(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-22
(45)【発行日】2025-01-30
(54)【発明の名称】X線回折による結晶構造分布の分析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 23/207 20180101AFI20250123BHJP
【FI】
G01N23/207
(21)【出願番号】P 2021023990
(22)【出願日】2021-02-18
【審査請求日】2023-08-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100139387
【氏名又は名称】森田 剛史
(74)【代理人】
【識別番号】100149191
【氏名又は名称】木村 成利
(72)【発明者】
【氏名】徳田 一弥
(72)【発明者】
【氏名】後藤 和宏
【審査官】田中 洋介
(56)【参考文献】
【文献】特開平02-266249(JP,A)
【文献】特開2011-174738(JP,A)
【文献】特開平06-258260(JP,A)
【文献】特開2019-190965(JP,A)
【文献】高木繁,Nd-Fe-B磁石の成形体および焼結体のX線配向度評価,Journal of the Japan Society of Powder Metallurgy,2003年,Vol.50 No.1,pp.45-49
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00-23/2276
JSTPlus(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の面指数に対応した所定の方向に試料の測定対象面を配置する第1工程と、
X線を前記測定対象面に照射して前記測定対象面からのX線の回折強度を検出器により得る第2工程と、
前記試料を前記測定対象面に平行な面内で2次元に動かしながら
前記測定対象面における複数の測定領域の各々について前記第2工程を繰り返すことで、前記回折強度の面内分布を求める第3工程と、
前記所定の方向に基づく理論値を用いて前記面内分布から規格化分布を算出する第4工程と、を有する測定方法を備え、
前記規格化分布は、前記複数の測定領域の各々のX線プロファイルデータを含み、
前記所定の方向は複数の面指数に対応した複数の方向であり、前記複数の方向の各々について前記第1工程から前記第4工程を繰り返すことで複数の前記規格化分布を算出し、
第1の演算によ
り複数の
前記規格化分布から前記測定対象面の結晶配向分布を
得、
さらに第2の演算により、前記複数の測定領域の各々について第3の演算を繰り返すことで前記測定対象面の不均一歪の分布と結晶子サイズの分布との少なくとも一方を得、
前記第3の演算は、前記複数の方向の各々の前記X線プロファイルデータにピークフィッティングを行ってピーク幅を求め、前記複数の方向の各々の前記ピーク幅から前記不均一歪と前記結晶子サイズとの少なくとも一方を得る、
分析方法。
【請求項2】
前記第3の演算は、前記複数の方向の各々の前記ピーク幅から、Williamson-Hall法によって、前記不均一歪と前記結晶子サイズの少なくとも一方を得る、
請求項1に記載の分析方法。
【請求項3】
前記複数の面指数の数は、3つ以上である、
請求項1または請求項2に記載の分析方法。
【請求項4】
前記X線は、放射光により得られるX線である、
請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の分析方法。
【請求項5】
前記検出器は、1次元検出器もしくは2次元検出器である、
請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の分析方法。
【請求項6】
前記複数の面指数は、次の(a)、(b)、(c)に示されるそれぞれ3つの指数のうち少なくとも2つを含む、請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の分析方法。
(a)前記試料の結晶構造が面心立方格子構造の場合は、(111)、(200)、(220)
(b)前記試料の結晶構造が体心立方格子構造の場合は、(110)、(200)、(222)
(c)前記試料の結晶構造が六方最密充填構造の場合は、(1-100)、(11-20)、(0002)
【請求項7】
前記測定対象面の最大幅は5mm以上である、
請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の分析方法。
【請求項8】
前記第3工程は、前記試料を前記測定対象面に平行な面内で2次元に、かつ停止することなく連続的に動かす工程である、
請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、X線回折による結晶構造分布の分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
再表2015/152166号公報(特許文献1)には、EBSD法による結晶方位の観察方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本開示の目的は、X線回折による結晶構造の面内分布を明らかにする分析方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示における分析方法は、所定の面指数に対応した所定の方向に試料の測定対象面を配置する第1工程と、X線を前記測定対象面に照射して前記測定対象面からのX線の回折強度を検出器により得る第2工程と、前記試料を前記測定対象面に平行な面内で2次元に動かしながら前記第2工程を繰り返すことで、前記回折強度の面内分布を求める第3工程と、前記所定の方向に基づく理論値を用いて前記面内分布から規格化分布を算出する第4工程と、を有する測定方法を備えている。前記所定の方向は複数の面指数に対応した複数の方向であり、前記複数の方向の各々について前記第1工程から前記第4工程を繰り返すことで複数の前記規格化分布を算出し、第1の演算により前記複数の規格化分布から前記測定対象面の結晶配向分布を得ることができる。
【発明の効果】
【0006】
本開示によれば、X線回折によって結晶構造分布を明らかにする分析方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】
図1は、本実施形態における試料及びX線並びに検出器等の位置関係を示すものである。
【
図2】
図2は、第1実施形態における試料の分析方法を概略的に示すフローチャートである。
【
図3】
図3は、第1実施形態における試料の構成を示す模式図である。
【
図4】
図4は、第1実施形態における試料の測定位置を示す模式図である。
【
図5】
図5は、第1実施形態における試料の回折強度の面内分布の一例である。
【
図6】
図6は、第1実施形態におけるデータ除外領域の一例である。
【
図7】
図7は、第1実施形態における試料の規格化分布の一例である。
【
図8】
図8は、第1実施形態における試料の結晶配向分布の一例である。
【
図9】
図9は、第1実施形態における試料の結晶配向分布の一例である。
【
図10】
図10は、第2実施形態における試料の不均一歪の分布の一例である。
【
図11】
図11は、第2実施形態における試料の結晶子サイズの分布の一例である。
【
図12】
図12は、第2実施形態における各指数に対応した複数のピーク幅及び積分値と、不均一歪及び結晶子サイズの関係をまとめたグラフである。
【
図13】
図13は、第2実施形態における従来の測定方法における、試料の測定位置と時間の関係を示す図である。
【
図14】
図14は、第2実施形態における本願の新規な測定方法における、試料の測定位置と時間の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
[本開示の実施形態の概要]
【0009】
まず本開示の実施形態の概要について説明する。本明細書の結晶学的記載においては、個別方位を[]、集合方位を<>、個別面を()、集合面を{}でそれぞれ示す。結晶学上の指数が負であることは、通常、数字の上に”-”(バー)を付すことによって表現されるが、本明細書では数字の前に負の符号を付すことによって結晶学上の負の指数を表現する。
【0010】
(1)本開示における分析方法は、所定の面指数に対応した所定の方向に試料の測定対象面を配置する第1工程と、X線を測定対象面に照射して測定対象面からのX線の回折強度を検出器により得る第2工程と、試料を測定対象面に平行な面内で2次元に動かしながら前記第2工程を繰り返すことで、回折強度の面内分布を求める第3工程と、前記所定の方向に基づく理論値を用いて前記面内分布から規格化分布を算出する第4工程と、を有する。
所定の方向は複数の面指数に対応した複数の方向であり、前記複数の方向の各々について前記第1工程から前記第4工程を繰り返すことで複数の前記規格化分布を算出し、第1の演算により前記複数の規格化分布から前記測定対象面の結晶配向分布を得ることができる。
【0011】
上記の方法によれば、X線回折によって測定対象とする試料表面の2次元的な結晶構造分布を明らかにすることができる。
【0012】
(2)さらに第2の演算により複数の規格化分布のX線プロファイルデータから測定対象面の不均一歪の分布または結晶子サイズの分布のいずれか一方、またはその両方を得ても良い。
結晶配向分布に加えてより詳しい結晶構造分布を測定することができる。
【0013】
(3)複数の面指数の数は、3つ以上であってもよい。指数の数が3つ以上であると、さらに正確に結晶配向分布を測定することができるためである。
【0014】
(4)X線は、放射光により得られるX線であってもよい。放射光を用いることにより、短時間で結晶配向分布を測定することができるためである。
【0015】
(5)検出器は、1次元検出器もしくは2次元検出器であってもよい。1次元検出器もしくは2次元検出器を用いることにより、短時間で結晶配向分布を測定することができるためである。
【0016】
(6)前記複数の面指数のうち少なくとも2つは、試料の結晶構造が面心立方格子構造の場合は、(111)、(200)、(220)を含み、試料の結晶構造が体心立方格子構造の場合は、(110)、(200)、(222)を含み、試料の結晶構造が六方最密充填構造の場合は、(1-100)、(11-20)、(0002)を含んでいてもよい。精度よく結晶配向分布を測定することができるためである。
【0017】
(7)測定対象面の最大幅は、5mm以上とすることができる。測定対象面の最大幅とは、測定対象の面の最も幅の大きいところである。円形の場合は、直径相当である。長方形の場合は、対角線であってもよい。不定形である場合は、その形状の最長部分である。実際に測定することができる測定対象面の最大幅は、可動ステージ21の可動範囲により制限されるが、本手法の場合、可動ステージの可動範囲は十分広くすることができる。可動ステージ21の可動範囲が例えば100mmであれば、測定対象面12の最大幅が100mmであっても結晶配向分布を測定することが可能である。
EBSD法の場合、測定には電解研磨法やイオンエッチング法で加工して平滑な面を作製する必要があるが、電解研磨法やイオンエッチング法では大面積の加工が難しく、5mm程度の大きさや、10mm程度の大きさが限界になる。
【0018】
(8)前記第3工程において、試料は測定対象面に平行な面内で停止することなく連続的に動かされてもよい。短時間で結晶配向分布を測定することができるためである。
【0019】
[本開示の実施形態の詳細]
次に、本開示の実施形態の詳細について説明する。以下の説明では、同一または対応する要素には同一の符号を付し、それらについて同じ説明は繰り返さない。また、実施形態の詳細に加えて、実施例についても示す。
【0020】
(第1実施形態)
第1の実施形態における試料の分析方法について説明する。また、実施例も交えて説明する。
【0021】
図1は、本実施形態における分析方法を実施する装置の構成を示す図である。
図1を参照して、試料及びX線並びに検出器等の位置関係を説明する。
図1に示されるように、試料11は可動ステージ21上に配置される。X線1を試料11の測定対象面12に対して、所定の方向Dから照射する。所定の方向Dと、試料11の所定の面指数Fで規定される結晶面との成す角度がθである。試料11の測定対象面12から回折したX線2を検出器3を用いて検出する。所定の方向Dと、回折したX線2との成す角度が2θである。試料11の所定の面指数Fで規定される結晶面とX線1の成す角度θは、この試料11の材質及び結晶構造、所定の面指数F及びX線1の波長より、ブラッグの式によって決まる。また、回折したX線2の角度である2θも同様に決まる。検出器3により検出されたX線の強度は、X線の強度データとして演算装置4に送られる。演算装置4ではX線の強度データに演算を加えることによって結晶の配向性等を算出する。
【0022】
図2は、本実施形態における試料の分析方法を概略的に示すフローチャートである。本実施形態における試料11の分析方法は、第1工程(S001)から第4工程(S004)および第1の演算工程を有する。第1工程(S001)は、所定の面指数Fに対応した所定の方向Dに試料11の測定対象面12を配置する工程である。第2工程(S002)は、X線を測定対象面に照射して測定対象面からのX線の回折強度を検出器により得る工程である。第3工程(S003)は、試料を測定対象面に平行な面内で2次元に動かしながら第2工程(S002)を繰り返すことで、回折強度の面内分布を求める工程である。第4工程(S004)工程は、所定の方向Dに基づく理論値を用いて面内分布から規格化分布を算出する工程である。
【0023】
工程(S005)は、複数の面指数に対応した複数の方向に対する規格化分布が得られたかを判断する工程である。必要とする規格化分布が全て得られていない場合、工程(S005)の判断をNoとして、第1工程(S001)から再度繰り返す。すなわち、所定の面指数Fとして異なる指数を選択し、前記異なる所定の面指数Fに対応した所定の方向Dになるように試料11の測定対象面12を配置する第1工程を実施し、引き続き第2工程及び第3工程並びに第4工程を実施する。必要とする複数の規格化分布が全て得られていれば、工程(S005)の判断をYesとして次の工程(S006)に進む。工程(S006)では、第1の演算により、上記の工程により得られた複数の規格化分布から、測定対象面の結晶配向分布を得る。
【0024】
以下、
図2のフローチャートに沿って、各プロセスの説明を
図1及び
図3から
図12を参照しつつ行う。
【0025】
第1工程S001は、所定の面指数Fに対応した所定の方向Dに試料11の測定対象面12を配置する工程である。ここで、「指数」とは、結晶の方位を表すミラー指数のことであり、「所定の面指数」とはミラー指数によって特定された結晶面のことである。「所定の面指数に対応した所定の方向」とは、この結晶面にX線を照射することでX線回折が得られるときのX線1の方向のことである。
【0026】
第2工程(S002)は、X線1を測定対象面12に照射して測定対象面12からのX線1の回折強度を検出器3により得る工程である。
【0027】
図1および
図3を用いて本実施形態における試料11及びX線1並びに検出器3等の位置関係を説明する。
図3は、第1実施形態における試料11の構成を示す模式図である。
図3では試料11を円盤形状で描いているがこれに限定されるものではない。
【0028】
まず、第1実施形態における試料11の構成について説明する。
図3に示されるように、試料11は、測定対象面12を有している。試料11の材料は、アルミニウム、鉄、鉄鋼、銅、ニッケル、マグネシウム、チタン等の金属等であってもよい。試料11は測定対象面12を有していればよく、試料11の形状は限定されない。試料11の形状は例えば
図3のような円板形状であってもよい。試料11の形状は例えば四角形であってもよい。
【0029】
以下の実施例の説明では、試料11としてアルミニウムの円柱状の線材を輪切りにした円板形状の試料を用い、直径10mmφのアルミニウム材の断面の結晶構造の面内分布を分析した。
【0030】
試料11の測定対象面12は平面である。試料11を可動ステージ21によって平面内で2次元的に移動させることで、試料11の平面内の結晶構造の分布を求めることができる。試料11の測定対象面12の表面は、機械研磨後の表面状態であってもよい。例えば、2000番の耐水ペーパーで研磨した後の表面状態であってもよい。表面粗さRaで例えば0.2μm程度であってもよい。X線回折を用いることにより、結晶構造の面内分布の測定ができるからである。なお、EBSDによる断面観察においては、試料表面を機械研磨した状態では加工の際に変質層が表面に生じる影響で測定が困難となる場合があるため、電解研磨やイオンエッチングを加える必要がある。本開示によるX線回折ではその必要はなく、機械研磨のみで試料の準備が可能となる。試料11の測定対象面12の最大幅は、1mm以上や、5mm以上であることができる。また、100mmや、それ以上であることができる。1mm以上の大きさであっても、例えば0.05mm幅のX線を用いることで、結晶構造の分布を得ることができるからである。試料11の結晶構造は、多結晶体であることが好ましい。結晶粒のサイズ(グレインサイズ)は、0.1μmから20μmが好ましい。
【0031】
一般的なX線回折の測定のように、回折したX線2の強度のθに対する依存性を測定するため、X線1を固定し、試料11をθの方向に回転する方向に動かしながら、かつ検出器3を2θの方向に動かしながら測定することができる。また、検出器3として1次元検出器もしくは2次元検出器を用いることができる。検出器3に1次元検出器もしくは2次元検出器を用いることにより、θ及び検出器3の位置を固定したままで回折したX線2の強度の角度依存性を測定することもできる。θ及び検出器3の位置を動かすことなく、すなわち、試料11及び検出器3を動かすことなく、回折したX線2の強度の角度依存性を測定することができるため、短時間で測定することができる。加えて、2次元検出器では、ある2θの値に対し、2次元検出器の検知部上にはその2θに相当する部分が円弧状に検出される。2次元検出器を用いることで多数の測定データが得られるため、更に短時間でS/Nの良好なデータを測定することができる。
【0032】
実施例では、検出器3に2次元検出器として、Dectris社製の型番名がPILATUS 100Kである検出器等を用いた。試料11の測定対象面12から2次元検出器までの距離を0.512mの距離に設置した。また、試料の2θ方向を、2次元検出器の長手に垂直な方向にした。試料11の測定対象面12の1点の測定をするために要する時間は、約0.2秒であった。X線の照射幅は、必要な分解能に応じて調整することができる。例えば、X線の照射幅は0.05mmから1mmにすることができる。
【0033】
本分析方法に用いるX線1は、放射光により得られるX線を用いることができる。放射光により得られるX線の具体例として、例えば、放射光施設SAGA-LSに存在するBL16を用いることができる。例えば、本ビームラインは、シリコン111面を用いた二結晶分光器で単色化し、X線の波長はλ=0.0413~0.155nmでX線回折実験を行うことが可能である。X線の照射幅は、強度及び分解能等に応じて調整することができる。例えば、X線の照射幅は0.05mmから1mmである。例えば、実施例でのX線のビームサイズは0.5mm角である。放射光は、指向性の高く輝度の高い単色光であるため、放射光を用いることにより、短時間で高精度の測定を行うことができる。
【0034】
X線源には、銅ターゲットを有するX線管球として、例えば、Rigaku社製の型番名がSmartLabであるX線回折測定装置等を用いることができる。測定時間が長くなるものの、実験室等で簡便に測定することができる。
【0035】
実施例では、放射光として、放射光施設SAGA-LSに存在するBL16を用いた。本ビームラインでは、波長がλ=0.0919nmのX線を用いた。スリット幅は0.5mm角を用いた。
【0036】
アルミニウムの面心立方格子構造の(111)面の場合、所定の角度として、θ=11.3度、2θ=22.6度を用いた。その他の面指数に対する、θ、2θの値は、以下の表1で示す値を用いた。
【0037】
【0038】
次に、第3工程(S003)として、試料11を測定対象面12に平行な面内で2次元に動かしながら第2工程を繰り返すことで、回折強度の面内分布を求める。可動ステージ21は平面であるステージ表面22を備え、ステージ表面22に平行な面内でステージを2次元的に動かすことができる。試料11は可動ステージ21のステージ表面22に搭載される。可動ステージ21のステージ表面22と試料11の測定対象面12が平行な面となるように試料11を配置する。可動ステージ21を2次元的に動かすことで、試料11を移動させる。試料を動かす際に、X線1は動かさない。可動ステージ21を動かし、試料11を移動させて、X線1を測定対象面12の一部に照射して測定対象面12からの回折したX線2の回折強度を検出器3により得る。
【0039】
図4は試料11上の測定対象面12に、X線1を測定領域Aへの照射を模式的に示した図である。なお、X線1の中心は、測定点a1である。更に、可動ステージ21を動かし、X線1の中心を測定点a1から測定点b1に移動させ、X線1の照射を測定領域Aから、測定領域Bに移動させ、測定領域Bからの回折したX線2の回折強度を検出器3により得る。以上の一連の動作を繰り返す。
図4に示すように、測定対象面12の内で分析対象とする領域内を網羅的に測定することで、測定対象面12の回折強度の面内分布を求める。測定対象面12の全面を測定できるまで繰り返すことが可能である。
【0040】
図5は、第3工程(S003)として、アルミニウムの面心立方格子構造の所定の面指数Fが(200)である場合の、回折強度の面内分布を測定した結果である。
図5において、測定対象面12での測定位置を図中のX位置,Y位置で示す。濃淡は、試料11の測定対象面12の各測定領域のX線プロファイルデータのフィッティング曲線の積分値に対応している。ここで、フィッティングに用いるフィッティング関数はGauss関数やLorentz関数、等一般のものを使うことができる。
各セルには、カウント数に応じて、
図5の右のバーのような濃淡をつけている。なお、実際の分析結果では各セルのカウント数を黒色(0:ゼロ)-青-緑-橙-赤-白(100)と連続的に変化する色で表示することで視覚的に理解しやすくすることができる。本願では色をグレースケールの濃淡に変換した図によって以下の説明を行う。その他、色や濃淡の他に同じ強度比の部分を線で結んだ等高線で表示してもよい。
【0041】
なお、試料の測定対象面12の存在しない位置では、X線回折の強度がゼロに近い値になり、後に行うデータ処理の際に不適切な値が発生する場合がある。例えば、
図5に示すように、四角形の領域において測定した場合、試料11の測定対象面12が円形であるため、試料11の縁部やその外部に位置する測定領域ZのX線回折の強度がゼロに近くなる。そのため、除外処理を行うことが可能である。
図6は、除外処理を行う領域の一例である。
図6は、図のX位置,Y位置が、測定対象面12での位置を示し、黒色部は、データを削除する領域である。つまり、試料11の測定対象面12が円形である場合、
図6で示すような円形の測定対象面12の領域を除いた領域を、データ除外領域32として設定し、その領域のデータを削除することも可能である。
【0042】
次に第4工程(S004)として、所定の方向Dに基づく理論値を用いて面内分布から規格化分布が算出される。所定の方向Dに基づく理論値とは、例えば、面指数Fが(200)の場合、完全に配向性のないランダムな結晶、例えば粉末状態にした結晶から得られる(200)の面指数での回折強度の理論値である。この理論値は、例えば、ICDD(International Centre for Diffraction Data)が公開するPDF(Powder Diffraction File)のデータベース等から得ることができる。規格化分布は、回折強度の面内分布の各測定領域の回折強度を、X線回折の回折強度のピーク強度の理論値で割ることによって得られる。なお、ピーク強度は、生データのピーク強度を得るのではなく、各測定領域の、X線プロファイルデータをフィッティングして、そのフィッティング曲線の最大値、あるいは積分値を用いることができる。フィッティングに用いるフィッティング関数はGauss関数やLorentz関数、等一般のものを使うことができる。
【0043】
図7は、アルミニウムの面心立方格子構造の所定の面指数Fが(200)である場合の、規格化分布の測定結果である。図のX位置,Y位置が、測定対象面12での測定位置を示し、濃淡は、試料11の測定対象面12の各測定領域の規格化分布である。
図7の規格化分布は、おおよそ60~100程度の値であった。なお、この値を工程S006で処理することによって、結晶の配向度の値が得られる。
【0044】
次に工程(S005)として、複数の面指数に対応した複数の方向に対する規格化分布が得られたかを判断する。もし、Yesである場合、次の工程(S006)に進む。もし、Noである場合、第1工程(S001)に戻り、複数の面指数に対応した複数の方向に対する規格化分布が得られるまで続ける。例えば、複数の面指数として、(200)(111)(220)を計算する予定であったにも関わらず、(200)しか得られていない場合には、(111)(220)の規格化分布が得られるまで繰り返す。繰り返す際には、可動ステージ21上に配置した試料11は、可動ステージ21等から取り外し等せず配置したまま、測定を繰り返すことが好ましい。以降の工程で演算を行うためである。
【0045】
次に工程(S006)として、第1の演算により、複数の規格化分布から測定対象面12の結晶配向分布を得る。この複数の規格化分布に対して、第1の演算とは以下のようなものである。第1の演算とは、その面指数Fにおける結晶配向分布の絶対値を適切にするための計算であり、その面指数Fにおける規格化分布を、各々の面指数Fに対応した規格化分布の複数の和である。例えば、複数の面指数Fとして(200)、(111)、(220)を用いる場合、(200)の結晶配向分布は、各測定領域に対して次の数式1の演算によって求めることができる。
(200)の結晶配向分布=(200)の規格化分布/{(200)の規格化分布+(111)の規格化分布+(220)の規格化分布}・・・(数式1)
なお、複数の面指数に実質的に同じ面指数が含まれている場合には、それを除く必要がある。例えば、複数の面指数Fとして(200)、(111)、(220)、(440)を用いる場合、(200)の結晶配向分布は、各測定領域に対して次の数式2の演算によって求めることができる。
(200)の結晶配向分布=(200)の規格化分布/{(200)の規格化分布+(111)の規格化分布+(220)の規格化分布}・・・(数式2)
ここで各指数の結晶配向分布は0~100の間であるべきであり、これら以外の値が出た点については除外することが望ましい。
【0046】
図8は、アルミニウムの面心立方格子構造の所定の面指数Fが(200)である場合の、(111)、(200)、(220)内での結晶配向分布の測定結果である。
図8は、図のX位置,Y位置が、測定対象面12での測定位置を示し、濃淡は、試料11の測定対象面12の各測定領域の結晶の配向度を示している。この試料11では、(200)に対する結晶配向は、中心付近が約30%と低く、試料の外側に向かって一旦50%付近まで上がり、最外周で再度低下する傾向を有したおり、外周ではおおよそ30%付近まで低下する面内分布だった。
【0047】
図9は、アルミニウムの面心立方格子構造の所定の面指数Fが(111)である場合の、(111)、(200)、(220)内での結晶配向分布の測定結果である。
図9は、結晶配向分布の値が同じである部分を線で結んだ等高線を用いて表示している。
図9に示される(200)に対する結晶配向は、中心付近が約70%と高く、試料の外側に向かって低下する面内分布である。
【0048】
(第2実施形態)
第2の実施形態として試料11の他の分析方法について説明する。
【0049】
第2の実施形態として、試料11の他の分析方法は、第1工程(S001)から工程(S005)までは第1実施形態と同様の工程を実施する。複数の面指数に対応した複数の方向に対する規格化分布を準備する。規格化分布は、各測定領域の最大の回折強度に加えて、試料11の測定対象面12の各測定領域のX線プロファイルデータを含む。複数の規格化分布に対し、次に示す第2の演算を行うことにより、不均一歪の分布や、結晶子サイズの分布を得ることができる。
【0050】
第2の演算とは、次の(1)から(3)を行う演算である。
(1)まず、各指数に対応した各規格化分布の、各測定領域のX線プロファイルデータに対し、ピークフィッティングを行う。フィッティング関数はGauss関数やLorentz関数、等一般のものを使うことができる。各々のフィッティングに対して、ピーク幅と、ピーク位置を求める。
(2)各指数に対応した複数のピーク幅、積分値から、WilliamsonーHall法によって、試料11の測定対象面12の各測定領域の不均一歪みや、結晶子サイズを求める。
(3)具体的には、以下の数式3に沿って、試料11上の測定対象面12の各測定領域に対しての半価幅もしくは積分幅から、各測定領域の不均一歪みや、結晶子サイズを計算する。
(β×cosθ)/λ=C×ε×(sinθ)/λ+K/D ・・・(数式3)
ここで、βはピーク幅であり、半価幅もしくは積分幅(ラジアン)を用いる。θは回折角(ピーク位置)/2(度)である。εは不均一歪みである。Cは換算係数である。但し、上記の数式3ではCは4とする。Kはシェラー係数である。但し、上記の数式3ではKは1とする。Dは結晶子サイズ(nm)である。なお、換算係数Cを1等としシェラー係数Kを0.9等とする場合もある。
【0051】
図12は、各指数(すなわち、各θ)に対応した複数のピーク幅及びピーク位置と、不均一歪及び結晶子サイズの関係をまとめたグラフである。
図12のX軸は、数式4であり、Y軸は数式5である。
(sinθ)/λ ・・・(数式4)
β×(cosθ)/λ ・・・(数式5)
【0052】
図12の×印は、各指数(すなわち、各θ)に対応した複数のピーク幅、ピーク位置からその位置が決まる。この×印を最小2乗法によって1次直線にする。
図12のY切片より結晶子サイズが求められる。
図12の傾きより、不均一歪が求められる。このように、
図12を用い、上の数式を計算することによって、各試料11上の測定対象面12の各測定領域の不均一歪みや、結晶子サイズを求めることができる。これを複数の規格化分布の各測定領域に対して行うことにより、不均一歪の分布又は結晶子サイズの分布、若しくはその両方を得ることができる。
【0053】
図10は、不均一歪の分布の測定結果である。
図10は、図のX位置,Y位置が、測定対象面12での測定位置を示し、濃淡は、試料11の測定対象面12の各測定領域の不均一歪の値である。なお、単位はパーセントである。
【0054】
図11は、結晶子サイズの分布測定結果である。
図11は、図のX位置,Y位置が、測定対象面での測定位置を示し、濃淡は、試料11の測定対象面12の各測定領域の結晶子サイズの値である。なお、単位はnmである。
【0055】
複数の面指数の数は、3つ以上とすることができる。結晶配向分布を得るためには、最低3つの面指数からなる規格化分布について第1の演算を行う必要がある。更に、不均一歪の分布または結晶子サイズの分布を得るためには、3つの面指数に加え、いずれかの一つと同等の面方位を更に1つの指数が必要である。なお、不均一歪及び結晶子サイズを出すだけであれば、2つであっても求めることができる。面指数の数が多ければ多い程、
図12における、Y切片及び傾きをより正確に求めることができ、その結果、不均一歪及び結晶子サイズが正確に求めることができる。
【0056】
なお、銅やアルミニウム等の面心立方格子構造の場合、3つの指数の実施例として(111)、(200)、(220)が例示され、追加する指数として例えば(222)を選択することができる。鉄や鋼等の体心立方格子構造の場合、3つの指数の実施例として(110)、(200)、(222)が例示され、追加する指数として例えば(220)を選択することができる。チタンやマグネシウム等の六方最密充填構造の場合、3つの指数の実施例として(1-100),(11-20),(0002)が例示され、追加する指数として例えば(2-200)や(0004)を選択することができる。このように選択することにより、空間内で独立な3方位の配向分布の結晶配向分布を求めることが可能であることに加えて、同一方向を持つ2指数から不均一歪及び結晶子サイズを算出することが可能である。
【0057】
本分析方法により、10mmφのアルミニウムの線材の断面の結晶配向分布を測定に際して、本分析方法に用いる試料11は、以下のように作製した。まず、10mmφのアルミニウムの線材を8mm程度の長さに精密切断機を用いて切断し、例えば2000番の耐水ペーパーを用いて表面を仕上げる。なお、試料11の研磨面、すなわち、測定対象面12と、試料11の底面は平行であることが好ましい。このような試料を用いて、X線を用いた結晶配向分布を求めることができる。一方で、EBSD法では、このような機械研磨後の表面を有する試料を測定することができない。
【0058】
第3工程において、試料11は、測定対象面12に平行な面内で停止することなく、連続的に動かされることができる。
図13は、従来の測定方法における、試料の測定位置と時間の関係を示す図である。横軸が時間を表す。縦軸は、試料11の測定対象面12において、X線1が照射される測定位置が
図4の測定領域Aから測定領域Cに向かって直線的に動く場合の測定位置を表す。試料11は、測定点a1に向けて、加速、移動、減速、停止という一連の動作の後、測定点a1を中心とした測定領域AのX線プロファイルデータ、すなわち、回折したX線2のX線強度に対する角度依存性の測定が行われる。測定領域Aの測定が終わった後、試料11は、測定点b1に向けて、加速、移動、減速、停止という一連の動作が行われ、測定点b1で停止する。その後、測定点b1を中心とした測定領域Bで、回折したX線2の角度依存性の測定が行われる。これを繰り返すことによって、試料の全面の測定が実施される。
【0059】
一方、
図14は、本願の新規な測定方法における、試料の測定位置と時間の関係を示す図である。縦軸が試料11の測定対象面12の、X線1が照射される測定位置を表す。試料11は、測定点a1、測定点b1、測定点c1で停止することなく、移動させられる。試料11には常時X線が照射されている。試料11が、測定領域Aを通過する間にも回折したX線2を得ることができる。この回折したX線2の角度依存性を測定することで、試料を停止させることなく、分析を進めることができる。測定領域AからのX線回折を測定点a1のデータとし、同様に、測定領域BからのX線回折を測定点b1のデータとすることができる。この手法をとることにより、測定点1点毎の加速、移動、減速、停止という一連の動作が不要になるため、測定時間を短時間にすることができる。なお、検知器が1次元検出器もしくは2次元検出器である場合、角度依存性の測定を、短時間で実施可能であることからより好ましい。例えば、従来の測定方法を使い、測定点1点毎に、加速、移動、減速、停止に1秒、X線回折測定に0.2秒を要し、合計49分を要した測定の場合、本手法を用いることで、約半分の26分程度に短縮することができる。
【0060】
今回開示された実施形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施形態ではなく特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0061】
1 X線
2 回折したX線
3 検出器
11 試料
12 測定対象面
21 可動ステージ
22 ステージ表面
A 測定領域
B 測定領域
C 測定領域
Z 測定領域
a1 測定点
b1 測定点
c1 測定点
L 長さ
θ 入射角度
2θ 回折角度
Ra 表面粗さ
D 所定の方向
F 所定の面指数