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特許7622864質量分析データ解析方法及びイメージング質量分析装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-20
(45)【発行日】2025-01-28
(54)【発明の名称】質量分析データ解析方法及びイメージング質量分析装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20210101AFI20250121BHJP
【FI】
G01N27/62 Y
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2023552664
(86)(22)【出願日】2021-10-08
(86)【国際出願番号】 JP2021037385
(87)【国際公開番号】W WO2023058234
(87)【国際公開日】2023-04-13
【審査請求日】2023-12-25
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山口 真一
【審査官】伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/229902(WO,A1)
【文献】特開2012-247198(JP,A)
【文献】特開2020-115117(JP,A)
【文献】国際公開第2020/026353(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2015/0348767(US,A1)
【文献】米国特許第10877040(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/60-27/70
H01J 49/00-49/48
G01N 30/00-30/96
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料上の測定領域内の複数の微小領域毎にそれぞれ質量分析を行うことで得られたデータを解析する質量分析データ解析方法であって、
前記測定領域を分割することで、又は前記測定領域内についてのユーザーの指定に応じて、それぞれ前記微小領域が複数含まれる複数の解析領域を決定する解析領域決定ステップと、
前記複数の解析領域の各々において、一つの解析領域に含まれる複数の微小領域に対して得られたデータに基く該微小領域毎のプロファイルスペクトルを平均化又は積算して個別統合マススペクトルを取得するスペクトル演算ステップと、
複数の前記個別統合マススペクトルの各々に対しピーク検出を行い、前記複数の解析領域の各々において、検出されたピークの質量電荷比値を少なくとも含むピーク情報を収集するとともに、該複数の解析領域のピーク情報を集め、質量電荷比値が実質的に同一であると推定され得るピークを整理して統合ピーク情報を求めるピーク情報統合ステップと、
前記統合ピーク情報に基くピークリスト又はマススペクトルを作成して表示する情報表示ステップと、
を有する質量分析データ解析方法。
【請求項2】
前記情報表示ステップにより表示された前記ピークリスト又はマススペクトル上でユーザーによるピークの選択の指示を受け付けるピーク選択受付ステップと、
指示されたピークに対応する質量分析イメージング画像を作成する画像作成ステップと、
をさらに有する、請求項1に記載の質量分析データ解析方法。
【請求項3】
前記ピーク情報統合ステップでは、質量分析に使用された装置の質量精度に応じた基準に従って、複数のピークの質量電荷比値が実質的に同一であるか否かを判定する処理を実施する、請求項1に記載の質量分析データ解析方法。
【請求項4】
試料上の測定領域内の複数の微小領域毎にそれぞれ質量分析を行うことでデータを取得する測定部と、
前記測定領域を分割することで、又は前記測定領域内についてのユーザーの指定に応じて、それぞれ前記微小領域が複数含まれる複数の解析領域を決定する解析領域決定部と、
前記複数の解析領域の各々において、一つの解析領域に含まれる複数の微小領域に対して前記測定部により得られたデータに基くプロファイルスペクトルを平均化又は積算して個別統合マススペクトルを取得するスペクトル演算部と、
複数の前記個別統合マススペクトルの各々に対してピーク検出を行い、前記複数の解析領域の各々において、検出されたピークの質量電荷比値を少なくとも含むピーク情報を収集するとともに、該複数の解析領域のピーク情報を集め、質量電荷比値が実質的に同一であると推定され得るピークを整理して統合ピーク情報を求めるピーク情報統合部と、
前記統合ピーク情報に基くピークリスト又はマススペクトルを作成して表示部に表示する表示処理部と、
を備えるイメージング質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イメージング質量分析装置、及びイメージング質量分析装置で収集されたデータの解析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イメージング質量分析装置は、生体組織切片などの試料上における化合物の分布を可視化することが可能な装置である。特許文献1に開示されているイメージング質量分析装置は、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI:Matrix Assisted Laser Desorption / Ionization)法によるイオン源を搭載しており、試料上の2次元的な測定領域を細かく区切った微小領域毎に、所定の質量電荷比(厳密には斜体字の「m/z」であるが、本明細書中では慣用的に「質量電荷比」又は単に「m/z」と記す)範囲に亘るマススペクトルデータを収集する。
【0003】
また、イメージング質量分析の別の方法として、レーザーマイクロダイセクションと呼ばれる試料採取法を利用することで、測定領域内の各微小領域からそれぞれ試料片を切り出し、各試料片から調製した液体試料を質量分析装置に供することで、微小領域毎のマススペクトルデータを取得する方法も知られている(特許文献2参照)。ここでは、こうした試料採取法を用いた装置もイメージング質量分析装置に含めるものとする。
【0004】
いずれにしても、イメージング質量分析装置では、試料上の各微小領域に対して得られたマススペクトルデータから、例えば特定の化合物に由来するイオンのm/z値における信号強度値を抽出し、試料上での各微小領域の2次元的な位置に応じてその信号強度値を配置した画像を作成することで、その特定の化合物の分布状況を示す画像を得ることができる。以下、こうした画像をMS(Mass Spectrometry)イメージング画像という。
一般的なイメージング質量分析装置では、観察対象である化合物つまりターゲット化合物が決まっている場合、ユーザーはその化合物に対応するm/z値を指定する。すると、そのm/z値におけるMSイメージング画像が作成され、表示部の画面上に表示される。
【0005】
一方、ターゲット化合物が特定されていない場合、ユーザーは、取得されたマススペクトルを見ながら適当なマスピークを指示する。すると、イメージング質量分析装置では、その指示されたマスピークのm/z値に対応するMSイメージング画像が作成され、表示部の画面上に表示される。
【0006】
特許文献1にも記載されているように、こうした場合、ユーザーがマスピークを選択するためのマススペクトルとして、測定領域内の全ての微小領域に対して得られた複数のマススペクトルを平均化することで作成された平均マススペクトル、又はその複数のマススペクトルを単に積算した積算マススペクトルが利用されることが多い。何故なら、通常、平均マススペクトルや積算マススペクトル(平均マススペクトルと積算マススペクトルとは実質的に同じであるので、以下の説明では、平均マススペクトルのみを挙げるが、積算マススペクトルも同様である)には、測定領域内に存在する全ての化合物についての情報が反映されていると考えられるからである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2011-191222号公報
【文献】国際公開第2015/053039号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、従来のイメージング質量分析装置における上記解析手法では次のような問題がある。
【0009】
上述した平均マススペクトルは、測定領域内の各微小領域に対する質量分析によって得られた生データに基いて作成される、いわゆるプロファイルスペクトルを平均化処理したものである。プロファイルスペクトルにおいて観測されるマスピークの幅は、測定に使用された質量分析装置の質量分解能に依存する。
【0010】
イメージング質量分析装置において一般に使用されている飛行時間型質量分析装置(TOFMS:Time-Of-Flight Mass Spectrometer)では、概して質量分解能は比較的高いものの、プロファイルスペクトルに現れるマスピークの裾は広がっていることがある。そうした場合、測定領域内の比較的広い領域において観測されるマスピークと測定領域内の狭い領域で局所的に観測されるマスピークとのm/z値の差が小さく、後者のマスピークの信号強度が前者のマスピークの信号強度に比べて格段に小さいと、マススペクトルを平均化又は積算したときに、信号強度の小さな方のマスピークが信号強度の大きな方のマスピークの裾に埋没してしまう可能性がある。そうした場合、局所的に観測されるマスピークは平均マススペクトルには現れず、その結果、測定領域内で偏在している重要な化合物をユーザーが見逃すおそれがある。
【0011】
また、一般的なTOFMSの質量分解能では、質量がごく近接した異なる化合物由来のマスピーク同士を十分に分離することができないことがある。こうした分離が不十分である複数のプロファイルスペクトルから平均マススペクトルを作成すると、m/z値が近接したマスピークが重なって実質的に1本のマスピークとなってしまうことがしばしばある。こうしたマスピークから求まるm/z値は、重なり合っている複数の化合物のうちのいずれの化合物に対応するm/z値とも異なるおそれがある。
【0012】
上述したように、試料上で局所的に且つ微量に含まれている化合物由来のマスピークが平均マススペクトルにおいて観測できないことは少なくない。また、平均マススペクトルにおいて観測されるマスピークのm/z値と、実際に試料に含まれている化合物に対応するm/z値とがずれていることもしばしばある。こうしたことから、平均マススペクトルにおいて観測されるマスピークを選択してそれに対応する特定のm/z値におけるMSイメージング画像を表示させると、ユーザーが本来観測すべき化合物の分布が正確性を欠くものとなるおそれがある。
【0013】
本発明はこうした課題を解決するためになされたものであり、その目的の一つは、測定領域内に局所的に存在している比較的少量の化合物についても、その存在を見逃すことなく確実に把握してMSイメージング画像を確認することができる質量分析データ解析方法及びイメージング質量分析装置を提供することである。
【0014】
また本発明の他の目的は、測定領域内に存在している化合物に正確に対応するm/z値のMSイメージング画像を表示することができる質量分析データ解析方法及びイメージング質量分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するためになされた本発明に係る質量分析データ解析方法の一態様は、試料上の測定領域内の複数の微小領域毎にそれぞれ質量分析を行うことで得られたデータを解析する質量分析データ解析方法であって、
前記測定領域を分割することで、又は前記測定領域内についてのユーザーの指定に応じて、それぞれ前記微小領域が複数含まれる複数の解析領域を決定する解析領域決定ステップと、
前記複数の解析領域の各々において、一つの解析領域に含まれる複数の微小領域に対して得られたデータに基く該微小領域毎のプロファイルスペクトルを平均化又は積算して個別統合マススペクトルを取得するスペクトル演算ステップと、
複数の前記個別統合マススペクトルの各々に対しピーク検出を行い、前記複数の解析領域の各々において、検出されたピークの質量電荷比値を少なくとも含むピーク情報を収集するとともに、該複数の解析領域のピーク情報を集め、質量電荷比値が実質的に同一であると推定され得るピークを整理して統合ピーク情報を求めるピーク情報統合ステップと、
前記統合ピーク情報に基くピークリスト又はマススペクトルを作成して表示する情報表示ステップと、
を有するものである。
【0016】
また、上記課題を解決するためになされた本発明に係るイメージング質量分析装置の一態様は、
試料上の測定領域内の複数の微小領域毎にそれぞれ質量分析を行うことでデータを取得する測定部と、
前記測定領域を分割することで、又は前記測定領域内についてのユーザーの指定に応じて、それぞれ前記微小領域が複数含まれる複数の解析領域を決定する解析領域決定部と、
前記複数の解析領域の各々において、一つの解析領域に含まれる複数の微小領域に対して前記測定部により得られたデータに基くプロファイルスペクトルを平均化又は積算して個別統合マススペクトルを取得するスペクトル演算部と、
複数の前記個別統合マススペクトルの各々に対してピーク検出を行い、前記複数の解析領域の各々において、検出されたピークの質量電荷比値を少なくとも含むピーク情報を収集するとともに、該複数の解析領域のピーク情報を集め、質量電荷比値が実質的に同一であると推定され得るピークを整理して統合ピーク情報を求めるピーク情報統合部と、
前記統合ピーク情報に基くピークリスト又はマススペクトルを作成して表示部に表示する表示処理部と、
を備えるものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明の上記態様では、データを収集した測定領域全体ではなく、それよりも小さい面積である解析領域毎にプロファイルスペクトルを平均化(又は積算)し、その結果に基いて統合ピーク情報を求める。そのため、測定領域内で局所的に比較的少量存在している化合物に由来するピークがm/z値が近く強度が大きい他のピークの裾に埋もれてしまうことを回避することができ、そうしたピークを的確に反映したピークリストやマススペクトルをユーザーに提供することができる。それにより、本発明の上記態様によれば、ユーザーは、測定領域内の狭い範囲に局所的に僅かに存在する化合物についてもその存在を見落とすことなく、目的とする化合物の解析を正確に行うことができる。
【0018】
また、本発明の上記態様によれば、測定に使用する質量分析装置の質量精度の高さを活かしながら、測定領域内に存在する複数の化合物の質量に高い精度で対応するm/z値のピークが観測されるマススペクトルを表示することができる。それによって、ユーザーは、その複数の化合物にそれぞれ対応する、精度の高いMSイメージング画像を観察することができ、従来に比べてより子細で精度の高い化合物の分布解析を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の一実施形態であるイメージング質量分析装置の概略ブロック構成図。
図2】本実施形態のイメージング質量分析装置における試料上の測定状態の説明図。
図3】試料上の測定領域における化合物の分布状況の一例を示す図。
図4】本実施形態のイメージング質量分析装置におけるデータ解析処理の一例の説明図。
図5】本実施形態のイメージング質量分析装置において測定領域内に複数の解析領域を設定する際の変形例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明に係るイメージング質量分析装置及び質量分析データ解析方法の一実施形態について、添付図面を参照して説明する。
【0021】
図1は、本実施形態のイメージング質量分析装置の概略ブロック構成図である。
本実施形態のイメージング質量分析装置は、イメージング質量分析部1と、データ処理部2と、入力部3と、表示部4と、を含む。
【0022】
イメージング質量分析部1は、例えば大気圧MALDIイオントラップ飛行時間型質量分析装置(APMALDI-IT-TOFMS)の測定部である。但し、イメージング質量分析部1は、特許文献2に開示されているような、レーザーマイクロダイセクション装置と、該装置によって試料から採取された微細な試料片から調製された試料を質量分析する質量分析装置と、を組み合わせた装置であってもよい。
【0023】
データ処理部2は、主として、イメージング質量分析部1で得られた大量のデータを処理する機能を有し、機能ブロックとして、データ格納部20、領域分割部21、プロファイルスペクトル作成部22、スペクトル平均化部23、ピーク情報収集部24、ピーク情報統合部25、ピークリスト表示処理部26、ピーク選択指示受付部27、MSイメージング画像作成部28、画像表示処理部29、などを含む。
【0024】
本実施形態のイメージング質量分析装置において、データ処理部2は、通常、パーソナルコンピューター又はより高性能なワークステーションを中心に構成され、該コンピューターにインストールされた専用のデータ処理ソフトウェア(コンピュータープログラム)を該コンピューター上で実行することによって、上記各機能ブロックが具現化されるものとすることができる。この場合、入力部3はコンピューターに付設されたキーボードやポインティングデバイス(マウスなど)であり、表示部4はディスプレイモニターである。
【0025】
上記コンピュータープログラムは、例えば、CD-ROM、DVD-ROM、メモリーカード、USBメモリー(ドングル)などの、コンピューター読み取り可能である非一時的な記録媒体に格納されてユーザーに提供されるものとすることができる。また、上記プログラムは、インターネットなどの通信回線を介したデータ転送の形式で、ユーザーに提供されるようにすることもできる。さらにまた、上記プログラムは、ユーザーがシステムを購入する時点で、予めシステムの一部であるコンピューター(厳密にはコンピューターの一部である記憶装置)にプリインストールしておくこともできる。
【0026】
本実施形態のイメージング質量分析装置におけるデータ解析処理の一例を、図2図4を参照しつつ説明する。
図2は、イメージング質量分析部1による測定状態の説明図である。図3は、試料上の測定領域における化合物の分布状況の一例を示す図である。図4は、本実施形態のイメージング質量分析装置におけるデータ解析処理の一例の説明図である。
【0027】
イメージング質量分析部1による測定対象は、例えば、実験動物の脳や内臓などの生体組織が薄くスライスされた切片試料である。こうした試料は試料プレート上に載せられ、その表面にMALDI用のマトリックスが塗布されてイメージング質量分析部1の所定位置にセットされる。
図2に示すように、イメージング質量分析部1は、試料100上に設定された所定の測定領域101を格子状に細かく区切った微小領域102毎に、それぞれ質量分析を行い、所定のm/z範囲に亘るマススペクトルデータを取得する。測定領域の101の位置や大きさ、形状などは、通常、ユーザーが光学顕微観察などにより適宜に決めることができる。
【0028】
具体的な分析動作は以下の通りである。イメージング質量分析部1におけるイオン源は一つの微小領域102にレーザー光を短時間照射し、その微小領域102に存在する化合物由来のイオンを発生させる。発生したイオンはイオントラップに一旦導入されたあと、飛行時間型質量分離器に送り込まれてm/z値に応じて分離されたうえで検出される。この検出信号が一つの微小領域102に対応するマススペクトルデータである。このマススペクトルデータは、図2中に示すように、m/z軸上で連続波形を示すデータ(プロファイルスペクトルデータ)である。試料100上でレーザー光の照射位置が移動するように試料100又はイオン源を移動させながら同様の分析動作を繰り返すことにより、測定領域101内に設定された全ての微小領域102についてのマススペクトルデータをそれぞれ収集することができる。
【0029】
なお、各微小領域102に対して通常の質量分析ではなく、特定のm/z値を有する又はm/z範囲に含まれるイオンを衝突誘起解離等により解離させて分析するMS/MS分析、或いはnが3以上であるMSn分析を行い、プロダクトイオンスペクトルデータを取得してもよい。
【0030】
上述したようにして収集された各微小領域102におけるマススペクトルデータの集合、即ち、測定領域101全体についてのMSイメージングデータは、イメージング質量分析部1からデータ処理部2に転送されデータ格納部20に一旦格納される。このときのデータは、質量分析により得られた生データであるが、この生データに対して所定のノイズ除去などの適宜の波形処理が実施されたデータをデータ格納部20に格納するようにしてもよい。
【0031】
上述のように測定領域101全体のMSイメージングデータがデータ格納部20に格納されている状態で、ユーザーが入力部3から解析実行の指示を行うと、データ処理部2は以下のような処理を実行する。
【0032】
まず、データ処理部2において領域分割部21は、図4(A)に示すように、一つの測定領域101を仮想的に複数の解析領域103に分割する処理を行う。図4(A)の例では、矩形状である測定領域101を6個に分割しているが、分割数はこれに限らない。また、分割線は直線である必要はない。また、分割後の各解析領域103の面積は必ずしも同程度である必要はないものの、一般には、面積の差が極端に大きくならないようにする方がよく、一つの解析領域103は複数の微小領域102を含む。図4の例では、6個の解析領域103を区別するために、それら解析領域103に#1、#2、#3、#4、#5、#6の符号を付してある。
【0033】
次に、プロファイルスペクトル作成部22は、解析領域103毎にその解析領域103に含まれる全ての微小領域102に対応するデータをデータ格納部20から順に読み出し、微小領域102にそれぞれ対応するプロファイルスペクトルを作成する。図2に示したように、プロファイルスペクトルはm/z軸方向に連続的な波形であり、その微小領域102に存在する化合物は山状のピークとして観測される。
【0034】
従来のイメージング質量分析装置では、測定領域101内の全ての微小領域102においてそれぞれ得られたプロファイルスペクトルの全てを平均化することによって、測定領域101に対して一つの平均マススペクトルを算出している。これに対し本実施形態のイメージング質量分析装置では、スペクトル平均化部23は、解析領域103毎に、一つの解析領域103に含まれる全ての微小領域102におけるプロファイルスペクトルを平均化する処理を実行する(図4(B)参照)。従って、解析領域103の数と同数の、この例では6個の平均マススペクトルが得られる。
【0035】
図3に示す例では、測定領域101内の比較的広い範囲に比較的高濃度の化合物Aが存在している一方、測定領域101内の一部に局所的に比較的低濃度の化合物Bが存在している。こうした場合、測定領域101に含まれる全ての微小領域におけるプロファイルスペクトルを平均化してしまうと、化合物Bに対応するピークの信号強度は化合物Aに対応するピークの信号強度よりかなり低く、両者のm/z値が近いと、化合物Bに対応するピークは化合物Aに対応するピークの裾に埋もれてしまうおそれがある。
【0036】
これに対し、図3中に一点鎖線で示すように、測定領域101を複数の解析領域103に分割して、解析領域103毎にそれに含まれる微小領域102のプロファイルスペクトルを平均化すると、一部の解析領域103において得られる平均スペクトルでは、化合物Bに対応するピークが化合物Aのピークに埋もれずに観測できる可能性が高くなる。
【0037】
ピーク情報収集部24は、解析領域103毎の平均マススペクトルに対し所定の基準に従ってピークを検出する(図4(C)参照)。そして、解析領域103毎に、検出されたピークの情報を収集してピークリストを作成する(図4(D)参照)。ピーク情報は、少なくともそのピークのm/z値を含むものとし、ピークの強度を含んでいてもよい。上述したように、一部の解析領域103の平均マススペクトルには、測定領域101の一部に局所的に含まれる化合物B由来のピークも観測されるため、該解析領域103に対応するピークリストには、そうした化合物Bのピーク情報も含まれ得る。
【0038】
次いでピーク情報統合部25は、全ての解析領域103のピークリストを収集し、そのピーク情報を統合する(図4(E)参照)。具体的には例えば、全てのピークリストに挙げられているピークのm/z値を昇順に並べ、隣接する2又はそれ以上の数のピークのm/z値の差が、測定に使用した装置の質量精度に応じて決まるm/z誤差以内である場合には、同じ化合物由来のピークであるみなしてピークを統合する。m/z値がごく近い複数のピークを統合する際には、統合前の複数のピークのうちのいずれか一つのピークのm/z値を統合後のピークのm/z値としてもよいし、統合前の複数のピークのm/z値から所定の計算によって求めたm/z値を統合後のピークのm/z値としてもよい。
【0039】
ピーク情報統合部25は、上述したように統合可能であるピークを全て統合することで、測定領域101全体に対する整理されたピークリストを作成する(図4(F)参照)。図3において示した化合物Aのように、測定領域101内に広く分布する化合物に対応するピーク情報は、複数の解析領域103に対応するピークリストにダブって掲載される。そのピーク情報は解析領域103によって僅かに相違する可能性があるものの、その相違は装置の質量精度の誤差範囲内である筈なので、ピークは統合される。一方、図3において示した化合物Bのように、測定領域101内で局所的に分布する化合物に対応するピーク情報は一つの解析領域103に対応するピークリストのみ掲載されるものの、これも統合されたピークリストに反映されることになる。
【0040】
ピークリスト表示処理部26は、上述のようにして作成された測定領域101全体についてのピークリストを表示部4の画面上に表示する。或いは、ピークリスト表示処理部26は、上述のようにして作成されたピークリストに基いてマススペクトル(以下、統合マススペクトルという)を作成し、この統合マススペクトルを表示してもよい(図4(G)参照)。
【0041】
ユーザーは、表示されたピークリスト又は統合マススペクトルを画面上で確認し、例えば、該ピークリスト又は統合マススペクトル上で所望のピークを入力部3で指示することにより選択する。ピーク選択指示受付部27は、指示されたピークを認識し、そのピークに対応付けられているm/z値を確定する。
【0042】
MSイメージング画像作成部28は、上記確定したm/z値に対応する微小領域102毎の信号強度値をデータ格納部20から読み出し、MSイメージング画像を作成する。画像表示処理部29は、作成されたMSイメージング画像を表示部4の画面上に表示する。例えば、MSイメージング画像は上記ピークリスト又は統合マススペクトルと同じ画面内に表示され、ユーザーがピークリスト又は統合マススペクトル上で指示するピークを変更すると、その指示の変更(指示されたm/z値の変更)に対応して、表示するMSイメージング画像が迅速に更新されるようにすることができる。
【0043】
以上のようにして、本実施形態のイメージング質量分析装置では、測定領域101内に全体的に又は局所的に存在する様々な化合物由来のイオンピークの情報が漏れなく反映されたピークリスト及び/又は統合マススペクトルをユーザーに提示することができる。それにより、その統合マススペクトル上で目的の化合物に対応するピークをユーザーが適切に選択し、その化合物の分布を高い精度で示すMSイメージング画像を確認することができる。
【0044】
上記実施形態のイメージング質量分析装置では、領域分割部21が予め決められた規則に従って自動的に測定領域101を複数に分割していたが、その規則をユーザーが適宜に設定できるようにしてもよい。また、測定領域101の全体を分割するのではなく、測定領域101の中で例えばユーザーにより指定された特定の範囲内のみを分割して複数の解析領域を定め、その複数の解析領域について上述したような処理を実施してもよい。
【0045】
さらにまた、測定領域101内における複数の解析領域自体をユーザーがマニュアルで指定できるようにしてもよい。図5は、測定領域101内にマニュアル操作により複数の解析領域を設定する際の変形例を示す図である。
【0046】
例えば領域分割部21は、測定領域101全体の光学顕微画像を表示し、その表示画面上で、ユーザーによる複数の解析領域の指定を受け付ける。図5の例では、4個の解析領域104A~104Dが指定されている。ここでは、各解析領域の形状は矩形状であるが、これに限るものではない。その大きさや位置、数も任意である。そうして指定された解析領域104A~104Dをそのまま、自動的に分割したあとの解析領域と同様に扱って処理を進めることができる。このようなマニュアル操作により解析領域の設定を可能としておくことで、例えば光学顕微画像において観測可能である特定の部位(生体組織や病変部位など)を一つの解析領域として処理を行うことができ、通常は見逃し易い化合物の把握などに有用である。
【0047】
上記実施形態のイメージング質量分析装置において、イメージング質量分析部1は質量分離器として飛行時間型質量分離器を用いていたが、飛行時間型質量分離器に限らず、これと同等程度以上の質量分解能を有する質量分離器を用いたものとするとよい。具体的には、各種の飛行時間型質量分析装置以外に、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型質量分離器、オービトラップ型質量分離器などを用いたフーリエ変換型の質量分析装置などが有用である。また、イメージング質量分析部1におけるイオン源も大気圧MALDIイオン源に限らず、任意のイオン化法によるイオン源を用いることができる。
【0048】
また、イメージング質量分析部1は、試料100上の測定領域101内に設定された微小領域102を順番に走査しながら質量分析を行うものでなく、多数の微小領域に対する質量分析を同時並行的に実施する投影型(又は投射型)イメージング質量分析を行うものであってもよい。さらにまた、イメージング質量分析部1は、レーザーマイクロダイセクション等の手法により、測定領域101内の各微小領域102からそれぞれ微細な試料片を物理的に切り出し、各試料片から調製した液体試料をそれぞれ質量分析することでデータを取得するものであってもよい。即ち、その測定手法は、測定領域101内の各微小領域102における所定のm/z範囲のマススペクトルデータが得られるものであればよい。
【0049】
また、上記実施形態及び変形例はあくまでも本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、修正、追加等を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【0050】
[種々の態様]
上述した例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0051】
(第1項)本発明に係る質量分析データ解析方法の一態様は、試料上の測定領域内の複数の微小領域毎にそれぞれ質量分析を行うことで得られたデータを解析する質量分析データ解析方法であって、
前記測定領域を分割することで、又は前記測定領域内についてのユーザーの指定に応じて、それぞれ前記微小領域が複数含まれる複数の解析領域を決定する解析領域決定ステップと、
前記複数の解析領域の各々において、一つの解析領域に含まれる複数の微小領域に対して得られたデータに基く該微小領域毎のプロファイルスペクトルを平均化又は積算して個別統合マススペクトルを取得するスペクトル演算ステップと、
複数の前記個別統合マススペクトルの各々に対しピーク検出を行い、前記複数の解析領域の各々において、検出されたピークの質量電荷比値を少なくとも含むピーク情報を収集するとともに、該複数の解析領域のピーク情報を集め、質量電荷比値が実質的に同一であると推定され得るピークを整理して統合ピーク情報を求めるピーク情報統合ステップと、
前記統合ピーク情報に基くピークリスト又はマススペクトルを作成して表示する情報表示ステップと、
を有する。
【0052】
(第4項)本発明に係るイメージング質量分析装置の一態様は、
試料上の測定領域内の複数の微小領域毎にそれぞれ質量分析を行うことでデータを取得する測定部と、
前記測定領域を分割することで、又は前記測定領域内についてのユーザーの指定に応じて、それぞれ前記微小領域が複数含まれる複数の解析領域を決定する解析領域決定部と、
前記複数の解析領域の各々において、一つの解析領域に含まれる複数の微小領域に対して前記測定部により得られたデータに基くプロファイルスペクトルを平均化又は積算して個別統合マススペクトルを取得するスペクトル演算部と、
複数の前記個別統合マススペクトルの各々に対してピーク検出を行い、前記複数の解析領域の各々において、検出されたピークの質量電荷比値を少なくとも含むピーク情報を収集するとともに、該複数の解析領域のピーク情報を集め、質量電荷比値が実質的に同一であると推定され得るピークを整理して統合ピーク情報を求めるピーク情報統合部と、
前記統合ピーク情報に基くピークリスト又はマススペクトルを作成して表示部に表示する表示処理部と、
を備える。
【0053】
第1項に記載の質量分析データ解析方法、及び第4項に記載のイメージング質量分析装置では、データを収集した測定領域全体ではなく、それよりも小さい面積である解析領域毎にプロファイルスペクトルを平均化又は積算し、その結果に基いて統合ピーク情報を求める。そのため、測定領域内で局所的に比較的少量存在している化合物に由来するピークがm/z値が近く強度が大きい他のピークの裾に埋もれてしまうことを回避することができ、そうしたピークを的確に反映したピークリストやマススペクトルをユーザーに提供することができる。それにより、本発明の上記態様によれば、ユーザーは、測定領域内の狭い範囲に局所的に僅かに存在する化合物についてもその存在を見落とすことなく、目的とする化合物の解析を正確に行うことができる。
【0054】
また、第1項に記載の質量分析データ解析方法、及び第4項に記載のイメージング質量分析装置によれば、測定に使用する質量分析装置の質量精度の高さを活かしながら、測定領域内に存在する複数の化合物の質量に高い精度で対応するm/z値のピークが観測されるマススペクトルを表示することができる。それによって、ユーザーは、その複数の化合物にそれぞれ対応する、精度の高いMSイメージング画像を観察することができ、従来に比べてより子細で精度の高い化合物の分布解析を行うことができる。
【0055】
(第2項)第1項に記載の質量分析データ解析方法は、
前記情報表示ステップにより表示された前記ピークリスト又はマススペクトル上でユーザーによるピークの選択の指示を受け付けるピーク選択受付ステップと、
指示されたピークに対応する質量分析イメージング画像を作成する画像作成ステップと、
をさらに有するものとすることができる。
【0056】
第1項に記載の質量分析データ解析方法における表示ステップにより表示されたピークリスト又はマススペクトルでは、測定領域内に存在する複数の化合物にそれぞれ対応する精度の高いピーク又はそのピークのm/z値情報が得られる。第2項に記載の質量分析データ解析方法によれば、ユーザーは、このピークリスト又はマススペクトルに基いて特定のピークを指定してMSイメージング画像を表示させることができるので、目的の化合物の分布を高い精度で反映したMSイメージング画像を表示することができる。また、測定領域内に局所的に僅かな量だけ存在している化合物についてもユーザーが見落とすことなく、その化合物の分布をMSイメージング画像により確認することができる。
【0057】
(第3項)第1項又は第2項に記載の質量分析データ解析方法において、前記ピーク情報統合ステップでは、質量分析に使用された装置の質量精度に応じた基準に従って、複数のピークの質量電荷比値が実質的に同一であるか否かを判定する処理を実施するものとすることができる。
【0058】
第3項に記載の質量分析データ解析方法では、装置の質量精度の高さを十分に活かして、m/z値がごく近接した異なる複数の化合物由来のピークの情報をそれぞれ別のピークとして的確にユーザーに提供することができる。また、m/z値が異なるものの同じ化合物由来であると推定されるピークを統合し、一つのピークの情報としてユーザーに提供することができ、ユーザーに無用で冗長な情報を提供することを避けることができる。
【符号の説明】
【0059】
1…イメージング質量分析部
2…データ処理部
20…データ格納部
21…領域分割部
22…プロファイルスペクトル作成部
23…スペクトル平均化部
24…ピーク情報収集部
25…ピーク情報統合部
26…ピークリスト表示処理部
27…ピーク選択指示受付部
28…MSイメージング画像作成部
29…画像表示処理部
3…入力部
4…表示部
図1
図2
図3
図4
図5