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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-20
(45)【発行日】2025-01-28
(54)【発明の名称】殺菌剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 47/68 20170101AFI20250121BHJP
   A61K 31/695 20060101ALI20250121BHJP
   A61K 31/409 20060101ALI20250121BHJP
   A61K 41/17 20200101ALI20250121BHJP
   A61K 39/395 20060101ALI20250121BHJP
   A61P 31/04 20060101ALI20250121BHJP
   A61P 15/14 20060101ALI20250121BHJP
【FI】
A61K47/68
A61K31/695
A61K31/409
A61K41/17
A61K39/395 R
A61P31/04
A61P15/14 171
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2021524799
(86)(22)【出願日】2020-05-27
(86)【国際出願番号】 JP2020021025
(87)【国際公開番号】W WO2020246350
(87)【国際公開日】2020-12-10
【審査請求日】2023-05-26
(31)【優先権主張番号】P 2019103573
(32)【優先日】2019-06-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】523198305
【氏名又は名称】光永 眞人
(73)【特許権者】
【識別番号】507212540
【氏名又は名称】岩瀬 忠行
(74)【代理人】
【識別番号】100103894
【弁理士】
【氏名又は名称】家入 健
(72)【発明者】
【氏名】光永 眞人
(72)【発明者】
【氏名】岩瀬 忠行
【審査官】榎本 佳予子
(56)【参考文献】
【文献】特表2011-529898(JP,A)
【文献】特表2018-528267(JP,A)
【文献】光永眞人,薬剤耐性菌感染症を克服する光線免疫殺菌療法の開発,科学研究費助成事業 研究成果報告書, [online],日本学術振興会,2017年05月10日,課題番号26670487,[2020年7月15日検索], インターネット:<URL: https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-26670487/26670487seika.pdf>
【文献】坂木晴世ら,先進国における臍炎予防に有効な臍帯脱落および臍窩の乾燥を促進する臍帯ケア方法に関する文献検討,国立看護大学校研究紀要,2008年,Vol.7, No.1,pp.26-32
【文献】菊佳男,乳牛における乳房炎の診断、治療、予防に関する全国アンケート,日本家畜感染症研究会誌,2010年,Vol.5, No.2,pp.63-74
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 47/00-47/69
A61K 31/00-33/44
A61P 1/00-43/00
A61K 39/395
A61K 41/00-41/17
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
黄色ブドウ球菌特異的抗体に光増感剤が結合しているコンジュゲートを含有する殺菌剤であって、
前記コンジュゲートにおいて、前記黄色ブドウ球菌特異的抗体は黄色ブドウ球菌のペプチドグリカンを標的とするものであり、また赤色光線から近赤外光線にかけた波長域に前記光増感剤の吸収波長域が重なり、
その用法において、前記殺菌剤の塗布された部位に対して赤色光線から近赤外光線にかけた波長域を含む励起光が照射される、
殺菌剤。
【請求項2】
前記光増感剤はケイ素フタロシアニン錯体部分を有する、
請求項1に記載の殺菌剤。
【請求項3】
前記ケイ素フタロシアニン錯体部分は下記式で表されるIRDye 700DXである、
【化1】
式中、錯体中心のSiに配位する2つの酸素原子はフタロシアニン骨格を挟んでtransの位置にあってもよく、フタロシアニン骨格の一方の側でcisの位置にあってもよい、
請求項2に記載の殺菌剤。
【請求項4】
その用法において、
前記殺菌剤の塗布された部位は、鼻腔、上気道、臍、創傷部位、及び炎症部位から成る群から少なくとも1つ選択される、
請求項1に記載の殺菌剤。
【請求項5】
その用法において、
前記部位は治療を受ける患者の部位であり、
前記塗布及び照射を前記患者が前記治療を受ける前に行うところ、
前記治療は部位に対する治療と部位以外に対する治療を含むが、前記塗布及び照射による処置自体は含まない、
請求項4に記載の殺菌剤。
【請求項6】
その用法において、
前記患者は抗生物質耐性株を含む黄色ブドウ球菌による感染を受けている若しくは受けていることが疑われる又は抗生物質耐性株を含む黄色ブドウ球菌の保菌者であるか若しくは保菌者であることが疑われる、
請求項5に記載の殺菌剤。
【請求項7】
その用法において、
前記抗生物質耐性株は、MSSA、MRSA、VISA、又はムピロシン耐性黄色ブドウ球菌である、
請求項6に記載の殺菌剤。
【請求項8】
その用法において、
前記抗生物質に耐性のある黄色ブドウ球菌はバイオフィルムを形成している、
請求項6に記載の殺菌剤。
【請求項9】
その用法において、
前記患者が抗生物質耐性株の保菌者であるか否かを予め検査し、
前記検査の結果、前記患者が抗生物質耐性株による感染を受けている若しくは受けていることが疑われる又は抗生物質耐性株の保菌者であるか又は保菌者であることが疑われることが判明した場合に、前記塗布及び照射を行う、
請求項5に記載の殺菌剤。
【請求項10】
その用法において、
前記殺菌剤の塗布された部位は、治療を受ける患者の部位であり、
前記殺菌剤は前記患者1個体あたり1μg/kg以上の分量で前記塗布され、
前記励起光は1J/cm以上300J/cm以下の照射線量で前記照射される、
請求項1に記載の殺菌剤。
【請求項11】
黄色ブドウ球菌特異的抗体に光増感剤が結合しているコンジュゲートを含有する殺菌剤であって、
前記コンジュゲートにおいて、前記黄色ブドウ球菌特異的抗体は黄色ブドウ球菌のペプチドグリカンを標的とするものであり、また赤色光線から近赤外光線にかけた波長域に前記光増感剤の吸収波長域が重なり、
その用法において、前記殺菌剤はウシを含む経済動物に対して塗布され、前記経済動物に対して赤色光線から近赤外光線にかけた波長域を含む励起光が照射される、
ウシを含む経済動物の感染症の予防又は治療のための殺菌剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は殺菌剤に関し、特に細菌を標的とする光線免疫療法のための剤(agent for photoimmunotherapy)に関する。
【背景技術】
【0002】
非特許文献1の「研究成果の概要」には光線免疫療法(PIT)によって黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)を選択的に殺菌したことが記載されている。この方法ではモノクローナル抗体に光感受性物質を結合させて得た化合物を黄色ブドウ球菌に対して標的特異的に結合させるとともに、黄色ブドウ球菌に対して近赤外光を照射する。このモノクローナル抗体は黄色ブドウ球菌の主要細胞壁構成成分であるペプチドグリカンを特異的に認識する。非特許文献2は黄色ブドウ球菌のペプチドグリカンを説明している。
【0003】
非特許文献1の方法ではMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)やVISA(vancomycin-intermediate S. aureus)のような薬剤耐性黄色ブドウ球菌に対しても、殺菌効果が誘導可能であった。この殺菌効果は抗ペプチドグリカンモノクローナル抗体の黄色ブドウ球菌への特異的な結合によるものである。この化合物を用いた光線免疫療法が標的特異的な感染症治療として今後臨床応用できる可能性が示唆された。
【0004】
特許文献1の実施例15は、抗体コンジュゲートが細菌細胞を殺傷することができるかどうかを評価したことを開示している。段落[0550]には、IRDye 700DXのようなフタロシアニン光増感剤に直接コンジュゲートされた抗体を利用したことが記載されている。ここでは細胞表面上に提示されるタンパク質、プロテインAに結合した抗体がレーザー照射を受けることで細菌細胞を殺傷するかどうかを評価した。ここでプロテインAは、抗体のFc領域に結合するタンパク質であり、黄色ブドウ球菌の細胞表面上に提示されるものである。
【0005】
また特許文献1の段落[0553]には、黄色ブドウ球菌に対するPITを媒介した細胞殺傷がプロテインAに結合する抗体-IR700コンジュゲートの存在下で起きたことが記載されている。セツキシマブ-IRDye 700DXとインキュベートし、その後レーザー照射した細菌細胞だけが、その他の3群と比較して統計的に有意なCFU低下を有していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特表2018-528267号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】光永 眞人,“薬剤耐性菌感染症を克服する光線免疫殺菌療法の開発”,[online],2017年5月10日,日本学術振興会,[2019年3月14日検索],インターネット,<https://kaken.nii.ac.jp/report/KAKENHI-PROJECT-26670487/26670487seika/>,2015年度研究成果報告書 課題番号26670487; Makoto Mitsunaga, “Development of bacteria-targeted photoimmunotherapy”, [online], May 10, 2017, The Japan Society for the Promotion of Science (JSPS), [searched on March 14, 2019], internet, <https://kaken.nii.ac.jp/en/report/KAKENHI-PROJECT-26670487/26670487seika/>, 2015 Fiscal Year Final Research Report, Project/Area Number 26670487
【文献】白土 明子,“黄色ブドウ球菌の細胞壁成分による自然免疫の誘導と制御”,生化学,日本生化学会,平成24年9月25日,第84巻,第9号,pp.737-752; Akiko Shiratsuchi, “Induction and regulation of innate immune responses by cell-wall components of Staphylococcus aureus”, The Journal of Biochemistry (JB), Japanese Biochemical Society, September 9, 2012, Volume 84, Number 9,pp.737-752
【文献】Hanaki H, Hiramatsu K. [Evaluation of reduced vancomycin susceptibility of MRSA strain Mu50 with various conditions of antibiotic susceptibility tests]. Jpn J Antibiot. 1997 Sep;50(9):794-8.
【文献】Hiramatsu K, Aritaka N, Hanaki H, Kawasaki S, Hosoda Y, Hori S, Fukuchi Y, Kobayashi I. Dissemination in Japanese hospitals of strains of Staphylococcus aureus heterogeneously resistant to vancomycin. Lancet. 1997 Dec 6;350(9092):1670-3.
【文献】QED Bioscience Inc.,“Staphylococcus aureus Monoclonal Antibodies, ORDERING INFORMATION”,[online],[平成 31 年5月29日検索],インターネット<URL:https://www.qedbio.com/product/staphylococcus-aureus/>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は細菌を標的とする光線免疫療法のための剤の臨床応用に有益な用法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
<1> 抗体に光増感剤が結合しているコンジュゲートを含有する殺菌剤であって、
前記コンジュゲートにおいて、前記抗体は黄色ブドウ球菌と抗原抗体反応を起こすものであり、また赤色光線から近赤外光線にかけた波長域に前記光増感剤の吸収波長域が重なり、
その用法において、前記殺菌剤の塗布された鼻腔の表面に対して赤色光線から近赤外光線にかけた波長域の励起光が照射される、
殺菌剤。
<2> 前記抗体は抗ペプチドグリカン抗体である、
<1>に記載の殺菌剤。
<3> 前記光増感剤はケイ素フタロシアニン錯体部分を有する、
<2>に記載の殺菌剤。
<4> 前記ケイ素フタロシアニン錯体部分は下記式で表されるIRDye 700DXである、
【化1】
式中、錯体中心のSiに配位する2つの酸素原子はフタロシアニン骨格を挟んでtransの位置にあってもよく、フタロシアニン骨格の一方の側でcisの位置にあってもよい、
<3>に記載の殺菌剤。
<5> その用法において、
前記殺菌剤の塗布された鼻腔の表面には鼻前庭の表面が含まれる、
<1>に記載の殺菌剤。
<6> その用法において、
前記鼻腔は治療を受ける患者の鼻腔であり、
前記塗布及び照射を前記患者が前記治療を受ける前に行うところ、
前記治療は鼻に対する治療と鼻以外に対する治療を含むが、前記塗布及び照射による処置自体は含まない、
<5>に記載の殺菌剤。
<7> その用法において、
前記患者は抗生物質に耐性のある黄色ブドウ球菌の保菌者であるか又は保菌者であることが疑われる、
<6>に記載の殺菌剤。
<8> その用法において、
前記抗生物質に耐性のある黄色ブドウ球菌はMRSAである、
<7>に記載の殺菌剤。
<9> その用法において、
前記患者がMRSAの保菌者であるか否かを予め検査し、
前記検査の結果、前記患者がMRSAの保菌者であるか又は保菌者であることが疑われることが判明した場合に、前記塗布及び照射を行う、
<6>に記載の殺菌剤。
<10> 抗体に光増感剤が結合しているコンジュゲートを含有する殺菌剤であって、
前記コンジュゲートにおいて、前記抗体は黄色ブドウ球菌と抗原抗体反応を起こすものであり、また赤色光線から近赤外光線にかけた波長域に前記光増感剤の吸収波長域が重なり、
その用法において、前記殺菌剤の塗布された臍の表面に対して赤色光線から近赤外光線にかけた波長域の励起光が照射される、
殺菌剤。
<11> 抗体に光増感剤が結合しているコンジュゲートを含有する殺菌剤であって、
前記コンジュゲートにおいて、前記抗体は黄色ブドウ球菌と抗原抗体反応を起こすものであり、また赤色光線から近赤外光線にかけた波長域に前記光増感剤の吸収波長域が重なり、
その用法において、前記殺菌剤はウシの乳房に対して投与され、前記乳房に対して赤色光線から近赤外光線にかけた波長域の励起光が照射される、
ウシの乳房炎の予防又は治療のための殺菌剤。
【発明の効果】
【0010】
本発明により細菌を標的とする光線免疫療法のための剤の臨床応用に有益な用法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】コンジュゲートと菌叢の模式図。
図2】鼻腔の断面図。
図3】細菌に対する光線免疫療法(aPIT, antimicrobial photoimmunotherapyの略)の殺菌効果のコンジュゲート分量依存性。
図4】aPITの殺菌効果の照射エネルギー依存性。
図5】aPITの殺菌効果に関する各対照試験。
図6】メチシリン耐性株に対するaPITの殺菌効果。
図7】aPITにおける黄色ブドウ球菌に対する特異性。
図8】コットンラットに定着させた菌に対するaPITの評価。
図9】コットンラットの鼻腔組織切片の顕微鏡観察像。
図10】対数期の細菌に対するaPITの評価。
図11】細菌を各種非選択培地で培養した後に行ったaPITの評価。
図12】細菌をウマ脱線維素血に懸濁した後に行ったaPITの評価。
図13】細菌と線維芽細胞の共培養後に行ったaPITの評価。
図14】aPITにおける抗体クローン間の比較。
図15】プロテインAとFcとの相互作用の評価。
図16】定着菌を含む菌叢への影響,照射無し。
図17】定着菌を含む菌叢への影響,照射有り。
図18】黄色ブドウ球菌に感染したマウスの生存曲線。
図19】細菌にバイオフィルムを形成させた後に行ったaPITの評価。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<1.殺菌剤とコンジュゲート>
【0013】
本実施形態にかかる殺菌剤はコンジュゲートを含有する。図1はコンジュゲート10を模式的に示す。コンジュゲート10は抗体11と光増感剤12とからなる抗体-薬物複合体(ADC, Antibody-Drug Conjugate)である。
【0014】
図1において、抗体11は標的細菌16に対して特異的なモノクローナル抗体でもよい。標的細菌16は黄色ブドウ球菌である。抗体11は黄色ブドウ球菌と抗原抗体反応を起こすものである。
【0015】
図1に示す抗体11において、抗体のクラスはIgM、IgD、IgG、IgA及びIgEのいずれでもよい。図中の抗体11はIgGである。IgGのサブクラスは1~4のいずれでもよい。抗体11はキメラ抗体でも、ヒト化抗体でも、完全ヒト抗体でもよい。抗体はハイブリドーマ抗体でもよく、リコンビナント抗体でもよい。
【0016】
図1に示す抗体11は、免疫グロブリン及びバリアントの全長でもよく部分断片でもよい。部分断片は、Fab断片、Fab’断片、F(ab)’2断片、単鎖Fvタンパク質いわゆるscFv、及びジスルフィド安定化Fvタンパク質いわゆるdsFvでもよい。図中の抗体11はIgGの全長である。
【0017】
図1において、抗体11は標的細菌16に特有の標的分子17の有する抗原決定基に対して特異的である。標的細菌16はその表面に標的分子17を有する。一態様において標的分子17は黄色ブドウ球菌のペプチドグリカンである。抗体11は抗ペプチドグリカン抗体である。抗体11は黄色ブドウ球菌の表面に対して特異的である。
【0018】
非特許文献2によれば、ペプチドグリカンは黄色ブドウ球菌の細胞壁の構成成分のうち大きな割合を占めることが知られている。その構造において、N-アセチルグルコサミンとN-アセチルムラミン酸とが交互に結合してなる糖鎖が、ペンタグリシンからなるオリゴペプチドで架橋されている。オリゴペプチド部分に付加されるアミノ酸にはD型アミノ酸が含まれる。オリゴペプチドに含まれるリシン残基がペンタグリシンによる橋渡し部分となっている。このため、リシン型ペプチドグリカン(Lys-type PGN)とも呼ばれる。下記化学式は非特許文献2より引用した。
【0019】
【化2】
【0020】
<2.光増感性の付与>
【0021】
図1に示すようにコンジュゲート10において光増感剤12が抗体11に結合している。他の観点においてコンジュゲート10は光増感剤12で修飾された抗体である。抗体11と光増感剤12とは共有結合性の結合をしている。図の例示では光増感剤12がリンカー13を介して抗体11のFc領域に結合している。より具体的には光増感剤12がリンカー13を介して抗体11の重鎖の定常領域(C領域)のCH2に結合している。
【0022】
図1において抗体11と光増感剤12との共有結合性の結合は非共有結合性の結合に置き換えてもよい。例えば部位特異的な抗体結合ペプチドに対して光増感剤12を結合させた上で、この抗体結合ペプチドと光増感剤のコンジュゲートを抗体11の特定部位に結合させてもよい。
【0023】
図1において、1個の抗体11に対して、1個又は2個以上の光増感剤12が結合している。1個の抗体11当たり3,4,5,6,7,8,9,10及び11個以上のいずれかの光増感剤12が結合していてもよい。コンジュゲート10は光増感剤12の結合数が異なるコンジュゲートの混合物でもよい。光増感剤12の結合数の平均は1~10でもよく、2~5でもよく、2.5~4でもよい。
【0024】
図1において単一の分子であるコンジュゲート10の全体から見れば、光増感剤12の部分は原子団と解釈される。またコンジュゲート10自体を光増感剤と解釈することもできる。しかしながら本明細書では説明を簡便にするため、この原子団の部分に範囲を限定して、これを単に光増感剤と呼ぶものとする。
【0025】
図1に示す光増感剤12は所定の吸収波長域を有する。この吸収波長域は赤色光線から近赤外光線にかけた波長域に重なる。赤色光線から近赤外光線にかけた波長域は、波長650~850nmの波長域であることが好ましい。
【0026】
係る波長域が選ばれる理由は生体内の物質に依拠する。表皮上や菌叢には水のような光の吸収物質がある。上記波長域の光線は、他の波長域の光線に比べてこれらに吸収される割合が小さい。このことを指して“NIR window”と呼ばれることがある。
【0027】
技術分野によっては波長650~850nmの波長域には近赤外光線のみならず、可視光線が含まれるものと解釈される場合がある。これは係る波長域が近赤外光線と可視光線との間の接続領域であるためである。しかしながらこのような波長域の光が赤外線であるか可視光線であるかの厳密な区別は発明の本質と強く関連しない。本実施形態ではコンジュゲートが励起光を照射されることで光増感作用を発揮する際、励起光の中に近赤外光線の他に赤い可視光線が成分として含まれていてもよいものとする。
【0028】
図1に示す光増感剤12は蛍光団又は発色団でもよい。本実施形態において光増感剤12が波長650~850nmの波長域に蛍光を発したとしてもかかる蛍光は積極的に用いられない。光増感剤12が光増感作用21を有していることで、励起光20の有する光エネルギーを標的細菌16に対するダメージに変換できればよい。光増感剤12が光エネルギーを標的細菌16に対するダメージに変換できる割合が高いほどよい。これらの観点から光増感剤を選別してもよい。
【0029】
図1に示す光増感剤12はケイ素フタロシアニン錯体部分(原子団)を有する。光増感剤12は下記式で表されるIRDye 700DX、略称IR700が好ましい。なお「IRDye」は商標である。
【0030】
【化3】
【0031】
IR700は例えばLI-COR社から下記式に示すNHSエステルとして提供されている。NHSエステルは例えば抗体の定常領域に位置するアミノ基を容易に標識することが出来る。なお立体化学的に許される限り、錯体中心のSiに配位する2つの酸素原子はフタロシアニン骨格を挟んでtransの位置にあってもよく、フタロシアニン骨格の一方の側でcisの位置にあってもよい。化学式中では酸素原子同士がcisの位置にあるようにあらわされている。
【0032】
【化4】
【0033】
図1に示す光増感剤12に応用され得る他の光増感剤又は光増感剤の有する構造としては、ポルフィリンやポルフィリン骨格を有する誘導体や、フタロシアニンやフタロシアニン骨格を有する誘導体が挙げられる。またIR700と類似する構造を有するナフタロシアニンが挙げられる。光増感剤は光線力学的療法(PDT)に用いられるポルフィリン系の誘導体でもよい。ポルフィリン系の誘導体の例としてクロリンe6、プロトポルフィリン及びヘマトポルフィリン誘導体(HpD)が挙げられる。
【0034】
<3.抗体と標的細菌の結合の様式>
【0035】
図1において、抗体11と標的分子17とは抗原抗体反応によって結合している。黄色ブドウ球菌と抗体との間には抗原抗体反応以外の結合様式が知られている。すなわち黄色ブドウ球菌の表面にはプロテインAが発現している。背景技術で述べた通りプロテインAはIgG抗体のFc領域に特異的に結合する。
【0036】
図1においてコンジュゲート10はプロテインAとFc領域との結合に依存せずとも、抗体11の抗原識別力を利用して標的細菌16の黄色ブドウ球菌に特異的に結合する。一例において抗体11はFc領域を有しない。一例において抗体11はFc領域以外で光増感剤12と結合する。一例において抗体11のFc領域は光増感剤12と結合しており、さらに光増感剤12の立体障害によりFc領域のプロテインAに対する親和性が低下している。
【0037】
<4.殺菌剤の剤形>
【0038】
殺菌剤はコンジュゲートを含有する液剤でもよい。殺菌剤には薬学的に許容されるキャリアが含まれる。薬学的に許容される流体及び生理学的に許容される流体を、ビヒクルとして液剤の調製に用いてもよい。ビヒクルの例は、水、生理食塩液、平衡塩類溶液、水性デキストロース、又はグリセロールである。湿潤剤、乳化剤、防腐剤、及びpH緩衝剤などをさらに添加してもよい。添加例としては酢酸ナトリウムやソルビタンモノラウレートである。
【0039】
殺菌剤の剤形は上記液剤に限定されない。殺菌剤は外用散剤を含む外用固形剤、リニメント剤及びローション剤を含む外用液剤、外用エアゾール剤及びポンプスプレー剤を含むスプレー剤、軟膏剤、クリーム剤、ゲル剤、貼付剤、テープ剤及びパップ剤のいずれかであってもよい。鼻前庭を含む鼻腔に投与する場合はスプレー剤が好ましい。
【0040】
<5.殺菌剤の使用法>
【0041】
殺菌剤は細菌感染に対するPIT、特に近赤外光線免疫療法(Near Infrared-PIT, NIR-PIT)における使用に適している。まず患者の鼻の中に殺菌剤を塗布する。塗布は綿棒やスプレーで行う。塗布以外の投与方法を用いてもよい。
【0042】
図2に鼻の断面を示す。鼻前庭24は鼻腔25の外鼻孔26の入り口に位置する。鼻前庭には通常、鼻毛が生えている。鼻前庭24の表皮や鼻毛には黄色ブドウ球菌を含む菌叢が生じている場合がある。
【0043】
図2において殺菌剤を鼻前庭24に塗布する。殺菌剤を塗布した鼻前庭24に赤外線治療器27などの光源を用いて励起光を照射する。励起光の光源はレーザーでもよくLEDでもよい。赤外線治療器27はディフューザー型のレーザーファイバーでもよい。必要に応じてさらに鼻腔25内の粘膜に殺菌剤を塗布し、さらに励起光を照射してもよい。照射に当たり赤外線治療器27を外鼻孔26から鼻腔25内に挿入してもよい。
【0044】
図1に戻る。標的細菌16は菌叢15内に生息する。菌叢15は表皮14上に生じる菌叢である。ここで表皮14は鼻前庭の表皮である。菌叢15には標的細菌16以外の細菌も生息する。
【0045】
図1においてコンジュゲート10を含有する殺菌剤の代わりに、抗菌スペクトルの大きい殺菌剤を利用すると菌叢15内の標的細菌16以外の細菌もことごとく死滅させる可能性がある。これに対して本実施形態のようにコンジュゲート10を励起光20で活性化することで菌叢15内の標的細菌16を狙い撃ちで攻撃することができる。したがって光免疫療法は標的細菌16以外の細菌の中から新たな耐性菌を発生させる可能性が小さい。ただし、本実施形態は、光免疫療法の他に殺菌剤を用いた処置を行うことを除外するものではない。
【0046】
図1において、励起光20を受けた光増感剤12は励起される。励起された光増感剤12が光増感作用21を発揮することで、標的細菌16にダメージを与える。光増感作用21はエネルギーを伴っているが、必ずしも電磁波とは限らない。
【0047】
図1において、励起光20として赤色光線から近赤外光線にかけた波長域の光を用いる。励起光20として波長650~900nmの、好ましくは660~740nm、さらに好ましくは660~710nmの光線を照射する。波長は680nmでもよい。
【0048】
図1に示す励起光20の照射線量は好ましくは1(J/cm)以上であり、さらに好ましくは10~500(J/cm)である。照射線量は20、30、40、50、60、70、80、90、100、200、300及び400(J/cm)のいずれかでもよい。
【0049】
1回の殺菌剤の投与後に、1回又は2回以上の照射をしてもよい。照射は2、3、4、5、6、7、8、9、又は10回でもよい。殺菌剤の投与は2回以上行ってもよい。2回目以降の殺菌剤の投与後の照射回数も1回又は2回以上でよい。
【0050】
<6.殺菌のための有効量>
【0051】
殺菌にあたってコンジュゲートの有効量を推定する必要がある。有効量は処置される患者の体又は体の部位において所望の効果を達成するのに十分なコンジュゲートの量である。有効量は、処置される患者又は患部、コンジュゲートの種類、及び投与方法といった複数の因子に依存してもよい。事前に決定した一般的な有効量に関わらず、個々の患者における有効量は患者のコンディションに応じて変化することを考慮する。有効量の殺菌剤を投与するために、単回投与で殺菌剤を投与してもよく、複数回投与で投与してもよい。
【0052】
コンジュゲートの有効量は例えば体重60キログラム当たり少なくとも0.5mg/kg、少なくとも5mg/60kg、少なくとも10mg/60kg、少なくとも20mg/60kg、少なくとも30mg/60kg、少なくとも50mg/60kgである。静脈内投与では、例えば0.5~50mg/60kgである。用いる量は1mg/60kg、2mg/60kg、5mg/60kg、20mg/60kg、又は50mg/60kgでもよい。
【0053】
コンジュゲートの有効量は、体重を基準として、少なくとも10μg/kg、少なくとも100μg/kg、少なくとも500μg/kg又は少なくとも500μg/kgである。腹腔内投与では、例えば10μg/kg~1000μg/kgである。用いる量は例えば100μg/kg、250μg/kg、約500μg/kg、750μg/kg、又は1000μg/kgでもよい。
【0054】
<7.予防的措置>
【0055】
本実施形態の殺菌剤を、他の主となる治療に先立って患者に使用することで、その治療後に患者が黄色ブドウ球菌に感染することを予防してもよい。一例として、治療として手術を受ける予定の患者の鼻前庭に殺菌剤を塗布する。その後、上述の通り鼻前庭に励起光を照射する。塗布及び照射は患者が手術を受ける前に行う。ここでいう手術は鼻以外に対する手術を含む。このような塗布及び照射もPITの応用の一例である。手術以外の治療を受ける患者に対して行ってもよい。患者は入院患者でもよい。PITの後に行う治療は鼻に対する治療と鼻以外に対する治療を含むが、上記の殺菌剤の塗布と照射の処置自体は含まない。すなわち殺菌剤の塗布と照射の処置は、主となる治療の実施を前提として行われる。
【0056】
PITを受ける患者としては、抗生物質に耐性のある黄色ブドウ球菌、いわゆる耐性菌の保菌者であることがすでに判明している人が挙げられる。本実施形態において「抗生物質」の用語の中には、本実施形態の殺菌剤を含まない。また患者が耐性菌の保菌者であることが疑われる場合にもPITを適用してもよい。一例において耐性菌は多剤耐性菌である。一例において耐性菌はMRSAである。一例においてMRSAはバンコマイシンやムピロシンに対して完全な又は不完全な耐性をさらに有する。バンコマイシンやムピロシンはMRSAに対して用いられる抗菌薬の一種である。一例において耐性菌はVISAやムピロシン耐性MRSAである。
【0057】
一例において患者が耐性菌の保菌者であるか否かを予め検査してもよい。検査の結果、患者が抗生物質に耐性のある黄色ブドウ球菌の保菌者であるか又は保菌者であることが疑われることが判明した場合に、PITを行ってもよい。
【0058】
入院患者に対する検査の手法としては例えば、全入院患者に対して検査を行うユニバーサル・サーベイランスが挙げられる。いわゆる“search and destroy”とも呼ばれ、フィンランド、デンマーク、オランダといった国々で行われる。また他の検査の手法として耐性菌の保菌リスクが高い患者に対して検査を行うアクティブ・サーベイランスが挙げられる。また感染症兆候または症状を呈する患者だけに行うパッシブ・サーベイランスも挙げられる。いずれのサーベイランス手法の実施の後においても、本実施形態の殺菌剤を利用して保菌者又は保菌者であることが疑われる者に対してPITを施してよい。
【0059】
<8.変形例>
【0060】
なお、本発明は上記実施の形態に限られたものではなく、趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更することが可能である。上記実施形態ではヒトの患者の鼻腔、特に鼻前庭を例にして説明した。殺菌する部位は患者の咽頭を含む上気道やあるいは創傷部位でもよい。
【0061】
患者が臍(へそ)に保菌しているMRSAも殺菌の対象とし得る。臍に対して殺菌剤を塗布した後に光線照射してもよい。この用法は周術期、特に術後のMRSA感染症の予防に効果的である。
【0062】
また殺菌剤の塗布と照射の処置は、哺乳動物を含む非ヒト動物に対する予防及び治療の用途にも有用である。例えば乳房炎予防又は治療のためにウシに対して処置を行ってもよい。コンジュゲートを乳房炎の予防薬として用いる場合は乳房の表面にコンジュゲートを塗布で投与するとともに、乳房に光線を照射することが望ましい。コンジュゲートを乳房炎の治療薬として用いる場合は乳房内にコンジュゲートを投与するとともに、乳房に光線を照射することが望ましい。
【実施例
【0063】
細菌に対する光線免疫療法(aPIT)の効果を調べた。以下において、in vitro及びin vivoでの実験の違いによらず、コンジュゲートを細菌に適用した後、励起光を細菌に照射して光増感剤の作用を細菌に対して特異的に作用させることをaPITと略称する。
【0064】
<9.細菌株>
【0065】
MSSA(メチシリン感受性黄色ブドウ球菌)としてJKmsSA1株を利用した。JKmsSA1株は、東京慈恵会医科大学の総合医科学研究センターの基盤研究施設の細菌ライブラリから提供された保存株である。JKmsSA1株に代えて非特許文献1に記載のJCM2874株などその他の株を使用してaPITの効果を確認してもよい。
【0066】
MRSAとしてJKmrSA1株を利用した。JKmrSA1株は、東京慈恵会医科大学の総合医科学研究センターの基盤研究施設の細菌ライブラリから提供された保存株である。
【0067】
VISAとしてMU50株を利用した。MU50株は、非特許文献3及び4にてその来歴と特性が記されている。
【0068】
ムピロシン耐性MRSAとしてJKmmrSA1株を利用した。JKmmrSA1株は、東京慈恵会医科大学の総合医科学研究センターの基盤研究施設の細菌ライブラリから提供された保存株である。
【0069】
<10.コンジュゲート>
【0070】
非特許文献1に記載の方法に従いコンジュゲートを作製した。まず抗ペプチドグリカン-マウスモノクローナル抗体mAb15704(クローン番号Staph12-569.3,IgG3抗体,QED bioscience社)とIR700DX NHS ester (LI-COR社)とを所定の量比で混和した。mAb15704はProtein Aネガティブな黄色ブドウ球菌に対しても反応することが確認されている。非特許文献5のQED bioscience社のプロダクトデータシート参照。コンジュゲート化の反応を行って化合物mAb15704-IR700を得た。以下mAb15704-IR700をSA-IR700と呼ぶ場合がある。次にゲルろ過にて化合物を精製抽出した。精製抽出物に対して分光高度計を用いて吸光度測定を行った。測定結果から1分子の抗体当たり約3分子のIR700が結合していることを確認した。
【0071】
<11.コロニー計数法>
【0072】
細菌懸濁液とmAb15704-IR700とを反応させた。その後細胞懸濁液にLEDライトによって波長ピーク690nmの近赤外光を励起光として照射した。照射後に細胞懸濁液のサンプルをボルテックスした。細胞懸濁液を段階希釈法にて希釈し、各濃度の細胞懸濁液を平板培地上に滴下した。37℃で24時間、細菌を培養した。平板培地上のコロニー数からaPITによる殺菌の効果を評価した。特に断りがない限り平板培地は栄養寒天培地とした。
【0073】
<12.結果>
【0074】
図3ではMSSAのJKmsSA1株に対して、一試験当たり0.01-1 μgの分量のコンジュゲートでaPITを行った。その後コロニー計数法を行った結果を表す。励起光の照射量は5 J/cm2である。コンジュゲートの分量が増えるほどコロニーを形成した菌は減った。したがってコンジュゲートの分量又は濃度に依存して殺菌効果の高まることが示された。**はP<0.01を表す。c.f.u.はコロニー形成単位を表す。グラフは3回の独立試行の平均をあらわす。エラーバーは標準偏差を表す。以下同様である。
【0075】
図4ではMSSAに対して、一試験当たり5-45 J/cm2の照射量の励起光でaPITを行った。その後コロニー計数法を行った結果を表す。コンジュゲートの分量は0.3μgである。照射量が増えるほどコロニーを形成した菌は減った。したがって励起光の照射量に依存して殺菌効果の高まることが示された。
【0076】
図5ではMSSAに対して、種々の対照条件下でaPITを行った。その後コロニー計数法を行った結果を表す。左から2番目のグラフは1 μgのコンジュゲートに対して、さらにコンジュゲート化前の抗体を大過剰の10μg添加して細菌懸濁液との反応を行った場合の結果を示す。図3の6番目のグラフと比較して励起光の照射量を15 J/cm2に引き上げたにも関わらず、殺菌効果は見られなかった。これはコンジュゲートと、コンジュゲート化前の抗体との間で拮抗が起きた結果と考えられる。したがって殺菌効果はコンジュゲートの抗体部分に依存していることが示された。
【0077】
図5の左から3番目のグラフは4μgのコンジュゲートを添加したが励起光の照射はしなかった場合の結果を示す。左から4番目のグラフは100 J/cm2の励起光を照射したがコンジュゲートは添加しなかった場合の結果を示す。いずれの場合も殺菌効果は見られなかった。したがって殺菌効果は細胞懸濁液へのコンジュゲートの添加と励起光の照射とが揃わなければ得られないことが示された。
【0078】
図6は耐性菌MRSA、VISA及びムピロシン耐性MRSAに対してaPITを行った。その後コロニー計数法を行った結果を表す。いずれの耐性菌に対しても1試験当たり2μgのコンジュゲートを添加した。さらに90 J/cm2の励起光を照射した。コンジュゲートと励起光とによってコロニーを形成した菌は見られなくなった。したがって殺菌効果は感受性菌のみならず耐性菌にももたらされることが示された。
【0079】
図7はMRSA及び異種細菌の混合物にaPITを行い、さらに平板培地上で培養した結果を表す。異種細菌として表皮ブドウ球菌Staphylococcus epidermidisのJCM2414株を用いた。1試験当たり2μgのコンジュゲートを添加した。平板培地としてMSA選択培地とOPA II選択培地とを用いた。MSA選択培地上ではMRSA及び表皮ブドウ球菌のいずれもコロニーを形成する。OPA II選択培地上ではMRSAだけがコロニーを形成するが、表皮ブドウ球菌はコロニーを形成しない。なおプロダクトデータシートのSPECIFICATION SUMMARYによれば、抗ペプチドグリカン-マウスモノクローナル抗体mAb15704は表皮ブドウ球菌のペプチドグリカンについても認識するものとされているが、発明者らの観察では、mAb15704から合成されたコンジュゲートは、黄色ブドウ球菌に比べ、表皮ブドウ球菌には十分な結合を示さず、光線照射を行っても黄色ブドウ球菌に対するような殺菌効果を表皮ブドウ球菌に対して示さなかった。
【0080】
図7の上段の写真では明暗が反転している。左のプレートから順に励起光の照射量が0,5及び40 J/cm2である。aPITを受けた細菌はMSA選択培地では照射量が増えてもコロニーを形成していた。OPA II選択培地では照射量が増えるほどコロニーを形成しなくなった。
【0081】
図7の下段ではコロニー計数法による評価をおこなった。励起光の照射量を0,5及び40 J/cm2とした。aPITを受けたMRSAは、aPITの照射量が増えるほどコロニーを形成しにくくなった。aPITを受けた表皮ブドウ球菌は、aPITの照射量が増えてもコロニー数が変化しなかった。したがって殺菌効果は黄色ブドウ球菌に特異的であることが示された。
【0082】
図8及び9ではMRSAをコットンラットの鼻腔に定着させた。コットンラットは感染に対して抵抗力の弱い動物種である。このためコットンラットは鼻腔に細菌の保菌状態を作るのに適したモデル生物である。コットンラットの鼻腔に対してaPITを行った。
【0083】
図8では、1匹あたり5μgのSA-IR700を定着部位に滴下することで投与したのち、定着部位に0,10及び50 J/cm2の近赤外線をレーザーファイバーで照射した。コットンラットの鼻は小さいので、鼻の外側から鼻腔に向けて近赤外光を照射した。鼻腔を切断することで動物より細菌を取り出した。鼻腔から菌叢を取り出し、OPA II選択培地上で培養した。コロニー計数法でaPITの効果を評価した。
【0084】
図8の下段にはMRSAのコロニー数が、上段にはそれぞれのグラフに対応する細菌の培養の写真が示されている。写真では明暗が反転している。定着部位への照射量が増えるに従い、コロニー数が減少した。したがって殺菌効果は生体表面上の菌叢に対するaPITでも得られることが示された。
【0085】
図9の下段はMRSAを定着させたコットンラットに対してaPITを行った後の、鼻腔の組織切片の顕微鏡観察像である。上段はaPITを行っていない対照実験を表す。いずれの場合も鼻腔粘膜の組織は健全であった。
【0086】
図10ではMSSAに対して、一試験当たり1 μgの分量のSA-IR700コンジュゲートでaPITを行った。励起光の照射量は15 J/cm2であった。ただし図10に示す実験ではMSSAが増殖の対数期、いわゆるプラトーであった。これに対いて図3から図5に示した実験では増殖期であった。aPIT後コロニー計数法を行った。対数期のMSSAに対してもaPITの殺菌効果が見られた。
【0087】
図11では各種培地での培養中のMSSAに対して、一試験当たり1 μgの分量のSA-IR700コンジュゲートでaPITを行った。左から順にTSB(トリプトンソイブイヨン)培地、グルコースを添加したTSB培地(TSBG培地)、BHI(ブレインハートインフュージョン)培地及びLB培地(Luria-Bertani medium)を表す。aPIT後コロニー計数法を行った。各種培地での培養後にもaPITの殺菌効果が見られた。
【0088】
図12ではMSSAをウマ脱線維素血に対して懸濁後に、一試験当たり4 μgの分量のSA-IR700コンジュゲートでaPITを行った。aPIT後コロニー計数法を行った。栄養豊富な血液中でもaPITの殺菌効果が見られた。
【0089】
図13では1試験当たり1x107 CFUのMSSAを1試験当たり30μgのSA-IR700コンジュゲートで処理した。さらに黄色ブドウ球菌を、3T3繊維芽細胞に添加して、37℃、5%CO2雰囲気の下で30分間共培養した。3T3繊維芽細胞は予め直径35 mmの培養皿上でコンフルエントにした。細胞を1 mlのRPMI培地(Roswell Park Memorial Institute medium)で3回リンスした。細胞外の黄色ブドウ球菌を1 mlの1 mg/mlリゾスタフィン溶液(lysostaphin,富士フイルム和光純薬社)で30分間溶解した。細胞を1 mlのRPMI培地で5回リンスした後、近赤外線を照射した。細胞をホモジナイズして段階希釈した後、寒天培地上で培養してコロニー計数法を行った。左側のグラフは励起光の照射を行わなかったことを示す。SA-IR700コンジュゲートで処理した後の黄色ブドウ球菌は、細胞に取り込まれることでリゾスタフィンによる駆除を免れたことを示す。したがってSA-IR700コンジュゲートによる処理のみでは細胞への寄生を防げないことが示された。これに対して励起光を照射した場合は黄色ブドウ球菌は駆除された。したがってSA-IR700コンジュゲートでの処理後に黄色ブドウ球菌が細胞に逃げ込んでも、励起光による殺傷効果は細胞内まで及ぶことが示された。
【0090】
図14では抗ペプチドグリカン-マウスモノクローナル抗体mAb15702(クローン番号Staph11-232.3,IgG3抗体,QED bioscience社)を用いて別のコンジュゲートを作製した。(a)左から2番目と4番目のグラフが先に述べたクローン番号Staph12-569.3の抗体で行ったaPITの結果である。
【0091】
図14ではさらに他の抗ペプチドグリカン-マウスモノクローナル抗体としてクローン番号Staph11-232.3,IgG3抗体,QED bioscience社を使用した。(b)左から3番目と5番目のグラフがクローン番号Staph11-232.3の抗体で行ったaPITの結果である。抗体クローンの違いによってaPITの殺菌効果に若干の違いが現れた。しかしながら照射量を15 J/cm2から45 J/cm2に増大させることでいずれの抗体クローンでもaPITの殺菌効果が得られた。***はP<0.001を表す。
【0092】
図15ではプロテインAとFcとの相互作用を評価した。aPITを1試験当たり2μgのTra-IR700コンジュゲートで行った。Tra-IR700はトラスツズマブのCH2領域にIR700が結合したコンジュゲートである。トラスツズマブはヒトIgG1に由来するフレーム構造領域及びマウスモノクローナル抗HER2抗体の相補的抗原認識領域を含むヒト化モノクローナル抗体である。Tra-IR700はヒトHER2に対して特異的な抗体であるから、Tra-IR700が細菌と抗体抗原反応することはないと考えられる。
【0093】
図15では黄色ブドウ球菌として野生型のRN4220株を利用した。またプロテインA欠損株(Δspa)を利用した。その他の点については上記に倣いaPITとコロニー計数法を行った。プロテインAの有無に関わらず、トラスツズマブの有するFc領域を介したaPITの殺菌効果は見られなかった。これに対して特許文献1ではプロテインAとFc領域との相互作用によるPITが成功していた。しかしながら、図15の示す結果はプロテインAとFc領域との相互作用によるaPITは確実な方法ではない可能性を示唆している。またプロテインA欠損株に対する実験の結果はプロテインAネガティブな黄色ブドウ球菌に対しても本実施例のaPITが有効であることを示している。
【0094】
図16では図8と同様にMRSAをコットンラットに定着させたのち、コンジュゲートを投与せずに近赤外光だけ定着部位に照射した。図17では1試験当たり2μgのコンジュゲートを投与して近赤外光を定着部位に照射した。図8と異なり、非選択培地の平板培地で菌叢中の菌を培養してコロニー計数法を行った。この菌叢はコットンラットがMRSAに感染する前からもともと有していた菌叢であると考えられる。
【0095】
図8に示したようにMRSAがaPITにより駆除された。しかしながら、図17に示すように菌叢中の他の菌はaPITによって死滅することはなかった。したがってSA-IR700によるaPITは黄色ブドウ球菌に対して特異的に働くため、菌叢の他の菌の生育に影響を及ぼさないことが示された。なお図16に示すように励起光の照射が菌叢中の生菌を減少させることも無かった。
【0096】
図18ではマウスに対して、1匹当たり108 CFUのMRSAを腹腔内投与した。MRSAは腹腔内投与の前にマウス1匹当たり50μgのSA-IR700で処理しておいた。その後、100J/cm2の近赤外光をマウスの体外から照射した。照射しなかったものをaPIT(-)とした。aPITを受けたマウスはいずれも生存した。aPITを受けなかったマウスはいずれも死亡した。これらのマウスは腹膜炎を起こしたものと考えられる。したがってSA-IR700と黄色ブドウ球菌との接触だけでは疾病を予防できないことが示された。SA-IR700の投与と励起光の照射との組み合わせが、黄色ブドウ球菌に対する疾病の治療や予防にひつようであることが示された。
【0097】
図19ではMRSAを1%のグルコースを加えたトリプチックソイ培養液で16時間静置培養した。これにより培養皿上でMRSAにバイオフィルムを形成させた。バイオフィルムをスクレイパーで培養皿から剥がすことで、MRSAごとバイオフィルムを回収した。このバイオフィルムをRPMI培地で洗浄した。MRSAをSA-IR700で処理した後、近赤外光線の照射をした。照射を受けたMRSAをRPMI培地に懸濁し、段階希釈した。その後、MRSAを寒天培地に播種することでMRSAにコロニーを形成させた。コロニーの数をカウントした。
【0098】
図19のグラフは生存菌の割合(%)を表す。図中で(-)及び(+)の両サンプルとも1回の試験当たり4 μgのSA-IR700でMRSAを処理した。(+)のサンプルに対してのみ、30 J/cm2の近赤外光線の照射によるaPITを行った。
【0099】
図19に示すように照射無し(-)のサンプルに比べて、照射あり(+)のサンプルでは殺菌効果が観察された。以上より、aPITでは、抗生物質に耐性のある黄色ブドウ球菌がバイオフィルムを形成していても、殺菌効果を得られることが分かった。
【0100】
この出願は、2019年6月3日に出願された日本出願特願2019-103573を基礎とする優先権を主張し、その開示の全てをここに取り込む。
【符号の説明】
【0101】
10 コンジュゲート
11 抗体
12 光増感剤
13 リンカー
14 表皮
15 菌叢
16 標的細菌
17 標的分子
20 励起光
21 光増感作用
24 鼻前庭
25 鼻腔
26 外鼻孔
27 赤外線治療器
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19