(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-20
(45)【発行日】2025-01-28
(54)【発明の名称】袋状培養容器の形成方法
(51)【国際特許分類】
C12M 3/00 20060101AFI20250121BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20250121BHJP
C12N 5/078 20100101ALN20250121BHJP
C12N 5/0783 20100101ALN20250121BHJP
【FI】
C12M3/00 Z
C12M1/00 C
C12N5/078
C12N5/0783
(21)【出願番号】P 2020040551
(22)【出願日】2020-03-10
【審査請求日】2023-02-15
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003768
【氏名又は名称】東洋製罐グループホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100154184
【氏名又は名称】生富 成一
(72)【発明者】
【氏名】戸谷 貴彦
【審査官】上村 直子
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-146777(JP,A)
【文献】特開2019-077787(JP,A)
【文献】特開2019-022453(JP,A)
【文献】特開2019-198288(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00-3/10
C12N 5/00-5/28
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多能性幹細胞から誘導された浮遊性細胞を増殖させるための袋状培養容器の形成方法であって、前記袋状培養容器の培養部をポリエチレン系樹脂により形成し、前記培養部の静的水接触角を74.2°以上
77.8°以下と
し、
前記培養部に細胞接着抑制剤を塗布しない
ことを特徴とする袋状培養容器の形成方法。
【請求項2】
前記多能性幹細胞から誘導された浮遊性細胞がiPS細胞由来T細胞であることを特徴とする請求項1記載の袋状培養容器の形成方法。
【請求項3】
前記ポリエチレン系樹脂がポリエチレン又はエチレンビニルアセテートであることを特徴とする請求項1又は2記載の袋状培養容器の形成方法。
【請求項4】
前記培養部をエキシマ処理又はコロナ処理により親水化処理することを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載の袋状培養容器の形成方法。
【請求項5】
前記培養部に細胞接着因子及び細胞接着抑制剤のいずれも塗布しないことを特徴とする請求項1~4のいずれかに記載の袋状培養容器の形成方法。
【請求項6】
前記袋状培養容器に1つ以上の注入出用ポートを備えることを特徴とする請求項1~5のいずれかに記載の袋状培養容器の形成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養技術に関し、特に多能性幹細胞から誘導された浮遊性細胞用の袋状培養容器に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、医薬品の生産や、遺伝子治療、再生医療、免疫療法等の分野において、細胞や組織、微生物などを人工的な環境下で効率良く大量に培養することが求められている。
細胞を大量に培養する場合には、容量の大きい培養容器を容易に製造可能な軟包材からなる袋状の培養容器(培養バッグ)を用いることが有益である。
【0003】
ところが、袋状培養容器などを用いて浮遊性細胞につき各種条件で培養実験を行ったところ、袋状培養容器を用いた場合に、相対的に高い培養効率を得ることができなかった。
具体的には、培養容器の培養部(培養容器内において細胞培養が行われる表面部分)が親水化処理された、本来は接着性細胞の培養に適する培養容器を用いた場合の方が、高い培養効率が得られた。
【0004】
リンパ球や樹状細胞など培地中に浮遊させて培養が行われる浮遊性細胞を培養する場合、細胞が培養容器の培養部に接着しないように培養部が疎水性であることが望ましい。
また、浮遊性細胞の培養にあたっては、一般的に、培養部に細胞が接着しないように、培養部に対して細胞接着抑制剤(細胞低接着処理剤)の塗布に適した表面処理が行われ、これを塗布した培養容器が用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2019-193604号公報
【文献】特開2019-198288号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ここで、上記の培養実験で用いた浮遊性細胞は、iPS細胞を分化誘導して得られたiPS細胞由来T細胞であった。このため、本発明者は、このような浮遊性細胞の培養にあたっては、通常の浮遊性細胞用の培養容器とは別個の性質を備えた培養容器が適するのではないかと推察した。
具体的には、iPS細胞は、培養容器の培養部に接着させて増殖させることのできる接着性細胞である。このため、iPS細胞由来T細胞についても、一般的な浮遊性細胞用の培養容器ではなく、接着性細胞用の培養容器が有する性質の方が適しているのではないかと推察した。なお、iPS細胞を培養する方法としては、培養容器の培養部に細胞を接着させることなく、スフェア(細胞凝集塊)を形成させて、スフェアを培養容器内で浮遊させて培養する方法もある。
【0007】
そこで、本発明者は鋭意研究して、多能性幹細胞から誘導された浮遊性細胞を袋状培養容器を用いて増殖させる場合には、袋状培養容器の培養部がポリエチレン系樹脂により形成され、培養部の静的水接触角が49.6°以上90.1°以下であることが好ましいことを見いだした。また、この培養部の静的水接触角としては、49.6°以上80.0°以下であることがより好ましい。
【0008】
ところで、本出願人は、従来から浮遊性細胞用の培養容器と接着性細胞用の培養容器を製造するための適切な条件につき研究し、特許文献1に記載の培養容器基材及び特許文献2に記載の細胞培養容器を既に提案している。
特許文献1に記載の培養容器基材は接着性細胞用であるため、この培養容器基材により形成された培養容器は、浮遊性細胞用である本発明とは用途が相違している。また、この培養容器の培養部の静的水接触角は80°より大きいため、本発明の袋状培養容器の培養部の静的水接触角の好適な範囲とは異なるものとなっている。
【0009】
特許文献2に記載の細胞培養容器は、培養部の静的水接触角が80°~95°のものを浮遊性細胞用とし、培養部の静的水接触角が60°~80°のものを接着性細胞用としている。
一方、本発明の袋状培養容器は、多能性幹細胞から誘導された浮遊性細胞用であるため、特許文献2に記載の浮遊性細胞用の細胞培養容器に比較して用途がさらに限定されている。また、本発明の袋状培養容器の培養部の静的水接触角の好適な範囲は、特許文献2に記載の浮遊性細胞用の細胞培養容器とは異なるものとなっている。
【0010】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、多能性幹細胞から誘導された浮遊性細胞を好適に増殖可能な袋状培養容器の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するため、本発明の袋状培養容器は、多能性幹細胞から誘導された浮遊性細胞を増殖させるための袋状培養容器であって、前記袋状培養容器の培養部がポリエチレン系樹脂により形成され、前記培養部の静的水接触角が49.6°以上90.1°以下である構成としてある。
【0012】
また、本発明の袋状培養容器を、前記培養部の静的水接触角が49.6°以上80.0°以下であること構成とすることがより好ましく、前記培養部の静的水接触角が74.2°以上80.0°以下である構成とすることがさらに好ましい。
また、本発明の袋状培養容器を、前記多能性幹細胞から誘導された浮遊性細胞がiPS細胞由来T細胞である構成とすることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、多能性幹細胞から誘導された浮遊性細胞を好適に増殖可能な袋状培養容器の提供が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図2】試験1の各種培養容器を用いた細胞培養における各培養日数後の培養細胞数を示す図である。
【
図3】試験1の各種培養容器を用いた細胞培養における各培養日数後の増殖倍率を示す図である。
【
図4】試験1の各種培養容器を用いた細胞培養における各培養日数後の増殖倍率を表すグラフを示す図である。
【
図5】試験1の各種培養容器を用いた細胞培養における11日後の増殖倍率を表すグラフを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の袋状培養容器の実施形態について詳細に説明する。ただし、本発明は、以下の実施形態及び実施例の具体的な内容に限定されるものではない。
本実施形態の袋状培養容器は、多能性幹細胞から誘導された浮遊性細胞を増殖させるための袋状培養容器であって、袋状培養容器の培養部がポリエチレン系樹脂により形成され、培養部の静的水接触角が49.6°以上90.1°以下であることを特徴とする。
【0016】
多能性幹細胞は、生体の様々な組織に分化誘導され得る細胞であり、胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)などを挙げることができる。
浮遊性細胞は、培養容器内で培地中に浮遊させて培養が行われる細胞であり、T細胞などのリンパ球や樹状細胞等を挙げることができる。本実施形態では、多能性幹細胞から誘導された浮遊性細胞としてiPS細胞由来T細胞を好適に用いることができる。
【0017】
本実施形態の袋状培養容器の培養部の材料であるポリエチレン系樹脂としては、例えば、ポリエチレン、エチレンとα-オレフィンの共重合体、エチレンと酢酸ビニルの共重合体、エチレンとアクリル酸やメタクリル酸共重合体と金属イオンを用いたアイオノマー等を挙げることができる。本実施形態では、ポリエチレン系樹脂として、ポリエチレン又はエチレンビニルアセテートを用いることが特に好ましい。
【0018】
静的水接触角とは、
図1に示すように、静止した液体の表面が固体壁の表面に接するところで液面と固体面がなす角(θs)を意味する。静的水接触角が大きいと、固体壁の表面の疎水性が相対的に強く、静的水接触角が小さいと、固体壁の表面の親水性が相対的に強いという関係がある。
具体的には、ポリエチレン系樹脂の一種であるポリエチレンフィルムからなる培養容器の培養部における静的水接触角が60°より大きく80°以下の場合、接着性細胞は培養部に好適に接着して、効率的に培養できることが知られている。
【0019】
また、ポリエチレンフィルムの表面の静的水接触角は、未処理の状態では95°以上を示し、疎水性が強いために、接着性細胞を接着させて培養することはできない。また、細胞接着抑制剤をコーティングすることもできないため、浮遊性細胞を培養することもできない。
一方、ポリエチレンフィルムからなる培養容器の培養部に表面処理を施して、その静的水接触角を80°より大きく95°未満とすれば、培養部に細胞接着抑制剤をコーティングすることができ、浮遊性細胞を培養することが可能となる。
【0020】
本実施形態の袋状培養容器の培養部の静的水接触角は、49.6°以上90.1°以下であり、本実施形態の袋状培養容器は、このような静的水接触角を有することにより、多能性幹細胞から誘導された浮遊性細胞を好適に増殖させることが可能になっている。
【0021】
また、本実施形態の袋状培養容器の培養部の静的水接触角を、49.6°以上80.0°以下とすることがより好ましく、74.2°以上80.0°以下(又は未満)とすることがさらに好ましい。
本実施形態の袋状培養容器の培養部の静的水接触角をこのような範囲にすることで、多能性幹細胞から誘導された浮遊性細胞の増殖効率をより好適に向上させることが可能になっている。
【0022】
これらの条件で増殖が良くなったメカニズムは、明らかではないが、iPS細胞由来T細胞は、天然のT細胞に比較して凝集しやすいため、ある程度の強度で培養部に接着させることによって、過度な凝集を防ぐことで、一部の細胞が酸欠や栄養不足に陥るのが回避されているためと推測される。
また、後述する実施例に示されるように、培養部の静的水接触角の親水性が強すぎると増殖効率は低下する。その理由は明らかではないが、細胞が培養部に強く貼り付くことで、増殖時に培養部から浮き上がる動作が阻害されていることが原因の一つではないかと推測される。
【0023】
本実施形態の袋状培養容器は、培養部がエキシマ処理又はコロナ処理により親水化処理されてなることを特徴とする。
エキシマ処理は、光源としてエキシマランプを用いる表面処理である。波長200nm以下の紫外線は真空紫外線と呼ばれ、エキシマ処理ではこの真空紫外線の照射が行われる。エキシマランプには様々な波長の真空紫外線を照射するものがあるが、一般的には、波長172nmのキセノンエキシマランプが使用されている。そして、培養部とランプの距離、及びステージの移動速度等を所望の大きさに設定することにより実施する。
このようなエキシマ処理をポリエチレンフィルムに施すと、ポリエチレンの表面物性が変化して、親水化される。また、エキシマ処理の処理強度が強いほど、その親水化の程度は大きくなる。エキシマ処理によれば、処理ムラがなく、均一に親水化された培養面を得ることができる。
【0024】
コロナ処理は、コロナ放電照射を用いる表面処理である。例えばバッチ式コロナ処理装置を使用して、出力、電極間距離、及びステージの移動速度等を所望の大きさに設定することにより実施する。
このようなコロナ処理をポリエチレンフィルムに施すと、ポリエチレンの表面物性が変化して、親水化される。また、コロナ処理の処理強度が強いほど、その親水化の程度は大きくなる。
【0025】
本実施形態の袋状培養容器の培養部に塗布されない細胞接着因子とは、例えばラミニンなどを挙げることができる。
また、本実施形態の袋状培養容器の培養部に塗布されない細胞接着抑制剤としては、リン脂質ポリマー、ポリビニルアルコール誘導体、リン脂質・高分子複合体、ポリヒドロキシエチルメタクリレート、ポリビニルアルコール、アガロース、キトサン、ポリエチレングリコール、アルブミン等を挙げることができる。
【0026】
本実施形態の袋状培養容器は、1つ以上の注入出用ポートを備え、この注入出用ポートを介して、袋状培養容器に培地や細胞懸濁液を注入することができ、また袋状培養容器から培地や細胞懸濁液を排出することができる。なお、注入出用ポートにはチューブが接続され、チューブには培地供給容器、細胞回収容器、酵素供給容器、廃棄容器等を適宜接続することができる。
【0027】
本実施形態の袋状培養容器(培養部を除く)の材料としては、ポリエチレンやポリプロピレンなどのポリオレフィン系樹脂などを好適に用いることができる。例えば、ポリエチレン、エチレンとα-オレフィンの共重合体、エチレンと酢酸ビニルの共重合体、エチレンとアクリル酸やメタクリル酸共重合体と金属イオンを用いたアイオノマー等を挙げることができる。また、ポリオレフィン、スチレン系エラストマー、ポリエステル系熱可塑性エラストマー、シリコーン系熱可塑性エラストマー、シリコーン樹脂等を用いることもできる。さらに、シリコーンゴム、軟質塩化ビニル樹脂、ポリブタジエン樹脂、エチレン-酢酸ビニル共重合体、塩素化ポリエチレン樹脂、ポリウレタン系熱可塑性エラストマー、ポリエステル系熱可塑性エラストマー、シリコーン系熱可塑性エラストマー、スチレン系エラストマー、例えば、SBS(スチレン・ブタジエン・スチレン)、SIS(スチレン・イソプレン・スチレン)、SEBS(スチレン・エチレン・ブチレン・スチレン)、SEPS(スチレン・エチレン・プロピレン・スチレン)、ポリオレフィン樹脂、フッ素系樹脂等を用いてもよい。
【0028】
注入出用ポートの材料としては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、塩化ビニル、ポリスチレン系エラストマー、FEPなどの熱可塑性樹脂等を用いることができる。
【0029】
本実施形態の袋状培養容器は、例えばポリエチレンフィルムを用いて、その少なくとも一部の領域にエキシマ処理等を施すことにより、当該領域の静的水接触角を、49.6°以上90.1°以下として当該領域を培養部とし、当該ポリエチレンフィルムを袋状に配置して注入出用ポートを挟み込み、周囲をヒートシールすることなどによって形成することができる。
【0030】
以上説明したように、本実施形態の袋状培養容器によれば、多能性幹細胞から誘導されたT細胞などの浮遊性細胞を好適に増殖することが可能となる。
【実施例】
【0031】
以下、本実施形態の袋状培養容器と、培養部に親水化処理がなされていない静的水接触角が本実施形態の範囲外である袋状培養容器とを用いて、多能性幹細胞から誘導された浮遊性細胞を培養した試験について説明する。
【0032】
(試験1)
培養に使用した細胞は、iPS細胞から分化誘導され、CD3抗体及びレトロネクチンを用いて活性化されたT細胞である。
具体的には、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)から供与されたFf-I01s04株を公知の方法(WO2017/221975)に準じて分化させることによって得られたT細胞である。
【0033】
培養に使用した培地は、IMDM培地(Thermo Fisher Scientific社)に対し、FBS(corning社)15%、ペニシリン-ストレプトマイシン-グルタミン溶液(Sigma-Aldrich社)1%、インスリン-トランスフェリン-セレニウム溶液(Thermo Fisher Scientific社)1%、L-アスコルビン酸 2-リン酸 セスキマグネシウム塩 水和物(Sigma-Aldrich社)50μg/ml、IL-7(PeproTech社)10ng/ml、IL-15(PeproTech社)10ng/mlを加えたものを使用した。
【0034】
袋状培養容器の材料としては、ポリエチレンフィルムを使用した。袋状培養容器の培養部も同一のポリエチレンフィルムにより一体的に形成した。
そして、袋状培養容器の培養部となる領域に対し、親水化処理としてエキシマ処理又はコロナ処理を以下の条件で行った。
【0035】
エキシマ処理を行うための装置としては、キセノンエキシマランプ装置(株式会社エム・ディ・コム製のエキシマ照射装置)を使用して、電圧を12Vとした。
そして、培養部とランプの距離、及びキセノンエキシマランプ装置におけるポリエチレンフィルムを配置したステージの移動速度を以下の条件としてエキシマ処理を行い、培養部の静的水接触角を測定した。
【0036】
培養部とランプの距離が4mm、キセノンエキシマランプ装置におけるポリエチレンフィルムを配置したステージの移動速度を20mm/secとした場合における培養部の静的水接触角は、90.1°であった。
また、同距離を 4mm、同ステージの移動速度を5mm/secとした場合における培養部の静的水接触角は、82.0°であり、同距離を4mm、同ステージの移動速度を2mm/secとした場合における培養部の静的水接触角は、77.8°であり、同距離を4mm、同ステージの移動速度を2mm/secとし、同処理を2回行った場合における培養部の静的水接触角は、74.2°であった。
【0037】
コロナ処理を行うための装置としては、バッチ式コロナ処理装置(春日電機株式会社製)を使用した。そして、出力を520W、電極間距離を5mm、バッチ式コロナ処理装置におけるポリエチレンフィルムを配置したステージの移動速度を50mm/secとし、これを3回繰り返して処理した場合における培養部の静的水接触角は、49.6°であった。
なお、これらの静的水接触角は、フィルム表面から任意に10カ所の点を選択してそれぞれにおける静的水接触角を測定し、その平均値を算出することにより得た。
【0038】
袋状培養容器は、上記のように処理した各ポリエチレンフィルムを培養部の面積が10cm×10cmとなるように、インパルスシーラーでシールすることによって形成した。また、このとき、ポリエチレン製のポートを挟み込んでシールを行うことにより、注入出用ポートを取り付けた。
【0039】
細胞培養は、以下の培養プロトコルにより行った。
まず、1.5×106cellsの細胞を30mlの培地に懸濁して、各袋状培養容器内に封入した。
次に、培養開始から3日後に細胞数をカウントし、それぞれの袋状培養容器内の懸濁液15mlを除去し、新たな培地を30ml追加した。
【0040】
培養開始から5日後に細胞数をカウントし、それぞれの袋状培養容器内の懸濁液35mlを除去し、新たな培地を30ml追加した。
培養開始から7日後に細胞数をカウントし、それぞれの袋状培養容器内の懸濁液30mlを除去し、新たな培地を30ml追加した。
【0041】
そして、培養開始から11日後に最終の細胞数をカウントした。その結果を
図2に示す。
なお、上記の培養プロトコルにおいて、途中で懸濁液を捨てている理由は、細胞密度が上がりすぎると増殖が止まってしまうため、培養部の静的水接触角による影響を適切に評価できないためである。また、
図2に示される各日における播種細胞数は、懸濁液を捨てた後、袋状培養容器内に存在している細胞数を示している。
【0042】
そして、細胞数をカウントした各日の間隔ごとに細胞数が何倍になったかを計算して、これらを掛け合わせることで、合計増殖倍率を求めた。
具体的には、
図3に示すように、0日目の細胞数に対する3日目の細胞数の増殖倍率と、3日目の播種細胞数に対する5日目の細胞数の増殖倍率と、5日目の播種細胞数に対する7日目の細胞数の増殖倍率と、7日目の播種細胞数に対する11日目の細胞数の増殖倍率とを算出し、これらを掛け合わせることによって、合計増殖倍率を算出した。
【0043】
また、各日における増殖倍率を同様にして、それまでの各日の間隔で算出された倍率を掛け合わせることにより算出した。その結果を表すグラフを
図4に示す。さらに、11日目の増殖倍率を示すグラフを
図5に示す。
【0044】
これらの図に示されるように、袋状培養容器の培養部の静的水接触角が49.6°以上90.1°以下である場合、培養部に親水化処理を行っていない袋状培養容器に比較して、多能性幹細胞から誘導された浮遊性細胞の増殖倍率が大きく向上することが分かった。
特に、培養部の静的水接触角が74.2°以上で、少なくとも80.0°以下の場合に、優れた増殖効率が示されている。
【0045】
本発明は、以上の実施形態及び実施例に限定されるものではなく、本発明の範囲内において、種々の変更実施が可能であることは言うまでもない。
例えば、上記実施形態及び実施例では、エキシマ処理の条件として特定の条件を示したが、これらに限定されるものではなく、袋状培養容器の培養部の静的水接触角が本発明の範囲内になるように処理可能な表面処理方法及び処理条件であれば、適宜変更することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明は、iPS細胞由来T細胞等を効率的に大量に作成する場合などに、好適に利用することが可能である。