(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-22
(45)【発行日】2025-01-30
(54)【発明の名称】蛍光体とその製造方法、およびα線検出器
(51)【国際特許分類】
G01T 1/20 20060101AFI20250123BHJP
【FI】
G01T1/20 B
G01T1/20 A
G01T1/20 G
(21)【出願番号】P 2021069281
(22)【出願日】2021-04-15
【審査請求日】2024-04-12
(73)【特許権者】
【識別番号】504182255
【氏名又は名称】国立大学法人横浜国立大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001634
【氏名又は名称】弁理士法人志賀国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 暁彦
(72)【発明者】
【氏名】松本 昭源
(72)【発明者】
【氏名】黒澤 俊介
(72)【発明者】
【氏名】吉川 彰
【審査官】後藤 慎平
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/133796(WO,A1)
【文献】特開2012-047690(JP,A)
【文献】Jingyu Chang, et al.,Laser chemical vapor deposition of Lu2O3:Eu scintillation film,Materials Research Express,英国,Institute of Physics,2019年05月24日,<URL:http://iopscience.iop.org/article/10.1088/2053-1591/ab2000>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01T 1/167-7/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
放射線検出に用いる蛍光体であって、
放射線が入射する方向において、前段側にシンチレータ層を備え、後段側に基板層を備え、
前記シンチレータ層が、5μm以上30μm以下の厚みを有し、かつ
単結晶構造を有する場合の50%以上の配向度を有し、α線を照射されて発生した可視光に対して透過性を有し、
前記基板層が、前記シンチレータ層と異なる材料からなり、前記放射線による発光を伴わないことを特徴とする蛍光体。
【請求項2】
前記シンチレータ層が、有効原子番号が10以上75以下の材料からなり、5μm以上30μm以下の厚みを有することを特徴とする請求項1に記載の蛍光体。
【請求項3】
前記シンチレータ層が、単結晶構造の主相を含む複数の相からなり、前記主相が全体の50%以上の体積を有することを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載の蛍光体。
【請求項4】
前記シンチレータ層が、賦活元素を0.01mol%以上20mol%以下の比率で含むことを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の蛍光体。
【請求項5】
前記シンチレータ層が、ガーネット構造、ビックスバイト構造、ペロブスカイト構造、カスピディン構造、オルソシリケート構造、パイロシリケート構造、パイロクロア構造のうち、一つまたは二つ以上の組み合わせを有することを特徴とする請求項1~4のいずれか一項に記載の蛍光体。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載の蛍光体の後段側に、前記可視光のみを検出する位置有感型光検出器が配置されてなり、
前記放射線を1事象ごとに弁別せず、前記放射線の中から前記α線のみを弁別することを特徴とするα線検出器。
【請求項7】
請求項1~5のいずれか一項に記載の蛍光体の製造方法であって、
前記基板層の一面に対し、レーザーCVD法を用いて前記シンチレータ層を形成することを特徴とする蛍光体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛍光体とその製造方法、およびα線検出器に関する。
【背景技術】
【0002】
原子力発電施設等において、放射性物質を含む廃棄物、放射能汚染された機器から発生する放射線は、α線、β線、γ線の三種類に分けられる。これらの放射線による環境汚染を評価するために、シンチレータを備えた放射線検出器が必要とされている。シンチレータは、放射線の入射に伴い、主に可視光域で発光する材料群であり、光電子増倍管等の光電変換素子にも適用されている。
【0003】
α線は、物質との相互作用が強いため、厚みが数ミクロン~数十ミクロンのシンチレータ層に入射した場合、その進行が内部で完全に阻止される。一方、γ線は透過能が高いため、数ミクロン程度の厚みのシンチレータ層でも完全に阻止されることはなく、阻止に必要な厚みは数十ミクロン~数百ミクロン程度となる。したがって、例えば、α線とγ線が同時に数百ミクロン程度のシンチレータ層に入射した場合には、いずれもシンチレータ層内で阻止されるため、α線、γ線双方の線種由来の発光が起こる。
【0004】
放射性廃棄物等のような核種不明の物体から発生する放射線に対しては、α線、γ線を、一つのサーベイメータで弁別して測定することは難しい。そのため、シンチレータ層に入射する放射線が、α線、γ線の両方を含む場合、α線に由来する発光、γ線に由来する発光は、それぞれ、対応する別々のサーベイメータを用いて検出する必要がある。しかしながら、例えば緊急を要する放射線の汚染現場において、複数種類のサーベイメータを用いることは、技術的に困難であるとともに経済的な負担になる。そのため、一つのサーベイメータを用いて、放射線の線種をα線に同定して弁別することを可能にする技術が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2016-164210号公報
【文献】特開2019-119798号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】S.Witkiewicz-Lukaszek, V.Gorbenko, T.Zorenko, O.Sidletskiy, P.Arhipov, A.Fedorov, J.A.Mares, R.Kucerkova, M.Nikl, and Y.Zorenko: CrystEngComm 22 (2020) 3713-3724.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
放射線検出用のシンチレータ層としては、高い発光効率を得るために、均質な組織を有する単結晶体が用いられている(特許文献1、2)。単結晶体は、溶融凝固法によって形成される単結晶インゴットから、所定の厚みに加工して得られるものであり、得られる単結晶体の厚みを50μm以下にすることは難しい。
【0008】
液相エピタキシー法を用いれば、厚みが50μm以下の単結晶体からなるシンチレータ層を合成することも可能である。しかしながら、合成過程での不純物元素の混入を回避することが難しいため、50μm以下の厚みで形成された単結晶体からは、不純物元素の影響で十分な発光量が得られない。
【0009】
スパッタリング法等の一般的な薄膜堆積法では、5μm以上の厚みの単結晶体を形成することは難しく、この方法で形成された単結晶では、薄すぎてα線の進行を阻止することが難しく、α線由来の発光を十分に得ることができない。
【0010】
非特許文献1では、2層からなる構造で、放射線入射方向から見て前段側でアルファ線を、後段側でガンマ線を弁別することで、アルファ線の弁別を行っているが、この場合の光検出器は、光電子増倍管やフォトダイオードなどを用いた単一光子ごとの計測に限定され、空間分解能は1mm程度かそれ以上に限定される。さらに、光検出器の後段の回路は、ガンマ線を弁別するために複雑になり、解析も煩雑になる、といった問題がある。
【0011】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、α線の弁別測定を可能にする蛍光体とその製造方法、およびα線検出器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するため、本発明は以下の手段を採用している。
【0013】
(1)本発明の一態様に係る蛍光体は、放射線検出に用いる蛍光体であって、次に定義するシンチレータ層と基板層からなることを特徴とする。すなわち、5μm以上30μm以下の厚みを有し、かつα線を照射されて発生した可視光に対し、透過性を有するシンチレータ層を備える。また、放射線入射に対してシンチレータ層の後段に、放射線による発光を伴わないといったシンチレータ層と異なる基板層を備える。
【0014】
(2)前記(1)に記載の蛍光体において、前記シンチレータ層が、有効原子番号が10以上75以下の材料からなり、5μm以上30μm以下の厚みを有することが好ましい。
【0015】
(3)前記(1)または(2)に記載の蛍光体において、前記シンチレータ層が、単結晶構造の主相を含む複数の相からなり、前記主相が全体の50%以上の体積を有することが好ましい。
【0016】
(4)前記(1)~(3)のいずれか一つに記載の蛍光体において、前記シンチレータ層が、賦活元素を0.01mol%以上20mol%以下の比率で含むことが好ましい。
【0017】
(5)前記(1)~(4)のいずれか一つに記載の蛍光体において、前記シンチレータ層の主相が、ガーネット構造、ビックスバイト構造、ペロブスカイト構造、カスピディン構造、オルソシリケート構造、パイロシリケート構造、パイロクロア構造、のうち、一つまたは二つ以上の組み合わせを有することが好ましい。
【0018】
(6)本発明の一態様に係るα線検出器は、放射線の入射に対して前記(1)~(5)のいずれか一つに記載の蛍光体の後段側に、前記可視光のみを検出する位置有感型検出器が配置されてなり、α線を含む2種類以上の放射線を、前記放射線を1事象ごとに弁別せず、前記放射線の中から前記α線のみを弁別する。前記位置有感型検出器としては、例えば、CCDやCMOSセンサがあるが、これに限定されない。
【0019】
(7)本発明の一態様に係る蛍光体の製造方法は、前記(1)~(6)のいずれか一つに記載の蛍光体の製造方法であって、前記基板層の一面に対し、レーザーCVD法を用いて前記シンチレータ層を形成する。
【発明の効果】
【0020】
本発明の蛍光体は、5μm以上30μm以下の厚みを有するシンチレータ層を備えており、γ線等の透過能が高い放射線を透過させるとともに、α線のみの進行をシンチレータ層内で阻止することができる。そのため、放射線が照射された際にシンチレータ層内で発光するのは、α線由来の可視光に限られる。シンチレータ層は、この可視光に対して透過性を有するため、蛍光体の外部から検出することができ、γ線等の放射線の弁別を行わなくても、検出結果を踏まえてα線の弁別測定を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明の蛍光体の製造に用いるレーザーCVD装置の構成を、模式的に示す断面図である。
【
図3】(a)、(b)実施例1の蛍光体の断面、表面のSEM画像である。
【
図4】実施例1の蛍光体の発光特性を示すグラフである。
【
図5】実施例1および比較例1の蛍光体の発光特性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明を適用した実施形態に係る蛍光体とその製造方法について、図面を用いて詳細に説明する。なお、以下の説明で用いる図面は、特徴をわかりやすくするために、便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などが実際と同じであるとは限らない。また、以下の説明において例示される材料、寸法等は一例であって、本発明はそれらに限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することが可能である。
【0023】
<第一実施形態>
(蛍光体)
本発明の第一実施形態に係る蛍光体は、放射線検出に用いる蛍光体であって、放射線が照射された場合に、主に可視光域の発光を示す物質からなるシンチレータ層を備える。シンチレータ層は、α線を吸収し、かつγ線等の高エネルギーの放射線を透過させるのに適した、5μm以上30μm以下の厚みを有する。
【0024】
シンチレータ層の厚みが5μm未満であると、十分な発光量が得られない場合があり、また、照射されたα線はシンチレータ層を透過してしまうため、α線の弁別に必要なα線由来の発光が行われない。また、シンチレータ層の厚みが30μmを超えると、α線だけでなくγ線もシンチレータ層に吸収されるため、α線由来の発光とともにγ線由来の発光も行われてしまう。
【0025】
照射された放射線の吸収率は、構成材料の有効原子番号の大きさの影響を受ける。そのため、この吸収率を高める観点から、例えば、シンチレータ層が、有効原子番号が10以上50以下の材料からなる場合には、8μm以上30μm以下の厚みを有することが好ましい。また、有効原子番号が50以上75以下の材料からなる場合には、5μm以上25μm以下の厚みを有することが好ましい。
【0026】
シンチレータ層は、α線を照射されて発生した可視光に対し、所定の検出装置による検出が可能な程度、好ましくは10%~90%の透過性を有する。可視光の透過性高める観点から、単結晶構造を有する場合の50%以上の配向度を有することが好ましく、単結晶構造を有していれば最も好ましい。可視光の透過性が低くなり過ぎない範囲であれば、シンチレータ層は、単結晶構造の主相を含む複数の相からなる構造を有してもよい。ただし、単結晶の主相が全体の50%以上の体積を有することが好ましい。シンチレータ層は、次に挙げるガーネット構造、ビックスバイト構造、ペロブスカイト構造、カスピディン構造、オルソシリケート構造、パイロシリケート構造、パイロクロア構造のうち、一つまたは二つ以上の組み合わせを有することが好ましい。
【0027】
シンチレータ層は、A3B5O12で表されるガーネット構造、好ましくは複相としてB2O3で表される酸化物を含む異なる結晶相が同時に存在してもよい。また、シンチレータ層は、A2O3で表されるビックスバイト構造、ABO3で表されるペロブスカイト構造、A4B2O9で表されるカスピディン構造を有してもよい。これらの場合、Aとしては、例えばGd、Sc、Y、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luのうち、一つまたは二つ以上の組み合わせを用いることができ、Bとしては、例えばAl、Gaのうち、一つまたは二つ以上の組み合わせを用いることができる。
【0028】
シンチレータ層は、A2O3で表されるビックスバイト構造、好ましくは複相としてB2O3、A3B5O12、A4B2O9で表される酸化物を含む異なる結晶相が同時に存在してもよい。これらの場合、Aとしては、例えばGd、Sc、Y、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luのうち、一つまたは二つ以上の組み合わせを用いることができ、Bとしては、例えばAl、Gaのうち、一つまたは二つ以上の組み合わせを用いることができる。
【0029】
シンチレータ層は、A2BO5で表されるオルソシリケート構造、好ましくは複相としてA2O3で表される酸化物を含む異なる結晶相が同時に存在してもよい。この場合、Aとしては、例えばGd、Y、Yb、Luのうち、一つまたは二つ以上の組み合わせを用いることができ、Bとしては、例えばSiを用いることができる。
【0030】
シンチレータ層は、ABO3で表されるペロブスカイト構造、好ましくは複相としてBO2で表される酸化物を含む異なる結晶相が同時に存在してもよい。ペロブスカイト構造の場合のAとしては、例えばCa、Sr、Ba、Pbのうち、一つまたは二つ以上の組み合わせを用いることができ、Bとしては、例えばTi、Zr、Hfのうち、一つまたは二つ以上の組み合わせを用いることができる。
【0031】
シンチレータ層は、A2B2O7で表されるパイロシリケート構造またはパイロクロア構造、好ましくは複相としてBO2で表される酸化物を含む異なる結晶相が同時に存在してもよい。パイロシリケート構造の場合のAとしては、例えばGd、Y、Yb、Luのうち、一つまたは二つ以上の組み合わせを用いることができ、Bとしては、例えばSiを用いることができる。パイロクロア構造の場合のAとしては、例えばGd、Sc、Y、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luのうち、一つまたは二つ以上の組み合わせを用いることができ、Bとしては、例えばTi、Zr、Hfのうち、一つまたは二つ以上の組み合わせを用いることができる。
【0032】
シンチレータ層は、賦活元素を0.01mol%以上20mol%以下の比率で含むことが好ましい。賦活元素としては、例えば、Ce3+、Pr3+、Nd3+、Sm3+、Eu3+、Tb3+、Dy3+、Ho3+、Er3+、Tm3+、Yb3+、Eu2+のうち、一つまたは二つ以上の組み合わせを用いることができる。
【0033】
シンチレータ層は、電荷バランスの調整、ないしは、結晶欠陥を防ぐ目的で、Mg2+、Ca2+、Sr2+、Ba2+、Li+,Na+、K+、などのアルカリ金属、アルカリ土類金属を1000ppm以下の範囲で添加してもよい。また、当該目的のために、これら以外の元素を添加してもよい。
【0034】
(蛍光体の製造方法)
図1は、本実施形態に係る蛍光体の製造に用いるレーザーCVD装置100の構成例を、模式的に示す断面図である。レーザーCVD装置100は、主に、チャンバ101と、チャンバ101内で基材10を支持する基材支持部102と、基材10に対してレーザー光を照射するレーザー光照射部103と、チャンバ101内に原料ガスを供給する原料ガス供給部104と、で構成されている。
【0035】
基材支持部102は、主に、基材10が載置されるステージ102Aと、ステージ102Aに付設され、基材10の温度をモニターする熱電対102Bと、で構成されている。
【0036】
レーザー光照射部103を用いて照射するレーザーとしては、例えば、炭酸ガスレーザー、半導体レーザー、固体レーザー等を用いることができる。
【0037】
原料ガス供給部104は、主に、蛍光体の原料の前駆体を加熱して気化させ、原料ガスとするヒーター室104B、104Dと、キャリアガス(Arガス)の供給源(供給部)104A、104Cと、原料ガスおよびキャリアガスをチャンバ101内に導入するノズル104Eと、酸素ガスの供給源(供給部)104Fと、供給された酸素ガスをチャンバ101内に導入するノズル104Gと、で構成されている。
【0038】
例えば、LuAGからなる蛍光体を製造する場合には、一方のヒーター室104Bが、ルテチウムジスピバロイルメタナト(Lu(dpm)3)の供給源として機能し、他方のヒーター室104Dが、アルミニウムトリスアセチルアセトナト(Al(acac)3)の供給源として機能する。なお、ヒーター室の数は、必要とされる原料の数に応じて増減させることがある。
【0039】
キャリアガスの供給源104A、104Cは、それぞれヒーター室104B、104Dに連結され、供給するキャリアガスが、ヒーター室104B、104Dを経由し、ヒーター室104B、104D内で気化した原料ガスを、チャンバ101内に搬送するように構成されている。キャリアガスの供給源104A、104C、酸素ガスの供給源104Fは、それぞれ、供給するガスの流量の調整を行うマスフローコントローラーを含む。
【0040】
蛍光体の製造方法は、次の工程を有する。初めに、ステージ102A上に基材10を載置した上で、チャンバ101内が成膜に適した圧力になるように排気する(排気工程)。次に、レーザー光照射部103を用いて、基材10に対してレーザー光Lを照射し、基材10を加熱する(基材加熱工程)。そして、キャリアガスとともに原料ガスを、加熱されている基材101に対して供給することにより、蛍光体の膜を形成することができる(蛍光体膜形成工程)。
【0041】
蛍光体膜形成工程において、複数種類の原料ガスを供給する場合には、その含有比率を調整することによって、形成される蛍光体における各種原料の含有比率(組成比)を調整することができる。また、原料ガスを供給する時間、すなわち成膜時間を調整することにより、形成される蛍光体の厚みを調整することができる。
【0042】
以上のように、第一実施形態の蛍光体は、5μm以上30μm以下の厚みを有するシンチレータ層を備えており、γ線等の透過能が高い放射線を透過させるとともに、α線のみの進行をシンチレータ層内で阻止(吸収)することができる。そのため、放射線が照射された際にシンチレータ層内で発光するのは、α線由来の可視光に限られる。シンチレータ層は、この可視光に対して透過性を有するため、蛍光体の外部から検出することができ、検出結果を踏まえてα線の弁別測定を行うことができる。
【0043】
蛍光体の製造に溶融凝固法を用いる場合、5μm以上30μm以下の厚みを実現することは難しいが、本実施形態のレーザーCVD法を用いることにより、それが可能となる。また、本実施形態のレーザーCVD法を用いる場合、遷移金属、アルカリ金属等の不純物元素が混入してしまう液相法の問題を回避することができ、不純物元素の影響を受けない高い発光量を実現することができる。蛍光体を薄くした場合であっても、α線の弁別に必要な発光量を得ることができるため、γ線が透過してしまう5μm以上30μm以下の範囲まで薄くすることが可能となる。
【0044】
<第二実施形態>
本発明の第二実施形態にかかる蛍光体は、放射線検出に用いる蛍光体であって、放射線が入射する方向において、前段側にシンチレータ層を備え、後段側に基板層を備える。基板層は、5μm以上20mm以下の厚みを有し、シンチレータ層と異なる材料からなり、シンチレータ層で生じた可視光に対し、透過性を有する。基板層は、シンチレータ層に対し、直接または中間層を挟んで積層(接合)される。シンチレータ層の構成については、第一実施形態の蛍光体と同様であり、α線の弁別測定を行うことができる。
【0045】
本実施形態の蛍光体は、基材として上記基板層を用い、基板層の一面に対し、第一実施形態と同様に、レーザーCVD法を用いてシンチレータ層を形成することによって得られる。二つの層の積層順について限定されることはなく、先に基板層を作製し、その上にシンチレータ層を結晶成長させてもよいし、先にシンチレータ層を作製し、その上に基板層を結晶成長させてもよい。いずれの場合にも、結晶成長をアシストする観点から、シンチレータ層と基板層とは、互いに類似の結晶構造を有する材料で構成されることが好ましい。
【0046】
本実施形態では、厚みが異なる二つのシンチレータ層を備える場合を想定しているが、シンチレータ層の数が限定されることはなく、α線、γ線以外の放射線を弁別することも想定して三つ以上備えてもよい。
【0047】
本実施形態の蛍光体では、5μm以上30μm以下の厚みを有するシンチレータ層において、α線のみを吸収するとともに、5μm以上20mm以下の厚みを有する基板層において、シンチレータ層を透過した放射線を吸収することができる。例えば、基板層が50μm以上20mm以下の厚みを有する場合には、γ線を吸収することができる。
【0048】
図2は、本実施形態の蛍光体を適用したα線検出器200の構成を、模式的に示す図である。α線検出器200は、放射線が入射する方向において、前段側にシンチレータ層201を備え、後段側に基板層202を備えた蛍光体と、さらに蛍光体の後段側に、可視光のみを検出する位置有感型光検出器203が配置されてなる。位置有感型検出器としては、特に限定されることはないが、例えば、複数のピクセルから構成されるCCD、CMOSセンサ等のイメージセンサ等が挙げられる。α線照射によってシンチレータ層201で発生した可視光は、基板層202を透過して位置有感型光検出器203に到達する。α線以外のγ線などの放射線は、シンチレータ層201を透過し、基板層202で吸収されるか、基板層202を透過する。ここで、放射線ごとに201で発光が生じる領域・形状に特徴がある。たとえば、α線は飛程が数μm程度であるため、発光が生じる範囲は201のα線入射点に対しておおよそ対称的かつ数μm程度の領域になる。一方、γ線が203に入射して生じる信号は、ピクセルノイズとなる。したがって、複数事象を同時計測したときに、203によって、α線を弁別することができる。
【0049】
蛍光体と位置有感型光検出器の組み合わせは、例えば、
図2のように構成され、位置有感型光検出器203からの信号の大きさが一定以上の場合、シンチレータ層201での信号として弁別される。また、撮像結果から、その広がりよりα線とノイズを弁別しても良い。なお、位置有感型光検出器203の組み合わせ方法や解析方法は、これに限定されない。
【実施例】
【0050】
以下、実施例により本発明の効果をより明らかなものとする。なお、本発明は、以下の実施例に限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することができる。
【0051】
(実施例1)
上述した蛍光体の製造方法を用い、ガーネット構造を有するLuAG(Lu3Al5O12)を主相とし、賦活元素としてCe3+を9.0mоl%添加したシンチレータ層を、基材の一面に形成した。シンチレータ層の厚みを5.2μmとした。有効原子番号は、62.9である。基材としては、YAG(Y3Al5O12)で構成されるものを用いた。シンチレータ層の主な製造条件については、下記のように設定した。
レーザー出力密度:79W/cm2
Arガスの流量:100sccm
酸素ガスの流量:100sccm
原料気化温度:190~270℃
成膜温度:970℃
成膜圧力:200Pa
成膜速度:62μm/h
【0052】
(比較例1)
シンチレータ結晶として一般的に知られている、Gd3Al2Ga3O12(GAGG)を主相とし、賦活元素としてCe3+を添加したシンチレータ層を、溶融凝固法を用いて形成した。形成されるシンチレータ層の厚みを、約1mmとした。
【0053】
図3(a)、(b)は、実施例1として形成した蛍光体の断面、表面のSEM画像である。シンチレータ層として、約5μmで一様な厚みの膜が形成されていることが分かる。また、表面が一様であることから、シンチレータ層が、単結晶構造を有することが分かる。
【0054】
実施例1のシンチレータ層に対して5.5MeVのα線を照射し、シンチレータ層から外部に放出される光について、発光スペクトルを調べる測定を行った。
図4は、測定結果を示すグラフである。グラフの横軸は発光波長[nm]を示し、グラフの縦軸は発光強度を示している。発光スペクトルは、可視光域の波長500nm付近でピークを有していることから、Ce
3+イオン由来の発光が起きていることが分かり、照射されたα線が可視光に変換されていることが分かる。
【0055】
実施例1、比較例1のシンチレータ層に対し、α線とγ線を含む放射線を照射し、それぞれのシンチレータ層内で変換された可視光について、パルス波高スペクトルを調べる測定を行った。
図5は、測定結果を示すグラフである。グラフの横軸は発光量に相当するデジタルチャンネル値[ch]を示し、グラフの縦軸は発光強度を示している。
【0056】
比較例1のパルス波高スペクトル401は、γ線に対する応答を示す200ch以下のエネルギー領域でのピーク、および、α線に対する応答を示す1000~1200chのエネルギー領域でのピークの両方を有している。したがって、比較例1のシンチレータ層では、α線由来とγ線由来の両方の発光が生じており、この発光からα線を弁別測定するのは難しいことが分かる。
【0057】
一方、実施例1のパルス波高スペクトル402は、200ch以下のエネルギー領域でピークを有しておらず、1000~1200chのエネルギー領域でのみピークを有している。したがって、実施例1のシンチレータ層では、γ線由来の発光は抑えられ、α線由来の発光のみが生じているため、この発光からα線を弁別測定するのは可能であることが分かる。
【0058】
(実施例2)
上述した蛍光体の製造方法を用い、ガーネット構造を有するLuAGを主相とし、賦活元素としてCe3+を9.0mоl%添加したシンチレータ層を、基材の一面に形成した。シンチレータ層の厚みを1.6、2.1、4.3、9.7、および、22・2μmとした。基材としては、Al2O3で構成されるものを用いた。
【0059】
実施例2のシンチレータ層に対して5.5MeVのα線を照射して、CCDカメラで撮像し、その強度を測定した。その結果は表1のようになった。信号が検出されていると判定された場合を〇で示し、信号が検出されていないと判定された場合を×で示している。ここから、厚みが5μm程度以下では十分な信号が見えないことが分かった。
【0060】
【0061】
(実施例3~13)
上述した蛍光体の製造方法を用い、ビックスバイト構造を有するY2O3、ビックスバイト構造を有するLu2O3、ペロブスカイト構造を有するLuAP(LuAlO3)、ガーネット構造を有するLuAGをそれぞれ主相とし、添加元素としてEu3+、Nd3+、Ce3+をそれぞれ添加したシンチレータ層を、基材の一面に形成した。基材としては、YSZ(Y2O3―ZrO2)、STO(SrTiO3)、YAGで構成されるものを用いた。
【0062】
実施例3~13のシンチレーター層に対して、5.5MeVのα線を照射して、光電子倍増管で受光し、その光電子を計数した。その結果は表2のようになった。信号が検出されていると判定された場合を〇で示し、信号が検出されていないと判定された場合を×で示している。ここから、有効原子番号が10以上50以下の材料からなる場合には、8μm以上の厚みで信号が検出でき、有効原子番号が50以上75以下の材料からなる場合には、5μm以上の厚みで信号を検出できることが分かる。したがって、上述した主相や賦活元素から構成されるシンチレータ層が、上述した範囲の添加濃度や膜厚を有することで、α線の弁別測定に供することが可能であることが分かる。
【0063】
【符号の説明】
【0064】
100・・・レーザーCVD装置
101・・・チャンバ
102・・・基材支持部
102A・・・ステージ
102B・・・熱電対
103・・・レーザー光照射部
104・・・原料ガス供給部
104A・・・キャリアガスの供給源(供給部)
104B・・・ヒーター室(原料前駆体の供給源)
104C・・・キャリアガスの供給源(供給部)
104D・・・ヒーター室(原料前駆体の供給源)
104E・・・原料前駆体ガスの供給ノズル
104F・・・酸素ガスの供給源
104G・・・酸素ガスの供給ノズル
L・・・レーザー光
200・・・α線検出器
201・・・シンチレータ層
202・・・基板層
203・・・位置有感型光検出器
204・・・α線
205・・・γ線
206・・・発光