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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-17
(45)【発行日】2025-01-27
(54)【発明の名称】制御器設計方法
(51)【国際特許分類】
   G01M 15/02 20060101AFI20250120BHJP
   G05B 13/02 20060101ALI20250120BHJP
【FI】
G01M15/02
G05B13/02 A
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2021022029
(22)【出願日】2021-02-15
(65)【公開番号】P2022124325
(43)【公開日】2022-08-25
【審査請求日】2024-01-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000006105
【氏名又は名称】株式会社明電舎
(73)【特許権者】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】山口 崇
(72)【発明者】
【氏名】杉浦 克海
(72)【発明者】
【氏名】劉 康志
【審査官】中村 圭伸
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-057183(JP,A)
【文献】国際公開第2018/016628(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/095506(WO,A1)
【文献】特開2017-228087(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01M 15/00 - 15/14
G05B 13/00 - 13/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
制御対象の入出力特性を模した公称プラント及び当該公称プラントに含まれる少なくとも1つの変動モデルパラメータに対し変動を与える変動部を含む一般化プラントと、前記一般化プラントからの出力に基づいて当該一般化プラントへの入力を与える制御器と、を備えるフィードバック制御系において、所定の設計条件を満たすようにコンピュータによって前記制御器を設計する制御器設計方法であって、
前記公称プラントは、前記変動モデルパラメータを含みかつ前記制御対象の低周波帯における入出力特性を模した低次モデルと、前記変動モデルパラメータを含まずかつ前記低次モデルの出力に対し変動を与える変動要素と、を備え、
前記変動要素の伝達関数は、前記低周波帯よりも高い高周波帯の少なくとも一部において、前記制御対象の前記高周波帯における入出力特性を模した高次モデルの伝達関数と前記低次モデルの伝達関数との差に基づいて定義される差分伝達関数よりもゲインが大きくなるように設定されることを特徴とする制御器設計方法。
【請求項2】
前記公称プラントにおいて、前記変動要素は、前記低次モデルの出力に対し乗法的変動を与え、
前記低次モデルの伝達関数をPとし、前記高次モデルの伝達関数をPとした場合、前記差分伝達関数δは、下記式(1)によって定義されることを特徴とする請求項1に記載の制御器設計方法。
【数1】
【請求項3】
前記公称プラントにおいて、前記変動要素は、前記低次モデルの出力に対し加法的変動を与え、
前記低次モデルの伝達関数をPとし、前記高次モデルの伝達関数をPとした場合、前記差分伝達関数δは、下記式(2)によって定義されることを特徴とする請求項1に記載の制御器設計方法。
【数2】
【請求項4】
前記変動要素の伝達関数を設定する変動要素設定工程では、前記高次モデルに含まれる複数のモデルパラメータのうち前記変動モデルパラメータとは別のモデルパラメータの値を所定の変動範囲内で変動させることによって得られる複数の前記差分伝達関数の全てよりもゲインが大きくなるように前記変動要素の伝達関数を設定することを特徴とする請求項1から3の何れかに記載の制御器設計方法。
【請求項5】
前記公称プラントは、所定の入力信号に前記変動モデルパラメータの公称値を乗算する公称値乗算部と、前記変動部の変動出力信号と前記公称値乗算部の出力信号とを合算する合算部と、を備え、
前記変動部は、複素変動のケーリー変換による写像を用いることによって前記変動出力信号を生成することを特徴とする請求項1から4の何れかに記載の制御器設計方法。
【請求項6】
前記変動部は、所定の入力信号に前記写像を乗算することにより有界の変動信号を生成する有界変動生成部と、位相調整伝達関数を用いて前記変動信号の位相を変化させる位相調整部と、前記位相調整部の出力信号と前記公称値乗算部の入力信号とを用いて前記変動出力信号のノルムを所定範囲内に制限する正規化部と、を備えることを特徴とする請求項5に記載の制御器設計方法。
【請求項7】
前記フィードバック制御系において前記変動信号から前記有界変動生成部への入力信号までの伝達関数が正実関数になるように前記コンピュータによって前記位相調整伝達関数を設定する位相調整伝達関数設定工程と、
前記フィードバック制御系において前記設計条件を満たすように前記コンピュータによってサブ制御器を設計するサブ制御器設計工程と、
前記位相調整伝達関数設定工程と前記サブ制御器設計工程とを交互にn回(nは2以上の整数)にわたり繰り返し行うことによって設計されたn台の前記サブ制御器を並列に接続することによって前記制御器を設計する制御器合成工程と、を備えることを特徴とする請求項6に記載の制御器設計方法。
【請求項8】
1回目の前記位相調整伝達関数設定工程では、前記フィードバック制御系から前記制御器を切り離した状態で前記位相調整伝達関数を設定し、
1回目の前記サブ制御器設計工程では、前記フィードバック制御系に1回目の前記位相調整伝達関数設定工程を経て設定された前記位相調整伝達関数を含めた状態で前記サブ制御器を設計し、
2回目以降の前記位相調整伝達関数設定工程では、前記一般化プラントに1回目から前回の前記サブ制御器設計工程を経て設計された1台又は複数台の前記サブ制御器を並列に接続した状態で前記位相調整伝達関数を設定し、
2回目以降の前記サブ制御器設計工程では、前記フィードバック制御系に前回の前記位相調整伝達関数設定工程を経て設定された前記位相調整伝達関数を含めかつ前記一般化プラントに1回目から前回の前記サブ制御器設計工程を経て設計された1台又は複数台の前記サブ制御器を並列に接続した状態で前記サブ制御器を設計することを特徴とする請求項7に記載の制御器設計方法。
【請求項9】
前記位相調整伝達関数設定工程では、メタヒューリスティックアルゴリズムによって前記位相調整伝達関数を設定することを特徴とする請求項7又は8に記載の制御器設計方法。
【請求項10】
前記低次モデルは、所定の慣性モーメントで特徴付けられるi個(iは2以上の整数)以上の慣性体を所定のばね剛性及び減数係数で特徴付けられるi-1本以上の軸体で直列に連結して構成されるi慣性系に基づいて構築され、
前記高次モデルは、所定の慣性モーメントで特徴付けられるj個(jはiより大きな整数)以上の慣性体を所定のばね剛性及び減衰係数で特徴付けられるj-1本以上の軸体で直列に連結して構成されるj慣性系に基づいて構築され、
前記変動モデルパラメータは、前記慣性モーメント、前記ばね剛性、及び前記減衰係数の少なくとも何れかであることを特徴とする請求項1から9の何れかに記載の制御器設計方法。
【請求項11】
前記制御対象は、供試体入力に応じてトルクを発生する供試体と、トルク電流指令信号に応じてトルクを発生するダイナモメータと、前記供試体と前記ダイナモメータとを接続する結合軸と、前記結合軸における軸トルクに応じた軸トルク検出信号を生成する軸トルクメータと、を備える試験システムであり、
前記低次モデルは、i個(iは2以上の整数)の慣性体を所定のばね剛性で特徴付けられるi-1本の軸体で直列に連結して構成されるi慣性系に基づいて構築され、
前記高次モデルは、j個(jはiより大きな整数)の慣性体を所定のばね剛性で特徴付けられるj-1本の軸体で直列に連結して構成されるj慣性系に基づいて構築され、
前記変動モデルパラメータは、前記ばね剛性であり、
前記制御器は、前記軸トルク検出信号及び当該軸トルク検出信号に対する軸トルク指令信号が入力されると前記トルク電流指令信号を出力する軸トルク制御器であることを特徴とする請求項1から9の何れかに記載の制御器設計方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、制御器設計方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エンジンベンチシステムは、供試体であるエンジンとダイナモメータとを結合軸によって連結し、ダイナモメータをエンジンの動力吸収体として用いながら、スロットルアクチュエータによってエンジンのスロットル開度を制御することによって、エンジンの様々な特性を測定する。結合軸にはそのねじれトルクである軸トルクを検出する軸トルクメータが設けられており、ダイナモメータを動力吸収体として用いる際には、この軸トルクを所定の軸トルク指令に一致させる軸トルク制御が行われる。
【0003】
特許文献1には、I-PD制御法による軸トルク制御器の設計方法が示されている。エンジンベンチシステムでは、エンジンにおいて発生する脈動トルクに起因して結合軸に共振が発生する場合がある。そこで特許文献1の設計方法では、エンジンベンチシステムの特性を2慣性系伝達関数で表現するとともに、この伝達関数とI-PD制御装置との結合によって得られる4次の閉ループ伝達関数の極の周波数を、エンジンベンチシステムの機械共振周波数程度に指定することによってI-PD制御で用いられるゲインパラメータを設定している。これにより特許文献1の設計方法によれば、共振抑制効果のある軸トルク制御が可能な軸トルク制御器を設計することができる。
【0004】
ところで一般的なエンジンベンチシステムにおいて、エンジンとダイナモメータとを接続する結合軸には、そのばね剛性が大きく変動する特性があるクラッチが含まれている。特許文献1の軸トルク制御器によれば、結合軸のばね剛性が変動する場合であっても安定制御が可能である。しかしながら特許文献1の設計方法では、ばね剛性が低い場合における機械共振周波数を目安としてゲインパラメータを設定する。このため特許文献1の設計方法では保守的な結果しか得られず、これによって設計される軸トルク制御器は制御応答性が低い。
【0005】
これに対し本願出願人による特許文献2には、制御対象の入出力特性を特徴付けるパラメータの変動範囲を陽に指定しながら設計できる制御器設計方法が示されている。特許文献2に示された制御器設計方法は、一般化プラントや公称プラントに含まれるモデルパラメータに対し非有界の複素変動を与える変動部等が規定されたフィードバック制御系を定義し、このフィードバック制御系に対し小ゲイン定理に基づいて導かれるロバスト安定性に関する十分条件を設計条件として課すことによって制御器を設計する所謂ロバスト制御器設計方法に基づく。特に特許文献2に示された制御器設計方法では、ケーリー変換によって得られる有界の複素変動を変動出力信号として用いることによって、モデルパラメータの変動範囲を陽に指定しながら制御器の設計を可能としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2009-133714号公報
【文献】国際公開第2020/070963号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献2に示された制御器設計方法によれば、原理的には複数のモデルパラメータの変動を扱うことができるものの、この場合、多入力多出力システムに対する伝達関数(より具体的には、特許文献2において「位相調整伝達関数」と記載されている伝達関数)を導出する必要があり、困難を伴う。このため特許文献2には、制御対象を2慣性系モデルによって近似するとともに、この2慣性系モデルに含まれる1つのモデルパラメータの変動のみを扱った例が示されている。
【0008】
一方、特許文献2において制御対象として想定する試験システムは、低次の共振周波数を含む低周波帯では2慣性系モデルによって高い精度で近似できるが、高次の共振周波数を含む高周波帯では2慣性系モデルによって近似することができない。このため特許文献2に示された方法によって設計された制御器では、2慣性系モデルには含まれないモデルパラメータの変動に過敏に反応するおそれがあり、高周波帯での安定性を保証することができない。
【0009】
本発明は、公称プラントをモデルパラメータ数が少ない低次モデルによって近似しつつ、低次モデルでは十分に再現できない高周波帯での安定性が保証された制御器を設計できる制御器設計方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
(1)本発明に係る制御器設計方法は、制御対象の入出力特性を模した公称プラント及び当該公称プラントに含まれる少なくとも1つの変動モデルパラメータに対し変動を与える変動部を含む一般化プラントと、前記一般化プラントからの出力に基づいて当該一般化プラントへの入力を与える制御器と、を備えるフィードバック制御系において、所定の設計条件を満たすようにコンピュータによって前記制御器を設計する方法であって、前記公称プラントは、前記変動モデルパラメータを含みかつ前記制御対象の低周波帯における入出力特性を模した低次モデルと、前記変動モデルパラメータを含まずかつ前記低次モデルの出力に対し変動を与える変動要素と、を備え、前記変動要素の伝達関数は、前記低周波帯よりも高い高周波帯の少なくとも一部において、前記制御対象の前記高周波帯における入出力特性を模した高次モデルの伝達関数と前記低次モデルの伝達関数との差に基づいて定義される差分伝達関数よりもゲインが大きくなるように設定されることを特徴とする。
【0011】
(2)この場合、前記公称プラントにおいて、前記変動要素は、前記低次モデルの出力に対し乗法的変動を与え、前記低次モデルの伝達関数をPとし、前記高次モデルの伝達関数をPとした場合、前記差分伝達関数δは、下記式(1)によって定義されることが好ましい。
【数1】
【0012】
(3)この場合、前記公称プラントにおいて、前記変動要素は、前記低次モデルの出力に対し加法的変動を与え、前記低次モデルの伝達関数をPとし、前記高次モデルの伝達関数をPとした場合、前記差分伝達関数δは、下記式(2)によって定義されることが好ましい。
【数2】
【0013】
(4)この場合、前記変動要素の伝達関数を設定する変動要素設定工程では、前記高次モデルに含まれる複数のモデルパラメータのうち前記変動モデルパラメータとは別のモデルパラメータの値を所定の変動範囲内で変動させることによって得られる複数の前記差分伝達関数の全てよりもゲインが大きくなるように前記変動要素の伝達関数を設定することが好ましい。
【0014】
(5)この場合、前記公称プラントは、所定の入力信号に前記変動モデルパラメータの公称値を乗算する公称値乗算部と、前記変動部の変動出力信号と前記公称値乗算部の出力信号とを合算する合算部と、を備え、前記変動部は、複素変動のケーリー変換による写像を用いることによって前記変動出力信号を生成することが好ましい。
【0015】
(6)この場合、前記変動部は、所定の入力信号に前記写像を乗算することにより有界の変動信号を生成する有界変動生成部と、位相調整伝達関数を用いて前記変動信号の位相を変化させる位相調整部と、前記位相調整部の出力信号と前記公称値乗算部の入力信号とを用いて前記変動出力信号のノルムを所定範囲内に制限する正規化部と、を備えることが好ましい。
【0016】
(7)この場合、前記フィードバック制御系において前記変動信号から前記有界変動生成部への入力信号までの伝達関数が正実関数になるように前記コンピュータによって前記位相調整伝達関数を設定する位相調整伝達関数設定工程と、前記フィードバック制御系において前記設計条件を満たすように前記コンピュータによってサブ制御器を設計するサブ制御器設計工程と、前記位相調整伝達関数設定工程と前記サブ制御器設計工程とを交互にn回(nは2以上の整数)にわたり繰り返し行うことによって設計されたn台の前記サブ制御器を並列に接続することによって前記制御器を設計する制御器合成工程と、を備えることが好ましい。
【0017】
(8)この場合、1回目の前記位相調整伝達関数設定工程では、前記フィードバック制御系から前記制御器を切り離した状態で前記位相調整伝達関数を設定し、1回目の前記サブ制御器設計工程では、前記フィードバック制御系に1回目の前記位相調整伝達関数設定工程を経て設定された前記位相調整伝達関数を含めた状態で前記サブ制御器を設計し、2回目以降の前記位相調整伝達関数設定工程では、前記一般化プラントに1回目から前回の前記サブ制御器設計工程を経て設計された1台又は複数台の前記サブ制御器を並列に接続した状態で前記位相調整伝達関数を設定し、2回目以降の前記サブ制御器設計工程では、前記フィードバック制御系に前回の前記位相調整伝達関数設定工程を経て設定された前記位相調整伝達関数を含めかつ前記一般化プラントに1回目から前回の前記サブ制御器設計工程を経て設計された1台又は複数台の前記サブ制御器を並列に接続した状態で前記サブ制御器を設計することが好ましい。
【0018】
(9)この場合、前記位相調整伝達関数設定工程では、メタヒューリスティックアルゴリズムによって前記位相調整伝達関数を設定することが好ましい。
【0019】
(10)この場合、前記低次モデルは、所定の慣性モーメントで特徴付けられるi個(iは2以上の整数)以上の慣性体を所定のばね剛性及び減数係数で特徴付けられるi-1本以上の軸体で直列に連結して構成されるi慣性系に基づいて構築され、前記高次モデルは、所定の慣性モーメントで特徴付けられるj個(jはiより大きな整数)以上の慣性体を所定のばね剛性及び減衰係数で特徴付けられるj-1本以上の軸体で直列に連結して構成されるj慣性系に基づいて構築され、前記変動モデルパラメータは、前記慣性モーメント、前記ばね剛性、及び前記減衰係数の少なくとも何れかであることが好ましい。
【0020】
(11)この場合、前記制御対象は、供試体入力に応じてトルクを発生する供試体と、トルク電流指令信号に応じてトルクを発生するダイナモメータと、前記供試体と前記ダイナモメータとを接続する結合軸と、前記結合軸における軸トルクに応じた軸トルク検出信号を生成する軸トルクメータと、を備える試験システムであり、前記低次モデルは、i個(iは2以上の整数)の慣性体を所定のばね剛性で特徴付けられるi-1本の軸体で直列に連結して構成されるi慣性系に基づいて構築され、前記高次モデルは、j個(jはiより大きな整数)の慣性体を所定のばね剛性で特徴付けられるj-1本の軸体で直列に連結して構成されるj慣性系に基づいて構築され、前記変動モデルパラメータは、前記ばね剛性であり、前記制御器は、前記軸トルク検出信号及び当該軸トルク検出信号に対する軸トルク指令信号が入力されると前記トルク電流指令信号を出力する軸トルク制御器であることが好ましい。
【発明の効果】
【0021】
(1)本発明では、制御対象の入出力特性を模した公称プラント及びこの公称プラントに含まれる少なくとも1つの変動モデルパラメータに対し変動を与える変動部を含む一般化プラントと、この一般化プラントからの出力に基づいて一般化プラントへの入力を与える制御器と、を備えるフィードバック制御系において、所定の設計条件を満たすようにコンピュータによって制御器を設計する。本発明では、公称プラントとして、変動モデルパラメータを含みかつ制御対象の低周波帯における入出力特性を模した低次モデルを備えるものを用いる。これにより、低次モデルによって十分に近似できる低周波帯では、モデルパラメータの変動に対し安定性が保証された制御器を設計することができる。また本発明では、公称プラントとして、上記低次モデルに加え、変動パラメータを含まずかつこの低次モデルの出力に対し変動を与える変動要素を備えるものを用い、またこの変動要素の伝達関数を、制御対象の高周波帯における入出力特性を模した高次モデルの伝達関数と低次モデルの伝達関数との差に基づいて定義される差分伝達関数よりもゲインが大きくなるように設定する。これにより、低次モデルだけでは十分に近似できない高周波帯においても安定性が保証された制御器を設計することができる。
【0022】
(2)本発明では、低次モデルの出力に対し乗法的変動を与える変動要素の伝達関数を、上記式(1)によって定義される差分伝達関数δよりもゲインが大きくなるように設定する。これにより、高周波帯における安定性がさらに保証された制御器を設計することができる。
【0023】
(3)本発明では、低次モデルの出力に対し加法的変動を与える変動要素の伝達関数を、上記式(2)によって定義される差分伝達関数δよりもゲインが大きくなるように設定する。これにより、高周波帯における安定性がさらに保証された制御器を設計することができる。
【0024】
(4)本発明において、変動要素の伝達関数を設定する変動要素設定工程では、高次モデルに含まれる複数のモデルパラメータのうち変動モデルパラメータとは別のモデルパラメータの値を所定の変動範囲内で変動させることによって得られる複数の差分伝達関数の全てよりもゲインが大きくなるように変動要素の伝達関数を設定する。これにより、低次モデルには含まれなないが高次モデルには含まれるモデルパラメータの変動に起因して高周波帯における制御が不安定になるのを防止することができる。
【0025】
(5)H∞制御やμ設計等の従来のロバスト制御器設計方法では、一般化プラントや公称プラントに含まれるモデルパラメータに対し非有界の複素変動を与える変動部等が規定されたフィードバック制御系を定義し、このフィードバック制御系に対し小ゲイン定理に基づいて導かれるロバスト安定性に関する十分条件を設計条件として課すことによって、この設計条件を満たすように制御器を設計する(例えば、劉康志著、「線形ロバスト制御」、コロナ社、2002年、を参照)。このように従来のロバスト制御器設計方法では非有界の複素変動を扱っているが、これは設計上モデルパラメータの変動範囲を虚数軸上で無限遠まで考慮することに相当し、現実的ではない。これに対し本発明の制御器設計方法では、変動部から出力される変動出力信号によって、低次モデルの変動モデルパラメータに対し加法的変動を与えるとともに、変動部では、複素変動のケーリー変換による写像を用いることによって上記変動出力信号を生成する。ケーリー変換によれば、複素平面の右半平面にわたる非有界の複素変動は、単位円内に写像される。このため本発明の制御器設計方法によれば、ケーリー変換によって得られる有界の複素変動を変動出力信号として用いることができるので、変動モデルパラメータの変動範囲を陽に指定しながら制御器を設計できる。
【0026】
(6)本発明の制御器設計方法では、所定の入力信号にケーリー変換による写像を乗算することにより有界の変動信号を生成する有界変動生成部と、位相調整伝達関数を用いて変動信号の位相を変化させる位相調整部と、位相調整部の出力信号と公称値乗算部の入力信号とを用いて変動出力信号のノルムを所定範囲内に制限する正規化部とを備える変動部を用いることによって変動モデルパラメータに対する変動を与える。本発明の制御器設計方法によれば、変動モデルパラメータの変動範囲の上限や下限が予め判明している場合には、正規化部において変動出力信号のノルムをこれら上限及び下限を用いて定められる範囲内に制限することにより、現実に即した制御器を設計できる。
【0027】
(7)本願出願人による特許文献2に記載の制御器設計方法では、一般化プラントから制御器を切り離した状態において、有界変動生成部の出力である有界の変動信号から、有界変動生成部への入力信号までの伝達関数が正実関数になるように位相調整部における位相調整伝達関数をコンピュータによって設定する位相調整伝達関数設定工程と、設計条件を満たすようにコンピュータによって制御器を設計する制御器設計工程と、を経て制御器を設計する。ここで、これら2つの工程を経て設計された制御器を実システムに組み込むと、その位相は変化してしまう。これはすなわち、一般化プラントから制御器を切り離した状態で設定された位相調整伝達関数は、制御器が組み込まれた実システムでは最適でないことを意味する。このため特許文献2に記載の制御器設計方法に基づいて設計された制御器は、十分な性能を発揮できない場合がある。
【0028】
これに対し本発明では、位相調整伝達関数設定工程とサブ制御器設計工程とを交互にn回(nは2以上の整数)にわたり繰り返し行うことによって設計されたn台のサブ制御器を並列に接続することによって制御器を設計する。これにより、位相調整伝達関数及び制御器を最適化することができる。
【0029】
(8)本発明において、1回目の位相調整伝達関数設定工程では、フィードバック制御系から制御器を切り離した状態で位相調整伝達関数を設定し、1回目のサブ制御器設計工程では、フィードバック制御系に1回目の位相調整伝達関数設定工程を経て設定された位相調整伝達関数を含めた状態でサブ制御器を設計する。また2回目以降の位相調整伝達関数設定工程では、一般化プラントに1回目から前回のサブ制御器設計工程を経て設計された1台又は複数台のサブ制御器を並列に接続した状態で位相調整伝達関数を設定し、2回目以降のサブ制御器設計工程では、フィードバック制御系に前回の位相調整伝達関数設定工程を経て設定された位相調整伝達関数を含めかつ一般化プラントに1回目から前回のサブ制御器設計工程を経て設計された1台又は複数台のサブ制御器を並列に接続した状態でサブ制御器を設計する。これにより、位相調整伝達関数及び制御器を最適化することができる。
【0030】
(9)本発明の制御器設計方法では、メタヒューリスティックアルゴリズムによって、上記変動信号から上記入力信号までの伝達関数が正実関数になるように位相調整伝達関数を設定する。これにより、設計者のスキルによらず速やかに位相調整伝達関数を設定できる。
【0031】
(10)本発明の制御器設計方法では、i個(iは2以上の整数)の慣性体をi-1本以上の軸体で直列に連結して構成されるi慣性系に基づいて低次モデルを構築し、j個(jはiより大きな整数)の慣性体をj-1本以上の軸体で直列に連結して構成されるj慣性系に基づいて高次モデルを構築する。また本発明では、上記慣性体の慣性モーメント、並びに上記軸体のばね剛性及び減衰係数の少なくとも何れかを、変動部によって変動を与える変動モデルパラメータとし、上記多慣性系を制御対象とする制御器を設計する。これにより、慣性モーメント、ばね剛性、及び減衰係数等が変動する場合であっても安定かつ高応答な制御を実現できる制御器を設計できる。
【0032】
(11)本発明の制御器設計方法では、供試体入力に応じてトルクを発生する供試体と、トルク電流指令信号に応じてトルクを発生するダイナモメータと、供試体とダイナモメータとを接続する結合軸と、結合軸における軸トルクに応じた軸トルク検出信号を生成する軸トルクメータとを備える試験システムを制御対象とし、i慣性系に基づいて低次モデルを構築し、j慣性系に基づいて高次モデルを構築し、上記低次モデルの軸体のばね剛性を変動部によって変動を与える変動モデルパラメータとし、軸トルク検出信号及び軸トルク指令信号に応じてトルク電流指令信号を出力する制御器を設計する。上述のように供試体とダイナモメータとを接続する結合軸にはクラッチが含まれており、そのばね剛性が大きく変動する特性がある。これに対し本発明の制御器設計方法によれば、安定かつ高応答な制御を実現できる試験システムの制御器を設計できる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
図1】本発明の一実施形態に係る制御器設計方法を適用して設計された軸トルク制御器を搭載する試験システムの構成を示す図である。
図2】結合軸のねじれ角と軸トルクとの関係の一例を示す図である。
図3】軸トルク制御器を設計する際に用いられるフィードバック制御系の構成を示す図である。
図4図3のフィードバック制御系に基づいて導出されるコントローラの構成を示す図である。
図5】一般化プラントの構成を示す図である。
図6】公称プラントの詳細な構成を示す図である。
図7】高次モデルの一例を示す図である。
図8】低次モデルとして採用する2慣性系モデル及び高次モデルとして採用する4慣性系モデルの入出力特性を比較したボード線図である。
図9】変動要素及び3つの差分伝達関数の入出力特性を比較したボード線図である。
図10】変動部の構成を示す図である。
図11】複素変動のケーリー変換による写像を示す図である。
図12】制御器設計方法の具体的な手順を示すフローチャートである。
図13】サブコントローラ合成工程の手順を説明するための図である。
図14】公称モデルの他の例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、本発明の一実施形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。
図1は、本実施形態に係る制御器設計方法を適用して設計された軸トルク制御器7を搭載する試験システムSの構成を示す図である。試験システムSは、供試体であるエンジンEと、ダイナモメータ2と、結合軸3と、インバータ4と、軸トルクメータ5と、スロットルアクチュエータ6と、軸トルク制御器7と、を備える。試験システムSは、スロットルアクチュエータ6によってエンジンEのスロットル開度を制御しながら、ダイナモメータ2をエンジンEの動力吸収体として用いることにより、エンジンEの様々な特性を測定する所謂エンジンベンチシステムである。
【0035】
スロットルアクチュエータ6は、エンジンEのスロットル開度に対する指令に相当するスロットル開度指令信号が入力されると、これを実現するようにエンジンEのスロットル開度を制御し、これによりスロットル開度指令信号に応じたエンジントルクをエンジンEで発生させる。
【0036】
結合軸3は、エンジンEの出力軸とダイナモメータ2の出力軸とを接続する。結合軸3はクラッチを含み、したがってそのばね剛性は所定の範囲内で変動する特性がある。図2は、結合軸のねじれ角[rad]と軸トルク[Nm]との関係の一例を示す図である。図2では、傾きがばね剛性に相当する。図2に示すように結合軸のばね剛性は、ねじれ角が0[rad]を含む低剛性領域内では小さく、この低剛性領域外である高剛性領域内では大きくなる特性がある。すなわち、図2の例では、ばね剛性の変動範囲の下限値kminは結合軸が低剛性領域内にある状態におけるばね剛性に相当し、上限値kmaxは結合軸が高剛性領域内にある状態におけるばね剛性に相当する。
【0037】
図1に戻り、軸トルクメータ5は、結合軸3における軸トルクに応じた軸トルク検出信号を生成し、軸トルク制御器7へ送信する。軸トルク制御器7は、所定の軸トルク指令信号と軸トルクメータ5からの軸トルク検出信号との差である軸トルク制御偏差が無くなるように、これら軸トルク指令信号及び軸トルク検出信号を用いることによってダイナモメータ2で発生させるトルクに対する指令に相当するトルク電流指令信号を生成し、インバータ4に入力する。インバータ4は、軸トルク制御器7から入力されるトルク電流指令信号に応じた電力をダイナモメータ2に供給し、これによりトルク電流指令信号に応じたダイナモトルクをダイナモメータ2で発生させる。
【0038】
以上のような軸トルク制御を行う軸トルク制御器7は、図3に示すようなフィードバック制御系8を定義し、このフィードバック制御系8において所定の設計条件が満たされるように設計されたコントローラをデジタルシグナルプロセッサやマイクロコンピュータ等の入出力ポートを備えるハードウェアに実装して構成される。
【0039】
以上のように構成された試験システムSにおいて、後述のコントローラKが実装された軸トルク制御器7は、図示しない上位コントローラから通信を介して送信される軸トルク指令信号と、ダイナモメータ2に装備された軸トルクメータ5から送信される軸トルク検出信号とが入力されると、トルク電流指令信号を生成し通信を介してインバータ4へ入力する。ダイナモメータ2と電気的に接続されているインバータ4は、軸トルク制御器7からトルク電流指令信号が入力されると、このトルク電流指令信号に応じたトルクをダイナモメータ2に発生させる。なおこの際に想定される外乱要素は、軸トルクメータ5において軸トルクを計測する際に発生するノイズや、各通信経路における時間の遅れ、インバータ4の制御応答等によるトルク電流指令信号と発生トルクとの間の非線形性のずれ等がある。なお上述の軸トルク指令信号は、上述のように軸トルク制御器7とは別の上位コントローラによって生成してもよいし、軸トルク制御器7の内部においてコントローラKとは別に構築されたモジュールによって生成してもよい。
【0040】
図3のフィードバック制御系8は、エンジンEへの入力及びダイナモメータ2への入力から軸トルクメータ5の出力までの試験システムSの入出力特性を模した公称プラントNを有する一般化プラントPと、この一般化プラントPに対し入出力を与えるコントローラKと、公称プラントNに対し変動を与える変動部Δと、を組み合わせることによって構成される。
【0041】
一般化プラントPには、第1外乱入力w1、第2外乱入力w2、及び第3外乱入力w3で構成される入力と、第1評価出力z1、第2評価出力z2、及び第3評価出力z3で構成される出力とが定義されている。以下では、第1外乱入力w1、第2外乱入力w2、及び第3外乱入力w3を成分とするベクトル量をwと表記し、第1評価出力z1、第2評価出力z2、及び第3評価出力z3を成分とするベクトル量をzと表記する。なお、一般化プラントPの具体的な構成については、後に図5及び図6を参照しながら詳細に説明する。
【0042】
また一般化プラントPとコントローラKとの間には、軸トルク検出信号に相当する第1観測出力y1及び軸トルク指令信号に相当する第2観測出力y2と、トルク電流指令信号に相当する制御入力uとが定義されている。一般化プラントPとコントローラKとの間に以上のような入出力信号を設定することにより、図4に示すように、2つの伝達関数Ky1(s)及びKy2(s)を組み合わせて構成され、第1観測出力y1及び第2観測出力y2から制御入力uを出力する2自由度制御系のコントローラKが導出される。
【0043】
図3に戻り、一般化プラントPと変動部Δとの間には、スカラ量である変動入力ηとスカラ量である変動出力ξとが定義されている。変動部Δは、一般化プラントPから出力される変動入力ηに基づいて変動出力ξを生成し、この変動出力ξを一般化プラントPに与えることにより、公称プラントNに対し変動を与える。なおこの変動部Δの具体的な構成については、後に図10を参照して詳細に説明する。
【0044】
図5は、一般化プラントPの構成を示す図である。一般化プラントPは、制御対象である試験システムSの入出力特性を模した公称プラントNと、公称プラントNに含まれる少なくとも1つの変動モデルパラメータに対し変動を与える変動部Δと、複数の重み関数We(s),Wu(s),Wy(s),Wd(s),Wr(s),Wn(s)と、を組み合わせて構成される。
【0045】
公称プラントNは、図1の試験システムSにおいて、トルク電流指令信号に応じたダイナモトルクから軸トルク検出信号に応じた軸トルクまでの入出力特性を模した入出力特性を備える。
【0046】
公称プラントNは、制御対象における入出力特性のうち特に低周波帯を模擬するように構築された低次モデルM1と、この低次モデルM1の出力に対し変動を与える変動要素M2と、を備える。図5に示すように、変動部Δは、低次モデルM1と接続されているが、変動要素M2とは接続されていない。換言すれば、低次モデルM1は変動モデルパラメータを含むのに対し、変動要素M2は変動モデルパラメータを含まない。
【0047】
また本実施形態では、図5に示すように、変動要素M2は、低次モデルM1の出力に対し乗法的変動を与える場合について説明する。すなわち、低次モデルM1の伝達関数をPとし、変動要素M2の伝達関数をWpとすると、公称プラントNの伝達関数Pは、下記式(3)によって表される。
【数3】
【0048】
図6は、公称モデルNの詳細な構成を示す図である。
上述のように低次モデルM1は、制御対象の低周波帯の入出力特性を模擬するように構築したものが用いられる。本実施形態では、低次モデルM1を、例えばエンジンEの慣性モーメントJを有する第1慣性体と、ダイナモメータ2の慣性モーメントJを有する第2慣性体とを、所定の公称値kのばね剛性及び所定の減衰係数Dを有する1本の軸で連結して構成される2慣性系の運動方程式に基づいて構築した場合について説明する。この低次モデルM1は、図示しないエンジントルクと軸トルクとの和からエンジンに相当する第1慣性体の回転数(エンジン回転数)までの伝達関数Ga1(s)(下記式(4-1)参照)と、ダイナモトルクと軸トルクとの差からダイナモメータに相当する第2慣性体の回転数(ダイナモ回転数)までの伝達関数Ga2(s)(下記式(4-2)参照)と、エンジン回転数とダイナモ回転数との差から軸トルクまでの伝達関数Ga3(s)(下記式(4-3)参照)と、を図6に示すように組み合わせることによって構成される。
【数4】
【0049】
3つの伝達関数を組み合わせて構成される低次モデルM1において、慣性モーメントJ,Jは、それぞれ既知の方法によって取得されたエンジンEの慣性モーメント及びダイナモメータ2の慣性モーメントが用いられる。軸の減衰係数Dは、予め定められた正の値が用いられる。また、軸のばね剛性の公称値kは、試験システムSで用いられる結合軸3のばね剛性に想定される変動範囲の下限値kminに定められる(k=kmin)。ここでばね剛性の変動範囲の下限値kminとは、図2の例では、結合軸が低剛性領域内にあるときにおけるばね剛性の値である。
【0050】
以上のように、低次モデルM1では、エンジンの慣性モーメントと、ダイナモメータの慣性モーメントと、結合軸の減衰係数と、結合軸のばね剛性と、の4つのモデルパラメータが定義されている。変動部Δは、これら4つのモデルパラメータのうちの1つであるばね剛性に対し変動を与える。すなわち、低次モデルM1に含まれる4つのモデルパラメータのうち、変動部Δによって変動が付与される変動モデルパラメータは、ばね剛性となっている。より具体的には、低次モデルM1は、結合軸の回転速度に相当する入力信号ηにばね剛性の公称値kを乗算する公称値乗算部51と、変動部Δの出力信号である変動出力信号ξと公称値乗算部51の出力信号とを合算する合算部52と、を備える。変動部Δは、公称値乗算部51に対する入力信号ηが入力されると、変動出力信号ξを生成し、合算部52へ入力する。これにより変動部Δは、低次モデルM1の変動モデルパラメータであるばね剛性に対し加法的変動を与える。
【0051】
変動要素M2は、以上のように制御対象の低周波帯における入出力特性を模した低次モデルM1の出力に対し、この低次モデルM1では模擬できない高周波帯において乗法的変動を与える重み関数である。すなわち変動要素M2は、主に低周波帯を模擬する低次モデルM1と変動要素M2とを合わせた公称プラントN全体により、制御対象の入出力特性の低周波帯から高周波帯までを模擬できるように設定される。
【0052】
このため変動要素M2の伝達関数Wpは、制御対象の低周波帯及び高周波帯における入出力特性を模した高次モデルM3(後述の図7参照)の伝達関数Pと、制御対象の低周波帯における入出力特性を模した低次モデルM1の伝達関数Pとの差に基づいて定義される差分伝達関数δに基づいて設定される。変動要素M2によって低次モデルM1の出力に対し乗法的変動を与える場合、この差分伝達関数δは、下記式(5)によって定義される。
【数5】
【0053】
上記式(5)に示すような差分伝達関数δを定義した上、変動要素M2の伝達関数Wpは、全周波帯のうち低次モデルM1では模擬できない高周波帯の少なくとも一部において、差分伝達関数δよりもゲインが大きくなるように設定される。より具体的には、変動要素M2の伝達関数Wpは、高次モデルM3に含まれる複数のモデルパラメータのうち低次モデルM1に定義された変動モデルパラメータとは別のモデルパラメータの値を所定の変動範囲内で変動させることによって得られる複数の差分伝達関数δの全てよりも、高周波帯の全域においてゲインが大きくなるように設定される。
【0054】
図7は、高次モデルM3の一例を示す図である。図7には、高次モデルM3を、慣性モーメントJ,J,J,Jで特徴付けられる4個の慣性体をばね剛性k,k,k,k及び減衰係数D,D,D,Dで特徴付けられる3本の軸体で直列に連結して構成される4慣性系の運動方程式に基づいて構築した場合を示す。なお上述の低次モデルM1において、変動部Δによって変動を付与するばね剛性kは、図7に示す4慣性系ではばね剛性kに相当し、低次モデルM1におけるエンジンEの慣性モーメントJは、図7に示す4慣性系では慣性モーメントJに相当する。
【0055】
図8は、低次モデルM1として採用する2慣性系モデル(実線参照)及び高次モデルM3として採用する4慣性系モデル(破線参照)の入出力特性を比較したボード線図である。図8に示すように、2慣性系モデルと4慣性系モデルとは、制御対象の1次共振周波数f1を含む低周波帯において概ね入出力特性が一致する。これに対し制御対象の2次共振周波数f2次及び3次共振周波数f3を含む高周波帯では、2慣性系モデルと4慣性系モデルとでは入出力特性が大きくずれる。すなわち4慣性系モデルは、制御対象の高周波帯における2次、及び3次共振点を再現できるのに対し、2慣性系モデルは、これら2次、3次共振点を再現することができない。以上のように高次モデルM3には、低次モデルM1では模擬できない高周波帯を模擬できるように構築したものが用いられる。
【0056】
なお以下では、低次モデルM1及び高次モデルM3をそれぞれ多慣性系モデルに基づいて構築した場合について説明するが、本発明はこれに限らない。すなわち低次モデルは、制御対象の低周波帯の入出力特性を模擬するように構築され、高次モデルは、この低次モデルでは模擬できない高周波帯の入出力特性を模擬するように構築されたものであればどのようなものであってもよい。
【0057】
また以下では、低次モデルM1を2慣性系モデルに基づいて構築し、高次モデルM3を4慣性系モデルに基づいて構築した場合について説明するが、本発明はこれに限らない。低次モデルは、所定の慣性モーメントで特徴付けられるi個(iは、2以上の整数)以上の慣性体を所定のばね剛性及び減衰係数で特徴付けられるi-1本の軸体で直列に連結して構成されるi慣性系モデルに基づいて構築してもよい。またこの場合、高次モデルは、所定の慣性モーメントで特徴付けられるj個(jは、iより大きな整数)以上の慣性体を所定のばね剛性及び減衰係数で特徴付けられるj-1本の軸体で直列に連結して構成されるj慣性系モデルに基づいて構築してもよい。
【0058】
図9は、変動要素M2及び3つ差分伝達関数δ1,δ2,δ3の入出力特性を比較したボード線図である。より具体的には、図9は、変動要素M2の設定例を示す図である。なお図9には、上記式(5)によって定義される差分伝達関数δに含まれる複数のモデルパラメータのうち、低次モデルM1の変動モデルパラメータkに相当するばね剛性k以外のモデルパラメータであるばね剛性k及び慣性モーメントJを所定の変動範囲内で変動させることによって得られる3つの差分伝達関数δ1,δ2,δ3を重ねてプロットした。
【0059】
図9に示すように、変動要素M2の伝達関数Wpは、1~3次共振周波数f1~f3を全て含む全周波帯において、3つの差分伝達関数δ1~δ3の全てよりもゲインが大きくなるように設定される。
【0060】
なお本実施形態では、低次モデルM1の変動モデルパラメータをばね剛性kとし、差分伝達関数δに含まれる複数のモデルパラメータのうちばね剛性k及び慣性モーメントJを所定の変動範囲内で変動させた場合について説明したが、本発明はこれに限らない。例えば低次モデルM1の変動モデルパラメータを慣性モーメントJとした場合、差分伝達関数δに含まれる複数のモデルパラメータのうちばね剛性k,kを所定の変動範囲内で変動させることによって複数の差分伝達関数を設定し、変動要素M2の伝達関数Wpをこれら差分伝達関数の全てよりもゲインが大きくなるように設定してもよい。
【0061】
図5に戻り、一般化プラントPには、第1外乱入力w1、第2外乱入力w2、第3外乱入力w3、第1評価出力z1、第2評価出力z2、第3評価出力z3、制御入力u、第1観測出力y1、第2観測出力y2、変動入力η、及び変動出力ξから成る複数の入出力信号が定義されている。これら入出力信号と図1の試験システムSとの対応関係は以下の通りである。
【0062】
第1外乱入力w1は、一般化プラントPへの入力信号であり、コントローラKから出力される制御入力uに対する外乱に相当する。第1外乱入力w1は、予め設定された重み関数Wd(s)によって重み付けされる。第2外乱入力w2は、一般化プラントPへの入力信号であり、コントローラKに入力される軸トルク指令信号に相当する。第2外乱入力w2は、予め設定された重み関数Wr(s)によって重み付けされる。第3外乱入力w3は、一般化プラントPへの入力信号であり、コントローラKに入力される軸トルク検出信号に対する外乱に相当する。第3外乱入力w3は、予め設定された重み関数Wn(s)によって重み付けされる。
【0063】
制御入力uは、コントローラKから一般化プラントPへの入力信号であり、トルク電流指令信号に相当する。この制御入力uと、重み関数Wd(s)で重み付けされた第1外乱入力w1とを合算したものは、公称プラントNに入力される。第1観測出力y1は、一般化プラントPからコントローラKへの入力信号であり、軸トルク検出信号に相当する。この第1観測出力y1には、公称プラントNの出力と、重み関数Wn(s)で重み付けされた第3外乱入力w3とを合算したものが用いられる。第2観測出力y2は、コントローラKへの入力信号であり、軸トルク指令信号に相当する。この第2観測出力y2には、重み関数Wr(s)で重み付けされた第2外乱入力w2が用いられる。
【0064】
第1評価出力z1は、一般化プラントPの出力信号であり、重み付きの軸トルク制御偏差に相当する。この第1評価出力z1には、軸トルク指令信号に相当する第2観測出力y2からトルク電流指令信号に相当する制御入力uを減算して得られる偏差を、予め設定された重み関数We(s)で重み付けしたものが用いられる。第2評価出力z2は、一般化プラントPの出力信号であり、重み付きのトルク電流指令信号に相当する。この第2評価出力z2には、上述のようにトルク電流指令信号に相当する制御入力uを予め設定された重み関数Wu(s)によって重み付けしたものが用いられる。第3評価出力z3は、一般化プラントPの出力信号であり、重み付きの軸トルク検出信号に相当する。この第3評価出力z3には、公称プラントNの出力を予め設定された重み関数Wy(s)で重み付けしたものが用いられる。
【0065】
図10は、変動部Δの構成を示す図である。変動部Δは、有界変動生成部61と、位相調整部62と、正規化部63と、を備え、これらを用いることにより、公称プラントNから入力される入力信号ηから変動出力信号ξを生成し、公称プラントNへ入力する。
【0066】
有界変動生成部61は、正規化部63から入力される入力信号η1に、非有界の複素変動Δgのケーリー変換による写像を乗算することにより有界の変動信号ξ1を生成し、位相調整部62へ出力する。より具体的には、有界変動生成部61は、下記式(6)に示すように、複素変動Δgのケーリー変換による写像Δpを入力信号η1に乗算することによって変動信号ξ1を生成する。下記式(6)に示すケーリー変換によれば、複素平面の右半平面にわたる非有界の複素変動Δgは、図11に示すように、原点を中心とした半径が1の単位円内に写像される。
【数6】
【0067】
位相調整部62は、有界変動生成部61によって生成された有界の変動信号ξ1に所定の位相調整伝達関数Wscope(s)を乗算することによって変動信号ξ1の位相を変化させる。後に図12を参照して説明するように、この位相調整伝達関数Wscope(s)の関数形は、有界変動生成部61から出力される変動信号ξ1から有界変動生成部61へ入力される入力信号η1までの伝達関数M(s)が正実関数になるように設定される。ここで伝達関数M(s)について下記不等式(7)が成立する場合、伝達関数M(s)は正実関数であると定義される。ここでM(s)は、M(s)の複素共役である。
【数7】
【0068】
正規化部63は、位相調整部62の出力信号と公称プラントNから入力される入力信号ηとを用いて、変動部Δから出力される変動出力信号ξのノルムを所定範囲内に制限する。正規化部63は、入力信号ηに所定の第2ノルムN2を乗算したものから位相調整部62の出力信号に所定の第1ノルムN1を乗算して得られる信号η1を有界変動生成部61へ入力するとともに、位相調整部62の出力信号に所定の第3ノルムN3を乗算することによって変動出力信号ξを生成し、公称プラントNへ入力する。ここで各ノルムN1,N2,N3は、例えば下記式(8)に示すように設定される。これにより、変動部Δによって生成される変動出力信号ξのノルムは0~kmax-kminの間に制限される。
【数8】
【0069】
図12は、本実施形態に係る制御器設計方法の具体的な手順を示すフローチャートである。
【0070】
始めにS1では、設計者は、コンピュータを用いることによって低次モデルM1及び変動要素M2を設定し、これら低次モデルM1及び変動要素M2を組み合わせることによって、図6に示すように公称プラントNを設定する。より具体的には、設計者は、コンピュータを用いることによって、低次モデルM1及び高次モデルM3を設定し、これら低次モデルM1及び高次モデルM3を用いることによって上記式(5)に従って差分伝達関数δを設定し、この差分伝達関数δに基づいて変動要素M2の伝達関数を設定する。より具体的には、高次モデルM3に含まれる複数のモデルパラメータのうち変動モデルパラメータとは別のモデルパラメータの値を所定の変動範囲内で変動させることにより、複数の差分伝達関数を設定するとともに、図9を参照して説明したように、低周波帯及び高周波帯を含む全周波帯において、これら複数の差分伝達関数の全てよりもゲインが大きくなるように変動要素M2の伝達関数Wpを設定する。その後、設計者は、コンピュータを用いることによって、低次モデルM1と変動要素M2とを図6に示すように組み合わせることにより、公称プラントNを設定する。
【0071】
次にS2では、設計者は、コンピュータを用いることによって、図5及び図10に示すように変動部Δ、及び重み関数Wd(s),Wr(s),Wn(s),We(s),Wu(s),Wy(s)を設定する。
【0072】
次にS3~S7では、設計者は、コンピュータを用いることによって、位相調整伝達関数設定工程(S3及びS5)とサブコントローラ設計工程(S4及びS6参照)とを交互にn回(nは、2以上の整数)にわたり繰り返し行うことによって(S7参照)、合計n台のサブコントローラを設計する。
【0073】
より具体的には、1回目の位相調整伝達関数設定工程(S3参照)では、設計者は、コンピュータを用いることによって、S1及びS2で設定された公称プラントN、変動部Δ、及び重み関数Wd(s)等を図5に示すように組み合わせ、フィードバック制御系を定義し、このフィードバック制御系に基づいて位相調整伝達関数Wscope(s)を設定する。より具体的には、1回目の位相調整伝達関数設定工程では、上記フィードバック制御系から設計対象であるコントローラKを切り離した状態で、変動部Δの有界変動生成部61から出力される変動信号ξ1から有界変動生成部61へ入力される入力信号η1までの伝達関数M(s)が正実関数になるように位相調整伝達関数Wscope(s)を設定する。より具体的には、遺伝的アルゴリズムや粒子群最適化法等の既知のメタヒューリスティックアルゴリズムを利用することによって上記伝達関数M(s)が正実関数になるように位相調整伝達関数Wscope(s)を設定する。
【0074】
次に1回目のサブコントローラ設計工程(S4参照)では、設計者は、コンピュータを用いることによって、サブコントローラを設計する。より具体的には、設計者は、S3に示す1回目の位相調整伝達関数設定工程を経て設定された位相調整伝達関数Wscope(s)を含みかつコントローラKとして設計対象であるサブコントローラが接続されたフィードバック制御系において、ロバスト安定性が実現するように定められた所定の設計条件が満たされるように、コンピュータによってサブコントローラを設計する。より具体的には、このようなサブコントローラは、例えばコンピュータ上でD-Kイタレーション法に基づく反復演算を行うことによって導出される。
【0075】
次に2回目以降の位相調整伝達関数設定工程(S5参照)では、一般化プラントに1回目から前回のサブコントローラ設計工程を経て設計された1台又は複数台のサブコントローラを並列に接続した状態で、1回目の位相調整伝達関数設定工程と同様の手順によって位相調整伝達関数Wscope(s)を再設定する。
【0076】
次に2回目以降のサブコントローラ設計工程(S6参照)では、フィードバック制御系に前回の位相調整伝達関数設定工程を経て設定された位相調整伝達関数Wscope(s)を含めかつ一般化プラントに1回目から前回のサブコントローラ設計工程を経て設計された1台又は複数台のサブコントローラと今回設計対象とするサブコントローラとを並列に接続した状態で、1回目のサブコントローラ設計工程と同様の手順によってサブコントローラを設計する。
【0077】
設計者は、以上のような位相調整伝達関数設定工程とサブコントローラ設計工程とを交互にn回にわたり繰り返し行うことにより、合計n台のサブコントローラの設計が完了した場合には、S8に移る。
【0078】
次にS8に示すサブコントローラ合成工程では、設計者は、コンピュータを用いることによって、図13に示すように、1回目のサブコントローラ設計工程を経て設計されたサブコントローラK1と、2回目のサブコントローラ設計工程を経て設計されたサブコントローラK2と、…n回目のサブコントローラ設計工程を経て設計されたサブコントローラKnとを並列に接続することによってコントローラKを設計する。
【0079】
次にS9では、設計者は、n台のサブコントローラを組み合わせて設計されたコントローラKをデジタルシグナルプロセッサに実装することによって軸トルク制御器7を設計する。
【0080】
本実施形態に係る制御器設計方法によれば、以下の効果を奏する。
【0081】
(1)本実施形態では、制御対象の入出力特性を模した公称プラントN及びこの公称プラントNに含まれる少なくとも1つの変動モデルパラメータに対し変動を与える変動部Δを含む一般化プラントPと、この一般化プラントPからの出力に基づいて一般化プラントPへの入力を与えるコントローラKと、を備えるフィードバック制御系において、所定の設計条件を満たすようにコンピュータによってコントローラKを設計する。本発明では、公称プラントNとして、変動モデルパラメータを含みかつ制御対象の低周波帯における入出力特性を模した低次モデルM1を備えるものを用いる。これにより、低次モデルM1によって十分に近似できる低周波帯では、モデルパラメータの変動に対し安定性が保証されたコントローラKを設計することができる。また本実施形態では、公称プラントNとして、上記低次モデルM1に加え、変動パラメータを含まずかつこの低次モデルM1の出力に対し変動を与える変動要素M2を備えるものを用い、またこの変動要素M2の伝達関数Wpを、制御対象の高周波帯における入出力特性を模した高次モデルM3の伝達関数Pと低次モデルM1の伝達関数Pとの差に基づいて定義される差分伝達関数δよりもゲインが大きくなるように設定する。これにより、低次モデルM1だけでは十分に近似できない高周波帯においても安定性が保証されたコントローラKを設計することができる。
【0082】
(2)本実施形態では、低次モデルM1の出力に対し乗法的変動を与える変動要素M2の伝達関数Wpを、上記式(5)によって定義される差分伝達関数δよりもゲインが大きくなるように設定する。これにより、高周波帯における安定性がさらに保証されたコントローラKを設計することができる。
【0083】
(3)本実施形態において、変動要素M2の伝達関数Wpを設定する変動要素設定工程(図12のS1参照)では、高次モデルM3に含まれる複数のモデルパラメータのうち変動モデルパラメータとは別のモデルパラメータの値を所定の変動範囲内で変動させることによって得られる複数の差分伝達関数の全てよりもゲインが大きくなるように変動要素M2の伝達関数Wpを設定する。これにより、低次モデルM1には含まれなないが高次モデルM3には含まれるモデルパラメータの変動に起因して高周波帯における制御が不安定になるのを防止することができる。
【0084】
(4)本実施形態では、変動部Δから出力される変動出力信号ξによって、低次モデルM1の変動モデルパラメータに対し加法的変動を与えるとともに、変動部Δでは、複素変動Δgのケーリー変換による写像Δpを用いることによって上記変動出力信号ξを生成する。ケーリー変換によれば、複素平面の右半平面にわたる非有界の複素変動Δgは、単位円内に写像される。このため本実施形態によれば、ケーリー変換によって得られる有界の複素変動を変動出力信号ξとして用いることができるので、変動モデルパラメータの変動範囲を陽に指定しながらコントローラKを設計できる。
【0085】
(5)本実施形態では、所定の入力信号η1にケーリー変換による写像Δpを乗算することにより有界の変動信号ξ1を生成する有界変動生成部61と、位相調整伝達関数Wscope(s)を用いて変動信号ξ1の位相を変化させる位相調整部62と、位相調整部62の出力信号と公称値乗算部51の入力信号ηとを用いて変動出力信号ξのノルムを所定範囲内に制限する正規化部63とを備える変動部Δを用いることによって変動モデルパラメータに対する変動を与える。本実施形態によれば、変動モデルパラメータの変動範囲の上限や下限が予め判明している場合には、正規化部63において変動出力信号ξのノルムをこれら上限及び下限を用いて定められる範囲内に制限することにより、現実に即したコントローラKを設計できる。
【0086】
(6)本実施形態では、位相調整伝達関数設定工程(図12のS3及びS5参照)とサブコントローラ設計工程(図12のS4及びS6参照)とを交互にn回(nは2以上の整数)にわたり繰り返し行うことによって設計されたn台のサブコントローラK1~Knを並列に接続することによってコントローラKを設計する。これにより、位相調整伝達関数Wscope(s)及びコントローラKを最適化することができる。
【0087】
(7)本実施形態において、1回目の位相調整伝達関数設定工程では、フィードバック制御系からコントローラKを切り離した状態で位相調整伝達関数Wscope(s)を設定し、1回目のサブコントローラ設計工程では、フィードバック制御系に1回目の位相調整伝達関数設定工程を経て設定された位相調整伝達関数Wscope(s)を含めた状態でサブコントローラK1を設計する。また2回目以降の位相調整伝達関数設定工程では、一般化プラントに1回目から前回のサブコントローラ設計工程を経て設計された1台又は複数台のサブコントローラを並列に接続した状態で位相調整伝達関数Wscope(s)を設定し、2回目以降のサブコントローラ設計工程では、フィードバック制御系に前回の位相調整伝達関数設定工程を経て設定された位相調整伝達関数Wscope(s)を含めかつ一般化プラントに1回目から前回のサブコントローラ設計工程を経て設計された1台又は複数台のサブ制御器を並列に接続した状態でサブコントローラを設計する。これにより、位相調整伝達関数Wscope(s)及びコントローラKを最適化することができる。
【0088】
(8)本実施形態では、メタヒューリスティックアルゴリズムによって、上記変動信号ξ1から上記入力信号η1までの伝達関数M(s)が正実関数になるように位相調整伝達関数Wscope(s)を設定する。これにより、設計者のスキルによらず速やかに位相調整伝達関数Wscope(s)を設定できる。
【0089】
(9)本実施形態では、i個(iは2以上の整数)の慣性体をi-1本以上の軸体で直列に連結して構成されるi慣性系に基づいて低次モデルM1を構築し、j個(jはiより大きな整数)の慣性体をj-1本以上の軸体で直列に連結して構成されるj慣性系に基づいて高次モデルM3を構築する。また本実施形態では、上記慣性体の慣性モーメント、並びに上記軸体のばね剛性及び減衰係数の少なくとも何れかを、変動部Δによって変動を与える変動モデルパラメータとし、上記多慣性系を制御対象とする軸トルク制御器7を設計する。これにより、慣性モーメント、ばね剛性、及び減衰係数等が変動する場合であっても安定かつ高応答な制御を実現できる軸トルク制御器7を設計できる。
【0090】
(11)本実施形態では、スロットル開度指令信号に応じてトルクを発生するエンジンEと、トルク電流指令信号に応じてトルクを発生するダイナモメータ2と、エンジンEとダイナモメータ2とを接続する結合軸3と、結合軸3における軸トルクに応じた軸トルク検出信号を生成する軸トルクメータ5とを備える試験システムSを制御対象とし、2つの慣性体を1つ以上の軸体で直列に連結して構成される2慣性系に基づいて低次モデルM1を構築し、4慣性系に基づいて高次モデルM3を構築し、上記2慣性系の軸体のばね剛性kを変動部Δによって変動を与える変動モデルパラメータとし、軸トルク検出信号及び軸トルク指令信号に応じてトルク電流指令信号を出力する軸トルク制御器7を設計する。上述のようにエンジンEとダイナモメータ2とを接続する結合軸にはクラッチが含まれており、そのばね剛性kが大きく変動する特性がある。これに対し制御器設計方法によれば、安定かつ高応答な制御を実現できる試験システムSの軸トルク制御器7を設計できる。
【0091】
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明はこれに限らない。本発明の趣旨の範囲内で、細部の構成を適宜変更してもよい。
【0092】
例えば上記実施形態では、公称プラントNにおいて変動要素M2は、低次モデルM1の出力に対し乗法的変動を与える場合について説明したが、本発明はこれに限らない。例えば図14に示すように、公称プラントN´において、変動要素M2´は、低次モデルM1の出力に対し加法的変動を与えるようにしてもよい。なお図14に示すように公称モデルN´を定義した場合、差分伝達関数δは、下記式(9)によって定義したものが用いられる。
【数9】
【符号の説明】
【0093】
P…一般化プラント
N,N´…公称プラント
M1…低次モデル
M2,M2´…変動要素
M3…高次モデル
51…公称値乗算部
52…合算部
Δ…変動部
61…有界変動生成部
62…位相調整部
63…正規化部
K…コントローラ(制御器)
K1,…,Kn…サブコントローラ(サブ制御器)
S…試験システム
E…エンジン(供試体)
2…ダイナモメータ
3…結合軸
5…軸トルクメータ
7…軸トルク制御器

図1
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