(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-24
(45)【発行日】2025-02-03
(54)【発明の名称】HER2 S310F特異的な抗原結合分子
(51)【国際特許分類】
C07K 16/32 20060101AFI20250127BHJP
C12N 15/13 20060101ALI20250127BHJP
C12P 21/08 20060101ALI20250127BHJP
【FI】
C07K16/32 ZNA
C12N15/13
C12P21/08
(21)【出願番号】P 2021521063
(86)(22)【出願日】2019-11-05
(86)【国際出願番号】 JP2019043179
(87)【国際公開番号】W WO2020095866
(87)【国際公開日】2020-05-14
【審査請求日】2022-10-19
(31)【優先権主張番号】P 2018207927
(32)【優先日】2018-11-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003311
【氏名又は名称】中外製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100102978
【氏名又は名称】清水 初志
(74)【代理人】
【識別番号】100160923
【氏名又は名称】山口 裕孝
(74)【代理人】
【識別番号】100119507
【氏名又は名称】刑部 俊
(74)【代理人】
【識別番号】100142929
【氏名又は名称】井上 隆一
(74)【代理人】
【識別番号】100148699
【氏名又は名称】佐藤 利光
(74)【代理人】
【識別番号】100128048
【氏名又は名称】新見 浩一
(74)【代理人】
【識別番号】100129506
【氏名又は名称】小林 智彦
(74)【代理人】
【識別番号】100205707
【氏名又は名称】小寺 秀紀
(74)【代理人】
【識別番号】100114340
【氏名又は名称】大関 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100121072
【氏名又は名称】川本 和弥
(72)【発明者】
【氏名】兒玉 達史
(72)【発明者】
【氏名】スン ヤン
【審査官】福澤 洋光
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第09610288(US,B2)
【文献】国際公開第2009/099829(WO,A1)
【文献】Breast Cancer,2016年,Vol.23,pp.902-907
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-15/90
C07K 1/00-19/00
C12P 1/00-41/00
CAplus/BIOSIS/MEDLINE/EMBASE(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
UniProt/GeneSeq
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
S310F変異を有するヒトHER2(HER2 S310F)に特異的に結合するが野生型ヒトHER2には結合しない第1の抗原結合ドメインを含む抗原結合分子であって、該抗原結合分子はモノクローナル抗体である、抗原結合分子。
【請求項2】
ヒトHER2 S310Fのリガンド非依存性の二量体化を阻止する、請求項
1に記載の抗原結合分子。
【請求項3】
T細胞受容体複合体分子に特異的に結合する第2の抗原結合ドメインをさらに含む、請求項1
または2のいずれか一項に記載の抗原結合分子。
【請求項4】
前記T細胞受容体複合体分子が、CD3、好ましくはヒトCD3ε鎖である、請求項
3に記載の抗原結合分子。
【請求項5】
多重特異性抗原結合分子、好ましくは二重特異性抗体である、請求項
3または
4に記載の抗原結合分子。
【請求項6】
IgG1の野生型Fcドメインと比較してFcγ受容体結合活性が低下しているFcドメインをさらに含む、請求項
3~
5のいずれか一項に記載の抗原結合分子。
【請求項7】
T細胞依存性細胞傷害活性(TDCC)を有する、請求項
3~
6のいずれか一項に記載の抗原結合分子。
【請求項8】
第1の抗原結合ドメインおよび/または第2の抗原結合ドメインが、Fab、Fv、scFv、またはVHH構造を含む、請求項1~
7のいずれか一項に記載の抗原結合分子。
【請求項9】
第1の抗原結合ドメインおよび/または第2の抗原結合ドメインが、Fab構造を含む、請求項1~
8のいずれか一項に記載の抗原結合分子。
【請求項10】
第1の抗原結合ドメインが、以下の抗体可変領域のいずれか1つを含む、請求項1~
9のいずれか一項に記載の抗原結合分子:
(a1)配列番号:29のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:41のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:53のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:65のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:77のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:89のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(a2)配列番号:30のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:42のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:54のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:66のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:78のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:90のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(a3)配列番号:31のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:43のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:55のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:67のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:79のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:91のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(a4)配列番号:32のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:44のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:56のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:68のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:80のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:92のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(a5)配列番号:33のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:45のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:57のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:69のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:81のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:93のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(a6)配列番号:34のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:46のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:58のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:70のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:82のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:94のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(a7)配列番号:35のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:47のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:59のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:71のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:83のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:95のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(a8)配列番号:36のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:48のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:60のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:72のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:84のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:96のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(a9)配列番号:37のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:49のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:61のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:73のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:85のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:97のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(a10)配列番号:38のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:50のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:62のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:74のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:86のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:98のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(a11)配列番号:39のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:51のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:63のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:75のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:87のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:99のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(a12)配列番号:40のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:52のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:64のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:76のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:88のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:100のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(b1)配列番号:5の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:17の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(b2)配列番号:6の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:18の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(b3)配列番号:7の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:19の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(b4)配列番号:8の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:20の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(b5)配列番号:9の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:21の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(b6)配列番号:10の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:22の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(b7)配列番号:11の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:23の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(b8)配列番号:12の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:24の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(b9)配列番号:13の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:25の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(b10)配列番号:14の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:26の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(b11)配列番号:15の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:27の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(b12)配列番号:16の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:28の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領
域。
【請求項11】
がんの処置、予防、または診断における使用のための、請求項1~
10のいずれか一項に記載の抗原結合分子。
【請求項12】
前記がんが、HER2 S310Fの発現を特徴とする、請求項
11に記載の使用のための抗原結合分子。
【請求項13】
前記がんが、膀胱がん、子宮頸がん、大腸がん(CRC)、非小細胞肺がん(NSCLC)、食道がん、頭頚部がん、皮膚がん(黒色腫)、胆管がん、腎臓がん、胃がん、小腸がん、肝臓がん、子宮がん、十二指腸がん、乳がん、胆嚢がんである、請求項
11または
12に記載の使用のための抗原結合分子。
【請求項14】
請求項1~
13のいずれか一項に記載の抗原結合分子を調製する方法であって、該抗原結合分子をコードする核酸を生体外細胞において発現させる工程を含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、S310F変異を有するHER2(ヒト上皮成長因子受容体2)(以下、HER2 S310Fとも称される)に特異的に結合する抗原結合分子;および、HER2 S310Fに特異的に結合する第1の抗体可変領域を含む第1のドメインと、T細胞受容体複合体に結合する第2の抗体可変領域を含む第2のドメインと、Fc領域を含む第3のドメインとを含む多重特異性抗原結合分子;それらの使用に関する。
【背景技術】
【0002】
がんは、世界中で主な死因の1つである。ある特定の癌腫を除いて、腫瘍は多くの場合、効果的に治すことが難しい。従来のがん処置には、放射線療法、化学療法、および免疫療法が含まれる。これらの処置は多くの場合、十分に効果的ではなく、結局、処置後にがんの再発または転移が起こる。腫瘍特異性が欠如していることが、最大効力を限定する要因の1つであり;したがって、より腫瘍特異的な分子標的療法が、がん処置における追加的な実行可能選択肢となってきている。
【0003】
抗体は、血漿中での安定性が高く、副作用をほとんど有さないため、製剤として注目されている。複数の治療用抗体の中で、いくつかのタイプの抗体は、抗腫瘍応答を発揮するためにエフェクター細胞を必要とする。抗体依存性細胞媒介性細胞傷害活性(ADCC)は、NK細胞およびマクロファージ上に存在するFc受容体に対する抗体のFc領域の結合を介して、エフェクター細胞により抗体結合細胞に対して示される細胞傷害活性である。現在までに、ADCCを誘導して抗腫瘍効力を発揮することができる複数の治療用抗体が、がんを処置するための製剤として開発されている(非特許文献1)。従来の治療用抗体を用いた、腫瘍特異的に発現している抗原を標的とする治療法は、優良な抗腫瘍活性を示すが、そのような抗体の投与は、常に満足のいく処置成果をもたらすわけではない。
【0004】
エフェクター細胞としてNK細胞またはマクロファージを動員することによってADCCを採用する抗体に加えて、エフェクター細胞としてT細胞を動員することによって細胞傷害活性を採用するT細胞動員抗体(TR抗体)が、1980年代から知られている(非特許文献2~4)。TR抗体は、T細胞上のT細胞受容体複合体を形成するサブユニットのいずれか1つ、特にCD3ε鎖と、がん細胞上の抗原とを認識して結合する、二重特異性抗体である。数個のTR抗体が、現在開発されている。EpCAMに対するTR抗体であるカツマキソマブは、悪性腹水症の処置について欧州で承認されている。さらに、「bispecific T-cell engager(BiTE)」と呼ばれるTR抗体のタイプは、最近、強い抗腫瘍活性を示すことが見出されている(非特許文献5および6)。CD19に対するBiTE分子であるブリナツモマブは、2014年にFDAの承認を最初に受けた。ブリナツモマブは、抗体依存性細胞媒介性細胞傷害活性(ADCC)および補体依存性細胞傷害活性(CDC)を誘導するリツキシマブと比較して、インビトロでCD19/CD20陽性がん細胞に対してずっと強い細胞傷害活性を示すことが判明している(非特許文献7)。
【0005】
しかし、三機能性抗体は、T細胞と、NK細胞またはマクロファージなどの細胞の両方に、がん抗原非依存性の様式で同時に結合し、結果として、細胞上で発現している受容体が架橋され、種々のサイトカインの発現が、がん抗原非依存性の様式で誘導されることが知られている。三機能性抗体の全身投与は、そのようなサイトカイン発現の誘導の結果として、サイトカインストーム様の副作用を引き起こすと考えられている。実際に、第I相臨床試験において、非小細胞肺がんを有する患者に対するカツマキソマブの全身投与について、5μg/体の非常に低い用量が最大耐量であったこと、および、より高い用量の投与は、種々の重篤な副作用を引き起こすことが報告されている(非特許文献8)。そのような低い用量で投与された場合、カツマキソマブは、有効な血中レベルに決して達することはできない。すなわち、カツマキソマブをそのような低用量で投与することによって、期待される抗腫瘍効果を達成することはできない。
【0006】
一方、カツマキソマブとは異なり、BiTEは、Fcγ受容体結合部位を有さず、したがって、T細胞上と、NK細胞およびマクロファージなどの細胞上に発現している受容体を、がん抗原非依存性の様式で架橋しない。したがって、BiTEは、カツマキソマブが投与される際に観察されるがん抗原非依存性のサイトカイン誘導を引き起こさないことが実証されている。しかし、BiTEは、Fc領域を有さない改変された低分子量抗体分子であるため、問題は、患者への投与後のその血中半減期が、治療用抗体として従来から用いられているIgGタイプの抗体よりも有意に短いことである。実際に、インビボで投与されたBiTEの血中半減期は、約数時間であることが報告されている(非特許文献9および10)。ブリナツモマブの臨床試験において、これは、ミニポンプを用いる持続点滴静注によって投与される。この投与法は、患者にとって極度に不便であるだけではなく、デバイスの不調などによる医療事故の潜在的なリスクも有する。したがって、そのような投与法が望ましいと言うことはできない。
【0007】
HER2(ErbB2またはErbB-2、ヒト上皮成長因子受容体2、CD340としても知られる)は、一回貫通1型膜貫通タンパク質であり、細胞の増殖および生存を制御するシグナル伝達経路を活性化する受容体チロシンキナーゼの上皮成長因子受容体(EGFR)ファミリーのメンバーである。HER2過剰発現およびHER2遺伝子変化、例えば、HER2遺伝子増幅、HER2変異(点変異、挿入変異、および欠失変異)は、がんにおける発がんドライバーおよび潜在的な治療標的として特定されてきている(非特許文献11~13)。HER2標的療法は、HER2過剰発現またはHER2増幅を有する乳がんおよび胃がんの患者の臨床成果を劇的に改善してきている。しかし、HER2変異を有するがん患者に対する標的療法は、依然として、臨床の場においてまだ満たされていないニーズである。
【0008】
HER2変異は、種々のがんにおいて特定されてきている。HER2変異の1つの例は、乳がん、非小細胞肺がん、膀胱がん、大腸がん、子宮頸がん、子宮内膜がん、および胃食道がんなどにおいて観察されたHER2 S310F変異である(非特許文献14)。
【0009】
現在までに、HER2 S310Fを認識するが、野生型HER2を認識しない抗体についての報告はない。したがって、本発明の目的は、HER2 S310Fに結合するが、野生型HER2には結合しないモノクローナル抗体を提供することである。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【文献】Clin Cancer Res. 2010 Jan 1;16(1):11-20.
【文献】Nature. 1985 Apr 18-24;314(6012):628-31.
【文献】Int J Cancer. 1988 Apr 15;41(4):609-15.
【文献】Proc Natl Acad Sci U S A. 1986 Mar;83(5):1453-7.
【文献】Proc Natl Acad Sci U S A. 1995 Jul 18;92(15):7021-5.
【文献】Drug Discov Today. 2005 Sep 15;10(18):1237-44.
【文献】Int J Cancer. 2002 Aug 20;100(6):690-7.
【文献】Cancer Immunol Immunother (2007) 56 (10), 1637-44.
【文献】Cancer Immunol Immunother. (2006) 55 (5), 503-14.
【文献】Cancer Immunol Immunother. (2009) 58 (1), 95-109.
【文献】Nat Rev Cancer. 2009 Jul;9(7):463-75.
【文献】Cancer Discov. 2013 Feb;3(2):224-37.
【文献】Cancer Discov. 2015 Aug;5(8):832-41.
【文献】Nature. 2018 Feb 8;554(7691):189-194.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、HER2変異体、特にHER2 S310Fに高い特異性で結合する抗原結合分子;および、HER2 S310F発現細胞の近くのT細胞を動員することによるがん処置を可能にし、かつHER2 S310F発現がん細胞に対するT細胞の細胞傷害活性を誘導する、その多重特異性抗原結合分子;該抗原結合分子を作製するための方法;ならびに、細胞性細胞傷害活性を誘導するための活性成分としてそのような抗原結合分子を含む治療剤を、提供することである。本発明の別の目的は、活性成分として上述の抗原結合分子のうちの1つを含む、種々のがんの処置または予防における使用のための薬学的組成物、および該薬学的組成物を使用する治療法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の発明者らは、HER2 S310Fに対して高い特異性および結合活性を示し、野生型HER2に対しては交差反応性が低いかまたは交差反応性を全く有さない抗原結合分子の生成に成功した。発明者らの知る限りでは、現在までに、単一のアミノ酸残基変異(例えば、S310F)を有するHER2を特異的に認識するが、野生型HER2を認識しない抗体についての報告はない。そのような変異体特異的な抗HER2抗原結合分子は、腫瘍特異的な抗原(すなわち、HER2 S310F)を発現する腫瘍細胞のみを標的とするため、優れた特異性を実証することができ;それに対して、従来の抗HER2抗体は、正常組織においても発現している野生型HER2を標的とし/それに結合し、したがって、オンターゲットの毒性および健康な臓器の損傷を結果としてもたらし得る。非腫瘍組織においてHER2 S310Fの発現が欠如しているために、従来の抗HER2抗体と比較して、本発明のHER2 S310F変異体特異的な抗原結合分子(例えば、抗HER2 S310F抗体)は、高い精度および腫瘍ターゲティングの特異性、ならびにその安全性(毒性の低下)に関して優れた治療剤であることが期待される。
別の局面において、本発明者らは、HER2 S310Fに特異的に結合する第1の抗体可変領域を含む第1のドメインと、T細胞受容体複合体(例えば、CD3)に結合する第2の抗体可変領域を含む第2のドメインとを含む、多重特異性抗原結合分子を生成し、これは、HER2 S130Fを発現する細胞を効果的に死滅させることができ、優れた細胞傷害/抗腫瘍活性を発揮することができる。活性成分として抗原結合分子を含む、多重特異性抗原結合分子および薬学的組成物は、種々のがん、特に、HER2 S130F陽性腫瘍などのHER2 S130F変異に関連するものを処置することができる。本発明の多重特異性抗原結合分子は、細胞性細胞傷害活性を誘導する、強い抗腫瘍活性を有し、かつ、HER2 S130F発現細胞を特異的に標的として損傷することができ(しかしHER2発現細胞はそのようにせず)、したがって、HER2 S310F陽性がんの高精度でかつ特異的な処置および予防を可能にする。さらに、本発明の多重特異性抗原結合分子は、長い血中半減期、および、がん抗原非依存性のサイトカインストームなどの誘導を全くもたらさない優れた安全性特性を有する。これにより、高度に安全かつ便利である望ましい処置が可能になり、患者の身体的負担が低減する。
【0013】
より具体的には、本発明は、以下を提供する。
[1]S310F変異を有するヒトHER2(HER2 S310F)に特異的に結合しかつ野生型ヒトHER2に対してはより弱い結合活性を有するかまたは結合活性を全く有さない、第1の抗原結合ドメインを含む、抗原結合分子。
[2]ヒトHER2の310位にフェニルアラニン残基を含むエピトープに特異的に結合する、抗原結合分子または[1]の抗原結合分子。
[3]好ましくは、表面プラズモン共鳴(SPR)によって、以下の条件:
37℃、pH 7.4、20 mM ACES、150 mM NaCl、0.05% Tween 20、0.005% NaN3;抗原結合分子がCM4センサーチップ上に固定化され、HER2 S310F抗原がアナライトとして機能する
で測定した場合に、100ナノモーラー(nM)未満のKDでヒトHER2 S310Fに結合する、抗原結合分子または[1]~[2]のいずれか1つの抗原結合分子。
[4]好ましくは、SPRによって、以下の条件:
37℃、pH 7.4、20 mM ACES、150 mM NaCl、0.05% Tween 20、0.005% NaN3;抗原結合分子がCM4センサーチップ上に固定化され、抗原がアナライトとして機能する
で測定した場合に、少なくとも10倍、100倍、1,000倍、または10,000倍、または100,000倍小さい、ヒトHER2 S310Fに対する結合についてのKD値対ヒト野生型HER2に対する結合についてのKD値のKD比(すなわち、KDHER2 S310F/KD野生型HER2)を有する、抗原結合分子または[1]~[3]のいずれか1つの抗原結合分子。
[5]野生型ヒトHER2には結合しない、[1]~[4]のいずれか1つの抗原結合分子。
[6]ヒトHER2 S130Fのリガンド非依存性の二量体化を阻止する、抗原結合分子または[1]~[5]のいずれか1つの抗原結合分子。
[6A]モノクローナル抗体である、[1]~[5]のいずれか1つの抗原結合分子。
[6B]ヒト抗体、ヒト化抗体、またはキメラ抗体である、[1]~[5]のいずれか1つの抗原結合分子。
[6C]ヒトIgG1である、[1]~[5]のいずれか1つの抗原結合分子。
[7]T細胞受容体複合体分子に特異的に結合する第2の抗原結合ドメインをさらに含む、[1]~[6]のいずれか1つの抗原結合分子。
[8]前記T細胞受容体複合体分子が、CD3、好ましくはヒトCD3ε鎖である、[7]の抗原結合分子。
[9]多重特異性抗原結合分子、好ましくは二重特異性抗体である、[7]~[8]のいずれか1つの抗原結合分子。
[9A]Fcドメインをさらに含む、[1]~[9]のいずれか1つの抗原結合分子。
[10]前記Fcドメインが、IgG1、好ましくはヒトIgG1の野生型Fcドメインと比較してFcγ受容体結合活性が低下しているFcドメインである、[9A]の抗原結合分子。
[10A]Fc領域が、EUナンバリングによって特定される以下のアミノ酸位置:
220位、226位、229位、231位、232位、233位、234位、235位、236位、237位、238位、239位、240位、264位、265位、266位、267位、269位、270位、295位、296位、297位、298位、299位、300位、325位、327位、328位、329位、330位、331位、および332位
から選択される少なくとも1つのアミノ酸の変異を有するFc領域である、[10]の抗原結合分子。
[11]細胞傷害活性を有する、[1]~[10A]のいずれか1つの抗原結合分子。
[12]T細胞受容体複合体分子に特異的に結合する第2の抗原結合ドメインを含み、前記細胞傷害活性がT細胞依存性細胞傷害活性(TDCC)である、[11]の抗原結合分子。
[13]第1の抗原結合ドメインおよび/または第2の抗原結合ドメインが、Fab、Fv、scFv、またはVHH構造を含む、[1]~[12]のいずれか1つの抗原結合分子。
[14]第1の抗原結合ドメインおよび/または第2の抗原結合ドメインが、Fab構造を含む、[1]~[13]のいずれか1つの抗原結合分子。
[15]F(ab')2構造を含む、[1]~[14]のいずれか1つの抗原結合分子。
[16]第1の抗原結合ドメインが、以下の抗体可変領域のいずれか1つを含む、[1]~[15]のいずれか1つの抗原結合分子:
(a1)配列番号:29に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域1(HCDR1)、配列番号:41に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域2(HCDR2)、配列番号:53に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域3(HCDR3)、配列番号:65に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域1(LCDR1)、配列番号:77に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域2(LCDR2)、および配列番号:89に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域3(LCDR3)を含む、抗体可変領域;
(a2)配列番号:30に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域1(HCDR1)、配列番号:42に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域2(HCDR2)、配列番号:54に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域3(HCDR3)、配列番号:66に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域1(LCDR1)、配列番号:78に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域2(LCDR2)、および配列番号:90に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域3(LCDR3)を含む、抗体可変領域;
(a3)配列番号:31に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域1(HCDR1)、配列番号:43に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域2(HCDR2)、配列番号:55に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域3(HCDR3)、配列番号:67に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域1(LCDR1)、配列番号:79に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域2(LCDR2)、および配列番号:91に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域3(LCDR3)を含む、抗体可変領域;
(a4)配列番号:32に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域1(HCDR1)、配列番号:44に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域2(HCDR2)、配列番号:56に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域3(HCDR3)、配列番号:68に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域1(LCDR1)、配列番号:80に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域2(LCDR2)、および配列番号:92に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域3(LCDR3)を含む、抗体可変領域;
(a5)配列番号:33に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域1(HCDR1)、配列番号:45に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域2(HCDR2)、配列番号:57に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域3(HCDR3)、配列番号:69に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域1(LCDR1)、配列番号:81に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域2(LCDR2)、および配列番号:93に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域3(LCDR3)を含む、抗体可変領域;
(a6)配列番号:34に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域1(HCDR1)、配列番号:46に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域2(HCDR2)、配列番号:58に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域3(HCDR3)、配列番号:70に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域1(LCDR1)、配列番号:82に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域2(LCDR2)、および配列番号:94に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域3(LCDR3)を含む、抗体可変領域;
(a7)配列番号:35に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域1(HCDR1)、配列番号:47に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域2(HCDR2)、配列番号:59に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域3(HCDR3)、配列番号:71に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域1(LCDR1)、配列番号:83に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域2(LCDR2)、および配列番号:95に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域3(LCDR3)を含む、抗体可変領域;
(a8)配列番号:36に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域1(HCDR1)、配列番号:48に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域2(HCDR2)、配列番号:60に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域3(HCDR3)、配列番号:72に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域1(LCDR1)、配列番号:84に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域2(LCDR2)、および配列番号:96に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域3(LCDR3)を含む、抗体可変領域;
(a9)配列番号:37に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域1(HCDR1)、配列番号:49に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域2(HCDR2)、配列番号:61に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域3(HCDR3)、配列番号:73に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域1(LCDR1)、配列番号:85に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域2(LCDR2)、および配列番号:97に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域3(LCDR3)を含む、抗体可変領域;
(a10)配列番号:38に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域1(HCDR1)、配列番号:50に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域2(HCDR2)、配列番号:62に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域3(HCDR3)、配列番号:74に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域1(LCDR1)、配列番号:86に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域2(LCDR2)、および配列番号:98に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域3(LCDR3)を含む、抗体可変領域;
(a11)配列番号:39に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域1(HCDR1)、配列番号:51に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域2(HCDR2)、配列番号:63に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域3(HCDR3)、配列番号:75に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域1(LCDR1)、配列番号:87に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域2(LCDR2)、および配列番号:99に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域3(LCDR3)を含む、抗体可変領域;
(a12)配列番号:40に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域1(HCDR1)、配列番号:52に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域2(HCDR2)、配列番号:64に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域3(HCDR3)、配列番号:76に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域1(LCDR1)、配列番号:88に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域2(LCDR2)、および配列番号:100に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域3(LCDR3)を含む、抗体可変領域;
(b1)配列番号:29のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:41のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:53のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:65のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:77のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:89のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(b2)配列番号:30のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:42のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:54のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:66のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:78のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:90のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(b3)配列番号:31のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:43のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:55のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:67のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:79のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:91のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(b4)配列番号:32のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:44のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:56のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:68のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:80のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:92のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(b5)配列番号:33のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:45のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:57のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:69のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:81のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:93のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(b6)配列番号:34のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:46のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:58のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:70のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:82のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:94のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(b7)配列番号:35のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:47のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:59のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:71のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:83のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:95のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(b8)配列番号:36のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:48のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:60のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:72のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:84のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:96のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(b9)配列番号:37のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:49のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:61のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:73のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:85のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:97のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(b10)配列番号:38のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:50のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:62のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:74のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:86のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:98のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(b11)配列番号:39のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:51のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:63のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:75のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:87のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:99のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(b12)配列番号:40のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:52のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:64のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:76のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:88のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:100のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(c1)配列番号:5の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:17の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(c2)配列番号:6の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:18の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(c3)配列番号:7の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:19の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(c4)配列番号:8の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:20の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(c5)配列番号:9の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:21の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(c6)配列番号:10の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:22の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(c7)配列番号:11の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:23の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(c8)配列番号:12の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:24の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(c9)配列番号:13の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:25の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(c10)配列番号:14の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:26の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(c11)配列番号:15の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:27の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(c12)配列番号:16の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:28の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(d)HER2に対する結合について、(a1)~(c12)の抗体可変領域のいずれか1つと競合する、抗体可変領域;
(e)(a1)~(c12)の抗体可変領域のいずれか1つと同じHER2上のエピトープに結合する、抗体可変領域。
[17]第2の抗原結合ドメインが、以下の抗体可変領域のいずれか1つを含む、[1]~[16]のいずれか1つの抗原結合分子:
(a)配列番号:103のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:104のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:105のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:106のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:107のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:108のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(b)配列番号:101の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:102の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域。
[18][1]~[17]の抗原結合分子のいずれかと、薬学的に許容される賦形剤とを含む、細胞性細胞傷害活性の誘導における使用のための、薬学的組成物。
[19][1]~[17]の抗原結合分子のいずれかと、薬学的に許容される賦形剤とを含む、がんの処置における使用のための、薬学的組成物。
[20][1]~[17]のいずれか1つの抗原結合分子を含む、診断キット。
[21][1]~[17]のいずれか1つの抗原結合分子と、細胞傷害剤とを含む、イムノコンジュゲート。
[22]医薬としての使用のための、[1]~[17]のいずれか1つの抗原結合分子。
[23]がんの処置、予防、または診断における使用のための、[1]~[17]のいずれか1つの抗原結合分子。
[24]がんの処置のための医薬の製造における、[1]~[17]のいずれか1つの抗原結合分子の使用。
[25]個体においてがんを診断するか、または個体においてがん処置応答を予測する方法であって、[1]~[17]のいずれか1つの抗原結合分子を用いてヒトHER2 S310Fの存在を決定する工程を含む、方法。
[26]単離されたサンプルにおいてヒトHER2 S310Fの存在を検出する方法であって、該サンプルを[1]~[17]のいずれか1つの抗原結合分子とインキュベートする工程、および、該抗原結合分子とヒトHER2 S310Fとの間に形成された複合体の存在を検出する工程を含む、方法。
[27]前記がんが、ヒトHER2 S310Fの発現を特徴とする、[18]~[19]のいずれかの薬学的組成物、[20]の診断キット、[22]~[23]のいずれかの使用のための抗原結合分子、[24]の使用、[25]の方法。
[28]前記がんが、膀胱がん、子宮頸がん、大腸がん(CRC)、非小細胞肺がん(NSCLC)、食道がん、頭頚部がん、皮膚がん(黒色腫)、胆管がん、腎臓がん、胃がん、小腸がん、肝臓がん、子宮がん、十二指腸がん、乳がん、胆嚢がん、卵巣がんである、[18]~[19]のいずれかの薬学的組成物、[20]の診断キット、[22]~[23]のいずれかの使用のための抗原結合分子、[24]の使用、[25]の方法。
[29]任意でベクター中の、[1]~[17]のいずれか1つの抗原結合分子をコードする、核酸。
[30][29]の核酸を含む、細胞。
[31][1]~[17]のいずれか1つの抗原結合分子を調製する方法であって、該抗原結合分子をコードする核酸を細胞において発現させる工程を含む、方法。
また本発明は、以下を提供する。
〔1〕 S310F変異を有するヒトHER2(HER2 S310F)に特異的に結合するが野生型ヒトHER2には結合しない第1の抗原結合ドメインを含む、抗原結合分子。
〔2〕 ヒトHER2の310位にフェニルアラニン残基を含むエピトープに特異的に結合する、〔1〕に記載の抗原結合分子。
〔3〕 ヒトHER2 S310Fのリガンド非依存性の二量体化を阻止する、〔1〕または〔2〕に記載の抗原結合分子。
〔4〕 T細胞受容体複合体分子に特異的に結合する第2の抗原結合ドメインをさらに含む、〔1〕~〔3〕のいずれか一項に記載の抗原結合分子。
〔5〕 前記T細胞受容体複合体分子が、CD3、好ましくはヒトCD3ε鎖である、〔4〕に記載の抗原結合分子。
〔6〕 多重特異性抗原結合分子、好ましくは二重特異性抗体である、〔4〕または〔5〕に記載の抗原結合分子。
〔7〕 IgG1の野生型Fcドメインと比較してFcγ受容体結合活性が低下しているFcドメインをさらに含む、〔4〕~〔6〕のいずれか一項に記載の抗原結合分子。
〔8〕 T細胞依存性細胞傷害活性(TDCC)を有する、〔4〕~〔7〕のいずれか一項に記載の抗原結合分子。
〔9〕 第1の抗原結合ドメインおよび/または第2の抗原結合ドメインが、Fab、Fv、scFv、またはVHH構造を含む、〔1〕~〔8〕のいずれか一項に記載の抗原結合分子。
〔10〕 第1の抗原結合ドメインおよび/または第2の抗原結合ドメインが、Fab構造を含む、〔1〕~〔9〕のいずれか一項に記載の抗原結合分子。
〔11〕 第1の抗原結合ドメインが、以下の抗体可変領域のいずれか1つを含む、〔1〕~〔10〕のいずれか一項に記載の抗原結合分子:
(a1)配列番号:29のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:41のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:53のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:65のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:77のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:89のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(a2)配列番号:30のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:42のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:54のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:66のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:78のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:90のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(a3)配列番号:31のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:43のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:55のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:67のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:79のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:91のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(a4)配列番号:32のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:44のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:56のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:68のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:80のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:92のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(a5)配列番号:33のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:45のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:57のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:69のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:81のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:93のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(a6)配列番号:34のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:46のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:58のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:70のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:82のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:94のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(a7)配列番号:35のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:47のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:59のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:71のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:83のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:95のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(a8)配列番号:36のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:48のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:60のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:72のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:84のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:96のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(a9)配列番号:37のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:49のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:61のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:73のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:85のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:97のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(a10)配列番号:38のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:50のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:62のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:74のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:86のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:98のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(a11)配列番号:39のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:51のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:63のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:75のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:87のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:99のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(a12)配列番号:40のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:52のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:64のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:76のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:88のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:100のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(b1)配列番号:5の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:17の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(b2)配列番号:6の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:18の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(b3)配列番号:7の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:19の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(b4)配列番号:8の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:20の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(b5)配列番号:9の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:21の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(b6)配列番号:10の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:22の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(b7)配列番号:11の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:23の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(b8)配列番号:12の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:24の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(b9)配列番号:13の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:25の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(b10)配列番号:14の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:26の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(b11)配列番号:15の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:27の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(b12)配列番号:16の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:28の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(c)HER2に対する結合について、(a1)~(b12)の抗体可変領域のいずれか1つと競合する、抗体可変領域;
(d)(a1)~(b12)の抗体可変領域のいずれか1つと同じHER2上のエピトープに結合する、抗体可変領域。
〔12〕 がんの処置、予防、または診断における使用のための、〔1〕~〔11〕のいずれか一項に記載の抗原結合分子。
〔13〕 前記がんが、HER2 S310Fの発現を特徴とする、〔12〕に記載の使用のための抗原結合分子。
〔14〕 前記がんが、膀胱がん、子宮頸がん、大腸がん(CRC)、非小細胞肺がん(NSCLC)、食道がん、頭頚部がん、皮膚がん(黒色腫)、胆管がん、腎臓がん、胃がん、小腸がん、肝臓がん、子宮がん、十二指腸がん、乳がん、胆嚢がんである、〔12〕または〔13〕に記載の使用のための抗原結合分子。
〔15〕 〔1〕~〔14〕のいずれか一項に記載の抗原結合分子を調製する方法であって、該抗原結合分子をコードする核酸を細胞において発現させる工程を含む、方法。
【0014】
一態様において、本発明の抗原結合分子は、S310F変異を有するヒトHER2(HER2 S310F)に特異的に結合しかつ野生型ヒトHER2に対してはより弱い結合活性を有するかまたは結合活性を全く有さない、第1の抗原結合ドメインを含む。別の態様において、本発明の抗原結合分子は、ヒトHER2の310位にフェニルアラニン残基を含むエピトープに特異的に結合する、第1の抗原結合ドメインを含む。さらに別の態様において、本発明の抗原結合分子は、好ましくは、表面プラズモン共鳴(SPR)によって以下の条件で測定した場合に、100ナノモーラー(nM)未満のKDでヒトHER2 S310Fに結合する、第1の抗原結合ドメインを含む:37℃、pH 7.4、20 mM ACES、150 mM NaCl、0.05% Tween 20、0.005% NaN3;抗原結合分子がCM4センサーチップ上に固定化され、HER2 S310F抗原がアナライトとして機能する。一態様において、HER2 S310F変異体に特異的である本発明の抗原結合分子は、ヒト野生型HER2に対する結合についてのKD値(KD野生型HER2)と比較して低い、ヒトHER2 S310Fに対する結合についてのKD値(KDHER2 S310F)を有する、第1の抗原結合ドメインを含む。好ましい態様において、本発明の抗原結合分子は、好ましくは、SPRによって以下の条件で測定した場合に、ヒト野生型HER2に対する結合についてのKD値と比較して少なくとも10倍、100倍、1,000倍、または10,000倍、または100,000倍低い(すなわち、1/10、1/100、1/1000、1/10000、または1/100000の)、ヒトHER2 S310Fに対する結合についてのKD値を有する、第1の抗原結合ドメインを含む:37℃、pH 7.4、20 mM ACES、150 mM NaCl、0.05% Tween 20、0.005% NaN3;抗原結合分子がCM4センサーチップ上に固定化され、抗原がアナライトとして機能する。好ましい態様において、本発明の抗原結合分子は、S310F変異を有するヒトHER2(HER2 S310F)に特異的に結合するが、野生型ヒトHER2には結合しない、第1の抗原結合ドメインを含む。別の好ましい態様において、本発明の抗原結合分子は、ヒトHER2 S310Fのリガンド非依存性の二量体化を阻止する、第1の抗原結合ドメインを含む。
【0015】
好ましい一態様において、本発明の抗原結合分子は、
[A]以下の抗体可変領域のいずれか1つを含む、第1の抗原結合ドメイン:
(a1)配列番号:29に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域1(HCDR1)、配列番号:41に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域2(HCDR2)、配列番号:53に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域3(HCDR3)、配列番号:65に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域1(LCDR1)、配列番号:77に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域2(LCDR2)、および配列番号:89に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域3(LCDR3)を含む、抗体可変領域;
(a2)配列番号:30に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域1(HCDR1)、配列番号:42に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域2(HCDR2)、配列番号:54に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域3(HCDR3)、配列番号:66に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域1(LCDR1)、配列番号:78に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域2(LCDR2)、および配列番号:90に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域3(LCDR3)を含む、抗体可変領域;
(a3)配列番号:31に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域1(HCDR1)、配列番号:43に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域2(HCDR2)、配列番号:55に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域3(HCDR3)、配列番号:67に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域1(LCDR1)、配列番号:79に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域2(LCDR2)、および配列番号:91に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域3(LCDR3)を含む、抗体可変領域;
(a4)配列番号:32に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域1(HCDR1)、配列番号:44に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域2(HCDR2)、配列番号:56に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域3(HCDR3)、配列番号:68に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域1(LCDR1)、配列番号:80に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域2(LCDR2)、および配列番号:92に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域3(LCDR3)を含む、抗体可変領域;
(a5)配列番号:33に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域1(HCDR1)、配列番号:45に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域2(HCDR2)、配列番号:57に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域3(HCDR3)、配列番号:69に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域1(LCDR1)、配列番号:81に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域2(LCDR2)、および配列番号:93に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域3(LCDR3)を含む、抗体可変領域;
(a6)配列番号:34に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域1(HCDR1)、配列番号:46に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域2(HCDR2)、配列番号:58に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域3(HCDR3)、配列番号:70に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域1(LCDR1)、配列番号:82に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域2(LCDR2)、および配列番号:94に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域3(LCDR3)を含む、抗体可変領域;
(a7)配列番号:35に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域1(HCDR1)、配列番号:47に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域2(HCDR2)、配列番号:59に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域3(HCDR3)、配列番号:71に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域1(LCDR1)、配列番号:83に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域2(LCDR2)、および配列番号:95に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域3(LCDR3)を含む、抗体可変領域;
(a8)配列番号:36に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域1(HCDR1)、配列番号:48に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域2(HCDR2)、配列番号:60に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域3(HCDR3)、配列番号:72に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域1(LCDR1)、配列番号:84に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域2(LCDR2)、および配列番号:96に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域3(LCDR3)を含む、抗体可変領域;
(a9)配列番号:37に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域1(HCDR1)、配列番号:49に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域2(HCDR2)、配列番号:61に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域3(HCDR3)、配列番号:73に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域1(LCDR1)、配列番号:85に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域2(LCDR2)、および配列番号:97に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域3(LCDR3)を含む、抗体可変領域;
(a10)配列番号:38に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域1(HCDR1)、配列番号:50に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域2(HCDR2)、配列番号:62に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域3(HCDR3)、配列番号:74に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域1(LCDR1)、配列番号:86に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域2(LCDR2)、および配列番号:98に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域3(LCDR3)を含む、抗体可変領域;
(a11)配列番号:39に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域1(HCDR1)、配列番号:51に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域2(HCDR2)、配列番号:63に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域3(HCDR3)、配列番号:75に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域1(LCDR1)、配列番号:87に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域2(LCDR2)、および配列番号:99に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域3(LCDR3)を含む、抗体可変領域;
(a12)配列番号:40に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域1(HCDR1)、配列番号:52に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域2(HCDR2)、配列番号:64に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む重鎖相補性決定領域3(HCDR3)、配列番号:76に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域1(LCDR1)、配列番号:88に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域2(LCDR2)、および配列番号:100に対して少なくとも95%同一であるアミノ酸配列を含む軽鎖相補性決定領域3(LCDR3)を含む、抗体可変領域;
(b1)配列番号:29のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:41のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:53のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:65のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:77のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:89のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(b2)配列番号:30のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:42のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:54のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:66のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:78のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:90のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(b3)配列番号:31のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:43のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:55のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:67のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:79のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:91のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(b4)配列番号:32のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:44のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:56のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:68のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:80のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:92のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(b5)配列番号:33のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:45のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:57のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:69のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:81のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:93のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(b6)配列番号:34のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:46のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:58のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:70のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:82のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:94のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(b7)配列番号:35のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:47のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:59のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:71のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:83のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:95のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(b8)配列番号:36のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:48のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:60のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:72のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:84のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:96のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(b9)配列番号:37のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:49のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:61のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:73のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:85のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:97のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(b10)配列番号:38のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:50のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:62のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:74のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:86のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:98のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(b11)配列番号:39のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:51のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:63のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:75のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:87のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:99のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(b12)配列番号:40のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:52のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:64のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:76のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:88のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:100のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(c1)配列番号:5の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:17の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(c2)配列番号:6の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:18の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(c3)配列番号:7の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:19の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(c4)配列番号:8の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:20の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(c5)配列番号:9の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:21の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(c6)配列番号:10の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:22の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(c7)配列番号:11の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:23の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(c8)配列番号:12の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:24の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(c9)配列番号:13の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:25の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(c10)配列番号:14の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:26の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(c11)配列番号:15の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:27の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(c12)配列番号:16の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:28の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域;
(d)HER2に対する結合について、(a1)~(c12)の抗体可変領域のいずれか1つと競合する、抗体可変領域;
(e)(a1)~(c12)の抗体可変領域のいずれか1つと同じHER2上のエピトープに結合する、抗体可変領域
を含み;かつ、好ましくはさらに、
[B]以下の抗体可変領域のいずれか1つを含む、第2の抗原結合ドメイン:
(a)配列番号:103のアミノ酸配列を含むHCDR1、配列番号:104のアミノ酸配列を含むHCDR2、配列番号:105のアミノ酸配列を含むHCDR3、配列番号:106のアミノ酸配列を含むLCDR1、配列番号:107のアミノ酸配列を含むLCDR2、および配列番号:108のアミノ酸配列を含むLCDR3を含む、抗体可変領域;
(b)配列番号:101の重鎖可変ドメイン(VH)、および配列番号:102の軽鎖可変ドメイン(VL)を含む、抗体可変領域
を含む。
【0016】
好ましい一態様において、本発明の抗原結合分子は、ヒトHER2 S310およびCD3に特異的に結合する、二重特異性抗体である。
【0017】
一態様において、本発明の抗原結合分子は、表2または3に記載されるような参照抗体のいずれかと比較して、少なくとも1倍、2倍、3倍、4倍、5倍、10倍、20倍、50倍、100倍、1000倍、10000倍強い、ヒトHER2 S310Fに対する結合活性を有する、第1の抗原結合ドメインを含む。好ましくは、結合活性は、SPRによって以下の条件で測定される:37℃、pH 7.4、20 mM ACES、150 mM NaCl、0.05% Tween 20、0.005% NaN3;抗体がCM4センサーチップ上に固定化され、抗原がアナライトとして機能する。一態様において、HER2 S310F変異体に特異的である本発明の抗原結合分子は、参照抗体、好ましくは、表2または3に記載されるような参照抗体と比較して小さい、ヒトHER2 S310Fに対する結合についてのKD値対ヒト野生型HER2に対する結合についてのKD値のKD比(すなわち、 KDHER2 S310F/KD野生型HER2)を有する、第1の抗原結合ドメインを含む。好ましい態様において、本発明の抗原結合分子は、表2または3に記載されるような参照抗体のいずれかと比較して、少なくとも10倍、100倍、1,000倍、または10,000倍、または100,000倍小さい(すなわち、1/10、1/100、1/1000、1/10000、または1/100000の)、ヒトHER2 S310Fに対する結合についてのKD値対ヒト野生型HER2に対する結合についてのKD値のKD比(すなわち、 KDHER2 S310F/KD野生型HER2)を有する、第1の抗原結合ドメインを含む。好ましくは、結合活性は、SPRによって以下の条件で測定される:37℃、pH 7.4、20 mM ACES、150 mM NaCl、0.05% Tween 20、0.005% NaN3;抗原結合分子がCM4センサーチップ上に固定化され、抗原がアナライトとして機能する。
【0018】
一局面において、本発明は、キメラ抗原受容体(CAR)をコードする核酸配列を含む、ヒトT細胞を提供する。いくつかの態様において、本発明のCARは、本発明の第1の抗原結合ドメイン、好ましくは、表2または3に記載されるような抗原結合ドメインのうちの1つを含む。さらなる態様において、本発明のCARは、第1の抗原結合ドメインおよび膜貫通ドメイン、ならびに共刺激分子の細胞内ドメインおよびシグナル伝達ドメインを含む。いくつかの態様において、細胞内ドメインは、CD3ζシグナル伝達ドメインを含んでもよい。いくつかの態様において、抗原結合断片は、scFvである。いくつかの態様において、T細胞は、核酸配列を含むベクターを含む。例えば、ベクターはレンチウイルスベクターである。別の局面において、本発明は、上記のようなヒトT細胞を含む、薬学的組成物を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】トランスフェクタントに対する、抗HER2 S310F単一特異性抗体の結合解析。
【
図2】がん細胞株に対する、抗HER2 S310F単一特異性抗体の結合解析。
【
図3】HER2 S310Fまたは野生型HER2を発現するトランスフェクタントの存在下での、抗HER2 S310F/CD3二重特異性抗体のT細胞活性化活性。
【
図4】HER2 S310Fまたは野生型HER2を発現するトランスフェクタントに対する、抗HER2 S310F/CD3二重特異性抗体のT細胞依存性細胞傷害活性。
【
図5】がん細胞株に対する、抗HER2 S310F/CD3二重特異性抗体のT細胞依存性細胞傷害活性。
【発明を実施するための形態】
【0020】
態様の説明
本明細書において記載されるかまたは参照される手法および手順は、概してよく理解されており、例えば、Sambrook et al., Molecular Cloning: A Laboratory Manual 3d edition (2001) Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, N.Y.;Current Protocols in Molecular Biology (F.M. Ausubel, et al. eds., (2003));Methods in Enzymology (Academic Press, Inc.)のシリーズ:PCR 2: A Practical Approach (M.J. MacPherson, B.D. Hames and G.R. Taylor eds. (1995))、Harlow and Lane, eds. (1988) Antibodies, A Laboratory Manual、およびAnimal Cell Culture (R.I. Freshney, ed. (1987));Oligonucleotide Synthesis (M.J. Gait, ed., 1984);Methods in Molecular Biology, Humana Press;Cell Biology: A Laboratory Notebook (J.E. Cellis, ed., 1998) Academic Press;Animal Cell Culture (R.I. Freshney), ed., 1987);Introduction to Cell and Tissue Culture (J. P. Mather and P.E. Roberts, 1998) Plenum Press;Cell and Tissue Culture: Laboratory Procedures (A. Doyle, J.B. Griffiths, and D.G. Newell, eds., 1993-8) J. Wiley and Sons;Handbook of Experimental Immunology (D.M. Weir and C.C. Blackwell, eds.);Gene Transfer Vectors for Mammalian Cells (J.M. Miller and M.P. Calos, eds., 1987);PCR: The Polymerase Chain Reaction, (Mullis et al., eds., 1994);Current Protocols in Immunology (J.E. Coligan et al., eds., 1991);Short Protocols in Molecular Biology (Wiley and Sons, 1999);Immunobiology (C.A. Janeway and P. Travers, 1997);Antibodies (P. Finch, 1997);Antibodies: A Practical Approach (D. Catty., ed., IRL Press, 1988-1989);Monoclonal Antibodies: A Practical Approach (P. Shepherd and C. Dean, eds., Oxford University Press, 2000);Using Antibodies: A Laboratory Manual (E. Harlow and D. Lane (Cold Spring Harbor Laboratory Press, 1999);The Antibodies (M. Zanetti and J. D. Capra, eds., Harwood Academic Publishers, 1995);ならびにCancer: Principles and Practice of Oncology (V.T. DeVita et al., eds., J.B. Lippincott Company, 1993)に記載されている広く利用される方法論などの、従来の方法論を用いて、当業者によって一般的に使用される。
【0021】
下記の定義および詳細な説明は、本明細書において例示される本発明の理解を容易にするために提供する。
【0022】
アミノ酸
本明細書において、アミノ酸を、一文字表記もしくは三文字表記またはその両方、例えば、Ala/A、Leu/L、Arg/R、Lys/K、Asn/N、Met/M、Asp/D、Phe/F、Cys/C、Pro/P、Gln/Q、Ser/S、Glu/E、Thr/T、Gly/G、Trp/W、His/H、Tyr/Y、Ile/I、またはVal/Vによって記載する。
【0023】
アミノ酸の改変
抗原結合分子のアミノ酸配列におけるアミノ酸改変のためには、部位特異的変異誘発法(Kunkel et al. (Proc. Natl. Acad. Sci. USA (1985) 82, 488-492))およびオーバーラップ伸長PCRなどの公知の方法が、適宜使用されてもよい。さらに、非天然アミノ酸への置換のためのアミノ酸改変法として、いくつかの公知の方法がまた、使用されてもよい(Annu Rev. Biophys. Biomol. Struct. (2006) 35, 225-249;およびProc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. (2003) 100 (11), 6353-6357)。例えば、終止コドンの1つであるUAGコドン(アンバーコドン)の相補的アンバーサプレッサーtRNAに結合した非天然アミノ酸を有するtRNAを含有する、無細胞翻訳システム(Clover Direct (Protein Express))を用いることが、適している。
【0024】
本明細書において、アミノ酸改変の部位を説明する場合の用語「および/または」の意味には、「および」と「または」が好適に組み合わされるあらゆる組み合わせが含まれる。具体的には、例えば、「33、55、および/または96位のアミノ酸が置換されている」には、以下のアミノ酸改変のバリエーションが含まれる:(a)33位、(b)55位、(c)96位、(d)33および55位、(e)33および96位、(f)55および96位、ならびに(g)33、55、および96位のアミノ酸。
【0025】
さらに、本明細書において、アミノ酸の改変を示す表現として、特定の位置を示す数字の前後に、それぞれ、改変前後のアミノ酸の一文字表記または三文字表記を示す表現が、適宜用いられてもよい。例えば、抗体可変領域に含有されるアミノ酸を置換する場合に用いられる改変N100bLまたはAsn100bLeuは、(Kabatナンバリングによる)100b位のAsnのLeuによる置換を示す。すなわち、数字は、Kabatナンバリングによるアミノ酸の位置を示し、数字の前に書かれた一文字または三文字のアミノ酸表記は、置換前のアミノ酸を示し、数字の後に書かれた一文字または三文字のアミノ酸表記は、置換後のアミノ酸を示す。同様に、抗体定常領域に含有されるFc領域のアミノ酸を置換する場合に用いられる改変P238DまたはPro238Aspは、(EUナンバリングによる)238位のProのAspによる置換を示す。すなわち、数字は、EUナンバリングによるアミノ酸の位置を示し、数字の前に書かれた一文字または三文字のアミノ酸表記は、置換前のアミノ酸を示し、数字の後に書かれた一文字または三文字のアミノ酸表記は、置換後のアミノ酸を示す。
【0026】
抗原結合分子
本明細書において用いられる用語「抗原結合分子」は、抗原結合ドメインを含む任意の分子、または抗原に対する結合活性を有する任意の分子のことを指し、さらに、約5アミノ酸以上の長さを有するペプチドまたはタンパク質などの分子を指し得る。ペプチドおよびタンパク質は、生物に由来するものに限定されず、例えば、人工的に設計された配列から作製されたポリペプチドであってもよい。それらはまた、天然に存在するポリペプチド、合成ポリペプチド、組換えポリペプチドなどのいずれかであってもよい。
【0027】
本発明の抗原結合分子の好都合な例は、複数の抗原結合ドメインを含む、抗原結合分子である。ある特定の態様において、本発明の抗原結合分子は、異なる抗原結合特異性を有する2つの抗原結合ドメインを含む、抗原結合分子である。ある特定の態様において、本発明の抗原結合分子は、異なる抗原結合特異性を有する2つの抗原結合ドメインと、抗体Fc領域に含有されるFcRn結合ドメインとを含む2つの抗原結合分子を含む、抗原結合分子である。生体に投与されるタンパク質の血中半減期を延ばすための方法として、目的のタンパク質に抗体のFcRn結合ドメインを付加して、FcRn媒介性リサイクリングの機能を利用する方法が、周知である。
【0028】
抗原結合ドメイン
本明細書において用いられる用語「抗原結合ドメイン」は、抗原の全部または一部分に特異的に結合し、かつそれに相補的である領域を含む、抗体部分のことを指す。抗原の分子量が大きい場合、抗体は、抗原の特定の一部分にしか結合できない。その特定の一部分は、「エピトープ」と呼ばれる。抗原結合ドメインは、1つまたは複数の抗体可変ドメインから提供され得る。好ましくは、抗原結合ドメインは、抗体軽鎖可変領域(VL)および抗体重鎖可変領域(VH)の両方を含む、抗体可変領域を含有する。そのような好ましい抗原結合ドメインには、例えば、「一本鎖Fv(scFv)」、「一本鎖抗体」、「Fv」、「一本鎖Fv2(scFv2)」、「Fab」、「F(ab')2」、およびVHH(Variable domain of Heavy chain of Heavy chain [antibody](重鎖[抗体]の重鎖の可変ドメイン))構造が含まれる。
【0029】
本発明の抗原結合分子の抗原結合ドメインは、「HER2 S310FまたはT細胞受容体複合体分子に特異的に結合する」。すなわち、HER2 S310FおよびT細胞受容体複合体分子はそれぞれ、好ましい目的の抗原であり、抗原結合ドメインは、その目的の抗原に対する結合活性を有するが、抗原分子の混合集団を含有するサンプル中の他の分子は、実質的に認識せず、結合しない。本明細書において用いられる場合、句「結合活性を有する」は、抗原結合ドメイン、抗体、抗原結合分子、抗体可変断片など(以下、「抗原結合ドメインなど」)の、非特異的結合またはバックグラウンド結合のレベルよりも高い特異的結合のレベルで、目的の抗原に結合する活性のことを指す。換言すると、そのような抗原結合ドメインなどは、目的の抗原に対する「特異的な/有意な結合活性を有する」。特異性は、本明細書で述べるかまたは当技術分野において公知のような、アフィニティまたは結合活性を検出するための任意の方法によって測定することができる。上述の特異的結合のレベルは、有意であると当業者が認識するほど十分高いであろう。例えば、当業者が、適している結合アッセイにおいて、抗原結合ドメインなどと目的の抗原との間の結合の任意の有意なまたは相対的に強いシグナルまたは値を検出するかまたは観察することができる場合に、抗原結合ドメインなどは、目的の抗原に対する「特異的な/有意な結合活性」を有すると言うことができる。あるいは、「特異的な/有意な結合活性を有する」は、(目的の抗原に)「特異的に/有意に結合する」と言い換えることができる。時には、句「結合活性を有する」は、当技術分野において、句「特異的な/有意な結合活性を有する」と実質的に同じ意味を有する。本明細書において用いられる場合、抗原に「特異的に結合する」抗原結合分子または抗体は、表面プラズモン共鳴アッセイまたは細胞結合アッセイによって測定した場合に、10-7 M以下、好ましくは10-8 M以下、さらにより好ましくは10-9 M以下、および最も好ましくは10-8 M~10-10 M以下のKDを有することを意味する高いアフィニティで、その抗原および実質的に同一の抗原に結合するが、関連のない抗原には高いアフィニティで結合しない、抗原結合分子または抗体のことを指す。
【0030】
いくつかの態様において、目的の抗原(例えば、ヒトHER2 S310F)に対する本発明の抗原結合ドメイン(例えば、抗HER2 S310F/CD3二重特異性抗体)の結合活性またはアフィニティを、例えば、Biacore T200機器(GE Healthcare)またはBiacore 8K機器(GE Healthcare)を用いて、37℃で評価する。抗ヒトFc(例えば、GE Healthcare)を、アミンカップリングキット(例えば、GE Healthcare)を用いて、CM4センサーチップのすべてのフローセル上に固定化する。抗原結合分子または抗原結合ドメインを、抗Fcセンサー表面上に捕捉させ、次いで、抗原(例えば、HER2 S310FまたはCD3)を、フローセルにわたって注入する。分子/ドメインの捕捉レベルは、200レゾナンスユニット(RU)を目指してもよい。組換えヒトHER2 S310Fまたは野生型HER2を、2倍段階希釈によって調製した400~25 nMで注入し、その後解離させてもよい。すべての抗原結合ドメインおよびアナライトは、20 mM ACES、150 mM NaCl、0.05% Tween 20、0.005% NaN3を含有するACES pH 7.4において調製する。センサー表面は、サイクル毎に3M MgCl2で再生させる。結合アフィニティは、例えば、Biacore T200 Evaluation software, version 2.0(GE Healthcare)またはBiacore 8K Evaluation software(GE Healthcare)を用いて、データをプロセシングし、1:1結合モデルにフィッティングすることによって決定する。本発明の抗原結合ドメインの特異的な結合活性またはアフィニティを評価するために、HER2 S310Fおよび野生型HER2についてのKD値を決定し、KD比(すなわち、KDHER2 S310F/KD野生型HER2)を計算する。
【0031】
HER2およびHER2 S310F
本明細書において用いられる「野生型HER2」の文脈における用語「HER2」(プロトオンコジーンNeu、ErbB-2、チロシンキナーゼ型細胞表面受容体HER2、CD340としても知られる)は、RefSeqアクセッション番号NP_001005862.1(受容体チロシンタンパク質キナーゼerbB-2アイソフォームb;配列番号:162)、NP_001276865.1(受容体チロシンタンパク質キナーゼerbB-2アイソフォームc;配列番号:163)、NP_001276866.1(受容体チロシンタンパク質キナーゼerbB-2アイソフォームd;配列番号:164)、NP_001276867.1(受容体チロシンタンパク質キナーゼerbB-2アイソフォームe;配列番号:165)、NP_004439.2(受容体チロシンタンパク質キナーゼerbB-2アイソフォームa;配列番号:166)において開示されるものを含む、ヒト由来の任意の天然型HER2アイソフォームのことを指す。HER2 S310Fタンパク質は、リガンド非依存性の様式で二量体化して、下流のシグナル伝達経路へシグナルを伝えることができる。いくつかの態様において、本発明は、抗原結合分子、またはヒトHER2 S310F変異体のリガンド非依存性の二量体化を阻止する抗原結合分子を提供する。
本明細書において、用語「HER2 S310F」は、NP_004439.2(受容体チロシンタンパク質キナーゼerbB-2アイソフォームa;配列番号:166)の第310位に対応するアミノ酸残基の位置にセリンからフェニルアラニンへの変異を有する、任意のHER2変異体のことを指す。
【0032】
アフィニティ/結合活性
「アフィニティ」または「結合活性」とは、分子(例えば、抗原結合分子または抗体)の単一の結合部位とその結合パートナー(例えば、抗原)との間の、非共有結合性相互作用の合計の強度のことを指す。別段示さない限り、本明細書において用いられる場合、「結合アフィニティ/活性」とは、結合対のメンバー(例えば、抗原結合分子と抗原、または抗体と抗原)の間の1:1相互作用を反映する、固有の結合アフィニティのことを指す。分子XのそのパートナーYに対するアフィニティは、概して、解離定数 (KD) によって表すことができる。アフィニティは、本明細書に記載される方法を含む、当技術分野において公知の一般的な方法によって測定することができる。結合アフィニティを測定するための具体的な例証的かつ例示的な態様を、以下で説明する。
本明細書において、「結合活性がない」(または「特異的結合活性がない」)とは、非特異的結合またはバックグラウンド結合を含むが、特異的結合を含まない結合のレベルで、目的ではない抗原に結合する、抗体の活性のことを指す。換言すると、そのような抗体は、目的ではない抗原に「結合しない」(または「特異的に結合しない」)。特異性は、目的の抗原と目的ではない抗原との間のKD比を決定することによって、本明細書で述べるかまたは当技術分野において公知の任意のアッセイ法により測定することができる。上述の非特異的結合またはバックグラウンド結合のレベルは、ゼロであってもよく、またはゼロではないがゼロ近くでもよく、または当業者が技術的に無視するのに十分なほど非常に低くてもよい。例えば、当業者が、適している結合アッセイにおいて、抗体と目的ではない抗原との間の結合についていかなる有意な(または相対的に強い)シグナルをも検出も観察もすることができない場合に、抗体は、「(特異的)結合活性を有さない」または目的ではない抗原に「(特異的に)結合しない」と言うことができる。一方、「より弱い結合活性」とは、ある特定の参照(または対照)抗体の抗原に対する結合のレベルよりも低いレベルで、目的の抗原に結合する抗体の活性のことを指す。「弱さ」の程度は、例えば、目的の抗体と参照/対照抗体との間のKD値または比における差を決定することによって、本明細書で述べるかまたは当技術分野において公知の任意のアッセイ法により測定されてもよい。
【0033】
アフィニティを決定する方法
ある特定の態様において、本明細書で提供される抗原結合分子または抗体の抗原結合ドメインは、その抗原に対して1μM以下、120 nM以下、100 nM以下、80 nM以下、70 nM以下、50 nM以下、40 nM以下、30 nM以下、20 nM以下、10 nM以下、2 nM以下、1 nM以下、0.1 nM以下、0.01 nM以下、または0.001 nM以下(例えば、10-8 M以下、10-8 M~10-13 M、10-9 M~10-13 M)の解離定数(KD)を有する。ある特定の態様において、抗体/抗原結合分子の第1の抗原結合ドメインのHER2 S130Fに対するKD値は、1~40、1~50、1~70、1~80、30~50、30~70、30~80、40~70、40~80、または60~80 nMの範囲内に入る。
【0034】
一態様において、KDは、放射性標識抗原結合測定法(radiolabeled antigen binding assay: RIA)によって測定される。一態様において、RIAは、目的の抗体のFabバージョンおよびその抗原を用いて実施される。例えば、抗原に対するFabの溶液中結合アフィニティは、非標識抗原の漸増量系列の存在下で最小濃度の(125I)標識抗原によりFabを平衡化させ、次いで、結合した抗原を抗Fab抗体でコーティングされたプレートにより捕捉することによって測定される(例えば、Chen et al., J. Mol. Biol. 293:865-881(1999) を参照のこと)。測定条件を確立するために、MICROTITER(登録商標)マルチウェルプレート(Thermo Scientific)を、50 mM炭酸ナトリウム(pH9.6)中5μg/mlの捕捉用抗Fab抗体(Cappel Labs)で一晩コーティングし、その後に室温(およそ23℃)で2~5時間、PBS中2%(w/v)ウシ血清アルブミンでブロックする。非吸着プレート(Nunc #269620)において、100 pMまたは26 pMの [125I]-抗原を、(例えば、Presta et al., Cancer Res. 57:4593-4599 (1997)における抗VEGF抗体、Fab-12の評価と同じように)目的のFabの段階希釈物と混合する。次いで、目的のFabを一晩インキュベートするが、このインキュベーションは、平衡が確実に達成されるよう、より長時間(例えば、約65時間)継続され得る。その後、混合物を、室温でのインキュベーション(例えば、1時間)のために捕捉プレートに移す。次いで、溶液を除去し、プレートを、PBS中0.1%のポリソルベート20(TWEEN-20(登録商標))で8回洗浄する。プレートが乾燥したら、150μl/ウェルのシンチラント(MICROSCINT-20(商標);Packard)を添加し、TOPCOUNT(商標)ガンマカウンター(Packard)においてプレートを10分間カウントする。最大結合の20%以下を与える各Fabの濃度を、競合結合アッセイにおいて使用するために選択する。
【0035】
別の態様によれば、KDは、BIACORE(登録商標)表面プラズモン共鳴アッセイを用いて測定される。例えば、BIACORE(登録商標)-2000またはBIACORE(登録商標)-3000(BIAcore, Inc., Piscataway, NJ)を用いる測定法が、およそ10反応単位(response unit:RU)の抗原が固定化されたCM5チップを用いて25℃で実施される。一態様において、カルボキシメチル化デキストランバイオセンサーチップ(CM5、BIACORE, Inc.)は、供給元の指示に従い、N-エチル-N'-(3-ジメチルアミノプロピル)-カルボジイミドヒドロクロリド(EDC)およびN-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)を用いて活性化される。抗原は、およそ10反応単位 (RU) のタンパク質の結合を達成するよう、5μl/分の流速で注入される前に、10 mM酢酸ナトリウム、pH 4.8を用いて5μg/ml(およそ0.2μM)に希釈される。抗原の注入後、未反応基をブロックするために1 Mエタノールアミンが注入される。キネティクスの測定のために、25℃、およそ25μl/分の流速で、0.05%ポリソルベート20(TWEEN-20(商標))界面活性剤含有PBS (PBST) 中のFabの2倍段階希釈物(0.78 nM~500 nM)が注入される。結合速度 (kon) および解離速度 (koff) は、単純な1対1ラングミュア結合モデル(BIACORE(登録商標)評価ソフトウェアバージョン3.2)を用いて、結合および解離のセンサーグラムを同時にフィッティングすることによって計算される。平衡解離定数 (KD) は、koff/kon比として計算される。例えば、Chen et al., J. Mol. Biol. 293:865-881 (1999) を参照のこと。上記の表面プラズモン共鳴アッセイによってオン速度が106 M-1s-1を超える場合には、オン速度は、分光計(例えば、ストップフロー式分光光度計(Aviv Instruments)または撹拌キュベットを用いる8000シリーズのSLM-AMINCO(商標)分光光度計(ThermoSpectronic))において測定される、漸増濃度の抗原の存在下でのPBS、pH 7.2中20 nMの抗抗原抗体(Fab形態)の25℃での蛍光発光強度(励起=295 nm;発光=340 nm、バンドパス16 nm)の増加または減少を測定する蛍光消光技術を用いることによって決定され得る。
【0036】
抗体の抗原結合ドメインのアフィニティを測定するための方法は上記で説明されており、当業者は、他の抗原結合ドメインについてアフィニティ測定を実施することができる。
【0037】
抗体
本明細書における用語「抗体」は、最も広い意味で用いられ、所望の抗原結合活性を示す限りは、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、多重特異性抗体(例えば、二重特異性抗体)、および抗体断片を含むがこれらに限定されない、種々の抗体構造を包含する。
【0038】
抗体のクラス
抗体の「クラス」とは、その重鎖に備わる定常ドメインまたは定常領域のタイプのことを指す。抗体には5つの主要なクラス:IgA、IgD、IgE、IgG、およびIgMがあり、これらのうちのいくつかは、サブクラス(アイソタイプ)、例えば、IgG1、IgG2、IgG3、IgG4、IgA1、およびIgA2にさらに分けられ得る。異なるクラスの免疫グロブリンに対応する重鎖定常ドメインを、それぞれ、α、δ、ε、γ、およびμと呼ぶ。
【0039】
フレームワーク
「フレームワーク」または「FR」とは、超可変領域(HVR)残基以外の可変ドメイン残基のことを指す。可変ドメインのFRは、概して、4つのFRドメイン:FR1、FR2、FR3、およびFR4からなる。それに応じて、HVRおよびFRの配列は、概して、VH(またはVL)において以下の配列で現れる:FR1-H1(L1)-FR2-H2(L2)-FR3-H3(L3)-FR4。
【0040】
ヒトコンセンサスフレームワーク
「ヒトコンセンサスフレームワーク」は、ヒト免疫グロブリンVLまたはVHフレームワーク配列の選択において最も一般的に生じるアミノ酸残基を表すフレームワークである。概して、ヒト免疫グロブリンVLまたはVH配列は、可変ドメイン配列のサブグループから選択される。概して、配列のサブグループは、Kabat et al., Sequences of Proteins of Immunological Interest, Fifth Edition, NIH Publication 91-3242, Bethesda MD (1991), vols. 1-3におけるサブグループである。一態様において、VLについて、サブグループは上記のKabat et al.におけるサブグループκIである。一態様において、VHについて、サブグループは上記のKabat et al.におけるサブグループIIIである。
【0041】
HVR
本明細書において用いられる用語「超可変領域」または「HVR」は、配列において超可変であり(「相補性決定領域」または「CDR」)、かつ/または構造的に定義されるループ(「超可変ループ」)を形成し、かつ/または抗原に接触する残基(「抗原接触部」)を含有する、抗体可変ドメインの領域の各々のことを指す。概して、抗体は、6つのHVRを含む:VHにおける3つ(H1、H2、H3)、およびVLにおける3つ(L1、L2、L3)。本明細書における例示的なHVRは、以下を含む:
(a)アミノ酸残基26~32(L1)、50~52(L2)、91~96(L3)、26~32(H1)、53~55(H2)、および96~101(H3)に存在する超可変ループ(Chothia and Lesk, J. Mol. Biol. 196:901-917 (1987));
(b)アミノ酸残基24~34(L1)、50~56(L2)、89~97(L3)、31~35b(H1)、50~65(H2)、および95~102(H3)に存在するCDR(Kabat et al., Sequences of Proteins of Immunological Interest, 5th Ed. Public Health Service, National Institutes of Health, Bethesda, MD (1991));
(c)アミノ酸残基27c~36(L1)、46~55(L2)、89~96(L3)、30~35b(H1)、47~58(H2)、および93~101(H3)に存在する抗原接触部(MacCallum et al. J. Mol. Biol. 262: 732-745 (1996));ならびに
(d)HVRアミノ酸残基46~56(L2)、47~56(L2)、48~56(L2)、49~56(L2)、26~35(H1)、26~35b(H1)、49~65(H2)、93~102(H3)、および94~102(H3)を含む、(a)、(b)、および/または(c)の組み合わせ。
別段示さない限り、HVR残基および可変ドメイン中の他の残基(例えば、FR残基)は、上記のKabat et al.に従って、本明細書においてナンバリングされる。
HVR-H1、HVR-H2、HVR-H3、HVR-L1、HVR-L2、およびHVR-L3はまた、それぞれ、「HCDR1」、「HCDR2」、「HCDR3」、「LCDR1」、「LCDR2」、および「LCDR3」とも述べられる。
【0042】
可変領域
用語「可変領域」または「可変ドメイン」は、抗体を抗原に結合させることに関与する、抗体の重鎖または軽鎖のドメインのことを指す。天然型抗体の重鎖および軽鎖の可変ドメイン(それぞれ、VHおよびVL)は、概して、各ドメインが4つの保存されたフレームワーク領域(FR)および3つの超可変領域(HVR)を含む、類似の構造を有する。(例えば、Kindt et al. Kuby Immunology, 6th ed., W.H. Freeman and Co., page 91 (2007)を参照のこと。)単一のVHまたはVLドメインが、抗原結合特異性を与えるのに十分であり得る。さらに、特定の抗原に結合する抗体は、該抗原に結合する抗体由来のVHまたはVLドメインを用いて、それぞれ相補的なVLまたはVHドメインのライブラリーをスクリーニングして、単離されてもよい。例えば、Portolano et al., J. Immunol. 150:880-887 (1993);Clarkson et al., Nature 352:624-628 (1991)を参照のこと。
【0043】
同一性(配列同一性)
参照ポリペプチド配列に対する「パーセント(%)アミノ酸配列同一性」は、最大のパーセント配列同一性を達成するように配列を整列させ、かつ必要ならばギャップを導入した後の、かつ、いかなる保存的置換も配列同一性の一部と考えないとしたときの、参照ポリペプチド配列中のアミノ酸残基と同一である、候補配列中のアミノ酸残基の百分率として定義される。パーセントアミノ酸配列同一性を決定する目的のアラインメントは、当技術分野における技術の範囲内にある種々の方法において、例えば、BLAST、BLAST-2、ALIGN、Megalign(DNASTAR)ソフトウェア、またはGENETYX(登録商標)(Genetyx Co., Ltd.)などの、公に入手可能なコンピュータソフトウェアを用いて、達成することができる。当業者は、比較される配列の全長にわたって最大のアラインメントを達成するために必要な任意のアルゴリズムを含む、配列を整列させるための適切なパラメータを決定することができる。
【0044】
ALIGN-2配列比較コンピュータプログラムは、Genentech, Inc.の著作であり、そのソースコードは、米国著作権庁(U.S. Copyright Office, Washington D.C., 20559)に使用者用書類とともに提出され、米国著作権登録番号TXU510087として登録されている。ALIGN-2プログラムは、Genentech, Inc., South San Francisco, Californiaから公に入手可能であり、またはソースコードからコンパイルしてもよい。ALIGN-2プログラムは、digital UNIX V4.0Dを含むUNIXオペレーティングシステム上での使用のためにコンパイルされるべきである。すべての配列比較パラメータは、ALIGN-2プログラムによって設定され、変動しない。ALIGN-2がアミノ酸配列比較のために使用される状況では、所与のアミノ酸配列Aの、所与のアミノ酸配列Bへの、それとの、またはそれに対する%アミノ酸配列同一性(あるいは、所与のアミノ酸配列Bへの、それとの、またはそれに対するある特定の%アミノ酸配列同一性を有するかまたは含む、所与のアミノ酸配列A、と句で表すことができる)は、以下のように計算される:分率X/Yの100倍。ここで、Xは、配列アラインメントプログラムALIGN-2によって、そのプログラムのAおよびBのアラインメントにおいて同一である一致としてスコアされたアミノ酸残基の数であり、Yは、B中のアミノ酸残基の総数である。アミノ酸配列Aの長さがアミノ酸配列Bの長さと等しくない場合、AのBに対する%アミノ酸配列同一性は、BのAに対する%アミノ酸配列同一性と等しくないことが、理解されるであろう。別段特に明示しない限り、本明細書において用いられるすべての%アミノ酸配列同一性の値は、直前の段落に記載されるように、ALIGN-2コンピュータプログラムを用いて得られるものである。
【0045】
キメラ抗体
用語「キメラ」抗体は、重鎖および/または軽鎖の一部分が特定の供給源または種に由来する一方で、重鎖および/または軽鎖の残りの部分が異なる供給源または種に由来する、抗体のことを指す。同様に、用語「キメラ抗体可変ドメイン」は、重鎖および/または軽鎖可変領域の一部分が特定の供給源または種に由来する一方で、重鎖および/または軽鎖可変領域の残りの部分が異なる供給源または種に由来する、抗体可変領域のことを指す。
【0046】
ヒト化抗体
「ヒト化」抗体とは、非ヒトHVR由来のアミノ酸残基およびヒトFR由来のアミノ酸残基を含む、キメラ抗体のことを指す。ある特定の態様において、ヒト化抗体は、少なくとも1つの、典型的には2つの可変ドメインの実質的にすべてを含み、ここでHVR(例えば、CDR)のすべてまたは実質的にすべてが非ヒト抗体のものに対応し、かつFRのすべてまたは実質的にすべてがヒト抗体のものに対応する。ヒト化抗体は、任意で、ヒト抗体に由来する抗体定常領域の少なくとも一部分を含んでもよい。抗体、例えば、非ヒト抗体の「ヒト化形態」とは、ヒト化を経た抗体のことを指す。「ヒト化抗体可変領域」とは、ヒト化抗体の可変領域のことを指す。
【0047】
ヒト抗体
「ヒト抗体」とは、ヒトもしくはヒト細胞によって産生された抗体またはヒト抗体レパートリーもしくは他のヒト抗体コード配列を利用する非ヒト供給源に由来する抗体のアミノ酸配列に対応する、アミノ酸配列を備える抗体である。このヒト抗体の定義は、非ヒト抗原結合残基を含むヒト化抗体を明確に除外するものである。「ヒト抗体可変領域」とは、ヒト抗体の可変領域のことを指す。
【0048】
T細胞動員抗体
「T細胞動員(TR)抗体」は、エフェクター細胞としてT細胞を動員することによる細胞傷害活性を有する。TR抗体の例には、(i)CD3、特にヒトCD3ε鎖などの、T細胞上のT細胞受容体複合体を形成するサブユニットのいずれか1つ(すなわち、「T細胞受容体複合体分子」)と、(ii)がん細胞上の抗原とを認識して結合する二重特異性抗体が含まれる。TR抗体は、T細胞受容体複合体分子(例えば、CD3またはヒトCD3ε鎖)とがん抗原の両方に結合することによって、T細胞を動員し、がん細胞の死滅を促進する。本明細書の文脈において、好ましくは、抗原は、ヒトHER2 S310F変異体である。
【0049】
所望の結合活性を有する抗体を作製するための方法
所望の結合活性を有する抗体を作製するための方法は、当業者に公知である。以下は、HER2 S310Fに結合する抗体(抗HER2 S310F抗体)を作製するための方法を説明する例である。T細胞受容体複合体などに結合する抗体もまた、下記の例に従って作製することができる。
【0050】
抗HER2 S310F抗体は、公知の方法を用いて、ポリクローナル抗体またはモノクローナル抗体として取得することができる。好ましく作製される抗HER2 S310F抗体は、哺乳動物に由来するモノクローナル抗体である。そのような哺乳動物由来モノクローナル抗体には、ハイブリドーマによって、または遺伝子工学手法によって抗体遺伝子を保有する発現ベクターで形質転換された宿主細胞によって産生される抗体が含まれる。
【0051】
モノクローナル抗体産生ハイブリドーマは、例えば、下記のような公知の手法を用いて作製することができる。具体的には、HER2 S310Fタンパク質を感作抗原として用いる従来の免疫法によって、哺乳動物を免疫する。結果として生じた免疫細胞を、従来の細胞融合法によって公知の親細胞と融合させる。次いで、従来のスクリーニング法を用いてモノクローナル抗体産生細胞をスクリーニングすることによって、抗HER2 S310F抗体を産生するハイブリドーマを選択することができる。
【0052】
具体的には、モノクローナル抗体を、後述のように調製する。最初に、HER2 S310Fを含むポリペプチドを、合成するかまたは発現させることができ、それを、抗体調製のための感作抗原または免疫原として用いる。あるいは、HER2 S310Fの完全長または好ましくは細胞外ドメイン(ECD)をコードするヌクレオチドを発現させて、HER2 S310F含有タンパク質を作製することができる。すなわち、完全長HER2 S310FまたはHER2 S310F ECDをコードする遺伝子配列を、公知の発現ベクター中に挿入し、適切な宿主細胞をこのベクターで形質転換する。所望のヒト完全長HER2 S310FまたはHER2 S310F ECDタンパク質を、公知の方法によって宿主細胞またはその培養上清から精製する。
【0053】
精製された完全長HER2 S310FまたはHER2 S310F ECDタンパク質を、哺乳動物の免疫における使用のための感作抗原または免疫原として用いることができる。完全長HER2 S310FまたはHER2 S310F ECDの部分ペプチドもまた、感作抗原として用いることができる。この場合に、部分ペプチドはまた、S310F置換を有するヒトHER2アミノ酸配列から化学合成によって取得してもよい。さらに、それらはまた、S310F変異を有するHER2遺伝子の一部分を発現ベクター中に組み込むこと、およびそれを発現させることによって取得してもよい。
【0054】
感作抗原については、あるいは、完全長HER2 S310FまたはHER2 S310F ECDタンパク質の所望の部分ポリペプチドまたはペプチドを異なるポリペプチドと融合させることによって調製される、融合タンパク質を用いることが可能である。例えば、抗体Fc断片およびペプチドタグが、感作抗原として用いられる融合タンパク質を作製するために、好ましく用いられる。そのような融合タンパク質の発現のためのベクターは、2つ以上の所望のポリペプチド断片をコードする遺伝子をインフレームで融合させることによって、および上記のように融合遺伝子を発現ベクター中に挿入することによって、構築することができる。融合タンパク質を作製するための方法は、Molecular Cloning 2nd ed. (Sambrook, J et al., Molecular Cloning 2nd ed., 9.47-9.58 (1989) Cold Spring Harbor Lab. Press)に記載されている。感作抗原として用いられるHER2 S310Fを調製するための方法、およびHER2 S310Fを用いる免疫法はまた、後で本明細書の実施例においても説明する。
【0055】
一態様において、そのC末端にウサギFcタグを有するヒトHER2 S310Fのアミノ酸23~646(すなわち、細胞外ドメインまたはECD)を含む合成ポリペプチド(下記に示す配列番号:1)を、Expi293細胞株(Thermo Fisher)を用いて一過性に発現させ、精製して、免疫に用いた。
【0056】
上記に示すように、配列番号:1は、シグナル配列(斜体、最初の19アミノ酸残基)を含み、そのC末端にリンカー(太字)およびそれに続くウサギFcタグ(下線)を有する、ヒトHER2 S310F ECD(HER2の310位に対応するFアミノ酸残基が、太字で下線が引いてある)の23~646のアミノ酸配列を含む。シグナル配列は、成熟ポリペプチド鎖の一部ではない。
【0057】
感作抗原で免疫される哺乳動物に対しては、特に限定はない。しかし、細胞融合に用いられる親細胞との適合性を考慮することによって、哺乳動物を選択することが好ましい。概して、マウス、ラット、およびハムスターなどのげっ歯類、ウサギ、ならびにサルが、好ましく用いられる。
【0058】
上記の動物を、公知の方法によって感作抗原で免疫する。通常行われる免疫法には、例えば、哺乳動物中への感作抗原の腹腔内注射または皮下注射が含まれる。具体的には、感作抗原を、PBS(リン酸緩衝食塩水)、生理食塩水などで適宜希釈する。望ましい場合、フロイント完全アジュバントなどの従来のアジュバントを抗原と混合して、混合物を乳化する。次いで、感作抗原を、4~21日間隔で数回、哺乳動物に投与する。適切な担体が、感作抗原とともに免疫において用いられてもよい。特に、低分子量部分ペプチドが感作抗原として用いられる場合、免疫のために、感作抗原ペプチドを、アルブミンまたはキーホールリンペットヘモシアニンなどの担体タンパク質にカップリングさせることが望ましい場合もある。
【0059】
あるいは、所望の抗体を産生するハイブリドーマを、後述のようなDNA免疫を用いて調製することができる。DNA免疫とは、動物において抗原タンパク質コード遺伝子の発現を可能にするように構築されたベクターDNAの投与の結果として、免疫される動物において感作抗原を発現させることによって、免疫刺激を与える免疫法である。免疫される動物にタンパク質抗原が投与される従来の免疫法と比較した場合、DNA免疫は、以下の点で優れていることが期待される:
‐ 免疫刺激を、HER2 S310Fなどの膜タンパク質の構造を維持しながら提供することができる点;および
‐ 免疫のために抗原を精製する必要がない点。
【0060】
DNA免疫を用いて本発明のモノクローナル抗体を調製するためには、最初に、HER2 S310Fタンパク質を発現するDNAを、免疫される動物に投与する。HER2 S310FコードDNAは、PCRなどの公知の方法によって合成することができる。得られたDNAを、適切な発現ベクター中に挿入し、次いで、これを免疫される動物に投与する。好ましく用いられる発現ベクターには、例えば、pcDNA3.1などの市販されている発現ベクターが含まれる。ベクターは、従来の方法を用いて生物に投与することができる。例えば、発現ベクターでコーティングされた金粒子を、免疫される動物の身体の細胞中に導入するための遺伝子銃を用いることによって、DNA免疫が行われる。HER2 S310Fを認識する抗体はまた、WO 2003/104453に記載されている方法によって作製することもできる。
【0061】
上記のように哺乳動物を免疫した後、HER2 S310F結合抗体の力価の増加を、血清において確認する。次いで、免疫細胞を哺乳動物から収集し、次いで細胞融合に供する。特に、脾細胞が、免疫細胞として好ましく用いられる。
【0062】
哺乳動物ミエローマ細胞が、上述の免疫細胞と融合させる細胞として用いられる。ミエローマ細胞は、好ましくは、スクリーニングに適している選択マーカーを含む。選択マーカーは、特定の培養条件下で、細胞にその生存(または死)についての特徴を与える。ヒポキサンチン-グアニンホスホリボシルトランスフェラーゼ欠損(以下、HGPRT欠損と省略される)およびチミジンキナーゼ欠損(以下、TK欠損と省略される)が、選択マーカーとして公知である。HGPRT欠損またはTK欠損を有する細胞は、ヒポキサンチン-アミノプテリン-チミジン感受性(以下、HAT感受性と省略される)を有する。HAT感受性細胞は、HAT選択培地においてDNAを合成することができず、したがって死滅する。しかし、細胞が正常細胞と融合すると、正常細胞のサルベージ経路を用いてDNA合成を続けることができ、したがって、HAT選択培地においても増殖することができる。
【0063】
HGPRT欠損細胞およびTK欠損細胞は、それぞれ、6-チオグアニン、8-アザグアニン(以下、8AGと省略される)、または5'-ブロモデオキシウリジンを含有する培地において選択することができる。正常細胞は、これらのピリミジンアナログをそのDNA中に組み込むため、死滅する。一方、これらの酵素が欠損している細胞は、これらのピリミジンアナログを組み込むことができないため、選択培地において生存することができる。加えて、ネオマイシン耐性遺伝子によって提供されるG418耐性と称される選択マーカーは、2-デオキシストレプタミン抗生物質(ゲンタマイシンアナログ)に対する耐性を与える。細胞融合に適している種々のタイプのミエローマ細胞が、公知である。
【0064】
例えば、以下の細胞を含むミエローマ細胞を、好ましく用いることができる:
P3(P3x63Ag8.653)(J. Immunol. (1979) 123 (4), 1548-1550);
P3x63Ag8U.1(Current Topics in Microbiology and Immunology (1978)81, 1-7);
NS-1(C. Eur. J. Immunol. (1976)6 (7), 511-519);
MPC-11(Cell (1976) 8 (3), 405-415);
SP2/0(Nature (1978) 276 (5685), 269-270);
FO(J. Immunol. Methods (1980) 35 (1-2), 1-21);
S194/5.XX0.BU.1(J. Exp. Med. (1978) 148 (1), 313-323);
R210(Nature (1979) 277 (5692), 131-133)など。
【0065】
免疫細胞とミエローマ細胞との間の細胞融合は、本質的に、公知の方法、例えば、Kohler and Milstein et al. (Methods Enzymol. (1981) 73: 3-46)による方法を用いて実施される。
より具体的には、細胞融合は、例えば、従来の培養培地において細胞融合促進剤の存在下で、実施することができる。融合促進剤には、例えば、ポリエチレングリコール(PEG)およびセンダイウイルス(HVJ)が含まれる。必要とされる場合、ジメチルスルホキシドなどの補助物質もまた、融合効率を改善するために添加される。
【0066】
免疫細胞対ミエローマ細胞の比は、各自の裁量で決定されてもよく、好ましくは、例えば、1~10個の免疫細胞につき1個のミエローマ細胞である。細胞融合に用いられる培養培地には、例えば、RPMI1640培地およびMEM培地などの、ミエローマ細胞株の増殖に適している培地、およびこのタイプの細胞培養に用いられる他の従来の培養培地が含まれる。加えて、胎仔ウシ血清(FCS)などの血清補充を、培養培地に添加することが好ましい場合もある。
【0067】
細胞融合のために、あらかじめ決定された量の上記の免疫細胞およびミエローマ細胞を、上記の培養培地においてよく混合する。次いで、約37℃に予熱されたPEG溶液(例えば、平均分子量は約1,000~6,000である)を、概して30%~60%(w/v)の濃度でそれに添加する。これを、穏やかに混合して、所望の融合細胞(ハイブリドーマ)を作製する。次いで、上述の適切な培養培地を、細胞に徐々に添加し、これを繰り返し遠心分離して、上清を除去する。このように、ハイブリドーマの増殖に不都合である細胞融合剤などを、除去することができる。
【0068】
このように得られたハイブリドーマを、従来の選択培地、例えば、HAT培地(ヒポキサンチン、アミノプテリン、およびチミジンを含有する培養培地)を用いる培養によって選択することができる。所望のハイブリドーマ以外の細胞(非融合細胞)は、上記のHAT培地において十分な期間、培養を続けることによって、死滅させることができる。典型的には、その期間は、数日~数週間である。次いで、所望の抗体を産生するハイブリドーマを、スクリーニングし、従来の限界希釈法によって単一クローニングする。
【0069】
このように得られたハイブリドーマを、細胞融合に用いられたミエローマに備わる選択マーカーに基づいて、選択培地を用いて選択することができる。例えば、HGPRT欠損細胞またはTK欠損細胞は、HAT培地(ヒポキサンチン、アミノプテリン、およびチミジンを含有する培養培地)を用いる培養によって選択することができる。具体的には、HAT感受性ミエローマ細胞を細胞融合に用いる場合、正常細胞との融合に成功した細胞は、HAT培地において選択的に増殖することができる。所望のハイブリドーマ以外の細胞(非融合細胞)は、上記のHAT培地において十分な期間、培養を続けることによって、死滅させることができる。具体的には、概して数日~数週間の培養によって、所望のハイブリドーマを選択することができる。次いで、所望の抗体を産生するハイブリドーマを、スクリーニングし、従来の限界希釈法によって単一クローニングする。
【0070】
所望の抗体を、公知の抗原/抗体反応に基づくスクリーニング法によって、好ましく選択し、単一クローニングすることができる。例えば、HER2 S310F結合モノクローナル抗体は、細胞表面上で発現しているHER2 S310Fに結合することができる。そのようなモノクローナル抗体は、蛍光活性化細胞選別(FACS)によってスクリーニングすることができる。FACSは、蛍光抗体と接触した細胞を、レーザービームを用いて解析すること、および個々の細胞から発せれた蛍光を測定することによって、細胞表面に対する抗体の結合を評価するシステムである。
【0071】
本発明のモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマをFACSによってスクリーニングするために、HER2 S310F発現細胞を、最初に調製する。スクリーニングに好ましく用いられる細胞は、HER2 S310Fを強制的に発現させている哺乳動物細胞である。対照として、宿主細胞としての非形質転換哺乳動物細胞を用いて、細胞表面HER2 S310Fに結合する抗体の活性を、選択的に検出することができる。具体的には、抗HER2 S310Fモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを、HER2 S310Fを発現するように強いられた細胞に結合するが、宿主細胞には結合しない抗体を産生するハイブリドーマを選択することによって、単離することができる。
【0072】
あるいは、固定化されたHER2 S310F発現細胞に結合する抗体の活性は、ELISAの原理に基づいて評価することができる。例えば、HER2 S310F発現細胞を、ELISAプレートのウェルに固定化する。ハイブリドーマの培養上清を、ウェル中の固定化された細胞と接触させ、固定化された細胞に結合する抗体を検出する。モノクローナル抗体がマウスに由来する場合は、細胞に結合した抗体を、抗マウス免疫グロブリン抗体を用いて検出することができる。抗原結合能を有する所望の抗体を産生するハイブリドーマを、上記のスクリーニングによって選択し、それらを、限界希釈法などによってクローニングすることができる。
【0073】
このように調製されたモノクローナル抗体産生ハイブリドーマは、従来の培養培地において継代し、かつ液体窒素において長期間保存することができる。
【0074】
上記のハイブリドーマを、従来の方法によって培養して、所望のモノクローナル抗体を、培養上清から調製することができる。あるいは、ハイブリドーマを、適合した哺乳動物に投与して増殖させ、腹水からモノクローナル抗体を調製する。前者の方法は、抗体を高純度で調製するのに適している。
【0075】
上記のハイブリドーマなどの抗体産生細胞からクローニングされた抗体遺伝子によってコードされる抗体もまた、好ましく用いることができる。クローニングされた抗体遺伝子を、適切なベクター中に挿入し、これを、宿主中に導入して、遺伝子によってコードされる抗体を発現させる。抗体遺伝子を単離し、遺伝子をベクター中に挿入し、かつ宿主細胞を形質転換する方法は、例えば、Vandamme et al. (Eur. J. Biochem. (1990) 192(3), 767-775)によって、既に確立されている。組換え抗体を作製するための方法もまた、下記のように公知である。
【0076】
好ましくは、本発明は、本発明の抗原結合分子または多重特異性抗原結合分子をコードする核酸を提供する。本発明はまた、抗原結合分子または多重特異性抗原結合分子をコードする核酸が導入されているベクター、すなわち、核酸を含むベクターも提供する。さらに、本発明は、核酸またはベクターを含む細胞を提供する。本発明はまた、細胞を培養することによって、抗原結合分子または多重特異性抗原結合分子を作製するための方法も提供する。好ましくは、本発明は、抗原結合分子または多重特異性抗原結合分子を調製する方法を提供し、該方法は、該抗原結合分子または多重特異性抗原結合分子をコードする核酸を細胞において発現させる工程を含む。本発明は、さらに、該方法によって作製される抗原結合分子または多重特異性抗原結合分子を提供する。
【0077】
例えば、抗HER2 S310F抗体の可変領域(V領域)をコードするcDNAは、抗HER2 S310F抗体を発現するハイブリドーマ細胞から調製する。この目的で、全RNAを、最初に、ハイブリドーマから抽出する。mRNAを細胞から抽出するために用いられる方法には、例えば、以下が含まれる:
‐ グアニジン超遠心分離法(Biochemistry (1979) 18(24), 5294-5299)、および
‐ AGPC法(Anal. Biochem. (1987) 162(1), 156-159)。
【0078】
抽出されたmRNAを、mRNA Purification Kit(GE Healthcare Bioscience)などを用いて精製することができる。あるいは、QuickPrep mRNA Purification Kit(GE Healthcare Bioscience)などの、全mRNAを直接細胞から抽出するためのキットもまた、市販されている。mRNAは、そのようなキットを用いて、ハイブリドーマから調製することができる。抗体V領域をコードするcDNAは、調製されたmRNAから逆転写酵素を用いて合成することができる。cDNAは、AMV Reverse Transcriptase First-strand cDNA Synthesis Kit(Seikagaku Co.)などを用いて合成することができる。さらに、SMART RACE cDNA amplification kit(Clontech)およびPCRベースの5'-RACE法(Proc. Natl. Acad. Sci. USA (1988) 85(23), 8998-9002;Nucleic Acids Res. (1989) 17(8), 2919-2932)を、cDNAを合成して増幅するために、適宜用いることができる。そのようなcDNA合成プロセスにおいて、下記の適切な制限酵素部位を、cDNAの両端に導入してもよい。
【0079】
目的のcDNA断片を、結果として生じたPCR産物から精製し、次いで、これをベクターDNAにライゲーションする。組換えベクターをこのように構築して、大腸菌(E. coli)などの中へ導入する。コロニー選択後に、所望の組換えベクターを、コロニー形成大腸菌から調製することができる。次いで、組換えベクターが目的のcDNAヌクレオチド配列を有するかどうかを、ジデオキシヌクレオチドチェーンターミネーション法などの公知の方法によって試験する。
【0080】
可変領域遺伝子を増幅するためにプライマーを用いる5'-RACE法は、可変領域をコードする遺伝子を単離するために、便利に用いられる。最初に、ハイブリドーマ細胞から抽出されたRNAを鋳型として用いるcDNA合成によって、5'-RACE cDNAライブラリーを構築する。SMART RACE cDNA amplification kitなどの市販されているキットを、5'-RACE cDNAライブラリーを合成するために適宜用いる。
【0081】
調製された5'-RACE cDNAライブラリーを鋳型として用いるPCRによって、抗体遺伝子を増幅する。マウス抗体遺伝子を増幅するためのプライマーは、公知の抗体遺伝子配列に基づいて設計することができる。プライマーのヌクレオチド配列は、免疫グロブリンサブクラスに応じて変動する。したがって、Iso Stripマウスモノクローナル抗体アイソタイピングキット(Roche Diagnostics)などの市販されているキットを用いて、あらかじめ、サブクラスを決定することが好ましい。
【0082】
具体的には、例えば、γ1、γ2a、γ2b、およびγ3重鎖、ならびにκおよびλ軽鎖をコードする遺伝子の増幅を可能にするプライマーを用いて、マウスIgGコード遺伝子を単離する。概して、可変領域近くの定常領域部位にアニーリングするプライマーを、3'側プライマーとして用いて、IgG可変領域遺伝子を増幅する。一方、5' RACE cDNAライブラリー構築キットに添付されたプライマーを、5'側プライマーとして用いる。
【0083】
このように増幅されたPCR産物を用いて、重鎖および軽鎖の組み合わせから構成される免疫グロブリンを再構成する。所望の抗体は、再構成された免疫グロブリンのHER2 S310F結合活性を指標として用いて、選択することができる。例えば、目的が、HER2 S310Fに対する抗体を単離することである場合は、HER2 S310Fに対する抗体の結合が特異的であることが、より好ましい。HER2 S310F結合活性は、例えば、以下の工程によってスクリーニングすることができる:
(1)HER2 S310F発現細胞を、ハイブリドーマから単離されたcDNAによってコードされるV領域を含む抗体と接触させる工程;
(2)HER2 S310F発現細胞に対する抗体の結合を検出する工程;
(3)HER2 S310F発現細胞に特異的に結合する抗体を選択する工程;および好ましくは
(4)野生型HER2よりもHER2 S310F発現細胞に対してより強い結合を示す抗体、または、HER2 S310F発現細胞に結合するが、野生型HER2には結合しない抗体を選択する工程。
【0084】
HER2 S310F発現細胞に対する抗体の結合を検出するための方法は、公知である。具体的には、HER2 S310F発現細胞に対する抗体の結合を、FACSなどの上記の手法によって検出することができる。HER2 S310F発現細胞の固定化されたサンプルが、抗体の結合活性を評価するために適宜用いられる。
【0085】
結合活性を指標として用いる好ましい抗体スクリーニング法にはまた、ファージベクターを用いるパンニング法も含まれる。抗体遺伝子が、ポリクローナル抗体発現細胞集団由来の重鎖および軽鎖のサブクラスライブラリーから単離される場合には、ファージベクターを用いるスクリーニング法が有利である。重鎖および軽鎖の可変領域をコードする遺伝子は、一本鎖Fv(scFv)を形成するように、適切なリンカー配列によって連結することができる。scFvをコードする遺伝子をファージベクター中に挿入することによって、その表面上にscFvを提示するファージを作製することができる。ファージを、目的の抗原と接触させる。次いで、抗原に結合したファージを収集することによって、目的の結合活性を有するscFvをコードするDNAを単離することができる。所望の結合活性を有するscFvを濃縮するために、必要に応じてこのプロセスを繰り返すことができる。
【0086】
目的の抗HER2 S310F抗体のV領域をコードするcDNAの単離後に、cDNAの両端に導入された制限部位を認識する制限酵素で、cDNAを消化する。好ましい制限酵素は、抗体遺伝子のヌクレオチド配列に低頻度で存在するヌクレオチド配列を認識して切断する。さらに、シングルコピーの消化断片を正確な向きで挿入するために、付着末端を生じる酵素の制限部位が、ベクター中に好ましく導入される。抗HER2 S310F抗体のV領域をコードするcDNAを、上記のように消化し、これを、適切な発現ベクター中に挿入して、抗体発現ベクターを構築する。この場合に、抗体定常領域(C領域)をコードする遺伝子と、上記のV領域をコードする遺伝子とが、インフレームで融合するならば、キメラ抗体が得られる。本明細書において、「キメラ抗体」とは、定常領域の起源が、可変領域の起源とは異なることを意味する。したがって、マウス/ヒトヘテロキメラ抗体に加えて、ヒト/ヒトアロキメラ抗体が、本発明のキメラ抗体に含まれる。キメラ抗体発現ベクターは、上記のV領域遺伝子を、定常領域を既に有する発現ベクター中に挿入することによって、構築することができる。具体的には、例えば、上記のV領域遺伝子を切り出す制限酵素の認識配列を、所望の抗体定常領域(C領域)をコードするDNAを保有する発現ベクターの5'側に適宜置くことができる。キメラ抗体発現ベクターは、同じ制限酵素の組み合わせで消化された2つの遺伝子をインフレームで融合させることによって、構築される。
【0087】
抗HER2 S310Fモノクローナル抗体を作製するために、抗体遺伝子を発現ベクター中に挿入して、そのため遺伝子は発現制御領域の調節下で発現される。抗体発現用の発現制御領域には、例えば、エンハンサーおよびプロモーターが含まれる。さらに、発現した抗体が細胞の外側に分泌されるように、適切なシグナル配列が、アミノ末端に付加されてもよい。下記の実施例において、アミノ酸配列MGWSCIILFLVATATGVHS(配列番号:175)を有するペプチドが、シグナル配列として用いられる。一方、他の適切なシグナル配列が、付加されてもよい。発現したポリペプチドは、上記の配列のカルボキシル末端で切断され、結果として生じたポリペプチドが、成熟ポリペプチドとして細胞の外側に分泌される。次いで、適切な宿主細胞を発現ベクターで形質転換して、抗HER2 S310F抗体コードDNAを発現する組換え細胞を取得する。
【0088】
抗体重鎖(H鎖)および軽鎖(L鎖)をコードするDNAを、異なる発現ベクター中に別々に挿入して、抗体遺伝子を発現させる。H鎖およびL鎖を有する抗体分子は、H鎖およびL鎖の遺伝子がそれぞれ挿入されているベクターを同じ宿主細胞にコトランスフェクトすることによって、発現させることができる。あるいは、H鎖およびL鎖をコードするDNAが挿入されている単一の発現ベクターで、宿主細胞を形質転換することができる(WO 94/11523を参照のこと)。
【0089】
単離された抗体遺伝子を適切な宿主中に導入することによる抗体調製のためには、種々の公知の宿主細胞/発現ベクターの組み合わせがある。これらの発現システムのすべてが、本発明の抗体可変領域を含むドメインの単離に適用可能である。宿主細胞として用いられる適切な真核細胞には、動物細胞、植物細胞、および真菌細胞が含まれる。具体的には、動物細胞には、例えば、以下の細胞が含まれる。
(1)哺乳動物細胞:CHO、COS、ミエローマ、ベビーハムスター腎臓(BHK)、HeLa、Veroなど;
(2)両生類細胞:アフリカツメガエル(Xenopus)卵母細胞など;および
(3)昆虫細胞:sf9、sf21、Tn5など。
【0090】
加えて、植物細胞として、タバコ(Nicotiana tabacum)などのタバコ(Nicotiana)属に由来する細胞を用いる抗体遺伝子発現システムが、公知である。カルス培養された細胞を、植物細胞を形質転換するために適宜用いることができる。
【0091】
さらに、以下の細胞を、真菌細胞として用いることができる:
酵母:サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)などのサッカロミセス(Saccharomyces)属、およびピキア・パストリス(Pichia pastoris)などのピキア(Pichia)属;ならびに
糸状菌:アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)などのアスペルギルス(Aspergillus)属。
【0092】
さらに、原核細胞を利用する抗体遺伝子発現システムもまた、公知である。例えば、細菌細胞を用いる場合、大腸菌細胞、枯草菌(Bacillus subtilis)細胞などを、本発明において好適に利用することができる。目的の抗体遺伝子を保有する発現ベクターを、トランスフェクションによってこれらの細胞中に導入する。トランスフェクトされた細胞をインビトロで培養し、所望の抗体を、形質転換された細胞の培養物から調製することができる。
【0093】
上記の宿主細胞に加えて、トランスジェニック動物もまた、組換え抗体を作製するために用いることができる。すなわち、目的の抗体をコードする遺伝子が導入されている動物から、抗体を取得することができる。例えば、抗体遺伝子を、ミルクにおいて特異的に産生されるタンパク質をコードする遺伝子中にインフレームで挿入することによって、融合遺伝子として構築することができる。ヤギβ-カゼインなどを、例えば、ミルクに分泌されるタンパク質として用いることができる。抗体遺伝子が挿入された融合遺伝子を含有するDNA断片を、ヤギの胚中に注入し、次いで、この胚を、雌のヤギに導入する。胚レシピエントヤギから生まれたトランスジェニックヤギ(またはその子孫)によって産生されるミルクから、ミルクタンパク質と融合したタンパク質として、所望の抗体を取得することができる。加えて、トランスジェニックヤギによって産生される所望の抗体を含有するミルクの体積を増加させるために、必要に応じてトランスジェニックヤギにホルモンを投与することができる(Ebert, K. M. et al., Bio/Technology (1994) 12 (7), 699-702)。
【0094】
ヒト化抗体を作製するための方法
本明細書に記載される抗原結合分子をヒトに投与する場合、ヒトに対する異種抗原性を低下させるように人工的に改変されている遺伝子組換え抗体などに由来するドメインを、抗体可変領域を含む抗原結合分子のドメインとして適宜用いることができる。そのような遺伝子組換え抗体には、例えば、ヒト化抗体が含まれる。これらの改変抗体は、公知の方法によって適宜作製される。さらに、概して、ある特定の抗体の結合特異性を、CDRグラフトによって別の抗体中に導入することができる。
【0095】
具体的には、マウス抗体などの非ヒト動物抗体のCDRをヒト抗体にグラフトすることによって調製されるヒト化抗体などが、公知である。ヒト化抗体を取得するための一般的な遺伝子工学手法もまた、公知である。具体的には、例えば、オーバーラップ伸長PCRが、マウス抗体CDRをヒトFRにグラフトするための方法として公知である。オーバーラップ伸長PCRにおいては、グラフトされるマウス抗体CDRをコードするヌクレオチド配列を、ヒト抗体FRを合成するためのプライマーに付加する。プライマーは、4つのFRの各々について調製する。マウスCDRをヒトFRにグラフトする場合、マウスFRに対して高い同一性を有するヒトFRを選択することが、CDR機能を維持するのに有利であると、通常考えられる。すなわち、グラフトされるマウスCDRに隣接するFRのアミノ酸配列に対して高い同一性を有するアミノ酸配列を含むヒトFRを用いることが、通常好ましい。
【0096】
ライゲーションされるヌクレオチド配列を、互いにインフレームで接続されるように設計する。ヒトFRを、それぞれのプライマーを用いて個々に合成する。結果として、マウスCDRコードDNAが個々のFRコードDNAに付加されている産物が、取得される。各産物のマウスCDRをコードするヌクレオチド配列は、互いにオーバーラップするように設計する。次いで、相補鎖合成反応を実施して、ヒト抗体遺伝子を鋳型として用いて合成された産物のオーバーラップするCDR領域をアニーリングする。ヒトFRを、この反応によってマウスCDR配列を介してライゲーションする。
【0097】
3つのCDRおよび4つのFRが最終的にライゲーションされている完全長V領域遺伝子を、その5'端または3'端にアニーリングする、適した制限酵素認識配列が付加されているプライマーを用いて増幅する。上記のように得られたDNAおよびヒト抗体C領域をコードするDNAを、それらがインフレームでライゲーションされるように発現ベクター中に挿入することによって、ヒト化抗体用の発現ベクターを作製することができる。組換えベクターを宿主中にトランスフェクトして組換え細胞を樹立した後、組換え細胞を培養し、ヒト化抗体をコードするDNAを細胞培養において発現させて、ヒト化抗体を作製する(欧州特許公開番号EP 239400および国際特許公開番号WO 1996/002576を参照のこと)。
【0098】
上記のように作製されたヒト化抗体の抗原結合活性を定性的または定量的に測定し、評価することによって、CDRを通してライゲーションされた場合にCDRが好都合な抗原結合部位を形成することを可能にするヒト抗体FRを、好適に選択することができる。再構成ヒト抗体のCDRが適切な抗原結合部位を形成するように、FR中のアミノ酸残基は、必要に応じて置換されてもよい。例えば、マウスCDRをヒトFR中にグラフトするために用いられるPCR法を適用することによって、アミノ酸配列変異をFR中に導入することができる。より具体的には、部分的なヌクレオチド配列変異を、FRにアニーリングするプライマー中に導入することができる。ヌクレオチド配列変異は、そのようなプライマーを用いることによって、合成されるFR中に導入される。上述の方法により、抗原に結合するアミノ酸置換変異体抗体の活性を測定し、評価することによって、所望の特徴を有する変異体FR配列を選択することができる(Sato, K. et al., Cancer Res. (1993) 53: 851-856)。
【0099】
ヒト抗体を作製するための方法
あるいは、ヒト抗体遺伝子の全レパートリーを有するトランスジェニック動物(WO 1993/012227;WO 1992/003918;WO 1994/002602;WO 1994/025585;WO 1996/034096;WO 1996/033735を参照のこと)を、DNA免疫により免疫することによって、所望のヒト抗体を取得することができる。
【0100】
さらに、ヒト抗体ライブラリーを用いたパンニングによってヒト抗体を調製するための手法もまた、公知である。例えば、ヒト抗体のV領域を、ファージディスプレイ法によって、ファージ表面上に一本鎖抗体(scFv)として発現させる。抗原に結合するscFvを発現するファージを、選択することができる。選択されたファージの遺伝子を解析することによって、抗原に結合するヒト抗体V領域をコードするDNA配列を、決定することができる。抗原に結合するscFvのDNA配列を、決定する。V領域配列を、所望のヒト抗体のC領域配列とインフレームで融合させること、およびこれを適切な発現ベクター中に挿入することによって、発現ベクターを調製する。発現ベクターを、上記の細胞などの、発現に適切な細胞中に導入する。ヒト抗体コード遺伝子を細胞において発現させることによって、ヒト抗体を作製することができる。これらの方法は、既知である(WO 1992/001047;WO 1992/020791;WO 1993/006213;WO 1993/011236;WO 1993/019172;WO 1995/001438;WO 1995/015388を参照のこと)。
【0101】
ベクター
本明細書において用いられる用語「ベクター」は、それが連結されている別の核酸を増やすことができる、核酸分子のことを指す。この用語には、自己複製核酸構造としてのベクター、および、それが導入されている宿主細胞のゲノム中に組み込まれるベクターが含まれる。ある特定のベクターは、それが機能的に連結されている核酸の発現をもたらすことができる。そのようなベクターは、本明細書において「発現ベクター」と称される。
【0102】
宿主細胞
用語「宿主細胞」、「宿主細胞株」、および「宿主細胞培養物」は、互換的に用いられ、外来性核酸が導入されている細胞(そのような細胞の子孫を含む)のことを指す。宿主細胞には、「形質転換体」および「形質転換細胞」が含まれ、これには、初代の形質転換細胞、および継代数によらずそれに由来する子孫が含まれる。子孫は、親細胞と核酸の内容が完全に同一でなくてもよく、変異を含有していてもよい。元の形質転換細胞においてスクリーニングされたかまたは選択されたのと同じ機能または生物学的活性を有する変異体子孫が、本明細書に含まれる。
【0103】
エピトープ
「エピトープ」とは、抗原における抗原決定基を意味し、本明細書において開示される抗原結合分子または抗体の抗原結合ドメインが結合する抗原部位のことを指す。したがって、例えば、エピトープを、その構造に従って定義することができる。あるいは、エピトープを、該エピトープを認識する抗原結合分子または抗体の抗原結合活性に従って定義してもよい。抗原がペプチドまたはポリペプチドである場合、エピトープを、該エピトープを形成するアミノ酸残基によって特定することができる。あるいは、エピトープが糖鎖である場合、エピトープを、その特異的な糖鎖構造によって特定することができる。
【0104】
直鎖状エピトープとは、その一次アミノ酸配列が認識されるエピトープを含有するエピトープである。そのような直鎖状エピトープは、典型的には、その特異的配列中に少なくとも3個、および最も一般的には少なくとも5個、例えば、約8~10個または6~20個のアミノ酸を含有する。
【0105】
直鎖状エピトープとは対照的に、「立体構造エピトープ」とは、エピトープを含有する一次アミノ酸配列が、認識されるエピトープの唯一の決定基ではないエピトープである(例えば、立体構造エピトープの一次アミノ酸配列は、エピトープを規定する抗体によって必ずしも認識されない)。立体構造エピトープは、直鎖状エピトープと比較してより多くの数のアミノ酸を含有し得る。立体構造エピトープを認識する抗原結合ドメインは、ペプチドまたはタンパク質の三次元構造を認識する。例えば、タンパク質分子がフォールディングして三次元構造を形成する時に、立体構造エピトープを形成するアミノ酸および/またはポリペプチド主鎖が整列し、抗原結合ドメインによってエピトープが認識可能になる。エピトープの立体構造を決定するための方法には、例えば、X線結晶学、二次元核磁気共鳴、部位特異的スピン標識、および電子常磁性共鳴が含まれるが、これらに限定されない。例えば、Epitope Mapping Protocols in Methods in Molecular Biology (1996), Vol. 66, Morris (ed.)を参照のこと。
【0106】
抗HER2 S310F抗原結合ドメインを含有する試験抗原結合分子または抗体によるエピトープ結合を評価するための方法の例を、以下に記載する。以下の実施例に従って、HER2 S310F以外の抗原に対する抗原結合ドメインを含有する試験抗原結合分子または抗体によるエピトープ結合を評価するための方法もまた、適宜実施することができる。
【0107】
例えば、抗HER2 S310F抗原結合ドメインを含有する試験抗原結合分子または抗体が、HER2 S310F分子中の直鎖状エピトープを認識するかどうかは、例えば、後述のように確認することができる。HER2 S310Fの細胞外ドメインを形成するアミノ酸配列を含む直鎖状ペプチドを、上記の目的で合成する。ペプチドは、化学合成することができ、または、HER2 S310F cDNAにおける細胞外ドメインに対応するアミノ酸配列をコードする領域を用いて、遺伝子操作手法によって取得することができる。次いで、抗HER2 S310F抗原結合ドメインを含有する試験抗原結合分子または抗体を、細胞外ドメインを形成するアミノ酸配列を含む直鎖状ペプチドに対するその結合活性について評価する。例えば、固定化された直鎖状ペプチドを抗原として用いて、ELISAにより、ペプチドに対するポリペプチド複合体の結合活性を評価することができる。あるいは、直鎖状ペプチドに対する結合活性を、HER2 S310F発現細胞に対する抗原結合分子または抗体の結合を該直鎖状ペプチドが阻害するレベルに基づいて、評価することができる。これらの試験により、直鎖状ペプチドに対する抗原結合分子または抗体の結合活性を実証することができる。
【0108】
抗HER2 S310F抗原結合ドメインを含有する試験抗原結合分子または抗体が、立体構造エピトープを認識するかどうかは、以下のように評価することができる。HER2 S310F発現細胞を、上記の目的で調製する。抗HER2 S310F抗原結合ドメインを含有する試験抗原結合分子または抗体は、接触時にHER2 S310F発現細胞に強く結合するが、HER2 S310Fの細胞外ドメインを形成するアミノ酸配列を含む固定化された直鎖状ペプチドには実質的に結合しない場合に、立体構造エピトープを認識すると判定することができる。本明細書において、「実質的に結合しない」とは、結合活性が、HER2 S310Fを発現する細胞に対する結合活性と比較して80%以下、概して50%以下、好ましくは30%以下、および特に好ましくは15%以下であることを意味する。
【0109】
抗HER2 S310F抗原結合ドメインを含有する試験抗原結合分子または抗体のHER2 S310F発現細胞に対する結合活性をアッセイするための方法には、例えば、Antibodies: A Laboratory Manual (Ed Harlow, David Lane, Cold Spring Harbor Laboratory (1988) 359-420)に記載されている方法が含まれる。具体的には、HER2 S310F発現細胞を抗原として用いて、ELISAまたは蛍光活性化細胞選別(FACS)の原理に基づいて、評価を行うことができる。
【0110】
ELISA形式において、抗HER2 S310F抗原結合ドメインを含有する試験抗原結合分子または抗体のHER2 S310F発現細胞に対する結合活性を、酵素反応によって生じたシグナルのレベルを比較することによって、定量的に評価することができる。具体的には、HER2 S310F発現細胞が固定化されたELISAプレートに、試験ポリペプチド複合体を添加する。次いで、細胞に結合した試験抗原結合分子または抗体を、試験抗原結合分子または抗体を認識する酵素標識された抗体を用いて検出する。あるいは、FACSを用いる場合は、試験抗原結合分子または抗体の希釈系列を調製し、HER2 S310F発現細胞に対する抗体結合力価を決定して、HER2 S310F発現細胞に対する試験抗原結合分子または抗体の結合活性を比較することができる。
【0111】
緩衝液などに懸濁された細胞の表面上に発現している抗原に対する試験抗原結合分子または抗体の結合は、フローサイトメーターを用いて検出することができる。公知のフローサイトメーターには、例えば、以下のデバイスが含まれる。
FACSCanto(商標)II
FACSAria(商標)
FACSArray(商標)
FACSVantage(商標) SE
FACSCalibur(商標)(すべてBD Biosciencesの商品名である)
EPICS ALTRA HyPerSort
Cytomics FC 500
EPICS XL-MCL ADC EPICS XL ADC
Cell Lab Quanta/Cell Lab Quanta SC(すべてBeckman Coulterの商品名である)
【0112】
抗HER2 S310F抗原結合ドメインを含有する試験抗原結合分子または抗体の抗原に対する結合活性をアッセイするための好ましい方法には、例えば、以下の方法が含まれる。最初に、HER2 S310F発現細胞を、試験抗原結合分子または抗体と反応させ、次いで、これを、抗原結合分子または抗体を認識するFITC標識された二次抗体で染色する。試験抗原結合分子または抗体を、適している緩衝液で適宜希釈して、所望の濃度で抗原結合分子または抗体を調製する。例えば、抗原結合分子または抗体は、10マイクログラム(μg)/ml~10 ng/mlの範囲内の濃度で用いることができる。次いで、蛍光強度および細胞数を、FACSCalibur(BD)を用いて決定する。CELL QUEST Software(BD)を用いた解析によって得られた蛍光強度、すなわち、幾何平均値は、細胞に結合した抗体の量を反映する。すなわち、結合した試験抗原結合分子または抗体の量によって表される試験抗原結合分子または抗体の結合活性を、幾何平均(Geo-mean)値の測定によって決定することができる。
【0113】
抗HER2 S310F抗原結合ドメインを含有する試験抗原結合分子または抗体が、別の抗原結合分子または抗体と共通のエピトープを共有するかどうかは、同じエピトープに対する2つの抗原結合分子または抗体間の競合に基づいて評価することができる。抗原結合分子または抗体間の競合は、クロスブロッキングアッセイなどによって検出することができる。例えば、競合ELISAアッセイは、好ましいクロスブロッキングアッセイである。
【0114】
具体的には、クロスブロッキングアッセイにおいて、マイクロタイタープレートのウェルに固定化されたHER2 S310Fタンパク質を、候補競合抗原結合分子または抗体の存在下または非存在下でプレインキュベートし、次いで、試験抗原結合分子または抗体をそれに添加する。ウェル中のHER2 S310Fタンパク質に結合した試験抗原結合分子または抗体の量は、同じエピトープに対する結合について競合する候補競合抗原結合分子または抗体の結合能と間接的に相関する。すなわち、同じエピトープに対する競合抗原結合分子または抗体のアフィニティが高ければ高いほど、HER2 S310Fタンパク質でコーティングされたウェルに対する試験抗原結合分子または抗体の結合活性は低い。
【0115】
HER2 S310Fタンパク質を介してウェルに結合した試験抗原結合分子または抗体の量は、抗原結合分子または抗体をあらかじめ標識することによって、容易に決定することができる。例えば、ビオチン標識された抗原結合分子または抗体は、アビジン/ペルオキシダーゼコンジュゲートおよび適切な基質を用いて測定される。特に、ペルオキシダーゼなどの酵素標識を用いるクロスブロッキングアッセイは、「競合ELISAアッセイ」と呼ばれる。抗原結合分子または抗体はまた、検出または測定を可能にする他の標識物質で標識することもできる。具体的には、放射標識、蛍光標識などが公知である。
【0116】
候補競合抗原結合分子または抗体が、競合抗原結合分子または抗体の非存在下で実施される対照実験における結合活性と比較して少なくとも20%、好ましくは少なくとも20~50%、およびより好ましくは少なくとも50%、抗HER2 S310F抗原結合ドメインを含有する試験抗原結合分子または抗体による結合をブロックすることができる場合に、試験抗原結合分子または抗体は、競合抗原結合分子もしくは抗体が結合する同じエピトープに実質的に結合するか、または同じエピトープに対する結合について競合すると判定される。
【0117】
抗HER2 S310F抗原結合ドメインを含有する試験抗原結合分子または抗体が結合したエピトープの構造が、既に同定されている場合、試験抗原結合分子または抗体と対照抗原結合分子または抗体とが共通のエピトープを共有するかどうかは、エピトープを形成するペプチド中へアミノ酸変異を導入することによって調製されるペプチドに対する、2つの抗原結合分子または抗体の結合活性の比較によって、評価することができる。
【0118】
上記の結合活性を測定するために、例えば、試験抗原結合分子または抗体および対照抗原結合分子または抗体の、変異が導入されている直鎖状ペプチドに対する結合活性を、上記のELISA形式で比較する。ELISA法の他にも、試験抗原結合分子または抗体および対照抗原結合分子または抗体をカラムに通過させること、および次いで、溶出液中の溶出された抗原結合分子または抗体を定量することによって、カラムに結合した変異体ペプチドに対する結合活性を決定することができる。例えば、GST融合ペプチドの形態で、変異体ペプチドをカラムに吸着させるための方法が、公知である。
【0119】
あるいは、同定されたエピトープが立体構造エピトープである場合、試験抗原結合分子または抗体と対照抗原結合分子または抗体とが共通のエピトープを共有するかどうかは、以下の方法によって評価することができる。最初に、HER2 S310F発現細胞、およびエピトープ中に変異が導入されたHER2 S310Fを発現する細胞を、調製する。これらの細胞をPBSなどの適切な緩衝液に懸濁することによって調製される細胞懸濁液に、試験抗原結合分子または抗体および対照抗原結合分子または抗体を添加する。次いで、細胞懸濁液を緩衝液で適宜洗浄し、試験抗原結合分子または抗体および対照抗原結合分子または抗体を認識するFITC標識された抗体をそれに添加する。標識された抗体で染色された細胞の蛍光強度および数を、FACSCalibur(BD)を用いて決定する。試験抗原結合分子または抗体および対照抗原結合分子または抗体は、適している緩衝液を用いて適宜希釈して、所望の濃度で用いる。例えば、それらを、10μg/ml~10 ng/mlの範囲内の濃度で用いてもよい。CELL QUEST Software(BD)を用いた解析によって決定された蛍光強度、すなわち、幾何平均値は、細胞に結合した標識された抗体の量を反映する。すなわち、結合した標識された抗体の量によって表される試験抗原結合分子または抗体および対照抗原結合分子または抗体の結合活性を、幾何平均値の測定によって決定することができる。
【0120】
上記の方法において、抗原結合分子または抗体が「変異体HER2 S310Fを発現する細胞に実質的に結合しない」かどうかは、例えば、以下の方法によって評価することができる。最初に、変異体HER2 S310Fを発現する細胞に結合した試験抗原結合分子または抗体および対照抗原結合分子または抗体を、標識された抗体で染色する。次いで、細胞の蛍光強度を決定する。フローサイトメトリーによる蛍光検出にFACSCaliburを用いる場合、決定された蛍光強度は、CELL QUEST Softwareを用いて解析することができる。抗原結合分子または抗体の存在下および非存在下での幾何平均値から、以下の式に従って比較値(ΔGeo-Mean)を計算して、抗原結合分子または抗体による結合の結果としての蛍光強度の増加の比を決定することができる。
ΔGeo-Mean=Geo-Mean(抗原結合分子または抗体の存在下)/Geo-Mean(抗原結合分子または抗体の非存在下)
【0121】
変異体HER2 S310Fを発現する細胞に結合した試験抗原結合分子または抗体の量を反映する、上記の解析によって決定された幾何平均比較値(変異体HER2 S310F分子についてのΔGeo-Mean値)を、HER2 S310F発現細胞に結合した試験抗原結合分子または抗体の量を反映するΔGeo-Mean比較値と比較する。この場合に、HER2 S310F発現細胞、および変異体HER2 S310Fを発現する細胞についてのΔGeo-Mean比較値を決定するために用いられる試験抗原結合分子または抗体の濃度は、特に好ましくは、同等または実質的に同等であるように調整される。HER2 S310F中のエピトープを認識することが確認されている抗原結合分子または抗体を、対照抗原結合分子または抗体として用いる。
【0122】
変異体HER2 S310Fを発現する細胞についての試験抗原結合分子または抗体のΔGeo-Mean比較値が、HER2 S310F発現細胞についての試験抗原結合分子または抗体のΔGeo-Mean比較値よりも少なくとも80%、好ましくは50%、より好ましくは30%、および特に好ましくは15%小さい場合には、試験抗原結合分子または抗体は、「変異体HER2 S310Fを発現する細胞に実質的に結合しない」。Geo-Mean(幾何平均)値を決定するための式は、CELL QUEST Software User's Guide(BD biosciences)に記載されている。比較により、比較値が実質的に等価であると示される場合、試験抗原結合分子または抗体および対照抗原結合分子または抗体に対するエピトープは、同じであると決定することができる。
【0123】
特異性
「特異的」とは、1つまたは複数の結合パートナーに特異的に結合する分子が、パートナー以外の分子に対していかなる有意な結合も示さないことを意味する。さらに、「特異的」とはまた、抗原結合ドメインが、抗原に含有される複数のエピトープのうちの特定のエピトープに特異的である場合にも用いられる。抗原結合ドメインが結合するエピトープが、複数の異なる抗原に含有される場合、該抗原結合ドメインを含有する抗原結合分子は、そのエピトープを有する種々の抗原に結合することができる。
本明細書の文脈において、好ましくは、本発明の抗体は、野生型HER2に対して低い交差反応性を有するかまたは交差反応性を全く有さず、HER2 S310F変異体に「特異的」である。本発明の抗体の高い特異性は、HER2 S310Fに「特異的」ではない対照抗体のKD比と比較して小さい、HER2 S310Fに対する結合についてのKD値対野生型HER2に対する結合についてのKD値のKD比(すなわち、KDHER2 S310F/KD野生型HER2)によって実証され得る。野生型HER2は、正常組織に発現しており、増殖、分化、細胞遊走、および細胞生存などの種々の細胞プロセスに関与している。したがって、潜在的な懸念は、(HER2 S310Fの代わりにまたはそれに加えて)野生型HER2を標的とする非特異的HER2抗体が、健康な組織または臓器に対して重篤な細胞毒性および損傷を引き起こし得ることである。有害作用または副作用のリスクが有意に低下し得る点で、HER2 S310F変異体に対する特異性は特に望ましく、そのような「特異的」抗体を含有する治療剤のより高い安全性を、期待することができる。
【0124】
単一特異性抗原結合分子
用語「単一特異性抗原結合分子」は、1つのタイプの抗原のみに特異的に結合する抗原結合分子のことを指すように用いられる。単一特異性抗原結合分子の好都合な例は、単一タイプの抗原結合ドメインを含む抗原結合分子である。単一特異性抗原結合分子は、単一の抗原結合ドメインまたは複数の同じタイプの抗原結合ドメインを含むことができる。単一特異性抗原結合分子の好都合な例は、単一特異性抗体である。単一特異性抗原結合分子がIgG形態の単一特異性抗体である場合、単一特異性抗体は、同じ抗原結合特異性を有する2つの抗体可変断片を含む。
本明細書の文脈において、好ましくは、本発明の単一特異性抗原結合分子または単一特異性抗体は、ヒトHER2 S310F変異体に特異的に結合するが、野生型HER2には(特異的に)結合しない単一の抗原結合ドメインまたは2つ以上の抗原結合ドメインを有する。
【0125】
抗体断片
「抗体断片」とは、完全抗体が結合する抗原に結合する該完全抗体の一部分を含む、該完全抗体以外の分子のことを指す。抗体断片の例には、Fv、Fab、Fab'、Fab'-SH、F(ab')2;ダイアボディ;線状抗体;一本鎖抗体分子(例えば、scFv);および、抗体断片から形成された多重特異性抗体が含まれるが、これらに限定されない。
【0126】
用語「全長抗体」、「完全抗体」、および「全抗体」は、本明細書において互換的に用いられ、天然型抗体構造に実質的に類似した構造を有するか、または本明細書において定義されるようなFc領域を含有する重鎖を有する抗体のことを指す。
【0127】
可変断片(Fv)
本明細書において、用語「可変断片(Fv)」とは、抗体軽鎖可変領域(VL)と抗体重鎖可変領域(VH)とのペアから構成される、抗体由来の抗原結合ドメインの最小単位のことを指す。1988年に、SkerraおよびPluckthunは、抗体遺伝子を細菌シグナル配列の下流に挿入すること、および大腸菌において遺伝子の発現を誘導することによって、均質かつ活性な抗体を大腸菌ペリプラズム画分から調製できることを見出した(Science (1988) 240(4855), 1038-1041)。ペリプラズム画分から調製されたFvにおいて、VHは、抗原に結合するための様式でVLと会合する。
【0128】
scFv、一本鎖抗体、およびsc(Fv)
2
本明細書において、用語「scFv」、「一本鎖抗体」、および「sc(Fv)2」はすべて、重鎖および軽鎖に由来する可変領域を含有するが、定常領域を含有しない、単一ポリペプチド鎖の抗体断片のことを指す。概して、一本鎖抗体はまた、VHドメインとVLドメインとの間にポリペプチドリンカーを含有し、これにより、抗原結合を可能にすると考えられる所望の構造の形成ができる。一本鎖抗体は、Pluckthunによって「The Pharmacology of Monoclonal Antibodies, Vol. 113, Rosenburg and Moore, eds., Springer-Verlag, New York, 269-315 (1994)」において詳細に議論されている。国際特許公開WO 1988/001649;米国特許第4,946,778 号および第5,260,203号もまた参照のこと。特定の態様において、一本鎖抗体は、二重特異性かつ/またはヒト化であることができる。
【0129】
scFvは、Fvを形成するVHおよびVLが、ペプチドリンカーによって互いに連結されている抗原結合ドメインである(Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. (1988) 85(16), 5879-5883)。VHおよびVLは、ペプチドリンカーによって近接して保持されることができる。
sc(Fv)2は、2つのVLおよび2つのVHの4つの可変領域が、ペプチドリンカーなどのリンカーによって連結されて一本鎖を形成する、一本鎖抗体である(J Immunol. Methods (1999) 231 (1-2), 177-189)。2つのVHおよび2つのVLは、異なるモノクローナル抗体に由来してもよい。そのようなsc(Fv)2には、好ましくは、例えば、Journal of Immunology (1994) 152 (11), 5368-5374において開示されるような、単一の抗原中に存在する2つのエピトープを認識する二重特異性sc(Fv)2が含まれる。sc(Fv)2は、当業者に公知の方法によって作製することができる。例えば、sc(Fv)2は、ペプチドリンカーなどのリンカーによるscFvの連結によって作製することができる。
【0130】
本明細書において、sc(Fv)2を形成する抗原結合ドメインの形態には、2つのVH単位および2つのVL単位が、一本鎖ポリペプチドのN末端から開始してVH、VL、VH、およびVL([VH]-リンカー-[VL]-リンカー-[VH]-リンカー-[VL])の順序で配置されている抗体が含まれる。2つのVH単位および2つのVL単位の順序は、上記の形態に限定されず、任意の順序で配置されてもよい。形態の例を、以下に列記する。
[VL]-リンカー-[VH]-リンカー-[VH]-リンカー-[VL]
[VH]-リンカー-[VL]-リンカー-[VL]-リンカー-[VH]
[VH]-リンカー-[VH]-リンカー-[VL]-リンカー-[VL]
[VL]-リンカー-[VL]-リンカー-[VH]-リンカー-[VH]
[VL]-リンカー-[VH]-リンカー-[VL]-リンカー-[VH]
【0131】
sc(Fv)2の分子形態はまた、WO 2006/132352において詳細に記載されている。これらの記載に従って、当業者は、所望のsc(Fv)2を適宜調製して、本明細書において開示されるペプチド複合体を作製することができる。
【0132】
さらに、本発明の抗原結合分子または抗体は、PEGなどの担体ポリマーまたは抗がん剤などの有機化合物とコンジュゲートされてもよい。あるいは、糖鎖が所望の効果を生じるように、糖鎖付加配列が、抗原結合分子または抗体中に好ましく挿入される。
【0133】
抗体の可変領域を連結するために用いられるリンカーには、遺伝子操作によって導入することができる任意のペプチドリンカー、合成リンカー、および、例えば、Protein Engineering, 9 (3), 299-305, 1996において開示されるリンカーが含まれる。しかし、本発明においては、ペプチドリンカーが好ましい。ペプチドリンカーの長さは、特に限定されず、目的に従って当業者が好適に選択することができる。長さは、好ましくは5アミノ酸以上であり(特に限定されず、上限は、概して30アミノ酸以下、好ましくは20アミノ酸以下である)、特に好ましくは15アミノ酸である。sc(Fv)2が3つのペプチドリンカーを含有する場合、それらの長さは、すべて同じであってもよく、または異なっていてもよい。
【0134】
例えば、そのようなペプチドリンカーには、
Ser
Gly Ser
Gly Gly Ser
Ser Gly Gly
Gly Gly Gly Ser(配列番号:167)
Ser Gly Gly Gly(配列番号:168)
Gly Gly Gly Gly Ser(配列番号:169)
Ser Gly Gly Gly Gly(配列番号:170)
Gly Gly Gly Gly Gly Ser(配列番号:171)
Ser Gly Gly Gly Gly Gly(配列番号:172)
Gly Gly Gly Gly Gly Gly Ser(配列番号:173)
Ser Gly Gly Gly Gly Gly Gly(配列番号:174)
(Gly Gly Gly Gly Ser(配列番号:169))n
(Ser Gly Gly Gly Gly(配列番号:170))n
が含まれ、ここで、nは1以上の整数である。ペプチドリンカーの長さまたは配列は、目的に応じて当業者がそれ相応に選択することができる。
【0135】
合成リンカー(化学架橋剤)が、ペプチドを架橋するために通常用いられ、例には、
N-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)、
ジスクシンイミジルスベラート(DSS)、
ビス(スルホスクシンイミジル)スベラート(BS3)、
ジチオビス(スクシンイミジルプロピオナート)(DSP)、
ジチオビス(スルホスクシンイミジルプロピオナート)(DTSSP)、
エチレングリコールビス(スクシンイミジルスクシナート)(EGS)、
エチレングリコールビス(スルホスクシンイミジルスクシナート)(スルホ-EGS)、
ジスクシンイミジルタルトラート(DST)、ジスルホスクシンイミジルタルトラート(スルホ-DST)、
ビス[2-(スクシンイミドオキシカルボニルオキシ)エチル]スルホン(BSOCOES)、および
ビス[2-(スルホスクシンイミドオキシカルボニルオキシ)エチル]スルホン(スルホ-BSOCOES)
が含まれる。これらの架橋剤は、市販されている。
【0136】
概して、4つの抗体可変領域を互いに連結するためには、3つのリンカーが必要とされる。用いられるリンカーは、同じタイプであってもよく、または異なるタイプであってもよい。
【0137】
Fab、F(ab')
2
、およびFab'
「Fab」は、単一の軽鎖と、単一の重鎖由来のCH1ドメインおよび可変領域とからなる。Fab分子の重鎖は、別の重鎖分子とジスルフィド結合を形成することができない。
【0138】
「F(ab')2」または「Fab」は、免疫グロブリン(モノクローナル抗体)をペプシンおよびパパインなどのプロテアーゼで処理することによって作製されるものであり、2本のH鎖の各々におけるヒンジ領域の間に存在するジスルフィド結合の近くで免疫グロブリン(モノクローナル抗体)を消化することによって生成される抗体断片のことを指す。例えば、パパインは、2本のH鎖の各々におけるヒンジ領域の間に存在するジスルフィド結合の上流のIgGを切断して、2つの相同な抗体断片を生成し、その中で、VL(L鎖可変領域)およびCL(L鎖定常領域)を含むL鎖は、VH(H鎖可変領域)およびCHγ1(H鎖定常領域中のγ1領域)を含むH鎖断片に、それらのC末端領域でジスルフィド結合を介して連結されている。これらの2つの相同な抗体断片の各々は、Fab'と呼ばれる。
【0139】
「F(ab')2」は、2本の軽鎖と、ジスルフィド結合が2本の重鎖の間で形成されるようにCH1ドメインおよびCH2ドメインの一部分の定常領域を含む2本の重鎖とからなる。本明細書において開示されるF(ab')2は、好ましくは、以下のように作製することができる。所望の抗原結合ドメインを含む全モノクローナル抗体などを、ペプシンなどのプロテアーゼで部分的に消化し;プロテインAカラムへの吸着によって、Fc断片を除去する。プロテアーゼは、pHなどの適切な設定の酵素反応条件の下でF(ab')2を生じる選択的な様式で全抗体を切断することができる限り、特に限定されない。そのようなプロテアーゼには、例えば、ペプシンおよびフィシンが含まれる。
【0140】
Fc領域
本明細書における用語「Fc領域」または「Fcドメイン」は、少なくとも定常領域の一部分を含有する、免疫グロブリン重鎖のC末端領域を定義するために用いられる。この用語には、天然型配列Fc領域およびバリアントFc領域が含まれる。一態様において、ヒトIgG重鎖Fc領域は、Cys226から、またはPro230から、重鎖のカルボキシル末端まで延びる。しかし、Fc領域のC末端のリジン(Lys447)またはグリシン-リジン(残基446-447)は、存在していてもよく、または存在していなくてもよい。本明細書において別段特定しない限り、Fc領域または定常領域におけるアミノ酸残基のナンバリングは、Kabat et al., Sequences of Proteins of Immunological Interest, 5th Ed. Public Health Service, National Institutes of Health, Bethesda, MD 1991に記載されているような、EUインデックスとも呼ばれる、EUナンバリングシステムに従う。
【0141】
Fc受容体
用語「Fc受容体」または「FcR」は、抗体のFc領域に結合する受容体のことを指す。いくつかの態様において、FcRは、天然型ヒトFcRである。いくつかの態様において、FcRは、IgG抗体に結合するもの(γ受容体)であり、FcγRI、FcγRII、およびFcγRIIIサブクラスの受容体を含み、これには、それらの受容体の対立遺伝子バリアントおよび選択的スプライシングによる形態も含まれる。FcγRII受容体は、FcγRIIA(「活性化受容体」)およびFcγRIIB(「抑制受容体」)を含み、これらは、主にその細胞質ドメインにおいて異なる、類似のアミノ酸配列を有する。活性化受容体FcγRIIAは、その細胞質ドメインに免疫受容体チロシン活性化モチーフ(immunoreceptor tyrosine-based activation motif)(ITAM)を含有する。抑制受容体FcγRIIBは、その細胞質ドメインに免疫受容体チロシン抑制モチーフ(immunoreceptor tyrosine-based inhibition motif)(ITIM)を含有する(例えば、Daeron, Annu. Rev. Immunol. 15:203-234 (1997) を参照のこと)。FcRは、例えば、Ravetch and Kinet, Annu. Rev. Immunol 9:457-92 (1991);Capel et al., Immunomethods 4:25-34 (1994);およびde Haas et al., J. Lab. Clin. Med 126:330-41 (1995)において総説されている。他のFcRが、将来同定されるものを含めて、本明細書における用語「FcR」に包含される。
【0142】
用語「Fc受容体」または「FcR」はまた、母体IgGの胎児への移行(Guyer et al., J. Immunol. 117:587 (1976)およびKim et al., J. Immunol. 24:249 (1994))ならびに免疫グロブリンのホメオスタシスの制御を担う、新生児型受容体FcRnも含む。FcRnに対する結合を測定する方法は、公知である(例えば、Ghetie and Ward., Immunol. Today 18(12):592-598 (1997);Ghetie et al., Nature Biotechnology, 15(7):637-640 (1997);Hinton et al., J. Biol. Chem. 279(8):6213-6216 (2004);WO 2004/92219 (Hinton et al.)を参照のこと)。
【0143】
インビボでのヒトFcRnに対する結合およびヒトFcRn高アフィニティ結合ポリペプチドの血漿半減期は、例えば、ヒトFcRnを発現するトランスジェニックマウスもしくはトランスフェクトされたヒト細胞株において、またはバリアントFc領域を有するポリペプチドが投与された霊長類においてアッセイすることができる。WO 2000/42072(Presta)は、FcRに対する結合が増加したかまたは減少した抗体バリアントを記載している。例えば、Shields et al. J. Biol. Chem. 9(2):6591-6604 (2001)もまた参照のこと。
【0144】
Fcγ受容体
Fcγ受容体とは、モノクローナルIgG1、IgG2、IgG3、またはIgG4抗体のFcドメインに結合することができる受容体を指し、Fcγ受容体遺伝子によって実質的にコードされるタンパク質のファミリーに属するすべてのメンバーを含む。ヒトにおいて、このファミリーには、アイソフォームFcγRIa、FcγRIb、およびFcγRIcを含むFcγRI(CD64);アイソフォームFcγRIIa(アロタイプH131およびR131を含む)、FcγRIIb(FcγRIIb-1およびFcγRIIb-2を含む)、およびFcγRIIcを含むFcγRII(CD32);ならびにアイソフォームFcγRIIIa(アロタイプV158およびF158を含む)およびFcγRIIIb(アロタイプFcγRIIIb-NA1およびFcγRIIIb-NA2を含む)を含むFcγRIII(CD16);ならびに、すべての未特定のヒトFcγ受容体、Fcγ受容体アイソフォーム、およびそのアロタイプが含まれる。しかし、Fcγ受容体は、これらの例に限定されない。これらに限定されることなく、Fcγ受容体には、ヒト、マウス、ラット、ウサギ、およびサルに由来するものが含まれる。Fcγ受容体は、任意の生物に由来してもよい。マウスFcγ受容体には、FcγRI(CD64)、FcγRII(CD32)、FcγRIII(CD16)、およびFcγRIII-2(CD16-2)、ならびに、すべての未特定のマウスFcγ受容体、Fcγ受容体アイソフォーム、およびそのアロタイプが、これらに限定されることなく含まれる。そのような好ましいFcγ受容体には、例えば、ヒトFcγRI(CD64)、FcγRIIA(CD32)、FcγRIIB(CD32)、FcγRIIIA(CD16)、および/またはFcγRIIIB(CD16)が含まれる。FcγRIのポリヌクレオチド配列およびアミノ酸配列を、それぞれ、配列番号:157(NM_000566.3)および152(NP_000557.1)に示し;FcγRIIAのポリヌクレオチド配列およびアミノ酸配列を、それぞれ、配列番号:158(BC020823.1)および153(AAH20823.1)に示し;FcγRIIBのポリヌクレオチド配列およびアミノ酸配列を、それぞれ、配列番号:159(BC146678.1)および154(AAI46679.1)に示し;FcγRIIIAのポリヌクレオチド配列およびアミノ酸配列を、それぞれ、配列番号:160(BC033678.1)および155(AAH33678.1)に示し;ならびにFcγRIIIBのポリヌクレオチド配列およびアミノ酸配列を、それぞれ、配列番号:161(BC128562.1)および156(AAI28563.1)に示す(RefSeqアクセッション番号を、各括弧に示す)。Fcγ受容体が、モノクローナルIgG1、IgG2、IgG3、またはIgG4抗体のFcドメインに対する結合活性を有するかどうかは、上記のFACSおよびELISA形式に加えて、ALPHAスクリーン(増幅発光近接ホモジニアスアッセイ(Amplified Luminescent Proximity Homogeneous Assay))、表面プラズモン共鳴(SPR)ベースのBIACORE法、および他のものによって評価することができる(Proc. Natl. Acad. Sci. USA (2006) 103 (11), 4005-4010)。
【0145】
一方、「Fcリガンド」または「エフェクターリガンド」とは、Fc/Fcリガンド複合体を形成する、抗体Fcドメインに結合する分子、および好ましくはポリペプチドのことを指す。分子は、任意の生物に由来してもよい。Fcに対するFcリガンドの結合は、好ましくは、1つまたは複数のエフェクター機能を誘導する。そのようなFcリガンドには、Fc受容体、Fcγ受容体、Fcα受容体、Fcβ受容体、FcRn、C1q、およびC3、マンナン結合レクチン、マンノース受容体、ブドウ球菌(Staphylococcus)プロテインA、ブドウ球菌プロテインB、およびウイルスFcγ受容体が含まれるが、これらに限定されない。Fcリガンドにはまた、Fcγ受容体に相同なFc受容体のファミリーである、Fc受容体ホモログ(FcRH)(Davis et al., (2002) Immunological Reviews 190, 123-136)も含まれる。Fcリガンドにはまた、Fcに結合する未特定の分子も含まれる。
【0146】
Fcγ受容体結合活性
Fcγ受容体FcγRI、FcγRIIA、FcγRIIB、FcγRIIIA、および/またはFcγRIIIBのいずれかに対するFcドメインの結合活性の減退は、上記のFACSおよびELISA形式、ならびにALPHAスクリーン(増幅発光近接ホモジニアスアッセイ)および表面プラズモン共鳴(SPR)ベースのBIACORE法の使用によって、評価することができる(Proc. Natl. Acad. Sci. USA (2006) 103 (11), 4005-4010)。
【0147】
ALPHAスクリーンは、2つのタイプのビーズ:ドナービーズおよびアクセプタービーズを用いて、下記の原理に基づくALPHA技術によって行われる。ドナービーズに連結された分子が、アクセプタービーズに連結された分子と生物学的に相互作用する時、および2つのビーズが近接して位置する時にのみ、発光シグナルが検出される。レーザービームによって励起されると、ドナービーズ中の光増感剤は、ビーズ周辺の酸素を励起状態の一重項酸素に変換する。一重項酸素が、ドナービーズ周辺に拡散し、近接して位置するアクセプタービーズに到達すると、アクセプタービーズ内の化学発光反応が誘導される。この反応が、最終的に光の放出を結果としてもたらす。ドナービーズに連結された分子がアクセプタービーズに連結された分子と相互作用しない場合には、ドナービーズによって産生される一重項酸素が、アクセプタービーズに到達せず、化学発光反応は起きない。
【0148】
例えば、ビオチン標識された抗原結合分子または抗体を、ドナービーズに固定化し、グルタチオンS-トランスフェラーゼ(GST)でタグ付けされたFcγ受容体を、アクセプタービーズに固定化する。Fcγ受容体は、競合する変異体Fcドメインを含む抗原結合分子または抗体の非存在下では、野生型Fcドメインを含む抗原結合分子または抗体と相互作用し、結果として520~620 nmのシグナルを誘導する。タグ付けされていない変異体Fcドメインを有する抗原結合分子または抗体は、Fcγ受容体との相互作用について、野生型Fcドメインを含む抗原結合分子または抗体と競合する。競合の結果としての蛍光の低下を定量することによって、相対的結合アフィニティを決定することができる。スルホ-NHS-ビオチンなどを用いて、抗体などの抗原結合分子または抗体をビオチン化するための方法は、公知である。Fcγ受容体にGSTタグを付加するための適切な方法には、Fcγ受容体およびGSTをコードするポリペプチドをインフレームで融合させること、融合遺伝子を、その遺伝子を保有するベクターが導入された細胞を用いて発現させること、および次いで、グルタチオンカラムを用いて精製することを含む、方法が含まれる。誘導されたシグナルは、好ましくは、例えば、GRAPHPAD PRISM(GraphPad; San Diego)などのソフトウェアを用いた非線形回帰解析に基づく一部位競合(one-site competition)モデルへのフィッティングによって、好ましく解析することができる。
【0149】
その相互作用を観察するための物質の一方を、リガンドとして、センサーチップの金薄膜上に固定化する。金薄膜とガラスとの間の境界で全反射が起こるように、センサーチップの裏面に光を当てると、反射光の強度が、ある特定の部位で部分的に低下する(SPRシグナル)。その相互作用を観察するための他方の物質を、アナライトとして、センサーチップの表面上に注入する。アナライトがリガンドに結合すると、固定化されているリガンド分子の質量が増加する。これが、センサーチップの表面上の溶媒の屈折率を変化させる。屈折率の変化により、SPRシグナルの位置のシフトが引き起こされる(逆に、解離により、シグナルはシフトして元の位置に戻る)。Biacoreシステムにおいては、上記のシフトの量(すなわち、センサーチップ表面上の質量の変化)を縦座標にプロットし、経時的な質量の変化を、測定されたデータとして示す(センサーグラム)。カイネティックパラメータ(結合速度定数(ka)および解離速度定数(kd))は、センサーグラムのカーブから決定され、アフィニティ(KD)は、これら2つの定数間の比から決定される。阻害アッセイは、BIACORE法において好ましく用いられる。そのような阻害アッセイの例は、Proc. Natl. Acad. Sci. USA (2006) 103 (11), 4005-4010に記載されている。
【0150】
Fcγ受容体結合活性が低下しているFc領域
本明細書において、「低下しているFcγ受容体結合活性」とは、例えば、上記の解析法に基づいて、試験抗原結合分子または抗体の競合活性が、対照(例えば、野生型)抗原結合分子または抗体の競合活性の50%以下、好ましくは45%以下、40%以下、35%以下、30%以下、20%以下、または15%以下、および特に好ましくは10%以下、9%以下、8%以下、7%以下、6%以下、5%以下、4%以下、3%以下、2%以下、または1%以下であることを意味する。一態様において、「低下しているFcγ受容体結合活性」とは、IgG1の野生型Fcドメインと比較して低下しているFcγ受容体結合活性である。
【0151】
モノクローナルIgG1、IgG2、IgG3、またはIgG4抗体のFcドメインを含む抗原結合分子または抗体を、対照抗原結合分子または抗体として適宜用いることができる。Fcドメイン構造を、配列番号:148(RefSeqアクセッション番号AAC82527.1のN末端にAが付加されている)、配列番号:149(RefSeqアクセッション番号AAB59393.1のN末端にAが付加されている)、配列番号:150(RefSeqアクセッション番号CAA27268.1のN末端にAが付加されている)、および配列番号:151(RefSeqアクセッション番号AAB59394.1のN末端にAが付加されている)に示す。さらに、特定のアイソタイプの抗体のFcドメイン変異体を含む抗原結合分子または抗体を試験物質として用いる場合には、Fcγ受容体結合活性に対する変異体の変異の効果を、同じアイソタイプのFcドメインを含む抗原結合分子または抗体を対照として用いて評価する。上記のように、そのFcγ受容体結合活性が低下していると判断されているFcドメイン変異体を含む抗原結合分子または抗体が、適宜調製される。
【0152】
そのような公知の変異体には、例えば、アミノ酸231A~238S(EUナンバリング)の欠失を有する変異体(WO 2009/011941)、ならびに変異体C226S、C229S、P238S、(C220S)(J. Rheumatol (2007) 34, 11);C226SおよびC229S(Hum. Antibod. Hybridomas (1990) 1(1), 47-54);C226S、C229S、E233P、L234V、およびL235A(Blood (2007) 109, 1185-1192)が含まれる。
【0153】
具体的には、好ましい抗原結合分子または抗体には、特定のアイソタイプの抗体のFcドメインを形成するアミノ酸において、以下のアミノ酸の位置:220、226、229、231、232、233、234、235、236、237、238、239、240、264、265、266、267、269、270、295、296、297、298、299、300、325、327、328、329、330、331、または332(EUナンバリング)から選択される少なくとも1つのアミノ酸の変異(例えば置換)を有するFcドメインを含むものが含まれる。Fcドメインの起源である抗体のアイソタイプは、特に限定されず、モノクローナルIgG1、IgG2、IgG3、またはIgG4抗体に由来する適切なFcドメインを用いることが可能である。IgG1抗体に由来するFcドメインを用いることが、好ましい。
【0154】
好ましい抗原結合分子または抗体には、例えば、IgG1抗体のFcドメインを形成するアミノ酸においてその位置がEUナンバリングに従って特定される(各数字は、EUナンバリングにおけるアミノ酸残基の位置を表し;数字の前の一文字アミノ酸記号は、置換前のアミノ酸残基を表し、他方、数字の後の一文字アミノ酸記号は、置換後のアミノ酸残基を表す)、以下に示す置換のいずれか1つを有するFcドメインを含むもの:
(a)L234F、L235E、P331S;
(b)C226S、C229S、P238S;
(c)C226S、C229S;または
(d)C226S、C229S、E233P、L234V、L235A
および、231~238位にアミノ酸配列の欠失を有するFcドメインを有するものが含まれる。
【0155】
さらに、好ましい抗原結合分子または抗体にはまた、IgG2抗体のFcドメインを形成するアミノ酸においてその位置がEUナンバリングに従って特定される、以下に示す置換のいずれか1つを有するFcドメインを含むもの:
(e)H268Q、V309L、A330S、およびP331S;
(f)V234A;
(g)G237A;
(h)V234AおよびG237A;
(i)A235EおよびG237A;または
(j)V234A、A235E、およびG237A
も含まれる。各数字は、EUナンバリングにおけるアミノ酸残基の位置を表し;数字の前の一文字アミノ酸記号は、置換前のアミノ酸残基を表し、他方、数字の後の一文字アミノ酸記号は、置換後のアミノ酸残基を表す。
【0156】
さらに、好ましい抗原結合分子または抗体にはまた、IgG3抗体のFcドメインを形成するアミノ酸においてその位置がEUナンバリングに従って特定される、以下に示す置換のいずれか1つを有するFcドメインを含むもの:
(k)F241A;
(l)D265A;または
(m)V264A
も含まれる。各数字は、EUナンバリングにおけるアミノ酸残基の位置を表し;数字の前の一文字アミノ酸記号は、置換前のアミノ酸残基を表し、他方、数字の後の一文字アミノ酸記号は、置換後のアミノ酸残基を表す。
【0157】
さらに、好ましい抗原結合分子または抗体にはまた、IgG4抗体のFcドメインを形成するアミノ酸においてその位置がEUナンバリングに従って特定される、以下に示す置換のいずれか1つを有するFcドメインを含むもの:
(n)L235A、G237A、およびE318A;
(o)L235E;または
(p)F234AおよびL235A
も含まれる。各数字は、EUナンバリングにおけるアミノ酸残基の位置を表し;数字の前の一文字アミノ酸記号は、置換前のアミノ酸残基を表し、他方、数字の後の一文字アミノ酸記号は、置換後のアミノ酸残基を表す。
【0158】
他の好ましい抗原結合分子または抗体には、例えば、IgG1抗体のFcドメインを形成するアミノ酸における233、234、235、236、237、327、330、または331位(EUナンバリング)のいずれかのアミノ酸が、対応するIgG2またはIgG4におけるEUナンバリングでの対応する位置のアミノ酸で置換されているFcドメインを含むものが含まれる。
【0159】
好ましい抗原結合分子または抗体にはまた、例えば、IgG1抗体のFcドメインを形成するアミノ酸における234、235、および297位(EUナンバリング)のアミノ酸のいずれか1つまたは複数が他のアミノ酸で置換されているFcドメインを含むものも含まれる。置換後のアミノ酸のタイプは、特に限定されない;しかし、234、235、および297位のアミノ酸のいずれか1つまたは複数がアラニンで置換されているFcドメインを含む抗原結合分子または抗体が、特に好ましい。
【0160】
好ましい抗原結合分子または抗体にはまた、例えば、IgG1抗体のFcドメインを形成するアミノ酸における265位(EUナンバリング)のアミノ酸が別のアミノ酸で置換されているFcドメインを含むものも含まれる。置換後のアミノ酸のタイプは、特に限定されない;しかし、265位のアミノ酸がアラニンで置換されているFcドメインを含む抗原結合分子または抗体が、特に好ましい。
【0161】
HER2 S310Fに結合する抗原結合ドメイン
本明細書において用いられる句「HER2 S310Fに結合する抗原結合ドメイン」または「抗HER2 S310F抗原結合ドメイン」は、上述のHER2 S310Fタンパク質、またはHER2 S310Fタンパク質の部分ペプチドの全部もしくは一部分に特異的に結合する、抗原結合ドメインのことを指す。
【0162】
ある特定の態様において、HER2 S310Fに結合する抗原結合ドメインは、抗体可変領域(抗体軽鎖および重鎖可変領域(VLおよびVH))を含むドメインである。抗体軽鎖および重鎖可変領域を含むそのようなドメインの適している例には、「一本鎖Fv(scFv)」、「一本鎖抗体」、「Fv」、「一本鎖Fv2(scFv2)」、「Fab」、「F(ab')2」などが含まれる。具体的態様において、HER2 S310Fに結合する抗原結合ドメインは、抗体可変断片を含むドメインである。抗体可変断片を含むドメインは、1つのまたは複数の抗体の可変ドメインから提供されてもよい。
【0163】
ある特定の態様において、HER2 S310Fに結合する抗原結合ドメインは、抗HER2 S310F抗体の重鎖可変領域および軽鎖可変領域を含む。ある特定の態様において、HER2 S310Fに結合する抗原結合ドメインは、Fab構造を含むドメインである。
【0164】
好ましくは、抗HER2 S310F抗体は、それぞれ表1に記載されるような、アミノ酸配列を含むH鎖(H鎖可変領域)およびアミノ酸配列を含むL鎖(L鎖可変領域)を含む。
【0165】
いくつかの態様において、抗HER2 S310F抗原結合ドメインは、HER2 S310Fの細胞外ドメイン(配列番号:166のアミノ酸23~652)に特異的に結合する。いくつかの態様において、抗HER2 S310F抗原結合ドメインは、S310F位に対応するアミノ酸残基フェニルアラニンを含む、HER2 S310Fの細胞外ドメイン内のエピトープに特異的に結合する。いくつかの態様において、抗HER2 S310F抗原結合ドメインは、ヒト野生型HER2、好ましくは、ヒト細胞の表面上に発現しているヒト野生型HER2には結合しない。いくつかの態様において、抗HER2 S310F抗原結合ドメインは、好ましくは、HER2 S310F変異を有さないヒト細胞の表面上に発現している、RefSeqアクセッション番号NP_001005862.1(受容体チロシンタンパク質キナーゼerbB-2アイソフォームb;配列番号:162)、NP_001276865.1(受容体チロシンタンパク質キナーゼerbB-2アイソフォームc;配列番号:163)、NP_001276866.1(受容体チロシンタンパク質キナーゼerbB-2アイソフォームd;配列番号:164)、NP_001276867.1(受容体チロシンタンパク質キナーゼerbB-2アイソフォームe;配列番号:165)、NP_004439.2(受容体チロシンタンパク質キナーゼerbB-2アイソフォームa;配列番号:166)に開示されているように含む、ヒト由来の野生型HER2アイソフォームには結合しないか、または実質的に結合しない。いくつかの態様において、抗HER2 S310F抗原結合ドメインは、真核細胞の表面上に発現しているHER2 S310Fタンパク質に結合する。いくつかの態様において、抗HER2 S310F抗原結合ドメインは、がん細胞の表面上に発現しているHER2 S310Fタンパク質に結合する。
【0166】
具体的態様において、HER2 S310Fに結合する抗原結合ドメインは、以下の表1に示す抗体可変断片のいずれか1つを含む。
【0167】
(表1)HER2 S310Fに結合する抗原結合ドメインにおけるHVR、またはVH、VLの配列
【0168】
具体的態様において、HER2 S310Fに結合する抗原結合ドメインは、ヒトHER2 S310Fに対する結合について、表2に示す抗体可変断片のいずれか1つと競合する、抗体可変断片を含むドメインである。具体的態様において、HER2 S310Fに結合する抗原結合ドメインは、表2に示す抗体可変断片のいずれか1つと同じヒトHER2 S310F内のエピトープに結合する、抗体可変断片を含むドメインである。
【0169】
あるいは、HER2 S310Fに結合する抗原結合ドメインは、ヒトHER2 S310Fに対する結合について、上述の抗体可変断片のいずれか1つと競合する、抗体可変断片を含む。あるいは、HER2 S310Fに結合する抗原結合ドメインは、上述の抗体可変断片のいずれか1つが結合するヒトHER2 S310F上の同じエピトープに結合する、抗体可変断片を含む。
【0170】
T細胞受容体複合体に結合する抗原結合ドメイン
本明細書において用いられる句「T細胞受容体複合体に結合する抗原結合ドメイン」または「抗T細胞受容体複合体抗原結合ドメイン」は、T細胞受容体複合体の部分ペプチドの全部または一部分に特異的に結合する、抗原結合ドメインのことを指す。T細胞受容体複合体は、T細胞受容体自体であってもよく、またはT細胞受容体とともにT細胞受容体複合体を構成するアダプター分子であってもよい。CD3が、アダプター分子として適している。
【0171】
ある特定の態様において、抗原結合ドメインがT細胞受容体複合体に結合する結合活性は、抗体可変領域(抗体軽鎖および重鎖可変領域(VLおよびVH))を含むドメインである。抗体軽鎖および重鎖可変領域を含むそのようなドメインの適している例には、「一本鎖Fv(scFv)」、「一本鎖抗体」、「Fv」、「一本鎖Fv2(scFv2)」、「Fab」、「F(ab')2」などが含まれる。具体的態様において、T細胞受容体複合体に結合する抗原結合ドメインは、抗体可変断片を含むドメインである。抗体可変断片を含むドメインは、1つのまたは複数の抗体の可変ドメインから提供されてもよい。
【0172】
ある特定の態様において、T細胞受容体複合体に結合する抗原結合ドメインは、抗T細胞受容体複合体抗体の重鎖可変領域および軽鎖可変領域を含む。ある特定の態様において、T細胞受容体複合体に結合する抗原結合ドメインは、Fab構造を含むドメインである。
【0173】
T細胞受容体に結合する抗原結合ドメイン
本明細書において用いられる句「T細胞受容体に結合する抗原結合ドメイン」または「抗T細胞受容体抗原結合ドメイン」は、T細胞受容体の部分ペプチドの全部または一部分に特異的に結合する、抗原結合ドメインのことを指す。抗原結合ドメインが結合するT細胞受容体の一部分は、T細胞受容体の可変領域であってもよく、またはT細胞受容体の定常領域であってもよい;しかし、定常領域中に存在するエピトープが好ましい。定常領域配列の例には、RefSeqアクセッション番号CAA26636.1(配列番号:140)のT細胞受容体α鎖、RefSeqアクセッション番号C25777(配列番号:141)のT細胞受容体β鎖、RefSeqアクセッション番号A26659(配列番号:142)のT細胞受容体γ1鎖、RefSeqアクセッション番号AAB63312.1(配列番号:143)のT細胞受容体γ2鎖、およびRefSeqアクセッション番号AAA61033.1(配列番号:144)のT細胞受容体δ鎖が含まれる。
【0174】
ある特定の態様において、T細胞受容体に結合する抗原結合ドメインは、抗体可変領域(抗体軽鎖および重鎖可変領域(VLおよびVH))を含むドメインである。抗体軽鎖および重鎖可変領域を含むそのようなドメインの適している例には、「一本鎖Fv(scFv)」、「一本鎖抗体」、「Fv」、「一本鎖Fv2(scFv2)」、「Fab」、「F(ab')2」などが含まれる。具体的態様において、T細胞受容体に結合する抗原結合ドメインは、抗体可変断片を含むドメインである。抗体可変断片を含むドメインは、1つのまたは複数の抗体の可変ドメインから提供されてもよい。
【0175】
ある特定の態様において、T細胞受容体に結合する抗原結合ドメインは、抗T細胞受容体抗体の重鎖可変領域および軽鎖可変領域を含む。ある特定の態様において、T細胞受容体に結合する抗原結合は、Fab構造を含むドメインである。
【0176】
CD3に結合する抗原結合ドメイン
本明細書において用いられる句「CD3に結合する抗原結合ドメイン」または「抗CD3抗原結合ドメイン」は、CD3の部分ペプチドの全部または一部分に特異的に結合する、抗原結合ドメインのことを指す。CD3に結合する抗原結合ドメインは、エピトープが、ヒトCD3を構成するγ鎖、δ鎖、またはε鎖配列に存在する限り、任意のエピトープ結合ドメインであってよい。CD3を構成するγ鎖、δ鎖、またはε鎖の構造に関して、そのポリヌクレオチド配列は、RefSeqアクセッション番号NM_000073.2、NM_000732.4、およびNM_000733.3に開示されており、そのポリペプチド配列は、配列番号:145(NP_000064.1)、146(NP_000723.1)、および147(NP_000724.1)に示される(RefSeqアクセッション番号を括弧に示す)。
【0177】
ある特定の態様において、CD3に結合する抗原結合ドメインは、抗体軽鎖および重鎖可変領域(VLおよびVH)を含むドメインである。抗体軽鎖および重鎖可変領域を含むそのようなドメインの適している例には、「一本鎖Fv(scFv)」、「一本鎖抗体」、「Fv」、「一本鎖Fv2(scFv2)」、「Fab」、「F(ab')2」などが含まれる。具体的態様において、CD3に結合する抗原結合ドメインは、抗体可変断片を含むドメインである。抗体可変断片を含むドメインは、1つのまたは複数の抗体の可変ドメインから提供されてもよい。
【0178】
ある特定の態様において、CD3に結合する抗原結合ドメインは、抗CD3抗体の重鎖可変領域および軽鎖可変領域を含む。ある特定の態様において、CD3に結合する抗原結合ドメインは、Fab構造を含むドメインである。
【0179】
本発明の抗原結合ドメインがCD3に結合する結合活性は、エピトープが、ヒトCD3を形成するγ鎖、δ鎖、またはε鎖配列内に位置する限り、任意のエピトープに結合し得る。本発明において、CD3に結合する好ましい抗原結合ドメインには、ヒトCD3複合体のε鎖の細胞外ドメイン中のエピトープに結合する、CD3抗体軽鎖可変領域(VL)およびCD3抗体重鎖可変領域(VH)を含むものが含まれる。そのようなCD3に結合する好ましい抗原結合ドメインには、OKT3抗体(Proc. Natl. Acad. Sci. USA (1980) 77, 4914-4917)または種々の公知のCD3抗体、例えば、NCBIアクセッション番号AAB24132の軽鎖可変領域(VL)およびNCBIアクセッション番号AAB24133の重鎖可変領域(VH)を有する抗体(Int. J. Cancer Suppl. 7, 45-50 (1992))の、CD3抗体軽鎖可変領域(VL)およびCD3抗体重鎖可変領域(VH)を含むものが含まれる。ヒトCD3εの様々なエピトープに結合するいくつかの抗体、例えば、抗体OKT3(例えば、Kung, P. et al, Science 206 (1979) 347-349;Salmeron, A. et al, J Immunol 147 (1991) 3047-3052;US9226962B2を参照のこと)、抗体UCHT1(例えば、Callard, R. E. et al, Clin Exp Immunol 43 (1981) 497-505;Arnett et al. PNAS 2004を参照のこと)、または抗体SP34(ヒト-カニクイザルCD3交差反応性;例えば、Pessano, S. et al, EMBO J 4 (1985) 337-344、Conrad M.L., et. al, Cytometry A 71 (2007) 925-933を参照のこと)が、当技術分野において公知である。WO2015181098もまた、ヒトおよびカニクイザルのT細胞に特異的に結合し、ヒトT細胞を活性化するが、抗体OKT3、抗体UCHT1、および/または抗体SP34と同じエピトープには結合しない、ヒト-カニクイザル交差反応性抗体を開示する。さらに、CD3に結合するそのような適切な抗原結合ドメインには、上記の方法により、ヒトCD3を形成するγ鎖、δ鎖、またはε鎖で所望の動物を免疫することによって得られる、所望の特徴を有するCD3抗体に由来するものが含まれる。CD3に結合する抗原結合ドメインが由来する適切な抗CD3抗体には、ヒト抗体、および上記のように適宜ヒト化された抗体が含まれる。
【0180】
多重特異性抗原結合分子
「多重特異性抗原結合分子」とは、1つよりも多い抗原に特異的に結合する抗原結合分子のことを指す。好都合な態様において、本発明の多重特異性抗原結合分子は、2つ以上の抗原結合メインを含み、異なる抗原結合ドメインは、異なる抗原に特異的に結合する。
【0181】
本発明の多重特異性抗原結合分子は、HER2 S310Fに結合する第1の抗原結合ドメインと、T細胞受容体複合体に結合する第2の抗原結合ドメインとを含む。上記の「HER2 S310Fに結合する抗原結合ドメイン」に記載されるものから選択されるHER2 S310Fに結合する抗原結合ドメインと、上記の「T細胞受容体複合体に結合する抗原結合ドメイン」~「CD3に結合する抗原結合ドメイン」に記載されるものから選択されるT細胞受容体複合体に結合する抗原結合ドメインとの組み合わせを、用いることができる。
【0182】
例えば、第1の抗原結合ドメインは、抗体重鎖および軽鎖可変領域を含むドメインであり、かつ/または第2の抗原結合ドメインは、抗体重鎖および軽鎖可変領域を含むドメインである。あるいは、第1の抗原結合ドメインは、抗体可変断片を含むドメインであり、かつ/または第2の抗原結合ドメインは、抗体可変断片を含むドメインである。あるいは、第1の抗原結合ドメインは、Fab構造を含むドメインであり、かつ/または第2の抗原結合ドメインは、Fab構造を含むドメインである。
【0183】
ある特定の態様において、本発明は、HER2 S310Fに結合する抗体可変断片を含む第1の抗原結合ドメインと、T細胞受容体複合体に結合する抗体可変断片を含む第2の抗原結合ドメインとを含む、多重特異性抗原結合分子を提供する。ある特定の態様において、本発明は、HER2 S310Fに結合する第1の抗原結合ドメインと、T細胞受容体複合体に結合する第2の抗原結合ドメインと、Fcγ受容体結合活性が低下しているFc領域を含む第3のドメインとを含む、二重特異性抗原結合分子を提供する。Fc領域は、IgG1、IgG2、IgG3、またはIgG4抗体のFcドメインと比較して、Fcγ受容体結合活性が低下していてもよい。一態様において、Fc領域は、配列番号:148~151(IgG1~IgG4)のFc領域を構成するアミノ酸のいずれかにアミノ酸変異を有するFc領域である。
【0184】
ある特定の態様において、本発明は、ヒトHER2 S310Fに結合する第1の抗体可変断片と、CD3に結合する第2の抗体可変断片とを含む、二重特異性抗体を提供する。ある特定の態様において、本発明は、ヒトHER2 S310Fに結合する第1の抗体可変断片と、CD3に結合する第2の抗体可変断片と、Fcγ受容体結合活性が低下しているFc領域とを含む、二重特異性抗体を提供する。ある特定の態様において、本発明は、ヒトHER2 S310Fに結合する第1の抗体可変断片と、CD3ε鎖に結合する第2の抗体可変断片と、天然に存在するIgG Fc領域と比較してFcγ受容体結合活性が低下しているFc領域とを含む、二重特異性抗体を提供する。
【0185】
本発明の「多重特異性抗原結合分子」の好ましい態様の例には、多重特異性抗体が含まれる。Fcγ受容体結合活性が低下しているFc領域が、多重特異性抗体Fc領域として用いられる場合、多重特異性抗体に由来するFc領域が適宜用いられてもよい。二重特異性抗体は、本発明の多重特異性抗体として特に好ましい。この場合に、二重特異性抗体は、2つの異なる特異性を有する抗体である。IgG型二重特異性抗体は、IgG抗体を産生する2つのタイプのハイブリドーマを融合させることによって作製されるハイブリッドハイブリドーマ(クアドローマ)から、分泌させることができる(Milstein et al., Nature (1983) 305, 537-540)。
【0186】
さらに、目的の2つのタイプのIgGを構成するL鎖およびH鎖の遺伝子、すなわち、合計で4つの遺伝子を細胞中に導入すること、およびそれらを共発現させることによって、IgG型二重特異性抗体を分泌させる。しかし、これらの方法によって作製することができるIgGのH鎖とL鎖の組み合わせの数は、理論的には10通りの組み合わせである。したがって、H鎖とL鎖の所望の組み合わせを含むIgGを、10タイプのIgGから精製することは難しい。さらに、理論的には、所望の組み合わせを有するIgGの分泌の量は、顕著に減少し、そのため、大規模培養が必要であり、生産コストはさらに増大すると考えられる。
【0187】
したがって、所望の組み合わせを有するH鎖間およびL鎖とH鎖の間の会合を促進するための手法を、本発明の多重特異性抗原結合分子に適用することができる。
【0188】
例えば、抗体H鎖の第2の定常領域または第3の定常領域(CH2またはCH3)の界面に静電反発を導入することによって望まれないH鎖会合を抑制するための手法を、多重特異性抗体の会合に適用することができる(WO2006/106905)。
【0189】
CH2またはCH3の界面に静電反発を導入することによって意図されないH鎖会合を抑制する手法において、H鎖の他の定常領域の界面で接触するアミノ酸残基の例には、CH3領域におけるEUナンバリング356、439、357、370、399、および409位の残基に対応する領域が含まれる。
【0190】
より具体的に、例として、2つのタイプのH鎖CH3領域を含む抗体が含まれ、ここで以下の(1)~(3)に示されるアミノ酸残基のペアから選択される第1のH鎖CH3領域におけるアミノ酸残基の1つ~3つのペアが、同種の電荷を有する:(1)H鎖CH3領域に含まれるEUナンバリング356および439位のアミノ酸残基;(2)H鎖CH3領域に含まれるEUナンバリング357および370位のアミノ酸残基;ならびに(3)H鎖CH3領域に含まれるEUナンバリング399および409位のアミノ酸残基。
【0191】
さらに、抗体は、上述の第1のH鎖CH3領域とは異なる第2のH鎖CH3領域におけるアミノ酸残基のペアが、(1)~(3)の前述のアミノ酸残基のペアから選択され、上述の第1のH鎖CH3領域における同種の電荷を有する(1)~(3)の前述のアミノ酸残基のペアに対応するアミノ残基の1つ~3つのペアが、上述の第1のH鎖CH3領域における対応するアミノ酸残基とは反対の電荷を有する、抗体であってもよい。
【0192】
上記の(1)~(3)に示されるアミノ酸残基の各々は、会合中に互いに近くに位置している。当業者は、所望のH鎖CH3領域またはH鎖定常領域における(1)~(3)の上述のアミノ酸残基に対応する位置を、市販されているソフトウェアを用いるホモロジーモデリングなどによって見出すことができ、これらの位置のアミノ酸残基を、適宜改変に供することができる。
【0193】
上述の抗体において、「電荷を有するアミノ酸残基」は、好ましくは、例えば、以下の群のいずれか1つに含まれるアミノ酸残基から選択される:
(a)グルタミン酸(E)およびアスパラギン酸(D);ならびに
(b)リジン(K)、アルギニン(R)、およびヒスチジン(H)。
【0194】
上述の抗体において、句「同じ電荷を有する」は、例えば、2つ以上のアミノ酸残基のすべてが、上述の群(a)および(b)のいずれか1つに含まれるアミノ酸残基から選択されることを意味する。句「反対の電荷を有する」は、例えば、2つ以上のアミノ酸残基の中の少なくとも1つのアミノ酸残基が、上述の群(a)および(b)のいずれか1つに含まれるアミノ酸残基から選択される場合、残りのアミノ酸残基は、他の群に含まれるアミノ酸残基から選択されることを意味する。
【0195】
好ましい態様において、上述の抗体は、ジスルフィド結合によって架橋された第1のH鎖CH3領域と第2のH鎖CH3領域とを有してもよい。
【0196】
本発明において、改変に供されるアミノ酸残基は、抗体可変領域または抗体定常領域の上述のアミノ酸残基に限定されない。当業者は、変異体ポリペプチドまたはヘテロ多量体において界面を形成するアミノ酸残基を、市販されているソフトウェアを用いるホモロジーモデリングなどによって特定することができ;会合を制御するために、これらの位置のアミノ酸残基を、次いで改変に供することができる。
【0197】
他の公知の手法もまた、本発明の多重特異性抗体の会合のために用いることができる。抗体のH鎖Fc領域の一方に存在するアミノ酸側鎖を、より大きい側鎖(ノブ)で置換し、かつ他方のH鎖の対応するFc領域に存在するアミノ酸側鎖を、より小さい側鎖(ホール)で置換して、ホール内へのノブの配置を可能にすることによって、異なるアミノ酸を含むFc領域含有ポリペプチドを、互いに効率的に会合させることができる(WO1996/027011;Ridgway JB et al., Protein Engineering (1996) 9, 617-621;Merchant A. M. et al. Nature Biotechnology (1998) 16, 677-681;およびUS20130336973)。
【0198】
加えて、他の公知の手法もまた、本発明の多重特異性抗体の形成のために用いることができる。抗体のH鎖CH3の一方の一部を、対応するIgA由来の配列に変換し、かつ対応するIgA由来の配列を、他方のH鎖CH3の相補的な部分に導入することによって作製される、鎖交換操作ドメインCH3を用いたCH3の相補的会合によって、異なる配列を有するポリペプチドの会合を、効率的に誘導することができる(Protein Engineering Design & Selection, 23; 195-202, 2010)。この公知の手法もまた、目的の多重特異性抗体を効率的に形成させるために用いることができる。
【0199】
加えて、WO 2011/028952、WO2014/018572、およびNat Biotechnol. 2014 Feb; 32(2):191-8に記載されているような抗体のCH1とCLとの会合およびVHとVLとの会合を用いた抗体作製のための技術;WO2008/119353、WO2011/131746、WO2015/046467、およびWO2016159213に記載されているような別々に調製されたモノクローナル抗体を組み合わせて用いて二重特異性抗体を作製するための技術(Fabアーム交換);WO2012/058768およびWO2013/063702に記載されているような抗体重鎖CH3間の会合を制御するための技術;WO2012/023053に記載されているような2つのタイプの軽鎖および1つのタイプの重鎖から構成される二重特異性抗体を作製するための技術;Christoph et al.(Nature Biotechnology Vol. 31, p 753-758 (2013))に記載されているような単一のH鎖および単一のL鎖を含む抗体の鎖のうちの1つを個々に発現する2つの細菌細胞株を用いて二重特異性抗体を作製するための技術などが、多重特異性抗体の形成のために用いられてもよい。
【0200】
あるいは、目的の多重特異性抗体を効率的に形成させることができない場合であっても、本発明の多重特異性抗体は、産生された抗体の中からの目的の多重特異性抗体の分離および精製によって、取得することができる。例えば、2つのタイプのH鎖の可変領域中へのアミノ酸置換の導入により等電点の差を付与することによって、2つのタイプのホモマー形態および目的のヘテロマー抗体のイオン交換クロマトグラフィーによる精製を可能にするための方法が、報告されている(WO2007114325)。現在までに、ヘテロマー抗体を精製するための方法として、プロテインAに結合するマウスIgG2a H鎖およびプロテインAに結合しないラットIgG2b H鎖を含むヘテロ二量体抗体を精製するために、プロテインAを用いる方法が報告されている(WO98050431およびWO95033844)。さらに、ヘテロ二量体抗体は、H鎖の各々とプロテインAとの相互作用を変化させるために、IgG-プロテインA結合部位であるEUナンバリング435および436位のアミノ酸残基の、異なるプロテインAアフィニティを生じるアミノ酸であるTyr、Hisなどでの置換を含むH鎖を用いること、または異なるプロテインAアフィニティを有するH鎖を用いること、ならびに次いで、プロテインAカラムを用いることによって、それ自体を効率的に精製することができる。
【0201】
さらに、そのFc領域C末端のヘテロジェニティーが改善されているFc領域を、本発明のFc領域として適宜用いることができる。より具体的には、本発明は、IgG1、IgG2、IgG3、またはIgG4に由来するFc領域を構成する2つのポリペプチドのアミノ酸配列から、EUナンバリングによって特定されるような446位のグリシンおよび447位のリジンを欠失させることによって作製される、Fc領域を提供する。
【0202】
これらの技術の複数、例えば2つ以上を、組み合わせて用いることができる。さらに、これらの技術は、会合させたい2本のH鎖に適宜かつ別々に適用させることができる。さらに、これらの技術は、Fcγ受容体に対する結合活性が低下している上述のFc領域と組み合わせて用いることができる。さらに、本発明の抗原結合分子は、上述の改変に供される抗原結合分子に基づいて、同じアミノ酸配列を有するように別々に作製される分子であってもよい。
【0203】
好ましくは、本発明の抗原結合分子は、HER2 S310Fに結合する第1の抗原結合ドメインと、T細胞受容体複合体に結合する第2の抗原結合ドメインとを含んでもよい。一態様において、第2の抗原結合ドメインは、T細胞受容体に結合する。別の態様において、第2の抗原結合ドメインは、CD3ε鎖に結合する。一態様において、第1の抗原結合ドメインは、ヒトHER2 S310Fに結合する。さらなる態様において、第1の抗原結合ドメインは、真核細胞の表面上のHER2 S310Fに結合する。一態様において、第1の抗原結合ドメインは、がん細胞を含む真核細胞の表面上のヒトHER2 S310Fに結合する。
【0204】
本明細書における句「抗HER2 S310Fアーム」は、二重特異性抗体における、HER2 S310Fに結合する抗体重鎖および抗体軽鎖のことを指す。本明細書における句「抗CD3アーム」は、二重特異性抗体における、CD3に結合する抗体重鎖および抗体軽鎖のことを指す。
【0205】
好ましくは、本発明の抗原結合分子は、細胞性細胞傷害活性(「細胞傷害活性」とも称される)を有し得る。一態様において、細胞性細胞傷害活性は、T細胞依存性細胞性細胞傷害活性(TDCC)である。別の態様において、細胞傷害活性は、その表面上にHER2 S310Fを発現する細胞に対する細胞性細胞傷害活性である。HER2 S310F発現細胞は、がん細胞であってもよい。
【0206】
好ましい局面において、本発明の抗体(または抗原結合分子)は、がん細胞などのHER2 S310F発現細胞に対する細胞傷害活性(または細胞性細胞傷害活性)、または好ましくはT細胞依存性細胞性細胞傷害活性(TDCC)を有する。HER2 S310Fは、そのような細胞の表面上に発現していてもよい。本発明の抗体(または抗原結合分子)の(細胞性)細胞傷害活性またはTDCCは、当技術分野において公知の任意の適している方法によって評価することができる。例えば、TDCCは、実施例5.2に記載されるような乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)放出アッセイによって測定することができる。このアッセイにおいては、標的細胞(例えば、HER2 S310F発現細胞)を、試験抗体の存在下でT細胞(例えば、PBMC)または増大させたT細胞とインキュベートし、T細胞によって死滅した標的細胞から放出されているLDHの活性を、適している試薬を用いて測定する。典型的には、細胞傷害活性を、(例えば、Triton-Xでの処理によって溶解された)標的細胞の100%死滅に起因するLDH活性に対する、抗体とのインキュベーションに起因するLDH活性のパーセンテージとして、計算する。上述のように計算された細胞傷害活性がより高いならば、試験抗体は、より高いTDCCを有すると判定される。追加的にまたは代替的に、例えば、TDCCはまた、実施例5.2に記載されるようなリアルタイム細胞増殖抑制アッセイによって測定することもできる。このアッセイにおいては、標的細胞(例えば、HER2 S310F発現細胞)を、96ウェルプレート上で試験抗体の存在下でT細胞(例えば、PBMC)または増大させたT細胞とインキュベートし、標的細胞の増殖を、当技術分野において公知の方法によって、例えば、適している解析機器(例えば、xCELLigence Real-Time Cell Analyzer)を用いることによってモニタリングする。細胞増殖抑制の率(CGI:%)は、CGI(%)=100-(CIAb×100/CINoAb)として与えられる式に従って、セルインデックス値から決定される。「CIAb」は、特定の実験時間での抗体を含むウェルのセルインデックス値を表し、「CINoAb」は、抗体を含まないウェルの平均セルインデックス値を表す。抗体のCGI率が高い、すなわち、有意に陽性の値を有するならば、抗体は、TDCC活性を有し、本発明においてより好ましいと言うことができる。
【0207】
好ましい局面において、本発明の抗体(または抗原結合分子)は、T細胞活性化活性を有する。T細胞活性化は、その活性化に応答してレポーター遺伝子(例えば、ルシフェラーゼ)を発現する操作されたT細胞株(例えば、Jurkat / NFAT-RE Reporter Cell Line(T Cell Activation Bioassay, Promega))を用いる方法などの、当技術分野において公知の方法によってアッセイすることができる。この方法においては、標的細胞(例えば、HER2 S310F発現細胞)を、試験抗体の存在下でT細胞と培養し、次いで、レポーター遺伝子の発現産物のレベルまたは活性を、適切な方法によってT細胞活性化の指標として測定する。レポーター遺伝子がルシフェラーゼ遺伝子である場合、ルシフェラーゼとその基質との間の反応から生じる発光を、T細胞活性化の指標として測定してもよい。上記のように測定されたT細胞活性化がより高いならば、試験抗体は、より高いT細胞活性化活性を有すると判定される。
好ましい一態様において、本発明の多重特異性抗原結合分子は、表3に列記されるような1つまたは複数のポリペプチド鎖を含む。
【0208】
キメラ抗原受容体(CAR)
本発明の別の局面は、HER2 S310Fターゲティングキメラ抗原受容体(CAR)を発現する免疫細胞およびその使用に関する。いくつかの態様において、本発明のCARは、HER2 S310Fに特異的に結合する本発明の第1の抗原結合ドメイン、好ましくは、表2に記載されるような抗原結合ドメインの1つを含む。ある特定の局面において、CARは、HER2 S310Fに特異的なscFv、またはHER2 S310Fに特異的に結合することができる任意の天然のまたは人工的な部分を含む。特定の態様において、CARは、HER2 S310Fに特異的な一本鎖可変断片(scFv)を利用する。ある特定の態様において、CARは、モノクローナル抗体に由来する、HER2 S310Fに特異的なscFvを利用する。CARは、第二世代または第三世代のCARであってもよいが、具体的態様において、CARは、第三世代のCARではなく、1つの共刺激エンドドメインのみを含む。
【0209】
具体的態様において、個体は、HER2 S310F陽性がんを処置および予防するための、ある特定のタイプの免疫療法、例えば、HER2 S310Fを認識する免疫細胞が与えられる。具体的態様において、免疫細胞は、T細胞、NK細胞、またはNKT細胞である。他のエフェクター細胞には、抗腫瘍活性を生来示すことができるか、またはこの効果を示すように改変されているものが含まれる。具体的態様において、免疫細胞は、HER2 S310F特異的CARを含み、さらに、HER2 S310F特異的CAR以外に改変されていてもよい。具体的態様において、HER2 S310F特異的CARは、表2に記載される抗原結合分子のいずれかに由来するscFvを含む。免疫細胞の別の遺伝子改変は、1つまたは複数のケモカイン受容体を発現させることであり、これは、それらを、例えば、腫瘍部位へのT細胞ホーミングを増強するために利用するためである。CAR T細胞の具体的態様において、1つまたは複数の刺激性サイトカインを一過性に発現させることができる。ある特定の態様において、HER2 S310F-CAR T細胞に、抑制性腫瘍微小環境に対する耐性を付与することができる。また、腫瘍部位に対するT細胞のエフェクター機能を限定するための誘導性自殺遺伝子(例えば、カスパーゼ-9など)および/または抑制性受容体などの、安全性を増加させる遺伝子改変で、「オンターゲット/オフキャンサー(off cancer)」毒性を回避してもよい。
【0210】
特定の態様において、その必要がある個体、例えば、HER2 S310F陽性がんを有することが既知であるか、またはHER2 S310F陽性がんを有する疑いがある個体は、本開示によって包含される免疫細胞の治療的有効量を提供される。特定の態様において、個体は、与えられる投与において、1×104/m2~1×1010/m2のHER2 S310F-CAR T細胞を与えられ得るが、他の用量が利用されてもよい。細胞の複数の投与が、個体に提供されてもよい。ある特定の態様において、T細胞移入の前に、リンパ球枯渇化学療法または放射線照射を用いるか、または用いない。特定の態様において、IL2などのサイトカインの治療後注入はないが、代替的態様においては、サイトカインの治療後注入がある。具体的態様において、HER2 S310F-CAR免疫細胞を、1つまたは複数の追加的な免疫学的がん療法、例えば、T細胞活性化を増加させ、インビボ生存を延ばすためのチェックポイント抗体、免疫調節剤、またはワクチンと組み合わせることができる。他のがん療法、例えば、手術、放射線、薬物療法、および/またはホルモン療法などもまた、用いてもよい。
【0211】
一態様において、HER2 S310Fキメラ抗原受容体をコードするポリヌクレオチドがあり、該キメラ抗原受容体は、CD3-ζ、CD28、CD8、4-1BB、CTLA4、CD27、およびそれらの組み合わせからなる群より選択される膜貫通ドメインを含んでもよい。いくつかの態様において、キメラ抗原受容体は、わずか1つの共刺激エンドドメインを含むが、ある特定の態様においては、キメラ抗原受容体は、1つよりも多い共刺激エンドドメインを含む。特定の態様において、キメラ抗原受容体は、CD28、CD27、4-1BB、OX40 ICOS、Myd88、CD40、およびそれらの組み合わせからなる群より選択される共刺激分子エンドドメインを含む。キメラ抗原受容体は、トラスツズマブ、FRP5、scFv800E6、F5cys、ペルツズマブ、およびそれらの組み合わせからなる群より選択される、HER2 S310Fに特異的なscFvを含んでもよい。
【0212】
ある特定の態様において、本開示によって包含されるポリヌクレオチドを含む発現ベクターがあり、該ベクターは、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、アデノウイルスベクター、もしくはアデノ随伴ウイルスベクターなどのウイルスベクターであってもよく、または非ウイルスベクターであってもよい。
【0213】
特定の態様において、本開示によって包含されるようなポリヌクレオチドまたは発現ベクターを含む細胞がある。具体的態様において、細胞は、T細胞、NK細胞、またはNKT細胞などの免疫細胞である。細胞は、いくつかの場合には腫瘍抗原を含む、別の抗原に特異的であってもよい。具体的態様において、細胞は、pp65CMV特異的T細胞、CMV特異的T細胞、EBV特異的T細胞、水痘ウイルス特異的T細胞、インフルエンザウイルス特異的T細胞、および/またはアデノウイルス特異的T細胞である。
【0214】
一態様において、本開示によって包含されるような細胞のいずれかの複数を治療的有効量で個体に提供する工程を含む、がんについて個体を処置する方法がある。具体的態様において、がんは、HER2 S310F陽性である。がんは、難治性または再発性であってもよい。具体的態様において、がんは、肉腫または神経膠芽腫である。肉腫は、例えば、骨肉腫であってもよい。用量は、重量当たりまたは年齢当たりなどの、別の方法で処方されてもよい。ある特定の態様において、複数の細胞の治療的有効量は、少なくとも1×104/m2、1×105/m2、1×106/m2、1×107/m2、1×108/m2、1×109/m2、または1×1010/m2の用量である。具体的態様において、複数の細胞の治療的有効量は、1×1010/m2、1×109/m2、1×108/m2、1×107/m2、1×106/m2、1×105/m2、または1×104/m2以下の用量である。特定の態様において、方法は、1つまたは複数のサイトカインの投与を伴わずにまたは伴って、およびリンパ球枯渇療法を伴わずにまたは伴って行われ、1×104/m2~1×1010/m2の範囲における細胞用量で行われる。サイトカインは、IL2、IL7、IL12、および/またはIL15であってもよい。
【0215】
特定の態様において、HER2 S310F特異的キメラ抗原受容体を発現する免疫細胞の使用は、エクスビボで行われる。例えば、免疫細胞が、HER2 S310F発現がん細胞を含むHER2 S310Fを有する細胞を標的とするように、該細胞を、1つもしくは複数の細胞、1つもしくは複数の組織、および/または1つもしくは複数の臓器に対してエクスビボで曝露してもよい。具体的態様において、HER2 S310F特異的キメラ抗原受容体発現免疫細胞を利用して、1つもしくは複数の細胞、1つもしくは複数の組織、および/または1つもしくは複数の臓器をエクスビボでプロセシングする。特定の例において、HER2 S310F特異的キメラ抗原受容体発現免疫細胞の有効量をそれぞれの組織または臓器にエクスビボで曝露することによって、いくつかのまたはすべてのHER2 S310F発現がん細胞から組織または臓器を取り除くことができる。一例として、骨髄を、移植前にHER2 S310F特異的キメラ抗原受容体発現免疫細胞にエクスビボで曝露することができるか、またはHER2 S310F特異的キメラ抗原受容体発現免疫細胞を、その必要がある宿主中への導入前に、悪性腫瘍を持つ臓器をプロセシングするために用いることができる。
【0216】
HER2 S310F特異的キメラ抗原受容体を発現する免疫細胞を生成する方法が、本明細書において企図される。具体的態様において、HER2 S310F特異的キメラ抗原受容体を発現するように操作される免疫細胞は、商業的または当業者を含む、別の団体から取得され、または、HER2 S310F特異的キメラ抗原受容体免疫細胞で処置される個体から単離されるか、もしくは別の個体から単離される。免疫細胞は、HER2 S310F特異的キメラ抗原受容体をコードするポリヌクレオチドの形質導入時などに、当技術分野における標準的な手段を用いて、HER2 S310F特異的キメラ抗原受容体を発現するように改変されてもよい。取得されたかまたは単離された免疫細胞が、HER2 S310F特異的キメラ抗原受容体を発現するように遺伝子改変され、かつまた、第2の遺伝子改変も含む(例えば、別のキメラ抗原受容体または別のタイプの非天然受容体を発現する)場合には、遺伝子改変が行われ得る順序は、任意の順序であってもよい。HER2 S310F特異的キメラ抗原受容体または別のタイプの受容体をコードする任意のポリヌクレオチドを、ウイルスベクターまたは非ウイルスベクターなどのベクターを用いて、細胞中に形質導入してもよい。ウイルスベクターは、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクターなどであってもよい。
【0217】
具体的態様において、細胞は、1つまたは複数のケモカイン受容体を一過性に発現する免疫細胞であり、例えば、該ケモカイン受容体は、がんが発現しているケモカインに対する受容体である。具体的態様において、ケモカインは、CXCL1、CXCL8、CCL2、および/またはCCL17である。個体は、追加的ながん療法、例えば、個体が複数の細胞を与えられる前、その最中、および/またはその後に個体に与えられるものの治療的有効量を提供されてもよい。具体的態様において、追加的な治療法には、手術、薬物療法、化学療法、放射線、免疫療法、またはそれらの組み合わせが含まれる。具体的態様において、個体は、複数の細胞が与えられる前にリンパ球枯渇療法が与えられるが、いくつかの態様においては、個体は、複数の細胞を与えられる前にリンパ球枯渇療法を与えられない。
【0218】
ある特定の態様において、免疫療法は、1つまたは複数のチェックポイント抗体、例えば、CTLA4、PD-1、PD-L1、TIM3、BLTA、VISTA、および/またはLAG3を認識するチェックポイント抗体を含む。特定の態様において、細胞は、抑制性受容体を含む。
【0219】
一態様において、本開示によって包含されるようなポリヌクレオチド、本開示によって包含されるような発現ベクター、および/または本開示によって包含されるような細胞を含むキットであり、該ポリヌクレオチド、発現ベクター、およびまたは細胞は、適した容器に収納されている。
【0220】
ある特定の態様において、がんにおける使用のための、HER2 S310Fキメラ抗原受容体改変CMV特異的T細胞がある。
【0221】
本発明は、さらに、疾病について患者を処置するための方法であって、本開示の操作された細胞の有効量を該患者に投与する工程を含む、方法に関する。がんを含む種々の疾病を、本発明に従って処置することができる。いくつかの態様において、がんまたはがん細胞は、好ましくはHER2 S310Fの発現を特徴とする、膀胱がん、子宮頸がん、大腸がん(CRC)、非小細胞肺がん(NSCLC)、食道がん、頭頚部がん、皮膚がん(黒色腫)、胆管がん、腎臓がん、胃がん、小腸がん、肝臓がん、子宮がん、十二指腸がん、乳がん、胆嚢がんである。好ましい一態様において、がんまたはがん細胞は、HER2 S310Fを有する膀胱がんである。
【0222】
いくつかの態様において、方法は、ヒトT細胞の集団の有効な抗腫瘍量を含む薬学的組成物を、ヒト患者に投与する工程を含み、該集団のヒトT細胞は、本開示に記載されるような核酸配列を含むヒトT細胞を含む。
【0223】
がん
用語「がん」および「がん性」は、制御されていない細胞成長/増殖を典型的に特徴とする、哺乳動物における生理学的状態のことを指すかまたは説明する。がんの例には、癌腫、リンパ腫(例えば、ホジキンリンパ腫および非ホジキンリンパ腫)、芽細胞腫、肉腫、および白血病が含まれるが、これらに限定されない。そのようながんのより詳細な例には、扁平上皮細胞がん、小細胞肺がん、非小細胞肺がん、肺の腺がん、肺の扁平上皮がん、腹膜のがん、肝細胞がん、胃腸がん、膵臓がん、神経膠腫、子宮頸がん、卵巣がん、肝臓がん、膀胱がん、肝がん、乳がん、結腸がん、大腸がん、子宮内膜がんまたは子宮がん、唾液腺がん、腎臓がん、肝臓がん、前立腺がん、外陰部がん、甲状腺がん、肝がん、白血病および他のリンパ球増殖性障害、ならびに種々のタイプの頭頸部がんが含まれる。
【0224】
「HER2 S310F」陽性がんには、例えば、次世代シーケンシング(NGS)もしくはリアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)、または当技術分野において知られている任意の公知のタンパク質検出法もしくはアッセイ(例えば、ELISA)によって特定することができる、HER2 S310F遺伝子、mRNA、またはタンパク質の発現を特徴とするがん細胞が含まれる。いくつかの態様において、がんまたはがん細胞は、好ましくはHER2 S310Fの発現を特徴とする、膀胱がん、子宮頸がん、大腸がん(CRC)、非小細胞肺がん(NSCLC)、食道がん、頭頚部がん、皮膚がん(黒色腫)、胆管がん、腎臓がん、胃がん、小腸がん、肝臓がん、子宮がん、十二指腸がん、乳がん、胆嚢がんである(例えば、Nat Med. 2017 Jun;23(6):703-713)。好ましい一態様において、がんまたはがん細胞は、HER2 S310Fを有する膀胱がんである。
【0225】
腫瘍
用語「腫瘍」は、悪性か良性かによらず、すべての新生物性細胞成長および増殖、ならびにすべての前がん性およびがん性の細胞および組織のことを指す。用語「がん」、「がん性」、「細胞増殖性障害」、「増殖性障害」、および「腫瘍」は、本明細書において言及される場合、相互に排他的ではない。
【0226】
卵巣がん
「卵巣がん」とは、卵巣に由来する悪性腫瘍の不均一な群のことを指す。悪性卵巣腫瘍のおよそ90%は、起源が上皮性であり;残りは、胚細胞および間質性腫瘍である。上皮卵巣腫瘍は、以下の組織学的サブタイプに分類される:漿液性腺がん(上皮卵巣腫瘍の約50%を占める);類内膜腺がん(およそ20%);粘液性腺がん(およそ10%);明細胞がん(およそ5~10%);ブレンナー(移行細胞)腫瘍(比較的まれ)。女性において6番目に最も一般的ながんである卵巣がんの予後は、通常不良であり、5年生存率は5~30%の範囲である。卵巣がんの総説については、Fox et al. (2002) "Pathology of epithelial ovarian cancer," in Ovarian Cancer ch. 9 (Jacobs et al., eds., Oxford University Press, New York);Morin et al. (2001) "Ovarian Cancer," in Encyclopedic Reference of Cancer, pp.654-656 (Schwab, ed., Springer-Verlag, New York)を参照のこと。本発明は、上記の上皮卵巣腫瘍サブタイプのいずれか、特に漿液性腺がんサブタイプを診断するかまたは処置する方法を企図する。
【0227】
胃がん
用語「胃がん(gastric cancer)」、または「胃腫瘍(gastric tumor)」、または「胃腫瘍(stomach tumor)」、または「胃がん(stomach cancer)」は、例えば、腺がん(例えば、びまん型および腸型)、ならびにリンパ腫、平滑筋肉腫、および扁平上皮細胞がんなどのより一般的ではない形態を含む、胃の任意の腫瘍またはがんのことを指す。
【0228】
乳房腫瘍
用語「乳房腫瘍」または「乳がん」は、例えば、侵襲性または非浸潤性乳管がん、侵襲性または非浸潤性小葉がん、髄様がん、膠様がん、および乳頭がんなどの腺がん;ならびに、葉状嚢肉腫、肉腫、扁平上皮細胞がん、およびがん肉腫などのより一般的ではない形態を含む、乳房の任意の腫瘍またはがんのことを指す。
【0229】
大腸腫瘍
用語「大腸腫瘍」または「大腸がん」は、例えば、腺がん、ならびにリンパ腫および扁平上皮細胞がんなどのより一般的ではない形態を含む、結腸(盲腸から直腸までの大腸)および直腸を含む大腸の任意の腫瘍またはがんのことを指す。
【0230】
胃腫瘍
用語「胃腫瘍」または「胃がん」は、例えば、腺がん(例えば、びまん型および腸型)、ならびにリンパ腫、平滑筋肉腫、および扁平上皮細胞がんなどのより一般的ではない形態を含む、胃の任意の腫瘍またはがんのことを指す。
【0231】
補体依存性細胞傷害活性
「補体依存性細胞傷害活性」または「CDC」とは、補体の存在下での標的細胞の溶解のことを指す。古典的補体経路の活性化は、同族抗原に結合している(適切なサブクラスの)抗体に対する補体系の第1成分(C1q)の結合によって開始される。補体活性化を評価するために、例えば、Gazzano-Santoro et al., J. Immunol. Methods 202:163 (1996)に記載されているようなCDCアッセイが行われてもよい。改変されたFc領域アミノ酸配列(バリアントFc領域を有するポリペプチド)および増加または減少したC1q結合能を有するポリペプチドバリアントは、例えば、米国特許第6,194,551号B1およびWO 1999/51642に記載されている。例えば、Idusogie et al. J. Immunol. 164: 4178-4184 (2000)もまた参照のこと。
【0232】
イムノコンジュゲート
本発明はまた、1つまたは複数の細胞傷害剤、例えば、化学療法剤もしくは化学療法薬、増殖抑制剤、毒素(例えば、細菌、真菌、植物、もしくは動物起源のタンパク質毒素、酵素的に活性を有する毒素、もしくはそれらの断片)、または放射性同位体にコンジュゲートされた本明細書における本発明の抗原結合分子(例えば、抗HER2 S310F抗体)を含む、イムノコンジュゲートも提供する。
【0233】
一態様において、イムノコンジュゲートは、抗体が、以下を含むがこれらに限定されない1つまたは複数の薬物にコンジュゲートされている、抗体-薬物コンジュゲート(ADC)である:メイタンシノイド(米国特許第5,208,020号、第5,416,064号、および欧州特許EP 0 425 235 B1を参照のこと);モノメチルアウリスタチン薬物部分DEおよびDF(MMAEおよびMMAF)などのアウリスタチン(米国特許第5,635,483号および第5,780,588号および第7,498,298号を参照のこと);ドラスタチン;カリケアマイシンまたはその誘導体(米国特許第5,712,374号、第5,714,586号、第5,739,116号、第5,767,285号、第5,770,701号、第5,770,710号、第5,773,001号、および第5,877,296号;Hinman et al., Cancer Res. 53:3336-3342 (1993);ならびにLode et al., Cancer Res. 58:2925-2928 (1998) を参照のこと);ダウノマイシンまたはドキソルビシンなどのアントラサイクリン(Kratz et al., Current Med. Chem. 13:477-523 (2006);Jeffrey et al., Bioorganic & Med. Chem. Letters 16:358-362 (2006);Torgov et al., Bioconj. Chem. 16:717-721 (2005);Nagy et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 97:829-834 (2000);Dubowchik et al., Bioorg. & Med. Chem. Letters 12:1529-1532 (2002);King et al., J. Med. Chem. 45:4336-4343 (2002);および米国特許第6,630,579号を参照のこと);メトトレキサート;ビンデシン;ドセタキセル、パクリタキセル、ラロタキセル、テセタキセル、およびオルタタキセルなどのタキサン;トリコテセン;ならびにCC1065。
【0234】
別の態様において、イムノコンジュゲートは、以下を含むがこれらに限定されない酵素的に活性を有する毒素またはその断片にコンジュゲートされた、本明細書に記載されるような抗体を含む:ジフテリアA鎖、ジフテリア毒素の非結合活性断片、外毒素A鎖(緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)由来)、リシンA鎖、アブリンA鎖、モデシンA鎖、アルファ-サルシン、シナアブラギリ(Aleurites fordii)タンパク質、ジアンチンタンパク質、ヨウシュヤマゴボウ(Phytolacca americana)タンパク質(PAPI、PAPII、およびPAP-S)、ツルレイシ(momordica charantia)阻害剤、クルシン、クロチン、サボンソウ(saponaria officinalis)阻害剤、ゲロニン、ミトゲリン(mitogellin)、レストリクトシン、フェノマイシン、エノマイシン、ならびにトリコテセン。
【0235】
別の態様において、イムノコンジュゲートは、放射性コンジュゲートを形成するように放射性原子にコンジュゲートされた、本明細書に記載されるような抗体を含む。様々な放射性同位体が、放射性コンジュゲートの作製に利用可能である。例には、211At、131I、125I、90Y、186Re、188Re、153Sm、212Bi、32P、212Pb、およびLuの放射性同位体が含まれる。放射性コンジュゲートを検出のために用いる場合、放射性コンジュゲートは、シンチグラフィー検査用の放射性原子、例えば、Tc-99mもしくは123I、または核磁気共鳴(NMR)イメージング(磁気共鳴イメージング、MRIとしても知られる)用のスピン標識、例えば、再びヨウ素-123、ヨウ素-131、インジウム-111、フッ素-19、炭素-13、窒素-15、酸素-17、ガドリニウム、マンガン、もしくは鉄を含んでもよい。
【0236】
抗体および細胞傷害剤のコンジュゲートは、様々な二官能性タンパク質カップリング剤、例えば、N-スクシンイミジル-3-(2-ピリジルジチオ)プロピオナート(SPDP)、スクシンイミジル-4-(N-マレイミドメチル)シクロヘキサン-1-カルボキシラート(SMCC)、イミノチオラン(IT)、イミドエステルの二官能性誘導体(例えば、アジピミド酸ジメチルHCl)、活性エステル(例えば、スベリン酸ジスクシンイミジル)、アルデヒド(例えば、グルタルアルデヒド)、ビス-アジド化合物(例えば、ビス(p-アジドベンゾイル)ヘキサンジアミン)、ビス-ジアゾニウム誘導体(例えば、ビス-(p-ジアゾニウムベンゾイル)-エチレンジアミン)、ジイソシアナート(例えば、トルエン2,6-ジイソシアナート)、およびビス活性フッ素化合物(例えば、1,5-ジフルオロ-2,4-ジニトロベンゼン)を用いて作製されてもよい。例えば、リシン免疫毒素は、Vitetta et al., Science 238:1098 (1987)に記載されているように調製することができる。炭素-14標識された1-イソチオシアナトベンジル-3-メチルジエチレントリアミン五酢酸(MX-DTPA)は、抗体に対する放射性核種のコンジュゲーションのための例示的なキレート剤である。WO94/11026を参照のこと。リンカーは、細胞における細胞傷害薬の放出を促進する「切断可能なリンカー」であってもよい。例えば、酸不安定性リンカー、ペプチダーゼ感受性リンカー、光不安定性リンカー、ジメチルリンカー、またはジスルフィド含有リンカー(Chari et al., Cancer Res. 52:127-131 (1992);米国特許第5,208,020号)が、用いられてもよい。
【0237】
本明細書におけるイムノコンジュゲートまたはADCは、(例えば、Pierce Biotechnology, Inc., Rockford, IL., U.S.Aから)市販されている、BMPS、EMCS、GMBS、HBVS、LC-SMCC、MBS、MPBH、SBAP、SIA、SIAB、SMCC、SMPB、SMPH、スルホ-EMCS、スルホ-GMBS、スルホ-KMUS、スルホ-MBS、スルホ-SIAB、スルホ-SMCC、およびスルホ-SMPB、ならびにSVSB(スクシンイミジル-(4-ビニルスルホン)ベンゾアート)を含むがこれらに限定されない架橋試薬で調製されたそのようなコンジュゲートを、明示的に企図するが、これらに限定されない。
【0238】
薬学的製剤
用語「薬学的製剤」は、その中に含有される活性成分の生物学的活性を有効にさせるような形態にある調製物であって、かつ製剤が投与される対象に対して許容できないほど毒性であるいかなる追加的な構成要素も含有しない、調製物のことを指す。
【0239】
薬学的に許容される担体
「薬学的に許容される担体」とは、対象に対して無毒性である、薬学的製剤中の活性成分以外の成分のことを指す。薬学的に許容される担体には、緩衝液、賦形剤、安定剤、または保存剤が含まれるが、これらに限定されない。
【0240】
処置
本明細書において用いられる場合、「処置」(および、「処置する」または「処置すること」などのその文法上の変形物)は、処置される個体の自然経過を改変しようとする臨床的介入のことを指し、予防のため、または臨床的病状の経過中のいずれかに行うことができる。処置の望ましい効果には、疾患の発生または再発の阻止、症状の軽減、疾患の任意の直接的または間接的な病理学的影響の減弱、転移の阻止、疾患の進行速度の低減、疾患状態の回復または緩和、および寛解または予後の改善が含まれるが、これらに限定されない。いくつかの態様において、本発明の抗体は、疾患の発症を遅らせるため、または疾患の進行を遅くするために使用される。
【0241】
一局面において、本発明は、HER2 S310Fに結合する第1の抗体可変領域を含む第1のドメインと、T細胞受容体複合体に結合する第2の抗体可変領域を含む第2のドメインとを含む多重特異性抗原結合分子、およびその使用に、一部基づく。本発明の抗原結合分子および抗体は、例えば、がん、特に、卵巣腫瘍、非小細胞肺がん、胃がん、および肝臓がんの診断または処置に有用である。
【0242】
薬学的組成物
本発明の薬学的組成物、細胞性細胞傷害活性を誘導するための治療剤、細胞増殖抑制剤、または本発明の抗がん剤は、必要とされる場合に、様々なタイプの多重特異性抗原結合分子とともに製剤化されてもよい。例えば、抗原を発現する細胞に対する細胞傷害作用は、本発明の複数の多重特異性抗原結合分子のカクテルによって増強することができる。
【0243】
必要であれば、本発明の多重特異性抗原結合分子は、マイクロカプセル(ヒドロキシメチルセルロース、ゼラチン、ポリ[メタクリル酸メチル]などから作られたマイクロカプセル)にカプセル化され、コロイド状薬物送達システム(リポソーム、アルブミンミクロスフェア、マイクロエマルジョン、ナノ粒子、およびナノカプセル)の構成要素にされてもよい(例えば、"Remington's Pharmaceutical Sciences 16th edition", Oslo Ed. (1980) を参照のこと)。さらに、徐放剤として剤を調製するための方法は公知であり、これらを、本発明の多重特異性抗原結合分子に適用することができる(J. Biomed. Mater. Res. (1981) 15, 267-277;Chemtech. (1982) 12, 98-105;米国特許第3773719号;欧州特許出願(EP)番号EP58481およびEP133988;Biopolymers (1983) 22, 547-556)。
【0244】
本発明の薬学的組成物、細胞増殖抑制剤、または抗がん剤は、患者に経口または非経口のいずれかで投与され得る。非経口投与が好ましい。具体的には、そのような投与法には、注射、鼻腔投与、肺内投与、および経皮投与が含まれる。注射には、例えば、静脈内注射、筋肉内注射、腹腔内注射、および皮下注射が含まれる。例えば、本発明の薬学的組成物、細胞性細胞傷害活性を誘導するための治療剤、細胞増殖抑制剤、または抗がん剤は、注射によって局所にまたは全身に投与することができる。さらに、患者の年齢および症状に従って、適切な投与法を選択することができる。投与される用量は、例えば、各投与について体重1 kg当たり0.0001 mg~1,000 mgの範囲から選択することができる。あるいは、用量は、例えば、患者当たり0.001 mg/体~100,000 mg/体の範囲から選択することができる。しかし、本発明の薬学的組成物の用量は、これらの用量に限定されない。
【0245】
本発明の薬学的組成物は、従来の方法(例えば、Remington's Pharmaceutical Science, latest edition, Mark Publishing Company, Easton, U.S.A.)に従って製剤化することができ、また、薬学的に許容される担体および添加物を含有してもよい。例には、界面活性剤、賦形剤、着色剤、着香剤、保存剤、安定剤、緩衝剤、懸濁剤、等張剤、結合剤、崩壊剤、潤滑剤、流動性促進剤、および矯正薬が含まれるが、これらに限定されず、他の一般的に用いられる担体を、好適に用いることができる。担体の具体例には、軽質無水ケイ酸、ラクトース、結晶セルロース、マンニトール、デンプン、カルメロースカルシウム、カルメロースナトリウム、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルアセタールジエチルアミノアセタート、ポリビニルピロリドン、ゼラチン、中鎖トリグリセリド、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油60、サッカロース、カルボキシメチルセルロース、コーンスターチ、無機塩などが含まれる。
【0246】
好ましくは、本発明の薬学的組成物は、本発明の多重特異性抗原結合分子を含む。一局面において、組成物は、細胞性細胞傷害活性の誘導における使用のための薬学的組成物である。別の局面において、組成物は、がんの処置または予防における使用のための薬学的組成物である。本発明の薬学的組成物は、がんを処置するかまたは予防するために使用することができる。したがって、本発明は、がんを処置するかまたは予防するための方法を提供し、ここで本発明の多重特異性抗原結合分子は、その必要がある患者に投与される。好ましい態様において、がんは、好ましくはHER2 S310Fの発現を特徴とする、膀胱がん、子宮頸がん、大腸がん(CRC)、非小細胞肺がん(NSCLC)、食道がん、頭頚部がん、皮膚がん(黒色腫)、胆管がん、腎臓がん、胃がん、小腸がん、肝臓がん、子宮がん、十二指腸がん、乳がん、胆嚢がんである。好ましい一態様において、がんは、HER2 S310Fを有する膀胱がんである。
【0247】
治療法および組成物
本明細書で提供される抗原結合分子(例えば、抗HER2 S310F抗体、抗HER2 S310F x CD3二重特異性抗体)のいずれかが、治療法において使用され得る。
【0248】
一局面において、医薬としての使用のための本発明の抗原結合分子(例えば、抗HER2 S310F抗体、抗HER2 S310F x CD3二重特異性抗体)が、提供される。さらなる局面において、がんの処置における使用のための抗原結合分子が、提供される。ある特定の態様において、処置の方法における使用のための抗原結合分子が、提供される。ある特定の態様において、本発明は、がんを有する個体を処置する方法であって、抗原結合分子の有効量を該個体に投与する工程を含む方法における使用のための、抗原結合分子を提供する。そのような一態様において、方法は、例えば、下記のような、少なくとも1つの追加的な治療剤の有効量を該個体に投与する工程をさらに含む。さらなる態様において、本発明は、例えば、HER2 S310Fのリガンド非依存性の二量体化の阻止、HER2 S310F発現がん細胞の増殖および/または成長の抑制における使用のための、抗原結合分子を提供する。上記の態様のいずれかによる「個体」は、好ましくはヒトである。一態様において、がんまたはがん細胞は、HER2 S310Fの発現を特徴とする。別の態様において、がんまたはがん細胞は、好ましくはHER2 S310Fの発現を特徴とする、膀胱がん、子宮頸がん、大腸がん(CRC)、非小細胞肺がん(NSCLC)、食道がん、頭頚部がん、皮膚がん(黒色腫)、胆管がん、腎臓がん、胃がん、小腸がん、肝臓がん、子宮がん、十二指腸がん、乳がん、胆嚢がんである。好ましい一態様において、がんまたはがん細胞は、HER2 S310Fを有する膀胱がんである。
【0249】
さらなる局面において、本発明は、医薬の製造または調製における、抗原結合分子(例えば、抗HER2 S310F抗体、抗HER2 S310F x CD3二重特異性抗体)の使用を提供する。一態様において、医薬は、がんの処置のためである。さらなる態様において、医薬は、がんを有する個体に医薬の有効量を投与する工程を含むがんを処置する方法における使用のためである。そのような一態様において、方法は、例えば、下記のような、少なくとも1つの追加的な治療剤の有効量を該個体に投与する工程をさらに含む。さらなる態様において、医薬は、例えば、HER2 S310Fのリガンド非依存性の二量体化の阻止、HER2 S310F発現がん細胞の増殖および/または成長の抑制のためである。さらなる態様において、医薬は、個体において、例えば、HER2 S310Fのリガンド非依存性の二量体化を阻止し、HER2 S310F発現がん細胞の増殖および/または成長を抑制する方法であって、HER2 S310Fのリガンド非依存性の二量体化を阻止し、HER2 S310F発現がん細胞の増殖および/または成長を抑制するために医薬の有効量を該個体に投与する工程を含む、方法における使用のためである。上記の態様のいずれかによる「個体」は、ヒトであってもよい。一態様において、がんまたはがん細胞は、HER2 S310Fの発現を特徴とする。別の態様において、がんまたはがん細胞は、好ましくはHER2 S310Fの発現を特徴とする、膀胱がん、子宮頸がん、大腸がん(CRC)、非小細胞肺がん(NSCLC)、食道がん、頭頚部がん、皮膚がん(黒色腫)、胆管がん、腎臓がん、胃がん、小腸がん、肝臓がん、子宮がん、十二指腸がん、乳がん、胆嚢がんである。好ましい一態様において、がんまたはがん細胞は、HER2 S310Fを有する膀胱がんである。
【0250】
さらなる局面において、本発明は、がんを処置するための方法を提供する。一態様において、方法は、そのようながんを有する個体に、本発明の抗原結合分子(例えば、抗HER2 S310F抗体、抗HER2 S310F x CD3二重特異性抗体)の有効量を投与する工程を含む。そのような一態様において、方法は、下記のような、少なくとも1つの追加的な治療剤の有効量を該個体に投与する工程をさらに含む。上記の態様のいずれかによる「個体」は、ヒトであってもよい。一態様において、がんまたはがん細胞は、HER2 S310Fの発現を特徴とする。別の態様において、がんまたはがん細胞は、好ましくはHER2 S310Fの発現を特徴とする、膀胱がん、子宮頸がん、大腸がん(CRC)、非小細胞肺がん(NSCLC)、食道がん、頭頚部がん、皮膚がん(黒色腫)、胆管がん、腎臓がん、胃がん、小腸がん、肝臓がん、子宮がん、十二指腸がん、乳がん、胆嚢がんである。好ましい一態様において、がんまたはがん細胞は、HER2 S310Fを有する膀胱がんである。
【0251】
さらなる局面において、本発明は、例えば、上記の治療法のいずれかにおける使用のための、本明細書で提供される本発明の抗原結合分子(例えば、抗HER2 S310F抗体、抗HER2 S310F x CD3二重特異性抗体)のいずれかを含む、薬学的製剤を提供する。一態様において、薬学的製剤は、本明細書で提供される本発明の抗原結合分子(例えば、抗HER2 S310F抗体、抗HER2 S310F x CD3二重特異性抗体)のいずれかと、薬学的に許容される担体とを含む。別の態様において、薬学的製剤は、本明細書で提供される本発明の抗原結合分子(例えば、抗HER2 S310F抗体、抗HER2 S310F x CD3二重特異性抗体)のいずれかと、例えば、下記のような、少なくとも1つの追加的な治療剤とを含む。
【0252】
併用療法
本発明の抗原結合分子(例えば、抗HER2 S310F抗体、抗HER2 S310F x CD3二重特異性抗体)は、治療において単独で、または他の剤と組み合わせてのいずれかで使用することができる。例えば、本発明の抗体は、少なくとも1つの追加的な治療剤と同時投与されてもよい。ある特定の態様において、追加的な治療剤は、追加的な他の細胞傷害剤、化学療法剤、もしくは抗がん剤、または、患者において抗HER2 S310F療法の効果を増強する化合物である。そのような剤には、例えば、以下が含まれる:
トラスツズマブまたはペルツズマブ、トラスツズマブエムタンシン、ラパチニブまたはネラチニブなどの、当技術分野において公知である、抗HER2抗体または阻害剤のいずれか;
シクロホスファミド(CTX;例えば、cytoxan(登録商標))、クロラムブシル(CHL;例えば、leukeran(登録商標))、シスプラチン(CisP;例えば、platinol(登録商標))、ブスルファン(例えば、myleran(登録商標))、メルファラン、カルムスチン(BCNU)、ストレプトゾトシン、トリエチレンメラミン(TEM)、マイトマイシンCなどのような、アルキル化剤またはアルキル化作用を有する剤;
腫瘍壊死因子;インターフェロンα、β、およびγ;IL-2および他のサイトカイン;F42Kおよび他のサイトカインアナログ;またはMIP-1、MIP-1β、MCP-1、RANTES、および他のケモカインを含む、免疫調節剤;
メトトレキサート(MTX)、エトポシド(VP16;例えば、vepesid(登録商標))、6-メルカプトプリン(6 MP)、6-チオグアニン(6TG)、シタラビン(Ara-C)、5-フルオロウラシル(5-FU)、カペシタビン(例えば、Xeloda(登録商標))、ダカルバジン(DTIC)などのような、代謝拮抗物質;
アクチノマイシンD、ドキソルビシン(DXR;例えば、adriamycin(登録商標))、ダウノルビシン(ダウノマイシン)、ブレオマイシン、ミトラマイシンなどのような、抗生物質;ならびに
アルカロイド、例えば、ビンクリスチン(VCR)、ビンブラスチンなどのようなビンカアルカロイド;
他の抗腫瘍剤、例えば、パクリタキセル(例えば、taxol(登録商標))およびパクリタキセル誘導体、細胞分裂抑制剤、デキサメタゾン(DEX;例えば、decadron(登録商標))などのグルココルチコイドおよびプレドニゾンなどのコルチコステロイド、ヒドロキシ尿素などのヌクレオシド酵素阻害剤、アスパラギナーゼなどのアミノ酸枯渇酵素、ロイコボリンおよび他の葉酸誘導体、ならびに類似の多様な抗腫瘍剤。
【0253】
以下の剤もまた、追加的な剤として使用されてもよい:アルニフォスチン(arnifostine)(例えば、ethyol(登録商標))、ダクチノマイシン、メクロレタミン(ナイトロジェンマスタード)、ストレプトゾシン、シクロホスファミド、ロムスチン(CCNU)、ドキソルビシンリポ(例えば、doxil(登録商標))、ゲムシタビン(例えば、gemzar(登録商標))、ダウノルビシンリポ(例えば、daunoxome(登録商標))、プロカルバジン、マイトマイシン、ドセタキセル(例えば、taxotere(登録商標))、アルデスロイキン、カルボプラチン、オキサリプラチン、クラドリビン、カンプトテシン、CPT 11(イリノテカン)、10-ヒドロキシ7-エチル-カンプトテシン(SN38)、フロクスウリジン、フルダラビン、イホスファミド、イダルビシン、メスナ、インターフェロンβ、インターフェロンα、ミトキサントロン、トポテカン、ロイプロリド、メゲストロール、メルファラン、メルカプトプリン、プリカマイシン、ミトタン、ペガスパルガーゼ、ペントスタチン、ピポブロマン、プリカマイシン、タモキシフェン、テニポシド、テストラクトン、チオグアニン、チオテパ、ウラシルマスタード、ビノレルビン、クロラムブシル。
【0254】
一態様において、抗ホルモン剤もまた、患者におけるHER2 S310F陽性がんまたはHER2 S310F陽性がんの転移の処置のために、本発明の抗原結合分子と組み合わせて使用されてもよい。本明細書において用いられる場合、用語「抗ホルモン剤」は、腫瘍に対するホルモン作用を制御するかまたは阻害するように働く、天然または合成の有機化合物またはペプチド化合物を含む。抗ホルモン剤には、例えば、以下が含まれる:タモキシフェン、ラロキシフェン、4(5)-イミダゾールを阻害するアロマターゼ、他のアロマターゼ阻害剤、42-ヒドロキシタモキシフェン、トリオキシフェン、ケオキシフェン、LY 117018、オナプリストン、およびトレミフェン(例えば、Fareston(登録商標))などのステロイド受容体アンタゴニスト、抗エストロゲン;フルタミド、ニルタミド、ビカルタミド、ロイプロリド、およびゴセレリンなどの抗アンドロゲン;および上記のいずれかの薬学的に許容される塩、酸、または誘導体;濾胞刺激ホルモン(FSH)、甲状腺刺激ホルモン(TSH)、ならびに黄体形成ホルモン(LH)およびLHRH(黄体形成ホルモン放出ホルモン)などの糖タンパク質ホルモンのアゴニストおよび/またはアンタゴニスト;Zoladex(登録商標)(AstraZeneca)として市販されている、LHRHアゴニストの酢酸ゴセレリン;LHRHアンタゴニストのD-アラニンアミドN-アセチル-3-(2-ナフタレニル)-D-アラニル-4-クロロ-D-フェニルアラニル-3-(3-ピリジニル)-D-アラニル-L-セリル-N-6-(3-ピリジニルカルボニル)-L-リジル-N-6-(3-ピリジニル-カルボニル)-D-リジル-L-ロイシル-N-6-(1-メチルエチル)-L-リジル-L-プロリン(例えば、Antide(登録商標)、Ares-Serono);LHRHアンタゴニストの酢酸ガニレリクス;ステロイド性抗アンドロゲンの酢酸シプロテロン(CPA)、およびMegace(登録商標)(Bristol-Myers Oncology)として市販されている酢酸メゲストロール;Eulexin(登録商標)(Schering Corp.)として市販されている、非ステロイド性抗アンドロゲンのフルタミド(2-メチル-N-[4,20-ニトロ-3-(トリフルオロメチル)フェニルプロパンアミド);非ステロイド性抗アンドロゲンのニルタミド(5,5-ジメチル-3-[4-ニトロ-3-(トリフルオロメチル-4'-ニトロフェニル)-4,4-ジメチル-イミダゾリジン-ジオン);ならびに、RAR(レチノイン酸受容体)、RXR(レチノイドX受容体)、TR(甲状腺受容体)、VDR(ビタミン-D受容体)などに対するアンタゴニストなどの、他の非許容受容体に対するアンタゴニスト。
【0255】
上述のような併用療法は、併用投与(2つ以上の治療剤が、同じまたは別々の製剤に含まれる)、および個別投与を包含し、個別投与の場合、本発明の抗体の投与は、1つまたは複数の追加的な治療剤の投与に先立って、それと同時に、および/またはそれに続いて行うことができる。一態様において、抗原結合分子の投与および追加的な治療剤の投与は、互いに、約1か月以内、または約1、2、もしくは3週間以内、または約1、2、3、4、5、もしくは6日以内に行われる。本発明の抗原結合分子(例えば、抗HER2 S310F抗体、抗HER2 S310F x CD3二重特異性抗体)はまた、放射線療法と組み合わせて使用することもできる。
【0256】
本発明の抗原結合分子(例えば、抗HER2 S310F抗体、抗HER2 S310F x CD3二重特異性抗体)(および任意の追加的な治療剤)は、非経口投与、肺内投与、および鼻内投与、ならびに、局所的処置のために望まれる場合は病巣内投与を含む、任意の適している手段によって投与することができる。非経口注入には、筋肉内、静脈内、動脈内、腹腔内、または皮下投与が含まれる。投薬は、任意の適している経路、例えば、投与が短時間か長期間かに一部応じて、静脈内注射または皮下注射などの注射によることができる。単回投与または種々の時点にわたる反復投与、ボーラス投与、およびパルス注入を含むがこれらに限定されない種々の投薬スケジュールが、本明細書において企図される。
【0257】
本発明の抗原結合分子(例えば、抗HER2 S310F抗体、抗HER2 S310F x CD3二重特異性抗体)は、優良医療規範(good medical practice)に一致したやり方で、製剤化され、投薬され、かつ投与される。この観点から考慮されるべきファクターには、処置されているその特定の障害、処置されているその特定の哺乳動物、個々の患者の臨床状態、障害の原因、剤の送達部位、投与方法、投与のスケジュール、および医療従事者に知られている他のファクターが含まれる。抗原結合分子は、必ずしもそうでなくてもよいが、任意で、問題となっている障害を予防するかまたは処置するために現に使用されている1つまたは複数の剤とともに製剤化される。そのような他の剤の有効量は、製剤中に存在する抗原結合分子の量、障害または処置のタイプ、および上記で論じた他のファクターに依存する。これらは概して、本明細書に記載されるのと同じ投薬量および投与経路で、または本明細書に記載される投薬量の約1~99%で、または経験的/臨床的に適切であると判定される任意の投薬量および任意の経路で、使用される。
本発明の抗原結合分子の代わりにまたはそれに加えて、上記の製剤または治療法のいずれかが、本発明のイムノコンジュゲートを使用して実施されてもよいことが、理解される。
【0258】
本発明はまた、HER2 S310Fを発現する細胞を、HER2 S310Fに結合する本発明の単一特異性または多重特異性抗原結合分子(例えば、抗HER2 S310F抗体、抗HER2 S310F x CD3二重特異性抗体)と接触させることによって、HER2 S310Fを発現する細胞を損傷するまたは細胞増殖を抑制するための方法も提供する。HER2 S310Fに結合するモノクローナル抗体は、本発明の細胞性細胞傷害活性を誘導するための治療剤、細胞増殖抑制剤、および抗がん剤に含まれる、本発明の単一特異性または多重特異性抗原結合分子として、上に記載されている。本発明の単一特異性または多重特異性抗原結合分子が結合する細胞は、それらがHER2 S310Fを発現する限り、特に限定されない。具体的には、本発明において、好ましいがん抗原発現細胞には、例えば、次世代シーケンシング(NGS)もしくはリアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)、または当技術分野において知られている任意の公知のタンパク質検出法もしくはアッセイ(例えば、ELISA)によって特定することができる、HER2 S310F遺伝子、mRNA、またはタンパク質の発現を特徴とするがん細胞を含む、HER2 S310F陽性がんが含まれる。いくつかの態様において、がんまたはがん細胞は、好ましくはHER2 S310Fの発現を特徴とする、膀胱がん、子宮頸がん、大腸がん(CRC)、非小細胞肺がん(NSCLC)、食道がん、頭頚部がん、皮膚がん(黒色腫)、胆管がん、腎臓がん、胃がん、小腸がん、肝臓がん、子宮がん、十二指腸がん、乳がん、胆嚢がんである(例えば、Nat Med. 2017 Jun;23(6):703-713)。好ましい一態様において、がんまたはがん細胞は、HER2 S310Fを有する膀胱がんである。
【0259】
本発明において、「接触」は、例えば、本発明の多重特異性抗原結合分子を、インビトロで培養されたHER2 S310Fを発現する細胞の培養培地に添加することによって、実施することができる。この場合に、添加される多重特異性抗原結合分子は、溶液、または凍結乾燥によって調製された固体などのような、適切な形態で使用することができる。本発明の多重特異性抗原結合分子を、水溶液として添加する場合、溶液は、多重特異性抗原結合分子のみを含有する純粋な水溶液であってもよく、または、例えば、上記の界面活性剤、賦形剤、着色剤、着香剤、保存剤、安定剤、緩衝剤、懸濁剤、等張剤、結合剤、崩壊剤、潤滑剤、流動性促進物質、および矯正薬を含有する溶液であってもよい。添加される濃度は、特に限定されない;しかし、培養培地中の最終濃度は、好ましくは、1 pg/ml~1 g/ml、より好ましくは1 ng/ml~1 mg/ml、およびさらにより好ましくは1μg/ml~1 mg/mlの範囲である。
【0260】
本発明の別の態様において、「接触」はまた、インビボでHER2 S310F発現細胞を移植された非ヒト動物への、または内因性にHER2 S310Fを発現するがん細胞を有する動物への投与によって実施することもできる。投与法は、経口であってもよく、または非経口であってもよい。非経口投与が、特に好ましい。具体的には、非経口投与法には、注射、鼻腔投与、肺投与、および経皮投与が含まれる。注射には、例えば、静脈内注射、筋肉内注射、腹腔内注射、および皮下注射が含まれる。例えば、本発明の薬学的組成物、細胞性細胞傷害活性を誘導するための治療剤、細胞増殖抑制剤、または抗がん剤は、注射によって局所にまたは全身に投与することができる。さらに、動物対象の年齢および症状に従って、適切な投与法を選択することができる。多重特異性抗原結合分子を、水溶液として投与する場合、溶液は、多重特異性抗原結合分子のみを含有する純粋な水溶液であってもよく、または、例えば、上記の界面活性剤、賦形剤、着色剤、着香剤、保存剤、安定剤、緩衝剤、懸濁剤、等張剤、結合剤、崩壊剤、潤滑剤、流動性促進物質、および矯正薬を含有する溶液であってもよい。投与される用量は、例えば、各投与について体重1 kg当たり0.0001~1,000 mgの範囲から選択することができる。あるいは、用量は、各患者について0.001~100,000 mg/体の範囲から選択することができる。しかし、本発明の多重特異性抗原結合分子の用量は、これらの例に限定されない。
【0261】
下記の方法は、好ましくは、本発明の多重特異性抗原結合分子を、本発明の多重特異性抗原結合分子を形成する抗原結合ドメインが結合するHER2 S310F発現細胞と接触させることによって行われる、細胞性細胞傷害活性を評価するかまたは決定するための方法として用いられる。インビトロで細胞傷害活性を評価するかまたは決定するための方法には、細胞傷害性T細胞の活性などを決定するための方法が含まれる。本発明の多重特異性抗原結合分子が、T細胞媒介性細胞性細胞傷害活性を誘導する活性を有するかどうかは、公知の方法によって判定することができる(例えば、Current protocols in Immunology, Chapter 7. Immunologic studies in humans, Editor, John E, Coligan et al., John Wiley & Sons, Inc., (1993)を参照のこと)。細胞傷害活性アッセイにおいて、その抗原結合ドメインが、HER2 S310Fとは異なりかつ細胞において発現していない抗原に結合する多重特異性抗原結合分子を、対照多重特異性抗原結合分子として用いる。対照多重特異性抗原結合分子を、同じ様式でアッセイする。次いで、本発明の多重特異性抗原結合分子が、対照多重特異性抗原結合分子よりも強い細胞傷害活性を示すかどうかを試験することによって、活性を評価する。
【0262】
一方、インビボ抗腫瘍効力は、例えば、以下の手順によって評価するかまたは決定する。本発明の多重特異性抗原結合分子を形成する抗原結合ドメインが結合する抗原を発現する細胞を、非ヒト動物対象の皮内または皮下に移植する。次いで、移植の日またはその後から、試験多重特異性抗原結合分子を、毎日、または数日の間隔で、静脈または腹腔中に投与する。腫瘍サイズを、経時的に測定する。腫瘍サイズの変化における差を、細胞傷害活性として定義することができる。インビトロアッセイにおいてと同様に、対照多重特異性抗原結合分子を投与する。対照多重特異性抗原結合分子が投与された群においてよりも、本発明の多重特異性抗原結合分子が投与された群において、腫瘍サイズが小さい場合に、本発明の多重特異性抗原結合分子は、細胞傷害活性を有すると判断することができる。
【0263】
多重特異性抗原結合分子を形成する抗原結合ドメインが結合する抗原を発現する細胞の増殖を抑制する、本発明の多重特異性抗原結合分子との接触の効果を評価するかまたは決定するために、MTT法、および同位体標識されたチミジンの細胞中への取り込みの測定が、好ましく用いられる。一方、インビボで細胞増殖を抑制する活性を評価するかまたは決定するために、インビボ細胞傷害活性を評価するかまたは決定するための上記の同じ方法を、好ましく用いることができる。
【0264】
本発明はまた、本発明の多重特異性抗原結合分子、または本発明の方法によって作製される多重特異性抗原結合分子を含有する、本発明の方法における使用のためのキットも提供する。キットは、追加的な薬学的に許容される担体もしくは媒体、またはどのようにキットを使用するかを説明する指示マニュアルなどとともにパッケージされてもよい。
【0265】
加えて、本発明は、本発明の方法における使用のための、本発明の多重特異性抗原結合分子、または本発明の方法によって作製される多重特異性抗原結合分子に関する。
【0266】
診断および検出のための方法および組成物
ある特定の態様において、本明細書で提供される本発明の抗原結合分子(例えば、抗HER2 S310F抗体)のいずれかは、生物学的サンプルにおけるHER2 S310Fの存在を検出するのに有用である。本明細書において用いられる用語「検出すること」は、定量的または定性的な検出を包含する。ある特定の態様において、生物学的サンプルには、細胞または組織、例えば、膀胱組織が含まれる。
【0267】
一態様において、診断または検出の方法における使用のための抗HER2 S310F抗体が、提供される。さらなる局面において、生物学的サンプルにおけるHER2 S310Fの存在を検出する方法が、提供される。ある特定の態様において、方法は、HER2 S310Fに対する抗HER2 S310F抗体の結合が許容される条件下で、生物学的サンプルを、本明細書に記載されるような抗HER2 S310F抗体と接触させる工程、および抗HER2 S310F抗体とHER2 S310Fとの間に複合体が形成されるかどうかを検出する工程を含む。そのような方法は、インビトロの方法であってもよく、またはインビボの方法であってもよい。一態様において、HER2 S310Fが患者の選択のためのバイオマーカーである場合、抗HER2 S310F抗体が、抗HER2 S310F抗体での治療に適格である対象を選択するために使用される。一態様において、抗HER2 S310F抗体は、個体においてがんを診断するか、または個体においてがん処置応答を予測する方法であって、患者から単離されたサンプルにおいてHER2 S310Fの存在を決定する工程を含む、方法において使用される。一態様において、がんまたはがん細胞は、HER2 S310Fの発現を特徴とする。別の態様において、がんまたはがん細胞は、好ましくはHER2 S310Fの発現を特徴とする、膀胱がん、子宮頸がん、大腸がん(CRC)、非小細胞肺がん(NSCLC)、食道がん、頭頚部がん、皮膚がん(黒色腫)、胆管がん、腎臓がん、胃がん、小腸がん、肝臓がん、子宮がん、十二指腸がん、乳がん、胆嚢がんである。好ましい一態様において、がんまたはがん細胞は、HER2 S310Fを有する膀胱がんである。
【0268】
ある特定の態様において、標識された抗HER2 S310F抗体が提供される。標識には、直接的に検出される標識または部分(例えば、蛍光標識、発色標識、高電子密度標識、化学発光標識、および放射性標識)、ならびに、例えば、酵素反応または分子間相互作用を通して間接的に検出される、酵素またはリガンドなどの部分が含まれるが、これらに限定されない。例示的な標識には、以下が含まれるが、これらに限定されない:放射性同位体32P、14C、125I、3H、および131I、蛍光体、例えば希土類キレートまたはフルオレセインおよびその誘導体、ローダミンおよびその誘導体、ダンシル、ウンベリフェロン、ルシフェラーゼ、例えば、ホタルルシフェラーゼおよび細菌ルシフェラーゼ(米国特許第4,737,456号)、ルシフェリン、2,3-ジヒドロフタラジンジオン、西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)、アルカリホスファターゼ、β-ガラクトシダーゼ、グルコアミラーゼ、リゾチーム、単糖オキシダーゼ、例えば、グルコースオキシダーゼ、ガラクトースオキシダーゼ、およびグルコース-6-リン酸デヒドロゲナーゼ、ウリカーゼおよびキサンチンオキシダーゼなどの複素環オキシダーゼ、過酸化水素を使用して色素前駆体を酸化する酵素(例えば、HRP、ラクトペルオキシダーゼ、またはミクロペルオキシダーゼ)とカップリングされたもの、ビオチン/アビジン、スピン標識、バクテリオファージ標識、安定なフリーラジカル類など。
【0269】
本明細書において引用されるすべての文書は、参照により本明細書に組み入れられる。
【実施例】
【0270】
以下は、本発明の方法および組成物の実施例である。上記で提供される一般的な説明に照らして、種々の他の態様が実施され得ることが理解される。
【0271】
実施例1.ヒトHER2 S310F細胞外ドメイン(ECD)および野生型HER2 ECDの発現および精製
そのC末端にウサギFcタグを有するヒトHER2 S310F ECDのアミノ酸23~646を含む合成ポリペプチド(配列番号:1)を、Expi293細胞株(Thermo Fisher)を用いて一過性に発現させた。合成ポリペプチドを発現する条件培地を、MabSelect SuReレジン(GE Healthcare)を充填したカラムにアプライし、酢酸Naで溶出した。合成ポリペプチドを含有する画分を収集し、その後に、1×D-PBSで平衡化したSuperdex 200ゲル濾過カラム(GE healthcare)に供した。次いで、合成ポリペプチドを含有する画分をプールして、-80℃で保管した。
【0272】
配列番号:1(以下に示す)は、シグナル配列(斜体、最初の19アミノ酸残基)を含む、そのC末端にリンカー(太字)およびそれに続くウサギFcタグ(下線)を有するヒトHER2 S310F ECD(HER2の310位に対応するFアミノ酸残基は、太字にして下線を引いた)の23~646のアミノ酸配列を図示する。シグナル配列は、成熟ポリペプチド鎖の一部ではない。
【0273】
そのC末端にFLAGタグを有するヒトHER2 S310F ECDのアミノ酸23~646を含む合成ポリペプチド(配列番号:2)を、Expi293細胞株(Thermo Fisher)を用いて一過性に発現させた。合成ポリペプチドを発現する条件培地を、抗FLAG M2アフィニティレジン(Sigma)を充填したカラムにアプライし、FLAGペプチド(Sigma)で溶出した。合成ポリペプチドを含有する画分を収集し、その後に、1×D-PBSで平衡化したSuperdex 200ゲル濾過カラム(GE healthcare)に供した。次いで、合成ポリペプチドを含有する画分をプールして、-80℃で保管した。
【0274】
配列番号:2(以下に示す)は、シグナル配列(斜体、最初の19アミノ酸残基)を含む、そのC末端にリンカー(太字)およびそれに続くFLAGタグ(下線)を有するヒトHER2 S310F ECD(HER2の310位に対応するFアミノ酸残基は、太字にして下線を引いた)の23~646のアミノ酸配列を図示する。シグナル配列は、成熟ポリペプチド鎖の一部ではない。
【0275】
そのC末端にtwin Strepタグを有するヒト野生型HER2 ECDのアミノ酸23~646を含む合成ポリペプチド(配列番号:3)を、Expi293細胞株(Thermo Fisher)を用いて一過性に発現させた。合成ポリペプチドを発現する条件培地を、Strep Tactinレジン(IBA Lifesciences)を充填したカラムにアプライし、Desthiobiotin(Sigma)で溶出した。合成ポリペプチドを含有する画分を収集し、その後に、1×D-PBSで平衡化したSuperdex 200ゲル濾過カラム(GE healthcare)に供した。次いで、合成ポリペプチドを含有する画分をプールして、-80℃で保管した。
【0276】
配列番号:3(以下に示す)は、シグナル配列(斜体、最初の19 aa)を含む、そのC末端にリンカー(太字)およびそれに続くtwin Strepタグ(下線)を有するヒト野生型HER2 ECD(HER2の310位に対応するSアミノ酸残基は、太字にして下線を引いた)の23~646のアミノ酸配列を図示する。シグナル配列は、成熟ポリペプチド鎖の一部ではない。
【0277】
実施例2.ヒトHER2 S310Fまたは野生型HER2を発現するFreeStyle 293細胞株の樹立
FreeStyle 293細胞に、293fectinを用いてpcDNA3.1 (+) Hygro-HER2 S310FまたはpcDNA3.1 (+) Hygro-野生型HER2発現ベクターをトランスフェクトし、ハイグロマイシンB(10マイクログラム(μg)/ml)を用いて選択した。ヒトHER2 S310Fおよびヒト野生型HER2を安定に発現するFreeStyle 293細胞を、抗HER2抗体(Biolegend, 324402)での染色によってソーティング(FACS aria III, BD)し、培養において増大させて、将来の使用のために凍結保存した。
【0278】
実施例3.抗HER2 S310F単一特異性抗体の生成およびスクリーニング
抗HER2 S310F抗体を、タンパク質免疫およびDNA免疫の両方を通して生成した。
【0279】
タンパク質免疫のためには、3匹のNZWウサギを、最初に、ウサギFcタグを有する組換えヒトHER2 S310F ECDタンパク質100μgで皮内(ID)免疫した。最初の免疫の2週間後に、同じ免疫原のさらに3回の週用量を与えた(50μg/用量/ウサギ)。最後の免疫の1週間後に、免疫されたウサギ由来の脾臓および血液を、B細胞単離のために収集した。
【0280】
DNA免疫のためには、3匹のNZWウサギを、Helios Gene Gun system(Bio-Rad)によって製造業者の指示に従い、pCXND3-HER2 S310Fプラスミドでコーティングされた金粒子(合計40ショットについてショット当たり1μg DNA)で免疫した(J Virol. 2013 Sep;87(18):10232-43)。同時に、pCXND3-HER2 S310Fプラスミドの皮内エレクトロポレーション(脚および肩の合計4部位について部位当たり100μg DNA)と筋肉内エレクトロポレーション(2本の脚の合計4部位について部位当たり200μg DNA)との組み合わせを、Vaccine. 2008 Apr 16;26(17):2100-10;J Pharmacol Toxicol Methods. 2008 Jul-Aug;58(1):27-31;およびInt J Pharm. 2005 Apr 27;294(1-2):53-63に記載されているように実施した。免疫を、7回にわたって毎週繰り返し、その後、血液および脾臓の収集を行った。
【0281】
B細胞を、FLAGタグを有する組換えヒトHER2 S310F ECDタンパク質およびtwin-strepタグを有する組換えヒト野生型HER2 ECDタンパク質で染色した。HER2 S310F ECD特異的なB細胞を、フローサイトメトリー(FCM)セルソーター(FACSAria(商標)III, BD Biosciences)でソーティングし、WO2016098356A1に記載されているようなウサギT細胞条件培地を補給した培養培地において、マイトマイシンC(Sigma)で前処理された25,000細胞/ウェルのEL4細胞(European Collection of Cell Cultures)と一緒に、1細胞/ウェルの密度で96ウェルプレートにプレーティングした。7~12日の培養後に、B細胞培養上清を、さらなる解析のために収集し、細胞ペレットを凍結保存した。
【0282】
合計で、6015種類のB細胞上清をスクリーニングして、HER2 S310Fに特異的に結合する抗体を含有するB細胞上清を、フローサイトメトリー解析およびELISAによって特定した。ヒトHER2 S310Fおよびヒト野生型HER2を一過性に発現するFreeStyle 293細胞を、VioletおよびFar RedのCellTrace色素(Invitrogen)で最初に染色した。同等数の、HER2 S310Fを過剰発現するFreeStyle 293細胞(Violet)、野生型HER2を過剰発現するFreeStyle 293細胞(Far Red)、および親FreeStyle 293細胞(無染色)を一緒に混合し、B細胞上清および抗ウサギIgG PE抗体で染色して、iQUE screener PLUS(IntelliCyt)によって解析した。20種類のB細胞上清由来の抗体が、親FreeStyle 293細胞および野生型HER2を過剰発現するFreeStyle 293細胞に対してよりも、HER2 S310Fを過剰発現するFreeStyle 293細胞に対して強い結合を示した。同時に、組換えHER2 S310F ECDタンパク質および野生型HER2 ECDタンパク質に対するB細胞上清中の抗体の結合を、ELISAによって評価した。61種類のB細胞株が、野生型HER2 ECDタンパク質よりも組換えHER2 S310F ECDタンパク質に対して強い結合を示した。3種類の追加的な対照とともに、84種類のB細胞株を、抗体遺伝子クローニングおよびさらなる解析のために選択した(MHR0001~0084)。
【0283】
ZR-96 Quick-RNAキット(ZYMO RESEARCH)を用いることによって、対応する細胞ペレットからRNAを抽出した。その重鎖および軽鎖可変領域のDNAを、逆転写PCRによって増幅し、それぞれ、ヒト重鎖定常領域配列(配列番号:133)を有する発現ベクターおよびヒト軽鎖定常領域配列(配列番号:136)を含有する発現ベクター中にクローニングした。組換え抗体を、製造業者の指示(Life technologies)に従い、FreeStyle 293-F細胞において一過性に発現させ、プロテインAカートリッジを有するAssayMAP Bravoプラットフォーム(Agilent)を用いて精製した。
【0284】
これらの84種類の精製された抗体のHER2 S310Fに対する結合を、HER2 S310Fを有するFreeStyle 293細胞および野生型HER2を有するFreeStyle 293細胞を用いたフローサイトメトリー解析によって、再び確認した。HER2 S310Fに対して特異的結合を示す12種類の抗体を、下流の解析のために選択した(表2)。
【0285】
【0286】
実施例4.抗HER2 S310F単一特異性抗体の結合解析
図1は、FCM解析によって決定された、HER2 S310Fを発現するFreeStyle 293トランスフェクタントおよび野生型HER2を発現するFreeStyle 293トランスフェクタントに対する抗HER2 S310F抗体の結合を示す。
図2は、FCM解析によって決定された、HER2 S310Fを有する5637がん細胞株(Proc Natl Acad Sci U S A. 2012 Sep 4;109(36):14476-81)、野生型HER2を有するOV90がん細胞株、および野生型HER2を有するOVCAR3がん細胞株に対する抗HER2 S310F抗体の結合を示す。抗HER2 S310F抗体を、各細胞株と30分間、4℃でインキュベートして、洗浄用緩衝液(Nacalai Tesque, Cat. L3P8406)で洗浄した。次いで、ヤギF(ab')
2抗ヒトIgG、マウスads-PE(Southern Biotech, Cat. 2043-09)を添加して、30分間暗所において4℃でインキュベートし、その後に洗浄した。LSR Fortessa X-20(BD Biosciences)を用いてデータの獲得を行い、FlowJo software(Tree Star)で解析した。
図1は、実施例3において作製されたすべての抗HER2 S310F抗体、すなわち、MHR0007、MHR0009、MHR0010、MHR0012、MHR014、MHR0015、MHR0016、MHR0017、MHR0018、MHR0019、MHR0060/MHR0060'、およびMHR0082が、HER2 S310Fを発現するFreeStyle 293トランスフェクタントに結合することを示す。
図2は、MHR0009、MHR0010、MHR0016、MHR0019、およびMHR0060/MHR0060'などの抗HER2 S310F抗体が、HER2 S310Fを有する5637膀胱がん細胞株に結合することを示す。各抗体の結合活性は、平均蛍光強度値(MFI)によって表される。
【0287】
実施例5.抗HER2 S310F/CD3二重特異性抗体の機能評価
実施例5.1.抗HER2 S310F/CD3二重特異性抗体のT細胞活性化活性の測定
表3に記載されるMHR0009、MHR0010、MHR0016、MHR0019、およびMHR0060などのHER2 S310F単一特異性抗体と抗CD3抗体とを用いて、WO2015046467A1またはSci Rep. 2017 Apr 3;7:45839において公開されている従来の方法を用い、抗HER2 S310F/CD3二重特異性抗体を生成した。抗HER2 S310F/CD3二重特異性抗体におけるHER2 S310F結合アームの配列を、表3に示す。生成された二重特異性抗体は、Fcγ受容体に対するアフィニティが減弱しているサイレントFcを含有する。
【0288】
(表3)抗HER2 S310F/CD3二重特異性抗体におけるHER2 S310F結合アーム
【0289】
記載される抗CD3抗体をまた用いて、HER2-1/CD3およびHER2-2/CD3ならびにKLH/CD3二重特異性抗体などの対照二重特異性抗体も生成する。対照二重特異性抗体における野生型HER2結合アームまたはKLH結合アームの配列を、表4に示す。生成された二重特異性抗体は、Fcγ受容体に対するアフィニティが減弱しているサイレントFcを含有する。
【0290】
(表4)対照二重特異性抗体における野生型HER2結合アームまたはKLH結合アーム
【0291】
図3は、GloResponse(商標) NFAT-luc2 Jurkat細胞をエフェクター細胞として用いたルシフェラーゼアッセイシステムによって決定された、HER2 S310Fを発現するFreeStyle 293トランスフェクタントまたは野生型HER2を発現するFreeStyle 293トランスフェクタントの存在下での、抗HER2 S310F/CD3二重特異性抗体のT細胞活性化活性を示す。96ウェル白色培養プレートに播種された20,000個の標的細胞と100,000個のエフェクター細胞(E/T=5)を、様々な濃度の抗体と24時間、37℃および5% CO
2でインキュベートした。Bio-Glo(商標)ルシフェラーゼアッセイシステム(Promega, Cat. G7941)を用いて発光(RLU)を測定し、下記の方程式を用いてRLUの倍率変化に基づき、T細胞活性化活性を計算した。
RLUの倍率変化=抗体によって誘導されたRLU/抗体なし対照によって誘導されたRLU
【0292】
二重特異性抗体MHR0009/CD3、MHR0010/CD3、MHR0016/CD3、MHR0019/CD3、およびMHR0060/CD3は、HER2 S310Fを発現するFreeStyle 293トランスフェクタントの存在下でT細胞活性化を誘導したが、野生型HER2を発現するトランスフェクタントにおいては誘導しなかった。すなわち、MHR0009/CD3、MHR0010/CD3、MHR0016/CD3、MHR0019/CD3、およびMHR0060/CD3によって誘導されるT細胞活性化は、HER2 S310F変異体に対して有意に特異的であることが実証された。
【0293】
実施例5.2.抗HER2 S310F/CD3二重特異性抗体のT細胞依存性細胞傷害活性の測定
図4は、HER2 S310Fを発現するFreeStyle 293トランスフェクタントまたは野生型HER2を発現するFreeStyle 293トランスフェクタントに対する抗HER2 S310F/CD3二重特異性抗体のT細胞依存性細胞傷害活性を示す。細胞傷害活性は、ヒトPBMC(StemCell, Cat. 70025)を用いたLDHアッセイによって評価した。20,000個の標的細胞と200,000個のヒトPBMC(E/T=10)を、96ウェルU底プレートの各ウェル中に播種し、様々な濃度の抗体と24時間、37℃および5% CO
2でインキュベートした。標的細胞の死滅を、LDH細胞傷害活性検出キット(Takara Bio)によって測定した。各抗体の細胞傷害活性(%)を、以下の式を用いて計算した。
細胞傷害活性(%)=(A-B-C)×100/(D-C)
「A」は、抗体およびPBMCで処理されたウェルの吸光度を表し、「B」は、エフェクター細胞であるPBMCのみの平均吸光度値を表し、「C」は、無処理の標的細胞のみの平均吸光度値を表し、かつ「D」は、Triton-Xで溶解されたウェルの平均値を表す。バックグラウンド吸光度を、計上して引いている。
【0294】
二重特異性抗体MHR0009/CD3、MHR0010/CD3、MHR0016/CD3、MHR0019/CD3、およびMHR0060/CD3は、HER2 S310Fを発現するFreeStyle 293トランスフェクタントに対して細胞傷害活性を示したが、野生型HER2を発現するFreeStyle 293トランスフェクタントに対しては細胞傷害活性を誘導しなかった。すなわち、MHR0009/CD3、MHR0010/CD3、MHR0016/CD3、MHR0019/CD3、およびMHR0060/CD3は、HER2 S310F変異体に対して非常に特異的である、FreeStyle 293細胞に対するT細胞依存性細胞傷害活性を示した。
【0295】
図5は、標的細胞としてのHER2 S310Fを有する5637膀胱がん細胞株(Proc Natl Acad Sci U S A. 2012 Sep 4;109(36):14476-81)または野生型HER2を有するNCI-H441肺がん細胞株に対する、抗HER2 S310F/CD3二重特異性抗体のT細胞依存性細胞傷害活性を示す。細胞傷害活性は、xCELLigence Real-Time Cell Analyzer (ACEA Biosciences)を用いて、細胞増殖抑制の率によって評価した。標的細胞を、E-Plate 96(ACEA Biosciences)中に所望の密度で播種して、24時間にわたる細胞増殖の測定を開始し、その後、各50マイクロリットル(μL)のそれぞれの試験抗体および増大させたT細胞を、E/T比10で添加した。用いたエフェクターT細胞は、T細胞単離キット(Stemcell, Cat. 17951)を用いてヒトPBMC(Stemcell, Cat. 70025)から単離し、CD3/CD28ビーズ(Invitrogen, Cat. 1132D)を用いて活性化した。増大させたT細胞を、7日の培養の終わりに採集した。細胞増殖を、37℃および5% CO
2での処理の92時間後にモニタリングした。細胞増殖抑制(CGI)率(%)を、下記の方程式を用いて決定した。計算において用いたxCELLigence Real-Time Cell Analyzer から得られたセルインデックス値は、抗体添加の直前の時点のセルインデックス値を1と定義した場合の正規化値であった。
CGI率(%)=(A-B)×100/(A-1)
Aは、抗体処理を伴わない(標的細胞およびヒトT細胞のみを含有する)ウェルにおける平均セルインデックス値を表し、かつBは、標的ウェルの平均セルインデックス値を表す。検討は、反復して行った。
【0296】
二重特異性抗体MHR0009/CD3、MHR0010/CD3、MHR0016/CD3、MHR0019/CD3、およびMHR0060/CD3は、5637細胞株に対して細胞傷害活性を示した(
図5)。特に、MHR0009/CD3およびMHR0010/CD3は、5637細胞株に対して最強の細胞傷害活性を示した。他方で、それらのいずれも、H441細胞株に対して細胞傷害活性を示さなかった(
図5)。すなわち、MHR0009/CD3、MHR0010/CD3、MHR0016/CD3、MHR0019/CD3、およびMHR0060/CD3によって示される膀胱がん細胞に対するT細胞依存性細胞傷害活性は、HER2 S310F変異体に対して有意に特異的であることが実証された。
【0297】
実施例5.3.抗HER2 S310F/CD3二重特異性抗体のアフィニティ測定
ヒトHER2 S310Fに結合する抗HER2 S310F/CD3二重特異性抗体の結合アフィニティを、Biacore 8K機器(GE Healthcare)を用いて37℃で決定した。抗ヒトFc(GE Healthcare)を、アミンカップリングキット(GE Healthcare)を用いてCM4センサーチップのすべてのフローセル上に固定化した。すべての抗体およびアナライトは、20 mM ACES、150 mM NaCl、0.05% Tween 20、0.005% NaN3を含有するACES pH 7.4において調製した。各抗体を、抗ヒトFcによってセンサー表面上に捕捉した。抗体捕捉レベルは、200レゾナンスユニット(RU)を目指した。組換えヒトHER2 S310Fを、2倍段階希釈によって調製した400~25 nMで注入し、その後解離させた。センサー表面は、各サイクルに3M MgCl2で再生させた。結合アフィニティは、Biacore 8K Evaluation software(GE Healthcare)を用いて、データをプロセシングし、1:1結合モデルにフィッティングすることによって決定した。野生型HER2に結合する結合特異性を、2倍段階希釈によって調製した400~25 nMでの組換え野生型HER2の注入によって、上記のように評価した。組換えHER2 S310Fおよび野生型HER2に対する、抗HER2 S310F/CD3二重特異性抗体、ならびに対照としてのHER2-1/CD3およびHER2-2/CD3などの野生型HER2/CD3二重特異性抗体の結合アフィニティを、表5に示す。
【0298】
(表5)ヒトHER2 S310Fまたは野生型HER2に対する二重特異性抗体のアフィニティ
【0299】
表5において、「n.d.」とは、結合応答があまりに低く、したがって、それに基づいてKDを決定できないことを意味する。MHR0009/CD3、MHR0010/CD3、MHR0016/CD3、MHR0019/CD3、およびMHR0060/CD3に対して、野生型HER2についてのKD値は、この理由のために計算することができない。これにより、HER2 S310F変異体に対するこれらの二重特異性抗体の特異性は、顕著に高いことが示される。
【0300】
前述の発明を、理解を明確にする目的で実例および例示を用いていくらか詳細に説明してきたが、説明および例示は、本発明の範囲を限定するものと解釈されるべきではない。本明細書において引用されるすべての特許および科学文献の開示は、参照によりその全体が明示的に組み入れられる。
【産業上の利用可能性】
【0301】
本発明は、HER2 S310Fに対して高い特異性および結合活性を示し、野生型HER2に対しては低い交差反応性を有するかまたは交差反応性を全く有さない抗原結合分子を提供する。そのような変異体特異的な抗HER2抗原結合分子は、がんの治療および/または診断などのために、腫瘍特異的な変異を発現する腫瘍細胞に対して優れた特異性(すなわち、最小のオフターゲット毒性)を実証する有望な剤として開発することができる。
【0302】
本発明はさらに、強い抗腫瘍活性と、がん抗原から独立してサイトカインストームなどを誘導しない優れた安全性特性とを有し、かつ長い血中半減期を有する、新規の多重特異性抗原結合分子を提供する。活性成分として本発明の抗原結合分子を含む細胞傷害活性誘導剤は、HER2 S310F発現細胞およびこれらの細胞を含有する腫瘍組織を標的として、細胞損傷を誘導することができる。本発明の多重特異性抗原結合分子を患者へ投与することは、高いレベルの安全性を有するだけではなく、身体的負担が低減しかつ非常に便利である、望ましい処置を可能にする。
【配列表】