊維、ポリプロピレン繊維、及びナイロン等が挙げられる。
【0013】
基材3の厚さ方向(以下では単に厚さ方向とする)から見たとき、基材3の形状は長方形である。長方形の長辺に沿って、
図1における右方向に進む方向を、方向Lとする。
検知デバイス1は、被覆層5を備える。被覆層5は、基材3における一方の表面の一部を被覆している。被覆層5はワックスから成る。被覆層5は、ワックスプリンタ(ゼロックス社製、Xerox ColorQube 8570)を用いて基材3の表面にワックスを吐出することにより形成された。ワックスの吐出後、基材3を110℃で4分間加熱した。ワックスは、基材3の奥まで浸透した。
【0014】
基材3の表面のうち、被覆層5に覆われていない部分を流路7とする。流路7では、基材3が露出している。厚さ方向から見たとき、流路7は、被覆層5により囲まれている。流路7の基本形態は、方向Lに沿って延びる細長い形態である。
【0015】
流路7の一部に液状の移動相を滴下すると、移動相は、湿潤により、流路7の中を移動する。移動相は、流路7の外(すなわち被覆層5により覆われている部分)には、ほとんど移動しない。
流路7は、第1領域9、第2領域11、第3領域13、及び第4領域15を備える。第2領域11は、第1領域9よりも、方向Lの側にある。第3領域13は、第2領域11よりも、方向Lの側にある。第4領域15は、第3領域13よりも、方向Lの側にある。
【0016】
第1領域9と第2領域11とは、接続経路17により接続されている。接続経路17は流路7の一部である。接続経路17の幅は、第1領域9の幅、及び第2領域11の幅よりも狭い。なお、幅とは、方向Lに直交する方向での長さである。
【0017】
第2領域11と第3領域13とは、接続経路19により接続されている。接続経路19は流路7の一部である。接続経路19の幅は、第2領域11の幅、及び第3領域13の幅よりも狭い。
第3領域13と第4領域15とは、2つの接続経路21A、21Bにより接続されている。すなわち、流路7のうち、第3領域13と第4領域15とを接続する部分は、接続経路21A、21Bに分かれている。接続経路21Aと第4領域15とを接続する接続部23Aはくびれた形状を有する。また、接続経路21Bと第4領域15とを接続する接続部23Bはくびれた形状を有する。接続部23Aと接続部23Bとは、第4領域15を挟んで対向している。
【0018】
第2領域11は、アセチルコリンエステラーゼを保持している。アセチルコリンエステラーゼは、アセチルコリンに対する酵素活性を有する酵素である。アセチルコリンエステラーゼは、神経剤と接触すると、酵素活性を失う。第2領域11にアセチルコリンエステラーゼを保持させるため、以下の処理を行った。
【0019】
まず、2μLの1%BSA溶液を第2領域11に滴下した。1%BSA溶液は、牛血清アルブミン(Sigma-Aldrich社製)を1質量%含む溶液であった。1%BSA溶液における溶媒は、標準緩衝液であった。標準緩衝液とは、Nacalai Tesque社製のHEPES(4-(2-hydroxyethyl)-1-piperazineethanesulfonic acid)を1mMの濃度で含む緩衝液であった。標準緩衝液のpHは6.8であった。なお、本明細書では、特に断らない限り、溶液の溶媒は標準緩衝液である。1%BSA溶液の滴下後、第2領域11を室温で15分間乾燥させた。
【0020】
次に、2μLのトレハロース溶液を第2領域11に滴下した。トレハロース溶液は、15質量%の濃度で、D-(+)-トレハロース無水物(東京化成工業製)を含んでいた。トレハロース溶液の滴下後、第2領域11を室温で15分間乾燥させた。
【0021】
次に、1.75μLのアセチルコリンエステラーゼ溶液を第2領域11に滴下した。アセチルコリンエステラーゼ溶液は、0.25U/μLの濃度で、電気ウナギ由来のアセチルコリンエステラーゼ(Sigma-Aldrich社製、Type VI-S)を含んでいた。アセチルコリンエステラーゼ溶液の滴下後、第2領域11を室温で15分間乾燥させた。
【0022】
第3領域13は、アセチルコリンを保持している。アセチルコリンは基質に対応する。第3領域13にアセチルコリンを保持させるため、以下の処理を行った。1.5μLのアセチルコリン溶液を第3領域13に滴下した。アセチルコリン溶液は、アセチルコリン(Nacalai Tesque製)を1質量%の濃度で含む溶液であった。アセチルコリン溶液の滴下後、第3領域13を室温で15分間乾燥させた。
【0023】
第4領域15は、フェノールレッドを保持している。フェノールレッドは指示薬に対応する。フェノールレッドは、pHに応じて色が変化する。第4領域15にフェノールレッドを保持させるため、以下の処理を行った。1.0μLのフェノールレッド溶液を第4領域15に滴下した。フェノールレッド溶液は、フェノールレッド(東京化成工業製)を0.1w/v%の濃度で含む溶液であった。フェノールレッド溶液における溶媒は、標準緩衝液とエタノールとを、4:1の体積比で混合した溶媒であった。フェノールレッド溶液の滴下後、第4領域15を室温で15分間乾燥させた。
【0024】
第1領域9に液状の移動相を滴下した場合、移動相は、接続経路17、第2領域11、接続経路19、第3領域13、並びに、接続経路21A及び接続経路21Bを経て、第4領域15に移動する。接続経路21Aから第4領域15に移動した移動相と、接続経路21Bから第4領域15に移動した移動相とは、第4領域15の中央付近において合流する。なお、移動相を第1領域9に滴下することは、移動相を第1領域9に導入することに対応する。
【0025】
第2領域11に保持されているアセチルコリンエステラーゼは、移動相とともに、第2領域11から第3領域13に移動する。
神経剤を含む試料が第2領域11に滴下され、神経剤がアセチルコリンエステラーゼと接触した場合、第3領域13に移動したアセチルコリンエステラーゼの酵素活性の少なくとも一部は、神経剤のために失われている。神経剤を含む試料が第2領域11に滴下されず、アセチルコリンエステラーゼが神経剤と接触しなかった場合、第3領域13に移動したアセチルコリンエステラーゼは酵素活性を有する。
【0026】
移動相とともにアセチルコリンエステラーゼが第3領域13に移動したとき、アセチルコリンエステラーゼの酵素活性の少なくとも一部が失われている場合は、アセチルコリンの大部分がそのまま残る。一方、移動相とともにアセチルコリンエステラーゼが第3領域13に移動したとき、アセチルコリンエステラーゼの酵素活性が失われていない場合は、アセチルコリンから反応生成物が生じる。反応生成物はコリンと酢酸とである。
【0027】
アセチルコリン、又は、反応生成物は、移動相とともに第3領域13から第4領域15に移動する。アセチルコリンが第4領域15に移動した場合と、反応生成物が第4領域15に移動した場合とでは、第4領域15におけるpHが異なる。そのため、アセチルコリンが第4領域15に移動した場合と、反応生成物が第4領域15に移動した場合とでは、第4領域15に保持されたフェノールレッドの色が異なる。フェノールレッドの色は、指示薬の態様に対応する。
【0028】
アセチルコリンが第4領域15に移動した場合とは、神経剤を含む試料が第2領域11に滴下された場合である。反応生成物が第4領域15に移動した場合とは、神経剤を含む試料が第2領域11に滴下されなかった場合である。よって、神経剤を含む試料が第2領域11に滴下された場合と、滴下されなかった場合とでは、第4領域15に保持されたフェノールレッドの色が異なる。
【0029】
(1-2)検知デバイス101の構成
検知デバイス101の構成を
図2に基づき説明する。検知デバイス101の構成は、基本的には検知デバイス1の構成と同様である。ただし、接続経路21A、第4領域15、及び接続経路21Bは、1つの円弧を形成するように配列されている。検知デバイス101においても、接続経路21Aから第4領域15に移動した移動相と、接続経路21Bから第4領域15に移動した移動相とは、第4領域15において合流する。
【0030】
(1-3)検知デバイス201の構成
検知デバイス201の構成を
図3に基づき説明する。検知デバイス201の構成は、基本的には、検知デバイス1の構成と同様である。ただし、第3領域13と第4領域15とは、1つの接続経路221により接続されている。また、第4領域15の幅は、接続経路221の幅と同程度である。
【0031】
(1-4)検知デバイス301の構成
検知デバイス301の構成を
図4に基づき説明する。検知デバイス301の構成は、基本的には、検知デバイス1の構成と同様である。ただし、第3領域13と第4領域15とは、1つの接続経路321により接続されている。また、第4領域15の幅は、接続経路321の幅よりも大きい。第4領域15の形状は円形である。
【0032】
2.検知デバイス1の使用方法
検知デバイス1は、例えば、以下のように使用することができる。神経剤が含まれている可能性がある試料を第2領域11に滴下する。試料の量は、例えば、2.5μLである。試料の滴下から所定時間経過後、移動相を第1領域9に滴下する。所定時間は、例えば、15秒間である。移動相の量は、例えば、60μLである。移動相は、例えば、Nacalai Tesque社製のHEPESを7.5mMの濃度で含む緩衝液である。
【0033】
移動相は、第1領域9から、接続経路17、第2領域11、接続経路19、第3領域13、並びに、接続経路21A及び接続経路21Bを経て、第4領域15に移動する。上述したように、第2領域11に神経剤を含む試料が滴下された場合と、滴下されなかった場合とでは、第4領域15に保持されているフェノールレッドの色が異なる。ユーザは、フェノールレッドの色により、第2領域11に滴下された試料に神経剤が含まれているか否かを判断することができる。検知デバイス101、201、301も、同様に使用することができる。
【0034】
3.検知デバイスの評価
(3-1)ΔGの測定方法
ΔGは、移動相を第1領域9に滴下する前後で、第4領域15に保持されているフェノールレッドの色がどれだけ変化したかを示す指標である。ΔGの測定方法は以下のとおりである。移動相を第1領域9に滴下する前に、第4領域15の色を測定する。この測定を第1の測定とする。第1の測定は以下のとおりである。
【0035】
デジタルカメラ(キャノン製、EOS Kiss X6i)を用いて第4領域15を撮影する。デジタルカメラのレンズと第4領域15との距離は30cmである。ISOは800である。シャッタースピードは1/160である。絞り値は5.6である。撮影のときに第4領域15に照射されている光は、第4領域15を撮影して得られる画像における緑の値が、256階調のうちの128~153となる光である。
【0036】
撮影により得られた画像を、GIMPソフトウエア(ver.2.10.18)を用いて画像解析する。第4領域15の一部を関心領域とする。関心領域は長方形の領域である。関心領域の大きさは600ピクセルである。関心領域におけるG(Green)の値をG1とする。
【0037】
次に、試料を第2領域11に滴下し、さらに移動相を第1領域9に滴下してから、移動相が第4領域15に達するまで待つ。次に、第1の測定と同様の方法で第2の測定を行う。第2の測定により得られた、関心領域におけるGの値をG2とする。G1とG2との差分をΔGとする。ΔGが25以上であれば、目視でフェノールレッドの呈色を認識できる。
【0038】
(3-2)接続経路の形状の評価(その1)
検知デバイス1、101、301を使用し、ΔGを測定した。第2領域11に滴下した試料は、VXを0.125μg/mLの濃度で含む溶液であった。VXは、式(1)で表される神経剤である。VXは、科学警察研究所で合成されたものであった。
【0039】
【0040】
移動相を第1領域9に滴下してから、第2の測定を行うまでの時間を変化させながら、繰り返しΔGを取得した。1つの条件のn数は4であった。測定結果を
図5に示す。
図5において「sharp branch」は検知デバイス1に対応する。「sharp straight」は検知デバイス201に対応する。「round straight」は検知デバイス301に対応する。
図5の横軸は、移動相を第1領域9に滴下してから、第2の測定を行うまでの時間を表す。
【0041】
検知デバイス1を使用した場合、移動相を第1領域9に滴下してから、第2の測定を行うまでの時間が長くても、検知デバイス201、301を使用した場合に比べて、ΔGが低下し難かった。その理由は以下のように推測される。
【0042】
図6に示すように、検知デバイス1では、接続経路21Aから第4領域15に移動した移動相と、接続経路21Bから第4領域15に移動した移動相とは、第4領域15において合流する。そのため、移動相は、第4領域15の中に留まりやすい。その結果、フェノールレッドの呈色が維持され易い。
【0043】
それに対し、検知デバイス301では、
図7に示すように、接続経路321から移動した移動相は、第4領域15を横切り、一部は第4領域15の外に移動する。その結果、フェノールレッドの呈色が弱まり易い。検知デバイス201も、検知デバイス301と同様であると推測される。
(3-3)接続経路の形状の評価(その2)
検知デバイス1、101、201、301を使用し、ΔGを測定した。第2領域11に滴下した試料は、VXを0.125μg/mLの濃度で含む溶液と、ブランクとであった。1つの条件のn数は4であった。測定結果を
図8に示す。
図8における「AChE2x」は、アセチルコリンエステラーゼの保持量が、他に比べて2倍の場合である。
図8における「round branch」は、検知デバイス101に対応する。
【0044】
検知デバイス1、101を使用した場合は、VXを0.125μg/mLの濃度で含む試料を滴下したとき、ΔGが25以上であり、ブランクを滴下したとき、ΔGが25未満であった。一方、検知デバイス201、301を使用した場合は、ブランクを滴下したとき、ΔGが25以上であった。
【0045】
また、検知デバイス1、101を使用した場合は、検知デバイス201、301を使用した場合と比べて、第4領域15の中の狭い範囲で集中して呈色していた。
(3-4)検知感度の評価
検知デバイス1を使用し、ΔGを測定した。第2領域11に滴下した試料は、VXを含む溶液であった。試料におけるVXの濃度を様々に変えながら、繰り返しΔGを測定した。また、ΔGの測定は、アセチルコリンエステラーゼの保持量が0.44Uの場合と、4.4Uの場合とにそれぞれ行った。1つの条件のn数は4であった。測定結果を
図9に示す。
【0046】
アセチルコリンエステラーゼの保持量が0.44Uの場合、試料におけるVXの濃度が0.1μg/mLであれば、ΔGが25以上であった。すなわち、アセチルコリンエステラーゼの保持量が0.44Uの場合、VXの検知下限濃度は、0.1μg/mLであった。
【0047】
アセチルコリンエステラーゼの保持量が4.4Uの場合、試料におけるVXの濃度が3μg/mLであれば、ΔGが25以上であった。すなわち、アセチルコリンエステラーゼの保持量が4.4Uの場合、VXの検知下限濃度は、3μg/mLであった。
【0048】
(3-5)頑強性の評価
検知デバイス1を使用し、ΔGを測定した。第2領域11に滴下した試料は、VXの濃度が125ng/mLである溶液であった。試料のpHを様々に変化させながら、繰り返しΔGを測定した。試料における溶媒はHCl水溶液であった。測定結果を
図10に示す。pHが4以上であれば、ΔGが25以上となった。
【0049】
検知デバイス1を使用し、ΔGを測定した。第2領域11に滴下した試料は、ブランクであった。ブランクのpHを様々に変化させながら、繰り返しΔGを測定した。1つの条件のn数は4であった。試料における溶媒は、NaOH水溶液又はNaHCO3水溶液であった。
【0050】
測定結果を
図11に示す。pHが10以下であれば、ΔGが25未満となった。
図11における「pH9.5 (sat.NaHCO3)」とは、溶媒が飽和NaHCO
3水溶液であることを示す。
検知デバイス1を使用し、ΔGを測定した。第2領域11に滴下した試料は、VXの溶液と、ブランクとであった。試料の温度、及び、試料におけるVXの濃度を様々に変化させながら、繰り返しΔGを測定した。1つの条件のn数は4であった。試料の温度管理には、冷蔵庫又はインキュベーターを用いた。
【0051】
測定結果を
図12に示す。
図12の横軸における「4」、「14」、「33」は、それぞれ試料の温度(℃)である。
図12の横軸における「0.25」、「0.125」は、それぞれ試料におけるVXの濃度(μg/mL)である。いずれの条件でも、VXを含む試料を滴下したときのΔGは25より大きく、ブランクを滴下したときのΔGは25未満であった。
【0052】
検知デバイス1を使用し、ΔGを測定した。第2領域11に滴下した試料は、VXの濃度が0.125μg/mLである溶液、又はブランクであった。溶液及びブランクの溶媒を様々に変化させながら、繰り返しΔGを測定した。1つの条件のn数は4であった。測定結果を
図13に示す。
【0053】
溶媒がエタノール(EtOH)、2-プロパノール(iPrOH)、アセトニトリル(MeCN)、又はヘキサン(haxane)の場合、VXを含む試料を滴下したときのΔGは25より大きく、ブランクを滴下したときのΔGは25未満であった。溶媒がジメチルスルホキシド(DMSO)の場合、ブランクを滴下したときのΔGは25以上であった。溶媒が、95質量%の標準緩衝液と、5質量%のジメチルスルホキシドとから構成される場合、VXを含む試料を滴下したときのΔGは25より大きく、ブランクを滴下したときのΔGは25未満であった。
【0054】
検知デバイス1を使用し、ΔGを測定した。第2領域11に滴下した試料は、VXの濃度が0.125μg/mLである溶液、又はブランクであった。溶液及びブランクの溶媒を様々に変化させながら、繰り返しΔGを測定した。溶媒は、コーヒー、オレンジジュース、薬物を含まない尿、1%の石鹸水(ライオン株式会社製のハンドソープ)であった。薬物を含まない尿は、Lee Biosolutions, Incから入手したものであった。
【0055】
1つの条件のn数は4であった。測定結果を
図14に示す。いずれの条件でも、VXを含む試料を滴下したときのΔGは25より大きく、ブランクを滴下したときのΔGは25未満であった。
(3-6)保存性の評価
アセチルコリンエステラーゼの保持量が0.44Uである検知デバイス1を製造した。その検知デバイス1を、真空シーラ―バックに入れた状態で、4℃で84日間保存した。保存後の検知デバイス1を使用し、ブランクを滴下したときのΔGを測定すると、25未満であった。
【0056】
製造直後の検知デバイス1を使用し、ブランクを滴下したときのΔGを25未満にするために必要なアセチルコリンエステラーゼの最低量は0.264Uであった。以下の数式(1)により、アセチルコリンエステラーゼの半減期Tを算出することができる。半減期Tは114日である。
【0057】
数式(1) 0.264 ≦0.44×(1/2)^(84/T)
【0058】
製造直後の検知デバイス1におけるアセチルコリンエステラーゼの保持量が4.4Uである場合、アセチルコリンエステラーゼの保持量が0.264Uに減少するまでの期間は、半減期Tに基づき、以下の数式(2)から算出され、463日である。
【0059】
数式(2) log_2(4.4/0.264) ×114 =463
【0060】
よって、検知デバイス1は保存性及び検知感度において優れている。第2領域11に保持されているトレハロースは、アセチルコリンエステラーゼの安定性を一層高めていると推測される。
(3-7)試料採取を含めた検知感度及び頑強性の評価
VXの溶液をステンレス板に滴下した。滴下後、室温で20分間乾燥させた。綿(株式会社白十字製、家庭用綿)を手で圧縮し、直径5mmの球状の形態とした。以下ではこれを球状綿とする。マイクロチューブに移動相100μLを収容した。移動相は、HEPESを7.5mMの濃度で含む緩衝液であった。球状綿をマイクロチューブに入れ、球状綿を移動相に浸した。
【0061】
次に、球状綿でステンレス板の表面を拭いた。次に、球状綿をマイクロチューブの中に再び入れた。このとき、球状綿に含まれていたVXは移動相に溶出した。次に、マイクロチューブの中にある移動相のうち、60μLの移動相を検知デバイス1の第1領域9に滴下し、ΔGを測定した。ステンレス板に滴下するVXの量を様々に変えながら、上記の測定を繰り返した。測定結果を
図15における「wiping,stainless」として示す。
図15の横軸は、ステンレス板に滴下したVXの量を表す。
【0062】
基本的には上記と同様の方法であるが、ステンレス板の代わりにプラスチック板を使用して、ΔGを測定した。プラスチック板を構成するプラスチックは、アクリロニトリルブタジエンスチレン(ABS)であった。測定結果を
図15における「wiping,plastic」として示す。
【0063】
3μLのVX水溶液を100μLの移動相で希釈し、VXの希釈溶液を調製した。次に、VXの希釈溶液をピペットで混合した。次に、60μLのVXの希釈溶液を検知デバイス1の第1領域9に滴下し、ΔGを測定した。VXの量を様々に変えながら、上記の測定を繰り返した。測定結果を
図15における「dilution」として示す。いずれの測定方法でも、5~10ngのVXを検知可能であった。
【0064】
(3-8)神経剤及び農薬を検知対象とした場合の検知感度の評価
基本的には前記「(3-4)検知感度の評価」と同様の評価を行った。ただし、検知対象を、VX、パラオキソン(Paraoxon)、ジクロルボス(Dichlorvos)、RVX、サリン(Sarin、GB)、及びタブン(Tabun、GA)とした。VX、RVX、サリン、及びタブンは神経剤に対応する。パラオキソン及びジクロルボスは農薬に対応する。RVXは、式(2)で表される化合物である。サリンは、式(3)で表される化合物である。タブンは、式(4)で表される化合物である。
【0065】
【0066】
パラオキソンは、式(5)で表される化合物である。ジクロルボスは、式(6)で表される化合物である。
【0067】
【0068】
測定結果を
図16に示す。検知デバイス1を用いれば、いずれの検知対象も検知することができた。神経剤に対する検知感度は、農薬に対する検知感度よりも遥かに高かった。そのため、検知デバイス1を用いれば、神経剤を選択的に検知することができる。
【0069】
(3-9)試料採取を含めた検知感度及び頑強性の評価
基本的には前記「(3-7)試料採取を含めた検知感度及び頑強性の評価」のうち、プラスチック板から拭き取る評価と同様の評価を行った。ただし、検知対象を、VX、パラオキソン、及びジクロルボスとした。測定結果を
図17に示す。検知デバイス1を用いれば、いずれの検知対象も検知することができた。2μgのパラオキソンを検知することができた。20μgのジクロルボスを検知することができた。神経剤に対する検知感度は、農薬に対する検知感度よりも遥かに高かった。そのため、検知デバイス1を用いれば、神経剤を選択的に検知することができる。
【0070】
4.検知デバイス1、101が奏する効果
(4-1)検知デバイス1、101は、検知対象の揮発性が低い場合でも、検知対象を検知することができる。検知デバイス1、101は、検知感度が高く、保存性、及び頑強性において優れている。
【0071】
(4-2)検知デバイス1、101では、接続経路21Aから第4領域15に移動した移動相と、接続経路21Bから第4領域15に移動した移動相とが、第4領域15において合流する。そのため、移動相は、第4領域15の中に留まりやすい。その結果、フェノールレッドの呈色が長時間維持され易い。また、呈色が狭い領域で集中して生じる。
【0072】
(4-3)検知デバイス1において、接続経路21Aと第4領域15とを接続する接続部23Aはくびれた形状を有する。また、接続経路21Bと第4領域15とを接続する接続部23Bはくびれた形状を有する。そのため、フェノールレッドの呈色が一層長時間維持され易い。
【0073】
(4-4)検知デバイス1、101は、電源やポンプ等がなくても検知対象を検知することができる。
(4-5)検知デバイス1、101は、例えば、次亜塩素酸塩により容易に除染することができる。また、検知デバイス1、101は、廃棄時の環境負荷が小さい。
【0074】
(4-6)検知デバイス1、101は、アセチルコリンエステラーゼを失活させるものであれば、未知の神経剤でも検知することができる。また、検知デバイス1、101は、神経剤以外の未知の検知対象を検知することができる。
【0075】
5.他の実施形態
以上、本開示の実施形態について説明したが、本開示は上述の実施形態に限定されることなく、種々変形して実施することができる。
【0076】
(5-1)検知対象は、VX以外の神経剤であってもよい。検知対象は、神経剤以外のものであってもよい。神経剤以外の検知対象として、例えば、農薬等が挙げられる。
(5-2)酵素は、アセチルコリンエステラーゼ以外のものであってもよい。酵素は、基質に対する酵素活性を有し、検知対象により失活するものから適宜選択することができる。酵素として、例えば、ブチリルコリンエステラーゼ等が挙げられる。
【0077】
(5-3)指示薬は、フェノールレッド以外のものであってもよい。指示薬は、基質が第4領域15に移動した場合と、生成物が第4領域15に移動した場合とで態様が異なるものから適宜選択することができる。指示薬として、例えば、ブロモチモールブルー、α-ナフトールフタレイン、ニュートラルレッド、ロゾール酸等が挙げられる。
【0078】
(5-4)上記各実施形態における1つの構成要素が有する機能を複数の構成要素に分担させたり、複数の構成要素が有する機能を1つの構成要素に発揮させたりしてもよい。また、上記各実施形態の構成の一部を省略してもよい。また、上記各実施形態の構成の少なくとも一部を、他の上記実施形態の構成に対して付加、置換等してもよい。
【0079】
(5-5)上述した検知デバイスの他、当該検知デバイスを構成要素とするシステム、検知デバイスの製造方法、神経剤又は農薬の検知方法等、種々の形態で本開示を実現することもできる。
【符号の説明】
【0080】
1、101、201、301…検知デバイス、3…基材、5…被覆層、7…流路、9…第1領域、11…第2領域、13…第3領域、15…第4領域、17、19、21A、21B、221、321…接続経路、23A、23B…接続部