(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-20
(45)【発行日】2025-01-28
(54)【発明の名称】車両の制動制御装置
(51)【国際特許分類】
B60T 8/172 20060101AFI20250121BHJP
【FI】
B60T8/172 Z
(21)【出願番号】P 2021057390
(22)【出願日】2021-03-30
【審査請求日】2024-02-08
(73)【特許権者】
【識別番号】301065892
【氏名又は名称】株式会社アドヴィックス
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】藤田 優
(72)【発明者】
【氏名】寺坂 将仁
【審査官】鵜飼 博人
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-052964(JP,A)
【文献】実開昭56-044951(JP,U)
【文献】特開2008-155869(JP,A)
【文献】独国特許出願公開第102019211808(DE,A1)
【文献】米国特許第05363300(US,A)
【文献】特開2009-196611(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60T 7/12- 8/1769
B60T 8/32- 8/96
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両が備えている制動装置を制御対象とする車両の制動制御装置であって、
車輪速センサからの検出信号に基づいて前記車両の減速度として第1減速度を算出する第1算出部と、
前後加速度センサからの検出信号に基づいて前記車両の減速度として第2減速度を算出する第2算出部と、
前記第1減速度にローパスフィルタ処理を施して第1フィルタ減速度を算出するローパス処理部と、
前記第2減速度にハイパスフィルタ処理を施して第2フィルタ減速度を算出するハイパス処理部と、
前記第1フィルタ減速度と前記第2フィルタ減速度とに基づいて減速度算出値を取得する第3算出部と、
前記減速度算出値に応じて前
記制動装置を制御する制御部と、を備え、
車輪の加減速度が規定の判定値よりも小さいこと、および、前記車輪の減速度における単位時間当たりの変化量が規定の判定量以下であること、のうち少なくとも一方の条件が成立している場合に切替条件が成立しているとして、
前記ローパス処理部および前記ハイパス処理部は、前記切替条件が成立している場合には、前記切替条件が成立していない場合よりもカットオフ周波数を高くする
車両の制動制御装置。
【請求項2】
前記切替条件が成立していない場合の前記カットオフ周波数を第1周波数として、前記切替条件が成立している場合の前記カットオフ周波数を第2周波数として、
前記第1周波数は、0.5Hz以下であり、
前記第2周波数は、0.5Hzよりも高い
請求項1に記載の車両の制動制御装置。
【請求項3】
前記第2周波数は、2Hz以下である
請求項2に記載の車両の制動制御装置。
【請求項4】
前記第1周波数は、0.2Hz以下である
請求項2または請求項3に記載の車両の制動制御装置。
【請求項5】
前記第1周波数は、0.1Hzであり、
前記第2周波数は、1Hzである
請求項2に記載の車両の制動制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の制動制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両の制動制御装置では、車両の減速度に基づいて制動力の制御が行われる。車両の減速度を検出する方法としては、一般的に次の二つの方法が知られている。一つは、車輪の速度に基づいて算出した車両の減速度である車輪基準減速度を取得する方法である。もう一つは、前後加速度センサが検出した車両の前後方向に作用する加速度に基づいた車両の減速度であるGセンサ減速度を取得する方法である。
【0003】
特許文献1には、車輪基準減速度にはローパスフィルタ処理を行い、Gセンサ減速度にはハイパスフィルタ処理を行い、フィルタ処理後の二つの減速度に基づいて、制御に用いる減速度算出値を取得する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
車両が走行する路面が上り坂または下り坂から水平な路面に変化した場合に、車両の減速度が実際には変化していないにもかかわらずGセンサ減速度が変化することがある。このような場合には、特許文献1に開示されているように車輪基準減速度およびGセンサ減速度に基づいて車両の減速度算出値を取得すると、当該減速度算出値と実際の車両の減速度との乖離が大きくなるという問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するための車両の制動制御装置は、車輪速センサからの検出信号に基づいて前記車両の減速度として第1減速度を算出する第1算出部と、前後加速度センサからの検出信号に基づいて前記車両の減速度として第2減速度を算出する第2算出部と、前記第1減速度にローパスフィルタ処理を施して第1フィルタ減速度を算出するローパス処理部と、前記第2減速度にハイパスフィルタ処理を施して第2フィルタ減速度を算出するハイパス処理部と、前記第1フィルタ減速度と前記第2フィルタ減速度とに基づいて減速度算出値を取得する第3算出部と、前記減速度算出値に応じて前記車両の制動装置を制御する制御部と、を備え、車輪の加減速度が規定の判定値よりも小さいこと、および、前記車輪の減速度における単位時間当たりの変化量が規定の判定量以下であること、のうち少なくとも一方の条件が成立している場合に切替条件が成立しているとして、前記ローパス処理部および前記ハイパス処理部は、前記切替条件が成立している場合には、前記切替条件が成立していない場合よりもカットオフ周波数を高くすることをその要旨とする。
【0007】
ハイパスフィルタ処理におけるカットオフ周波数を高くすると、前後加速度センサに基づく減速度から低周波のノイズ成分が除去されやすい。このため、実際の減速度と前後加速度センサに基づく減速度とが乖離した場合には、カットオフ周波数が高いと当該乖離が解消されやすくなる。すなわち、実際の減速度に対して算出した減速度の応答性が向上する。ところが、車輪速センサからの検出値には、高周波のノイズ成分が含まれている。車輪速センサに基づく減速度から高周波のノイズ成分を除去するためには、ローパスフィルタ処理におけるカットオフ周波数に極めて小さな数値を設定することが好ましいとされている。このため、カットオフ周波数を高くすると応答性が向上する一方で、車輪速センサに基づく減速度から誤差の要因となるノイズ成分を除去しきれないという問題がある。
【0008】
そこで上記構成では、車輪の加減速度が規定の判定値よりも小さいこと、および、車輪の減速度における単位時間当たりの変化量が規定の判定量以下であること、のうち少なくとも一方の条件が成立している場合に、カットオフ周波数を高くするようにしている。車輪の加減速度が規定の判定値よりも小さければ、車両が急加速または急減速していないと推定できる。また、車輪の減速度における単位時間当たりの変化量が規定の判定量以下であれば、車輪における減速度の変動が小さいと推定できる。車両が急加速していない場合、車両が急減速していない場合、および車輪における減速度の変動が小さい場合等は、車輪速センサに基づく減速度がノイズ成分の影響を受けにくい状況として挙げることのできる例である。すなわち、上記構成では、車輪速センサに基づく減速度がノイズ成分の影響を受けにくい状況であれば、カットオフ周波数を高くするようにしている。これによって、車輪速センサに基づく減速度が受けるノイズ成分による影響を小さく抑えつつ、減速度算出値の応答性を向上させることができる。応答性の向上によって、減速度算出値と実際の車両の減速度との乖離を解消しやすくなる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】車両の制動制御装置の一実施形態と、同制動制御装置を備える車両と、を示すブロック図。
【
図2】同制動制御装置が実行する処理の流れを示すフローチャート。
【
図3】車両が下り坂から水平な路面に移動する際における減速度の推移を示すタイミングチャート。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、車両の制動制御装置の一実施形態について、
図1~
図3を参照して説明する。
図1は、車両の制動制御装置である制御装置10と、制御装置10を備える車両90と、を示す。制御装置10は、車両90の制動装置20を制御対象とする。
【0011】
〈車両〉
車両90の一例は、自動二輪車両である。車両90は、自動二輪車両に限られるものではなく、たとえば四輪の自動車でもよい。
【0012】
制動装置20の一例は、車輪に摩擦制動力を付与する摩擦制動装置である。摩擦制動装置としては、たとえば液圧式の制動装置を採用することができる。制動装置20は、摩擦制動装置に限らず、車輪に回生制動力を付与する回生制動装置でもよい。制動装置20としては、摩擦制動装置および回生制動装置によって摩擦制動力と回生制動力との協調制御を行うことのできる制動装置を採用することもできる。
【0013】
車両90は、各種センサを備えている。
図1には、各種センサの一例として、車輪速センサ91および前後加速度センサ92を示している。各種センサからの検出信号は、制御装置10に入力される。車輪速センサ91は、車両90における車輪の速度を検出することができる。たとえば、車輪速センサ91は、車輪とともに回転する歯車状のロータ、およびロータの歯に近接して配置された電磁ピックアップから構成される。車輪速センサ91は、車両90の各車輪に設けられている。前後加速度センサ92は、車両90の前後方向における加速度を検出することができる。たとえば、前後加速度センサ92は、車両90の車体に設けられている。前後加速度センサ92の設置箇所の一例は、車体の前後方向の中央付近である。
【0014】
〈制御装置〉
制御装置10について説明する。制御装置10は、各種の機能を実現する複数の機能部によって構成されている。
図1には、機能部の一例として、取得部11、制御部12、第1算出部13、第2算出部14、ローパス処理部15、ハイパス処理部16、および第3算出部17を示している。各機能部は、互いに情報の送受信が可能である。
【0015】
制御装置10は、以下[a]~[c]のいずれかの構成であればよい。[a]コンピュータプログラムに従って各種処理を実行する一つ以上のプロセッサを備える。プロセッサは、処理装置を備える。処理装置の例は、CPU、DSPおよびGPU等である。プロセッサは、メモリを備える。メモリの例は、RAM、ROMおよびフラッシュメモリ等である。メモリは、処理を処理装置に実行させるように構成されたプログラムコードまたは指令を格納している。メモリすなわちコンピュータ可読媒体は、汎用または専用のコンピュータでアクセスできるあらゆる利用可能な媒体を含む。[b]各種処理を実行する一つ以上のハードウェア回路を備える。ハードウェア回路の例は、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)、CPLD(Complex Programmable Logic Device)およびFPGA(Field Programmable Gate Array)等である。[c]各種処理の一部をコンピュータプログラムに従って実行するプロセッサと、各種処理のうち残りの処理を実行するハードウェア回路と、を備える。
【0016】
取得部11には、各種センサからの検出信号が入力される。取得部11は、車輪速センサ91からの検出信号に基づいて、各車輪の速度として車輪速度VWを算出することができる。取得部11は、前後加速度センサ92からの検出信号をGセンサ生データGxとして取得することができる。Gセンサ生データGxは、車両90の前後方向における加速度を示す。
【0017】
制御部12は、制動装置20を制御することができる。制御部12は、各車輪に付与する制動力を調整する各種の制御を実行することができる。たとえば、制御部12は、リヤリフト抑制制御を実行してもよい。
【0018】
リヤリフト抑制制御は、リヤリフトの発生を抑制する制御である。リヤリフトは、車両90の減速度が大きく、車両90が減速することに伴うピッチングモーメントによって後輪の荷重が著しく減少した場合に、後輪が接地面から浮き上がる現象である。リヤリフト抑制制御では、たとえば、減速度が所定値以上になった場合に制動力の増加を抑制する。これによって、リヤリフトの発生を抑制することができる。
【0019】
第1算出部13は、車両90の減速度として第1減速度Gxwを算出することができる。第1算出部13は、車両90の速度を時間微分することによって第1減速度Gxwを算出する。車両90の速度は、取得部11が算出した各車輪の車輪速度VWに基づいて算出することができる。
【0020】
第2算出部14は、車両90の減速度として第2減速度Gxgを算出することができる。第2算出部14は、取得部11が算出したGセンサ生データGxに基づいて、第2減速度Gxgを算出する。たとえば、第2算出部14は、Gセンサ生データGxに対して前処理を行うことによって第2減速度Gxgを算出する。前処理の一例は、車両90の傾きに起因する成分をGセンサ生データGxから除去するためのピッチ角補正である。
【0021】
ローパス処理部15は、第1減速度Gxwにローパスフィルタ処理を施すことができる。ローパス処理部15は、第1減速度Gxwに対してカットオフ周波数fcによるローパスフィルタ処理を行って、処理後の値を第1フィルタ減速度Gxwlpとして算出することができる。第1フィルタ減速度Gxwlpは、カットオフ周波数fcよりも高い周波数の成分が除去された値である。詳しくは後述するが、カットオフ周波数fcは、周波数の変更が可能である。
【0022】
ハイパス処理部16は、第2減速度Gxgにハイパスフィルタ処理を施すことができる。ハイパス処理部16は、第2減速度Gxgに対してカットオフ周波数fcによるハイパスフィルタ処理を行って、処理後の値を第2フィルタ減速度Gxghpとして算出することができる。第2フィルタ減速度Gxghpは、カットオフ周波数fcよりも低い周波数の成分が除去された値である。カットオフ周波数fcは、周波数の変更が可能である。一例として、ハイパスフィルタ処理におけるカットオフ周波数fcは、ローパスフィルタ処理におけるカットオフ周波数fcと共通の周波数を用いる。
【0023】
第3算出部17は、車両90の減速度として減速度算出値Gxfを算出することができる。第3算出部17は、第1フィルタ減速度Gxwlpと第2フィルタ減速度Gxghpとに基づいて、減速度算出値Gxfを算出する。たとえば、第3算出部17は、第1フィルタ減速度Gxwlpと第2フィルタ減速度Gxghpとの平均値を減速度算出値Gxfとして取得する。第3算出部17は、第1フィルタ減速度Gxwlpに対するゲインと第2フィルタ減速度Gxghpに対するゲインとを調整して、減速度算出値Gxfを算出することもできる。より具体的に、所定の係数KGを用いて説明する。係数KGは、「1」以下の値とする。減速度算出値Gxfは、第1フィルタ減速度Gxwlpに係数KGを掛けたものと、第2フィルタ減速度Gxghpに(1-KG)を掛けたものと、の和として算出することができる。ハイパスフィルタ処理におけるカットオフ周波数fcと、ローパスフィルタ処理におけるカットオフ周波数fcとが異なる周波数である場合には、第3算出部17は、ゲインを調整するとよい。
【0024】
減速度算出値Gxfは、制御部12による制動装置20の制御に用いることができる。減速度算出値Gxfは、車両90の運転中に繰り返し算出される。減速度算出値Gxfが「0」よりも大きいほど車両90が減速していることを示す。一方で、減速度算出値Gxfが「0」よりも小さいほど車両90が加速していることを示す。
【0025】
〈カットオフ周波数の切替処理〉
図2を用いて、切替処理について説明する。切替処理は、減速度算出値Gxfを算出する際に用いられるカットオフ周波数fcを変更する処理である。切替処理によって、カットオフ周波数fcを第1周波数fc1または第2周波数fc2に切り替えることができる。第1周波数fc1と第2周波数fc2との間には、第2周波数fc2の方が第1周波数fc1よりも高いという関係がある。
【0026】
第1周波数fc1の一例は、0.1Hzである。第1周波数fc1としては、0.1Hz以外の値を採用してもよいが、0.5Hz以下であることが好ましい。第1周波数fc1は、より好ましくは、0.2Hz以下である。
【0027】
第2周波数fc2の一例は、1Hzである。第2周波数fc2としては、1Hz以外の値を採用してもよいが、0.5Hzよりも大きいことが好ましい。第2周波数fc2は、2Hz以下であることが好ましい。
【0028】
切替処理は、たとえば、ローパス処理部15およびハイパス処理部16によって実行される。切替処理は、制御装置10における他の機能部が実行してもよい。第1周波数fc1および第2周波数fc2のうちいずれの周波数を選択するかという切替処理の結果は、機能部間で共有してもよい。たとえば、ハイパス処理部16によって切替処理が実行され、その結果がローパス処理部15に共有されてもよい。
【0029】
ローパス処理部15では、切替処理の結果に基づいて、ローパスフィルタ処理におけるカットオフ周波数fcが変更される。ハイパス処理部16では、切替処理の結果に基づいて、ハイパスフィルタ処理におけるカットオフ周波数fcが変更される。
【0030】
切替処理において、カットオフ周波数fcとして第1周波数fc1を選択するか、または第2周波数fc2を選択するか、を切り替えるための条件を切替条件とする。切替条件が成立していない場合には、第1周波数fc1が選択される。切替条件が成立している場合には、第2周波数fc2が選択される。たとえば、車輪の加減速度が規定の判定値よりも小さいこと、および、車輪の減速度における単位時間当たりの変化量が規定の判定量以下であることの両方の条件が成立している場合に、切替条件が成立する。
【0031】
図2は、切替処理の流れを示す。本処理ルーチンは、所定の周期毎に繰り返し実行される。以下では、一例として、ローパス処理部15およびハイパス処理部16によって切替処理が実行される場合を説明する。ローパス処理部15とハイパス処理部16とを併せてフィルタ処理部という。
【0032】
本処理ルーチンが開始されると、まずステップS101では、フィルタ処理部は、判定に用いるための判定用減速度Gx(w)を取得する。判定用減速度Gx(w)としては、車輪速度VWに基づいた減速度が用いられる。
【0033】
判定用減速度Gx(w)について説明する。たとえば、フィルタ処理部は、判定用減速度Gx(w)として第1減速度Gxwを取得する。フィルタ処理部は、第2周波数fc2に設定されたカットオフ周波数fcによってローパスフィルタ処理が施された第1フィルタ減速度Gxwlpを判定用減速度Gx(w)とすることもできる。たとえば、1Hzに設定されたカットオフ周波数fcによってローパスフィルタ処理が施された値である第1フィルタ減速度Gxwlpを判定用減速度Gx(w)としてもよい。判定用減速度Gx(w)としては、このようにローパスフィルタ処理によってノイズ成分が除去された値を用いた方がよい場合もある。
【0034】
ステップS101の処理において判定用減速度Gx(w)を取得すると、フィルタ処理部は、処理をステップS102に移行する。ステップS102では、フィルタ処理部は、車輪の加減速度が規定の判定値よりも小さいか否かを判定する。たとえば、フィルタ処理部は、判定用減速度Gx(w)の絶対値が判定値GTh1よりも小さい場合には、車輪の加減速度が規定の判定値よりも小さいと判定する。一方で、フィルタ処理部は、判定用減速度Gx(w)の絶対値が判定値GTh1以上である場合には、車輪の加減速度が規定の判定値以上であると判定する。判定値GTh1が規定の判定値に対応する。フィルタ処理部は、判定用減速度Gx(w)の絶対値が判定値GTh1よりも小さい状態が規定の判定時間以上継続されている場合に、車輪の加減速度が規定の判定値よりも小さいと判定するようにしてもよい。
【0035】
判定値GTh1について説明する。判定値GTh1は、判定用減速度Gx(w)の絶対値が判定値GTh1よりも小さければ、車両90が急減速または急加速していないと推定できる値が設定されている。判定値GTh1は、予め実験等によって算出された値が設定されている。判定値GTh1は、0.5G以下であることが望ましい。また、判定値GTh1は、0.1G以上であることが望ましい。判定値GTh1の一例は、0.3Gである。
【0036】
ステップS102の処理において、車輪の加減速度が規定の判定値以上である場合、すなわち判定用減速度Gx(w)の絶対値が判定値GTh1以上である場合には(S102:NO)、フィルタ処理部は、処理をステップS105に移行する。
【0037】
ステップS105では、フィルタ処理部は、カットオフ周波数fcとして第1周波数fc1を選択する。この結果として、第1周波数fc1に設定されたカットオフ周波数fcによって、第1フィルタ減速度Gxwlpおよび第2フィルタ減速度Gxghpが算出されるようになる。カットオフ周波数fcとして第1周波数fc1を選択すると、フィルタ処理部は、本処理ルーチンを終了する。
【0038】
一方、ステップS102の処理において、車輪の加減速度が規定の判定値よりも小さい場合、すなわち判定用減速度Gx(w)の絶対値が判定値GTh1よりも小さい場合には(S102:YES)、フィルタ処理部は、処理をステップS103に移行する。
【0039】
ステップS103では、フィルタ処理部は、車輪の減速度における単位時間当たりの変化量が規定の判定量以下であるか否かを判定する。たとえば、フィルタ処理部は、判定用減速度Gx(w)の前回値と現時点での判定用減速度Gx(w)との差分に基づいて車輪の減速度における単位時間当たりの変化量を取得して、判定に用いる。具体的には、フィルタ処理部は、判定用減速度Gx(w)の前回値と現時点での判定用減速度Gx(w)との差を判定用変化量ΔGx(w)として、判定用変化量ΔGx(w)の絶対値が判定量ΔGTh2以下であるか否かを判定する。フィルタ処理部は、判定用変化量ΔGx(w)の絶対値が判定量ΔGTh2よりも大きい場合には、車輪の減速度における単位時間当たりの変化量が規定の判定量よりも大きいと判定する。一方で、フィルタ処理部は、判定用変化量ΔGx(w)の絶対値が判定量ΔGTh2以下である場合には、車輪の減速度における単位時間当たりの変化量が規定の判定量以下であると判定する。判定量ΔGTh2が規定の判定量に対応する。フィルタ処理部は、判定用変化量ΔGx(w)の絶対値が判定量ΔGTh2以下である状態が規定の判定時間以上継続されている場合に、車輪の減速度における単位時間当たりの変化量が規定の判定量以下であると判定するようにしてもよい。
【0040】
判定量ΔGTh2について説明する。判定量ΔGTh2は、判定用変化量ΔGx(w)の絶対値が判定量ΔGTh2以下であれば、車輪の減速度の変動が小さいと判定できる値が設定されている。判定量ΔGTh2は、予め実験等によって算出された値が設定されている。判定量ΔGTh2は、0.02G/6ms以下であることが望ましい。判定量ΔGTh2の一例は、0.002G/6msである。
【0041】
ステップS103の処理において、判定用変化量ΔGx(w)の絶対値が判定量ΔGTh2よりも大きい場合には(S103:NO)、フィルタ処理部は、処理をステップS105に移行する。すなわち、フィルタ処理部は、車輪の減速度における単位時間当たりの変化量が規定の判定量よりも大きい場合には、処理をステップS105に移行する。フィルタ処理部は、ステップS105においてカットオフ周波数fcとして第1周波数fc1を選択すると、本処理ルーチンを終了する。
【0042】
一方、ステップS103の処理において、判定用変化量ΔGx(w)の絶対値が判定量ΔGTh2以下である場合には(S103:YES)、フィルタ処理部は、処理をステップS104に移行する。すなわち、フィルタ処理部は、車輪の減速度における単位時間当たりの変化量が規定の判定量以下である場合には、処理をステップS104に移行する。
【0043】
ステップS104では、フィルタ処理部は、カットオフ周波数fcとして第2周波数fc2を選択する。この結果として、第1周波数fc1よりも高い第2周波数fc2に設定されたカットオフ周波数fcによって、第1フィルタ減速度Gxwlpおよび第2フィルタ減速度Gxghpが算出されるようになる。カットオフ周波数fcとして第2周波数fc2を選択すると、フィルタ処理部は、本処理ルーチンを終了する。
【0044】
〈作用および効果〉
本実施形態の作用および効果について説明する。
制御装置10によれば、判定用減速度Gx(w)の絶対値が判定値GTh1以上である場合には(S102:NO)、カットオフ周波数fcとして第1周波数fc1が選択される(S105)。また、判定用変化量ΔGx(w)の絶対値が判定量ΔGTh2よりも大きい場合にも(S103:NO)、カットオフ周波数fcとして第1周波数fc1が選択される(S105)。一方で、判定用減速度Gx(w)の絶対値が判定値GTh1よりも小さく(S102:YES)、判定用変化量ΔGx(w)の絶対値が判定量ΔGTh2以下であると(S103:YES)、カットオフ周波数fcとして第2周波数fc2が選択される(S104)。すなわち、制御装置10によれば、切替条件が成立している場合には、切替条件が成立していない場合よりもカットオフ周波数fcが高くされる。
【0045】
ハイパスフィルタ処理におけるカットオフ周波数fcを高くすると、前後加速度センサ92に基づく第2減速度Gxgから低周波のノイズ成分が除去されやすい。すなわち、低周波のノイズ成分が除去された第2フィルタ減速度Gxghpが算出されやすい。このため、実際の車両90の減速度とGセンサ生データGxとが乖離した場合には、カットオフ周波数fcが高いと当該乖離が解消されやすくなる。換言すれば、実際の減速度に対する減速度算出値Gxfの応答性が向上する。ところが、車輪速センサ91からの検出値には、高周波のノイズ成分が含まれている。高周波のノイズ成分には、たとえば、ロータの偏心に起因するノイズ成分も含まれる。すなわち、高周波のノイズ成分には、車輪が1回転する周期に同期した周期的なノイズ成分も含まれる。車輪速センサ91に基づく減速度である第1減速度Gxwから高周波のノイズ成分を除去するためには、ローパスフィルタ処理におけるカットオフ周波数fcに極めて小さな数値を設定することが好ましいとされている。このため、カットオフ周波数fcを高くすると応答性が向上する一方で、第1減速度Gxwから誤差の要因となるノイズ成分を除去しきれないという問題がある。
【0046】
この点、制御装置10によれば、切替条件が成立している場合にはカットオフ周波数fcを高くするようにしている。判定用減速度Gx(w)の絶対値が判定値GTh1よりも小さい、すなわち車輪の加減速度が規定の判定値よりも小さければ、車両90が急加速または急減速していないと推定できる。判定用変化量ΔGx(w)の絶対値が判定量ΔGTh2以下である、すなわち車輪の減速度における単位時間当たりの変化量が規定の判定量以下であれば、車輪における減速度の変動が小さいと推定できる。たとえば、荒れていない路面を車両90が一定速度で走行している場合には、車輪の減速度の変動が小さくなる。車輪の減速度の変動は、路面の状態に代表されるような外乱が少ない状況において小さくなりやすい。一方で、路面が荒れているような場合には、車両90の速度が「0」に近いとしても、車輪の減速度が大きく変動することがある。車両90が急加速していない場合、車両90が急減速していない場合、および車輪の減速度の変動が小さい場合等は、第1減速度Gxwがノイズ成分の影響を受けにくい状況として挙げることのできる例である。このため、車輪の加減速度が規定の判定値よりも小さいこと、および、車輪の減速度における単位時間当たりの変化量が規定の判定量以下であること、の両方の条件が成立している場合とは、第1減速度Gxwがノイズ成分の影響を受けにくい状況であるといえる。すなわち、制御装置10では、第1減速度Gxwがノイズ成分の影響を受けにくい状況であれば、カットオフ周波数fcを高くするようにしている。これによって、第1減速度Gxwが受けるノイズ成分による影響を小さく抑えつつ、減速度算出値Gxfの応答性を向上させることができる。応答性の向上によって、減速度算出値Gxfと実際の車両90の減速度との乖離を解消しやすくなる。
【0047】
カットオフ周波数fcを変更することによる効果について具体的に説明する。
ローパスフィルタ処理におけるカットオフ周波数fcを0.5Hzにすると、第1減速度Gxwからノイズ成分を除去できないことがある。このため、第1減速度Gxwがノイズ成分の影響を受けやすい状況で選択される第1周波数fc1は、0.5Hz以下であることが好ましい。ハイパスフィルタ処理におけるカットオフ周波数fcが0.5Hzであると、Gセンサ生データGxの乖離による影響を長く受けやすく、応答性が低下することがある。このため、第2周波数fc2は、0.5Hzよりも高いことが好ましい。
【0048】
ローパスフィルタ処理におけるカットオフ周波数fcを2Hzよりも高くすると、第1減速度Gxwがノイズ成分の影響を受けにくい状況であっても、第1フィルタ減速度Gxwlpに含まれるノイズ成分が多くなることがある。このため、第1減速度Gxwがノイズ成分の影響を受けにくい状況で選択される第2周波数fc2は、2Hz以下であることが好ましい。
【0049】
第1減速度Gxwがノイズ成分の影響を受けやすい状況では、ローパスフィルタ処理におけるカットオフ周波数fcが0.2Hzよりも高いと、第1フィルタ減速度Gxwlpに含まれるノイズ成分が多くなることがある。このため、第1周波数fc1は、0.2Hz以下であることが好ましい。
【0050】
ローパスフィルタ処理におけるカットオフ周波数fcを0.1Hzにすると、ノイズ成分がより除去された第1フィルタ減速度Gxwlpを算出することができる。たとえば、車輪がスリップするような場合でも、スリップによる影響が減速度算出値Gxfに反映されにくくなる。このため、第1周波数fc1は、0.1Hzであることがより好ましい。
【0051】
ローパスフィルタ処理におけるカットオフ周波数fcを1Hzにすると、たとえば、車輪速センサ91のロータが偏心しているような場合でも、偏心による車輪速度VWの変動が減速度算出値Gxfに反映されにくくなる。このため、第2周波数fc2は、1Hzであることがより好ましい。
【0052】
次に、
図3を用いて、制御装置10によって算出される減速度算出値Gxfの一例を説明する。
図3は、車両90が下り坂から水平な路面に移動する際における減速度算出値GxfおよびGセンサ生データGxの推移を示している。
図3に示す範囲における車両90の実際の減速度は、「0」から変化していない。
図3には、下り坂と水平な路面との間を通過する時期をタイミングt1と表示している。すなわち、タイミングt1は、路面勾配が変化するときを示す。
図3に示す減速度は、「0」よりも大きいほど車両90が減速していることを示す値である。
【0053】
図3には、カットオフ周波数fcとして第2周波数fc2が選択されている場合に算出される減速度算出値Gxfを実線で表示している。比較例として、第1周波数fc1が選択されている場合に算出される減速度算出値Gxfを二点鎖線で表示している。さらに、Gセンサ生データGxを破線で表示している。
【0054】
図3に示すように、Gセンサ生データGxは、路面勾配が変化するタイミングt1の近傍で、実際の減速度が変化していないにもかかわらず減速度が小さくなる方に変動する。この結果、Gセンサ生データGxの変動による影響を受けた減速度算出値Gxfは、実際の減速度である「0」に対して乖離する。このとき、カットオフ周波数fcとして第1周波数fc1が選択されていると、二点鎖線で示す比較例のように、実際の減速度に対して乖離している期間が長くなりやすい。これに対して、カットオフ周波数fcとして第2周波数fc2が選択されていると、実線で示すように、二点鎖線で示す比較例よりも早く乖離を解消することができる。このように、制御装置10によれば、カットオフ周波数fcを高くすることによって、減速度算出値Gxfの応答性を向上させることができる。
【0055】
図3では、車両90が下り坂から水平な路面に移動する場合を例示して説明した。これに限らず、車両90が走行する路面の路面勾配が変化する場合には、実際の減速度が変化していないにもかかわらずGセンサ生データGxが変動することがある。たとえば、車両90が上り坂から水平な路面に移動する場合には、Gセンサ生データGxは、実際の減速度が変化していなくても減速度が大きくなる方に変動することがある。このような場合でも、制御装置10によれば、切替条件が成立していればカットオフ周波数fcを高くすることができる。これによって、減速度算出値Gxfの応答性を向上させることができる。
【0056】
図3を用いて説明した例とは異なり、実際の減速度が変化していないにもかかわらず車輪速センサ91からの検出信号に基づく減速度が変動することもある。たとえば、自動二輪車両である車両90の車体の姿勢がバンクしている状態から直立に変化した場合には、実際の減速度が変化していなくても第1減速度Gxwが変動することがある。この変動は、車体の姿勢が変わる前後で車輪の中心と車輪の接地面との距離が変化することによる。このように、実際の減速度が変化していないにもかかわらず第1減速度Gxwが変動すると、実際の減速度に対して減速度算出値Gxfが乖離することになる。ここで、制御装置10によれば、車輪における減速度の変化量が大きい場合には切替条件が成立しない。このため、カットオフ周波数fcには第1周波数fc1が選択される。すなわち、カットオフ周波数fcが低くされるため、第1減速度Gxwに含まれるノイズ成分が減速度算出値Gxfに反映されにくくなる。これによって、実際の減速度が変化していないにもかかわらず第1減速度Gxwが変動することによる影響を軽減することができる。
【0057】
以上のように制御装置10では、減速度算出値Gxfと実際の車両90の減速度との乖離を抑制することができる。このため、減速度算出値Gxfが用いられる制動力の制御を精度よく行うことができる。たとえば、制御の開始時期がずれること等を抑制できる。一例を挙げると、制御装置10の制御部12がリヤリフト抑制制御を実行する際に、減速度算出値Gxfを用いることができる。これによって、減速前の路面勾配変化および制動中の車輪速センサ91へのノイズ等といった減速度の算出値を乖離させる要因による影響を軽減して、リヤリフト抑制制御の開始時期がずれることを抑制できる。
【0058】
(変更例)
本実施形態は、以下のように変更して実施することができる。本実施形態および以下の変更例は、技術的に矛盾しない範囲で互いに組み合わせて実施することができる。
【0059】
・ステップS102の処理とステップS103の処理とを行う順番を入れ替えてもよい。この場合には、ステップS101の後に、処理がステップS103に移行される。ステップS103の処理において肯定判定する場合に、処理がステップS102に移行される。ステップS102の処理において肯定判定する場合に、処理がステップS104に移行される。
【0060】
・上記実施形態では、車輪の加減速度が規定の判定値よりも小さいこと、および、車輪の減速度における単位時間当たりの変化量が規定の判定量以下であることの両方の条件が成立している場合に、切替条件が成立しているとする例を示した。これに替えて、車輪の加減速度が規定の判定値よりも小さいこと、および、車輪の減速度における単位時間当たりの変化量が規定の判定量以下であること、のうち少なくとも一方の条件が成立している場合に切替条件が成立しているとしてもよい。
【0061】
たとえば、判定用減速度Gx(w)の絶対値が判定値GTh1よりも小さい場合、および、判定用変化量ΔGx(w)の絶対値が判定量ΔGTh2以下である場合のうち少なくとも一方が成立している場合に切替条件が成立しているとしてもよい。具体的には、ステップS102の処理において肯定判定する場合に、第2周波数fc2を選択してもよい。ステップS102の処理において否定判定する場合でも、判定用変化量ΔGx(w)の絶対値が判定量ΔGTh2以下であれば、第2周波数fc2を選択してもよい。または、ステップS102およびステップS103の処理のうちいずれか一方の処理を省略することもできる。
【0062】
・切替条件としては、車輪の加減速度が規定の判定値よりも小さいこと、および、車輪の減速度における単位時間当たりの変化量が規定の判定量以下であることに加えて、他の条件を含んでいてもよい。
【0063】
・上記実施形態では、第1フィルタ減速度Gxwlpと第2フィルタ減速度Gxghpとの平均値を減速度算出値Gxfとして算出する例を示した。第3算出部17は、第1フィルタ減速度Gxwlpと第2フィルタ減速度Gxghpとの和を減速度算出値Gxfとしてもよい。第1フィルタ減速度Gxwlpと第2フィルタ減速度Gxghpとを単純に加算した場合の減速度算出値Gxfの値は、実際の車両の減速度の2倍に相当する値として算出される。
【符号の説明】
【0064】
10…制御装置
11…取得部
12…制御部
13…第1算出部
14…第2算出部
15…ローパス処理部
16…ハイパス処理部
17…第3算出部
20…制動装置
90…車両
91…車輪速センサ
92…前後加速度センサ