(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-20
(45)【発行日】2025-01-28
(54)【発明の名称】圧粉磁心用粉末の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01F 41/02 20060101AFI20250121BHJP
H01F 1/24 20060101ALI20250121BHJP
B22F 1/00 20220101ALI20250121BHJP
B22F 1/102 20220101ALI20250121BHJP
B22F 3/00 20210101ALI20250121BHJP
C22C 19/03 20060101ALN20250121BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20250121BHJP
【FI】
H01F41/02 D
H01F1/24
B22F1/00 Y
B22F1/102 100
B22F3/00 B
C22C19/03 E
C22C38/00 303S
C22C38/00 303T
(21)【出願番号】P 2022127746
(22)【出願日】2022-08-10
【審査請求日】2023-10-16
(73)【特許権者】
【識別番号】390005223
【氏名又は名称】株式会社タムラ製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100081961
【氏名又は名称】木内 光春
(74)【代理人】
【識別番号】100112564
【氏名又は名称】大熊 考一
(74)【代理人】
【識別番号】100163500
【氏名又は名称】片桐 貞典
(74)【代理人】
【識別番号】230115598
【氏名又は名称】木内 加奈子
(72)【発明者】
【氏名】大島 泰雄
(72)【発明者】
【氏名】赤岩 功太
【審査官】久保田 昌晴
(56)【参考文献】
【文献】特開2021-093405(JP,A)
【文献】特開2010-219159(JP,A)
【文献】特開2010-114222(JP,A)
【文献】特開2010-219161(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 1/12-1/38、41/02
B22F 1/00、1/102、3/00
C22C 19/03、38/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
軟磁性粉末に潤滑剤及び絶縁樹脂を添加し、前記軟磁性粉末の周囲に絶縁層を形成させる絶縁層形成工程と、を含み、
前記絶縁層形成工程は、
前記軟磁性粉末に前記潤滑剤を添加する潤滑剤添加工程と、
前記潤滑剤添加工程を経た前記軟磁性粉末に絶縁樹脂を添加し、乾燥させ、前記軟磁性粉末の周囲に絶縁層を形成する被膜工程と、
を含み、
前記潤滑剤の熱重量示差熱分析における分解が開始する絶対温度をTd(K)とし、前記絶縁層形成工程における当該絶縁樹脂の乾燥温度の上限の絶対温度をTh(K)とし、前記絶縁層形成工程における当該絶縁樹脂の乾燥温度の下限の絶対温度をTl(K)としたとき、
前記潤滑剤は、下記式(1)及び(2)を満たすものであり、
絶縁樹脂の乾燥温度の上限の絶対温度Th及び絶縁樹脂の乾燥温度の下限の絶対温度Tlは、透磁率が142以上、かつ、ヒステリシス損が190(kW/m
3
)以下を満たすものであり、
前記絶縁層形成工程における乾燥温度は、下記式(1)及び(2)から算出されるTl(K)の下限値以上、Th(K)の上限値以下であること、
を特徴とする圧粉磁心用粉末の製造方法
(式1)
(式2)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧粉磁心用粉末の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
OA機器、太陽光発電システム、自動車など様々な用途にリアクトルといったコイル部品が用いられている。コイル部品は、コアにコイルが装着されている。そして、このコアとしては、圧粉磁心が用いられる。
【0003】
圧粉磁心は、軟磁性粉末を含む圧粉磁心用粉末を数ton~数十tonといった高い圧力で押し固め、圧粉成形体を作製する。そして、この圧粉成形体を焼鈍といわれる熱処理することで圧粉磁心が作製される。軟磁性粉末としては、FeにSiとAlを添加したFeSiAl系合金などが挙げられ、軟磁性粉末の周囲は絶縁樹脂から成る絶縁層が形成されている。
【0004】
圧粉磁心は、エネルギー交換効率の向上や低発熱などの要求から、小さな印加磁界で大きな磁束密度を得ることができる磁気特性と、磁束密度変化におけるエネルギー損失が小さいという磁気特性が求められる。磁束密度に関する磁気特性としては例えば透磁率が挙げられる。エネルギー損失に関する磁気特性としてはコアロスとも呼ばれる鉄損(Pcv)が挙げられる。鉄損(Pcv)は、ヒステリシス損失(Ph)と、渦電流損失(Pe)の和で表される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年、電子機器の小型化・高性能化の要求が高まり、また、地球環境問題への対策が急務になっている。そのため、コイル部品を構成する圧粉磁心や圧粉磁心用粉末においても、高透磁率であり、かつ、低鉄損の要求が高まっている。
【0007】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、その目的は、高透磁率と低鉄損を両立させることができる圧粉磁心用粉末の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、本発明の圧粉磁心用粉末の製造方法は、軟磁性粉末に潤滑剤及び絶縁樹脂を添加し、前記軟磁性粉末の周囲に絶縁層を形成させる絶縁層形成工程と、を含み、
前記絶縁層形成工程は、前記軟磁性粉末に前記潤滑剤を添加する潤滑剤添加工程と、前記潤滑剤添加工程を経た前記軟磁性粉末に絶縁樹脂を添加し、乾燥させ、前記軟磁性粉末の周囲に絶縁層を形成する被膜工程と、を含み、前記潤滑剤の熱重量示差熱分析における分解が開始する絶対温度をTd(K)とし、前記絶縁層形成工程における当該絶縁樹脂の乾燥温度の上限の絶対温度をTh(K)とし、前記絶縁層形成工程における当該絶縁樹脂の乾燥温度の下限の絶対温度をTl(K)としたとき、前記潤滑剤は、下記式(1)及び(2)を満たすものであり、
絶縁樹脂の乾燥温度の上限の絶対温度Th及び絶縁樹脂の乾燥温度の下限の絶対温度Tlは、透磁率が142以上、かつ、ヒステリシス損が190(kW/m
3
)以下を満たすものであり、前記絶縁層形成工程における乾燥温度は、下記式(1)及び(2)から算出されるTl(K)の下限値以上、Th(K)の上限値以下であること、を特徴とする。
(式1)
(式2)
【0009】
前記絶縁層形成工程は、前記軟磁性粉末に前記潤滑剤を添加する潤滑剤添加工程と、前記潤滑剤添加工程を経た前記軟磁性粉末に絶縁樹脂を添加し、乾燥させ、前記軟磁性粉末の周囲に絶縁層を形成する被膜工程と、を含んでいてもよい。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、高透磁率と低鉄損を両立させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】関係式(1)及び(2)の範囲を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
(実施形態)
以下、本実施形態に係る圧粉磁心用粉末及び圧粉磁心について詳細に説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものでない。
【0013】
圧粉磁心は、OA機器、太陽光発電システム、自動車などに搭載されるコイル部品のコアに用いられる磁性体である。圧粉磁心は、圧粉磁心用粉末を押し固め、焼鈍することで成る。圧粉磁心用粉末は軟磁性粉末を含む。軟磁性粉末には、潤滑剤を添加したうえ、絶縁材料から成る絶縁層を形成させる。この絶縁層で被覆された軟磁性粉末を加圧成形して圧粉成形体を作製し、圧粉成形体を焼鈍することで圧粉磁心は作製される。
【0014】
軟磁性粉末は鉄を主成分とする。軟磁性粉末としては、鉄を主成分とするパーマロイ(Fe-Ni合金)、Si含有鉄合金(Fe-Si合金)、センダスト合金(Fe-Si-Al合金)、又はこれら2種以上の粉末の混合粉等が挙げられる。軟磁性粉末は、アモルファス合金であってもよいし、ナノ結晶合金粉末であってもよい。
【0015】
パーマロイ(Fe-Ni合金)を用いる場合、Feに対するNiの比率は50:50や25:75が好ましいが、他の比率であってもよい。例えば、Fe-80Ni、Fe-36Niでもよい。FeとNiの他にSi、Cr、Mo、Cu、Nb、Ta等を含んでいてもよい。Si含有鉄合金には、Co、Al、Cr又はMnが含まれていてもよい。
【0016】
Fe-Si合金粉末は、例えば、Fe-3.5%Si合金粉末、Fe-5.5%Si合金粉末が挙げられるが、Feに対するSiの比率は、3.5%や5.5%以外であってもよい。Fe-Si-Al合金は、鉄と珪素とアルミニウムからなる三元合金であり、例えば、Feに対して、6wt%から10wt%程度のSiと、4wt%から5wt%程度のAlとを含有させているが、Feに対して1wt%から3wt%程度のNiが含まれていてもよく、更にCo、Cr又はMnが含まれていてもよい。
【0017】
この軟磁性粉末は、粉砕法により作製されたものでも、アトマイズ法により作製されたものでもよい。粉砕法は、軟磁性粉末の塊を機械的に粉砕する。軟磁性粉末の塊が大きい場合には、ジョークラッシャ、ハンマーミル、スタンプミル等により粉砕し、軟磁性粉末の塊が小さい場合には、ボールミル、振動ミル等によって微粉化する。また、アトマイズ法は、水アトマイズ法、ガスアトマイズ法、水ガスアトマイズ法のいずれでもよい。例えば、ガスアトマイズ法では、高温で溶融した軟磁性粉末にガスを吹き付けて粉末化し、その後、冷却して凝固させる。
【0018】
軟磁性粉末は、粉末熱処理工程を経てもよい。粉末熱処理工程は、軟磁性粉末を熱処理する工程である。粉末熱処理工程では、非酸化雰囲気で1~6時間加熱する。非酸化雰囲気には、雰囲気中の0.01%等の低酸素雰囲気又は不活性ガス雰囲気が含まれる。不活性ガスとしては、H2やN2が挙げられる。熱処理温度としては、400℃以上800℃以下である。
【0019】
次に、第1潤滑剤添加工程を経る。第1潤滑剤添加工程は、軟磁性粉末に第1の潤滑剤を添加する工程である。この第1の潤滑剤添加工程が請求項1に記載の潤滑剤添加工程に相当する。
【0020】
第1の潤滑剤としては、下記関係式(1)及び(2)を満たすものを使用することができる。
(関係式(1))
(関係式(2))
【0021】
上記関係式(1)及び(2)におけるTd(K)は、潤滑剤の熱重量示差熱分析における分解が開始する絶対温度(以下、「分解開始温度」ともいう。)であり、Th(K)は、後述する被膜工程における当該絶縁樹脂の乾燥温度の上限の絶対温度(以下、「乾燥上限温度」ともいう。)であり、Tl(K)は、被膜工程における当該絶縁樹脂の乾燥温度の下限の絶対温度(以下、「乾燥下限温度」ともいう。)である。
【0022】
潤滑剤の分解開始温度は、例えば、熱重量示差熱分析装置において当該潤滑剤が熱分解を開始した温度である。なお、乾燥上限温度は、絶縁樹脂の乾燥温度の上限温度の臨界点を指し、乾燥下限温度は、絶縁樹脂の乾燥温度の下限温度の臨界点を指す。なお、各臨界点については、後述する実施例の表2の特性を取得し、この取得した結果から臨界点を導き出したものである。
【0023】
第1潤滑剤添加工程を経た後、被膜工程を経る。被覆工程は、第1潤滑剤添加工程を経た軟磁性粉末に対して、絶縁樹脂を添加し、軟磁性粉末の周囲に絶縁層を形成させる工程である。つまり、軟磁性粉末の周囲には、絶縁樹脂から成る絶縁層が形成されている。絶縁層は、軟磁性粉末の周囲に形成されていれば、絶縁樹脂の付着の態様については問わない。つまり、絶縁樹脂は、軟磁性粉末の周囲を全て覆うように付着していてよいし、一部を覆うように付着し、軟磁性粉末の表面の一部が露出していてもよい。また、絶縁樹脂は、軟磁性粉末の各粒子の表面に付着していてもよいし、軟磁性粉末の凝集体の表面に付着していてもよいし、これらの付着の態様が混在するように付着していてもよい。
【0024】
絶縁樹脂としては、シラン化合物、シリコーンレジン、シリコーンオリゴマー又はこれらの混合物を用いることができる。絶縁層は、単層であってもよいし、複数層であってもよい。例えば、絶縁層は、種類ごとに各層に分けた複数層で構成してもよいし、1種類又は2種類以上を混合した絶縁材料の単層であってもよい。
【0025】
シラン化合物には、官能基の無いシラン化合物及びシランカップリング剤が含まれる。官能基の無いシラン化合物としては、例えばエトキシ系及びメトキシ系等のアルコキシシランを使用することができ、特にテトラエトキシシランが好ましい。シランカップリング剤としては、アミノシラン系、エポキシシラン系、イソシアヌレート系のシランカップリング剤を使用することができ、特に、3-アミノプロピルトリエトキシシラン、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、トリス-(3-トリメトキシシリルプロピル)イソシアヌレートが好ましい。
【0026】
シラン化合物の添加量としては、軟磁性粉末に対して、0.05wt%以上、1.0wt%以下が好ましい。シラン化合物の添加量をこの範囲にすることで、軟磁性粉末の流動性を向上させるとともに、成形された圧粉磁心の密度、磁気特性、強度特性を向上させることができる。
【0027】
シリコーンレジンは、シロキサン結合(Si-O―Si)を主骨格に持つ樹脂である。シリコーンレジンを用いることで可撓性に優れた被膜を形成することができる。シリコーンレジンは、メチル系、メチルフェニル系、プロピルフェニル系、エポキシ樹脂変性系、アルキッド樹脂変性系、ポリエステル樹脂変性系、ゴム系等を用いることができる。この中でも特に、メチルフェニル系のシリコーンレジンを用いた場合、加熱減量が少なく、耐熱性に優れた絶縁層を形成することができる。
【0028】
シリコーンレジンの添加量は、軟磁性粉末に対して、0.6wt%以上2.5wt%であることが好ましい。添加量が0.6wt%より少ないと絶縁層として機能せず、渦電流損失が増加することにより磁気特性が低下する。添加量が2.5wt%より多いと圧粉磁心の密度低下を招く。
【0029】
シリコーンオリゴマーとしては、アルコキシシリル基を有し、反応性官能基を有さないメチル系、メチルフェニル系のものや、アルコキシシリル基及び反応性官能基を有するエポキシ系、エポキシメチル系、メルカプト系、メルカプトメチル系、アクリルメチル系、メタクリルメチル系、ビニルフェニル系のもの、又はアルコキシシリル基ではなく、反応性官能基を有する脂環式エポキシ系のもの等を用いることができる。特に、メチル系またはメチルフェニル系のシリコーンオリゴマーを用いることで厚く硬い絶縁層を形成することができる。また、絶縁層の形成のしやすさを考慮して、粘度の比較的低いメチル系、メチルフェニル系を用いてもよい。
【0030】
シリコーンオリゴマーの添加量は、軟磁性粉末に対して0.1wt%以上2.0wt%以下が好ましい。添加量が0.1wt%より少ないと絶縁層として機能せず、渦電流損失が増加することにより磁気特性が低下する。添加量が2.0wt%より多いと、圧粉磁心の密度低下を招く。
【0031】
この被膜工程では、軟磁性粉末に絶縁樹脂を添加、混合した後、加熱乾燥を行う。絶縁樹脂を加熱乾燥することで、軟磁性粉末の表面に絶縁層が形成される。加熱乾燥の温度は、関係式(1)及び(2)から算出されるTl(K)の下限値以上、Th(K)の上限値以下である。加熱温度が当該範囲を満たすことで、透磁率の向上し、かつ、ヒステリシス損失の低減を図ることができる。
【0032】
これは推測であり、このメカニズムに限定されるわけではないが、上記関係式(1)及び(2)を満たす潤滑剤を用いて、かつ、Tl(K)の下限値以上、Th(K)の上限値以下の乾燥温度で絶縁樹脂を乾燥させることで、潤滑剤による潤滑作用がより効果を発揮し、軟磁性粉末の動きがスムーズになり、軟磁性粉末間が近づき、密度が向上した結果、高透磁率と低ヒステリシス損失の両立を実現できたものと推察する。
【0033】
なお、本実施形態では、第1潤滑剤を添加する潤滑剤添加工程を経た後、絶縁樹脂を添加する被膜工程を経たが、第1の潤滑剤及び絶縁樹脂の添加のタイミングこれに限定されない。即ち、第1潤滑剤添加工程及び被膜工程を絶縁層形成工程として1つにまとめ、第1の潤滑剤及び絶縁樹脂を同時に添加してもよい。また、先に絶縁樹脂を添加して、その後、第1の潤滑剤を添加したうえで、加熱乾燥を行ってもよい。
【0034】
被膜工程を経た後、第2潤滑剤添加工程を経る。第2潤滑剤添加工程は、絶縁層が形成された軟磁性粉末に第2の潤滑剤を添加する工程である。第2の潤滑剤としては、第1の潤滑剤と同種のものを使用することができるが、同一のものを使用する必要はない。即ち、第2の潤滑剤は、第1の潤滑剤と異なる種類のものを使用することができる。また、第2の潤滑剤は、関係式(1)及び(2)を満たさない種類のものを使用することもできる。第2の潤滑剤の添加量は、軟磁性粉末に対して、0.2wt%以上0.7wt%以下が好ましい。
【0035】
第2の潤滑剤添加工程を経た後、加圧形成工程を経る。加圧成形工程は、絶縁層が形成された軟磁性粉末を加圧成形することにより、圧粉成形体を作製する工程である。まず、軟磁性粉末を金型に充填し、その後、10~20ton/cm2で加圧する。このようにして圧粉成形体が作製される。
【0036】
加圧成形工程の後、焼鈍工程を経る。焼鈍工程は、加圧成形工程を経て作製された圧粉成形体を焼鈍し、軟磁性粉末内の歪を除去する工程である。焼鈍工程では、窒素ガス中、水素ガス中、窒素と水素の混合ガス、0.01%程度の低酸素雰囲気等の非酸化性雰囲気中にて、650℃以上且つ軟磁性粉末の周囲に形成された絶縁層が破壊される温度(例えば、900℃とする)よりも低い温度で、圧粉成形体の熱処理を行う。この焼鈍工程を経ることで圧粉磁心が作製される。
【0037】
(実施例)
実施例に基づいて本発明をさらに詳細に説明する。なお、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0038】
次のように、実施例1~12及び比較例1~19の圧粉磁心用粉末を作製し、この圧粉磁心用粉末を用いて圧粉磁心を作製した。実施例1~12及び比較例1~19は、第1の潤滑剤の種類と被膜工程における乾燥温度のみが異なり、その他の製造工程、製造条件は同一である。
【0039】
まず、軟磁性粉末としてFe-Si-Al合金粉末を用いた。Fe-Si-Al合金粉末を熱処理した。熱処理の条件は、窒素雰囲気中において、650℃の温度で2時間加熱した。熱処理したFe-Si-Al合金粉末に対して、下記表の種類の第1の潤滑剤をFe-Si-Al合金粉末に対して、0.3wt%添加、混合した。
【0040】
第1の潤滑剤としては、表1に示すように、ラウリン酸、ステアリン酸、脂肪酸誘導体、ステアリン酸亜鉛及びエチレンビスステアラマイドの5種を用意した。各潤滑剤の分解開始温度、乾燥上限温度及び乾燥下限温度は表1に示すとおりである。分解開始温度は、熱重量示差熱分析装置STA7200RV(株式会社日立ハイテクサイエンス)を用いて、測定対象となる潤滑剤3~7mgを直径5.2mm、高さ2.5mmの円筒状の容器に入れ、窒素雰囲気中において、雰囲気温度の昇温速度10℃/minにおける分解開始温度を測定した。
【0041】
また、絶縁樹脂の乾燥上限温度及び乾燥下限温度を算出した。乾燥上限温度は、各潤滑剤において、絶縁樹脂の乾燥温度を変えた結果から導いた乾燥温度の上限側の臨界点である。乾燥下限温度は、各潤滑剤において、絶縁樹脂の乾燥温度を変えた結果から導いた乾燥温度の下限側の臨界点である。具体的には、後述の表2の結果から、透磁率が142以上で、かつ、ヒステリシス損失が低減している範囲における下限側の臨界点を乾燥温度の下限とし、上限側の臨界点を乾燥温度の上限とした。そして、セルシウス温度である乾燥温度の上限及び乾燥温度の下限を絶対温度に換算したものが、表1の乾燥上限温度Th(K)及び乾燥下限温度Tl(K)である。
【0042】
例えば、ラウリン酸を例に見ると、乾燥温度50℃から150℃の範囲において透磁率が142以上と高く、かつ、ヒステリシス損が190(kW/m3)以下に低減しており、乾燥温度の下限側の臨界点の温度を50℃とし、上限側の臨界点の温度を150℃とする。そして、この50℃、150℃というセルシウス温度を絶対温度に換算すると、下記表1に示す乾燥上限温度Thは423.15(K)となり、乾燥下限温度は323.15(K)と導くことができる。他の潤滑剤についても、同様にして透磁率及びヒステリシス損失から上限側の臨界点となる乾燥上限温度Thと下限側の臨界点となる乾燥下限温度Tlを算出した。
【0043】
【0044】
第1の潤滑剤を添加した後、Fe-Si-Al合金粉末に対して、絶縁樹脂としてシランカップリング剤を0.3wt%、シリコーンレジンを1.2wt%添加、混合して2時間乾燥した。各試料の乾燥温度は、表2に示すとおりである。これにより、シランカップリング剤及びシリコーンレジンが混合した絶縁層がFe-Si-Al合金粉末の周囲に形成された。
【0045】
乾燥後、凝集を解消する目的で、目開き850μmの篩に通し、第2の潤滑剤を添加、混合した。第2の潤滑剤は、各試料における第1の潤滑剤と同一に種類のものを用いた。第2の潤滑剤は、Fe-Si-Al合金粉末に対して、0.2wt%添加した。
【0046】
第2の潤滑剤を添加したFe-Si-Al合金粉末を金型に充填し、15ton/cm2で加圧成形し、外径16.5mm、内径11.0mm及び高さ5.0mmのトロイダル状の圧粉成形体を作製した。そして、この圧粉成形体を700℃の温度で、窒素雰囲気において、2時間焼鈍し、各圧粉磁心は作製された。
【0047】
そして、作製された各圧粉磁心の0A/mにおける初透磁率、ヒステリシス損失(kW/m3)、渦電流損失(kW/m3)及び鉄損(kW/m3)を測定した。
【0048】
各透磁率の測定に際し、圧粉磁心にφ0.5mmの銅線を1次巻線として30ターン巻回した。そして、LCRメータ(アジレントテクノロジー:4284A)を使用することで、100kHz、1.0Vにおける磁界の強さのインダクタンスから初透磁率を算出した。
【0049】
また、鉄損の測定に際し、圧粉磁心にφ0.5mmの銅線を1次巻線として15ターン巻回し、また2次巻線として15ターン巻回した。そして、磁気計測機器であるBHアナライザ(岩通計測株式会社:SY-8219)を用いて、周波数が100kHz及び最大磁束密度Bmが100mTの測定条件にて鉄損Pcv(kW/m3)の測定を行った。鉄損Pcvの測定結果からヒステリシス損失Ph(kW/m3)と渦電流損失Pe(kW/m3)とを算出した。ヒステリシス損失Ph(kW/m3)と渦電流損失Pe(kW/m3)は、鉄損Pcvの周波数曲線を次の式(3)~(5)で最小2乗法により、ヒステリシス損失係数(Kh)、渦電流損失係数(Ke)を算出することで行った。
【0050】
Pcv =Kh×f+Ke×f2・・(3)
Ph =Kh×f・・(4)
Pe =Ke×f2・・(5)
Pcv:鉄損
Kh :ヒステリシス損失係数
Ke :渦電流損失係数
f :周波数
Ph :ヒステリシス損失
Pe :渦電流損失
【0051】
測定された結果を表2に示す。また、分解開始温度から乾燥上限温度を引いた値に関する近似直線の傾き及び切片、分解開始温度から乾燥下限温度を引いた値に関する近似直線の傾き及び切片を表3に示す。
【0052】
【0053】
【0054】
発明者らは、鋭意研究の結果、被膜工程の前に添加する潤滑剤の分解開始温度と被膜工程における絶縁樹脂の乾燥温度の関係に着目した。特に、潤滑剤の分解開始温度と、絶縁樹脂の乾燥上限温度と乾燥下限温度の関係に着目した。具体的には、初透磁率の値が低いエチレンビスステアラマイドを除く4種類の潤滑剤において、「分解開始温度-乾燥上限温度」、「分解開始温度-乾燥下限温度」の近似式を算出した(
図1の実線)。さらに、鋭意研究を進めた結果、それぞれの近似式の切片を±20Kとした下記関係式(1)及び(2)を満たした潤滑剤を用いると、初透磁率が向上し、かつ、ヒステリシス損失が低減することを見出した(
図1の二点鎖線が関係式(1)の範囲を示し、
図1の一点鎖線が関係式(2)の範囲を示す。)。
(関係式(1))
(関係式(2))
【0055】
この関係式(1)及び(2)に基づいて具体的に見ていくと、ラウリン酸、ステアリン酸、脂肪酸誘導体、ステアリン酸亜鉛及びエチレンビスステアラマイドの5種のうち、エチレンビスステアラマイドのみこの関係式を満たさない。具体的には、式(1)及び(2)に基づいて算出されるエチレンビスステアラマイドの値は以下のようになる。
417.864<Th<457.864
346.755<Tl<386.755
表1に示すエチレンビスステアラマイドの乾燥上限温度は473.15(K)であり、乾燥下限温度は453.15(K)なので、上記関係式を満たしていない。
【0056】
そして、エチレンビスステアラマイド(比較例13~19)を見ると、ヒステリシス損失や鉄損は、他の潤滑剤と同程度のものもあるが、初透磁率が最大でも125程度と低い。そのため、関係式(1)及び(2)を満たさない潤滑剤を用いると、透磁率と低ヒステリシス損失、ひいては低鉄損の両立を図ることができないことが確認された。
【0057】
また、上記関係式(1)及び(2)の関係式を満たした潤滑剤であっても、被膜工程の乾燥温度との関係で、透磁率と低ヒステリシス損失、ひいては低鉄損の両立を図ることができないことが確認された。具体的には、被膜工程における乾燥温度は、関係式(1)及び(2)から算出されるTl(K)の下限値以上、Th(K)の上限値以下にする必要があることが確認された。
【0058】
被膜工程の乾燥温度が、関係式(1)及び(2)から算出されるTl(K)の下限値以上、Th(K)の上限値以下の実施例1~12は、同種の潤滑剤を用いた各比較例と比べると、ヒステリシス損失が低減し、低鉄損を保っている。特に注目すべきは、実施例の透磁率であり、140を超えている。即ち、被膜工程における乾燥温度を関係式(1)及び(2)から算出されるTl(K)の下限値以上、Th(K)の上限値以下にすると、高透磁率と低鉄損の両立を図ることができることが確認された。
【0059】
(他の実施形態)
本明細書においては、本発明に係る実施形態を説明したが、この実施形態は例として提示したものであって、発明の範囲を限定することを意図していない。上記のような実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の範囲を逸脱しない範囲で、種々の省略や置き換え、変更を行うことができる。実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。