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特許7623124細胞外小胞の内包物の測定方法および測定キット
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-20
(45)【発行日】2025-01-28
(54)【発明の名称】細胞外小胞の内包物の測定方法および測定キット
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/543 20060101AFI20250121BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20250121BHJP
   G01N 33/531 20060101ALI20250121BHJP
   G01N 21/64 20060101ALI20250121BHJP
   C12Q 1/6837 20180101ALN20250121BHJP
【FI】
G01N33/543 595
G01N33/53 M
G01N33/531 B
G01N33/543 575
G01N21/64 F
C12Q1/6837 Z
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2020176175
(22)【出願日】2020-10-20
(65)【公開番号】P2022067460
(43)【公開日】2022-05-06
【審査請求日】2023-04-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000206956
【氏名又は名称】大塚製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100138911
【弁理士】
【氏名又は名称】櫻井 陽子
(74)【代理人】
【識別番号】100165892
【弁理士】
【氏名又は名称】坂田 啓司
(72)【発明者】
【氏名】青木 洋一
(72)【発明者】
【氏名】彼谷 高敏
(72)【発明者】
【氏名】村山 貴紀
【審査官】北条 弥作子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/136372(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/182130(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/039741(WO,A1)
【文献】特表2018-500010(JP,A)
【文献】特表2016-533752(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0148348(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2017/0001197(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2017/0065978(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2019/0310172(US,A1)
【文献】特開2019-012034(JP,A)
【文献】特開2018-191636(JP,A)
【文献】KATO, T. et al.,CD44v8-10 mRNA contained in serum exosomes as a diagnostic marker for docetaxel resistance in prostate cancer patients,HELIYON,2020年07月02日,Vol.6/e04138,pp.1-6,https://doi.org/10.1016/j.heliyon.2020.e04138
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48~33/98
G01N 21/62~21/74
C12Q 1/10~ 3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第一の測定チップ、及び金属膜と、前記金属膜に固定化された、細胞外小胞の内包物に結合する第1の結合物質とを含む第二の測定チップを準備する工程と、
前記第一の測定チップ及び前記第二の測定チップを設置可能な装置を用意する工程と、
検体を、前記装置に設置された前記第一の測定チップに提供して、前記検体に含まれる細胞外小胞を単離する工程と、
前記装置に設置された前記第一の測定チップにおいて前記細胞外小胞から内包物を放出させる工程と、
前記装置に設置された前記第二の測定チップの前記金属膜の上に前記内包物を提供して、前記内包物を前記第1の結合物質に結合させる工程と、
前記装置にて、前記第1の結合物質に結合する前または結合した後の前記内包物を、前記内包物に結合する第2の結合物質を介して蛍光物質で標識する工程と、
前記装置にて、前記蛍光物質で標識された前記内包物が前記第1の結合物質に結合している状態で、前記金属膜で表面プラズモン共鳴が生じるように前記金属膜に励起光を照射し、前記蛍光物質から放出される蛍光を検出する工程と、
を含む、細胞外小胞の内包物の測定方法。
【請求項2】
前記検体が、細胞培養上清、血清、血漿、全血、尿、唾液、細胞ライセートまたはこれらの希釈物である、請求項1に記載の測定方法。
【請求項3】
前記内包物が、核酸、タンパク質、またはそれらの断片から選ばれる少なくとも1種である、請求項1または2に記載の測定方法。
【請求項4】
前記内包物の放出を、溶出液を用いて実施する、請求項1~3のいずれか一項に記載の測定方法。
【請求項5】
前記溶出液が非変性界面活性剤を含む、請求項4に記載の測定方法。
【請求項6】
前記非変性界面活性剤が、Triton(登録商標) X-100、Tween20およびデオキシコール酸ナトリウムからなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項5に記載の測定方法。
【請求項7】
前記第1の結合物質が、前記内包物の有する第1の結合決定基に結合するものであり、前記第2の結合物質が、前記内包物の有する第2の結合決定基に結合するものであり、前記第1の結合決定基と前記第2の結合決定基とは異なる、請求項1~6のいずれか一項に記載の測定方法。
【請求項8】
前記励起光の照射エネルギーは、7.5μW/mm以上30mW/mm以下である、請求項1~7のいずれか一項に記載の測定方法。
【請求項9】
前記金属膜は、プリズムの上に配置されており、
前記励起光は、プリズムを介して前記金属膜に照射される、
請求項1~8のいずれか一項に記載の測定方法。
【請求項10】
前記金属膜は、回折格子を含み、
前記第1の結合物質は、前記回折格子の上に固定化されており、
前記励起光は、前記回折格子に照射される、
請求項1~8のいずれか一項に記載の測定方法。
【請求項11】
細胞外小胞の内包物を前記細胞外小胞から溶出させるための溶出液と、
第一の金属膜と、前記第一の金属膜に固定化された、前記細胞小胞に結合する結合物質とを含む第一の測定チップと、
第二の金属膜と、前記第二の金属膜に固定化された、前記内包物に結合する第1の結合物質とを含む第二の測定チップと、
前記内包物を蛍光物質で標識するための標識試薬と、
を含む、
細胞外小胞の内包物の測定キット。
【請求項12】
前記内包物が、核酸、タンパク質、またはそれらの断片から選ばれる少なくとも1種である、請求項11に記載の測定キット。
【請求項13】
前記溶出液が、非変性界面活性剤である、請求項11または12に記載の測定キット。
【請求項14】
前記非変性界面活性剤が、Triton(登録商標) X-100、デオキシコール酸ナトリウム、およびTween20からなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項13に記載の測定キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞外小胞の内包物を測定するための方法およびキットに関する。
【背景技術】
【0002】
細胞外小胞(extracellular vesicle、以下、「EV」と略す場合もある)とは、細胞により産生されて細胞外に放出される膜小胞の総称であり、そのサイズや発生起源、発生機序などによって、エクソソームやマイクロベシクル等と呼ばれるものである。細胞外小胞は、便宜上、サイズと沈降速度の違いに基づき、10,000×gで沈降する細胞外小胞をマイクロベシクル(あるいはlarge EV)、10,000×gで沈降しない細胞外小胞を主にエクソソーム(あるいはsmall EV)と称する。しかしながら、未だ明確な定義は定められておらず、これらを厳密に区別するのは困難である。
【0003】
細胞はその種類や状態によって、異なる細胞外小胞を放出することが知られており、そのため、細胞外小胞は細胞間や臓器間のコミュニケーションを仲介すると考えられている。
【0004】
癌や感染症といった様々な疾患の診断マーカーとして、血液や唾液といった体液中に分泌された細胞外小胞が着目されている。例えば、特許文献1には、腫瘍マーカーとなる細胞外小胞を検出するための分析方法、分析試薬および分析装置が開示されている。この方法では、細胞外小胞が有する抗原に対する抗体と、細胞外小胞を分泌する細胞が有する抗原に対する抗体とを使用し、アビジン-ビオチン相互作用に基づき、細胞外小胞を検出している。また、特許文献2には、凹凸構造を有する合成樹脂などからなるベース部の凹部に細胞外小胞に対する抗体を固定し、凹部に細胞外小胞を捕捉する、細胞外小胞分析用デバイスおよび細胞外小胞の捕捉方法が開示されている。
【0005】
細胞外小胞はリン脂質二重膜を有し、その内側にタンパク質や、核酸といった多様な細胞成分を内包する。近年、細胞外小胞に含まれる内包物も、疾患マーカーとなり得る可能性が報告されている。細胞外小胞に含まれる内包物を測定するための方法としては、生物検体、例えば、細胞培養上清や血液等から細胞外小胞を抽出し、その後、細胞外小胞のリン脂質膜を溶解して内包物を放出させてから、ELISA法等で測定するのが一般的である。生物検体そのものを用いるのではなく、細胞外小胞を抽出してから測定する理由としては、検体中の夾雑物の除去や、細胞外小胞の濃縮等が挙げられ、細胞外小胞を抽出するための方法としては、超遠心法等の様々な方法が報告されている(例えば、非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2013/094307号
【文献】特開2014-219384号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】落谷孝広、吉岡祐亮編、「医療を変えるエクソソーム」、株式会社化学同人、2018年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のとおり、これまでに様々な細胞外小胞の内包物を検出する方法が研究されてきたが、いずれも少量の検体から高い感度で内包物を測定することは難しかった。従来の細胞外小胞の抽出方法(例えば、超遠心法)では、抽出物に含まれる不純物が多く、不純物が夾雑物として測定結果に影響し得る。また、細胞外小胞の純度を上げようとすると、細胞外小胞のロスが発生して、検体中の内包物を正確に測定することが難しくなる。
【0009】
さらに、細胞外小胞の内包物を測定するためには、細胞外小胞から内包物を放出させる必要性があるが、このとき、検体に溶出液を加えて細胞外小胞から内包物を溶出させると、検体が希釈されることとなる。そのため、ELISA法等の従来法は、少量の検体または細胞外小胞濃度の低い検体を用いた内包物の測定においては、感度不足が問題となる。そこで、少量の検体または細胞外小胞濃度の低い検体を用いても、夾雑物の影響を受けることなく、高感度で内包物を測定するための方法が求められている。
【0010】
本発明は、夾雑物の影響を受けることなく、少量の検体または細胞外小胞濃度の低い生物検体を用いても、高感度で簡便な方法で内包物を測定することができる、細胞外小胞の内包物の測定方法を提供することを目的とする。さらに本発明は、生物検体から細胞外小胞の内包物を測定するためのキットを提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一実施形態に係るエクソソームの内包物の測定方法は、金属膜と、前記金属膜に固定化された、細胞外小胞の内包物に結合する第1の結合物質とを含む測定チップを準備する工程と、検体に含まれる細胞外小胞から内包物を放出させる工程と、前記金属膜の上に前記内包物を提供して、前記検体に含まれる前記内包物を前記第1の結合物質に結合させる工程と、前記第1の結合物質に結合する前または結合した後の前記内包物を、前記内包物に結合する第2の結合物質を介して蛍光物質で標識する工程と、前記蛍光物質で標識された前記内包物が前記第1の結合物質に結合している状態で、前記金属膜で表面プラズモン共鳴が生じるように前記金属膜に励起光を照射し、前記蛍光物質から放出される蛍光を検出する工程と、を含む。
【0012】
本発明の一実施形態に係るエクソソームの内包物の測定キットは、細胞外小胞の内包物を前記細胞外小胞から溶出させるための溶出液と、金属膜と、前記金属膜に固定化された、前記内包物に結合する第1の結合物質とを含む測定チップと、前記内包物を蛍光物質で標識するための標識試薬と、を含む。
【発明の効果】
【0013】
細胞外小胞の内包物を測定するための本発明の方法およびキットは、夾雑物の影響を受けにくいため、検体から細胞外小胞を抽出しなくとも、高感度で内包物を測定することが可能となる。また、細胞外小胞からの内包物の放出や、検体の希釈といった一連の操作を装置内で自動的に行っても、感度不足を生じることなく、簡便に内包物を測定することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、本実施の形態に係る細胞外小胞の内包物の測定方法の一例を示すフローチャートである。
図2A図2Aは、PC-SPFS用の測定チップの構成を説明するための断面模式図である。
図2B図2Bは、GC-SPFS用の測定チップの構成を説明するための断面模式図である。
図3A図3Aは、PC-SPFS用の測定チップの一例を示す断面模式図である。
図3B図3Bは、PC-SPFS用の測定チップの他の一例を示す斜視模式図である。
図3C図3Cは、PC-SPFS用の測定チップの他の一例を示す断面模式図である。
図4図4は、本実施の形態に係る細胞外小胞の内包物の測定方法の別の一例を示すフローチャートである。
図5図5は、本実施の形態に係る細胞外小胞の内包物の測定方法のさらに別の一例を示すフローチャートである。
図6図6は、実施例1の測定結果を示す棒グラフである。
図7図7は、実施例2の測定結果を示す棒グラフである。
図8図8は、比較例1の測定結果を示す棒グラフである。
図9図9は、実施例3の測定結果を示す棒グラフである。
図10図10は、実施例4の測定結果を示す棒グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照して詳細に説明する。
【0016】
[細胞外小胞の内包物の測定方法]
細胞外小胞は、正常な細胞によっても、癌細胞などの疾患関連細胞によっても分泌されるものであり、その内包物は、細胞外小胞を分泌した細胞の種類や状態によって異なることが知られている。細胞外小胞の内包物を測定するためには、細胞外小胞のリン脂質膜を分解し、内包物を放出させてから測定しなければならない。
【0017】
本実施の形態に係る細胞外小胞の内包物の測定方法においては、測定感度を向上させるために、表面プラズモン励起増強蛍光分光法(Surface Plasmon-field enhanced Fluorescence Spectroscopy、以下「SPFS」ともいう)を利用して内包物を測定する。SPFSは、表面プラズモン共鳴(以下「SPR」ともいう)により増強された電場により蛍光物質を励起して蛍光を放出させるため、一般的な蛍光免疫測定法よりも標的(本実施の形態では細胞外小胞の内包物)を高感度に検出することができる。
【0018】
検体中の細胞外小胞の特定の内包物の存在および/または濃度を求めるために用いられていた従来の方法は、いずれも細胞外小胞の内包物を含む検体を準備するまでの工程において、細胞外小胞そのものや、その内包物のロスが発生したり、希釈によって濃度が低下したりすることがあった。例えば、細胞外小胞を含む検体に溶出液を加えて細胞外小胞から内包物を溶出させると、溶出液によって検体が希釈されることとなる。また、溶出液による検体の希釈を鑑みて、検体中の細胞外小胞の抽出や濃縮を実施すると、細胞外小胞のロスが発生しやすくなり、内包物の測定の再現性が低下し得る。
【0019】
一方、本発明の測定方法はSPFSシステムに基づくものであることから、SPFS装置内で、溶出液を用いた検体中の細胞外小胞からの内包物の溶出と、検体の希釈とを自動化できるため、溶出処理および希釈によって生じ得る測定値のバラツキを抑制し、簡便に細胞外小胞の内包物を測定することが可能となる。
【0020】
本発明者らは上記の考えのもとに、鋭意検討を重ねた結果、SPFSで高感度に細胞外小胞の特定の内包物を測定できることを見出し、本実施の形態に係る細胞外小胞の内包物の測定方法を完成させた。
【0021】
本発明の細胞外小胞の内包物の測定方法は、以下の工程1~5を含む。
金属膜と、前記金属膜に固定化された、細胞外小胞の内包物に結合する第1の結合物質とを含む測定チップを準備する工程1と、
検体に含まれる細胞外小胞から内包物を放出させる工程2と、
前記金属膜の上に前記内包物を提供して、前記検体に含まれる前記内包物を前記第1の結合物質に結合させる工程3と、
前記第1の結合物質に結合する前または結合した後の前記内包物を、前記内包物に結合する第2の結合物質を介して蛍光物質で標識する工程4と、
前記蛍光物質で標識された前記内包物が前記第1の結合物質に結合している状態で、前記金属膜で表面プラズモン共鳴が生じるように前記金属膜に励起光を照射し、前記蛍光物質から放出される蛍光を検出する工程5。
【0022】
以下、本実施の形態に係る細胞外小胞の内包物の測定方法の工程1~5について、具体的に説明する。図1は、本実施の形態に係る細胞外小胞の測定方法の一例である、1次反応および2次反応を用いる測定方法を示すフローチャートである。
【0023】
本発明において「細胞外小胞」とは、細胞により産生されて細胞外に放出される膜小胞の総称であり、そのサイズや発生起源、発生機序などによって、エクソソームやマイクロベシクルなどと呼ばれるものである。細胞外小胞は、エンドソーム由来のエクソソームと、形質膜由来のマイクロベシクルなどに大まかに分類されるものの、本発明においては、エクソソームおよびマイクロベシクルを含む、細胞外の膜小胞体全般を「細胞外小胞」とする。
【0024】
本発明において「細胞外小胞の内包物」とは、検体中の細胞外小胞が内包する物質であって、疾患などのマーカーとなり得る物質を意味し、検体中に遊離状態で存在する物質とは区別されるものである。細胞外小胞の内包物としては、DNA、mRNA、miRNA等の核酸や、タンパク質(広義には、ポリペプチドやペプチドも包括的に含む)が知られており、これらの断片もまた、疾患マーカー等となり得る。尚、本発明においては、「細胞外小胞の内包物」を単に「内包物」とも呼ぶ。
【0025】
細胞外小胞の内包物の具体例としては、熱ショックタンパク質70(HSP70)、熱ショックタンパク質90(HSP90)などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0026】
(工程1: 測定チップの準備)
金属膜と、細胞外小胞の内包物に結合する第1の結合物質とを含む測定チップを準備する(図1の工程S01)。SPFSでは、金属膜に光(本実施の形態では励起光)を照射したときに生じるエバネッセント波と表面プラズモンとを結合させてSPRを生じさせる。SPRを生じさせる手法としては、金属膜の一方の面上にプリズムを配置する手法(Kretschmann配置)や、金属膜に回折格子を形成する手法などが知られている。前者の手法を採用したSPFSは、プリズムカップリング(PC)-SPFSと称され、後者の手法を採用したSPFSは、格子カップリング(GC)-SPFSと称される。本実施の形態に係る細胞外小胞の測定方法は、PC-SPFSおよびGC-SPFSのどちらを採用してもよい。
【0027】
上述のとおり、金属膜は、励起光を照射されたときにSPRを生じさせる。金属膜を構成する金属の種類は、SPRを生じさせうる金属であれば特に限定されない。金属膜を構成する金属の例には、金、銀、銅、アルミニウムおよびこれらの合金が含まれる。
【0028】
第1の結合物質は、細胞外小胞の内包する、目的の物質に結合することができるものであって、金属膜上に固定化可能なものである限り特に限定はない。通常、第1の結合物質は、金属膜上の所定の領域(反応場)に均一に固定化されている。金属膜に固定化される第1の結合物質の種類は、内包物に結合することができるもの、即ち、内包物の有する第1の結合決定基に結合するものであれば特に限定されない。結合物質の例には、内包物に結合できる抗体、内包物に結合できる核酸、内包物に結合できる脂質、内包物に結合できるレクチン、および内包物に結合できるその他のタンパク質が含まれる。ここで、内包物が有する結合決定基とは、結合物質が内包物に結合する際に認識する内包物の一部分である。例えば、結合物質が抗体の場合、結合決定基は抗原の抗原決定基(エピトープ)であり、結合物質がリガンドの場合、結合決定基は対応する受容体の結合部位である。
【0029】
例えば、内包物としてHSP70を測定する場合、HSP70の結合決定基に対する抗体は市販されており、当該抗体を第1の結合物質として使用することができる。標的とする特定の内包物に固有の結合決定基に結合する物質を第1の結合物質として使用すると、第1の結合物質は特定の内包物にのみ結合するため、検体中の内包物を検出するのに有効である。
【0030】
第1の結合物質が抗体である場合、当該抗体は、モノクローナル抗体であってもよいし、ポリクローナル抗体であってもよいし、抗体の断片であってもよい。また、金属膜に固定化される第1の結合物質の種類は、1種類であってもよいし、2種類以上であってもよい。たとえば、金属膜に固定化される第1の結合物質が抗体の場合、当該抗体は、1種類または2種類以上のモノクローナル抗体またはポリクローナル抗体である。
【0031】
尚、第1の結合物質は、蛍光標識と関連して説明する第2の結合物質との組み合わせを考慮して選択することが好ましい。第1の結合物質と第2の結合物質との好ましい組み合わせについては後述する。
【0032】
結合物質の固定化方法は、特に限定されない。たとえば、金属膜上に、結合物質(例えば抗体)を結合させた自己組織化単分子膜(以下「SAM」という)または高分子膜を形成すればよい。SAMの例には、HOOC-(CH11-SHなどの置換脂肪族チオールで形成された膜が含まれる。高分子膜を構成する材料の例には、ポリエチレングリコールおよびMPCポリマーが含まれる。また、結合物質(例えば抗体)に結合可能な反応性基(または反応性基に変換可能な官能基)を有する高分子を金属膜に固定化し、この高分子に結合物質(例えば抗体)を結合させてもよい。
【0033】
測定チップは、好ましくは各片の長さが数mm~数cmの構造物であるが、「チップ」の範疇に含まれないより小型の構造物またはより大型の構造物であってもよい。
【0034】
図2Aは、PC-SPFS用の測定チップの構成を説明するための断面模式図であり、図2Bは、GC-SPFS用の測定チップの構成を説明するための断面模式図である。説明の便宜上、これらの図において、各構成要素の大きさおよび形状は、正確ではない。また、これらの図では、第1の結合物質として内包物上の抗原決定基を認識する抗内包物抗体を使用する例を示している。
【0035】
図2Aに示されるように、PC-SPFS用の測定チップ100は、プリズム110、金属膜120および内包物上の抗原決定基を認識する抗内包物抗体(第1の結合物質)130(の層)を有する。プリズム110は、励起光L1に対して透明な誘電体からなり、励起光L1が入射する入射面111と、励起光L1が反射する成膜面112と、反射光L2が出射する出射面113とを有する。プリズム110の形状は、特に限定されない。図2Aに示される例では、プリズム110の形状は、台形を底面とする柱体である。台形の一方の底辺に対応する面が成膜面112であり、一方の脚に対応する面が入射面111であり、他方の脚に対応する面が出射面113である。プリズム110の材料の例には、樹脂およびガラスが含まれる。プリズム110の材料は、好ましくは、励起光に対する屈折率が1.4~1.6であり、かつ複屈折が小さい樹脂である。金属膜120は、プリズム110の成膜面112上に配置されている。金属膜120の形成方法は、特に限定されない。金属膜120の形成方法の例には、スパッタリング、蒸着、めっきが含まれる。金属膜120の厚みは、特に限定されないが、30~70nmの範囲内であることが好ましい。
【0036】
図2Aに示されるように、金属膜120においてSPRが生じるようにプリズム110を介して金属膜120に励起光L1を照射すると、SPRにより増強された電場が金属膜120近傍に生じる。このとき、金属膜120上の内包物上の抗原決定基を認識する抗体(第1の結合物質)130に蛍光物質150で標識された第2の結合物質131と反応した内包物140が結合していると、蛍光物質150が増強電場により励起され、蛍光L3を放出する。
【0037】
図2Bに示されるように、GC-SPFS用の測定チップ200は、回折格子211の形成された金属膜210および内包物上の抗原決定基を認識する抗内包物抗体(第1の結合物質)130(の層)を有する。金属膜210の形成方法は、特に限定されない。金属膜210の形成方法の例には、スパッタリング、蒸着、めっきが含まれる。金属膜210の厚みは、特に限定されないが、30~500nmの範囲内であることが好ましい。回折格子211の形状は、エバネッセント波を生じさせることができれば特に限定されない。たとえば、回折格子211は、1次元回折格子であってもよいし、2次元回折格子であってもよい。たとえば、1次元回折格子では、金属膜210の表面に、互いに平行な複数の凸部が所定の間隔で形成されている。2次元回折格子では、金属膜210の表面に、所定形状の凸部が周期的に配置されている。凸部の配列の例には、正方格子、三角(六方)格子などが含まれる。回折格子211の断面形状の例には、矩形波形状、正弦波形状、鋸歯形状などが含まれる。回折格子211の形成方法は、特に限定されない。たとえば、平板状の基板(不図示)の上に金属膜210を形成した後、金属膜210に凹凸形状を付与してもよい。また、予め凹凸形状を付与された基板(不図示)の上に、金属膜210を形成してもよい。いずれの方法であっても、回折格子211を含む金属膜210を形成することができる。
【0038】
図2Bに示されるように、金属膜210(回折格子211)においてSPRが生じるように金属膜210(回折格子211)に励起光L1を照射すると、SPRにより増強された電場が金属膜210(回折格子211)近傍に生じる。このとき、金属膜210(回折格子211)上の内包物上の抗原決定基を認識する抗内包物抗体(第1の結合物質)130に蛍光物質150で標識された第2の結合物質131と反応した内包物140が結合していると、蛍光物質150が増強電場により励起され、蛍光L3を放出する。
【0039】
図3A~3Cは、PC-SPFS用の測定チップの一例を示す断面模式図である。3Aに示されるように、測定チップ300は、入射面111、成膜面112および出射面113を有するプリズム110と、プリズム110の成膜面112に形成された金属膜120と、プリズム110の成膜面112または金属膜120上に配置された流路蓋310とを有する。図3Aにおいて、入射面111および出射面113は、紙面の手前および奥にそれぞれ存在している。測定チップ300は、さらに、流路320と、流路320の一端に接続された液体注入部330と、流路320の他端に接続された貯留部340も有する。本実施の形態では、流路蓋310は、両面テープなどの接着層350を介して金属膜120(またはプリズム110)に接着されており、接着層350は流路320の側面形状を規定する役割も担っている。図3Aでは省略しているが、流路320内に露出している金属膜120の一部の領域(反応場)には、内包物上の抗原決定基を認識する抗内包物抗体(第1の結合物質)130が固定化されている。液体注入部330は、液体注入部被覆フィルム331により塞がれ、貯留部340は、貯留部被覆フィルム341により塞がれている。貯留部被覆フィルム341には、通気孔342が設けられている。
【0040】
流路蓋310は、蛍光L3に対して透明な材料で形成されている。ただし、蛍光L3の取り出しの妨げにならない限り、流路蓋310の一部は蛍光L3に対して不透明な材料で形成されていてもよい。蛍光L3に対して透明な材料の例には、樹脂が含まれる。流路蓋310は、接着層350を用いずに、レーザー溶着、超音波溶着、クランプ部材を用いた圧着などにより、金属膜120(またはプリズム110)に接合されていてもよい。この場合は、流路320の側面形状は、流路蓋310により規定される。
【0041】
液体注入部330には、ピペットチップが挿入される。このとき、液体注入部330の開口部(液体注入部被覆フィルム331に設けられた貫通孔)はピペットチップの外周に隙間なく接触する。このため、ピペットチップから液体注入部330内に液体を注入することで流路320内に液体を導入することができ、液体注入部330内の液体をピペットチップに吸引することで流路320内の液体を除去することができる。また、液体の注入および吸引を交互に行うことで、流路320内において液体を往復送液することもできる。
【0042】
液体注入部330から流路320内に流路320の容積を超える量の液体が導入された場合、貯留部340には流路320から液体が流入する。また、流路320内において液体を往復送液するときにも、貯留部340には液体が流入する。貯留部340に流入した液体は、貯留部340内で攪拌される。貯留部340内で液体が攪拌されると、流路320を通過する液体(検体や洗浄液など)の成分(例えば細胞外小胞、内包物や洗浄成分など)の濃度が均一になり、流路320内で各種反応が生じやすくなったり、洗浄効果が高まったりする。
【0043】
図3Bおよび図3Cは、それぞれ、ウェル形状の測定チップの一例を示す模式図である。図3Bは、反応検出部が底面にあるウェル形状の測定チップ400の模式図である(例えば、国際公開第2012/157403号を参照)。このチップにおいては、誘電体部材412が断面略台形形状の六面体(四角錐台形状)であり、ウェル部材418が誘電体部材412の形状に合わせて直方体に構成されている。そしてセンサ構造体22の金属薄膜414上のリガンド固定領域416に検出対象となる内包物と結合する第1の結合物質を固定した状態で、内包物を含んだ試料溶液を貫通穴420内に供給し、供給された試料溶液を撹拌する。
【0044】
また、図3Cは、反応検出部が側壁面にあるウェルである(例えば、国際公開第2018/021238号を参照)。測定チップ500は、ウェル本体510および側壁部材520を有する。ウェル本体510は、その内部に収容部(ウェル)511を有している。収容部511は、液体を収容できるように構成された有底の凹部であり、上部に設けられた第1開口512および側部に設けられた第2開口513により外部に開放されている。側壁部材520は、光学素子としてのプリズム521、金属膜525および反応場526を有している。プリズム521は、励起光に対して透明な誘電体からなる光学素子であり、入射面(図示せず)、反射面523および出射面(図示せず)を有する。プリズム521は、収容部511を構成する側壁としても機能する。金属膜525上には捕捉領域があり、捕捉領域は、検体中の内包物を捕捉するための第1の結合物質が固定化される領域である。
【0045】
(工程2: 細胞外小胞からの内包物の放出)
実際の測定を行う前に、検体に含まれる細胞外小胞からその内包物を放出させる(工程S10)。
【0046】
検体の種類は、細胞外小胞を含むものである限り、特に限定されない。検体の例には、血液(血清、血漿、全血)、尿、汗、唾液、母乳、精液、リンパ液、脳脊髄液、涙液等の体液、ならびにこれら体液を生理食塩水や緩衝液などで希釈した希釈液が含まれる。さらに検体は、培養細胞から放出された細胞外小胞を含む細胞培養上清およびその希釈液でもよい。本実施の形態に係る細胞外小胞の内包物の測定方法では、SPFSを利用して内包物を検出するため、検体として全血も使用することができる。よって、入手の容易性等の観点から、細胞培養上清、血清、血漿、全血、尿、唾液、細胞ライセートまたはこれらの希釈物が、検体として好ましい。
【0047】
また、検体は、体液等から単離した細胞外小胞であってもよい。単離した細胞外小胞を検体とすることで、体液中に存在する複数種の細胞外小胞の中から特定の細胞外小胞を選択し、その内包物のみを測定することが可能となる。また、検体中に遊離した内包物が存在し得る場合に、遊離した物質を検出することなく、細胞外小胞に内包されていた物質を選択的に測定することが可能となる。細胞外小胞を単離する方法に特に限定はないが、後述するように、細胞外小胞に特異的な結合物質を用いてSPFSの装置内に細胞外小胞を補足することができる。また、従来から知られている細胞外小胞の抽出方法を採用することもできる。例えば、超遠心分離法、免疫沈降法やポリマー沈殿法や、SPFSの装置を用いて体液から細胞外小胞を単離し、抽出することもできる。
【0048】
細胞外小胞から内包物を放出させるための方法は、細胞外小胞のリン脂質膜を分解するが、内包物を損傷しない方法である限り特に限定はない。最も一般的な方法は、溶出液を検体に加える方法である。溶出液は、目的の内包物を損傷することなく細胞外小胞のリン脂質膜を分解することできるものである限り特に限定はない。溶出液は測定対象となる内包物に応じて選択することができるが、生物・医学の分野で広く使用されている界面活性剤等の膜溶解剤が好ましい。界面活性剤は、内包物に対する影響を抑制する観点から、非変性界面活性剤であることが好ましく、具体例としては、非イオン性界面活性剤であるTriton(登録商標) X-100(化合物名:t-オクチルフェノキシポリエトキシエタノール)やTween20(化合物名:ポリオキシエチレンソルビタンモノラウラート)等、および陰イオン性界面活性剤であるデオキシコール酸ナトリウム等が挙げられる。
【0049】
溶出液の使用濃度は、細胞外小胞のリン脂質膜を分解するが、測定対象である内包物は分解しない濃度である限り、特に限定はない。実際、溶出液の種類や内包物の種類等、さらには処理時間(即ち、溶出液と検体とを接触させる時間)によっても異なる。例えば、界面活性剤がTriton(登録商標) X-100の場合、溶出液中のその濃度は0.1~20質量%であり、好ましくは0.1~10質量%、より好ましくは、0.5~5質量%である。また、界面活性剤がTween20の場合、溶出液中のその濃度は10~30質量%であり、好ましくは15~25質量%、より好ましくは、15~20質量%である。
【0050】
溶出液と検体とを接触させる時間にも特に限定はなく、通常、0.5分~30分、好ましくは3分~10分である。0.5分以上であれば、細胞外小胞のリン脂質膜が溶解されて、内包物が検体中に放出されるのに十分である。
【0051】
細胞外小胞からの内包物の放出は、試験管などの容器内で実施することもできるが、SPFSの装置内で実施することもできる。特に溶出液を用いる場合、内包物の放出と、検体の希釈とを同時に装置内で行うことが好ましい。具体的には、内包物の放出が達成される界面活性剤等の濃度と、検体の希釈率とを考慮して、溶出液の濃度および添加量を調節することができる。
【0052】
(工程3: 1次反応)
次に、測定チップの金属膜上に、細胞外小胞の内包物が放出された検体を提供して、金属膜に固定化された第1の結合物質に、内包物を結合させる(図1の工程S20)。検体を提供する方法は、特に限定されない。たとえば、ピペットチップを先端に装着したピペットを用いて金属膜上に検体を提供すればよい。1次反応の反応時間に特に限定はないが、内包物と第1の結合物質との反応効率を上げるという観点からは、反応時間は長い方が好ましく、通常、5分以上180分以下、好ましくは60分以上150分以下、より好ましくは100分以上120以下である。通常は、1次反応を終えた後、金属膜の表面を緩衝液などで洗浄して、第1の結合物質に結合していない成分を除去する(図1の工程S21;洗浄)。
又、洗浄後には、光学ブランクを測定することができる(図1の工程S22;光学ブランクを測定)。
【0053】
(工程4: 2次反応)
次に、測定チップの金属膜上に標識試薬を提供して、第1の結合物質に結合した内包物を、内包物に結合する第2の結合物質を介して蛍光物質で標識する(図1の工程S30)。標識試薬の種類は、第1の結合物質に結合した内包物に蛍光物質で標識された第2の結合物質が反応できれば特に限定されない。たとえば、標識試薬は、内包物が有する第2の結合決定基に結合する、蛍光物質で標識された第2の結合物質である。あるいは、標識試薬は、内包物が有する第2の結合決定基に結合する第2の結合物質、および内包物に結合した第2の結合物質に結合する、蛍光物質で標識された別の第3の結合物質の両方を含む。
【0054】
標識試薬を提供する方法は、特に限定されない。たとえば、ピペットチップを先端に装着したピペットを用いて金属膜上に標識試薬を提供すればよい。通常は、2次反応および/または3次反応を終えた後、金属膜の表面を緩衝液などで洗浄して、内包物に結合していない第2の結合物質(または他の結合物質)を除去する(図1の工程S31)。
【0055】
標識試薬に含まれる第2の結合物質の種類は、蛍光物質で標識することができ、且つ内包物に結合することができれば特に限定されない。第2の結合物質の例には、内包物に結合できる抗体、内包物に結合できる核酸、内包物に結合できる脂質、内包物に結合できるレクチン、および内包物に結合できるその他のタンパク質が含まれる。
【0056】
第2の結合物質が結合する、内包物が有する第2の結合決定基に特に限定はないが、内包物のマーカーとして知られる結合決定基が含まれる。例えば、内包物としてHSP70を測定する場合、その結合決定基に対する抗体は市販されており、当該抗体を第2の結合物質として使用することができる。標的とする特定の内包物に固有の結合決定基に結合する物質を第2の結合物質として使用すると、第2の結合物質は特定の内包物にのみ結合するため、たとえ金属膜上に内包物以外のもの(細胞外小胞など)が結合していても、標的の内包物のみを検出するのに有効である。
【0057】
第2の結合物質が抗体である場合、当該抗体は、モノクローナル抗体であってもよいし、ポリクローナル抗体であってもよいし、抗体の断片であってもよい。また、標識試薬に含まれる第2の結合物質の種類は、1種類であってもよいし、2種類以上であってもよい。たとえば、蛍光物質で標識された抗内包物抗体は、1種類または2種類以上の抗内包物モノクローナル抗体または抗内包物ポリクローナル抗体である。この場合、蛍光物質で標識された抗内包物モノクローナル抗体および抗内包物ポリクローナル抗体は、金属膜に固定化されている1種類または2種類以上の抗内包物モノクローナル抗体とは異なるものであることが好ましい。
【0058】
標識試薬に含まれる第2の結合物質の種類は、金属膜に固定化される第1の結合物質の種類と同一であってもよいし、異なっていてもよい。例えば、第1の結合物質および第2の結合物質が共に抗体であってもよいし、一方が抗体で、他方が抗体以外のタンパク質でもよい。
【0059】
金属膜に固定化されている第1の結合物質と、標識試薬に含まれる第2の結合物質は、それぞれが標的とする内包物の有する結合決定基に結合するものであるが、第1の結合物質の結合する第1の結合決定基と、第2の結合物質の結合する第2の結合決定基とは異なることが好ましい。第1の結合物質と第2の結合物質とが同じ結合決定基を奪い合うのではなく、異なる結合決定基に結合することで、内包物の金属膜への固定および標識物質による標識をより確実に実施することが可能となる。また、第1の結合物質の結合する第1の結合決定基と、第2の結合物質の結合する第2の結合決定基とが異なることによって、第1の結合物質の結合に基づき検体から検出した内包物の中から、第2の結合物質の結合に基づきさらに測定すべき内包物を絞り込むことができる。
【0060】
標識試薬に含まれる第3の結合物質は、蛍光物質で標識することができ、且つ第2の結合物質に結合できるものであれば特に限定されない。他の結合物質の例には、第2の結合物質として使用する抗体、核酸、脂質、レクチン、その他のタンパク質等に結合できる抗体、核酸、脂質、および抗体以外のタンパク質が含まれる。たとえば、1つの第2の結合物質に対して複数の第3の結合物質が結合するような第2および第3の結合物質の組み合わせを使用すると、第2の結合物質を直接蛍光標識して用いた場合よりも多くの蛍光物質を内包物に結合させて、測定感度を向上させることが可能となる。また、第2の結合物質を蛍光物質で直接標識するのが難しい場合や、蛍光標識によって第2の結合物質の内包物に対する結合性が変化、低下または失われる場合等にも、第3の結合物質を用いて内包物を標識することができる。
【0061】
第2または第3の結合物質を標識するための蛍光物質の種類は、SPFSで使用可能なものであれば特に限定されない。蛍光物質の例には、シアニン系色素、Thermo Scientific社のAlexa Fluor(登録商標)色素、およびBiotium社のCF色素が含まれる。Alexa Fluor色素およびCF色素は、市販されている蛍光色素の中では、SPFSで使用する励起光の波長についての量子効率が高い。また、CF色素は、蛍光検出時における退色があまり生じないため、安定して蛍光検出を行うことができる。結合物質を蛍光物質で標識する方法は、特に限定されず、公知の方法から適宜選択されうる。たとえば、結合物質(例えば抗細胞外小胞抗体)のアミノ基またはスルフヒドリル基に蛍光物質を結合させればよい。
【0062】
なお、上記の説明では、金属膜に固定化された第1の結合物質に内包物を結合させてから内包物を標識試薬を用いて蛍光物質で標識したが、金属膜に固定化された第1の結合物質に内包物を結合させる前に内包物を標識試薬を用いて蛍光物質で標識してもよい。この場合は、検体を金属膜上に提供する前に、検体と標識試薬(第2の結合物質)とを混合すればよい。また、検体と標識試薬(第2の結合物質)との混合物に、さらに蛍光標識した別の(第3)の結合物質を加えることもできる。さらに、金属膜に固定化された結合物質に内包物を結合させる工程と内包物を蛍光物質で標識する工程を同時に行ってもよい。この場合は、検体と標識試薬(第2の結合物質、または第2および第3の結合物質)を金属膜上に同時に提供すればよい。
【0063】
(工程5: 蛍光測定)
次に、SPFSにより内包物の量を示す蛍光を測定する(図1の工程S40)。具体的には、蛍光物質で標識された内包物が金属膜に固定化された結合物質に結合している状態で、金属膜でSPRが生じるように金属膜に励起光を照射し、これにより蛍光物質から放出される蛍光を測定する。通常は、測定された蛍光値から、予め測定された光学ブランク値を引いて、内包物の量に相関するシグナル値を算出する。必要に応じて、予め作成しておいた検量線などにより、シグナル値を内包物の量(個数/ml)や濃度(μg/ml)などに換算してもよい。
【0064】
図2Aに示されるように、PC-SPFS用の測定チップ100を用いる場合は、励起光L1は、プリズム110を介して金属膜120に照射される。これにより、金属膜120においてSPRが生じ、金属膜120近傍に存在する蛍光物質150は、増強電場により励起され、蛍光L3を放出する。金属膜120に対する励起光L1の入射角は、金属膜120でSPRが生じるように設定されるが、共鳴角または増強角であることが好ましい。ここで「共鳴角」とは、金属膜120に対する励起光L1の入射角を走査した場合に、反射光L2の光量が最小となるときの入射角を意味する。また、「増強角」とは、金属膜120に対する励起光L1の入射角を走査した場合に、金属膜120の上方(プリズム110の反対側)に放出される励起光L1と同一波長の散乱光(プラズモン散乱光)の光量が最大となるときの入射角を意味する。
【0065】
図2Bに示されるように、GC-SPFS用の測定チップ200を用いる場合は、励起光L1は、金属膜210(回折格子211)に直接照射される。これにより、金属膜210(回折格子211)においてSPRが生じ、金属膜210(回折格子211)近傍に存在する蛍光物質150は、増強電場により励起され、蛍光L3を放出する。金属膜210に対する励起光L1の入射角は、金属膜210でSPRが生じるように設定されるが、SPRにより形成される増強電場の強度が最も強くなる角度が好ましい。励起光L1の最適な入射角は、回折格子211のピッチや励起光L1の波長、金属膜210を構成する金属の種類などに応じて適宜設定される。
【0066】
励起光の種類は、特に限定されないが、通常はレーザー光である。たとえば、励起光は、出力が10μW~30mWのレーザー光源から出射されたレーザー光である。励起光の照射エネルギーとしては、7.5μW/mm以上30mW/mm以下であり、8.5μW/mm以上10mW/mm以下が好ましく、9.5μW/mm以上5mW/mm以下がより好ましい。励起光の照射エネルギーを30mW/mm以下とすることで、蛍光強度を高めてシグナル対ノイズ比(S/N)を大きくし、より少量の内包物を検出することが可能となるため、検出限界を向上させることができる。励起光の波長は、使用する蛍光物質の励起波長に応じて適宜設定される。また、光量が30mW/mmを超えると、照射熱による抗原抗体反応の解離が進むため、シグナル対ノイズ比が悪くなる。
【0067】
蛍光の検出器は、測定チップに対して蛍光の強度が最も高い方向に設置されることが好ましい。たとえば、図2Aに示されるように、PC-SPFS用の測定チップ100を用いる場合は、蛍光L3の強度が最も高い方向は金属膜120の法線方向であるので、検出器は、測定チップの直上に設置される。一方、図2Bに示されるように、GC-SPFS用の測定チップ200を用いる場合は、蛍光L3の強度が最も高い方向は金属膜120の法線に対してある程度傾斜した方向であるので、検出器は、測定チップの直上ではない位置に設置される。検出器は、例えば、光電子増倍管(PMT)やアバランシェフォトダイオード(APD)などである。
【0068】
(細胞外小胞の単離)
本発明の測定方法においては、検体から細胞外小胞を単離する必要はないが、本発明の方法の工程2に関連して上述したように、SPFSの装置を用いて生物検体から細胞外小胞を単離し、単離した細胞外小胞から内包物を溶出させることもできる。次に、SPFSの装置を用いて生物検体から細胞外小胞を単離する方法について、具体的に説明する。図4は、SPFSの装置を用いて生物検体から細胞外小胞を単離した後に、上述した工程3~5を実施する測定方法を示すフローチャートである。
【0069】
SPFSの装置を用いて生物検体から細胞外小胞を単離する方法は、本発明の内包物の測定方法の工程1と工程3に相当する、図4のS10’(測定チップの準備)、S20’(1次反応)およびS21’(洗浄)を含む。使用する検体は、本発明の内包物の測定方法に使用する検体と同じである。
【0070】
図4の工程S01’、S20’およびS21’は、上述した本発明の内包物の測定方法の工程1および工程3と実質的に同様に実施することができるが、但し、第1の結合物質を、細胞外小胞に結合することができる物質に変更する。ここで使用する結合物質の例には、細胞外小胞に結合できる抗体、細胞外小胞に結合できる核酸、細胞外小胞に結合できる脂質、細胞外小胞に結合できるレクチン、および細胞外小胞に結合できるその他のタンパク質が含まれる。細胞外小胞が有する結合決定基とは、結合物質が細胞外小胞に結合する際に認識する細胞外小胞の一部分である。例えば、結合物質が抗体の場合、結合決定基は抗原の抗原決定基(エピトープ)であり、結合物質がリガンドの場合、結合決定基は対応する受容体の結合部位である。
【0071】
第1の結合物質が結合する、細胞外小胞の有する第1の結合決定基に特に限定はないが、細胞外小胞のマーカーとして知られる結合決定基や、細胞外小胞を分泌する細胞のマーカーとして知られる結合決定基が含まれる。細胞外小胞のマーカーとして知られる結合決定基としては、CD9、CD63、CD81、CD37、CD53、CD82、CD13、CD11、CD86、ICAM-1、Rab5、アネキシン V(Annexin V)、LAMP1等が挙げられる。これら結合決定基に対する抗体は市販されており、当該抗体を第1の結合物質として使用することができる。細胞外小胞のマーカーとして知られる結合決定基に結合する第1の結合物質に上記の物質と反応する物質(例えば抗体)を使用する場合、細胞外小胞にのみ結合するため、検体中の細胞外小胞を検出するのに有効である。
【0072】
細胞外小胞を分泌する細胞のマーカーとして知られる結合決定基としては、カベオリン-1(Caveolin-1)、PSMA、EpCAM、グリピカン-1(Grypican-1)、サバイビン(Survivin)、CD91、Tspan8、CD147、EGFR、HER2、CD44、ガラクチン(Galactin)、インテグリン(Integrin)等が挙げられる。これら結合決定基に対する抗体も市販されており、当該抗体を第1の結合物質として使用することができる。第1の結合物質として細胞外小胞を分泌する細胞マーカーとして知られる結合決定基に結合する結合物質(例えば抗体)を使用する場合は、特定の細胞およびそこから分泌された細胞外小胞にのみ結合するため、検体中の特定の細胞由来の細胞外小胞を検出するのに有効である。
【0073】
さらに工程S20’を実施する前に、検体に界面活性剤を添加してもよい。界面活性剤を添加することで細胞外小胞の凝集を防止することが可能となる。界面活性剤は、生物・医学の分野で広く使用されている界面活性剤が好ましく、例えば、Tween20、デオキシコール酸ナトリウム、およびTriton(登録商標) X-100が含まれる。界面活性剤は、細胞外小胞を破壊することはないが、その凝集を防止する程度の濃度で使用すればよい。例えば、Tween20の場合、0.001%~5%以下、好ましくは0.005%~1%以下、より好ましくは0.010%~0.05%以下の濃度で使用することができる。また、デオキシコール酸ナトリウムの場合、0.001%~0.025%以下、好ましくは0.002%~0.020%以下、より好ましくは0.003%~0.010%以下の濃度で使用することができる。また、Triton(登録商標) X-100の場合、0.001%~0.010%以下、好ましくは0.002%~0.007%以下、より好ましくは0.003%~0.005%以下の濃度で使用することができる。
【0074】
図4の工程S01’、S20’およびS21’を実施した後には、測定チップ上に固定化された第1の結合物質に結合した状態で、細胞外小胞が補足される。このようにチップに結合した状態の細胞外小胞を本発明の方法の工程2に付して、その内包物を放出させることができる(図4の工程S10)。上述したような溶出液を用いて内包物の溶出を実施すると、溶出された内包物を含む溶出液が得られ、この溶出液を回収する(図4の工程S11)。図3Aに示した測定チップにおいては、液体注入部330内の溶出液をピペットチップに吸引することで、内包物を含む溶出液を回収することができる。回収した、内包物を含む溶出液は、次にSPFSによる内包物の測定のために、本発明の方法の工程3~5に付すことができる。
【0075】
また、上述した方法で回収した、細胞外小胞から溶出した内包物を含む溶出液は、SPFS以外の方法による分析に用いるための検体として使用することもできる。例えば、内包物がmiRNAの場合、回収した溶出液を検体としてRT-PCR法で分析し、miRNA濃度を測定することも可能である。
【0076】
(細胞外小胞の回収)
さらに本発明の測定方法においては、SPFSの装置を用いて検体から単離した細胞外小胞を回収し、検体として使用することもできる。次に、SPFSの装置を用いて検体から細胞外小胞を単離・回収し、その内包物を測定する方法について、具体的に説明する。図5は、SPFSの装置を用いて生物検体から細胞外小胞を回収した後に、上述した工程1~5を実施する測定方法を示すフローチャートである。
【0077】
初めに、上述した図4の工程S01’、S20’およびS21’と同様の工程を実施して、測定チップ上に固定化された第1の結合物質に結合する細胞外小胞を補足する。次に解離液を用いて、細胞外小胞を第1の結合物質から解離させ、解離液中に細胞外小胞を遊離させ(解離工程、図5のS50’)、解離した細胞外小胞を含む解離液を回収して処理し(処理工程、図5の工程S60’)、単離した細胞外小胞を得る。
【0078】
(解離工程)
細胞外小胞を第1の結合物質から解離させ、解離液中に遊離させる(図5のS50’)のための解離液は、第1の結合物質と細胞外小胞との結合を緩めて、細胞外小胞を第1の結合物質から解離させる液体である限り特に限定はない。解離液の種類は第1の結合物質の種類によっても異なるが、例えば、酸性溶液、塩基性溶液、塩溶液、界面活性剤溶液などが挙げられ、解離のし易さや、膜タンパク質へのダメージが少ないことから酸性溶液または塩溶液が好ましい。
【0079】
酸性溶液に含まれる酸性物質としては、グリシンやクエン酸等が挙げられ、グリシンが好ましい。酸性溶液のpHは1.5~4.0であり、2.0~3.0が好ましい。pHが4.0以下であれば、結合物質と細胞外小胞との十分な解離が可能となる。
【0080】
塩溶液に含まれる塩類としては、NaClやKCl等が挙げられ、NaClが好ましい。塩溶液の塩濃度は0.1M~5.0Mであり、1M前後が好ましい。塩濃度が0.1M以上であれば、結合物質と細胞外小胞との解離が可能となる。
【0081】
解離液を提供する方法は、特に限定されない。例えば、ピペットチップを先端に装着したピペットを用いて金属膜上に解離液を提供すればよい。図3Aに示した測定チップにおいては、ピペットチップから液体注入部330内に解離液を注入することで流路320内に解離液を導入し、液体の注入および吸引を交互に行うことで、流路320内において解離液を往復送液することもできる。
【0082】
解離液と、第1の結合物質に結合した細胞外小胞とを接触させる時間は、解離液の種類や濃度、さらには第1の結合物質の種類等によっても異なるが、通常、0.5分以上30分以下であり、好ましくは5分以上15分以下、より好ましくは10分以上15分以下である。条件にもよるが、接触させる時間が10分以上であれば、十分なレベルで結合物質と細胞外小胞とを解離させることが可能となる。
【0083】
(回収工程)
次に、解離した細胞外小胞を含む解離液を回収して処理し(図5の工程S60’)、単離した細胞外小胞を得る。細胞外小胞は解離液に遊離していることから、解離液と共に回収する。図3Aに示した測定チップにおいては、液体注入部330内の解離液をピペットチップに吸引することで、細胞外小胞の遊離した解離液を回収することができる。
【0084】
解離液の成分は、長期的には細胞外小胞を損傷したり、細胞外小胞のさらなる解析の妨げになったりする可能性があることから、回収した解離液に対して、細胞外小胞に対する解離液の影響を除去または抑制するための処理を実施する。
【0085】
解離液が酸性溶液の場合には、酸の細胞外小胞および続く解析への影響を抑制するために、回収した解離液を塩基性溶液で中和して、pH6.0~8.0、好ましくはpH7.0~7.4とする。中和に使用する塩基性溶液に含まれる塩基性物質の種類は、解離液に含まれる酸性物質の種類によっても異なるが、通常、NaOHや炭酸バッファー等が挙げられる。塩基性溶液のpHは、通常、pH9.0~12.0であり、10.0~11.0が好ましい。pHが9.0以上であれば、解離液中の酸性物質の中和が可能となり、中和ができれば特にpHが高いことによる問題はない。
【0086】
解離液が塩溶液の場合には、塩類の細胞外小胞および続く解析への影響を抑制するために、回収した解離液を希釈する。希釈に使用する希釈液は、細胞外小胞を損傷することなく、解離液中の塩物質の影響を抑制することのできる溶液である限り特に限定はないが、その後に実施し得るさらなる解析に影響しないものであることが好ましい。希釈液として、例えば、水、生理食塩水、バッファーなどが挙げられ、バッファーとしてはPBSやTBS等が挙げられる。希釈液は回収した解離液と混合する。この時の希釈率は、解離液の塩濃度に応じて決定することができるが、通常、2倍~10倍、好ましくは3~6倍、より好ましくは5倍である。希釈率が2倍以上であれば解離液中の塩物質の影響を抑制することが可能となる。また、希釈率は、回収した細胞外小胞の濃度や、次に実施し得る解析の感度などに応じて決定することもできる。
【0087】
上記中和または希釈した解離液を、細胞外小胞の内包物を測定するための検体として、本発明の方法や他の分析方法に使用することができる。
【0088】
[細胞外小胞の内包物の測定キット]
本実施の形態に係る細胞外小胞の内包物の測定キットは、細胞外小胞から内包物を溶出させるための上記の溶出液と、上記の測定チップと、上記の標識試薬(蛍光物質と、第2の結合物質とを含み、所望により第3の結合物質をさらに含むもの)と、をセットにしたものである。このように上記の溶出液、測定チップおよび標識試薬を予めセットとしておくことで、ユーザー(医療従事者など)が細胞外小胞の内包物の上記測定方法をより簡便に行うことが可能となる。
【0089】
[効果]
以上のように、本実施の形態に係る細胞外小胞の内包物の測定方法および測定キットにおいては、SPFSを利用して、検体から細胞外小胞を分離または濃縮する必要なしに、夾雑物の影響を抑制しながら、高感度に細胞外小胞の内包物を測定することが可能となる。また、細胞外小胞からの内包物の溶出や、検体の希釈といった一連の操作を装置内で自動的に行っても、感度不足を生じることなく、簡便に内包物を測定することが可能となる。
【0090】
また、SPFSは、検体として全血も使用することができるため、細胞外小胞の抽出といった工程を実施することなく、少ない手順で簡便に実施することが可能な、血液中の細胞外小胞の内包物に基づく診断方法や診断キット等を構築することが可能となる。
【実施例
【0091】
以下、本発明について実施例を参照して詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されない。
【0092】
実施例1
検体としては、コスモバイオ社から購入した5637細胞由来エクソソーム(凍結乾燥品)を水和したもの(水和しているが、凍結乾燥品がPBSで調製されているため、バッファー系となっている。以下、「バッファー系」と記載する)を用意した。検体のエクソソーム濃度は1.6×106粒子/μlである。さらに、希釈液として、1%のBSAを含むPBSを用意し、溶出液として、1%のTriton(登録商標) X-100を含む希釈液を用意した。
【0093】
図3Aに示した測定チップを用意し、その流路内に露出している金属膜(金薄膜)の特定の領域(反応部)に、第1の結合物質として、抗HSP70抗体1(熱ショックタンパク質70に対する抗体であって、後述する抗HSP70抗体2とは異なるエピトープを認識するもの)を固定化したものをSPFS測定用に準備した。尚、抗HSP70抗体1は、熱ショックタンパク質70(HSP70)に特異的に結合する抗体である。
【0094】
上記検体について、エクソソームからその内包物であるHSP70を溶出させて、HSP70の量に相関するシグナル値をSPFSで測定した。具体的には、測定に関連する試薬を含む測定カートリッジの空のウェルに、溶出液(対照は希釈液)と検体とを加え、ウェル内でピペットチップを用いて吸引吐出を約30秒間行い、ウェル内の検体と溶出液(希釈液)とを攪拌し、混合した。当該混合によって検体を希釈し(装置内希釈率は3倍)、さらに溶出液を用いた系においては、希釈と同時にエクソソームから内包物を溶出させ、測定用検体を得た。
【0095】
次に、内包物の溶出および/または希釈した検体である測定用検体を、ピペットチップにより、液体注入部から流路内に導入し、往復送液させた(1次反応)。1次反応の反応時間は100分とした。液体注入部から流路内の検体を回収し、カートリッジの空きウェルに吐出し、その後、流路内を洗浄液で1回洗浄した。次いで、標識試薬(Alexa Fluor色素で標識された抗HSP70抗体2(熱ショックタンパク質70に対する抗体であって、上述した抗HSP70抗体1とは異なるエピトープを認識するもの)を液体注入部から流路内に導入し、往復送液させた(2次反応)。2次反応の反応時間は10分とした。液体注入部から流路内の標識試薬を除去した後、流路内を洗浄液で1回洗浄した。次いで、液体注入部から流路内に測定液を導入した。この状態で、SPFSにより蛍光値を測定した。すなわち、金属膜に対する励起光の入射角が増強角となるようにプリズム側から金属膜に励起光(レーザー光)を照射し、そのときに放出される蛍光を検出した。検出に用いた励起光の出力は5mWであり、照射エネルギー量は、3.8mW/mmとなった。得られた蛍光値から予め測定した光学ブランク値を引き、細胞外小胞の内包物であるHSP70の量に相関するシグナル値を算出した。結果を下記表1および図6に示した。
【0096】
【表1】
【0097】
表1および図6の結果から明らかなように、希釈液に添加した界面活性剤によって細胞外小胞(エクソソーム)からその内包物が溶出され、SPFSを用いて検出することができた。
【0098】
実施例2
ヒト血清に5637細胞由来エクソソームを添加した、当該エクソソームの濃度が2.0×106粒子/μlである検体を準備した。
【0099】
上記検体を使用する以外は実施例1と同様に、エクソソームからその内包物であるHSP70を溶出させて、HSP70の量に相関するシグナル値をSPFSで測定した。結果を下記表2および図7に示した。
【0100】
【表2】
【0101】
表2および図7の結果から明らかなように、血清中の多様な夾雑物に影響されることなく、SPFSを用いて検体中の細胞外小胞(エクソソーム)から溶出させた内包物を測定することができた。
【0102】
比較例1
実施例1と同じ検体、第1の結合物質、および第2の結合物質を用いて、ELISA法により検体中の細胞外小胞(エクソソーム)から溶出させた内包物を測定した。
【0103】
実施例1と同様に、エクソソーム濃度が1.6×106粒子/μlの検体を用意した。さらに、希釈液として、1%のBSAを含むPBSを用意し、溶出液として、1%のTRITON(登録商標) X-100を含む希釈液を用意した。
【0104】
検体35μlに対して、溶出液70μlを加えて混合し、内包物(HSP70)を溶出させるために37℃で30分静置し、内包物測定用の検体を得た。尚、溶出液の代わりに、溶出液を含まない希釈液を添加した対照検体も用意した。
【0105】
上記検体中のHSP70(内包物)の測定を、ELISA法により実施した。具体的には、補足抗体(1次抗体)として抗HSP70抗体1をマイクロプレートのウェル内に固相化し、さらにウェル内へのHSP70の非特異的結合を低減するためのブロッキング処理を施したマイクロプレートを用意した。用意したマイクロプレートのウェルに検体を加え、37℃で1時間静置して、HSP70を補足抗体に結合させた。その後、検体を除去し、洗浄液でウェルを洗浄した。
【0106】
検出抗体(2次抗体)として、ビオチンで標識した抗HSP70抗体2をウェルに加え、37℃で1時間静置して、HSP70に検出抗体を結合させた。その後、検出検体を除去し、洗浄液でウェルを洗浄した。次に、西洋ワサビパーオキシダーゼ(HRP)で標識したストレプトアビジンをウェルに加え、ウェル内のビオチンを発色させ、十分に発色した時点で停止液を加えて比色反応を停止した。ELISAプレートリーダーで発色したウェルの吸光度(波長450nm)を測定し、シグナル値を得た。結果を下記表3および図8に示した。
【0107】
【表3】
【0108】
表3および図8の結果から明らかなように、SPFSに基づく本発明の方法(実施例1)では測定可能な、エクソソーム濃度が1.6×106粒子/μlの検体について、ELISA法では、内包物を溶出させても、溶出なしの対照と同様のシグナル値しか得られなかった。よって、本発明の方法は、ELISA法よりも測定感度が高いことがわかる。
【0109】
実施例3
実施例1と同じ検体を準備し、SPFSの装置を用いてエクソソームを単離し、単離したエクソソームの内包物を測定した。
【0110】
検体としては、コスモバイオ社から購入した5637細胞由来エクソソーム(凍結乾燥品)を水和したもの(水和しているが、凍結乾燥品がPBSで調製されているため、バッファー系となっている。以下、「バッファー系」と記載する)を用意した。検体のエクソソーム濃度は1.6×106粒子/μlである。さらに、希釈液として、1%のBSAを含むPBSを用意し、溶出液として、1%のTriton(登録商標) X-100を含む希釈液を用意した。
【0111】
図3Aに示した測定チップを用意し、その流路内に露出している金属膜(金薄膜)の特定の領域(反応部)に、エクソソーム結合物質として、抗CD9モノクローナル抗体を固定化したものを準備した。
【0112】
ピペットチップにより、液体注入部から流路内に検体を導入し、往復送液させた(1次反応)。1次反応の反応時間は100分とした。液体注入部から流路内の検体を回収し、カートリッジの空きウェルに吐出し、その後、流路内を洗浄液で1回洗浄した。
【0113】
流路内の洗浄液を除去した後、液体注入部から流路内に溶出液(対照は希釈液)を導入し、往復送液させて、測定チップに補足したエクソソームからその内包物を溶出させた(溶出処理)。溶出処理の時間は10分とした。流路内の、エクソソームの内包物を含んだ溶出液(対照は希釈液)を回収し、測定用検体とした。
【0114】
抗HSP70抗体1を固定化した上記とは別の測定チップを用いて、上記で得られた測定用検体について、実施例1と同様に、HSP70の量に相関するシグナル値をSPFSで測定した。結果を下記表4および図9に示した。
【0115】
【表4】
【0116】
表4および図9の結果から明らかなように、SPFSの装置を用いて細胞外小胞(エクソソーム)を補足し、流路内で補足した細胞外小胞から内包物を溶出させて、内包物を測定することができた。よって、本発明の方法においては、検体中の細胞外小胞の補足、細胞外小胞からの内包物の放出、および内包物の測定を連続的に実施することが可能となる。
【0117】
実施例4
実施例1と同じ検体を準備し、そこにHSP70抗原を10ng/mlの濃度になるように添加し、エクソソームと遊離HSP70とを含む検体を得た。得られた検体からSPFSの装置を用いてエクソソームを単離し、単離したエクソソームの内包物を測定した。
【0118】
上記検体を使用する以外は実施例3と同様にエクソソームを測定チップ上に補足し、補足したエクソソームから内包物を溶出させて、流路内の、エクソソームの内包物を含んだ溶出液(対照は希釈液)を回収し、測定用検体を得た。
【0119】
上記で得られた測定用検体について、実施例1と同様に、HSP70の量に相関するシグナル値をSPFSで測定した。結果を下記表5および図10に示した。
【0120】
【表5】
【0121】
表5および図10の結果から明らかなように、本発明の測定方法によって、検体中に遊離した内包物が存在しても、細胞外小胞の内包していた物質を選択的に測定することができた。
【産業上の利用可能性】
【0122】
本実施の形態に係る細胞外小胞の内包物の測定方法および測定キットを用いることで、検体から細胞外小胞を抽出しなくとも、夾雑物の影響を抑制しながら、高感度で内包物を測定することが可能となる。また、細胞外小胞からの内包物の放出や、検体の希釈といった一連の操作を装置内で自動的に行っても、感度不足を生じることなく、簡便に内包物を測定することが可能となる。したがって、本発明に係る細胞外小胞の内包物の測定方法および測定キットは、新規な疾患マーカーや診断キットの開発などに有用である。
【符号の説明】
【0123】
100、200、300、400、500 測定チップ
110 プリズム
111 入射面
112 成膜面
113 出射面
120 金属膜
130 抗内包物抗体(第1の結合物質)
131 抗内包物抗体(第2の結合物質)
140 内包物
150 蛍光物質
210 金属膜
211 回折格子
310 流路蓋
320 流路
330 液体注入部
331 液体注入部被覆フィルム
340 貯留部
341 貯留部被覆フィルム
342 通気孔
350 接着層
412 誘電体部材
414 金属薄膜
416 リガンド固定領域
418 ウェル部材
420 貫通穴
422 センサ構造体
510 ウェル本体
511 収容部
520 側壁部材
521 プリズム
523 反射面
525 金属膜
526 反応場
L1 励起光
L2 反射光
L3 蛍光
図1
図2A
図2B
図3A
図3B
図3C
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10