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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-17
(45)【発行日】2025-01-27
(54)【発明の名称】細胞および組織内酸素濃度測定試薬
(51)【国際特許分類】
   G01N 31/00 20060101AFI20250120BHJP
   G01N 33/48 20060101ALI20250120BHJP
   G01N 33/84 20060101ALI20250120BHJP
   C09K 11/06 20060101ALI20250120BHJP
【FI】
G01N31/00 L
G01N33/48 M
G01N33/84 Z
C09K11/06
C09K11/06 660
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2021542932
(86)(22)【出願日】2020-08-25
(86)【国際出願番号】 JP2020032028
(87)【国際公開番号】W WO2021039789
(87)【国際公開日】2021-03-04
【審査請求日】2023-08-01
(31)【優先権主張番号】P 2019153754
(32)【優先日】2019-08-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504145364
【氏名又は名称】国立大学法人群馬大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉原 利忠
(72)【発明者】
【氏名】広瀬 達也
(72)【発明者】
【氏名】飛田 成史
【審査官】大瀧 真理
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-101567(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第106478731(CN,A)
【文献】TAKIZAWA, Shin-ya et al.,Impact of Substituents on Excited-State and Photosensitizing Properties in Cationic Iridium(III) Complexes with Ligands of Coumarin 6,Inorganic Chemistry,2016年,vol.55,pp.8723-8735
【文献】YOSHIHARA, Toshitada et al.,Intracellular and in Vivo Oxygen Sensing Using Phosphorescent Ir(III) Complexes with a Modified Acetylacetonato Ligand,Analytical Chemistry,2015年,vol.87,pp.2710-2717
【文献】広瀬 達也 ほか,クマリン誘導体を配位子に有するIr(III)錯体の開発と生体内酸素プローブへの応用,光化学討論会要旨集(CD-ROM),2019年09月10日,3P103
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 31/00
G01N 33/48 - 33/98
C09K 11/06
CAplus/REGISTRY(STN)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I)または(II)で表される化合物を含む、酸素濃度測定試薬。
【化1】

(式中、
R1およびR2は、それぞれ独立に、水素または炭素数1~6の炭化水素基を示し、
ただし、式(I)中、R 1 およびR 2 は、それぞれ独立に、炭素数2~6の炭化水素基を示し、
X-は、カウンターアニオンを示す。)
【請求項2】
各式中、R1およびR2が同一である、請求項1に記載の酸素濃度測定試薬。
【請求項3】
X-がPF6 -またはCl-である、請求項1または2に記載の酸素濃度測定試薬。
【請求項4】
化合物が下記いずれかの化合物である、請求項1~3のいずれか一項に記載の酸素濃度測定試薬。
【化2】
【請求項5】
がん診断薬である、請求項1~4のいずれか一項に記載の酸素濃度測定試薬。
【請求項6】
下記一般式(I)’または(II)で表される化合物。
【化3】

式(II)中、R1およびR2は、それぞれ独立に、水素または炭素数1~6の炭化水素基を示し、
式(I)’中、R1’およびR2’は、それぞれ独立に、素数2~6の炭化水素基を示し、
X-は、カウンターアニオンを示す。)
【請求項7】
式(II)中、R1およびR2 式(I)’中、R1’およびR2’が同一である、請求項6に記載の化合物。
【請求項8】
X-がPF6 -またはCl-である、請求項6または7に記載の化合物。
【請求項9】
下記いずれかの化合物である、請求項6~8のいずれか一項に記載の化合物。
【化4】

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞および組織内の酸素濃度測定試薬に関する。
【背景技術】
【0002】
生体内における低酸素環境は、我国の3大死亡原因であるがん、脳卒中、心筋梗塞等で共通して観測される。そのため、細胞および組織中の酸素濃度を非侵襲的にリアルタイムで測定する方法の開発は、細胞生物学や医療の分野において重要な課題である。生体組織中における酸素濃度の定量方法としてこれまで(1)微小電極を組織に挿入して測定する方法、(2)常磁性プローブ分子のESR信号を用いる方法、(3)ニトロイミダゾール系プローブ分子の還元反応を用いる方法、(4)水溶性ポルフィリン、ルテニウム錯体の発光を用いる方法がある。(1)の微小電極を用いる方法は、電極近傍の一点における酸素分圧しか測定できない。また、侵襲性であるという欠点を持つ。(2)のESR信号に基づく方法では、リアルタイムでの酸素濃度計測はできない。(3)のニトロイミダゾール系薬剤を用いる方法は、低酸素細胞内でニトロイミダゾールが還元されて細胞内タンパク質に結合しトラップされることを利用する。この方法では、薬剤の代謝に時間を要するため、薬剤投与後数時間経過しないとデータが得られない、という欠点をもつ。(4)の方法は、水溶性ポルフィリン誘導体やルテニウム錯体のりん光寿命が血中酸素濃度に依存して変化する(消光を受ける)ことを利用して酸素濃度を定量する方法である。この方法は、非侵襲で組織における酸素分圧を可視化できるという大きな利点を有するが、試薬が水溶性であるため、得られるデータは血中酸素濃度に限られる(非特許文献1)。
【0003】
本発明者らは、イリジウム錯体(BTP, 図11)の室温りん光(強度、寿命)を用いた生体組織中における酸素濃度計測方法を開発した(特許文献1)。BTPのりん光強度、寿命の測定から、リポソーム膜中の酸素濃度の定量、がん細胞を用いたりん光イメージング、担がんマウス中の腫瘍の可視化に成功した(非特許文献2、3)。さらに、近赤外光領域にりん光を示すイリジウム錯体BTPHSA(図11)を開発し(非特許文献2、特許文献2)、皮膚から約6-7mmにある腫瘍の可視化にも成功した(非特許文献2)。しかしながら、BTPHSAは、りん光寿命が2.0μsと短く酸素応答性が低いため、正常組織と低酸素組織を区別することが難しい。これを解決するために、本発明者らは、メシチルジピリナート(MD)とフェニルピラゾール類(PPZ)を配位子に有するイリジウム錯体PPZ4DMMD、PPZ3DMMD(図11)を合成した(特許文献3)。これら化合物は、679nmにりん光を示し、また、りん光寿命が18μsであるため、BTPHSAよりも高い酸素応答性を示す。しかしながら、市販のマイクロプレートリーダーを用いて、細胞内の酸素濃度を計測するのに必要なりん光寿命には到達していない。
【0004】
一方、細胞取り込み能が低い白金ポルフィリン錯体を、ナノ粒子に取り込ませて、マイクロプレートリーダーを用いて細胞内の酸素濃度を定量するための試薬(MitoXpress Intra)がAgilent社より市販されている(非特許文献4)。しかし、MitoXpress Intraからの信号を得るためには、14時間以上の培養が必要である。また、光励起するために380nmの紫外線を必要とするため、細胞への悪影響が懸念される。さらに、生きた動物での実施例はない。
非特許文献5には、C6-MEDAに当たる化合物が記載されている。しかしながら、酸素濃度測定への適用はなされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第4930943号公報
【文献】特許第5353509号公報
【文献】特開2015-101567号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】T. V. Esipova et al., Anal. Chem., 83, 8756-8765, 2011.
【文献】S. Zhang et al., Cancer Res., 70, 4490-4498, 2010.
【文献】T. Yoshihara et al., Anal. Chem., 87, 2710-2717, 2015.
【文献】A. Fercher et al., ACS Nano, 5, 5499-5508, 2011.
【文献】Inorg. Chem. 2016, 55, 17, 8723-8735
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述のとおり、より長いりん光寿命を有する酸素濃度測定試薬が求められていた。また、より安全、簡便に使用できる酸素濃度測定試薬が求められていた。
したがって、本発明は、低酸素細胞・組織のイメージングあるいはそれらの酸素濃度測定・定量のための長いりん光寿命を有する化合物および試薬を開発することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、芳香族配位子にクマリン6あるいはクマリン545T、補助配位子にジアルキルエチレンジアミンを有するイリジウム錯体を開発した。同イリジウム錯体は、赤色光領域に30μs以上のりん光寿命を有する。同イリジウム錯体を用いることで、低酸素細胞・組織のイメージングまたはそれらの酸素濃度を測定・定量できることを見出し、本発明を完成した。
すなわち、本発明の要旨は以下に関する。
【0009】
[1] 下記一般式(I)または(II)で表される化合物を含む、酸素濃度測定試薬。
【0010】
【化1】
【0011】
(式中、
R1およびR2は、それぞれ独立に、水素または炭素数1~6の炭化水素基を示し、
X-は、カウンターアニオンを示す。)
[2] 各式中、R1およびR2が同一である、[1]に記載の酸素濃度測定試薬。
[3] X-がPF6 -またはCl-である、[1]または[2]に記載の酸素濃度測定試薬。
[4] 化合物が下記いずれかの化合物である、[1]~[3]のいずれかに記載の酸素濃度測定試薬。
【0012】
【化2】
【0013】
[5] がん診断薬である、[1]~[4]のいずれかに記載の酸素濃度測定試薬。
[6] 下記一般式(I)’または(II)で表される化合物。
【0014】
【化3】
【0015】
(式中、
R1およびR2は、それぞれ独立に、水素または炭素数1~6の炭化水素基を示し、
R1’およびR2’は、それぞれ独立に、水素または炭素数2~6の炭化水素基を示し、
X-は、カウンターアニオンを示す。)
[7] 各式中、R1およびR2、ならびにR1’およびR2’が同一である、[6]に記載の化合物。
[8] X-がPF6 -またはCl-である、[6]または[7]に記載の化合物。
[9] 下記いずれかの化合物である、[6]~[8]のいずれかに記載の化合物。
【0016】
【化4】
[10] 上記一般式(I)または(II)で表される化合物を対象に投与することを含む、酸素濃度測定方法。
[11] 上記一般式(I)または(II)で表される化合物を対象に投与すること含む、がん診断方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明により、赤色光領域に30μs以上のりん光寿命を有するイリジウム錯体が提供される。
一般式(I)および(II)で表されるイリジウム錯体およびin vitro/in vivoイメージング装置や発光寿命測定モード搭載のマイクロプレートリーダー等を用いて、低酸素細胞・組織のイメージングまたはそれらの酸素濃度を測定・定量することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1は、合成したイリジウム錯体の構造式を示す。
図2図2は、アセトニトリル中におけるC6-MEDA、C6-BEDA、C545T-MEDA、C545T-BEDAの吸収・りん光スペクトルを示す。
図3図3は、各イリジウム錯体を添加したHeLa細胞のりん光イメージング画像(図面代用写真)を示す。
図4図4は、HeLa細胞中に取り込まれた各イリジウム錯体のりん光強度を示す。
図5図5は、各イリジウム錯体を添加したHeLa細胞のりん光イメージング画像(図面代用写真)であり、培養酸素分圧依存性を示す。
図6図6は、HT-29細胞内に取り込まれたC6-BEDAのりん光寿命変化を示す。図中の→の時間に添加剤を加えた。
図7図7は、HT-29細胞内に取り込まれたC6-BEDAのりん光寿命と培養酸素分圧を示す。
図8図8は、HT-29細胞内の酸素分圧変化を示す。図中の→の時間に添加剤を加えた。
図9図9は、C6-MEDAを投与したマウス腎臓表面のりん光強度、りん光寿命画像(図面代用写真)を示す。
図10図10は、C6-BEDAを投与したマウス肝臓表面のりん光寿命画像(図面代用写真)を示す。
図11図11は、従来のりん光酸素濃度測定試薬の構造式を示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明について説明する。
≪酸素濃度測定試薬≫
本発明の一態様は、下記一般式(I)または(II)で表される化合物を含む、酸素濃度測定試薬(以下、「本発明の酸素濃度測定試薬」ということがある。)に関する。
【0020】
本発明の酸素濃度測定試薬は、下記構造を有する化合物を含む。この構造であることで、りん光における優れた光物理特性(りん光量子収率、りん光寿命、りん光極大波長等)を有する。また、非水溶媒において上記のような優れた光物理特性を有することから、細胞だけでなく、生きた個体における酸素濃度測定試薬として有用である。
【0021】
本発明の酸素濃度測定試薬は、一般式(I)または(II)で表される化合物のみから構成されていてよい。化合物は、1種または2種以上を組み合わせて使用できる。また、本発明の効果を妨げない限り、溶媒、添加物および酸素濃度測定試薬として用いられる一般式(I)または(II)で表される化合物以外の化合物等をさらに含んでもよい。
【0022】
一般式(I)または(II)で表されるイリジウム錯体は、細胞や組織等の環境下においたときに、該環境中の酸素濃度が低いときにより強いりん光を発する。したがって、りん光の強度に基づいて酸素濃度を測定することができる。すなわち、りん光が強いときに酸素濃度が低いというような判定ができる。
【0023】
一般式(I)および(II)で表される化合物は、以下の構造を有する化合物である。
【0024】
【化5】
【0025】
一般式(I)および(II)において、R1およびR2は、それぞれ独立に、水素または、直鎖状、分岐鎖状もしくは環状の炭素数1~6の炭化水素基を示す。炭化水素基は、アルキル基、またはアルキル基中に不飽和結合を有するアルケニル基もしくはアルキニル基である。また、炭化水素基における1以上の水素原子が、ハロゲン、ヒドロキシル基、アミノ基、メルカプト基等で置換されていてもよい。りん光強度の観点から、好ましくはR1およびR2は、直鎖状の炭素数1~6の炭化水素基である。
各式中、R1およびR2は、同一の原子または基であっても、異なる原子または基であってもよいが、R1およびR2が同一であることが好ましい。
【0026】
一般式(I)および(II)において、X-はカウンターアニオンである。X-で示されるカウンターアニオンは、1価のアニオンであればどのようなものでもよい。X-の具体例としては、硫酸イオン(SO4 2-)、硝酸イオン(NO3 -)、炭酸イオン(CO3 2-)、過塩素酸イオン(ClO4 -)、塩化物イオン(Cl-)、臭化物イオン(Br-)、ヨウ化物イオン(I-)等のハロゲン化物イオン;テトラフルオロボレート(BF4 -)、ブロモトリフルオロボレート(BBrF3 -)、クロロトリフルオロボレート(BClF3 -)、トリフルオロメトキシボレート(BF3(OCH3-)、トリフルオロエトキシボレート(BF3(OC2 H 5-)、トリフルオロアリロキシボレート(BF3(OC3H5-)、テトラフェニルボレート(B(C6H54 -)、テトラキス(3,
5-ビス(トリフルオロメチル)フェニル)ボレート(B(3,5-(CF32C6H34 -=BArF4 -)、ブロモトリフェニルボレート(BBr(C6H53 -)、クロロトリフェニルボレート(BCl(C6H53 -)、メトキシトリフェニルボレート(B(OCH3)(C6H53 -)、エトキシトリフェニルボレート(B(OC2H5)(C6H53 -)、アリロキシトリフェニルボレート(B(OC3H5)(C6H53 -)、テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレート(B(C6F54 -)、ブロモトリス(ペンタフルオロフェニル)ボレート(BBr(C6F53 -)、クロロトリス(ペンタフルオロフェニル)ボレート(BCl(C6F53 -)、メトキシトリス(ペンタフルオロフェニル)ボレート(B(OCH3)(C6F53 -)、エトキシトリス(ペンタフルオロフェニル)ボレート(B(OC2H5)(C6F53 -)、アリロキシトリス(ペンタフルオロフェニル)ボレート(B(OC3H5)(C6F53 -)等のボレートイオン;メタンスルホネート(CH3SO3 -)、トリフルオロメタンスルホネート(CF3SO3 -)、ノナフルオロブタンスルホネート(C4F9SO3 -)、ベンゼンスルホネート(C6H5SO3 -)、p-トルエンスルホネート(p-CH3-C6H4SO3 -)等のスルホネートイオン;酢酸イオン(CH3CO2 -)、トリフルオロ酢酸イオン(CF3CO2 -)、トリクロロ酢酸イオン(CCl3CO2 -)、プロピオン酸イオン(C2H5CO2 -)、安息香酸イオン(C6H5CO2 -)等のカルボキシレートイオン;ヘキサフルオロホスフェート(PF6 -)等のホスフェートイオン;ヘキサフルオロアルセネートイオン(AsF6 -)等のアルセネートイオン;ヘキサフルオロアンチモネート(SbF6 -)等のアンチモネートイオン;ヘキ
サフルオロシリケート(SiF6 -)等のシリケートアニオン等が挙げられる。
これらのカウンターイオンの中でも、本発明においては、原料の入手容易性および触媒活性の観点から、PF6 -またはCl-であることが好ましい。
【0027】
上記一般式(I)および(II)で表される化合物の具体例として、下記に列挙される化合物が挙げられるが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0028】
【化6】
【0029】
一般式(I)および(II)で表される化合物のりん光の光物理特性、例えば、吸収・りん光極大波長、りん光量子収率(Φp)およびりん光寿命(τp)等は、公知の測定方法によって測定することができる。例えば、吸収・りん光極大波長は分光光度計等、りん光量子収率は発光量子収率測定装置等を用い、一般式(I)および(II)で表される化合物を溶媒等に溶解させた試料として測定することができる。りん光寿命は、りん光寿命測定装置を用いて、各溶媒中における上記化合物のりん光寿命(τp)を測定することができる。
りん光量子収率(Φp)は、化合物の構造、溶媒の種類等により変更可能であり、特に限定されないが、例えば、0.2以上、0.35以上、または0.6以上である。
りん光寿命(τp)は、化合物の構造、溶媒の種類等により変更可能であり、特に限定されないが、例えば、20.0 μs(マイクロ秒)以上、30.0 μs以上、40.0 μs以上または50.0 μs以上である。
【0030】
一般式(I)および(II)で表される化合物における溶媒中での最大励起波長は、化合物の構造、溶媒の種類等により変更可能であり、特に限定されないが、例えば、470 nm~500 nmである。また、溶媒中での最大りん光波長も適宜設定され得るが、例えば、570 nm~630 nmである。
【0031】
<化合物の製造方法>
一般式(I)および(II)で表される化合物は、後記実施例の記載および公知の有機合成方法に基づいて製造することができる。
【0032】
≪本発明の化合物≫
一般式(I)および(II)で表される化合物のうち、下記一般式(I)’および(II)で表される化合物は、本発明により合成された新規化合物である。すなわち、本発明の一態様は、下記一般式(I)’および(II)で表される化合物(以下、「本発明の化合物」ということがある。)に関する。
一般式(I)’および(II)で表される化合物は、以下の構造を有する化合物である。
【0033】
【化7】
【0034】
一般式(I)’および(II)において、R1、R2およびX-は上記と同義である。R1’およびR2’は、それぞれ独立に、水素または、直鎖状、分岐鎖状もしくは環状の炭素数2~6の炭化水素基を示す。R1’およびR2’は、炭化水素基における炭素数以外については、R1およびR2と同様である。
【0035】
上記一般式(I)’および(II)で表される化合物の具体例として、下記に列挙される化合物が挙げられるが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0036】
【化8】
【0037】
<酸素濃度測定方法>
本発明の一態様は、本発明の酸素濃度測定試薬を、生体試料または生体個体(ヒトを除く)に投与する工程、を含む、酸素濃度測定方法(以下、「本発明の酸素濃度測定方法」ということがある。)に関する。
本発明の酸素濃度測定方法は、さらに、本発明の酸素濃度測定試薬を測定する工程を含むことができる。酸素濃度測定試薬の測定は、公知のりん光試薬の検出方法に基づき、行うことができる。
【0038】
上記のとおり、一般式(I)および(II)で表されるイリジウム錯体は、周囲環境の酸素濃度に応じて、りん光強度が変化するため、りん光が強いときに酸素濃度が低いというような判定ができる。また、あらかじめ酸素濃度とりん光強度の関係を求めておくことにより、酸素濃度を定量的に測定することも可能である。
【0039】
本発明の酸素濃度測定試薬は、例えば、生体試料における酸素濃度を測定するための測定用試薬として使用することができる。生体試料は、限定されないが、例えば、細胞または単離された組織等である。また、本発明の酸素濃度測定試薬は、生体に対しても適用、測定することが可能であり、生体個体中の細胞、組織等における酸素濃度を検出するための測定用試薬として使用することができる。
【0040】
本発明の酸素濃度測定試薬は、細胞内における酸素濃度を測定することができる。したがって、細胞における酸素濃度の測定用試薬として有用である。
細胞内酸素濃度の測定は、例えば、以下のようにして行うことができる。
本発明の酸素濃度測定試薬を、測定対象の細胞に添加する。
その後、本発明の酸素濃度測定試薬のりん光シグナルを、in vitro/in vivoイメージング装置や発光寿命測定モード搭載のマイクロプレートリーダー等により観測することにより、細胞内酸素濃度を測定することができる。
細胞への本発明の酸素濃度測定試薬の添加量は、使用する細胞や酸素濃度等によって適宜変更可能であるが、例えば、0.01~1000 μM、好ましくは0.1~100 μMの終濃度で細胞に添加することができる。
培養時間は、使用する細胞や化合物等によって適宜変更可能であるが、例えば、0.5~10時間、好ましくは1~2時間培養することができる。
本発明の酸素濃度測定試薬を溶媒に溶解させてから細胞に添加する場合、溶媒としては、限定されないが、例えば、n-ヘキサン、ジブチルエーテル、酢酸エチル、アセトニトリル、ジメチルスルホキシド等の有機溶媒等を用いることができる。
本発明の酸素濃度測定試薬を添加する細胞としては、酸素濃度の測定対象となる細胞であれば特に制限はなく、例えば、株化培養細胞、初代培養細胞等が挙げられる。
【0041】
本発明の酸素濃度測定試薬は、生体個体(生きている生物個体)における組織における酸素濃度も測定することができる。したがって、組織における酸素濃度の測定用試薬として有用である。
組織内酸素濃度の測定は、例えば、以下のようにして行うことができる。
本発明の酸素濃度測定試薬を、測定対象の個体に添加する。
その後、本発明の酸素濃度測定試薬のりん光シグナルを、in vivoイメージング装置等により観測することにより、組織内酸素濃度測定試薬を測定することができる。
個体への本発明の酸素濃度測定試薬の添加量は、使用する個体や酸素濃度等によって適宜変更可能であるが、例えば、0.01~1000 μmol/kg体重、好ましくは0.1~100 μmol/kg体重の範囲で個体に投与することができる。
本発明の酸素濃度測定試薬の投与形態としては、例えば、静脈内投与、皮下投与、筋肉内投与が挙げられる。
本発明の酸素濃度測定試薬を溶媒に溶解させてから組織に添加する場合、溶媒としては、限定されないが、例えば、n-ヘキサン、ジブチルエーテル、酢酸エチル、アセトニトリル、ジメチルスルホキシド等の有機溶媒等を用いることができる。さらに、生体適合性の液体と組み合わせて投与することもできる。
本発明の酸素濃度測定試薬によって検出される組織としては、限定されないが、例えば、皮膚、筋肉、肝臓、心臓、膵臓、腎臓等の臓器等が挙げられる。
投与対象となる生物個体としては、特に限定されず、例えば、哺乳動物(マウス、ヒト、ブタ、イヌ、ウサギ、ヒト等)を含む脊椎動物や無脊椎動物が挙げられる。
【0042】
≪がん診断薬≫
本発明の一態様は、本発明の酸素濃度測定試薬を含む、がん診断薬(以下、「本発明のがん診断薬」ということがある。)に関する。
上記のように、一般式(I)および(II)で表されるイリジウム錯体は、細胞や組織等の環境下においたときに、該環境中の酸素濃度が低いときにより強いりん光を発する。したがって、マウスやラット等の実験動物、あるいはヒトに一般式(I)および(II)で表されるイリジウム錯体を投与し、酸素濃度が低下している部位の検出等を行うこともできる。がん組織では酸素供給が不足しているので、酸素濃度が低下している部位の検出を行うことにより、がん組織を特異的に染色し、がんの診断薬として使用することもできる。
例えば、イリジウム錯体を検体に投与し、検体に生体外から可視光を照射することでりん光を観察することができる。これにより、がん組織を非侵襲的かつ高感度・選択的に可視化できる。また、りん光は画像化できるため、がん検出用のイメージング試薬としても使用できる。
また、イリジウム錯体は、実験動物を用いたがんの研究やがん治療薬の評価等にも使用することができる。
【実施例
【0043】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の例示であり、本発明の範囲はこれらに限定されるものではない。
【0044】
<合成例>
本発明における化合物を以下のとおり、合成した。
スキーム1にC6-EDA、C6-MEDA、C6-EEDA、C6-BEDA、スキーム2にC545T-MEDA、C545T-BEDAの合成経路を示す。
【0045】
【化9】
【0046】
クマリン6(0.735 g,2.1 mmol)、塩化イリジウム3水和物(0.353 g,1.0 mmol)を2-エトキシエタノール:水混合溶媒(30 mL : 10 mL,v/v)に加え、140℃、15時間還流した。空冷後、沈殿物をろ過し乾燥後、ろ過物(塩素架橋2核錯体)を回収した(収率:60%)。塩素架橋2核錯体(0.185 g,0.1 mmol)、エチレンジアミン類(0.5 mmol)をジクロロメタン:メタノール混合溶媒(35 mL : 5 mL,v/v)に加え、4時間還流した。空冷後、KPF6(0.092 g,0.5 mmol)を加え、1時間撹拌した。過剰なKPF6をろ過より取り除き、ろ液を減圧留去した。得られた粗生成物をフラッシュ自動精製装置(Isolera Spektra,Biotage)を用いて精製し(シリカゲルカラム、展開溶媒:クロロフォルム:メタノール(95: 5,v/v))、化合物を得た。
【0047】
<Bis[3-(benzo[d]thiazol-2-yl)-7-(diethylamino)-2H-chromen-2-one-κN, κC4] ethane-1,2-diamine iridium(III) hexafluorophosphate(C6-EDA)>
収率:27%
ESI-MS (m/z) of C6-EDA: calcd for C42H42IrN6O4S2[M+H]+:951.2 , found: 951.2
【0048】
<Bis[3-(benzo[d]thiazol-2-yl)-7-(diethylamino)-2H-chromen-2-one-κN, κC4] N1,N2-dimethylethane-1,2-diamine iridium(III) hexafluorophosphate (C6-MEDA)>
収率:35%
1H NMR (400 MHz, CDCl3, TMS): δ 8.02-8.00(d, 2H), 7.58(t, 2H), 7.45(t, 2H), 7.06-7.04(d, 2H), 6.27-6.26(d, 2H), 5.87- 5.84(d, 2H), 5.75-5.72(dd, 2H), 4.78(s, 2H), 3.21(m, 8H), 2.08-2.07(d, 6H), 1.87(m, 4H), 1.03(t, 12H)
ESI-MS (m/z) of C6-MEDA: calcd for C44H46IrN6O4S2[M+H]+:979.2 , found: 979.1
【0049】
<Bis[3-(benzo[d]thiazol-2-yl)-7-(diethylamino)-2H-chromen-2-one-κN, κC4] N1,N2-diethylethane-1,2-diamine iridium(III) hexafluorophosphate (C6-EEDA)>
収率:69%
1H NMR (400 MHz, CDCl3, TMS):
ESI-MS (m/z) of C6-EEDA: calcd for C46H50IrN6O4S2[M+H]+:1007.3 , found: 1007.4
【0050】
<Bis[3-(benzo[d]thiazol-2-yl)-7-(diethylamino)-2H-chromen-2-one-κN, κC4] N1,N2-dibutylethane-1,2-diamine iridium(III) hexafluorophosphate (C6-BEDA)>
収率:47%
1H NMR (400 MHz, CDCl3, TMS): δ 8.06-8.05(d, 2H), 7.57(t, 2H), 7.51(t, 2H), 7.15-7.13(d, 2H), 6.29-6.28(d, 2H), 5.91-5.88(d, 2H), 5.78-5.74(dd, 2H), 4.55(s, 2H), 3.25(m, 8H), 2.06(m, 4H), 1.88(m, 4H), 1.23(m, 8H), 1.06(t, 12H), 0.817(t, 6H)
ESI-MS (m/z) of C6-BEDA: calcd for C50H58IrN6O4S2[M+H]+:1063.4 , found:1063.5
【0051】
【化10】
【0052】
クマリン545T(0.903 g,2.1 mmol)、塩化イリジウム3水和物(0.353 g,1.0 mmol)を2-エトキシエタノール:水混合溶媒(30 mL : 10 mL,v/v)に加え、140℃、15時間還流した。空冷後、沈殿物をろ過し乾燥後、ろ過物(塩素架橋2核錯体)を回収した(収率:40%)。塩素架橋2核錯体(0.217 g,0.1 mmol)、エチレンジアミン類(0.5 mmol)をジクロロメタン:メタノール混合溶媒(35 mL : 5 mL,v/v)に加え、4時間還流した。空冷後、KPF6(0.092 g,0.5 mmol)を加え、1時間撹拌した。過剰なKPF6をろ過より取り除き、ろ液を減圧留去した。得られた粗生成物をフラッシュ自動精製装置(Isolera Spektra,Biotage)を用いて精製し(シリカゲルカラム、展開溶媒:クロロフォルム:メタノール(95:5,v/v))、化合物を得た。
【0053】
<Bis[10-(benzo[d]thiazol-2-yl)-1,1,7,7-tetramethyl-2,3,6,7-tetrahydro-1H-pyrano [2,3-f]pyrido[3,2,1-ij]quinolin-11(5H)-one-κN, κC4] N1,N2-dimethylethane-1,2-diamine iridium(III) hexafluorophosphate (C545T-MEDA)>
収率:20%
1H NMR (400 MHz, CDCl3, TMS): δ 8.01-7.99(d, 2H), 7.55(t, 2H), 7.43(t, 2H), 7.02-7.00(d, 2H), 6.12(s, 2H), 4.65(s, 2H), 3.13(m, 8H), 2.43(m, 4H), 2.10-2.08(d, 6H), 1.55(m, 12H), 1.44(m, 12H), 0.524(t, 8H)
ESI-MS (m/z) of C545T-MEDA: calcd for C56H62IrN6O4S2[M+H]+:1139.4 , found:1139.6
【0054】
<Bis[10-(benzo[d]thiazol-2-yl)-1,1,7,7-tetramethyl-2,3,6,7-tetrahydro-1H-pyrano [2,3-f]pyrido[3,2,1-ij]quinolin-11(5H)-one-κN, κC4] N1,N2-dibutylethane-1,2-diamine iridium(III) hexafluorophosphate (C545T-BEDA)>
収率:14%
1H NMR (400 MHz, CDCl3, TMS): δ 8.04-8.02(d, 2H), 7.48(m, 4H), 7.05-7.03(d, 2H), 6.13(s, 2H), 4.33(s, 2H), 3.10(m, 8H), 2.48(m, 4H), 2.05(m, 4H), 1.57(m, 12H), 1.45(m, 20H), 0.857(m, 8H), 0.558(t, 6H)
ESI-MS (m/z) of C545T-BEDA: calcd for C62H74IrN6O4S2[M+H]+:1223.5 , found:1223.8
【0055】
<測定方法>
化合物の光物理パラメータ、化合物を用いた発光顕微画像を以下の装置を用いて測定した。
吸収スペクトル:紫外可視分光光度計,Ubest-550;日本分光製
りん光スペクトル:マルチチャンネル分光器,PMA-12;浜松ホトニクス製
りん光量子収率:発光量子収率測定装置,C9920-01;浜松ホトニクス製
りん光寿命:小型蛍光寿命測定装置,Quantaurus-Tau;浜松ホトニクス製
発光顕微画像:リサーチ型倒立顕微鏡,IX-71;オリンパス製
発光強度、発光寿命:マイクロプレートリーダー,Infinite 200 PRO;テカン製
【0056】
<実施例1>
本発明で開発、合成したイリジウム錯体(図1)は、芳香族配位子にクマリン6あるいはクマリン545T、補助配位子にジアルキルエチレンジアミンを有する。
図2にC6-MEDA、C6-BEDA、C545T-MEDA、C545T-BEDAの室温、アセトニトリル中における吸収・発光スペクトルを示す。また、表1に光物理パラメータを示す。
【0057】
【表1】
【0058】
吸収極大波長(λabs)は473~499nmに観測され、分子吸光係数(ε/dm3mol-1cm-1)は70,000dm3mol -1cm-1以上であった。また、発光極大波長(λphos)は577~622nmに観測された。脱酸素(窒素飽和)条件下と比較して、空気飽和下では、発光強度は著しく減少したことから、観測された発光がりん光であることがわかる。脱酸素下におけるりん光量子収率(φp)は、クマリン6を配位子に有するイリジウム錯体では0.6以上、またC545Tを配位子に有するイリジウム錯体では0.35以上であり、これまで報告されているイリジウム錯体と比較して大きな量子収率である。脱酸素下におけるりん光寿命(τp)は、すべての錯体において30μs以上であり、これまで報告されているイリジウム錯体と比較して長いりん光寿命を有している。
【0059】
<実施例2>
開発したイリジウム錯体を用いて、生細胞のイメージング実験を行った。図3にHeLa細胞に、各イリジウム錯体を最終濃度500nMになるように添加し、2時間培養後に観察したりん光イメージング画像を示す。C6-MEDAとC6-BEDAあるいはC545T-MEDAとC545T-BEDAをそれぞれ比較するとC6-BEDAあるいはC545T-BEDAの方が、りん光強度が高いことがわかる。定量的な評価を行うために、マイクロプレートリーダーを用いてりん光強度を測定した(図4)。その結果、補助配位子のアルキル鎖が増加するにつれて、りん光強度が増加することがわかる。
【0060】
C6-BEDAおよびC545T-BEDAについて、細胞内の酸素応答性を評価した。図5に各イリジウム錯体を最終濃度500nMになるように添加し、2時間培養後、21%酸素分圧下および2.5%酸素分圧下で測定したHeLa細胞のりん光イメージング画像を示す。2.5%酸素分圧下において、りん光強度が著しく増加していることから、細胞内に置いても酸素応答性を示すことがわかった。また、マイクロプレートリーダーを用いてりん光強度を測定したところ、2.5%酸素分圧下において、りん光強度が3倍以上増加することが示された(図4)。以上より、C6-BEDAおよびC545T-BEDAは、短時間(2時間以内)で細胞内に取り込まれ、酸素依存的なりん光を示すことが明らかとなった。
【0061】
市販のプレートリーダーの発光寿命測定モード用いて、細胞内の酸素濃度変化を追跡した。96ウェルプレートにHT-29細胞を50,000cells/wellで播種し、48時間培養後、C6-BEDAを最終濃度500nMになるように添加し、2時間培養した。細胞に取り込まれなかったイリジウム錯体を洗浄した後、呼吸阻害剤であるアンチマイシンA(最終濃度:10μM),脱共役剤(呼吸活性剤)であるFCCP(最終濃度:1μM)を添加し、オイルで封止後、プレートリーダーを用いてりん光寿命測定を行った(励起波長:480nm、測定波長:600nm、図6)。りん光寿命(τp / μs)は以下の式を用いて算出した。
【0062】
τp = 30 / ln(W1/W2)
【0063】
ここで、W1、W2は、パルス励起後、10-30μsあるいは40-60μs間に得られたりん光強度の積分値である。添加剤を加えていない細胞では、りん光寿命が時間経過に対して増加している。一方、アンチマイシンAが添加された細胞では、りん光寿命がほとんど変化していないのに対して、FCCPが添加された細胞では、りん光寿命が顕著に増加している。これはアンチマイシンAの呼吸阻害作用により細胞内酸素消費が停止し、一方、FCCPの呼吸促進作用により細胞内酸素消費が増加した結果である。測定されたりん光寿命を酸素分圧に換算するためには、検量線の作成が必要である。ここでは、プレートリーダー内の酸素分圧を変えてりん光寿命を計測することで検量線の作成(pO2 = 1521.03225exp(-τp/-2.10842))を行った(図7)。検量線を用いて、細胞内酸素分圧に換算した結果を図8に示す。添加剤を加えていない細胞では、酸素分圧が時間経過ともに徐々に減少しているのに対して、FCCPが添加された細胞では、急激に酸素分圧が減少している。一方、アンチマイシンAが添加された細胞では、わずかに酸素分圧が上昇している。以上の結果より、C6-BEDAを含む一般式(I)および(II)で表される化合物は、細胞内酸素濃度変化を、プレートリーダーを用いてリアルタイム追跡可能なプローブ分子であることが明らかとなった。
【0064】
<実施例3>
次にin vivo動態に関して評価した。本実験では、りん光強度画像に加えてりん光寿命画像を取得できる顕微鏡(PLIM:phosphorescence lifetime imaging microscope)を用いた。麻酔下にあるマウスの尾静脈に、C6-MEDAあるいはC6-BEDA溶液250μL(生理食塩水:DMSO = 9:1,v/v,250nmol)を投与して、りん光強度イメージングおよびりん光寿命イメージング実験を行った(励起波長:488nm、観測波長:510-560nm)。図9にC6-MEDAを投与したマウスの腎臓のイメージング画像を示す。尿細管細胞が鮮明にイメージングできている。また、りん光寿命イメージング画像からは、尿細管細胞によってりん光寿命が異なることがわかり、酸素分圧の違いを反映していると考えられる。図10には、C6-BEDAを投与したマウスの肝臓の寿命イメージング画像を示す。肝臓は、肝小葉と呼ばれる機能単位から構成されており、肝小葉辺編に動脈や門脈があり、中心に静脈がある。このため、辺縁から中心に向かって酸素分圧勾配があることが指摘されている。りん光寿命イメージング画像からりん光寿命の勾配があることがわかり、寿命の短い領域(カラー画像では青色)が肝小葉の辺縁、寿命の長い領域(カラー画像ではオレンジ)が中心静脈付近であることがわかる。以上の結果より、一般式(I)および(II)で表される化合物は、生体組織内低酸素濃度組織を、イメージングできることが明らかとなった。
【0065】
以上の結果より、一般式(I)および(II)で表されるイリジウム錯体は、細胞内および生きた個体内の酸素濃度の測定、酸素濃度に基づくイメージングが可能な新しい試薬である。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明は、生体試料や生体個体の酸素濃度の測定、酸素濃度に基づくイメージングのための試薬として利用できる。
図1
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図10
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