(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-23
(45)【発行日】2025-01-31
(54)【発明の名称】滑り抑制部材、及び滑り抑制部材と相手材との組み合わせ
(51)【国際特許分類】
C25D 7/00 20060101AFI20250124BHJP
B32B 15/00 20060101ALI20250124BHJP
C25D 15/02 20060101ALI20250124BHJP
B32B 3/30 20060101ALN20250124BHJP
【FI】
C25D7/00 Y
B32B15/00
C25D15/02 F
C25D15/02 J
B32B3/30
(21)【出願番号】P 2023105264
(22)【出願日】2023-06-27
【審査請求日】2023-07-06
(73)【特許権者】
【識別番号】505197274
【氏名又は名称】株式会社東電工舎
(74)【代理人】
【識別番号】110003904
【氏名又は名称】弁理士法人MTI特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山田 英佐夫
【審査官】関口 貴夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-014542(JP,A)
【文献】実開昭60-034812(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 7/00
B32B 15/00
B32B 3/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
相手材の損傷を抑え且つ該相手材との滑りを抑制できる滑り抑制部材であって、基材と、該基材上に設けられた複合めっき皮膜とを有し、前記複合めっき皮膜は、セラミック粒子
及び化合物粒子から選ばれる粒子を含み、該粒子は、平均粒径2~60μmの球状粒子が前記複合めっき皮膜の少なくとも表面に100~2000個/mm
2の面積割合で現れている、ことを特徴とする滑り抑制部材。
【請求項2】
前記複合めっき皮膜は、平均摩擦係数が0.4~1.1の範囲内であり、最大摩擦係数が0.7~2.6の範囲内である、請求項1に記載の滑り抑制部材。
【請求項3】
前記複合めっき皮膜が、ニッケル、ニッケル合金、銅又は銅合金からなるめっき皮膜である、請求項1又は2に記載の滑り抑制部材。
【請求項4】
前記基材が、金属基材、プラスチック基材及びセラミック基材から選ばれる、請求項1又は2に記載の滑り抑制部材。
【請求項5】
前記相手材が、紙若しくは段ボールに代表される紙製部材又は樹脂フィルム若しくはプラスチック部材に代表される樹脂製部材である、請求項1又は2に記載の滑り抑制部材。
【請求項6】
請求項1又は2に記載の滑り抑制部材と、紙若しくは段ボールに代表される紙製部材又は樹脂フィルム若しくはプラスチック部材に代表される樹脂製部材からなる相手材との組み合わせであって、前記滑り抑制部材は、前記相手材の種類に応じて、該相手材の損傷を抑え且つ該相手材との滑りを抑制できる平均粒径と面積率からなる粒子を含む複合めっき皮膜を有する、ことを特徴とする、滑り抑制部材と相手材との組み合わせ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、相手材の損傷を抑え且つ相手材との滑りを抑制できる滑り抑制部材、及び滑り抑制部材と相手材との組み合わせに関する。
【背景技術】
【0002】
製品の製造工程において、部品等の立体物を掴持部材で掴んで滑り落とすことなく移動したり、紙やフィルムをローラー部材等の回転物で滑ることなく搬送したり、テーブル上に置いた物がテーブル上を滑って位置ずれすることなく保持したりすること等が求められることがある。こうした要求に対し、対象物である立体物や紙等との間の滑りを抑制するため、掴持部材においては高い圧力で掴ませてグリップ力を高めたり、ローラー部材においてはローラー表面の摩擦抵抗を増したり、テーブル表面の摩擦抵抗を増したりすること等が、特許文献1~4等に示すように提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、優れた潤滑性を有しつつ、被覆鋼板表面同士が滑りにくい有機複合被覆鋼板が提案されている。この有機複合被覆鋼板は、亜鉛又は亜鉛系合金めっき層が施された鋼板と、該鋼板のめっき層上に形成され、金属クロム換算で1~200mg/m2の付着量を有するクロメート処理層と、このクロメート処理層上に厚さ0.1及至5μmの範囲で形成された樹脂皮膜とを具備し、前記樹脂皮膜が実質的に、(A)有機樹脂40~98重量%、(B)シリカ微粒子1~40重量%、及び(C)有機系潤滑剤1~30重量%からなり、摩擦係数が0.15以下、樹脂皮膜同士の摩擦係数が0.07以上であるように構成されている。
【0004】
特許文献2には、金属線の表面に形成された溶融めっきによるめっき層と、このめっき層に付着した多数の金属粒子とによって形成されている金属被覆線が提案されている。この金属被覆線は、金属粒子によって表面に多数の微小凹凸が形成されているから、物と接触したときの摩擦係数が大きくなり、大きな摩擦抵抗が得られる、つまり滑り止め効果が得られる、また、表面の金属粒子が金属線を異物との接触から保護し、該異物との接触による摩耗・損傷を防ぐことになるとのことである。
【0005】
特許文献3には、十分な取り扱い性と成形性の両立を図っためっき鋼材が提案されている。このめっき鋼材は、めっき鋼板の少なくとも片面に、ジルコニウム化合物、リン酸化合物、コバルト化合物を含有する皮膜層を有し、その皮膜中に、主成分がN-イソプロピルアクリルアミドからなり、平均粒子径が0.2~2.0μm、ガラス転移温度が30~54℃である感温性高分子ビーズを含んでいる。このめっき鋼材では、めっき鋼板の表面に高分子ビーズを含有させた化成処理皮膜を設けることにより、皮膜中に含有する粒子が滑りにくく作用するとのことである。
【0006】
特許文献4には、脳神経外科、心臓外科等で用いられる把持具において、鑷子、鉗子等のマイクロピンセットの把持面が平坦であると、滑りやすい生体膜や血管を確実に掴むことが難しいという課題に対し、突起を蝋付けすることができない微小な先端を有する把持具の把持面に施すことが可能な、滑り止めの機能を向上させる把持具が提案されている。この把持具は、把持面に、粒径が数μm~140μmの一定の第1粒径である複数の第1のダイヤモンド粒子が、前記第1のダイヤモンド粒子の上面が揃うように均一に分布した状態で、前記把持面に前記第1粒径を超えない一定の厚さまでニッケルを含む金属が析出した金属層により固着されるように構成されている。特に、含有粒子として粒径の異なる2種のダイヤモンド粒子を用い、第2のダイヤモンド粒子は第1のダイヤモンド粒子を含むメッキ層を形成した後に複合させていることで、課題を解決している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開平11-268176号公報
【文献】特開2002-322574号公報
【文献】特開2010-53405号公報
【文献】特開2017-14542号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記した各特許文献には、樹脂皮膜やめっき皮膜等に特定の微粒子を含有させて表面処理皮膜の摩擦抵抗を高める技術が提案されている。これらの先行技術では、相手材に接触したときの摩擦抵抗を高めることによって滑り止め効果が得られている。しかしながら、滑りにくくするために摩擦抵抗を増すだけでは、相手材に傷が付いてしまい、相手材の製品品質を低下させてしまうという等の問題がある。また、前記した掴持部材やローラー部材等は製造工程で繰り返し使用するので、耐久性に優れたものとすることも課題になっている。
【0009】
本発明は、こうした課題を解決するものであって、その目的は、相手材の損傷を抑え且つ相手材との滑りを抑制できる滑り抑制部材、及び滑り抑制部材と相手材との組み合わせを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
(1)本発明に係る滑り抑制部材は、相手材の損傷を抑え且つ該相手材との滑りを抑制できる滑り抑制部材であって、基材と、該基材上に設けられた複合めっき皮膜とを有し、前記複合めっき皮膜は、セラミック粒子、ダイヤモンド粒子及び化合物粒子から選ばれる1種又は2種以上の粒子を含み、該粒子は、平均粒径2~60μmの球状粒子が前記複合めっき皮膜の少なくとも表面に100~2000個/mm2の面積割合で現れている、ことを特徴とする。
【0011】
この発明によれば、セラミック粒子、ダイヤモンド粒子及び化合物粒子から選ばれる平均粒径2~60μmの球状粒子が複合めっき皮膜の少なくとも表面に現れているので、相手材の損傷を抑えることができる。また、球状粒子が100~2000個/mm2の面積割合で複合めっき皮膜の少なくとも表面に現れているので、相手材との滑りを抑制できる。
【0012】
本発明に係る滑り抑制部材において、前記複合めっき皮膜は、平均摩擦係数が0.4~1.1の範囲内であり、最大摩擦係数が0.7~2.6の範囲内である。この発明によれば、上記範囲の平均摩擦係数と最大摩擦係数を有するので、相手材との滑りを抑制できる。
【0013】
本発明に係る滑り抑制部材において、前記複合めっき皮膜が、ニッケル、ニッケル合金、銅又は銅合金からなるめっき皮膜である。この発明によれば、複合めっき皮膜が、セラミック粒子、ダイヤモンド粒子及び化合物粒子から選ばれる1種又は2種以上の粒子と、ニッケル、ニッケル合金、銅又は銅合金からなるめっき皮膜とで構成されているので、相手材の損傷を抑え且つ相手材との滑り抑制に寄与する複合めっき皮膜を容易且つ効率的に成膜し易い。
【0014】
本発明に係る滑り抑制部材において、前記基材が、金属基材、プラスチック基材及びセラミック基材から選ばれる。
【0015】
本発明に係る滑り抑制部材において、前記相手材が、紙、段ボールに代表される紙製部材、又は、樹脂フィルム、プラスチック部材に代表される樹脂製部材である。
【0016】
(2)本発明に係る滑り抑制部材と相手材との組み合わせは、上記本発明に係る滑り抑制部材と、紙若しくは段ボールに代表される紙製部材又は樹脂フィルム若しくはプラスチック部材に代表される樹脂製部材からなる相手材との組み合わせであって、前記滑り抑制部材は、前記相手材の種類に応じて、該相手材の損傷を抑え且つ該相手材との滑りを抑制できる平均粒径と面積率からなる粒子を含む複合めっき皮膜を有する、ことを特徴とする。この発明によれば、相手材の損傷を抑え且つ相手材との滑りを抑制できる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、相手材の損傷を抑え且つ相手材との滑りを抑制できる滑り抑制部材、及び滑り抑制部材と相手材との組み合わせを提供することができる。特に、セラミック粒子、ダイヤモンド粒子及び化合物粒子から選ばれる平均粒径2~60μmの球状粒子が100~2000個/mm2の面積割合で複合めっき皮膜の少なくとも表面に現れているので、相手材の損傷を抑えることができるとともに、相手材との滑りを抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明に係る滑り抑制部材の表面写真の例である。
【
図2】本発明に係る滑り抑制部材の表面写真の他の例である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明に係る滑り抑制部材、及び滑り抑制部材と相手材との組み合わせについて詳しく説明する。なお、本発明は以下の実施の形態に限定されることはなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、本発明に対して種々の変更を加えることも可能である。
【0020】
[滑り抑制部材]
本発明に係る滑り抑制部材は、相手材の損傷を抑え且つ該相手材との滑りを抑制できる部材である。詳しくは、滑り抑制部材は、基材と、該基材上に設けられた複合めっき皮膜とを有している。前記複合めっき皮膜は、セラミック粒子、ダイヤモンド粒子及び化合物粒子から選ばれる1種又は2種以上の粒子を含み、該粒子は、平均粒径2~60μmの球状粒子が前記複合めっき皮膜の少なくとも表面に100~2000個/mm2の面積割合で現れていることに特徴がある。
【0021】
この滑り抑制部材は、セラミック粒子、ダイヤモンド粒子及び化合物粒子から選ばれる平均粒径2~60μmの球状粒子が複合めっき皮膜の少なくとも表面に現れているので、相手材の損傷を抑えることができる。また、球状粒子が100~2000個/mm2の面積割合で複合めっき皮膜の少なくとも表面に現れているので、相手材との滑りを抑制できる。
【0022】
各構成要素を詳しく説明する。
【0023】
(基材)
基材は、複合めっき皮膜を形成可能なものであれば、材質や形状等は特に限定されない。例えば、金属基材、プラスチック基材、セラミック基材、導電処理されたプラスチック基材、セラミック基材等を挙げることができる。なお、「プラスチック」は、硬質樹脂や軟質樹脂を包含する意味である。「導電処理」とは、例えば下地皮膜として無電解めっきされたものでもよいし、導電材料を含有するものであってもよいし、PVDやCVD等の手段で導電処理されたものであってもよい。また、基材の形状は、ローラー、球等の回転物、板材、シート材、フィルム材等の平面物、部品等の立体物等を挙げることができる。
【0024】
(複合めっき皮膜)
複合めっき皮膜は、粒子を含むめっき皮膜であり、粒子が分散されて含まれていることから「分散めっき皮膜」とも呼ばれることもある。バルクとなるめっき皮膜としては、ニッケル、ニッケル合金、銅又は銅合金からなるめっき皮膜を好ましく挙げることができるが、これらに限定されず、他の材質の金属や合金であってもよい。これらのめっき皮膜は、上市されている多種のめっき液を利用することができ、低コストでめっき皮膜の形成が容易且つ効率的であるという利点があるとともに、相手材の損傷を抑え且つ相手材との滑り抑制に寄与する粒子をめっき皮膜内に分散し易いという利点がある。これらのうち、ニッケル合金めっきとしては、ニッケル鉄合金めっき、ニッケル銅合金めっき等の各種のニッケル合金めっきを挙げることができる。銅合金めっきについても各種の銅合金めっきを挙げることができる。これらのめっき皮膜を成膜するめっき液は、電気めっき液であってもよいし無電解めっき液であってもよい。
【0025】
粒子は、相手材の損傷を抑える相手材損傷抑制粒子として作用するとともに、相手材との滑りを抑制する相手材滑り抑制粒子として作用する。そうした粒子は、セラミック粒子、ダイヤモンド粒子及び化合物粒子から選ばれる1種又は2種以上の粒子であって、上記作用を奏する粒子であればこれらに限定されない。セラミック粒子は特に限定されないが、酸化アルミニウム粒子(Al2O3)、酸化ジルコニウム粒子(ZrO2)、酸化チタン粒子、酸化タンタル粒子等を好ましく挙げることができる。なお、セラミック粒子は、耐摩耗性があって擦り減ることがないので、摩擦力を増す他の加工方法(サンドブラストで表面を荒らす、機械加工で尖った表面を作る、すべらないテープを貼る等)よりも長寿命であるという利点がある。ダイヤモンド粒子は、天然ダイヤモンド粒子でも人工ダイヤモンド粒子でもよい。化合物粒子としては、炭化クロム粒子等を挙げることができる。上記作用を奏するものであればこれら以外の粒子であってもよく、例えば、タングステン粒子、モリブデン粒子等であってもよい。なお、本発明の作用効果を阻害しない範囲内で他の機能性粒子を併存させてもよい。他の機能性粒子を併存させることにより、その機能性粒子に起因した機能を付加することができるという利点がある。そうした機能性粒子としては、消臭、抗菌、芳香を実現できる粒子を挙げることができ、例えばゼオライト粒子を併用することも可能である。
【0026】
球状粒子は、相手材の損傷を抑えることができる相手材損傷抑制粒子として作用する点で好ましい。球状粒子は、真球形状であってもよいし、楕円体のようなやや変形した球形状であってもよく、要するに相手材を損傷しない鋭利な尖形状がないものであればよい。球状粒子の粒径は、平均粒径で2~60μmの範囲内であることが好ましい。なお、球状粒子の粒径の測定は、真球形状においてはいわゆるX軸、Y軸、Z軸方向の径の長さが同じであるのでその長さを粒径とし、真球形状以外の球形状においてはいわゆるX軸、Y軸、Z軸方向の径の長さの平均値を粒径とし、複数の粒子(例えば50個程度)の粒径の平均値を平均粒径とすることができる。
【0027】
球状粒子は、複合めっき皮膜の少なくとも表面に100~2000個/mm2の面積割合で現れていることが好ましい。「少なくとも表面に」とは、複合めっき皮膜の表面に現れている球状粒子の作用により、相手材の損傷を抑え且つ相手材との滑りを抑制できるからである。もちろん表面だけではなく、複合めっき皮膜の深さ方向(厚さ方向)の断面に同程度の割合で含まれていてもよい。
【0028】
(平均粒径)
相手材の損傷抑制や滑りの抑制については、粒子形状が球状であることが重要であるとともに、その平均粒径が2~60μmの範囲内であることが重要である。球状粒子の平均粒径が上記範囲内であることにより、相手材への損傷を抑制することができるとともに、適度な摩擦抵抗となって滑りを抑制することができる。「適度な」とは、相手材との間でどの程度の摩擦抵抗が望ましいかが違うので、相手材との関係で望ましい摩擦抵抗とするという意味である。
【0029】
平均粒径が2~60μmの範囲内の場合において、平均粒径が2μmに近づくほど摩擦係数が小さくなり、相手材との間の滑り抑制の程度は小さくなるが、相手材の損傷抑制の点では有利になり、相手材がプラスチック部材や硬度が小さい金属部材のような軟質材料である場合であっても傷が発生し難い。その観点では2~50μmであることが好ましく、2~20μmであることがより好ましい。平均粒径が2μm未満のような小径になると、相手材との間の滑り抑制の程度が小さくなりすぎて、滑り抑制粒子としての機能が乏しくなる。
【0030】
一方、平均粒径が2~60μmの範囲内の場合において、平均粒径が60μmに近づくほど摩擦係数が大きくなり、相手材との間の滑りを抑制する点では有利であり、その観点では20~60μmであることが好ましく、30~60μmであることがより好ましい。平均粒径が60μmを超えるような大径になると、摩擦抵抗が大きくなって滑りの抑制には効果的であるが、相手材がプラスチック部材や硬度が小さい金属部材のような軟質材料である場合に傷が発生してしまうことがある。
【0031】
(面積割合)
上記した平均粒径の球状粒子は、複合めっき皮膜の少なくとも表面に100~2000個/mm2の面積割合で現れていることが好ましい。この範囲も相手材の損傷抑制や滑りの抑制について重要な要素である。球状粒子の面積割合が上記範囲内であることにより、個々の粒子当たりの相手材に対する接触面圧が高くなりすぎることがないので相手材への損傷を抑制することができるとともに、適度な接触圧力になるので相手材との滑り抑制の点で好ましい。相手材への損傷抑制と相手材との滑り抑制に影響する接触面圧は、どの程度の大きさ(平均粒径)の球状粒子がどの程度の面積割合で含有されているかにも関係するので、粒子の平均粒径と面積割合とはそれらを考慮して所定の範囲内から選択されることが望ましい。なお、面積割合の測定は、光学顕微鏡によって1平方mmあたりの個数を数えることにより行うことができる。
【0032】
面積割合が100~2000個/mm2の範囲内の場合において、面積割合が100個/mm2に近づくほど個々の粒子当たりの相手材に対する接触面圧が高くなってくるので、摩擦係数が大きくなり、相手材との間の滑りを抑制する点ではより有利であり、その観点では100~1000個/mm2であることが好ましい。面積割合が100個/mm2未満のように小さくになると、個々の粒子当たりの相手材に対する接触面圧がより高くなってくるので、摩擦係数が大きくなり摩擦抵抗が大きくなって滑りの抑制には効果的であるが、相手材がプラスチック部材や硬度が小さい金属部材のような軟質材料である場合に傷が発生してしまうことがある。
【0033】
なお、上記のように、平均粒径が2~60μmの範囲内の粒子において、平均粒径が60μmに近づくほど摩擦係数が大きくなる。したがって、面積割合と平均粒径との関係で見ると、摩擦係数をより高めて滑り抑制効果を高めるためには、大きめの粒子を小さい面積割合で複合めっき皮膜に含有させることが望ましいといえるが、一方で相手材への損傷抑制効果は小さくなるので、相手材の種類によっては相手材に傷が生じ易くなることがある。こうしたことから、相手材の損傷抑制効果を前提とした上で滑り抑制効果を持たせることができるように、上記した範囲内の平均粒径を選定し、上記した範囲内の面積割合を選定することが望ましい。
【0034】
一方、面積割合が100~2000個/mm2の範囲内(後述の実施例では100~1800個/mm2の範囲内を例示している)の場合において、面積割合が2000個/mm2に近づくほど個々の粒子当たりの相手材に対する接触面圧が小さくなってくるので、摩擦係数が小さくなり、相手材との間の滑り抑制の程度は小さくなるが、相手材の損傷抑制の点では有利になり、相手材がプラスチック部材や硬度が小さい金属部材のような軟質材料である場合であっても傷が発生し難い。その観点では1000~2000個/mm2であることが好ましい。面積割合が2000個/mm2を超えるように密になると、摩擦抵抗が小さくなって滑り抑制の観点で不利になりやすい。
【0035】
この場合も上記のように、平均粒径が2~60μmの範囲内の粒子において、平均粒径が2μmに近づくほど摩擦係数が小さくなるが、相手材の損傷抑制の点では有利になる。したがって、面積割合と平均粒径との関係で見ると、摩擦係数が小さくても損傷抑制効果を高めるためには、小さめの粒子を大きい面積割合で複合めっき皮膜に含有させることが望ましいといえるが、一方で相手材との間の滑り抑制効果は小さくなることがある。こうしたことから、相手材の損傷抑制効果を前提とした上で滑り抑制効果を持たせることができるように、上記した範囲内の平均粒径を選定し、上記した範囲内の面積割合を選定することが望ましい。
【0036】
(摩擦係数)
滑りの抑制は、複合めっき皮膜の平均摩擦係数と最大摩擦係数で表すことができる。平均摩擦係数や最大摩擦係数は相手材との関係で好ましい範囲が特定される。ここで、「平均摩擦係数」とは、物体間の相対滑りを等速で行うときに測定される摩擦係数であり、動摩擦係数とも呼ばれている。動摩擦係数は、物体が動いているときに働く摩擦力の大きさと垂直抗力の大きさの比である。「最大摩擦係数」は、本願では静摩擦係数を指す意味で用いている。静摩擦係数は、物体が動き出す直前に働く摩擦力の大きさと垂直抗力の大きさの比である。各摩擦係数は、後述の実施例に示すように、触覚評価試験機(株式会社トリニティーラボ製、装置名:TL201Tt)等で測定でき、平均摩擦係数、最大摩擦係数を得ることができる。なお、複合めっき皮膜の平均摩擦係数と最大摩擦係数については、後述の実施例で検討したように、それぞれ適切な範囲を設定することができる。
【0037】
(相手材)
本発明において、損傷抑制や滑り抑制を実現する相手材としては特に限定されず、各種のものを挙げることができる。例えば、紙、段ボール、樹脂フィルム、軟質プラスチック部材、硬質プラスチック部材、硬質金属部材、軟質金属部材等を挙げることができる。これらの相手材のうち、特に、紙や段ボール等の紙製部材、樹脂フィルムやプラスチック部材等の樹脂製部材であることが好ましい、なお、紙といっても、JISの「紙・板紙及びパルプ用語」によれば、「紙とは植物繊維その他の繊維をこう(膠)着させて製造したもの」とあり、紙と板紙とを区別する基準としては、軽くて薄く柔軟性があるものが「紙」で、厚くて重く堅く腰が強い方が「板紙」とされている。しかも、「紙」は大きく分けると5項目あり、「新聞巻取紙」「印刷・情報用紙」「包装用紙」「衛生用紙」「雑種紙」がある。本発明の滑り抑制部材では、相手材となる紙の種類に応じて損傷抑制や滑りの抑制を実現できる構成とすることができ、上記のような範囲で、めっき皮膜に含有させる粒子の平均粒径や面積割合を調整できる点に特徴がある。こうした特徴は、紙と同じ紙製部材である段ボール、樹脂フィルム、軟質プラスチック部材、硬質プラスチック部材、硬質金属部材、軟質金属部材等に対しても同様である。
【0038】
本発明では、相手材の損傷抑制効果を前提とした上で相手材との間の滑り抑制効果を付加している。そのため、上記のような所定粒径の球状粒子は紙製部材を構成する繊維に引っかかってほつれさせにくいので、紙製部材に傷が発生しにくい。一方、球状粒子ではない尖状粒子は紙製部材を構成する繊維に引っかかってほつれさせ、紙製部材に傷が生じ易い。
【0039】
(滑り抑制部材と相手材との組み合わせ)
本発明に係る滑り抑制部材と相手材との組み合わせは、上記本発明に係る滑り抑制部材と、紙若しくは段ボールに代表される紙製部材又は樹脂フィルム若しくはプラスチック部材に代表される樹脂製部材からなる相手材との組み合わせであって、前記滑り抑制部材は、選ばれた前記相手材の種類に応じて、該相手材の損傷を抑え且つ該相手材との滑りを抑制できる平均粒径と面積率からなる粒子を含む複合めっき皮膜を有する、ことを特徴とする。この発明によれば、相手材の損傷を抑え且つ相手材との滑りを抑制できる。本発明に係る組み合わせでは、相手材の種類に応じて損傷抑制や滑り抑制を実現でき、上記のような範囲で、めっき皮膜に含有させる粒子の平均粒径や面積割合を調整できる点に特徴がある。
【0040】
また、滑り抑制部材と相手材との組み合わせを実現する組み合わせ方法としても、相手材の種類や性質に応じて損傷抑制や滑り抑制を実現するために、上記のような範囲で、めっき皮膜に含有させる粒子の平均粒径や面積割合を調整できる方法である点に従来にない新しさがあるということができる。
【実施例】
【0041】
以下、実施例を挙げて本発明を詳しく説明する。
【0042】
[実験1]
(最大摩擦係数、平均摩擦係数)
最大摩擦係数と平均摩擦係数は、触覚評価試験機(株式会社トリニティーラボ製、装置名:TL201Tt)を用いて計測した。各サンプルに対して、負荷荷重:50g,100g,300g、摺動速度:20mm/秒、摺動距離:70mm、摩擦相手材:コピー用紙、軟質塩化ビニルフィルム(厚さ0.2mm)、試験回数:2回/条件、で行っている。試験サンプルは、縦63mm×横63mm×厚さ5mmの鉄基板上に複合めっき皮膜を形成したものを用いた。最大摩擦係数は、摺動距離0~10mm間で最大の摩擦係数と定義され、平均摩擦係数は、摺動距離20~50mm間で平均の摩擦係数で定義される。なお、動摩擦係数は平均摩擦係数のことであり、静摩擦係数は0~0.5秒間の最大摩擦係数のことである。
【0043】
(表面粗さ)
表面粗さは、表面粗さ測定器(株式会社ミツトヨ製、SJ210)を用い、表面粗さに関するJIS規格に準拠し、測定速度:0.5mm/秒、λc:2.5mmで測定し、Ra(算術平均粗さ)とRz(十点平均粗さ)を得た。
【0044】
(耐摩耗性)
耐摩耗性試験は、往復運平均摩擦試験機(スガ試験機株式会社製、NUS-ISO-I型)を用いた。研磨紙として酸化アルミニウム2000番(9μm)を用い、試験荷重:700gfで試験した。
【0045】
(試験試料と試験結果)
試験試料は表1に示すとおりである。なお、「球状粒子」は酸化アルミニウムの球状粒子(平均粒径が20μmと50μmの2種類)、「尖状粒子」は白色溶融アルミナ研磨微粉(WA/平均粒径が60μm)を用い、「砥粒」はJIS R6111(人造研削材)でいう一般砥粒(アルミナ質研磨剤/平均粒径が20μmと50μmの2種類)を用いた。複合めっき皮膜は、ニッケルめっき皮膜とした。ニッケルめっき皮膜中に含有された粒子の面積割合も表1に記載した。
【0046】
表1には、試料1~10を用いた場合での、相手材の傷発生、滑り抑制の程度、及び耐摩耗性を併せて示した。ここで、滑り抑制において、「適度」とは、相手材に対して必要十分な滑り抑制が生じていると評価できる程度であることを意味し、「強め」とは、相手材に対してかなりしっかり滑り抑制されている程度であることを意味している。耐摩耗性において、「〇」は、複合めっき皮膜が擦り減れないことを意味し、「△」は、複合めっき皮膜がやや擦り減ることがあることを意味している。
【0047】
【0048】
表2は、表1に示した各試料の結果(摩擦係数、表面粗さ、表面の損傷状態)である。また、
図1(A)は試料1の滑り抑制部材の表面写真(350倍)であり、
図1(B)は試料3の滑り抑制部材の表面写真(350倍)である。
図2は試料2の滑り抑制部材の表面写真(350倍)である。
図3(A)は試料7(比較例)の表面写真(350倍)であり、
図3(B)は試料8(比較例)の表面写真(350倍)である。また、
図4は、試料6の表面の損傷状態の写真である。
【0049】
【0050】
表1の結果より、セラミック粒子であるAi
2O
3の球状粒子を用いた試料1~4では、相手材に傷は発生しなかった。なお、試料1~4は、セラミックの球状粒子なので複合めっき皮膜自体が擦り減ることがなく耐摩耗性がある。そのため、摩擦力を増す他の加工方法(サンドブラストで表面を荒らす、機械加工で尖った表面を作る、すべらないテープを貼る等)よりも長寿命であるという利点がある。一方、尖状粒子と砥粒を用いた試料5~10では、例えば
図4に示すように相手材に傷が発生するとともに、複合めっき皮膜自体もやや擦り減る現象が観察された。また、滑り抑制についても、試料1~4では適度な滑り抑制になっていた。
【0051】
表2の結果より、試料1~10の結果では、相手材がコピー用紙の場合に、平均摩擦係数が0.47~1.00で最大摩擦係数が0.76~1.55となり、相手材が軟質塩化ビニルフィルムの場合に、平均摩擦係数が0.44~1.04で最大摩擦係数が1.18~2.53となった。しかし、表1の結果より、Ai2O3の球状粒子を用いた試料1~4が相手材に傷を発生させない損傷抑制効果を前提にすれば、試料5~10の粒子を用いた場合にたとえ滑り抑制効果があったとしても望ましいとはいえない。表1に示す結果を踏まえて相手材への損傷抑制効果を前提として評価すれば、表1の試料1~4の滑り抑制結果も適度であったことから、平均摩擦係数と最大摩擦係数は試料1~4の結果の範囲内であることが好ましい。すなわち、相手材がコピー用紙の場合には、平均摩擦係数が0.47~0.69で最大摩擦係数が0.76~1.11であり、相手材が軟質塩化ビニルフィルムの場合には、平均摩擦係数が0.44~0.57で最大摩擦係数が1.18~1.84であることが好ましいといえる。
【0052】
なお、表1及び表2の結果は、実験1で得られた評価結果であるでの、他の種類の相手材や粒子の種類に応じて好ましい数値範囲は設定されるが、概ね本願に記載した範囲内であることが望ましいといえる。