(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-22
(45)【発行日】2025-01-30
(54)【発明の名称】操舵装置
(51)【国際特許分類】
B62D 6/00 20060101AFI20250123BHJP
B62D 5/04 20060101ALI20250123BHJP
B62D 101/00 20060101ALN20250123BHJP
B62D 113/00 20060101ALN20250123BHJP
B62D 119/00 20060101ALN20250123BHJP
【FI】
B62D6/00 ZYW
B62D5/04
B62D101:00
B62D113:00
B62D119:00
(21)【出願番号】P 2021124192
(22)【出願日】2021-07-29
【審査請求日】2024-02-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】110002310
【氏名又は名称】弁理士法人あい特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】三木 大輔
(72)【発明者】
【氏名】東 真康
【審査官】山下 浩平
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-310144(JP,A)
【文献】米国特許第06662898(US,B1)
【文献】特開2007-168698(JP,A)
【文献】特開平04-078668(JP,A)
【文献】特開2010-126113(JP,A)
【文献】特開平09-240458(JP,A)
【文献】国際公開第2018/135109(WO,A1)
【文献】特開平04-362474(JP,A)
【文献】特開2006-136175(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0337507(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2008/0109134(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 6/00 - 6/10
B62D 5/00 - 5/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両が走行している路面の摩擦係数である路面摩擦係数を推定する路面摩擦係数推定部と、
前記路面摩擦係数推定部によって推定される路面摩擦係数の時間的変化を緩やかにするためのフィルタ部と、
前記フィルタ部によるフィルタ処理後の路面摩擦係数を用いて、転舵輪のタイヤコーナリング力が最大となるタイヤスリップ角である限界タイヤスリップ角を推定する限界タイヤスリップ角推定部と、
前記転舵輪のタイヤスリップ角が前記限界タイヤスリップ角を超えるのを抑制するように前記転舵輪のタイヤスリップ角を制限するタイヤスリップ角制限部とを含
み、
前記フィルタ部は、前記路面摩擦係数推定部によって推定される路面摩擦係数が、小さい路面摩擦係数から大きい路面摩擦係数に変化する場合にのみ、前記路面摩擦係数推定部によって推定される路面摩擦係数の時間的変化を緩やかにするように構成されている、操舵装置。
【請求項2】
前記タイヤスリップ角制限部は、前記転舵輪のタイヤスリップ角が前記限界タイヤスリップ角を超えないように、前記転舵輪の転舵角を制限するように構成されている、
請求項1に記載の操舵装置。
【請求項3】
前記タイヤスリップ角制限部は、
前記転舵輪のタイヤスリップ角を演算するタイヤスリップ角演算部と、
前記タイヤスリップ角および前記限界タイヤスリップ角を用いて、前記転舵角を制限するための舵角制限値を演算する舵角制限値演算部と、
前記舵角制限値を用いて、自動操舵のための目標舵角を制限する制限部とを含む、
請求項2に記載の操舵装置。
【請求項4】
アシストトルクを発生するための電動モータと、
目標アシストトルクを設定する目標アシストトルク設定部と、
前記電動モータを制御するモータ制御部とを含み、
前記タイヤスリップ角制限部は、
前記転舵輪のタイヤスリップ角を演算するタイヤスリップ角演算部と、
前記タイヤスリップ角および前記限界タイヤスリップ角を用いて、前記転舵角を制限するための舵角制限値を演算する舵角制限値演算部と、
前記舵角制限値と前記転舵角とを用いて、前記転舵角を制限するための舵角制限用トルクを演算する舵角制限用トルク演算部とを含み、
前記モータ制御部は、前記目標アシストトルクおよび前記舵角制限用トルクを用いて、
前記電動モータをトルク制御するように構成されている、
請求項2に記載の操舵装置。
【請求項5】
車両が走行している路面の摩擦係数である路面摩擦係数を推定する路面摩擦係数推定部と、
前記路面摩擦係数推定部によって推定される路面摩擦係数の時間的変化を緩やかにするためのフィルタ部と、
前記フィルタ部によるフィルタ処理後の路面摩擦係数を用いて、転舵輪のタイヤコーナリング力が最大となるタイヤスリップ角である限界タイヤスリップ角を推定する限界タイヤスリップ角推定部と、
前記転舵輪のタイヤスリップ角が前記限界タイヤスリップ角を超えないように、前記転舵輪の転舵角を制限するタイヤスリップ角制限部と、
アシストトルクを発生するための電動モータと、
目標アシストトルクを設定する目標アシストトルク設定部と、
前記電動モータを制御するモータ制御部とを含み、
前記タイヤスリップ角制限部は、
前記転舵輪のタイヤスリップ角を演算するタイヤスリップ角演算部と、
前記タイヤスリップ角および前記限界タイヤスリップ角を用いて、前記転舵角を制限するための舵角制限値を演算する舵角制限値演算部と、
前記舵角制限値と前記転舵角とを用いて、前記転舵角を制限するための舵角制限用トルクを演算する舵角制限用トルク演算部とを含み、
前記モータ制御部は、前記目標アシストトルクおよび前記舵角制限用トルクを用いて、
前記電動モータをトルク制御するように構成されている、操舵装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、操舵装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、次のような技術が開示されている。すなわち、車輪に発生するタイヤコーナリング力が最大となるタイヤスリップ角が目標スリップ角として記憶される。車両が前方障害物と接触する可能性があると判断されたときに、タイヤスリップ角が目標スリップ角と等しくなるような転舵角を目標転舵角として算出する。そして、実転舵角が目標転舵角となるように、転舵アクチュエータを駆動制御する。これにより、車輪の転舵角が、タイヤコーナリング力が最大となる転舵角と等しくなるように、当該車輪の転舵角が制御されるので、前方障害物との接触回避能力が向上する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
この発明の一実施形態の目的は、転舵輪のタイヤスリップ角が、タイヤコーナリング力が最大となるタイヤスリップ角を超えるのを抑制でき、かつ路面摩擦係数が小さい領域から路面摩擦係数が大きい領域に車両が進入した場合に、車両が不安定になるのを抑制できる、操舵装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一実施形態は、車両が走行している路面の摩擦係数である路面摩擦係数を推定する路面摩擦係数推定部と、前記路面摩擦係数推定部によって推定される路面摩擦係数の時間的変化を緩やかにするためのフィルタ部と、前記フィルタ部によるフィルタ処理後の路面摩擦係数を用いて、転舵輪のタイヤコーナリング力が最大となるタイヤスリップ角である限界タイヤスリップ角を推定する限界タイヤスリップ角推定部と、前記転舵輪のタイヤスリップ角が前記限界タイヤスリップ角を超えるのを抑制するように前記転舵輪のタイヤスリップ角を制限するタイヤスリップ角制限部とを含む、操舵装置を提供する。
【0006】
この構成では、転舵輪のタイヤスリップ角が、タイヤコーナリング力が最大となるタイヤスリップ角を超えるのを抑制できる。また、この構成では、路面摩擦係数が小さい領域から路面摩擦係数が大きい領域に車両が進入した場合に、車両が不安定になるのを抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】
図1は、本発明の一実施形態に係る操舵装置が適用された電動パワーステアリングシステムの概略構成を示す模式図である。
【
図2】
図2は、モータ制御用ECUの電気的構成であって、自動操舵モード時の動作に関係する電気的構成を説明するためのブロック図である。
【
図3】
図3は、第1ステアリングエンベロープ制御部の構成を示すブロック図である。
【
図4】
図4は、路面摩擦推定部の構成を示すブロック図である。
【
図5】
図5は、角度制御部の構成を示すブロック図である。
【
図6】
図6は、トルク制御部の構成を示すブロック図である。
【
図7A】
図7Aは、高μ領域から低μ領域に車両が進入するときの比較例の動作を説明するためのグラフである。
【
図7B】
図7Bは、低μ領域から高μ領域に車両が進入するときの比較例の動作を説明するためのグラフである。
【
図8A】
図8Aは、比較例において、低μ領域から高μ領域に車両が進入したときに、車両状態が不安定になりやすいことを示す模式図である。
【
図8B】
図8Bは、本実施形態では、低μ領域から高μ領域に車両が進入したときに、車両状態が不安定になりにくいことを示す模式図である。
【
図9A】
図9Aは、低μ領域から高μ領域に車両が進入した場合に、限界タイヤスリップ角推定部に入力される路面摩擦係数μの変化を示すタイムチャートである。
【
図9B】
図9Bは、低μ領域から高μ領域に車両が進入した場合に、操舵角制限値演算部によって演算される操舵角制限値θ
slの時間的変化を示すタイムチャートである。
【
図9C】
図9Cは、低μ領域から高μ領域に車両が進入した場合に、制限部によって演算される制限処理後の目標操舵角θ
SECの時間的変化を示すタイムチャートである。
【
図10】
図10は、モータ制御用ECUの電気的構成であって、手動操舵モード時の動作に関係する電気的構成を説明するためのブロック図である。
【
図11】
図11は、第2ステアリングエンベロープ制御部の構成を示すブロック図である。
【
図12】
図12は、操舵トルクT
dに対する目標アシストトルクT
atの設定例を示すグラフである。
【
図13】
図13は、フィルタ部の変形例を説明するためのフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
[本発明の実施形態の説明]
本発明の一実施形態は、車両が走行している路面の摩擦係数である路面摩擦係数を推定する路面摩擦係数推定部と、前記路面摩擦係数推定部によって推定される路面摩擦係数の時間的変化を緩やかにするためのフィルタ部と、前記フィルタ部によるフィルタ処理後の路面摩擦係数を用いて、転舵輪のタイヤコーナリング力が最大となるタイヤスリップ角である限界タイヤスリップ角を推定する限界タイヤスリップ角推定部と、前記転舵輪のタイヤスリップ角が前記限界タイヤスリップ角を超えるのを抑制するように前記転舵輪のタイヤスリップ角を制限するタイヤスリップ角制限部とを含む、操舵装置を提供する。
【0009】
この構成では、転舵輪のタイヤスリップ角が、タイヤコーナリング力が最大となるタイヤスリップ角を超えるのを抑制できる。また、この構成では、路面摩擦係数が小さい領域から路面摩擦係数が大きい領域に車両が進入した場合に、車両が不安定になるのを抑制できる。
本発明の一実施形態では、前記フィルタ部は、前記路面摩擦係数推定部によって推定される路面摩擦係数が、小さい路面摩擦係数から大きい路面摩擦係数に変化する場合にのみ、前記路面摩擦係数推定部によって推定される路面摩擦係数の時間的変化を緩やかにするように構成されている。
【0010】
本発明の一実施形態では、前記タイヤスリップ角制限部は、前記転舵輪のタイヤスリップ角が前記限界タイヤスリップ角を超えないように、前記転舵輪の転舵角を制限するように構成されている。
本発明の一実施形態では、前記タイヤスリップ角制限部は、前記転舵輪のタイヤスリップ角を演算するタイヤスリップ角演算部と、前記タイヤスリップ角および前記限界タイヤスリップ角を用いて、前記転舵角を制限するための舵角制限値を演算する舵角制限値演算部と、前記舵角制限値を用いて、自動操舵のための目標舵角を制限する制限部とを含む。
【0011】
本発明の一実施形態では、アシストトルクを発生するための電動モータと、目標アシストトルクを設定する目標アシストトルク設定部と、前記電動モータを制御するモータ制御部とを含み、前記タイヤスリップ角制限部は、前記転舵輪のタイヤスリップ角を演算するタイヤスリップ角演算部と、前記タイヤスリップ角および前記限界タイヤスリップ角を用いて、前記転舵角を制限するための舵角制限値を演算する舵角制限値演算部と、前記舵角制限値と前記転舵角とを用いて、前記転舵角を制限するための舵角制限用トルクを演算する舵角制限用トルク演算部とを含み、前記モータ制御部は、前記目標アシストトルクおよび前記舵角制限用トルクを用いて、前記電動モータをトルク制御するように構成されている。
[本発明の実施形態の詳細な説明]
以下では、この発明の実施の形態を、添付図面を参照して詳細に説明する。
[1]電動パワーステアリングシステムの概略構成
図1は、本発明の一実施形態に係る操舵装置が適用された電動パワーステアリングシステムの概略構成を示す模式図である。
【0012】
電動パワーステアリングシステム1は、車両を操向するための操舵部材としてのステアリングホイール(ハンドル)2と、このステアリングホイール2の回転に連動して転舵輪3を転舵する転舵機構4と、運転者の操舵を補助するための操舵補助機構5とを備えている。ステアリングホイール2と転舵機構4とは、ステアリングシャフト6および中間軸7を介して機械的に連結されている。
【0013】
ステアリングシャフト6は、ステアリングホイール2に連結された入力軸8と、中間軸7に連結された出力軸9とを含む。入力軸8と出力軸9とは、トーションバー10を介して相対回転可能に連結されている。
トーションバー10の近傍には、トルクセンサ12が配置されている。トルクセンサ12は、入力軸8および出力軸9の相対回転変位量に基づいて、ステアリングホイール2に与えられた操舵トルク(トーションバートルク)Tdを検出する。この実施形態では、トルクセンサ12によって検出される操舵トルクTdは、例えば、左方向への操舵のためのトルクが正の値として検出され、右方向への操舵のためのトルクが負の値として検出され、その絶対値が大きいほど操舵トルクTdの大きさが大きくなるものとする。
【0014】
転舵機構4は、ピニオン軸13と、転舵軸としてのラック軸14とを含むラックアンドピニオン機構からなる。ラック軸14の各端部には、タイロッド15およびナックルアーム(図示略)を介して転舵輪3が連結されている。ピニオン軸13は、中間軸7に連結されている。ピニオン軸13は、ステアリングホイール2の操舵に連動して回転するようになっている。ピニオン軸13の先端には、ピニオン16が連結されている。
【0015】
ラック軸14は、車両の左右方向に沿って直線状に延びている。ラック軸14の軸方向の中間部には、ピニオン16に噛み合うラック17が形成されている。このピニオン16およびラック17によって、ピニオン軸13の回転がラック軸14の軸方向移動に変換される。ラック軸14を軸方向に移動させることによって、転舵輪3を転舵することができる。
【0016】
ステアリングホイール2が操舵(回転)されると、この回転が、ステアリングシャフト6および中間軸7を介して、ピニオン軸13に伝達される。そして、ピニオン軸13の回転は、ピニオン16およびラック17によって、ラック軸14の軸方向移動に変換される。これにより、転舵輪3が転舵される。
操舵補助機構5は、操舵補助力(アシストトルク)を発生するための電動モータ18と、電動モータ18の出力トルクを増幅して転舵機構4に伝達するための減速機19とを含む。減速機19は、ウォームギヤ20と、このウォームギヤ20と噛み合うウォームホイール21とを含むウォームギヤ機構からなる。減速機19は、伝達機構ハウジングとしてのギヤハウジング22内に収容されている。以下において、減速機19の減速比(ギヤ比)をidecで表す場合がある。減速比idecは、ウォームホイール21の回転角θwwに対するウォームギヤ20の回転角θwgの比θwg/θwwとして定義される。
【0017】
ウォームギヤ20は、電動モータ18によって回転駆動される。また、ウォームホイール21は、出力軸9に一体回転可能に連結されている。
電動モータ18によってウォームギヤ20が回転駆動されると、ウォームホイール21が回転駆動され、ステアリングシャフト6にモータトルクが付与されるとともにステアリングシャフト6(出力軸9)が回転する。そして、ステアリングシャフト6の回転は、中間軸7を介してピニオン軸13に伝達される。ピニオン軸13の回転は、ラック軸14の軸方向移動に変換される。これにより、転舵輪3が転舵される。すなわち、電動モータ18によってウォームギヤ20を回転駆動することによって、電動モータ18による操舵補助や転舵輪3の転舵が可能となる。電動モータ18には、電動モータ18のロータの回転角を検出するための回転角センサ23が設けられている。
【0018】
車両には、車両の進行方向前方の道路を撮影するCCD(Charge Coupled Device)カメラ25、自車位置を検出するためのGPS(Global Positioning System)26、道路形状や障害物を検出するためのレーダー27および地図情報を記憶した地図情報メモリ28が搭載されている。
車両には、さらに、車速センサ29、ヨーレートセンサ30、横加速度センサ31、第1モードスイッチ33および第2モードスイッチ34等が搭載されている。車速センサ29は、車速Vを検出するためのセンサである。ヨーレートセンサ30は、ヨーレートγを検出するためのセンサである。ヨーレートγは、車両の重心点を通る鉛直軸周りの回転角速度である。
【0019】
横加速度センサ31は、横加速度Ayを検出するためのセンサである。横加速度Ayは、車両の幅方向であるy軸方向に作用する加速度である。第1モードスイッチ33は、操舵モードを手動操舵モードに設定するためのスイッチである。第2モードスイッチ34は、操舵モードを自動操舵モードに設定するためのスイッチである。
CCDカメラ25、GPS26、レーダー27、地図情報メモリ28、車速センサ29、ヨーレートセンサ30、横加速度センサ31、第1モードスイッチ33および第2モードスイッチ34は、運転支援制御や自動運転制御を行うための上位ECU(ECU:Electronic Control Unit)201に接続されている。上位ECU201は、CCDカメラ25、GPS26およびレーダー27によって得られる情報および地図情報を元に、周辺環境認識、自車位置推定、経路計画等を行い、操舵や駆動アクチュエータの制御目標値の決定を行う。
【0020】
この実施形態では、上位ECU201は、自動操舵のための目標操舵角θautoを設定する。この実施形態では、自動操舵制御は、例えば、目標軌道に沿って車両を走行させるための制御である。目標操舵角θautoは、車両を目標軌道に沿って自動走行させるための操舵角の目標値である。このような目標操舵角θautoを設定する処理は、周知であるため、ここでは詳細な説明を省略する。
【0021】
また、上位ECU201は、第1モードスイッチ33および第2モードスイッチ34の出力信号に基づいて、手動操舵モードまたは自動操舵モードを表すモード信号Smodeを生成する。
上位ECU201によって設定される目標操舵角θauto、モード信号Smode、車速センサ29によって検出される車速V、ヨーレートセンサ30によって検出されるヨーレートγおよび横加速度センサ31によって検出される横加速度Ayは、車載ネットワークを介して、モータ制御用ECU202に与えられる。トルクセンサ12によって検出される操舵トルクTd、回転角センサ23の出力信号は、モータ制御用ECU202に入力される。モータ制御用ECU202は、これらの入力信号および上位ECU201から与えられる情報に基づいて、電動モータ18を制御する。
【0022】
モータ制御用ECU202は、モード信号S
modeが自動操舵モードを表す信号である場合には自動操舵モード時の動作を行うことによって電動モータ18を制御し、モード信号S
modeが手動操舵モードを表す信号である場合には手動操舵モード時の動作を行うことによって電動モータ18を制御する。
[2]自動操舵モードにおけるモータ制御用ECU202の電気的構成
[2.1]全体構成
図2は、モータ制御用ECU202の電気的構成であって、自動操舵モード時の動作に関係する電気的構成を説明するためのブロック図である。
【0023】
モータ制御用ECU202は、マイクロコンピュータ50と、マイクロコンピュータ50によって制御され、電動モータ18に電力を供給する駆動回路(インバータ回路)41と、電動モータ18に流れる電流(以下、「モータ電流Im」という。)を検出するための電流検出回路42とを備えている。
マイクロコンピュータ50は、CPUおよびメモリ(ROM、RAM、不揮発性メモリなど)を備えており、所定のプログラムを実行することによって、複数の機能処理部として機能するようになっている。この複数の機能処理部には、自動操舵モード時に関連するものとして、回転角演算部51と、ラック軸力推定部52と、第1ステアリングエンベロープ制御部53と、角度制御部54と、トルク制御部(電流制御部)55と、タイヤ角演算部59とが含まれる。
[2.2]回転角演算部51およびタイヤ角演算部59
回転角演算部51は、回転角センサ23の出力信号に基づいて、電動モータ18のロータ回転角θmを演算する。
【0024】
タイヤ角演算部59は、回転角演算部51によって演算されたロータ回転角θmを減速比idecで除算した値を、オーバーオールギヤ比ioagrで除算することによって、転舵輪3の転舵角(以下、「タイヤ角θt」という。)を演算する。オーバーオールギヤ比ioagrは、転舵輪3のタイヤ角θtに対するステアリングホイール2の舵角(出力軸9の回転角θs)の比であり、予め設定されている。
[2.3]ラック軸力推定部52
ラック軸力推定部52は、電流検出回路42によって検出されるモータ電流Imと、回転角演算部51によって演算されるロータ回転角θmと、操舵トルクTdとに基づいて、ラック17に作用する軸力であるラック軸力Frackを推定する。ラック軸力Frackの推定値を、^Frackで表す。ラック軸力推定部52としては、例えば、特開2021-949号公報に開示されたラック軸力推定部を用いてもよい。
[2.4]第1ステアリングエンベロープ制御部53
第1ステアリングエンベロープ制御部53は、転舵輪3のタイヤスリップ角がタイヤグリップ限界のタイヤスリップ角αslを超えるのを抑制するための制限処理後の目標操舵角θSECを演算する。タイヤグリップ限界のタイヤスリップ角αslは、転舵輪3のコーナリング力が最大となるタイヤスリップ角である。
【0025】
図3は、第1ステアリングエンベロープ制御部53の構成を示すブロック図である。
第1ステアリングエンベロープ制御部53は、路面摩擦推定部61と、フィルタ部62と、限界タイヤスリップ角推定部63と、タイヤスリップ角推定部64と、操舵角制限値演算部65と、制限部66とを含む。操舵角制限値演算部65は、本発明における「舵角制限値演算部」の一例である。
【0026】
図4は、路面摩擦推定部61の構成を示すブロック図である。
路面摩擦推定部61は、ラック軸力推定部52によって演算されたラック軸力推定値^F
rackと、ヨーレートγと、横加速度A
yと、タイヤ角θ
tと、車速Vとに基づいて、路面摩擦係数μ、車体スリップ角βおよびヨーレートγを推定する。路面摩擦係数μ、車体スリップ角βおよびヨーレートγの推定値を、それぞれ、^μ、^βおよび^γで表す。なお、タイヤ角θ
tの代わりに、回転角演算部51によって演算されるロータ回転角θ
mを用いてもよい。
【0027】
路面摩擦推定部61は、観測値演算部71と、推定値演算部72と、減算部73と、ゲイン演算部74とを含む。
観測値演算部71は、路面摩擦係数推定値^μを状態変数として含む状態量推定値^xを演算するために必要な観測量yを演算する。推定値演算部72は、状態量推定値^xを演算するとともに、観測量yの推定値^yである観測量推定値^yを演算する。減算部73は、観測量yと観測量推定値^yとの偏差である観測偏差Δyを演算する。ゲイン演算部74は、観測偏差Δyに基づいて、状態量推定値^xを修正するためのカルマンゲインKを演算する。
【0028】
具体的には、観測値演算部71には、横加速度Ayと、ヨーレートγと、ラック軸推定値^Frackとが入力される。観測値演算部71は、ラック軸推定値^Frackに基づいて、転舵輪3に作用するタイヤ力として、転舵輪3のキングピン軸周りの力であるキングピントルクTkpaを演算する。具体的には、観測値演算部71は、タイロッド15の軸方向に作用するタイロツドフォースに近似されるラック軸推定値^Frackと、車両の仕様により定まるナックルアーム長との積により、観測値としてのキングピントルクTkpaを演算する。
【0029】
観測値としてのキングピントルクTkpaは、タイヤコーナリング力と、キャスタートレイルとの積に対して、タイヤアライメントトルクを加算したもので近似できることが知られている。そして、観測値演算部71は、横加速度Ay、ヨーレートγおよびキングピントルクTkpaを観測値とする3次の観測量y[Ay,γ,Tkpa](3×1行列)を演算する。このようにして得られた観測量yは、減算部73に与えられる。
【0030】
推定値演算部72には、タイヤ角θtと、車速Vと、カルマンゲインKとが入力される。推定値演算部72は、タイヤ角θtと車速Vとを入力量uとして、路面摩擦係数のダイナミクスモデルとして、例えば、2輪2自由度平面車両モデルに基づいて、状態量推定値^xと観測量推定値^yとを演算する。
具体的には、推定値演算部72は、車体スリップ角βの推定値^β、ヨーレートγの推定値^γおよび路面摩擦係数μの推定値^μを含む3次の状態量推定値^x[^β,^γ,^μ](3×1行列)を演算する。車体スリップ角βは、車体の前後方向と車両進行方向との間の当該車両の重心点を通る鉛直軸周りの角度である。
【0031】
また、推定値演算部72は、横加速度Ayの推定値^Ay、ヨーレートγの推定値^γおよびキングピントルクTkpaの推定値^Tkpaを含む3次の観測量推定値^y[^Ay,^γ,^Tkpa](3×1行列)を演算する。このようにして得られた観測量推定値^yは、減算部73に与えられる。
減算部73は、観測量yから観測量推定値^yを減算して、観測偏差Δyを演算する。この観測偏差Δyは、ゲイン演算部74に与えられる。ゲイン演算部74は、観測偏差Δyに基づいて、観測偏差Δyを減少させるように状態量推定値^xを修正するためのカルマンゲインKを演算する。推定値演算部72は、カルマンゲインKに基づいて、状態量推定値^xを修正する。
【0032】
本実施形態では、観測値演算部71、推定値演算部72およびゲイン演算部74は、非線形カルマンフィルタの一種である拡張カルマンフィルタEKFを構成している。路面摩擦推定部61は、当該拡張カルマンフィルタEKFを用いた推定オブザーバを構成している。
以下においては、説明の便宜上、路面摩擦推定部61によって演算された路面摩擦係数μの推定値^μを「路面摩擦係数μ」といい、路面摩擦推定部61によって演算された車体スリップ角βの推定値^βを、「車体スリップ角β」ということにする。路面摩擦推定部61によって推定された「路面摩擦係数μ」は、フィルタ部62に与えられる。路面摩擦推定部61によって推定された「車体スリップ角β」は、タイヤスリップ角推定部64に与えられる。
【0033】
図3に戻り、フィルタ部62は、路面摩擦推定部61によって推定された路面摩擦係数μの時間的変化を緩やかにするためのフィルタ62Aを含んでいる。フィルタ62Aは、ローパスフィルタであってもよい。この実施形態では、フィルタ部62は、路面摩擦推定部61から与えられる路面摩擦係数μに対してフィルタ62Aによるフィルタ処理を行う。フィルタ部62から出力されるフィルタ処理後の路面摩擦係数μは、限界タイヤスリップ角推定部63に与えられる。
【0034】
タイヤスリップ角推定部64は、路面摩擦推定部61から与えられる車体スリップ角βと、車速Vと、ヨーレートγと、車体重心から前輪の車軸までの車両の前後方向距離である前輪ホイールベースlfと、タイヤ角θtとに基づいて、転舵輪3のタイヤスリップ角αf(以下、単に「タイヤスリップ角α」という。)を推定する。具体的には、タイヤスリップ角推定部64は、次式(1)に基づいて、タイヤスリップ角αを演算する。
【0035】
【0036】
限界タイヤスリップ角推定部63は、タイヤスリップ角推定部64によって推定されるタイヤスリップ角αの符号と、フィルタ部62から出力される路面摩擦係数μと、転舵輪3の輪荷重Fzと、コーナリングスティフネスCαとに基づいて、タイヤグリップ限界でのタイヤスリップ角(以下、「限界タイヤスリップ角αsl」という。)を演算する。コーナリングスティフネスCαは、タイヤスリップ角αが非常に小さい範囲での、転舵輪3のタイヤコーナリング力Fyのタイヤスリップ角αに対する立ち上がり勾配であり、予め設定されている。転舵輪3のタイヤコーナリング力Fyは、路面から転舵輪3のタイヤに作用するタイヤ進行方向に直角の方向の力である。
【0037】
具体的には、限界タイヤスリップ角推定部63は、次式(2)に基づいて、限界タイヤスリップ角αslを演算する。
【0038】
【0039】
操舵角制限値演算部65は、オーバーオールギヤ比ioagrと、タイヤスリップ角推定部64によって推定されるタイヤスリップ角αと、車速Vと、ヨーレートγと、前輪ホイールベースlfと、フィルタ部62から出力される路面摩擦係数μと、転舵輪3の輪荷重Fzと、コーナリングスティフネスCαとに基づいて、タイヤグリップ限界時の操舵角を操舵角制限値θslとして演算する。操舵角制限値演算部65は、本発明における「舵角制限値演算部」の一例である。
【0040】
具体的には、操舵角制限値演算部65は、次式(3)に基づいて、操舵角制限値θslを演算する。
【0041】
【0042】
制限部66は、目標操舵角θautoと、操舵角制限値演算部65によって演算される操舵角制限値θslに基づいて、制限処理後の目標操舵角θSECを演算する。
具体的には、制限部66は、次式(4a),(4b)に基づいて、制限処理後の目標操舵角θSECを演算する。
【0043】
【0044】
式(4a),(4b)において、Gαは、調整ゲインであり、0<Gα≦1の範囲内の値に設定される。この実施形態では、Gαは、Gα=1に設定されている。
Gα=1であるとすると、タイヤスリップ角αの絶対値|α|が、限界タイヤスリップ角αslの絶対値|αsl|よりも小さい場合には、式(4a)に従って、目標操舵角θautoがそのまま制限処理後の目標操舵角θSECとして演算される。したがって、この場合には、目標操舵角θautoは制限されない。
【0045】
一方、タイヤスリップ角αの絶対値|α|が、限界タイヤスリップ角α
slの絶対値|α
sl|以上の場合には、式(4b)に従って、操舵角制限値θ
slが制限処理後の目標操舵角θ
SECとして演算される。したがって、この場合には、目標操舵角θ
autoは、操舵角制限値θ
slに置き換えられる。
図3のタイヤスリップ角推定部64、操舵角制限値演算部65および制限部66は、本発明における「タイヤスリップ角制限部」の一例である。
[2.5]角度制御部54の構成
角度制御部54は、制限処理後の目標操舵角θ
SECに基づいて、電動モータ18のモータトルクの目標値である目標モータトルクT
mtを演算する。
【0046】
図5は、角度制御部54の構成を示すブロック図である。
角度制御部54は、フィードバック制御部101と、フィードフォワード制御部102と、トルク加算部103と、第1減速比除算部104と、第2減速比除算部105とを含む。
第1減速比除算部104は、回転角演算部51(
図2参照)によって演算されるロータ回転角θ
mを減速比i
decで除算することにより、ロータ回転角θ
mを出力軸9(ステアリングシャフト6)の回転角(実操舵角)θ
sに換算する。
【0047】
フィードバック制御部101は、実操舵角θsを制限処理後の目標操舵角θSECに近づけるために設けられている。フィードバック制御部101は、角度偏差演算部101AとPD制御部101Bとを含む。角度偏差演算部101Aは、目標操舵角θSECと実操舵角θsとの偏差Δθ(=θSEC-θs)を演算する。
PD制御部101Bは、角度偏差演算部101Aによって演算される角度偏差Δθに対してPD演算(比例微分演算)を行うことにより、フィードバック制御トルクTfbを演算する。フィードバック制御トルクTfbは、トルク加算部103に与えられる。
【0048】
フィードフォワード制御部102は、電動パワーステアリングシステム1の慣性による応答性の遅れを補償して、制御の応答性を向上させるために設けられている。フィードフォワード制御部102は、角加速度演算部102Aと慣性乗算部102Bとを含む。角加速度演算部102Aは、制限処理後の目標操舵角θSECを2階微分することにより、目標角加速度d2θSEC/dt2を演算する。
【0049】
慣性乗算部102Bは、角加速度演算部102Aによって演算された目標角加速度d2θSEC/dt2に、電動パワーステアリングシステム1の慣性Jを乗算することにより、フィードフォワード制御トルクTff(=J・d2θSEC/dt2)を演算する。慣性Jは、例えば、電動パワーステアリングシステム1の物理モデル(図示略)から求められる。フィードフォワード制御トルクTffは、慣性補償値として、トルク加算部103に与えられる。
【0050】
トルク加算部103は、フィードバック制御トルクT
fbにフィードフォワード制御トルクT
ffを加算することにより、出力軸9に対する目標トルクである目標操舵トルクT
st(=T
fb+T
ff)を演算する。
目標操舵トルクT
stは、第2減速比除算部105に与えられる。第2減速比除算部105は、目標操舵トルクT
stを減速比i
decで除算することにより、目標モータトルクT
mtを演算する。この目標モータトルクT
mtが、トルク制御部55(
図2参照)に与えられる。
[2.6]トルク制御部55の構成
トルク制御部55は、電動モータ18のモータトルクが、目標モータトルクT
mtに近づくように駆動回路41を制御する。つまり、トルク制御部55は、電動モータ18をトルク制御(トルクフィードバック制御)する。
【0051】
図6は、トルク制御部55の構成を示すブロック図である。
トルク制御部55は、目標モータ電流演算部111と、電流偏差演算部112と、PI制御部113と、PWM(Pulse Width Modulation)制御部114とを含む。
目標モータ電流演算部111は、角度制御部54(
図2、
図5参照)によって演算された目標モータトルクT
mtを電動モータ18のトルク定数K
tで除算することにより、目標モータ電流I
mtを演算する。
【0052】
電流偏差演算部112は、目標モータ電流演算部111によって得られた目標モータ電流Imtと電流検出回路42によって検出されたモータ電流Imとの偏差ΔI(=Imt-Im)を演算する。
PI制御部113は、電流偏差演算部112によって演算された電流偏差ΔIに対するPI演算(比例積分演算)を行うことにより、電動モータ18に流れるモータ電流Imを目標モータ電流Imtに導くための駆動指令値を生成する。PWM制御部114は、前記駆動指令値に対応するデューティ比のPWM制御信号を生成して、駆動回路41に供給する。これにより、駆動指令値に対応した電力が電動モータ18に供給されることになる。
[2.7]自動操舵モード時における実施形態の効果
前述の実施形態では、例えば、Gα=1であるとすると、タイヤスリップ角αの絶対値|α|が、限界タイヤスリップ角αslの絶対値|αsl|以上の場合には、操舵角制限値θslが制限処理後の目標操舵角θSECとして演算される(式(4b)参照)。これにより、操舵角θが、操舵角制限値θsl(タイヤグリップ限界時の操舵角)よりも大きくなるのが抑制される。これにより、転舵輪3のタイヤスリップ角αが、限界スリップ角αsl(タイヤコーナリング力Fyが最大となるタイヤスリップ角)を超えるのを抑制できるので、車両状態が不安定になるのを抑制できる。
【0053】
なお、Gαが1未満の値に設定された場合には、|α|が|αsl|に達する前から操舵角制限値θslが制限処理後の目標操舵角θSECとして演算されるので、|α|が|αsl|に達する前から徐々に操舵角θsを制限できるようになる。
また、前述の実施形態では、第1ステアリングエンベロープ制御部53は、路面摩擦係数μの時間的変化を緩やかにするためのフィルタ部62を含んでいるので、路面摩擦係数が小さい領域(以下、「低μ領域」という。)から路面摩擦係数が大きい領域(以下、「高μ領域」という。)に車両が進入した場合に、車両が不安定になるのを抑制できる。
【0054】
以下において、前述の実施形態とほぼ同じ構成で、第1ステアリングエンベロープ制御部53がフィルタ部62を含んでいない構成を比較例ということにする。
図7Aおよび
図7Bを用いて、低μ領域から高μ領域に車両が進入するときには、高μ領域から低μ領域に車両が進入するときに比べて、車両状態が不安定になりやすいこと説明する。
【0055】
図7Aおよび
図7Bにおいて、曲線S1は、車両が低μ領域を走行する場合のタイヤスリップ角αに対するタイヤコーナリング力(タイヤグリップ力)F
yの関係を示すグラフである。曲線S2は、車両が高μ領域を走行する場合のタイヤスリップ角αに対するタイヤコーナリング力F
yの関係を示すグラフである。曲線S3は、目標操舵角θ
autoに応じた目標タイヤスリップ角α
tarをそれぞれ示している。
【0056】
図7Aは、高μ領域から低μ領域に車両が進入するときの比較例の動作を説明するためのグラフである。
車両が高μ領域を走行している場合に目標タイヤスリップ角α
tarが増加すると、矢印a1で示すようにタイヤスリップ角αが増加する。この場合、比較的大きな路面摩擦係数μ(曲線S2)を用いて演算される比較的大きな限界タイヤスリップ角α
slHによって、タイヤスリップ角αが制限される。
【0057】
目標タイヤスリップ角αtarが維持されたまま、車両が高μ領域から低μ領域に進入すると、矢印a2に示すように、タイヤコーナリング力Fyが減少する。また、比較的大きな限界タイヤスリップ角αslHは、矢印b1で示すように、比較的小さな路面摩擦係数μ(曲線S1)を用いて演算される比較的小さな限界タイヤスリップ角αslLに変化する。これにより、タイヤスリップ角αが比較的小さな限界タイヤスリップ角αslLによって制限される。これにより、操舵角制限値θslが比較的小さな値に設定されるとともに、矢印a3に示すように、タイヤスリップ角αが減少してタイヤコーナリング力Fyがほとんど変わらないので、車両状態が不安定になりにくい。
【0058】
図7Bは、低μ領域から高μ領域に車両が進入するときの比較例の動作を説明するためのグラフである。
車両が低μ領域を走行している場合に目標タイヤスリップ角α
tarが増加すると、矢印a1で示すようにタイヤスリップ角αが増加する。ただし、この場合、比較的小さな路面摩擦係数μ(曲線S1)を用いて演算される比較的小さな限界タイヤスリップ角α
slLによって、タイヤスリップ角αが制限される。
【0059】
目標タイヤスリップ角α
tarが維持されたまま、車両が低μ領域から高μ領域に進入すると、矢印a2に示すように、タイヤコーナリング力F
yが増加する。また、限界タイヤスリップ角α
slは、矢印b1で示すように、比較的大きな路面摩擦係数μ(曲線S2)を用いて演算される比較的大きな限界タイヤスリップ角α
slHに急激に変化する。
これにより、操舵角制限値θ
slが比較的大きな値に設定されるとともに、矢印a3に示すように、タイヤスリップ角αが増加してタイヤコーナリング力F
yが急激に増加するので、
図8Aに示すように、車両状態が不安定になりやすい。
図8Aにおいて、右方向に向かって斜め上方に延びるハッチングで示される領域E
Lが低μ領域であり、右方向に向かって斜め下方に延びるハッチングで示される領域E
Hが高μ領域である(後述する
図8Bにおいても同様である)。
【0060】
本実施形態では、第1ステアリングエンベロープ制御部53は、路面摩擦係数μの時間的変化を緩やかにするためのフィルタ部62を含んでいる。これにより、低μ領域から高μ領域に車両が進入した場合においても、限界タイヤスリップ角α
slが急激に大きくなるのを抑制できる。これにより、タイヤコーナリング力F
yおよび操舵角制限値θ
slが急激に大きくなるのを抑制できる。これにより、
図8Bに示されるように、低μ領域から高μ領域に車両が進入した場合においても、車両状態が不安定になるのを抑制できる。
【0061】
図9Aは、低μ領域から高μ領域に車両が進入した場合に、限界タイヤスリップ角推定部63に入力される路面摩擦係数μの変化を示すタイムチャートである。
図9Aにおいて、破線は、比較例における路面摩擦係数μの変化を示し、実線は本実施形態における路面摩擦係数μの変化を示している。
図9Bは、低μ領域から高μ領域に車両が進入した場合に、操舵角制限値演算部65によって演算される操舵角制限値θ
slの時間的変化を示すタイムチャートである。
図9Bにおいて、破線は、比較例における操舵角制限値θ
slの変化を示し、実線は本実施形態における操舵角制限値θ
slの変化を示している。
【0062】
図9Cは、低μ領域から高μ領域に車両が進入した場合に、制限部66によって演算される制限処理後の目標操舵角θ
SECの時間的変化を示すタイムチャートである。
図9Cにおいて、二点鎖線は、目標操舵角θ
autoを示し、破線は、比較例における制限処理後の目標操舵角θ
SECの変化を示し、実線は本実施形態における制限処理後の目標操舵角θ
SECの変化を示している。
【0063】
比較例では、低μ領域から高μ領域に車両が進入した時点t1において、路面摩擦係数μが急激に増加し(
図9A参照)、操舵角制限値θ
slが急激に増加し(
図9B参照)、目標操舵角θ
SECが急激に増加する(
図9C参照)。
これに対して、本実施形態では、低μ領域から高μ領域に車両が進入した時点t1において、路面摩擦係数μが緩やかに増加し(
図9A参照)、操舵角制限値θ
slが緩やかに増加し(
図9B参照)、目標操舵角θ
SECが緩やかに増加する(
図9C参照)。これにより、低μ領域から高μ領域に車両が進入した場合に、車両状態が不安定になるのを抑制できる。
[3]手動操舵モードにおけるモータ制御用ECU202の電気的構成
[3.1]全体構成
図10は、モータ制御用ECU202の電気的構成であって、手動操舵モード時の動作に関係する電気的構成を説明するためのブロック図である。
【0064】
モータ制御用ECU202は、マイクロコンピュータ50と、マイクロコンピュータ50によって制御され、電動モータ18に電力を供給する駆動回路41と、電動モータ18に流れる電流(モータ電流Im)を検出するための電流検出回路42とを備えている。
マイクロコンピュータ50は、CPUおよびメモリを備えており、所定のプログラムを実行することによって、複数の機能処理部として機能するようになっている。この複数の機能処理部には、手動モード時に関連するものとして、回転角演算部51と、ラック軸力推定部52と、第2ステアリングエンベロープ制御部56と、目標アシストトルク設定部57と、トルク加算部58と、トルク制御部55と、タイヤ角演算部59とが含まれる。トルク制御部55は、本発明における「モータ制御部」の一例である。
【0065】
回転角演算部51、タイヤ角演算部59、ラック軸力推定部52およびトルク制御部55は、それぞれ
図2の回転角演算部51、タイヤ角演算部59、ラック軸力推定部52およびトルク制御部55と同じものなので、その説明を省略する。
[3.2]第2ステアリングエンベロープ制御部56
第2ステアリングエンベロープ制御部56は、タイヤスリップ角αが限界タイヤスリップ角α
slを超えるのを抑制するためのエンベロープ制御トルク(舵角制限用トルク)T
SECを演算する。
【0066】
図11は、第2ステアリングエンベロープ制御部56の構成を示すブロック図である。
第2ステアリングエンベロープ制御部56は、路面摩擦推定部61と、フィルタ部62と、限界タイヤスリップ角推定部63と、タイヤスリップ角推定部64と、操舵角制限値演算部65と、操舵角演算部67と、エンベロープ制御トルク演算部68とを含む。操舵角制限値演算部65は、本発明における「舵角制限値演算部」の一例である。エンベロープ制御トルク演算部68は、本発明における「舵角制限用トルク演算部」の一例である。
【0067】
路面摩擦推定部61、フィルタ部62、限界タイヤスリップ角推定部63、タイヤスリップ角推定部64および操舵角制限値演算部65は、それぞれ、
図3の路面摩擦推定部61、フィルタ部62、限界タイヤスリップ角推定部63、タイヤスリップ角推定部64および操舵角制限値演算部65と同じなので、その説明を省略する。
操舵角演算部67は、タイヤ角θ
tにオーバーオールギヤ比i
oagrを乗算することによって、実操舵角(出力軸9の回転角)θ
sを演算する。なお、操舵角演算部67は、回転角演算部51によって演算されるロータ回転角θ
mを減速比i
decで除算することによって、実操舵角θ
sを演算してもよい。
【0068】
エンベロープ制御トルク演算部68は、操舵角演算部67によって演算される実操舵角θsと、限界タイヤスリップ角推定部63によって推定される限界タイヤスリップ角αslとに基づいて、エンベロープ制御トルク(舵角制限用トルク)TSECを演算する。具体的には、エンベロープ制御トルク演算部68は、次式(5a),(5b)に基づいて、エンベロープ制御トルクTSECを演算する。
【0069】
【0070】
(5a),(5b)において、G
αは、調整ゲインであり、0<G
α≦1の範囲内の値に設定される。この実施形態では、G
αは、G
α=1に設定される。式(5b)において、kは、仮想的なばね定数であり、予め設定されている。また、cは、仮想的な粘性減衰係数であり、予め設定されている。
図11のタイヤスリップ角推定部64、操舵角制限値演算部65およびエンベロープ制御トルク演算部68は、本発明における「タイヤスリップ角制限部」の一例である。
[3.3]目標アシストトルク設定部57
図10に戻り、目標アシストトルク設定部57は、アシストトルクの目標値である目標アシストトルクT
atを設定する。目標アシストトルク設定部57は、トルクセンサ12によって検出される操舵トルクT
dに基づいて、目標アシストトルクT
atを設定する。操舵トルクT
dに対する目標アシストトルクT
atの設定例は、
図12に示されている。
【0071】
目標アシストトルクTatは、電動モータ18から左方向操舵のための操舵補助力を発生させるべきときには正の値とされ、電動モータ18から右方向操舵のための操舵補助力を発生させるべきときには負の値とされる。目標アシストトルクTatは、操舵トルクTdの正の値に対しては正をとり、操舵トルクTdの負の値に対しては負をとる。そして、目標アシストトルクTatは、操舵トルクTdの絶対値が大きくなるほど、その絶対値が大きくなるように設定される。
【0072】
なお、目標アシストトルク設定部57は、操舵トルクTdに予め設定された定数を乗算することによって、目標アシストトルクTatを演算してもよい。
[3.4]トルク加算部58
トルク加算部58は、目標アシストトルク設定部57によって演算される目標アシストトルクTatに、エンベロープ制御トルク演算部68によって演算されるエンベロープ制御トルクTSECを加算することにより、目標モータトルクTmtを演算する。
【0073】
目標モータトルクTmtは、トルク制御部55に与えられる。トルク制御部55は、電動モータ18のモータトルクTmが、目標モータトルクTmtに近づくように駆動回路41を制御する。
[3.5]手動操舵モード時における実施形態の効果
前述の実施形態では、例えばGα=1であるとすると、タイヤスリップ角αの絶対値|α|が、限界タイヤスリップ角αslの絶対値|αsl|未満の場合には、エンベロープ制御トルクTSECは零となるため、目標アシストトルクTatが目標モータトルクTmtとして演算される(式(5a)参照)。したがって、この場合には、通常の手動操舵が行われる。
【0074】
|α|が|αsl|以上になると、式(5b)によって演算されるエンベロープ制御トルクTSECが、目標アシストトルクTatに加算されることによって、目標モータトルクTmtが演算される。この場合、操舵角θsの絶対値|θs|が操舵角制限値θslの絶対値|θsl|よりも大きいので、エンベロープ制御トルクTSECは負の値となるから、目標モータトルクTmtは目標アシストトルクTatよりも小さくなる。
【0075】
そして、操舵角θsの絶対値|θs|が操舵角制限値θslの絶対値|θsl|よりも大きくなるほど、目標モータトルクTmtは小さくなる。これにより、通常の手動操舵時に比べて、ドライバはハンドルが重いと感じるようになる。これにより、ドライバは、操舵を行いにくくなるので、操舵角θが、操舵角制限値θsl(タイヤグリップ限界時の操舵角)よりも大きくなるのが抑制される。これにより、転舵輪3のタイヤスリップ角αが、限界スリップ角αsl(タイヤコーナリング力Fyが最大となるタイヤスリップ角)を超えるのを抑制できるので、車両状態が不安定になるのを抑制できる。
【0076】
Gαが1未満の値に設定された場合には、|α|が|αsl|に達する前からエンベロープ制御トルクTSECが式(5b)に基づいて演算されるので、|α|が|αsl|に達する前から徐々に操舵角θsを制限できるようになる。
また、前述の実施形態では、第1ステアリングエンベロープ制御部53は、路面摩擦係数μの時間的変化を緩やかにするためのフィルタ部62を含んでいるので、低μ領域から高μ領域に車両が進入したときに、車両状態が不安定になるのを抑制できる。
[3.6]エンベロープ制御トルク演算部68の変形例
エンベロープ制御トルク演算部68は、次式(6a),(6b)に基づいて、エンベロープ制御トルクTSECを演算するようにしてもよい。
【0077】
【0078】
Gαは、調整ゲインであり、0<Gα≦1の範囲内の値に設定される。
例えばGα=1であるとすると、タイヤスリップ角αの絶対値|α|が、限界タイヤスリップ角αslの絶対値|αsl|未満の場合には、エンベロープ制御トルクTSECは零となるため、目標アシストトルクTatが目標モータトルクTmtとして演算される(式(6a)参照)。したがって、この場合には、通常の手動操舵が行われる。
【0079】
|α|が|αsl|以上になると、式(6b)によって演算されるエンベロープ制御トルクTSECが、目標アシストトルクTatに加算されることによって、目標モータトルクTmtが演算される。この場合、操舵角θsの絶対値|θs|が操舵角制限値θslの絶対値|θsl|よりも大きいので、エンベロープ制御トルクTSECは正の値となるから、目標モータトルクTmtは目標アシストトルクTatよりも大きくなる。
【0080】
そして、操舵角θsの絶対値|θs|が操舵角制限値θslの絶対値|θsl|よりも大きくなるほど、目標モータトルクTmtは大きくなる。これにより、通常の手動操舵時に比べて、ドライバはハンドルが軽いと感じるようになる。これにより、ドライバは、スリップしたような感覚を得るので、操舵を戻そうとする。これにより、操舵角θが、操舵角制限値θsl(タイヤグリップ限界時の操舵角)よりも大きくなるのが抑制される。これにより、転舵輪3のタイヤスリップ角αが、限界スリップ角αsl(タイヤコーナリング力Fyが最大となるタイヤスリップ角)を超えるのを抑制できるので、車両状態が不安定になるのを抑制できる。
【0081】
G
αが1未満の値に設定された場合には、|α|が|α
sl|に達する前からエンベロープ制御トルクT
SECが式(6b)に基づいて演算されるので、|α|が|α
sl|に達する前から徐々に操舵角θ
sを制限できるようになる。
[4]その他の変形例
以上、この発明の実施形態について説明したが、この発明はさらに他の形態で実施することもできる。例えば、前述の実施形態では、フィルタ部62は、路面摩擦推定部61から与えられる路面摩擦係数μの変化態様に関係なく、路面摩擦係数μの時間的変化を緩やかにしている。しかしながら、路面摩擦推定部61から与えられる路面摩擦係数μが、小さい値から大きい値に変化するときのみ、路面摩擦係数μの時間的変化を緩やかにするようにしてもよい。例えば、フィルタ部62は、
図13に示すような動作を行うものであってもよい。
【0082】
すなわち、フィルタ部62は、まず、路面摩擦推定部61から与えられる路面摩擦係数μの今回値μkと、前回値μk-1との差(μk-μk-1)を演算する(ステップS1)。次に、フィルタ部62は、差(μk-μk-1)が所定の閾値Ath(ただし、Ath>0)以上であるか否かを判別する(ステップS2)。
(μk-μk-1)<Athであれば(ステップS2:NO)、フィルタ部62は、ステップS1に戻る。
【0083】
ステップS2において、(μ
k-μ
k-1)≧A
thであると判別された場合には(ステップS2:YES)、フィルタ部62は、フィルタ62Aを用いて、路面摩擦係数μに対してフィルタ処理を行う(ステップS3)。そして、ステップS1に戻る。
また、前述の実施形態では、角度制御部54(
図2参照)は、フィードフォワード制御部102を備えているが、フィードフォワード制御部102を省略してもよい。この場合には、フィードバック制御部101によって演算されるフィードバック制御トルクT
fbが目標操舵トルクT
stとなる。
【0084】
また、前述の実施形態では、転舵輪3のタイヤスリップ角αが限界タイヤスリップ角αslを超えないように、操舵角θs(転舵輪3のタイヤ角θt)を制限している。しかしながら、タイヤスリップ角αは、式(1)で示されるように、タイヤ角θtの関数であるとともに、車速Vの関数でもあるので、転舵輪3のタイヤスリップ角αが限界タイヤスリップ角αslを超えないように、車速Vを制限するようにしてもよい。
【0085】
この場合、車速Vの制限は、例えばブレーキ制御によって行われる。ただし、ブレーキ制御では、車両の慣性モーメントがあるため、減速に時間がかかる。したがって、操舵角θs(タイヤ角θt)を制限する手法の方が、車速Vを制限する手法に比べて応答性が高いという利点がある。
また、前述の実施形態では、第1ステアリングエンベロープ制御部53および第2ステアリングエンベロープ制御部56は、モータ制御用ECU202に設けられているが、上位ECU201に設けられていてもよい。
【0086】
また、前述の実施形態では、この発明をコラムタイプEPSに適用した場合の例を示したが、この発明は、コラムタイプ以外のEPSにも適用することができる。また、この発明は、ステアバイワイヤシステムにも適用することができる。
本発明の実施形態について詳細に説明してきたが、これらは本発明の技術的内容を明らかにするために用いられた具体例に過ぎず、本発明はこれらの具体例に限定して解釈されるべきではなく、本発明の範囲は添付の請求の範囲によってのみ限定される。
【符号の説明】
【0087】
1…電動パワーステアリングシステム、3…転舵輪、4…転舵機構、18…電動モータ、51…回転角演算部、52…ラック軸力推定部、53…第1ステアリングエンベロープ制御部、54…角度制御部、55…トルク制御部、56…第2ステアリングエンベロープ制御部、57…目標アシストトルク設定部、58…トルク加算部、61…路面摩擦推定部、62…フィルタ部、63…限界タイヤスリップ角推定部、64…タイヤスリップ角推定部、65…操舵角制限値演算部、66…制限部、67…操舵角演算部、68…エンベロープ制御トルク演算部