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特許7624506深絞り性が向上したオーステナイト系ステンレス冷延焼鈍鋼板
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  • 特許-深絞り性が向上したオーステナイト系ステンレス冷延焼鈍鋼板 図1
  • 特許-深絞り性が向上したオーステナイト系ステンレス冷延焼鈍鋼板 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-22
(45)【発行日】2025-01-30
(54)【発明の名称】深絞り性が向上したオーステナイト系ステンレス冷延焼鈍鋼板
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20250123BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20250123BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20250123BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
C21D9/46 Q
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2023512177
(86)(22)【出願日】2021-07-23
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2023-09-13
(86)【国際出願番号】 KR2021009569
(87)【国際公開番号】W WO2022045595
(87)【国際公開日】2022-03-03
【審査請求日】2023-02-17
(31)【優先権主張番号】10-2020-0110646
(32)【優先日】2020-08-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(73)【特許権者】
【識別番号】522492576
【氏名又は名称】ポスコ カンパニー リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】110000051
【氏名又は名称】弁理士法人共生国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】キム, キョン-フン
(72)【発明者】
【氏名】キム,ジス
(72)【発明者】
【氏名】ジョン, ゾンジン
(72)【発明者】
【氏名】パク, ミ-ナム
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開平07-113144(JP,A)
【文献】国際公開第2020/101227(WO,A1)
【文献】韓国公開特許第10-2019-0066734(KR,A)
【文献】韓国公開特許第10-2019-0065720(KR,A)
【文献】特開昭58-003954(JP,A)
【文献】特開2011-208269(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/58
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量%で、C:0.01~0.05%、N:0.01~0.25%、Si:1.5%以下(0は除外)、Mn:0.3~3.5%、Cr:17.0~22.0%、Ni:9.0~14.0%、Mo:2.0%以下(0は除外)、Cu:0.2~2.5%、Al:0.04%以下(0は除外)、Ti:0.003%以下(0は除外)、B:0.0025%以下(0は除外)、P:0.035%以下及びS:0.0035%以下を含み、残りがFe及び不可避な不純物からなり、
下記式(1)及び(2)を満足し、
下記式(3)で、加工硬化指数が最大であるときの真ひずみ率が0.2以下であることを特徴とする深絞り性が向上したオーステナイト系ステンレス冷延焼鈍鋼板。
式(1):Cr+Si+2*Mo+3*(Ni+Cu)+50*(C+N)≧63
式(2):0<2.4*Cr+1.7*Mo+3.9*Si-2.1*Ni-Mn-0.4*Cu-58*C-64*N-13<5.5
式(3):σ=Kε
(上記式(1)、(2)で、Cr、Si、Mo、Ni、Mn、Cu、C、Nは、各元素の重量%を意味する。)
(上記式(3)で、σは、応力、Kは、強度係数、εは、ひずみ率、nは、加工硬化指数を意味する。)
【請求項2】
加工硬化指数が最大であるときの真ひずみ率値と加工硬化指数が0であるときの真ひずみ率値の差が0.11以上であることを特徴とする請求項1に記載の深絞り性が向上したオーステナイト系ステンレス冷延焼鈍鋼板。
【請求項3】
延伸率が35%以上であることを特徴とする請求項1に記載の深絞り性が向上したオーステナイト系ステンレス冷延焼鈍鋼板。
【請求項4】
引張強度が360MPa以上であることを特徴とする請求項1に記載の深絞り性が向上したオーステナイト系ステンレス冷延焼鈍鋼板。
【請求項5】
ドローイング比1.7~4.3の条件で多段成形するとき、5段成形までクラックが発生しないことを特徴とする請求項1に記載の深絞り性が向上したオーステナイト系ステンレス冷延焼鈍鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、深絞り性(Deep Drawing)が向上したオーステナイト系ステンレス冷延焼鈍鋼板に係り、より詳しくは、板材を3次元部品に変換させる深絞り加工の適用時にクラックが発生しない深絞り性が向上したオーステナイト系ステンレス冷延焼鈍鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
最近、製品価格の競争が激しくなるにしたがって、部品に適用される素材の原価節減が要求されている。深絞り加工は、溶接、応力除去熱処理などのように付加的な工程を省略し得るので、製造コストの節減に効果的な方法である。一方、コップ、バッテリーなどのように円筒状の成形が伴う場合には、深絞り性に優れた素材が要求されている。
オーステナイト系ステンレス鋼材は、延伸率に優れているため複雑な形状を作るのに問題がなく、加工硬化能に優れているため深絞り加工の伴う多様な分野に適用されている鋼種である。
一般的に、オーステナイト系ステンレス鋼は、冷間加工時に加工硬化が起きながら形態が変形される。このとき、オーステナイト系ステンレス鋼が加工硬化能に優れると成形が容易であることが知られている。
【0003】
しかし、オーステナイト系ステンレス鋼の深絞り加工を適用する場合には、加工硬化によって持続的に強度が上昇して素材に局所的な応力集中が発生し、結局、破損されるという問題が発生する。
一方、加工硬化による強度増加問題を解決するために中間熱処理を導入する場合を考慮し得るが、工程時間的/工程費用的な側面から制約がある。
したがって、深絞り加工の適用時に、中間熱処理工程を省略し得ると共に加工硬化による強度増加を最小化し得ることによって、深絞り加工の素材として適用可能なオーステナイト系ステンレス鋼の開発が要求される。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的とするところは、加工硬化による強度増加を最小化することによって深絞り加工の適用時に成形加工性を確保し得るオーステナイト系ステンレス冷延焼鈍鋼板を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明による深絞り性が向上したオーステナイト系ステンレス冷延焼鈍鋼板は、重量%で、C:0.01~0.05%、N:0.01~0.25%、Si:1.5%以下(0は除外)、Mn:0.3~3.5%、Cr:17.0~22.0%、Ni:9.0~14.0%、Mo:2.0%以下(0は除外)、Cu:0.2~2.5%、を含み、残りがFe及び不可避な不純物からなり、下記式(1)を満足する。
式(1):Cr+Si+2*Mo+3*(Ni+Cu)+50*(C+N)≧63
ここで、Cr、Si、Mo、Ni、Cu、C、Nは、各元素の重量%を意味する。
【0006】
また、本発明によると、下記式(2)を満足することができる。
式(2):0<2.4*Cr+1.7*Mo+3.9*Si-2.1*Ni-Mn-0.4*Cu-58*C-64*N-13<5.5
ここで、Cr、Mo、Si、Ni、Mn、Cu、C、Nは、各元素の重量%を意味する。
【0007】
また、本発明によると、Al:0.04%以下(0は除外)、Ti:0.003%以下(0は除外)、B:0.0025%以下(0は除外)、P:0.035%以下及びS:0.0035%以下のうち1種以上をさらに含むことができる。
また、本発明によると、下記式(3)で、加工硬化指数が最大であるときの真ひずみ率値が0.2以下であってもよい。
式(3):σ=Kε
ここで、σは、応力、Kは、強度係数、εは、ひずみ率、nは、加工硬化指数を意味する。
【0008】
また、本発明によると、加工硬化指数が最大であるときの真ひずみ率値と加工硬化指数が0であるときの真ひずみ率値の差が0.11以上であり、
延伸率が35%以上であり、
引張強度が360MPa以上であり、
ドローイング比1.7~4.3の条件で多段成形するとき、5段成形までクラックが発生しなくてもよい。
【発明の効果】
【0009】
本発明によると、深絞り加工の適用時に中間熱処理工程を省略し得ると共に加工硬化による強度増加を最小化し得ることによって、深絞り加工の素材として適用可能なオーステナイト系ステンレス冷延焼鈍鋼板を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】素材の引張実験による応力-ひずみ率の間の関係を説明するためのグラフである。
図2】開示した実施例によるオーステナイト系ステンレス鋼の引張実験時の応力-ひずみ率の間の関係を加工硬化指数とともに示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明による深絞り性が向上したオーステナイト系ステンレス冷延焼鈍鋼板は、重量%で、C:0.01~0.05%、N:0.01~0.25%、Si:1.5%以下(0は除外)、Mn:0.3~3.5%、Cr:17.0~22.0%、Ni:9.0~14.0%、Mo:2.0%以下(0は除外)、Cu:0.2~2.5%、を含み、残りがFe及び不可避な不純物からなり、下記式(1)を満足する。
式(1):Cr+Si+2*Mo+3*(Ni+Cu)+50*(C+N)≧63
ここで、Cr、Si、Mo、Ni、Cu、C、Nは、各元素の重量%を意味する。
【0012】
以下では、本発明について添付図面を参照して詳しく説明する。以下の実施例は、本発明が属する技術分野において通常の知識を有した者に本発明の思想を十分に伝達するために提示するものである。本発明は、ここで提示した実施例に限定されず、他の形態で具体化できる。図面は、本発明を明確にするために、説明と関係ない部分の図示を省略し、理解を助けるために構成要素のサイズを誇張して表現することができる。
また、任意の部分がある構成要素を「含む」というとき、これは、特に反対にする記載がない限り、他の構成要素を除外するものではなく、他の構成要素をさらに含むことができることを意味する。
単数の表現は、文脈上明白に例外がない限り、複数の表現を含む。
【0013】
以下では、本発明を添付した図面を参照して詳しく説明する。
オーステナイト系ステンレス鋼は、延伸率が高く、成形性に優れているため多様な形状の製品に用いられる鋼種である。オーステナイト系ステンレス鋼は、応力を受けると常温で不安定なオーステナイト相からマルテンサイト相への変態、すなわち、塑性有機変態(Transformation Induced Plasticity)により変形が発生する。
このとき、生成されるマルテンサイト相は、強度が高いので、素材の強度も増加する。言い換えれば、オーステナイト系ステンレス鋼は、加工硬化(work-hardening)により変形と強度増加が同時に行われる。加工硬化能は、加工硬化指数(work-hardening exponent)を用いて表示するが、加工硬化指数は、ひずみ率(strain)によって変化する。
オーステナイト系ステンレス鋼の加工硬化能が優秀であると成形が容易であることが知られている。
しかし、オーステナイト系ステンレス鋼にブランク直径を減少させながら実行する深絞り加工を適用する場合には、加工硬化によって持続的に強度が上昇して素材に局所的な応力集中が発生し、結局、破損されるという問題が発生する。また、時効割れによって成形後に突然クラックが発生したりもする。
したがって、変形量が多い深絞り加工の成形では、素材全体に均一に変形が起き、変形の間強度の変化を最小化することが重要である。すなわち、オーステナイト系ステンレス鋼の深絞り性を向上させるためには、加工硬化を抑制する必要がある。
【0014】
一方、オーステナイト系ステンレス鋼の加工硬化は、オーステナイト相の安定化度と関連がある。成分制御を通じてオーステナイト相の安定化度を増加させると、オーステナイト系ステンレス鋼の加工硬化を抑制することができる。
しかし、オーステナイト系ステンレス鋼の延伸率に代表される加工性は、塑性有機変態に起因した加工硬化から導出されたものであるので、加工硬化能の縮小はオーステナイト系ステンレス鋼の加工性を低下させるという問題がある。
【0015】
本発明者らは、オーステナイト系ステンレス鋼の延伸率を確保すると共に深絞り加工の適用時に加工硬化による強度増加を抑制するために多様な検討を行った結果、以下の知見を得た。
本発明では、オーステナイト系ステンレス鋼において深絞り加工の適用時の破損の発生を防止するための要因を検討した結果、応力によるマルテンサイト相の変態を抑制して過度な加工硬化を防止すると共に、過度な強度増加なしに一定量以上の変形を確保することによって、オーステナイト系ステンレス鋼の深絞り加工を向上させ得ることを発見した。このためには、過度な強度増加なしに持続的な変形を確保し得る合金成分系を導出することによって達成することができる。
本発明の一側面による深絞り性が向上したオーステナイト系ステンレス鋼は、重量%で、C:0.01~0.05%、N:0.01~0.25%、Si:1.5%以下(0は除外)、Mn:0.3~3.5%、Cr:17.0~22.0%、Ni:9.0~14.0%、Mo:2.0%以下(0は除外)、Cu:0.2~2.5%、を含み、残りはFe及び不可避な不純物からなる。
【0016】
以下、本発明の合金成分元素の含量の数値限定理由について説明する。以下では、特に言及がない限り、単位は、重量%である。
Cの含量は、0.01~0.05%である。
炭素(C)は、オーステナイト相の安定化に効果的な元素であって、変形時にマルテンサイト相の形成を抑制して強度を確保するために0.01%以上添加できる。ただし、その含量が過度な場合、Crと結合することによってCr炭化物の粒界析出を誘導して耐食性が低下する問題があるため、その上限を0.05%に限定することができる。
Nの含量は、0.01~0.25%である。
窒素(N)は、炭素と同様にオーステナイト相の安定化に効果的な元素であって、深絞り性の確保のために0.01%以上添加できる。ただし、その含量が過度な場合、窒化物の形成により表面品質を低下させ得るので、その上限を0.25%に限定することができる。
【0017】
Siの含量は、1.5%以下(0は除外)である。
シリコーン(Si)は、製鋼工程中に脱酸剤の役目をし、オーステナイト系ステンレス鋼の強度と耐食性を確保する元素である。ただし、フェライト相の安定化元素であるシリコーンの含量が過多な場合、マルテンサイト相の変態を促進させ、σ相など金属間化合物(Intermetallic Compound)を析出して機械的特性及び耐食性が低下する問題があるので、本発明では、その上限を1.5%に限定することができる。
Mnの含量は、0.3~3.5%である。
マンガン(Mn)は、炭素(C)、窒素(N)と同様にオーステナイトを安定化する元素であって、成形加工時に発生する強度増加を抑制する効果があるので、0.3%以上添加できる。ただし、その含量が過度な場合、S系介在物(MnS)を過量形成してオーステナイト系ステンレス鋼の耐食性及び表面光沢を低下させ得るので、その上限を3.5%に限定することができる。
Crの含量は、17.0~22.0%である。
クロム(Cr)は、フェライトを安定化し、ステンレス鋼の耐食性を向上させる元素のうち最も多く含有されて基本となる元素である。本発明では、酸化を抑制する不動態皮膜を形成して耐食性を確保するために17.0%以上添加することができる。
ただし、フェライト相の安定化元素であるクロムの含量が過多な場合、オーステナイト相の安定化度が減少してマルテンサイトの変態を促進させ、これによって、ニッケル含量の増加を伴うので製造コストが上昇し、σ相など金属間化合物(Intermetallic Compound)を析出して機械的特性及び耐食性が低下する問題があるので、本発明では、その上限を22.0%に限定することができる。
【0018】
Niの含量は、9.0~14.0%である。
ニッケル(Ni)は、最も強力なオーステナイト相の安定化元素であって、その含量が増加するほどオーステナイト相が安定化して素材を軟質化し、変形有機マルテンサイトの発生に起因する加工硬化を抑制するために9%以上を添加することが必須的である。しかし、Niは、高価の元素であるので、多量の添加時に原料費用の上昇をもたらす。そこで、鋼材の費用及び効率性を全て考慮して、その上限を14.0%に限定することができる。
Moの含量は、2.0%以下(0は除外)である。
モリブデン(Mo)は、鋼の耐食性に効果的な元素である。ただし、フェライト相の安定化元素であるモリブデンの含量が過多な場合、オーステナイト相の安定化度が減少して深絞り性を確保しにくく、σ相など金属間化合物(Intermetallic Compound)を析出して機械的特性及び耐食性が低下する問題があるので、本発明では、その上限を2.0%に限定することができる。
【0019】
Cuの含量は、0.2~2.5%である。
銅(Cu)は、高価のニッケル(Ni)の代わりに添加されるオーステナイト相の安定化元素であって、価格競争力及び深絞り性を確保するために0.2%以上添加できる。ただし、その含量が過度な場合、低融点のε-Cu析出相が形成されて表面品質を低下させ得るので、その上限を2.5%に限定することができる。
また、本発明の一実施例によると、Al:0.04%以下(0は除外)、Ti:0.003%以下(0は除外)、B:0.0025%以下(0は除外)、P:0.035%以下及びS:0.0035%以下のうち1種以上をさらに含むことができる。
Alの含量は、0.04%以下(0は除外)である。
アルミニウム(Al)は、強力な脱酸剤として溶鋼中の酸素の含量を下げる役目をする元素である。ただし、その含量が過多な場合、非金属介在物の増加によって冷延ストリップのスリーブ欠陥が発生する問題があるので、その上限を0.04%に限定することができる。
Tiの含量は、0.003%以下(0は除外)である。
チタン(Ti)は、炭素(C)と窒素(N)のような侵入型元素と優先的に結合して析出物(炭窒化物)を形成することによって、鋼中の固溶C及び固溶Nの量を低減してCr枯渇領域の形成を抑制して鋼の耐食性の確保に効果的な元素である。ただし、その含量が過多な場合、Ti系介在物を形成して製造上に困難があり、スキャブ(scab)のような表面欠陥が発生する問題があるので、その上限を0.003%に限定することができる。
【0020】
Bの含量は、0.0025%以下(0は除外)である。
ホウ素(B)は、鋳造中のクラック発生を抑制して良好な表面品質を確保するのに効果的な元素である。ただし、その含量が過度な場合、焼鈍/酸洗工程中に製品表面に窒化物(BN)を形成させて表面品質を低下させ得るので、その上限を0.0025%に限定することができる。
Pの含量は、0.035%以下である。
リン(P)は、鋼中に不可避に含有される不純物であって、粒界腐食を起こすか熱間加工性を阻害する主要原因となる元素であるので、その含量をできるだけ低く制御することが好ましい。本発明では、前記P含量の上限を0.035%に管理する。
Sの含量は、0.0035%以下である。
硫黄(S)は、鋼中の不可避に含有される不純物であって、結晶粒界に偏析して熱間加工性を阻害する主要原因となる元素であるので、その含量をできるだけ低く制御することが好ましい。本発明では、前記S含量の上限を0.0035%以下に管理する。
本発明の残り成分は、鉄(Fe)である。ただし、通常の製造過程では、原料又は周囲環境から意図しない不純物が不可避に混入することがあるので、これを排除することはできない。これらの不純物は、通常の製造過程の技術者であれば、誰でも知ることができるので、その全ての内容を特に本明細書で言及しない。
【0021】
上述したように、オーステナイト系ステンレス鋼の加工硬化は、常温で不安定なオーステナイト相が塑性変形に起因した応力によりマルテンサイト相に変態することから発生する。
変形が持続するによって持続的な相変態が行われ、このような相変態は、オーステナイト系ステンレス鋼の材料が破損される前まで強度を増加させるところ、深絞り性の確保のためには、マルテンサイト相の変態を抑制する必要がある。
本発明では、オーステナイト系ステンレス鋼の変形により発生する相変態を考慮して、下記式(1)を導出した。
具体的に、本発明では、Mn、N、Cu、Niなどオーステナイトの安定化元素の含量を上向制御してオーステナイト相の安定化度を高めようとした。これによって、マルテンサイト相への相変態が抑制され、オーステナイト系ステンレス鋼の加工硬化を抑制することができた。
式(1):Cr+Si+2*Mo+3*(Ni+Cu)+50*(C+N)
ここで、Cr、Si、Mo、Ni、Cu、C、Nは、各元素の重量%を意味する。
【0022】
本発明による深絞り性が向上したオーステナイト系ステンレス鋼は、式(1)で表現される値が63以上の範囲を満足する。
本発明者らは、式(1)の値が低いほど、外部応力による変形時に強度変化が大きく現われることを確認した。具体的に、式(1)の値が63未満である場合、外部変形により上述した合金成分系のオーステナイト系ステンレス鋼は、急激な変形有機マルテンサイト変態挙動を示すか、双晶形成による塑性ばらつきが発生した。これによって、オーステナイト系ステンレス鋼の延伸率及び多段成形時に深絞り性が減少する問題があるので、式(1)の下限値を63に限定しようとする。
図1は、素材の引張実験による応力-ひずみ率の間の関係を説明するためのグラフである。
加工硬化による強度増加は、図1の応力-ひずみ率曲線で説明できる。図1で、加工硬化能の程度を示す加工硬化指数(work-hardening exponent、n)は、次のように示すことができる。
σ=Kε
ここで、σは、応力、Kは、強度係数、εは、ひずみ率を意味する。
【0023】
一方、前記関係式で両辺に常用ログを適用してlog関係式で示すと、次のように示すことができる。
logσ=logK+n*logε
言い換えれば、応力-ひずみ率のlog関係で、加工硬化指数nは、グラフの傾きに該当し、傾きが大きいほど塑性変形時に素材の強度増加が激しいことを意味する。
本発明では、オーステナイト系ステンレス鋼の深絞り性を向上させるためには、過度な強度増加なしに持続的な変形を確保するべきであるという点に着眼して、下記式(2)を導出した。
式(2):2.4*Cr+1.7*Mo+3.9*Si-2.1*Ni-Mn-0.4*Cu-58*C-64*N-13
ここで、Cr、Mo、Si、Ni、Mn、Cu、C、Nは、各元素の重量%を意味する。
本発明の一実施例による深絞り性が向上したオーステナイト系ステンレス鋼は、前記式(2)で表現される値が0以上5.5以下の範囲を満足する。
【0024】
本発明者らは、式(2)の値が高いほど、外部応力によるマルテンサイト変態が容易に起き、それから過度な強度増加が発生して成形性が低下することを確認した。具体的に、式(2)の値が5.5以上である場合、引張変形で破断直前まで持続的な強度増加が起きて急激な破断が発生する問題がある。これによって、延伸率を確保できないという問題があるので、式(2)の上限を5.5に限定しようとする。
一方、式(2)の値が過度に低いと、外部応力によるオーステナイト相のクロススリップの発現が難しくなることを確認した。具体的に、式(2)の値が0未満である場合、オーステナイト系ステンレス鋼は、変形に対してプラナー(planar)スリップ挙動のみを示して外部応力による電位の蓄積が進行され、塑性ばらつき及び高い加工硬化を示す。これによって、オーステナイト系ステンレス鋼の延伸率及び降伏比が減少する問題があるので、式(2)の値の下限を0に限定しようとする。
図2は、開示した実施例によるオーステナイト系ステンレス鋼の引張実験時の応力-ひずみ率の間の関係を加工硬化指数とともに示したグラフである。
【0025】
一方、本発明による深絞り性が向上したオーステナイト系ステンレス鋼は、加工硬化指数が最大であるときの真ひずみ率の値が0.2以下であってもよい。
図2で、加工硬化指数が最大となる地点をAで示し、加工硬化指数が0となる地点をBで示した。
図2を参照すると、A地点以後では、変形が進行しても加工硬化指数が減少することが確認できる。すなわち、A地点以後では、B地点まで強度が緩やかに増加することが確認できる。
本発明では、オーステナイト系ステンレス鋼の深絞り性を向上させるために、過度な強度増加なしに一定量以上の変形を確保するべきであるという点に着眼して、強度の増加が最大となる地点Aを比較的低い変形量に配置し、地点Aから一定量の変形量を確保して地点Bに至ることが必要であるということを導出した。
開示した実施例による深絞り性が向上したオーステナイト系ステンレス鋼は、加工硬化指数が最大であるときの真ひずみ率の値が0.2以下である。
【0026】
図2で、最大加工硬化指数を示す地点AのX座標である変形量値が0.2以下で導出されると、深絞り加工時に過度な加工硬化の発生を抑制することができる。
開示した実施例による深絞り性が向上したオーステナイト系ステンレス鋼は、加工硬化指数が最大であるときの真ひずみ率値と加工硬化指数が0であるときの真ひずみ率値の差が0.11以上である。
言い換えれば、小さい変形量で最大加工硬化指数を示し、過度な強度増加なしに持続的な変形を確保することが可能であれば、オーステナイト系ステンレス鋼の延伸率を確保すると共に2段以上の多段加工適用時にクラックの発生を防止することができる。
前記合金元素の組成範囲及び関係式を満足する開示した実施例による深絞り性が向上したオーステナイト系ステンレス鋼は、35%以上の延伸率、360MPa以上の引張強度を確保することができる。
また、満足する開示した実施例による深絞り性が向上したオーステナイト系ステンレス鋼は、ドローイング比1.7~4.3の条件で2段以上の成形時に5段成形までクラックが発生しない。
【0027】
以下、本発明の好ましい実施例を通じてより詳しく説明する。
実施例
下記表1の成分範囲に対して、連続鋳造工程を通じて200mm厚さのスラブを製造し、1,250℃で2時間加熱した後、6mm厚さまで熱間圧延を進行し、熱間圧延以後に1,150℃で熱延焼鈍を進行して巻き取った。次に、熱延コイルは、2回にわたって1mm厚さまで冷間圧延及び冷延焼鈍を進行した。冷間圧延は、パス当たり圧下率30~70%範囲で実施し、冷延焼鈍は、1100~1200℃温度の加熱炉で5分以内で実施した。
下記表1で、式(1)及び式(2)値は、各合金元素の重量%を下記式(1)及び式(2)に代入して導出した値である。
式(1):Cr+Si+2*Mo+3*(Ni+Cu)+50*(C+N)
式(2):2.4*Cr+1.7*Mo+3.9*Si-2.1*Ni-Mn-0.4*Cu-58*C-64*N-13
【0028】
【表1】
【0029】
各鋼板に対して、多段成形回数及び加工硬化指数を測定した。具体的に、ディープドローイング成形は、直径85mmのブランク(Blank)を1段パンチ直径50mm、2段パンチ直径38mm、3段パンチ直径30mm、4段パンチ直径24mm、5段パンチ直径20mmで5段階にわたって実施した。各段階別ドローイング比は、1段で1.7、2段で2.2、3段で2.8、4段で3.5、5段で4.3である。
各段階で、加工品の成形後に48時間が経過するまでクラック発生がない場合を基準として、最大成形回数を下記表2に記載した。
次に、JIS13B号引張試験片の規格によって引張実験を進行し、実験結果として得られた応力-ひずみ率値から真応力-真ひずみ率を計算し、最大加工硬化指数(a)、加工硬化指数が最大であるときの真ひずみ率値(b)、加工硬化指数が0であるときの真ひずみ率値(c)及び、加工硬化指数が最大であるときの真ひずみ率値(b)と加工硬化指数が0であるときの真ひずみ率値(c)の差を導出して下記表2に記載した。
また、引張実験の結果より測定された引張強度(Tensile Strength、MPa)延伸率(Elongation、%)を下記表2に記載した。
【0030】
【表2】
【0031】
表2を参照すると、本発明が提示する合金組成と式(1)の値及び式(2)の値の範囲を満足する実施例1~23の場合、350MPa以上の引張強度の確保が可能であるだけでなく、35%以上の優れた延伸率を確保し得ることを確認した。また、ドローイング比1.7~4.3の条件で2段以上の成形時、5段成形までクラックが発生しないので複雑な形状のディープドローイング成形が要求される分野に適用が可能である。
比較例1~6、比較例17~21は、式(1)の値が63に未達で加工硬化の時に継続的な強度増加を示すだけでなく、式(2)の値が5.5を超過して変形によるマルテンサイト変態が活発に起きるので、多段成形時にクラックの発生が頻繁であった。
比較例7~16は、式(1)の値が63に未達で、式(2)の値が0に未達であり、加工時に双晶形成による急激な強度増加が発生した。双晶形成による強度増加が変形量によって持続的に起き、これによって、深絞り加工時に応力ばらつきが発生して十分な深さの成形量を確保することができなかった。
このように、開示した実施例によると、合金成分と関係式を制御することによって、ドローイング比1.7~4.3の条件で2段以上の成形時に、5段成形までクラックが発生せず、35%以上の延伸率、360MPa以上の引張強度を確保したオーステナイト系ステンレス鋼を製造することができる。
【0032】
以上、本発明の例示的な実施例を説明したが、本発明はこれに限定されず、該当技術分野において通常の知識を有した者であれば、次に記載する特許請求の範囲の概念と範囲を脱しない範囲内で多様に変更及び変形が可能であることを理解すべきである。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明は、深絞り加工が伴う分野など多様な産業分野に利用が可能である。
図1
図2